説明

DNA断片の増幅方法

【課題】高等植物のトランスポゾンディスプレイ法のために、標識PCR産物だけを選択的に増幅でき、実験結果に個人差が少ないDNA断片の増幅方法を提供する。
【解決手段】DNA断片の増幅方法は、高等植物の細胞からゲノムDNAを抽出するDNA抽出工程と、ゲノムDNAを制限酵素によって部分消化してDNA断片とし、このDNA断片にアダプターを付加するアダプター付加工程と、アダプターがライゲーションされたDNA断片を鋳型とし、前記トランスポゾンに特異的なプライマーのみを使用する片側PCR法によって、DNA断片を増幅する第1のPCR工程と、第1のPCR工程によって増幅したDNA断片を鋳型とし、トランスポゾンに特異的な標識プライマー及びアダプターに相補的なプライマーを使用する両側PCR法によって、DNA断片を増幅する第2のPCR工程と、をこの順序で含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、DNA断片の増幅方法に関するものであり、特に、形質とそれに関連する遺伝子とを迅速かつ客観的に関連づけるトランスポゾンディスプレイ法に使用するDNA断片の増幅方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
分子生物学の進歩に伴って、人やマウスなどの動物に加えて、高等植物についてもその全ゲノムの塩基配列が解析されるようになってきている。例えば、イネについても、International Rice Genome Sequencing Project(IRGSP)によって、2002年にはそのドラフト配列の解読が終了している。
【0003】
ただ、遺伝子組み換えによって、例えば乾燥・寒冷などの環境ストレスに対する耐性を備えた植物や収穫量の多い植物を作り出すには、ゲノムDNAの全塩基配列を決定するだけではなく、ゲノムDNAに記載されている各遺伝子が植物の形質に与える影響、すなわち各遺伝子がもつ機能についても解析しなければならない。そして、遺伝子の機能を解析する方法の一つとして、以下に説明するトランスポゾンディスプレイ法が挙げられる。
【0004】
ここで、トランスポゾンとは、別名、転位性遺伝因子(transposable genetic element)又は可動性遺伝因子(mobile genetic element, movable genetic element)とも呼ばれ、染色体DNA上のある部位から他の部位へ、ランダムに転位する性質を有するDNA断片のことであり、転位先の遺伝子に挿入して遺伝子破壊等を起こすことが知られている。なお、イネで機能するトランスポゾンについては、Tos17、karma(特許文献1を参照。)、mPing(特許文献2及び非特許文献1を参照。)などがすでに報告されている。
【0005】
また、トランスポゾンディスプレイ法とは、トランスポゾンの前記のような性質を利用して遺伝子の機能を調べる方法であり、トランスポゾンによる遺伝子破壊とそれに伴う形質の変化から、ある形質に関連する遺伝子を特定する方法であり、具体的には次のようにして行なう(特許文献2を参照。)。
【0006】
まず、トランスポゾンの転位が原因で形質が変化した同系統の複数個体から、ゲノムDNAを抽出して、トランスポゾンの一部を含むDNA断片を増幅する。つぎに、増幅したDNA断片を電気泳動して各個体のごとの波形データを得て、個体ごとの波形データの違い、端的にはピークの有無の違い、を解析する。最後に、各個体のピークの有無の違いと形質の違いとを比較することにより、ある特定の形質と特定の遺伝子とを関連づける。
【0007】
ここで、トランスポゾンの一部を含むDNA断片の増幅は、(1)DNA抽出工程、(2)アダプター付加工程、(3)1回目のPCR工程(以下、第1のPCR工程)、(4)2回目のPCR工程(以下、第2のPCR工程)の各工程に大きく分けることができる。なお、その詳細については、例えば図7に模式的に示すことができる。
【0008】
(1)DNA抽出工程
形質が異なる同系統の各個体から、簡便法(非特許文献2を参照。)などによってゲノムDNAを抽出する工程であり、図7(a)はある個体から抽出したゲノムDNAを模式的に示している。なお、図中のTはトランスポゾン、IRは逆向き反復配列(Inverted Repeat)を意味している。
【0009】
(2)アダプター付加工程
抽出したゲノムDNAを制限酵素により部分消化し、この制限酵素による認識部と結合可能なオリゴマーDNA(アダプター)を前記部分消化DNAにライゲーションする工程である。なお、図7(b)ライゲーション前の状態を示しており、図7(c)はライゲーション後の状態を示している。この図に示すように、ゲノムDNAの部分消化物はトランスポゾンTの一部を含む部分消化物1とこれを含まない部分消化物2の混合物であり、アダプターはその何れにもライゲーションするため、ライゲーション産物もトランスポゾンTの一部を含むもの3と含まないもの4の混合物である。
【0010】
(3)1回目のPCR工程
1回目のPCR工程は、図7(c)に示すように、トランスポゾンTの塩基配列の一部に特異的なプライマー1及び前記アダプターに相補的なプライマー2の2つのプライマーを使用して両側PCR反応を行なう工程であって、図7(d)に示すようなPCR産物を得る工程である。ここで、ライゲーション産物3にはプライマー1及びプライマー2がアニーリングしてPCR産物5が生成する。これに対して、ライゲーション産物4にはプライマー1がアニーリングできないため、両端にプライマー2がアニーリングしてPCR産物6が生成する。
【0011】
(4)2回目のPCR工程
2回目のPCR工程は、図7(d)に示すように、PCR産物5及び6を鋳型とし、トランスポゾンTの一部に特異的な標識プライマー3及び前記アダプターに相補的なプライマー2を使用してPCR反応を行なう工程である。なお、トランスポゾンの一部を含むPCR産物5には標識プライマー3とプライマー2とがアニーリングして標識PCR産物7が生成する。これに対して、PCR産物6にはプライマー3がアニーリングできないため、両端にプライマー2がアニーリングしてPCR産物8が生成する。
【0012】
ここで図7(e)に示すように、増幅したDNA断片は標識PCR産物7と非標識PCR産物8の混合物である。また、ライゲーション産物3、4の何れも両端にアダプターを備えていること、第1のPCR工程、第2のPCR反応の何れの工程においてもこのアダプターに相補的なプライマーであるプライマー2を使用していることから、PCR産物中の標識PCR産物7と非標識PCR産物8との割合は、トランスポゾンTの一部を含むDNA断片1とこれを含まないDNA断片2の割合とほぼ同一である。
【0013】
このようにして得られたDNA断片は、前記のように、電気泳動、波形データの解析、形質と遺伝子との関連づけに使用する。なお、電気泳動によって得られた波形データの解析は、従来、実験者の経験と勘に基づいて手作業で行われていた。そのため、多大な時間・労力を必要とし、解析結果には個人差があり客観的ではなかった。そこで、発明者らは、異なる電気泳動によって得られた波形データを容易かつ客観的に比較するために、「和歌山県地域結集型共同研究事業」によって「イネトランスポゾン解析支援システム」を作成し利用している(特許文献3を参照)。
【0014】
このシステムは、サイズマーカーとPCR産物とを混合して電気泳動することによって、波形データを構成する泳動時間を増幅産物の大きさ(塩基数)に変換し、波形データの蛍光強度を定量化することができる。そのため、異なる電気泳動基づく波形データをあたかも同じ電気泳動によって得られたように補正し、波形データの比較を容易かつ客観的に行なうことができる。
【0015】
以上のように、トランスポゾンディスプレイ法は、ある形質とそれに関連する遺伝子とを関連づける有用な方法であり、特に前記のシステムを使用することによりその有用性はより向上した。
【0016】
しかし、波形データを構成する各ピークの強度が弱くかつ減衰が激しいため、得られた波形データのうちの300bpより長い部分については、電気的ノイズと電気泳動によるピークとが区別できず、事実上解析に利用できないとの問題点があった。また、各ピークの強度が弱く検出が不安定であるために、実験者によって結果に差異を生じ、一定の結果を安定して出せるようになるまでにはかなりの習熟を要するとの問題点もあった。
【特許文献1】特願第2002−369691号公報
【特許文献2】米国特許第6,420,117号公報
【特許文献3】特願2005−237438号
【非特許文献1】中崎ら(Nakazaki,T.), イネゲノム中でのトランスポゾンの移動(Mobilization of transposon in the rice genome),ネイチャー(Nature),421(2003),p.170-172
【非特許文献2】吉田晋弥、塩飽邦子、“米粒からの簡易DNA抽出法とRAPDによる酒米の品種判別”、[online]、中国農業試験場 平成10年度 研究成果情報、[2006年5月10日検索]、インターネット<URL:http://www.affrc.go.jp/seika/data_cgk/h10/seibutu/cgk98004.html>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
そこで、この発明は、トランスポゾンディスプレイ法に使用するDNA断片の増幅方法であって、DNA断片を電気泳動して得られる波形データのピークの強度が強くて減衰し難く、波形パターンのより長い部分についても解析に使用できるとともに、実験結果の個人差が少ないDNA断片の増幅方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者は、波形データを構成するピークの強度が弱くかつ減衰が激しい理由について検討した。その結果、発明者は、第1のPCR工程、第2のPCR工程において、標識PCR産物7だけなく、非標識PCR産物8も同じ割合で増幅していることから、PCR反応に利用するプライマーや核酸モノマー(dNTP)などが非標識PCR産物8の増幅に無駄に消費され、標識PCR産物7の増幅がサイクル数に見合った分だけ行なわれていないことが原因である、と考えた。
【0019】
そこで、発明者は、標識PCR産物だけを増幅すること、すなわちPCR産物中の標識PCR産物7の割合(以下、S/N比)を向上することにより、前記問題点を解決することについて検討した。その結果、トランスポゾンディスプレイに使用するDNAを増幅する際に、2つのプライマーを使用する通常の両側PCR反応を2回行なうのではなく、1回目のPCR反応をトランスポゾンの塩基配列に特異的なプライマーだけを使用する片側PCR法に代えることにより、前記S/N比が大きく向上することに気づいた。
【0020】
すなわち、この発明のDNA断片の増幅方法は、(1)高等植物の細胞からゲノムDNAを抽出するDNA抽出工程と、(2)ゲノムDNAを制限酵素によって部分消化してDNA断片とし、このDNA断片に前記制限酵素の認識部位と結合可能なアダプターをライゲーションするアダプター付加工程と、(3)前記アダプターがライゲーションされDNA断片を鋳型とし、前記トランスポゾンに特異的なプライマーのみを使用する片側PCR法によって、DNA断片を増幅する第1のPCR工程と、(4)前記第1のPCR工程によって増幅したDNA断片を鋳型とし、前記トランスポゾンに特異的な標識プライマー及び前記アダプターに相補的なプライマーを使用する両側PCR法によって、DNA断片を増幅する第2のPCR工程と、をこの順序で含むものである。
【発明の効果】
【0021】
この発明にかかるDNA断片の増幅方法によって、トランスポゾンディスプレイ法に使用するPCR産物のS/N比が向上し、波形データを構成するピークの強度が強くて減衰し難くなることにより、波形パターンのより長い部分についても解析に使用できるとともに、実験結果の個人差が少なくなった。そのため、形質とそれに関連する遺伝子とをより容易かつ客観的に関連づけることができるようになり、より優れた高等植物の育成に貢献することができるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
この発明にかかるDNA断片の増幅方法は、従来からあるDNA断片の増幅方法と同様、(1)DNA抽出工程、(2)アダプター付加工程、(3)第1のPCR工程、(4)第2のPCR工程の各工程をこの順番で含んでいる。そこで、各工程の詳細について、その概要を示す図である図1などに基づいて以下に説明する。
【0023】
(1)DNA抽出工程
形質が異なる同系統の高等植物の各個体から、切断部位の少ない、すなわち充分に長いゲノムDNAを抽出する工程である。また、抽出方法としては、前記条件を満たせば特に限定することなく、公知の方法を使用することができる。具体的には、CTAB法や簡便法(非特許文献2を参照。)などを挙げることができる。なお、抽出したゲノムDNAを図1(a)に模式的に示す。
【0024】
ここで、前記高等植物としては、従来からトランスポゾンディスプレイ法が適用できる程度に変異体が得られているものであれば、特に限定することなく使用できる。具体的には、学術的な観点から考えると、すでに遺伝子解析が進んでいるシロイヌナズナやアサガオが好ましく、経済的な観点から考えると、穀物類が好ましく、そのなかでも遺伝子解析が進んでいること、ゲノムサイズが少ないこと、繰り返し配列が少なくトランスポゾンディスプレイ法を適用しやすいことなどの利点を備えていることから、イネが好ましい。
【0025】
また、前記トランスポゾンとしては、その塩基配列が判明しており、自然栽培や組織培養などによって転位して遺伝子を破壊するものであれば原則的に利用することができる。具体的には、前記のTos17、karma、mPingが挙げられるが、なかでも、1個体内にある程度多くのコピー数を持ち(100から数100コピー程度)、自然栽培条件下でも適度な転位活性(一世代に数コピーから十数コピーの転位を起こす)を示すmPingの利用が好ましい。
【0026】
(2)アダプターの付加
ゲノムDNAを制限酵素によって部分消化してDNA断片とし、このDNA断片に前記制限酵素の認識部位と結合可能なアダプターをライゲーションする工程である。
【0027】
まず、ゲノムDNAを制限酵素によってDNA断片に部分消化する。ここで、制限酵素としては、市販の制限酵素のうち、トランスポゾン中にその認識部位が存在するものであれば特に限定することなく使用できるが、確率的に認識部位が多く、主として600bp以下の小さな断片を生じる4塩基認識酵素(Csp6Iなど)の使用が好ましい。また、制限酵素反応は、使用する制限酵素の要求する緩衝液、温度などの反応条件に沿って行なえばよい。
【0028】
つぎに、部分消化したDNA断片とアダプターとを混合して、DNA断片の端部にライゲーションする。アダプターとしては、前記の制限酵素の認識部位に対応する配列を備えた10〜20塩基程度の二本鎖DNAであり、これは市販のDNA合成装置などにより合成したものである。また、ライゲーションは使用するライゲースが要求する反応条件に沿って行なえばよい。ちなみに、部分消化とライゲーションとは別々でなく、同時に行ってもよい。
【0029】
なお、図1(b)はライゲーション前の状態を示しており、図1(c)はライゲーション後の状態を示している。ここで、ゲノムDNAの部分消化物は、図1(b)に示すように、トランスポゾンTの一部を含むもの1と、含まないもの2との混合物である。また、アダプターはそのどちらにもライゲーションする。そのため、ライゲーション産物は、図1(c)に示すように、トランスポゾンTの一部を含むライゲーション産物3とこれを含まないライゲーション産物4の混合物となる。
【0030】
(3)第1のPCR工程
ライゲーション産物3、4を鋳型に、トランスポゾンTに特異的にアニーリングするプライマー1だけを使用して、片側PCR反応を行なう工程である。
【0031】
図1(c)に示すように、ライゲーション産物3はトランスポゾンTに特異的にアニーリングする塩基配列を備えている。そのため、第1のPCR工程において、ライゲーション産物3を鋳型とし、プライマー1を起点とするPCR反応によって、PCR反応のサイクル数分だけライゲーション産物3が増幅し、PCR産物5が生成する。これに対して、ライゲーション産物4はトランスポゾンTに特異的にアニーリングする塩基配列を備えていないため、第1のPCR工程においては、プライマーがアニーリングできず、DNA断片4が増幅することはない。すなわち、第1のPCR工程によって、トランスポゾンTを含むPCR産物5と割合は大きく向上する。なお、DNA断片4とDNA断片6は同一のものであるが、図示する上での便宜上から別の番号を付した。
【0032】
また、プライマーの長さ、塩基配列、PCR反応の条件、具体的には熱変性工程、アニーリング工程、伸張工程の温度や反応時間、反応サイクル数などについては、対象となる鋳型やプライマーに応じて実験結果を見ながら調整すればよい。ただ、反応サイクル数を多くすればするほど、PCR産物中のPCR産物5の割合は向上する。
【0033】
(4)第2のPCR工程
図1(d)に示すように、PCR産物5、6を鋳型にして、第1のPCR工程に使用したプライマーと同一又はその内側(トランスポゾンT側)に特異的な標識プライマー3と、アダプターに相補的なプライマー2とを使用して両側PCR反応を行なう工程である。
【0034】
第2のPCR工程では、標識プライマー3及びプライマー2の両方を使用するため、図1(d)に示すように、PCR産物5には標識プライマー3とプライマー2とがアニーリングして両側PCR反応が行なわれ、標識PCR産物7が生成する。これに対して、DNA断片6に標識プライマー3はアニーリングできず、両端にプライマー2がアニーリングするので非PCR産物8が生成する。このように、第2のPCR工程では、PCR産物5、6何れもが増幅する。そのため、第1のPCR工程と第2のPCR工程との間で、トランスポゾンTの一部を含むDNA断片とこれを含まないDNA断片の割合はほぼ同一である。
【0035】
なお、標識プライマー3は、蛍光物質などの標識物質によって標識しているプライマーであり、標識物質及び標識の方法は公知のものであれば特に限定することなく使用できる。また、プライマーの長さ、塩基配列、PCR反応の各種条件については、第1のPCR工程と同様に実験結果を見ながら調整すればよい。
【0036】
以上のように、この発明のDNA断片の増幅方法は、第1のPCR工程においてトランスポゾンTの一部を含むDNA断片のみを増幅するので、PCR産物中の標識PCR産物7の割合(S/N比)が向上し、波形データを構成するピークの強度が強くて減衰し難くなり、波形パターンのより長い部分についても解析に使用できるようになる。そのため、DNA断片の有無と形質の違いとの関連付け、すなわち、ある形質とそれに関連する遺伝子の関連づけを、従来法に比べてより容易、且つ客観的に行なうことができる。
【0037】
なお、この発明は前記実施の形態に限定されるわけではなく、特許請求の範囲に記載の技術的範囲内でさまざまな変更を加えることができる。例えば、必要に応じて他の工程を加えてもよい。具体的には、標識プライマーを使用するPCR反応前に、片側PCR反応や、片側PCR反応と両側PCR反応からなるPCR反応セットを加えてもよい。このように片側PCR反応を複数回繰り返し行なうことによって、前記S/N比をより向上することができる。
【0038】
また、前記の各工程の間に、必要に応じてフェノール・クロロホルム抽出などにより、DNA断片やPCR産物と共在する制限酵素、ライゲース、DNAポリメラーゼなどの酵素を失活・除去する工程、エタノール沈殿などによりこれらDNAを精製する工程を含んでいてもよい。
【0039】
以下、この発明について実施例に基づいてより詳細に説明するが、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても制限されるものではない。
【実施例1】
【0040】
トランスポゾンディスプレイ法において、片側PCR反応によるトランスポゾンTの一部を含むDNA断片の増幅効率の向上効果を調べた。具体的には、(a)第1のPCR工程のみを片側PCR反応とした場合、(b)第2のPCR工程のみ片側PCR反応とした場合、(c)片側PCR反応を1回だけ行なう場合について、(d)従来法による結果との比較を行なった。
【0041】
(1)植物材料およびDNA抽出
2004年度に圃場に栽植したイネ細粒系統IM294の5個体の葉から、個体別に簡便法(非特許文献2を参照)によって抽出したDNAを試料として使用した。
【0042】
(2)アダプター付加工程
まず、合成オリゴDNA、Csp6I-A1とCsp6I-A2を会合させてアダプターを作成した。
なお、Csp6I-A1とCsp6I-A2等のアダプターや後述するプライマーのオリゴDNAの塩基
配列を表1に示す。つぎに、各個体のゲノムDNA 10ngをエッペンドルフチューブに入れ、制限酵素Csp6Iにより部分消化するとともに、T4リガーゼ(Ligation high,TOYOBO)を
用いてアダプターの付加反応を行った。付加反応の完了後、Csp6IおよびT4リガーゼを失
活させ、エタノール沈殿により反応生成物を精製・濃縮して40μlのTE(pH8.0)緩衝液に溶解した。
【0043】
【表1】

【0044】
(3)第1のPCR工程
個体ごとに反応産物の一部(1μl、DNA 250pg)を分取して、表2に示すプライマーの組み合わせ(濃度は25pmol/μl)で第1のPCR工程を行なった。なお、表2中のSrt-P1はmPing特異的プライマーであり、Srt-P3-D4は蛍光色素(D4、BECKMAN COULTER,USA)で標識し、かつmPingに特異的なプライマーであり、Csp6I-APはアダプ
ターに相補的なプライマーである。また、PCR反応を行った際の溶液組成を表3に示すとともに、PCR反応のPCRサイクルを表4に示す。
【0045】
【表2】

【0046】
【表3】

【0047】
【表4】

【0048】
(4)第2のPCR工程
第1のPCR工程のPCR産物をTE(pH8.0)緩衝液で2.5培に希釈し、これを鋳型として表2に示すプライマーを用いて第2のPCR工程を行った。そして、PCR産物をエタノール沈殿法により精製した。なお、PCR反応を行なう際の溶液組成及び反応サイクルは第1のPCR工程と同じであった。
【0049】
(5)電気泳動
このようにして得られたPCR産物を、サイズマーカー(CEQ DNA Size Standard Kit-600(BECKMAN COULTER,USA)、D1により標識済み。)0.375μlとサンプル溶解溶液(CEQ Sample Loading Solution(BECKMAN COULTER,USA)30μlとの混合液に溶解したのち、キャピラリー型DNAシーケンサー(CEQ 2000 Fragment Analysis System,BECKMAN COULTER,USA)のサンプルプレートにアプライして電気泳動した。電気泳動によって得た波形データは、DNAシーケンサー付属のコンピュータソフトによってテキストデータ形式に変換した。なお、ここでいう波形データとは特定の「泳動時間」での「蛍光強度」である。
【0050】
(6)波形データ解析
このテキストデータを前記「イネトランスポゾン解析支援システム」に入力し、同システムの「変異比較」により(a)から(c)によって得られた各波形データと従来法によって得られた波形データとの比較を行った。その結果を図2の(a)から(c)に示す。なお、図中の実線は(a)から(c)、点線は(d)従来法による波形データを示している。
【0051】
(7)実験結果
(a)第1のPCR工程のみを片側PCR法とした場合には、図2(a)に示すように、その蛍光強度の最大値は2万程度になり、80bpから600bpの広範囲に渡ってピークを観察することができた。また、従来法によるPCR産物と比べて蛍光強度の減衰は緩やかであり、より大きな増幅産物が得られる傾向にあった。なお、この方法は、従来法とは異なり実験者による成功率の差異が少なく、実験技術の習得も容易であった。具体的には、初心者でも数日で操作を完了し、5反復行なっても結果が安定していた。また、従来法の場合には8名が取り組んで、ある一定以上の結果が得られたのは1名だけであった。これに対して、この方法では7名が取り組んで7名とも満足のいく結果を得ることができた。
【0052】
(b)第2のPCR工程のみを片側PCR法とした場合には、図2(b)に示すように、全範囲に渡って蛍光強度が減少し、特に200bp以上では著しく減少した。これは、第1のPCR工程を行なった際に、トランスポゾンを含まないDNA断片が多数増幅された結果、第2のPCR行程に際してプライマーおよびモノマーが著しく消費されるためであると考えられる。また、第1のPCR工程では図1(c)の目的の断片3と不要な断片4の比は変わらないため、第2のPCR工程において目的の断片3がPCR産物の指数関数的増幅に優先的に関わることもないと考えられる。
【0053】
(c)片側PCR反応を1回だけ行なった場合には、図2(c)に示すように、従来法によるPCR産物よりも一見減衰が少なかった。片側PCR反応が大きな断片を増幅するのに効果的であることを示している。しかしながら、この方法ではmPing特異的プライマーを1種類しか使用していないため、ターゲット配列の絞り込みが不十分になる可能性が考えられる。実際、(a)の増幅断片数よりも(c)の増幅断片数が多いのはこのためであると考えられる。
【0054】
以上の結果から、(a)第1のPCR工程のみを片側PCRとした場合には、トランスポゾンTの一部を含むPCR産物を従来法よりも高い割合で得られることがわかった。そこで、この方法を利用したトランスポゾンディスプレイ法によって、経済形質に関連する遺伝子を含むDNA断片の特定を以下に試みた。
【実施例2】
【0055】
(1)栽培試験とDNAの抽出
2004年に圃場に栽培したML細粒系統の中から、非細粒、かつgold-hullの形質を持った個体を得た。このような個体は細粒個体と正常粒個体との他殖では生じないことから、mPingの転移によって誘発された突然変異体であると推定することができる。
【0056】
これら個体の個体別次代系統(MLR系統、全9系統)を圃場に移植した。栽植した全個体について出穂日を調査し、出穂よりおよそ1週間後に稈長、穂長、穂数、葉毛の有無等を調査した。
【0057】
すべての形質の調査後、個体ごとに止葉の一つ下の葉を手で採取し、個体別に実施例1に記載の簡便法によりゲノムDNAを抽出した。
【0058】
(2)トランスポゾンディスプレイ及び波形データ解析
得られた各個体のゲノムDNAを使用して、実施例1と同様にしてトランスポゾンディスプレイ法及び波形データの解析を行なった。なお、PCR反応のPCRサイクルのみ表5に示すものに変更した。そして、発見した変異とmPing挿入多型との間の関連を検定し、突然変異を起こした形質に関連するmPingコピーを検出した。
【0059】
【表5】

【0060】
(3)栽培試験の結果
まず、全9系統のMLR系統において全個体の形質を調査したところ、全系統において出穂期や稈長などの形質に変異が認められた。例えば、MLR系統に属するMLR4及びMLR8の出穂日、稈長、穂長、穂数における変異を図3から図5に示す。図3はこれら2系統の出穂日及び稈長を比較した図であり、この図に示すように、出穂日においては30日以上、稈長においては30cm以上の変異が認められた。図4、図5は、それぞれ穂長、穂数の分布を示す図であるが、これらの図に示すように、穂長には8から22cmの変異が認められ、穂数には1から16本の変異が認められた。以上の結果から、これら2系統においては、遺伝的変異が存在することが明らかになった。
【0061】
(4)トランスポゾンディスプレイ法の結果
全ての個体においてPCR産物の増幅を示すピークが確認でき、同系統に属する各個体から生じたピークの違いも確認することができた。例えば、MLR8の場合には得られた全79個体、MLR4の場合には不正交雑の指標であるgold-hull形質が欠落していた8個体及びデータが得られなかった4個体を除く70個体を使用することにより、何れの系統においても80bpから600bpまでの範囲にPCR産物の増幅を示すピークが確認でき、各個体間のピークの違いも確認できた。
【0062】
図6は、同系統に属する個体同士のピークの違いを比較した図の一例である。具体的には、MLR4系統において基準個体としたMLR4-2個体(点線で示す。)とそれとは異なるMLR4-79個体(以下、比較個体、実線で示す。)とのデータ(一部分)を比較した結果である。なお、この図において、縦軸はDNA断片の量に比例する蛍光強度(相対値)を示し、横軸はDNA断片の大きさ(bp)を示している。また、この図においては、基準個体であるMLR4-2にはピークがあり比較個体であるMLR4-79にピークがない箇所は(−)で示しており、基準個体にピークがなく比較個体にピークがある箇所を(+)で示している。
【0063】
言換えると、(−)は、基準個体においてmPingが挿入されPCR産物が増幅したか、又は比較個体においてmPingが切り出されてPCR産物が増幅しなかったことを示している。反対に、(+)は、基準個体においてmPingが切り出されてPCR産物が増幅しなかったか、又は比較個体においてmPingが挿入されPCR産物が増幅したことを示している。すなわち、(−)および(+)は基準個体と比較個体との間におけるmPingの挿入多型を示している。
【0064】
このように、トランスポゾンディスプレイを行なった結果、基準個体と比較個体とのピークの増減、すなわちmPingの挿入多型について一覧表にまとめることができた。MLR4についてまとめたものの一部を表6に示す。なお、基準個体にはMLR4-2を使用した。
【0065】
【表6】

【0066】
(5)形質データと挿入多型との統合
圃場調査から得られた形質データとmPingの挿入多型とを比較し、変異形質と共分離するmPingの挿入多型を調べた。その結果、(5a)葉毛の有無、(5b)穂数、(5c)穂長、(5d)稈長の4形質について、変異の有無と5%水準で有意な相関をもつmPingの挿入多型を発見した。
【0067】
(5a)葉毛の有無
葉毛の有無に関連するDNA断片を、そのDNA断片の有無が葉毛の有無に有意差を与えるか否かに基づいて、探した。具体的には、葉毛の有無とある特定のDNA断片との間には関連がないとの帰無仮説を立て、有意確率pを計算し、有意確率が有意水準5%以下の場合には前記帰無仮説を棄却する(両者の間には関係がある。)と判断するχ2検定により関連の有無を判断した。その結果、関連があると認められたものを表7に示す。なお、この表のp値は前記有意確率pを意味している。
【0068】
【表7】

【0069】
この表から分かるように、葉毛の有無に関連があるDNA断片の候補が、MLR4で3つ、MLR8で3つ検出できた。これらの中でも120bpの断片は両系統において検出でき、p値もほぼ0%に低かった。このことから、mPingがこの遺伝子座から切り出されることにより無毛性が発現したと考えることができる。
【0070】
(5b)穂数
穂数と関連のある特定のDNA断片を、そのDNA断片の有無が穂数に有意差を与えるか否かに基づいて、t検定により探した。具体的には、まず、穂数とある特定のDNA断片との間には関連がないとの帰無仮説を立て、特定のDNA断片を持つ組と持たない組について穂数の平均値、不偏分散をそれぞれ計算し、それらに基づいて指標tを計算した。つぎに、指標tと自由度から有意確率pを求め、有意確率が有意水準5%以下の場合には前記帰無仮説を棄却する(両者の間には関係がある。)と判断した。その結果、穂数の有無に関連があるDNA断片の候補が、表8に示すように、MLR4で4つ、MLR8で3つ検出された。なお、この表のp値は前記有意確率pを意味している。
【0071】
【表8】

【0072】
(5c)穂長
穂長についても、(5b)と同様にt検定により関連のある特定のDNA断片を探した。その結果、穂長の変異に関連があるDNA断片の候補が、表9に示すように、MLR4に6つ、MLR8に3つ検出できた。
【0073】
【表9】

【0074】
(5d)稈長
稈長についても、(5b)と同様にt検定により関連のある特定のDNA断片を探した。その結果、穂長の変異に関連があるDNA断片の候補が、表10に示すように、MLR4に5つ、MLR8に4つ検出できた。
【0075】
【表10】

【0076】
このように、この発明のDNA増幅方法によりPCR産物のS/N比が向上するため、波形パターンのより広い範囲を解析に使用できるようになった。また、実験者による実験結果のバラツキが減ったため、トランスポゾンディスプレイ法による形質と遺伝子との関連づけが、より容易かつ客観的にできるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】この発明にかかるDNA断片の増幅方法の概要を示す概略図である。
【図2】PCR法の構成の違いによる波形データの変化を比較した図である。
【図3】MLR4及びMLR8系統の出穂期及び稈長を比較した図である。
【図4】MLR4及びMLR8系統の穂長の分布を示す図である。
【図5】MLR4及びMLR8系統の穂数の分布を示す図である。
【図6】同系統に属する個体同士のピークの違いを比較した図の一例である。
【図7】従来のDNA断片の増幅方法の概要を示す概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高等植物のトランスポゾンディスプレイ法に使用するDNA断片の増幅方法であって、
(1)高等植物の細胞からゲノムDNAを抽出するDNA抽出工程と、
(2)ゲノムDNAを制限酵素によって部分消化してDNA断片とし、このDNA断片に前記制限酵素の認識部位と結合可能なアダプターをライゲーションするアダプター付加工程と、
(3)前記アダプターがライゲーションされたDNA断片を鋳型とし、前記トランスポゾンに特異的なプライマーのみを使用する片側PCR法によって、DNA断片を増幅する第1のPCR工程と、
(4)前記第1のPCR工程によって増幅したDNA断片を鋳型とし、前記トランスポゾンに特異的な標識プライマー及び前記アダプターに相補的なプライマーを使用する両側PCR法によって、DNA断片を増幅する第2のPCR工程と、
をこの順序で含むDNA断片の増幅方法。
【請求項2】
高等植物がイネである請求項1に記載のDNA断片の増幅方法。
【請求項3】
前記トランスポゾンがmPingである請求項1に記載のDNA断片の増幅方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−278865(P2009−278865A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−208422(P2006−208422)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】