説明

FGF−2誘導性線維芽細胞様細胞およびその増殖誘導方法

【課題】塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)により増殖誘導される、神経軸索の再生能を有し、脊髄損傷を修復できる脊髄由来の線維芽細胞様細胞およびその増殖誘導方法を提供する。
【解決手段】哺乳動物の脊髄実質から塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)により増殖誘導されることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞。該細胞は、フィブロネクチン陽性で、N-カドヘリン(N-cadherin)およびVE-カドヘリン(VE-cadherin)が強発現している。哺乳動物の脊髄実質を採取する第1の過程と、第1の過程で採取された脊髄実質を塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を含む培地で組織培養する第2の過程と、からなることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導方法。FGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を含む脊髄損傷の治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊髄損傷部位で神経軸索の再生と伸長を促進する、脊髄に由来する線維芽細胞様細胞および該細胞を増殖誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄を含む中枢神経系(脳、脊髄)では、神経軸索の再生は困難であり、脊髄損傷などの中枢性の損傷は修復が望めないのが現状である。特に脊髄は、末梢組織と脳との間の知覚、運動神経の伝達路であり、交通事故、スポーツ事故、高齢者の圧迫骨折等で脊髄が物理的損害を受けて神経軸索が傷害されると、運動麻痺、呼吸麻痺、知覚障害等の重篤な身体障害に陥る。現在、我が国の脊髄損傷患者は、約10万人と推測され、また毎年約5000人が増加していると推測されており、多くの脊髄損傷患者が日常生活で身体的な苦痛や精神的な苦痛を受けている。また、米国の資料によると、脊髄損傷の受傷初年度の医療費は、一人あたり最大約5000万円とする試算もあり、脊髄損傷患者の医療費は甚大である。
【0003】
脊髄損傷は、神経軸索の修復が困難であるため、現在、最も効果的な治療法として損傷部位に細胞を移植する再生医療による治療法が種々検討されている。例えば、ヒト胎児由来の嗅神経鞘細胞を脊髄損傷患者に移植して効果があったとする報告がある(非特許文献1参照)。この方法は、期待されたほどの効果が得らず効果が限定的であるため、脊髄損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して再生治療効果を増強させる、HGFタンパク質またはHGFタンパク質をコードする核酸を有効成分とする効果増強剤の提案がある(特許文献1参照)。また、ヒト臍帯の膠様組織に由来する間葉系幹細胞を脊髄を全切断したラットに移植することにより脊髄損傷に効果があるとの報告がある(非特許文献2参照)。一方、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)は、線維芽細胞の増殖を促進するペプチドで、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、上皮細胞等種々の細胞に対して分化、遊走、増殖を促進作用を有するが(非特許文献3参照)、脊髄実質において線維芽細胞様細胞を増殖誘導することについては知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−238487号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Lu, J.Feron et al. Brain 2002; 125:14-21
【非特許文献2】Chang-Ching Yang et al. "Transplantation of Human Umbilical Mesenchymal Stem Cells from Wharton's Jelly after Complete Transection of the Rat Spinal Cord", [Online]、October 2008,Volume 3, Issue 10, e3336, URL www.plosone.org
【非特許文献3】Yonemitsu, Y. J Jpn Coll Angiol, 2006, 46: 297-304
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)により増殖誘導される、神経軸索の再生能を有し、脊髄損傷を修復できる脊髄由来の線維芽細胞様細胞およびその増殖誘導方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、脊髄損傷を受けた神経軸索を再生させ、脊髄損傷の治療に寄与することを目的とし、脊髄に着目して種々検討を重ねた結果、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)哺乳動物の脊髄実質から塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)により増殖誘導されることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞。
(2)フィブロネクチン陽性で、N-カドヘリン(N-cadherin)およびVE-カドヘリン(VE-cadherin)が強発現していることを特徴とする(1)に記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞。
(3)哺乳動物の脊髄実質を採取する第1の過程と、第1の過程で採取された脊髄実質を塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を含む培地で組織培養する第2の過程と、からなることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導方法。
(4)哺乳動物の脊髄実質内に塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を投与する第1の過程と、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)が投与された前記脊髄実質を採取する第2の過程と、第2の過程で得られた前記脊髄実質を塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を含む培地で組織培養する第3の過程と、からなることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導方法。
(5)継代培養をする過程をさらに含むことを特徴とする(3)又は(4)に記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導方法。
(6)(3)〜(5)のいずれかに記載の増殖誘導方法により、脊髄実質から増殖誘導されてなることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞。
(7)(1)、(2)又は(6)のいずれかに記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を含む脊髄損傷の治療剤。
(8)(1)、(2)又は(6)のいずれかに記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞と、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)と、培地と、を備えてなる脊髄損傷の治療用キット。
(9)(1)、(2)又は(6)のいずれかに記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を脊髄損傷部位に移植する脊髄損傷を治療する方法。
【発明の効果】
【0009】
脊髄実質からFGF-2により増殖誘導されるFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞は、脊髄損傷部位に移植することにより、神経軸索の再生と伸長を促進するので、脊髄損傷の治療をする再生医療分野で有用であり、脊髄損傷患者に大きな福音をもたらすものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】脊髄損傷モデルラットの脊髄損傷部位への継代1のFIFおよびMDF移植後のBBBスケールによる運動機能変化を示すグラフである。
【図2】脊髄損傷モデルラットの脊髄損傷部位への継代2のFIFおよびMDF移植後のBBBスケールによる運動機能変化を示すグラフである。
【図3】脊髄損傷モデルラットの脊髄損傷部位への継代4のFIFおよびMDF移植後のBBBスケールによる運動機能変化を示すグラフである。
【図4】脊髄損傷モデルラットの脊髄損傷部位への継代6のFIFおよびMDF移植後のBBBスケールによる運動機能変化を示すグラフである。
【図5】FIFおよびMDFを移植した脊髄損傷モデルラットの脊髄の免疫染色像を示す写真である。
【図6】FIFおよびMDFを移植した脊髄損傷モデルラットの脊髄の免疫染色像を示す写真である。
【図7】FIFとMDFをそれぞれ大脳皮質ニューロンと共培養したときの様子を示す顕微鏡写真像およびFIFとMDFの培養上清を含む培養液で大脳皮質ニューロンを培養したときの様子を示す顕微鏡写真像並びに最大突起長が150μmを越える大脳皮質ニューロンの割合を示すグラフである。
【図8】FIFにおけるフィブロネクチンの発現を示す顕微鏡写真像である。
【図9】FIFとMDFにおけるN-カドヘリン(N-cadherin)のmRNAの発現量を示すグラフおよびFIFとMDFにおけるVE-カドヘリン(VE-cadherin)のmRNAの発現量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の脊髄に由来する線維芽細胞様細胞は、脊髄実質から塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)により増殖誘導される細胞である。脊髄実質は、白質、灰白質を含む脊髄髄膜の内側をいう。該細胞は、脊髄実質から塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)により増殖誘導される線維芽細胞様細胞(フィブロネクチン陽性)であることから、FGF-2誘導性線維芽細胞様細胞(FGF-2-induced fibroblast cells、以下、「FIF」ともいう)と命名した。FGF-2誘導性線維芽細胞様細胞が採取される哺乳動物は、特に限定されず、ヒト、ラット、マウス、サル、ブタ、ウシ、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ等を用いることができる。
【0012】
本発明のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞は、フィブロネクチン陽性で、細胞接着因子のN-カドヘリン(N-cadherin)および血管内皮細胞マーカーのVE-カドヘリン(N-cadherin)をマーカーとして強発現している。
【0013】
本発明のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞は、哺乳動物の脊髄実質を採取し、採取された脊髄実質を塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を含む培地で組織培養することにより増殖誘導して得ることができる。採取される脊髄実質内に塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を予め投与してもよい。これにより、FGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導能を高めることができる。また、得られたFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を継代培養により増殖させることができる。
【0014】
塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)は、哺乳動物由来のものが挙げられる。哺乳動物として、ヒト、ラット、マウス、サル、ブタ、ウシ、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ等等を挙げることができる。塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)は、ウシ脳からの抽出物をヘパリン結合カラムを用いるアフィニティークロマトグラフィーにより精製するという公知の方法により得ることができる。また、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)は、組換えDNA技術によって作製されたものを用いることもできる。組換えDNA技術による塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)の作製は、例えば特公表63-500843号に記載の技術を用いることができる。また組換えDNA技術により作製されたヒトFGF-2は、市販されており(一般名:トラフェルミン(遺伝子組換え))、これを用いることもできる。
【0015】
増殖誘導に用いる培地は、組織培養に用いることができるものであれば、特に限定されず、例えばDMEM(ダルベッコ変法イーグル培地、Dulbecco's modified Eagle's medium)、EMEM、Ham's F-12、RPMI-1640、OPTI-MEM、SFM-101等を挙げることができる。培地には、ウシ胎児血清等の血清を添加することが好ましい。
【0016】
本発明のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞は、脊髄への生着性と増殖活性が著しく高く、上記の増殖誘導方法により再現性をもって容易に取得することができる。
【0017】
本発明のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞は、脊髄損傷の再生医療による治療に有用であり、当該細胞は免疫寛容活性が高いと考えられるので、その由来は自己の他、同種異系でもよいが、自己が好ましい。FGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の利用の態様として、脊髄損傷が急性期の場合、脊髄損傷を受けた患者の損傷部位から脊髄実質を採取し、既述の方法で脊髄実質からFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を増殖誘導し、当該細胞を損傷部位に移植する。また、慢性期の場合、施術により脊髄実質を採取し、既述の方法で脊髄実質からFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を増殖誘導し、当該細胞を損傷部位に移植する。同種異系由来の場合、シクロスポリン、シクロフォスファミド等の公知の免疫抑制剤を用いてFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を脊髄損傷部位に移植し生着させることができる。
【0018】
本発明のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞は、これを含む脊髄損傷の治療剤として用いることができる。また、FGF-2誘導性線維芽細胞様細胞と、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)と、培地と、を備えるキットとして予め保管することにより、脊髄を損傷する事故等に迅速に対応させることができる。
【実施例】
【0019】
実施例1(FIFの増殖誘導)
麻酔下、7週齢 Wistar系雌ラットの第10胸髄を鋭利な刃物で横断的に完全切断し、止血後、切断部位の吻側に1μlずつ3点、尾側に1μlずつ2点の合計5μlのFGF-2(1μg/μl、組換えDNA技術により作製)を投与した。背筋、皮膚を縫合して2日間通常飼育した後、エーテル過麻酔によりラットを屠殺して無菌的に脊髄を摘出し、髄膜を完全に剥離した。損傷部位を中心に前後5mmの脊髄実質をさらに左右に切り分け、採取した脊髄実質をコラーゲンコートした培養皿(10cm)に貼り付けて(4箇所)、10%の牛胎仔血清とFGF-2(最終濃度10ng/ml)を含むDMEM培地で培養した。移植片から細胞が遊出し、増殖して飽和密度に達したら、トリプシンで処理した3枚の新しい培養皿に継代しFIFを得た(継代1)。その後、3〜4日毎に1枚の培養皿の細胞を3枚の培養皿に継代する操作を繰り返し、FIFを増殖した。脊髄実質の採取と同時に、脊髄髄膜を採取し、脊髄実質と同様に培養して線維芽細胞(menix-drived fibroblast cells、以下、「MDF」という)を得た。
【0020】
実施例2(脊髄損傷モデルラットの作製)
7週齢のWistar系雌性ラットをペントバルビタール(40mg/kg)で麻酔し、脊柱を露出後、第9胸椎の椎弓を切除し、鋭利な刃物で第10胸髄(T10)を横断的に完全切断した。背筋、皮膚を縫合した後、後肢麻痺を確認し、脊髄損傷モデルラットを作製した。
【0021】
実施例3(脊髄損傷部位へのFIFの移植と運動機能改善効果の評価)
上記のラットの脊髄損傷部位に、DMEM培養液で懸濁したFIFをマイクロピペットを用いて移植した(106cells/頭)。対照細胞として、FIFと同様の方法によりMDFをラットの脊髄損傷部位に移植した。移植後の運動機能を6週間に亘り、BBBスケール(Basso DM, et al、J Neurotrauma12: 1-21(1995))で評価した。その結果、図1に示すように、MDFを移植した対照群ではほとんど運動機能の改善はなく無効であったが、FIFを移植すると14日後には後肢で歩行できるまでに回復した。
【0022】
継代2、4、6のFIFをそれぞれラットの脊髄損傷モデルに移植し(106cells/頭)、その後6週間に亘り、BBBスケールで運動機能を評価した。その結果、MDFは運動機能の改善はなかったが、図2〜図4に示すように、継代2、4、6のFIFは継代1のFIFと同等の運動機能回復作用を発揮した。
【0023】
実施例4(FIFが移植された脊髄損傷部位の組織化学的解析)
スライドガラスに貼り付けた実施例3でFIFとMDFがそれぞれ移植された脊髄薄切片を4%パラホルムアルデヒド溶液で10分間固定後、Antigen Unmasking Solution液(Vector社)に浸し、オートクレーブにて121℃、15分間煮沸することで抗原を賦活化した。さらに抗体の浸透性を高めるために、0.3% (v/v) Triton X-100を含むTris-HCl ( pH7.4 ) にて37℃、30分間処理した。組織切片をPBS(リン酸緩衝生理食塩水、phosphate-buffered saline)にて洗浄後、2%ブロックエースにてブロッキングした。その後、神経軸索に特異的に発現するニューロフィラメントM(Neurofilament-M、以下、「NF-M」という)、再生している軸索に高濃度に発現するタンパクの成長関連タンパク43(Growth-Associated Protein-43、以下、「GAP-43」という)、アストロサイトのマーカーのグリア細胞線維性酸性タンパク質(Glial Fibrillary Acidic Protein、「GFAP」という)をそれぞれ特異的に認識する一次抗体(GFAPの一次抗体(Dakocytomation社)、NF-Mの一次抗体(Sigma社)、GAP-43の一次抗体(Millipore社))をそれぞれ加えて4℃で一晩反応させた。PBSで3回洗浄したのち、2%ブロックエースにて1000倍に希釈した二次抗体 (Alexa Fluor 488 標識抗マウスIgG抗体、Alexa Fluor 546標識抗ウサギIgG抗体、Invitrogen社) を加え、室温にて3時間反応させた。PBSで3回洗浄した後にPerma Fluor Aqueous Mounting Medium(Thermoshandon社)を用いて封入した。封入後十分に乾燥させたのちに共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss社、Model LSM 510)を用いて観察した。なお、各一次抗体は、それぞれ 2%ブロックエース溶液にて1000倍に希釈して用いた。結果は、図5、図6に示した。
【0024】
図5のA-C、G-Iは、MDFを移植した組織の様子を、D-F、J-LはFIFを移植した組織の様子を示す。A、Dは、GFAPを染色したものである。損傷により活性化されたアストロサイトの存在を見ることができ、損傷部位の指標となる。B、Eは、移植細胞のFIFとMDFを移植する直前にHoechst 33342(SIGMA社)を用いて標識した蛍光シグナルを示し、損傷部位に生着した移植細胞が示される。CはAとBの写真を、FはDとEの写真をそれぞれ重ね合わせたものである。これらの写真より、細胞移植後もMDF、FIFともに損傷部位に生着していることが分かる。また両細胞は活性化アストロサイトの浸潤を抑えている可能性が示唆される。G、JはB、Eの四角で囲まれた部分をそれぞれ拡大したもので、生着した細胞を示す。H、KはGAP-43染色したもので、損傷後に再生した神経軸索を観察できる。MDFを移植した群では、わずかな軸索の再生しか観察されなかったが、FIFを移植した群では、無数の軸索が再生していることが示された。IはGとHの写真を、LはJとKの写真をそれぞれ重ね合わせたものである。これらの写真より、損傷部位を埋め尽くしたFIFの細胞間隙を無数の軸索が走行していることが示され、FIFは非常に高い軸索再生能力を有している細胞であると言える。
【0025】
図6のA-C、G-Iは、MDFを移植した組織の様子を、D-F、J-LはFIFを移植した組織の様子を示す。A、Dは、GFAPを染色したもので、上記と同様に損傷により活性化されたアストロサイトの存在を見ることができる。B、Eは上記と同様に蛍光シグナルを示し、損傷部位に生着した移植細胞が示される。CはAとBの写真を、FはDとEの写真をそれぞれ重ね合わせたもので、上記と同様に細胞移植後もMDF、FIFともに損傷部位に生着しており、上記と同様に両細胞は活性化アストロサイトの浸潤を抑えている可能性が示唆される。G、JはB、Eの四角で囲まれた部分をそれぞれ拡大したもので、生着した細胞を示す。H、KはNF-Mを染色したもので、損傷部に存在する神経軸索を観察できる。MDFを移植した群では、わずかな軸索の再生しか観察されなかったが、FIFを移植した群では、無数の軸索が再生していることが示された。IはGとHの写真を、LはJとKの写真をそれぞれ重ね合わせたものである。
これらの写真より、損傷部位を埋め尽くしたFIFの細胞間隙を無数の軸索が走行していることが示され、FIFは非常に高い軸索再生能力を有している細胞であると言える。
【0026】
実施例5(FIFと大脳皮質ニューロンの共培養による神経突起伸展活性の評価及びFIFの培養上清の神経突起の促進効果の評価)
(1)FIFと大脳皮質ニューロンの共培養による神経突起伸展活性の評価
ddY系妊娠マウス(妊娠17日齢)から胎仔を取り出し、氷冷したPBS中においた。実体顕微鏡(ニコン社)下で摘出した胎仔の脳から嗅球と髄膜を取り除いて終脳を分離した。終脳は、氷冷PBSの入った遠沈管に入れ洗浄した。1 mLほどPBSを残し、そこへ0.25%トリプシン、0.5%グルコース、1%DNaseを含むPBSを5 mL加え、15分間インキュベートした。3 mLのFBS(胎仔ウシ血清、fetal bovine serum)を加えて転倒混和し、消化反応を停止した。氷冷した1% FBS、トランスフェリン (5mg/ml)、インスリン (5mg/ml)、プロゲステロン (2pM)、BSA (ウシ血清アルブミン、bovine serum albumin)(0.5 %)、および抗生物質 (100単位/mlペニシリン、0.1mg/mlストレプトマイシン) を含むDMEM(ダルベッコ変法イーグル培地)(以下、基本培地という)を5 mL加え、泡立てないように10 mLピペットで攪拌した。セルストレーナーにより、細胞塊を取り除いた後、細胞数をカウントした。最終濃度1x105細胞/mLとなるように懸濁し、細胞を播種して大脳皮質ニューロン(以下、「神経細胞」ということがある)を調製した。
【0027】
ポリ-L-リジンでコーティングしたプラスチックカバースリップを24穴プレートの各ウェルに敷き、FIF、MDFをそれぞれ播種して飽和密度になるまで培養した。上記で調製した大脳皮質ニューロンを最終密度5x104細胞/穴となるようにして、MDF上、FIF上、コントロールのポリ-L-リジンコートを施したプラスチックカバースリップ上にそれぞれ播いて共培養した。2日後に細胞を固定し、神経細胞の骨格タンパク質 (bIII-tubulin) を特異的に認識する抗体 (Tuj1、Promega社) を用いて、免疫組織化学的に神経細胞の細胞体と神経突起を可視化した。その後無作為に300個の神経細胞を抽出し、各細胞における最も長い突起 (最長突起) に着目して、細胞体からその突起の先端までの距離を最長突起長として評価した。また150μm以上の長さの突起を持つ神経細胞の数を計測し、全体の細胞数に占める割合を算出した。
【0028】
図7のAは、MDF上で大脳皮質ニューロンと2日間共培養したときの様子を示し、BはFIF上で大脳皮質ニューロンと2日間共培養したときの様子を示す。図7のEは、A、Bにおける、神経細胞の最大突起長が150μmを越える神経細胞の割合を示すグラフである。2日間神経細胞を共培養したときの最大突起長が150μmを超える神経細胞の割合は、MDF上(図7のA、E参照)では7.7±3.7%、FIF上(図7のB、E参照)では21.7±2.7%であり、神経突起はFIF上で有意に長く伸長することが明らかとなった (図7のE; n=3, p<0.05)。一方、MDF上で培養した神経細胞の神経突起の長さはポリ-L-リジンコートカバーガラス上で培養した神経細胞の突起長とほぼ同等であり有意な差は認められなかった(図7のE)。このことより、FIF上に神経細胞を共培養すると(図7のB参照)、MDF上よりも(図7のA参照)神経突起は長いことが示されたので、FIFが神経突起を伸長させる足場として非常に優れていることが分かる。この現象の背景には、「FIFの細胞表面上に発現し、神経突起を伸長させる機能を有する分子」と、「FIFが細胞外に分泌し、神経突起の伸長を促す因子」の寄与が想定される。
【0029】
(2)FIFの培養上清の神経突起の促進効果の評価
実施例1のMDF、FIFの細胞培養上清中の成分による神経突起伸長活性の評価をするため以下の実験を行った。すなわち、ポリ-L-リジンコートしたカバースリップ上に上記の大脳皮質ニューロンを最終密度5x104 細胞/穴となるように播種し、MDFおよびFIFの培養上清をそれぞれ添加して培養した。2日後に細胞を固定し、神経細胞の骨格タンパク質 (bIII-tubulin) を特異的に認識する抗体 (Tuj1、Promega社 ) を用いて、上記と同様の方法で免疫組織化学的に神経細胞の細胞体と神経突起を可視化し、また上記と同様の方法で150μm以上の長さの突起を持つ神経細胞の数を計測し、全体の細胞数に占める割合を算出した。
【0030】
図7のCは、MDFの培養上清を含む培養液で大脳皮質ニューロンを2日間培養したときの様子を示し、DはFIFの培養上清を含む培養液で大脳皮質ニューロンを2日間培養したときの様子を示す。図7のFは、C、Dにおける、最大突起長が150μmを越える神経細胞の割合を示すグラフである。2日間神経細胞を培養したとき、最大突起長が150μmを超える神経突起をもつ神経細胞の割合は、MDFの培養上清を含む培養液での培養では(図7のC、F参照)4.0±1.1%、FIFの培養上清を含む培養液での培養では(図7のD、F参照)13.7±1.1%であり、FIFの培養上清を含む培養液で培養した神経突起は有意に長く伸長することが明らかとなった(図7のF;n=3, p<0.01)。MDFの培養上清を含む培養液で培養した値は、基本培地添加とほぼ同等の値であった (図7のF)。以上より、FIFの培養上清を含む培養液で培養した場合、MDFの培養上清を含む培養液で培養したときより、神経突起は長いことが示され、このことは、FIFが神経突起を伸長させる液性因子を細胞外により多く分泌している可能性が示唆される。
【0031】
実施例6(FIFのフィブロネクチンの発現)
細胞の接着に関与する細胞表面糖タンパク質であるフィブロネクチンのFIFでの発現を
免疫染色法により検討した。カバースリップ上に培養したFIFの培養液に等容量4%パラホルムアルデヒド溶液を添加し、室温で10分間細胞を固定した。新しい4%パラホルムアルデヒド溶液と交換し、さらに10分間細胞を後固定した。PBSで洗浄後、 細胞を0.3 % (v/v) Triton X-100を含む0.1 M Tris-HCl buffer (pH 7.4) 中に37℃で15分間静置した。PBS洗浄後、細胞を2 % ブロックエース(大日本住友製薬社)を含むPBSで室温30 分間処理した後、希釈した抗フィブロネクチンウサギ抗体(1:1000希釈; LSL)を一夜4℃ で反応させた。PBS洗浄後、細胞をAlexa 546で蛍光標識した抗ウサギ抗体(1:1000希釈、Invitrogen社)と室温で3時間反応させた。PBSで洗浄後、Perma Fluor Aqueous Mounting Medium(Thermoshandon社)を用いて封入した。封入後十分に乾燥したのちに、共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss社、Model LSM510)を用いて染色像を観察した。結果は、図8に示した。
【0032】
図8のA(位相差顕微鏡写真)、B(共焦点顕微鏡写真)から明かなように、FIFにはフィブロネクチンの発現が見られ、フィブロネクチン陽性であった。
【0033】
実施例7(FIFの遺伝子発現)
MDF、FIFより抽出した全RNA を基に以下のようにcDNAを作製した。すなわち、1.0μlの全RNA溶液、0.5μlの10μM cDNA合成プライマー(CDS-IIプライマー、Invitrogen社、配列番号7)1.0 μlのDEPC (Diethyl pyrocarbonate)処理した超純水をPCRチューブに入れ、ピペッティングにより混和したのちに72℃にて2分間反応させてアニーリングを行った。
次に1μlの5×first-strand buffer、0.5μlの10 mM dNTP (deoxynucleotide triphosphate) mix、0.5 μlの100 mM DTT (dithiothreitol)、0.5μlの200 unit/ml Reverse transcriptase)を加えてピペッティングにより混和し、42℃にて60分間逆転写反応を行った。その後20μlのTE (Tris-HCl、EDTA混合液)を加えてピペッティングにより混和したのちに72℃にて7分間加熱処理することにより酵素を失活させて反応を終結させ、一本鎖cDNA溶液を得た。
【0034】
上記のcDNAを鋳型として、細胞接着因子のN-カドヘリン(N-cadherin)、血管内皮細胞マーカーのVE-カドヘリン(VE-cadherin)について、それぞれの遺伝子に対する特異的プライマーを作製し、半定量的RT-PCRを行った。内部コントロールとしてβ−アクチン(β-actin)のmRNA発現量を同様に評価した。PCR 産物は、エチジウムブロマイドを含む 2 % (w/v) アガロースゲルにて電気泳動後、FLA-5100(FUJIFILM社製)を用いて泳動像を取り込み、Image Jを用いて各バンドを定量した。結果は、図9に示した。なお、表1には、配列表に示す特異的プライマーの塩基配列、アニーリングの温度、PCR産物のサイズを示した。
【0035】
突起伸展促進作用を有する接着因子N-カドヘリン(N-cadherin)のmRNAの発現は、FIFにおいて有意に高く、強発現していた(図9参照; n=4 p<0.001)。したがって、実施例5で細胞表面に突起伸展を促す分子が発現している可能性について示唆したが(図7のE、F参照)、この現象にFIFの細胞表面に発現するN-カドヘリン(N-cadherin)が深く寄与している可能性が示唆される。またVE-カドヘリン(VE-cadherin)のmRNA 発現がFIFで高く、強発現していることが明らかとなった(図9参照; n=4 p<0.001)。以上のように細胞表面に発現するタンパク質の発現は、FIFの細胞特性として非常に重要である。
【0036】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、脊髄損傷を治療する再生医療に必要とされる、神経軸索の再生能を有する細胞及びその増殖誘導方法を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の脊髄実質から塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)により増殖誘導されることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞。
【請求項2】
フィブロネクチン陽性で、N-カドヘリン(N-cadherin)およびVE-カドヘリン(VE-cadherin)が強発現していることを特徴とする請求項1に記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞。
【請求項3】
哺乳動物の脊髄実質を採取する第1の過程と、第1の過程で採取された脊髄実質を塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を含む培地で組織培養する第2の過程と、からなることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導方法。
【請求項4】
哺乳動物の脊髄実質内に塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を投与する第1の過程と、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)が投与された前記脊髄実質を採取する第2の過程と、第2の過程で得られた前記脊髄実質を塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を含む培地で組織培養する第3の過程と、からなることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導方法。
【請求項5】
継代培養をする過程をさらに含むことを特徴とする請求項3又は請求項4に記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞の増殖誘導方法。
【請求項6】
請求項3〜請求項5のいずれかに記載の増殖誘導方法により、脊髄実質から増殖誘導されてなることを特徴とするFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞。
【請求項7】
請求項1、請求項2又は請求項6のいずれかに記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を含む脊髄損傷の治療剤。
【請求項8】
請求項1、請求項2又は請求項6のいずれかに記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞と、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)と、培地と、を備えてなる脊髄損傷の治療用キット。
【請求項9】
請求項1、請求項2又は請求項6のいずれかに記載のFGF-2誘導性線維芽細胞様細胞を脊髄損傷部位に移植する脊髄損傷を治療する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−172281(P2010−172281A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−19400(P2009−19400)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(591060289)岐阜市 (15)
【Fターム(参考)】