説明

III−V族窒化物半導体、光触媒半導体素子、光触媒酸化還元反応装置および光電気化学反応実行方法

【課題】 光照射により高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせるIII −V族窒化物半導体、光触媒半導体素子、光触媒酸化還元反応装置および光電気化学反応実行方法の提供。
【解決手段】 本発明のIII −V族窒化物半導体は、光触媒酸化還元反応用のものであって、互いに半導体特性の異なる基層およびこの基層に積層された表層を有し、前記基層と前記表層とが接触する界面が形成されることにより、少なくとも表層がキャリア移動促進作用を有し、基層および表層とが、その導電型が同一であって、基層のキャリア濃度が、表層のキャリア濃度よりも高いものであることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光を受けて酸化還元反応の触媒作用を発現させるIII −V族窒化物半導体、光触媒半導体素子、光触媒酸化還元反応装置および光電気化学反応実行方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光触媒を利用して、例えばエネルギー分野においては光照射によって水を電気分解して水素ガスなどのエネルギーを得たり、また環境分野においては光照射によって有害物質や有機物を分解することが広く行われている。
光触媒として、例えば窒化ガリウム(GaN)などのIII −V族窒化物半導体化合物(以下、「III −V族化合物」ともいう。)は、熱などに対する耐久性、耐ガス性、耐溶剤性が高いことにより、例えば高温の動作環境の光触媒反応において好適に使用することができる。
【0003】
III −V族化合物としては、例えば、それが半導体発光素子として用いられたものが開示されている(例えば、特許文献1および特許文献2参照。)。
そして、半導体発光素子として用いる場合においてはその素子を動作させる目的で、半導体特性が互いに異なる複数の層を積層して用いることが一般的に行われている(例えば、特許文献3,4参照。)。
【0004】
然るに、これらの積層構造の半導体は半導体発光素子として用いられるものであり、光触媒効率などのエネルギー変換効率を、連続して積層させた半導体結晶同士の相互作用などによる結晶特性から向上させる試みは今までになかった。
【0005】
また、光触媒による電気分解装置を構成する光触媒半導体素子として酸化還元反応に用いる場合に、半導体特性が互いに異なる複数の層を積層して用いることが行われている(例えば、特許文献5〜8参照。)。
【0006】
然るに、このような光触媒による電気分解装置に用いられる積層構造の半導体は、単結晶体を連続的に積層した構造ではなく非晶体や多結晶体を積層させたものであり、さらに、この光触媒による電気分解装置に用いる半導体素子においても、光触媒効率などのエネルギー変換効率を結晶構造から向上させる試みは今までになかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−135575号公報
【特許文献2】特開2003−63898号公報
【特許文献3】特開2003−047859号公報
【特許文献4】特公平06−028737号公報
【特許文献5】特開2005−133174号公報
【特許文献6】米国特許出願公開第2004/0195564号明細書
【特許文献7】米国特許出願公開第2005/0156205号明細書
【特許文献8】特開2005−028225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上のような事情を考慮してなされたものであって、その目的は、光照射により高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせる光触媒酸化還元反応用のIII −V族窒化物半導体、およびこれを有する光触媒半導体素子を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、光照射により高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせることができる光触媒酸化還元反応装置およびこの装置を用いた光電気化学反応実行方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のIII −V族窒化物半導体は、光触媒酸化還元反応用のものであって、
互いに半導体特性の異なる基層およびこの基層に積層された表層を有し、
前記基層と前記表層とが接触する界面が形成されることにより、少なくとも表層がキャリア移動促進作用を有し、
基層および表層とが、その導電型が同一であって、基層のキャリア濃度が、表層のキャリア濃度よりも高いものであることを特徴とする。
【0010】
また、表層を形成する物質のバンドギャップエネルギーEgLが、基層を形成する物質のバンドギャップエネルギーEgHより小さい構成とすることができる。
【0011】
本発明の光触媒半導体素子は、光触媒酸化還元反応用のものであって、
基板上に上記のIII −V族窒化物半導体が積層されていることを特徴とする。
【0012】
本発明の光触媒酸化還元反応装置は、光触媒酸化還元反応用のものであって、
電解液に接触した状態とされて互いに電気的に接続された一対の電気分解用電極のうち一方の電極が上記のIII −V族窒化物半導体よりなり、
当該III −V族窒化物半導体を構成する触媒反応面に光が照射されることにより、酸化反応または還元反応が当該触媒反応面において生じるものであることを特徴とする。
【0013】
この光触媒酸化還元反応装置においては、III −V族窒化物半導体における触媒反応面に光が照射されると共に一対の電気分解用電極間に電圧が印加されることにより、酸化反応または還元反応が当該触媒反応面において生じる構成とされることが好ましい。
【0014】
本発明の光電気化学反応実行方法は、上記のIII −V族窒化物半導体を用い、当該III −V族窒化物半導体における触媒反応面に励起光を照射し、当該触媒反応面において酸化反応または還元反応を生じさせることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明のIII −V族窒化物半導体および光触媒半導体素子によれば、光照射によって発生されたキャリアが、互いに半導体特性の異なる基層および表層が界面を有するよう連続して積層された結果これらの相互作用などによって得られる新たな半導体特性、具体的には新たなバンド端電位やキャリア移動度の影響を受けることにより、当該光照射によって発生されたキャリアが高い効率で触媒反応面における酸化還元反応に寄与することとなり、結局、光照射により高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせることができる。
【0016】
本発明の光触媒酸化還元反応装置および光電気化学反応実行方法によれば、上記の光触媒半導体素子を有するために、触媒反応面への光照射により高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のIII −V族窒化物半導体を有する光触媒半導体素子の構成の一例を集電用部材が設けられた状態で示す模式的断面図である。
【図2】図1のIII −V族窒化物半導体の構造を模式的に示す説明用図である。
【図3】本発明のIII −V族窒化物半導体を有する光触媒半導体素子を具える光触媒酸化還元反応装置の構成の一例を示す模式的断面図である。
【図4】n−p構造のIII −V族窒化物半導体において、pH=0の場合の、p−GaNよりなるキャリア移動促進層の厚みとフラットバンド電位との関係を示すグラフである。
【図5】EgH−EgL構造のIII −V族窒化物半導体において、pH=0の場合の、InGaNよりなるキャリア移動促進層の厚みとフラットバンド電位との関係を示すグラフである。
【図6】n−p構造のIII −V族窒化物半導体において、pH=0の場合の、p−GaNよりなるキャリア移動促進層の厚みと、伝導帯および価電子帯のバンド端電位、水素発生電位、並びに酸素発生電位との関係を示すグラフである。
【図7】EgH−EgL構造のIII −V族窒化物半導体において、pH=0の場合の、InGaNよりなるキャリア移動促進層の厚みと、伝導帯および価電子帯のバンド端電位、水素発生電位、並びに酸素発生電位との関係を示すグラフである。
【図8】n−p構造のIII −V族窒化物半導体において、水素発生積算量および光誘起電流密度それぞれの時間依存性を示すグラフである。
【図9】n+−n-構造のIII −V族窒化物半導体において、キャリア移動促進層のキャリア濃度と光誘起電流密度の関係を示すグラフである。
【図10】n+−n-構造のIII −V族窒化物半導体において、電流密度−電圧特性の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0019】
図1は、本発明のIII −V族窒化物半導体を有する光触媒半導体素子の構成の一例を、集電用部材が設けられた状態で示す模式的断面図、図2は、図1のIII −V族窒化物半導体の構造を模式的に示す説明用図である。
【0020】
<III −V族窒化物半導体>
本発明のIII −V族窒化物半導体20は、光触媒酸化還元反応用のものであって、多層状に互いに半導体特性の異なる基層20αおよびこの基層20αに積層された表層20βを有し、前記基層20αと前記表層20βとが接触する界面が形成されることにより、少なくとも表層20βがキャリア移動促進作用を有するものである。以下、表層をキャリア移動促進層ともいう。
【0021】
このようなIII −V族窒化物半導体20の基層20αおよびキャリア移動促進層20βを構成するIII −V族化合物としては、例えば下記一般式(1)で表されるものを挙げることができる。
一般式(1):AlyGa1-x-yInx1-m-nmAsn
〔上記一般式(1)中、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦x+y≦1、0≦m≦1、0≦n≦1、0≦m+n≦1である。〕
なお、III −V族窒化物半導体20の基層20αおよびキャリア移動促進層20βを構成するIII −V族化合物として上記一般式(1)で表されるIII −V族化合物のうち、m=n=0であってV族原子として窒素しか含まない化合物を用いる場合は、特願2005−025831号に記載されているように、x−y≦0.45、0≦x≦1、0≦y≦1である化合物を用いることにより、高い光変換効率で水の酸化還元反応が行われて水素ガスを発生させることができる。
【0022】
III −V族窒化物半導体20を構成するIII −V族化合物におけるIII 族原子の供給原料としては、トリメチルガリウム((CH33Ga)(以下、「TMGa」ともいう。)、トリエチルガリウム((C253Ga)などのトリアルキルガリウム類;トリメチルアルミニウム((CH33Al)、トリエチルアルミニウム((C253Al)などのトリアルキルアルミニウム類;トリメチルインジウム((CH33In)、トリエチルインジウム((C253In)などのトリアルキルインジウム類などが挙げられる。これらは、単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0023】
III −V族窒化物半導体20のV族原子の供給原料としては、アンモニア、ヒドラジン、メチルヒドラジン、1,1−ジメチルヒドラジン、1,2−ジメチルヒドラジン、t−ブチルアミン、エチレンジアミンなどを用いることができる。これらは単独でまたは2種以上を混合して用いることができる。これらの供給原料のうち、取り扱いやすさから、アンモニアを用いることが好ましい。
【0024】
また、III −V族窒化物半導体20を構成するIII −V族化合物は、必要に応じて例えばIII 族原子より原子価の大きい不純物であるケイ素原子(Si)などの不純物をドープしたものとすることができる。このようにIII 族原子よりも原子価の多い不純物がドープされることにより、III −V族窒化物半導体20がn型のものとなる。このようなケイ素原子(Si)の供給原料としては、シラン(SiH4)、ジシラン(Si26)、モノメチルシラン(Si(CH3)H3)などを用いることができる。
一方、例えばIII 族原子より原子価の少ない不純物である例えばマグネシウム(Mg)などをドープしたものとすることによって、p型のIII −V族窒化物半導体を得ることができる。このようなマグネシウム原子(Mg)の供給原料としてはシクロペンタジエニルマグネシウム((C252Mg)などを用いることができる。
【0025】
このようなIII −V族窒化物半導体20を構成するIII −V族化合物は、単結晶性が高いことが好ましい。III −V族化合物が単結晶性の高いものであることにより、III −V族窒化物半導体20が結晶欠陥密度の低減されたものとなって光照射により生成されたキャリアの再結合が抑制されるので、高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせることができる。
ここに、「単結晶性が高い」とは、一の単結晶粒と他の単結晶粒とを隔てる粒界の存在する程度が低いこと、および結晶中に存在する転位、析出物、点欠陥などの結晶欠陥が少ないことを示す。
【0026】
III −V族窒化物半導体20の基層20αおよびキャリア移動促進層20βを形成するIII −V族化合物のp型特性、n型特性、およびキャリア濃度などの半導体特性の測定としては、特に限定されないが、本明細書中においては、van der Pauw法によって、磁場を印加しない場合の電流と電圧の関係が直線的となる電流値に設定して25℃で4000gaussの磁場を印加した状態で行われるものである。なお、多層構造を有する場合など、各層について直接測定することが難しい場合は、目的とする層を形成するIII −V族化合物と同一の化合物により別途作製した単層状のものについてp型特性、n型特性、およびキャリア濃度の測定を行うことにより、各層の半導体特性の類推を行うことができる。
【0027】
また、基層20α、キャリア移動促進層20βを形成するIII −V族化合物のIII 族原子組成比、V族原子組成比は、通常の組成比の測定方法によって測定することができる。なお、多層構造を有する場合など、各層について直接測定することが難しい場合は、目的とする層を形成するIII −V族化合物と同一の化合物により別途作製した単層状のものについてそのIII 族原子組成比、V族原子組成比を測定することにより、各層の組成比の類推を行うことができる。
本明細書において各層のIII 族原子組成比、およびV族原子組成比は、X線による格子定数の測定、および、従来公知の室温におけるフォトルミネッセンス測定によって行ったものである。X線による格子定数の測定方法としては、適宜の公知の方法を挙げることができ、例えば、触媒反応面Rである(0001)面の垂直方向に対してそれぞれ入射角、反射角が同じになる(0002)面において反射角度を測定することにより、得ることができる。
【0028】
このIII −V族窒化物半導体20は、触媒反応面Rに連続する光触媒キャリア発生部分Mを有しており、この光触媒キャリア発生部分Mは、触媒反応面Rまたはその反対面に励起光L(図3参照)が照射された場合に、光吸収を生じさせることのできる部分であって、この光吸収により当該光触媒キャリア発生部分M内部においてはキャリアが発生され、この発生されたキャリアが触媒反応面Rに輸送されることによって当該触媒反応面Rにおいて酸化反応または還元反応が生ずる。
この光触媒キャリア発生部分Mは、基層20αおよびキャリア移動促進層20βを構成する物質の種類やキャリア移動促進層20βの厚さ、または照射される光の強度などによって異なるが、キャリア移動促進層の一部、キャリア移動促進層の全部、キャリア移動促進層の全部および基層の一部、またはキャリア移動促進層および基層の全部により、構成されているものである。
図2においては、光触媒キャリア発生部分Mが、キャリア移動促進層20βの全部および基層20αの一部よりなる場合が示されている。
なお、この光触媒キャリア発生部分Mは、触媒反応面Rから励起光Lが入射した場合に有効な光吸収が得られる位置(例えば、図2における深さtの位置)よりも触媒反応面R側の部分とされる。
【0029】
III −V族窒化物半導体20を構成する、互いに半導体特性が異なる基層およびキャリア移動促進層の組み合わせとしては、下記〔1〕〜〔3〕を挙げることができる。
【0030】
〔1〕n−p構造
第1の例のn−p構造のIII −V族窒化物半導体20は、基層20αおよびキャリア移動促進層20βとが、その導電型が互いに異なるものとされたものである。
例えば、後記に詳述するように当該III −V族窒化物半導体20を用いた光触媒半導体素子10(図3参照。)を陽極として用いる場合には、基層20αをn型のIII −V族化合物により形成すると共にキャリア移動促進層20βをp型のIII −V族化合物により形成されたものとされる。
ここに、「導電型」とは、n型、p型の区分をいい、電気的キャリアが電子(e-)である半導体をn型のものといい、電気的キャリアが正孔(h+)である半導体をp型のものという。
この例において、キャリア移動促進層20βの厚さは、キャリア移動促進層を構成するIII −V族化合物がp型半導体としての挙動を示さない厚みの範囲のうち、厚みが大きいものであることが好ましく、キャリア移動促進層20βの厚さとしては、当該キャリア移動促進層20βを構成するIII −V族化合物によっても異なるが、p型の半導体として挙動しない、例えば18nm以下であり、より好ましくは10〜18nmである。キャリア移動促進層20βの厚さが18nmよりも大きい場合は、キャリア移動促進層を構成するIII −V族化合物がp型の半導体として挙動してしまう。
このようなn−p構造とすることにより、n型の半導体層のみによるIII −V族窒化物半導体を用いた光触媒半導体素子に比して、伝導帯のバンド端電位がマイナス方向にシフトすることとなり、従って水素発生電位との電位差を増大させることができ、高い光変換効率で水の電気分解を行うことができる。
【0031】
また例えば、当該III −V族窒化物半導体20を用いた光触媒半導体素子10を陰極として用いる場合には、基層20αをp型のIII −V族化合物により形成すると共にキャリア移動促進層20βをn型のIII −V族化合物により形成されたものとされる。
この例において、キャリア移動促進層20βの厚さは、キャリア移動促進層を構成するIII −V族化合物がn型半導体としての挙動を示さない厚みの範囲のうち、厚みが大きいものであることが好ましい。
このような構造とすることにより、p型の半導体層のみによるIII −V族窒化物半導体を用いた光触媒半導体素子に比して、価電子帯のバンド端電位がプラス方向にシフトすることとなり、従って酸素発生電位との電位差を増大させることができ、高い光変換効率で水の電気分解を行うことができる。
【0032】
なお、このようなn−p構造のIII −V族窒化物半導体20は、そのキャリア移動促進層20βが、基層20αを構成するIII −V族化合物の導電型と異なる導電型を有するが、III −V族窒化物半導体20全体としては、基層20αを構成するIII −V族化合物の導電型を示すとみなされる。
【0033】
〔2〕n+−n-構造
第2の例のn+−n-構造のIII −V族窒化物半導体20は、基層20αおよびキャリア移動促進層20βとが、その導電型が同一であって、基層20αのキャリア濃度が、キャリア移動促進層20βのキャリア濃度よりも高いものとされたものである。
例えば、当該III −V族窒化物半導体20を用いた光触媒半導体素子10を陽極として用いる場合には、基層20αおよびキャリア移動促進層20βをそれぞれn型のIII −V族化合物により形成し、かつ、基層20αのキャリア濃度を例えば8.0×1017cm-3よりも大きくすると共にキャリア移動促進層20βのキャリア濃度を8.0×1017cm-3以下とするものである。基層20αのキャリア濃度は、より好ましくは1.0×1018cm-3以上であり、特に好ましくは2.0×1018cm-3以上である。また、キャリア移動促進層20βのキャリア濃度は、より好ましくは5.0×1017cm-3以下、特に好ましくは1.0×1017cm-3以下である。
基層20αおよびキャリア移動促進層20βのキャリア濃度の差は、有効なキャリア移動度を得るためには、5.0×1017cm-3以上であることが好ましい。
このようなn+−n-構造とすることにより、光触媒キャリア発生部分Mにおいて、濃度勾配が形成されて大きなキャリア移動度を得ることができ、その結果、高い光変換効率を得ることができる。
【0034】
また例えば、当該III −V族窒化物半導体20を用いた光触媒半導体素子10を陰極として用いる場合には、基層20αおよびキャリア移動促進層20βをそれぞれp型のIII −V族化合物により形成し、かつ、基層20αのキャリア濃度が、キャリア移動促進層20βのキャリア濃度よりも高いものとされたものとすればよい。
【0035】
〔3〕EgH−EgL構造
第3の例のEgH−EgL構造のIII −V族窒化物半導体20は、キャリア移動促進層20βを形成するIII −V族化合物のバンドギャップエネルギーEgLが、基層20αを形成するIII −V族化合物のバンドギャップエネルギーEgHよりも小さいものとされたものである。
例えば、当該III −V族窒化物半導体20を用いた光触媒半導体素子10を陽極として用いる場合には、基層20αおよびキャリア移動促進層20βをそれぞれn型のIII −V族化合物により形成し、かつ、基層20αのバンドギャップエネルギーEgHとキャリア移動促進層20βのバンドギャップエネルギーEgLとの差をIII 族原子組成を調整するなどによって0.1eV以上とする。この基層20αのバンドギャップエネルギーEgHとキャリア移動促進層20βのバンドギャップエネルギーEgLとの差は、0.1eV以上1.5eV以下であることが好ましく、より好ましくは0.2eV以上1.2eV以下、特に好ましくは0.3eV以上1.0eV以下である。
通常、バンドギャップエネルギーEgを小さくするに従って伝導帯のバンド端電位はInGaNよりなる層の特性の影響を強く受けてしまうためにプラス方向にシフトし、水素発生電位との電位差が小さくされ、さらには水素発生電位の位置よりもプラス側に位置してしまうが、基層よりも小さなバンドギャップエネルギーEgを有するキャリア移動促進層として、その層厚を小さいものとすることにより、伝導帯のバンド端電位がプラス方向にシフトすることが抑制される。
この例のIII −V族窒化物半導体20を構成するキャリア移動促進層20βの厚みとしては、そのIII 族原子組成およびV族原子組成によっても異なるが、300nm以下であることが好ましく、より好ましくは200nm以下、特に好ましくは50nm以下である。
このようなEgH−EgL構造とすると、その厚みが規定され、しかもキャリア移動促進層20βとして基層20αよりもバンドギャップエネルギーEgが小さく構成されているために、伝導帯のバンド端電位の水素発生電位との電位差が確保された状態において高い光の利用効率が得られる。
【0036】
また例えば、当該III −V族窒化物半導体20を用いた光触媒半導体素子10を陰極として用いる場合には、基層20αおよびキャリア移動促進層20βをそれぞれp型のIII −V族化合物により形成し、かつ、基層20αのバンドギャップエネルギーEgHよりもキャリア移動促進層20βのバンドギャップエネルギーEgLをIII 族原子組成を調整するなどによって小さいものとするものである。
通常、バンドギャップエネルギーEgを小さくするに従って価電子帯のバンド端電位はマイナス方向にシフトし、酸素発生電位との電位差が小さくされ、さらには酸素発生電位の位置よりもマイナス側に位置してしまうが、基層よりも小さなバンドギャップエネルギーEgを有するキャリア移動促進層として、その層厚を小さいものとすることにより、価電位帯のバンド端電位がマイナス方向にシフトすることが抑制される。
このようなEgH−EgL構造とすると、その厚みが規定され、しかもキャリア移動促進層20βとして基層20αよりもバンドギャップエネルギーEgが小さく構成されているために、価電子帯のバンド端電位の酸素発生電位との電位差が確保された状態において高い光の利用効率が得られる。
【0037】
このようなIII −V族窒化物半導体20の基層20αおよびキャリア移動促進層20βにおいては、上記のn−p構造、n+−n-構造、EgH−EgL構造の2以上が組み合わされた積層構造が形成されていてもよい。例えば、基層20αがn型のIII −V族化合物よりなると共にキャリア移動促進層20βがp型のIII −V族化合物よりなり、かつ、基層20αのキャリア濃度が、キャリア移動促進層20βのキャリア濃度よりも低いものとされているものとすることができる。
また、上記のn−p構造、n+−n-構造、EgH−EgL構造によって形成される界面を異種同種問わず2以上有する積層構造が形成されていてもよい。
【0038】
また、III −V族窒化物半導体20としては、基層20αおよびキャリア移動促進層20βの2層構成に限定されず、基層20αの下層としてさらに単数または複数の半導体層が形成されていてもよい。これらの半導体層としては、例えば、集電作用を有する金属との導通性を向上させるためのコンタクト層や、光の利用効率をより向上させるための通常は複数の層で構成される太陽電池層などを挙げることができる。
【0039】
III −V族窒化物半導体20における光触媒キャリア発生部分Mの厚み、すなわち光吸収を生じさせることのできる触媒反応面Rからの深さtは、0.01〜0.5μm、好ましくは0.01〜0.2μm、さらに好ましくは0.01〜0.05μmである。
ここに、「光吸収を生じさせることのできる触媒反応面からの深さt」とは、通常光吸収を生じさせることのできる深さは光の強度が光吸収により指数関数的に減少していくが、本発明においては光吸収量が99%となる深さをいう。
この光触媒キャリア発生部分Mの厚み(深さt)は、式(2):I/I0=exp(−x/Q)によって計算することが出来る。ただし、上記式(2)において、Qは、光触媒キャリア発生部分Mを構成するIII −V族化合物の吸収係数、Iは、深さxにおける光の強度、I0は触媒反応面Rに入射する光の強度である。
光触媒キャリア発生部分Mを構成するIII −V族化合物がGaNなどのAlyGa1-x-yInx1-m-nmAsnである場合、吸収係数Qは約1×105cm-1であって、光吸収量が99%となる深さは0.46μmとなる。
【0040】
以上のIII −V族窒化物半導体20において、基層20αよりも下層を構成する半導体層においては、種々の変更を加えることができる。
例えば、半導体層を構成する半導体化合物は、n型、p型のものに限定されるものではなく、pn接合型などのものであってもよく、また、キャリア濃度段差を有するような積層構造や、単結晶性の異なる複数の層の積層構造、あるいは組成の異なるIII −V族化合物よりなる複数の層の積層構造などの多層構造のものであってもよい。また、例えばケイ素(Si)やゲルマニウム(Ge)、他のIII −V族化合物やII−IV族化合物半導体、TiO2などの酸化物よりなるものであってもよい。
【0041】
<光触媒半導体素子>
本発明の光触媒半導体素子10は、光触媒酸化還元反応用のものであって、例えばサファイア、GaN、Si、SiC、LiAlO3、LiGaO3などよりなる基板25の一面上に例えばバッファ層21を介して上記のIII −V族窒化物半導体20が積層されたものである。
なお、図1において、27は、光触媒半導体素子10の触媒反応面R上にチタン層27bおよび金層27aがこの順に積層されて構成される集電用部材であり、29は、はんだ28などにより集電用部材に接着された導電ワイヤである。これらの集電用部材27などの材質は目的を達することができれば特に限定されない。
【0042】
光触媒半導体素子10におけるIII −V族窒化物半導体20の厚さは、好ましくは例えば1.5〜4.0μmとされる。III −V族窒化物半導体20の厚みが上記の範囲にあることにより、光照射によってキャリアを発生させると共にこの発生されたキャリアが確実に触媒反応面Rまで導通される。また、III −V族窒化物半導体20を構成するIII −V族化合物の導通性の大小によっては、さらに薄い層やさらに厚い層を用いても実用上問題ない。
【0043】
このような光触媒半導体素子10におけるIII −V族窒化物半導体20の基層20αやキャリア移動促進層20βは、例えば有機金属気相成長法(MOVPE法)による常圧結晶成長法や減圧結晶成長法などの公知の結晶成長法を用いて得ることができる。
具体的には、基板25上に、V族原子の供給原料、III 族原子の供給原料および必要に応じてドープすべき不純物の供給原料をガス伏態において水素ガスや窒素ガスなどのキャリアガスと共に加熱下において供給することにより、当該基板25上において熱化学反応が生じてこれらの供給原料が構成元素に分解されると共に構成元素同士が互いに反応して、目的とするIII −V族化合物が基板25上に成長して形成される。
【0044】
バッファ層21を構成するIII −V族化合物を成長させる際の加熱温度(以下、「成長温度」ともいう。)は、好ましくは400〜700℃、さらに好ましくは500〜600℃とされる。この成長温度が過小であると、バッファ層を構成するIII −V族化合物を成長させることが困難になることがあり、一方、この成長温度が過大であると、得られるバッファ層が、その表面上にIII −V族窒化物半導体を成長させる際に当該III −V族窒化物半導体の単結晶性を高いものとする作用を発揮することができないものとなるおそれがある。
また、III −V族窒化物半導体20の基層20αやキャリア移動促進層20βを構成するIII −V族化合物の成長温度は、前記バッファ層21の成長温度より高く、例えばIII −V族化合物がInを含まないものである場合は、例えば900〜1400℃、好ましくは950〜1150℃とされる。III −V族化合物がInを含むものである場合はIn原子の取り込みに適した温度などの観点から、例えば700〜800℃とされる。
ここに、バッファ層21およびIII −V族窒化物半導体20の成長温度は、それぞれの工程時における基板の温度である。
【0045】
以上のIII −V族窒化物半導体20および光触媒半導体素子10によれば、光照射によって発生されたキャリアが、互いに半導体特性の異なる基層20αおよびキャリア移動促進層20βが連続して積層された結果これらの相互作用などによって得られる新たな半導体特性、具体的にはバンド端電位やキャリア移動度の影響を受けることにより、当該光照射によって発生されたキャリアが高い効率で触媒反応面における酸化還元反応に寄与することとなり、結局、光照射により高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせることができる。
【0046】
このように互いに半導体特性の異なる複数層の積層構造によって、全体として別個のバンド端電位やキャリア移動度などの光電気化学特性を得ることができることから、光触媒酸化還元反応用のIII −V族窒化物半導体や光触媒半導体素子を、大きな自由度で設計することができる。
【0047】
<光触媒酸化還元反応装置>
図3は、本発明の光触媒酸化還元反応装置の構成の一例を示す模式的断面図である。
この光触媒酸化還元反応装置11は、電解液に接触した状態とされて互いに電気的に接続された一対の電気分解用電極のうちの一方の電極が、上述のIII −V族窒化物半導体20を有する光触媒半導体素子10よりなるものである。この光触媒半導体素子10は、III −V族窒化物半導体20の触媒反応面Rのみが電解液に接触されている。
以下においては、このIII −V族窒化物半導体20はn型のものであるとして説明する。
【0048】
この光触媒酸化還元反応装置11においては、光触媒半導体素子10に対応する他方の電極が、例えば白金などの金属よりなる金属電極18によって構成されており、これにより、一方の電極である光触媒半導体素子10が、これを構成するIII −V族窒化物半導体20の触媒反応面Rにおいて酸化反応が行われる陽極とされ、他方の電極である金属電極18が、その表面において一方の電極の触媒反応面Rにおける電気化学反応に対応する反応、すなわち還元反応が行われる陰極とされる。
【0049】
この光触媒酸化還元反応装置11においては、III −V族窒化物半導体20の触媒反応面Rに光が照射されることにより、光触媒半導体素子10において酸化反応が生じると共に、金属電極18において還元反応が生じる。
ここに、上述のようなIII −V族窒化物半導体20の触媒反応面Rに光を照射させることに加えて、光触媒半導体素子10および金属電極18の間に適宜の大きさの電圧を印加することにより、光触媒半導体素子10における酸化反応および金属電極18における還元反応が促進される。ここに、光触媒半導体素子10および金属電極18の間に印加する電圧の大きさは、光触媒酸化還元反応に実質的に必要な電圧の大きさ以下とされる。例えば、電解液として水を用いて光触媒酸化還元反応を行う場合、印加する電圧の大きさは過電圧分を考えて実質的には2V以下、好ましくは水の分解の電極電位の差である1.23V以下とすることが好ましい。
【0050】
光触媒酸化還元反応装置11は、具体的には、酸化槽12Aおよび還元槽12Bが各々の下部において接続チューブ12Cによって連通されると共に、酸化槽12Aおよび還元槽12Bの各々の上部においてこれらと連通した状態に上方に伸びたガス収集管12E,12Fが設けられ、これにより、電解液によって満たされた電解液槽12が構成されている。電解液は、例えば水(H2O)、塩酸/水酸化カリウム/塩化カリウム水溶液(HCl/KOH/KCl)などとすることができる。なお、溶媒として水以外の物質を用いて電解液を形成してもよい。
また、酸化槽12Aにおいては、光触媒半導体素子10が、酸化槽12Aの周壁に形成された開口15が当該光触媒半導体素子10の触媒反応面Rが電解液に接触するよう水密に塞がれた状態にO−リング16を介して設けられていると共に、還元槽12Bにおいては、その底部を貫通して上方に伸びる状態に、金属電極18が挿入されており、この光触媒半導体素子10と金属電極18とは、ポテンショスタッド19を介して電気的に接続されている。さらに、必要に応じて、酸化槽12Aにおいてはその底部を貫通して上方に伸びる状態に、触媒反応面Rの電位を測定するための例えば銀/塩化銀/塩化ナトリウム電極よりなる参照電極17が挿入されている。
この酸化槽12Aの周壁における開口15と対向する部分には、光源(図示せず)からの光Lを電解液を介して触媒反応面Rに照射するための光透過用窓12Dが形成されている。
図3において、19aは、光触媒半導体素子10と金属電極18との間に電圧を印加する場合に用いる電圧印加用電源である。
【0051】
触媒反応面Rに光Lを照射する光源としては、III −V族窒化物半導体20を構成するIII −V族化合物のバンドギャップより大きいエネルギーを持つ光を放射するものであれば特に限定されず、太陽、水銀ランプ、キセノンランプ、白熱灯、蛍光灯、LED、レーザーなどを用いることができる。
例えば、III −V族窒化物半導体20を構成するIII −V族化合物が窒化ガリウム(GaN)である場合には、バンドギャップが3.4eVであるので、365nm以下の光が照射されればよい。
【0052】
このような光触媒酸化還元反応装置11においては、以下のように光電気化学反応が実行される。すなわち、例えば電解液が水(H2O)である場合には、まず、光源から光Lが光透通用窓12Dを介して光触媒半導体素子10の触媒反応面Rに照射されることによって光触媒キャリア発生部分Mにおいて電子(e-)および正孔(h+)が生成され、この触媒反応面Rの電解液に接触した領域において正孔(h+)によって電解液中の水酸化物イオン(OH-)または水(H2O)が酸化される酸化反応が生じると共に、金属電極18の表面における電解液と接触された領域においてポテンショスタッド19を介して光触媒キャリア発生部分Mから移動した電子(e-)によって電解液中の水素イオン(H+)または水(H2O)が還元される還元反応が生じる。
その結果、酸化槽12Aの光触媒半導体素子10においては酸素ガスが、還元槽12Bの金属電極18においては水素ガスが生じ、これらの酸素ガスおよび水素ガスは、各々ガス収集管12E,12Fに収集される。
【0053】
本発明の光触媒酸化還元反応装置および光電気化学反応実行方法によれば、光照射によって発生されたキャリアが、互いに半導体特性の異なる基層20αおよびキャリア移動促進層20βが連続して積層された結果これらの相互作用などによって得られる新たな半導体特性、具体的にはバンド端電位やキャリア移動度の影響を受けることにより、当該光照射によって発生されたキャリアが高い効率で触媒反応面における酸化還元反応に寄与することとなり、結局、光照射により高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせることができる。
【0054】
また、このように互いに半導体特性の異なる複数層の積層構造によって、全体として別個のバンド端電位やキャリア移動度などの光電気化学特性を得ることができることから、光触媒酸化還元反応装置を大きな自由度で設計することができる。
【0055】
以上の光触媒酸化還元反応装置11においては、種々の変更を加えることができる。
例えば、一対の電気分解用電極としてn型のIII −V族窒化物半導体20を有する光触媒半導体素子10および金属電極18を用いることに限定されず、p型のIII −V族窒化物半導体を有する光触媒半導体素子(以下、「p型光触媒半導体素子」ともいう。)および金属電極を用いることもできる。この場合、p型光触媒半導体素子が陰極として機能すると共に金属電極が陽極として機能することとなる。具体的には、p型光触媒半導体素子における触媒反応面に光が照射されることによって、その光触媒キャリア発生部分において電子(e-)および正孔(h+)が生成され、触媒反応面において電子(e-)によって電解液中の水素イオンまたは水が還元される還元反応が生じると共に、金属電極の表面においてはポテンショスタッド19を介して移動した正孔(h+)によって電解液中の水酸化物イオンまたは水が酸化される酸化反応が生じる。
【0056】
また例えば、一対の電気分解用電極としてn型のIII −V族窒化物半導体を有する光触媒半導体素子(以下、「n型光触媒半導体素子」ともいう。)およびp型光触媒半導体素子を用いることもできる。この場合、n型光触媒半導体素子が陽極として機能して酸化反応が生じると共にp型光触媒半導体素子が陰極として機能して還元反応が生じる。
【実施例】
【0057】
〔光触媒半導体素子の製造例1a〕
図1に従って光触媒半導体素子を作製した。すなわち、まず、100kPaでサファイアよりなる基板を水素ガス中にて1100℃で10分間アニールし、その後基板の温度を520℃まで下げ、この基板の(0001)+c面上に、V族原子とIII 族原子との割合(V/III比)が約5000程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給し、10分間、窒化ガリウム(GaN)よりなる50nmの厚みのバッファ層を成長させた。
次に、基板の温度を1040℃まで上昇させ、バッファ層の表面上に、V/III比が約3800程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給すると共に10ppmの水素希釈シラン(SiH4)を5sccmの流量で継続的に供給し、60分間、ケイ素原子(Si)をドープした窒化ガリウム(GaN)よりなる厚み1.8μmのIII −V族化合物Aよりなるn型のIII −V族化合物層(基層)Aを成長させた。
さらに、シクロペンタジエニルマグネシウム(Cp2Mg)を供給し、20秒間、マグネシウム原子(Mg)をドープした窒化ガリウム(GaN)よりなる厚み10nmのIII −V族化合物Bよりなるp型のIII −V族化合物層(キャリア移動促進層)Bを成長させ、その後、700℃において20分間窒素中でアニールを行うことにより、n型の基層A上に、p型のキャリア移動促進層Bが積層されたn−p構造の光触媒半導体素子〔1a〕を得た。
この光触媒半導体素子〔1a〕の各層のキャリア濃度は、それぞれ別個に単層を成長させたキャリア測定用のものをvan der Pauw法により測定したところ、シランをドープした基層Aのキャリア濃度は2.0×1018cm-3であり、マグネシウムをドープしたキャリア移動促進層Bのキャリア濃度は1.2×1017cm-3であった。また、(0002)面のX線ロッキングカーブの半値全幅を測定したところ、280arcsecであった。この光触媒半導体素子〔1a〕の表面は鏡面状であった。
【0058】
〔光触媒半導体素子の製造例1b〕
キャリア移動促進層Bの層厚が5nmとなるよう、シクロペンタジエニルマグネシウムを供給する時間を10秒間に変更したことの他は光触媒半導体素子の製造例1aと同様にして光触媒半導体素子〔1b〕を得た。この光触媒半導体素子〔1b〕の基層Aのキャリア濃度、キャリア移動促進層Bのキャリア濃度、(0002)面のX線ロッキングカーブの半値全幅は光触媒半導体素子〔1a〕と同じであり、この光触媒半導体素子〔1b〕の表面は鏡面状であった。
【0059】
〔光触媒半導体素子の製造例2〕
図1に従って光触媒半導体素子を作製した。すなわち、まず、100kPaでサファイアよりなる基板を水素ガス中にて1100℃で10分間アニールし、その後基板の温度を520℃まで下げ、この基板の(0001)+c面上に、V族原子とIII 族原子との割合(V/III比)が約5000程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給し、10分間、窒化ガリウム(GaN)よりなる50nmの厚みのバッファ層を成長させた。
次に、基板の温度を1040℃まで上昇させ、バッファ層の表面上に、V/III比が約3800程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給すると共に10ppmの水素希釈シラン(SiH4)を5sccmの流量で継続的に供給し、60分問、ケイ素原子(Si)をドープした窒化ガリウム(GaN)よりなる厚み1.8μmのIII −V族化合物Aよりなるn+型のIII −V族化合物層(基層)Aを成長させた。
さらに、10ppmの水素希釈シラン(SiH4)を2sccmの流量で継続的に供給し、12分問、ケイ素原子(Si)をドープした窒化ガリウム(GaN)よりなる厚み0.4μmのIII −V族化合物Cよりなるn型のIII −V族化合物層(キャリア移動促進層)Cを成長させることにより、n+型の基層A上にn型のキャリア移動促進層Cが積層されたn+−n-構造の光触媒半導体素子〔2〕を得た。
この光触媒半導体素子〔2〕の各層のキャリア濃度は、それぞれ別個に単層を成長させたキャリア測定用のものをvan der Pauw法により測定したところ、キャリア促進移動層Aのキャリア濃度は2.0×1018cm-3であり、キャリア移動促進層Cのキャリア濃度は1.2×1017cm-3であった。また、(0002)面のX線ロッキングカーブの半値全幅を測定したところ、330arcsecであった。この光触媒半導体素子〔2〕の表面は鏡面状であった。
【0060】
〔光触媒半導体素子の製造例3a〕
図1に従って光触媒半導体素子を作製した。すなわち、まず、100kPaでサファイアよりなる基板を水素ガス中にて1100℃で10分間アニールし、その後基板の温度を520℃まで下げ、この基板の(0001)+c面上に、V族原子とIII 族原子との割合(V/III比)が約5000程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給し、10分間、窒化ガリウム(GaN)よりなる50nmの厚みのバッファ層を成長させた。
次に、基板の温度を1040℃まで上昇させ、バッファ層の表面上に、V/III比が約3800程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給すると共に10ppmの水素希釈シラン(SiH4)を5sccmの流量で継続的に供給し、60分間、ケイ素原子(Si)をドープした窒化ガリウム(GaN)よりなる厚み1.8μmのIII −V族化合物Aよりなるn型のIII −V族化合物層(基層)Aを成長させた。
さらに、基板温度を750℃まで低下させ、V/III比が約10000程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)、トリメチルインジウム(TMIn)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給し、10ppmの水素希釈シラン(SiH4)を2sccmの流量で継続的に供給し、180秒間、ケイ素原子(Si)をドープした窒化インジウムガリウム(InGaN)よりなる厚み100nmのIII −V族化合物DよりなるIII −V族化合物層(キャリア移動促進層)Dを成長させることにより、基層A上にキャリア移動促進層Dが積層されたEgH−EgL構造の光触媒半導体素子〔3a〕を得た。
この光触媒半導体素子〔3a〕の各層のキャリア濃度は、それぞれ別個に単層を成長させたキャリア測定用のものをvan der Pauw法により測定したところ、基層Aはn型であってそのキャリア濃度は2.0×1018cm-3であり、キャリア移動促進層DはIn原子組成比xが0.06、n型であってそのキャリア濃度は1.2×1017cm-3であった。また、(0002)面のX線ロッキングカーブの半値全幅を測定したところ、320arcsecであった。この光触媒半導体素子〔3a〕の表面は鏡面状であった。
また、基層Aの原子組成比からバンドギャップエネルギーEgHを算出したところ3.40eVであり、キャリア移動促進層Dの原子組成比からバンドギャップエネルギーEgLを算出したところ3.15eVであった。
【0061】
〔光触媒半導体素子の製造例3b〜3d〕
キャリア移動促進層Dの層厚がそれぞれ67nm、201nm、378nmとなるよう、TMGa、TMIn、NH3およびSiH4を供給する時間をそれぞれ120秒間、360秒間、680秒間に変更したことの他は光触媒半導体素子の製造例3aと同様にして光触媒半導体素子〔3b〕〜〔3d〕を得た。この光触媒半導体素子〔3b〕〜〔3d〕の基層Aのキャリア濃度、キャリア移動促進層Dの原子組成比およびキャリア濃度、(0002)面のX線ロッキングカーブの半値全幅は光触媒半導体素子〔3a〕と同じであり、また、この光触媒半導体素子〔3b〕〜〔3d〕の表面は鏡面状であった。
【0062】
〔比較用光触媒半導体素子の製造例1,2〕
図1に従って光触媒半導体素子を作製した。すなわち、まず、100kPaでサファイアよりなる基板を水素ガス中にて1100℃で10分間アニールし、その後基板の温度を520℃まで下げ、この基板の(0001)+c面上に、V族原子とIII 族原子との割合(V/III比)が約5000程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給し、10分間、窒化ガリウム(GaN)よりなる50nmの厚みのバッファ層を成長させた。
次に、基板の温度を1040℃まで上昇させ、バッファ層の表面上に、V/III比が約3800程度となるようトリメチルガリウム(TMGa)およびアンモニア(NH3)を水素ガスをキャリアガスとして継続的に供給すると共に10ppmの水素希釈シラン(SiH4)を5sccmの流量で継続的に供給し、60分間、ケイ素原子(Si)をドープした窒化ガリウム(GaN)よりなる厚み1.8μmのIII −V族化合物Aよりなるn型のIII −V族化合物層を成長させることにより、比較用光触媒半導体素子〔X〕を得た。
この比較用光触媒半導体素子〔X〕の基層Aのキャリア濃度は、van der Pauw法により測定したところ、2.0×1018cm-3であった。また、(0002)面のX線ロッキングカーブの半値全幅を測定したところ、290arcsecであった。この比較用光触媒半導体素子〔X〕の表面は鏡面状であった。
また、キャリア濃度を1.2×1017cm-3としたことの他は比較用光触媒半導体素子の製造例1と同様にして、比較用光触媒半導体素子〔Y〕を得た。
【0063】
<実施例1a,1b,2,3a〜3d,比較例1,2>
図3に従って、光触媒酸化還元反応装置を製造した。
具体的には、この光触媒半導体素子〔1a〕,〔1b〕,〔2〕,〔3a〕〜〔3d〕、比較用光触媒半導体素子〔X〕,〔Y〕を陽極として用い、これらの触媒反応面を構成する面の外周部分にチタンおよび金を積層させた集電用部材を設けて導電ワイヤにより陰極に電気的に接続し、陰極としては白金電極を用い、さらに、銀/塩化銀/塩化ナトリウム電極を参照電極として用いると共に、電解液として1mol/LのHClを用い、光触媒酸化還元反応装置〔1a〕,〔1b〕,〔2〕,〔3a〕〜〔3d〕、比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕,〔Y〕を製造した。
触媒反応面を構成する面の中央部分における直径10mmの円形領域に150Wのキセノンランプの光源より光が照射される構成とした。
【0064】
[フラットバンド電位測定テスト]
実施例1a,1b,2,3a〜3dに係る光触媒酸化還元反応装置〔1a〕,〔1b〕,〔2〕,〔3a〕〜〔3d〕、および比較例1に係る比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕を用いてインピーダンス測定を行い、モット・ショットキープロットから計算したフラットバンド電位を求めた。実施例1a,1bおよび比較例1に係る結果を図4に示すと共に、実施例3a〜3dおよび比較例1に係る結果を図5に示す。また、実施例1a,1bおよび比較例1に係る伝導帯のバンド端電位(「■」で示す。)、価電子帯のバンド端電位(「●」で示す。)、水素発生電位(H+/H2)および酸素発生電位(O2/H2O)を図6に示すと共に、実施例3a〜3dおよび比較例1に係る伝導帯のバンド端電位(「■」で示す。)、価電子帯のバンド端電位(「●」で示す。)、水素発生電位(H+/H2)および酸素発生電位(O2/H2O)を図7に示す。
【0065】
[光誘起電流密度測定テスト]
また、実施例1aに係る光触媒酸化還元反応装置〔1a〕、および比較例1に係る比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕のそれぞれを用いて、ゼロバイアスにおける対極における水素発生積算量と光誘起電流密度(mA/cm2)を測定した。結果を図8に示す。ただし、図8において、光触媒酸化還元反応装置〔1a〕に係るものを(ア)とし、比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕に係るものを(イ)として示した。
【0066】
[光電気化学反応テスト]
また、実施例2に係る光触媒酸化還元反応装置〔2〕、比較例1に係る比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕のそれぞれを用いて、電圧を印加しない状態(ゼロバイアス)で光誘起電流密度(mA/cm2)を測定した。結果を図9に示す。ただし、図9においては、光触媒酸化還元反応装置〔2〕に係る結果を「○」、比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕に係る結果を「▲」で示した。
さらに、実施例3aに係る光触媒酸化還元反応装置〔3a〕、比較例1,2に係る比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕,〔Y〕のそれぞれを用いて、電流密度−電圧特性を測定した。結果を図10に示す。ただし、図10においては、光触媒酸化還元反応装置〔3a〕に係る結果を(ウ)、比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕,〔Y〕に係る結果を(エ),(オ)として示した。
【0067】
III −V族窒化物半導体全体としてn型の半導体特性を示すものを用いると、フラットバンド電位は伝導帯電位とほぼ同じ電位なので、このフラットバンド電位がマイナス側にシフトすると、水素発生電位との差が大きくなって水素発生が容易となる、一方、このフラットバンド電位がプラス側にシフトすると水素発生電位との差が小さくなって水素発生が難しく、最終的には伝導帯電位が水素発生電位よりプラス側にシフトしてしまうと水素発生が得られなくなる。
しかしながら、図4および図6の結果から明らかなように、実施例1a,1bに係る光触媒酸化還元反応装置〔1a〕,〔1b〕においては、特定の厚みのp型のIII −V族化合物よりなるキャリア移動促進層が設けられているため、比較例1に係るものに比してフラットバンド電位がマイナス側にシフトされており、水素発生電位との差が大きくなって、結局、高い光変換効率で酸化還元反応を生じさせることができることが確認された。
一方、キャリア移動促進層としてそれぞれ厚み20nm、50nm、100nmのp型の半導体層を設けたものを作製し、フラットバンド電位測定テストを行ったところ、III −V族窒化物半導体全体としてp型半導体の特性を示し、フラットバンド電位を検出できなかった。
また、図8の結果から明らかなように、比較例1に係る基層のみのIII −V族窒化物半導体に比して、実施例1aに係るn−p構造のキャリア移動促進層の設けられたIII −V族窒化物半導体は、大きな積算水素発生量および光誘起電流密度が得られることが確認された。
【0068】
また、図5および図7の結果から明らかなように、実施例3a〜3dに係る光触媒酸化還元反応装置〔3b〕〜〔3d〕においては、フラットバンド電位はプラス方向にシフトしている。しかしながら、特定の薄さのバンドギャップエネルギーEgの低いキャリア移動促進層が設けられている場合は、このキャリア移動促進層の光吸収量が増加することとあわせて比較例1に係るものに比して、エネルギー効率が高く、大きな光誘起電流密度が得られることが確認された。このフラットバンド電位と水素発生電位との差は、本実施例の場合、図7から明らかなように、キャリア移動促進層がその厚みが400nmを超えたものであると、伝道帯のバンド端電位が水素発生電位を超えてプラス方向にシフトしてしまうため、水素を発生させることができなくなるため、好ましくない。
【0069】
図9から明らかなように、実施例2に係る光触媒酸化還元反応装置〔2〕においては、比較例1に係る光触媒酸化還元反応装置〔X〕に比して大きい光誘起電流密度が得られた。
なお、図9において実線は、光触媒酸化還元反応装置〔2〕と同様の構成であってキャリア移動促進層のキャリア濃度を変化させたものについてゼロバイアスで光誘起電流密度を測定したものであり、点線は、比較用光触媒酸化還元反応装置〔X〕と同様の構成であってキャリア移動促進層のキャリア濃度を変化させたものについてゼロバイアスで光誘起電流密度を測定したものである。
さらに、この光触媒酸化還元反応装置〔2〕を構成するn+−n-構造のIII −V族窒化物半導体のフラットバンド電位は、比較例1に係るn+層のみのIII −V族窒化物半導体のフラットバンド電位と同じであった。
また、図10から明らかなように、n+−n-構造のIII −V族窒化物半導体は、n+層のみのIII −V族窒化物半導体(比較例1)や、n-層のみのIII −V族窒化物半導体(比較例2)に比して、ゼロバイアスの場合を含めてすべての印加電圧の範囲において大きな電流密度が得られることが確認された。
【符号の説明】
【0070】
10 光触媒半導体素子
11 光触媒酸化還元反応装置
12 電解液槽
12A 酸化槽
12B 還元槽
12C 接続チューブ
12D 光透過用窓
12E,12F ガス収集管
15 開口
16 O−リング
17 参照電極
18 金属電極
19 ポテンショスタッド
19a 電圧印加用電源
20 III −V族窒化物半導体
20α 基層
20β キャリア移動促進層
21 バッファ層
25 基板
27 集電用部材
27a 金層
27b チタン層
28 はんだ
29 導電ワイヤ
L 光
M 光触媒キャリア発生部分
R 触媒反応面


【特許請求の範囲】
【請求項1】
光触媒酸化還元反応用のIII −V族窒化物半導体であって、
互いに半導体特性の異なる基層およびこの基層に積層された表層を有し、
前記基層と前記表層とが接触する界面が形成されることにより、少なくとも表層がキャリア移動促進作用を有し、
基層および表層とが、その導電型が同一であって、基層のキャリア濃度が、表層のキャリア濃度よりも高いものであることを特徴とするIII −V族窒化物半導体。
【請求項2】
表層を形成する物質のバンドギャップエネルギーEgLが、基層を形成する物質のバンドギャップエネルギーEgHより小さいことを特徴とする請求項1に記載のIII −V族窒化物半導体。
【請求項3】
光触媒酸化還元反応用の光触媒半導体素子であって、
基板上に請求項1または請求項2に記載のIII −V族窒化物半導体が積層されていることを特徴とする光触媒半導体素子。
【請求項4】
光触媒酸化還元反応用の光触媒酸化還元反応装置であって、
電解液に接触した状態とされて互いに電気的に接続された一対の電気分解用電極のうち一方の電極が請求項1または請求項2に記載のIII −V族窒化物半導体よりなり、
当該III −V族窒化物半導体を構成する触媒反応面に光が照射されることにより、酸化反応または還元反応が当該触媒反応面において生じるものであることを特徴とする光触媒酸化還元反応装置。
【請求項5】
III −V族窒化物半導体における触媒反応面に光が照射されると共に一対の電気分解用電極間に電圧が印加されることにより、酸化反応または還元反応が当該触媒反応面において生じることを特徴とする請求項4に記載の光触媒酸化還元反応装置。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載のIII −V族窒化物半導体を用い、当該III −V族窒化物半導体における触媒反応面に励起光を照射し、当該触媒反応面において酸化反応または還元反応を生じさせることを特徴とする光電気化学反応実行方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−136340(P2011−136340A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45954(P2011−45954)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【分割の表示】特願2006−188221(P2006−188221)の分割
【原出願日】平成18年7月7日(2006.7.7)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】