説明

UGT1A7核酸配列の変異検査方法

【課題】
本発明の課題は発癌性物質の代謝能を予測することによる、肺癌易罹患性の診断のための検査方法を提供することである。UGT1A7の核酸配列のエキソン1領域の遺伝子変異を検査することにより、発癌性物質の代謝能を予測する検査を行うとともに、肺癌発症の危険因子の検査予測方法を提供することである。

【解決手段】
UGT1A7の核酸配列のエキソン1領域の変異と肺癌の関係を検索したところ、エキソン1の特定の変異が肺癌発症の危険因子になりうることを見出し、本発明を完成させた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は臨床検査の分野で用いられ、とりわけグルクロン酸抱合に関与する酵素の核酸配列検査の方法を提供し、さらに本発明は肺癌易罹患性の診断のための検査方法を提供するものである。またこれらの検査方法を実施するための試薬又はキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)により触媒されるグルクロン酸抱合はビリルビンをはじめ種々の薬剤や毒物の代謝、解毒に重要な役割をしている。ヒトUGT1遺伝子群は少なくとも13個の異なるエキソン1と共通エキソン2〜5からなり、1つのエキソン1が共通エキソン2〜5に対してスプライシングする(非特許文献1)。それぞれのUGTは広い基質特異性と独自の生体組織内分布を有している。
【0003】
UGT1A7は肺、口腔、咽頭、食道、胃、小腸等で発現しており、ヒドロキシルベンゾ[アルファ]ピレンや、2−ヒドロキシアミノ−1−メチル−6−フェニル[4,5−ベータ]ピリジン等の発癌性物質をグルクロン酸抱合し、解毒することが知られている(非特許文献2など)。最近、UGT1A7の機能上の多型が存在し、これらの多型により酵素活性が低下すること及び口腔咽頭癌、肝細胞癌、膵癌や大腸癌と多型が関連することが報告されている(非特許文献3など)。しかしながら、UGT1A7の多型と肺癌の関係は調べられていない。
【非特許文献1】J.Biol.Chem.(1992) 267, 1043-1047
【非特許文献2】Mol.Pharmacol. (1997) 52, 212-220
【非特許文献3】Gastroenterogy (2001) 121, 1136-1144
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は発癌性物質の代謝能を予測することによる、肺癌易罹患性の診断のための検査方法を提供することである。UGT1A7の核酸配列のエキソン1領域の遺伝子変異を検査することにより、発癌性物質の代謝能を予測する検査を行うとともに、肺癌の危険因子の検査予測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らはUGT1A7の核酸配列のエキソン1領域の変異と肺癌の関係を検索したところ、エキソン1の特定の変異が肺癌の独立した危険因子になりうることを見出し、本発明を完成させた。
【0006】
本発明は、以下の構成からなる。
1、UDP−グルクロン酸転移酵素(UGT1A7)の核酸配列の検査方法であって、配列番号1で表した配列の、387番目のtからgへの変異(N129K)、391番目のcからa及び392番目のgからaへの変異(R131K)及び622番目のtからcへの変異(W208R)のうち、少なくとも1つの変異を検査することを特徴とする肺癌易罹患性の検査方法。
2、前記1に記載のUGT1A7の核酸配列の検査によるUGT1A7酵素分子の機能、酵素活性を検査又は予測することによる肺癌易罹患性の検査方法。
3、配列番号1で表した配列の、387番目のtからgへの変異(N129K)、391番目のcからa及び392番目のgからaへの変異(R131K)及び622番目のtからcへの変異(W208R)の3つの変異を組合わせて検査することを特徴とする前記1又は2に記載の方法
4、前記1〜3のいずれか1に記載の方法が肺癌易罹患性の診断をする検査方法である。
5、配列番号2、3、4及び5に記載のオリゴヌクレオチドプライマーのいずれか1または少なくとも2つを用いる前記1〜4のいずれか1に記載の検査方法。
6、前記1〜5のいずれか1に記載の検査方法に用いる検査装置、試薬又はキット。
7、前記5に記載の検査方法に用いるオリゴヌクレオチドプライマーの少なくとも1種を組み込んでなる検査装置、試薬又はキット。

【発明の効果】
【0007】
本発明は、UGT1A7のエキソン1領域の変異を検査することにより、肺癌発症の危険因子の診断を可能になるといった格段の効果をもたらす。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明をさらに詳細に説明するため、実施態様を例示して説明する。
(検査対象)
本発明による検査対象は肺癌の危険因子の検査である。
UGT1A7のエキソン1領域には3種類の変異、N129K、R131K及びW208Rが存在する。ここで、全く変異を持たない正常型をUGT1A7*1と表し、N129KとR131Kの2箇所に変異を有するものをUGT1A7*2、N129K,R131K及びW208Rの3箇所に変異を有するのをUGT1A7*3、W208Rのみに変異を有するものをUGT1A7*4とそれぞれ表す。これらの変異体では、発癌性物質の一種であるベンゾ(アルファ)ピレン代謝物に対する酵素活性が正常型に比べて、UGT1A7*2では2.6分の1倍、UGT1A7*4では2.8分の1倍の低下が認められ、さらにUGT1A7*3においては5.8分の1倍にも低下する。従って、このような発癌性物質に暴露される機会と発癌の関係から、本発明は、癌とりわけ肺癌との関連を検査する方法として有用であり、肺癌の発症と喫煙の関連を理解、予測する上においても有用な検査方法である。
【0009】
(検査試料)
検査しようとするUGT1A7核酸配列のゲノムDNAは肝臓、腎臓、白血球、毛髪等の臓器、組織等特に限定されることなく得ること可能である。白血球からゲノムDNAを得る方法の一つに市販のキット、例えばキアゲン社のQuiagen Blood DNAキットを用いることができる。得られたゲノムDNAを用いて、配列番号1に記載の領域を含むゲノムDNAを、例えば、配列番号2に記載の5´CGTCAAGGCCAAAAGCAT−3´と配列番号3に記載の5´−GTACAAAAGAATTCCTTAAACCAGAAA−3´のプライマー対を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅させる。ゲノムDNAを増幅する手段はPCRに限られたものではなく、LAMP、LCR、NASBA等の公知の増幅工程により増幅させることも可能である。
【0010】
(変異検出)
得られた増幅産物の変異を検出する方法は直接シーケンス法を初め、種々の公知の方法が適用され特に限定されるものではない。直接シーケンス法のためのプライマーの例として、配列番号4及び5のプライマーが挙げられる。制限酵素による断片化試料の電気泳動分析やDNA試料を溶液内ハイブリザイズさせるFISH法等により、検査することも可能である。その他サザンハイブリダイゼーション法、ドットハイブリダイゼーション法(J. Mol. Biol., 98: 503-517, 1975等参照)、ジデオキシ塩基配列決定法、DNAの増幅手法を組合せた各種の検出法[例えばPCR−制限酵素断片長多型分析法(RFLP: Restriction fragment length polymorphism),PCR−単鎖高次構造多型分析法(Proc. Natl. Acad. Sci., U.S.A., 86:
2766-2770, 1989等参照),PCR−特異的配列オリゴヌクレオチド法(SSO: Specific sequence oligonucleotide),PCR−SSOとドットハイブリダイゼーション法を用いる対立遺伝子特異的オリゴヌクレオチド法(Nature, 324: 163-166, 1986等参照)]等を例示することができる。さらにオリゴヌクレオチドプローブを用いる核酸チップ又は核酸アレイによって簡便に検出することも可能である。
【0011】
本発明で用いるプライマー類のオリゴヌクレオチドは、常法に従い、自動合成機、例えばDNAシンセサイザー(パーキンエルマー社)等を用いて容易に合成することができ、得られるオリゴヌクレオチドは更に必要に応じて、市販の精製用カートリッジ等を用いて精製することもできる。
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。
【実施例1】
【0012】
(検査対象及び試料の調製)
健常日本人140人及び肺癌患者92人を検査対象とした。キアゲン社のQuiagen Blood DNAキットを用いてゲノムDNAを分離し精製した。それぞれについてUGT1A7のエキソン1の領域を配列番号2及び3に記載のオリゴヌクレオチドプライマー対を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅させた。PCRの条件は94℃で2分間の変性、94℃で1分間の放置、60℃で1分間、72℃で2分間のサイクルを30サイクル行った。その後、72℃で8分間最終の伸長反応を行った。増幅した試料をジクロロローダミン使用ダイターミネーター法シーケンシングキット(dRhodamine
Terminator Cycle Sequencing FS Ready Reaction Kit)を用いて直接シーケンス法にて配列を確認した。配列解析用プライマーとして、配列番号4及び5のプライマーを用いた。
【実施例2】
【0013】
(対立遺伝子頻度の解析)
実施例1に記載の検査対象について、対立遺伝子(アレル)の発現頻度の解析を行った。その結果を表1に示した。健常人群において全280アレルのうち正常型、UGT1A7*1は186アレル(66%)であった。82アレル(29%)で、N129KとR131Kの重複変異(UGT1A7*2又はUGT1A7*3)が観察された。その中で、57アレル(20%)においてW208Rの変異がさらに重複していた(UGT1A7*3)。 一方肺癌患者群では全184アレルのうち正常型(UGT1A7*1)は106アレル(58%)であった。74アレル(41%)で、N129KとR131Kの重複変異(UGT1A7*2又はUGT1A7*3)が観察された。その中で、58アレル(32%)においてW208Rの変異がさらに重複していた(UGT1A7*3)。W208Rのみの変異であるUGT1A7*4は健常人群で12アレル(4%)と肺癌患者群で4アレル(2%)が認められた。これらの結果、肺癌患者群において明らかにN129K、R131K及びW208Rの3種類の重複変異が、健常人群よりも高頻度に起きていることがわかった。
【0014】
【表1】

【実施例3】
【0015】
実施例1で示した全対立遺伝子解析について、そのゲノタイプを調べた。その結果を表2に示した。両対立遺伝子共に変異を持たない正常型(UGT1A7*1/1)は健常人群で140例中66例(47.1%)、肺癌患者群で92例中31例(33.7%)であった。一方、UGT1A7*3のホモ変異型であるUGT1A7*3/3は健常人群で140例7例(5.0%)に対して肺癌患者群では92例中14例(15.2%)と3倍も高頻度に認められた。またこの変異による肺癌の罹患率を多変量解析により計算すると、そのオッズ比は変異を持たないヒトに比べて約5倍となった。このことから明らかに本発明の方法により、肺癌易罹患性を予測、検査できることが判った。
【0016】
【表2】

【実施例4】
【0017】
実施例1に記載の検査対象について、UGT1A7*3の出現頻度と肺癌の関連を喫煙群と非喫煙群に分けて解析した。その結果、喫煙群でUGT1A7*3を持つ人は58例中35例(60.3%)に肺癌であり、一方持たない人では80例中36例(45%)が肺癌であった。一方、非喫煙群では、UGT1A7*3をもつ人は36例中9例(25%)が肺癌、持たない人は58例中12例(20.6%)で肺癌であった。以上の結果、喫煙群では非喫煙群に比べて、肺癌の罹患率が高く、さらに、喫煙者でUGT1A7*3を持つ人は、同じ喫煙者でも持たない人に比べて肺癌の罹患率が高くなる傾向が認められた。したがって、本発明は肺癌易罹患性を予測、検査に有用であることがわかった。

【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明は、発癌性物質の代謝予測に利用されるほか、癌とりわけ肺癌易罹患性を予測、検査のために必要な臨床検査の分野で用いられる診断薬キットとして製造される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
UDP−グルクロン酸転移酵素(UGT1A7)の核酸配列の検査方法であって、配列番号1で表した配列の、387番目のtからgへの変異(N129K)、391番目のcからa及び392番目のgからaへの変異(R131K)及び622番目のtからcへの変異(W208R)のうち、少なくとも1つの変異を検査することを特徴とする肺癌易罹患性の検査方法。
【請求項2】
請求項1に記載のUGT1A7の核酸配列の検査によるUGT1A7酵素分子の機能、酵素活性を検査又は予測することによる肺癌易罹患性の検査方法。
【請求項3】
配列番号1で表した配列の、387番目のtからgへの変異(N129K)、391番目のcからa及び392番目のgからaへの変異(R131K)及び622番目のtからcへの変異(W208R)の3つの変異を組合わせて検査することを特徴とする請求項1又は2に記載の方法
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1に記載の方法が肺癌易罹患性の診断をする検査方法である。
【請求項5】
配列番号2、3、4及び5に記載のオリゴヌクレオチドプライマーのいずれか1または少なくとも2つを用いる請求項1〜4のいずれか1に記載の検査方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1に記載の検査方法に用いる検査装置、試薬又はキット。
【請求項7】
請求項5に記載の検査方法に用いるオリゴヌクレオチドプライマーの少なくとも1種を組み込んでなる検査装置、試薬又はキット。













【公開番号】特開2006−101837(P2006−101837A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−296655(P2004−296655)
【出願日】平成16年10月8日(2004.10.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年8月1日 山本器発行の「三重医報 第525号」に発表
【出願人】(592037055)株式会社日本医学臨床検査研究所 (13)
【出願人】(802000042)株式会社三重ティーエルオー (20)
【Fターム(参考)】