説明

PHD2発現抑制物質搭載ポリイオンコンプレックス

【課題】虚血性疾患等の治療に有効で、安全性及び持続性のより高い遺伝子のデリバリーシステム等を提供すること。
【解決手段】PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質を有効成分として含有し、該ポリアニオン性物質とポリカチオン荷電性ポリマーとのポリイオンコンプレックスを含んでなる医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PHD2発現抑制物質搭載ポリイオンコンプレックスに関し、詳しくは、PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質とポリカチオン荷電性ポリマーを用いた、虚血性疾患等の治療分野に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性疾患の血管新生治療は、血管内皮細胞成長因子(VEGF)や線維芽細胞成長因子2(FGF2)のような血管新生因子、又はこれらのタンパク質をコードするDNAベクターを虚血組織に送達させることによって、新血管形成を増進させることを目的とする(非特許文献1〜3)。VEGFは、血管形成カスケードの初期段階で産生され、内皮細胞の初期の活性化に関与しており、このことから血管発達の重要な因子と言われている。VEGFのトランスジェニックマウスの皮膚では、過剰な透過性を示す血管が非常に多く形成されることが報告されている(非特許文献4)。FGF2は、内皮細胞及び壁細胞の両方に対する分裂促進因子として作用することが報告されており、その血管形成における役割も同定されている(非特許文献3,5)。このように、VEGF又はFGF2を単独で用いた血管新生治療に関しては、非常に多くの研究が行われている。
【0003】
しかしながら、臨床試験においては、フェーズIの段階ではVEGFやFGF2のデリバリーについての安全性は示されるものの、フェーズIIにおいては期待されるような有効性が示されていない(非特許文献6〜8)。その結果、機能的な血管を誘導させるためには、単一の血管新生因子を投与するだけでは不十分であることが示唆されている。
【0004】
その後、血管新生治療の研究では血管新生因子を組み合わせて投与することに焦点が当てられるようになった。具体的には、VEGFとFGF2との組み合わせ、又はVEGF若しくはFGF2とアンジオポイエチン1(Ang−1)若しくは血小板由来成長因子−BB(PDGF−BB)のような他の血管新生因子との組み合わせが、in vitro及びin vivoの実験において、新血管形成に有力な共働作用を有することが報告されている(非特許文献9〜13)。これらの結果は、多数の血管新生因子の時間的および空間的に統合された発現を含む血管新生のメカニズムの複雑性を示している。機能的な血管の構築には、脈間形成(vasculogenesis)、血管形成(angiogenesis)、及び動脈形成(arteriogenesis)の3つの複雑な過程が必要であるが、これら全ての過程に一律に作用する血管新生因子は現状では存在しないために単一の血管新生因子では効果が不十分であり、数種の血管新生因子を組み合わせたとしても十分な効果が得られにくいと考えられる。さらに、血管新生因子遺伝子等を用いた現在の臨床試験では、筋肉内注射による投与方法が採用されているが、筋肉内注射は組織に対する侵襲性が大きく、遺伝子導入効果も限局的で導入効率が必ずしも十分とは言えないため、血管新生因子の投与方法の改善も必要であると考えられる。
【0005】
全ての血管形成過程に作用する根本的な因子の発見並びにその対処が求められるが、この鍵となり得るものに低酸素誘導因子(Hypoxia−inducible factor:HIF)がある。HIFファミリーには、HIF−1、HIF−2およびHIF−3等が知られている。HIF−1は、αサブユニット及びβサブユニットからなるヘテロ二量体であり、酸素恒常性の中心的な調節因子として機能する。HIF−1のαサブユニット(HIF−1α)により直接的又は間接的にVEGF、FGF2、及びAng−1等の血管新生因子の産生が誘導されることが知られている。しかしながら、酸素の存在下では、HIF−1αはプロリルヒドロキシラーゼドメイン−2(PHD2)によってヒドロキシル化され、ヒドロキシル化されたHIF−1αは、その後、E3ユビキチンリガーゼ複合体によって分解される。PHD2ヘテロ欠損マウスを用いた研究において、血管内皮の正常化を介して腫瘍の転移が抑制されることが示され、PHD2を阻害することが癌の治療につながることが示唆されている(非特許文献14)。
【0006】
本発明者らは、PHD2−siRNA発現プラスミドをマウス線維芽細胞に導入してPHD2遺伝子のサイレンシングを試みたところ、有意にVEGFやFGF2の発現が誘導されること、並びに導入した細胞をマウスの皮下に移植して血管新生が誘導されることを報告した(非特許文献15)。
【0007】
一方、本発明者らは、DNA等の核酸のデリバリーシステムとして、核酸とブロック共重合体とのポリイオンコンプレックスが有用であることを報告している(特許文献1〜5)。しかし、虚血性疾患の治療に有効な核酸のデリバリーシステムは、知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−188541号公報
【特許文献2】特開2004−352972号公報
【特許文献3】国際公開第2005/078084号パンフレット
【特許文献4】国際公開第2006/085664号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2007/099660号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Olsson AK,et al.,Nat Rev Mol Cell Biol 7:359−371,2006
【非特許文献2】Shibuya M,et al.,Exp Cell Res 312:549−560,2006
【非特許文献3】Magnusson P et al.,J Cell Sci 117:1513−1523,2004
【非特許文献4】Detmer M et al.,J Invest Dermatol 111:1−6,1998
【非特許文献5】Lee SH et al.,J Biol Chem 275:33679−33687,2000
【非特許文献6】Simons M et al.,Circulation 105:788−793,2002
【非特許文献7】Henry TD et al.,Circulation 107:1359−1365,2003
【非特許文献8】Lederman RJ et al.,Lancet 359:2053−2058,2002
【非特許文献9】Pepper MS et al.,Biochem Biophys Res Commun 189:824−831,1992
【非特許文献10】Asahara T et al.,Circulation 92:11365−11371,1995
【非特許文献11】Kano MR et al.,J Cell Sci 118:3759−3768,2005
【非特許文献12】Richardson TP et al.,Nat Biotechnol 19:1029−1034,2001
【非特許文献13】Cao R et al.,Nat Med 9:604−613,2003
【非特許文献14】Mazzone M et al.,Cell 136:839−851,2009
【非特許文献15】Wu S et al.,Mol Ther 16:1227−1234,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、虚血性疾患等の治療に有効で、安全性及び持続性のより高い遺伝子のデリバリーシステム等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、核酸を成分とするPHD2の発現抑制物質がポリアニオン性であることに着目し、該発現抑制物質と特定の構造を有するポリカチオン荷電性ポリマーとのポリイオンコンプレックス又は該ポリイオンコンプレックスとグリコサミノグリカンとの三元系コンプレックスを用いることにより、該発現抑制物質を安定した状態で標的組織に輸送できることを見出した。さらに、本発明者らは、前記ポリイオンコンプレックス又は三元系コンプレックスを用いることにより生体内で血管新生効果を投与組織の広範囲に及ばせ、且つ長時間にわたってその効果を持続させることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明は以下の通りである。
(1)PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質を有効成分として含有し、該ポリアニオン性物質とポリカチオン荷電性ポリマーとのポリイオンコンプレックスを含んでなる医薬組成物。
(2)ポリアニオン性物質が、PHD2に対するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸若しくはリボザイム又はそれらの発現ベクターである、(1)の医薬組成物。
(3)RNAi誘導性核酸がsiRNA又はその発現ベクターである、(2)の医薬組成物。
(4)ポリカチオン荷電性ポリマーが、ポリペプチド、多糖、ポリエステル、ポリエーテル、ポリウレタン、又はビニルポリマーをベースとする主鎖を有し、且つ側鎖として、該主鎖に直接又は連結基を介して結合した式−NH−(CH−(NH(CH−NHで表される基(ここで、a及びeはそれぞれ独立して、1〜5の整数である)を含む荷電性ポリマー由来のセグメント鎖を有するポリマーである、(1)〜(3)のいずれかの医薬組成物。
(5)ポリカチオン荷電性ポリマーが、前記荷電性ポリマー由来のセグメント鎖と、非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖とを有するブロック共重合体である、(4)の医薬組成物。
(6)非イオン性親水性ポリマーが、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(ビニルピロリドン)、ポリ(メタクリルアミド)、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(ヒドロキシエチルメタクリレート)、及びポリ(ヒドロキシエチルアクリレート)からなる群より選ばれる、(5)の医薬組成物。
(7)ポリカチオン荷電性ポリマーが、下記の一般式(III)で表される荷電性ポリマー、下記の一般式(I)若しくは(II)で表されるブロック共重合体、又はそれらの塩である、(1)〜(6)のいずれかの医薬組成物。
【0013】
【化1】

【0014】
(上記各式中、
10は、水酸基、オキシベンジル基、又はNH−R11基を表し、ここでR11は置換されていてもよい直鎖又は分岐のC1−20アルキル基を表し、
1a及びR1bは、それぞれ独立して、水素原子又は置換されていてもよい直鎖若しくは分岐のC1−12アルキル基を表し、
2a、R2b、R2c、及びR2dは、それぞれ独立して、メチレン基又はエチレン基を表し、
は水素原子、保護基、疎水性基、又は重合性基を表し、
は、水酸基、保護基、又は−O−X、−S−X、−NH−Xで表される基、又はポリペプチドの重合開始剤残基を表し、ここでXは一級、二級、若しくは三級アミン化合物、若しくは四級アンモニウム塩由来の基を一つ以上含むアミン化合物残基、又は非アミン化合物残基を表し、
5a、R5b、R5c、及びR5dは、それぞれ独立して、水酸基、オキシベンジル基、又はNH−(CH−X基を表し、ここでaは1〜5の整数であり、Xはそれぞれ独立して、一級、二級、若しくは三級アミン化合物、若しくは四級アンモニウム塩由来の基を一つ以上含むアミン化合物残基、又は非アミン化合物残基を表し、R5aとR5bの総数又はR5cとR5dの総数のうち、−NH−(CH−X基(ここで、Xは(NH(CH−NHであり、eは1〜5の整数である)であるものが少なくとも二つ以上存在し、
6a及びR6bは、それぞれ独立して、水素原子又は保護基であり、ここで保護基はZ基、Boc基、アセチル基、及びトリフルオロアセチル基からなる群より選ばれ、
及びLは、連結基を表し、
mは5〜20,000の整数であり、
nは2〜5,000の整数であり、
yは0〜5,000の整数であり、
zは0〜5,000の整数であるが、y+zはnより大きくないものとし、
また、上記の一般式における各繰り返し単位は記載の便宜上特定した順で示しているが、各繰り返し単位はランダムに存在することができる。)
(8)Xが、−NH、−NH−CH、−N(CH、及び下記の式で表される基からなる群から選ばれるいずれかの基である、(7)の医薬組成物。
【0015】
【化2】

【0016】
(上記各式中、
は水素原子、C1−6アルキル基、又はアミノC1−6アルキル基を表し、
7a、R7b、及びR7cは、それぞれ独立して、水素原子又はメチル基を表し、
d1、d2、及びd3は、それぞれ独立して、1〜5の整数を表し、
e1、e2、及びe3は、それぞれ独立して、1〜5の整数を表し、
fは0〜15の整数を表し、
8a及びR8bは、それぞれ独立して、水素原子又は保護基を表し、ここで、保護基は、Z基、Boc基、アセチル基、及びトリフルオロアセチル基からなる群より選ばれ、
gは0〜15の整数を表す。)
(9)L又はLが、ジスルフィド結合を有する、(7)又は(8)の医薬組成物。
(10)さらにグリコサミノグリカンを含む、(1)〜(9)のいずれかの医薬組成物。
(11)グリコサミノグリカンがコンドロイチン硫酸又はその塩である、(10)の医薬組成物。
(12)虚血性疾患又は動脈疾患の治療又は予防用である、(1)〜(11)のいずれかの医薬組成物。
(13)虚血性疾患又は動脈疾患が、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、狭心症、不安定狭心症、冠動脈硬化、心不全、閉塞性動脈硬化症、Buerger病、血管損傷、動脈塞栓症、動脈血栓症、臓器動脈閉塞、動脈瘤、虚血性脳疾患、虚血性肺疾患、及び腎梗塞からなる群より選択される、(12)の医薬組成物。
(14)(1)〜(13)のいずれかの医薬組成物を、それを必要とする対象に投与する工程を含む、虚血性疾患又は動脈疾患の治療又は予防方法。
(15)虚血性疾患又は動脈疾患が、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、狭心症、不安定狭心症、冠動脈硬化、心不全、閉塞性動脈硬化症、Buerger病、血管損傷、動脈塞栓症、動脈血栓症、臓器動脈閉塞、動脈瘤、虚血性脳疾患、虚血性肺疾患、及び腎梗塞からなる群より選択される、(14)の治療又は予防方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の医薬組成物によれば、デリバリーされる組織又は細胞において、通常の酸素状態でHIF(HIF−1又はHIF−2)のプロテアソーム分解を担うPHD2の発現を抑制することができ、これにより、HIFの安定化を介して、直接的又は間接的に種々のHIF誘発性血管新生因子(VEGF、PDGF、FGF2、Ang−1等)の発現が上昇し、血管新生が促進される。このようにして形成された血管は、種々の血管新生因子の相互作用及び相乗作用により、優れた機能を有し、虚血に伴う組織の壊死を有意に抑制することができる。
【0018】
本発明の医薬組成物は、PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質を安定な状態で組織内にデリバリーすることができ、これにより、血管新生効果を組織の広範囲にわたって及ぼすことが可能となる。さらに、本発明の医薬組成物は、一回の投与で長時間にわたってその血管新生効果を持続させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1に基づいて虚血処置を行った後の21日目におけるマウス下肢の状態を示す図である。(A)は、ポリエチレングリコール−ポリ(N−(2−アミノエチル)−アミノエチルアスパルタミド)ブロック共重合体(PEG−PAsp(DET))を用いて、コントロールのshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(B)は、ポリカチオン荷電性ポリマーを用いずにPHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(C)は、ポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体(PEG−PLL)を用いて、PHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(D)は、PEG−PAsp(DET)を用いて、PHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態を示す図である。
【図2】虚血処置を行った後、各種被検試料を投与したマウス下肢の血流状態を示す図である。(A)は、PEG−PAsp(DET)を用いて、コントロールのshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(B)は、ポリカチオン荷電性ポリマーを用いずにPHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(C)は、PEG−PLLを用いて、PHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(D)は、PEG−PAsp(DET)を用いて、PHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態を示す図である。
【図3a】虚血処置を行う前とその後の時間におけるマウス下肢の血流定量値を示す図である。血流定量値は、未処置下肢の血流測定値に対する処置下肢の血流測定値の比を示したもので、その平均値及び標準偏差を示す図である。被検試料として、菱形印は、PEG−PAsp(DET)にコントロールのshRNA発現プラスミドを含有したポリイオンコンプレックスを用い、丸印は、PHD2のshRNA発現プラスミドのみを用い、三角印は、PEG−PAsp(DET)にPHD2のshRNA発現プラスミドを含有したポリイオンコンプレックスを用いたことを示す図である。
【図3b】図3aと同様に、マウス下肢の血流定量値を示す図である。被検試料として、菱形印は、PEG−PAsp(DET)にコントロールのshRNA発現プラスミドを含有したポリイオンコンプレックスを用い、四角印は、PEG−PLLにPHD2のshRNA発現プラスミドを含有したポリイオンコンプレックスを用い、三角印は、PEG−PAsp(DET)にPHD2のshRNA発現プラスミドを含有したポリイオンコンプレックスを用いたことを示す図である。
【図4】虚血処置を行った後の21日目におけるマウス下肢の血管の状態を示す図である。(A)は、PEG−PAsp(DET)を用いて、コントロールのshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(B)は、ポリカチオン荷電性ポリマーを用いずにPHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態であり、(C)は、PEG−PAsp(DET)を用いて、PHD2のshRNA発現プラスミドを投与した状態を示す図である。結紮した外腸骨動脈の位置をアステリスクで示し、新たに形成された側副血管を矢印で示す図である。
【図5】PHD2及びHIF−1αの発現を調べた図である。(a)は、未処置のマウス及び虚血処置後に各種被検試料を投与したマウスにおけるPHD2のmRNA発現量を示す図であり、(b)は、これらのマウスに発現したHIF−1αに関するウェスタンブロッティングの結果を示す図である。
【図6】VEGF、FGF2、及びAng−1の発現を調べた図である。(a)は、未処置のマウス及び虚血処置後に各種被検試料を投与したマウスにおけるVEGFのmRNA発現量を示す図であり、(b)は、これらのマウスにおけるFGF2のmRNA発現量を示す図であり、(c)は、これらのマウスにおけるAng−1のmRNA発現量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質を有効成分として含有し、該ポリアニオン性物質とポリカチオン荷電性ポリマーとのポリイオンコンプレックスを含んでなる医薬組成物を提供する。
【0021】
1.PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質(PHD2発現抑制物質)
本発明において、PHD2(プロリルヒドロキシラーゼドメイン−2)とは、プロリルヒドロキシラーゼファミリーに属するタンパク質である。PHD2は、低酸素誘導因子(HIF)プロリルヒドロキシラーゼ活性を有する酵素であり、特に、通常の酸素状態においてHIF−1α分子の特定のプロリン残基をヒドロキシル化する作用を有する。
【0022】
本発明において、PHD2は、任意の哺乳動物由来のタンパク質である。哺乳動物としては、ヒト及びヒトを除く哺乳動物が挙げられ、ヒトを除く哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、サル、オランウータン、チンパンジー等の霊長類が挙げられる。ヒトの虚血性疾患又は動脈疾患等の治療に用いるためには、ヒト由来のPHD2であることが好ましい。ヒトPHD2の塩基配列及びアミノ酸配列は公知であり、例えば、PHD2の塩基配列(配列番号1)(GenBank Accession No.NM_022051)及びアミノ酸配列等がGenBankに登録され、公表されている。また、マウスPHD2の塩基配列及びアミノ酸配列も公知であり、例えば、マウスPHD2の塩基配列(配列番号2)(GenBank Accession No.NM_053207)及びアミノ酸配列等がGenBankに登録され、公表されている。
【0023】
本発明の医薬組成物に有効成分として含まれるPHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質は、PHD2の転写過程に作用してその発現を抑制する物質であれば特に限定されるものではない。かかる抑制物質としては、RNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸若しくはリボザイム又はそれらの発現ベクターが挙げられる。
【0024】
前記RNAi誘導性核酸とは、細胞内に導入されることにより、RNA干渉(RNAi)を誘導し得るポリヌクレオチドをいい、好ましくはRNA、又はRNAとDNAとのキメラ分子である。RNA干渉とは、mRNAと同一の塩基配列(又はその部分配列)を含む一本鎖又は二本鎖構造のRNAが、当該mRNAの発現を抑制する効果をいう。このRNAi効果を得るには、例えば、少なくとも10の連続する標的mRNAと同一の塩基配列(又はその部分配列)を有する二本鎖構造のRNAを用いることが好ましい。ただし、PHD2の発現抑制作用を有していれば数個の塩基が置換されているものであってもよく、10塩基長よりも短いRNAであってもよい。二本鎖構造は、センス鎖とアンチセンス鎖との異なるストランドで構成されていてもよいし、一つのRNAのヘアピンループ(ステムループ)構造によって与えられる二本鎖(shRNA)であってもよい。RNAi誘導性核酸としては、例えばsiRNA(shRNAを含む)、miRNA等が挙げられる。
【0025】
RNAi誘導性核酸は、転写抑制活性が強いという観点から、siRNAが好ましい。PHD2に対するsiRNAは、PHD2のmRNAの任意の部分を標的とすることができる。PHD2に対するsiRNA分子は、RNA干渉の効果を誘導できる限り特に制限されないが、例えば10〜50塩基長、好ましくは15〜30塩基長、より好ましくは20〜27塩基長である。PHD2に対するsiRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖を含む二本鎖である。具体的には、PHD2に対するsiRNAは、配列番号1又は2の塩基配列に対応するmRNAにおける10〜50個の連続する塩基配列を含むセンス鎖と、その相補配列を含むアンチセンス鎖からなるものである。PHD2に対するsiRNAは、センス鎖若しくはアンチセンス鎖の一方、又は双方の5’末端または3’末端においてオーバーハング(overhang)を有していてもよい。オーバーハングは、センス鎖及び/又はアンチセンス鎖の末端における1〜数個(例えば、1、2又は3個)の塩基の付加により形成されるものである。siRNAの設計方法は、当業者に公知であり、siRNAの様々な設計ソフトウエア又はアルゴリズムを用いて、上記塩基配列から適切なsiRNAの塩基配列を選択することができる。
【0026】
PHD2に対するアンチセンス核酸とは、PHD2の転写産物(mRNA又は初期転写産物)を発現する細胞の生理的条件下で該転写産物とハイブリダイズし得る塩基配列からなり、且つハイブリダイズした状態で該転写産物にコードされるポリペプチドの翻訳を阻害し得るポリヌクレオチドをいう。アンチセンス核酸の種類はDNAであってもRNAであってもよいし、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。アンチセンス核酸は、天然型のリン酸ジエステル結合を有するものであっても、分解酵素に安定なチオリン酸型(リン酸結合のP=OをP=Sに置換)や2’−O−メチル型等の修飾ヌクレオチドであってもよい。アンチセンス核酸の長さは、PHD2の転写産物(例えば、配列番号1又は2の塩基配列に対応するmRNA)と特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、短いもので約15塩基程度、長いもので転写産物の全配列に相補的な配列を含むような配列であってもよい。合成の容易さや抗原性の問題等から、例えば約15塩基以上、好ましくは約15〜約30塩基、より好ましくは約18塩基〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。さらに、アンチセンス核酸は、PHD2の転写産物とハイブリダイズして翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNAと結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、mRNAへの転写を阻害し得るものであってもよい。
【0027】
本明細書において、「相補的である」とは、塩基配列間で約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、更に好ましくは約95%以上、最も好ましくは100%の相補性を有することをいう。本明細書における塩基配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=−3)にて計算することができる。
【0028】
前記「リボザイム」とは核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、最近では当該酵素活性部位の塩基配列を有するオリゴDNAも同様に核酸切断活性を有することが明らかになっているので、本明細書では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いる。具体的には、リボザイムは、PHD2をコードするmRNA又は初期転写産物を、コード領域の内部(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)で特異的に切断し得る。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。ハンマーヘッド型は約40塩基程度で酵素活性を発揮し、ハンマーヘッド構造をとる部分に隣接する両端の数塩基ずつ(合わせて約10塩基程度)をmRNAの所望の切断部位と相補的な配列にすることにより、標的mRNAのみを特異的に切断することが可能である。さらに、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、転写産物の細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる(Nucleic Acids Res.,29(13):2780−2788(2001))。
【0029】
本発明におけるPHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質は、発現ベクターとしても提供され得る。かかる発現ベクターは、PHD2の発現抑制物質をコードするポリヌクレオチド、及び当該ポリヌクレオチドに機能可能に連結されたプロモーターを含む。
【0030】
前記プロモーターは、その制御下にある発現対象の核酸の種類により適宜選択され得るが、例えば、polIIIプロモーター(例えば、tRNAプロモーター、U6プロモーター、H1プロモーター)、哺乳動物用プロモーター(例えば、CMVプロモーター、CAGプロモーター、SV40プロモーター)が挙げられる。
【0031】
本発明における発現ベクターはさらに、選択マーカー遺伝子(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)をさらに含んでいてもよい。
【0032】
本発明における発現ベクターのバックボーン(backbone)としては、ヒト等の哺乳動物細胞中でPHD2の発現抑制物質を産生できるものであれば特に制限されないが、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクターが挙げられる。当該ウイルスベクターとしては、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルス等のベクターが挙げられる。これらのうち、哺乳動物への投与に際しては、安全性の観点からプラスミドベクターを用いることが好ましい。siRNAを発現させるベクターは、市販されており、市販品を好適に利用することもできる。
【0033】
2.ポリカチオン荷電性ポリマー
本発明に用いられるポリカチオン荷電性ポリマーは、荷電性ポリマー由来のセグメント鎖を有するポリマー又はその塩である。またポリカチオン荷電性ポリマーは、荷電性のホモポリマーであってもよい。
【0034】
また、本発明に用いられるポリカチオン荷電性ポリマーは、荷電性ポリマー由来のセグメント鎖及び非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖を有するブロック共重合体、又はその塩であってもよい。
【0035】
本発明におけるポリカチオン荷電性ポリマーは、ポリペプチド、多糖、ポリエステル、ポリエーテル、ポリウレタン、又はビニルポリマーをベースとする主鎖を有し、且つ側鎖として、当該主鎖に直接又は連結基を介して結合した式−NH−(CH−(NH(CH−NHで表される基(ここで、a及びeはそれぞれ独立して、1〜5の整数である)を含む荷電性ポリマー由来のセグメント鎖を有するポリマーとすることができる。
【0036】
ここで、「ポリペプチドをベースとする主鎖を有し」とは、好ましくは、天然又は合成アミノ酸間のペプチド結合を介して形成されるポリペプチドをポリマーの主鎖として含むことを意味する。当該天然又は合成アミノ酸は、荷電性ポリマーをカチオン性とするために、カチオン性基を側鎖に有するアミノ酸であることが好ましい。なお、当該カチオン性基は、水素イオンが配位して既にカチオンとなっている基に限らず、水素イオンが配位すればカチオンとなる基も含まれる。カチオン性基を側鎖に有するポリペプチドは、塩基性側鎖を有する公知のアミノ酸(リシン、アルギニン、ヒスチジン、グルタミン酸、及びアスパラギン酸等)がペプチド結合してなるもののほか、各種アミノ酸がペプチド結合し、その側鎖がカチオン性基を有するように置換されたものも含まれる。
【0037】
また、「多糖をベースとする主鎖を有し」とは、例えば、DEAE−デキストラン、キトサン、又はポリガラクトサミン等の糖連鎖をポリマーの主鎖として含むことを意味する。「ビニルポリマーをベースとする主鎖を有し」とは、不飽和エチレン性重合性モノマーの重合により形成される重合鎖をポリマーの主鎖として含むことを意味する。
【0038】
ポリカチオン荷電性ポリマーに含まれる側鎖は、式−NH−(CH−(NH(CH−NHで表される基(ここで、a及びeはそれぞれ独立して、1〜5の整数である)を含み、前記主鎖に直接又は連結基を介して結合することができる。
【0039】
このような側鎖は、主鎖がポリペプチドをベースとする場合には、例えば、アミノ酸のβ若しくはγ位に存在するカルボキシル基やε位のアミノ基等を介して主鎖に結合することができる。主鎖が多糖をベースとする場合には、例えば、糖部分のヒドロキシ基、アミノ基、又はカルボキシル基を介して主鎖に結合し、主鎖がビニルポリマーをベースとする場合には、例えば、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(メタクリルアミド)、ポリ(アクリルアミド)、又はポリ(メタクリル酸)等のヒドロキシ基、又はアミド基若しくはカルボキシル基を介して主鎖に結合することができる。
【0040】
主鎖と側鎖との結合反応としては、ハロゲンに対する置換反応、カルボキシル基若しくはアミノ基を利用した縮合反応、エステルに対するエステル交換反応、又はアミノリシス等を用いることができる。また、側鎖と主鎖との結合は、例えば、C1−22アルキレン鎖を含む連結基を介してもよい。なお、本明細書において「C1−22アルキレン鎖」とは、炭素数が1〜22の直鎖又は分岐のアルキレン基であることを意味する。また、当該連結基は、例えば、1〜10個の酸素又は硫黄原子で中断されていてもよい。当該連結基を介して側鎖と主鎖とが結合する場合、側鎖は、通常、高分子反応によりポリマーに導入されるが、それに特に限定されるものではない。
【0041】
このようにして製造されるポリカチオン荷電性ポリマーの分子量は、本発明の目的を達成できるものであれは特に限定されないが、その下限は、通常1,000以上、好ましくは15,000以上、より好ましくは18,000以上であり、例えば23,000以上、又は28,000以上とすることができる。
【0042】
本発明のより具体的な態様において、ポリカチオン荷電性ポリマーは、下記の一般式(III)で表されるポリマー又はその塩である。
【0043】
【化3】

【0044】
上記式について、R10は、水酸基、オキシベンジル基、又はNH−R11基を表し、R11は置換されていてもよい直鎖若しくは分岐のC1−20アルキル基を表す。本発明において、R11は置換されていない直鎖若しくは分岐のC1−20アルキル基が好ましい。また、本発明において、R11のC1−20アルキル基は一つ以上の置換基で置換されていてもよい。例えば、C1−20アルキル基は、アセタール化ホルミル基、シアノ基、ホルミル基、カルボキシル基、アミノ基、C1−6アルコキシカルボニル基、C2−7アシルアミド基、シロキシ基、シリルアミノ基、及びトリ−C1−6アルキルシロキシ基(各アルキル基はそれぞれ同一又は異なっていてもよい)からなる群より選ばれる置換基で置換されていてもよい。
【0045】
本明細書において、「C1−20アルキル基」とは、炭素数が1〜20の直鎖又は分岐のアルキル基を意味する。C1−20アルキル基としては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシル、デシル、ウンデシル、ドデシル、オクタデシル、及びイコシル等が挙げられる。
【0046】
本明細書において、「C1−6アルコキシ基」とは、直鎖又は分岐のC1−6アルキル基の末端に酸素原子が結合した基を意味し、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、sec−ブトキシ基、tert−ブトキシ基、n−ペンチルオキシ基、及びn−ヘキシルオキシ基等が挙げられる。
【0047】
本明細書において、「C1−6アルコキシカルボニル基」とは、上記の「C1−6アルコキシ基」が結合したカルボニル基を意味し、例えば、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、1−プロポキシカルボニル基、2−プロポキシカルボニル基、2−メチル−2−プロポキシカルボニル基等が挙げられる。
【0048】
本明細書において、「C2−7アシル基」とは、直鎖又は分岐のC1−6アルキル基が結合したカルボニル基を意味し、例えば、アセチル基、プロピオニル基、イソプロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基等が挙げられる。
【0049】
本明細書において、「C2−7アシルアミド基」とは、上記の「C2−7アシル基」が結合したアミノ基を意味する。なお、上記式(III)に含まれるR10以外の基については後述する。
【0050】
上記式(III)における各繰り返し単位は、記載の便宜上特定した順で示すが、各繰り返し単位はランダムに存在することができる。例えば、荷電性ポリマーは、上記式(III)における各繰り返し単位がN末端から始まるポリペプチドをベースとする主鎖であってもよい。
【0051】
また、上記式(III)で表されるポリマーは、本発明の一態様として、上記式(III)で表されるポリマーの塩であってもよい。当該塩は、特に限定されるものではないが、対イオンとして、Cl、Br、I、(1/2SO、NO、(1/2CO、(1/3PO、CHCOO、CFCOO、CHSO、又はCFSO等との塩が挙げられる。
【0052】
本発明における非イオン性親水性ポリマーは、非イオン性であり、且つ親水性のポリマーであれば特に限定されない。当該非イオン性親水性ポリマーとしては、例えば、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(ビニルピロリドン)、ポリ(メタクリルアミド)、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(ヒドロキシエチルメタクリレート)、およびポリ(ヒドロキシエチルアクリレート)が挙げられる。これらのうち好ましい非イオン性親水性ポリマーは、ポリエチレングリコールである。
【0053】
非イオン性親水性ポリマーは、例えば、国際公開第WO96/32434号パンフレット、国際公開第WO96/33233号パンフレット、又は国際公開第WO97/06202号パンフレットに記載の方法を用いて調製することができる。
【0054】
本発明の別の態様において、本発明で用いられるポリカチオン荷電性ポリマーは、上記荷電性ポリマー由来のセグメント鎖と、非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖とを有するブロック共重合体、又はその塩とすることができる。また、このようなブロック共重合体の具体例として、一般式(I)若しくは(II)で表されるブロック共重合体、又はそれらの塩を挙げることができる。
【0055】
【化4】

【0056】
上記式(I)又は(II)において、R1a及びR1bは、それぞれ独立して、水素原子又は置換されていてもよい直鎖若しくは分岐のC1−12アルキル基を表す。本明細書において、「C1−12アルキル基」とは、炭素数が1〜12の直鎖又は分岐のアルキル基を意味する。C1−12アルキル基としては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシル、デシル、ウンデシル、及びドデシル等が挙げられる。
【0057】
また、本発明におけるアルキル基は一つ以上の置換基で置換されていてもよい。置換された場合の置換基としては、アセタール化ホルミル基、シアノ基、ホルミル基、カルボキシル基、アミノ基、C1−6アルキルシロキシ基、C2−7アシルアミド基、シロキシ基、シリルアミノ基、及びトリ−C1−6アルキルシロキシ基(各アルキル基はそれぞれ同一又は異なっていてもよい)等が挙げられる。なお、アセタール化は、ホルミル基のカルボニルの保護方法の一つであり、ホルミル基のカルボニルと、例えば、炭素数1〜6のアルカノール2分子又は炭素数2〜6の分岐していてもよいアルキレンジオールとの反応によりアセタール部が形成されることを意味する。また、置換基は、適切な条件下で別の基に転化することができる。例えば、置換基がアセタール化ホルミル基である場合、酸性の温和な条件下で加水分解することにより、他の置換基であるホルミル基(アルデヒド基等)に転化することができる。また、置換基がホルミル基、又はカルボキシル基若しくはアミノ基の場合は、例えば、これらの基を介して、抗体若しくはその特異結合性を有する断片(F(ab’)、F(ab)等)等と結合することにより、機能性若しくは標的指向性をキャリアに付与するのに利用することができる。なお、本発明において、好ましいR1a及びR1bは、メチル基である。
【0058】
上記式(I)又は(II)において、R2a、R2b、R2c、及びR2dは、それぞれ独立して、メチレン基又はエチレン基を表し、好ましくはメチレン基である。R2a及びR2bのいずれもがメチレン基の場合は、反復単位の主鎖は、ポリ(アスパラギン酸誘導体)に相当し、エチレン基の場合はポリ(グルタミン酸誘導体)に相当する。これらの一般式において、R2a及びR2b、又はR2b及びR2aがそれぞれメチレン基及びエチレン基を表す場合、及びR2c及びR2d、又はR2d及びR2cがそれぞれメチレン基及びエチレン基を表す場合、アスパラギン酸誘導体及びグルタミン酸誘導体の反復単位は、それぞれブロックを形成して存在するか、或いはランダムに存在できる。
【0059】
上記式(I)におけるRは、水素原子、保護基、疎水性基、又は重合性基を表す。ここで、「保護基」は、通常アミノ基の保護基として用いられている基であれば特に限定されない。例えば保護基としては、Z基(ベンジルオキシカルボニル基)、Boc基(tert−ブトキシカルボニル基)、アセチル基、及びトリフルオロアセチル基等が挙げられる。また、疎水性基としては、特に限定されないが、例えば、アルキル基、シクロアルキル基、又はアリール基を挙げることができる。また、重合性基は、重合反応を起こす官能基であればよく、例えば、不飽和炭化水素基が挙げられるがこれに限定されない。より具体的には、重合性基は、ビニル基、アリル基、アクリル基、アクリロイル基、メタクリロイル基、プロペニル基、ビニリデン基、ビニレン基、イソシアネート基、イソチオシアネート基、カルボキシル基、ヒドロキシ基、アミノ基、アルコキシ基等である。これらの中でも、Rは、アセチル基、アクリロイル基、又はメタクリロイル基であることが好ましい。また、本発明の別の態様においては、Rは、水素原子であることが好ましい。
【0060】
上記式(II)におけるRは、水酸基、保護基、又は−O−X、−S−X、若しくは−NH−Xで表される基、又はポリペプチドの重合開始剤残基を表す。ここで、当該保護基は、末端カルボキシル基の保護基として用いられる基であればよく、例えばカルボキシル基と共にアルキルエステル(例えば、メチルエステル、エチルエステル、tert−ブチルエステル等)又はベンジルエステルを形成する基が挙げられるが、特にこれに限定されるものではない。また、Xは、特に限定されるものではないが、好ましくは目的のポリマー合成の一連の反応を妨害しない化合物残基である。例えば、Xは、一級、二級、若しくは三級アミン化合物、若しくは四級アンモニウム塩由来の基を一つ以上含むアミン化合物残基、又は非アミン化合物残基を挙げることができる。また、「開始剤」とは、ポリペプチドの重合反応を開始させる際に使用する物質を意味し、例えば、ブチルアミンを挙げることができる。また、「開始剤残基」は、重合反応の結果としてポリマーに含まれる開始剤由来の残基を意味する。本発明において、好ましいRは、−NH−Rであり、Rは、置換されていてもよい直鎖又は分岐のC1−20アルキル基である。
【0061】
上記式(I)又は(II)におけるR5a、R5b、R5c、及びR5dは、それぞれ独立して、水酸基、オキシベンジル基、又はNH−(CH−X基を表す。ここでaは1〜5の整数であり、Xはそれぞれ独立して、一級、二級、若しくは三級アミン化合物、若しくは四級アンモニウム塩由来の基を一つ以上含むアミン化合物残基、又は非アミン化合物残基を表す。さらに、上記式(I)〜(III)において、R5aとR5bの総数又はR5cとR5dの総数のうち少なくとも二つ以上は、−NH−(CH−X基(ここで、Xは(NH(CH−NHであり、eは1〜5の整数である)である。当該総数とは、上記式(I)又は(II)で表されるブロック共重合体、又は上記式(III)で表されるポリカチオン荷電性ポリマーに含まれる全ての「R5aとR5b」の数又は「R5cとR5d」の数を意味する。
【0062】
本発明の別の態様においては、R5aとR5bの総数又はR5cとR5dの総数のうち、これらの基が−NH−(CH−X基(ここで、Xは(NH(CH−NHであり、eは1〜5の整数である)であるものが50%以上、さらには85%以上存在するブロック共重合体を使用するのが好ましい。
【0063】
また、本発明の別の態様においては、上記式(I)〜(III)で表されるポリカチオン荷電性ポリマーに含まれるR5aとR5bの全て、又はR5cとR5dの全てが、−NH−(CH−X基(ここで、Xは(NH(CH−NHであり、aが2又は3であり、eは1〜3の整数、特に好ましくはeが1である)であることが好ましい。
【0064】
また、本発明においては、R5a、R5b、R5c、及びR5dは、−NH−NH又は−NH−(CH−NH−(CH−NHが特に好ましく、中でも、ジエチレントリアミンユニットを含む−NH−(CH−NH−(CH−NHが最も好ましい。
【0065】
また、本発明において、Xは、−NH、−NH−CH、−N(CH、及び下記の式で表される基からなる群から選ばれるいずれかの基とすることができる。
【0066】
【化5】

【0067】
上記各式中、Xは水素原子、C1−6アルキル基、又はアミノC1−6アルキル基を表し、R7a、R7b、及びR7cは、それぞれ独立して、水素原子又はメチル基を表し、d1、d2、及びd3は、それぞれ独立して、1〜5の整数を表し、e1、e2、及びe3は、それぞれ独立して、1〜5の整数を表し、fは0〜15の整数を表し、R8a及びR8bは、それぞれ独立して、水素原子又は保護基を表し、ここで、保護基は、Z基、Boc基、アセチル基、及びトリフルオロアセチル基からなる群より選ばれ、gは0〜15の整数を表す。
【0068】
上記式(I)〜(III)におけるR6a及びR6bは、それぞれ独立して、水素原子又は保護基である。ここで、保護基は、通常アミノ基の保護基として用いられているZ基、Boc基、アセチル基、及びトリフルオロアセチル基からなる群より選ばれる。
【0069】
上記式(I)又は(II)におけるL及びLは、連結基を表す。
【0070】
上記式(I)におけるリンカー部分となるLは、−S−S−、−NH−、又は式:−(CH−NH−(ここでbは1〜5の整数である)で表される基が好ましく、上記式(II)におけるリンカー部分となるLは、−S−S−、−CO−、又は式:−(CH−CO−(ここでcは1〜5の整数である)で表される基が好ましい。また、L及びLは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH、又はCOO等をさらに有していてもよい。
【0071】
上記式(I)〜(III)におけるm、n、y、及びzは、各ブロック部分の繰り返し単位の数(重合度)を表す。具体的には、mは、5〜20,000の整数であり、nは、2〜5,000の整数であり、yは、0〜5,000の整数であり、zは、0〜5,000の整数である。なお、nは、y+zより大きくないものとする。好ましくは、zは0である。本発明において、例えば、zが0(ゼロ)である場合、Rがアセチル基、アクリロイル基、又はメタクリロイル基であるポリカチオン荷電性ポリマーを例示することができる。なお、上記式(I)〜(III)において、各繰り返し単位は記載の便宜上、特定した順で示しているが、各繰り返し単位はランダムに存在することができる。
【0072】
上記式(I)又は(II)で表されるポリマーは、上記式(I)又は(II)で表されるポリマーの塩であってもよい。当該塩は、特に限定されるものではないが、対イオンとして、Cl、Br、I、(1/2SO、NO、(1/2CO、(1/3PO、CHCOO、CFCOO、CHSO、又はCFSO等との塩が挙げられる。
【0073】
本発明におけるブロック共重合体の製造方法は限定されないが、例えば、非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖を予め合成しておき、この非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖の片末端(R1a又はR1bと反対の末端)に、所定のモノマーを順に重合し、その後必要に応じて側鎖がカチオン性基を含むように側鎖を置換又は変換する方法、或いは、非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖と、荷電性ポリマー由来のセグメント鎖とを予め合成しておき、これらを互いに連結する方法等が挙げられる。当該製法における各種反応の方法及び条件は、常法を考慮し、適宜選択又は設定することができる。例えば、特開2004−352972号公報に製造方法の一例が記載されており、記載された方法又はそれらの改変方法に従って製造することができる。
【0074】
このように製造されるブロック共重合体の平均分子量(Mw)は、特に限定されないが、23,000〜45,000であることが好ましく、より好ましくは28,000〜34,000である。また、個々のブロック部分については、非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖の平均分子量(Mw)は、8,000〜15,000であることが好ましく、より好ましくは10,000〜12,000であり、荷電性ポリマー由来のセグメント鎖の平均分子量(Mw)は、15,000〜30,000であることが好ましく、より好ましくは18,000〜22,000である。
【0075】
本発明の医薬組成物は、さらにグリコサミノグリカンを含有していてもよい。グリコサミノグリカンは、別名としてムコ多糖ともいい、アミノ糖を含む一群の酸性多糖であって、生体内に普遍的に存在する生体適合性高分子である。そのため、グリコサミノグリカンは生体にとってはほぼ無毒、且つ無害な生体適合性高分子である。
【0076】
本発明において、当該グリコサミノグリカンは、動物等の天然物から抽出されたもの、微生物の培養物から抽出されたもの、又は化学的若しくは酵素的に合成されたもの等のいずれをも使用することができる。また、本発明において、グリコサミノグリカンは市販品を使用してもよい。
【0077】
本発明において、グリコサミノグリカンをPHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質及びポリカチオン荷電性ポリマーと共にポリイオンコンプレックスの形成に用いる場合、該コンプレックスはさらに安定化を増し、また、更に組織を損傷しにくくさせることができる。このように形成されるポリイオンコンプレックスを、三元系コンプレックスとも称する。本発明で用いられるグリコサミノグリカンとしては、例えば、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸B、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン、ヒアルロン酸、ヘパリン、ケラタン硫酸、ヘパラン硫酸、キトサン、又はこれらの塩が挙げられる。これらの中でも、細胞外マトリックスに多く存在し、生体の主要構成成分の一つであるという観点から、コンドロイチン硫酸又はその塩が好ましく、その中でもコンドロイチン硫酸A又はその塩がより好ましい。
【0078】
3.医薬組成物
本発明の医薬組成物に用いられるポリイオンコンプレックスは、PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質及びポリカチオン荷電性ポリマー、また必要に応じてグリコサミノグリカンを、任意のバッファー(例えば、水性媒体、好ましくは、脱イオン水をベースとする媒体)中で混合し、通常、4〜25℃で0.5〜24時間、静置又は攪拌することにより容易に調製することができる。また、必要により、透析、攪拌、希釈、濃縮、超音波処理、温度制御、pH制御、イオン強度制御、有機溶媒の添加等の操作を適宜付加することができる。
【0079】
PHD2の発現抑制物質、ポリカチオン荷電性ポリマー、及びグリコサミノグリカンの混合方法は特に限定されず、例えば、1種ずつ混合してもよいし、3種全てを一度に混合してもよい。混合は、少量ずつ、例えば滴下により添加して各成分を接触させてもよいし、接触量を経時的に増量させてもよいし、さらに成分全量を一度に接触させてもよい。また、各成分の混合の順番は特に限定されず、ポリカチオン荷電性ポリマーにグリコサミノグリカンを予め混合させ、得られた混合物にPHD2発現抑制物質を混合させてもよいし、ポリカチオン荷電性ポリマーにPHD2発現抑制物質を予め混合させておき、当該混合物にグリコサミノグリカンをさらに混合させてもよいし、また、グリコサミノグリカンとPHD2発現抑制物質とを混合した後に、ポリカチオン荷電性ポリマーを混合させてもよい。
【0080】
また、本発明におけるポリイオンコンプレックスは、PHD2の発現抑制物質がポリアニオン性であることから、これをポリカチオン荷電性ポリマーと混合させた場合には、両者により静電結合が形成された状態をいう。つまり、PHD2発現抑制物質とポリカチオン荷電性ポリマーとを混合すると、当該抑制物質の負電荷と当該荷電性ポリマーの正電荷とによって、静電結合したポリイオンコンプレックスを形成することができる。なお、ポリカチオン荷電性ポリマーが非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖を有する場合は、当該セグメント鎖がシェル部分を形成し、荷電性ポリマー由来のセグメント鎖及びPHD2発現抑制物質がコア部分を形成する、いわゆるコア−シェル型形態の高分子ミセルを構成することができる。
【0081】
本発明の医薬組成物がグリコサミノグリカンをさらに含む場合、PHD2発現抑制物質が有する負電荷とポリカチオン荷電性ポリマーが有する正電荷とで静電的な相互作用を生じ、これに基づいて三元系のコンプレックスが形成される。このとき、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、ヘパラン硫酸等のような負に荷電したグリコサミノグリカンであっても、キトサン等のような正に荷電したグリコサミノグリカンであっても、PHD2発現抑制物質とポリカチオン荷電性ポリマーの濃度に応じて使用することができる。なお、あらかじめPHD2発現抑制物質及びポリカチオン荷電性ポリマーからなるポリイオンコンプレックスを形成しておいて、次いでグリコサミノグリカンを付与した場合は、当該ポリイオンコンプレックスの表面をグリコサミノグリカンが覆うような三元系コンプレックスを構成することができ、PHD2発現抑制物質の更なる安定化、及びポリカチオン荷電性ポリマー由来の細胞毒性を改善することができる。
【0082】
本発明におけるポリイオンコンプレックスは、PHD2の発現抑制物質及びポリカチオン荷電性ポリマー、また必要に応じてグリコサミノグリカンのそれぞれの溶液を適切な混合比で混合することにより調製することができる。例えば、PHD2発現抑制物質として核酸を用いた場合は、当該核酸とポリカチオン荷電性ポリマーとの混合比は、ポリカチオン荷電性ポリマー中のカチオンの総数(N)と核酸に含まれるリン酸エステル結合又はそれと同等の結合の総数(P)との比率(N/P比)で表すことができる。ここで、リン酸エステル結合と同等の場合とは、リン酸エステル結合よりもヌクレアーゼ耐性であること等の生体内での安定性を目的として核酸の一部のヌクレオシド間に形成される結合をいい、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエート、ホスホロアミデート、ボラノホスフェート、ホスホロセレネート、又はメチルホスホロエート等が挙げられる。なお、前記同等の結合がリン酸エステル結合と同等の電荷を有する場合(−1)、両者の数を足してPを求めることができるが、電荷を有しない場合(0)、正電荷を有する場合(+1)又は負電荷を2個有する場合(−2)、リン酸エステル結合(−1)の総数から各電荷を加減することによって、Pを計算することができる。ポリカチオン荷電性ポリマー中のカチオンの総数(N)は、上記式(I)〜(III)のいずれかにおけるカチオン性のアミノ基の総数である。
【0083】
本発明において、前記N/P比は、ポリイオンコンプレックスを形成できる限り限定されず、ポリカチオン荷電性ポリマーに含まれる非荷電性セグメント又は荷電性セグメントの性質によって異なる。そのため、本発明におけるN/P比は、当業者であれば適宜選択することができる。
【0084】
本発明におけるN/P比は、特に限定されないが、例えば0.5〜160とすることができ、好ましくは1〜120、より好ましくは2〜80、さらに好ましくは10〜80とすることができる。特に、ポリカチオン荷電性ポリマーが上記式(I)又は(II)のブロック共重合体である場合は、当該N/P比は、特に限定されないが、好ましくは1〜120、より好ましくは2〜80、さらに好ましくは10〜80とすることができる。
【0085】
本発明におけるポリイオンコンプレックスにグリコサミノグリカンが用いられる場合は、その混合後の濃度として、0.001〜100mg/ml、好ましくは0.01〜50mg/ml、より好ましくは0.05〜5mg/mlとすることができる。
【0086】
また、前記グリコサミノグリカンは、ポリカチオン荷電性ポリマーの容量若しくはポリカチオン荷電性ポリマーとPHD2発現抑制物質とのコンプレックスの容量又はそれらを含む溶液量に対して、1/50〜1/2容量、好ましくは1/20〜1/5容量、より好ましくは1/10容量を添加することができる。
【0087】
本発明におけるポリイオンコンプレックスの平均粒径は、通常、30〜200nm、好ましくは30〜150nm、より好ましくは50〜100nmである。また、粒度分布指数は、通常、0.1〜0.3である。平均粒径及び粒度分布指数の測定方法としては、例えば、動的光散乱光度計(例えば、大塚電子(株)社製、DLS−7000DH型)を用いる方法が挙げられる。平均粒子径が約50〜200nmであるポリイオンコンプレックスは、注射剤(皮下注射用、静脈注射用、動脈注射用、筋肉注射用、腹腔内注射用等)の調製に際して使用される0.22μmのフィルターを用いて除菌濾過しても、極めて高収率で回収し得、注射剤が効率よく提供できる点で優れている。
【0088】
本発明の医薬組成物は、さらに薬学的に許容される担体を含んでいてもよく、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内、皮下注射剤として非経口的に投与することができる。その際、単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。必要により、自体公知の方法によって、凍結乾燥物とすることも可能である。薬学的に許容され得る担体としては、製剤素材として慣用の各種有機或いは無機担体物質が用いられ、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等として配合される。また必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤等の製剤添加物を用いることもできる。溶剤の好適な例としては、注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油等が挙げられる。溶解補助剤の公的な例としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。懸濁化剤の好適な例としては、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤;ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等が挙げられる。等張化剤の好適な例としては、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等が挙げられる。無痛化剤の好適な例としては、ベンジルアルコール等が挙げられる。防腐剤の好適な例としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられる。抗酸化剤の好適な例としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸等が挙げられる。
【0089】
本発明の医薬組成物の投与形態としては注射が挙げられ、静脈内、動脈内、腹腔内、筋肉、関節内、皮下、皮内等に投与することができ、送達箇所に応じてあらゆる投与法を用いることができる。静脈内投与であれば、点滴投与、ボーラス投与等をすることができ、骨格筋を標的とした場合は、筋肉注射又は止血帯を用いた局所静脈内投与を利用することができる。さらに、カテーテルを用いた投与形態を採用することも可能である。この場合、通常は単位投与量アンプル又は多投与量容器の形態で提供される。例えば、心臓に投与する場合、脚の付け根にある大腿動脈又は肘の上腕動脈よりカテーテルを挿入し、心臓の冠動脈まで到達させた上で冠動脈内に注入することができる。通常のカテーテルのみならず、低侵襲性カテーテルを用いて投与することもできる。バルーンやステント等の各種材料を用いる場合は、当該材料の表面に塗布し、目的部位への徐放性を備えた医療用具等の形態とすることもできる。また、下肢に投与する場合、弾力ストッキングとの併用で下肢を圧迫しながら投与することもでき、或いは、伏在静脈高位を結紮してから深部静脈に投与することもできる。
【0090】
本発明の医薬組成物の投与量は、治療目的、投与対象の年齢、投与経路、投与回数により異なり、広範囲に変えることができ、本発明の医薬組成物に含まれるPHD2発現抑制物質の量は、当業者であれば適宜設定することができ、例えば、一回につき体重1kgあたり0.01μg〜10,000μgであり、3日間から4週間間隔で投与される。
【0091】
本発明の医薬組成物は、生体内での安定性、血中の滞留性に優れ、且つ毒性は低い。本発明の医薬組成物は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、イヌ、ネコ、サル、オランウータン、チンパンジー等)の疾患の治療又は予防剤として有用である。
【0092】
本発明の医薬組成物が対象とする疾患は、PHD2の発現抑制作用による治療を目的とする限り特に限定されるものではないが、本発明の医薬組成物による血管新生効果が優れていることから、虚血性疾患又は動脈疾患が好ましい。虚血性疾患又は動脈疾患としては、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、狭心症、不安定狭心症、冠動脈硬化、心不全、閉塞性動脈硬化症、Buerger病、血管損傷、動脈塞栓症、動脈血栓症、臓器動脈閉塞、動脈瘤、虚血性脳疾患、虚血性肺疾患、腎梗塞等が挙げられる。
【実施例】
【0093】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0094】
1.RNA発現プラスミドの調製
PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質として、マウスPHD2に対するsiRNAの発現プラスミドを構築した。下記塩基配列:
5’- GAACTCAAGCCCAATTCAG -3’(siPHD2−A)(配列番号3)又は
5’- TGAGCGAGCGAGAGCTAAA -3’(siPHD2−B)(配列番号4)
からなるオリゴヌクレオチドを、マウスPHD2用siRNAに対応するDNAのセンス鎖とした。また、マウス遺伝子とは相同性を持たない21塩基の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを、コントロール用siRNAに対応するDNAのセンス鎖とした。これらのオリゴヌクレオチドは、いずれも北海道システム社より購入した。そして、添付のプロトコールに従って、ヒトU6プロモーターが組み込まれた発現ベクターpSilencer2.1−U6(No.5762、Ambion社製)又はサイトメガロウイルスプロモーターが組み込まれた発現ベクターpSilencer4.1−CMV(No.5775、Ambion社製)にそれぞれのオリゴヌクレオチドを連結させて、マウスPHD2に対するsiRNA(shRNA)発現プラスミド及びコントロールのsiRNA(shRNA)発現プラスミドを構築した。以下の実験は、siPHD2−Aの発現ベクターを用いて行った。
【0095】
2.ポリカチオン荷電性ポリマーの合成
2−1.ポリ(N−(2−アミノエチル)−アミノエチルアスパルタミド)の合成
β−ベンジル−L−アスパアルテート−N−カルボン酸無水物(BLA−NCA)をN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)とジクロロメタンとの混合溶媒に溶解し、ブチルアミンを開始剤として40℃で2日間重合反応を行った。N末端を無水酢酸によりアセチル化した後、ジエチルエーテルで再沈を行い、乾燥してポリ(β−ベンジル−L−アスパアルテート)(PBLA)ポリマーを得た。PBLAをDMFに溶解し、ベンジルエステルに対し50倍当量に相当するジエチレントリアミンを加え、40℃で1日間反応させた。反応液を酢酸水溶液中に滴下し、透析チューブに入れ、0.01N塩酸を外液として透析を行った。エバポレートした後、凍結乾燥を行い、ポリ(N−(2−アミノエチル)−アミノエチルアスパルタミド)の白色粉末を得た。得られたポリマー(以下、「PAspDET」ともいう)は、下記の構造式で表すことのできるポリマーの塩酸塩であり、n=98であった。
【0096】
【化6】

【0097】
2−2.ポリエチレングリコール−ポリ(N−(2−アミノエチル)−アミノエチルアスパルタミド)ブロック共重合体の合成
方末端がメトキシで、もう一方の方末端がアミノプロピルであり、平均分子量が12,000のポリエチレングリコール(以下、「PEG」ともいう)をジクロロメタンに溶解し、BLA−NCAをDMFとジクロロメタンとの混合溶媒に溶解して加え、40℃で2日間反応させ、さらに無水酢酸によりN末端のアセチル化を行い、ポリエチレングリコール−block−ポリ(β−ベンジル−L−アスパルテート)(PEG−PBLA)を得た。NMRによる解析からPBLA部分の重合度は68であった。以下、PEGの分子量が12,000、PBLA部分の重合度68のブロック共重合体をPEG−PBLA(12−68)のように表記することがある(カッコ内の数字12が分子量12,000を表し、68が重合度を表している)。
【0098】
こうして得られたPEG−PBLA(12−68)をベンゼンに溶解させ凍結乾燥を行った後、アルゴン雰囲気下でDMFに溶解させた。この溶液に、蒸留により乾燥し精製したジエチレントリアミンをベンジルエステルに対して50倍当量添加し、アルゴン雰囲気下40℃で24時間攪拌した。反応溶液を10%酢酸に滴下し、分画分子量3500の透析膜を用いて、0.1N−HClに対して透析を行い、透析膜内液を回収、凍結乾燥することで下記式(V)に示す構造式で表すことのできるPEG−PAsp(DET)ブロック共重合体(以下、「PEG−PAsp(DET)」ともいう)を塩酸塩の形で白色個体として得た。
【0099】
【化7】

【0100】
2−3.ポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体の合成
Nε−Z−L−リシンNカルボン酸無水物を、片末端一級アミノ基のポリエチレングリコールを開始剤として重合した。反応溶液を、冷エーテル中に滴下し生じたポリエチレングリコール−ポリ(Nε−Z−L−リシン)ブロック共重合体(PEG−PLL(Z))を濾過で回収した。PEG−PLL(Z)をトリフルオロ酢酸に溶解させ、HBr酢酸を用いて脱保護反応を行い、エーテル再沈、透析、凍結乾燥によりポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体(以下、「PEG−PLL」ともいう)を得た。
【0101】
3.ポリイオンコンプレックスの調製
上記の通り調製した、PHD2に対するsiRNA発現プラスミド(以下、「shPHD2」ともいう)及びコントロールのsiRNA発現プラスミド(以下、「shCont」ともいう)のそれぞれと、上記の各ポリカチオン荷電性ポリマーとのポリイオンコンプレックスは、投与の30分から1時間前に、各プラスミド溶液と各ポリマー溶液とを混合することによって調製した。各ポリマー溶液は、固体の状態で製造されたポリマーを、濃度が、5500μg/ml(PEG−PAsp(DET))、230μg/ml(PEG−PLL)となるように10mMのTris−HClバッファー(pH7.5)に溶解して調整したものである。各ポリマー溶液と各プラスミド溶液とは、2:1の体積混合比で混合し、得られたポリイオンコンプレックス中のポリマー濃度は前記濃度の1/3となっている。本実施例で用いたポリマーは、PEG−PAsp(DET)(20)及びPEG−PLL(2)である。各ポリマーのカッコ内の数値はN/P比を示す。なお、DNA最終濃度は、33.3μg/mlとした。
【0102】
コンドロイチン硫酸(コンドロイチン硫酸Aナトリウム塩:Sigma社製)を添加したポリイオンコンプレックスは、次のように調製した。まず、コンドロイチン硫酸を純水に溶解させ、50mg/mlの濃度のコンドロイチン硫酸溶解液を準備した。次に、上記の通り調製した、各プラスミドと各ポリマーとのポリイオンコンプレックスを含む溶液に、当該コンドロイチン硫酸溶解液を1/10体積量加え、30分放置して調製した。
【0103】
4.実験動物
8週齢の雄性Balb/cマウスは、オリエンタル酵母工業社から購入した。全てのマウスは、高圧滅菌した飼料及び滅菌水を自由摂取させて飼育した。全ての動物研究は、東京大学の動物実験に関するガイドラインの原則に従って行った。
【0104】
[実施例1]虚血モデルマウスにおけるshPHD2投与の影響
8週齢の雄性Balb/cマウスを用いて、左下肢の大腿動脈起始部を結紮することにより左下肢虚血モデルマウスを作製した。これらのマウスを1群あたり5〜6匹ずつの4群に分け、大腿動脈結紮後の1日目に、(A)shContとPEG−PAsp(DET)とのポリイオンコンプレックス(以下、「shCont+PEG−PAsp(DET)」とする)、(B)shPHD2のみ(以下、「ネイキッドshPHD2」とする)、(C)shPHD2とPEG−PLLとのポリイオンコンプレックス(以下、「shPHD2+PEG−PLL」とする)、及び(D)shPHD2、PEG−PAsp(DET)及びコンドロイチン硫酸のポリイオンコンプレックス(以下、「shPHD2+PEG−PAsp(DET)」とする)、をそれぞれ各群のマウスの左下肢大伏在静脈より注入した。なお、shPHD2及びshContの注入量は、それぞれ50μg(溶液としては300μL)とした。そして21日目に、各群のマウスについて下肢の状態を目視により外観調査し、代表的なものについて写真撮影を行った。これらの代表写真を図1に示す。なお、矢印は、虚血処置を行ったマウス左下肢を示すものである。
【0105】
その結果、図1の写真に示された通り、(B)〜(D)のshPHD2を投与した群では、全てのマウスにおいて外観上問題なく左下肢が温存されていた。これに対して、(A)のshContを投与した群では、マウスの左下肢は温存されておらず、壊死して外観上消滅していた。
【0106】
[実施例2]虚血モデルマウスにおける血流状態の解析
実施例1の通り処置を行った(A)shCont+PEG−PAsp(DET)、(B)ネイキッドshPHD2、(C)shPHD2+PEG−PLL、及び(D)shPHD2+PEG−PAsp(DET)の4群の左下肢虚血モデルマウスについて、レーザードップラー血流画像化装置(moorLDI Laser Doppler Imager,Moor Instruments Ltd.,England)及びソフトウェア(MLDI VS.1 S/N 5409,Moor Instruments Ltd.,England)を用いて血流状態の解析を行った。血流状態の解析については、施術前、施術後、3日目、7日目、14日目、21日目の状態を調べ、同時に各群の代表的なものについて同血流画像化装置を用いて写真撮影を行った。これらの代表写真を図2に示す。
【0107】
図2の写真の通り、(A)群のマウスは、処置後から3日目まで左下肢に血流の存在が示されておらず、7日目以降は当該左下肢が壊死して消滅している状態が示された。これに対して(B)〜(D)群のマウスは、処置後21日目においては全て左下肢に血流の存在が見られた。その中でも(D)群は、処置後3日目から左下肢に血液が流れ始めており、7日目では左下肢のほぼ全体にわたって血流が見られ、14日目及び21日目では未処置である右下肢と変わらない程度に血液が流れている状態が観察された。なお、(B)及び(C)群は、7日目から血液が流れ始めるものの、21日目まで経過しても右下肢と同程度の血流までは回復していなかった。
【0108】
[実施例3]虚血モデルマウスにおける血流の定量
実施例1の通り処置を行った、(A)shCont+PEG−PAsp(DET)、(B)ネイキッドshPHD2、(C)shPHD2+PEG−PLL、及び(D)shPHD2+PEG−PAsp(DET)の4群の左下肢虚血モデルマウスについて、レーザードップラーによる血流測定を行った。具体的にはレーザードップラー血流計(moorLDI Laser Doppler Imager,Moor Instruments Ltd.,England)及びソフトウェア(MLDI VS.1 S/N 5409,Moor Instruments Ltd.,England)を用い、施術前、施術後、3日目、7日目、14日目、21日目の状態について血流量を測定した。測定値については、同マウスの非手術の右下肢をコントロールとして、当該コントロールの下肢血流量に対する虚血下肢血流量の比率を求めて定量を行い、各群における血流量比の平均値及び標準偏差を算出した。(A)、(B)、(D)の結果を図3aのグラフに示し、(A)、(C)、(D)の結果を図3bのグラフに示す。
【0109】
図3aの結果により、(D)群のマウスでは、処置後3日目において処置直後よりも多くの血流量が見られ、経時的にその量は増加して、21日目では処置前と同程度の血流量であることが示された。これに対して、(B)群のマウスは経時的に血流量は増加したが、(D)群よりも少ない血流量であり、(A)群においては、時間が経過しても血流量は増えなかった。また、図3bの結果からは、(C)群のマウスは(D)群ほどの多くの血流量ではないものの、(A)群よりも多量の血流量が見られた。
【0110】
[実施例4]虚血モデルマウスにおける血管新生
実施例1の通り処置を行った、(A)shCont+PEG−PAsp(DET)、(B)ネイキッドshPHD2、及び(D)shPHD2+PEG−PAsp(DET)の3群の左下肢虚血モデルマウスについて、処置後21日目のマウス下肢の血管造影法による評価を行った。血管造影法としては、下行大動脈の起始部にカテーテルを挿入して造影剤(蒸留水50ml、ゼラチン(和光純薬工業社)1.5g、酸化鉛(和光純薬工業社)100g)を注入し、X線撮影装置(SOFTEX CMB−2、ソフテックス株式会社、撮影条件:50V、22kVp、40sec)を用いて写真撮影をして評価を行った。各群におけるマウス下肢の代表写真を図4に示す。なお、「アステリスク(*)」は結紮した外腸骨動脈の位置を示し、矢印は新たに形成された側副血管を示す。
【0111】
図4の写真に示されたように、(A)群のマウスでは側副血管は全く見られなかったのに対し、(B)群では2箇所の側副血管が見られ、(D)群では5箇所もの側副血管が見られた。
【0112】
[実施例5]PHD2のmRNA発現の定量
実施例1の通り処置を行った、(A)shCont+PEG−PAsp(DET)、(B)ネイキッドshPHD2、及び(D)shPHD2+PEG−PAsp(DET)の3群の左下肢虚血モデルマウスについて、処置後3日目に、各群のマウス左下肢の筋肉を切除した。その切除した筋肉から、RNeasy Mini Kit(250)(QIAGEN社製)及びRNeasyカラム(QIAGEN社製)を用いてそれぞれ添付のプロトコールに従い、全RNAサンプルを単離した。単離したRNAサンプルについて、ABI 7500 Fast real−time RT−PCR system(Applied Biosystems社製)及びQuantiTect SYBR Green PCR Master Mix(QIAGEN社製)を用いてそれぞれ添付のプロトコールに従い、PHD2のmRNAを対象に定量RT−PCRを行った。各サンプルのmRNA発現量については、18S rRNAを内部コントロールとして、そのmRNA発現量に対する相対値を算出した。この結果を図5(a)に示す。なお、定量RT−PCRについては、下記塩基配列:
5’- GAAGCTGGGCAACTACAGGA -3’(mouse PHD2-Forward)(配列番号5)及び
5’- CATGTCACGCATCTTCCATC -3’(mouse PHD2-Reverse)(配列番号6)、
5’- CGGCGACGACCCATTCGAAC -3’(18S-Forward)(配列番号7)及び
5’- GAATCGAACCCTGATTCCCCGTC -3’(18S-Reverse)(配列番号8)、
からなるプライマーを用いて、キャリーオーバーステップ(50℃、2分間)、PCR初期活性化ステップ(95℃、15分間)、サイクルステップ([94℃、15秒間]、[60℃、30秒間]、[72℃、35秒間]、サイクル数:40)の温度及び時間条件で行った。また図5(a)の「*」は統計学的有意差があることを示す(p<0.05)。
【0113】
また、(A)、(B)、(D)の3群の左下肢虚血モデルマウスについて、処置後7日目に、各群のマウス左下肢の筋肉を同様に切除した。切除した筋肉にRIPAバッファー(10μg/mL アプロチニン、1mM NaVO、10mM NaF、プロテアーゼインヒビターカクテル)を加え、試料精密粉砕機(マルチビーズショッカー、安井器械社)を用いて2500rpmで20秒間ホモジナイズし、14000rpmで20秒間超遠心を行い、細胞含有試料として上清を回収した。回収した細胞含有試料からRIPAバッファーを用いてタンパク質を抽出し、その後、SDS−PAGE電気泳動を行い、PVDFメンブレン(Bio−Rad社製)に転写し、常法によりウェスタンブロッティングを行った。このとき、抗体としては、抗マウスHIF−1α抗体(NB100−449;Novus Biologicals社製)を用いた。またコントロールとしては、アクチン(Sigma Aldrich社製)を用いた。この結果を図5(b)に示す。なお、「*」は統計学的有意差があることを示す(p<0.05)。
【0114】
図5(a)の結果に示されるように、処置を行ったマウスについては、(D)群(shPHD2+PEG−PAsp(DET))は、(A)群(shCont+PEG−PAsp(DET))及び(B)群(ネイキッドshPHD2)よりもPHD2のmRNA発現量が少なくなっており、(A)群のmRNA発現量とは統計学的有意差が見られた。
【0115】
また、図5(b)の結果からは、処置を行ったマウスは全てHIF−1αの存在が見られた中で、(D)群(shPHD2+PEG−PAsp(DET))のマウスにおけるHIF−1αが最も多く誘導されていることが示された。
【0116】
[実施例6]血管新生因子のmRNA発現の定量
実施例5と同様に、処置後3日目の(A)、(B)、(D)の3群の左下肢虚血モデルマウスの左下肢筋肉からRNAサンプルを単離し、(a)VEGF、(b)FGF2、及び(c)Ang−1を対象として定量RT−PCRを行った。定量RT−PCRについては、下記塩基配列:
5’- GCAGAAGTCCCATGAAGTGAT -3’(VEGF-Forward)(配列番号9)及び
5’- GTCTCAATTGGACGGCAGTAG -3’(VEGF-Reverse)(配列番号10)、
5’- GTCACGGAAATACTCCAGTTGGT -3’(FGF2-Forward)(配列番号11)及び
5’- CCCGTTTTGGATCCGAGTT -3’(FGF2-Reverse)(配列番号12)、
5’- TTGTGATTCTGGTGATTGTGG -3’(Ang1-Forward)(配列番号13)及び
5’- CTTGTTTCGCTTTATTTTTGT -3’(Ang1-Reverse)(配列番号14)、
からなるプライマーを用い、その他の条件は実施例5と同様として、内部コントロール18S rRNAのmRNA発現量に対する相対値を算出した。これらの結果を図6(a)〜(c)に示す。なお、「*」は統計学的有意差があることを示す(p<0.05)。
【0117】
図6(a)〜(c)の結果に示されるように、処置を行ったマウスの中で、(a)VEGF、(b)FGF2、及び(c)Ang−1の全てについて、(D)群(shPHD2+PEG−PAsp(DET))のマウスが最も多量のmRNA発現量を示していた。また、(A)群のマウスにおけるmRNA発現量とは、(a)〜(c)のいずれにおいても統計学的有意差が見られた。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明によれば、HIF(HIF−1又はHIF−2)の安定化を介して直接的又は間接的に血管新生を誘導することができ、これにより、量的、且つ機能的に優れた血管の再生を実現することができ、虚血性疾患や動脈疾患等に対する効果的な治療又は予防用の医薬品を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PHD2の発現を抑制するポリアニオン性物質を有効成分として含有し、該ポリアニオン性物質とポリカチオン荷電性ポリマーとのポリイオンコンプレックスを含んでなる医薬組成物。
【請求項2】
ポリアニオン性物質が、PHD2に対するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸若しくはリボザイム又はそれらの発現ベクターである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
RNAi誘導性核酸がsiRNA又はその発現ベクターである、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
ポリカチオン荷電性ポリマーが、ポリペプチド、多糖、ポリエステル、ポリエーテル、ポリウレタン、又はビニルポリマーをベースとする主鎖を有し、且つ側鎖として、該主鎖に直接又は連結基を介して結合した式−NH−(CH−(NH(CH−NHで表される基(ここで、a及びeはそれぞれ独立して、1〜5の整数である)を含む荷電性ポリマー由来のセグメント鎖を有するポリマーである、請求項1〜3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
ポリカチオン荷電性ポリマーが、前記荷電性ポリマー由来のセグメント鎖と、非イオン性親水性ポリマー由来のセグメント鎖とを有するブロック共重合体である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
非イオン性親水性ポリマーが、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(ビニルピロリドン)、ポリ(メタクリルアミド)、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(ヒドロキシエチルメタクリレート)、及びポリ(ヒドロキシエチルアクリレート)からなる群より選ばれる、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
ポリカチオン荷電性ポリマーが、下記の一般式(III)で表される荷電性ポリマー、下記の一般式(I)若しくは(II)で表されるブロック共重合体、又はそれらの塩である、請求項1〜6のいずれかに記載の医薬組成物。
【化1】

(上記各式中、
10は、水酸基、オキシベンジル基、又はNH−R11基を表し、ここでR11は置換されていてもよい直鎖又は分岐のC1−20アルキル基を表し、
1a及びR1bは、それぞれ独立して、水素原子又は置換されていてもよい直鎖若しくは分岐のC1−12アルキル基を表し、
2a、R2b、R2c、及びR2dは、それぞれ独立して、メチレン基又はエチレン基を表し、
は水素原子、保護基、疎水性基、又は重合性基を表し、
は、水酸基、保護基、又は−O−X、−S−X、−NH−Xで表される基、又はポリペプチドの重合開始剤残基を表し、ここでXは一級、二級、若しくは三級アミン化合物、若しくは四級アンモニウム塩由来の基を一つ以上含むアミン化合物残基、又は非アミン化合物残基を表し、
5a、R5b、R5c、及びR5dは、それぞれ独立して、水酸基、オキシベンジル基、又はNH−(CH−X基を表し、ここでaは1〜5の整数であり、Xはそれぞれ独立して、一級、二級、若しくは三級アミン化合物、若しくは四級アンモニウム塩由来の基を一つ以上含むアミン化合物残基、又は非アミン化合物残基を表し、R5aとR5bの総数又はR5cとR5dの総数のうち、−NH−(CH−X基(ここで、Xは(NH(CH−NHであり、eは1〜5の整数である)であるものが少なくとも二つ以上存在し、
6a及びR6bは、それぞれ独立して、水素原子又は保護基であり、ここで保護基はZ基、Boc基、アセチル基、及びトリフルオロアセチル基からなる群より選ばれ、
及びLは、連結基を表し、
mは5〜20,000の整数であり、
nは2〜5,000の整数であり、
yは0〜5,000の整数であり、
zは0〜5,000の整数であるが、y+zはnより大きくないものとし、
また、上記の一般式における各繰り返し単位は記載の便宜上特定した順で示しているが、各繰り返し単位はランダムに存在することができる。)
【請求項8】
Xが、−NH、−NH−CH、−N(CH、及び下記の式で表される基からなる群から選ばれるいずれかの基である、請求項7に記載の医薬組成物。
【化2】


(上記各式中、
は水素原子、C1−6アルキル基、又はアミノC1−6アルキル基を表し、
7a、R7b、及びR7cは、それぞれ独立して、水素原子又はメチル基を表し、
d1、d2、及びd3は、それぞれ独立して、1〜5の整数を表し、
e1、e2、及びe3は、それぞれ独立して、1〜5の整数を表し、
fは0〜15の整数を表し、
8a及びR8bは、それぞれ独立して、水素原子又は保護基を表し、ここで、保護基は、Z基、Boc基、アセチル基、及びトリフルオロアセチル基からなる群より選ばれ、
gは0〜15の整数を表す。)
【請求項9】
又はLが、ジスルフィド結合を有する、請求項7又は8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
さらにグリコサミノグリカンを含む、請求項1〜9のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項11】
グリコサミノグリカンがコンドロイチン硫酸又はその塩である、請求項10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
虚血性疾患又は動脈疾患の治療又は予防用である、請求項1〜11のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項13】
虚血性疾患又は動脈疾患が、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、狭心症、不安定狭心症、冠動脈硬化、心不全、閉塞性動脈硬化症、Buerger病、血管損傷、動脈塞栓症、動脈血栓症、臓器動脈閉塞、動脈瘤、虚血性脳疾患、虚血性肺疾患、及び腎梗塞からなる群より選択される、請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれかに記載の医薬組成物を、それを必要とする対象に投与する工程を含む、虚血性疾患又は動脈疾患の治療又は予防方法。
【請求項15】
虚血性疾患又は動脈疾患が、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、狭心症、不安定狭心症、冠動脈硬化、心不全、閉塞性動脈硬化症、Buerger病、血管損傷、動脈塞栓症、動脈血栓症、臓器動脈閉塞、動脈瘤、虚血性脳疾患、虚血性肺疾患、及び腎梗塞からなる群より選択される、請求項14に記載の治療又は予防方法。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−26219(P2011−26219A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−171562(P2009−171562)
【出願日】平成21年7月22日(2009.7.22)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】