説明

X線CT装置の疾患描出能評価用ファントムおよびそれを用いたX線CT装置の疾患描出能の評価方法

【課題】X線CT装置の脳疾患描出能を評価しうるファントムを提供すること。
【解決手段】CT値が800〜1500HUの模擬頭蓋骨部の内部に、CT値が34〜38HUの模擬脳実質部を配置して、ヒトの頭部を模擬したファントムを作製する。さらに、CT値が模擬脳実質部のCT値の±6HUの範囲内である模擬疾患部をこのファントムの模擬脳実質部内に配置して疾患描出能評価用ファントムとする。X線CT装置を用いてこのファントムの断層像を撮影し、模擬疾患部を観察することによってX線CT装置の疾患描出能を評価することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線CT装置の疾患描出能評価用ファントム、およびそれを用いたX線CT装置の疾患描出能の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
X線コンピュータ断層撮影装置(以下「X線CT装置」という)は、X線を用いて人体などの断層像を非破壊で得ることができる装置であり、得られた断層像上では、X線吸収係数が高い部分は白く、低い部分は黒く表示される。このX線CT装置の性能を維持するためには定期的に性能評価を行う必要があるが、この性能評価は「ファントム」と呼ばれる模擬撮影体を用いて行われることが多い。非特許文献1には、X線CT装置の日常点検項目として、ノイズ、コントラストスケール、空間分解能、スライス厚、高コントラスト分解能、低コントラスト分解能などが挙げられている。これら各項目について点検を行うために、様々なファントムが作製されている。
【0003】
例えば、低コントラスト分解能について点検を行うためのファントムとして、CT値50の樹脂からなる円柱(直径200mm、高さ150mm)内に、CT値および直径がそれぞれ異なる円柱(CT値:55HU,60HU,65HU、直径:3mm,5mm,7mm,10mm)を配列した低コントラスト分解能評価用ファントムが市販されている。このファントムを通常の条件で撮影して、画像上識別しうる円(周囲より白く表示される)のCT値および直径を決定することで、X線CT装置の低コントラスト分解能を評価することができる。すなわち、CT値の差がより小さい円を識別しうる程、低コントラスト分解能が高いと評価し、識別しうるCT値の差が同じ場合は、直径がより小さい円を識別しうる程、低コントラスト分解能が高いと評価する。
【非特許文献1】JIS Z4923:1997,「X線コンピュータ断層撮影装置用ファントム」,日本規格協会,1997年7月31日.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のX線CT装置評価用ファントムには、疾患描出能を評価することができないという問題があった。
【0005】
従来のX線CT装置評価用ファントムは、X線CT装置の機械としての性能を評価するためのものであるため、従来のファントムでは、ファントム本体のCT値(上記の例では50HU)を基準とする性能(例えば、低コントラスト分解能)しか評価することができず、異なるCT値(例えば、100HU)を基準とする性能を評価することはできなかった。したがって、ある臓器(通常、ファントム本体と異なるCT値を有する)の断層像に疾患が描出されていなかった場合に、疾患部位が存在しないのか、それとも疾患部位は存在するがX線CT装置の疾患描出能が足りないのかを判断することは困難であった。
【0006】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、X線CT装置の疾患描出能を評価しうるファントムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、対象とする疾患を脳疾患と定めて鋭意研究を行った結果、ヒトの頭部を模擬したファントムの内部に疾患を模擬した部材を配置することで上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、以下のX線CT装置の脳疾患描出能評価用ファントムに関する。
[1]模擬頭蓋骨部と、前記模擬頭蓋骨部内に配置され、CT値が34〜38HUの範囲内である模擬脳実質部と、前記模擬脳実質部内に配置され、CT値が前記模擬脳実質部のCT値の±6HUの範囲内である模擬疾患部と、を有する、X線CT装置の疾患描出能評価用ファントム。
[2]前記模擬疾患部のCT値は、前記模擬脳実質部のCT値の±4HUの範囲内である、[1]に記載のファントム。
[3]前記模擬頭蓋骨部のCT値は、800〜1500HUの範囲内である、[1]または[2]に記載のファントム。
[4]同一のCT値を有しかつそれぞれ大きさが異なる複数の前記模擬疾患部が、同一の撮影面上に配置されている、[1]〜[3]に記載のファントム。
[5]それぞれ異なるCT値を有する複数の前記模擬疾患部が、同一の撮影面上に配置されている、[1]〜[4]に記載のファントム。
[6]前記模擬疾患部は、各CT値についてそれぞれ大きさが異なるものが複数配置されている、[5]に記載のファントム。
[7]前記模擬疾患部を一または二以上配置される撮影面を複数有し、前記複数の撮影面のそれぞれの面積が異なる、[1]〜[6]に記載のファントム。
[8]前記模擬頭蓋骨部の外部形状は、略円錐状、略円錐台状、略砲弾状である、[1]〜[7]に記載のファントム。
[9]前記疾患は、急性期脳梗塞、急性期脳出血またはびまん性脳出血である、[1]〜[8]に記載のファントム。
【0009】
また、本発明は、以下のX線CT装置の疾患描出能の評価方法に関する
[10][1]〜[9]に記載の脳疾患描出能評価用ファントムの前記模擬疾患部を通る断層を撮影して断層像を得るステップと、前記断層像で識別可能な前記模擬疾患部を特定するステップと、特定された前記模擬疾患部の直径、および前記模擬脳実質部とのCT値の差を決定するステップと、を含む、X線CT装置の疾患描出能の評価方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明を用いてX線CT装置を調整することで、X線CT装置で脳疾患を描出しようとするときに、より鮮明な断層像を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下の説明において「撮影面」とは、本発明のファントムを用いてX線CT装置の疾患描出能を評価する際に、X線CT装置が撮影し、表示するべきファントムの断面(断層)をいう(後述する図1のA−A’およびB−B’を参照)。なお、「撮影面」には、任意断面再構成(Multi Planer Reformation:MPR)により再構成される断面(断層)も含まれる。
【0012】
本発明のファントムは、X線CT装置の疾患描出能、特に脳疾患描出を評価するためのファントムであって、模擬頭蓋骨部、模擬脳実質部および模擬疾患部を有することを特徴とする。
【0013】
模擬頭蓋骨部は、ヒトの頭蓋骨を模した部材であり、ヒトの頭蓋骨が脳を包み込んでいるのと同様に模擬脳実質部を包み込んでいる。本発明者が成人の頭蓋骨のCT値を測定したところ、成人の頭蓋骨のCT値は800〜1500HU程度であった。したがって、模擬頭蓋骨部を構成する材料は、CT値が800〜1500HUの範囲内の材料であることが好ましい。このような材料の例として、CT値が800〜1500HUの範囲内に調整されたエポキシ樹脂(例えば、株式会社京都科学のタフボーンファントム)が挙げられる。
【0014】
模擬頭蓋骨部の形状は、特に限定されず、一般的なファントムと同じ円柱状や成人の頭蓋骨を精密に模擬した複雑な形状などであってもよいが、それぞれ異なる面積の撮影面を複数設ける観点および製造の容易性の観点から略円錐状、略円錐台状または略砲弾状であることが好ましい(実施の形態1参照)。模擬頭蓋骨部の厚さは、特に限定されず、ヒトの頭蓋骨の実際の厚さ(通常、0.5〜1.0cm程度)に近似させる観点や模擬頭蓋骨部の必要強度などの観点などから適宜設定すればよい。模擬頭蓋骨部の大きさは、模擬脳実質部の大きさに合わせて適宜設定すればよい。
【0015】
模擬脳実質部は、ヒトの脳実質と同程度のCT値を有する材料で形成されたヒトの脳実質を模した部材であり、ヒトの脳が頭蓋骨部内の空間を埋めているのと同様に模擬頭蓋骨部内の空間を埋めている。本発明者が成人の脳実質のCT値を測定したところ、成人の脳実質のCT値は34〜38HU程度であった。したがって、模擬脳実質部を構成する材料は、CT値が34〜38HUの範囲内の材料であることが好ましい。このような材料の例として、CT値が34〜38HUの範囲内に調整されたウレタン樹脂が挙げられる(ウレタン樹脂のCT値の調整方法については、例えば特開2005−272501号公報を参照)。模擬脳実質部は、模擬頭蓋骨部内においてCT値が均一であってもよいが、不均一であってもよい。例えば、一のファントムに複数の撮影面を設ける場合に、撮影面ごとに模擬脳実質部のCT値が変わるように模擬脳実質部を作製することで、複数種のCT値を基準とする疾患描出能を一のファントムを用いて評価することができる。
【0016】
模擬脳実質部の大きさ(特に撮影面の面積)は、後述する模擬疾患部を所望の数その内部に配置することができるのであれば特に限定されないが、より人体に近似させる観点から、ヒトの脳の大きさに近似させることが好ましい。本発明者が成人の頭部寸法(頭長および頭幅)を計測したところ、成人頭部の頭長および頭幅は150〜180mm程度であった。したがって、模擬脳実質部の少なくとも一の撮影面において直径が150〜170mm程度であることが好ましい。模擬脳実質部の形状は、特に限定されないが、模擬頭蓋骨部と同様の理由により、略円錐状、略円錐台状または略砲弾状であることが好ましい。
【0017】
模擬疾患部は、脳梗塞や脳出血などの脳疾患を模した部材であり、撮影面上に位置するように模擬脳実質部内に配置されている。模擬疾患部の形状は、特に限定されず、例えば球状または円柱状であればよい。模擬疾患部が球状の場合は、模擬疾患部は球の中心が撮影面上に位置するように配置されることが好ましい。また、模擬疾患部が円柱状の場合は、模擬疾患部は円柱の軸が撮影面に対して垂直になるように配置されることが好ましい。いずれも、X線CT装置が本発明のファントムの撮影面を表示したときに、模擬疾患部を意図する大きさ(面積)で適切に表示するためである。なお、模擬疾患部が円柱状の場合は、一の模擬疾患部が複数の撮影面を通るように配置されていてもよい。
【0018】
模擬疾患部を構成する材料は、目的とする疾患の病変部位と同程度のCT値を有する材料を適宜選択すればよい。例えば、脳梗塞の病変部位は、急性期の頃は正常な脳実質に比べてCT値が2〜6HU程度低く、以後時間の経過とともにCT値がより低くなる傾向がある。したがって、X線CT装置で得られた画像上では、急性期の頃は周囲に比べてごくわずかに黒く描出され(実際はほとんど区別できない)、発症数日後の頃は周囲に比べてある程度明瞭に黒く描出される。一方、脳出血の病変部位は、CT値が周囲に比べて高い傾向がある。例えば、急性期脳出血のうち出血量が少ないものは正常な脳実質に比べてCT値が2〜6HU程度高い。また、びまん性脳出血(急性期および慢性期を含む)も、正常な脳実質に比べてCT値が2〜6HU程度高い。このような脳出血は、X線CT装置で得られた画像上ではごくわずかに白く描出されるのみである(実際はほとんど区別できない)。このように脳疾患の中でもX線CT装置で描出が困難なもの(急性期脳梗塞、出血量が少ない急性期脳出血、びまん性脳出血など)に対するX線CT装置の描出能を評価することを目的とする場合、模擬疾患部を構成する材料のCT値は、模擬脳実質部を構成する材料のCT値の±6HUの範囲内とすることが好ましく、±4HUの範囲内とすることがより好ましい。例えば、模擬脳実質部のCT値を36HUとする場合、CT値が32HU、34HU(急性期脳梗塞を模擬)、40HU(出血量が少ない急性期脳出血やびまん性脳出血を模擬)の模擬疾患部を模擬脳実質部内に配置すればよい。模擬疾患部を構成する材料は、例えば所望のCT値に調整されたウレタン樹脂などを用いることができる。
【0019】
通常、模擬疾患部は一の撮影面上に複数配置される(逆に言えば、X線CT装置は複数の模擬疾患部を同時に表示できるように撮影する)。この場合、同一のCT値を有しかつそれぞれ大きさが異なる複数の模擬疾患部が同一の撮影面上に配置されることが好ましい。このようにすることで、どの程度の大きさの模擬疾患部を識別しうるかという観点から、X線CT装置の疾患描出能を評価することができるからである。また、大きさが同一でかつそれぞれ異なるCT値を有する複数の模擬疾患部が同一の撮影面上に配置されることも好ましい。このようにすることで、模擬疾患部と模擬脳実質部とのCT値の差がどの程度であれば識別しうるかという観点から、X線CT装置の疾患描出能を評価することができるからである。
【0020】
模擬疾患部が配置される撮影面は、通常、本発明のファントムをX線CT装置に固定したときにX線管と検出器とを結ぶ直線に対して平行となるように設定されるが、これに限定されるわけではない。また、模擬疾患部が配置される撮影面は、複数設定されていてもよい。この場合、一方の撮影面の面積と他方の撮影面の面積とが異なることが好ましい。一般的に、X線CT装置での撮影では、有効視野に対する対象物の大きさが変化すると対象物のCT値の測定値が変化するからである。例えば、模擬頭蓋骨部の外部形状を略円錐状、略円錐台状または略砲弾状とすることで、各撮影面の面積を変えることができる(実施の形態1参照)。
【0021】
模擬疾患部の大きさは、特に限定されず、目的とする疾患の大きさなどに応じて適宜設定すればよい。例えば、同一のCT値を有しかつそれぞれ大きさが異なる複数の模擬疾患部を同一の撮影面上に配置する場合、直径が2mm、3mm、5mm、7mm、10mm、30mmの球状の模擬疾患部を配置すればよい。
【0022】
本発明のファントムの製造方法は、特に限定されず当業者に公知の方法を用いればよい。例えば、(1)前述の頭蓋骨等価材、脳実質等価材および脳疾患等価材を準備し、(2)金型の内部で頭蓋骨等価材を硬化させて模擬頭蓋骨部を形成し、(3)模擬頭蓋骨部内で脳実質等価材を硬化させて模擬脳実質部を形成し、(4)模擬脳実質部内に脳疾患等価材で形成された模擬脳疾患部を配置すればよい。このとき、(3)と(4)を同時に行い、(3’)脳疾患等価材で形成された模擬脳疾患部を適切な位置に配置しながら、模擬頭蓋骨部内で脳実質等価材を硬化させて模擬脳実質部を形成するようにしてもよい。
【0023】
本発明のファントムを用いてX線CT装置の疾患描出能を評価するには、例えば、通常の条件でファントムの各撮影面を撮影し、表示して、断層像上識別しうる模擬疾患部のCT値や直径を決定することで、X線CT装置の疾患描出能を評価すればよい。すなわち、CT値が模擬脳実質部により近い模擬疾患部を識別しうる程、疾患描出能が高いと評価し、識別しうるCT値が同じ場合は、直径がより小さい模擬疾患部を識別しうる程、疾患描出能が高いと評価する。以上の手順で得られた結果から、当該X線CT装置がどの程度の低いコントラストまで識別しうるか、およびどの程度小さい疾患部位まで識別しうるかを知ることができる。また、撮影条件に関する各種パラメータ(例えば、管電圧、管電流、撮影時間、スライス厚など)を変化させながらX線CT装置の疾患描出能を評価することで、X線CT装置が疾患を描出するための最適な撮影条件を決定することもできる。
【0024】
以上のように、本発明のX線CT装置の疾患描出能評価用ファントムは、対象とする器官および疾患に近似した物質および形状を考慮したものであるため、疾患を有する人体を撮影したときのデータに近いデータを取得することができる。
【0025】
また、本発明のファントムに含まれる模擬疾患部は、急性期脳梗塞や出血量が少ない急性期脳出血、びまん性脳出血などの周囲とのCT値の差が極端に小さい疾患を模擬したものであるため、本発明のファントムを用いることでX線CT装置の性能(特に、低コントラスト分解能)の評価を適切に行うことができる。さらに、本発明のファントムは、模擬頭蓋骨部を配置してヒトの頭部を模擬したものであるため、ビームハードニングなどの影響を加味したX線CT装置の評価や疾患描出能を向上させるための撮影条件の最適化などにも用いることができる。
【0026】
また、本発明のファントムは、X線CT装置を用いた撮影のトレーニング用ファントムとしても用いることが可能であり、得られた断層像は、疾患部位の読影トレーニングに用いることができる。さらに、本発明のファントムは、近年研究が始められたmulti-energy CTの基礎的検討を行う際の疾患描出能評価用ファントムとして用いることもできる。
【0027】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0028】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1のX線CT装置の疾患描出能評価用ファントムの構成を示す断面図である。図2(A)は、図1のA−A’を通る切断面を示す断面図であり、図2(B)は、図1のB−B’を通る切断面を示す断面図である。
【0029】
疾患描出能評価用ファントム100は、模擬頭蓋骨部110、模擬脳実質部120、複数の模擬疾患部130および固定具取り付け部140を有する。
【0030】
模擬頭蓋骨部110は、骨等価材で形成された、内部空間を有する砲弾状(上部は半球状、下部は円柱状)の部材である。骨等価材のCT値は、800〜1500HUの範囲内であることが好ましく、例えば900HUとすればよい。模擬頭蓋骨部110の長軸方向(図1の縦方向)の長さ、短軸方向(図1の横方向)の長さ(A−A’断面の外径)および厚さは、特に限定されないがヒトの頭蓋骨の大きさに近いほうが好ましい。例えば、模擬頭蓋骨部110の長軸方向(図1の縦方向)の長さを190mm程度とし、短軸方向(図1の横方向)の長さ(A−A’断面の外径)を180mm程度とし、厚さを10mm程度とすればよい。
【0031】
模擬脳実質部120は、脳実質等価材で形成された、模擬頭蓋骨部110内の空間を埋める砲弾状の部材である。脳実質等価材のCT値は、34〜38HUの範囲内であることが好ましく、例えば36HUとすればよい。短軸方向(図1の横方向)の長さ(A−A’断面における模擬脳実質部120の外径)は、特に限定されないがヒトの脳の大きさに近いほうが好ましく、例えば160mm程度とすればよい。
【0032】
模擬疾患部130(後述する模擬疾患部130a〜cを含む)は、模擬脳実質部120内に配置された、脳疾患を模した球状の部材である。模擬疾患部130は、ファントム100の第一の撮影面(図1のA−A’断面)および第二の撮影面(図1のB−B’断面)上に複数配置されている。
【0033】
模擬疾患部130のCT値は、模擬脳実質部120のCT値の±6HUの範囲内であることが好ましく、±4HUの範囲内であることがより好ましい。例えば、模擬脳実質部120のCT値が36HUである場合、32HU(図中130aで示す)、34HU(図中130bで示す)、40HU(図中130cで示す)とCT値がそれぞれ異なる模擬疾患部を第一の撮影面および第二の撮影面上にそれぞれ配置すればよい。このように異なるCT値を有する模擬疾患部130a〜cを同一の撮影面上に配置することで、模擬疾患部130と模擬脳実質部120とのCT値の差(この例では、−4HU、−2HU、+4HU)がどの程度であれば識別しうるかという観点から、X線CT装置の疾患描出能を評価することができるようになる。
【0034】
また、それぞれ大きさが異なる複数の模擬疾患部130を同一の撮影面上に配置することが好ましい。例えば、第一の撮影面には、各CT値(32HU、34HU、40HU)について、直径が2mm、3mm、5mm、7mm、10mmの模擬疾患部130a〜cを配置し(図2(A)参照)、第二の撮影面には、各CT値(32HU、34HU、40HU)について、直径が3mm、5mm、7mm、10mmの模擬疾患部130a〜cを配置すればよい(図2(B)参照)。このように異なる大きさの模擬疾患部130を同一の撮影面上に配置することで、どの程度の大きさの模擬疾患部130(この例では、2mm、3mm、5mm、7mm、10mm)まで識別しうるかという観点から、X線CT装置の疾患描出能を評価することができるようになる。
【0035】
第二の撮影面(図1のB−B’断面)は、第一の撮影面(図1のA−A’断面)と面積が異なっていることが好ましい。一般的に、X線CT装置での撮影では、有効視野に対する対象物の大きさが変化すると対象物のCT値が変化するからである。例えば、図1に示すように、砲弾状のファントム100の上部の半球部分に第二の撮影面を設定することで、第一の撮影面と第二の撮影面の面積を非同一にすることができる。
【0036】
固定具取り付け部140は、X線CT装置の固定具を取り付けるための部材であり、例えば、固定具を取り付けるための穴を設けられたアクリル板である。
【0037】
本実施の形態のファントムを用いてX線CT装置の疾患描出能を評価するには、通常の条件でファントムの第一の撮影面および第二の撮影面を撮影し、それぞれの撮影面の断層像を表示して、断層像上識別しうる模擬疾患部のCT値(32HU、34HU、40HU)および直径(2mm、3mm、5mm、7mm、10mm)を決定することで、X線CT装置の疾患描出能(最小何HUの差まで識別可能か、最小何mmのものまで識別可能か)を評価すればよい。以上の手順で得られた結果から、当該X線CT装置がどの程度の低いコントラストまで識別しうるか、およびどの程度小さい疾患部位まで識別しうるかを知ることができる。また、撮影条件に関する各種パラメータ(例えば、管電圧、管電流、撮影時間、スライス厚など)を変化させながらX線CT装置の疾患描出能を評価することで、X線CT装置が疾患を描出するための最適な撮影条件を決定することもできる。
【0038】
以上のように、本実施の形態のファントムは、ヒトの頭部の構造、形状およびCT値を模擬したものであるため、ヒトの頭部を撮影したときに近いデータを取得することができる。したがって、本実施の形態のファントムは、ビームハードニングなどの影響を加味したX線CT装置の評価や疾患描出能を向上させるための撮影条件の検討などにも用いることができる。
【0039】
また、本実施の形態のファントムは、急性期脳梗塞や出血量が少ない急性期脳出血、びまん性脳出血などの周囲とのCT値の差が極端に小さい疾患を模擬したものであるため、本実施の形態のファントムを用いることでX線CT装置の疾患描出能の評価を適切に行うことができる。
【0040】
(実施の形態2)
図3は、本発明の実施の形態2のX線CT装置の疾患描出能評価用ファントムの構成を示す断面図である。図4(A)は、図3のA−A’を通る切断面を示す断面図であり、図4(B)は、図3のB−B’を通る切断面を示す断面図である。
【0041】
図3および図4において、疾患描出能評価用ファントム200は、模擬頭蓋骨部110、模擬脳実質部120、複数の模擬疾患部130(模擬疾患部130a〜cを含む),210および固定具取り付け部140を有する。本実施の形態のファントム200は、第三の撮影面(図3のC−C’断面)上に模擬疾患部210をさらに有する点で実施の形態1のファントム100と異なり、それ以外の各構成要素は実施の形態1のファントム100の各構成要素と同じものである。
【0042】
模擬疾患部210は、第一の撮影面(図3のA−A’断面)および第二の撮影面(図3のB−B’断面)上に配置された模擬疾患部130と同様に脳疾患を模した球状の部材であり、第三の撮影面(図3のC−C’断面)上に複数配置されている。模擬疾患部210のそれぞれは、模擬疾患部130と同様のものであり、大きさやCT値などは目的に応じて適宜設定すればよい。例えば、模擬脳実質部120のCT値が36HUである場合、CT値が38HUで、大きさがそれぞれ異なるもの(例えば、直径が2mm、3mm、5mm、7mm、10mmのもの)を第三の撮影面上に配置すればよい。
【0043】
本実施の形態のファントムを用いてX線CT装置の疾患描出能を評価するには、実施の形態1のファントムと同様に、ファントムの第一の撮影面、第二の撮影面および第三の撮影面の断層像を表示して、断層像上識別しうる模擬疾患部のCT値(32HU、34HU、38HU、40HU)および直径(2mm、3mm、5mm、7mm、10mm)を決定することで、X線CT装置の疾患描出能を評価すればよい。このとき、第三の撮影面の断層像は、第三の撮影面を直接撮影して得られた断層像であってもよいが、任意断面再構成(MPR)により再構成された断層像であってもよい。以上の手順で得られた結果から、当該X線CT装置がどの程度の低いコントラストまで識別しうるか、およびどの程度小さい疾患部位まで識別しうるかを知ることができる。また、撮影条件に関する各種パラメータ(例えば、管電圧、管電流、撮影時間、スライス厚など)を変化させながらX線CT装置の疾患描出能を評価することで、X線CT装置が疾患を描出するための最適な撮影条件を決定することもできる。
【0044】
以上のように、本実施の形態のファントムは、実施の形態1のファントムの効果に加え、X線CT装置の撮影面(X線管と検出器とを結ぶ直線に対して平行な面)と異なる向きの断面(断層)についてのX線CT装置の疾患描出能を評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、例えば、医療現場やX線CT装置の製造現場などでX線CT装置の疾患描出能を評価する際に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施の形態1に係るX線CT装置の疾患描出能評価用ファントムの断面図である。
【図2】(A)は、図1のA−A’を通る切断面を示す断面図であり、(B)は、図1のB−B’を通る切断面を示す断面図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係るX線CT装置の疾患描出能評価用ファントムの断面図である。
【図4】(A)は、図3のA−A’を通る切断面を示す断面図であり、(B)は、図3のB−B’を通る切断面を示す断面図である。
【符号の説明】
【0047】
100,200 X線CT装置の疾患描出能評価用ファントム
110 模擬頭蓋骨部
120 模擬脳実質部
130,210 模擬疾患部
140 固定具取り付け部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
模擬頭蓋骨部と、
前記模擬頭蓋骨部内に配置され、CT値が34〜38HUの範囲内である模擬脳実質部と、
前記模擬脳実質部内に配置され、CT値が前記模擬脳実質部のCT値の±6HUの範囲内である模擬疾患部と、
を有する、X線CT装置の疾患描出能評価用ファントム。
【請求項2】
前記模擬疾患部のCT値は、前記模擬脳実質部のCT値の±4HUの範囲内である、請求項1に記載のファントム。
【請求項3】
前記模擬頭蓋骨部のCT値は、800〜1500HUの範囲内である、請求項1に記載のファントム。
【請求項4】
同一のCT値を有しかつそれぞれ大きさが異なる複数の前記模擬疾患部が、同一の撮影面上に配置されている、請求項1に記載のファントム。
【請求項5】
それぞれ異なるCT値を有する複数の前記模擬疾患部が、同一の撮影面上に配置されている、請求項1に記載のファントム。
【請求項6】
前記模擬疾患部は、各CT値についてそれぞれ大きさが異なるものが複数配置されている、請求項5に記載のファントム。
【請求項7】
前記模擬疾患部を一または二以上配置される撮影面を複数有し、前記複数の撮影面のそれぞれの面積が異なる、請求項1に記載のファントム。
【請求項8】
前記模擬頭蓋骨部の外部形状は、略円錐状、略円錐台状、略砲弾状である、請求項1に記載のファントム。
【請求項9】
前記疾患は、急性期脳梗塞、急性期脳出血またはびまん性脳出血である、請求項1に記載のファントム。
【請求項10】
請求項1に記載の脳疾患描出能評価用ファントムの前記模擬疾患部を通る断層を撮影して断層像を得るステップと、
前記断層像で識別可能な前記模擬疾患部を特定するステップと、
特定された前記模擬疾患部の直径、および前記模擬脳実質部とのCT値の差を決定するステップと、
を含む、X線CT装置の疾患描出能の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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