説明

GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングに関与する遺伝子、タンパク質、およびその利用法。

【課題】GPIの脂質リモデリングプロセスに関与するタンパク質及びその遺伝子を明らかにして、抗がん剤等の有用物質のスクリーニング系およびGPIの脂質リモデリング異常の検出系を構築する。
【解決手段】
酵母のPER1遺伝子、その産生タンパク質、これらと相同性を有する他の生物の遺伝子、その産生タンパク質が脂質リモデリングプロセスに関与しているという知見を得、これに基づき、これらタンパク質、あるいはこれら遺伝子の破壊株又は高発現株を上記有用物質のスクリーニング系に用いるとともに、GPIアンカー型タンパク質の細胞外漏出を検出する手段により上記脂質リモデリング異常を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発がんとGPI生合成過程に関連した、新規の遺伝子およびタンパク質に関するものである。

【背景技術】
【0002】
乳がんや胃がんの細胞では、染色体上の17q12という領域が増幅されており、この領域のPERLD1と呼ばれる機能未知遺伝子の発現が上昇していることが今までに知られている(非特許文献1、2)。
グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカーは、タンパク質の翻訳後修飾の形態の一つである。GPIアンカーにより、細胞外に分泌されるタンパク質は細胞表層にとどまることができる。GPIアンカー型タンパク質の生合成機構に関しては、精力的に研究が進められている。しかしながら、GPIがタンパク質に付加した後に行なわれる、脂質リモデリングのステップに関しては、ようやくその一端が明らかになりつつある状況である(非特許文献3)。
最近の研究で、GPIの生合成系の遺伝子が発がんに関与していることが明らかになった。しかし、GPI合成系において今までに見つかった遺伝子のいずれもが、タンパク質にGPIを転移する、トランスアミダーゼをコードするものであった(非特許文献4、5)。
【非特許文献1】Nezu, M., Nishigaki,M., Ishizuka, T., Kuwahara, Y., Tanabe, C., Aoyagi, K., Sakamoto, H., Saito,Y., Yoshida, T., Sasaki, H. and Terada, M. Jpn. J. Cancer Res. 93: 1183-1186 (2002)
【非特許文献2】Katoh, M. and Katoh, M. Int. J. Oncol. 22: 1369-1374 (2003)
【非特許文献3】Bosson, R., Jaquenoud,M. and Conzelmann, A. Mol. Biol.Cell 17: 2636-2645 (2006)
【非特許文献4】Guo, Z., Linn, J. F.,Wu, G., Anzick, S. L., Eisenberger, C. F., Halachmi, S., Cohen, Y., Fomenkov,A., Hoque, M. O., Okami, K., Steiner, G., Engles, J. M., Osada, M., Moon, C.,Ratovitski, E., Trent, J. M., Meltzer, P. S., Westra, W. H., Kiemeney, L. A.,Schoenberg, M. P., Sidransky, D., Trink, B. Nat. Med. 10, 374-381 (2004)
【非特許文献5】Ho, J. C., Cheung, S. T.,Patil, M., Chen, X. and Fan, S. T. Int.J. Cancer. Apr 26 (2006) [Epub ahead of print]
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記したように、これまで、脂質リモデリングなど、トランスアミダーゼ以外のGPI合成系の遺伝子やタンパク質が発がんと関連しているのかに関する情報は皆無であった。
また、GPIの脂質リモデリングにおいてホスファチジルイノシトール(PI)がリゾホスファチジルイノシトール(リゾPI)に変換される際、どのような遺伝子あるいはタンパク質が関与しているかについても明らかではなく、また、このような現状では当然、上記タンパク質の活性の測定方法、あるいはGPIの脂質リモデリング異常を容易に検出する方法も存在していなかった。
本発明の課題は、上記脂質リモデリングのプロセスに関与する酵素タンパク質及びその遺伝子を明らかにしてその機構を解明し、解明された機構に基づき、新たな抗がん剤等の有用物質のスクリーニング系を構築するとともに、GPIの脂質リモデリング異常の検出系を構築し、これにより該脂質リモデリングプロセスと発がんとの関連を明らかにし、新たながん治療あるいは診断についての研究発展に寄与しようとするものである。

【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究の結果、酵母のPER1遺伝子及びこれによりコードされるタンパク質が、GPIの脂質リモデリングプロセスに関与していることを見いだし、さらに該PER1遺伝子、タンパク質と相同性を有する、ヒトのPERLD1遺伝子、タンパク質を含む他の生物の遺伝子、タンパク質も、GPIの脂質リモデリングプロセスに関与しているという知見を得た。そして、これらの知見に基づき、新たな抗がん剤等の有用物質のスクリーニング系、及びGPIの脂質リモデリングプロセスの異常を検出する系を開発することに成功し、本発明を完成するに至ったものである。すなわち、本発明は、以下に示されるとおりである。
【0005】
(1) 配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するか、あるいは該アミノ酸配列において1至数個のアミノ酸残基が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有することを特徴とする酵素タンパク質。

(2) 上記(1)に記載のタンパク質に対して相同率39%以上の相同性を有する酵素タンパク質。

(3) 配列番号4に示されるアミノ酸配列を有するか、あるいはアミノ酸配列において1至数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有することを特徴とする酵素タンパク質。

(4) 上記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質からなる、GPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換するために用いる酵素試薬。

(5) 上記(1)〜(3)のいずれかに記載の酵素タンパク質を少なくとも含むことを特徴とする、該酵素タンパク質における、GPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する活性を促進あるいは阻害する物質のスクリーニング用試薬。

(6) 上記酵素タンパク質の酵素作用を阻害する物質が、抗がん剤候補物質である、上記(5)に記載のスクリーニング試薬。

(7) 上記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質をコードする遺伝子。

(8) 配列番号1に示される塩基配列を有するか、あるいは該塩基配列において1至数個のヌクレオチドが欠失、置換又は付加された塩基配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有する酵素タンパク質をコードすることを特徴とする、遺伝子。

(9) 配列番号3に示される塩基配列を有するか、あるいは該塩基配列において1至数個のヌクレオチドが欠失、置換又は付加された塩基配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有する酵素タンパク質をコードすることを特徴とする、遺伝子。

(10) 上記(7)〜(9)に記載の遺伝子が挿入されていることを特徴とする組み換えベクター。

(11) 上記(10)に記載の組み換えベクターが導入されていることを特徴とする形質転換体。

(12) PER1遺伝子が欠失し、かつPERLD1遺伝子が挿入された組み換えベクターが導入されていることを特徴とする、形質転換酵母。

(13) PER1遺伝子が欠失している酵母からなる、上記(12)に記載の形質転換酵母調製用宿主。

(14) 上記(12)に記載の形質転換酵母、PER1欠失酵母、PER1遺伝子高発現酵母、あるいは野生型酵母を少なくとも含むことを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスを促進あるいは阻害する物質のスクリーニングに用いる試験材料。

(15) GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスを阻害する物質が抗がん剤候補物質である、上記(14)に記載の試験材料。

(16) GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスの促進あるいは阻害候補物質を含有する培地に、上記14に記載の酵母を培養し、DRM画分に存在するGPIアンカー型タンパク質の量あるいは外部媒体に漏れ出たGPIアンカー型タンパク質の量を測定することを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスの促進あるいは阻害物質のスクリーニング方法。

(17) PER1あるいはPERLD1遺伝子産物を認識する抗体。

(18) 細胞から外部媒体に漏出するGPIアンカー型タンパク質の量を測定することを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスの異常を検出する方法。

(19) 外部媒体が血液である上記(18)に記載の方法。

(20) 脂質モデリングプロセスに異常を生じせしめた細胞を培養し、外部媒体に漏出してくるGPIアンカー型タンパク質を採取することを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の製造方法。

【発明の効果】
【0006】
本発明は、GPIの脂質リモデリングプロセスに関与する酵素タンパク質及びその遺伝子を初めて明らかにした点で画期的なものである。また、本発明によりGPIの脂質モデリングプロセスの異常とGPIアンカー型タンパク質の細胞外漏出の関連も明らかになり、これにより、細胞外のGPIアンカーの量を測定することにより、GPIの脂質リモデリングプロセスの異常を簡便に検出することが可能となった。さらに、このような検出手段を利用すれば、脂質リモデリングという新規な作用標的を有した抗がん剤のスクリーニングが可能となり、また、がんの早期発見や進行度の判定に寄与する。一方、脂質リモデリング異常の細胞を用いれば、GPIが付加した糖タンパク質を細胞外に分泌させ、これを分離回収することができ、これにより、GPI付加糖タンパク質やこのタンパク質に付加している糖鎖を生産することも可能となり、有用物質の生産にも寄与する。

【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
GPI生合成経路は、リン脂質ホスファチジルイノシトールに糖およびエタノールアミンリン酸が順番に付加し、生じた完全中間体がタンパク質に転移する、という経路であり(図1)、脂質リモデリングプロセスとは、GPIがタンパク質に付加した後のプロセスであり、GPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール(PI)構造をリゾホスファチジルイノシトール(リゾPI)構造に変換し、さらに、ジアシルグリセロールタイプ(pG1)を経てセラミドタイプ(IPC)に変換するプロセスである(図2)。
すなわち、脂質リモデリングがなされる前は、PI構造の sn-2 位の脂肪酸は不飽和型である。この sn-2 位の脂肪酸は、PER1タンパク質の働きによって除去され、PIは、脂肪酸が sn-1 位の 1 カ所のみに付加した、いわゆる「一本足」のリゾPIとなる。その後、GUP1タンパク質により、より長い、飽和型の脂肪酸が sn-2 位に付加される。この長い飽和脂肪酸を持った構造は、pG1型と呼ばれている。
このようなGPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスは上記した非特許文献3の知見に本発明者における知見を併せることにより初めて明らかになったものである
【0008】
本発明のPER1遺伝子は、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来の遺伝子であって、該遺伝子がコードする酵素タンパク質(以下、PER1タンパク質という場合がある。)は、上記脂質リモデリングプロセスにおける、GPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール(PI)構造をリゾホスファチジルイノシトール(リゾPI)構造に変換する機能を有する。該遺伝子の塩基配列は、配列番号1に示される。また、該酵素タンパク質のアミノ酸配列は、配列番号2に示される。
本発明においては、この出芽酵母PER1遺伝子及び該遺伝子がコードするタンパク質の他、これらと相同性を有する遺伝子、タンパク質も包含する。すなわち、タンパク質レベルで39%以上の相同性を有するものであれば、上記PER1遺伝子、タンパク質と同様な機能を有する遺伝子、タンパク質といえる。これらPER1遺伝子、タンパク質として重要な類似遺伝子、タンパク質としては、ヒトPERLD1遺伝子、該遺伝子によりコードされる酵素タンパク質(以下、PERLD1タンパク質という場合がある。)が挙げられ、ヒトPERLD1遺伝子の塩基配列は、配列番号3に示され、PERLD1タンパク質のアミノ酸配列は4に示される。このヒトPERLD1タンパク質がPER1タンパク質と同様な機能を有することは、後記する実施例において確認されている。
【0009】
これら、PER1およびPERLD1遺伝子は、市販のcDNAライブラリなどより、PCR法などを用いて取得することが可能であり、これら遺伝子を用いて、遺伝子工学的手法により、PER1タンパク質及びPERLD1タンパク質を得ることができる。
出芽酵母PER1とのタンパク質レベルでの相同性は、ヒト(PERLD1)で40%、分裂酵母で45%、キイロショウジョウバエで44%、アフリカツメガエルで42%、ラットで41%、イネで46%、マウスで45%、シロイヌナズナで47%、線虫で40%、ゼブラフィッシュで39%、である。
また、PERLD1とのタンパク質レベルでの相同性は、分裂酵母で49%、キイロショウジョウバエで57%、アフリカツメガエルで85%、ラットで93%、イネで51%、マウスで92%、シロイヌナズナで51%、線虫で47%、ゼブラフィッシュで80%、である。これらはすべて、PER1やPERLD1と同一の機能を有しているといえ、PER1ファミリーを形成している。
【0010】
上記した分裂酵母、キイロショウジョウバエ、アフリカツメガエル、ラット、イネ、マウス、シロイヌナズナ、線虫、ゼブラフィッシュなどの遺伝子、該遺伝子の産生タンパク質がPER1遺伝子、タンパク質と同一機能であることは、これらの他の生物由来の、PER1と相同する遺伝子を出芽酵母の発現ベクターに接続し、per1破壊株に導入、形質転換体のCalcofluor White 感受性と温度感受性を調べることにより、確認できる。
【0011】
本発明においては、PER1、PERLD1タンパク質あるいはこれらと相同性を有する他の生物由来のタンパク質は、それぞれ、これら本来のアミノ酸配列を有するもののみならず、これらアミノ酸配列において、1乃至数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加されたものであっても、GPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有するものであれば、これらタンパク質も包含する。また、本発明においては、PER1、PERLD1遺伝子あるいはこれらと相同性を有する他の生物由来の遺伝子は、それぞれ、これら本来の塩基配列を有するもののみならず、これら塩基配列において、1乃至数個のヌクレオチドが欠失、置換もしくは付加されたものであっても、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有するタンパク質をコードするものであれば、これら遺伝子も包含する。
【0012】
上記PER1タンパク質に相同性の高い他の生物由来のタンパク質は、PER1遺伝子あるいはPERLD1遺伝子をコードするDNAをプローブとしてサザンハイブリダイゼイションを行ない、ハイブリダイズしてくるDNAを単離後、in vitro あるいは in vivo で翻訳することにより得ることができる。
具体的には、in vitro の翻訳系としては、小麦胚芽や大腸菌のライセートの系を用いればよいし、in vivo の翻訳系としては、大腸菌の発現ベクターに当該DNAを接続して大腸菌内で発現させる方法や、酵母の発現ベクターに当該DNAを接続して酵母細胞内で発現させる方法などがある。
【0013】
PER1タンパク質およびPERLD1タンパク質は、たとえば酵母の発現ベクターにこれらの遺伝子を挿入することにより、酵母細胞内で生産させることにより得ることが可能である。具体的には、出芽酵母用発現ベクター YEp352GAP の、TDH3 プロモータと TDH3 ターミネータとの間に、PER1あるいはPERLD1遺伝子を挿入する。このようなプラスミドを酵母細胞に酢酸リチウム法などにより導入し、栄養培地上で増殖させると、酵母細胞はPER1あるいはPERLD1遺伝子産物を多量に生産する。なお、プラスミド構築の際、PER1あるいはPERLD1遺伝子にタグの遺伝子を付加し、たとえばヘマグルチニン(HA)や緑色蛍光タンパク質(GFP)などのタグを付加することも可能である。
【0014】
がん細胞において、PERLD1遺伝子の発現が増大していることは、背景技術において述べたとおりである。また、PERLD1の機能がPER1の機能と同一であることは、前述した。これらのことからみると、GPIの脂質リモデリングにおいて、PIをリゾPIに変換する過程が促進されると、がん化が引き起こされることが示唆される。したがって、GPIアンカー型タンパク質のPIをリゾPIに変換する活性を阻害する物質は、抗がん剤の候補になりうることがわかる。
【0015】
PER1タンパク質、PERLD1タンパク質、あるいはこれらと相同性を有する上記他の生物由来のタンパク質は、このような阻害物質あるいは促進物質をスクリーニングするためのスクリーニング用試薬として使用できる。例えば、これらタンパク質、及び基質となるGPIアンカー型タンパク質のPI体、例えばGas1pを含有する、スクリーニング用酵素活性測定系において、例えば、抗がん剤等の有用物質の候補物質を加え、リゾPI体への変換活性の変化を測定すればよい。活性を阻害するものは抗がん剤の候補物質となりうる。また、使用するタンパク質としては、特に精製されていなくともよく、これらタンパク質を含有する、ミクロソームの膜画分でもよい。
例えば、Flag-Gas1pを野生株より調整したミクロソーム膜画分と反応させると、リゾPI体に対応するバンドが前方の画分にシフトする。この活性測定系に、抗がん剤の候補となる化合物を加え、バンドのシフトの変化を検出することにより、PIをリゾPIに変換する活性を阻害する物質を見つけ出すことが可能である。
【0016】
逆に、PIをリゾPIに変換する過程を促進するような化合物をスクリーニングすることも、上記の系を用いることで可能である。このような化合物は、GPIアンカー型タンパク質の細胞外への漏出を促進することが考えられ、有用物質の生産に利用できると考えられる。有用物質の生産に関しては、後に詳しく述べる。
【0017】
本発明の別の有用物質のスクリーニング系について以下に説明する。
すなわち、GPI アンカー型タンパク質は通常、細胞膜中のマイクロドメインまたは脂質ラフトと呼ばれるスフィンゴ脂質やステロールが豊富に存在する膜に存在していることが明らかとなっている。マイクロドメインに相当する画分は界面活性剤である Triton X-100(1%)で可溶化されない画分(DRM)として生化学的に単離することができる。Bagnat らにより、酵母にもマイクロドメインが存在し、GPI アンカー型タンパク質はマイクロドメインに存在することが明らかとなっている(Bagnat et al., 2000, Proc Natl Acad Sci USA 97, 3254-3259)。
一方、GPIの脂質リモデリングにおいて、リゾPIをpG1型の脂質に変換するGUP1遺伝子産物が欠損すると、GPI型タンパク質であるGas1pがDRM画分に入れなくなることが知られている(非特許文献3)。また、本発明者は、PER1遺伝子産物が欠損すると、Gas1pがDRM画分に入れなくなることを発見した。このことから、一般に、GPIの脂質リモデリングが異常になると、GPIアンカー型タンパク質がマイクロドメインに入れなくなる。したがって、GPIアンカー型タンパク質がDRM画分に在るか否かの検出は、脂質リモデリングの異常を生じたか否かの指標となる。
【0018】
このことは、以下の実験により確かめられている。
〔実験1〕
DRM 画分の単離方法は Bagnat et al., 2000, Proc Natl Acad Sci USA 97, 3254-3259 によった。波長600 nm における光学密度が30(30 OD600)に相当する量の野生株および per1 破壊株をグラスビーズで破砕し、破砕液に終濃度 1% の Triton X-100 を加えた後、Optiprep によって密度勾配遠心を行なった。その後、各画分を SDS-PAGE、ウェスタンブロッティングを行い、Gas1p の抗体によりそれぞれ検出を行なった。その結果、野生株では Gas1p は DRM 画分(画分 2)に最も多く存在するのに対して、per1 破壊株では DRM 画分にはほとんど存在せず、可溶化画分(画分 4-6)に存在した。
これらの結果は、per1 破壊株ではGPIアンカー型タンパク質のマイクロドメインへの局在に異常があることが示す。
【0019】
このような結果とPERLD1遺伝子の発現ががん細胞において上昇していることを合わせると、per1 破壊株、PER1遺伝子を高発現した per1 破壊株、PERLD1遺伝子を高発現した per1 破壊株あるいは野生株を用いて、例えば、抗がん剤等の候補化合物を培養時に培地中に加えておき、DRM画分におけるGPIアンカー型タンパク質の量を増加させるものを発見できれば、それは抗がん剤の有力な候補となりうる。
一方、本発明者は、per1破壊株やPER1高発現株において、GPIアンカー型タンパク質Gas1pが培地中に漏出してくることを見出している。
このことは以下の実験により明らかとなったものである。
【0020】
〔実験2〕
野生株、per1 破壊株、PER1遺伝子を高発現した per1 破壊株、PERLD1遺伝子を高発現した per1 破壊株を選択培地で一晩培養する。それぞれ 10 OD600 の細胞量に相当する培地に終濃度 10% になるようにトリクロロ酢酸(TCA)を加え、タンパク質を遠心にて沈澱させる。沈澱を PBS に溶解し、SDS sample buffer を加えて SDS 化し SDS-PAGE のサンプルとする。さらにウェスタンブロッティング法にて Gas1p を検出する。このとき、野生型株では Gas1p はほとんど培地中には検出されないのに対して、per1 破壊株や PER1 高発現株では、培地中に Gas1p が検出され、Gas1p が培地中に漏出してくることが示される。
【0021】
このことは、脂質リモデリングの過程が阻害されても促進されても、GPIアンカー型タンパク質が細胞表層に留まれなくなることを意味している。したがって、per1 破壊株、PER1遺伝子を高発現した per1 破壊株、PERLD1遺伝子を高発現した per1 破壊株あるいは野生株を用いて、例えば、抗がん剤等の候補化合物を培養時に培地中に加えておき、培地に漏れだしてくるGPIアンカー型タンパク質の量を測定してもよい。特に、per1 破壊株や PER1 遺伝子高発現株、PERLD1遺伝子高発現株を培養する時に、抗がん剤の候補となる化合物を培地中に加えておき、培地中のGPIアンカー型タンパク質の量が減少したものが発見できれば、それは抗がん剤の有力な候補となりうる。
上記の点から明らかなように、出芽酵母における、per1 破壊株、PER1遺伝子を高発現した per1 破壊株、PERLD1遺伝子を高発現した per1 破壊株あるいは野生株は、GPIの脂質リモデリングプロセスを阻害あるいは促進する物質の有効なスクリーニングするための試験材料である。
【0022】
一方、上記したように、GPIアンカー型タンパク質の細胞外への漏れ出しは、GPIの脂質リモデリングに異常があることを意味する。したがって、細胞外の媒体に漏出したGPIアンカー型タンパク質の量を測定することにより、細胞内の脂質リモデリングプロセスの異常を検出することができる。
例えば、血中におけるGPIアンカー型タンパク質の量が増加した場合、生体細胞内の脂質リモデリングプロセスに異常があることを示す。また、上記したようにがん細胞においてPERLD1遺伝子の発現が上昇していることからすると、がんの早期診断や進行度の判定にも応用可能である。この場合においては、検出するヒトのGPIアンカー型タンパク質としては、例えばCEA(carcinoembryonic antigen)やアルカリホスファターゼ等を挙げることができる。
また、GPIアンカー型タンパク質の検出手段としては、これらに対する抗体や、GPIに結合する毒素、例えばアルファトキシンやアエロリジン、Cry11Aa 等が挙げられる。
【0023】
本発明の方法は、GPIアンカー型タンパク質あるいはこれから派生する物質の生産にも有効である。GPIの脂質リモデリングプロセスに異常を有する細胞、例えば、出芽酵母における per1 破壊株、PER1遺伝子を高発現した per1 破壊株、PERLD1遺伝子を高発現した per1 破壊株などを培養することにより、野生型株よりも効率よく、大量のGPIアンカー型タンパク質を培地中から回収することが可能である。GPIアンカー型タンパク質に付加している糖鎖を化学的または酵素的に処理することにより、マンナン糖鎖を回収することができる。マンナンには、インターフェロン誘導活性(Acta Virology, 1970; 14: 1-7)、マクロファージ遊走阻止活性(Jpn. J. Microbiol., 1975; 19: 355-362)、TNFα産生の増強(Microbiol. Immunol., 2002; 46: 503-512)など、多くの機能性が報告されている。また、特許関連では、直鎖状マンナンの抗腫瘍活性(特開昭54-97692)、リン含有マンナンの腹水型腫瘍に対する抗腫瘍活性(特開昭58-121216)などの機能が報告されている。これらの報告から、マンナンは種々の機能性物質として、食品や医薬としての用途が期待できる。
【0024】
後記する実施例8に示されるように、PER1タンパク質の機能ドメインの解析を行なった結果、177 および 326 番目のヒスチジンがその機能発現に必須である。また、PERLD1がPER1の機能ホモログであることから、PER1もしくはPERLD1タンパク質において、この場所近傍のペプチド抗体を作成することにより、PER1あるいはPERLD1タンパク質の機能を効果的に阻害しうる。
このような抗体は、PERLD1発現が上昇したことでおこるがんを抑制できる可能性がある。
具体的には、PER1タンパク質で177および326番目付近において、抗原となりうるペプチドを合成し、これでウサギを免疫し、血液中に産生される抗体を採血によって取得、精製すればよく、また、常法のハイブリドーマ法を用いて、モノクローナル抗体を得てもよい。

【実施例】
【0025】
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。

実施例 1
〔PER1 遺伝子、PERLD1 遺伝子、PER1 タンパク質、PERLD1 タンパク質の調製〕

PER1 遺伝子は、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)ゲノム DNA を鋳型として、PCR 法によって得た。PCR に用いたプライマーは、以下のとおりである。
PER1F 5’-AAAAactagtTGGAACATTGCACAAAGG-3’(配列番号5)
PER1R-NheI 5’-AAAAaagcttTTAgctagcGTACAATTGTCTATTACCCCAA-3’(配列番号6)
増幅によって得られた DNA 断片を制限酵素 SpeIおよびHindIII によって切断し、出芽酵母用単コピーベクター pRS316(Sikorski and Hieter, 1989, Genetics 122, 19-27)に挿入し、塩基配列を決定した。オープンリーディングフレーム部分の塩基配列は、配列番号 1 のとおりである。このプラスミドに GPI7 のターミネータを挿入し、酵母細胞内に導入、PER1 遺伝子を発現させ、配列番号 2 に示されるアミノ酸配列を持ったタンパク質を得た。
PERLD1 遺伝子は、NIH 哺乳類遺伝子コレクションクローン No. 3855206 のプラスミド DNA を鋳型として、PCR 法によって得た。PCR に用いたプライマーは、以下のとおりである。
PERLD1-F 5’-AAAAGAATTCatggccggcctggcggcg-3’(配列番号7)
PERLD1-R 5’-AAAAGTCGACtcagtccagcttgaacttgtcc-3’(配列番号8)
増幅によって得られた DNA 断片を制限酵素 EcoRIおよびSalI によって切断し、出芽酵母用多コピー発現ベクター YEp352GAP II(Abe et al., 2003, Glycobiology 13, 87-95)に挿入し、塩基配列を決定した。オープンリーディングフレーム部分の塩基配列は、配列番号 3 のとおりである。このプラスミドを酵母細胞内に導入、PERLD1 遺伝子を発現させ、配列番号 4 に示されるアミノ酸配列を持ったタンパク質を得た。
このようにして作られた
PER1 および PERLD1 タンパク質は、per1 破壊株の Calcofluor White 感受性や高温感受性を回復し、機能を有していることが確認できた。

【0026】
実施例 2
〔per1 破壊株の表現型の解析〕
EUROSCARF より入手した 出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の PER1 遺伝子の破壊株(per1Δ)を用いて、細胞壁欠損を検出する薬剤 Calcofluor white(CFW)の感受性と温度感受性を SPOT テストにより確認した。比較として野生株および GPI アンカー型タンパク質のリモデリングに関わる遺伝子 GUP1 の破壊株(gup1Δ)を用いた。野生株はどの条件でも増殖したのに対して、gup1Δ株では報告どおり CFW 感受性を示した(図 3A)。これに対して、per1Δ株は 7.5μg/mL 以上の CFW で感受性を示し、さらに 37℃ で温度感受性を示した(図 3A)。このことから per1Δは細胞壁合成に異常があることが示唆された。
続いて GPI アンカー型タンパク質の合成に関与するかを調べるため、野生株、gup1Δ株および per1Δ株において酵母で代表的な GPI アンカー型タンパク質である Gas1p のウェスタンブロッティングを行った。その結果、野生株に比べて gup1Δ株、per1Δ株ではゴルジ体(Golgi)フォームの Gas1p が非常に減少していることが明らかになった(図 3B)。また変わってこの 2 株では小胞体(ER)フォームが検出されるようになった(図 3B)。
さらに 35S(EXPRE35S35S Protein Labeling; Perkin Elmer)によって新生タンパク質をラベルし、Gas1p の ER から Golgi への輸送をパルス-チェイス解析した。方法は Sutterlin et al., 1997, J. Cell Sci. 110, 2703-2714 に従った。gup1Δ株では Gas1p の ER から Golgi への輸送が遅延することが既に明らかになっている。野生株ではチェイス後 15 分後にはほぼ 100% が Golgi を経て細胞膜へと輸送されたのに対して、per1Δ株では gup1Δ株同様、ER から Golgi への輸送が遅延することが明らかになった(図 3C)。これに対して、GPI アンカー型ではないタンパク質カルボキシルペプチダーゼ Y(CPY)の ER-Golgi 輸送は野生株と同程度に行われていた(図 3C)。
このことから PER1 は GPI アンカー型タンパク質の修飾または輸送に関わる遺伝子であることが明らかになった。
【0027】
実施例 3
〔酵母内におけるPERLD1 遺伝子の機能〕
次に、Per1 タンパク質に相同性のあるタンパク質を BLAST により検索したところ、カンジダ XP_720676、ショウジョウバエ AAM70807、イネ AAT07554、シロイロナズナ AAG10825、マウス NP_001028709、ヒト NP_219487(PERLD1)などがリストアップされた。このうち、ヒト NP_219487 をコードする遺伝子は胃がんや乳がんの細胞でよく見られるゲノム増幅位置 17q12 に存在し、実際にこれらのがん患者由来の細胞株で発現が上昇していることが明らかになっている(Nezu et al., 2002, Jpn. J. Cancer Res. 93, 1183-1186)。
ヒト PERLD1 遺伝子を PCR 法によってクローニングし、酵母 per1Δ株に導入した。この遺伝子導入 per1Δ株の表現型を SPOT テストにより表現型を確認した。その結果、遺伝子導入した株は per1Δ株の表現型である CFW 感受性と温度感受性をともに回復した(図 4A)。
さらにこの株で Gas1p のウェスタンブロッティングを行ったところ、per1Δで見られる Gas1p の量の減少が回復することが明らかとなった(図 4B)。
これらの結果から、ヒト PERLD1 は酵母 PER1 の機能ホモログであることが明らかとなった。
【0028】
実施例 4
〔GPI アンカー型タンパク質 Gas1 の膜局在の解析〕
GPI アンカー型タンパク質は通常、細胞膜中のマイクロドメインまたは脂質ラフトと呼ばれるスフィンゴ脂質やステロールが豊富に存在する膜に存在していることが明らかとなっている。マイクロドメインに相当する画分は界面活性剤である Triton X-100(1%)で可溶化されない画分(DRM)として生化学的に単離することができる。Bagnat らにより、酵母にもマイクロドメインが存在し、GPI アンカー型タンパク質はマイクロドメインに存在することが明らかとなっている(Bagnat et al., 2000, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 3254-3259)。
DRM 画分の単離方法は Bagnat et al., 2000, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 3254-3259 に従った。30 OD600まで培養した野生株、gup1Δ株、per1Δ株をグラスビーズで破砕し、破砕液に終濃度 1% の Triton X-100 を加えた後、Optiprep によって密度勾配遠心を行った。その後、各画分を SDS-PAGE、ウェスタンブロッティングを行い、Gas1p、Pma1p、Pho8p の抗体によりそれぞれ検出を行った。GPI アンカー型タンパク質である Gas1p を検出した結果、野生株では DRM 画分(画分 2)に最も多く存在するのに対して、gup1Δ株および per1Δ株では DRM 画分にはほとんど存在せず、可溶化画分(画分 4-6)に存在することが明らかとなった(図5 上段)。DRM 画分に存在するタンパク質である Pma1p や DRM には存在しないタンパク質である Pho8p の抗体で検出したところ、野生株、gup1Δ、per1Δで差は見られなかった(図5 中段、下段)。
これらの結果から、per1Δ株では GPI アンカー型タンパク質のマイクロドメインへの局在に異常があることが示唆された。
【0029】
実施例 5
〔GPI アンカー型タンパク質 Gas1 の脂質の解析〕
per1Δ株では GPI アンカー型タンパク質がマイクロドメインに存在できなくなっていることから、GPI アンカー部分の脂質に異常があると考えられた。このため GPI アンカー型タンパク質の脂質異常を Octyl-FF(GE Healthcare)を用いて検出することを試みた。方法は Tashima et al., 2006, Mol. Biol. Cell 17, 1410-1420 に従った。野生株、gup1Δ株、per1Δ株、gup1Δper1Δ二重破壊株へそれぞれ Flag タグが付加された Gas1p(Flag-Gas1p)を発現するプラスミドを導入した株を作成した。これらの株より Flag-Gas1p を anti-FLAG beads(Sigma)を用いて精製し、100μL の 3×FLAG ペプチド(Sigma)溶液で 2 回溶出した。それぞれの株より精製した Flag-Gas1p のうち10 μL を C buffer(0.1 M ammonium acetate, 5% 1-propanol, 0.03% NP-40)に溶かし、Octyl-FF カラムに供した。A buffer(0.1 M ammonium acetate, 5% 1-propanol)と B buffer(100% 1-propanol)を用いて 1-propanol 濃度をあげていき、1 mL ずつ分取した。分取した画分をすべて減圧遠心乾燥機にて乾燥させ、それぞれの画分を SDS-PAGE に供し、FLAG 抗体(Sigma)を用いてウェスタンブロッティングを行うことにより、Flag-Gas1p を検出した。
WT より精製した Gas1p は Fraction 13-16 で溶出してくるのに対して、gup1Δ株より精製した Gas1p は Fraction 3-8 の早い段階で溶出した(図 6;1 段目、2 段目)。gup1Δ株ではリゾ体の GPI が蓄積することから、おそらくこれはリゾ体の脂質を持った Gas1p であると考えられる。per1Δ株より精製した Gas1p は WT とも gup1Δからの Gas1p とも違う挙動を示した(図 6;3 段目)。さらに、gup1Δper1Δ二重破壊株より精製した Gas1p は per1Δと同様な溶出パターンを示した(図 6;4 段目)。このことから、PER1 は GUP1 が働くより前の段階で働いていることが示唆された。
【0030】
実施例 6
〔GPI アンカー型タンパク質の脂質部分の解析〕
前記の結果より、GPI アンカー部分の脂質が異常であることが示されたので、GPI アンカー型タンパク質よりホスファチジルイノシトール(PI)を切り出してその構造を解析した。方法は Guillas et al., 2000, Methods Enzymol. 312, 506-515 に従った。野生株、gup1Δ株、per1Δ株、gup1Δper1Δ二重破壊株、および GPI アンカーの生合成に関与する GPI7 遺伝子の破壊株(gpi7Δ)それぞれ 20 OD600 に [2-3H] イノシトール 50μCi を 2 時間取り込ませた後、クロロホルム/メタノールで洗うことにより、細胞中のリン脂質を完全に除いた。タンパク質を可溶化後、100μL の ConA-sepharose(GE Healthcare)により、糖タンパク質を濃縮した。洗浄後、pronase(Roche)を 37℃で 16 時間反応した後、煮沸した。乾燥後、亜硝酸処理を 37℃ で 3 時間、ブタノール抽出を行い、再び乾燥させた。抽出した PI を 15μL のクロロホルム/メタノール(1:1)で懸濁し、シリカ 60 プレート(Merck)にアプライし、クロロホルム/メタノール/0.25% KCl(55:45:10)の溶媒系で分離した。検出は Molecular Imager FX(Bio-Rad)で行った。
その結果、野生株では脂肪酸が炭素数(C)26 となったジアシルグリセロール型の PI(pG1)およびイノシトールホスフォセラミド/B 型(IPC/B)、イノシトールホスフォセラミド/C 型(IPC/C)が報告どおり(Bosson et al. 2006, Mol. Biol. Cell 17, 2636-2645)検出された(図7;レーン 3)。gup1Δ株ではリゾ体の PI(lyso-PI)が報告どおり(Bosson et al. 2006, Mol. Biol. Cell 17, 2636-2645)検出された(図7;レーン 4)。また、gpi7Δ株では Golgi での GPI のリモデリングに欠損があり、IPC/C を持たないことが報告されているが(Benachour et al., 1999, J. Biol. Chem. 274, 15251-15261)、報告どおりの結果となった(図 7;レーン 7)。これに対して、per1Δ株は脂肪酸が短いままのジアシルグリセロール型の PI のみ検出された(図7;レーン 5)。さらに、gup1Δper1Δ二重破壊株では per1Δ株同様に脂肪酸の短いジアシルグリセロール型の PI が検出されるとともに、IPC/C が検出されるようになった(図7;レーン 6)。
per1Δ株では GPI の脂質が PI で止まっていたことと、GPI アンカー型タンパク質の脂質リモデリングの経路は PI → lyso-PI → pG1 → IPC であることから、PER1 は PI → lyso-PI のリゾ体形成反応に関与していることが示唆された。
【0031】
実施例 7
〔In vitro における Per1p 活性の解析〕
前記の結果をさらに確かめるため、Per1p の in vitro における活性測定を行った。実施例 4 と同様の方法で per1Δ株より精製した Flag-Gas1p 200μL を遠心濃縮(Apollo, 70 kDa, 7 mL)し、TNP buffer(100 mM Tris-HCl (pH 7.5), 0.1% NP-40)で 3 回洗浄した後、200μL となるよう TNP buffer で希釈した。使用時まで -80℃で保存した。
また膜画分は 20 OD600 分の酵母細胞を TM buffer(100 mM Tris-HCl (pH7.5), 10 mM MgCl2)で洗浄後、200μL TM buffer で懸濁し、グラスビーズで破砕した。遠心で細胞壁を除いた後、13,000×g で 20 分間遠心した。ペレットを 100μL の TM buffer に懸濁し、使用時まで -80℃で保存した。
反応は以下のように行った。

反応溶液は 10 分間氷上で静置した後、37℃で 30 分間インキュベートした。2μL の 1 M NaN3/NaF 溶液を添加することにより反応を停止した。700μL のTNE buffer(50 mM Tris-HCl (pH 7.5), 150 mM NaCl, 5 mM EDTA)を加え、さらに100μL の 10% NP-40 溶液を加えた。4℃で 1 時間可溶化させた後、13,000×g で 15 分間遠心を行い、不溶成分を除いた。20μL の anti-FLAG beads を加え、4℃で 3 時間インキュベート後、beads を 4 回洗浄、50μL の 3×FLAG peptide で 2 回 Flag-Gas1p を溶出した。精製した Flag-Gas1p 全量に実施例 4 の C buffer 500μL を加え、実施例4に従って、octyl カラムに供し、各画分を乾燥後、SDS-PAGE、ウェスタンブロッティングを行い、Flag-Gas1p を検出した。
また、比較として同様に調整した Flag-Gas1p を phospholipase A2 (PLA2)および buffer と反応させた。30μL の Flag-Gas1p 溶液に 500μL の D buffer(100 mM Tris-HCl (pH 7.5), 10 mM CaCl2, 0.1% NP-40)を加え、さらに 180 units の PLA2(Sigma)を加え、37℃で一晩反応させた。13,000×g で 15 分間遠心を行い、不溶成分を除いた。20μL の anti-FLAG beads を加え、4℃ で 3 時間インキュベート後、beads を 4 回洗浄、50μL の 3×FLAG peptide で 2 回 Flag-Gas1p を溶出した。精製した Flag-Gas1p 全量に実施例 4 の C buffer 500μL を加え、実施例 4 に従って、octyl カラムに供し、各画分を乾燥後、SDS-PAGE、ウェスタンブロッティングを行い、Flag-Gas1p を検出した。
その結果、buffer のみと反応させたものは octyl カラムでの Flag-Gas1p 溶出パターンは per1Δ株より精製した Flag-Gas1p の溶出パターンと変化しなかった(図 8;1 段目)。これに対して、PLA2 と反応させた Flag-Gas1p は有意にバンドが前の画分へシフトし、gup1Δ株から精製した Flag-Gas1p と同様なパターンを示した(図 8;2 段目および図 6;2 段目)。
さらに、per1Δ株より精製した Flag-Gas1p を野生株、gup1Δ株または per1Δ株より調整した膜画分と反応させたところ、per1Δ株由来の膜画分と反応させたものはほとんど溶出パターンが変化しなかったのに対して、野生株由来や gup1Δ株由来の膜画分と反応させたものはバンドが前画分にシフトした(図8;3-5 段目)。これらのことから、PER1 は GPI 脂質部分のリモデリングにおいてリゾ体形成に必要であることが明らかとなった。
【0032】
実施例 8
〔PER1 の機能ドメインの解析〕
PER1 が GPI アンカー型タンパク質の脂質リモデリングにおいて、リゾ体形成に関与することから、この機能に関わる Per1 タンパク質のドメインを明らかにするため、酵母からヒトの PER1 ホモログで保存されたアミノ酸をアラニン(A)に置換した。PER1 自身のプロモーターで 3×HA タグを Per1 タンパク質のカルボキシ末端に付加した融合タンパク質が発現するようなプラスミドを構築した。この融合タンパク質を発現するプラスミド(pRS316T-PER1HA)を per1Δ株に導入した株は per1Δ株が示した表現型(CFW 感受性、温度感受性、Gas1p の減少)をすべて回復したことから、融合タンパク質(Per1-HA)は Per1 タンパク質と同等の機能を有していることが明らかとなった。pRS316T-PER1HA プラスミドを用いてセリン(S)19、ヒスチジン(H)102、リジン(K)104、S118、S122、S173、H177、アスパラギン酸(D)315、H326 の 9 箇所をそれぞれ Site-direct mutagenesis(Stragagene)によって A に置換した。これらの変異プラスミドをそれぞれ per1Δ株へ導入した。変異プラスミド導入 per1Δ株を SPOT テストおよび Gas1p のウェスタンブロッティングによって評価した(図 9)。
その結果、177 および 326 番目のヒスチジンをアラニンに置換した株では、Per1 タンパク質自体は存在するにも関わらず機能していないことがわかった。したがって、これらのアミノ酸周辺の領域が、PER1 の機能に特に重要な役割を果たしていることが明らかになった。
【0033】
実施例 9
〔PER1 の破壊及び高発現における GPI アンカー型タンパク質 Gas1 の培地中への漏出〕

前述の実験より PER1 は GPI アンカー型タンパク質の脂質リモデリングに関与していることが示されたことから、GPI アンカー型タンパク質 Gas1p の局在に与える影響を調べた。まず、PER1 高発現株を作成した。酵母 PER1 遺伝子を PCR 法によってクローニングし、高発現用ベクター YEp352GAPII に挿入した。この PER1 高発現プラスミド(YEp352GAP-PER1)を酵母野生株に導入した。この遺伝子導入野生株(PER1OP 株)の表現型を SPOT テストにより確認したところ、遺伝子導入した PER1OP 株は per1Δ株の表現型である CFW 感受性と温度感受性は示さなかった。
続いて GPI アンカー型タンパク質 Gas1p の局在に与える影響を調べるために、培地中に漏れ出てくる Gas1p を検出した。PER1OP 株と per1Δ株に加え、コントロールとして、gup1Δ株、野生株を選択培地で一晩培養した。それぞれ10 OD600 の培地に終濃度 10% になるようにトリクロロ酢酸(TCA)を加え、蛋白質を遠心にて沈殿させた。沈殿を PBS バッファーにて溶解し、SDS sample buffer を加えて SDS 化し SDS-PAGE のサンプルとした。さらにウェスタンブロッティング法にて Gas1p を検出した。
その結果、野生株では、Gas1p が培地中に検出されなかったのに対して、gup1Δ株及び per1Δでは、培地中に Gas1p が検出された(図10)。また、Per1OP 株でも培地中にGas1p が検出された(図10)。このことより、脂質リモデリングの PI → リゾ PI の過程が阻害あるいは異常に亢進すると、GPI アンカー型タンパク質が細胞表層に留まれず、細胞外に漏出することが示唆される。


【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】GPI生合成経路の概略を示す図である。
【図2】GPIがタンパク質に転移した後に起こる脂質リモデリングを示す図である。
【図3】per1破壊株の諸性質を示したプレート(A)およびウェスタンブロッティング(B、C)の図である。
【図4】ヒトPERLD1遺伝子の機能が酵母PER1遺伝子の機能と同一であることを示す、プレート(A)およびウェスタンブロッティング(B)の図である。
【図5】per1破壊株ではGas1p が界面活性剤不溶画分(DRM) に存在できないことを示す、ウェスタンブロッティング(B)の図である。
【図6】Gas1p の脂質部分の解析結果を示す、ウェスタンブロッティングの図である。
【図7】GPI アンカー型タンパク質の脂質部分の解析結果を示す、薄層クロマトグラフィの図である。
【図8】per1 破壊株から抽出したGas1p を種々の細胞由来の膜画分と反応させたときの脂質部分の変化を示す、ウェスタンブロッティングの図である。
【図9】PER1タンパク質に変異を入れたときの形質の解析結果を示す、プレート(A)およびウェスタンブロッティング(B)の図である。
【図10】GPIの脂質リモデリングと培地中に漏れ出るGPIアンカー型タンパク質の関係を示す、ウェスタンブロッティングの図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するか、あるいは該アミノ酸配列において1至数個のアミノ酸残基が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有することを特徴とする酵素タンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質に対して相同率39%以上の相同性を有する酵素タンパク質。
【請求項3】
配列番号4に示されるアミノ酸配列を有するか、あるいはアミノ酸配列において1至数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有することを特徴とする酵素タンパク質。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質からなる、GPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換するために用いる酵素試薬。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の酵素タンパク質を少なくとも含むことを特徴とする、該酵素タンパク質における、GPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する活性を促進あるいは阻害する物質のスクリーニング用試薬。
【請求項6】
上記酵素タンパク質の酵素作用を阻害する物質が、抗がん剤候補物質である、請求項5に記載のスクリーニング試薬。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項8】
配列番号1に示される塩基配列を有するか、あるいは該塩基配列において1至数個のヌクレオチドが欠失、置換又は付加された塩基配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有する酵素タンパク質をコードすることを特徴とする、遺伝子。
【請求項9】
配列番号3に示される塩基配列を有するか、あるいは該塩基配列において1至数個のヌクレオチドが欠失、置換又は付加された塩基配列を有し、かつGPIアンカー型タンパク質のホスファチジルイノシトール構造をリゾホスファチジルイノシトール構造に変換する作用を有する酵素タンパク質をコードすることを特徴とする、遺伝子。
【請求項10】
請求項7〜9に記載の遺伝子が挿入されていることを特徴とする組み換えベクター。
【請求項11】
請求項10に記載の組み換えベクターが導入されていることを特徴とする形質転換体。
【請求項12】
PER1遺伝子が欠失し、かつPERLD1遺伝子が挿入された組み換えベクターが導入されていることを特徴とする、形質転換酵母。
【請求項13】
PER1遺伝子が欠失している酵母からなる、請求項12に記載の形質転換酵母調製用宿主。
【請求項14】
請求項12に記載の形質転換酵母、PER1欠失酵母、PER1遺伝子高発現酵母、あるいは野生酵母を少なくとも含むことを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスを促進あるいは阻害する物質のスクリーニングに用いる試験材料。
【請求項15】
GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスを阻害する物質が抗がん剤候補物質である、請求項14に記載の試験材料。
【請求項16】
GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスの促進あるいは阻害候補物質を含有する培地に、請求項14に記載の酵母を培養し、DRM画分に存在するGPIアンカー型タンパク質の量あるいは外部媒体に漏れ出たGPIアンカー型タンパク質の量を測定することを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスの促進あるいは阻害物質のスクリーニング方法。
【請求項17】
PER1あるいはPERLD1遺伝子産物を認識する抗体。
【請求項18】
細胞から外部媒体に漏出するGPIアンカー型タンパク質の量を測定することを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の脂質リモデリングプロセスの異常を検出する方法。
【請求項19】
外部媒体が血液である請求項18に記載の方法。
【請求項20】
脂質モデリングプロセスに異常を生じせしめた細胞を培養し、外部媒体に漏出してくるGPIアンカー型タンパク質を採取することを特徴とする、GPIアンカー型タンパク質の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−43234(P2008−43234A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−220491(P2006−220491)
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】