説明

EGF−Rアンタゴニストの投与による気道粘液産生の防止

【課題】肺及び気道における粘液の過剰分泌を阻害する薬剤を提供する。さらに、粘液の過剰分泌を阻害することができる候補薬剤の開発又は評価のための方法を提供する。
【解決手段】上皮増殖因子受容体(EGF-R)アンタゴニストを、粘液の気道過剰分泌に罹患した患者へ投与することを含む、肺における粘液の過剰分泌を治療する方法。EGF-R受容体アンタゴニストは、小有機分子、抗体、又は抗体の一部の形態でありうる。杯細胞増殖を阻害する候補薬剤をスクリーニングするアッセイ法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、一般的には肺治療の分野に関する。より具体的には、本発明は、EGF-Rアンタゴニストの投与による、肺及び気道における粘液の過剰分泌の阻害に関する。さらに、本発明は、肺における粘液の過剰分泌を阻害することができる候補薬剤の開発又は評価のための方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
呼吸系の誘導気道においては、粘液繊毛系が、吸入された粒子又は感染性因子を肺の気道の外へ移動させるための第一の防御メカニズムとして機能している。さらに、気道の体液中に存在する物質が、粒子の毒性を制限し、感染性因子を不活化するように機能する。咳の生理学的なメカニズムは、気道から粘液を排斥するように機能する(例えば、「Foundation of Respiratory Care」、Pierson及びKacmarek編(1992)Churchill Livingstone Inc.、New York、New York(非特許文献1)、「Harrison's Principles of Internal Medicine」、Fauciら編(1997)第14版、McGraw Hill、New York、New York(非特許文献2))。
【0003】
粘液繊毛系は、粘膜下腺中に位置する、繊毛上皮細胞、上皮杯細胞、漿液細胞、及び粘液細胞からなる。繊毛は、上皮を介した塩化物の能動輸送及び水の受動的な移動により気道の内腔へ分泌された水性層(繊毛周囲液)により囲まれている。繊毛は、この水性層の上に浮遊している粘液と接触し、一方向の推進運動により粘液を声門へと移動させる(Pierson及びKacmarek(前記非特許文献1)及びFauciら(前記非特許文献2)を参照のこと)。粘液は、上皮杯細胞及び粘膜下腺細胞により産生され、脱顆粒後に気道の内腔へと分泌される。
【0004】
粘液は、一般的に、吸入された粒子又は感染性因子のクリアランスを促すが、気道における粘液の過剰分泌は、進行性の気道閉塞を引き起こす場合がある。末梢気道においては、咳は分泌物のクリアランスに有効でない。さらに、多くの杯細胞を含有する小気道は、その小さい寸法のため、粘液による気道栓形成を特に受けやすい。気道過剰分泌は、相当数の個体に影響を与えており、慢性気管支炎、急性喘息、嚢胞性繊維症、及び気管支拡張のような多様な肺疾患において見られる。
【0005】
粘液の過剰分泌は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を有する患者における主要な症状であり、その状態(即ち、慢性的な咳及び痰の産生)を決定する。この状態は、単独で、1千4百万人の米国人に影響を与えており、進行性の疾病及び死亡を引き起こす場合がある。喘息は、米国人口の少なくとも4%に影響を与え、年間少なくとも2000例の死亡の原因となっていると推定されている(Pierson及び Kucmarek(前記非特許文献1))。急性喘息の発作においては、気管支壁が膨張し、粘液の量が増加し、気管支平滑筋が収縮し、それにより気道の狭窄が引き起こされる。急性喘息における過剰分泌の結果として、拡張的な粘液栓形成は、罹患率及び死亡率の主要な原因となりうる。
【0006】
過剰分泌は、世界で最も一般的な致命的な遺伝病の一つである嚢胞性繊維症にも関与していることが示されている。嚢胞性繊維症は、サイクリックAMP依存性プロテインキナーゼによる膜塩化物イオンチャネルの活性化に対して気道粘液細胞を非反応性にさせる、常染色体性劣性疾患である(Pierson及びKacmarek(前記非特許文献1)及びFauciら(前記非特許文献2))。その後の電解質の不均衡により、気道粘液の水和レベルが減少し、それにより嚢胞性繊維症に罹患した個体の肺において高度に粘稠な粘液が生じる。過剰分泌は、嚢胞性繊維症を有する個体の気道を閉塞し、さらに肺機能を傷つける。
【0007】
過剰分泌が関与するその他の疾患には、慢性閉塞性肺疾患(COPD)が含まれる。COPDの病原においては、酸化ストレスが重要な役割を果たしている。酸素フリーラジカルを生成させるタバコ煙が、病原と強く関与していることが示されている。COPDにおいては炎症の部位に好中球が観察されることが多く、興味深いことに、酸素フリーラジカルは、活性化の間に好中球により放出されることが知られている。
【0008】
様々な肺疾患を有する患者に補助換気を提供するため、機械的な挿管が必要となることが多い。チューブを、口腔咽頭部を介して導入し、気管内に設置する。気管内チューブの周囲の空気の漏出を防止するため、下方気管においてチューブの周囲にバルーンを膨張させるが、それは、上皮を剥脱し杯細胞化生を引き起こす場合がある。上皮の創傷は、大量の粘液分泌を引き起こしうる修復過程へと至る。患者におけるそのような長期的な気管内挿管は、過剰分泌による有害な効果に至る場合もある。
【0009】
過剰分泌肺疾患を有する患者の肺における高レベルの粘液の結果として、粘液のクリアランスが減少する。細菌、例えばシュードモナス・アエルギノーザ(Pseudomonas aeruginosa)のような病原体が、しばしば粘液内にコロニーを確立し、高頻度で肺感染を引き起こす。
【0010】
気道過剰分泌に罹患した個体を治療するための古典的な療法には、抗生物質療法、気管支拡張剤(例えば、メチルキサンチン、強力なβ2アドレナリン刺激特性を有する交感神経作用薬、抗コリン作用薬)、主に喘息における全身投与又は吸入によるコルチコステロイドの使用、去痰薬、例えばグアイフェネシンの経口投与による粘液の液化、及び「粘液溶解」剤、例えば水、高張生理食塩水(Harrison's(前記非特許文献2)を参照)のエアロゾル輸送が含まれる。嚢胞性繊維症のための比較的最近の療法は、DNAを多く含む粘液又は痰を標的とするDNAseの投与である(Shak,et al.(1990)Proc.Natl.Acad.(USA)87:9188-9192(非特許文献3)、Hubbard,R.C.et al.(1991)N.Engl.J.Med.326:812(非特許文献4))。さらに、打診法、振とう法、及びドレナージからなる胸部物理療法も、粘稠な粘液のクリアランスを促すために使用されている。肺移植は重篤な肺欠陥を有する者のための最終的な選択となりうる。従って、粘液分泌を標的とする、より効率的な、又は代替的な療法が必要である。特に、気道における粘液分泌物の形成を減少させるであろう特別な療法が必要とされている。
【0011】
関連文献
癌細胞の増殖を遮断するためのEGF阻害剤の使用は、Levitski(1994)Eur J Biochem.226(1):1-13(非特許文献5)、Powis(1994)Pharmac.Ther.62:57-95(非特許文献6)、Kondapaka and Reddy(1996)Mol.Cell.Endocrin.117:53-58(非特許文献7)に概説されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「Foundation of Respiratory Care」、Pierson及びKacmarek編(1992)Churchill Livingstone Inc.、New York、New York
【非特許文献2】「Harrison's Principles of Internal Medicine」、Fauciら編(1997)第14版、McGraw Hill、New York、New York
【非特許文献3】Shak,et al.(1990)Proc.Natl.Acad.(USA)87:9188-9192
【非特許文献4】Hubbard,R.C.et al.(1991)N.Engl.J.Med.326:812
【非特許文献5】Levitski(1994)Eur J Biochem.226(1):1-13
【非特許文献6】Powis(1994)Pharmac.Ther.62:57-95
【非特許文献7】Kondapaka and Reddy(1996)Mol.Cell.Endocrin.117:53-58
【発明の概要】
【0013】
気道における粘液の過剰分泌は、多数の異なる肺疾患の有害な症状である。分泌は、杯細胞の脱顆粒により引き起こされ、杯細胞の増殖は上皮増殖因子受容体(EGF-R)の刺激により促進される。本発明は、治効量のEGFアンタゴニスト、好ましくはキナーゼ阻害剤を投与することにより、肺の過剰分泌を治療する。アンタゴニストは、EGF又はその受容体と結合する、小分子、抗体、又は抗体の一部の形態でありうる。本発明のもう一つの局面において、粘液の過剰分泌を阻害する候補薬剤の治療的可能性を予測する、インビトロ及びインビボの方法が提供される。
【0014】
本発明の第一の目的は、肺における粘液の過剰分泌を含む疾患を治療する方法を提供することである。
【0015】
本発明のもう一つの目的は、粘液の過剰分泌を引き起こす疾患の治療において有用な製剤を提供することである。
【0016】
本発明のさらにもう一つの目的は、(i)杯細胞増殖のインビトロ・モデルを、EGF又はその機能的等価物と接触させる段階、(ii)その後、インビトロ・モデルを候補薬剤と接触させる段階、及び(iii)杯細胞増殖を評価する段階であって、杯細胞増殖の阻害を該候補薬剤の治療的可能性の指標とする段階を含む、粘液の過剰分泌を阻害する候補薬剤をスクリーニングするためのインビトロ・アッセイ法を提供することである。
【0017】
本発明のもう一つの目的は、(i)例えば腫瘍壊死因子−アルファ(TNF-α)で、EGF-Rを誘導することにより、過剰分泌肺疾患の動物モデルを作出する段階、(ii)ムチン産生杯細胞が産生されるよう、リガンド、例えばトランスフォーミング増殖因子アルファ(TGF-α)又はEGFで、誘導されたEGF-Rを刺激する段階、(iii)候補薬剤で処理する段階、及び(iv)杯細胞増殖又は粘液分泌を評価する段階であって、杯細胞増殖又は粘液分泌の阻害を候補薬剤の治療的可能性の指標とする段階を含む、粘液の過剰分泌を阻害する候補薬剤のスクリーニングのためのインビボ・アッセイ法を提供することである。
【0018】
本発明のさらなる目的は、粘液の過剰分泌を阻害するEGF-Rアンタゴニストのスクリーニングのためのインビトロ・アッセイ法及びインビボ・アッセイ法を提供することである。
【0019】
本発明の利点は、肺気道における過剰な粘液形成を防止するための手段が提供されるという点である。
【0020】
本発明の特徴は、ある範囲の異なる型のアンタゴニストが、EGF及び/又はTGF-αの効果並びにそれらのEGF-Rとの相互作用を遮断するために使用されうるという点である。
【0021】
本発明の一つの局面は、哺乳動物患者、好ましくはヒト患者の気道における粘液分泌物の形成を減少させるためのEGFアンタゴニストの製剤である。
【0022】
本発明のもう一つの目的は、哺乳動物患者、好ましくはヒト患者の気道における粘液分泌を減少させるためのEGFアンタゴニストの肺内輸送の方法である。
【0023】
本発明のもう一つの目的は、気道における過剰の粘液分泌物形成を症状として有する、ある範囲の異なる疾患を治療するための方法を提供することである。これらの疾患には、これらに限定されないが、慢性気管支炎、急性喘息、嚢胞性繊維症、気管支拡張、慢性閉塞性肺疾患、アレルギー性刺激又は機械的表皮剥脱のような上皮の傷害から引き起こされる過剰分泌、及び鼻の過剰分泌が含まれる。
【0024】
本発明のこれら及びその他の目的、利点、及び特徴は、より十分に以下に記載される治療法、並びにインビトロ及びインビボのアッセイ法の詳細を参照することにより、当業者に明らかとなると思われる。
【0025】
好ましい態様の詳細な説明
治効量のEGFアンタゴニスト、好ましくはキナーゼ阻害剤を投与することによる、気道粘液過剰分泌の治療のための組成物及び方法が提供される。アンタゴニストは、EGF又はその受容体と結合する、小分子、抗体、又は抗体の一部の形態でありうる。気道過剰分泌疾患、例えば慢性気管支炎、気管支拡張、嚢胞性繊維症、急性喘息、COPD等においては、気道におけるムチン合成が増加し、粘液過剰分泌が起こる。分泌された粘液は、気道の閉塞を引き起こし、この効果はこれらの疾患における死亡を引き起こす。
【0026】
気道上皮細胞における上皮増殖因子受容体の発現を誘導するため、気道の損傷及び炎症のいくつかの原因が本明細書において示される。EGF-R誘導の後、その後のリガンド依存的及び非リガンド依存的の両方のメカニズムによるEGF-Rの刺激により、遺伝子発現レベル及びタンパク質レベルの両方においてムチン産生が引き起こされる。EGF-Rチロシンキナーゼの選択的阻害剤は、このムチンの遺伝子及びタンパク質の発現を遮断することが証明される。
【0027】
本発明を制限するものではないが、杯細胞産生の展開の順序はEGF-Rの発現に基づいていることが示唆される。TNFαによる刺激により、非顆粒形成分泌細胞の強度のEGF-R染色が誘導され、その後のEGF-Rリガンドによる活性化により、細胞質における粘液糖質複合体の進行的な染色が引き起こされ、そして細胞は「プレ杯」となり、次いで「杯」細胞となる。データは、EGF-R活性化が、増殖ではなく、選択的な細胞分化を促進することを示唆している。杯細胞は、EGF-Rを発現しており、ムチンを産生するようEGF-Rリガンドにより刺激される、非顆粒形成分泌細胞に由来していると考えられる。
【0028】
EGF-Rは、サイトカインによる刺激に加え、その他のシグナル伝達メディエータにより刺激されうる。例えば、長期的な喫煙は、杯細胞の過形成を含む、末梢気道における進行的な病理学的変化と関連している。炎症誘導性サイトカインにより活性化された好中球及びタバコ煙は、EGF-Rのリガンド依存的活性化を介して、ヒト気管支上皮細胞におけるムチン合成を引き起こすことが示され、このことは、動員された好中球及びタバコ煙が、気道におけるムチン産生細胞の異常な誘導を引き起こす上皮細胞分化の制御因子であることを意味している。IL-8、N-ホルミル-メチオニル-ロイシル-フェニルアラニン、TNF-α、タバコ煙、又はH2O2を含む多様な刺激因子により活性化された好中球は、上皮細胞におけるムチン発現をアップレギュレートするが、その合成はEGF-R阻害剤により阻害される。好中球も、EGF-Rリガンド、EGF及びTGFαを産生することができる。さらに、上皮細胞はEGF-Rリガンドの起源である。
【0029】
気道上皮に対する機械的損傷も、過剰分泌を引き起こし、粘液栓形成の原因となりうる。EGF-Rチロシンキナーゼの阻害剤は、気管内挿管後の粘液過剰分泌を防止するために役立つ。
【0030】
上皮の傷害は、中程度の喘息の場合ですら、患者の研究における共通の所見であり、傷害は臨床的症状の悪化と増加的に関係している。アレルギー反応により生じた上皮傷害は、EGF-R活性化を誘導し、それが異常な杯細胞産生を引き起こす。EGF-Rは、上皮傷害、例えば喘息において起こる「気道リモデリング」、修復、及び創傷閉鎖に関与していることが示されている。機械的な上皮傷害及び喘息における上皮損傷は、上皮分泌細胞の異常増殖を引き起こす、類似したEGF-Rカスケードを含む可能性がある。
【0031】
過剰分泌は、鼻の炎症性疾患の重要な徴候でもある。好中球依存的メカニズムを利用して杯細胞脱顆粒を誘導することにより鼻杯細胞を「攻撃」した場合、EGF-R及びムチンの発現が強くアップレギュレートされる。これらの事象は杯細胞の再顆粒形成と相関していた。好中球浸潤の刺激などの炎症により、杯細胞の脱顆粒及びムチン分泌が引き起こされ、EGF-Rのアップレギュレーション及び活性化により気道上皮にムチンが再供給される。
【0032】
本発明の治療法及び製剤を記載する前に、本発明が、記載された特定の方法及び製剤に限定されず、当然様々に変化しうることを理解されたい。本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ規定されるため、本明細書において使用された用語は、特定の態様のみを記載する目的のものであり、本発明を限定するものではないことも理解されたい。
【0033】
特記しない限り、本明細書において使用される全ての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者により一般的に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書に記載された方法及び材料と類似した、又は等価な任意の方法及び材料が、本発明の実施又は試行において使用されうるが、好ましい方法及び材料が本明細書に記載される。本明細書において言及された全ての出版物は、引用された出版物と共に方法及び/又は材料を開示及び記載するために、参照として本明細書に組み込まれる。
【0034】
本明細書に記された出版物は、本出願の出願日より前にそれらた開示されているためにのみ提供される。本明細書の記載は、先行特許のため本発明がそのような出版物に先行している資格を有しないことを承認するものと解釈されるべきではない。さらに、提供された出版物の日付は、実際の公開日と異なっている可能性があり、公開日は独立に確認される必要がある可能性がある。
【0035】
定義
「上皮増殖因子」又は「EGF」とは、上皮細胞に対する分裂促進活性を特徴とする生物学的活性を有するタンパク質又はその一部を意味する(例えば、Cohen(1986)Biosciences Reports 6(12):1017、Aaronson,S.A.,「Growth Factors and Cancer」,Science(1991)254:1146-1153)。その例は、例えばUrdeaら(1983)Proc.Nat.Acad.Sci.80:7461-7465により記載されているようなヒト上皮増殖因子である。
【0036】
本発明の目的のため特に重要であるのは、杯細胞に対するEGFの分裂促進活性である。EGFにより誘発される生物学的反応に関してEGFの機能的等価物であるタンパク質又はその一部も、この定義に包含されるものとする。
【0037】
「上皮増殖因子受容体」又は「EGF-R」とは、EGFタンパク質又はその一部と結合することができるタンパク質又はその一部を意味する。その例は、ヒト上皮増殖因子受容体である(Ullrichら(1984)Nature 309:418-425、Genbank登録番号NM_005228を参照のこと)。好ましくは、EGFリガンドの結合により、EGF-Rが活性化される(例えば、細胞内分裂促進シグナル伝達、EGF-Rの自己リン酸化の活性化が引き起こされる)。当業者であれば、EGFに加え、その他のリガンドがEGF-Rと結合し、EGF-Rを活性化できることを認識すると思われる。そのようなリガンドの例には、これらに限定されないが、TGF-α、ベータセルリン(betacellulin)、アンフィレギュリン(amphiregulin)、ヘパリン結合性EGF(HB-EGF)、及びニューレグリン(ヒレグリン(Hergulin)としても知られる)(Strawn and Shawver(1998)Exp.-Opin.Invest.Drugs 7(4)553-573及び「The Protein Kinase Facts Book: Protein Tyrosine Kinases」(1995)Hardiesら編,Academic Press,NY,NY)が含まれる。
【0038】
「EGF-Rアンタゴニスト」とは、EGF-Rの効果、特に杯細胞増殖又は杯細胞による粘液過剰分泌に対するEGF-Rの効果を、直接的又は間接的に阻害することができる任意の薬剤を意味する。EGF-Rは、リガンド依存的メカニズムによってもリガンド非依存的メカニズムによっても活性化され、それぞれ自己リン酸化又はトランスリン酸化を引き起こす。目的のEGF-Rアンタゴニストは、これらのメカニズムのいずれか又は両方を阻害しうる。例えば、TNF-αとEGF-Rとの結合により、リガンド依存的リン酸化が引き起こされ、それは、EGF-Rと結合し、それによりEGF受容体を活性するであろうリガンドとEGFが相互作用するのを防止する抗体により遮断されうる。そのような抗体の例は、Goldsteinら(1995)Clin.Cancer Res.1:1311-1318、Lorimerら(1995)Clin.Cancer Res.1:859-864、Schmidt and Wels(1996)Br.J.Cancer 74:853-862に記載されている。小分子チロシンキナーゼ阻害剤も、EGF-Rアンタゴニストとして効果的である。
【0039】
又は、酸素フリーラジカルのような化合物が、EGF-Rのトランスリン酸化を刺激し、非リガンド依存的な受容体の活性化を引き起こすことが示されている。トランスリン酸化によりEGF-Rを活性化するその他の手段には、紫外線及び浸透圧、エンドセリン-1、リゾホスファチジン酸、及びトロンビンによるGタンパク質共役型受容体の刺激、m1ムスカリン性アセチルコリン受容体、並びにヒト成長ホルモンが含まれる。この非リガンド依存的メカニズムのアンタゴニストには、スーパーオキシドジスムターゼ、DMSO、DMTU、アスコルビン酸等の抗酸化剤が含まれる。
【0040】
EGF-Rアンタゴニストは、EGF産生又はEGF-R産生を刺激する因子と結合し、それによりEGFによる杯細胞増殖の促進を阻害する抗体(即ち、EGF-Rをリン酸化するリン酸化カスケードの阻害剤)であってもよい。例えば、TGFa-シュードモナス外毒素40の融合タンパク質が、Arteagaら(1995)Cancer Res.54:4703-4709により記載されている。
【0041】
好ましい態様において、EGF-Rアンタゴニストは、EGF-Rのチロシンキナーゼ活性の阻害剤、特に他のチロシンキナーゼと比較してEGF-Rに対する選択的作用を有する小分子阻害剤であり、好ましい小分子は、哺乳動物、好ましくはヒトにおける天然のEGF受容体を遮断し、1kD未満の分子量を有する。
【0042】
EGF及びEGF-Rの阻害剤には、これらに限定されないが、キナゾリン、例えばPD153035、4-(3-クロロアニリノ)キナゾリン、もしくはCP-358,774、ピリドピリミジン、ピリミドピリミジン、ピロロピリミジン、例えばCGP59326、CGP60261、及びCGP62706、並びにピラゾロピリミジン(Shawn and Shawver(前記))、4-(フェニルアミノ)-7H-ピロロ[2,3-d]ピリミジン(Traxlerら,(1996)J.Med.Chem 39:2285-2292)、クルクミン(ジフェルロイルメタン)(Laxmin arayana,et al.,(1995),Carcinogen 16:1741-1745)、4,5-ビス(4-フルオロアニリノ)フタールイミド(Buchdungerら(1995)Clin.Cancer Res.1:813-821、Dinneyら(1997)Clin.Cancer Res.3:161-168)、ニトロチオフェン部分を有するチルホスチン(tyrphostins)(Bruntonら(1996)Anti Cancer Drug Design 11:265-295)、プロテインキナーゼ阻害剤ZD-1839(AstraZeneca)、CP-358774(Pfizer,inc.)、PD-0183805(Warner-Lambert)、もしくは国際特許出願WO99/09016(American Cyanamid)、WO98/43960(American Cyanamid)、WO97/38983(Warener Labert)、WO99/06378(Warener Lambert)、WO99/06396(Warener Lambert)、WO96/30347(Pfizer,inc.)、WO96/33978(Zeneca)、WO96/33977(Zeneca)、及びWO96/33980(Zeneca)(これらは全て参照として本明細書に組み込まれる)に記載のもののようなチロシンキナーゼ阻害剤、又はアンチセンス分子が含まれる。
【0043】
「阻害」とは、杯細胞の増殖、杯細胞の脱顆粒、又は杯細胞による粘液の過剰分泌の減少、中和、緩和、又は防止を意味する。
【0044】
「治療」、「治療すること」等の用語は、所望の薬理学的及び/又は生理学的効果を得ることを一般的に意味するために本明細書において使用される。その効果は、疾患もしくはその症状の完全もしくは部分的な防止に関する予防的なものであってもよいし、かつ/又は疾患及び/もしくは疾患に寄与する有害な効果の部分的もしくは完全な治癒に関する治療的なものであってもよい。「治療」とは、本明細書において使用されるように、哺乳動物、特にヒトにおける疾患の任意の治療を包含し、
(a)疾患又は症状の素因を有するが、未だその疾患を有するとは診断されていない対象において、疾患又は症状の発生を防止すること、
(b)疾患又は症状を阻害すること、即ちその進展を阻止すること、又は
(c)疾患又は症状を緩解すること、即ち疾患又は症状の後退を引き起こすこと
を含む。本発明は、肺又は気道の疾患を有する患者の治療に適用され、特に、患者の粘液の過剰分泌の治療、即ち粘液の過剰分泌の防止、阻害、又は緩和に適用される。症状の治療に関して、本発明は、気道における粘液又は痰の減少、病原性生物による感染の阻害、咳の緩解、及び気道栓形成による低酸素症の防止に適用される。
【0045】
より具体的には、「治療」とは、粘液の過剰分泌が関与する肺疾患に罹患した患者に対する、治療的に検出可能な有益な効果を提供することを意味するものとする。
【0046】
さらに具体的には、「治療」とは、抗体、タンパク質チロシンキナーゼ阻害剤、及びアンチセンス分子等のようなEGFアンタゴニスト及び/又はEGF-Rアンタゴニストからなる群より選択される化合物による粘液の過剰分泌の防止、緩解、及び/又は阻害を意味するものとする。別の治療は、気道におけるEGF-R発現を防止し、それにより比較的初期の段階において経路を遮断することを含みうる。例えば、TNFαとその受容体との結合を遮断する試薬は、EGF-Rのアップレギュレーションを防止しうる。
【0047】
治療には、粘液の過剰分泌により引き起こされ、かつ/又は粘液の過剰分泌に関係した病原体による感染の防止又は阻害が含まれる。
【0048】
「抗体」とは、抗原と結合することができる免疫グロブリン・タンパク質を意味する。抗体とは、本明細書において使用されるように、目的の抗原又は抗原性断片と結合することができる抗体断片、例えばF(ab')2、Fab'、Fabを含むことを意味する。好ましくは、抗体と抗原との結合は、EGF又はEGF-Rの活性を阻害する。
【0049】
「ヒト化抗体」という用語は、CDRが非ヒト起源に由来しており、Ig分子又はその断片の残りの部分がヒト抗体に由来しており、好ましくはヒト抗体をコードする核酸配列から作製されている、完全な抗体分子、即ち2つの完全な軽鎖及び2つの完全な重鎖からなる抗体、並びに抗体断片、例えばFab、Fab'、F(ab')2、及びFvのみからなる抗体を記載するために、本明細書において使用される。
【0050】
「ヒト抗体」及び「ヒト化抗体」という用語は、抗体分子の全部分がヒト抗体をコードする核酸配列に由来している抗体を記載するために、本明細書において使用される。そのようなヒト抗体は、ヒト患者において免疫反応をほとんど又は全く誘発しないため、抗体療法における使用にとって最も望ましい。
【0051】
「キメラ抗体」という用語は、抗体分子、及び「ヒト化抗体」という用語の定義において既に記載されたような抗体断片を記載するために、本明細書において使用される。「キメラ抗体」という用語は、ヒト化抗体を包含する。キメラ抗体は、第一の哺乳動物種に由来する重鎖又は軽鎖のアミノ酸配列の少なくとも一つの部分と、第二の異なる哺乳動物種に由来する重鎖又は軽鎖のアミノ酸配列のもう一つの部分とを有する。好ましくは、可変領域が非ヒト哺乳動物種に由来し、定常領域がヒト種に由来する。特に、キメラ抗体は、好ましくは、可変領域をコードする非ヒト哺乳動物由来のヌクレオチド配列と、抗体の定常領域をコードするヒト由来のヌクレオチド配列とから作製される。
【0052】
「特異的に結合する」とは、抗体と特異的ポリペプチドとの高アビディティおよび/又は高親和性による結合を意味する。抗体と特異的なポリペプチド上のエピトープとの結合は、同抗体と他の任意のエピトープ、特に目的の特異的ポリペプチドと関連した分子中又は同一試料中に存在しうるエピトープとの結合よりも強い。目的のポリペプチドと特異的に結合する抗体は、他のポリペプチドと、弱いが検出可能なレベル、例えば目的のポリペプチドに対して示された結合の10%以下のレベルで結合することができるものでもよい。そのような弱い結合、又はバックグラウンド結合は、例えば適当な対照を使用することにより、目的の化合物又はポリペプチドとの特異的な抗体結合と容易に区別することが可能である。
【0053】
「検出可能に標識された抗体」、「検出可能に標識された抗EGF」、又は「検出可能に標識された抗EGF断片」とは、検出可能標識が接着している抗体(又は結合特異性を保持している抗体断片)を意味する。検出可能標識は、通常、化学的結合により接着しているが、又は、標識がポリペプチドである場合には、遺伝子組換え技術により接着していてもよい。検出可能に標識されたタンパク質の作製のための方法は、当技術分野において周知である。検出可能標識は、当技術分野において既知の多様なそのような標識から選択されうるが、通常は、放射性同位体、蛍光物質、酵素、例えば西洋ワサビペルオキシダーゼ、又は検出可能なシグナル(例えば、放射活性、蛍光、色)を放出するか、又は標識のその基質への曝露後に検出可能なシグナルを放出するその他の分子(moiety)又は化合物である。様々な検出可能標識/基質対(例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ/ジアミノベンジジン、アビジン/ストレプトアビジン、ルシフェラーゼ/ルシフェリン)、抗体を標識するための方法、及び抗原を検出するため標識された抗体を使用するための方法が、当技術分野において周知である(例えば、Harlow及びLane編(Antibodies: A Laboratory Manual(1988)Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY)を参照のこと)。
【0054】
治療法
本発明は、治効量のEGF-Rアンタゴニストを投与することにより、肺過剰分泌を治療する方法を提供する。粘液の過剰分泌又は病理学的レベルの粘液の蓄積を特徴とする任意の疾患、特に肺疾患が、本明細書に記載の方法により治療されうる。この方法により治療されうる肺過剰分泌疾患の例には、これらに限定されないが、慢性気管支炎のような慢性閉塞性肺疾患、喘息のような炎症性疾患、気管支拡張、肺繊維症、COPD、鼻過剰分泌の疾患、例えば鼻アレルギー、及びその他の過剰分泌疾患が含まれる。嚢胞性繊維症、カルタゲナー症候群、アルファ1−アンチトリプシン欠損、家族性非嚢胞性繊維症、気道の粘液濃縮化などの遺伝性疾患も、同様に含まれるものとする。
【0055】
EGF又はEGF-Rを直接的に標的とするアンタゴニストが好ましい。しかし、当業者であれば、例えばTGF-αアンタゴニストのように、EGF-Rが促進する杯細胞増殖を引き起こす生物学的カスケードに関与する任意の因子又は細胞が、阻害の標的となりうることを認識すると思われる。理論に拘束されないが、カスケードは、炎症反応中、肥満細胞又は好中球のような細胞がTNF-αを放出し、次いでTNF-αがEGF-R発現を促進したときに開始する。次に、例えばそのリガンドEGFによるEGF-Rの刺激により、杯細胞増殖が誘発される。このように、TNF-α経路のようなカスケードに関与する任意の細胞又は因子が、アンタゴニスト活性の標的となりうる。
【0056】
治療法において投与されるEGF-Rアンタゴニストは、任意の形態でありうる。例えば、EGF-Rアンタゴニストは、EGF、TGFα、又はEGF-Rと結合する、小分子(即ち、アンチセンス・オリゴヌクレオチド、チロシンキナーゼ阻害剤等)、抗体、又は抗体の一部の形態でありうる。
【0057】
小分子EGF-Rアンタゴニスト
EGF受容体に作用し、EGF-Rに選択的であるチロシンキナーゼ阻害剤は、当技術分野において既知であり、本発明の方法において使用されうる。その例は、既に記載されており、BIBX1522(Boehringer Ingelheim Inc.,Ingelheim,Germanyより)、CGP59326B(Novartis Corporation,Basel,Switzerland)、4-アミノキナゾリンEGF-R阻害剤(米国特許第5,760,041号に記載)、ニトリル化合物及びモノニトリル化合物を含むナフタレン、インダン、もしくはベンゾキサジンであってもよい置換されたスチレン化合物(米国特許第5,217,999号に記載)、米国特許第5,773,476号に開示された阻害剤、ジャガイモ・カルボキシペプチダーゼ阻害剤(PCI)、3個のジスルフィド架橋を有する39アミノ酸プロテアーゼ阻害剤(Blanco-Aparicioら(1998)J Biol Chem 273(20):12370-12377)、ボンベシン・アンタゴニストRC-3095(Szepeshaziら(1997)Proc Natl Acad Sci U S A 94:10913-10918)等を含む。その他のチロシンキナーゼ阻害剤には、キナゾリン、例えばPD153035、4-(3-クロロアニリノ)キナゾリン、もしくはCP-358,774、ピリドピリミジン、ピリミドピリミジン、ピロロピリミジン、例えばCGP59326、CGP60261、及びCGP62706、並びにピラゾロピリミジン(Shawn and Shawver(前記))、4-(フェニルアミノ)-7H-ピロロ[2,3-d]ピリミジン(Traxlerら,(1996)J.Med.Chem 39:2285-2292)、クルクミン(Korutlaら(1994)Biochim Biophys Acta 1224:597-600)(Laxmin arayana(1995),Carcinogen 16:1741-1745)等が含まれる。
【0058】
好ましいチロシンキナーゼ阻害剤は、EGF受容体に選択的なもの、即ち、EGF-Rが、チロシンキナーゼ活性を有するその他の細胞表面受容体よりも大きな程度で阻害されるようなものである。選択性は、例えば炎症が生じている気道へ阻害剤が優先的に輸送されるような、製剤化及び薬物輸送の方法により増強される。
【0059】
全身投与のための典型的な用量は、1回の投与につき対象の体重1kg当たり0.1μgから100ミリグラムの範囲である。当業者であれば、用量レベルが、特定の化合物、症状の重度、及び対象の副作用への感受性の関数として変動しうることを容易に認識すると思われる。一部の特定の化合物は、他のものより効力が高い。所与の化合物の好ましい用量は、多様な手段により当業者により容易に決定されうる。好ましい手段は、例えば本明細書に記載のインビトロ及びインビボの試験を用いて、ある所与の化合物の生理学的効力を測定することである。
【0060】
EGF-Rアンタゴニストとしての抗体
EGF-Rアンタゴニストとしての抗体は、特に重要である(例えば、Viloria,et al.,American Journal of Pathology 151:1523)。EGF又はEGF-Rに対する抗体は、マウス、齧歯類、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ等を含む異種の免疫反応性を有する哺乳動物宿主を、EGFもしくはEGF-R又はそれらの一部で免疫感作することにより作製される。好ましくは、ヒトEGFもしくはEGF-R又はそれらの一部が、免疫原として使用される。特定の宿主の選択は、主に都合のよいものである。免疫感作は、免疫原を宿主動物の皮下、筋肉内、腹腔内、血管内等に注射することができる、従来の技術に従い実施される。通常、1日おきに腹腔内に約1.0mg/kgから約10mg/kgのEGF又はEGF-Rが、免疫原として使用される。注射は、アジュバント、例えば完全もしくは不完全フロイント・アジュバント、スペコール(specol)、ミョウバン等を用いてもよいし、用いなくてもよい。免疫感作スケジュールの完了後、EGF又はEGF-Rに特異的なポリクローナル抗血清を提供するため、従来の方法に従い、抗血清を収集することができる。
【0061】
モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれか、好ましくはモノクローナル抗体が、免疫感作された動物から作製される。ポリクローナル抗血清は、免疫感作スケジュールの完了後、動物から、従来の方法に従い、血清から収集されうる。モノクローナル抗体の作製のためには、リンパ球を適当なリンパ組織、例えば脾臓、排液リンパ節等から収集し、適当な融合パートナー、通常は骨髄腫系と融合させ、特異的なモノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマを作製する。目的の抗原特異性に関するハイブリドーマのクローンのスクリーニングを、従来の方法に従い実施する。
【0062】
特に重要であるのは、EGFとEGF-Rとの結合を阻害するためEGF-R又はEGFと結合する抗体、好ましくはモノクローナル抗体、例えばEGF-Rの細胞外ドメインと特異的に結合し、それによりEGFの結合を防止する抗体である。そのような抗体は、前記の従来の方法により作成することができ、又は市販もされている。EGFアンタゴニストとして機能するであろう抗体の例には、これらに限定されないが、中和抗EGF-Rモノクローナル抗体C225(Kawamotoら(1983)Proc.Nat'l.Acad.Sci.(USA)80:1337-1341、Petitら(1997)J.Path.151:1523-153、ImClone Systems New York,NYが製造)及び抗EGF-Rモノクローナル抗体EMD55900(Mab425とも呼ばれる)(Merck,Darmstadt,Germany)が含まれる。
【0063】
本発明の抗体は、通常の重合体構造ではなく、単鎖としても作製されうる。単鎖抗体は、Jostら(1994)J.B.C.269:26267-73他に記載されている。重鎖の可変領域及び軽鎖の可変領域をコードするDNA配列を、グリシン及び/又はセリンを含む小さい中性アミノ酸を少なくとも約4個コードするスペーサーとライゲートさせる。この融合体によりコードされるタンパク質は、元の抗体の特異性及び親和性を保持している機能的な可変領域の組立を可能にする。
【0064】
抗体をヒト化する方法は、当技術分野において公知である。ヒト化抗体は、トランスジェニック・ヒト免疫グロブリン定常領域遺伝子を有する動物の産物でありうる(例えば、国際特許出願WO90/10077及びWO90/04036を参照のこと)。又は、目的の抗体は、CH1ドメイン、CH2ドメイン、CH3ドメイン、ヒンジ・ドメイン、及び/又はフレームワークの残基を、対応するヒト配列と置換するため、組換えDNA技術により操作されうる(WO92/02190を参照のこと)。
【0065】
キメラ免疫グロブリン遺伝子の構築のためのIg cDNAの使用も、当技術分野において公知である(Liuら(1987)P.N.A.S.84:3439及び(1987)J.Immunol.139:3521)。抗体を産生するハイブリドーマ又はその他の細胞からmRNAを単離し、cDNAを作製するために使用する。目的のcDNAを、特異的なプライマーを使用したポリメラーゼ連鎖反応により増幅することができる(米国特許第4,683,195号及び第4,683,202号)。又は、ライブラリーを作成し、目的の配列を単離するためスクリーニングする。次いで、抗体の可変領域をコードするDNA配列を、ヒト定常領域配列と融合させる。ヒト定常領域遺伝子の配列は、Kabatら(1991)Sequences of Proteins of Immunological Interest,N.I.H.publication no.91-3242に見出すことができる。ヒトC領域遺伝子は、公知のクローンから容易に入手可能である。次いで、従来の方法によりキメラ・ヒト化抗体を発現させる。
【0066】
Fv、F(ab')2、及びFabのような抗体断片は、例えばプロテアーゼ又は化学的分解により、完全なタンパク質を分解することにより調製されうる。又は、短縮された遺伝子を設計する。例えば、F(ab')2断片の一部をコードするキメラ遺伝子は、H鎖のCH1ドメイン及びヒンジ領域をコードするDNA配列の後ろに、短縮された分子を生成させるための翻訳終止コドンが続いた配列を含む。
【0067】
過剰分泌粘液疾患を有する個体は、最初、例えば吸入により、1日に2回患者の体重1キログラム当たり約20ミリグラム(mg)から約400mgの範囲の量のEGF-Rアンタゴニストを投与されうる。
【0068】
EGF-Rアンタゴニストとしてのアンチセンス分子
もう一つの態様において、本発明の治療剤は、EGF又はEGF-Rをコードするヒト配列に特異的なアンチセンス分子である。投与される治療剤は、アンチセンス・オリゴヌクレオチド、特に天然核酸からの化学的修飾を有する合成オリゴヌクレオチド、又はRNAとしてそのようなアンチセンス分子を発現する核酸構築物でありうる。アンチセンス配列は、標的のEGF遺伝子又はEGF-R遺伝子のmRNAと相補的であり、標的遺伝子産物の発現を阻害する(例えば、Nyceら(1997)Nature 385;720を参照のこと)。アンチセンス分子は、RNAse Hの活性化又は立体障害を介して、翻訳に利用可能なmRNAの量を減少させることにより遺伝子発現を阻害する。一つのアンチセンス分子を投与することもできるし、単一の標的遺伝子に由来する複数の異なる配列を含むか、又はいくつかの異なる遺伝子に相補的な配列を含みうるアンチセンス分子の組み合わせを投与することもできる。
【0069】
好ましい標的遺伝子は、EGF-R又はEGFである。遺伝子配列は、公共のデータベースから入手可能である(ヒト上皮増殖因子、Genbank登録番号K01166;上皮増殖因子受容体の前駆体のヒトmRNA、Genbank登録番号X00588)。一般的に、アンチセンス配列は、動物宿主と同一の起源種を有する。
【0070】
アンチセンス分子は、標的細胞に導入され発現される適当なベクターにおける標的遺伝子配列の全部又は一部の発現により作製されうる。翻訳開始は、アンチセンス鎖がRNA分子として産生されるような方向で起こると考えられる。アンチセンスRNAは内因性センス鎖mRNAとハイブリダイズし、それにより標的遺伝子の発現を遮断する。天然の転写開始領域、又は外因性の転写開始領域が使用されうる。プロモーターが、インビトロの組換え法により、又は配列の染色体への相同的取り込みの結果として、導入されうる。β-アクチン・プロモーター、SV40初期プロモーター及び後期プロモーター、ヒト・サイトメガロウイルス・プロモーター、レトロウイルスLTR等を含む、筋細胞において活性を有する多くの強力なプロモーターが、当技術分野において公知である。
【0071】
転写ベクターは、一般的に、核酸配列を挿入するための、プロモーター配列の近傍に位置する便利な制限部位を有する。転写開始領域と、標的遺伝子又はその断片と、転写終結領域とを含む転写カセットが調製されうる。転写カセットは、通常少なくとも約1日にわたり、さらに通常は少なくとも数日にわたり、一時的又は安定的に細胞内に維持されうる多様なベクター、例えばプラスミド、レトロウイルス、例えばレンチウイルス、アデノウイルス等に導入されうる。
【0072】
又は、好ましい態様において、アンチセンス分子は合成オリゴヌクレオチドである。アンチセンス・オリゴヌクレオチドは、一般的に約7から500、通常約12から50ヌクレオチド、さらに通常は約20から35ヌクレオチドである。ここで、長さは、阻害の効率、交差反応性の欠如のような特異性等により左右される。7から8塩基長の短いオリゴヌクレオチドは、遺伝子発現の強力かつ選択的な阻害剤となりうることが見出されている(Wagnerら(1996)Nature Biotechnology 14:840-844を参照のこと)。
【0073】
内因性センス鎖mRNA配列の一つ又は複数の特異的領域は、アンチセンス配列が相補的となるよう選択される。mRNAの5'領域はアンチセンス阻害に対して特に感受性が高いことが示されている。しかし、最近の証拠により、mRNAの二次構造の分析が、部位の阻害への到達可能性において重要であることが示されている。オリゴヌクレオチドの特異的配列の選択には、インビトロ又は動物のモデルにおける標的遺伝子の発現の阻害に関して、いくつかの候補配列をアッセイする、経験的な方法を使用することができる。mRNA配列のいくつかの領域がアンチセンス相補のため選択された、配列の組み合わせを使用することもできる。
【0074】
アンチセンス・オリゴヌクレオチドは、当技術分野において公知の方法により化学的に合成されうる(Wagnerら(1993)(前記)及びMilliganら(前記)を参照のこと)。好ましいオリゴヌクレオチドは、細胞内安定性及び結合親和性を増加させるため、天然のホスホジエステル構造から化学的に修飾されたものである。骨格、糖、又はヘテロ環塩基の化学を改変する、そのような修飾は、文献に多数記載されている。
【0075】
オリゴヌクレオチドは、細胞による分子の取り込みを増強するターゲティング部分をさらに含みうる。ターゲティング部分とは、特異的結合分子、例えば肺上皮細胞、特にEGF-Rを含有する上皮細胞の表面上に存在する分子を認識する抗体又はその断片である。
【0076】
二重特異的抗体、キメラ抗体、及び単鎖抗体が、当技術分野において公知である。適当に調製された非ヒト抗体は、様々な方法でヒト化されうる。オリゴヌクレオチドとターゲティング部分との連結には、オリゴヌクレオチド骨格の化学に応じて、任意の従来の方法、例えばジスルフィド結合、アミド結合、又はチオエーテル結合を使用することができる。好ましくは、連結は、オリゴヌクレオチドを遊離させるため、細胞内で開裂する。
【0077】
オリゴヌクレオチドは、ヌクレアーゼから防御し、細胞膜を介した輸送を改善するため、疎水性残基、例えばコレステロールと結合していてもよい。又は、ポリ-L-リジン又はその他のポリアミンとの結合によっても、細胞への輸送が増強されうる。行うことができるさらなる修飾は、標的mRNAへ挿入でき、得られたハイブリッドを安定化することができる、アクリジンのようなインターカレート成分の添加である。アンチセンス・オリゴヌクレオチドは、細胞内でアンチセンス-mRNA複合体を分解するであろう(一つ又は複数の)酵素、例えばRNase-Hと組み合わせてトランスフェクトされうる。アンチセンス-mRNA二重鎖を優先的に分解又は解離させうる任意のタンパク質又は酵素も、同様に有用である。
【0078】
アンチセンス阻害剤の代替物として、触媒性核酸化合物、例えばリボザイム、アンチセンス結合体等が、遺伝子発現を阻害するために使用されうる。リボザイムはインビトロで合成され、患者へ投与されうるか、又は標的細胞内でリボザイムが合成される発現ベクター上にコードされうる(例えば、国際特許出願WO9523225、及びBeigelmanら(1995)Nucl.Acids Res 23:4434-42を参照のこと)。触媒活性を有するオリゴヌクレオチドの例は、WO9506764に記載されている。mRNA加水分解を媒介することができるアンチセンス・オリゴヌクレオチドと金属複合体、例えばテルピリジルCu(II)(terpyridylCu(II))との結合体は、Bashkinら(1995)Appl Biochem Biotechnol 54:43-56に記載されている。
【0079】
薬学的製剤
EGF-Rアンタゴニストは、溶液で、又はリポソーム懸濁液のようなその他の任意の薬理学的に適当な投与形態で提供されうる。適当な抗体又はその他の形態のアンチEGFは、そのような材料の投与のための慣習的な様式で投与のため製剤化されうる。典型的な製剤は、レミントンの製薬科学(Remington's Pharmaceutical Sciences)最新版(Mack Publishing Company,Easton,PA)に提供されているものである。投与経路は、投与すべき化合物、治療を受ける患者及び疾患の状態に基づき選択される。粘液の過剰分泌が存在する場合には、化合物は、疾患の重度に応じて異なる経路を介して投与されうる。例えば、緊急の状況にはi.v.投与が必要であるかもしれず、急性であるが生命に関わらない状況では経口で治療され、慢性治療はエアロゾルにより投与されうる。
【0080】
鼻及び気道の疾患における治療的使用のためには、局所的輸送が好ましい。吸入又は吹送エアロゾルによる輸送は、全身投与により吸収される濃度と比較して高レベルの薬物濃度を提供する。又は、EGFアンタゴニストは、筋肉内注射、静脈内(IV)注射、皮下注射、又は腹腔内注射を含む注射により、最も好ましくはIV注射及び局所注射により投与されうる。しかし、坐剤、皮膚貼付剤として、又は鼻腔内に適用されうる経粘膜的又は経皮的な製剤のような、EGF-Rアンタゴニストが全身循環系に侵入することを許容するために利用可能な手段であれば、その他の投与様式を使用してもよい。EGF-Rアンタゴニストを血流へ、又は局所的に肺へ移行させる任意の適当な製剤が、適切に使用されうる。
【0081】
注射の場合、適当な製剤には、一般的に、生理食塩水、ハンクス溶液、又は場合により安定剤もしくはその他の微量成分を含有していてもよいその他の緩衝液を使用した水性の溶液又は懸濁液が含まれる。リポソーム調製物及びその他の微小乳濁液の形態を使用することもできる。EGF-Rアンタゴニストは、凍結乾燥形態で提供され、投与のため再生されてもよい。経粘膜投与及び経皮投与は、一般的に、胆汁、塩、フシジン酸及びその類似体、様々な界面活性剤等のような粘膜又は皮膚の障壁の通過を促す薬剤を含む。EGF-Rアンタゴニストが消化管において不活化されないようにするため、適当な腸溶コーティングが製剤化されるのであれば、経口投与も可能である。
【0082】
製剤の性質は、ある程度、選択されたEGF-Rアンタゴニストの性質に依存すると考えられる。適当な製剤は、当業者に周知の既知の技術及び製剤化の原理を使用して調製される。特定の薬学的組成物中に含まれるEGF-Rアンタゴニストの割合は、製剤の性質にも依存すると考えられる。抗体であるEGF-Rアンタゴニストの割合は、典型的には、約1重量%から約85重量%までの広い範囲で変動しうる。
【0083】
細胞による核酸の取り込みを増強するための多くの輸送法が、当技術分野において既知である。有用な輸送系には、センダイウイルス−リポソーム輸送系(Rapaport and Shai(1994)J.Biol.Chem.269:15124-15131)、陽イオン性リポソーム、ポリマー輸送ゲル又はマトリックス、多孔性バルーン・カテーテル(Shiら(1994)Circulation 90:955-951及びShiら(1994)Gene Therapy 1:408-414に開示されている)、レトロウイルス発現ベクター等が含まれる。
【0084】
輸送媒体としてのリポソームの使用は、EGF-Rアンタゴニストと共に使用するための重要な方法である。リポソームは、標的部位の細胞と融合し、管腔内の内容物を細胞内に輸送する。リポソームは、単離、結合剤等のような接触を維持するための様々な手段を使用して、融合のため十分な時間の細胞との接触を維持される。リポソームは、センダイウイルス又はインフルエンザウイルス等のような膜の融合を媒介する精製されたタンパク質又はペプチドを用いて調製されうる。脂質は、ホスファチジルコリンのような陽イオン性脂質を含む既知のリポソーム形成脂質の任意の有用な組み合わせでありうる。残りの脂質は、通常、コレステロール、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール等のような中性脂質であろう。リポソームを調製するには、Katoら(1991)J.Biol.Chem.266:3361に記載された手法を使用することができる。
【0085】
好ましい態様において、EGF-Rアンタゴニストは、立体的に安定化された「ステルス(stealth)」リポソーム、例えばPEG化リポソーム内にカプセル化される。そのようなリポソームは、i.v.注射した場合、長期間循環系に留まる。気道の炎症中、後毛細管小静脈ギャップ・ジャンクションが開口し、液体蓄積を可能にし、分子、例えば補体、キニノーゲンが組織へ侵入し炎症カスケードを開始させる。そのような炎症により、リポソーム及びその内容物が、炎症組織内に選択的に沈積することが可能となる(Zhangら(1998)Pharm Res 15:455-460)。
【0086】
EGF-Rアンタゴニストは、吸入経路のための薬学的輸送系により、罹患した患者へ投与されうる。化合物は、吸入による投与にとって適当な形態で製剤化されうる。薬学的輸送系は、気管支の粘膜内層へのEGF-Rアンタゴニストの局所投与による呼吸器療法にとって適当な系である。本発明は、容器からEGF-Rアンタゴニストを押し出すため圧縮ガスの力に依存した系を利用することができる。エアロゾル又は加圧パッケージが、この目的のため使用されうる。
【0087】
本明細書において使用されるように、「エアロゾル」という用語は、加圧下で高圧ガスにより治療適用部位へ運搬される極めて微細な液体又は固体の粒子を指すものとして、従来の意味で使用される。薬学的エアロゾルを本発明において使用する場合、エアロゾルは、液体担体と高圧ガスとの混合物中に溶解、懸濁、又は乳濁していてもよい治療的に活性な化合物を含有する。エアロゾルは、溶液、懸濁液、乳濁液、粉末、又は半固体の調製物の形態でありうる。本発明において使用されるエアロゾルは、患者の気道を介した、微細な固体粒子として、又は液体ミストとしての投与を目的とするものである。当業者に既知の様々な型の高圧ガスが利用されうる。適当な高圧ガスの例には、これらに限定されないが、炭化水素又はその他の適当なガスが含まれる。加圧エアロゾルの場合、用量単位は計測された量を輸送するための値を提供することにより決定されうる。
【0088】
ガス中に実質的に均一なサイズの極めて微細な液体粒子を生成させる装置である噴霧器を用いて、本発明を実施することもできる。好ましくは、EGF-Rアンタゴニストを含有する液体を、飛沫として分散させる。小飛沫は、噴霧器の排出チューブから気流により運搬されうる。生じたミストは、患者の気道へと進入する。
【0089】
滑沢剤、担体、又は高圧ガスを含む、又は含まないEGF-Rアンタゴニスト又はその類似体を含有する粉末組成物を、治療が必要な哺乳動物へ投与することができる。本発明のこの態様は、吸入により粉末薬学的組成物を投与するための従来の装置を用いて実施されうる。例えば、化合物と、ラクトース又はデンプンのような適当な粉末基剤との粉末混合物を、吸入器の補助により粉末が投与されうる、例えばカプセルもしくはカートリッジ、例えばゼラチン、又はブリスターパック中に単位用量形態で提供することができる。
【0090】
過剰分泌肺疾患を治療するため、組み合わせ療法が使用されうる。特に、粘液繊毛クリアランスを促すための気管支拡張剤、コルチコステロイド、去痰剤、粘液溶解剤等のような過剰分泌の緩解のための従来の治療と、EGF-Rアンタゴニストを組み合わせることができる。
【0091】
患者の状態に応じて、注射(例えば、静脈内)又は吸入により本発明の製剤を輸送することが好ましい場合がある。肺に多量の粘液を有する患者は、一般的に最初は吸入により治療することができない。これは、患者の肺が、肺へのエアロゾル化製剤の吸入が特に効果的でない程に閉塞しているという事実による。しかし、注射による治療の後、又は長期的な維持のため、又は患者の肺が重度に閉塞していない場合には、吸入による投与が好ましい。吸入による投与は、比較的少ない用量が、最も治療が必要な特定の細胞へ局所的に輸送されうるため、好ましい。比較的少ない用量を輸送することにより、任意の副作用が排除されるか、又は実質的に減少する。最も治療が必要な細胞へ直接的に輸送することにより、治療の効果は比較的迅速に実現すると考えられる。
【0092】
本発明と関連して使用されうるいくつかの異なる型の吸入法が存在する。本発明のアンタゴニストは、基本的に3つの異なる型の吸入用製剤へ製剤化されうる。第一に、本発明のアンタゴニストは、低沸点高圧ガスを用いて製剤化されうる。そのような製剤は、一般的に、従来の計測用量吸入器(MDI)により投与されうる。しかし、米国特許第5,404,871号及び第5,542,410号に記されたような、患者の呼気量及び流量(flow rate)を測定する技術を利用することにより、反復可能な投薬を得る能力を増加させるため、従来のMDIを修飾することができる。
【0093】
又は、本発明のアゴニストは、水性溶液又はエタノール溶液中に製剤化され、従来の噴霧器により輸送されうる。しかし、より好ましくは、そのような溶液製剤は、米国特許第5,497,763号、第5,544,646号、第5,718,222号、及び第5,660,166号に開示されたような装置及び系を使用してエアロゾル化される。
【0094】
最後に、本発明のアゴニスト化合物は、乾燥粉末製剤へと製剤化されうる。そのような製剤は、粉末のエアロゾル・ミストを作出した後、乾燥粉末製剤を単に吸入することにより投与されうる。そのような方法を実施するための技術は、1998年7月7日に発行された米国特許第5,775,320号及び1998年4月21日に発行された米国特許第5,740,794号に記載されている。
【0095】
上記において引用された各特許に関して、本出願人らは、これらの特許が肺内薬物輸送における他の出版物を引用していること、及び本発明のアゴニストの輸送に関連して使用されうる特定の方法、装置、及び製剤に関してそのような出版物が参照されうることを指摘しておく。さらに、各特許は、本発明のアゴニスト製剤の製剤化、装置、パッケージング、及び輸送法を開示する目的のため、参照として完全に本明細書に組み込まれる。
【0096】
スクリーニング・アッセイ法
候補薬物
スクリーニング・アッセイ法は、EGFアンタゴニストである生物学的活性を有する候補薬剤を同定するため使用されうる。特に重要であるのは、ヒト細胞に対して低い毒性を有する薬剤に関するスクリーニング・アッセイ法である。標識インビトロ・タンパク質−タンパク質結合アッセイ法、電気泳動移動度シフト・アッセイ法、タンパク質結合に関するイムノアッセイ法等を含む、極めて多様なアッセイ法が、この目的のため使用されうる。精製されたEGFタンパク質又はEGF-Rタンパク質を、三次元結晶構造の決定のため使用し、それを分子間相互作用、トランスポーター機能等のモデリングに使用することもできる。
【0097】
本明細書において使用されるように、「薬剤」という用語は、EGF又はEGF-Rの生理学的機能を改変又は阻害する能力を有する任意の分子、例えばタンパク質又は医薬品を記述するものである。一般的に、様々な濃度に対する示差的な反応を得るため、異なる薬剤濃度を用いて複数のアッセイ混合物が平行して実施される。典型的には、これらの濃度のうちの一つは、陰性対照として、即ちゼロ濃度又は検出レベル未満で使用される。
【0098】
候補薬剤には、多数の化学的クラスが包含されるが、典型的には、それらは、有機分子、好ましくは50ダルトンより大きく、約2,500ダルトン未満である分子量を有する小さい有機化合物である。候補薬剤は、タンパク質との構造的相互作用、特に水素結合に必要な官能基を含み、典型的にはアミン基、カルボニル基、ヒドロキシル基、又はカルボキシル基を少なくとも含み、好ましくは化学的官能基のうちの少なくとも2つを含む。候補薬剤は、前記の官能基のうちの一つ又は複数で置換された、環状炭素又はヘテロ環構造及び/又は芳香族又は多重芳香族構造を含むことが多い。候補薬剤は、ペプチド、糖、脂肪酸、ステロイド、プリン、ピリミジン、それらの誘導体、構造的類似体、又はそれらの組み合わせを含む生物学的分子の中にも見出される。
【0099】
候補薬剤は、合成化合物又は天然化合物のライブラリーを含む極めて多様な起源から得られる。例えば、ランダム化されたオリゴヌクレオチド及びオリゴペプチドの発現を含む、極めて多様な有機化合物及び生体分子のランダム合成及び特異的合成のための多数の手段が利用可能である。又は、細菌、真菌、植物、及び動物の抽出物の形態の天然化合物のライブラリーが、入手可能であるか、又は容易に作製される。さらに、天然又は合成により作製されたライブラリー及び化合物を、従来の化学的手段、物理学的手段、及び生化学的手段により容易に修飾することができ、コンビナトリアル・ライブラリーを作製するため使用することができる。構造的類似体を作製するため、アシル化、アルキル化、エステル化、アミド化等のような特異的又はランダムな化学的修飾を、既知の薬理学的物質に施すことができる。
【0100】
スクリーニング・アッセイ法が結合アッセイ法である場合、検出可能なシグナルを直接的又は間接的に提供することができる標識を、一つ又は複数の分子に結合させることができる。様々な標識には、放射性同位体、蛍光剤、化学発光剤、酵素、特異的結合分子、粒子、例えば磁気粒子等が含まれる。特異的結合分子には、ビオチンとストレプトアビジン、ジゴキシンとアンチジゴキシン等のような対が含まれる。特異的結合メンバーのため、通常、相補的なメンバーが、検出を提供する分子で既知の方法に従い標識される。
【0101】
多様なその他の試薬が、スクリーニング・アッセイ法に含まれうる。これらには、最適なタンパク質−タンパク質結合を促し、かつ/又は非特異的もしくはバックグラウンドの相互作用を減少させるため使用される、塩、中性タンパク質、例えばアルブミン、界面活性剤等のような試薬が含まれる。プロテアーゼ阻害剤、ヌクレアーゼ阻害剤、抗微生物剤等のようなアッセイの効率を改善する試薬が使用されうる。組成物の混合物は、必要な結合を提供する任意の順序で添加されうる。インキュベーションは、任意の適当な温度、典型的には4℃〜40℃の間で実施される。インキュベーション時間は、活性が最適となるよう選択されるが、迅速なハイ・スループット・スクリーニングが促されるよう最適化されてもよい。典型的には、0.1時間〜1時間の間で十分であると思われる。
【0102】
所望の薬理学的活性を有する化合物は、本明細書に記載の製剤として、過剰分泌疾患の治療のため、生理学的に許容される担体中で、宿主へ投与されうる。導入の様式に応じて、化合物は本明細書に記載の多様な方法で製剤化されうる。製剤中の治療的に活性な化合物の濃度は、約0.1〜100重量%で変動しうる。
【0103】
投薬計画
適当な用量レベルも、治療を受ける対象の性質、治療を受ける過剰分泌状態の特定の性質及びその重度、活性成分として使用されるEFGRアンタゴニストの性質、投与の様式、剤形、及び実務者の判断を含む多数の要因に応じて変動すると考えられる。例えば、抗EGF又は抗EGF-Rのような抗体自体を注射可能製剤として投与する場合、用量は、1回の投薬につき20mg/kgから約40mg/kgまでの範囲であると思われる。ある一定日数にわたる反復投与が必要である場合もあるし、又は静脈内手段による投与が連続的であってもよい。慢性状態の場合、投与は必要に応じて比較的長期間にわたり継続される。
【0104】
投薬計画の効率は、患者における改善された肺機能を評価することにより決定されると考えられる。この評価には、痰の粘弾性の測定、痰の努力呼気肺活量及び最大中央呼気流量(midexpiratory flow rate)の改善を含む肺機能の改善の測定が含まれうる。前述の治療計画は、抗生物質、DNAseI、又は過剰分泌肺疾患の治療のためのその他の現行の療法のような補助療法と共に与えられうる。抗生物質を患者の療法の一部として共投与する場合、粘液又は痰の粘性の減少及び粘液又は痰の肺クリアランスの増加を示す、細菌増殖の減少による治療の効率を評価するため、療法後の細菌定量が含まれうる。
【0105】
肺機能試験及び肺過剰分泌疾患の臨床的進展の診断的試験は、当業者に公知である。標準的な肺機能試験には、気道抵抗(AR)、努力肺活量(FVC)、1秒間の努力呼気肺活量(FEV(1))、努力中央呼気流(forced midexpiratory flow)、及び最大呼気流量(PEFR)が含まれる。その他の肺機能試験には、血液ガス分析、薬に対する反応、攻撃及び運動試験、呼吸筋強度の測定、繊維光学的(fibro-optic)気道検査等が含まれる。粘液の特性を研究するためのいくつかの基本的な方法には、例えば磁気マイクロレオメーターを使用したレオロジー、粘液滴と表面との接触角を測定することにより接着表面と接着系との引力を特徴決定するための粘着力が含まれる。繊毛による粘液輸送は、従来の技術、及び直接的な測定を使用して、即ちインサイチューの粘液クリアランスを使用して研究されうる。上皮を介した電位差、肺上皮のイオン輸送系の活性の正味の結果は、適当な微小電極を使用して測定されうる。定量的な形態学的方法が、上皮表面状態を特徴決定するために使用されうる。
【0106】
治療を受ける患者は、ヒトのような霊長類であってもよいし、又は記載された症状を示すその他の任意の動物であってもよい。本発明の方法はヒト患者の治療に特に適合されるが、本発明が獣医実習に対しても適用可能であることが理解されよう。
【0107】
インビトロ・スクリーニング・アッセイ法
本発明のもう一つの態様において、候補薬剤が杯細胞増殖を阻害する治療的可能性を評価するため、即ちそのような薬剤がEGFアンタゴニストとしての活性を有するか否かを評価するため、インビトロ・アッセイ法が使用される。一般的に、そのようなアッセイ法は、(i)杯細胞増殖のインビトロ・モデルを、EGF又はその機能的等価物と接触させる段階、(ii)その後、インビトロ・モデルを候補薬剤と接触させる段階、及び(iii)杯細胞増殖を評価し、その際、杯細胞増殖の阻害を候補薬剤の治療的可能性の指標とする段階を含む。
【0108】
そのアッセイ法は、好ましくは、2つの対照を用いて実施される。ここで、第二の細胞群は化合物と接触させず、第三の細胞群はEGFとは接触させるが、候補薬剤とは接触させない。次いで、EGF及び候補薬剤の細胞への効果の程度を決定するため比較を行う。
【0109】
杯細胞増殖のインビトロ・モデルが使用されうる。例えば、Guzmanら(1995)217:412-419に記載のようにして、ラット気管細胞を単離し培養物中で維持することができる。簡単に説明すると、ラット気管細胞をコラーゲンゲルでコーティングされた半透膜上に播き、まず培地中で浸漬培養し、続いて気体/液体界面で維持する。インビトロ細胞の例には、一次ヒト気管支細胞(Clontech,San Diegoより入手可能)、NCI-H292細胞(ATCC CRL-1848)及びA431細胞(ATCC CRL-1555)が含まれる。
【0110】
インビトロ培養物をEGF及び候補薬剤と接触させる。評価すべき終点及び候補薬剤の性質に応じて、EGFの添加の前に、同時に、又は後に、候補薬剤を培養物と接触させる。培養細胞を、対照と比較した杯細胞増殖の阻害に関して評価する。
【0111】
多様な分子マーカー及び生化学的マーカーが、杯細胞増殖を評価するため使用されうる。使用されうる分子マーカーまたは生化学的マーカーの例には、これらに限定されないが、杯細胞に特徴的な遺伝子発現又はタンパク質発現が含まれる。いくつかのムチン遺伝子、例えばMUC5B(Desseynら(1997)J.Biol.Chem.272:3168-3178)は気道において発現しており、遺伝子産物が粘液中に高度に提示される。ムチン遺伝子の発現は、粘液の産生を決定するための適当なマーカーを提供する。
【0112】
ムチン遺伝子発現は、ノーザンブロット分析、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、ムチン遺伝子プロモーターの検査、又はインサイチュー分析のような従来の技術により評価されうる。又は、ムチン・タンパク質は、検出可能に標識された抗体を使用したウェスタンブロット分析、ELISA、免疫化学等のような従来の方法により評価される。アルシアンブルー/PAS染色を使用したムチンの染色(Louら(1988)Am.J.Respir.Crit.Care Med.157:1927-1934)のような形態学的基準も、培養物中の杯細胞の存在又は欠如を決定するため使用されうる。ムチンに対する抗体は、ELISAアッセイ法を使用して調査されうる。リガンド、例えばEGF、TGF-αによるEGF-Rの刺激は、特定のEGF受容体キナーゼのリン酸化を誘導し、杯細胞産生を引き起こすため、杯細胞誘導の反映としてEGF-Rリン酸化を測定することができる(Donato et al(1984)J.Biol.Chem.264:20474-20481)。
【0113】
肺細胞増殖に関連した分子マーカーまたは生化学的マーカーの減少は、アンタゴニストの治療的可能性の指標である。
【0114】
インビボ・モデル
本発明のさらにもう一つの態様においては、候補薬剤の杯細胞増殖を阻害する治療的可能性を評価するため、インビボ動物モデルが使用される。一般的に、アッセイ法は、(i)EGF-R発現を誘導することにより過剰分泌肺疾患の動物モデルを作出する段階、(ii)ムチン産生杯細胞を作製するため、誘導されたEGF-Rを刺激する段階、(iii)候補薬剤で処理する段階、及び(iv)杯細胞増殖又は粘液分泌を評価し、その際、肺細胞増殖又は粘液分泌の阻害を候補薬剤の治療的可能性の指標とする段階を含む。
【0115】
任意のインビボ過剰分泌肺疾患モデルが使用されうる。例えば、Temannら(1997)Am.J.Respir.Cell.Biol.16:471-478に記載され、本明細書に提供された実施例で示されたような喘息マウス・モデル。又は、Takeyamaら(1998)Am.J.Physiol.に記載されたようなラット・モデルが使用されうる。その他の使用されうる動物モデルの例には、これらに限定されないが、モルモット(杯細胞を構成的に発現する種)及びラットが含まれる。
【0116】
動物モデルの肺組織又は気管組織は、インビトロ・モデルに関して記載されたのと同一の分子マーカー及び生化学的マーカーにより評価されうる。杯細胞増殖の減少は、EGF-Rアンタゴニストの治療的可能性の指標である。
【0117】
以下の実施例は、当業者に本発明の実施法及び使用法の完全な開示及び説明を提供するために記載され、本発明者らが本発明であると見なすものの範囲を制限するものではないし、下記の実験が実施された実験の全てである、又は以下の実験のみが実施されたことを表すためのものではない。使用された数字(例えば、量、温度等)に関しては正確性を保証するよう努力したが、何らかの実験の誤差及び偏差は考えられる。特記しない限り、割合は重量割合であり、分子量は重量平均分子量であり、温度は摂氏であり、圧力は大気圧又はほぼ大気圧である。
【0118】
実験
実施例1
EGF系は気道におけるムチン産生を制御する
杯細胞の過形成は、様々な気道の過剰分泌疾患において起こるが、基礎となるメカニズムが不明であるために、効果的な療法が存在しない。健康な気道においては杯細胞は少ないが、過剰分泌気道疾患においては杯細胞の過形成が起こる。ヒト気管支(NCI-H292)細胞系を研究した。これらの細胞は、EGF-Rを構成的に発現しており、EGF-R遺伝子発現は腫瘍壊死因子α(TNFα)によりさらに刺激された。EGF-Rリガンドによりムチンの合成が増加し、この効果はTNFαとの共インキュベーションにより増加した。
【0119】
病原体を含まないラットの気道上皮細胞は、EGF-Rタンパク質をほとんど発現していなかったが、TNFα(200ng)の気管内滴下により、基底細胞、プレ杯細胞、及び杯細胞においてEGF-Rが誘導されたが、繊毛細胞においては誘導されず、TNFα、EGF、又はTGFα単独では杯細胞増殖が誘導されなかった。しかし、TNFαの後にEGF-Rリガンドを滴下すると、杯細胞及びプレ杯細胞の数が増加し、アルシアンブルー/PAS陽性染色(粘液糖質複合体を反映する)及びムチンMUC5遺伝子発現が著しく増加した。感作されたラットにおいては、オボアルブミンにより、気道上皮における杯細胞産生及びEGF-R発現が引き起こされた。NCI-H292細胞において、TNFαの後にEGF-Rリガンドで刺激されたラットにおいて、及びラット喘息モデルにおいては、EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522)での前処理により、気道における杯細胞産生が防止された。これらの所見により、気道の過剰分泌疾患におけるEGF-Rカスケードの阻害剤の役割が証明される。
【0120】
方法
インビトロ研究
細胞培養 ヒト肺粘液性類表皮癌細胞系、NCI-H292細胞を、加湿5%CO2水ジャケット・インキュベーター(water-jacketed incubator)中で、37℃で、10%ウシ胎児血清、ペニシリン(100U/ml)、ストレプトマイシン(100μg/ml)を含有するRPMI1640培地中で増殖させた。コンフルエントになったとき、細胞をEGF(組換えヒトEGF、25ng/ml、Genzyme,Cambridge,MA)、TGFα(組換えヒトTGFα、25ng/ml、Genzyme)、TNFα(組換えヒトTNFα、20ng/ml、Genzyme)、EGF(25ng/ml)+TNFα(20ng/ml)、又はTGFα(25ng/ml)+TNFα(20ng/ml)と共に12時間、24時間、又は48時間インキュベートした。EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522(10μg/ml、Boehringer Ingelheim Inc.,Ingelheim,Germanyより譲り受けた)を用いた阻害実験においては、増殖因子を添加する30分前に、BIBX1522で細胞を前処理した。インキュベーション後、T-75フラスコ中で増殖した細胞を、全RNA抽出又はタンパク質抽出のため使用し、8チャンバー・スライドを、ムチンを可視化するためのアルシアンブルー/PAS染色のため使用した。
【0121】
ウェスタンブロッティング T-75フラスコ中で増殖した細胞を、溶解させ、1% Triton X、1%ジオキシコール酸ナトリウム、及びPMSF(10mg/ml)を含有するPBSで洗浄し、剥離した。総タンパク質量をBCAタンパク質アッセイ試薬(Pierce,Rockford,IL)により推定した。細胞溶解物をトリシン試料緩衝液及び2%βMEと共に95℃で加熱した。8%アクリルアミドゲルにおけるSDS-PAGEにより、タンパク質を分離した。得られたゲルを転写緩衝液(25mM Tris-HCl、192mMグリシン、20%(容量/容量)メタノール、pH8.3)中で平衡化した。次いで、タンパク質を電気泳動によりニトロセルロース膜に転写した。次いで、5%無脂肪スキムミルクを含む0.05%Tween20含有PBS中で、膜を1時間インキュベートした。次いで、膜をモノクローナルマウス抗EGF-R抗体(1:100)と共に4℃で一晩インキュベートした。結合した抗体を、アビジン−ビオチン−アルカリホスファターゼ複合体法(ABCキット、Vector Laboratories)のための標準的なプロトコールに従い可視化した。EGF-Rの陽性対照として、A431細胞由来の細胞溶解物を使用した(20)。
【0122】
NCI-H292細胞におけるEGF-Rの免疫細胞化学的局在部位 8チャンバー・スライド上で増殖させた細胞を、4%パラホルムアルデヒドで1時間固定した。EGF-Rを染色するため、0.05%Tween20、2%正常ヤギ血清、及び2mMレバミゾールを含有するPBSを、抗体の希釈剤として使用した。切片を、EGF-Rに対するマウス・モノクローナル抗体(1:250)と共に4℃で一晩インキュベートし、次いで過剰の一次抗体を除去するためPBSで3回洗浄した。次いで、細胞を、1:200希釈のビオチン化ウマ抗マウス免疫グロブリン(Vector Laboratories,Burlingame,CA)と共に1時間室温でインキュベートした。アビジン−ビオチン−アルカリホスファターゼ複合体法(ABCキット、Vector Laboratories,Burlingame,CA)のための標準的なプロトコールに従い、結合した抗体を可視化した。
【0123】
プローブ EGF-R mRNA発現を、直鎖化されたpTRI-EGF-R-ヒト・プローブ鋳型(Ambion,Austin,TX)を使用して決定した。このプローブは、エキソン12〜14に相当するヒトEGF-R遺伝子の360bpのcDNA断片を含有する。MUC5遺伝子発現は、ヒトMUC5AC遺伝子の298bpのcDNA断片を含有するヒトMUC5ACプローブ(Dr.Carol Basbaumより譲り受けた)を使用して決定された。
【0124】
ノーザンブロッティング 各条件で、トリ・リージェント(Tri-Reagent)(Molecular Research Ctr,Cincinnati,OH)を使用して、T-75組織培養フラスコ中で増殖させたNCI-H292細胞から、全RNAを抽出した。全RNA(10μg)を1%アガロース/ホルムアルデヒドゲル上で電気泳動させ、キャピラリー・ブロッティングによりナイロン膜(Amersham,Arlington Heights,IL)へ転写した。プローブをランダム・プライムド(Random Primed)DNA標識キット(Boehringer Mannheim Corp.,Indianapolis,IN)を使用して32Pで標識した。ブロットに、32P標識特異的cDNAプローブを42℃で4時間プレハイブリダイズさせ、次いで42℃で16時間ハイブリダイズさせた。ハイブリダイゼーション溶液は、250mM Tris-HCl(pH7.5)、5%SDS、1%BSA、1%ポリビニル−ピロリドン、1%フィコール、及び0.5%ピロリン酸ナトリウムを含有していた。ハイブリダイゼーション後、膜を、室温で30分間、0.1%SDSを含む2×SSCで2回洗浄し、さらに50℃で30分間、0.1%SDSを含む2×SSCで2回洗浄し、0.1%SDSを含む0.1×SSCで1回濯いだ。膜をX線フィルムへ感光した。
【0125】
インビボ研究
実験的動物プロトコールは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の動物研究に関する委員会(the Committee on Animal Research,University of California San Francisco)により承認された。体重230〜250gの特定の病原体を含まない雄F344フィッシャー(Fisher)ラット(Simonsen Laboratories,Gilroy,CA)を温度調節された(21℃)部屋で、自由に摂取することができる標準的な実験的飼料及び水で維持した。
【0126】
健康ラット メトヘキシタールナトリウム(Brevital sodium、50mg/kg、i.p.;Eli Lilly & Co.,Indianapolis,IN)でラットに麻酔をかけ、自発的に呼吸をさせた。TNFαが気道においてEGF-Rをアップレギュレートするか否かを決定するため、TNFα(200ng、100μl)を気管内に滴下し、24時間後に動物を安楽死させた。EGF又はTGFαが気道上皮において杯細胞を誘導するか否かを調査するため、EGF(600ng、100μl)又はTGFα(ラット合成TGFα、250ng、100μl;Sigma,St Louis,MI)を、単独で、又はTNFα(200ng、100μl)を滴下した24時間後に、気管内に滴下し、48時間後に動物を安楽死させた。各研究において、無菌PBS(100μl)を対照として気管内に滴下した。ムチン産生がEGF-Rの活性化を介して起こるか否かを確認するため、EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522(阻害剤を使用した研究から癌増殖を阻害すると推定された用量)の効果を調査した。ラットを、TGFαの滴下の1時間前及び24時間後に、BIBX1522(3、10、又は30mg/kg、i.p.)で前処理した。TGFαの滴下の48時間後、調査のため気管及び肺を摘出した。
【0127】
感作されたラット
感作 0日目及び10日目に、100mgの水酸化アルミニウムと複合体化されたオボアルブミン(10mg、等級V;Sigma,St Louis,MO)を含む0.5mlの無菌食塩水の腹腔内注射により、ラットを感作した。次いで、ラットを10日間休息させた。20日目に、オボアルブミンを気管内に直接送達し、気管内滴下により、3回(20日目、22日目、及び24日目)、0.1%オボアルブミンを含む100μlの食塩水を動物に接種した。接種をしていないラット(20日目)又は3回目の接種の48時間後のラット(26日目)を安楽死させた。この手法により、杯細胞化生が誘導された。杯細胞の過形成を遮断するため、感作されたラットをEGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522で前処理した。オボアルブミン接種の日(20日目、22日目、及び24日目)、感作されたラットをBIBX1522(10mg/kg、i.p.、接種の1時間前)で前処理し、次いでオボアルブミンと共にBIBX1522を気管内に滴下した(BIBX1522、10-5M、100μl)。ラットを安楽死させる前の日まで、24時間毎にBIBX1522をi.p.注射した。動物を安楽死させた後、3回目の接種の48時間後に気管を取り出した。
【0128】
組織の調製 麻酔中の予め選択された時間に、120mmHgの圧力で、1%パラホルムアルデヒドを含むDEPC処理PBSを、全身循環系に潅流した。次いで、気管を摘出し、4%パラホルムアルデヒド中に24時間放置した。固定後、気管及び肺を、細胞分析のためJB-4+モノマー溶液Aに包埋するか、又は免疫組織化学及びインサイチュー・ハイブリダイゼーションのためO.C.T.化合物(Sakura Finetek U.S.A.,Inc.,Torrance,CA)に包埋した。包埋された組織を横断切片(厚さ4mm)として切断し、スライド上に設置した。
【0129】
細胞分析 油浸対物レンズ(倍率×1000)を用いて、2mmの基底膜上の上皮細胞核を計数することにより、上皮細胞の総数を計数した。分析された上皮の各領域下の基底膜の直線的な長さは、基底膜のデジタル化された画像の輪郭をトレースすることにより決定された。刺激因子の滴下後、「発達中の」杯細胞が形成される。これらの細胞は、アルシアンブルー/PAS陽性顆粒を有するが、顆粒のサイズは小さく、細胞質顆粒の数は少ない。本発明者らは、これらの「発達中の」杯細胞を、細胞が成熟杯細胞になる前の段階である、「プレ杯細胞」と名付けた。杯細胞は、細長い立方体形であり、杯から低い円柱の形状をしており、アルシアンブルー/PAS染色顆粒が、核と内腔表面との間の細胞質の大部分を満たしている。プレ杯細胞は、比較的小さい粘液染色面積(基底膜から内腔表面までの上皮の高さの1/3未満)を有するか、又は散在したアルシアンブルー/PASにより弱く染色される小さな顆粒を有する細胞と定義される。繊毛細胞は、縁に繊毛があること、細胞質が弱く染色されること、及び核が大きく丸いことにより認識される。非顆粒形成分泌細胞は、円柱形であり、内腔から基底層にまで拡がっている。細胞質は薄い桃色に染色され、数個のPAS陽性アルシアンブルー陰性顆粒が細胞質に観察される。基底細胞は、基底膜の直ぐ上に位置するが、気道内腔には達しない、大きな核を有する小さな平板状の細胞である。
【0130】
杯細胞産生の定量 杯細胞産生は、他に記載されている半自動イメージングシステム(Weberら(1984)Science 224:294-297)を使用して、粘膜表面上皮上のアルシアンブルー/PAS染色粘液物質の体積密度により決定された。本発明者らは、アルシアンブルー/PAS陽性染色面積及び総上皮面積を測定し、アルシアンブルー−PASにより染色された総面積に対する割合としてデータを示した。分析は、パブリック・ドメインNIHイメージ・プログラム(米国国立衛生研究所で開発され、zippy.nimh.govからの作者不明のFTPによりインターネットから、又はNational Technical Information Service,Springfield,VA,part number PB95-500195GEIからのフロッッピーディスクから入手可能である)を用いて実施された。
【0131】
ラット上皮におけるEGF-Rの免疫組織化学的局在部位 EGF-Rの局在部位決定は、ラット気管の凍結切片において、EGF-Rに対する抗体(Calbiochem,San Diego,CA)を用いた免疫組織化学的染色を使用して調査された。1%パラホルムアルデヒドを含むPBSによる潅流の後、組織を4%パラホルムアルデヒドを含むPBS中に1時間放置し、次いで凍結保護のための30%ショ糖中に一晩取り出した。気管をO.C.T.化合物(Sakura Finetek U.S.A.,Inc.,Torrance,CA)に包埋し、凍結させた。凍結切片(5μm)を切断し、ガラススライド(Superfrost Plus,Fisher Scientific,Pittsburgh,PA)上に設置した。免疫学的染色はインビトロ研究と同様にして実施された。
【0132】
プローブの調製 ラットMUC5のcDNAは、Dr.Carol Basbaumより譲り受けた。ラットMUC5の320bpのcDNA断片を、転写ベクターpBluescript-SK(-)(Stratagene,La Jolla,CA)のXba/hindIII部位にサブクローニングした。インサイチュー・ハイブリダイゼーション用のRNAプローブを調製するため、このラットMUC5 cDNA断片を含有する組換えプラスミドを直鎖化し、それぞれアンチセンス・プローブ又はセンス・プローブを得るため、T7又はT3ポリメラーゼを用いてインビトロで転写した。インサイチュー・ハイブリダイゼーション用のプローブを、[35S]UTPの存在下で生成させた。転写後、cDNA鋳型をDNaseで消化し、放射標識RNAをセファデックスG-25クイックスピン(登録商標)(Sephadex G-25 Quick SpinTM)カラム(Boehringer Mannheim,Indianapolis,IN)により精製し、エタノール/酢酸アンモニウム溶液中で沈殿させた。使用前に、RNAプローブを70%エタノールで洗浄し、10mM DTTで希釈した。
【0133】
インサイチュー・ハイブリダイゼーション 凍結切片(5μm)を切断し、正の電荷を有するガラススライド(Superfrost Plus,Fisher Scientific,Pittsburgh,PA)上に設置した。センス・プローブ及びアンチセンス・プローブを用いたハイブリダイゼーションのため、近位で切断された切片を使用した。代替的な切片を、アルシアンブルー/PAS染色のため使用した。標本を4%パラホルムアルデヒドで再固定し、0.5×SSC中で再水和し、次いで無水酢酸を含むトリエタノールアミン中でアセチル化した。ハイブリダイゼーションを、2500〜3000cpm/μlのアンチセンス・プローブ又はセンス・プローブを含む50%脱イオン化ホルムアミド、0.3M NaCl、20mM Tris、5mM EDTA、1×デンハルト溶液、20mMジチオスレイトール、10%デキストラン硫酸、0.5mg/ml酵母tRNA、及び0.5mg/mlの超音波処理されたサケ精子DNAを用いて、55℃で一晩実施した。ハイブリダイゼーション後の処理は、室温における2×SSC、1mM EDTA、10mMβ−メルカプトエタノールでの洗浄、室温における30分間のRNase溶液(20mg/ml)とのインキュベーション、55℃における2時間の0.1×SSC、1mM EDTA、10mMβ−メルカプトエタノールでの洗浄、及び室温における0.5×SSCでのさらなる洗浄からなっていた。標本を脱水し、空気乾燥し、オートラジオグラフィーのため、コダックNBTヌクレア・トラック・エマルジョン(Kodak NBT nuclear track emulsion)(Eastman Kodak,Rochester,NY)でカバーした。4℃における7日から21日の感光後、スライドを現像し、固定し、ヘマトキシリンで対比染色した(21)。
【0134】
統計 全てのデータを平均±SEMで表す。群間の統計的有意差を決定するため、一元配置分散分析を使用した。分散分析において統計的な差が同定された場合には、多重比較のための補正に、シェフェのF検定を使用した。帰無仮説のための0.05未満の確率が、統計的有意差を示すものとして許容された。
【0135】
結果
TNFαはNCI-H292細胞におけるEGF-Rの産生を刺激する 第一に、本発明者らは、NCI-H292細胞がEGF-Rを構成的に発現しているか否かを決定した。イムノブロットのウェスタン分析により、NCI-H292細胞のコンフルエント培養物中にEGF-Rタンパク質が存在することが同定された(図1A、右)。細胞はコンフルエントになった後調査された。溶解物を8%アクリルアミドゲル上で電気泳動し、抗EGF-R抗体でブロットした。マーカー・タンパク質の分子量は右側に報告されている。EGF-Rの陽性対照は、EGF-Rを構成的に発現している(Weberら(前記))A431細胞由来のタンパク質であった(図1A、左)。抗EGF-R抗体を用いた免疫細胞化学的研究により、分裂中の細胞において最も著しい陽性染色が明らかになった(図1B、NCI-H292細胞の培養物における抗EGF-R抗体を用いた免疫細胞化学的分析)。コンフルエント状態になったとき、分裂中の細胞において最も強く、陽性染色が観察された(矢印、右側)。一次抗体が存在しない場合には、染色は存在しなかった(左側)。ノーザンブロッティングにより、TNFα(20ng/ml)がEGF-R遺伝子発現をアップレギュレートすることが示され、その効果は12時間後に存在し、24時間後に増加した(図1C、NCI-H292細胞におけるEGF-Rのノーザン解析)。解析は、12時間又は24時間、TNFα(20ng/μl)と共にインキュベートされたコンフルエント培養物から抽出された全RNAに対して実施された。RNAをホルムアルデヒドアガロースゲル上で電気泳動させ、ナイロン膜へ転写し、32P-標識EGF-R cDNAプローブをハイブリダイズさせた。ハイブリダイゼーション後、膜を洗浄し、オートラジオグラフィーを行った。
【0136】
EGF-RリガンドはNCI-H292細胞における粘液糖質複合体の発現及びMUC5遺伝子発現を刺激する EGF-RはNCI-H292細胞において構成的に発現されているため、本発明者らは、EGF-Rリガンド(EGF、TGFα)が粘液糖質複合体の産生を誘導する能力を評価した(図2、上カラム、ムチン糖タンパク質の同定のためのNCI-H292細胞のアルシアンブルー/PAS染色)。上カラム=阻害剤の非存在下での細胞のインキュベーション。下カラム=EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522(10μg/ml)の存在下でのインキュベーション。細胞を単独でインキュベートした場合には(対照)、いくつかのPAS陽性染色が観察され(矢印、上カラム)、TNFα(20ng/ml)単独とのインキュベーションは染色に影響を与えず、EGF(25ng/ml)又はTGFα(25ng/ml)とのインキュベーションはPAS陽性染色を増加させ(矢印)、TNFα+TGFαとのインキュベーションは染色を顕著に増加させた(矢印、上カラム)。
【0137】
いくつかの対照細胞は染色を示し、TNFα(20ng/ml)単独とのインキュベーションは染色に影響を与えず、EGF又はTGFα(それぞれ25ng/ml)のいずれかとのインキュベーションはPAS陽性染色を増加させ(矢印)、TNFα+TGFαとのインキュベーションは、いずれかのリガンド単独の場合よりもはるかに多く染色を増加させた。従って、EGF-RリガンドはNCI-H292細胞における粘液糖質複合体を誘導する。
【0138】
MUC5遺伝子発現を調査するため、ノーザンブロッティングを実施した(図3)。全RNA(10μg)を細胞から抽出し、ホルムアルデヒド−アガロースゲル上で電気泳動させ、ナイロン膜へ転写し、32P-標識MUC5 cDNAプローブをハイブリダイズさせた。ハイブリダイゼーション後、膜を洗浄し、オートラジオグラフィーを行った。MUC5遺伝子発現に対して、12時間(上カラム)又は24時間(下カラム)、培地単独(C)、EGFもしくはTGFα(25ng/ml)、TNFα(20ng/ml)、又はTNFαとEGFもしくはTNFαとTGFαのいずれかとの組み合わせを含む培養物を得た。EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522、10μg/ml、下カラム)とのプレインキュベーション後、TNFαとEGF又はTNAαとTGFαのいずれかとを含む培養物も得た。
【0139】
NCI-H292細胞は、対照の状態においてある程度の発現を示し(図3、左下カラム)、細胞をEGF又はTGFαと共にインキュベートした場合には、MUC5遺伝子発現は12時間後にはほとんど認識されず、24時間後に明確に発現した。TNFα単独では、MUC5遺伝子発現に影響を与えなかったが、EGF-Rリガンドと共にインキュベートされた細胞へTNFαを添加した場合には、MUC5遺伝子発現はEGF-Rリガンド単独により引き起こされたレベルを顕著に超えて増加した。
【0140】
EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522)はNCI-H292細胞における粘液糖質複合体の発現及びMUC5遺伝子発現を阻害する EGF-R受容体の活性化がMUC5遺伝子発現を誘導するという仮説を検証するため、細胞をEGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522と共にインキュベートした。NCI-H292細胞をBIBX1522(10μg/ml)で前処理した場合、PAS陽性染色が対照状態において阻害され、EGF-Rリガンドにより起こる染色の増加は顕著に阻害された(図2、下カラム)。ノーザン解析において、TNFαとEGF又はTNAαとTGFαとの組み合わせにより顕著に増加したMUC5遺伝子発現は、BIBX1522とのプレインキュベーションにより完全に阻害された(図3、下カラム)。これらの結果は、NCI-H292細胞におけるムチン遺伝子及び粘液糖タンパク質の誘導に、EGF-Rの活性化が関与していることを示している。
【0141】
TNFαはラットにおけるEGF-R産生を刺激する (構成性には気道上皮杯細胞をほとんど有さない)病原体を含まないラットを、始めにTNFαの役割について研究した。対照状態において、気管上皮はEGF-R陽性細胞をほとんど含有していなかった(図4A、左)。しかし、TNFα(200ng)の気管内滴下により、気管上皮の様々な細胞型においてEGF-Rタンパク質が誘導された(図4A、右)。EGF-R陽性染色は杯細胞(G)、プレ杯細胞(P-G)、非顆粒形成分泌細胞(S)、及び基底細胞(Ba)に存在したが、繊毛細胞には存在しなかった。従って、TNFαはEGF-Rタンパク質産生を誘導する。
【0142】
ラットにおける粘液糖質複合体の産生及びMUC5遺伝子発現におけるEGF-Rリガンドの役割 対照状態において、気管上皮は杯細胞及びプレ杯細胞をほとんど含有していなかった。EGF-Rリガンド、EGF(600ng、示していない)、又はTGFα(250ng、表1)単独の気管内滴下は、上皮における粘液糖質複合体の産生に影響を与えなかった。しかし、TNFα(200ng)を最初に与え、次に24時間以内にEGF又はTGFαを与え(表1)、48時間後に動物を安楽死させた場合、アルシアンブルー/PAS染色が顕著に増加し、杯細胞及びプレ杯細胞の数が顕著に増加したが、細胞の総数又は繊毛細胞数は変化しなかった(表1)。MUC5遺伝子のインサイチュー・ハイブリダイゼーションにより、対照動物においては発現が示されなかった。TNFαの後にEGF又はTGFαを気管内に滴下した場合には、MUC5の発現が上皮において可視化された。従って、EGF-R単独の誘導又はEGF-Rリガンド単独による刺激は、杯細胞化生又は粘液糖質複合体の産生を誘導するのに不十分であった。しかし、TNFαによるEGF-Rの誘導後には、EGF-Rリガンドの滴下により杯細胞化生が顕著に刺激された。
【0143】
〔表1〕 気管上皮における細胞分析

表1 ラットにおける気管上皮細胞に対するメディエータ及びオボアルブミン感作の効果。細胞は「方法」に記載のようにして分析された。各群5匹のラットである。特徴決定は、(粘液糖質複合体を染色する)アルシアンブルー(AB)/PAS染色により補助された。細胞の計数に加え、全上皮面積のうちAB/PAS染色面積が占める割合を計算した。対照の気道、およびTGFα(250ng)単独で刺激された気道は、杯細胞及びプレ杯細胞をほとんど含有していなかった。AB/PASによる染色はほとんど存在しなかった。TNFα(200ng)の後TGFαで刺激することにより、杯細胞及びプレ杯細胞の数が増加し、AB/PAS染色細胞が占める面積が増加した。腹腔内(ip)のオボアルブミン(OVA)によるラットの感作は、細胞分布又はAB/PAS染色に対する効果を有さなかったが、OVAをipで与えた後、OVAを気管内(it)に滴下した場合には、杯細胞及びプレ杯細胞、並びにAB/PAS染色が占める面積の割合の著しい増加が見られた。
【0144】
ラットにおけるオボアルブミン感作はEGF-R及び杯細胞産生を誘導する 急性喘息による死亡は、気道の粘液閉塞によることが報告されているため、病原体を含まないラットで喘息のモデルを作製した。0日目及び10日目にオボアルブミン(10mg、ip)を注射しても、杯細胞過形成は刺激されなかった(表1)。しかし、この後、20日目、22日目、及び24日目にオボアルブミン(100μl中0.1%)を3回気管内(i.t.)滴下し、26日目に動物を安楽死させた場合、杯細胞及びプレ杯細胞数は顕著に増加したが、繊毛細胞及び基底細胞の数は不変であった(表1、右側)。抗EGF-R抗体を用いた免疫組織化学的研究は、対照気管において染色を示さなかった。i.p.及びi.t.の両方で感作された動物は、AB/PASで陽性に染色された細胞において(図4B、右)選択的にEGF-R染色を示した(図4B、左)。オボアルブミン(0.1%、100ml)の3回の気管内滴下の後、杯細胞及びプレ杯細胞(左下)、アルシアンブルー/PASで陽性に染色された同一の細胞(右下)において、EGF-R免疫反応性が強く発現された(左下)。従って、オボアルブミン喘息モデルは、EGF-Rを産生する細胞において杯細胞増殖を示した。
【0145】
EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522)はラットにおけるTNFα+EGF-Rリガンドの滴下及びオボアルブミン感作により誘導される杯細胞産生を阻害する BIBX1522は、培養細胞におけるムチン産生を阻害したため、この阻害剤の効果を、病原体を含まないラットにおいて調査した。TNFαの後にEGF-RリガンドTGFαを気管内滴下することにより増加したアルシアンブルー/PAS染色は、BIBX1522(3〜30mg/kg、ip;図5A)での前処理により用量依存的に阻害された。(EGF-Rを誘導するための)TNFαの気管内滴下後にEGF-RリガンドTGFαを気管内滴下することにより、著しい杯細胞化生が引き起こされた。
【0146】
オボアルブミンで感作されたラットにおいて、BIBX1522(10mg/kg、ip)での前処理により、杯細胞の産生が完全に阻害された(アルシアンブルー/PAS染色により評価、図5B)。i.p.でのみオボアルブミンを与えられた動物は、気管支上皮におけるAB/PAS陽性染色をほとんど示さなかった。まずi.p.でOVA感作された後、OVAを3回気管内(i.t.)滴下された動物は、AB/PAS陽性染色の顕著な増加を示した。
【0147】
これらの研究は、EGF-Rが、EGF-Rリガンドにより刺激された場合、インビトロ及びインビボで杯細胞産生を誘導すること、その効果が、EGF-Rの活性化によるものであり、EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤により遮断されたことを示している。オボアルブミン喘息モデルにおいても、阻害剤は杯細胞産生の阻害において効果的であった。
【0148】
杯細胞を誘導するメカニズムの記載に加え、本発明の結果は、EGF-Rの発現に基づく杯細胞産生の展開の、可能性のある順序を示唆している。TNFαによる刺激により非顆粒分泌細胞の強い染色が誘導され、その後のEGF-Rリガンドによる活性化により細胞質内の粘液糖質複合体の進行的な染色が引き起こされ、細胞が「プレ杯細胞」となり、次いで「杯」細胞となった。TNFαの滴下後のEGF-Rリガンドの滴下により、上皮細胞の総数が改変されることなく杯細胞産生が誘導され、このことから、EGF-R活性化により選択的な細胞分化(増殖ではない)が促進されたことが示唆される。その所見から、杯細胞が、EGF-Rを発現し、EGF-Rリガンドにより刺激されてムチンを産生する非顆粒分泌細胞に由来していることが示唆される。
【0149】
急性喘息により死亡した患者において、杯細胞化生及び粘液栓形成は重要な所見である。マウス喘息モデルにおいて、気道の感作はオボアルブミンの反復滴下の後に起こり、顕著な気道杯細胞の過形成を引き起こした。本発明者らは、EGF-Rが対照気道上皮においては発現されず、感作された動物においては発現していることを示している。染色された細胞はプレ杯細胞及び杯細胞であり、このことから、EGF-Rが杯細胞産生に関与していることが示唆される。EGF-R受容体チロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522)による前処理により、気道杯細胞産生が抑制され、このことから実験的喘息における杯細胞産生におけるEGF-R活性化の役割が確認された。
【0150】
本発明の結果は、杯細胞過形成にEGF-R経路が関与していることを示している。オゾン、二酸化硫黄、ウイルス、リポ多糖、血小板活性化因子、及びインターロイキン-4のような様々な刺激因子がムチンの発現及び分泌をアップレギュレートすることが、以前の研究で示されている。本発明は、これらの炎症刺激因子とEGF-R系との関係を評価するためのメカニズムを提供する。
【0151】
喘息は本発明の治療法の一例として使用されている。通常のヒト気道上皮は、杯細胞1個に対し3〜10個という比率の繊毛細胞を有する。喘息において、杯細胞の数は繊毛細胞と等しいか、又はそれよりも多く、喘息状態で死亡する患者においては、喘息以外の呼吸器疾患で死亡する患者数と比較して、杯細胞が占める面積の割合が30倍増加している。杯細胞の産生の阻害は、この過剰分泌の起源を排除する。杯細胞の生活環は不明であるため、治療による杯細胞過形成の消散の経過を正確に予測することができない。さらなるアレルゲンへの曝露が存在しない場合、以前に感作されたマウスにおける杯細胞過形成は、その他のアレルギー性炎症の兆候と共に50日以内に消散した。EGF-R活性化の阻害は、杯細胞の寿命によって、はるかに迅速に杯細胞過形成を阻害する可能性がある。最近、高度に選択的なATP競合性チロシンキナーゼ阻害剤が報告されている。EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤は、EGF-R発現と関連した悪性腫瘍の治療のため評価されている途中の段階である。
【0152】
過剰分泌は、多くの気道の慢性炎症性疾患における主要な兆候である。現在、これらの疾患の症状を緩解し、進行を停止させるための効果的な療法は存在しない。本発明の所見は、EGF-R活性化を阻害することにより杯細胞産生が抑制されるという、療法のためのメカニズム及び方法を提供する。EGF-R活性化の阻害剤が、過剰分泌気道疾患における療法として提唱される。
【0153】
実施例2
杯細胞の産生における酸化ストレスの役割
ヒトにおいて、長期的な喫煙は、杯細胞過形成を含む末梢気道における進行的な病理学的変化と関連していることが示唆されている。同様に、動物における実験的な喫煙モデルは、気道における杯細胞過形成を引き起こすことが示されている。しかし、タバコ煙がムチン合成を誘導するメカニズムは不明である。以下のデータは、炎症誘導性サイトカインにより活性化された好中球及びタバコ煙が、EGF-Rのリガンド非依存性活性化を介して、ヒト気管支上皮細胞におけるMUC5AC合成を引き起こすことを証明する。これらの結果は、動員された好中球及びタバコ煙が、気道におけるムチン産生細胞の異常な誘導を引き起こしうる、上皮細胞分化の制御因子であることを意味している。
【0154】
方法
好中球の単離 ヒト好中球を健康なヒトドナーから得られた末梢血から精製した。好中球の単離は、フィコール−ハイパック(Ficoll-Hypaque)勾配分離、デキストラン沈降、及び赤血球の高張溶解の標準的な技術により実施された。通常トリパンブルー色素排斥により、95%より多くの細胞が生存していた。内毒素混入を防止するため、全ての溶液を、0.1μmフィルターに通した。
【0155】
細胞培養 ヒト肺粘液性類表皮癌細胞系、NCI-H292細胞を、加湿5%CO2水ジャケット・インキュベーター中で、37℃で、10%ウシ胎児血清、ペニシリン(100U/ml)、ストレプトマイシン(100μg/ml)、及びヘペス(25mM)を含有するRPMI1640培地中で増殖させた。6穴培養プレート又は8チャンバー・スライドのいずれかを、細胞を培養するために使用した。コンフルエントになったとき、細胞を、好中球単独(106細胞/ml)、TNFα単独(組換えヒトTNFα、20ng/ml、Genzyme,Cambridge,MA)、IL-8単独(組換えヒトIL-8、10-8M、Genzyme)、fMLP単独(10-8M、Sigma,St.Louis,MO)、TNFα+好中球、IL-8+好中球、fMLP+好中球、過酸化水素(H2O2、200μM)、タバコ煙溶液、又はTGFα(組換えヒトTGFα、0.1〜25ng/ml、Calbiochem,San Diego,CA)と共に1時間インキュベートした。次いで、細胞を洗浄し、新鮮な培地単独と共にインキュベートした。予め選択された時間に実験を終了させた(mRNAについては6時間及び12時間、タンパク質については24時間)。対照として、同じ時間、細胞を培地単独と共にインキュベートした。好中球を用いた別の研究においては、TNFαがMUC5AC合成に対して最も強い効果を有していたため、TNFαを刺激因子として選択した。TNFα(20ng/ml)と共に1時間インキュベートされた好中球と共に、NCI-H292細胞を1時間インキュベートし、次いで上清(例えば、好中球から放出された分子)の混入を回避するため無菌PBSで洗浄するか、又はNCI-H292細胞を上清のみと共にインキュベートした。EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤を用いた阻害研究においては、刺激因子を添加する30分前に、BIBX1522(10μg/ml、Boehringer Ingelheim Inc.,Ingelheim,Germanyより譲り受けた)又はチルホスチン(Tyrphostin)AG1478(10μM、Calbiochem)でNCI-H292細胞を前処理した。血小板由来増殖因子受容体チロシンキナーゼの選択的阻害剤(チルホスチンAG1295、100μM、Calbiochem)、及びチルホスチンの陰性対照(チルホスチンA1、100μM、Calbiochem)の効果も調査した。EGF-Rリガンドに対する遮断抗体を用いた阻害研究においては、上清を抗TGF-α抗体(Calbiochem)又は抗EGF抗体で30分間前処理し、次いでNCI-H292細胞へ添加した。酸素フリーラジカルの役割は、酸素フリーラジカルのスカベンジャーDMSO(1%、Sigma)、1,3-ジメチル-2-チオ尿素(DMTU、50mM、Sigma)、又はスーパーオキシドジスムターゼ(SOD、300U/ml、Sigma)を使用して調査された。
【0156】
タバコ煙溶液の調製 研究用煙草(コード2R1、University of Kentucky Tobacco and Health Research Foundationのため作製された)を研究に使用した。タバコ煙溶液を、以前に記載されたようにして調製した(Dusserら(1989)J.Clin.Invest.84:900-906)。簡単に説明すると、1分当たり1吹きの速度でタバコ煙をポリプロピレン・シリンジ(35ml)に吸引し(10回)、50mMヘペス緩衝液を含有する20mlのRPMI1640中へ徐々に通した。次いで、煙溶液をpH7.4に滴定し、調製直後に使用した。
【0157】
NCI-H292細胞における粘液糖質複合体及びMUC5ACタンパク質の可視化 実験の最後に、8チャンバー・スライドで増殖させた細胞を4%パラホルムアルデヒドで1時間固定し、次いでアルシアンブルー/過ヨウ素酸−シッフ(PAS)で染色して粘液糖質複合体を可視化するか、又はMUC5ACの免疫細胞化学のため使用した。MUC5ACの免疫細胞化学のため、0.05%Tween20、2%正常ヤギ血清、及びレバミゾール(2mM)を含有するPBSを、抗体の希釈剤として使用した。細胞をMUC5ACに対するマウスmAb(クローン45M1、1:200、Neo Markers,Fremont,CA)と共に1時間室温でインキュベートし、次いで過剰の一次抗体を除去するためPBSで3回洗浄した。次いで、細胞を1:200希釈のビオチン化ウマ抗マウスIgG(Vector Laboratories Inc.,Burlingame,CA)と共に室温で1時間インキュベートした。結合した抗体を、アビジン−ビオチン−アルカリホスファターゼ複合体法のための標準的なプロトコールに従い可視化した。
【0158】
ヒトMUC5AC遺伝子のインサイチュー・ハイブリダイゼーション ヒトMUC5ACの298bpのcDNA断片を、TAクローニング・ベクター(Invitrogen,San Diego,CA)に挿入した。RNAプローブの調製及びインサイチュー・ハイブリダイゼーションを、前記のようにして実施した。
【0159】
MUC5ACタンパク質のイムノアッセイ法 前記のようにしてMUC5ACタンパク質を測定した。簡単に説明すると、細胞溶解物を複数の希釈率のPBSを用いて調製し、各試料50μlを96穴プレート(Maxisorp Nunc,Fisher Scientific,Santa Clara,CA)で重炭酸−炭酸緩衝液(50μl)と共に40℃で乾燥するまでインキュベートした。プレートをPBSで3回洗浄し、2%BSA(第V画分、Sigma)で室温で1時間ブロッキングした。プレートを再びPBSで3回洗浄し、次いで0.05%Tween20を含有するPBSで希釈されたマウス・モノクローナルMUC5AC抗体(1:100)50μlと共にインキュベートした。1時間後、ウェルをPBSで3回洗浄し、100μlの西洋ワサビペルオキシダーゼ−ヤギ抗マウスIgG複合体(1:10,000、Sigma)を各ウェルに分離した。1時間後、プレートをPBSで3回洗浄した。色反応をTMBペルオキシダーゼ溶液(Kirkegaard & Perry Laboratories,Gaithersburg,MD)を用いて発色させ、2N H2SO4で停止させた。450nmの吸光度を読み取った。
【0160】
TGFαタンパク質の定量的分析 市販のELISAキット(Sigma)を使用して、製造業者の指示に従い、TGFαタンパク質を測定した。好中球+TNFα(20ng/ml)の1時間のインキュベーションの後採取された上清を、1% Triton X-100、1%デオキシコール酸ナトリウム、及びいくつかのプロテアーゼ阻害剤(Complete Mini,Boehringer Mannheim,Germany)を含有する溶解緩衝液PBSと混合し、次いでTGFαを測定するために使用した。
【0161】
EGF-Rタンパク質の免疫沈降及びチロシン・リン酸化に関するイムノブロッティング 細胞を24時間無血清培地で培養し、次いでTGFα、H2O2、又は活性化された好中球の上清で15分間刺激した。刺激後、細胞を溶解し、回転式振とう器中で4℃で30分間インキュベートした。不溶性材料を除去するため、細胞溶解物を14,000rpmで5分間4℃で遠心分離した。等量のタンパク質を含有する上清の一部を、抗EGF受容体抗体(ポリクローナル、Ab4、Calbiochem)及び20μlのプロテインA−アガロース(Santa Cruz)で2時間4℃で免疫沈降させた。沈降物を0.5mlの溶解緩衝液で3回洗浄し、SDS試料緩衝液に懸濁させ、5分間加熱した。タンパク質を8.0%アクリルアミドゲルでのSDS-PAGEにより分離した。得られたゲルを転写緩衝液(25mM Tris-HCl、192mMグリシン、20容量%メタノール、pH8.3)中で平衡化した。次いで、タンパク質をニトロセルロース膜(0.22μm)へ電気泳動により転写し、5%無脂肪スキムミルクを含む0.05%Tween20含有PBSで一晩ブロッキングし、次いでモノクローナル抗ホスホチロシン抗体(1:100、Santa Cruz)と共に1時間インキュベートした。結合した抗体を、アビジン−ビオチン−アルカリホスファターゼ複合体法のための標準的なプロトコールに従い可視化した。
【0162】
統計 全てのデータが、平均±SEMで表されている。一元配置分散分析を使用して、群間の統計的有意差を決定した。分散分析において統計的な差が同定された場合には、多重比較のための補正のため、シェフェのF検定を使用した。帰無仮説のための0.05未満の確率が、統計的有意差を示すものとして許容された。
【0163】
結果
活性化された好中球はムチンMUC5AC合成を引き起こす 好中球+好中球を活性化する刺激因子(IL-8、fMLP、TNFα)を、NCI-H292細胞と共に1時間インキュベートした場合、MUC5ACタンパク質合成は24時間以内に有意に増加したが、未刺激好中球(106/ml)、IL-8単独、又はfMLP単独は、MUC5AC合成に対する効果を示さず、TNFα単独とのインキュベーションは小さな非有意なMUC5AC合成の増加を引き起こした。好中球をTNFαと共に1時間プレインキュベートし、次いで好中球とそれらの上清を分離した場合、その後に上清をNCI-H292細胞と共に1時間インキュベートすることにより、12時間以内にMUC5AC遺伝子発現がアップレギュレートされ、アルシアンブルー/PAS及びMUC5ACタンパク質に対する抗体の両方による染色が24時間以内に刺激され、休止期NCI-H292細胞は、MUC5AC遺伝子発現をほとんど示さず、アルシアンブルー/PAS及びMUC5ACタンパク質の両方の染色は小さく断片的であった。上清により誘導されたMUC5ACタンパク質合成は、対照より有意に増加しており、インキュベーション後に上清から分離された好中球には効果がなかった。活性化された好中球は、MUC5AC合成を引き起こす活性産物を迅速に分泌するということが結論づけられた。
【0164】
EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤は活性化された好中球の上清により誘導されるMUC5AC合成を阻害する EGF-RリガンドはEGF-Rチロシンキナーゼの活性化を介してNCI-H292細胞におけるMUC5AC合成を引き起こすことが知られているため、活性化された好中球の上清により誘導されるMUC5AC合成におけるEGF-R活性化の役割を調査した。NCI-H292細胞を選択的なEGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522、AG1478)で前処理することにより、活性化された好中球の上清により通常誘導されるMUC5ACタンパク質合成が阻害された。選択的な血小板由来増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(AG1295)及びチルホスチンの陰性対照(A1)には効果がなかった。これらの結果は、活性化された好中球の上清により誘導されるMUC5AC合成に、EGF-Rチロシンキナーゼの活性化が関与していることを示している。
【0165】
MUC5AC合成における活性化された好中球の上清中に分泌されるEGF-Rリガンドの役割 EGF-Rチロシンキナーゼ活性がEGF-Rリガンド(EGF及びTGFα)に依存性であるか否かを決定するため、本発明者らは、活性化された好中球の上清を、EGF-Rリガンドに対する中和抗体と共にプレインキュベートした。上清を抗TGFα抗体又は抗EGF抗体で前処理することにより、活性化された好中球の上清により誘導されるMUC5AC合成は阻害されなかった。さらに、上清中にTGFαは検出されなかった。従って、活性化された好中球の上清により誘導されるEGF-Rチロシンのリン酸化は、EGF-Rリガンド、EGF、及びTGFαには依存しないメカニズムにより誘導された。
【0166】
タバコ煙及び酸素フリーラジカルはMUC5AC合成を引き起こす タバコ煙及び酸素フリーラジカルH2O2は、TGFαと同様に、12時間以内にMUC5AC遺伝子発現をアップレギュレートした。同様に、全ての刺激因子がMUC5ACタンパク質合成及び粘液糖質複合体産生を24時間以内に増加させ、この効果は用量依存的に起こった。H2O2に反応して起こる最大のMUC5AC合成は、TGFαに対する反応よりも有意に少なかった。AG1478による前処理により、全ての刺激因子により誘導されるMUC5ACタンパク質合成の増加が防止され、刺激因子が、EGF-Rチロシンキナーゼの活性化によりムチン合成を引き起こすことが示された。活性化された好中球の上清、タバコ煙、及びH2O2によるMUC5AC合成は、フリーラジカルスカベンジャー(DMSO及びDMTU)及びSODによる前処理により有意に阻害されたが、TGFαによるMUC5ACタンパク質合成はDMSO又はSODによる影響を受けなかった。
【0167】
活性化された好中球の上清及びH2O2によるEGF-Rのチロシン・リン酸化の誘導 EGF-Rタンパク質の分布は、無血清培地で培養された対照及び全ての刺激条件(活性化された好中球の上清、タバコ煙、H2O2、又はTGFα)で類似していた。全タンパク質チロシン・リン酸化は、活性化された好中球の上清、タバコ煙、H2O2、又はTGFαを添加してから15分以内に起こり、無血清培地で培養された対照は効果を示さなかった。TGFαにより誘導される全タンパク質チロシン・リン酸化は、活性化された好中球の上清、タバコ煙、又はH2O2の効果よりも大きかった。EGF-Rがリン酸化されたか否かを決定するため、抗EGF-R抗体による免疫沈降を実施した。活性化された好中球の上清、タバコ煙の可溶性産物、及びH2O2は全て、EGF-R特異的なチロシン・リン酸化を15分以内に誘導し、その効果はTGFαにより引き起こされた効果と類似していた。AG1478によるNCI-H292細胞の前処理により、全ての刺激因子によるEGF-Rチロシン・リン酸化が阻害された。DMSOは、上清、タバコ煙、及びH2O2により誘導されるEGF-Rチロシン・リン酸化を阻害したが、DMSOはTGFαにより誘導されるEGF-Rチロシン・リン酸化に対しては効果を有しなかった。
【0168】
上記の結果は、好中球が、IL-8、fMLP、又はTNFαにより活性化されたとき、NCI-H292細胞におけるムチンMUC5AC合成を引き起こすことを示している。さらに、好中球とTNFαとのインキュベーションの1時間後に収集された上清は、MUC5AC合成を引き起こし、その効果は選択的なEGF-Rキナーゼ阻害剤により阻害された。EGF-Rチロシンキナーゼの阻害により、活性化された好中球の上清により引き起こされるMUC5AC合成は完全に遮断され、非EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤、選択的な血小板由来増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(AG1295)及びチルホスチンの陰性対照(A1)には効果がなく、このことはEGF-Rチロシン・リン酸化が、活性化された好中球の上清により誘導されるMUC5AC合成のシグナル伝達経路であることを意味している。
【0169】
活性化された好中球の上清がEGF-Rチロシン・リン酸化を誘導するメカニズムをさらに分析するため、リガンド依存性EGF-R経路及びリガンド非依存性EGF-R経路の両方を調査した。第一に、活性化された好中球の上清中のTGFαを測定し、上清が測定可能な量のTGFαを含有していないことを見出した。以前の報告により、好中球が低濃度(2.5pg/106細胞)のTGFαのみを含有していることが示されている。活性化された好中球の上清のMUC5AC合成に対する効果は、好中球中に見出されるTGFαの量よりも400倍多い1ngのTGFαの効果と同等の強さであった。第二に、本発明者らは、EGF-Rリガンドの中和抗体を用いた遮断研究を実施した。EGF及びTGFαに対する中和抗体による前処理により、活性化された好中球の上清により引き起こされるMUC5AC合成は阻害され得なかった。これらの結果より、好中球の上清により誘導されるMUC5AC合成が、好中球によるEGF-Rリガンド(TGFα及びEGF)の分泌によるのではないことが示唆される。次に、本発明者らは、リガンド依存性経路を調査した。酸素フリーラジカルは活性化中に好中球により放出され、様々な細胞においてEGF-Rチロシンキナーゼのトランス活性化を引き起こすことが知られているため、本発明者らは、活性化された好中球による酸素フリーラジカルの放出が、EGF-Rチロシン・リン酸化を引き起こし、NCI-H292細胞におけるMUC5AC合成を引き起こすという仮説を立てた。フリーラジカルのスカベンジャー(DMSO及びDMTU)及びSODにより、活性化された好中球の上清によるMUC5AC合成が阻害された。TNFαは、懸濁液中の好中球において酸化破裂を引き起こし、最大の反応は1時間以内に起こることが報告されており、本発明の結果は同様の時間経緯を示した。
【0170】
本発明の研究において、酸化破裂において好中球から放出される主要産物である外因性H2O2は、NCI-H292細胞におけるMUC5AC合成を引き起こした。しかし、MUC5AC合成におけるH2O2に対する最大の反応は、TGFαに対する反応のわずか半分であった。本発明の研究における重要な所見は、タバコ煙単独がMUC5AC合成を引き起こしたという事実である。これは、タバコ煙が直接的な刺激と好中球の動員により引き起こされる間接的な刺激との両方によりインビボのMUC5AC合成を引き起こしうることを示唆している。MUC5AC合成を引き起こすタバコ煙中の正確な分子は、未だ不明である。タバコ煙は、複数の産物(例えば、ニコチン、タール、アクロレイン、及び酸化剤)を含有していることが示されている。本発明者らの実験において、DMSO及びSODはタバコ煙により誘導されるMUC5AC合成を部分的に阻害した。従って、酸化ストレスがこの反応を生じる一つのメカニズムである可能性がある。タバコ煙により誘導されるMUC5AC合成が、EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤により完全に阻害されたという事実は、EGF-R活性化が、タバコ煙により誘導されるMUC5AC合成において主要な役割を果たしていることを示している。
【0171】
気道疾患において、好中球による気道炎症は共通の特徴であり、好中球はサイトカイン及びタバコ煙により動員され活性化される。本発明の研究は、動員された好中球及びタバコ煙が、気道におけるムチン産生細胞の誘導を引き起こす上皮細胞分化の制御因子としても作用することを示している。最も重要なこととして、EGF-R活性化の阻害は、過剰分泌気道疾患における療法として有用であると考えられる。
【0172】
実施例3
気道上皮の創傷は杯細胞化生を引き起こす
気道に滴下されたアガロース栓は、気管支を閉塞させることなく気管支内に慢性的に留まり、残留した栓塞が、杯細胞化生を引き起こす炎症を引き起こすという仮説を立てた。アガロース栓は、アルシアンブルー/PAS陽性染色及びムチンMUC5AC遺伝子発現により示されるように、炎症細胞の局所的な動員に関連した顕著な局所的杯細胞産生を誘導することが示される。この結果は、栓により誘導される杯細胞化生にEGF-R活性化が関与していることを示している。
【0173】
方法
動物 実験的動物プロトコールは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の動物研究に関する委員会により承認された。特定の病原体を含まない雄F344ラット(体重230〜250g、Simonsen Lab.,Gilroy,CA)を使用した。ラットは、環境的に調節された層流フードを有する病原体を含まないバイオクリーン(BioClean)ケージに収容された。動物は、無菌の飼料及び水を自由に摂取することができた。
【0174】
薬物 以下の供給元からの薬物を使用した。シクロホスファミド(Sigma,St Louis,MO)、メトヘキシタールナトリウム(Brevital、Jones Medical Industries,Inc.,St.Louis,MO)、ペントバルビタールナトリウム(Nembutal、Abbott Lab.,North Chicago,IL)、EGF-Rチロシンキナーゼの選択的阻害剤BIBX1522(Boehringer Ingelheim Inc.,Ingelheim,Germanyより譲り受けた)を、2mlのポリエチレングリコール400(Sigma,St Louis,MO)、1mlの0.1N HCl、及び3mlの2%マンニトール水溶液(pH7.0)に溶解させた。NPC15669(白血球運動の阻害剤)は、Scios Nova,Inc.,Mountain View,CAより譲り受けた。
【0175】
アガロース栓 アガロース栓(直径0.7〜0.8mm)は、無菌リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中の4%II型アガロース培地EEO(Sigma,St Louis,MO)を用いて作成された。組織におけるアガロース栓を可視化するため、50℃でアガロースを融解した後、3%の懸濁モナストラルブルー(Monastral blue)B(Sigma,St Louis,MO)を添加した。
【0176】
実験プロトコール 病原体を含まないラットは、通常、気道に杯細胞をほとんど有していないため、本発明者らは病原体を含まないラットを研究した。メトヘキシタールナトリウム(Brevital、25mg/kg、i.p.)で動物に麻酔をかけた。正中頸部切開により気管を無菌的に露出させ、切開された気管に通されたポリエチレン・チューブ(PE90、内径0.86mm、外径1.27mm、Clay Adams,Parsippany,NY)と接続された20ゲージのアンジオカス(Angiocath)(Beckton Dikinson,Sandy,UT)を介して、アガロース栓を気管支内に滴下した。右の気管支に選択的に滴下されるよう、ポリエチレン・チューブを30°の角度で湾曲させた。滴下後、切開部を縫合により閉鎖した。
【0177】
アガロース栓により誘導される杯細胞化生に対するEGF-Rの役割を評価するため、アガロース栓の滴下の1時間前に、動物をBIBX1522(80mg/kg、i.p.)で処理し、毎日それを繰り返した(40mg/kg、i.p.、bid.)。アガロース栓の滴下の24時間後、48時間後、又は72時間後に動物を安楽死させた。
【0178】
アガロース栓により誘導される杯細胞化生におけるTNFαの役割を評価するため、動物をTNFα中和抗体(Genzyme,Boston,MA)で処理した。最初の処理(0.2ml生理食塩水中100μl、i.p.)をアガロース栓の滴下の1時間前に与え、毎日i.p.注射を繰り返した。さらに、TNFα中和抗体を、皮下に移植された浸透圧ミニポンプ(Alzet 2ML1,Alza Corp.,Palo Alto,CA)を介して注入した(10μl/h)。
【0179】
アガロース栓により誘導される杯細胞化生に対する好中球の効果を研究するため、ラットを、シクロホスファミド(骨髄白血球の阻害剤)又はシクロホスファミド+NPC15669の組み合わせで前処理した。シクロホスファミド(100mg/kg、i.p.)をアガロース栓滴下の5日前に与え、シクロホスファミド(50mg/kg、i.p.)の第二の注射を栓滴下の1日前に与えた。NPC15669を用いた研究においては、薬物(10mg/kg、i.p.)をアガロース栓滴下の1時間前に注射し、次いで以後3日間毎日注射した。
【0180】
全ての薬物(BIBX1522、TNFα中和抗体、シクロホスファミド、及びNPC15669)を、アガロース栓滴下の1時間前にi.p.で与え、3日間毎日投薬を繰り返した。
【0181】
組織の調製 アガロース栓滴下後の様々な時点で、ペントバルビタールナトリウム(65mg/kg、i.p.)でラットに麻酔をかけ、全身循環系に120mmHgの圧力で1%パラホルムアルデヒドを含むジエチルピロカルボネート処理PBSを潅流した。右肺を摘出し、右尾状葉を組織診に使用した。凍結切片のため、組織を摘出し、4%パラホルムアルデヒド中に1時間放置し、次いで凍結保護のための30%ショ糖中に一晩移した。組織をO.C.T.化合物(Sakura Finetek U.S.A.,Inc.,Torrance,CA)に包埋した。メタクリレート切片のため、組織を4%パラホルムアルデヒド中に24時間放置し、次いで段階的な濃度のエタノールで脱水し、メタクリレートJB-4(Polysciences,Inc.,Warrington,PA)に包埋した。組織切片(厚さ4μm)をアルシアンブルー/PASで染色し、ヘマトキシリンで対比染色した。
【0182】
気管支上皮の形態学的分析 以前に発表された方法に従い、半自動画像分析システムを使用して、上皮内の粘液糖質複合体のアルシアンブルー/PAS染色面積の割合を決定した。上皮の面積及び上皮内のアルシアンブルー/PAS染色粘液複合体の面積を、手動で境界を定め、NIHイメージプログラム(米国国立衛生研究所で開発され、zippy.nimh.govからの作者不明のFTPによりインターネットから、又はNational Technical Information Service,Springfield,VA,part number PB95-500195GEIからのフロッッピーディスクから入手可能である)を使用して分析した。総上皮面積のうちアルシアンブルー/PAS染色が占める割合としてデータを表した。粘液分泌を半定量的に評価するため、全長に対する比率として陽性に染色された長さを計算することにより、アルシアンブルー/PAS陽性染色が占める上皮表面の長さの割合を決定した。全上皮長に対する表皮剥脱上皮の長さの比率を計算することにより、表皮剥脱上皮の割合を決定した。
【0183】
メタクリレート切片における細胞型の同定及び細胞分析 油浸対物レンズ(倍率×1000)を用いて2mmの基底膜上の上皮細胞核を計数することにより、上皮細胞の総数を計数した。分析された上皮の各領域における基底膜の直線的な長さを、基底膜のデジタル化された画像の輪郭をトレースすることにより決定した。上皮細胞は以前に記載されたようにして同定された。簡単に説明すると、基底細胞は、基底膜の直ぐ上に位置するが、気道内腔には達しない、大きな核を有する小さな平板状の細胞として同定された。細胞質は、黒く染色され、アルシアンブルー又はPAS陽性顆粒は存在しなかった。繊毛細胞は、縁に繊毛を有すること、細胞質が弱く(smali)染色されること、及び核が大きく丸いことにより認識された。非顆粒形成分泌細胞は、円柱形であり、気管支内腔から基底膜まで拡がっていた。アガロース栓の気管支内滴下後、「発達中の」杯細胞(プレ杯細胞)が形成された。これらの細胞は、アルシアンブルー/PAS陽性染色を示し、顆粒は小さく、細胞には顆粒が充填されておらず、小さな粘液染色面積(基底膜から内腔表面までの上皮の高さの1/3未満)を含有しているか、又は散在したアルシアンブルー/PASにより弱く染色される小さな顆粒を含有していた。未決定型の細胞は、適切な分類のために十分な細胞質の特徴を欠いた細胞プロフィールと定義された。
【0184】
EGF-Rの免疫組織化学的局在部位 EGF-Rに対するモノクローナルマウス抗体(Calbiochem,San Diego,CA)を使用した免疫組織化学的局在部位決定によりEGF-Rの存在を決定した。以前に調製された4μmの凍結切片を、4%パラホルムアルデヒドで後固定(post-fix)し、0.3%H2O2/メタノールで処理した。組織をEGF-R抗体(1:250希釈)と共にインキュベートした。3,3'-ジアミノベンジジンテトラヒドロクロリド(Sigma,St Louis,MO)で染色された抗原−抗体複合体を可視化するため、ビオチン化ウマ抗マウスIgG(1:200、Vector Lab.,Burlingame,CA)を使用し、その後ストレプトアビジン−ペルオキシダーゼ複合体(ABCキット、Vector Lab.,Burlingame,CA)を使用した。陰性対照スライドは、一次抗体又は二次抗体のいずれかを削除しPBSと交換して、インキュベートされた。
【0185】
インサイチュー・ハイブリダイゼーション Dr.Carol Basbaumより譲り受けたラットMUC5ACの320bpのcDNA断片を含有するプラスミドから、[35S]標識リボプローブを作製した。切片に、[35S]標識RNAプローブ(2,500〜3,000cpm/μlハイブリダイゼーション緩衝液)をハイブリダイズさせ、RNaseA処理を含む高ストリンジェントな条件下で洗浄した。7〜21日間のオートラジオグラフィー後、写真感光乳剤を現像し、スライドをヘマトキシリンで染色した。
【0186】
気道上皮における好中球の計数 気管支への好中球流入の評価を、3,3'-ジアミノベンジジンテトラヒドロクロリドで好中球を染色することにより実施し、好中球の数を、気道内腔及び上皮において計数し、結果を基底膜長1mm当たりの染色された細胞の数として表した。
【0187】
気管支肺胞洗浄(BAL) 各動物群における識別可能な細胞数を評価するため、肺を各3mlの無菌PBSで5回洗浄し、洗浄液をプールし、容量を測定した。1,000rpmで10分間、洗浄液を遠心分離することによりBAL中の細胞を収集した。次いで、BAL液中の細胞数を決定するため、血球計を用いて、10マイクロリットルの細胞懸濁液を計数した。ディフ−クイック(Diff-Quick)(American Scientific Products,McGraw Park,IL)で染色されたサイトスパン(cytospun)調製物に対して、識別可能な細胞計数を実施した。識別可能な細胞計数は、各サイトスパン・スライド上に少なくとも200個の細胞をサンプリングすることにより得られた。
【0188】
統計解析 データは、平均±SEMで表されている。統計解析のため、適宜、二元配置又は一元配置の分散分析(ANOVA)を使用し、その後スチューデントt検定を使用した。0.05未満の確率を、統計的有意差と見なした。
【0189】
結果
気道上皮構造に対する効果:杯細胞化生 アガロース栓が気道上皮の構造に影響を与えるか否かを決定するため、アガロース栓を5匹の病原体を含まないラットの右気管支内に滴下した。対照動物においては、気管支上皮はほとんど杯細胞を含有していなかった。しかし、アガロース栓の局所滴下後、アルシアンブルー/PAS染色により、杯細胞面積の時間依存的な増加が示され、それは早くも滴下の24時間後に検出可能となり、72時間後に最大となった。24時間後に、アガロース栓はプレ杯細胞及び杯細胞の数を有意に増加させ、48時間後には、より成熟した杯細胞が見出された(表1)。72時間後に、アガロース栓は杯細胞の数を増加させ(P<0.01)、基底細胞及び繊毛細胞の数は変化しなかった(P>0.05)。滴下の72時間後の基底膜1mm当たりの上皮細胞の総数は、有意ではないが、わずかに増加し(P>0.05、表1)、上皮の高さ(上皮の基底膜から内腔表面までを測定)は、対照気道における16.0±1.2μmから、栓の滴下の72時間後の38.1±9.1μmへと増加した。
【0190】
対照動物の気道内腔には、アルシアンブルー/PAS染色が存在しなかった。しかし、アガロース栓と隣接した内腔には陽性染色が観察され、粘液糖質複合体の分泌が起こったことが示された。アガロース栓を有する気道においては、染色は時間依存的に増加した。栓と隣接した気道におけるアルシアンブルー/PAS染色が占める上皮の全長に対する割合は、対照動物における0.1±0.1%から、24時間後には4.7±1.4%、48時間後には13.3±0.7%、72時間後には19.1±0.7%へと増加した(n=5)。さらに、アガロース栓は、栓を有する気管支の上皮を、24時間後には13.5±2.3%、48時間後には6.9±2.4%、72時間後には5.1±1.5%表皮剥脱した(n=5)。
【0191】
ムチン遺伝子発現に対するアガロース栓の効果 対照ラットにおいて、気管支におけるMUC5ACのアンチセンス・プローブによる検出可能なシグナルは存在しなかった(1群当たりn=4)。アガロース栓が滴下された気管支においては、MUC5ACのシグナルが24時間から72時間にかけて時間依存的に増加した(n=4)。MUC5AC遺伝子発現は、アルシアンブルー/PASで陽性染色された細胞において優先的に見出された。他の細胞型(例えば、平滑筋、結合組織)においてはシグナルが検出されなかった。MUC5ACセンス・プローブを用いて調査された切片は、発現を示さなかった。
【0192】
気道上皮におけるEGF-R発現に対するアガロース栓の効果 対照動物において、EGF-Rに対する抗体を用いた免疫学的染色は、上皮における散在した染色を示した。しかし、アガロース栓の滴下後、アガロース栓と隣接した上皮は、アルシアンブルー/PASで陽性染色された細胞におけるEGF-R陽性染色を示した。EGF-Rの染色パターンは、MUC5AC及びAB/PASの染色と平行していた。プレ杯細胞、杯細胞、及び非顆粒分泌細胞は、EGF-Rに関して免疫学的陽性であった。繊毛細胞は免疫反応性を示さなかった。アガロース栓により閉塞されていない気道においては、上皮はEGF-Rに関する染色をほとんど示さず、対照動物における染色と類似しているようであった。
【0193】
杯細胞化生及びムチン遺伝子発現に対するEGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤の効果 本研究において、アガロース栓の滴下は、ムチンを産生する細胞におけるEGF-Rの発現を引き起こした。EGF-Rは、チロシンキナーゼ受容体のクラスのメンバーである。従って、EGF-Rリガンド(EGF又はTGFα)がEGF-Rと結合すると、特異的なEGF-Rチロシンキナーゼが活性化される。従って、EGF-R活性化が、アガロース栓の滴下後のMUC5AC遺伝子及び粘液糖質複合体の発現を誘導するという仮説を検証するため、EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522)をラットに腹腔内注射した。BIBX1522は、24時間後、48時間後、及び72時間後にアガロース栓により誘導される上皮のアルシアンブルー/PAS染色面積を顕著に阻害した。栓滴下の72時間後のMUC5AC遺伝子の発現も完全に阻害された。
【0194】
杯細胞化生及びEGF-Rタンパク質発現に対するTNFα中和抗体の効果 本発明者らは、アガロース栓により引き起こされる炎症において、TNFαが放出されるという仮説を立てた。従って、アガロース栓により誘導される杯細胞化生に対する、TNFα中和抗体によるラットの前処理の効果を調査した。TNFα中和抗体で前処理された動物においては(n=5)、アガロース栓は、EGF-Rタンパク質発現も、アルシアンブルー/PAS染色(杯)細胞の産生も、もはや刺激しなかった。
【0195】
アガロース栓による炎症細胞動員 アガロース栓が上皮傷害及び炎症細胞浸潤を引き起こすことが認められた。様々な炎症細胞が、TNFα及びEGF-Rリガンドの両方を産生することができる。EGF-R及びそのリガンドの両方が、杯細胞化生へと至るEGF-Rカスケードに関与している。本発明者らは、2通りの方法で、アガロース栓により誘導される効果における白血球及びマクロファージの役割を評価した。第一に、本発明者らは、気管支肺胞洗浄において細胞を調査した。対照ラットにおいては、回収された細胞は主にマクロファージであった(n=5;図4、対照)。アガロース栓の滴下後、マクロファージの数は増加し(P<0.05)、有意な数の好中球(P<0.01)が洗浄液中に出現した。リンパ球の数は不変であった。
【0196】
組織切片における浸潤細胞も評価した。アガロース栓を有しない気道には、ほとんど好中球が含まれていなかったが、栓を含有する気道は上皮にも内腔にも好中球の存在を示した。対照気道、栓の滴下の24時間後、48時間後、及び72時間後の気道内腔における好中球の数は、それぞれ、基底膜1mm当たり0.2±0.2、42.4±7.1、40.7±7.7、20.1±7.2であった(P<0.05、n=5)。さらに、対照、栓の滴下の24時間後、48時間後、及び72時間後の気道上皮における好中球の数は、それぞれ、基底膜1mm当たり1.3±0.4、15.6±2.6、14.9±1.4、14.8±2.6であった(P<0.01、n=5)。
【0197】
好中球動員、杯細胞化生、及びEGF-Rタンパク質発現に対するシクロホスファミドの効果 シクロホスファミドで処理されたラットにおいては、血中好中球が枯渇し(シクロホスファミド後の静脈血中の好中球数は1.8±0.5%、n=5)、BAL中の栓により誘導される好中球動員が阻害された。気道内腔(基底膜1mm当たり2.6±0.3)及び上皮(0.8±0.2/mm)における好中球の数も、24時間後に有意に減少した。シクロホスファミドはアガロース栓により誘導される杯細胞化生及びEGF-Rタンパク質発現も阻害した。ロイメジン(leumedin)NPC15669をシクロホスファミドに添加した場合の、アガロース栓により誘導される杯細胞化生の阻害は、シクロホスファミド単独の効果と類似していた。これらの結果は、栓により誘導される杯細胞化生に好中球が関与していることを示している。
【0198】
考察
本研究において、本発明者らは、対照状態においては杯細胞をほとんど有していない病原体を含まないラットの気道における、杯細胞化生に対するアガロース栓滴下の効果を調査した。対照動物の気管支及びアガロース栓を含まない気管支(対照肺)における上皮細胞は、アルシアンブルー/PASにより均一に陰性に染色された。アガロース栓の滴下により、滴下された栓と隣接した気管支上皮の杯細胞面積の明確な時間依存的な増加が引き起こされ、それは滴下後24時間以内に検出可能となり、約72時間後に最大となった。栓を有する気道と隣接した気道も、アルシアンブルー/PASで陽性に染色された。全細胞数、並びに基底細胞及び繊毛細胞の数は変化しなかったが、杯細胞の数は増加し、非顆粒分泌細胞の数はアガロース栓滴下後に時間依存的に減少した(表2)。これらの結果より、杯細胞化生が非顆粒分泌細胞の杯細胞への変換の結果であったことが示唆される。
【0199】
〔表2〕 病原体を含まないラットにおける気管支上皮細胞の分布に対するアガロース栓の効果*

【0200】
ラット気道杯細胞はMUC5AC遺伝子を発現することが報告されている。本研究においては、対照気管支は、MUC5AC遺伝子を発現していなかったが、アルシアンブルー/PASで陽性に染色された、栓により閉塞した気道又は栓と隣接した気道は、MUC5AC遺伝子を発現しており、MUC5AC遺伝子がアガロース栓により誘導される粘液産生に関与していることが示唆された。これらの結果は、アガロース栓が、ラット気道における選択された細胞において、ムチン遺伝子の発現及び粘液糖質複合体の産生を誘導することを示している。
【0201】
アガロース栓により誘導される杯細胞化生のメカニズムを調査した。EGF-Rは、病原体を含まないラットの気道上皮においては通常発現していないが、TNFαにより誘導される。上皮にEGF-Rが存在する場合、EGF-Rリガンド(EGF又はTGFα)の滴下により、ムチン遺伝子及びタンパク質発現の増加が引き起こされる。EGF-Rチロシンキナーゼの選択的な阻害剤(BIBX1522)により、これらの反応が完全に阻害され、杯細胞化生にEGF-Rシグナル伝達が関与していることが示された。アガロース栓により誘導される杯細胞化生に対するBIBX1522の効果を決定した。BIBX1522は、アガロース栓により誘導される粘液糖質複合体の産生及びMUC5AC遺伝子発現を阻害した。これらの結果は、アガロース栓により誘導される杯細胞化生にEGF-Rカスケードが関与していることを示している。
【0202】
EGF-Rカスケードがアガロース栓による杯細胞化生を引き起こすメカニズムを研究した。第一に、本発明者らは、気管支上皮におけるEGF-Rタンパク質の発現を研究した。対照気道のEGF-Rに関する染色は均一に陰性であったが、アガロース栓を含有する気道は、選択的な時間依存的なEGF-Rに関する陽性染色を示した。陽性染色された細胞には、非顆粒分泌細胞、プレ杯細胞、及び杯細胞が含まれていた。このように、アガロース栓はEGF-Rタンパク質発現を誘導した。TNFαに対する中和抗体で前処理されたラットは、アガロース栓により誘導される杯細胞化生を発現せず、アガロース栓により誘導されるEGF-R発現にTNFαが関与していることが示された。
【0203】
白血球産生を選択的に抑制する薬物であるシクロホスファミドは、アガロース栓の滴下後の気道洗浄液及び気道上皮への好中球動員を阻害し、アガロース栓により誘導される杯細胞化生も阻害した。マクロファージもアガロース栓の導入の後に増加したが、マクロファージ動員はシクロホスファミドにより阻害されなかった。これらの結果は、アガロース栓により誘導される杯細胞化生に好中球が関与していることを示している。シクロホスファミドによりアガロース栓後のEGF-Rタンパク質発現も減少したという事実は、好中球が、少なくとも部分的には、この炎症状態におけるEGF-R発現に寄与していることを示唆している。
【0204】
好中球も、EGF-Rリガンド、EGF、及びTGFαを発現することができる。さらに、上皮細胞はEGF-Rリガンドの起源であり、アガロース栓と隣接した上皮の著しい表皮剥脱が存在した。従って、上皮は、TNFα及びEGF-Rリガンド両方の重要な可能性のある起源でありうる。
【0205】
アガロース栓の効果的な刺激は、呼吸中の栓の移動と、その後の上皮の表皮剥脱と関連していることが、合理的に推測できる。気道上皮に対する機械的な損傷は、過剰分泌を引き起こすことが報告されている。これらの以前の研究は、気道上皮に対する機械的外傷が過剰分泌に至るという仮説の信用性を高める。口蓋気管内挿管は、ウマにおいて多量の粘液分泌を引き起こすことが報告されている。患者における慢性的な挿管は、粘液過剰分泌を引き起こし、粘液栓形成の原因となりうる。EGF-Rチロシンキナーゼの阻害剤は、気管内挿管後の粘液過剰分泌を阻害するために役立つ可能性がある。
【0206】
上皮の傷害は、中程度の喘息の場合ですら、患者の研究における共通の所見であり、傷害は臨床的な症状の悪化と増加的に関係している。アレルギー反応により生じた上皮の傷害は、異常な杯細胞産生を引き起こすEGF-R活性化を誘導しうる。前記のデータは、特に杯細胞化生を含む異なる反応に、EGF-R活性化が関与していることを示している。機械的な上皮傷害及び喘息における上皮損傷には、上皮分泌細胞の異常な増殖を引き起こす、類似の(EGF-R)カスケードが関与している可能性がある。これにより、急性喘息の致命的な症例において起こる過剰分泌のメカニズムが提供される。
【0207】
実施例4
EGF受容体による杯細胞の再顆粒形成
ラット鼻気道上皮における杯細胞の脱顆粒は、fMLPの鼻腔内吸入により誘導された。fMLP(10-7M)の鼻腔内吸入の4時間後に、鼻中隔上皮において有意な脱顆粒が誘導された。杯細胞の再顆粒形成は、吸入の48時間後までに起こる。対照の状態において、MUC5ACタンパク質は杯細胞において発現していたが、EGF-Rタンパク質は発現していなかった。EGF-R及びMUC5ACムチン両方の遺伝子及びタンパク質が、対照上皮には存在しないが、吸入の48時間後には有意に発現していた。EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522による前処理により、fMLPにより誘導される杯細胞脱顆粒の後のムチンMUC5ACの遺伝子及びタンパク質の発現が阻害された。これらの結果は、EGF-Rの発現及び活性化がラット鼻上皮における杯細胞の再顆粒形成に関与していることを示している。
【0208】
方法
動物 実験的動物プロトコールは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の動物研究に関する委員会により承認された。特定の病原体を含まない雄F344ラット(体重200〜230g;Simonsen Lab.,Gilroy,CA)を使用した。動物は、環境的に調節された層流フードを有する病原体を含まないバイオクリーン・ケージに収容された。動物は、無菌の飼料及び水を自由に摂取することができた。
【0209】
鼻組織の調製 吸入後の様々な時点において、ペントバルビタールナトリウム(65mg/kg、i.p.)でラットに麻酔をかけた。動物の心臓を露出させ、先端が鋭利でない針を左心室の心尖から上行大動脈へ挿入し、全身循環系に1%パラホルムアルデヒドを潅流した。右心房における切開により、固定液の出口を提供した。眼、下顎、皮膚、及び筋系を除去し、頭部を大容量の同固定液に24時間浸漬した。固定後、頭部をサージパス(Surgipath)(Decalcifier II,Surgical Medical Industries,Inc.,Richmond,IL)で4〜5日間脱灰し、リン酸緩衝生理食塩水で濯いだ。鼻腔を鼻口蓋の切歯乳頭のレベルで横に切断した。前方組織塊を、グリコールメタクリレート(JB4 Plus,Polysciences,Inc.,Warrington,PA)又は凍結切片のためのOCT化合物(Sakura Finetek U.S.A.,Inc.,Torrance,CA)に包埋した。厚さ5μmの切片をグリコールメタクリレート包埋された塊の腹側表面から切断し、酸性及び中性の糖質複合体を証明するためアルシアンブルー(pH2.5)/過ヨウ素酸−シッフ(AB/PAS)で染色するか、又は上皮へ移動した白血球を可視化するため3,3'-ジアミノベンジジン(Sigma chemical,St Louis,MO)で染色した。厚さ5μmの切片を凍結包埋された塊の腹側表面から切断し、AB/PASで染色するか、又はEGF-R及びMUC5ACの免疫学的染色のため使用した。
【0210】
鼻上皮における好中球の計数 400倍の倍率で3,3'-ジアミノベンジジンで染色された上皮層の高倍率視野で好中球を計数した。鼻中隔上皮内(基底膜から細胞先端部まで)の好中球の数を、基底膜長1単位当たりの核プロフィールの数を計数することにより決定した。
【0211】
杯細胞の脱顆粒及び再顆粒形成の定量 杯細胞の脱顆粒及び再顆粒形成を評価するため、本発明者らは、以前に発表された方法に従い、半自動イメージングシステムを使用して、粘膜表面上皮上のアルシアンブルー/PAS染色粘液物質の体積密度を測定した。本発明者らは、ビデオカメラコントロールユニット(DXC7550MD;Sony Corp.of America,Park Ridge,NJ)と接続されたアキシオプラン(Axioplan)顕微鏡(Zeiss,Inc.)で、染色されたスライドを調査した。IMAXXビデオ・システム(PDI,Redmond,WA)を使用して、400倍の位相差レンズを用いて鼻上皮の画像を高倍率視野で記録した。表面上皮分泌細胞の細胞内ムチンは、様々なサイズの楕円形の紫色顆粒として出現した。本発明者らは、アルシアンブルー/PAS陽性染色面積及び総上皮面積を測定し、総面積に対するアルシアンブルー/PAS面積の割合としてデータを示した。分析を、パブリック・ドメインNIHイメージ・プログラムを使用して、マッキントッシュ9500/120コンピュータ(Apple Computer,Inc.,Cupertino,CA)で実施した。
【0212】
EGF-R及びMUC5ACのタンパク質の免疫学的局在部位決定 パラホルムアルデヒドで固定された鼻組織からの凍結切片を、内因性過酸化水素を遮断するため、3%H2O2/メタノールで処理し、1:100希釈のEGF-R(Calbiochem,San Diego,CA)又はMUC5AC(NeoMarkers Inc.,Fremont,CA)に対するマウス・モノクローナル抗体と共に1時間インキュベートした。免疫反応性のEGF-R又はMUC5ACを、色原体として3,3'-ジアミノベンジジンテトラヒドロクロリドを使用して、ベクタステイン・エリートABCキット(Vector Lab.,Inc.,Burlingame,CA)で可視化した。対照には、一次抗体又は二次抗体のPBSとの置換が含まれていた。
【0213】
方法 本発明者らは、通常、鼻中隔上皮に多くの杯細胞を有する病原体を含まないラットを研究した。杯細胞脱顆粒及び好中球の鼻粘膜上皮への移動に対するエアロゾル化fMLPの効果を決定するため、ペントバルビタールナトリウム(65mg/kg、i.p.)で動物に麻酔をかけ、N-ホルミル-メチオニル-ロイシル-フェニルアラニン(fMLP、10-5M、Sigma,St Louis,MO)を含む発熱性物質を含まない生理食塩水を、エアロゾルにより5分間鼻腔内に与えた。エアロゾル曝露は、0.3ml/分の速度でエアロゾル・ミストを生成させる超音波噴霧器(PulmoSonic,DeVibiss Co.,Somerset,PA)を用いて、動物を換気することにより達成された。同様にして、対照動物には、鼻腔内に生理食塩水エアロゾル単独を与えた。
【0214】
fMLPエアロゾルの吸入後の鼻杯細胞の再顆粒形成を研究するため、ラットをfMLPの鼻腔内輸送の48時間後に安楽死させた。
【0215】
杯細胞再顆粒形成に対するEGF-Rチロシンキナーゼ活性化の効果を評価するため、fMLPの吸入の30分前に、EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522、15mg/kg、Boehringer Ingelheim Inc.,Ingelheim,Germanyより譲り受けた)で動物を腹腔内で前処理において、1日2回繰り返した。
【0216】
統計 全てのデータが、平均±SEMとして表されている。各実験群について、一元配置ANOVA又はスチューデントt検定を使用した。0.05未満の確率を、統計的有意差と見なした。
【0217】
結果
鼻上皮構造に対するfMLPによる杯細胞脱顆粒の効果 対照状態において、鼻中隔上皮は、AB/PAS染色杯細胞の有意な面積を含有していたが、内腔表面は染色されなかった。ムチンMUC5ACタンパク質に関する免疫学的染色は、AB/PAS染色の範囲と一致していたが、インサイチュー・ハイブリダイゼーションでは、MUC5AC遺伝子発現がほとんど又は全く示されなかった。EGF-Rタンパク質に関する免疫組織化学的染色は陰性であった。これらの結果は、対照ラットの鼻上皮が、ムチン遺伝子を発現することなく、MUC5ACタンパク質を含有する完全な杯細胞を含有していることを示している。内腔の染色が存在しないことは、ムチンの脱顆粒(分泌)が存在しなかったことを示唆している。
【0218】
未刺激のラット鼻上皮は、ムチン・タンパク質を含有する「安定な」非脱顆粒杯細胞を含有しているという仮説を立てた。好中球化学誘因剤(例えば、fMLP)は、好中球を気道上皮へ動員し、そこで好中球がエラスターゼ依存的な過程を介してGC脱顆粒を引き起こすことが示されている。GC脱顆粒の効果を調査するため、好中球化学誘因剤fMLP(10-7M)のエアロゾルを鼻腔内に5分間輸送した。fMLPの4時間後に安楽死させたラットにおいて、AB/PAS染色された面積及びMUC5AC陽性免疫学的染色の面積は顕著に減少し、鼻上皮への好中球動員が起こった。AB/PAS染色は鼻気道内腔表面において顕著であり、GC脱顆粒が起こったことが確認された。fMLPの4時間後、MUC5AC遺伝子発現は不変であった。
【0219】
fMLPの48時間後に安楽死させたラットにおいては、EGF-R抗体による免疫組織化学的染色によりプレ杯細胞及び杯細胞においてEGF-Rが陽性に染色され、AB/PAS及びMUC5ACに関する免疫学的陽性染色の面積は、対照状態で存在するレベルに戻り、鼻GCの再顆粒形成が起こったことが示された。この時点で、好中球動員はもはや存在せず、MUC5AC遺伝子発現はGCが占める範囲において可視であり、GC再顆粒形成がムチン遺伝子発現の増加と関連していることが示された。
【0220】
杯細胞再顆粒形成におけるEGF-Rチロシンキナーゼ・リン酸化の役割 以前のラットにおける研究より、EGF受容体(EGF-R)の活性化が、ムチンの遺伝子及びタンパク質の発現に至ることが報告された。EGF-R活性化が、fMLP後のラット鼻GC再顆粒形成において役割を果たしているという仮説を検証するため、ラットを選択的EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522で前処理した(n=5)。fMLPのエアロゾル化は、鼻上皮への好中球動員及びGC脱顆粒を引き起こしたが、48時間後、AB/PAS染色及びMUC5AC免疫学的陽性染色は減少したままであった。これらの結果は、fMLPによる脱顆粒の後の鼻GCムチン合成に、EGF-R活性化が関与していることを示している。
【0221】
本発明の研究において、本発明者らは、ラット鼻上皮におけるムチン産生の制御を調査した。対照上皮は、有意な数の杯細胞を含有しており、MUC5ACタンパク質がこれらの細胞に存在した。しかし、MUC5AC遺伝子発現は存在しなかった。MUC5ACムチン発現は、他の気道上皮細胞において、EGF-Rの発現及びそれらの活性化を介して起こることが報告されている。対照ラット鼻上皮細胞には、EGF-R遺伝子又はタンパク質の発現が見出されなかった。AB/PAS又はMUC5ACのタンパク質の染色は内腔に存在せず、有意な杯細胞脱顆粒(分泌)は起こっていなかったことが示唆された。EGF-Rは、「安定な」杯細胞においてはダウンレギュレートされており、さらなるムチン合成を阻害している可能性がある。従って、本発明者らは、杯細胞脱顆粒を誘導することにより鼻杯細胞を「攻撃」し、気道上皮構造のその後の変化を調査した。
【0222】
好中球化学誘因剤は、好中球と杯細胞との密接な接触を含む、好中球エラスターゼにより媒介される、モルモット及びヒトの気道における好中球依存性の杯細胞脱顆粒を引き起こす。鼻中隔に通常存在する杯細胞の脱顆粒を誘導するため、化学誘因剤fMLPを鼻腔内に吸入させた。fMLPは鼻上皮に好中球を動員し、その後杯細胞の脱顆粒を起こした。アルシアンブルー/PAS染色範囲は顕著に減少した。
【0223】
次に、本発明者らは、fMLPにより誘導されるGC脱顆粒の後の鼻上皮におけるその後の事象を調査した。fMLPの4時間後、鼻GCの最大の脱顆粒が起こったとき、EGF-R及びMUC5ACの発現は存在しないままであった。しかし、fMLPの48時間後、EGF-Rはプレ杯細胞及び杯細胞において強く発現していた。MUC5AC遺伝子発現は、今や、上皮において強く発現しており、これらの事象は杯細胞の再顆粒形成(AB/PAS及びMUC5ACの染色の増加)と関連していた。実際、fMLPの48時間後、杯細胞面積が対照状態と類似している程度にまで再顆粒形成が起こった。これらの所見は、GC脱顆粒が、EGF-Rの発現及び活性化に至り、従ってムチンMUC5AC発現を誘導することを示唆している。
【0224】
GC再顆粒形成におけるEGF-Rチロシンキナーゼ活性化の役割を調査するため、本発明者らは、選択的EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤BIBX1522で動物を前処理した。BIBX1522で前処理された動物において、fMLPは依然としてGC脱顆粒を引き起こした。しかし、BIBX1522による前処理は、GCの再顆粒形成及びMUC5ACタンパク質の発現を阻害した。これらの結果は、GC脱顆粒後のムチンの再増殖にEGF-R活性化が関与していることを示している。病原体を含まないラットにおいては、杯細胞は「不活型」(即ち、脱顆粒しない)であり、EGF-Rがダウンレギュレートされている。炎症(例えば、好中球浸潤の刺激)がGC脱顆粒及びムチン分泌を引き起こすとき、EGF-Rのアップレギュレーション及び活性化が気道上皮にムチンを再供給する。本所見は、選択的EGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤が、鼻疾患における過剰分泌の防止において有用である可能性を示唆している。
【0225】
本発明の特定の態様を参照して本発明を説明してきたが、本発明の本旨及び範囲から逸脱することなく様々な変化を作成し、等価物を置換することが可能であることが当業者に理解されるべきである。さらに、特定の情況、材料、物質の組成、過程、(一つ又は複数の)工程に適合させるため、本発明の目的、本旨、及び範囲に対して多くの修飾を行うことが可能である。そのような修飾は全て、添付の特許請求の範囲の範囲内にあるものとする。
【図面の簡単な説明】
【0226】
【図1A】NCI-H292細胞及びA431細胞におけるEGF-Rのウェスタンブロットを示す図である。
【図1B】NCI-H292細胞の培養物における抗EGF-R抗体を用いた免疫細胞化学的分析を示す図である。
【図1C】NCI-H292細胞におけるEGF-Rのノーザン解析を示す図である。
【図2】ムチン糖タンパク質の同定のためのNCI-H292細胞のアルシアンブルー/PAS染色を示す図である。
【図3】NCI-H292細胞におけるMUC5遺伝子発現に関するノーザン解析を示す図である。
【図4A−4C】病原体を含まないラットにおける抗EGF-R抗体を用いたEGF-Rの免疫細胞化学的分析を示す図である。図4AはTNF-αで処理されたラット。図4Bはオボアルブミンで感作されたラット。
【図5】杯細胞の産生に対するEGF-Rチロシンキナーゼ阻害剤(BIBX1522)の効果を示すグラフである(アルシアンブルー/PAS陽性染色細胞が占める気道上皮の染色された面積の%として表されている)。
【図1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療的に有効な量の上皮増殖因子受容体(EGF-R)アンタゴニストを、粘液の気道過剰分泌に罹患した患者へ投与することを含む、肺における粘液の過剰分泌を治療する方法。
【請求項2】
EGF-RアンタゴニストがEGF-Rに選択的なキナーゼ阻害剤である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
アンタゴニストがBIBX1522である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
アンタゴニストが抗体である、請求項1記載の方法。
【請求項5】
抗体が上皮増殖因子(EGF)と特異的に結合するモノクローナル抗体である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
抗体が上皮増殖因子受容体(EGF-R)と特異的に結合するモノクローナル抗体である、請求項4記載の方法。
【請求項7】
アンタゴニストがEGF及びEGF-Rからなる群より選択されるタンパク質をコードする配列に特異的なアンチセンス分子である、請求項1記載の方法。
【請求項8】
アンタゴニストがEGF-Rのトランスリン酸化を阻害する、請求項1記載の方法。
【請求項9】
アンタゴニストが抗酸化剤である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
アンタゴニストが注射により投与される、請求項1記載の方法。
【請求項11】
アンタゴニストが、通常の生理食塩溶液の形態で担体と共に静脈内に投与される、請求項10記載の方法。
【請求項12】
アンタゴニストが吸入により投与される、請求項1記載の方法。
【請求項13】
アンタゴニストがリポソーム輸送により投与される、請求項1記載の方法。
【請求項14】
リポソームが立体的に安定化され静脈内に投与される、請求項13記載の方法。
【請求項15】
(i)杯細胞増殖のインビトロ・モデルを、EGF又はその機能的等価物と接触させる段階、
(ii)その後、インビトロ・モデルを候補薬剤と接触させる段階、及び
(iii)杯細胞増殖を評価する段階であって、杯細胞増殖の減少を該薬剤の治療的可能性の指標とする段階を含む、候補薬剤をスクリーニングするためのインビトロの方法。
【請求項16】
肺上皮細胞である、請求項14記載のインビトロ・モデル。
【請求項17】
(i)EGF-Rを誘導することにより過剰分泌肺疾患の動物モデルを作出する段階、
(ii)ムチン産生杯細胞が産生されるよう、誘導されたEGF-Rをリガンドで刺激する段階、
(iii)候補薬剤で処理する段階、及び
(iv)杯細胞増殖又は粘液分泌を評価する段階であって、杯細胞増殖又は粘液分泌の阻害を候補薬剤の治療的可能性の指標とする段階を含む、候補薬剤をスクリーニングするためのインビボの方法。
【請求項18】
インビボ・モデルにおいて使用される動物が、マウス、ラット、ウサギ、又はモルモットからなる群より選択される、請求項17記載のインビボ・モデル。
【請求項19】
喘息モデルである、請求項17記載のインビボ・モデル。
【請求項20】
気道粘液過剰分泌を減少させるのに十分な用量の、治療的に有効な量の上皮増殖因子受容体(EGF-R)アンタゴニストと、薬学的に許容される担体とを含む、気道粘液過剰分泌の治療のための薬学的製剤。
【請求項21】
EGF-RアンタゴニストがEGF-Rに選択的なキナーゼ阻害剤である、請求項20記載の製剤。
【請求項22】
EGF-RアンタゴニストがEGF-Rのトランスリン酸化を阻害する、請求項20記載の製剤。
【請求項23】
アンタゴニストが抗酸化剤である、請求項22記載の製剤。
【請求項24】
アンタゴニストが抗体である、請求項20記載の製剤。
【請求項25】
抗体が上皮増殖因子(EGF)と特異的に結合するモノクローナル抗体である、請求項24記載の製剤。
【請求項26】
抗体が上皮増殖因子受容体(EGF-R)と特異的に結合するモノクローナル抗体である、請求項24記載の製剤。
【請求項27】
アンタゴニストが、EGF及びEGF-Rからなる群より選択されるタンパク質をコードする配列に特異的なアンチセンス分子である、請求項20記載の製剤。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−221212(P2009−221212A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−123658(P2009−123658)
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【分割の表示】特願2000−565908(P2000−565908)の分割
【原出願日】平成11年8月17日(1999.8.17)
【出願人】(592130699)ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア (364)
【氏名又は名称原語表記】The Regents of The University of California
【Fターム(参考)】