ND4遺伝子領域を使用したクラゲ成体の発生源ポリプ集団の特定方法
【課題】海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から高精度に特定する方法の提供。
【解決手段】以下のステップを含む、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法の提供:海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集;ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析し、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定;前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集;該ND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析し、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定;来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を発生源として特定。
【解決手段】以下のステップを含む、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法の提供:海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集;ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析し、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定;前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集;該ND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析し、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定;来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を発生源として特定。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から簡易な遺伝子分析により高精度に特定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クラゲ成体は、火力発電所、原子力発電所等の海水利用プラントの取水口付近にしばしば大量に来襲し、プラントの海水取水を妨げる。かかるクラゲ成体の大量来襲による海水の取水障害は、機器の性能低下、発電出力の低下、取水及び発電停止等の極めて深刻な被害をもたらす。また、クラゲ成体は、漁業施設にもしばしば大量に来襲する。この場合、クラゲ成体は、定置網等の漁網に入り込み、漁網中の魚類の窒息、死亡、品質低下及び漁網破損等の被害を発生させる。
【0003】
このようなクラゲ成体大量来襲による被害への対策として、現在、クラゲ成体出現状況の監視、海水取水口前面でのクラゲ成体防止網の設置、船舶・人手やスクリーンによるクラゲ成体回収、クラゲ成体来襲予知による対策の早期化等の様々な対策がなされている(例えば特許文献1参照)。しかし、これらの対策は全て、大量来襲したクラゲ成体にどう対応するかという対症療法的な対策に過ぎないため、クラゲ成体が突発的に大量来襲した場合、対策が追いつかず深刻な被害が生じているのが現状である。また、回収したクラゲ成体の運搬・処理にも苦慮しているのが現状である。
【0004】
これに対して、本発明者らは、クラゲ成体がその着生世代であるポリプから発生することに着目し、来襲したクラゲ成体集団と近隣海域に棲息する複数のポリプ集団との間の類似性をCO1遺伝子(ミトコンドリアDNAのチトクロームcオキシダーゼサブユニット1の遺伝子)の分析により解析して、来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を特定してそのポリプ集団を除去又は死滅させることにより、クラゲ成体集団の発生、ひいてはその来襲を予防する方法を提案した(特許文献2参照)。しかし、特許文献2の方法に従ってCO1遺伝子を分析すると、クラゲ成体集団の発生源の候補となるポリプ集団の中に、最も高い頻度で出現する遺伝子型が共通する類似の変異パターンを示す集団、特に同一の遺伝子型が優占する類似の変異パターンを示す集団が存在する場合があり、複数の候補ポリプ集団を遺伝的に区別しにくく発生源ポリプ集団を特定しにくいことがあった。
【0005】
【特許文献1】特開平10−204856号公報
【特許文献2】特開2004−279138号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はかかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から高精度に特定することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はかかる目的を達成するために、クラゲの遺伝子分析に好適なDNA領域について鋭意検討した結果、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域が特に多くの種内変異を有すること、従って、この領域を遺伝子分析に使用すれば、発生源ポリプ集団の特定精度を高めることができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下のステップ(1)〜(5)を含むことを特徴とする、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法が提供される:
(1) 前記海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集する;
(2) ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析することにより、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定する;
(3) 前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集する;
(4) 前記ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定する;及び
(5) 来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。
【0009】
本発明の方法の好ましい実施態様においては、遺伝子型の分析は、配列表の配列番号4及び5によって規定されるDNA塩基配列を有するプライマー対を使用したPCR、及びPCRによって増幅されたDNA塩基配列の決定によって行われる。
【0010】
本発明の方法の好ましい実施態様においては、海岸の施設は火力発電所、原子力発電所又は漁業施設であり、来襲を予防されるクラゲ成体はミズクラゲ成体である。
【0011】
本発明によれば、上述の方法により、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源のポリプ集団を特定し、その発生源のポリプ集団を除去又は死滅させることにより、海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を予防することを特徴とする方法も提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、火力発電所等の海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から高精度に特定することができる。また、本発明の方法により特定した発生源ポリプ集団を適切な方法で除去又は死滅させれば、火力発電所等の海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を効果的に予防することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域の遺伝的多型を解析することによって、火力発電所等の海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法である。クラゲ成体は、クラゲの着生世代であるポリプから発生するが、このポリプは一般的に、浮き桟橋や防波堤のオーバーハング等の海上の人工構造物の下側の海水接触領域に密集棲息し、コロニーを形成することが知られている。クラゲ成体は、このポリプコロニーから水温の変化等の環境条件の変化に伴って一斉に発生する。発生したクラゲ成体は、海中において水平方向には自力でほとんど移動することができないため、海流の影響を受けて一団となって移動する。従って、ある海岸の施設にある時期に来襲するクラゲ成体集団は、近隣海域の浮き桟橋等に棲息している一つのポリプ集団から発生する可能性が高い。それ故、ある海岸の施設にある時期に来襲したクラゲ成体集団と、その近隣海域に棲息する候補ポリプ集団とからサンプルを採集してそれらの遺伝的多型を解析することにより、この海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を特定することができる。
【0014】
本発明の方法において、海岸の施設へ来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団の特定は、具体的には以下のステップ(1)〜(5)を実行することによって行われる:
(1) 前記海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集する;
(2) ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析することにより、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定する;
(3) 前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集する;
(4) 前記ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定する;及び
(5) 来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。
【0015】
本発明の方法において、海岸の施設は、クラゲ成体集団の来襲により被害を生ずる可能性があるいかなる施設であることもでき、例えば火力発電所や原子力発電所等の海水利用プラントや定置網等の漁業施設を挙げることができる。また、クラゲ成体は、いかなるクラゲの成体であることもできるが、例えば夏場に火力発電所や原子力発電所の取水口に大量来襲して問題となっているミズクラゲの成体であることができる。なお、本発明の方法において、「クラゲ成体」という用語は、成熟クラゲ個体のみならず未成熟クラゲ個体も含むものとする。
【0016】
本発明の方法のステップ(1)においては、来襲したクラゲ成体集団からサンプルとしていくつかのクラゲ成体が採集される。これは、来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度を推定するためである。サンプルクラゲ成体の採集は常法により行えばよく、例えば来襲したクラゲ成体集団を単に網で捕獲することにより行うことができる。サンプルクラゲ成体の採集数は、来襲したクラゲ成体集団の遺伝子型の頻度の統計学的に有意な推定を与えるのに十分な数であることが、発生源ポリプ集団を確実に特定するために好ましい。また、採集されたサンプルクラゲ成体は、腐敗によるサンプル劣化を防止するためにその場でエタノールで前処理されることが好ましい。
【0017】
本発明の方法のステップ(1)において採集されたサンプルクラゲ成体は、次にステップ(2)においてミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域について遺伝子型を分析され、これにより来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度が推定される。本発明では、遺伝子型を分析する遺伝子領域として、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子(NADHデヒドロゲナーゼサブユニット4の遺伝子)領域(図1参照)を使用することが最大の特徴である。クラゲの遺伝的多型解析に使用される遺伝子領域としては、特許文献1で使用したCO1遺伝子(ミトコンドリアDNAのチトクロームcオキシダーゼサブユニット1の遺伝子)や16S r−RNA遺伝子、ITS−1/5.8S r−DNA遺伝子、18S r−RNA遺伝子などが一般的であるが、地域によっては、これらの遺伝子を分析しても明確な集団間変異を見出せず、遺伝的多型解析によって発生源ポリプ集団を特定しにくいことがある。そこで、本発明者らは、クラゲ遺伝的多型解析に今まで使用されたことのない遺伝子の中から遺伝的多型解析に有効な遺伝子について鋭意検討した結果、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域が、明確な集団間変異を示しやすく、発生源ポリプ集団の特定に極めて有効であることを見出した。
【0018】
本発明者らの研究によれば、ND4遺伝子領域の中でも特に後半の約680bpの部分(隣接するチトクロームb遺伝子に近い部分)に種内変異が多いことが判明している。従って、本発明の方法では、ND4遺伝子領域の全てを分析する必要はなく、変異の多い後半部分のみを分析してもよい。
【0019】
ミズクラゲ(Aurelia aulita)のミトコンドリアDNAゲノム配列は、2006年にShaoらによって決定されており(Shao,Z.et al.,Gene 381,p.92−101(2006))、遺伝子アクセッション番号NC 008446として登録されている。従って、ND4遺伝子領域の分析は、前記ミトコンドリアDNAゲノム配列中のND4遺伝子領域の配列に基づいて適当なプライマー対を設計し、これらのプライマー対を使用してサンプルDNAをPCRにより増幅させて配列を決定することによって行うことができる。本発明の方法に使用するのに特に好適なプライマー対としては、例えば配列表の配列番号4及び5によって規定されるプライマー対を挙げることができる。これらのプライマー対は、NC 008446配列の1375番目〜2259番目の塩基に相当する部分(ND4遺伝子の後半部分の715bp及び、隣接するチトクロームb遺伝子の前半部分の166bp)を増幅するものであり、種内変更の多いND4遺伝子の後半部分を分析するのに極めて有効である。
【0020】
上述の通り、クラゲのND4遺伝子領域は、本発明者らが初めて研究した領域であるので、その遺伝子型は類型化されていない。そこで、クラゲ成体の遺伝子型をまず類型化する必要がある。遺伝子型の類型化は厳密に行う必要はなく、例えば以下の実施例で示すようにDNA塩基の配列決定により発見された多数の配列変異をその変異パターンに応じていくつかのグループに分類し、便宜上各グループを一つの遺伝子型とみなして類型化すればよい。この際、クラゲ成体集団における類型とポリプ集団における類型との間に相関性があることを確認するべきである。
【0021】
各サンプルクラゲ成体の遺伝子型分析が終了すればその結果を集計しサンプルクラゲ成体における各遺伝子型の頻度を求め、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度の推定とする。
【0022】
本発明の方法のステップ(3)及び(4)においては、同様のサンプル採集、遺伝子型分析及び各遺伝子型の頻度の推定がポリプについて行われる。すなわち、本発明のステップ(3)においては、海岸の施設の近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団からサンプルポリプが採集され、本発明のステップ(4)においては、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度が推定される。
【0023】
本発明のステップ(3)において、候補ポリプ集団の棲息地は、例えば潜水探査により発見することができる。具体的にはエフィラ幼生が多数発生する地点又はクラゲ成体が多数集積する地点で、浮き桟橋や防波堤のオーバーハング等の構造物を有する海域等を中心として人口構造物等の水平裏面部等を潜水探査することにより、ポリプ集団の棲息地を発見することができる。なお、本発明のステップ(3)において、用語「近隣海域」は、海岸の施設からの実際の距離によってその範囲を限定されるものではなく、来襲したクラゲ成体集団を発生させた可能性があるポリプ集団が棲息する全ての海域を含む。クラゲ成体は、上述の通り海流に乗って移動するため、発生源であるポリプ集団が予想以上に距離的に遠方にあることもあり得るからである。例えば、関西地方の海域のポリプ集団から発生したクラゲ成体集団が海流に乗って関東地方の海水利用プラントに来襲することもあり得、この場合は「近隣海域」に関西地方の海域も含まれることになる。
【0024】
本発明の方法のステップ(3)においては、候補ポリプ集団からのサンプルポリプの採集は、カキ、イガイの貝殻などに付着して棲息しているポリプ集団を潜水により貝殻ごと採集して海水を充填したプラスチック容器に収容することにより行うことができる。採集したポリプ集団は、そのまま、または十分な量のDNAを確保する必要がある場合は、1個体ずつ分割してシャーレに収容し、数週間飼育して数十個体の同一クローンのポリプ集団に成長させてから、ステップ(4)の遺伝子型分析に供すればよい。
【0025】
本発明の方法のステップ(3)及び(4)におけるサンプルポリプの採集数の設定、ポリプの遺伝子型分析に先立つ所望の前処理、遺伝子型の分析及び各遺伝子型の頻度の推定は、ステップ(1)及び(2)においてクラゲ成体について説明したことと同様にして行うことができるので、ここでは説明を省略する。
【0026】
なお、本発明の方法のステップ(1)とステップ(3)を行う順序は、特に限定されるものではなく、ステップ(1)をステップ(3)の前に行ってもよいし、ステップ(3)をステップ(1)の前に行ってもよいし、ステップ(1)とステップ(3)を同時に行ってもよい。要はサンプルクラゲ成体とサンプルポリプの両方を準備できればよい。ただし、ポリプから発生した幼生がクラゲ成体にまで成長するにはある程度時間がかかることを考慮すると、ステップ(3)のサンプルポリプの採集は、ステップ(1)のサンプルクラゲ成体の採集より前に行うことが好ましい。具体的には、クラゲ成体が海岸の施設に来襲するのは通常、夏季であるので、ステップ(3)のサンプルポリプの採集は、その前の冬季から夏季にかけて行うことが好ましい。
【0027】
以上のステップ(1)〜(4)により来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度及び各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度が推定された後、本発明の方法のステップ(5)に進み、来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。この類似性の判断及び発生源ポリプ集団の特定は、各集団で最も高い頻度で出現するND4遺伝子領域の遺伝子型に着目して行うことができるが、発生源ポリプ集団の特定精度を高めるためには、ND4遺伝子領域のその他の遺伝子型の組成や頻度も考慮に入れて総合的に判断することが好ましい。また、必要により、類似度の計算やソフトウェアを使用した系統樹の作成等も行うべきである。
【0028】
以上の手順により、ある海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を高精度に特定することができる。そして、この発生源であると特定されたポリプ集団を適切な方法で除去又は死滅させれば、このポリプ集団からのクラゲ成体の発生を防止でき、この海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を効果的に予防することができる。また、本発明の方法によれば、除去又は死滅させられるポリプ集団は近隣海域の一部のポリプ集団に限定されるので、ポリプ集団の除去などに要する費用を最低限に抑えることができる。なお、ポリプ集団の除去又は死滅方法としては、例えば、同一出願人の先願で開示したような、ポリプが着生している、海面上に存在する構造物の下面の海水接触領域を気泡緩衝シートで被覆してポリプ周囲の海水の交換を妨げる方法(特願2008−34283号参照)が有効であるので、その方法を適宜利用することが好ましい。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0030】
1.サンプルクラゲ成体及びサンプルポリプの採集、並びにDNA抽出
(1)サンプルクラゲ成体の採集
瀬戸内海西部にある海水利用プラントA(図2参照)に来襲したミズクラゲ成体集団から30個体をサンプルとして採集した。また、瀬戸内海東部にある海水利用プラントB(図3参照)に来襲したミズクラゲ成体集団から41個体をサンプルとして採集した。サンプル採集は網により行い、採集されたクラゲ成体はその場で100%エタノールに浸してDNA分析用に前処理した。
【0031】
(2)サンプルポリプの採集
海水利用プラントAの近隣海域の漁港A、漁港B−1、漁港B−2、漁港C及び漁港D(図2参照)で潜水探査を行い、浮き桟橋などの構造物の下側の海水接触領域に棲息していたポリプのコロニーを発見し、それぞれポリプコロニーを採集した。また、海水利用プラントBの近隣海域の漁港E〜漁港G(図3参照)で同様の潜水探査を行い、それぞれポリプコロニーを採集した。サンプル採集は、ポリプコロニーが殻に付着したカキやイガイを収集し、実験室に持ち帰って殻からポリプを取りはずして1個体ずつに分けてシャーレで約1ヶ月培養してクローン増殖させ、100%エタノールに浸してDNA分析用に前処理することにより行った。この方法により、漁港B−1については13試料の、それ以外の漁港についてはそれぞれ15試料のポリプ試料をサンプルとして準備した。
【0032】
(3)DNA抽出
(1)及び(2)で得られたサンプルクラゲ成体及びサンプルポリプから遺伝的多型解析用のDNAを抽出した。DNAの抽出は、特開2004−279138号公報に記載の方法に従って行った。
【0033】
2.CO1遺伝子の解析
(1)遺伝子増幅及び塩基配列の決定
1.(3)でDNAを抽出したサンプルクラゲ成体及びサンプルポリプ計189個体について、以下に示すプライマー対を使用してPCRによりCO1遺伝子を増幅して塩基配列を決定した。
CO1−F:5’− GCCCGTYYTAATAGGRGGGTTTGG−3’
CO1−R:5’− TAAACTTCAGGGTGACCAAAAAATCA−3’
【0034】
(2)遺伝子型の分類
決定したそれぞれの塩基配列の遺伝子型を、本発明者らの以前の研究により確立されているCO1遺伝子の遺伝子型の分類に従って分類した。なお、この分類は、配列決定された塩基配列を、その12番目(T又はC)、192番目(A又はG)及び303番目(A又はG)の塩基の種類から四つの配列型グループ(a型、b型、c型、d型)に大まかに分け、それぞれの配列型グループを必要によりさらに図4a−fに示すように細分化(a−1型、a−2型‐‐‐‐‐)するものである。その結果を表1−1〜1−10に示す(図5a〜5k参照)。なお、表1−1〜1−10の遺伝子型の欄のX印は、PCRによる遺伝子増幅に失敗したことを示す。
【0035】
3.ND4遺伝子領域の解析
(1)遺伝子増幅及び塩基配列の決定
1.(3)でDNAを抽出したサンプルクラゲ成体及びサンプルポリプ計189個体について、以下に示すプライマー対を使用してPCRによりND4遺伝子領域を増幅して塩基配列を決定した。
ND4F1−1:5’−GCTCCTGTTGCAGGGTCC−3’
cobR1−1:5’−GCGAGTGTAGTATCGAAC−3’
【0036】
(2)遺伝子型の分類
決定したそれぞれの塩基配列を系統樹分析したところ、図6に示すように、XタイプとYタイプの二つに大きく分類された。XタイプはさらにX−01〜X−54の54タイプに分類され、YタイプはさらにY−01〜Y−11のタイプに分類された。XタイプとYタイプの大きな違いは、図7に示すように、Xタイプでは、一部例外はあるものの、39番目の塩基がTであり、99番目の塩基がTであり、192番目の塩基がGであり、324番目の塩基がTであり、432番目の塩基がGであるのに対し、Yタイプでは、39番目の塩基がCであり、99番目の塩基がCであり、192番目の塩基がAであり、324番目の塩基がCであり、432番目の塩基がAである点にあった。かかる分類に従って分類した各サンプルの塩基配列の遺伝子型を表1−1〜1−10に示す。
【0037】
4.CO1遺伝子の解析結果
表1−1〜1−10のデータをCO1遺伝子の遺伝子型別に分類して頻度を計算した結果を、以下の表2−1及び2−2に示す。
表2−1.海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のCO1遺伝子の遺伝子型
表2−2.海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のCO1遺伝子の遺伝子型
【0038】
表2−1及び2−2から明らかな通り、CO1遺伝子については、各地域のクラゲ成体集団及びポリプ集団のいずれにおいてもdタイプが大部分を占めており、しかもdタイプの中でもd−1タイプが圧倒的に多かった。このため、CO1遺伝子の解析ではポリプ集団間を遺伝的に区別することが困難であり、結果として各海水利用プラントに来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団を高精度で特定することは困難であると考えられた。
【0039】
5.ND4遺伝子領域の解析結果
表1のデータをND4遺伝子領域の遺伝子型別に分類して頻度を計算した結果を、以下の表3−1及び3−2に、並びに図8及び9に示す。
表3−1.海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型
表3−2.海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型
【0040】
表3−1及び3−2から並びに図8及び9から明らかな通り、ND4遺伝子領域については、各地域のクラゲ成体集団及びポリプ集団のいずれにおいても、ある特定のタイプが大部分を占めるということはなく、また、Xタイプの中でもX−1タイプが大部分を占めるということもなかった。このことから、ND4遺伝子領域は、ポリプ集団間を遺伝的に区別して発生源ポリプを特定するのに好適な解析領域であると考えられた。
【0041】
ただし、上述のようなND4遺伝子領域をX−1タイプ、その他のXタイプ、及びYタイプの三種類に大きく分類した遺伝子型分析では、各海水利用プラントに来襲した発生源ポリプ集団を十分特定しにくかった。そこで、その他のXタイプを具体的なタイプにさらに詳細に分類し、各タイプごとの出現個数を集計した。その結果を、以下の表4−1〜4−4に示す。
【0042】
表4−1と表4−2を比較すると、海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団のND4遺伝子領域の遺伝子型のうち、X−14,X−15及びX−23タイプは、漁港A、漁港B−1、漁港B−2、漁港C及び漁港Dの五つの候補ポリプ集団の中でも漁港Cのポリプ集団にしか出現していない。このことから、海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団は、漁港Cのポリプ集団である可能性が極めて高いと考えられる。従って、漁港Cに棲息するポリプコロニーを何らかの方法で除去又は増殖抑制すれば、海水利用プラントAの取水口へのクラゲ成体の大量来襲は確実に予防できるものと考えられる。
【0043】
同様に、表4−3と表4−4を比較すると、海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団のND4遺伝子領域の遺伝子型のうち、X−11,X−25及びX−26タイプは、漁港D〜Gの四つの候補ポリプ集団の中でも漁港Fのポリプ集団にしか出現していない。このことから、海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団は、漁港Fのポリプ集団である可能性が極めて高いと考えられる。従って、漁港Fに棲息するポリプコロニーを何らかの方法で除去又は増殖抑制すれば、海水利用プラントBの取水口へのクラゲ成体の大量来襲は確実に予防できるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、火力発電所等の海岸の施設に来襲するクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を高精度に特定することができる。従って、本発明の方法により特定された発生源ポリプ集団を除去又は死滅させることにより、海岸の施設へのクラブ成体集団の来襲を効果的に予防することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】ミズクラゲミトコンドリアDNAの遺伝子領域の模式図を示す。
【図2】実施例で分析したサンプルクラゲ成体及びポリプの採取地点を示す。
【図3】実施例で分析したサンプルクラゲ成体及びポリプの採取地点を示す。
【図4a】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4b】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4c】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4d】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4e】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4f】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図5a】海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体サンプルの分析結果を示す表である。
【図5b】海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体サンプルの分析結果を示す表である。
【図5c】海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体サンプルの分析結果を示す表である。
【図5d】漁港Aに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5e】漁港B−1に棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5f】漁港B−2に棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5g】漁港Cに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5h】漁港Dに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5i】漁港Eに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5j】漁港Fに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5k】漁港Gに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図6】ND4遺伝子領域の遺伝子型の系統樹分析の結果を示す。
【図7a】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7b】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7c】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7d】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7e】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7f】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7g】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7h】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7i】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7j】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7k】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7l】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7m】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7n】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図8】海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域のポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型を示す。
【図9】海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域のポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0046】
配列番号1及び2は、実施例で使用したCO1遺伝子用プライマーの配列である。
配列番号3はCO1遺伝子の遺伝子型a−1の配列である。
配列番号4及び5は、実施例で使用したND4遺伝子領域用プライマーの配列である。
配列番号6はND4遺伝子領域の遺伝子型X−1の配列である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から簡易な遺伝子分析により高精度に特定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クラゲ成体は、火力発電所、原子力発電所等の海水利用プラントの取水口付近にしばしば大量に来襲し、プラントの海水取水を妨げる。かかるクラゲ成体の大量来襲による海水の取水障害は、機器の性能低下、発電出力の低下、取水及び発電停止等の極めて深刻な被害をもたらす。また、クラゲ成体は、漁業施設にもしばしば大量に来襲する。この場合、クラゲ成体は、定置網等の漁網に入り込み、漁網中の魚類の窒息、死亡、品質低下及び漁網破損等の被害を発生させる。
【0003】
このようなクラゲ成体大量来襲による被害への対策として、現在、クラゲ成体出現状況の監視、海水取水口前面でのクラゲ成体防止網の設置、船舶・人手やスクリーンによるクラゲ成体回収、クラゲ成体来襲予知による対策の早期化等の様々な対策がなされている(例えば特許文献1参照)。しかし、これらの対策は全て、大量来襲したクラゲ成体にどう対応するかという対症療法的な対策に過ぎないため、クラゲ成体が突発的に大量来襲した場合、対策が追いつかず深刻な被害が生じているのが現状である。また、回収したクラゲ成体の運搬・処理にも苦慮しているのが現状である。
【0004】
これに対して、本発明者らは、クラゲ成体がその着生世代であるポリプから発生することに着目し、来襲したクラゲ成体集団と近隣海域に棲息する複数のポリプ集団との間の類似性をCO1遺伝子(ミトコンドリアDNAのチトクロームcオキシダーゼサブユニット1の遺伝子)の分析により解析して、来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を特定してそのポリプ集団を除去又は死滅させることにより、クラゲ成体集団の発生、ひいてはその来襲を予防する方法を提案した(特許文献2参照)。しかし、特許文献2の方法に従ってCO1遺伝子を分析すると、クラゲ成体集団の発生源の候補となるポリプ集団の中に、最も高い頻度で出現する遺伝子型が共通する類似の変異パターンを示す集団、特に同一の遺伝子型が優占する類似の変異パターンを示す集団が存在する場合があり、複数の候補ポリプ集団を遺伝的に区別しにくく発生源ポリプ集団を特定しにくいことがあった。
【0005】
【特許文献1】特開平10−204856号公報
【特許文献2】特開2004−279138号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はかかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から高精度に特定することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はかかる目的を達成するために、クラゲの遺伝子分析に好適なDNA領域について鋭意検討した結果、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域が特に多くの種内変異を有すること、従って、この領域を遺伝子分析に使用すれば、発生源ポリプ集団の特定精度を高めることができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下のステップ(1)〜(5)を含むことを特徴とする、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法が提供される:
(1) 前記海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集する;
(2) ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析することにより、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定する;
(3) 前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集する;
(4) 前記ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定する;及び
(5) 来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。
【0009】
本発明の方法の好ましい実施態様においては、遺伝子型の分析は、配列表の配列番号4及び5によって規定されるDNA塩基配列を有するプライマー対を使用したPCR、及びPCRによって増幅されたDNA塩基配列の決定によって行われる。
【0010】
本発明の方法の好ましい実施態様においては、海岸の施設は火力発電所、原子力発電所又は漁業施設であり、来襲を予防されるクラゲ成体はミズクラゲ成体である。
【0011】
本発明によれば、上述の方法により、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源のポリプ集団を特定し、その発生源のポリプ集団を除去又は死滅させることにより、海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を予防することを特徴とする方法も提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、火力発電所等の海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から高精度に特定することができる。また、本発明の方法により特定した発生源ポリプ集団を適切な方法で除去又は死滅させれば、火力発電所等の海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を効果的に予防することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域の遺伝的多型を解析することによって、火力発電所等の海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法である。クラゲ成体は、クラゲの着生世代であるポリプから発生するが、このポリプは一般的に、浮き桟橋や防波堤のオーバーハング等の海上の人工構造物の下側の海水接触領域に密集棲息し、コロニーを形成することが知られている。クラゲ成体は、このポリプコロニーから水温の変化等の環境条件の変化に伴って一斉に発生する。発生したクラゲ成体は、海中において水平方向には自力でほとんど移動することができないため、海流の影響を受けて一団となって移動する。従って、ある海岸の施設にある時期に来襲するクラゲ成体集団は、近隣海域の浮き桟橋等に棲息している一つのポリプ集団から発生する可能性が高い。それ故、ある海岸の施設にある時期に来襲したクラゲ成体集団と、その近隣海域に棲息する候補ポリプ集団とからサンプルを採集してそれらの遺伝的多型を解析することにより、この海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を特定することができる。
【0014】
本発明の方法において、海岸の施設へ来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団の特定は、具体的には以下のステップ(1)〜(5)を実行することによって行われる:
(1) 前記海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集する;
(2) ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析することにより、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定する;
(3) 前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集する;
(4) 前記ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定する;及び
(5) 来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。
【0015】
本発明の方法において、海岸の施設は、クラゲ成体集団の来襲により被害を生ずる可能性があるいかなる施設であることもでき、例えば火力発電所や原子力発電所等の海水利用プラントや定置網等の漁業施設を挙げることができる。また、クラゲ成体は、いかなるクラゲの成体であることもできるが、例えば夏場に火力発電所や原子力発電所の取水口に大量来襲して問題となっているミズクラゲの成体であることができる。なお、本発明の方法において、「クラゲ成体」という用語は、成熟クラゲ個体のみならず未成熟クラゲ個体も含むものとする。
【0016】
本発明の方法のステップ(1)においては、来襲したクラゲ成体集団からサンプルとしていくつかのクラゲ成体が採集される。これは、来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度を推定するためである。サンプルクラゲ成体の採集は常法により行えばよく、例えば来襲したクラゲ成体集団を単に網で捕獲することにより行うことができる。サンプルクラゲ成体の採集数は、来襲したクラゲ成体集団の遺伝子型の頻度の統計学的に有意な推定を与えるのに十分な数であることが、発生源ポリプ集団を確実に特定するために好ましい。また、採集されたサンプルクラゲ成体は、腐敗によるサンプル劣化を防止するためにその場でエタノールで前処理されることが好ましい。
【0017】
本発明の方法のステップ(1)において採集されたサンプルクラゲ成体は、次にステップ(2)においてミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域について遺伝子型を分析され、これにより来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度が推定される。本発明では、遺伝子型を分析する遺伝子領域として、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子(NADHデヒドロゲナーゼサブユニット4の遺伝子)領域(図1参照)を使用することが最大の特徴である。クラゲの遺伝的多型解析に使用される遺伝子領域としては、特許文献1で使用したCO1遺伝子(ミトコンドリアDNAのチトクロームcオキシダーゼサブユニット1の遺伝子)や16S r−RNA遺伝子、ITS−1/5.8S r−DNA遺伝子、18S r−RNA遺伝子などが一般的であるが、地域によっては、これらの遺伝子を分析しても明確な集団間変異を見出せず、遺伝的多型解析によって発生源ポリプ集団を特定しにくいことがある。そこで、本発明者らは、クラゲ遺伝的多型解析に今まで使用されたことのない遺伝子の中から遺伝的多型解析に有効な遺伝子について鋭意検討した結果、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域が、明確な集団間変異を示しやすく、発生源ポリプ集団の特定に極めて有効であることを見出した。
【0018】
本発明者らの研究によれば、ND4遺伝子領域の中でも特に後半の約680bpの部分(隣接するチトクロームb遺伝子に近い部分)に種内変異が多いことが判明している。従って、本発明の方法では、ND4遺伝子領域の全てを分析する必要はなく、変異の多い後半部分のみを分析してもよい。
【0019】
ミズクラゲ(Aurelia aulita)のミトコンドリアDNAゲノム配列は、2006年にShaoらによって決定されており(Shao,Z.et al.,Gene 381,p.92−101(2006))、遺伝子アクセッション番号NC 008446として登録されている。従って、ND4遺伝子領域の分析は、前記ミトコンドリアDNAゲノム配列中のND4遺伝子領域の配列に基づいて適当なプライマー対を設計し、これらのプライマー対を使用してサンプルDNAをPCRにより増幅させて配列を決定することによって行うことができる。本発明の方法に使用するのに特に好適なプライマー対としては、例えば配列表の配列番号4及び5によって規定されるプライマー対を挙げることができる。これらのプライマー対は、NC 008446配列の1375番目〜2259番目の塩基に相当する部分(ND4遺伝子の後半部分の715bp及び、隣接するチトクロームb遺伝子の前半部分の166bp)を増幅するものであり、種内変更の多いND4遺伝子の後半部分を分析するのに極めて有効である。
【0020】
上述の通り、クラゲのND4遺伝子領域は、本発明者らが初めて研究した領域であるので、その遺伝子型は類型化されていない。そこで、クラゲ成体の遺伝子型をまず類型化する必要がある。遺伝子型の類型化は厳密に行う必要はなく、例えば以下の実施例で示すようにDNA塩基の配列決定により発見された多数の配列変異をその変異パターンに応じていくつかのグループに分類し、便宜上各グループを一つの遺伝子型とみなして類型化すればよい。この際、クラゲ成体集団における類型とポリプ集団における類型との間に相関性があることを確認するべきである。
【0021】
各サンプルクラゲ成体の遺伝子型分析が終了すればその結果を集計しサンプルクラゲ成体における各遺伝子型の頻度を求め、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度の推定とする。
【0022】
本発明の方法のステップ(3)及び(4)においては、同様のサンプル採集、遺伝子型分析及び各遺伝子型の頻度の推定がポリプについて行われる。すなわち、本発明のステップ(3)においては、海岸の施設の近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団からサンプルポリプが採集され、本発明のステップ(4)においては、ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度が推定される。
【0023】
本発明のステップ(3)において、候補ポリプ集団の棲息地は、例えば潜水探査により発見することができる。具体的にはエフィラ幼生が多数発生する地点又はクラゲ成体が多数集積する地点で、浮き桟橋や防波堤のオーバーハング等の構造物を有する海域等を中心として人口構造物等の水平裏面部等を潜水探査することにより、ポリプ集団の棲息地を発見することができる。なお、本発明のステップ(3)において、用語「近隣海域」は、海岸の施設からの実際の距離によってその範囲を限定されるものではなく、来襲したクラゲ成体集団を発生させた可能性があるポリプ集団が棲息する全ての海域を含む。クラゲ成体は、上述の通り海流に乗って移動するため、発生源であるポリプ集団が予想以上に距離的に遠方にあることもあり得るからである。例えば、関西地方の海域のポリプ集団から発生したクラゲ成体集団が海流に乗って関東地方の海水利用プラントに来襲することもあり得、この場合は「近隣海域」に関西地方の海域も含まれることになる。
【0024】
本発明の方法のステップ(3)においては、候補ポリプ集団からのサンプルポリプの採集は、カキ、イガイの貝殻などに付着して棲息しているポリプ集団を潜水により貝殻ごと採集して海水を充填したプラスチック容器に収容することにより行うことができる。採集したポリプ集団は、そのまま、または十分な量のDNAを確保する必要がある場合は、1個体ずつ分割してシャーレに収容し、数週間飼育して数十個体の同一クローンのポリプ集団に成長させてから、ステップ(4)の遺伝子型分析に供すればよい。
【0025】
本発明の方法のステップ(3)及び(4)におけるサンプルポリプの採集数の設定、ポリプの遺伝子型分析に先立つ所望の前処理、遺伝子型の分析及び各遺伝子型の頻度の推定は、ステップ(1)及び(2)においてクラゲ成体について説明したことと同様にして行うことができるので、ここでは説明を省略する。
【0026】
なお、本発明の方法のステップ(1)とステップ(3)を行う順序は、特に限定されるものではなく、ステップ(1)をステップ(3)の前に行ってもよいし、ステップ(3)をステップ(1)の前に行ってもよいし、ステップ(1)とステップ(3)を同時に行ってもよい。要はサンプルクラゲ成体とサンプルポリプの両方を準備できればよい。ただし、ポリプから発生した幼生がクラゲ成体にまで成長するにはある程度時間がかかることを考慮すると、ステップ(3)のサンプルポリプの採集は、ステップ(1)のサンプルクラゲ成体の採集より前に行うことが好ましい。具体的には、クラゲ成体が海岸の施設に来襲するのは通常、夏季であるので、ステップ(3)のサンプルポリプの採集は、その前の冬季から夏季にかけて行うことが好ましい。
【0027】
以上のステップ(1)〜(4)により来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度及び各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度が推定された後、本発明の方法のステップ(5)に進み、来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。この類似性の判断及び発生源ポリプ集団の特定は、各集団で最も高い頻度で出現するND4遺伝子領域の遺伝子型に着目して行うことができるが、発生源ポリプ集団の特定精度を高めるためには、ND4遺伝子領域のその他の遺伝子型の組成や頻度も考慮に入れて総合的に判断することが好ましい。また、必要により、類似度の計算やソフトウェアを使用した系統樹の作成等も行うべきである。
【0028】
以上の手順により、ある海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を高精度に特定することができる。そして、この発生源であると特定されたポリプ集団を適切な方法で除去又は死滅させれば、このポリプ集団からのクラゲ成体の発生を防止でき、この海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を効果的に予防することができる。また、本発明の方法によれば、除去又は死滅させられるポリプ集団は近隣海域の一部のポリプ集団に限定されるので、ポリプ集団の除去などに要する費用を最低限に抑えることができる。なお、ポリプ集団の除去又は死滅方法としては、例えば、同一出願人の先願で開示したような、ポリプが着生している、海面上に存在する構造物の下面の海水接触領域を気泡緩衝シートで被覆してポリプ周囲の海水の交換を妨げる方法(特願2008−34283号参照)が有効であるので、その方法を適宜利用することが好ましい。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0030】
1.サンプルクラゲ成体及びサンプルポリプの採集、並びにDNA抽出
(1)サンプルクラゲ成体の採集
瀬戸内海西部にある海水利用プラントA(図2参照)に来襲したミズクラゲ成体集団から30個体をサンプルとして採集した。また、瀬戸内海東部にある海水利用プラントB(図3参照)に来襲したミズクラゲ成体集団から41個体をサンプルとして採集した。サンプル採集は網により行い、採集されたクラゲ成体はその場で100%エタノールに浸してDNA分析用に前処理した。
【0031】
(2)サンプルポリプの採集
海水利用プラントAの近隣海域の漁港A、漁港B−1、漁港B−2、漁港C及び漁港D(図2参照)で潜水探査を行い、浮き桟橋などの構造物の下側の海水接触領域に棲息していたポリプのコロニーを発見し、それぞれポリプコロニーを採集した。また、海水利用プラントBの近隣海域の漁港E〜漁港G(図3参照)で同様の潜水探査を行い、それぞれポリプコロニーを採集した。サンプル採集は、ポリプコロニーが殻に付着したカキやイガイを収集し、実験室に持ち帰って殻からポリプを取りはずして1個体ずつに分けてシャーレで約1ヶ月培養してクローン増殖させ、100%エタノールに浸してDNA分析用に前処理することにより行った。この方法により、漁港B−1については13試料の、それ以外の漁港についてはそれぞれ15試料のポリプ試料をサンプルとして準備した。
【0032】
(3)DNA抽出
(1)及び(2)で得られたサンプルクラゲ成体及びサンプルポリプから遺伝的多型解析用のDNAを抽出した。DNAの抽出は、特開2004−279138号公報に記載の方法に従って行った。
【0033】
2.CO1遺伝子の解析
(1)遺伝子増幅及び塩基配列の決定
1.(3)でDNAを抽出したサンプルクラゲ成体及びサンプルポリプ計189個体について、以下に示すプライマー対を使用してPCRによりCO1遺伝子を増幅して塩基配列を決定した。
CO1−F:5’− GCCCGTYYTAATAGGRGGGTTTGG−3’
CO1−R:5’− TAAACTTCAGGGTGACCAAAAAATCA−3’
【0034】
(2)遺伝子型の分類
決定したそれぞれの塩基配列の遺伝子型を、本発明者らの以前の研究により確立されているCO1遺伝子の遺伝子型の分類に従って分類した。なお、この分類は、配列決定された塩基配列を、その12番目(T又はC)、192番目(A又はG)及び303番目(A又はG)の塩基の種類から四つの配列型グループ(a型、b型、c型、d型)に大まかに分け、それぞれの配列型グループを必要によりさらに図4a−fに示すように細分化(a−1型、a−2型‐‐‐‐‐)するものである。その結果を表1−1〜1−10に示す(図5a〜5k参照)。なお、表1−1〜1−10の遺伝子型の欄のX印は、PCRによる遺伝子増幅に失敗したことを示す。
【0035】
3.ND4遺伝子領域の解析
(1)遺伝子増幅及び塩基配列の決定
1.(3)でDNAを抽出したサンプルクラゲ成体及びサンプルポリプ計189個体について、以下に示すプライマー対を使用してPCRによりND4遺伝子領域を増幅して塩基配列を決定した。
ND4F1−1:5’−GCTCCTGTTGCAGGGTCC−3’
cobR1−1:5’−GCGAGTGTAGTATCGAAC−3’
【0036】
(2)遺伝子型の分類
決定したそれぞれの塩基配列を系統樹分析したところ、図6に示すように、XタイプとYタイプの二つに大きく分類された。XタイプはさらにX−01〜X−54の54タイプに分類され、YタイプはさらにY−01〜Y−11のタイプに分類された。XタイプとYタイプの大きな違いは、図7に示すように、Xタイプでは、一部例外はあるものの、39番目の塩基がTであり、99番目の塩基がTであり、192番目の塩基がGであり、324番目の塩基がTであり、432番目の塩基がGであるのに対し、Yタイプでは、39番目の塩基がCであり、99番目の塩基がCであり、192番目の塩基がAであり、324番目の塩基がCであり、432番目の塩基がAである点にあった。かかる分類に従って分類した各サンプルの塩基配列の遺伝子型を表1−1〜1−10に示す。
【0037】
4.CO1遺伝子の解析結果
表1−1〜1−10のデータをCO1遺伝子の遺伝子型別に分類して頻度を計算した結果を、以下の表2−1及び2−2に示す。
表2−1.海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のCO1遺伝子の遺伝子型
表2−2.海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のCO1遺伝子の遺伝子型
【0038】
表2−1及び2−2から明らかな通り、CO1遺伝子については、各地域のクラゲ成体集団及びポリプ集団のいずれにおいてもdタイプが大部分を占めており、しかもdタイプの中でもd−1タイプが圧倒的に多かった。このため、CO1遺伝子の解析ではポリプ集団間を遺伝的に区別することが困難であり、結果として各海水利用プラントに来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団を高精度で特定することは困難であると考えられた。
【0039】
5.ND4遺伝子領域の解析結果
表1のデータをND4遺伝子領域の遺伝子型別に分類して頻度を計算した結果を、以下の表3−1及び3−2に、並びに図8及び9に示す。
表3−1.海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型
表3−2.海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域の
ポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型
【0040】
表3−1及び3−2から並びに図8及び9から明らかな通り、ND4遺伝子領域については、各地域のクラゲ成体集団及びポリプ集団のいずれにおいても、ある特定のタイプが大部分を占めるということはなく、また、Xタイプの中でもX−1タイプが大部分を占めるということもなかった。このことから、ND4遺伝子領域は、ポリプ集団間を遺伝的に区別して発生源ポリプを特定するのに好適な解析領域であると考えられた。
【0041】
ただし、上述のようなND4遺伝子領域をX−1タイプ、その他のXタイプ、及びYタイプの三種類に大きく分類した遺伝子型分析では、各海水利用プラントに来襲した発生源ポリプ集団を十分特定しにくかった。そこで、その他のXタイプを具体的なタイプにさらに詳細に分類し、各タイプごとの出現個数を集計した。その結果を、以下の表4−1〜4−4に示す。
【0042】
表4−1と表4−2を比較すると、海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団のND4遺伝子領域の遺伝子型のうち、X−14,X−15及びX−23タイプは、漁港A、漁港B−1、漁港B−2、漁港C及び漁港Dの五つの候補ポリプ集団の中でも漁港Cのポリプ集団にしか出現していない。このことから、海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団は、漁港Cのポリプ集団である可能性が極めて高いと考えられる。従って、漁港Cに棲息するポリプコロニーを何らかの方法で除去又は増殖抑制すれば、海水利用プラントAの取水口へのクラゲ成体の大量来襲は確実に予防できるものと考えられる。
【0043】
同様に、表4−3と表4−4を比較すると、海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団のND4遺伝子領域の遺伝子型のうち、X−11,X−25及びX−26タイプは、漁港D〜Gの四つの候補ポリプ集団の中でも漁港Fのポリプ集団にしか出現していない。このことから、海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団の発生源ポリプ集団は、漁港Fのポリプ集団である可能性が極めて高いと考えられる。従って、漁港Fに棲息するポリプコロニーを何らかの方法で除去又は増殖抑制すれば、海水利用プラントBの取水口へのクラゲ成体の大量来襲は確実に予防できるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、火力発電所等の海岸の施設に来襲するクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を高精度に特定することができる。従って、本発明の方法により特定された発生源ポリプ集団を除去又は死滅させることにより、海岸の施設へのクラブ成体集団の来襲を効果的に予防することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】ミズクラゲミトコンドリアDNAの遺伝子領域の模式図を示す。
【図2】実施例で分析したサンプルクラゲ成体及びポリプの採取地点を示す。
【図3】実施例で分析したサンプルクラゲ成体及びポリプの採取地点を示す。
【図4a】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4b】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4c】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4d】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4e】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図4f】CO1遺伝子における4種類の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図5a】海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体サンプルの分析結果を示す表である。
【図5b】海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体サンプルの分析結果を示す表である。
【図5c】海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体サンプルの分析結果を示す表である。
【図5d】漁港Aに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5e】漁港B−1に棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5f】漁港B−2に棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5g】漁港Cに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5h】漁港Dに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5i】漁港Eに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5j】漁港Fに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図5k】漁港Gに棲息するポリプサンプルの分析結果を示す表である。
【図6】ND4遺伝子領域の遺伝子型の系統樹分析の結果を示す。
【図7a】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7b】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7c】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7d】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7e】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7f】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7g】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7h】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7i】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7j】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7k】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7l】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7m】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図7n】ND4遺伝子領域における各種の遺伝子型とDNA塩基配列の詳細を示す。
【図8】海水利用プラントAに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域のポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型を示す。
【図9】海水利用プラントBに来襲したクラゲ成体集団及びその近隣海域のポリプ集団のND4遺伝子領域の遺伝子型を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0046】
配列番号1及び2は、実施例で使用したCO1遺伝子用プライマーの配列である。
配列番号3はCO1遺伝子の遺伝子型a−1の配列である。
配列番号4及び5は、実施例で使用したND4遺伝子領域用プライマーの配列である。
配列番号6はND4遺伝子領域の遺伝子型X−1の配列である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップ(1)〜(5)を含むことを特徴とする、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法:
(1) 前記海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集する;
(2) ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析することにより、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定する;
(3) 前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集する;
(4) 前記ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定する;及び
(5) 来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。
【請求項2】
遺伝子型の分析が、配列表の配列番号4及び5によって規定されるDNA塩基配列を有するプライマー対を使用したPCR、及びPCRによって増幅されたDNA塩基配列の決定によって行われることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
海岸の施設が火力発電所、原子力発電所又は漁業施設であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
クラゲがミズクラゲであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法により、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源のポリプ集団を特定し、その発生源のポリプ集団を除去又は死滅させることにより、海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を予防することを特徴とする方法。
【請求項1】
以下のステップ(1)〜(5)を含むことを特徴とする、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源であるポリプ集団を、近隣海域に棲息する複数の候補ポリプ集団の中から特定する方法:
(1) 前記海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団からサンプルクラゲ成体を採集する;
(2) ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルクラゲ成体の遺伝子型を分析することにより、来襲したクラゲ成体集団における各遺伝子型の頻度を推定する;
(3) 前記候補ポリプ集団からサンプルポリプを採集する;
(4) 前記ミトコンドリアDNAのND4遺伝子領域についてサンプルポリプの遺伝子型を分析することにより、各ポリプ集団における各遺伝子型の頻度を推定する;及び
(5) 来襲したクラゲ成体集団における遺伝子型の頻度と各ポリプ集団における遺伝子型の頻度との類似性を分析し、類似性が最も高いポリプ集団を来襲したクラゲ成体集団の発生源として特定する。
【請求項2】
遺伝子型の分析が、配列表の配列番号4及び5によって規定されるDNA塩基配列を有するプライマー対を使用したPCR、及びPCRによって増幅されたDNA塩基配列の決定によって行われることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
海岸の施設が火力発電所、原子力発電所又は漁業施設であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
クラゲがミズクラゲであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法により、海岸の施設に来襲したクラゲ成体集団の発生源のポリプ集団を特定し、その発生源のポリプ集団を除去又は死滅させることにより、海岸の施設へのクラゲ成体集団の来襲を予防することを特徴とする方法。
【図1】
【図4a】
【図4b】
【図4c】
【図4d】
【図4e】
【図4f】
【図5a】
【図5b】
【図5c】
【図5d】
【図5e】
【図5f】
【図5g】
【図5h】
【図5i】
【図5j】
【図5k】
【図6】
【図7a】
【図7b】
【図7c】
【図7d】
【図7e】
【図7f】
【図7g】
【図7h】
【図7i】
【図7j】
【図7k】
【図7l】
【図7m】
【図7n】
【図2】
【図3】
【図8】
【図9】
【図4a】
【図4b】
【図4c】
【図4d】
【図4e】
【図4f】
【図5a】
【図5b】
【図5c】
【図5d】
【図5e】
【図5f】
【図5g】
【図5h】
【図5i】
【図5j】
【図5k】
【図6】
【図7a】
【図7b】
【図7c】
【図7d】
【図7e】
【図7f】
【図7g】
【図7h】
【図7i】
【図7j】
【図7k】
【図7l】
【図7m】
【図7n】
【図2】
【図3】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2010−68779(P2010−68779A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−242554(P2008−242554)
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【Fターム(参考)】
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