説明

ZnS(Ag)シンチレーション検出器

【課題】 ZnS(Ag)シンチレーション検出器の利便性を生かしつつ、α線の波高弁別を可能にし、それによって天然の放射性核種による影響を低減して効率的かつ円滑に汚染管理が行えるようにする。
【解決手段】 入射するα線により励起されてシンチレータ光を発するZnS(Ag)シンチレータ22の層と、シンチレータ光を電気信号に変換する光電子増倍管16と、得られたパルス信号を計数する計数率計34を具備している。シンチレータの層は、その厚みが分離対象となるα線放出核種からのα線の飛程以上であってα線のエネルギー吸収がシンチレータの層内で全て生じ、且つ発生したシンチレータ光のシンチレータ自身による遮光が無視できる厚さとし、更に計数率計の前段に波高弁別回路32を設置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ZnS(Ag)シンチレータを用いてα線の波高(エネルギー)弁別が行えるようにし、検出対象とするエネルギー領域のα線の検出感度を向上させたシンチレーション検出器に関するものである。このZnS(Ag)シンチレーション検出器は、天然の放射性核種による測定への影響を低減できるため、例えば原子力施設における施設内での汚染管理に用いるα線サーベイメータなどに有用である。
【背景技術】
【0002】
ZnS(Ag)シンチレーション検出器は、比較的丈夫で且つ安価であることから、原子力施設などにおいて、α線の放射線管理に最も幅広く使用されている。ZnS(Ag)シンチレータは、ZnSに微量のAgを活性体として添加した結晶(粉末)であり、α線により励起されることによってシンチレータ光を発するものである(非特許文献1など参照)。従来の検出器では、シンチレータ光を増幅して得られたパルス信号を単に計数することによって、測定対象中に含まれるα線放出核種の放射能を測定している。
【0003】
このようなZnS(Ag)シンチレーション検出器では、静電気の発生し易い時期や換気の悪い場所では、天然の放射性核種(ラドン子孫核種)からのα線が計数に影響するという問題がある。これは、従来のZnS(Ag)シンチレーション検出器には波高弁別の機能がなく、そのため検出対象とする放射性物質からのα線とラドン子孫核種からのα線を区別することができず、それらを全て計数してしまうからである。
【0004】
原子力施設などにおける汚染管理を適切に行うには、天然の放射性核種による影響を極力排除し、検出対象とする放射性物質からのα線のみを計数する必要がある。しかし、波高弁別機能を持たない従来のZnS(Ag)シンチレーション検出器では、それは困難である。
【非特許文献1】「新版原子力ハンドブック」、3.4放射線の測定、第73〜78頁、1989年3月30日発行、オーム社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、ZnS(Ag)シンチレーション検出器の利便性を生かしつつ、α線の波高弁別を可能にし、それによって天然の放射性核種による影響を低減して効率的かつ円滑な汚染管理が行えるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、ZnS(Ag)シンチレータでも原理的にはα線エネルギースペクトルの測定が可能であること、検出対象とする放射性物質と(一部の)ラドン子孫核種のα線のエネルギー差は数MeV程度と大きいことに着目し、波高(エネルギー)弁別を行うことを試み、ZnS(Ag)シンチレーション検出器におけるラドン子孫核種によるα線の影響の低減についての可能性を検討した。様々な種類のZnS(Ag)シンチレータを用いて試験を繰り返した結果、粒径が小さく且つ厚みのあるZnS(Ag)シンチレータほど、ラドン子孫核種によるα線の影響率が小さいことが判明した。本発明は、かかる現象の知得に基づき完成したものである。
【0007】
即ち本発明は、入射するα線により励起されてシンチレータ光を発するZnS(Ag)シンチレータの層と、シンチレータ光を電気的パルス信号に変換する光電子増倍管と、得られたパルス信号を計数する計数率計を具備しているZnS(Ag)シンチレーション検出器において、前記ZnS(Ag)シンチレータの層は、その厚みが分離対象となるα線放出核種からのα線の飛程以上であってα線のエネルギー吸収がシンチレータ層内で全て生じ、且つ発生したシンチレータ光のシンチレータ自身による遮光が無視できる厚さとし、前記計数率計の前段に波高弁別回路が付加され、検出対象とするエネルギー領域のα線による信号を波高弁別して計数率計に導くようにしたことを特徴とするZnS(Ag)シンチレーション検出器である。
【0008】
ここで、分離対象となるα線放出核種が天然の放射性核種であるラドン子孫核種であって、シンチレータの層は、その厚みが5mg/cm2 より厚く(より好ましくは7〜10mg/cm2 )、粒径が5μm以下のZnS(Ag)シンチレータが満遍なく充填された構造であり、検出対象とする放射性物質からのα線のエネルギー領域とラドン子孫核種からのα線のエネルギー領域の境界値を定めて、波高弁別回路によりラドン子孫核種によるα線の影響率を低減する構成が好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るZnS(Ag)シンチレーション検出器は、ZnS(Ag)シンチレータの層を、分離対象となるα線放出核種からのα線の飛程に対応した厚さとしているので、α線の波高弁別が可能になり、天然放射性核種による計数を数十%程度低減できるため、原子力施設などでの放射性物質による汚染管理を、効率的かつ円滑に行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1は、本発明に係るZnS(Ag)シンチレーション検出器の典型的な例を示す説明図である。このZnS(Ag)シンチレーション検出器は、検出部10と測定部12から構成される。検出部10は、入射するα線により励起されてシンチレータ光を発するシンチレータシート14と、導かれてきたシンチレータ光を電気的パルス信号に変換する光電子増倍管16とを有する。ここでシンチレータシート14は、透明なプラスチックフィルム20の片面にZnS(Ag)シンチレータの層22を形成し、更にその表面に遮光膜24を設けた構造である。測定部12は、得られたパルス信号を処理する部分であり、前記光電子増倍管16からの電気的パルス信号を増幅する増幅器30と、該増幅器30で増幅されたパルス信号を波高弁別する波高弁別回路32と、波高弁別されたパルス信号を計数する計数率計34を具備している。なお、シンチレータシート14で発生したシンチレータ光を光電子増倍管16に導くには、空間的な光伝搬を利用してもよいし、光ファイバや光ガイドなどを用いてもよい。
【0011】
本発明では、シンチレータシート14に塗布されたZnS(Ag)シンチレータの層22は、その厚みが分離対象となるα線放出核種からのα線の飛程以上となるように(但し厚すぎないように)設定する必要がある。これは、シンチレータによるα線のエネルギー吸収がシンチレータの層内で全て生じ、且つ発生したシンチレータ光がシンチレータ自身により遮光され難いようにするためである。このような条件を満たすシンチレータシートを用いると、シンチレータの発光量、つまりパルス信号の波高がα線のエネルギーに関係するようになる。従って、測定部に波高弁別回路32を付加することによって、α線のエネルギーを弁別する機能が得られる。
【0012】
シンチレータシートにおける発光の様子を図2に模式的に示す。シンチレータシート14は、前記のように、ZnS(Ag)シンチレータと粘着剤との混合物を、透明プラスチックフィルム20の片面に塗布することでシンチレータの層22を形成したものであり、更にその表面に遮光膜14を設けた構造である。ここで遮光膜24は、外光を遮断して外光の侵入を防ぎ、内部で発生するシンチレータ光のみを光電子増倍管に導いて検出できるようにするために設けられている。
【0013】
ところで、検出対象とする放射性物質から生じるα線は、天然放射性核種であるラドンの子孫核種などからのα線に比べて比較的エネルギーが低く飛程が短い。従って、図2に示すように、このような飛程の違いによって、励起されるシンチレータ粒子の数が異なり、発光量も変化する。
【0014】
シンチレータの層厚及び粒径の関係を図3に示す。図3のAは、シンチレータの層厚に対するパルス波高の関係を示している。シンチレータの層の厚みがα線の飛程よりも薄い場合には、シンチレータの層が厚くなるほど発光量が増えパルス信号の波高が高くなる。シンチレータの層の厚みがα線の飛程よりも厚い場合には、シンチレータの発光量は安定するが、シンチレータの層内での光の吸収が生じるため、シンチレータの層が厚くなるにつれて徐々にパルス信号の波高が低くなる。図3のBは、シンチレータの粒径に対する半値幅の関係を示している。粒径が小さいほど、α線スペクトルにおける半値幅が小さくなり、分解能が向上する。これは、シンチレータの粒径が小さいほど発光量が安定するためである。
【0015】
例えば、核燃料施設における汚染管理に使用するシンチレータシートでは、「検出対象とする放射性物質からのα線のエネルギーが4〜6MeV程度であること」、及び「天然放射性核種(ラドンの子孫核種)からのα線のエネルギーが6〜8MeV程度であること」を考慮して、シンチレータの層の厚みを、8mg/cm2 程度(8MeVのα線の飛程に相当)に設定するとよい。このように設定した場合、検出対象とする放射性物質からのα線の最大エネルギーである6MeVを境界値として波高弁別を行い、6MeV以下の信号のみ計数率計に入力するように設定すれば、8MeV程度のエネルギーを持つ天然放射性核種からのα線は計数され難くなる。つまり、天然放射性核種による影響を排除して、検出対象とする放射性物質によるα線を、より高精度で測定することが可能となる。また、シンチレータの粒径は、5μm以下とし、それが満遍なく充填されている構成が好ましい。
【実施例】
【0016】
図4は、シンチレータの層厚、粒径、発光量の関係を模式的に示している。Aはシンチレータの粒径が大きい(例えば10μm)場合、Bはシンチレータの粒径が小さい(例えば5μm)場合である。ここでは、分離対象とするα線放出核種は、Po−214である。Am−241(検出対象とする放射性物質)のエネルギーは約5.5MeV(飛程:約5mg/cm2 )であり、Po−214(ラドン子孫核種)のエネルギーは約7.7MeV(飛程:約8mg/cm2 )である。図4において、点々を付した粒子が、α線の入射で励起され発光したZnS(Ag)シンチレータを表している。図4からも分かるように、シンチレータの層の厚みが5mg/cm2 以下では、Am−241とPo−214のα線で発光するシンチレータの数は殆ど変わらず、発光量(パルス波高)に殆ど差は生じない。しかし、シンチレータの層の厚みが8mg/cm2 を超えると、Am−241とPo−214のα線で発光するシンチレータの数が明らかに異なり、入射するα線のエネルギー(飛程)に応じた発光量(パルス波高)が生じる。
【0017】
これらのことから、Po−214の発光量が安定し、且つAm−241の発光のシンチレータ層内での光吸収を少なくできる点で、シンチレータの層の厚さは、分離対象とするα線放出核種の飛程(即ち、約8mg/cm2 )に一致させるのが最も好ましい。
【0018】
α線のエネルギーと飛程の関係を図5に示す。図中の曲線より下方の領域では一部のエネルギーしか励起に用いられず、曲線より上方の領域では全てのエネルギーが励起に用いられる。従って、シンチレータの層厚が3mg/cm2 では、Am−241もPo−214も、それらのα線のエネルギーは一部しか発光に寄与しない。また、シンチレータの層厚が5mg/cm2 では、Am−241のα線のエネルギーは全てが発光に寄与するのに対してPo−214のα線のエネルギーは一部しか発光に寄与しない。そのため、シンチレータの層厚が5mg/cm2 以下では、Am−241のα線でもPo−214のα線でも発光量(パルス波高)に殆ど差は生じない。それに対して、シンチレータの層厚が8mg/cm2 になると、Am−241もPo−214も、それらのα線のエネルギーは全てが発光に寄与するので、エネルギー(飛程)に応じた発光量(パルス波高)が生じるのである。従って、図5に示すα線の飛程とエネルギーの関係から、対象核種(エネルギー)に応じて最適なシンチレータの層厚を選択することで、対象核種について適切な波高弁別が可能になる。
【0019】
シンチレータの粒径及び層厚の異なるZnS(Ag)シンチレータ5種類について、Am−241(検出対象とする放射性物質)及びラドン子孫核種のα線スペクトルを測定した。図6は、得られたα線スペクトルの例である。ここで、図6のAはシンチレータが10μm−10mg/cm2 の場合、Bはシンチレータが5μm−10mg/cm2 の場合である。図6のAでは、Am−241のピーク位置は47チャンネル、半値幅は37チャンネル、ラドン子孫核種のピーク位置は104チャンネルであったのに対して、図6のBでは、Am−241のピーク位置は43チャンネル、半値幅は24チャンネル、ラドン子孫核種のピーク位置は109チャンネルであった。なお半値幅とは、スペクトルの高さの半分のチャンネル数をいい、この半値幅が小さくなるほど分解能がよく、分解精度の向上につながる。図6から、ZnS(Ag)シンチレータの粒径が小さいほど、分解能がよくなることが分かる。
【0020】
次に、Am−241(検出対象とする放射性物質)のエネルギー領域とラドン子孫核種のエネルギー領域の境界値(ULD)を定め、ラドン子孫核種によるα線の影響率(ラドン子孫核種の総カウントに対するULD内ラドン子孫核種のカウントの割合)を調べた。表1に、各シンチレータの影響率を示す。
【0021】
【表1】

【0022】
試験の結果、粒径が小さく、且つ厚みのあるZnS(Ag)シンチレータほど、ラドン子孫核種による影響率が小さいことが確認できた。5種類のZnS(Ag)シンチレータの中では、粒径5μm・厚さ10mg/cm2 の場合が最もα線の影響率が小さいことが分かった。また、前記図4に示した波高弁別のメカニズムから、この場合、粒径を更に小さく(例えば3μmなど)し、且つ厚さを8mg/cm2 程度に設定すると、α線の影響率を更に小さくでき、より高精度化できることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係るZnS(Ag)シンチレーション検出器の典型例の説明図。
【図2】シンチレータシートにおける発光の様子を示す模式図。
【図3】シンチレータの層厚及び粒径の関係を示すグラフ。
【図4】シンチレータの層厚、粒径、発光量の関係を模式的に示す説明図。
【図5】α線のエネルギーと飛程の関係を示す説明図。
【図6】測定で得られたα線スペクトルの例を示す説明図。
【符号の説明】
【0024】
10 検出部
12 測定部
14 シンチレータシート
16 光電子増倍管
20 プラスチックフィルム
22 ZnS(Ag)シンチレータの層
24 遮光膜
30 増幅器
32 波高弁別回路
34 計数率計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射するα線により励起されてシンチレータ光を発するZnS(Ag)シンチレータの層と、シンチレータ光を電気的パルス信号に変換する光電子増倍管と、得られたパルス信号を計数する計数率計を具備しているZnS(Ag)シンチレーション検出器において、
前記ZnS(Ag)シンチレータの層は、その厚みが分離対象となるα線放出核種からのα線の飛程以上であってα線のエネルギー吸収がシンチレータの層内で全て生じ、且つ発生したシンチレータ光のシンチレータ自身による遮光が無視できる厚さとし、前記計数率計の前段に波高弁別回路が付加され、検出対象とするエネルギー領域のα線による信号を波高弁別して計数率計に導くようにしたことを特徴とするZnS(Ag)シンチレーション検出器。
【請求項2】
分離対象となるα線放出核種が天然放射性核種であるラドン子孫核種であって、シンチレータの層は、その厚みが5mg/cm2 より厚く、粒径が5μm以下のZnS(Ag)シンチレータが満遍なく充填された構造であり、検出対象とする放射性物質からのα線のエネルギー領域とラドン子孫核種からのα線のエネルギー領域の境界値を定めて、波高弁別回路によりラドン子孫核種によるα線の影響率を低減するようにした請求項1記載のZnS(Ag)シンチレーション検出器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−258755(P2006−258755A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−80026(P2005−80026)
【出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年12月1日から3日 日本放射線安全管理学会主催の「第3回 学術大会」において文書をもって発表
【出願人】(000224754)核燃料サイクル開発機構 (51)
【Fターム(参考)】