説明

MafK/MafA遺伝子改変非ヒト動物及び該非ヒト動物の作成方法

【課題】高血糖状態を長期間維持し得る糖尿病モデル動物であって、雌雄間の表現型に差異のないモデル動物と該モデル動物の作成方法の提供。
【解決手段】MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現し、かつ、MafA遺伝子のホモ欠損によりMafAを発現しない非ヒト動物と、該非ヒト動物を作出するため親動物として、MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現し、かつ、MafA遺伝子のヘテロ欠損の遺伝子型を有する生存可能な非ヒト動物を提供する。さらに、これらの非ヒト動物を得る方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MafK/MafA遺伝子改変非ヒト動物に関する。より詳しくは、MafKを過剰発現し、かつ、MafAを発現しない非ヒト動物と該非ヒト動物の作成方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は血糖値が正常範囲を大きく超えて上昇する疾患であり、大別すると、膵臓のインスリン産生細胞(ベータ細胞)が破壊されて引き起こされるI型糖尿病と、肝臓や筋肉などの細胞のインスリン反応性が低下して引き起こされるII型糖尿病がある。わが国についてみると、糖尿病患者の95%以上は後者のII型糖尿病である。
【0003】
I型糖尿病、II型糖尿病のいずれにおいても、糖尿病患者のQOLを著しく低下させる要因となっているのは、高血糖状態が長期に続くことによって引き起こされる糖尿病合併症である。糖尿病合併症のうち代表的なものとしては、糖尿病神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病腎症があり、これらは三大合併症と呼ばれている。
【0004】
このうち、糖尿病神経障害は、最も初期に現れる合併症であり、細小血管の血流が悪くなって末梢神経に障害が生じ、手足のしびれ、痛みや冷熱に対する感覚鈍麻、筋力低下といった知覚・運動神経異常、さらには、発汗異常や内臓の不調、立ちくらみ等の自律神経異常が現れる。この他、免疫力の低下による細菌感染が伴い足先などの潰瘍・壊疽によって足の切断に至るケースもある。
【0005】
また、糖尿病網膜症は、網膜の血管が障害されることで、視力低下や失明が引き起こされるもので、日本国内では年間3,000人もの患者が発生し、成人失明原因の第一位となっている。糖尿病腎症では、不要物や老廃物を濾過する腎臓内の毛細血管(糸球体)が障害されることで、タンパク質が尿中に排出されるネフローゼ症候群や、尿毒症が引き起こされる。さらに、症状が進行した場合には腎不全となり、血液透析が必要となる。糖尿病による腎臓障害で人工透析を始める人は、年間1万人以上にものぼっている。
【0006】
これらの糖尿病合併症の病態機序には、糖尿病下における高血糖状態が長期に続くことによる微小血管の障害が共通して関与していることから、糖尿病合併症の発症を防止するためには、この高血糖状態による微小血管障害を防止することが必要となる。
【0007】
高血糖下における血管障害のメカニズムを明らかにし、治療薬等の開発を行なうためには、長期にわたって高血糖状態を持続する糖尿病モデル動物が必要となる。糖尿病モデル動物には、高脂肪食の給餌により作出されるもの、薬物投与により作出されるもの、遺伝的に糖尿病を発症するもの等、各種のモデル動物が開発されている。しかしながら、一旦発症した高血糖状態を長期にわたって維持させることができるモデルは多くない。
【0008】
糖尿病における高血糖病態をよく反映したモデルとしては、糖尿病を自然発症した個体から分離された系統であるAKITAマウスが知られている。AKITAマウスは、1997年に秋田大学の小泉らによって発見されたC57BL/6Nマウスを起源とする非肥満性の糖尿病動物である(非特許文献1参照)。常染色体優性遺伝により、生後6−10週で高度の耐糖能異常を伴う(空腹時血糖で500−600mg/dl)糖尿病を発症する。
【非特許文献1】Diabetes. 1997 May;46(5):887-94.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
AKITAマウスは、生後6−10週という早い段階で顕著な耐糖能異常を呈し、終生高血糖状態を維持する。さらに生後30週齢以降では、上述の三大合併症のうち、糖尿病神経障害及び糖尿病性腎症を発症することから、II型糖尿病のモデルとして、その病態の解明、治療法の開発、治療薬の評価等に使用されている。
【0010】
しかし、AKITAマウスは雄個体においては上記のような典型的な糖尿病及び糖尿病合併症の症状が認められるものの、雌個体における症状は軽微である。従って、各種試験には雄個体のみを選別して供する必要があり、繁殖効率上の問題があった。
【0011】
また、ヒトのII型糖尿病においては、性別による発症頻度の差はほとんどないのに対して、AKITAマウスにおいては雌雄間での表現型に大きな差異があることから、AKITAマウスの病態機序には、ヒトII型糖尿病と異なり、性ホルモンが大きく関与しているものと考えられる。
【0012】
そこで、本願発明者らは、高血糖状態を長期間維持し得る糖尿病モデル動物であって、雌雄間の表現型に差異のないモデル動物を確立することを目的として、遺伝子改変により新たな糖尿病モデル動物を作出し、本願発明を完成させるに到った。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、雌雄ともに生後数週から終生高血糖状態を維持する糖尿病モデル動物として、MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現し、かつ、MafA遺伝子のホモ欠損によりMafAを発現しない非ヒト動物を提供する。該非ヒト動物は、高血糖状態を維持し生存が可能であり、糸球体硬化像を伴う糖尿病性腎症を発症する。前記非ヒト動物は、ラット又はマウスとすることができる。
【0014】
前記プロモーター配列には、Rat Insulin Promoter 1配列を用いることができる。
【0015】
また、本発明は、上記の非ヒト動物を作出するため、MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現し、かつ、MafA遺伝子のヘテロ欠損の遺伝子型を有する生存可能な非ヒト親動物を提供する。
【0016】
同時に、MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現する生存可能な非ヒト動物と、MafA遺伝子のホモ欠損の遺伝子型を有する生存可能な非ヒト動物と、を交配させて前記非ヒト親動物を得る方法と、該非ヒト親動物同士を交配して上記の非ヒト動物を得る方法をも提供する。
【0017】
さらに、本発明は、上記の非ヒト動物に由来する細胞、より具体的には、卵、精子、受精卵、又は、胚性幹細胞のいずれかから選択される細胞及び膵臓ベータ細胞を提供する。
【0018】
最後に本発明は、上記の非ヒト動物及び該非ヒト動物に由来する細胞に、試験物質を投与して、該試験物質の薬理効果を評価する薬理試験方法を提供する。該薬理試験は、前記試験物質を投与した前記非ヒト動物の血糖値の変化及び糖尿病性腎症の改善に基づいて、薬理評価を行うことが可能である。
【0019】
ここで、本発明に係る非ヒト動物において遺伝子改変を行ったMafK及びMafA遺伝子について説明する。
【0020】
Maf遺伝子は、当初、鳥類の筋腱膜繊維肉腫から単離されたトリレトロウイルスAS42のトランスフォーミング遺伝子として分離同定された遺伝子である。Maf遺伝子ファミリーに属する遺伝子には、現在までに、ラージMafと称されるMafA,L−Maf,SMaf,MafB,c−Maf,NrlとスモールMafと称されるMafK,MafF,MafGが同定されている。これらMafファミリータンパクは共通してそのC末端にDNA結合配列を有している。
【0021】
上記C末端DNA結合配列に加えて、ラージMafは、N末端に転写活性化部位を有している。ラージMafは、このN末端転写活性化部位により、細胞分化や組織形成の調節に重要な機能を果たしている。ラージMafに分類されるMafAは、インスリンのプロモーターのRIPE3b/C1エレメントに結合する転写因子として従来から知られていたRIPE3b/C1アクチベーターと同一であることが明かにされている。MafAは、膵島においてはベータ細胞にのみ発現が認められ、血中のグルコース濃度の上昇に反応して、インスリンの転写活性を上昇させる機能を有すると考えられている。
【0022】
一方、MafKを含むスモールMafは、上記C末端DNA結合配列は有するものの、N末端には転写活性化部位を持たない。このため、C末端DNA結合配列により、ラージMafと共通のDNA配列に結合すると、ラージMafの転写活性化機能を競合的に阻害し、リプレッサーとして機能する。
【0023】
以上説明したように、MafAは、膵島ベータ細胞において、血中のグルコース濃度の上昇に反応してインスリン産生促進機能を果たし、一方、MafKは、MafAのリプレッサーとしてインスリン産生阻害機能を有する。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、高血糖状態を長期間維持し、雌雄間の表現型に差異のない糖尿病モデル動物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本願発明者は、まずMafAのインスリン産生促進機能に注目し、新たな糖尿病モデル動物の作出を企図して、MafA欠損非ヒト動物(以下、MafA−/−非ヒト動物とも表記する)を作出した(作出方法については後述する)。MafA−/−非ヒト動物では、血中のグルコース濃度が上昇しても、膵島ベータ細胞でのインスリン産生が増加せず、耐糖能異常を呈すると考えられたためである。
【0026】
また、本願発明者は、MafKのインスリン産生阻害機能にも注目し、MafKを過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物(以下、MafKTg非ヒト動物とも表記する)を作出した(作出方法については後述する)。MafKTg非ヒト動物では、過剰発現されたMafKが、MafAのインスリン転写活性化機能を競合的に阻害するため、血中のグルコース濃度が上昇しても、膵島ベータ細胞でのインスリン産生が増加せず、耐糖能異常を呈すると考えられたためである。
【0027】
本発明において、「非ヒト動物」とは、ヒトを除く動物を意味し、例えばヒトを除く哺乳動物(マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、サル、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ等)、鳥類(例えば、ニワトリ等)、両生類(例えば、カエル等)、爬虫類又は昆虫が挙げられる。
【0028】
MafA−/−非ヒト動物は、次に示すような通常用いられている方法により得ることができる。まず例えば相同組換えにより少なくとも一方の対立遺伝子を破壊した胚幹細胞(以下、ES細胞とも表記する)を、受精卵の胚盤胞に注入してキメラ非ヒト動物を得る。得られたキメラ動物を相当する野生型(MafA+/+)非ヒト動物と交配させて、対立遺伝子の一方のみが破壊されたヘテロ接合体(MafA+/−)非ヒト動物を作出する。さらにこれら得られたMafA+/−非ヒト動物を交配させて、両方の対立遺伝子が破壊されたホモ接合体(MafA−/−)非ヒト動物を作出することができる。
【0029】
ES細胞として、マウスの場合には、E14、CCE、J1又はTT2等を用いることができる。ES細胞の相同組換えは、例えばMafA発現を妨害し得る任意のDNA配列を挿入した組換えDNAを、ES細胞に導入することにより行うことができる。MafA発現を妨害し得る任意のDNA配列は、組換えDNAのES細胞への導入を確認できるような薬剤耐性遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子(neo))等を用いるのが好ましく、またレポーター遺伝子(β−ガラクトシダーゼ(lacZ))等を用いるのが好ましいが、特に限定されない。
【0030】
上述のDNA導入法としては、例えば電気穿孔法又はマイクロインジェクション法が挙げられる。ES細胞におけるMafA遺伝子破壊は、常法に従って、例えばPCR法やサザンブロット法により確認することができる。
【0031】
相同組換えによりMafA遺伝子を破壊したES細胞を有するキメラ非ヒト動物の作出方法は、例えば胚盤胞マイクロインジェクション法等が挙げられる。胚盤胞インジェクション法は、非ヒト動物の胚盤胞にMafAを破壊したES細胞をマイクロインジェクションし、処理した胚盤胞を擬妊娠非ヒト動物に移植することにより所望のキメラ非ヒト動物を作出することができる。
【0032】
得られたキメラ非ヒト動物を相当するMafA+/+非ヒト動物に交配させることで得られるMafA+/−非ヒト動物、あるいは該MafA+/−非ヒト動物を更に交配させることで得られるMafA−/−非ヒト動物は、例えば、尾部から採取したDNAを用いたPCR法やサザンブロット法によりその遺伝子型を判定することができる。
【0033】
また、MafKTg非ヒト動物は、次に示すような通常用いられている方法により得ることができる。まず、過剰発現させたいMafK遺伝子のcDNAをプロモーター配列の下流につなぎ、発現ベクターに挿入して、トランスジェニックコンストラクトを作製する。この際、トランスジーンの発現確認を容易とするために、MafKcDNAには、FLAG配列やHis−Tag配列などをつないで、これら標識ペプチドとのフュージョンタンパクとして発現させることが好ましい。
【0034】
作製されたコンストラクトを、非ヒト動物の受精卵の前核にマイクロインジェクション法により注入し、該受精卵を偽妊娠非ヒト動物に移植することによりMafKTg非ヒト動物を作出することができる。
【0035】
トランスジーンの発現確認は、該トランスジーンのmRNA発現をRT−PCR法により確認する方法や、FLAGペプチドやHis−Tagに対する抗体を用いたウェスタンブロット法や免疫染色法により行なうことが可能である。
【0036】
また、本発明は、MafA−/−非ヒト動物とMafKTg非ヒト動物を交配させて、生存可能なMafA+/−,MafKTg非ヒト動物を作出する方法を提供する。さらに、これにより作出したMafA+/−,MafKTg非ヒト動物同士を交配させて、MafA−/−,MafKTg非ヒト動物を作出する方法を提供する。これらの交配は、通常の自然交配により行うことができ、出生仔の遺伝子型判別及びトランスジーンの発現確認については上記と同様の方法で行うことが可能である。
【0037】
以下、実施例に従って、本発明をより詳細に説明するが、これによって如何なる意味においても本発明の範囲を限定されると解釈されるべきではない。
【実施例】
【0038】
<実施例1:MafA欠損マウスの作出>
本願発明者は、まずMafAのインスリン産生促進機能に注目し、新たな糖尿病モデル動物の作出を企図して、MafA欠損マウス(以下、MafA−/−マウスとも表記する)を作出した(Mol Cell Biol. 2005 Jun;25(12):4969-76.参照)。以下に、MafA−/−マウスの作出方法について簡単に説明する(詳細については前掲の文献を参照)。
【0039】
(1)ターゲティングベクターの作製
マウスMafA遺伝子のcDNA断片をプローブとして、129/SvJマウスゲノムライブラリー(ストラタジーン社)をスクリーニングすることにより、完全長のMafAゲノム遺伝子とターゲティングベクターを作製するのに十分な長さの5’及び3’フランキング配列を含むファージクローンを分離した。
【0040】
得られたファージクローンを用いて、プラスミド(pBluescript:ストラタジーン社)にクローン化してターゲティングベクターを作製した(図1(B)Targeting Vector参照)。このターゲティングベクターは、核移行シグナル(Nuclear localization Signal:以下、NLSとも表記する)−β−ガラクトシダーゼ(lacZ)遺伝子をEcoRIサイトとEcoRVサイト間のMafAのオープンリーディングフレーム(ORF)領域に挿入している。また形質転換体を選択するために、ネオマイシン耐性(neo)遺伝子をNLS−lacZ遺伝子下流に配置し、更に非相同性組換え体のネガティブ選択のために、ジフテリア毒素A(DT−A)遺伝子(MC1−DT3)をMafA遺伝子下流に挿入している。
【0041】
ターゲティングベクターは、野生型MafA遺伝子座(図1(A)Wild−type allele参照)との相同組換えにより、MafA遺伝子座を破壊する(図1(C)Targeted allele参照)。
【0042】
(2)ターゲティングベクターのES細胞への導入と確認
得られたターゲティングベクター80μgをリニア化した後、ES細胞(E14)約4 × 10個の懸濁液に添加し、ジーンパルサー(バイオラッド)を用いて定法により遺伝子導入を行った。
【0043】
遺伝子導入を行った細胞を、抗生物質G-418硫酸塩の存在下で、37℃にて9日間培養し、ネオマイシン耐性(neo)遺伝子を有する細胞コロニーを選択し、ES細胞クローンを得た。
【0044】
(3)MafA−/−マウスの作出
得られたESクローンをC57BL/6Jマウスの胚盤胞に、マイクロインジェクションし、偽妊娠ICRマウスに移植してキメラマウスを作出した。次に、作出したキメラマウスをC57BL/6Jと交配させて、F1仔を得た。PCR法による遺伝子型判別を行い、F1仔における遺伝子導入の有無を確認し、MafAヘテロ欠損体(以下、MafA+/−マウスとも表記する)を選択した。さらに、MafA+/−マウス同士を交配し、F2仔を作出し、同様に遺伝子型判別を行い、MafA−/−マウスを得た。
【0045】
PCR法に用いたプライマー配列は、組み換えMafA遺伝子座(Targeted allele)検出用として、5’−ATGCGAAGTGGACCTGGGACCGCGCCGC−3’(配列番号1参照)と5’−CTGCGCTGGCGAGGGCTCCCGAGGGAAG−3’ (配列番号2参照)を用いた。また、野生型MafA遺伝子座(Wild−type allele)の検出用として、5’−GAGGCCTTCCGGGGTCAGAGCTTCGCGG−3’ (配列番号3参照)と5’−TCTGTTTCAGTCGGATGACCTCCTCCTTGC−3’ (配列番号4参照)を用いた。組み換えMafA遺伝子座検出用、野生型MafA遺伝子座検出用の上記プライマーセットは、それぞれ約700bp、400bpのPCR産物を増幅する。
【0046】
<実施例2:MaK過剰発現マウスの作出>
続いて、本発明者は、MafKのインスリン産生阻害機能に注目し、MafKを過剰発現するトランスジェニックマウス(以下、MafKTgマウスとも表記する)を作出した(Biochem Biophys Res Commun. 2006 Aug 4;346(3):671-80. Epub 2006 Jun 8.参照)。以下に、MafKTgマウスの作出方法について簡単に説明する(詳細については前掲の文献を参照)。
(1)トランスジェニックコンストラクトの作製
マウスMafKタンパクをコードする完全長cDNA(配列番号5参照)にN末端FLAG配列を付加した遺伝子(トランスジーン)を、発現用ベクターのRat Insulin Promotor 1の下流に挿入した(図2(A)mafK transgenic construct参照)。
【0047】
ここでRat Insulin Promotor 1について説明する。ラットインスリン遺伝子のプロモーターには、上記Rat Insulin Promotor 1とRat Insulin Promotor 2の2種がある。これらは、膵島ベータ細胞において、NeuroD,Pdx1,Maf等の転写因子の制御を受け、インスリンの転写調節に関与している。ただし、Rat Insulin Promotor 1にはMafは結合しないことが知られている (Biochem.Biophys.Res.Commun. 2003 Dec19; 312(3): 831-42参照)。従って、上述のコンストラクトに挿入したトランスジーンは、膵島ベータ細胞特異的に発現し、かつ、Mafの転写制御から独立して発現することとなる。
【0048】
(2)MafKTgマウスの作出
得られたコンストラクトを、BDF1マウスの受精卵の前核へマイクロインジェクションし、偽妊娠ICRマウスに移植した。トランスジーンの導入の有無をRT−PCR法により確認し、MafKTgマウスを得た。
【0049】
RT−PCR法によるトランスジーンの発現確認は、定法により膵臓からRNAを抽出し、逆転写酵素(SuperScriptII:インビトロジェン社)を用いて該RNAからcDNAを合成した。プライマー配列には、Rat Insulin Promotor 1配列に対応する、5’−TGACCAGCTACAATCATAGA−3’(配列番号6参照)と、MafKcDNA配列に対応する、5’−TCTGTGTCACACGCTTGATGC−3’ (配列番号7参照)を用いた。一方のプライマーをRat Insulin Promotor 1配列内に設けたことにより、トランスジーンが導入されたマウスにおいてのみPCR増幅産物が検出され、該トランスジーンの導入の有無を確認することが可能となる。
【0050】
<実施例3:MafA−/−マウス及びMaKTgマウスの表現型の解析>
(1)MafA−/−マウスの表現型
実施例1で得られたMafA−/−マウスについて、血清グルコース濃度の測定を行い、糖尿病表現型の有無を評価した。血清グルコース濃度の測定は、Fuji Drichem3500(フジフィルム)を用いて行った。4週、8週、12週齢における空腹時血糖の測定結果を図3に示す。図3中、+/+は野生型、+/−はMafAヘテロ欠損型、−/−はMafAホモ欠損型を表す。
【0051】
4週齢においては雌個体で、8週及び12週齢においては雌雄両個体で、MafA−/−マウスにおける血清グルコース濃度の有意な上昇が認められた。なお、MafA+/−は、MafA+/+マウスとMafA−/−マウスの中間程度の血清グルコース濃度を呈した。本実験で観察されたMafA−/−マウスにおける最大血糖値は、12週齢の雌個体で認められた約180mg/dlであった。
【0052】
(2)MaKTgマウスの表現型
実施例2で得られたMafKTgマウスについても、同様に血清グルコース濃度の測定を行い、糖尿病表現型の有無を評価した。5週及び20週齢の雄個体の空腹時血糖の測定結果を図4に示す。図4中、Non−Tgは野生型マウス、TgはMaKTgマウスを表す。
【0053】
5週齢において、MafKTgマウスで血清グルコース濃度の有意な上昇が認められた。しかし、20週齢においては、有意な変化ではないものの、逆にMafKTgマウスで血清グルコース濃度が減少する傾向がみられた。本実験で観察されたMafKTgマウスにおける最大血糖値は、約150mg/dlであった。
【0054】
上述の通り、MafA−/−マウスにおいては、血清グルコース濃度の有意な上昇が認められた。しかしながら、従来公知のAKITAマウスにおいては、生後6−10週で空腹時血糖が500−600mg/dlと高度の耐糖能異常を呈するのに比べ、MafA−/−マウスにおいては、最大(12週齢雌個体)でも200mg/dl以下と、血清グルコース濃度の上昇は大きいものではなかった(図3参照)。また、MafKTgマウスにおいては、生後早い段階(5週齢)では血清グルコース濃度は有意に高い状態にあるものの(200mg/dl以下)、成体(20週齢)では野生型マウスと同程度にまで治癒した。
【0055】
<実施例4:MafA欠損であって、かつ、MaKを過剰発現するマウス(以下、MafA−/−,MafKTgマウスとも表記する)の作成>
(1)MafA−/−,MafKTgマウスの作成
ここで、本発明者は、MafA−/−マウスとMafKTgマウスの交配により作出される、MafA−/−,MafKTgマウスが、驚いたことに顕著な耐糖能異常を呈することを見出した。MafA−/−,MafKTgマウスは、AKITAマウスを上回る1000mg/dl前後という極度の高血糖状態を呈した(後述図5参照)。なお、交配は通常の自然交配により行い、出生仔の遺伝子型判別及びトランスジーンの発現確認については、既に説明したようにPCR法及びRT−PCR法により行なった。
【0056】
MafAは、膵島ベータ細胞において、血中のグルコース濃度の上昇に反応してインスリン産生促進機能を果たし、一方、MafKは、MafAのリプレッサーとしてインスリン産生阻害機能を有する。従って、MafA−/−マウス及びMafKTgマウスは、MafAによるインスリン産生促進機能が障害されるとう点で、共通の表現型を呈するものと考えられる。これは、MafAを欠損させ、MafKを過剰発現する特徴をあわせもつMafA−/−,MafKTgマウスにおいても同様と考えられた。
【0057】
(2)MafA−/−,MafKTgマウスの表現型
しかしながら、上記の予想に反して、MafA−/−,MafKTgマウスは、MafA−/−マウス及びMafKTgマウスをはるかに超える顕著な高血糖状態を呈した。
【0058】
MafA−/−,MafKTgマウスについて、5週齢及び10週齢時点での血清グルコース濃度の測定結果を図5に示す。図5中、(A)は随時血糖、(B)は空腹時血糖の測定結果を示す。また、各測定時点において、MafA−/−,MafKTgマウス(図中黒塗り、右のバー)と併せて、対照としてMafKTgマウス(図中斜線、左のバー)の血清グルコース濃度を示した。
【0059】
MafA−/−,MafKTgマウスは生後5週齢から、雄雌ともに随時血糖700mg/dl以上、空腹時血糖400mg/dl以上の著しい高血糖を示した。
【0060】
これは、上述した、MafA−/−マウスの最大血糖値約180mg/dl(図3参照)及びMafKTgマウスの約150mg/dl(図4参照)をはるかに超える顕著な高血糖状態である。また、空腹時血糖で500−600mg/dl(生後6−10週時点)を示すAKITAマウスに対しては同程度ないしは同程度以上の高血糖状態である。ここで、AKITAマウスは上述の通り、雄個体でのみ高血糖状態が現れるのに対して、MafA−/−,MafKTgマウスでは雌雄の区別なく高血糖状態が作出された。
【0061】
表1に、より長期に血清グルコース濃度の測定を行なった結果を示す。野生型C57BL/6Jマウス(表中、Wild)、MafA−/−マウス(同、KO)、MafKTgマウス(同、Tg)、MafA−/−,MafKTgマウス(同、KO Tg)について、30週齢もしくは60週齢時点まで、空腹時血糖(表中Fasted serum glucose)及び随時血糖(Fed Serum Glucose)の測定を行なった。
【0062】
【表1】

【0063】
MafA−/−,MafKTgマウスは測定を行なった全ての時点において、野生型C57BL/6Jマウス、MafA−/−マウス、MafKTgマウスに比して著しい高血糖を呈した。
【0064】
MafA−/−,MafKTgマウスの雄は30週令前後まで生存し、一部40週齢まで生存する個体もみられた。雌は、30週齢以後死亡する個体が散見されたが、多くは50週齢前後まで生存し、60週齢まで生存する個体もみられた。雌雄ともに死亡時点においても、随時血糖は700mg/dl以上であり、MafA−/−,MafKTgマウスが、終生高血糖状態を維持することが明らかとなった。
【0065】
次に、野生型C57BL/6Jマウス、MafA−/−マウス、MafKTgマウス、MafA−/−,MafKTgマウスについて、腎糸球体の病理組織像を観察した。
【0066】
糖尿病の三大合併症の1つである糖尿病腎症においては、腎糸球体の基底膜の肥厚やメサンギウム領域の拡大、間質の線維化を特徴とする糸球体硬化像と呼ばれる病理所見が観察される。
【0067】
図6に、各マウスの雄個体について20週齢時点における腎糸球体の組織像を示す。図中、(A)は野生型C57BL/6Jマウス、(B)はMafKTgマウス、(C)は MafA−/−マウス、(D)はMafA−/−,MafKTgマウスの組織像である。
【0068】
MafA−/−,MafKTgマウスでは、メサンギウム基質の拡大と糸球体径の増大を認め、典型的な糸球体硬化像が確認される(図6(D)参照)。野生型C57BL/6Jマウス(A)、MafKTgマウス(B)、 MafA−/−マウス(C)においては糸球体に異常所見は認められなかった。
【0069】
図7は、腎組織像に占める糸球体領域の面積を定量化した結果(A)、及び体重に占める腎重量(B)を示した図である。(A)において糸球体領域の面積は、野生型C57BL/6Jマウスにおける腎組織像に占める糸球体領域面積の割合を1として、その相対値として表示した。また(B)において、体重に占める腎重量は、腎重量(g)を体重(g)で除して算出した。
【0070】
MafA−/−,MafKTgマウスでは、メサンギウム基質の拡大と糸球体径の増大に伴って、野生型C57BL/6Jマウスに比べて、糸球体領域面積が約1.8倍に拡大した(図7(A)参照)。また、糸球体基底膜の肥厚、間質の線維化に伴って、腎全体の体重に占める割合も増加している(同(B)参照)。
【0071】
表2に、腎糸球体の組織像の観察と同時点(20週齢)を含め、経時的に血清学的検査による腎機能の評価を行なった結果を示す。
【0072】
【表2】

【0073】
20週齢、雄個体のMafA−/−,MafKTgマウスにおける血清尿素窒素(sBUN)は45.0±13.5mg/dl、血清クレアチニン(sCRE)は0.43±0.06mg/dlであり、野生型C57BL/6JマウスのsBUN26.3±6.15mg/dl、sCRE0.23±0.06mg/dlと比べ上昇を認める。
【0074】
血清クレアチニン(sCRE)及び血清尿素窒素(sBUN)は、腎糸球体から濾過され、尿中に排泄される物質であり、これらの血中濃度の上昇は、腎機能の低下を意味する。すなわち、MafA−/−,MafKTgマウスにおいては高血糖状態の持続による腎機能障害が引き起こされていることが示された。
【0075】
神経障害、網膜症等の他の糖尿病合併症については現在検討中であるが、MafA−/−,MafKTgマウスは極めて顕著な高血糖状態を長期に維持するため、これらの合併症も併発しているものと期待される。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明に係る非ヒト動物は、高血糖状態を長期間維持し、雌雄間の表現型に差異のないため、糖尿病モデル動物として好適に使用することができ、特にII型糖尿病のモデルとして、高血糖状態の持続による血管障害及びこれに起因する糖尿病合併症の病態機序の解明、治療法の開発、治療薬の評価等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】野生型MafA遺伝子座(A)、ターゲティングベクター(B)、相同組換えにより破壊されたMafA遺伝子座(組換え体)(C)の構造を示す図である。
【図2】MafKトランスジェニックコンストラクトの構造を示す図である。
【図3】MafA−/−マウスにおける血清グルコース濃度の上昇を示す図である。
【図4】MafKTgマウスにおける血清グルコース濃度の上昇を示す図である。
【図5】MafA−/−,MafKTgマウスにおける血清グルコース濃度の上昇を示す図である。(A)は随時血糖、(B)は空腹時血糖を示す。
【図6】20週齢、雄個体の腎組織像を示す図である。(A)は野生型C57BL/6Jマウス、(B)はMafKTgマウス、(C)はMafA−/−マウス、(D)はMafA−/−,MafKTgマウスの腎組織像を示す。
【図7】腎組織像に占める糸球体領域面積(A)、及び体重に占める腎重量(B)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現し、かつ、MafA遺伝子のホモ欠損によりMafAを発現しない非ヒト動物。
【請求項2】
高血糖状態を終生維持して生存可能な請求項1記載の非ヒト動物。
【請求項3】
糸球体硬化像を伴う糖尿病性腎症を発症することを特徴とする請求項1記載の非ヒト動物。
【請求項4】
前記プロモーター配列は、Rat Insulin Promoter 1配列であることを特徴とする請求項1記載の非ヒト動物。
【請求項5】
ラット又はマウスであることを特徴とする請求項1記載の非ヒト動物。
【請求項6】
請求項1記載の非ヒト動物を作出するための親動物として使用するための非ヒト動物であって、MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現し、かつ、MafA遺伝子のヘテロ欠損の遺伝子型を有する生存可能な非ヒト動物。
【請求項7】
請求項1記載の非ヒト動物に由来する細胞。
【請求項8】
卵、精子、受精卵、又は、胚性幹細胞のいずれかから選択されることを特徴とする請求項7記載の細胞。
【請求項9】
膵臓ベータ細胞であることを特徴とする請求項7記載の細胞。
【請求項10】
請求項6記載の非ヒト動物を交配させて、請求項1記載の非ヒト動物を得る方法。
【請求項11】
MafK遺伝子及びプロモーター配列をコードするトランスジーンをゲノム中に有することによりMafKを発現する生存可能な非ヒト動物と、
MafA遺伝子のホモ欠損の遺伝子型を有する生存可能な非ヒト動物と、を交配させて、
請求項6記載の非ヒト動物を得る方法。
【請求項12】
請求項1記載の非ヒト動物に試験物質を投与して、該試験物質の薬理効果を評価する薬理試験方法。
【請求項13】
血糖値の変化に基づいて薬理効果を評価することを特徴とする請求項12記載の薬理試験方法。
【請求項14】
前記糖尿病性腎症の改善に基づいて薬理効果を評価することを特徴とする請求項12記載の薬理試験方法。
【請求項15】
請求項1記載の非ヒト動物に由来する細胞に試験物質を投与して、該試験物質の薬理効果を評価する薬理試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−154489(P2008−154489A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−345839(P2006−345839)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度文部科学省「科学技術振興費」主要5分野の研究開発委託事業、産業再生法特別措置法第30条の適用を受ける出願
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】