Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法と、それを利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用
【課題】 Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法と、それを利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用が、本発明の課題である。
【解決手段】 Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法を確立し、新規T細胞再構築試験系を得ると共に、それを利用してRac1、ERK5等の機能解明を行なうことにより、課題を解決できた。本発明は、免疫治療への利用が可能である。
【解決手段】 Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法を確立し、新規T細胞再構築試験系を得ると共に、それを利用してRac1、ERK5等の機能解明を行なうことにより、課題を解決できた。本発明は、免疫治療への利用が可能である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、T細胞分化障害のあるRAG2欠損マウス等のRAG2欠損動物に、Pax5欠損プロB細胞(Rolink, A.G. et al., 1999, Nature 401:603‐606)に種々の機能未知遺伝子を導入発現した細胞を注入して確立した新規のT細胞再構築試験系、新規T細胞分化遺伝子、およびそれを利用したRac1およびERK5等の新規機能遺伝子と免疫治療への利用に関する。
【背景技術】
【0002】
Pax5欠損プロB細胞およびPax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法に関しては、先行特許文献を見い出せなかった。Pax5欠損プロB細胞およびPax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法を利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用に関する先行特許文献も見い出せなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法と、それを利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用が、本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入する、新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法に関するものである。動物に関しては特に制限はないが、マウス由来のPax5欠損プロB細胞を用いるのが好ましい。また、Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入して作製した新規なT細胞再構築試験系も本発明の範囲に含まれるものであり、動物に関しては特に制限はないが、マウス由来のPax5欠損プロB細胞を用いるのが好ましい。請求項3または4に記載の新規なT細胞再構築試験系を用いて得られた、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の利用により解明された新規機能を有するRac1およびERK5を用いて、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の免疫治療への利用が可能である。
【0005】
RAG2欠損マウスは、免疫担当細胞のT細胞、B細胞の分化機能が欠失しており、Pax5欠損マウス由来プロB細胞(造血幹細胞に似た性質を持つ培養細胞であり、RAG2遺伝子欠損マウスに移入することにより、B細胞以外のすべての造血系細胞へ分化する能力を持つ)に種々の機能未知遺伝子を導入発現した細胞をRAG2欠損マウスに注入して、新規のT細胞再構築試験系を確立した。この試験系を利用して、Rac1やERK5などの制御因子のT細胞分化における機能の解明を行なった。
【0006】
Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法を用いて、Rac1遺伝子がT細胞の胸腺でのCD4/CD8ダブルポジティブ細胞から、CD4またはCD8ポジティブ細胞(特にCD4)へのポジティブ セレクションに必要であることを解明した。今後、免疫機能不全や自己免疫疾患の治療薬標的遺伝子の探索技術として有用な方法となり、今回みつかった遺伝子も、免疫機能不全の治療薬標的となり得る。
【0007】
ERK5は、転写因子であるMEF2CおよびMEF2Dをリン酸化するが、MEF2Dは神経および血管系のみならず胸腺細胞にも発現しており、T細胞の負の選択において中心的な役割果たすNur77の発現を調節している。従って、ERK5は循環器系のみならず、未熟T細胞の選択過程において重要な働きをしている可能性が考えられる。負の選択は、自己反応性のT細胞を排除する重要なプロセスであり、拡張型心筋症のような自己免疫性の疾患の発症機序にも関与している可能性が考えられる。本発明においては、T細胞の分化過程、特に負の選択に着目して、ERK5の機能の検討を行なった。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては、成熟CD4 T細胞および選択後のCD4/CD8ダブル陽性細胞が増加していた。ERK5は、ERK、JNK、p38に続く第4のMAPキナーゼカスケードの一員であり、右心室の形成、血管形成や血管平滑筋の分化に重要であることが知られている。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示唆された。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法と、それを利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
T細胞発生(T cell development)におけるRac1の機能を研究するために、Pax5欠損プロB細胞(Rolink,A.G.et al.,1999,Nature 401:603‐606)を用いる、新規に開発された試験系を用いた。Pax5は、BLNK(Schebesta,M.et al.,2002,Immunity 17:473−485, Schebesta,M.et al.,2002,Curr Opin Immunol 14:216-223)のようなB‐lineage特異的遺伝子の発現を促進することにより、また同時にNotch-1(Souabni,A.et al.,2002,Immunity 17:781‐793)のようなノンBリンフォイド遺伝子群(non‐B‐lymphoid genes)の転写を抑制することにより、Pax5はB細胞系コミットメントのためのクリティカルな転写因子(a critical transcription factor for B‐lineage commitment)として機能する。Pax5を欠損しているプロB細胞はB細胞に分化する能力を欠失しているが、Pax5欠損プロB細胞はコミットメントされないままであり、RAG-/- マウス(Nutt,S.L.et al.,1999,Nature 401:556-562,Schaniel,C.et al.,2002,Blood 99:472‐478)にトランスファーした時には、T細胞、NK細胞、マクロファージ(macrophage)、顆粒球(granulocyte)、樹状細胞(dendritic cell)および赤血球(erythrocyte)を含む多系統の造血系細胞(hematopoietic cells)を再構成することができる。Pax5-/-プロB細胞は、多能性(pluripotency)を失うことなく、長期間にわたるインビトロ培養が可能であるため、これらの細胞は、T細胞分化の分析用の新たに調製された血液幹細胞に優る大きな利点を有している。発明者らは、Rac1変異遺伝子をPax5-/-プロB細胞に導入し、ピューロマイシン(puromycin)で選抜し、GFP(Green Fluorescent Protein)の発現が高い細胞をソートして、多数の試験用のストックとして凍結保存を行なった。レトロウイルスのインサーションによる特定の遺伝子の破壊に起因するアーティファクトを回避するため、個々の細胞クローンではなく、トランスデュースト セル ライン(transduced cell lines)を用いた。図1に示したように、CD45.2+ Pax5-/-プロB由来の胸腺細胞が、インジェクション後3−4週間で、CD45.1+ RAG2-/-胸腺において完全に発生していた。
【0010】
T細胞発生(Tcell development)における構成的に活性なRac1変異体(constitutive active Rac1mutant)の効果は、カントレル等のグループ(Cantrell,D.A.,2003,Immunol Rev 192:122-130,Gomez,M.et al.,2000,Nat Immunol 1:348‐352,Gomez,M.et al.,2001, Immunity 15:703-713)により幅広く研究されてきたが、T細胞発生における機能喪失型(loss-of-function)のRac1変異体の研究は、未だ報告されていない。構成的に活性なRac1トランスジェニック マウスは、正の選択から負の選択への転換を示し(Gomez,M.et al.,2001,Immunity 15:703‐713)、Vav-/-マウスにおいてはT細胞欠陥の修復(restoration of the T cell defect in Vav-/- mice)、RAG-/-マウスにおいてはDP(double positive)細胞のジェネレーション(generation of DP cells in RAG-/- mice)を示し、活性型Rac1がTCRシグナル伝達を昂進させることを示唆している。本発明において、Rac1はインビトロ モデル系(図4)における正の選択に必要であること、またインビボのT細胞再構成(図2)にも必要であることを、直接的に示すことができた。驚いたことに、Rac1はプレTCRシグナリング(pre‐TCR signaling)には必要でなかったが、これはdnRac1(double negative Rac1)を発現している胸腺細胞(dnRac1 expressing thymocytes)において、DP細胞のジェネレーションがdnRac1を発現している胸腺細胞においては影響されなかったという観察による。この結果は、もう一つのRho family small GTPaseであるRhoAとは著しく対照的であり、RhoAはDN(dominant negative)からDPへの突然変異(transition)に関与していることが示されている(Henning,
S.W.et al.,1997,Embo J 16:2397-2407,Costello,P.S.et al.,2000,J Exp Med 192:77-85,
Cleverley,S.et al.,1999,Curr Biol 9:657‐660)。
【0011】
dnRac1の存在により、初期のERK活性化が阻害されないことを見い出した(図5a)。正の選択におけるERK活性化の必要性は、既に充分に確立されており
(Alberola-Ila,J.et al.,1995,Nature 373:620-623;Alberola-Ila,J.et al.,2003,Immunol Rev 191:79-96)、最近はRac1の下流の主要なターゲットであるPAK1が、ERK活性化(Slack-Davis,J.K.et al.,2003,J Cell Biol 162:281‐291,Eblen,S.T.et al.,2002,Mol Cell Biol 22:6023-6033)に関与していることが示されている。しかしながら、dnRac1-DPKにおけるノーマルなERK 活性化は、ERKのTCRメディエイテッド活性化が(TCR-mediated activation of ERK)がRac1とは独立していることを示している。従って、正の選択へのdnRac1の阻害効果は、単純にERK活性化の阻害に起因させることはできない。
【0012】
Rac1は一般的に、アクチン再構成プロセスにおけるキー分子として認識されている(Tapon,N.et ai.,1997,Curr Opin Cell Biol 9:86‐92)。従ってdnRac1の導入(introduction)が、TCRメディエイテッド アクチン重合(TCR‐mediated actin polymerization)を阻害することは驚くべきことではない(図5c)。ドミナント ネガティブなWASP トランスジェニック マウス(dominant negative WASP transgenic mice;
Zhang,J.et al.,2002,Proc Natl Acad Sci USA 99:2240‐2245)における正の選択の完全な破棄(abrogation)が、正の選択の間のアクチン重合の要求性と確かに一致(consistent)しているにも拘わらず、T細胞発生におけるアクチン細胞骨格再構成
(actin cytoskeletal reorganization)の役割は、依然として明らかではない。
本発明により、アクチン重合の阻害剤Latrunculin A(図6d)を用いることにより、アクチン重合はDPKシステムにおける正の選択に必要であることが示された。従って、dnRac1‐DPK細胞の分化の欠失(lack)は、TCR(T cell receptor)メディエイテッド アクチン再構成(TCR‐mediated actin reorganization)における欠陥(defect)に、部分的に起因させることができる)。最近、TCR メディエイテッド Rac(TCR‐mediated Rac)活性化と免疫学的シナプス形成が、DOCK2(Sanui,T.et al.,2003,Immunity 19:119-129)に起因していることが示された。DOCK2欠損マウス(Sanui,T.et al.,2003,Immunity 19:119-129)において観察された、損なわれた正の選択(Impaired positive selection)は、アクチン細胞骨格再組織化(actin cytoskeletal reorganization)経由の正の選択において必須であるという本発明の知見と一致している。
【0013】
本発明において、dnRac1を発現しているDP 胸腺細胞(図3) およびDPK細胞(図4c)において、TCRメディエイテッド アポトーシス(TCR−mediated apoptosis)の増加が観察された。プロ−アポトーティックおよび抗アポトーティックなメディエーター(The balance between TCR−mediated induction of pro−apoptotic and anti−apoptotic mediators)が、正の選択と負の選択を識別するキーファクターである。DP 胸腺細胞のTCR 刺激は、オーファン転写因子Nur77およびNor1(Cheng,L.E.et al.,1997,Embo J 16:1865−1875)を誘導し、Bim(Szegezdi,E.et al.,2003,J Immunol 170:3577−3584,Bouillet,P.et al., 2002,Nature 415:922−926))およびFas-L(Weih,F.et al.,1996,Proc Natl Acad Sci U S A 93:5533−5538)expressionを誘導することにより、負の選択(Calnan,B.J.et al.,1995, Immunity 3:273−282, Zhou,T.et al.,1996,J Exp Med 183:1879−1892)において重要な役割を果たしている。Nur77遺伝子の誘導はMEF2により正にコントロールされており、また、ヒストン脱アセチル化(histone deacetylation)を経由してCabin1(Youn,H.D.
et al., 2000,Immunity 13:85-94))およびHDAC7(Dequiedt,F.et al.,2003,Immunity 18:687−698))により負にコントロールされている。TCRシグナリング(signaling)は、Nur77転写(transcription)を活性化するために、MEF2からこれらのリプレッサーをリリースする。DPKシステム(DPK system)においては、これらのプロ−アポトーティック メディエーター(pro-apoptotic mediators)の誘導へのdnRac1の影響は観察されなかった(図6)。実際、コントロール セルと比較すると、dnRac1-DPK においてはTCRメディエイテッドなNur77(TCR-mediated Nur77)インダクションが更に低かった。これらの結果から、活性化されたdnRac1-DPK細胞におけるアポトーシスの増加は、プロ−アポトーティック メディエーター(pro-apoptotic mediators)の発現増加に起因している。
【0014】
対照的に、dnRac1の発現は、抗アポトーティック メディエーター(anti-apoptotic mediator)Bcl-2の発現には影響しなかった(図6 左のパネル)。さらに、Bcl-2の強制的な発現は、defective CD4-SP generationおよびdnRac1発現DPKの抗原誘導アポトーシス(antigen-induced apoptosis)を回復させることができた(図7)。これらの結果から、Bcl-2メディエイテッド生存応答(Bcl-2 mediated survival response)におけるRac1の関与(involvement)は、胸腺細胞の正の選択にクリティカルと考えられる。Rac2欠失マストセル(Rac2 deficient mast cells)は、Akt活性化(Akt activation)およびBcl‐xL発現に欠陥が存在することが示されており、損なわれた生存(impaired survival)に至る(Yang,F.C.et al.,2000,Immunity 12:557−568)。従って、細胞の生存のメディエイティング(mediating cell survival)におけるRac蛋白質の関与は、より一般的な現象であるかもしれない。DP胸腺細胞において、一つの抗アポトーシス信号は、Akt依存性のNur77リン酸化(Pekarsky,Y.et al.,2001,Proc Natl Acad Sci U S A 98: 3690−3694, Masuyama,N.et al.,2001,J Biol Chem 276:32799−32805)による核からのNur77の除外(exclusion)である。dnRac1-DPK 細胞において、Nur77のリン酸化の状態を調べてはいないが、Nur77リン酸化の調整におけるRac1の関与はありそうに無いと考えられる。AktのTCRメディエイテッド アクティベーション(TCR-mediated activation of Akt)はPI3-kinaseに依存しており、DPKのインビトロ分化システム(in vitro differentiation system)におけるCD4−SP細胞のジェネレーションは、PI3-Kinase インヒビター、ワートマンニン(wortmannin)およびLy294002に耐性である。
【0015】
Bcl-2は主要な抗アポトーシス分子であり、その発現は、正の選択後ただちに増加した(Punt,J.A.et al.,1996,J Exp Med 184:2091−2099)。さらにTCR刺激は、インビトロでもBcl-2を誘導することが知られている(Groves,T.et al.,1997,J Immunol 158:65-75)。Bcl-2 遺伝子の5’調節領域(5’ regulatory region)において、2つのプロモーター領域が同定されており、NF-kB(Catz,S.D.et al.,2001,Oncogene 20:7342−7351)はこれらのプロモーター領域の一つに結合することが示された。他の研究により、Bcl-2 遺伝子はNFAT4(Oukka,M.et al.,1998, Immunity 9:295−304)およびNF-kB2(Viatour,P.et al.,2003, Leukemia 17:1349−1356)により、ポジティブに調節(positively regulated)されていることが示された。従って、Rac1はNF−ATまたはNF-kBのTCR-mediated activationに関係しているかもしれない。このアイデアに一致して、Rac1は、マスト セル(Turner,H.et al.,1998,J Exp Med 188:527−537)のFcRメディエイテッド シグナル伝達(FcR−mediated signal transduction)におけるNFAT4の活性化に関与していることが示された。
【0016】
本発明により、Rac1は正の選択に必要であるが、b-セレクションには必要ではないことが示された。インビトロの正の選択モデル系(positive selection model system)を用いて、Rac1はTCRメディエイテッド アクチン 細胞骨格再構成(TCR−mediated actin cytoskeletal reorganization)および抗アポトーシスタンパク質Bcl-2のインダクション(induction of anti−apoptotic protein Bcl−2)においてクリティカルであることが示された。Bcl-2インダクションのRac1依存性経路は、TCRメディエイテッド アポトーシス(TCR−mediated apoptosis)を妨げることにより、正の選択にクリティカルなプロセスであり得る。
【実施例1】
【0017】
プロB細胞は、2週齢のPax5ノックアウトマウス(Urbanek,P.et al.,1994,Cell 79:901−912)の骨髄から樹立し、2%FCS、0.03%primatoneおよびIL-7を含有したIMDM培地中、ST2ストローマ細胞上で培養した(Nutt,S.L.et al.,1999,Nature 401:556-562)。1千万個のtransduced Pax5-/-プロB細胞を、4Gyの放射線照射をしたC57BL/6-CD45.1-RAG2-/-マウス(Shinkai,Y.et al.,1992,Cell 68:855-867)の尾静脈から静脈中に注入した。3−4週間後に、フローサイトメトリック分析(flowcytometric analysis)を行なった。
【0018】
レトロウイルス ベクターの作製法は、以下の通りである。ドミナントネガティブ(N17)ヒトRac1 cDNAは、pEGFP-C1(CloneTech)ベクター中にクローニングした。pMX-puro-dnRac1GFPの作製には、EGFP-Rac1N17キメラ cDNAをpMXs-puro(Kitamura,T.,1998,Int J Hematol 67:351-359)のNot I サイト中にPCRによりクローニングした。pMXs-PREPレトロウイルスベクターの作製には、マーモット プレ配列(Zufferey,R.,1999,J Virol 73:2886−2892)のClaI 断片とピューロマイシン耐性遺伝子(puromycin resistance gene)のSalI断片とを、それぞれpMXs-IRES-GFP(Kitamura,T,1998,Int J Hematol 67:351−359)のClaIおよびSalIサイトに挿入した。PCRによりクローニングしたRac1N17 cDNAをpMXs−PREP中に挿入し、pMXs−PREP−dnRac1を作製した。
【0019】
ベクター(pMX−puro−GFP)またはPlat−Eパッケージング細胞(Morita,S.,2000,Gene Ther 7:1063−1066)をトランスフェクトされたpMXs−puro−dnRac1GFPからのレトロウイルスを含む上清液を濃縮し、プロB細胞のインフェクションに用いた。VSVシュードタイプ ウイルス(VSV−pseudo−typed viruses)は、DPK 細胞の感染に用いた。レトロウイルスによる形質導入細胞(Retrovirally transduced cells)は、1−2.5mg/mlピューロマイシン(puromycin)により選抜し、セルソーターFACSVantage SE(Becton Dickinson)を用いる単一細胞クローニング(single cell cloning)は行なわずに、GFP強度の高い細胞(GFPhi cells)を電子的に分別した。
【0020】
PCRで増幅したヒトBcl-2 cDNAを、IRES-human CD2カセットを有するpMX−based retroviral vector pMI.2に挿入した。pMI.2−Bcl2からのレトロウイルスを含む上清を、それぞれBcl2−DPKおよびdnRac1、Bcl2−DPKを確立するために、control-DPK(pMXs−PREP)およびdnRac1−DPK(pMXs−PREP−dnRac1)をトランスデュースするために用いた。
【0021】
DPK分化試験(DPK differentiation assay)は、文献の記述(Kaye,J.et al.,1992,Cell 71:423−435)に従って行なったが、いくらかの修正を加えた。簡単に説明すると、6ウェルプレートの各ウェル内に9×105の放射線照射したDC−I(Ek and ICAM-1 transfected murine fibroblast)を入れ、培養時間の最後の2時間だけ100ng/ml SEA(Toxin Technology, Sarasota, FL)の存在下、非存在下において24時間の前培養を行ない、さらに4.5×105個のDPK細胞を加えて37℃、3日間の培養を行なった。培養終了後に細胞を収集し、anti−CD4−PE(GK1.5)抗体とanti−CD8a−Biotin(53-6.7)抗体で染色した後、フローサイトメトリー用にストレプトアビジン−トゥルーレッド(Streptavidin-TruRed)で染色した。総ての抗体および染色液は、Pharmingen(Palo Alto, CA)製である。
【0022】
DPK細胞を10mg/mlのanti−CD3e抗体により4℃でインキュベーションした後、37℃において抗ハムスター二次抗体で架橋した。指定時間のインキュベーションの後、細胞を溶解させ、anti−phospho−ERK抗体 および anti−ERK抗体(Transduction Lab,Palo Alto,CA)を用いてウェスタンブロットを行なった。
【0023】
それぞれ10mg/mlのanti−CD3e 抗体およびanti−CD28モノクローナル抗体がコーティングされているカバースリップ上にDPK細胞を加えた後に、37℃で15分間の培養を行なった。上清を除去した後に、4% パラホルムアルデヒドにより細胞を固定化した後、0.3% サポニン(saponin)処理後にphalloidin−Alexa594(Molecular Pro−Be,Eugene,OR)による染色を行なった。
【0024】
胸腺細胞(Thymocytes)またはDPK細胞は、FITC conjugated anti−CD45.2(clone 104)、PE conjugated anti‐CD4(GK1.5)、anti−CD5(53-7.3)、Biotin-conjugated anti-CD8a
(53-6.7)、anti-TCRb (597-H57)、AnnexinV、anti-CD69(H1.2F3)、anti-CD45.1(A20)およびAPC conjugated anti−CD8a(53-6.7)の種々の組み合せの抗体により染色した。染色した細胞は、4カラーFACS分析用のtwo laser−FACScalibur(Becton
Dickinson,Palo Alto,CA)により分析した。
【0025】
RNeasy kit(Qiagen,Hilden,Germany)を用いて細胞からRNAを分離し、QuantiTect SYBR Green RT-PCR Kit(Qiagen)を用いてリアルタイムPCR(real-time PCR)を行なった。リアルタイムPCR用のプライマーは、Bcl-2a(5'cctgtggatgactgagtacct3'/5'gagcagggtcttcagagaca3')およびNor1(5'aagggcttcttcaagagaac3'/5'tgaaatctgcagtactgacatc3')を用いた。
【0026】
Pax5はB細胞発生(B cell development)のためのマスター転写因子であり、Pax5欠損マウス由来の培養プロB細胞は、致死量以下の放射線照射されたRAG2-/-マウス(Rolink,A.G.et al.,1999, Nature 401:603-606;Nutt,S.L.et al., 1999,Nature 401:556-56;Schaniel,C.,L.et al.,2002,Blood 99:472-478)中にトランスファーすることにより、B細胞以外の正常な造血細胞(hematopoietic cells)を再構成することが示されている。培養したPax5欠損プロB細胞を、宿主細胞(host cells)と注入した細胞とを識別するためのバックグラウンドであるCD45.1を有するRAG2-/-マウス(Shinkai,Y.et al., 1992,Cell 68:855-867)中に導入した。図1aに示したように、CD45.2陽性、CD45.1陰性Pax5-/-プロB由来の胸腺細胞(CD45.2 positive CD45.1 negative Pax5-/- pro-B-derived thymocytes)は、注入4週間後において正常に発生していた。再構成された胸腺細胞のトータル数は、3000万から1億5000万個に変化しており、接種したプロB細胞の数と再構成期間(reconstitution period)に依存していた。しかしながら正常な胸腺細胞と比較して、プロB細胞由来のCD4およびCDシングルポジティブ(以下SPと略記する)細胞の僅かな増加が、一貫して観察された(図1a)。
【0027】
T細胞の発生におけるRac1の機能を調べるために、Pax5-/-プロB細胞中に変異Rac1遺伝子を導入した。ドミナント ネガティブRac1(N17)cDNA(dominant negative Rac1(N17)cDNA;以下dominant negativeをdnと略記)のN末端にEGFPをコードしている配列を融合させて、pMXs-puroレトロウィルス ベクター(Kitamura,T.,1998,Int J Hematol 67:351-359)中に導入した。Pax5-/-プロB細胞中にdnRac1-GFP ウイルスを形質導入した時には融合蛋白質が細胞膜中に局在していたのに対し、GFP(green fluorescent protein)ベクターを形質導入した細胞には拡散した均一な緑色蛍光が見られた(図1bの左側パネル)。形質導入されたプロB細胞のインジェクション後3から4週目のマウスから胸腺細胞を採取し、種々の細胞表面抗原で染色した。dnRac1-GFP Pax5-/- プロB細胞に由来する胸腺細胞の顕微鏡による観察では、細胞膜に局在化したGFP蛍光が検出された(図1b右下のパネル)。胸腺におけるGFP陽性細胞のポピュレーションにいくらかの試験ごとの変化が存在していたが、恐らく、gene silencing effectによるものと考えられる。しかしながら、dnRac1-GFP発現胸腺細胞(dnRac1-GFP-expressing thymocytes)のCD4/CD8プロファイルは、GFPベクターだけを発現している胸腺細胞(GFP vector-expressing thymocytes)のプロファイルとは、全く異なっていた。dnRac1を発現している胸腺細胞は、ほんの僅かのCD4-SPおよびCD8-SP細胞しか含まれていなくて、胸腺細胞の発生はDPステージ(DP stage)において厳密に抑制されていることを示している(図2a)。GFPの発現レベルとポジティブセレクションの抑制の厳しさとの間に相関があり、これは競争的ドミナント ネガティブ 阻害剤(competitive dominant negative inhibitor)に対して予期されるものと同じである(図2b)。興味あることに、CD4 CD8 DN(CD4 CD8 double negative)細胞からのDP細胞の発生が抑制されており、Rac1は絶対的にβセレクション(b-selection)を必要としているわけではないことが示された。DP-TCRhi細胞もまた、dn-Rac1発現胸腺細胞(dn-Rac1 expressing thymocytes)においてシビアに減少しており(図2c)、正の選択プロセス(positive selection process)の初期段階において、dn-Rac1が正の選択をブロックしていることが示された。
【0028】
次に、dn-Rac1発現胸腺のTCRメディエイテッド アポトーシス(TCR-mediated
apoptosis)について調べてみた。ベクター コントロールおよびdnRac1-GFP形質導入Pax5-/-プロB細胞(dnRac1-GFP transduced Pax5-/- pro-B cells)をRAG2-/-マウスに注射し、再構成された胸腺細胞のTCRメディエイテッド アポトーシスを、インビトロで試験した。図3に示したように、刺激が存在しない条件下においても、dnRac1発現胸腺細胞は、アネキシンV(Annexin V)染色により決定されたアポトーシスの増加を示しており、また、DP胸腺細胞の刺激依存性アポトーシスもまた、dn-Rac1の存在下において増加した。
【0029】
正の選択の間のTCRメディエイテッド シグナル伝達(TCR-mediated signal transduction during positive selection)における、Racの詳細な機能を分析するために、CD4-SP 分化(differentiation)のインビトロ モデル実験系を利用することに決定した。DPKは、AND-TCRトランスジェニック マウス(Kaye,J.et al.,1992,Cell 71:423-435,Kaye,J.et al.,1989,Nature 341:746-749)由来の自然発生DP胸腺リンフォーマ(thymic lymphoma)細胞である。このセルラインは、インビトロでの抗原負荷APC(antigen loaded APC)と一緒に培養すると、CD4-SP細胞に分化することが示されている(Kaye,J.et al.,1992,Cell 71:423-435)。また、未成熟胸腺(immature thymocytes)の正の選択(Shao,H.et al.,1997,J Exp Med 185:731-744;Shao,H.et al.,1997,J Immunol 159:5773-5776;Ochoa-Garay,J.et al.,1998,J Immunol 160:3835-3843)の間のシグナル伝達の研究にも用いられている。ドミナント ネガティブ(N17)Rac1遺伝子を、新たに確立されたpMXs-PREPレトロウイルス ベクター中にPCRクローニングにより導入した。このpMXs-PREPレトロウイルス ベクターには、IRES-GFPカセットおよびmRNA安定化エレメント(wPRE)配列が、効率的な遺伝子発現のために導入されている(Tahara-Hanaoka,S.et al.,2002,Exp Hematol 30:11-17)。pMX-PREP-dnRac1を導入したDPKは細胞のサイズがいくらか増加したが、CD4、CD8およびTCRの発現レベルは、コントロールのベクター(pMXs-PREP)を感染させた細胞(図4a)とは区別が可能であった。図4bに示したように、コントロールのベクターで形質導入されたDPK細胞は、徐々にCD8発現が減少し、抗原刺激後3日目には細胞のほとんど80%がCD4-SP細胞に分化した。対照的に、dnRac1-DPK(図4b)において、CD4-SP細胞は、ほとんど完全になくなった。同時に、TCR刺激(TCR stimulation)におけるAnnexin V陽性のアポトーシス細胞の数は、対照例のDPK細胞(図4c)に比較して、dnRac1-DPKにおいてドラマチックに増加した。細胞の生存率を決定するためのトリパンブルー排除法(trypan blue dye exclusion method)によっても、同様の結果が得られた。以上の結果を総合すると、DP胸腺におけるdnRac1の発現は、インビボとインビトロの両方の試験系において、ポジティブセレクションの抑制とTCR誘導アポトーシス(TCR-induced apoptosis)の増加に導くことが、明確に示された。
【0030】
正の選択の間のTCR依存性シグナル トランスダクション(TCR-dependent signal transduction)におけるRac1の機能を調べるため、anti-CD3eモノクローナル抗体をコートしたビーズによりDPK細胞を刺激し、ERKの活性化をERK1および2のリン酸化により評価した(図5a)。dnRac1変異体はERK活性化に何の効果もなく、ERKのTCR刺激による活性化は、Rac1とは独立したものであった。また、dnRac1-DPK細胞におけるTCR-mediatedによるCD69およびCD5のアップレギュレーションもまた、コントロールのDPK細胞(図5b)において見られたものと区別がつかなかった。
【0031】
次に、dnRac1-DPKにおけるTCR依存性のアクチン重合(actin polymerization)を試験したが、これはRacが細胞骨格再構成(cytoskeletal reorganization)においてクリティカルな役割を果たしていることが広く知られているからである。TCR刺激の15分後に、ファロイディン(phalloidin)染色により、コントロールDPK細胞はアクチン重合の集積を示したのに対し、dnRac1-DPK(図5c)においてはTCR依存性のアクチン重合.は破棄された(図5c)。ファロイディン染色により検出されたように、コントロールのDPK細胞は、胸腺細胞発生の間におけるアクチン再構成(actin reorganization)の要求性は、直接的には決定できなかった。そこで、DPK細胞の分化におけるアクチン重合のインヒビターの効果を調べてみた。アクチン重合(Spector,I.,1983,Science 219:493-495)のインヒビターであるラトランキュリンA(Latrunculin A)は、DPKインビトロ分化システム(DPK in vitro differentiation system)において、抗原により誘導されたCD4-SP細胞の発生を完全にブロックした(図5b)。これらの結果は、dnRac1-DPK細胞においては、アクチン重合における欠陥(defect)が、少なくとも正の選択の阻害メカニズムの一部であることを示している。
【0032】
刺激を受けたdnRac1-DPK細胞における多量のアポトーシス(massive apoptosis)は、死のエフェクターの増加または抗アポトーシス タンパク質の発現減少のいずれかに起因しており、DP胸腺細胞上へのTCRライゲーションがNur77やNor1(Cheng,L.E.,1997,Embo J 16:1865-1875)のような死のエフェクター(death effector)を誘導し、それに加えてBcl-2やBcl-xL(Groves,T.,M.et al.,1997,J Immunol 158:65-75)のような抗アポトーシス分子も誘導しているからである。これを終わらせるために、DPKシステムにおける、これらの分子のTCR依存性のインダクション(誘導)を調べてみた。リアルタイムRT-PCR分析(real-time RT-PCR analysis)により、Bcl-2 mRNAの2−3倍の増加が、TCR刺激を受けたコントロールのDPK細胞において観察されたが、dnRac1-DPK細胞においてはBcl-2の刺激依存性の誘導は観察されなかった(図6 左のパネル)。対照的に、dnRac1-DPKにおけるNor1のTCR依存性のインダクションは、コントロールの細胞と同程度であった(図6 右のパネル)。これらの結果は、dnRac1-DPK細胞におけるTCR誘導性のアポトーシスは、抗アポトーシス分子Bcl-2(anti-apoptotic molecule Bcl-2)の誤った誘導に起因しており、死のエフェクター分子(death effecter molecules)のインダクションの増加によるものではなかった。
【0033】
もしも、dnRac1-DPKにおいて観察された欠陥のある正の選択(defective positive selection)が、主としてBcl-2の不十分なインダクションに起因する多量のアポトーシス(massive apoptosis)によるものであるならば、dnRac1-DPKにおけるBcl-2の過剰発現がこの欠陥を修復するであろう。この目的のためdnRac1-DPK細胞中に、レトロウイルスを用いてBcl-2 cDNAを導入した。図7に示したように、Bcl-2の導入によりCD4-SPの刺激依存性のジェネレーション(generation)は増進した。しかし、より重要なのは、Bcl-2の導入によりdnRac1-DPKにおけるCD4-SPのジェネレーションがほとんど完全にレスキューされたことである(図7aおよび図7bの上のパネル)。同時に、dnRac1-DPKで観察された刺激依存性のアポトーシスは、Bcl-2のイントロダクション導入によってもレスキューされた(図7b 下側のパネル)。この結果は、dnRac1-DPKにおける欠陥のあるCD4発生(defective CD4 generation)は、主としてTCR依存性のBcl-2アップレギュレーション(TCR-dependent Bcl-2 upregulation)の欠失に起因していることを示している。
【0034】
次にERK5に関して、発明を実施するための最良の形態について述べる。ERK5はERK、JNK、p38に続く第4のMAPキナーゼカスケードの一員であり、右心室の形成、血管形成や血管平滑筋の分化に重要であることが知られている。ERK5は転写因子であるMEF2CおよびMEF2Dをリン酸化するが、MEF2Dは神経、血管系のみならず胸腺細胞にも発現しており、T細胞の負の選択において中心的な役割を果たすNur77の発現を調節している。したがって、ERK5は循環器系のみならず、未熟T細胞の選択過程において重要な働きをしている可能性が考えられた。負の選択は自己反応性のT細胞を排除する重要なプロセスであり、拡張型心筋症のような自己免疫性の疾患の発症機序にも関与している可能性が考えられる。本発明においてはT細胞の分化過程、特に負の選択に着目して、ERK5の新規機能の検討を行った。
【0035】
Pax5欠損プロB細胞を用いた新規のT細胞再構築実験系を確立し、この実験系を利用してERK5のT細胞分化における機能解析を行った。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては成熟CD4 T細胞および選択後のCD4/CD8ダブルポジティブ細胞が増加していた。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【0036】
ERK5は、転写因子であるMEF2CおよびMEF2Dをリン酸化するが、MEF2Dは神経および血管系のみならず胸腺細胞にも発現しており、T細胞の負の選択において中心的な役割果たすNur77の発現を調節している。従って、ERK5は循環器系のみならず、未熟T細胞の選択過程において重要な働きをしている可能性が考えられる。負の選択は、自己反応性のT細胞を排除する重要なプロセスであり、拡張型心筋症のような自己免疫性の疾患の発症機序にも関与している可能性が考えられる。本発明においては、T細胞の分化過程、特に負の選択に着目して、ERK5の機能の検討を行なった。優勢不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては、成熟CD4 T細胞および選択後のCD4/CD8ダブル陽性細胞が増加していた。ERK5は、ERK、JNK、p38に続く第4のMAPキナーゼカスケードの一員であり、右心室の形成、血管形成や血管血管平滑筋の分化に重要であることが知られている。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【0037】
dnERK5の発現により成熟CD4シングルポジティブ細胞の割合が増加し、TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1を高発現するダブルポジティブ細胞が増加したということは何を意味するのか。TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1はダブルポジティブ細胞が選択を受け、分化が進んだ後に発現が増加することが知られている分子であり、分化マーカーとして使用されている。ゆえにこの結果は、dnERK5の発現により、選択を受けた後のダブルポジティブ細胞が増加したことを意味する。成熟CD4T細胞の数および選択後のダブルポジティブ細胞数が増加したということは、本来ならば負の選択によって排除されていたはずの細胞がdnERK5の過剰発現により負の選択を免れ、生き延びたことを示している。
【0038】
Pax5欠損プロB細胞を用いた新規のT細胞再構築実験系を確立し、この実験系を利用してERK5のT細胞分化における機能解析を行った。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては成熟CD4T細胞および選択後のDP細胞が増加していた。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【0039】
pMXs-PREP-dnERK5ベクターの構築について述べる。ERK5ノックアウトマウスは心血管系の形成不全がもとで胎生致死となるため、生体内で優性不能型として働くことが知られている変異遺伝子dnERK5を用いた解析を行った。dnERK5はERK5のN末端部分の139アミノ酸残基を欠失しており(Yan et al.Molecular cloning of mouse ERK5/BMK1 splice variants and characterization of ERK5 functional domains. J.Biol.Chem.276(14),10870-10878,2001)、生体内ではオルタナティブスプライシングにより形成される。dnERK5はGTP結合部位を欠失していてリン酸化活性はなく、ERKの上流に位置するMEK5とも相互作用しない。dnERK5遺伝子のPCRクローニングを行い、レトロウイルスベクターpMXs-PREP- dnERK5を得た(図8)。pMXs-PREPベクターとはpMXベクターにIRES-GFPサイトを組み込んだもので、一本のmRNAからdnERK5とGFPが同時に別々のタンパクとして発現される。したがって、GFPの蛍光をモニターすることによりdnERK5のmRNAの発現を確認することができる。またmRNAの安定化を図るためのPRE領域、ピューロマイシン耐性遺伝子により薬剤選択が可能である。
【0040】
導入遺伝子を高発現する細胞の分取は、dnERK5発現レトロウイルスを感染させた細胞をピューロマイシンで選択後、FACS Vantage(Becton Dickenson)を使用してGFPを高発現する細胞のソーティングを行った。pMXs-PREPベクターでは、GFPの蛍光が強いほど目的の遺伝子のmRNAが多く発現しているという相関関係があるからである。また、FACS Vantageのソーティングは水滴荷電方式を用いたものである。以下、水滴荷電方式の原理を述べる。機械のノズルから噴出するジェット流はノズルの上部に設置された超音波発生装置による振動で、レーザー照射部より2−3mm離れた位置より水滴に分かれ落下する。水滴の形成は、振動に同調させたストロボランプの照射によりビデオモニター上に静止した状態で観察することができる。レーザー光の照射により散乱光と蛍光を検出された細胞をソーティングするには、水流が水滴に分かれる寸前に水流全体にプラスまたはマイナスの電荷を加え、設定領域内の目的の細胞を含む水滴をプラスまたはマイナスに帯電させる。帯電された水滴は落下の途中で、5000Vの電位差を有する2枚の偏向板に引き寄せられ、方向を左右に曲げられて落下する。帯電されなかった細胞を含まない水滴や、目的以外の細胞を含む水滴は垂直に落下して捨てられる。この方式では水滴をプラスとマイナスに帯電できるので、同時に2種類の細胞群を分取することができる。ソーティングを行った結果、GFPを高発現する細胞の割合は、ソーティング前では25%、ソーティング後では75%となり、高発現する細胞が得られた(図9)。
【0041】
新規胸腺再構築系の確立は、以下の通りである。Pax5遺伝子欠損プロB細胞は造血幹細胞に似た性質を持つ培養細胞であり(Nutt et al. Commitment to the B-lymphoid lineage depends on the transcription factor Pax5.Nature.401(6753),556-562,1999)、RAG2遺伝子欠失マウスに移入することによりB細胞以外のすべての造血系細胞へ分化する能力を持つ(Rolink et al. Long-term in vivo reconstitution of T-cell development by Pax5-deficient B-cell progenitors.Nature.401(6753),603-606,1999)。RAG2遺伝子欠失マウスは細胞表面抗原としてCD45.1を発現するが、Pax5遺伝子欠損プロB細胞はCD45.2を発現する。従って、胸腺の細胞表面抗原をフローサイトメトリーで解析することにより、胸腺細胞が再構築されたものかRAG2遺伝子欠失マウス本来のものかを区別できる(図10)。
RAG2遺伝子欠失マウスの胸腺細胞のうちCD45.1陽性細胞(93%)にゲートをかけ、CD4とCD8の発現を解析すると、ほぼすべての細胞(96%)がCD4/CD8ダブルネガティブ細胞であることがわかる。このマウスにPax5遺伝子欠損プロB細胞を尾静注し、3週間後に胸腺を摘出してCD45.1とCD45.2の各分子の発現を解析すると、ほぼすべて(98%)の細胞がCD45.2陽性となる。CD45.2陽性細胞におけるCD4とCD8の発現を解析すると、野生型B6マウスと同様にCD4/CD8ダブルネガティブ細胞(野生型1%、再構築後4%)、CD4/CD8ダブルポジティブ細胞(野生型87%、再構築後79%)、CD4シングルポジティブ細胞(野生型10%、再構築後14%)、CD8シングルポジティブ細胞(野生型2%、再構築後3%)が再構築されている。よって、Pax5遺伝子欠損プロB細胞を利用した胸腺再構築実験系では3週間で胸腺が再構築され、再構築された胸腺細胞はPax5遺伝子欠損プロB細胞由来のものである。
【0042】
dnERK5発現胸腺細胞における、成熟CD4シングルポジティブT細胞の割合の増加について述べる。GFP高発現細胞にゲートをかけ、ゲート内の細胞についてCD4/CD8の発現プロファイルの解析を行った。dnERK5発現細胞から再構築された胸腺細胞での成熟CD4シングルポジティブT細胞の割合は70%で、対照の41%に比べると増加していた。(図11)
CD4/CD8ダブルポジティブT細胞の割合は15%で、対照の44%に比べて減少していた。CD8シングルポジティブT細胞の割合は8%で、対照の6%とほとんど差は認められなかった。
【0043】
dnERK5発現ダブルポジティブ細胞では、分化の進んだ細胞が多く存在することを以下に示す。再構築された胸腺細胞の中でも、CD4/CD8ダブルポジティブ細胞において各種分化マーカーの発現を解析した (図12) 。dnERK5発現細胞から再構築されたダブルポジティブ細胞でのTCRb高発現細胞の割合は37%で、対照の10%に比べて増加していた。CD69高発現細胞の割合は36%で、対照の13%に比べて増加していた。CD2高発現細胞の割合は70%で、対照の57%に比べて増加していた。CD5高発現細胞の割合は67%で、対照の43%に比べて増加していた。LFA-1高発現細胞の割合は71%で、対照の48%に比べて増加していた。以上の結果から、3.5 dnERK5発現ダブルポジティブ細胞では、分化の進んだ細胞が多く存在していることが示された。
【0044】
dnERK5の発現により成熟CD4シングルポジティブ細胞の割合が増加し、TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1を高発現するダブルポジティブ細胞が増加したということは何を意味するのか。TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1はダブルポジティブ細胞が選択を受け、分化が進んだ後に発現上昇することが知られている分子であり、分化マーカーとして使用されている。ゆえにこの結果は、dnERK5の発現により、選択を受けた後のダブルポジティブ細胞が増加したことを意味する。成熟CD4T細胞の数および選択後のダブルポジティブ細胞数が増加したということは、本来ならば負の選択によって排除されていたはずの細胞がdnERK5の過剰発現により選択を免れ、生き延びたことを示している。
【0045】
Pax5欠損プロB細胞を用いた新規のT細胞再構築実験系を確立し、この実験系を利用してERK5のT細胞分化における機能解析を行った。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては成熟CD4T細胞および選択後のDP細胞が増加していた。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【実施例2】
【0046】
ウイルス産生パッケージング細胞Plat-E(Morita et al.,7(12)1063-1066,2000)の培養にはRPMI1640(GIBCO BRL)に10% FCS(ニチレイ)、1% Penicillin/Streptomycin(GIBCO BRL)、100mM Non-Essential amino acid solution(GIBCO BRL)、10mM HEPES(GIBCO BRL)、1mM Sodium Pyruvate(GIBCO BRL)、55mM 2-ME(GIBCO BRL)、1mg/ml Puromycin(SIGMA)、10mg/ml Blastcidin Sを加えた組成の培地を用いた。Pax5遺伝子欠損プロB細胞のフィーダー細胞であるST2の培養にはIMDM(GIBCO BRL)に10% FCS(ニチレイ)、1% Penicillin/Streptomycin(GIBCO BRL)、100mM Non-Essential amino acid solution(GIBCO BRL)、1mM Sodium Pyruvate(GIBCO BRL)、55mM 2-ME(GIBCO BRL)を加えた組成の培地を用いた。Pax5遺伝子欠損プロB細胞は、あらかじめ3000Rの放射線を照射したST2細胞を播種しておいた細胞培養ディッシュにPax5遺伝子欠損プロB細胞を添加して培養を行った。IMDM(GIBCO BRL)に2%FCS(Hyclone)、1%Penicillin /Streptomycin(GIBCO BRL)、100mM Non-Essential amino acid solution(GIBCO BRL)、10mM HEPES(GIBCO BRL)、0.03%Primatone、2%J558-IL7 supを加えた組成の培地を用いた。すべての細胞はCO2インキュベーター(5%CO2/95%air,37℃)内で培養した。
【0047】
dnERK5遺伝子のPCRクローニングについて述べる。優性不能型として働くことが知られているN末部分を欠失したERK5c遺伝子(以降、dnERK5遺伝子と呼称)をPCRクローニングした。クローニングに用いたPCR増幅用プライマーは、順方向(forward)プライマーとして 5’-tttggatccgccaccatgtacccatacgatgttccagattacgctatggagagcgacctacac-3’ を、逆方向(reverse)プライマーとして 5’-tttggatccgccaccatgtacccatacgatgttccagattacgctatggagagcgacctacac-3’ を用いた。PCRのテンプレートDNAは、プラスミドpBluescriptII KS-ERK5を使用した。PCR反応にはEx Taq DNA polymerase(TaKaRa)、10x concentration buffer、dNTP mixture(TaKaRa)を用いた。100pmole/ml PCRプライマー各1ml、10x concentration buffer 5.0ml、2.5mM dNTP mixture 4ml、Ex Taq DNA polymerase 0.5ml、テンプレートDNA(pBluescriptII KS-ERK5)100ngを含む全量50 mlを使用した。PCRの条件は、95℃ 2分、引き続いて95℃ 30秒、55℃ 30秒、72℃ 3分を20サイクル繰り返し、最終伸長時間72℃ 10分で行った。PCR産物の精製にはQIA quick PCR purification kit(QIAGEN)を使用した。このDNA断片をBamHI(TaKaRa)を用いて制限酵素処理し、同じくBamHI処理したpMXs-PREPベクターとTaKaRa DNA Ligation Kit Ver.2(TaKaRa)を用いてライゲーションした。pMXs-PREPプラスミドあるいはpMXs-PREP-dnERK5プラスミドを用いて大腸菌(Escherichia coli) JM109 (Promega)を形質転換し、組み換え菌を得た。形質転換はヒートショック法で行った。ベクターが導入されたクローンを培養し、QIAGEN Plasmid Maxi Kit(QIAGEN)にてプラスミドを調製した。 BigDye Terminator v3.1(Applied Biosystems)とDye EX Kit(QIAGEN)を使用してプラスミドの全塩基配列を確認した。
【0048】
dnERK5発現レトロウイルスの調製は、以下の通りである。pMXs-PREPプラスミドあるいはpMXs-PREP-dnERK5プラスミドをウイルス産生パッケージング細胞Plat-Eに導入するための方法としてリポフェクション法を用いた。あらかじめPoly-L-Lysine(SIGMA)でコートしておいたディッシュにPlat-Eを播種し(5x106個/10 ml culture medium/10cm dish)オーバーナイト培養した。リポフェクション用の無血清培地Opti-MEM(GIBCO BRL)600mlとリポフェクション試薬FuGene 6(Roche)18mlを混合し室温で5分インキュベートした。混合溶液にプラスミドDNA pMXs-PREP-dnERK5 6mgもしくはpMXs-PREP 6mgを加え室温で15分インキュベートし、前日にまいておいたPlat-Eの培養上清に加えた。リポフェクションを行った翌日と翌々日に培地交換を行い、三日後、四日後、五日後にウイルス含有培養上清を回収した。回収した上清を6,000rpm、16時間、4℃で遠心し、ペレットを1ml PBSで再懸濁した。これにより高力価レトロウイルス溶液を得た。
【0049】
細胞へのレトロウイルス感染、導入遺伝子高発現細胞の分取は、Pax5遺伝子欠損プロB細胞1x106個と高力価レトロウイルス溶液200mlを混合した溶液を37℃、1時間インキュベートし、3000Rの放射線を照射したST2細胞をあらかじめまいておいた細胞培養ディッシュに加え、通常の条件で培養した。16−24時間後にピューロマイシンを2.5mg/mlとなるよう加え、薬剤選択を行った。選択後の細胞1x107 個に対して、FACS Vantage(Becton Dickenson)を使用してGFPを高発現する細胞のソーティングを行った。
【0050】
Pax5遺伝子欠損プロB細胞を利用した胸腺再構築は、ERK5のT細胞分化における機能の検定は、Pax5遺伝子欠損プロB細胞を利用した新規の実験系を用いて行った。Pax5遺伝子欠損プロB細胞1x107個を500−600mlのPBSに懸濁し、42mmナイロンメッシュフィルターに通したあと、RAG2遺伝子欠失マウスに尾静注した。マウス飼育、尾静注、胸腺の摘出は山口大学の動物実験使用指針に従った。
【0051】
胸腺細胞のフローサイトメトリー解析を行なった。Pax5遺伝子欠損プロB細胞をRAG2遺伝子欠失マウスに尾静注して3週間後、再構築された胸腺を摘出し、CD45.1、CD45.2、CD4、CD8、TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1の発現についてフローサイトメトリー解析を行った。96穴丸底プレートに胸腺細胞を1ウェルにつき1x106個まき、プレートを2,000 rpm、1分、4℃で遠心した。上清をデカントで捨て、各蛍光色素またはビオチンでラベルした抗体(CD45.1-FITC、CD45.2-FITC、CD4-PE、CD8-biotin、CD8-APC、TCRb-biotin、CD69-biotin、CD2-biotin、CD5-biotin、LFA-1-biotin)を10ml加え、遮光下4℃で20分インキュベートした。インキュベート後、FACSメディウム(1xHBSS、BSA、アジ化ナトリウム)を加えてプレートを2回洗った。ストレプトアビジン-Red670試薬を15ml加え、遮光して室温で10分インキュベートした。インキュベート後、プレートを2回洗い、得られたペレットをFACSメディウム200mlで再懸濁し、42mmナイロンメッシュフィルターに通して細胞の塊を除いてからフローサイトメトリー解析に用いた。再構築された胸腺細胞のフローサイトメトリー解析はGFPまたはFITC、PE、TruRedの三色同時解析が可能なFACS Calibur(Becton Dickenson)、あるいはGFPまたはFITC、PE、APC、TruRedの四色同時解析が可能なデュアルレーザー搭載FACS Calibur (Becton Dickenson)を使用した。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、Pax5欠損プロB細胞前駆体による、T細胞分化の再構成に係わる図である。(a)Pax5-/-マウス(CD45.2)由来のプロB細胞をIL-7存在下に培養した後、致死量以下の放射線を照射したCD45.1、RAG2-/-マウスにトランスファーした。インジェクションしてから4週間後に、胸腺細胞を4-color FACSにより分析した。CD45.1+,CD45.2-(中央の図)またはCD45.1-,CD45.2+(上および下の図)のゲートに入った細胞が示されている(右のパネル)。(b)ベクター(pMXs-puro-GFP)またはpMXs-puro-dnRac1を形質挿入したPax5-/-プロB細胞(左のパネル)の顕微鏡分析結果および結果として得られたプロB細胞由来の胸腺細胞(右のパネル)を示す図である。
【図2】dn-Rac1を発現している胸腺細胞において、正の選択が損なわれていることを示す図である。(a)ベクターまたはdnRac1形質導入Pax5-/-プロB細胞由来胸腺細胞のCD4とCD8を染色した。GFP陽性gated細胞のCD4/CD8プロファイルが示されている。これらのプロファイルは、3回の独立した試験の代表例である。(b)dnRac1プロB細胞で再構成されたマウスの胸腺細胞を、GFPネガティブ、GFP低発現、GFP高発現ポピュレーションに区分し、それぞれのグループのCD4/CD8プロファイルを示した。(c)GFPポジティブでDPのゲートに入った細胞のTCR発現(左のパネル)を示した(右のパネル)。
【図3】dn-Rac1の存在下において、TCR誘発アポトーシス(TCR-induced apoptosis)が増加することを示す図である。dnRac1-GFPで形質導入されたPax5-/-プロB細胞由来胸腺細胞およびコントロールのベクターで形質導入されたPax5-/-プロB細胞由来胸腺細胞は、プレートにコートされた種々の抗体または10ng/ml PMA と1mg/ml A23187により、それぞれ6時間の間、活性化された。図3には、GFP 陽性でCD4、CD8ダブル ポジティブな細胞のアネキシンV(Annexin V)染色プロファイルが示されている。
【図4】ドミナント ネガティブRac1(Dominant negative Rac1)がCD4-SPの分化をブロックし、DPK細胞のアポトーシスを増加させることを示す図である。(a)dnRac1形質導入DPK細胞のGFP、FSCおよびTCRbの発現を示す図である。(b)ベクター(pMXs-PREP)とpMXs-PREP-dnRac1形質導入DPK細胞を、DC-Iおよび100ng/ml SEAといっしょに共培養した。指定した培養時間ごとに細胞を回収し、フロー サイトメトリーにより分析した。図4のbにはGFP陽性細胞のフェノタイプが示されている。(c)dnRac1の存在下において、TCR活性化がアポトーシスを誘起することを示す図である。GFPポジティブdnRac1またはコントロールのベクターにより形質導入したDPK細胞を、指定の培養時間ごとに回収してAnnexin Vで染色し、Annexin Vで染色された細胞の比率を、それぞれのグループごとにグラフ上にプロットした。
【図5】dnRac1(dominant negative Rac1)はTCR依存性の初期MAPK活性化(TCR-dependentearly MAPK activation)を阻害しないが、TCRメディエイテッド アクチン重合(TCR-mediatedactin polymerization)は阻害することを示す図である。(a)anti-CD3e 抗体により、DPK細胞は活性化されることを示す図である。指定時間(分)後に、細胞上清(cell lysates)を調製し、anti-phospho-ERKまたはanti-ERK抗体を用いて、ウェスタン ブロットにより分析した。(b)16時間培養後のdnRac1-DPK細胞上のCD5およびCD69の発現量の分析を、FACSにより行なった。APC存在下で16時間培養後の細胞数を、SEA非存在下の結果を点線で、SEA存在下の結果を実線で示してある。(c)TCRメディエイテッド アクチン重合は、dnRac1により阻害されることを示す図である。dnRac1コントロールのベクターまたはdnRac1により形質導入したDPK細胞を、anti-CD3およびCD28モノクローナル抗体を塗布したカバースリップ上で15分間培養後、固定化とpermeabilizedした後、重合したアクチン繊維を検出するため、Alexa594コンジュゲイテッド ファロイディンで染色した。(d)CD4-SP細胞の発生(Generation)がアクチン重合に必要であることを示す図である。アクチン重合のインヒビターであるラトランキュリンA(Latruncullin A)を、図5dに示した量の存在下に、DC-IおよびSEAと一緒に、DPK細胞を3日間、共培養した。
【図6】アポトーシス関連遺伝子群の発現におけるdnRac1の影響を示す図である。Bcl-2のTCR依存性アップレギュレーションは、dnRac1-DPKにおいて損なわれていた。Bcl-2aおよびNor1の発現の変化は、プレートに固定されたanti-CD3およびanti-CD28抗体と共に16時間 活性化されたDPK細胞において、定量的リアルタイムRT-PCR(quantitative real-time RT-PCR)により決定した。結果は、コントロールのハウスキーピング遺伝子GAPDHとBcl-2aまたはNor1の発現の比として示した。
【図7】Bcl-2の過剰発現が、dnRac1-DPKにおけるCD4-SP発生(generation)およびTCRメディエイテッド アポトーシス(TCR-mediated apoptosis)をレスキューすることを示す図である。(a)ベクター(pMXs-PREP)またはpMXs-PREP-dnRac1のいずれかと、pMI.2-Bcl2および共に形質導入されているDPK細胞を、DC-Iおよび100ng/mlSEAと共に、共培養した。3日後に細胞を回収して、フローサイトメトリーにより分析した。GFP+のCD4およびCD8プロファイル(パネルの上側の2列)、およびGFP+とhCD2+細胞のCD4およびCD8プロファイル(パネルの下側の2列)が示されている。(b)指示した培養時間後の生存CD4-SP(上側のパネル)および全細胞数(下側のパネル)の絶対数をカウントした。GFP陽性細胞の数をカウントした。
【図8】dnERK5レトロウイルス発現ベクターの構築を示す図である。
【図9】ソーティング法によるGFP高発現細胞の分取画分を示す図である。
【図10】Pax5欠損プロB細胞とRAG2遺伝子欠失マウス由来細胞との判別に関する図である。
【図11】dnERK5発現胸腺細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示す図である。
【図12】DP細胞における各分化マーカーの発現を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、T細胞分化障害のあるRAG2欠損マウス等のRAG2欠損動物に、Pax5欠損プロB細胞(Rolink, A.G. et al., 1999, Nature 401:603‐606)に種々の機能未知遺伝子を導入発現した細胞を注入して確立した新規のT細胞再構築試験系、新規T細胞分化遺伝子、およびそれを利用したRac1およびERK5等の新規機能遺伝子と免疫治療への利用に関する。
【背景技術】
【0002】
Pax5欠損プロB細胞およびPax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法に関しては、先行特許文献を見い出せなかった。Pax5欠損プロB細胞およびPax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法を利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用に関する先行特許文献も見い出せなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法と、それを利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用が、本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入する、新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法に関するものである。動物に関しては特に制限はないが、マウス由来のPax5欠損プロB細胞を用いるのが好ましい。また、Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入して作製した新規なT細胞再構築試験系も本発明の範囲に含まれるものであり、動物に関しては特に制限はないが、マウス由来のPax5欠損プロB細胞を用いるのが好ましい。請求項3または4に記載の新規なT細胞再構築試験系を用いて得られた、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の利用により解明された新規機能を有するRac1およびERK5を用いて、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の免疫治療への利用が可能である。
【0005】
RAG2欠損マウスは、免疫担当細胞のT細胞、B細胞の分化機能が欠失しており、Pax5欠損マウス由来プロB細胞(造血幹細胞に似た性質を持つ培養細胞であり、RAG2遺伝子欠損マウスに移入することにより、B細胞以外のすべての造血系細胞へ分化する能力を持つ)に種々の機能未知遺伝子を導入発現した細胞をRAG2欠損マウスに注入して、新規のT細胞再構築試験系を確立した。この試験系を利用して、Rac1やERK5などの制御因子のT細胞分化における機能の解明を行なった。
【0006】
Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法を用いて、Rac1遺伝子がT細胞の胸腺でのCD4/CD8ダブルポジティブ細胞から、CD4またはCD8ポジティブ細胞(特にCD4)へのポジティブ セレクションに必要であることを解明した。今後、免疫機能不全や自己免疫疾患の治療薬標的遺伝子の探索技術として有用な方法となり、今回みつかった遺伝子も、免疫機能不全の治療薬標的となり得る。
【0007】
ERK5は、転写因子であるMEF2CおよびMEF2Dをリン酸化するが、MEF2Dは神経および血管系のみならず胸腺細胞にも発現しており、T細胞の負の選択において中心的な役割果たすNur77の発現を調節している。従って、ERK5は循環器系のみならず、未熟T細胞の選択過程において重要な働きをしている可能性が考えられる。負の選択は、自己反応性のT細胞を排除する重要なプロセスであり、拡張型心筋症のような自己免疫性の疾患の発症機序にも関与している可能性が考えられる。本発明においては、T細胞の分化過程、特に負の選択に着目して、ERK5の機能の検討を行なった。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては、成熟CD4 T細胞および選択後のCD4/CD8ダブル陽性細胞が増加していた。ERK5は、ERK、JNK、p38に続く第4のMAPキナーゼカスケードの一員であり、右心室の形成、血管形成や血管平滑筋の分化に重要であることが知られている。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示唆された。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法と、それを利用したRac1およびERK5の機能解明と免疫治療への利用が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
T細胞発生(T cell development)におけるRac1の機能を研究するために、Pax5欠損プロB細胞(Rolink,A.G.et al.,1999,Nature 401:603‐606)を用いる、新規に開発された試験系を用いた。Pax5は、BLNK(Schebesta,M.et al.,2002,Immunity 17:473−485, Schebesta,M.et al.,2002,Curr Opin Immunol 14:216-223)のようなB‐lineage特異的遺伝子の発現を促進することにより、また同時にNotch-1(Souabni,A.et al.,2002,Immunity 17:781‐793)のようなノンBリンフォイド遺伝子群(non‐B‐lymphoid genes)の転写を抑制することにより、Pax5はB細胞系コミットメントのためのクリティカルな転写因子(a critical transcription factor for B‐lineage commitment)として機能する。Pax5を欠損しているプロB細胞はB細胞に分化する能力を欠失しているが、Pax5欠損プロB細胞はコミットメントされないままであり、RAG-/- マウス(Nutt,S.L.et al.,1999,Nature 401:556-562,Schaniel,C.et al.,2002,Blood 99:472‐478)にトランスファーした時には、T細胞、NK細胞、マクロファージ(macrophage)、顆粒球(granulocyte)、樹状細胞(dendritic cell)および赤血球(erythrocyte)を含む多系統の造血系細胞(hematopoietic cells)を再構成することができる。Pax5-/-プロB細胞は、多能性(pluripotency)を失うことなく、長期間にわたるインビトロ培養が可能であるため、これらの細胞は、T細胞分化の分析用の新たに調製された血液幹細胞に優る大きな利点を有している。発明者らは、Rac1変異遺伝子をPax5-/-プロB細胞に導入し、ピューロマイシン(puromycin)で選抜し、GFP(Green Fluorescent Protein)の発現が高い細胞をソートして、多数の試験用のストックとして凍結保存を行なった。レトロウイルスのインサーションによる特定の遺伝子の破壊に起因するアーティファクトを回避するため、個々の細胞クローンではなく、トランスデュースト セル ライン(transduced cell lines)を用いた。図1に示したように、CD45.2+ Pax5-/-プロB由来の胸腺細胞が、インジェクション後3−4週間で、CD45.1+ RAG2-/-胸腺において完全に発生していた。
【0010】
T細胞発生(Tcell development)における構成的に活性なRac1変異体(constitutive active Rac1mutant)の効果は、カントレル等のグループ(Cantrell,D.A.,2003,Immunol Rev 192:122-130,Gomez,M.et al.,2000,Nat Immunol 1:348‐352,Gomez,M.et al.,2001, Immunity 15:703-713)により幅広く研究されてきたが、T細胞発生における機能喪失型(loss-of-function)のRac1変異体の研究は、未だ報告されていない。構成的に活性なRac1トランスジェニック マウスは、正の選択から負の選択への転換を示し(Gomez,M.et al.,2001,Immunity 15:703‐713)、Vav-/-マウスにおいてはT細胞欠陥の修復(restoration of the T cell defect in Vav-/- mice)、RAG-/-マウスにおいてはDP(double positive)細胞のジェネレーション(generation of DP cells in RAG-/- mice)を示し、活性型Rac1がTCRシグナル伝達を昂進させることを示唆している。本発明において、Rac1はインビトロ モデル系(図4)における正の選択に必要であること、またインビボのT細胞再構成(図2)にも必要であることを、直接的に示すことができた。驚いたことに、Rac1はプレTCRシグナリング(pre‐TCR signaling)には必要でなかったが、これはdnRac1(double negative Rac1)を発現している胸腺細胞(dnRac1 expressing thymocytes)において、DP細胞のジェネレーションがdnRac1を発現している胸腺細胞においては影響されなかったという観察による。この結果は、もう一つのRho family small GTPaseであるRhoAとは著しく対照的であり、RhoAはDN(dominant negative)からDPへの突然変異(transition)に関与していることが示されている(Henning,
S.W.et al.,1997,Embo J 16:2397-2407,Costello,P.S.et al.,2000,J Exp Med 192:77-85,
Cleverley,S.et al.,1999,Curr Biol 9:657‐660)。
【0011】
dnRac1の存在により、初期のERK活性化が阻害されないことを見い出した(図5a)。正の選択におけるERK活性化の必要性は、既に充分に確立されており
(Alberola-Ila,J.et al.,1995,Nature 373:620-623;Alberola-Ila,J.et al.,2003,Immunol Rev 191:79-96)、最近はRac1の下流の主要なターゲットであるPAK1が、ERK活性化(Slack-Davis,J.K.et al.,2003,J Cell Biol 162:281‐291,Eblen,S.T.et al.,2002,Mol Cell Biol 22:6023-6033)に関与していることが示されている。しかしながら、dnRac1-DPKにおけるノーマルなERK 活性化は、ERKのTCRメディエイテッド活性化が(TCR-mediated activation of ERK)がRac1とは独立していることを示している。従って、正の選択へのdnRac1の阻害効果は、単純にERK活性化の阻害に起因させることはできない。
【0012】
Rac1は一般的に、アクチン再構成プロセスにおけるキー分子として認識されている(Tapon,N.et ai.,1997,Curr Opin Cell Biol 9:86‐92)。従ってdnRac1の導入(introduction)が、TCRメディエイテッド アクチン重合(TCR‐mediated actin polymerization)を阻害することは驚くべきことではない(図5c)。ドミナント ネガティブなWASP トランスジェニック マウス(dominant negative WASP transgenic mice;
Zhang,J.et al.,2002,Proc Natl Acad Sci USA 99:2240‐2245)における正の選択の完全な破棄(abrogation)が、正の選択の間のアクチン重合の要求性と確かに一致(consistent)しているにも拘わらず、T細胞発生におけるアクチン細胞骨格再構成
(actin cytoskeletal reorganization)の役割は、依然として明らかではない。
本発明により、アクチン重合の阻害剤Latrunculin A(図6d)を用いることにより、アクチン重合はDPKシステムにおける正の選択に必要であることが示された。従って、dnRac1‐DPK細胞の分化の欠失(lack)は、TCR(T cell receptor)メディエイテッド アクチン再構成(TCR‐mediated actin reorganization)における欠陥(defect)に、部分的に起因させることができる)。最近、TCR メディエイテッド Rac(TCR‐mediated Rac)活性化と免疫学的シナプス形成が、DOCK2(Sanui,T.et al.,2003,Immunity 19:119-129)に起因していることが示された。DOCK2欠損マウス(Sanui,T.et al.,2003,Immunity 19:119-129)において観察された、損なわれた正の選択(Impaired positive selection)は、アクチン細胞骨格再組織化(actin cytoskeletal reorganization)経由の正の選択において必須であるという本発明の知見と一致している。
【0013】
本発明において、dnRac1を発現しているDP 胸腺細胞(図3) およびDPK細胞(図4c)において、TCRメディエイテッド アポトーシス(TCR−mediated apoptosis)の増加が観察された。プロ−アポトーティックおよび抗アポトーティックなメディエーター(The balance between TCR−mediated induction of pro−apoptotic and anti−apoptotic mediators)が、正の選択と負の選択を識別するキーファクターである。DP 胸腺細胞のTCR 刺激は、オーファン転写因子Nur77およびNor1(Cheng,L.E.et al.,1997,Embo J 16:1865−1875)を誘導し、Bim(Szegezdi,E.et al.,2003,J Immunol 170:3577−3584,Bouillet,P.et al., 2002,Nature 415:922−926))およびFas-L(Weih,F.et al.,1996,Proc Natl Acad Sci U S A 93:5533−5538)expressionを誘導することにより、負の選択(Calnan,B.J.et al.,1995, Immunity 3:273−282, Zhou,T.et al.,1996,J Exp Med 183:1879−1892)において重要な役割を果たしている。Nur77遺伝子の誘導はMEF2により正にコントロールされており、また、ヒストン脱アセチル化(histone deacetylation)を経由してCabin1(Youn,H.D.
et al., 2000,Immunity 13:85-94))およびHDAC7(Dequiedt,F.et al.,2003,Immunity 18:687−698))により負にコントロールされている。TCRシグナリング(signaling)は、Nur77転写(transcription)を活性化するために、MEF2からこれらのリプレッサーをリリースする。DPKシステム(DPK system)においては、これらのプロ−アポトーティック メディエーター(pro-apoptotic mediators)の誘導へのdnRac1の影響は観察されなかった(図6)。実際、コントロール セルと比較すると、dnRac1-DPK においてはTCRメディエイテッドなNur77(TCR-mediated Nur77)インダクションが更に低かった。これらの結果から、活性化されたdnRac1-DPK細胞におけるアポトーシスの増加は、プロ−アポトーティック メディエーター(pro-apoptotic mediators)の発現増加に起因している。
【0014】
対照的に、dnRac1の発現は、抗アポトーティック メディエーター(anti-apoptotic mediator)Bcl-2の発現には影響しなかった(図6 左のパネル)。さらに、Bcl-2の強制的な発現は、defective CD4-SP generationおよびdnRac1発現DPKの抗原誘導アポトーシス(antigen-induced apoptosis)を回復させることができた(図7)。これらの結果から、Bcl-2メディエイテッド生存応答(Bcl-2 mediated survival response)におけるRac1の関与(involvement)は、胸腺細胞の正の選択にクリティカルと考えられる。Rac2欠失マストセル(Rac2 deficient mast cells)は、Akt活性化(Akt activation)およびBcl‐xL発現に欠陥が存在することが示されており、損なわれた生存(impaired survival)に至る(Yang,F.C.et al.,2000,Immunity 12:557−568)。従って、細胞の生存のメディエイティング(mediating cell survival)におけるRac蛋白質の関与は、より一般的な現象であるかもしれない。DP胸腺細胞において、一つの抗アポトーシス信号は、Akt依存性のNur77リン酸化(Pekarsky,Y.et al.,2001,Proc Natl Acad Sci U S A 98: 3690−3694, Masuyama,N.et al.,2001,J Biol Chem 276:32799−32805)による核からのNur77の除外(exclusion)である。dnRac1-DPK 細胞において、Nur77のリン酸化の状態を調べてはいないが、Nur77リン酸化の調整におけるRac1の関与はありそうに無いと考えられる。AktのTCRメディエイテッド アクティベーション(TCR-mediated activation of Akt)はPI3-kinaseに依存しており、DPKのインビトロ分化システム(in vitro differentiation system)におけるCD4−SP細胞のジェネレーションは、PI3-Kinase インヒビター、ワートマンニン(wortmannin)およびLy294002に耐性である。
【0015】
Bcl-2は主要な抗アポトーシス分子であり、その発現は、正の選択後ただちに増加した(Punt,J.A.et al.,1996,J Exp Med 184:2091−2099)。さらにTCR刺激は、インビトロでもBcl-2を誘導することが知られている(Groves,T.et al.,1997,J Immunol 158:65-75)。Bcl-2 遺伝子の5’調節領域(5’ regulatory region)において、2つのプロモーター領域が同定されており、NF-kB(Catz,S.D.et al.,2001,Oncogene 20:7342−7351)はこれらのプロモーター領域の一つに結合することが示された。他の研究により、Bcl-2 遺伝子はNFAT4(Oukka,M.et al.,1998, Immunity 9:295−304)およびNF-kB2(Viatour,P.et al.,2003, Leukemia 17:1349−1356)により、ポジティブに調節(positively regulated)されていることが示された。従って、Rac1はNF−ATまたはNF-kBのTCR-mediated activationに関係しているかもしれない。このアイデアに一致して、Rac1は、マスト セル(Turner,H.et al.,1998,J Exp Med 188:527−537)のFcRメディエイテッド シグナル伝達(FcR−mediated signal transduction)におけるNFAT4の活性化に関与していることが示された。
【0016】
本発明により、Rac1は正の選択に必要であるが、b-セレクションには必要ではないことが示された。インビトロの正の選択モデル系(positive selection model system)を用いて、Rac1はTCRメディエイテッド アクチン 細胞骨格再構成(TCR−mediated actin cytoskeletal reorganization)および抗アポトーシスタンパク質Bcl-2のインダクション(induction of anti−apoptotic protein Bcl−2)においてクリティカルであることが示された。Bcl-2インダクションのRac1依存性経路は、TCRメディエイテッド アポトーシス(TCR−mediated apoptosis)を妨げることにより、正の選択にクリティカルなプロセスであり得る。
【実施例1】
【0017】
プロB細胞は、2週齢のPax5ノックアウトマウス(Urbanek,P.et al.,1994,Cell 79:901−912)の骨髄から樹立し、2%FCS、0.03%primatoneおよびIL-7を含有したIMDM培地中、ST2ストローマ細胞上で培養した(Nutt,S.L.et al.,1999,Nature 401:556-562)。1千万個のtransduced Pax5-/-プロB細胞を、4Gyの放射線照射をしたC57BL/6-CD45.1-RAG2-/-マウス(Shinkai,Y.et al.,1992,Cell 68:855-867)の尾静脈から静脈中に注入した。3−4週間後に、フローサイトメトリック分析(flowcytometric analysis)を行なった。
【0018】
レトロウイルス ベクターの作製法は、以下の通りである。ドミナントネガティブ(N17)ヒトRac1 cDNAは、pEGFP-C1(CloneTech)ベクター中にクローニングした。pMX-puro-dnRac1GFPの作製には、EGFP-Rac1N17キメラ cDNAをpMXs-puro(Kitamura,T.,1998,Int J Hematol 67:351-359)のNot I サイト中にPCRによりクローニングした。pMXs-PREPレトロウイルスベクターの作製には、マーモット プレ配列(Zufferey,R.,1999,J Virol 73:2886−2892)のClaI 断片とピューロマイシン耐性遺伝子(puromycin resistance gene)のSalI断片とを、それぞれpMXs-IRES-GFP(Kitamura,T,1998,Int J Hematol 67:351−359)のClaIおよびSalIサイトに挿入した。PCRによりクローニングしたRac1N17 cDNAをpMXs−PREP中に挿入し、pMXs−PREP−dnRac1を作製した。
【0019】
ベクター(pMX−puro−GFP)またはPlat−Eパッケージング細胞(Morita,S.,2000,Gene Ther 7:1063−1066)をトランスフェクトされたpMXs−puro−dnRac1GFPからのレトロウイルスを含む上清液を濃縮し、プロB細胞のインフェクションに用いた。VSVシュードタイプ ウイルス(VSV−pseudo−typed viruses)は、DPK 細胞の感染に用いた。レトロウイルスによる形質導入細胞(Retrovirally transduced cells)は、1−2.5mg/mlピューロマイシン(puromycin)により選抜し、セルソーターFACSVantage SE(Becton Dickinson)を用いる単一細胞クローニング(single cell cloning)は行なわずに、GFP強度の高い細胞(GFPhi cells)を電子的に分別した。
【0020】
PCRで増幅したヒトBcl-2 cDNAを、IRES-human CD2カセットを有するpMX−based retroviral vector pMI.2に挿入した。pMI.2−Bcl2からのレトロウイルスを含む上清を、それぞれBcl2−DPKおよびdnRac1、Bcl2−DPKを確立するために、control-DPK(pMXs−PREP)およびdnRac1−DPK(pMXs−PREP−dnRac1)をトランスデュースするために用いた。
【0021】
DPK分化試験(DPK differentiation assay)は、文献の記述(Kaye,J.et al.,1992,Cell 71:423−435)に従って行なったが、いくらかの修正を加えた。簡単に説明すると、6ウェルプレートの各ウェル内に9×105の放射線照射したDC−I(Ek and ICAM-1 transfected murine fibroblast)を入れ、培養時間の最後の2時間だけ100ng/ml SEA(Toxin Technology, Sarasota, FL)の存在下、非存在下において24時間の前培養を行ない、さらに4.5×105個のDPK細胞を加えて37℃、3日間の培養を行なった。培養終了後に細胞を収集し、anti−CD4−PE(GK1.5)抗体とanti−CD8a−Biotin(53-6.7)抗体で染色した後、フローサイトメトリー用にストレプトアビジン−トゥルーレッド(Streptavidin-TruRed)で染色した。総ての抗体および染色液は、Pharmingen(Palo Alto, CA)製である。
【0022】
DPK細胞を10mg/mlのanti−CD3e抗体により4℃でインキュベーションした後、37℃において抗ハムスター二次抗体で架橋した。指定時間のインキュベーションの後、細胞を溶解させ、anti−phospho−ERK抗体 および anti−ERK抗体(Transduction Lab,Palo Alto,CA)を用いてウェスタンブロットを行なった。
【0023】
それぞれ10mg/mlのanti−CD3e 抗体およびanti−CD28モノクローナル抗体がコーティングされているカバースリップ上にDPK細胞を加えた後に、37℃で15分間の培養を行なった。上清を除去した後に、4% パラホルムアルデヒドにより細胞を固定化した後、0.3% サポニン(saponin)処理後にphalloidin−Alexa594(Molecular Pro−Be,Eugene,OR)による染色を行なった。
【0024】
胸腺細胞(Thymocytes)またはDPK細胞は、FITC conjugated anti−CD45.2(clone 104)、PE conjugated anti‐CD4(GK1.5)、anti−CD5(53-7.3)、Biotin-conjugated anti-CD8a
(53-6.7)、anti-TCRb (597-H57)、AnnexinV、anti-CD69(H1.2F3)、anti-CD45.1(A20)およびAPC conjugated anti−CD8a(53-6.7)の種々の組み合せの抗体により染色した。染色した細胞は、4カラーFACS分析用のtwo laser−FACScalibur(Becton
Dickinson,Palo Alto,CA)により分析した。
【0025】
RNeasy kit(Qiagen,Hilden,Germany)を用いて細胞からRNAを分離し、QuantiTect SYBR Green RT-PCR Kit(Qiagen)を用いてリアルタイムPCR(real-time PCR)を行なった。リアルタイムPCR用のプライマーは、Bcl-2a(5'cctgtggatgactgagtacct3'/5'gagcagggtcttcagagaca3')およびNor1(5'aagggcttcttcaagagaac3'/5'tgaaatctgcagtactgacatc3')を用いた。
【0026】
Pax5はB細胞発生(B cell development)のためのマスター転写因子であり、Pax5欠損マウス由来の培養プロB細胞は、致死量以下の放射線照射されたRAG2-/-マウス(Rolink,A.G.et al.,1999, Nature 401:603-606;Nutt,S.L.et al., 1999,Nature 401:556-56;Schaniel,C.,L.et al.,2002,Blood 99:472-478)中にトランスファーすることにより、B細胞以外の正常な造血細胞(hematopoietic cells)を再構成することが示されている。培養したPax5欠損プロB細胞を、宿主細胞(host cells)と注入した細胞とを識別するためのバックグラウンドであるCD45.1を有するRAG2-/-マウス(Shinkai,Y.et al., 1992,Cell 68:855-867)中に導入した。図1aに示したように、CD45.2陽性、CD45.1陰性Pax5-/-プロB由来の胸腺細胞(CD45.2 positive CD45.1 negative Pax5-/- pro-B-derived thymocytes)は、注入4週間後において正常に発生していた。再構成された胸腺細胞のトータル数は、3000万から1億5000万個に変化しており、接種したプロB細胞の数と再構成期間(reconstitution period)に依存していた。しかしながら正常な胸腺細胞と比較して、プロB細胞由来のCD4およびCDシングルポジティブ(以下SPと略記する)細胞の僅かな増加が、一貫して観察された(図1a)。
【0027】
T細胞の発生におけるRac1の機能を調べるために、Pax5-/-プロB細胞中に変異Rac1遺伝子を導入した。ドミナント ネガティブRac1(N17)cDNA(dominant negative Rac1(N17)cDNA;以下dominant negativeをdnと略記)のN末端にEGFPをコードしている配列を融合させて、pMXs-puroレトロウィルス ベクター(Kitamura,T.,1998,Int J Hematol 67:351-359)中に導入した。Pax5-/-プロB細胞中にdnRac1-GFP ウイルスを形質導入した時には融合蛋白質が細胞膜中に局在していたのに対し、GFP(green fluorescent protein)ベクターを形質導入した細胞には拡散した均一な緑色蛍光が見られた(図1bの左側パネル)。形質導入されたプロB細胞のインジェクション後3から4週目のマウスから胸腺細胞を採取し、種々の細胞表面抗原で染色した。dnRac1-GFP Pax5-/- プロB細胞に由来する胸腺細胞の顕微鏡による観察では、細胞膜に局在化したGFP蛍光が検出された(図1b右下のパネル)。胸腺におけるGFP陽性細胞のポピュレーションにいくらかの試験ごとの変化が存在していたが、恐らく、gene silencing effectによるものと考えられる。しかしながら、dnRac1-GFP発現胸腺細胞(dnRac1-GFP-expressing thymocytes)のCD4/CD8プロファイルは、GFPベクターだけを発現している胸腺細胞(GFP vector-expressing thymocytes)のプロファイルとは、全く異なっていた。dnRac1を発現している胸腺細胞は、ほんの僅かのCD4-SPおよびCD8-SP細胞しか含まれていなくて、胸腺細胞の発生はDPステージ(DP stage)において厳密に抑制されていることを示している(図2a)。GFPの発現レベルとポジティブセレクションの抑制の厳しさとの間に相関があり、これは競争的ドミナント ネガティブ 阻害剤(competitive dominant negative inhibitor)に対して予期されるものと同じである(図2b)。興味あることに、CD4 CD8 DN(CD4 CD8 double negative)細胞からのDP細胞の発生が抑制されており、Rac1は絶対的にβセレクション(b-selection)を必要としているわけではないことが示された。DP-TCRhi細胞もまた、dn-Rac1発現胸腺細胞(dn-Rac1 expressing thymocytes)においてシビアに減少しており(図2c)、正の選択プロセス(positive selection process)の初期段階において、dn-Rac1が正の選択をブロックしていることが示された。
【0028】
次に、dn-Rac1発現胸腺のTCRメディエイテッド アポトーシス(TCR-mediated
apoptosis)について調べてみた。ベクター コントロールおよびdnRac1-GFP形質導入Pax5-/-プロB細胞(dnRac1-GFP transduced Pax5-/- pro-B cells)をRAG2-/-マウスに注射し、再構成された胸腺細胞のTCRメディエイテッド アポトーシスを、インビトロで試験した。図3に示したように、刺激が存在しない条件下においても、dnRac1発現胸腺細胞は、アネキシンV(Annexin V)染色により決定されたアポトーシスの増加を示しており、また、DP胸腺細胞の刺激依存性アポトーシスもまた、dn-Rac1の存在下において増加した。
【0029】
正の選択の間のTCRメディエイテッド シグナル伝達(TCR-mediated signal transduction during positive selection)における、Racの詳細な機能を分析するために、CD4-SP 分化(differentiation)のインビトロ モデル実験系を利用することに決定した。DPKは、AND-TCRトランスジェニック マウス(Kaye,J.et al.,1992,Cell 71:423-435,Kaye,J.et al.,1989,Nature 341:746-749)由来の自然発生DP胸腺リンフォーマ(thymic lymphoma)細胞である。このセルラインは、インビトロでの抗原負荷APC(antigen loaded APC)と一緒に培養すると、CD4-SP細胞に分化することが示されている(Kaye,J.et al.,1992,Cell 71:423-435)。また、未成熟胸腺(immature thymocytes)の正の選択(Shao,H.et al.,1997,J Exp Med 185:731-744;Shao,H.et al.,1997,J Immunol 159:5773-5776;Ochoa-Garay,J.et al.,1998,J Immunol 160:3835-3843)の間のシグナル伝達の研究にも用いられている。ドミナント ネガティブ(N17)Rac1遺伝子を、新たに確立されたpMXs-PREPレトロウイルス ベクター中にPCRクローニングにより導入した。このpMXs-PREPレトロウイルス ベクターには、IRES-GFPカセットおよびmRNA安定化エレメント(wPRE)配列が、効率的な遺伝子発現のために導入されている(Tahara-Hanaoka,S.et al.,2002,Exp Hematol 30:11-17)。pMX-PREP-dnRac1を導入したDPKは細胞のサイズがいくらか増加したが、CD4、CD8およびTCRの発現レベルは、コントロールのベクター(pMXs-PREP)を感染させた細胞(図4a)とは区別が可能であった。図4bに示したように、コントロールのベクターで形質導入されたDPK細胞は、徐々にCD8発現が減少し、抗原刺激後3日目には細胞のほとんど80%がCD4-SP細胞に分化した。対照的に、dnRac1-DPK(図4b)において、CD4-SP細胞は、ほとんど完全になくなった。同時に、TCR刺激(TCR stimulation)におけるAnnexin V陽性のアポトーシス細胞の数は、対照例のDPK細胞(図4c)に比較して、dnRac1-DPKにおいてドラマチックに増加した。細胞の生存率を決定するためのトリパンブルー排除法(trypan blue dye exclusion method)によっても、同様の結果が得られた。以上の結果を総合すると、DP胸腺におけるdnRac1の発現は、インビボとインビトロの両方の試験系において、ポジティブセレクションの抑制とTCR誘導アポトーシス(TCR-induced apoptosis)の増加に導くことが、明確に示された。
【0030】
正の選択の間のTCR依存性シグナル トランスダクション(TCR-dependent signal transduction)におけるRac1の機能を調べるため、anti-CD3eモノクローナル抗体をコートしたビーズによりDPK細胞を刺激し、ERKの活性化をERK1および2のリン酸化により評価した(図5a)。dnRac1変異体はERK活性化に何の効果もなく、ERKのTCR刺激による活性化は、Rac1とは独立したものであった。また、dnRac1-DPK細胞におけるTCR-mediatedによるCD69およびCD5のアップレギュレーションもまた、コントロールのDPK細胞(図5b)において見られたものと区別がつかなかった。
【0031】
次に、dnRac1-DPKにおけるTCR依存性のアクチン重合(actin polymerization)を試験したが、これはRacが細胞骨格再構成(cytoskeletal reorganization)においてクリティカルな役割を果たしていることが広く知られているからである。TCR刺激の15分後に、ファロイディン(phalloidin)染色により、コントロールDPK細胞はアクチン重合の集積を示したのに対し、dnRac1-DPK(図5c)においてはTCR依存性のアクチン重合.は破棄された(図5c)。ファロイディン染色により検出されたように、コントロールのDPK細胞は、胸腺細胞発生の間におけるアクチン再構成(actin reorganization)の要求性は、直接的には決定できなかった。そこで、DPK細胞の分化におけるアクチン重合のインヒビターの効果を調べてみた。アクチン重合(Spector,I.,1983,Science 219:493-495)のインヒビターであるラトランキュリンA(Latrunculin A)は、DPKインビトロ分化システム(DPK in vitro differentiation system)において、抗原により誘導されたCD4-SP細胞の発生を完全にブロックした(図5b)。これらの結果は、dnRac1-DPK細胞においては、アクチン重合における欠陥(defect)が、少なくとも正の選択の阻害メカニズムの一部であることを示している。
【0032】
刺激を受けたdnRac1-DPK細胞における多量のアポトーシス(massive apoptosis)は、死のエフェクターの増加または抗アポトーシス タンパク質の発現減少のいずれかに起因しており、DP胸腺細胞上へのTCRライゲーションがNur77やNor1(Cheng,L.E.,1997,Embo J 16:1865-1875)のような死のエフェクター(death effector)を誘導し、それに加えてBcl-2やBcl-xL(Groves,T.,M.et al.,1997,J Immunol 158:65-75)のような抗アポトーシス分子も誘導しているからである。これを終わらせるために、DPKシステムにおける、これらの分子のTCR依存性のインダクション(誘導)を調べてみた。リアルタイムRT-PCR分析(real-time RT-PCR analysis)により、Bcl-2 mRNAの2−3倍の増加が、TCR刺激を受けたコントロールのDPK細胞において観察されたが、dnRac1-DPK細胞においてはBcl-2の刺激依存性の誘導は観察されなかった(図6 左のパネル)。対照的に、dnRac1-DPKにおけるNor1のTCR依存性のインダクションは、コントロールの細胞と同程度であった(図6 右のパネル)。これらの結果は、dnRac1-DPK細胞におけるTCR誘導性のアポトーシスは、抗アポトーシス分子Bcl-2(anti-apoptotic molecule Bcl-2)の誤った誘導に起因しており、死のエフェクター分子(death effecter molecules)のインダクションの増加によるものではなかった。
【0033】
もしも、dnRac1-DPKにおいて観察された欠陥のある正の選択(defective positive selection)が、主としてBcl-2の不十分なインダクションに起因する多量のアポトーシス(massive apoptosis)によるものであるならば、dnRac1-DPKにおけるBcl-2の過剰発現がこの欠陥を修復するであろう。この目的のためdnRac1-DPK細胞中に、レトロウイルスを用いてBcl-2 cDNAを導入した。図7に示したように、Bcl-2の導入によりCD4-SPの刺激依存性のジェネレーション(generation)は増進した。しかし、より重要なのは、Bcl-2の導入によりdnRac1-DPKにおけるCD4-SPのジェネレーションがほとんど完全にレスキューされたことである(図7aおよび図7bの上のパネル)。同時に、dnRac1-DPKで観察された刺激依存性のアポトーシスは、Bcl-2のイントロダクション導入によってもレスキューされた(図7b 下側のパネル)。この結果は、dnRac1-DPKにおける欠陥のあるCD4発生(defective CD4 generation)は、主としてTCR依存性のBcl-2アップレギュレーション(TCR-dependent Bcl-2 upregulation)の欠失に起因していることを示している。
【0034】
次にERK5に関して、発明を実施するための最良の形態について述べる。ERK5はERK、JNK、p38に続く第4のMAPキナーゼカスケードの一員であり、右心室の形成、血管形成や血管平滑筋の分化に重要であることが知られている。ERK5は転写因子であるMEF2CおよびMEF2Dをリン酸化するが、MEF2Dは神経、血管系のみならず胸腺細胞にも発現しており、T細胞の負の選択において中心的な役割を果たすNur77の発現を調節している。したがって、ERK5は循環器系のみならず、未熟T細胞の選択過程において重要な働きをしている可能性が考えられた。負の選択は自己反応性のT細胞を排除する重要なプロセスであり、拡張型心筋症のような自己免疫性の疾患の発症機序にも関与している可能性が考えられる。本発明においてはT細胞の分化過程、特に負の選択に着目して、ERK5の新規機能の検討を行った。
【0035】
Pax5欠損プロB細胞を用いた新規のT細胞再構築実験系を確立し、この実験系を利用してERK5のT細胞分化における機能解析を行った。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては成熟CD4 T細胞および選択後のCD4/CD8ダブルポジティブ細胞が増加していた。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【0036】
ERK5は、転写因子であるMEF2CおよびMEF2Dをリン酸化するが、MEF2Dは神経および血管系のみならず胸腺細胞にも発現しており、T細胞の負の選択において中心的な役割果たすNur77の発現を調節している。従って、ERK5は循環器系のみならず、未熟T細胞の選択過程において重要な働きをしている可能性が考えられる。負の選択は、自己反応性のT細胞を排除する重要なプロセスであり、拡張型心筋症のような自己免疫性の疾患の発症機序にも関与している可能性が考えられる。本発明においては、T細胞の分化過程、特に負の選択に着目して、ERK5の機能の検討を行なった。優勢不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては、成熟CD4 T細胞および選択後のCD4/CD8ダブル陽性細胞が増加していた。ERK5は、ERK、JNK、p38に続く第4のMAPキナーゼカスケードの一員であり、右心室の形成、血管形成や血管血管平滑筋の分化に重要であることが知られている。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【0037】
dnERK5の発現により成熟CD4シングルポジティブ細胞の割合が増加し、TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1を高発現するダブルポジティブ細胞が増加したということは何を意味するのか。TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1はダブルポジティブ細胞が選択を受け、分化が進んだ後に発現が増加することが知られている分子であり、分化マーカーとして使用されている。ゆえにこの結果は、dnERK5の発現により、選択を受けた後のダブルポジティブ細胞が増加したことを意味する。成熟CD4T細胞の数および選択後のダブルポジティブ細胞数が増加したということは、本来ならば負の選択によって排除されていたはずの細胞がdnERK5の過剰発現により負の選択を免れ、生き延びたことを示している。
【0038】
Pax5欠損プロB細胞を用いた新規のT細胞再構築実験系を確立し、この実験系を利用してERK5のT細胞分化における機能解析を行った。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては成熟CD4T細胞および選択後のDP細胞が増加していた。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【0039】
pMXs-PREP-dnERK5ベクターの構築について述べる。ERK5ノックアウトマウスは心血管系の形成不全がもとで胎生致死となるため、生体内で優性不能型として働くことが知られている変異遺伝子dnERK5を用いた解析を行った。dnERK5はERK5のN末端部分の139アミノ酸残基を欠失しており(Yan et al.Molecular cloning of mouse ERK5/BMK1 splice variants and characterization of ERK5 functional domains. J.Biol.Chem.276(14),10870-10878,2001)、生体内ではオルタナティブスプライシングにより形成される。dnERK5はGTP結合部位を欠失していてリン酸化活性はなく、ERKの上流に位置するMEK5とも相互作用しない。dnERK5遺伝子のPCRクローニングを行い、レトロウイルスベクターpMXs-PREP- dnERK5を得た(図8)。pMXs-PREPベクターとはpMXベクターにIRES-GFPサイトを組み込んだもので、一本のmRNAからdnERK5とGFPが同時に別々のタンパクとして発現される。したがって、GFPの蛍光をモニターすることによりdnERK5のmRNAの発現を確認することができる。またmRNAの安定化を図るためのPRE領域、ピューロマイシン耐性遺伝子により薬剤選択が可能である。
【0040】
導入遺伝子を高発現する細胞の分取は、dnERK5発現レトロウイルスを感染させた細胞をピューロマイシンで選択後、FACS Vantage(Becton Dickenson)を使用してGFPを高発現する細胞のソーティングを行った。pMXs-PREPベクターでは、GFPの蛍光が強いほど目的の遺伝子のmRNAが多く発現しているという相関関係があるからである。また、FACS Vantageのソーティングは水滴荷電方式を用いたものである。以下、水滴荷電方式の原理を述べる。機械のノズルから噴出するジェット流はノズルの上部に設置された超音波発生装置による振動で、レーザー照射部より2−3mm離れた位置より水滴に分かれ落下する。水滴の形成は、振動に同調させたストロボランプの照射によりビデオモニター上に静止した状態で観察することができる。レーザー光の照射により散乱光と蛍光を検出された細胞をソーティングするには、水流が水滴に分かれる寸前に水流全体にプラスまたはマイナスの電荷を加え、設定領域内の目的の細胞を含む水滴をプラスまたはマイナスに帯電させる。帯電された水滴は落下の途中で、5000Vの電位差を有する2枚の偏向板に引き寄せられ、方向を左右に曲げられて落下する。帯電されなかった細胞を含まない水滴や、目的以外の細胞を含む水滴は垂直に落下して捨てられる。この方式では水滴をプラスとマイナスに帯電できるので、同時に2種類の細胞群を分取することができる。ソーティングを行った結果、GFPを高発現する細胞の割合は、ソーティング前では25%、ソーティング後では75%となり、高発現する細胞が得られた(図9)。
【0041】
新規胸腺再構築系の確立は、以下の通りである。Pax5遺伝子欠損プロB細胞は造血幹細胞に似た性質を持つ培養細胞であり(Nutt et al. Commitment to the B-lymphoid lineage depends on the transcription factor Pax5.Nature.401(6753),556-562,1999)、RAG2遺伝子欠失マウスに移入することによりB細胞以外のすべての造血系細胞へ分化する能力を持つ(Rolink et al. Long-term in vivo reconstitution of T-cell development by Pax5-deficient B-cell progenitors.Nature.401(6753),603-606,1999)。RAG2遺伝子欠失マウスは細胞表面抗原としてCD45.1を発現するが、Pax5遺伝子欠損プロB細胞はCD45.2を発現する。従って、胸腺の細胞表面抗原をフローサイトメトリーで解析することにより、胸腺細胞が再構築されたものかRAG2遺伝子欠失マウス本来のものかを区別できる(図10)。
RAG2遺伝子欠失マウスの胸腺細胞のうちCD45.1陽性細胞(93%)にゲートをかけ、CD4とCD8の発現を解析すると、ほぼすべての細胞(96%)がCD4/CD8ダブルネガティブ細胞であることがわかる。このマウスにPax5遺伝子欠損プロB細胞を尾静注し、3週間後に胸腺を摘出してCD45.1とCD45.2の各分子の発現を解析すると、ほぼすべて(98%)の細胞がCD45.2陽性となる。CD45.2陽性細胞におけるCD4とCD8の発現を解析すると、野生型B6マウスと同様にCD4/CD8ダブルネガティブ細胞(野生型1%、再構築後4%)、CD4/CD8ダブルポジティブ細胞(野生型87%、再構築後79%)、CD4シングルポジティブ細胞(野生型10%、再構築後14%)、CD8シングルポジティブ細胞(野生型2%、再構築後3%)が再構築されている。よって、Pax5遺伝子欠損プロB細胞を利用した胸腺再構築実験系では3週間で胸腺が再構築され、再構築された胸腺細胞はPax5遺伝子欠損プロB細胞由来のものである。
【0042】
dnERK5発現胸腺細胞における、成熟CD4シングルポジティブT細胞の割合の増加について述べる。GFP高発現細胞にゲートをかけ、ゲート内の細胞についてCD4/CD8の発現プロファイルの解析を行った。dnERK5発現細胞から再構築された胸腺細胞での成熟CD4シングルポジティブT細胞の割合は70%で、対照の41%に比べると増加していた。(図11)
CD4/CD8ダブルポジティブT細胞の割合は15%で、対照の44%に比べて減少していた。CD8シングルポジティブT細胞の割合は8%で、対照の6%とほとんど差は認められなかった。
【0043】
dnERK5発現ダブルポジティブ細胞では、分化の進んだ細胞が多く存在することを以下に示す。再構築された胸腺細胞の中でも、CD4/CD8ダブルポジティブ細胞において各種分化マーカーの発現を解析した (図12) 。dnERK5発現細胞から再構築されたダブルポジティブ細胞でのTCRb高発現細胞の割合は37%で、対照の10%に比べて増加していた。CD69高発現細胞の割合は36%で、対照の13%に比べて増加していた。CD2高発現細胞の割合は70%で、対照の57%に比べて増加していた。CD5高発現細胞の割合は67%で、対照の43%に比べて増加していた。LFA-1高発現細胞の割合は71%で、対照の48%に比べて増加していた。以上の結果から、3.5 dnERK5発現ダブルポジティブ細胞では、分化の進んだ細胞が多く存在していることが示された。
【0044】
dnERK5の発現により成熟CD4シングルポジティブ細胞の割合が増加し、TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1を高発現するダブルポジティブ細胞が増加したということは何を意味するのか。TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1はダブルポジティブ細胞が選択を受け、分化が進んだ後に発現上昇することが知られている分子であり、分化マーカーとして使用されている。ゆえにこの結果は、dnERK5の発現により、選択を受けた後のダブルポジティブ細胞が増加したことを意味する。成熟CD4T細胞の数および選択後のダブルポジティブ細胞数が増加したということは、本来ならば負の選択によって排除されていたはずの細胞がdnERK5の過剰発現により選択を免れ、生き延びたことを示している。
【0045】
Pax5欠損プロB細胞を用いた新規のT細胞再構築実験系を確立し、この実験系を利用してERK5のT細胞分化における機能解析を行った。優性不能型ERK5遺伝子を過剰発現した胸腺においては成熟CD4T細胞および選択後のDP細胞が増加していた。これらの結果から、ERK5が胸腺において負の選択のシグナル伝達に関与していることが示された。
【実施例2】
【0046】
ウイルス産生パッケージング細胞Plat-E(Morita et al.,7(12)1063-1066,2000)の培養にはRPMI1640(GIBCO BRL)に10% FCS(ニチレイ)、1% Penicillin/Streptomycin(GIBCO BRL)、100mM Non-Essential amino acid solution(GIBCO BRL)、10mM HEPES(GIBCO BRL)、1mM Sodium Pyruvate(GIBCO BRL)、55mM 2-ME(GIBCO BRL)、1mg/ml Puromycin(SIGMA)、10mg/ml Blastcidin Sを加えた組成の培地を用いた。Pax5遺伝子欠損プロB細胞のフィーダー細胞であるST2の培養にはIMDM(GIBCO BRL)に10% FCS(ニチレイ)、1% Penicillin/Streptomycin(GIBCO BRL)、100mM Non-Essential amino acid solution(GIBCO BRL)、1mM Sodium Pyruvate(GIBCO BRL)、55mM 2-ME(GIBCO BRL)を加えた組成の培地を用いた。Pax5遺伝子欠損プロB細胞は、あらかじめ3000Rの放射線を照射したST2細胞を播種しておいた細胞培養ディッシュにPax5遺伝子欠損プロB細胞を添加して培養を行った。IMDM(GIBCO BRL)に2%FCS(Hyclone)、1%Penicillin /Streptomycin(GIBCO BRL)、100mM Non-Essential amino acid solution(GIBCO BRL)、10mM HEPES(GIBCO BRL)、0.03%Primatone、2%J558-IL7 supを加えた組成の培地を用いた。すべての細胞はCO2インキュベーター(5%CO2/95%air,37℃)内で培養した。
【0047】
dnERK5遺伝子のPCRクローニングについて述べる。優性不能型として働くことが知られているN末部分を欠失したERK5c遺伝子(以降、dnERK5遺伝子と呼称)をPCRクローニングした。クローニングに用いたPCR増幅用プライマーは、順方向(forward)プライマーとして 5’-tttggatccgccaccatgtacccatacgatgttccagattacgctatggagagcgacctacac-3’ を、逆方向(reverse)プライマーとして 5’-tttggatccgccaccatgtacccatacgatgttccagattacgctatggagagcgacctacac-3’ を用いた。PCRのテンプレートDNAは、プラスミドpBluescriptII KS-ERK5を使用した。PCR反応にはEx Taq DNA polymerase(TaKaRa)、10x concentration buffer、dNTP mixture(TaKaRa)を用いた。100pmole/ml PCRプライマー各1ml、10x concentration buffer 5.0ml、2.5mM dNTP mixture 4ml、Ex Taq DNA polymerase 0.5ml、テンプレートDNA(pBluescriptII KS-ERK5)100ngを含む全量50 mlを使用した。PCRの条件は、95℃ 2分、引き続いて95℃ 30秒、55℃ 30秒、72℃ 3分を20サイクル繰り返し、最終伸長時間72℃ 10分で行った。PCR産物の精製にはQIA quick PCR purification kit(QIAGEN)を使用した。このDNA断片をBamHI(TaKaRa)を用いて制限酵素処理し、同じくBamHI処理したpMXs-PREPベクターとTaKaRa DNA Ligation Kit Ver.2(TaKaRa)を用いてライゲーションした。pMXs-PREPプラスミドあるいはpMXs-PREP-dnERK5プラスミドを用いて大腸菌(Escherichia coli) JM109 (Promega)を形質転換し、組み換え菌を得た。形質転換はヒートショック法で行った。ベクターが導入されたクローンを培養し、QIAGEN Plasmid Maxi Kit(QIAGEN)にてプラスミドを調製した。 BigDye Terminator v3.1(Applied Biosystems)とDye EX Kit(QIAGEN)を使用してプラスミドの全塩基配列を確認した。
【0048】
dnERK5発現レトロウイルスの調製は、以下の通りである。pMXs-PREPプラスミドあるいはpMXs-PREP-dnERK5プラスミドをウイルス産生パッケージング細胞Plat-Eに導入するための方法としてリポフェクション法を用いた。あらかじめPoly-L-Lysine(SIGMA)でコートしておいたディッシュにPlat-Eを播種し(5x106個/10 ml culture medium/10cm dish)オーバーナイト培養した。リポフェクション用の無血清培地Opti-MEM(GIBCO BRL)600mlとリポフェクション試薬FuGene 6(Roche)18mlを混合し室温で5分インキュベートした。混合溶液にプラスミドDNA pMXs-PREP-dnERK5 6mgもしくはpMXs-PREP 6mgを加え室温で15分インキュベートし、前日にまいておいたPlat-Eの培養上清に加えた。リポフェクションを行った翌日と翌々日に培地交換を行い、三日後、四日後、五日後にウイルス含有培養上清を回収した。回収した上清を6,000rpm、16時間、4℃で遠心し、ペレットを1ml PBSで再懸濁した。これにより高力価レトロウイルス溶液を得た。
【0049】
細胞へのレトロウイルス感染、導入遺伝子高発現細胞の分取は、Pax5遺伝子欠損プロB細胞1x106個と高力価レトロウイルス溶液200mlを混合した溶液を37℃、1時間インキュベートし、3000Rの放射線を照射したST2細胞をあらかじめまいておいた細胞培養ディッシュに加え、通常の条件で培養した。16−24時間後にピューロマイシンを2.5mg/mlとなるよう加え、薬剤選択を行った。選択後の細胞1x107 個に対して、FACS Vantage(Becton Dickenson)を使用してGFPを高発現する細胞のソーティングを行った。
【0050】
Pax5遺伝子欠損プロB細胞を利用した胸腺再構築は、ERK5のT細胞分化における機能の検定は、Pax5遺伝子欠損プロB細胞を利用した新規の実験系を用いて行った。Pax5遺伝子欠損プロB細胞1x107個を500−600mlのPBSに懸濁し、42mmナイロンメッシュフィルターに通したあと、RAG2遺伝子欠失マウスに尾静注した。マウス飼育、尾静注、胸腺の摘出は山口大学の動物実験使用指針に従った。
【0051】
胸腺細胞のフローサイトメトリー解析を行なった。Pax5遺伝子欠損プロB細胞をRAG2遺伝子欠失マウスに尾静注して3週間後、再構築された胸腺を摘出し、CD45.1、CD45.2、CD4、CD8、TCRb、CD69、CD2、CD5、LFA-1の発現についてフローサイトメトリー解析を行った。96穴丸底プレートに胸腺細胞を1ウェルにつき1x106個まき、プレートを2,000 rpm、1分、4℃で遠心した。上清をデカントで捨て、各蛍光色素またはビオチンでラベルした抗体(CD45.1-FITC、CD45.2-FITC、CD4-PE、CD8-biotin、CD8-APC、TCRb-biotin、CD69-biotin、CD2-biotin、CD5-biotin、LFA-1-biotin)を10ml加え、遮光下4℃で20分インキュベートした。インキュベート後、FACSメディウム(1xHBSS、BSA、アジ化ナトリウム)を加えてプレートを2回洗った。ストレプトアビジン-Red670試薬を15ml加え、遮光して室温で10分インキュベートした。インキュベート後、プレートを2回洗い、得られたペレットをFACSメディウム200mlで再懸濁し、42mmナイロンメッシュフィルターに通して細胞の塊を除いてからフローサイトメトリー解析に用いた。再構築された胸腺細胞のフローサイトメトリー解析はGFPまたはFITC、PE、TruRedの三色同時解析が可能なFACS Calibur(Becton Dickenson)、あるいはGFPまたはFITC、PE、APC、TruRedの四色同時解析が可能なデュアルレーザー搭載FACS Calibur (Becton Dickenson)を使用した。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、Pax5欠損プロB細胞前駆体による、T細胞分化の再構成に係わる図である。(a)Pax5-/-マウス(CD45.2)由来のプロB細胞をIL-7存在下に培養した後、致死量以下の放射線を照射したCD45.1、RAG2-/-マウスにトランスファーした。インジェクションしてから4週間後に、胸腺細胞を4-color FACSにより分析した。CD45.1+,CD45.2-(中央の図)またはCD45.1-,CD45.2+(上および下の図)のゲートに入った細胞が示されている(右のパネル)。(b)ベクター(pMXs-puro-GFP)またはpMXs-puro-dnRac1を形質挿入したPax5-/-プロB細胞(左のパネル)の顕微鏡分析結果および結果として得られたプロB細胞由来の胸腺細胞(右のパネル)を示す図である。
【図2】dn-Rac1を発現している胸腺細胞において、正の選択が損なわれていることを示す図である。(a)ベクターまたはdnRac1形質導入Pax5-/-プロB細胞由来胸腺細胞のCD4とCD8を染色した。GFP陽性gated細胞のCD4/CD8プロファイルが示されている。これらのプロファイルは、3回の独立した試験の代表例である。(b)dnRac1プロB細胞で再構成されたマウスの胸腺細胞を、GFPネガティブ、GFP低発現、GFP高発現ポピュレーションに区分し、それぞれのグループのCD4/CD8プロファイルを示した。(c)GFPポジティブでDPのゲートに入った細胞のTCR発現(左のパネル)を示した(右のパネル)。
【図3】dn-Rac1の存在下において、TCR誘発アポトーシス(TCR-induced apoptosis)が増加することを示す図である。dnRac1-GFPで形質導入されたPax5-/-プロB細胞由来胸腺細胞およびコントロールのベクターで形質導入されたPax5-/-プロB細胞由来胸腺細胞は、プレートにコートされた種々の抗体または10ng/ml PMA と1mg/ml A23187により、それぞれ6時間の間、活性化された。図3には、GFP 陽性でCD4、CD8ダブル ポジティブな細胞のアネキシンV(Annexin V)染色プロファイルが示されている。
【図4】ドミナント ネガティブRac1(Dominant negative Rac1)がCD4-SPの分化をブロックし、DPK細胞のアポトーシスを増加させることを示す図である。(a)dnRac1形質導入DPK細胞のGFP、FSCおよびTCRbの発現を示す図である。(b)ベクター(pMXs-PREP)とpMXs-PREP-dnRac1形質導入DPK細胞を、DC-Iおよび100ng/ml SEAといっしょに共培養した。指定した培養時間ごとに細胞を回収し、フロー サイトメトリーにより分析した。図4のbにはGFP陽性細胞のフェノタイプが示されている。(c)dnRac1の存在下において、TCR活性化がアポトーシスを誘起することを示す図である。GFPポジティブdnRac1またはコントロールのベクターにより形質導入したDPK細胞を、指定の培養時間ごとに回収してAnnexin Vで染色し、Annexin Vで染色された細胞の比率を、それぞれのグループごとにグラフ上にプロットした。
【図5】dnRac1(dominant negative Rac1)はTCR依存性の初期MAPK活性化(TCR-dependentearly MAPK activation)を阻害しないが、TCRメディエイテッド アクチン重合(TCR-mediatedactin polymerization)は阻害することを示す図である。(a)anti-CD3e 抗体により、DPK細胞は活性化されることを示す図である。指定時間(分)後に、細胞上清(cell lysates)を調製し、anti-phospho-ERKまたはanti-ERK抗体を用いて、ウェスタン ブロットにより分析した。(b)16時間培養後のdnRac1-DPK細胞上のCD5およびCD69の発現量の分析を、FACSにより行なった。APC存在下で16時間培養後の細胞数を、SEA非存在下の結果を点線で、SEA存在下の結果を実線で示してある。(c)TCRメディエイテッド アクチン重合は、dnRac1により阻害されることを示す図である。dnRac1コントロールのベクターまたはdnRac1により形質導入したDPK細胞を、anti-CD3およびCD28モノクローナル抗体を塗布したカバースリップ上で15分間培養後、固定化とpermeabilizedした後、重合したアクチン繊維を検出するため、Alexa594コンジュゲイテッド ファロイディンで染色した。(d)CD4-SP細胞の発生(Generation)がアクチン重合に必要であることを示す図である。アクチン重合のインヒビターであるラトランキュリンA(Latruncullin A)を、図5dに示した量の存在下に、DC-IおよびSEAと一緒に、DPK細胞を3日間、共培養した。
【図6】アポトーシス関連遺伝子群の発現におけるdnRac1の影響を示す図である。Bcl-2のTCR依存性アップレギュレーションは、dnRac1-DPKにおいて損なわれていた。Bcl-2aおよびNor1の発現の変化は、プレートに固定されたanti-CD3およびanti-CD28抗体と共に16時間 活性化されたDPK細胞において、定量的リアルタイムRT-PCR(quantitative real-time RT-PCR)により決定した。結果は、コントロールのハウスキーピング遺伝子GAPDHとBcl-2aまたはNor1の発現の比として示した。
【図7】Bcl-2の過剰発現が、dnRac1-DPKにおけるCD4-SP発生(generation)およびTCRメディエイテッド アポトーシス(TCR-mediated apoptosis)をレスキューすることを示す図である。(a)ベクター(pMXs-PREP)またはpMXs-PREP-dnRac1のいずれかと、pMI.2-Bcl2および共に形質導入されているDPK細胞を、DC-Iおよび100ng/mlSEAと共に、共培養した。3日後に細胞を回収して、フローサイトメトリーにより分析した。GFP+のCD4およびCD8プロファイル(パネルの上側の2列)、およびGFP+とhCD2+細胞のCD4およびCD8プロファイル(パネルの下側の2列)が示されている。(b)指示した培養時間後の生存CD4-SP(上側のパネル)および全細胞数(下側のパネル)の絶対数をカウントした。GFP陽性細胞の数をカウントした。
【図8】dnERK5レトロウイルス発現ベクターの構築を示す図である。
【図9】ソーティング法によるGFP高発現細胞の分取画分を示す図である。
【図10】Pax5欠損プロB細胞とRAG2遺伝子欠失マウス由来細胞との判別に関する図である。
【図11】dnERK5発現胸腺細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示す図である。
【図12】DP細胞における各分化マーカーの発現を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入する、新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法。
【請求項2】
Pax5欠損マウス由来プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損マウスに注入する、新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法。
【請求項3】
Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入して作製した、新規なT細胞再構築試験系。
【請求項4】
Pax5欠損マウス由来プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損マウスに注入して作製した、新規なT細胞再構築試験系。
【請求項5】
請求項3または4に記載の新規なT細胞再構築試験系を用いて得られた、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の利用により解明された新規機能を有するRac1。
【請求項6】
新規機能を有するRac1が、未熟T細胞の分化過程において胸腺における正の選択のシグナル伝達に関与している、請求項5に記載のRac1。
【請求項7】
新規機能を有するRac1が、胸腺のβ‐セレクションは必要ではないという特徴を有する、請求項5に記載のRac1。
【請求項8】
請求項3または4に記載の新規なT細胞再構築試験系を用いて得られた、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の利用により解明された新規機能を有するRac1。
【請求項9】
新規機能が、未熟T細胞の分化過程において胸腺における負の選択のシグナル伝達に関与している、請求項7に記載のERK5。
【請求項10】
Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の免疫治療への利用。
【請求項1】
Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入する、新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法。
【請求項2】
Pax5欠損マウス由来プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損マウスに注入する、新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法。
【請求項3】
Pax5欠損プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損動物に注入して作製した、新規なT細胞再構築試験系。
【請求項4】
Pax5欠損マウス由来プロB細胞に機能未知遺伝子を導入し、発現した細胞をRAG2欠損マウスに注入して作製した、新規なT細胞再構築試験系。
【請求項5】
請求項3または4に記載の新規なT細胞再構築試験系を用いて得られた、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の利用により解明された新規機能を有するRac1。
【請求項6】
新規機能を有するRac1が、未熟T細胞の分化過程において胸腺における正の選択のシグナル伝達に関与している、請求項5に記載のRac1。
【請求項7】
新規機能を有するRac1が、胸腺のβ‐セレクションは必要ではないという特徴を有する、請求項5に記載のRac1。
【請求項8】
請求項3または4に記載の新規なT細胞再構築試験系を用いて得られた、Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の利用により解明された新規機能を有するRac1。
【請求項9】
新規機能が、未熟T細胞の分化過程において胸腺における負の選択のシグナル伝達に関与している、請求項7に記載のERK5。
【請求項10】
Pax5欠損プロB細胞への遺伝子導入を利用した新規免疫細胞制御・分化因子遺伝子探索法の免疫治療への利用。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−187247(P2006−187247A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−1953(P2005−1953)
【出願日】平成17年1月6日(2005.1.6)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年1月6日(2005.1.6)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]