説明

UHMWPE繊維およびその製造方法

本発明は、高い引張強さと良好なクリープ速度を有するゲル紡糸超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)繊維の製造方法であって、前記方法に使用されるUHMWPEが、式(1)Δδ=δ0.001−δ100(式中、δ0.001は角周波数0.001rad/秒における位相角であり、δ100は角周波数100rad/秒における位相角であり、これらは、周波数掃引動的レオロジー法によりUHMWPEの10%パラフィンオイル溶液について150℃で測定され、但し、δ100は18°以下である)で表される位相角差が42°以下であることを特徴とする方法に関する。本発明は、さらに、それによって製造されたゲル紡糸UHMWPE繊維に関する。本発明のゲル紡糸UHMWPE繊維は、引張強さが4GPa以上であり、かつ70℃、荷重600MPaで測定されるクリープ速度が5×10−7−1である。それによって製造されたゲル紡糸UHMWPE繊維は様々な用途に有用であり、本発明は、特に、前記UHMWPE繊維を含むロープ、医療用具、複合製品および防弾製品に関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、高い引張強さと良好なクリープ速度を有するゲル紡糸超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)繊維の製造方法、および、そのような方法により製造されたゲル紡糸UHMWPE繊維に関する。その方法により製造されたゲル紡糸UHMWPE繊維は様々な用途に有用であり、本発明は、特に、前記UHMWPE繊維を含むロープ、医療用具、複合製品および防弾製品に関する。
【0002】
高いテナシティと良好な耐クリープ性を有するゲル紡糸UHMWPE繊維の製造方法は、例えば、欧州特許第1,699,954号明細書により知られている。この方法は、
a)デカリン中、135℃での固有粘度が5dl/g以上であるUHMWPEを溶媒に溶解した溶液を調製する工程と;
b)工程a)の溶液を複数の紡糸孔を有するスピナレットからエアギャップへ紡糸して、流体フィラメントを形成する工程と;
c)流体フィラメントを冷却して、溶媒含有ゲルフィラメントを形成する工程と;
d)固体フィラメントの延伸前および/または延伸中に、溶媒の少なくとも一部をゲルフィラメントから除去して、固体フィラメントを形成する工程と
を含む。
【0003】
得られたUHMWPE繊維は、70℃、荷重600MPaで測定されるクリープ速度が1×10−6−1と低く、かつ引張強さが4.1GPaに達している。
【0004】
高分岐UHMWPE、すなわち、例えばエチル、プロピルのようなメチル分岐より長い分岐を有するか、前記分岐を多量に有するか、またはそれらの組み合わせを有するUHMWPEを使用するゲル紡糸法により、UHMWPE繊維のクリープ速度を低下させ得ることもまた知られている。しかしながら、前記高分岐ポリエチレンは、紡糸UHMWPE繊維の延伸特性を損ない、したがって、引張特性に劣る繊維が製造される。
【0005】
他方、低分岐UHMWPE、すなわち、分岐の数が少ないか、または、例えばメチル分岐のように短い分岐を意味する、より直線的な構造を有するポリエチレンを使用することによって、引張特性の良好な繊維を製造し得ることが知られている。しかしながら、これらの繊維はクリープ特性が不良である。
【0006】
したがって、クリープ特性および引張特性は両立する特性ではないため、低クリープ速度で、かつ高引張強さのUHMWPE繊維を得ることは、当業者にとって決して容易なことではない。
【0007】
したがって、本発明の目的は、高引張強さと低クリープ速度の組み合わせ、すなわち、従来のいかなるUHMWPE繊維も満たさなかった組み合わせを有するUHMWPE繊維、およびその製造方法に対するニーズに応えることにある。本発明の目的は、ゲル紡糸UHMWPE繊維の製造方法であって、UHMWPEの式1
Δδ=δ0.001−δ100 (1)
(式中、
δ0.001は角周波数0.001rad/秒における位相角であり、
δ100は角周波数100rad/秒における位相角であり、
これらは、周波数掃引動的レオロジー法によりUHMWPEの10%パラフィンオイル溶液について150℃で測定され、但し、δ100は18°以下である)
で表される位相角差が42°以下であることを特徴とする方法によって達成された。
【0008】
驚いたことに、本発明者らは、本発明のゲル紡糸方法において、請求項1で定義した差Δδ=δ0.001−δ100を有するUHMWPEを使用することにより、本発明者らが知る限りでこれまで決して達成されていない引張強さとクリープ速度の組み合わせを有する新規なUHMWPE繊維が得られることがわかった。
【0009】
また、驚いたことに、公知のUHMWPEから製造された繊維、または、最新技術においてこれまでに報告されているUHMWPE繊維に適用された総延伸比(DRoverall)に比べて、本発明の方法では、破断させずにより大きなDRoverallを紡糸繊維に適用できることが観察された。本明細書では、DRoverallは、本発明の方法の異なるステージにおいて繊維に適用する延伸比、すなわち、流体繊維、ゲル繊維および固体繊維に適用される延伸比の乗算であると理解される。したがって、DRoverall=DRfluid×DRgel×DRsolidである。
【0010】
本発明のUHMWPE繊維に適用するDRoverallは、好ましくは5000以上、より好ましくは8000以上、より一層好ましくは12,000以上、さらに一層好ましくは15,000以上、さらに一層好ましくは20,000以上、さらに一層好ましくは25,000以上、さらに一層好ましくは30,000以上、特に好ましくは35,000以上である。
【0011】
本発明の方法において、このような高いDRoverallを適用することの利点は、クリープ速度および/または引張強さがさらに向上した、極めて優れたUHMWPE繊維が得られたことである。
【0012】
本発明の方法の別の利点は、本発明のUHMWPE繊維を延伸するのにより高い延伸速度を使用でき、これにより生産量を高め、かつ生産時間を短縮することができ、その結果として、本発明の方法が経済性の点でより魅力的なものとなることである。本明細書では、延伸速度は、延伸比を、その延伸比を達成するのに必要な時間(秒)で割ったものであると理解される。
【0013】
本発明の方法で使用するUHMWPEを特徴付けるΔδ差は、δ100が18°以下であるとき、好ましくは40°以下、より好ましくは38°以下、より一層好ましくは36°以下、特に好ましくは35°以下である。前記Δδ差は、好ましくは5°以上、より好ましくは15°以上、特に好ましくは25°以上である。前記Δδ差は、δ100が16°以下のとき、上記の値を有することが好ましい。より好ましくは14°以下のときであり、より一層好ましくは12°以下のときであり、特に好ましくは10°以下のときである。δ100は、2°以上であることが好ましく、4°以上であることがより好ましく、6°以上であることが特に好ましい。
【0014】
本発明の方法において使用されるUHMWPEは、デカリン溶液中、135℃で測定される固有粘度(IV)が、5dl/g以上、好ましくは10dl/g以上、より好ましくは15dl/g以上、特に好ましくは21dl/gである。IVは、好ましくは40dl/g以下、より好ましくは30dl/g以下、より一層好ましくは25dl/g以下である。
【0015】
好ましい実施態様では、前記UHMWPEは、炭素原子千個当たり、エチル側基に相当するメチル基を0.1〜1.3個含む。より一層好ましくは0.2〜1.2個、さらに一層好ましくは0.25〜0.9個、さらに一層好ましくは0.3〜0.6個、特に好ましくは0.3〜0.5個である。前記UHMWPEは、炭素原子千個当たり、0.08〜0.7個のメチル末端基を含むことがより好ましい。より一層好ましくは0.08〜0.5個、さらに一層好ましくは0.09〜0.4個、さらに一層好ましくは0.1〜0.3個、さらに一層好ましくは0.15〜0.3個、特に好ましくは0.2〜0.3個である。本明細書では、メチル末端基は、UHMWPE鎖の末端、およびUHMWPE鎖の長鎖分岐(LCB)の末端のメチル基であると理解される。本明細書では、LCBは、エチル基より長い分岐、例えば、プロピル、ブチル、ヘキシル、およびこれらより長い分岐であると理解される。
【0016】
エチル側基に相当するメチル基の炭素原子千個当たりの数とメチル末端基の炭素原子千個当たりの数を加えることによって得られる炭素原子千個当たりのメチル基の総数は、0.3〜2個であることが好ましい。総数は、より好ましくは0.4〜1.7個、より一層好ましくは0.45〜1.3個、さらに一層好ましくは0.5〜0.9個、特に好ましくは0.5〜0.7個である。
【0017】
驚いたことに、この好ましい実施態様のUHMWPEを本発明の方法において使用することにより、本発明のUHMWPE繊維の引張強さとクリープ速度の組み合わせ、特にクリープ速度が、さらに改善されることがわかった。
【0018】
UHMWPE溶液は、3質量%以上の濃度に調製することが好ましい。より好ましくは5質量%以上、より一層好ましくは8質量%以上、特に好ましくは10質量%以上である。UHMWPE溶液は、30質量%以下の濃度を有することが好ましい。より好ましくは25質量%以下、より一層好ましくは20質量%以下、特に好ましくは15質量%以下である。加工性を向上させるためには、ポリエチレンのモル質量が大きいほど低濃度とすることが好ましい。IVが15〜25dl/gの範囲のUHMWPEでは、濃度は3〜15質量%が好ましい。
【0019】
UHMWPE溶液の調製には、UHMWPEのゲル紡糸に適した任意の公知の溶媒を使用することができる。適した溶媒としては、例えば、オクタン、ノナン、デカンおよびパラフィン(これらの異性体を含む)などの脂肪族炭化水素および脂環式炭化水素;石油留分;鉱油;ケロセン;トルエン、キシレンおよびナフタレン(これらの水素化誘導体、例えば、デカリンおよびテトラリンなどを含む)などの芳香族炭化水素;モノクロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素、例えば、モノクロロベンゼン;並びに、カリーン(careen)、フルオリン、カンフェン、メンタン、ジペンテン、ナフタレン、アセナフタレン、メチルシクロペンタジエン、トリシクロデカン、1,2,4,5−テトラメチル−1,4−シクロヘキサジエン、フルオレノン、ナフチンダン(naphtindane)、テトラメチル−p−ベンゾジキノン、エチルフオレン、フルオランテンおよびナフテノンなどのシクロアルカンまたはシクロアルケンなどが挙げられる。また、上に挙げた溶媒の組み合わせを、UHMWPEのゲル紡糸に使用してもよく、簡単にするために、そのような溶媒の組み合わせも溶媒と呼ぶ。好ましい実施態様において、選択された溶媒は、パラフィンオイルなどの室温で不揮発性のものである。本発明の方法は、例えばデカリン、テトラリンおよびケロセン級の、室温で比較的揮発性の高い溶媒に特に有利であることもわかった。最も好ましい実施態様において選択された溶媒はデカリンである。
【0020】
本発明においては、UHMWPE溶液は、前記溶液を複数の紡糸孔を有するスピナレットを通して紡糸することにより流体フィラメントに成形される。ここで使用されるとき、用語「流体フィラメント」は、前記UHMWPE溶液の調製に使用した溶媒にUHMWPEが溶解した溶液を含む流体様フィラメントをいう。前記流体フィラメントはUHMWPE溶液をスピナレットを通して押出すことにより得られる。押出された流体フィラメント中のUHMWPEの濃度は、押出し前のUHMWPE溶液の濃度と同じか、またはほぼ同じである。本明細書では、複数の紡糸孔を有するスピナレットは、好ましくは10個以上、より好ましくは50個以上、より一層好ましくは100個以上、さらにより一層好ましくは300個以上、特に好ましくは500個以上の紡糸孔を有するスピナレットであると理解される。スピナレットは紡糸孔が5000個以下であることが好ましい。より好ましくは3000個以下、特に好ましくは1000個以下である。
【0021】
紡糸温度は150℃〜250℃であることが好ましく、紡糸溶媒の沸点未満を選択することがより好ましい。例えば、紡糸溶媒としてデカリンを使用するならば、紡糸温度は、好ましくは190℃以下、より好ましくは180℃以下、特に好ましくは170℃以下であり、かつ好ましくは115℃以上、より好ましくは120℃以上、特に好ましくは125℃以上である。パラフィンの場合は、紡糸温度は、好ましくは220℃未満、より好ましくは130℃〜195℃である。
【0022】
好ましい実施態様では、スピナレットの各紡糸孔は、少なくとも1つの絞り部を含む形状を有している。本明細書では、絞り部は、紡糸孔中で延伸比DRspが達成されるよう、8〜75°の範囲の円錐角で、直径がDからDへと漸減する部分であると理解される。紡糸孔は、さらに、長さ/直径比L/Dが50以下の、直径が一定の部分を少なくとも1つ、絞り部の下流側に含んでいることが好ましい。L/Dは、より好ましくは40以下、より一層好ましくは25以下、特に好ましくは10以下であり、そして好ましくは1つ以上、より好ましくは3つ以上、特に好ましくは5つ以上である。Lは、一定の直径Dを有する部分の長さである。好ましくは、比D/Dは、好ましくは2以上、より好ましくは5以上、より一層好ましくは10以上、さらにより一層好ましくは15以上、特に好ましくは20以上である。円錐角は、好ましくは10°以上、より好ましくは12°以上、より一層好ましくは15°以上である。円錐角は、好ましくは60°以下、より好ましくは50°以下、より一層好ましくは45°以下である。
【0023】
紡糸孔の直径は、本明細書では、有効直径、すなわち、非円形または不規則な形状の紡糸孔では、紡糸孔の外側境界間の最大距離を意味する。
【0024】
本明細書では、円錐角は、紡糸孔の絞り部において、反対側の壁面の接線間の最大角度を意味する。例えば、円錐形、またはテーパーが付けられた絞り部では、接線間の円錐角は一定であるが、所謂、ラッパ形の絞り部では、接線間の円錐角は直径の減少と共に減少する。ワイングラス形の絞り部では、接線間の角度は最大値を通過する。
【0025】
紡糸孔の延伸比DRspは、絞り部の最初の断面と最後の断面における溶液の流速の比で表され、これは、それぞれの断面積の比に等しい。円錐台の形状を有する絞り部の場合には、DRspは最初と最後の直径の2乗の比、すなわち、(D/Dに等しい。
【0026】
およびDは、DRspが5以上となるように選択することが好ましい。より好ましくは10以上、より一層好ましくは15以上、さらに一層好ましくは20以上、さらに一層好ましくは25以上、特に好ましくは30以上である。
【0027】
UHMWPE溶液をスピナレットを通して紡糸することにより形成された流体フィラメントは、エアギャップに、次いで冷却ゾーンに押出され、そこから第1駆動ローラに引き取られる。第1駆動ローラの角速度を、前記ローラの表面速度がスピナレットから出てくるUHMWPE溶液の流速を超えるように選択することにより、15以上の延伸比DRagで流体フィラメントをエアギャップへ延伸することが好ましい。エアギャップにおける延伸比DRagは、より好ましくは20以上、より一層好ましくは25以上、さらにより一層好ましくは30以上、さらにより一層好ましくは35以上、さらにより一層好ましくは40以上、さらにより一層好ましくは50以上、特に好ましくは60以上である。
【0028】
好ましい実施態様においては、DRspおよびDRagは、流体UHMWPEフィラメントのトータル延伸比DRfluid=DRsp×DRagが150以上となるよう選択される。より好ましくは250以上、より一層好ましくは300以上、さらに一層好ましくは350以上、さらに一層好ましくは400以上、さらに一層好ましくは500以上、さらに一層好ましくは600以上、さらに一層好ましくは700以上、特に好ましくは800以上である。驚いたことに、本発明のUHMWPEを含む流体フィラメントでは、破断の発生を同レベルに維持しつつ、今まで可能であった値よりもより高いDRfluidを適用し得ることがわかった。
【0029】
したがって、最新の技術の中で従来適用されている値と同じ大きさのDRfluidを流体UHMWPEフィラメントに適用した場合、流体フィラメントの破断は減少した。
【0030】
エアギャップの長さは、好ましくは1mm以上、より好ましくは3mm以上、より一層好ましくは5mm以上、さらにより一層好ましくは10mm以上、さらにより一層好ましくは15mm以上、さらにより一層好ましくは25mm以上、さらにより一層好ましくは35mm以上、さらにより一層好ましくは25mm以上、さらにより一層好ましくは45mm以上、特に好ましくは55mm以上である。エアギャップの長さは、好ましくは200mm以下、より好ましくは175mm以下、より一層好ましくは150mm以下、さらにより一層好ましくは125mm以下、さらにより一層好ましくは105mm以下、さらにより一層好ましくは95mm以下、特に好ましくは75mm以下である。
【0031】
エアギャップを出た流体フィラメントを冷却(クエンチングとしても知られている)して、溶媒含有ゲルフィラメントを形成する工程は、ガスフロー中および/または液体冷却槽中で行うことができる。冷却槽には、UHMWPEに対して非溶媒である冷却液を使用することが好ましく、UHMWPE溶液の調製に使用した溶媒と混和しない冷却液がより好ましい。冷却液は、少なくとも流体フィラメントが冷却槽に入る位置では、フィラメントに対して実質的に垂直に流れることが好ましい。これには、延伸条件をより良好に設定し、制御できるという利点がある。
【0032】
エアギャップは、ガス冷却の場合、流体フィラメントが溶媒含有ゲルフィラメントへと転換されるまでに流体フィラメントが移動する長さ、またはスピナレット面と液体冷却槽中の冷却液表面との距離を意味する。エアギャップと呼ばれているが、その雰囲気は、例えば、窒素もしくはアルゴンのような不活性ガスのフローの結果として、あるいは、フィラメントから溶剤が蒸発する結果として、またはそれらの組み合わせの結果として、空気と異なるものであってもよい。
【0033】
ここで使用されるとき、用語「ゲルフィラメント」は、冷却時に、紡糸溶媒で膨潤した連続UHMWPEネットワークを発達させるフィラメントを指す。流体フィラメントからゲルフィラメントへの転換および連続UHMWPEネットワーク形成に対する指標の一つは、半透明のUHMWPEフィラメントから実質的に不透明のフィラメント、すなわちゲルフィラメントへ移行する冷却時のフィラメントの透明度の変化である。
【0034】
流体フィラメントの冷却温度は、100℃以下が好ましい。より好ましくは80℃以下、特に好ましくは60℃以下である。流体フィラメントの冷却温度は、1℃以上が好ましい。より好ましくは5℃以上、より一層好ましくは10℃以上、特に好ましくは15℃以上である。
【0035】
好ましい実施態様では、溶媒含有ゲルフィラメントは、少なくとも1回の延伸工程で、1.05以上、より好ましくは1.5以上、より一層好ましくは3以上、さらにより一層好ましくは6以上、特に好ましくは10以上の延伸比DRgelで延伸される。ゲルフィラメントの延伸温度は、好ましくは10℃〜140℃、より好ましくは30℃〜130℃、より一層好ましくは50℃〜130℃、さらにより一層好ましくは80℃〜130℃、特に好ましくは100℃〜120℃である。
【0036】
ゲルフィラメントの形成に続いて、前記ゲルフィラメントは溶媒除去工程に供され、ゲルフィラメントから紡糸溶媒の少なくとも一部が除去され、固体フィラメントが形成される。除去工程後に固体フィラメント中に残存している残留紡糸溶媒(以下、残留溶媒という)の量は、大きく変動し得るものであるが、好ましくは、UHMWPE溶液中の初期溶媒量の15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、特に好ましくは5質量%以下である。
【0037】
溶媒除去工程は、公知の方法、例えば、UHMWPE溶液の調製に比較的揮発性が高い紡糸溶媒、例えばデカリンが使用されたときは蒸発により、また、例えばパラフィンが使用されたときは抽出液の使用により、あるいは、その両方法の組み合わせにより実施することができる。適切な抽出液は、UHMWPEゲル繊維のUHMWPEネットワーク構造に大きな変化を引き起こすことがない液体であり、例えば、エタノール、エーテル、アセトン、シクロヘキサノン、2−メチルペンタノン、n−ヘキサン、ジクロロメタン、トリクロロトリフルオロエタン、ジエチルエーテルおよびジオキサン、またはこれらの混合物である。リサイクルのために抽出液から紡糸溶媒を分離することができるような抽出液を選択することが好ましい。
【0038】
本発明の方法は、前記溶媒の除去中および/または除去後に固体フィラメントを延伸する工程をさらに含む。好ましくは、固体フィラメントの延伸は、少なくとも1回の延伸工程で、好ましくは4以上の延伸比DRsolidで行うことが好ましい。DRsolidは、より好ましくは7以上、より一層好ましくは10以上、さらにより一層好ましくは15以上、さらにより一層好ましくは20以上、さらにより一層好ましくは30以上、特に好ましくは40以上である。固体フィラメントの延伸は、2工程以上で行うことがより好ましい。より一層好ましくは3工程以上である。各延伸工程は、好ましくはフィラメントが破断せずに所望の延伸比が達成されるように選択される異なる温度で行われることが好ましい。固体フィラメントの延伸が2工程以上で実施される場合、DRsolidは、個々の各固体延伸工程で達成された延伸比を乗じることにより計算される。
【0039】
各固体延伸工程は、駆動ローラを備える延伸炉に固体フィラメントを、少なくとも長さ10mに亘って、炉内の滞留時間が10分以下となるよう、連続的に通過させ、その間に延伸させることにより実施することがより好ましい。炉中における延伸は、熟練工であれば、フィラメントを支持する駆動ローラの速度を調節することによって容易に行うことができる。固体フィラメントは炉内に長さ50メートル以上に亘って通過させることが好ましい。より好ましくは100メートル以上であり、特に好ましくは200メートル以上である。固体フィラメントの炉内における滞留時間は、好ましくは5分以下、より好ましくは3.5分以下、より一層好ましくは2.5分以下、さらにより一層好ましくは2分以下、さらにより一層好ましくは1.5分以下、特に好ましくは1分以下である。前記炉内の温度は、好ましくは120〜155℃の間で上昇プロファイルとしてもよい。
【0040】
本明細書では、滞留時間は、炉内にある固体フィラメントのある断面が、炉に入った瞬間から出るまでに要した時間と理解される。驚いたことに、本発明の方法におけるUHMWPEフィラメントでは、同じ延伸比を得るのに、これまで可能であった時間よりも短い滞留時間で済むことがわかった。したがって、本発明の方法の効率は、ポリエチレン繊維の公知の製造方法の効率に比べて良好となった。
【0041】
好ましい実施態様では、約120〜約155℃の上昇プロファイルを有する温度で、少なくとも1回の延伸工程が行われる。本発明の方法は、また、場合により、本発明のUHMWPE繊維から残留紡糸溶媒を除去する工程を含んでもよい。前記工程は固体延伸工程の後に行うことが好ましい。好ましい実施態様では、本発明のUHMWPE繊維に残存している残留紡糸溶媒は、前記繊維を、好ましくは148℃以下、より好ましくは145℃以下、特に好ましくは135℃以下の温度の真空炉に置くことによって除去する。炉の温度は50℃以上に保持することが好ましい。より好ましくは70℃以上、特に好ましくは90℃以上である。残留紡糸溶媒の除去は、繊維をピンと張った状態で、すなわち、繊維が緩むのを防止しながら行うことがより好ましい。
【0042】
本発明のUHMWPE繊維は、溶媒除去工程の終わりの時点で含有する紡糸溶媒の量が、800ppm未満であることが好ましい。前記紡糸溶媒量は、より好ましくは600ppm未満、より一層好ましくは300ppm未満、特に好ましくは100ppm未満である。
【0043】
本発明は、さらに、引張強さが4GPa以上で、かつ70℃、荷重600MPaで測定されるクリープ速度が5×10−7−1以下であるゲル紡糸UHMWPE繊維に関する。本発明のUHMWPE繊維のクリープ速度は、3×10−7−1以下であることがより好ましい。より一層好ましくは1.5×10−7−1以下、さらに一層好ましくは0.8×10−7−1以下、さらに一層好ましくは0.2×10−7−1以下、特に好ましくは0.09×10−7−1以下である。UHMWPE繊維の引張強さは、好ましくは4.5GPa以上、より好ましくは5GPa以上、より一層好ましくは5.5GPa以上、特に好ましくは6GPa以上である。
【0044】
UHMWPE繊維は、例えば、上記のゲル紡糸法により得ることができる。UHMWPE繊維は上記の方法で得ることが好ましいが、他の製造方法でも実行可能である。
【0045】
高いテナシティと良好な耐クリープ性を有するゲル紡糸UHMWPE繊維は、例えば、欧州特許第1,699,954号明細書、欧州特許第0,205,960B1号明細書、欧州特許第0,269,151号明細書、特開平5−70274号公報、米国特許第5,115,067号明細書および米国特許第5,246,657号明細書により知られている。上記引用文献で報告されている繊維の引張強さおよびクリープ速度値と、前記引用文献に記載されているクリープ速度測定条件の概要を表1に示す。言及した表には、さらに、引用文献に記載された測定手法により、同一の温度および荷重条件で測定した本発明のUHMWPE繊維のクリープ速度と引張強さ(実施例1)も含まれる。その言及した表から明らかなように、引用文献の繊維はいずれも、本発明のUHMWPE繊維が有する高強度および低クリープの組み合わせを有していない。
【0046】
本発明のUHMWPE繊維は、100GPa以上の弾性率を有していることが好ましい。より好ましくは130GPa以上、より一層好ましくは160GPa以上、さらにより一層好ましくは190GPa以上、特に好ましくは220GPa以上である。理論に基づくものではないが、本発明者らは、本発明のUHMWPE繊維がより高いDRoverallを許容し得たことが弾性率の増大に寄与したものと考えている。
【0047】
本発明は、また、本発明のUHMWPE繊維を含有するヤーンに関する。
【0048】
本発明の方法で使用するUHMWPEポリマーをUHMWPE繊維へと加工した後では、UHMWPE繊維に含まれているUHMWPEのΔδ差は増加することが観察された。この効果を説明することはできないものの、驚いたことに、この効果は、クリープ速度および引張強さ特性が向上した繊維を実現するのに寄与していることがわかった。
【0049】
好ましい実施態様では、本発明のUHMWPE繊維は、δ100が18°以下であるとき、Δδ差が65°以下、より好ましくは60°以下、より一層好ましくは55°以下、さらに一層好ましくは50°以下、さらに一層好ましくは45°以下、さらに一層好ましくは42°以下、さらに一層好ましくは40°以下、さらに一層好ましくは36°以下、特に好ましくは35°以下であるUHMWPEを含有する。前記Δδ差は、5°以上であることが好ましい。より好ましくは15°以上、特に好ましくは25°以上である。前記Δδ差は、δ100が16°以下のとき、上記の値を有することが好ましい。より好ましくは14°以下のときであり、より一層好ましくは12°以下のときであり、特に好ましくは10°以下のときである。δ100は、2°以上であることが好ましく、4°以上であることがより好ましく、6°以上であることが特に好ましい。
【0050】
本明細書では、繊維は、伸長体、すなわち、横方向の寸法よりはるかに大きな長さを有する物体であると理解される。ここで使用されるとき、繊維には、規則的または不規則的な断面を有し、かつ連続および/または不連続な長さを有する複数のフィラメントも含まれる。本発明においては、ヤーンは、連続および/または不連続の繊維を含む伸長体であると理解される。本発明のヤーンは、撚られたヤーンであっても、編まれたヤーンであってもよい。
【0051】
本発明のUHMWPE繊維は、ロープ、索具など、好ましくは、例えば牽引、海上および沖合い作業のような過酷な作業用に設計されたロープに使用するのに興味深い材料となる特性を有している。過酷な作業としては、さらに、操錨作業、重量容器の固定、掘削リグおよび採油プラットフォームの固定などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明のUHMWPE繊維は、UHMWPE繊維が静的張力を受けるような用途で使用することが特に好ましい。本明細書では、静的張力は、張力が一定レベルである(例えば、この繊維を含むロープに錘が拘束されずにぶら下がっている)か、または変動する(例えば、熱膨張または水の波動を受ける場合)かにかかわらず、使用中の繊維が常時、または略常時、張力を受けていることを意味する。静的張力を受けて使用される非常に好ましい例としては、例えば、多くの医療分野での用途(例えば、ケーブルおよび縫合糸)、固定用ロープおよび張力強化のための要素が挙げられる。本繊維の低クリープ性により、これらやこれらに類似した用途におけるシステムパフォーマンスが大幅に改善されるからである。
【0052】
したがって、本発明は、本発明のUHMWPE繊維を含むロープに関する。ロープの製造に使用された繊維の全質量の50質量%以上が、本発明のUHMWPE繊維からなることが好ましい。より好ましくは75質量%以上、より一層好ましくは90質量%以上である。ロープが本発明のUHMWPE繊維からなることが特に好ましい。
【0053】
本発明のロープにおいて、繊維の残りの質量パーセントは、例えば、金属、ガラス、カーボン、ナイロン、ポリエステル、アラミド、別タイプのポリオレフィンなどのような、繊維の製造に適した他の材料で製造された繊維または繊維の組み合わせを含むことができる。
【0054】
本発明は、さらに、本発明のUHMWPE繊維を含む複合製品に関する。
【0055】
好ましい実施態様では、複合製品は、本発明のUHMWPE繊維を含む少なくとも1つの単層を含有する。単層という用語は、繊維の層、すなわち、1つの面を形成している繊維を意味する。
【0056】
別の好ましい実施態様では、単層は単向性の単層である。単向性単層という用語は、単一の方向に配向している繊維の層、すなわち、本質的に平行に配向して1つの面を形成している繊維を意味する。
【0057】
さらに別の好ましい実施態様では、複合製品は、複数の単向性単層を含む多層複合製品であり、各単層における繊維の方向は、隣接する単層における繊維の方向に対して、ある一定の角度、回転していることが好ましい。角度は、好ましくは30°以上、より好ましくは45°以上、より一層好ましくは75°以上であり、特に好ましくは、角度は約90°である。
【0058】
単層は、UHMWPE繊維を結合するためのバインダー物質をさらに含んでいてもよい。バインダー物質は、様々な手法で使用することができる。例えば、フィルムとして、横断的に結合するストリップまたは繊維として(単向性繊維に対して横断的に)、あるいは、繊維をマトリックスに、例えばマトリックス物質の溶液または分散液を使用して、繊維をマトリックスに含浸および/または埋め込むことによって使用することができる。バインダー物質の量は、層の質量に対して、好ましくは30質量%未満、より好ましくは20未満、特に好ましくは15質量%未満である。単層は、少量の補助成分をさらに含んでいてもよく、また、上に列挙したもののような繊維の製造に適した材料から製造された他の繊維を含んでいてもよい。単層中の強化用繊維は本発明のUHMWPE繊維からなることが好ましい。
【0059】
多層複合製品は、弾動用途、例えば防弾チョッキ、ヘルメット、硬質および軟質の遮断板、車の装甲板などに非常に有用であることが立証された。したがって、本発明はまた、本発明のUHMWPE繊維を含む、上に列挙したような防弾製品に関する。
【0060】
残留溶媒量が少ない本発明のUHMWPE繊維は、また、医療用具、例えば縫合糸、医療用ケーブル、インプラント、外科用修復製品などとしての使用に適している。
【0061】
したがって、本発明は、さらに、本発明のUHMWPE繊維を含む医療用具、特に外科用修復製品、なかでも特に縫合糸および医療用ケーブルに関する。
【0062】
本発明の縫合糸および医療用ケーブルの利点は、それらの優れた引張特性、さらにそれらの低いクリープ速度により、これらの製品が人体内で良好な機械特性を維持したことである。
【0063】
本発明のUHMWPE繊維のフィラメントの数と太さは、繊維を使用する用途に応じて大幅に変えることができる。例えば、海上または沖合い作業で使用する過酷な作業用のロープの場合、好ましくは1500dtex以上、より好ましくは2000dtex以上、特に好ましくは2500dtex以上である繊維が使用される。繊維を医療用具として使用する場合、それらのタイターは、好ましくは1500dtex以下、より好ましくは1000dtex以下、特に好ましくは500dtex以下である。
【0064】
上述したような機械特性の優れた組み合わせを有する本発明のUHMWPE繊維は、また、釣り糸および魚網、接地網、積荷用ネットおよびカーテン、凧糸、デンタルフロス、テニスラケットの糸、キャンバス(例えば、テント用キャンバス)、不織布および他のタイプの織物、ウェビング、電池セパレータ、キャパシタ、圧力容器、ホース、自動車用機器、動力伝達用ベルト、ビル建設用材料、耐切・耐刺製品および耐切開製品、保護手袋、スキーなどの複合スポーツ用品、ヘルメット、カヤック、カヌー、自転車およびボートのハルおよびスパー、スピーカー用コーン、高性能電気絶縁材、レードームなどの他の用途にも適していることが観察された。したがって、本発明は、また、本発明のUHMWPE繊維を含む、上に列挙した用途に関する。
【0065】
本発明は、また、本発明の方法で使用されるようなUHMWPEの、UHMWPE繊維を製造する紡糸工程での使用に関する。そのようなUHMWPEは、式1
Δδ=δ0.001−δ100 (1)
(式中、δ0.001は角周波数0.001rad/秒における位相角であり、δ100は角周波数100rad/秒における位相角であり、これらは、周波数掃引動的レオロジー法によりUHMWPEの10%パラフィンオイル溶液について150℃で測定され、但し、δ100は18°以下である)で表される位相角差が42°以下であり、また、上述した実施態様およびUHMWPEの好ましい下位の範囲であるという特徴を有する。一実施態様では、紡糸工程は、UHMWPE繊維がUHMWPEの溶融物から紡糸される溶融紡糸工程であるか、または上述のゲル紡糸プロセスである。紡糸プロセスは、UHMWPEの溶解に適した溶媒に溶解したUHMWPEの溶液からUHMWPE繊維を紡糸するゲル紡糸プロセスであることがより好ましい。ゲル紡糸プロセスは本発明のプロセスであることが特に好ましい。
【0066】
以下、図面を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】周波数掃引動的レオロジー測定に使用した、リキッドロックを具備したレオメータープレートシステム(100)の断面を示す。上側(101)および下側(102)のプレートのジオメトリーにより、雰囲気(500)が、直接、両プレートに挟まれた円盤状サンプル(200)に触れないことが保証される。パラフィン浴(300)が円盤状サンプルを環境から封止するとともに、パラフィン蒸気で飽和した雰囲気(400)をも確保する。
【図2】角周波数ω[rad/秒]が0.001rad/秒〜100rad/秒の領域における、グレードGUR4170のUHMWPE(Ticonaから販売)に固有の位相角δ[°]の変化を示す。
【図3】クリープ測定に使用した装置の模式図である。図(1)および図(2)は、それぞれ、実験開始時のヤーン長(200)の例、および、ある時間tが経過した後の伸長したヤーンの例を示す。
【図4】比較実験のヤーンに固有の、パーセント[%]表示の伸びに対する対数軸上へのクリープ速度[1/秒]のプロットを示す。
【図5】実施例1の繊維の製造プロセスで使用したUHMWPE(Ticona製のグレードGUR4170)のNMRスペクトルを示す。
【0068】
以下の実施例および比較実験により本発明をさらに説明する。
【0069】
[方法]
・IV:固有粘度は、PTC−179法(エルキュール社(Hercules Inc.)レビュー、1982年4月29日)に準拠し、デカリン中、135℃で(溶解時間16時間、酸化防止剤としてDBPCを2g/l−溶液の量で添加)、異なる濃度で測定した粘度を濃度ゼロに外挿することによって決定する。
・Dtex:繊維のタイター(dtex)は、100mの繊維を秤量することにより測定した。繊維のdtexは、ミリグラム表示の重さを10で割ることにより計算した。
・引張特性:引張強さ(または強さ)および引張弾性率(または弾性率)は、ASTM D885Mに規定されているように定義され、マルチフィラメントヤーンについて、公称繊維ゲージ長500mm、クロスヘッド速度50%/分、および「Fibre Grip D5618C」タイプのInstron2714クランプを使用して測定する。弾性率は、測定された応力−歪み曲線に基づいて、0.3〜1%の間の歪みの傾きとして測定する。弾性率と強さの計算では、測定した張力を、10メートルの繊維を評量して測定したタイターで除し、密度を0.97g/cmと仮定してGPa単位の値を計算する。
・側鎖:UHMWPEに含まれるエチル側基に相当するメチル基およびメチル末端基の量は、プロトンH液体NMR(以下、簡単のためにl−NMRとする)により以下のように測定した。
a)3〜5mgのUHMWPEを、800mgの1,1’,2,2’−テトラクロロエタン−d(TCE)溶液(TCE1グラム当たり0.04mgの2,6−ジ−tert−ブチル−パラクレゾール(DBPC)を含有)に加えた。TCEの純度は>99.5%であり、DBPCの純度は>99%であった。
b)UHMWPE溶液を標準の5mmNMRチューブに入れた後、炉中、140℃〜150℃の温度に加熱し、UHMWPEが解けるまで攪拌した。
c)5mmのインバースプローブヘッドを使用し、以下のようにセットアップしたハイフィールド(≧400MHz)NMRスペクトロメータにより、130℃でNMRスペクトルを記録した:試料回転数10〜15Hz、観測核―H、ロック核―H、パルス角90°、緩和遅延30秒、スキャン回数は1000にセット、掃引幅20ppm、NMRスペクトルのデジタル分解能0.5未満、得られたスペクトルの全点数64kおよび線幅の増大0.3Hz。図5は、実施例1のUHMWPEのNMRスペクトルを示す。
d)記録した、信号強度(任意単位)対ケミカルシフト(ppm)(以下、スペクトル1)の較正を、TCEに対応するピークを5.91ppmにセットすることにより行った(図1に示さず)。TCEピークは容易に識別することができ、前記ピークは前記スペクトル1の5.5〜6.5のppm範囲で最も高い。
e)a)〜d)の記載と同様の試料調製と実験条件にて、エチル分岐と末端基のみを含有するLLDPE(Sabic製のLLDPE0026BP14)のスペクトル(以下、スペクトル2)(図示せず)を記録した。
f)エチル側基のメチル基に対応する3つのピーク、すなわちトリプレットの位置をスペクトル2から求めた。この3つのピークはスペクトルの0.8〜0.9のppm範囲で最も高いものであった。前記ピーク位置は、それぞれ、約0.83、約0.85、約0.86と測定された。
g)スペクトル1においてエチル側基のメチル基に対応する3つのピークは、f)でスペクトル2を使用して測定された位置のピークと同一であると特定された。図5において、前記ピークは(101)、(102)および(103)である。
h)0.8〜0.9のppm範囲にある他のピークは全て、メチル末端基に対応するものと考えられた。図5において、これらは(201)、(202)および(203)である。
i)ACD/Labsにより作成された標準ACDソフトウエアを使用してピークのデコンボリューションを行った。
j)同じソフトウエアを用いて、エチル側基のメチル基およびメチル末端基に対応する、デコンボリューションしたピークの正確な面積(A1 ethyl side groups(以下、A)およびA2 LCB+end groups(以下、A))を計算した。ここで、
【数1】



(式中、Aはg)で測定された3つのピークの面積である)
および
【数2】



(式中、nはエチル側基のメチル基に対応するピーク以外の、面積Aを有する全ピーク数である)。図5において、Aは(30i)(iは1〜3である)であり、Aは(40j)(jは1〜3である)である。
k)炭素原子千個当たりのエチル側基のメチル基およびメチル末端基の数は、次のように計算した。
【数3】



(式中、AはUHMWPE主鎖のCH基によるピーク面積であって、スペクトル1全体で最も高いピークであり、1.2〜1.4のppm範囲に位置する(図5に示さず)。
【0070】
[Δδの測定:]
UHMwPE粉末10重量%のパラフィンオイル(Shell Ondina 68)懸濁液と安定剤(DBPC、2g/l)を温度60℃で予備加熱した。予備加熱した懸濁液15グラムを、中型の押出機(標準のスクリューセットを具備したXplore 15ml Micro−Compounder)により、スクリューの回転速度を60rpmとし、温度210℃で5分間混合した。混合は窒素雰囲気中で行った。
【0071】
得られたUHMWPE溶液を、150℃で10分間プレスし、寸法110×55mm、厚さ1.6mmを有する、7.3グラムの矩形板とした。続いて、この板を開放空気中で冷却した。この板から直径25mmの円盤試料を切り出した。
【0072】
直径25mmのパラレルプレートジオメトリーを有するARES(TA Instruments)レオメーターを用い、剪断場、150℃で、周波数掃引動的レオロジーの測定を行った。測定は歪み制御モード、すなわち、試料に歪みを加えて行った。レオメーターは、パラフィンオイルを満たしたリキッドロックを具備したプレートシステム(図1)、高分解能アクチュエータ、およびトルク2000グラムの(フォースリバランス)トランスデューサを備えていた。
【0073】
レオロジー測定を開始する前に、窒素ガスを流しながらレオメーターの加熱炉を100℃に予備加熱した(強制対流式炉)。円盤試料を100℃で装着し、その後、プレート−プレート間距離を約7〜8mmに減少させた。その後、炉の温度を150℃にセットし、炉を平衡化させた。炉の平衡化を確認してから約5分後、プレート−プレート間距離を2.6mmに減少させた。1分後、距離を2mmに再び減少させた。続いて、プレート−プレート間距離を0.1mm/分の割合で再び減少させて1.6mmとした。
【0074】
測定は時間掃引実験で開始し、歪み振幅2%、周波数0.1rad/秒で5時間測定した。時間掃引実験は、最初の試料調製時に生じた残留応力を試料から開放することを意図したものである。
【0075】
時間掃引実験終了後直ちに、周波数掃引実験を開始した。レオメーターの設定は以下のようにした。
・周波数掃引の周波数幅を、ディケード毎に等間隔の3つの周波数で、周波数が減少する向きに100rad/秒〜0.001rad/秒とした;
・温度150℃;
・初期歪み振幅(γ)プレート−プレート間距離の1%;
・自動歪みモードをONとし、最大トルク100g・cm、最小トルク0.5g・cmを発生させて、現在の歪みに対して90%の歪み調節を行う。最大許容歪み振幅を、プレート−プレート間距離の10%とした;
・自動張力モードをOFFとした。
【0076】
時間および周波数掃引実験は、ARESレオメーターの操作説明書に記載されている標準的な測定である。
【0077】
ある特定の周波数ωにおけるUHMWPEに固有の位相角δを、「Rheology;Principles,Measurements and Applications」、1994年、VCH Publishers,Inc.、ISBN 1−56081−579−5の121−123頁の式3.3.15〜3.3.18に詳述されている理論的記述(参照として本明細書に含まれる)に従って求めた。周波数ω[rad/秒]が0.001rad/秒〜100rad/秒の範囲における、グレードGUR4170のUHMWPE(Ticonaから販売)に固有の位相角δ[°]の変化を図2に示す。
【0078】
[クリープ測定]
図3に模式的に示した装置により、長さ約1500mmで、約504dtexのタイターを有し、かつ64本のフィラメントからなる、撚られていないヤーン試料、すなわち、実質的に平行なフィラメントを有するヤーンについて、クリープ試験を実施した。
【0079】
ヤーンの各端をクランプの軸の周りに数回巻き付けた後、ヤーンの自由端をヤーン本体に結ぶことによって、ヤーン試料を2つのクランプ(101)および(102)の間に滑らないように固定した。クランプ間のヤーン(200)の最終長さは約180mmであった。
【0080】
固定したヤーン試料を、70℃の温度に温度調節したチャンバー(500)に入れ、一方のクランプをチャンバーの天井(501)に、他方のクランプを3162gのカウンターウエイト(300)に取り付け、ヤーンに600MPaの荷重をかけた。クランプ(101)の位置およびクランプ(102)の位置は、センチメートルで区切られ、mmで再分割された目盛り(600)上で、インジケータ(1011)および(1021)により読み取ることができる。
【0081】
ヤーンを前記チャンバー内に設置するとき、全く摩擦のない状態で実験を行えるように、クランプの間のヤーン部分が装置の部品に接触しないよう特別の注意を払った。
【0082】
ヤーンに緩みが生じず、かつヤーンに初期荷重がかからない初期位置へカウンターウエイトを持ち上げるために、カウンターの下にあるジャッキ(400)を使用した。カウンターウエイトの初期位置は、ヤーン(200)の長さと、(600)で測定された(101)と(102)の間の距離とが等しくなる位置である。
【0083】
その後、ジャッキを下げて、全荷重600MPaで10秒間ヤーンに予備荷重を加え、その後、ジャッキを再び初期位置まで上昇させて荷重を除去した。その後、予備荷重時間の10倍の時間、すなわち100秒間、ヤーンを荷重を加えない状態に置いた。
【0084】
予備荷重の手順後、再び全荷重を加えた。ヤーンの時間的な伸びを、インジケータ(1021)の位置を読み取ることにより、目盛り(600)上で追跡した。前記インジケータが1mm進むのに要する時間を、ヤーンが破断するまで1mmの伸び毎に記録した。
【0085】
ある時刻tにおけるヤーンの伸びε[mm単位]は、本明細書では、時刻tでのクランプ間のヤーンの長さ、すなわちL(t)と、クランプ間のヤーンの初期長さ(200)Lとの差であると理解される。したがって:
ε(t)[mm単位]=L(t)−L
ヤーンの伸び[パーセント単位]は:
【数4】



である。
クリープ速度[1/秒単位]は、時間1刻み当たりのヤーンの長さの変化と定義され、式(2):
【数5】



によって算出した。
式中、εおよびεi−1は、それぞれ時点iおよびその前の時点i−1における伸び率[%単位]であり、tおよびti−1は、ヤーンの伸び率がそれぞれεおよびεi−1に達するのに要する時間(秒単位)である。その後、例えば比較実験のヤーンについて図4に示したように、パーセント[%]表示の伸びに対するクリープ速度[1/秒]を対数目盛上にプロットした。図4の曲線の極小値を、調べたヤーンに固有のクリープ速度としてその後使用した。
【0086】
[比較例1]
UHMWPEの5質量%デカリン溶液を調製した。デカリン溶液で、135℃で測定された前記UHMWPEのIVは21dl/gであった。このUHMWPEは、δ100が14°で、Δδは46°であった。
【0087】
ギアーポンプを具備した25mmの2軸スクリュー押出機により、180℃の温度設定で、紡糸孔数nが390個のスピナレットから、デカリンおよび水の蒸気も含む空気雰囲気中へ、孔1個当たり約1.5g/分の速度で、UHMWPE溶液を押出した。
【0088】
紡糸孔は円形断面を有し、60°の円錐角で3.5mmの初期直径から1mmへと漸減し、その後、一定直径の部分が10のL/Dで続くものであって、スピナレットのこの固有の形状により12.25のスピナレット延伸比DRspが得られた。
【0089】
流体繊維は、スピナレットから25mmのエアギャップおよび水槽に入り、そこで、流体UHMWPEフィラメントのトータル延伸比DRfluidが277となるような速度で巻き取られた。
【0090】
流体繊維を水槽で冷却してゲル繊維を形成した。この水槽は約40℃に維持し、槽に入る繊維に対して垂直な水フローを約50リットル/時の流量で供給した。水槽から、温度90℃の炉へとゲル繊維を送り、溶媒を蒸発させて固体繊維を形成させた。
【0091】
炉内で、約26.8の延伸比を適用して固体繊維を延伸した。その過程で大部分のデカリンが蒸発した。
トータル延伸比DRoverall(=DRfluid×DRgel×Drsolid)は、277×1×26.8=7424であった。
【0092】
[実施例1]
IVが約34dl/gで、かつδ100が14°でΔδが38°であるUHMWPE(TiconaからのGUR4170)を使用して、比較実験を繰り返した。
【0093】
[実施例2]
流体延伸比を345、固体繊維に適用する延伸比を26として実施例1を繰り返した。比較実験と同一のスピナレット形状を使用した。
【0094】
[実施例3]
流体延伸比を350、固体繊維に適用する延伸比を33として実施例1を繰り返した。比較実験と同一のスピナレット形状を使用した。
【0095】
[実施例4]
流体延伸比を544、固体繊維に適用する延伸比を36として実施例1を繰り返した。スピナレットは、60°の円錐角で3.5mmの初期直径から0.8mmへと漸減し、その後、一定直径の部分が10のL/Dで続く紡糸孔を有するものとした。紡糸孔のこの固有の形状により19.1のスピナレット延伸比DRspが得られた。
【0096】
[実施例5]
流体延伸比を615、固体繊維に適用する延伸比を32として、実施例4を繰り返した。
【0097】
[実施例6]
流体延伸比を753、固体繊維に適用する延伸比を32として、実施例4を繰り返した。
【0098】
比較例および実施例の繊維特性、すなわち、クリープ速度、引張強さおよび弾性率を表2にまとめる。前記表から、DRoverallを増加させることにより、強度およびクリープに関して良好な機械的特性を有する繊維を製造できることがわかる。前記表は、さらに、同じプロセスパラメータではなく本発明のUHMWPEを使用することにより、公知のポリエチレンから製造された繊維と比較して機械的特性が向上した繊維が得られることを示している。
【0099】
【表1】



【0100】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
高いテナシティと良好な耐クリープ性を有するゲル紡糸UHMWPE繊維の製造方法であって、
a.デカリン中、135℃での固有粘度が5dl/g以上であるUHMWPEを溶媒に溶解した溶液を調製する工程と;
b.工程a)の溶液を複数の紡糸孔を有するスピナレットからエアギャプへ紡糸して、流体フィラメントを形成する工程と;
c.前記流体フィラメントを冷却して、溶媒含有ゲルフィラメントを形成する工程と;
d.固体フィラメントの延伸前および/または延伸中に、溶媒の少なくとも一部を前記ゲルフィラメントから除去して、固体フィラメントを形成する工程と
を含み、
UHMWPEの、式1
Δδ=δ0.001−δ100 (1)
(式中、
δ0.001は角周波数0.001rad/秒における位相角であり、
δ100は角周波数100rad/秒における位相角であり、
これらは、周波数掃引動的レオロジー法によりUHMWPEの10%パラフィンオイル溶液について150℃で測定され、但し、δ100は18°以下である)
で表される位相角差が42°以下であることを特徴とする方法。
【請求項2】
UHMWPEの差Δδが40°以下である(但し、δ100は18°以下である)ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
DRoverall=DRfluid×DRgel×DRsolidが5000以上である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
DRfluid=DRsp×DRagが200以上である請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
少なくとも1回の工程で、4以上の固体延伸比DRsolidで、前記固体フィラメントが延伸される請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
引張強さが4GPa以上で、かつ70℃、荷重600MPaで測定されるクリープ速度が5×10−7−1以下であるUHMWPE繊維。
【請求項7】
クリープ速度が3×10−7−1以下である請求項6に記載の繊維。
【請求項8】
引張強さが4.5GPa以上である請求項6または7に記載の繊維。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか一項に記載の繊維を含むロープ。
【請求項10】
請求項6〜8のいずれか一項に記載の繊維を含む複合製品。
【請求項11】
請求項6〜8のいずれか一項に記載の繊維を含む医療用具。
【請求項12】
前記医療用具が縫合糸または医療用ケーブルである請求項11に記載の医療用具。
【請求項13】
式1
Δδ=δ0.001−δ100 (1)
(式中、
δ0.001は角周波数0.001rad/秒における位相角であり、
δ100は角周波数100rad/秒における位相角であり、
これらは、周波数掃引動的レオロジー法によりUHMWPEの10%パラフィンオイル溶液について150℃で測定され、但し、δ100は18°以下である)
で表される位相角差が42°以下であることを特徴とするUHMWPEの、紡糸プロセスにおける、好ましくは溶融紡糸プロセスまたはゲル紡糸プロセスにおける、特に好ましくはゲル紡糸プロセスにおける使用。
【請求項14】
前記繊維が静的張力を受ける用途における、請求項6〜8のいずれか一項に記載の繊維の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2010−540791(P2010−540791A)
【公表日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−527365(P2010−527365)
【出願日】平成20年10月6日(2008.10.6)
【国際出願番号】PCT/EP2008/008418
【国際公開番号】WO2009/043597
【国際公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【出願人】(503220392)ディーエスエム アイピー アセッツ ビー.ブイ. (873)
【Fターム(参考)】