説明

SEM微生物試料の処理方法

【課題】微生物試料のSEM観察のための前処理方法及びその装置の提供。
【解決手段】1)採取・設置工程、2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程、4)脱水工程、5)置換工程及び6)乾燥工程を順次行う走査型電子顕微鏡標本作製のための微生物試料の処理方法であって、微生物試料を液体透過性膜上に採取・設置した後、少なくとも2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程及び4)脱水工程を、該膜の下部より吸引しながら行うことを特徴とする微生物試料の処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型電子顕微鏡(SEM)標本作製のための微生物試料の処理方法、及びこの方法を実施するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
走査電子顕微鏡(SEM)を用いた微生物観察は、微生物の表面構造を明らかにする、薬剤等の処理後の表面構造変化、分裂様式、宿主や物体表面への付着様式、増殖様式、形成する3次元的構造体、隣接する微生物との位置関係を明らかにする等様々な目的で有効である。
【0003】
実際のSEMを用いて観察する際には、顕微鏡の特性上、試料を真空内に設置する必要がある。そのため、微生物等の生体試料を観察する場合には、真空内でも試料の構造や表面状態が変化しないように前もって試料を固定、脱水処理等の処理を行って標本を作製することが必要であり、その試料作製の技術や手法がSEM像のでき具合を左右する大きな要因となる。これまで、微生物や微生物を含む試料のSEM像を得るためには、次に述べるような煩雑でかつ、長時間を要する前処理工程が必要であった。
【0004】
SEM観察のための微生物試料の標本作製のためには、試料採取、固定、脱水、置換、凍結乾燥、染色、金属コーティング等その試料の特性に応じて数多くの工程があり、すべての工程を終了するためには最低でも2〜3日の時間を要する。
【0005】
微生物の試料採取は、1)ろ紙支持法:菌液を吸引ろ過器を用いてろ過し、ろ紙上に集菌する方法(非特許文献1)、2)アルミホイル支持法:アルミホイル上に菌液を載せて乾燥させる方法(非特許文献1)、3)寒天ブロック支持法:寒天培地上に発育した細菌を寒天ごと切り出す方法(非特許文献1)、4)コロジオン膜支持法:膜上に菌液を滴下し吸着させる方法(非特許文献1)、5)硬質面への付着法:ガラス、金属等をポリリジン等で浸水化した後に菌液を滴下し吸着させる方法(非特許文献1)等により行われている。
【0006】
また、一般に、採取した微生物試料の固定処理、脱水処理、置換処理、凍結乾燥は、以下の1〜6工程を順次行う方法が知られている(非特許文献1〜3)。
1)前固定工程:試料をグルタールアルデヒド溶液(2.5%〜5%)に数時間〜24時間浸漬する。
2)洗浄工程:試料をリン酸緩衝液で数回洗浄する。
3)後固定工程:試料を四酸化オスミウム溶液(1〜2%)に数時間浸漬する。
4)洗浄工程:試料をリン酸緩衝液で数回洗浄する。
5)脱水工程:試料を50、70、85、95%のエタノールに各15分間浸漬し、さらに無水エタノールに15分間、3回繰り返し、浸漬する。
6)置換工程、乾燥工程:試料を酢酸イソアミルに15分間浸漬後、臨界点乾燥を行う。
【0007】
また、カビの胞子が試料の場合は細菌より構造的に固定されにくい理由から、以下の1〜8工程のように更に前処理の工程数が多くなる。(非特許文献1)
1)胞子の回収工程、洗浄工程:寒天培地上の胞子をリン酸緩衝液等に懸濁させ、遠心、洗浄を数回繰り返し胞子懸濁液とする。
2)前固定肯定:遠心して集めた胞子に固定液(グルタールアルデヒド溶液(2.5%〜5%))を添加し2〜4時間前固定する。
3)洗浄工程:固定工程後に遠心し、上澄みをリン酸緩衝液と入れ替えて懸濁させ、洗浄を行う(この操作を数回繰り返す)。
4)後固定工程:遠心して集めた胞子に四酸化オスミウム溶液(1〜2%)を添加して2時間後固定する。
5)洗浄工程:後固定工程後に遠心し、上澄みをリン酸緩衝液と入れ替えて懸濁させ、洗浄をおこなう(この操作を数回繰り返す)。
6)設置工程:吸引ろ過器を用いて後固定後の胞子懸濁液を滴下して、ろ紙等に後固定後の胞子を吸着させ、ろ紙に設置する。
7)脱水工程:試料を50、70、85、95%のエタノールに各15分間、さらに無水エタノールに15分間、3回づつ浸漬する。
8)置換工程、乾燥工程:試料を酢酸イソアミルに15分間浸漬後、臨界点乾燥を行う。
【0008】
また、一般に、固定液として用いられているグルタールアルデヒドを使用する場合は、高い溶存酸素を保ったまま、固定操作途中でpHをアルカリ性に変化させることで最もよい結果を得られる。しかし、採取したばかりの生きた微生物は呼吸を行うため、固定の最中に固定液の溶存酸素やpHを低下させ、試料の固定が上手くいかない場合がある。そのため、一般には、試料を浸漬する固定液の量を増やす、固定途中で新鮮な固定液に交換する、曝気する等の措置を講じる必要がある(非特許文献4)。
【0009】
また、植物上の細菌、歯垢や環境中の微生物の集合体(バイオフィルム)等の観察では、微生物以外の生体や構造や構成成分の異なる微生物の集合体について、それぞれの構造と位置関係を維持したまま一度に固定する必要があるため、熟練した技術とより複雑な工程が必要となる(非特許文献1〜3)。
【0010】
このように微生物のSEM観察用試料の調製方法は、煩雑で時間がかかり、かつ熟練した技術を要することから汎用性が低い。またタンパク変性剤である固定液や揮発性溶剤等も多量に使用することから、作業者の安全性や廃棄物の環境への配慮に十分な注意が必要である。
【非特許文献1】医学生物学の走査電子顕微鏡、監修:宮澤七郎 医学出版センター
【非特許文献2】電子顕微鏡試料作製法、関西電子顕微鏡応用技術研究会編 KINPODO
【非特許文献3】走査電子顕微鏡、日本電子顕微鏡学会関東支部編
【非特許文献4】医学生物学電子顕微鏡学会、第22回学術講演会及び総会要旨集
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、微生物試料のSEM観察標本を作製するための試料の処理方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、SEM標本作製のための試料の前処理方法について検討した結果、1)採取・設置工程、2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程、4)脱水工程、5)置換工程及び6)乾燥工程を順次行う処理工程において、試料を液体透過性膜上に採取・設置した後、少なくとも2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程及び4)脱水工程を、該膜の下部より吸引しながら行うことによって、試料の移動を伴わず、試料の構造を壊すことなく簡便に固定でき、全工程に要する時間の短縮、操作の簡便性の向上等を図れることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(6)に係る発明を提供するものである。
(1) 1)採取・設置工程、2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程、4)脱水工程、5)置換工程及び6)乾燥工程を順次行う走査型電子顕微鏡標本作製のための微生物試料の処理方法であって、微生物試料を液体透過性膜上に採取・設置した後、少なくとも2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程及び4)脱水工程を、該膜の下部より吸引しながら行うことを特徴とする微生物試料の処理方法。
(2) 各工程に使用する処理溶液を試料の上部から滴下する上記(1)記載の処理方法。
(3) 1)採取・設置工程を該膜の下部より吸引しながら行う上記(1)又は(2)記載の処理方法。
(4) 4)脱水工程において、25〜100容量%の数段階の濃度区の脱水溶液を低濃度から段階的に順次滴下する上記(1)〜(3)の何れかの処理方法。
(5) 更に5)置換工程を該膜の下部より吸引しながら行う上記(1)〜(4)の何れかの処理方法。
(6) 6)乾燥工程が凍結乾燥である上記(1)〜(5)の何れかの処理方法。
(7) 1)〜5)の工程を、吸引ろ過装置を用いて行う上記(1)〜(6)の何れかの処理方法。
(8) 吸引ろ過手段、処理液滴下手段及びそれらの制御手段を含み、上記(1)〜(7)の何れかの処理方法を実施するための走査型電子顕微鏡標本作製のための微生物試料の処理装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明の処理方法によれば、微生物試料の移動を伴う必要がなく、また試料に各工程に要する処理溶液の浸透、置換が順次速やかに行なわれるので、微生物自体、微生物の集合体、微生物が付着した生体試料等の構造を壊すことなく試料を簡便に固定化でき、これらの表面状態も良好である。
また、本発明によれば、全工程に要する時間の短縮、操作の簡便性の向上、使用する各種処理溶液量の低減が可能となり、本発明の処理方法は、効率、安全性、環境保護の観点から優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の微生物試料の処理方法は、走査型電子顕微鏡の標本作製に当たり、1)採取・設置工程、2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程、4)脱水工程、5)置換工程及び6)乾燥工程を順次行う試料の前処理において、試料を液体透過性膜上に採取・設置した後、そのまま試料を移動することなく、2)〜6)の工程を順次行い、少なくとも2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程及び4)脱水工程を、該膜の下部より吸引しながら行い、試料に各工程の処理溶液を浸透・置換させるものである。さらに1)若しくは5)工程を、又は全工程を、該膜の下部より吸引しながら行っても良い。
【0016】
本発明の処理方法において、1)採取・設置工程は、吸引容器、吸引ロート、吸引ポンプ及び吸引容器に接続するチューブを備えた吸引装置(例えば、吸引ろ過装置)に、液体が透過できる膜を設置し、この上に観察対象となる微生物試料を採取・設置する工程である。本採取・設置工程は、微生物試料の状態に応じて、当該膜の下部より吸引しながら、試料を滴下して液体透過性膜上に採取・設置してもよい。具体的には、あらかじめ調製しておいた微生物懸濁溶液を吸引しながら液体透過性膜上に滴下する、また、微生物集合体(バイオフィルム)を微生物の位置関係を維持したまま当該液体透過性フィルター上に載せる等の方法を採用すればよい。
2)固定工程又は洗浄・固定工程は、試料を固定する工程である。尚、微生物試料の種類に応じて、試料の固定が行い易いように洗浄溶液にて試料を予め洗浄後、固定を行っても良い。当該工程を吸引しながら行うことにより、固定溶液の溶存酸素を高く保ったまま固定操作が行うことが可能となり、また、同時に滴下する固定溶液のpHを徐々にアルカリ側に変化させることも可能になるため、固定中の溶存酸素量の低下やpH低下を避けることで容易に観察に良好な試料を得ることができる。
3)洗浄工程は、洗浄溶液を用いて固定試料を洗浄する工程である。
4)脱水工程は、脱水溶液を用いて洗浄した固定試料を脱水する工程である。
5)置換工程は、固定試料中の脱水溶液を置換溶液に置換する工程である。
6)乾燥工程は、置換された固定試料又は当該試料が調製された膜等を冷凍後凍結乾燥を行い、試料の乾燥を行う工程である。
【0017】
尚、試料の採取・設置後、6)乾燥工程に至るまでは、試料が乾燥しないようにすることが好ましい。
【0018】
各工程に使用する処理溶液(固定溶液、洗浄溶液、脱水溶液、置換溶液)は、液体透過性膜上に採取・設置されている試料に順次滴下することが好ましい。
採取した微生物を吸引しながら処理溶液を連続手的に滴下することで、試料の移動を伴わず、試料へ処理溶液の浸透、置換が速やかに行うことが可能になるので、微生物の種に関わらず、また集合体を形成している場合においても隣接する微生物の位置関係を維持したまま、均一な処理が短時間で行うことが可能になる。
【0019】
本発明に用いられる微生物試料としては、微生物又は微生物を含む試料が挙げられ、具体的には、細菌、酵母、糸状菌等の微生物及びそれらで構成される集合体(バイオフィルム等)、又はそれらが付着している生体等が挙げられる。
また、微生物が付着している生体としては、例えば人体の組織、ヒト培養細胞、動物組織、動物細胞、植物組織、植物細胞、昆虫等が挙げられる。
また、これらを膜上に採取・設置する際、自然界から分離・採取した微生物をそのまま、又はこれらを公知の培養方法にて培養をしたものを用いてもよい。
微生物は、細菌、酵母、糸状菌はいずれの種、属に属するものであってもよく、例えば、細菌であれば大腸菌(Escherichia coli)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、枯草菌(Bacillus subtilis)、連鎖球菌(Streptococus)、乳酸菌等が挙げられ、酵母ではサッカロマイセス(Saccharomyces)属、カンジタ(Candida)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属等が挙げられ、糸状菌であればアルタナリア(Alternaria)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、クラドスポリウム(Cladosporium)属、フザリウム(Fusarium)属、ペシロミセス(Paecilomyces)属、ペニシリウム(Penicillium)属、フォーマ(Phoma)属、ユーロチウム(Eurotium)属、ケトミウム(Chaetomium)属、ムコール(Mucor)属及びビソクラミス(Byssochlamys)属等が挙げられる。
【0020】
試料の採取・設置に使用される液体透過性膜とは、各処理工程に用いられる処理溶液を保持、透過又は浸透できるフィルターがこれに該当する。
当該膜の素材は、例えば、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル酸メチル(MMA)、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS)、スチレンアクリロニトリル(SAN)、ポリカーボネート(PC)、ポリテレフタル酸エチレン(PET)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ化ビニリデン(PVDF)、ポリエステル(PES)、グラスファイバー、セルロース、ナイロン等が挙げられ、その状態は、例えば、繊維状、網状、フィルム状、紙状、不織布状等の何れであってもよい。
当該膜は、処理溶液を通過し対象となる微生物試料が通過しないような孔を有することが必要であるが、斯かる孔の直径は、対象となる試料の大きさに応じて、0.1μm〜10μm、好ましくは0.2〜5μmである。
また膜厚は、凍結乾燥やSEM観察の際の加工や取り扱い易さから、50μm〜1mmであることが好ましく、より好ましくは100〜500μmである。
当該膜としては、例えば、アイソポアメンブレン(ミリポア社製)、オムニポアメンブレン(ミリポア社製)及びサイクロポアメンブレン(ワットマン社製)等の市販製品を使用することができる。
【0021】
本発明に用いられる処理溶液(固定溶液、洗浄溶液、脱水溶液、置換溶液)は、除菌フィルターでろ過したものを使用することが好ましい。除菌フィルターの孔サイズとしては、0.1μm〜10μm、好ましくは0.2〜5μmである。
処理溶液を用いるときの温度は、1〜25℃、好ましくは4〜10℃である。
【0022】
固定溶液としては、例えばグルタールアルデヒド水溶液、パラホルムアルデヒド水溶液等を用いることができる。グルタールアルデヒド水溶液の濃度は1〜25質量%、好ましくは1〜5質量%であり、当該溶液のpHは6〜11、好ましくはpH7〜9である。パラホルムアルデヒド水溶液の濃度は、0.1〜10質量%、好ましくは0.5〜4質量%である。
また、これら水溶液を適宜混合して用いてもよく、さらに一般的に用いられる緩衝溶液を混合して用いてもよい。当該混合溶液としては、例えば、2.5質量%グルタールアルデヒド、2.0質量%ホルムアルデヒド及び0.1Mカコジル酸組成のKarnovsky固定溶液等が挙げられる。
また、微生物試料を前記固定溶液で固定した後、さらにオスミウム酸で固定してもよい。
【0023】
洗浄溶液としては、例えば、リン酸緩衝液、カコジル酸ナトリウム緩衝液、HEPES緩衝液等を用いることができる。
リン酸緩衝液の濃度は、10mM〜1M、好ましくは0.05M〜0.5Mであり、当該溶液のpHは6〜11、好ましくは7〜9である。カコジル酸ナトリウム緩衝液の濃度は10mM〜1M、好ましくは0.05M〜0.5Mであり、当該溶液のpHは、6〜11、好ましくはpH7〜9である。HEPES緩衝液の濃度は、10mM〜1M、好ましくは0.05M〜0.5Mであり、当該溶液のpHは6〜11、好ましくは7〜9である。
【0024】
脱水溶液としては、例えばエタノール、アセトン等を用いることができる。
エタノールの濃度は、25〜100容量%、好ましくは50〜100容量%であり、アセトンの濃度は25〜100容量%、好ましくは50〜100容量%である。なお、当該濃度区としては、例えば、70、80、90、95、100容量%等が挙げられ、これらを低濃度から段階的に順次滴下する方法が好ましい。
【0025】
置換溶液としては、例えばt−ブチルアルコール、酢酸イソアミル等を用いることができる。
【0026】
各工程における処理溶液(固定溶液、洗浄溶液、脱水溶液、置換溶液)の使用量、処理時間、吸引量は試料の大きさや構成微生物種によって異なるが、試料にダメージや変形を与えない条件で行う。例えば、固定溶液の使用量は0.01〜10mL、好ましくは0.1〜5mLであり、処理時間は1分〜120分、好ましくは30〜60分であり、滴下する固定溶液のpHをアルカリ側に順次変化させることもできる。このときの吸引速度は、0.0001mL/分〜10mL/分、好ましくは0.01mL/分〜1mL/分であり、吸引を遅くすることでさらに長時間試料を固定溶液に浸漬しておくことも可能である。
【0027】
また、洗浄溶液の使用量は0.01〜100mL、好ましくは0.1〜10mLであり、処理時間は1分〜120分、好ましくは5〜15分である。このときの吸引速度は0.001mL/分〜10mL/分、好ましくは0.01mL/分〜1mL/分である。
【0028】
また、脱水溶液の各濃度ごとの使用量は0.01〜50mL、好ましくは0.1〜5mL、処理時間は1分〜120分、好ましくは5〜15分である。このときの吸引速度は、0.001mL/分〜10mL/分、好ましくは0.01mL/分〜1mL/分である。
【0029】
また、置換溶液の使用量は0.01〜50mL、好ましくは0.1〜5mLであり、処理時間は1分〜120分、好ましくは5〜15分である。このときの吸引速度は0.001mL/分〜10mL/分、好ましくは0.01mL/分〜1mL/分である。
【0030】
脱水工程又は置換工程後に、乾燥が行われる。通常、試料又は当該試料が調製された膜等を冷凍後、凍結乾燥が行われるが、試料又は試料が調製された膜ごとに、公知の臨界点乾燥装置やt−ブチルアルコール凍結乾燥装置にて、置換・乾燥を行ってもよい。
【0031】
乾燥工程後、観察目的に応じて試料を適宜切断、割断して観察用試料台に設置し、イオンスパッター装置や真空蒸着装置等で金属コーティングやカーボンコーティング等を行う導電処理工程を行い、走査型電子顕微鏡標本を得る。
作製された標本をSEM観察する。
【0032】
本発明の処理方法には、少なくとも吸引ろ過装置等の吸引手段が必要とされるが、更に処理溶液滴下装置等の処理溶液滴下手段及びそれらをコンピュータ制御する制御手段を組み合わせることにより、一連の操作を自動化することも可能である。当該制御手段には、前記各工程の順序、各工程に要する処理溶液の滴下量、滴下速度、吸引速度等の本発明の方法がプログラミングされている。
【0033】
吸引ろ過装置は、少なくとも吸引容器、吸引ロート、吸引容器に接続するチューブ及び吸引ポンプを備え、吸引しながら連続的に処理液を膜上の試料に接触させる。当該装置は、吸引ろ過システム(NALGENE社)等の市販品を用いてもよい。
ここで、吸引容器は、吸引装置による吸引圧に耐えることができ、吸引した処理溶液をためることができ、側面に吸引用のチューブを接続できる孔を有するものであればいかなる材質、形状のものであってよく、例えば、ガラス、プラスティック、金属、陶器等の材質からなるカップ形状のものである。
吸引ロートは、吸引装置による吸引圧に耐えることができ、本発明の液体透過性膜を設置できるものであればいかなる材質であってよく、例えば、ガラス、プラスティック、金属、陶器等の材質からなる。
吸引ロートは、液体透過性膜を設置する台座状の上部と、吸引容器の上部と接続して吸引容器を密閉できる下部とからなり、この台座状には膜を設置する面が設けられており、当該面は上部から滴下した処理溶液を透過できる孔を有する。
接続チューブ素材は吸引圧に耐えられ、上述の吸引速度を満足するものであればいかなる素材、形状であってもよく、例えば、シリコン、ゴム、塩化ビニール等の管状形状のものである。
吸引ポンプは上述の吸引速度と時間を満足するものであれば何でもよく、当該吸引ポンプとして、例えば電動ポンプ、手動ポンプ、アスピレーター、電動ピペッター等を用いることができる。
【0034】
以下に、本発明の処理方法を用いた具体的な操作手順を以下に示す。
吸引ろ過装置1は、吸引容器2、膜を設置するための面4が設けられている吸引ロート3、接続チュープ5及び吸引ポンプ(図示せず)からなる(図1参照)。
1)吸引ロート3の面4上にフィルターを設置する。次いで、フィルター上にあらかじめ準備しておいた微生物懸濁溶液を吸引しながら滴下するか、微生物集合体(バイオフィルム)をフィルター上に載せることで、試料をフィルター上に設置する。
これ以降の操作はフィルター上の試料が乾燥しないように注意しながら、吸引ポンプで接続チューブ5を介して吸引しながら行う。
2)洗浄液を滴下して試料の洗浄を行う(試料特性に応じて省略できる)。
3)固定液を滴下して試料の固定を行う。
4)洗浄液を滴下して試料の洗浄を行う。
5)脱水溶液エタノール50、70、80、90、95、100容量%を順次滴下して脱水を行う。
6)置換液を滴下して試料中の溶液の置換を行う。
尚、2〜5)の工程は、処理溶液滴下装置(コンピュータ制御可能なポンプ等)を用いて制御しながら各種溶液を試料上に滴下して行くことで、洗浄〜置換の工程の前処理をすべて自動的に行うことも可能である。当該装置は、微量な液体を正確に流すことができるポンプであれば何でもよく、例えば薄型マイクロポンプ(高砂電器工業(株))、マイクロダイアフラムポンプ5013(並木精密包析(株))等の市販品を用いてもよい。
【0035】
その後、試料をフィルターごと吸引ろ過装置から取り出し、冷凍庫等で試料を凍結後、凍結乾燥機で乾燥させ、SEM標本の前処理試料とする。次いで、観察目的に応じて試料を切断、割断して観察用試料台に設置し、イオンスパッター装置等で金属コーティングを行い、標本を得、当該標本にてSEM観察を行う。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。
〔実施例1〕走査電子顕微鏡(SEM)による細菌の顕微鏡観察
SEMを用いて、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus IFO13276)の観察を以下の工程にて行った。
1)試料の設置
黄色ブドウ球菌をSCD寒天培地にて30℃、24時間培養後、出現したコロニーを白金耳を用いて滅菌生理食塩水に懸濁し、菌数が106cfu/mLになるように細菌懸濁液を調整した。
次いで、吸引ろ過システム(NALGENE社製、ポアサイズ0.45μm)にメンブランフィルター(ミリポア社製、ISOPORE、セルロース製、ポアサイズ0.2μm)を設置し、吸引しながら調整した菌液をメンブランフィルター上に0.1mL滴下した。
SCD(Soybean Casein Digest)培地:Casein Peptone 15g/L、 Soybean Peptone 5g/L、NaCl 5g/L、Ager 15g/L
【0037】
2)洗浄
試料の表面が乾燥する前に吸引速度0.2m/分で吸引しながら直ちに1.0mLのHEPES Buffer(Irvine Scientific、4℃、10mM、pH7.0)を連続的に滴下して5分間洗浄を行った。
【0038】
3)固定
試料の表面が乾燥する前に吸引速度0.066mL/分で吸引しながら直ちに2.0mLの2.5%グルタールアルデヒド/HEPES溶液(4℃、HEPES Buffer(10mM、pH7.0)で調整)を連続的に滴下して30分間固定処理を行った。
【0039】
4)洗浄
試料の表面が乾燥する前に吸引速度0.33mL/分で吸引しながら直ちに5.0mLのHEPES Buffer(Irvine Scientific、4℃、10mM、pH7.0)を連続的に滴下して15分間洗浄を行った。
【0040】
5)脱水
試料の表面が乾燥する前に吸引速度0.33mL/分で吸引しながら直ちに5.0mLの50%エタノールを15分間連続的に滴下した後さらに、同様に70%、80%、90%、95%、100%(脱水剤(Molekularsieb MERCK)にてあらかじめ脱水)のエタノールを滴下して脱水を行った。
【0041】
6)置換
試料の表面が乾燥する前に吸引速度0.2mL/分で吸引しながら直ちに2.0mLのt-ブチルアルコール(30℃)を10分間連続的に滴下して置換を行った。
【0042】
7)凍結、乾燥
試料をフィルターごと取り出し、冷凍庫で15分冷凍した後、試料室温度−10℃に設定したフリーズドライヤーES-2030(日立)に凍結した試料をフィルターごとセットして、試料を乾燥させた(約20〜30分)。
【0043】
8)観察
乾燥したフィルターをカーボン両面テープを貼ったアルミ製SEM試料台に貼り付け、イオンスパッターE−1030(日立)にて放電電流20mA、放電時間80秒間で白金、パナジウムコーティング処理を行い、SEM(走査型電子顕微鏡 S−4300SE/N、日立)にて観察を行った。
【0044】
上記のようにして短時間で、簡便に黄色ブドウ球菌を観察することができた。その本発明の工程及び従来の工程を表1に示す。また観察されたSEM像を図2に示す。
表1のように本発明方法により、前処理工程が簡便で操作時間も短縮された。また使用される処理量も低減した。
図2のように表面構造や形態を観察することが可能であった。
【0045】
【表1】

【0046】
〔実施例2〕走査電子顕微鏡(SEM)による微生物集合体(バイオフィルム)の観察
SEMを用いて床面に出来た細菌、酵母、糸状菌の集合体(バイオフィルム)の観察を以下の工程で行った。
【0047】
1)試料の設置
住居内の塩化ビニール性床面上に発生したフィルム状の着色汚れ(バイオフィルム)にHEPES Buffer(Irvine Scientific、10mM、pH7.0)を1.0mL/cm2 滴下して30分放置したのち、細胞剥離用のシリコンヘラを用いて0.5mm×0.5mm程度の大きさのフィルム状の着色汚れを床面から剥離させた。剥離させた着色汚れをメンブランフィルター(ミリポア社製、ISOPORE、セルロース製、ポアサイズ0.2μm)上に静かに載せて、メンブランフィルターごと吸引ろ過システム(NALGENE社製、ポアサイズ0.45μm)上にのせた。
【0048】
2)洗浄
試料の表面が乾燥する前に吸引しながら直ちに1.0mLのHEPES Buffer(Irvine Scientific、4℃、10mM、pH7.0)を連続的に滴下して5分間洗浄を行った。
【0049】
3)固定
試料の表面が乾燥する前に吸引しながら直ちに2.0mLのグルタールアルデヒド(4℃、2.5%:HEPES Buffer(Irvine Scientific〔10mM、pH7.0〕で調整)を連続的に滴下して30分間固定処理を行った。
【0050】
4)洗浄
試料の表面が乾燥する前に吸引しながら直ちに5.0mLのHEPES Buffer(Irvine Scientific、4℃、10mM、pH7.0)を連続的に滴下して15分間洗浄を行った。
【0051】
5)脱水
試料の表面が乾燥する前に吸引しながら直ちに5.0mLの50%エタノールを15分間連続的に滴下した後さらに、同様に70%、80%、90%、95%、100%(脱水剤(Molekularsieb MERCK)にてあらかじめ脱水)のエタノールを滴下して脱水を行った。
【0052】
6)置換
試料の表面が乾燥する前に吸引しながら直ちに2.0mLのt-ブチルアルコール(30℃)を10分間連続的に滴下して置換を行った。
【0053】
7)凍結、乾燥
試料をフィルターごと取り出し、冷凍庫で15分冷凍した後、試料室温度−10℃に設定したフリーズドライヤーES-2030(日立)に凍結した試料をフィルターごとセットして、試料を乾燥させた(約20〜30分)。
【0054】
8)観察
乾燥したフィルターをカーボン両面テープを貼ったアルミ製SEM試料台に貼り付け、イオンスパッターE−1030(日立)にて放電電流20mA、放電時間80秒間で白金、パナジウムコーティング処理を行い、SEM(走査型電子顕微鏡S−4300SE/N、日立)にて観察を行った。
【0055】
上記のようにして観察されたSEM像を図3に示す。床面上に出来たフィルム状の着色汚れは様々な微生物が積層されたバイオフィルム構造体であり、下層部は主に細菌、中層部は酵母、上層部はカビで構成されている様子が観察された。このように、本発明により、様々な微生物の形状や構造を維持したまま観察できた。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】図1は、本発明の方法を実施するための前処理装置の概略図を示す。
【図2】図2は、黄色ブドウ球菌の走査電子顕微鏡写真を示す。
【図3】図3は、床面に出来たバイオフィルムの割断面の走査型電子顕微鏡写真を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1)採取・設置工程、2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程、4)脱水工程、5)置換工程及び6)乾燥工程を順次行う走査型電子顕微鏡標本作製のための微生物試料の処理方法であって、微生物試料を液体透過性膜上に採取・設置した後、少なくとも2)固定工程又は洗浄・固定工程、3)洗浄工程及び4)脱水工程を、該膜の下部より吸引しながら行うことを特徴とする微生物試料の処理方法。
【請求項2】
各工程に使用する処理溶液を試料の上部に滴下する請求項1記載の処理方法。
【請求項3】
1)採取・設置工程を該膜の下部より吸引しながら行う請求項1又は2記載の処理方法。
【請求項4】
4)脱水工程において、25〜100容量%の数段階の濃度区の脱水溶液を低濃度から段階的に順次滴下する請求項1〜3の何れか1項記載の処理方法。
【請求項5】
更に5)置換工程を該膜の下部より吸引しながら行う請求項1〜4の何れか1項記載の処理方法。
【請求項6】
6)乾燥工程が凍結乾燥である請求項1〜5の何れか1項記載の処理方法。
【請求項7】
1)〜5)の工程を吸引ろ過装置を用いて行う請求項1〜6の何れか1項記載の処理方法。
【請求項8】
吸引手段、処理液滴下手段及びそれらの制御手段を含み、請求項1〜7の何れか1項記載の処理方法を実施するための走査型電子顕微鏡標本作製のための微生物試料の処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−286591(P2008−286591A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−130533(P2007−130533)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年5月7日 http://emtech.jp/23th_sci_lec/index.htmlを通じて発表
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】