説明

siRNA−ポリカチオン複合体を含有するイオントフォレーシス用組成物

【課題】siRNAを効率的に皮内に送達し、RNAiによって効率的に標的遺伝子の発現を抑制しうる組成物の提供。
【解決手段】カチオン性タンパク質またはカチオン性リポソーム等のポリカチオンと、siRNAとが静電相互作用により結合した、siRNA−ポリカチオン複合体を含んでなるイオントフォレーシス用組成物。カチオン性タンパク質は、プロタミン、ポリ−L−リジン、アルギンニンオリゴマーおよびリジンオリゴマーからなる群から選択され;カチオン性リポソームのカチオン性脂質としては、1,2−ジオレオイルオキシ−3−(トリメチルアンモニウム)プロパン等が用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオントフォレーシス(iontophoresis)によってsiRNAを経皮的に投与する技術に関し、特に、負に帯電した、siRNA−ポリカチオン複合体を含有するイオントフォレーシス用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、難治性の皮膚疾患に対し、デコイ、アンチセンスオリゴヌクレオチドなどの機能性核酸を局所投与することによって皮内における疾患原因遺伝子の発現を特異的に抑制し、その症状を軽減、あるいは完治させようというアプローチが注目を集めている。
【0003】
代表的な皮膚疾患であるアトピー性皮膚炎(AD)は年々患者数が増加しており、若年層における有症率は10%にも及ぶ。アトピー性皮膚炎(AD)に対してはデコイやアンチセンスオリグヌクレオチド等の機能性核酸を用いた研究が行われており(H Nakamura., et al. Gene Therapy. 2002; 9: 1221-1229:非特許文献1、H Yokozeki., et al. Gene Therapy. 2004; 11: 1753-1762:非特許文献2、T Sakamoto., et al. Gene Therapy. 2004; 11: 317-324:非特許文献3)、ステロイドによる対症療法よりも副作用が少ない治療法として期待されている。
【0004】
また、近年、遺伝子治療分野において、RNA干渉(RNAi)が注目されている。RNAiは、標的遺伝子のmRNAと相同な配列からなるセンス鎖とこれと相補的な配列からなるアンチセンス鎖とからなる二重鎖RNA(dsRNA)を細胞等に導入することにより、標的遺伝子mRNAの破壊を誘導し、標的遺伝子の発現を抑制し得る現象である。そして、この現象は、ハエ、昆虫、原生動物、脊椎動物、高等植物などの様々な種において観察されている。RNAiの分子レベルでの作用機序に関し、ショウジョウバエ(Drosophila)および線虫(Caenorhabditis elegans)における多くの研究により、siRNA(短鎖干渉RNA)と呼ばれる短鎖RNA断片がRNAiにとって必須の配列特異的メディエーターであること(Hammond, S.M. et al., Nature 404, 293-296, 2000;Parrish, S. et al., Mol. Cell. 6, 1077-1087, 2000;Zamore, P.D. et al., Cell 101, 25-33, 2000:非特許文献4)、ならびにこのsiRNAが長い二重鎖RNAから、Dicerと呼ばれるRNアーゼIII様ヌクレアーゼにより生成すること(Brenstein, E. et al., Nature 409, 363-366, 2001;Elbashir, S.M. et al., Genes Dev. 15, 188-200, 2001:非特許文献5)が報告されている。siRNAは、簡易に標的遺伝子の発現を抑制し得る機能性核酸として、皮膚疾患等の治療においても応用が期待される。
【0005】
機能性核酸を皮内に導入する方法としては、機能性核酸を皮膚表面への塗布あるいは皮内注射などの方法が一般的に知られている。しかしながら、機能性核酸の塗布による皮内への浸透性は非常に低い。
【0006】
機能性核酸の細胞への取り込みを促進する手法としては、エレクトロポレーションなどの方法が開発されている。しかしながら、エレクトロポレーションでは、皮膚に瞬間的ではあるが高電圧の電流をかける必要があり、皮膚を構成する細胞に対する物理的な傷害も懸念されるため、安全性や患者のQOLの面から問題がある。
【0007】
一方、生体の所定部位の皮膚の表面上に配置されたイオン性の薬物に対してこのイオン性薬物を駆動させる起電力を皮膚に与えて、薬物を皮膚を介して体内に導入(浸透)させる方法は、イオントフォレーシス(イオントフォレーゼ、イオン導入法、イオン浸透療法)と呼ばれている(特開昭63−35266号:特許文献1参照)。イオントフォレーシスは、薬物の非侵襲的で安全な投与方法として近年期待されている。
【0008】
イオントフォレーシスにおいては、通常、正電荷をもつイオンは、陽極側において皮膚内に駆動(輸送)される。一方、負電荷をもつイオンは、陰極側において皮膚内に駆動(輸送)される。
【0009】
しかしながら、機能性核酸は比較的に高分子量を有し、経皮投与には適さないことが知られている (Kikuchi Y., et al. Journal of Investigative Dermatology. (2007) 127(11): 2577-2584.:非特許文献6)。本発明者ら実験でも、siRNAを単独でイオントフォレーシスにより投与しても、角質層のバリア機能に阻まれ、標的遺伝子の発現を抑制しうる有効量のsiRNAを皮内に送達することは困難であることが明らかとなった。
【0010】
【特許文献1】特開昭63−35266号
【非特許文献1】H Nakamura., et al. Gene Therapy. 2002; 9: 1221-1229
【非特許文献2】H Yokozeki., et al. Gene Therapy. 2004; 11: 1753-1762
【非特許文献3】、T Sakamoto., et al. Gene Therapy. 2004; 11: 317-324
【非特許文献4】Hammond, S.M. et al., Nature 404, 293-296, 2000;Parrish, S. et al., Mol. Cell. 6, 1077-1087, 2000;Zamore, P.D. et al., Cell 101, 25-33, 2000
【非特許文献5】Brenstein, E. et al., Nature 409, 363-366, 2001;Elbashir, S.M. et al., Genes Dev. 15, 188-200, 2001
【非特許文献6】Kikuchi Y., et al. Journal of Investigative Dermatology. (2007) 127(11): 2577-2584.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、イオントフォレーシスにおいて、siRNAを効率的に皮内に送達し、効果的に標的遺伝子の発現を抑制することは重要な課題で課題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、今般、siRNAと、ポリカチオンとから形成された、負に帯電した複合体をイオントフォレーシスにより生体に投与することにより、siRNAを皮内への効率的に送達し、効果的に標的遺伝子の発現を抑制しうるとの知見を得た。本発明は、これら知見に基づくものである。
したがって、本発明は、siRNAを効率的に皮内に送達し、効果的に標的遺伝子の発現を抑制しうる、イオントフォレーシス用組成物を得ることをその目的としている。
【0013】
そして、本発明によるイオントフォレーシス用組成物は、負に帯電した、siRNA−ポリカチオン複合体を含んでなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明による組成物によれば、イオントフォレーシスによってsiRNA−ポリカチオン複合体を生体に投与することにより、角質バリアを超えてsiRNAを皮内に効率的に送達し、効率的に標的遺伝子の発現を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本明細書において、「siRNA」とは、RNAiにより標的遺伝子の発現抑制を誘導しうる、15〜30塩基対(bp)を有する二重鎖RNAを意味する。二重鎖RNAを構成するそれぞれの一本鎖RNAのヌクレオチド数は互いに異なっていてもよく、一本鎖の部分(オーバーハング)を含んでいてもよい。
なお、siRNA が、オーバーハングを有している場合、siRNAの全長表示は、対になっている中央の二本鎖部分の長さに、両端に突出しているオーバーハング同士を対にした長さを加算したものとする。例えば、中央の二重鎖部分が19塩基対(bp)で両端に4bpのオーバーハングがある場合には、全長は23bpと表示することとする。
【0016】
また、「二重鎖部分」とは、siRNAにおいて、両鎖のヌクレオチドが対合している部分、すなわち、siRNA中の一本鎖の部分を除いた部分を意味する。
【0017】
また、「センス鎖」とは、標的遺伝子のコード鎖と相同な配列を有するヌクレオチド鎖を意味する。
また「アンチセンス鎖」とは、遺伝子のコード鎖と相補的な配列を有するヌクレオチド鎖を意味する。すなわち、「アンチセンス鎖」は、標的遺伝子のmRNAと相補する配列からなる鎖であり、「アンチセンス鎖」が標的遺伝子のmRNAと結合してRNAiを誘導すると考えられている。「アンチセンス鎖」は、「センス鎖」とアニーリングしてsiRNAを生成する。
【0018】
また、「相補的」とは、2つのヌクレオチド(塩基)がハイズリダイゼーション条件下において対合しうるものであることを意味し、例えば、アデニン(A)とチミン(T)またはウラシル(U)との関係、およびシトシン(C)とグアニン(G)との関係をいう。
【0019】
また、「ポリカチオン」とは、正の電荷を有する二以上の構成単位から形成される、生理学的pHなどの選択したpHにおいて正味の正電荷を有する物質を意味する。「ポリカチオン」は、均一の構成単位によって構成されていてもよく、二以上の異なる構成単位によって構成されていてもよい。
【0020】
また、「カチオン性タンパク質」とは、正電荷を有する二以上のアミノ酸から形成され、生理学的pHなどの選択したpHにおいて正味の正電荷を有するタンパク質を意味する。また、「タンパク質」は、ペプチド(オリゴマー)、ポリペプチドも包含するものとする。
【0021】
また、「カチオン性リポソーム」とは、生理学的pHなどの選択したpHにおいて、正味の正電荷を有するリポソームを意味する。
【0022】
また、「カチオン性脂質」とは、生理学的pHなどの選択したpHにおいて、正味の正電荷を有する脂質を意味する。
【0023】
また、「中性脂質」とは、生理学的pHなどの選択したpHにおいて、非電荷または中性の両性イオンの形のいずれかで存在する脂質を意味する。
【0024】
イオントフォレーシス用組成物
本発明によるイオントフォレーシス用組成物は、負に帯電した、siRNA−ポリカチオン複合体を含んでなることを一つの特徴とする。siRNAとポリカチオンとから形成される複合体をイオントフォレーシスによりに投与した場合、角質層、表皮層および基底膜を越え、真皮層に至るまで、siRNAが効率的に送達され、標的遺伝子の発現を顕著に抑制しうることは当業者にとって意外な事実である。
【0025】
siRNA−ポリカチオン複合体
本発明によるイオントフォレーシス用組成物に含まれるiRNA−ポリカチオン複合体は、siRNAと、ポリカチオンとから形成され、その全体的な正味電荷は負であることを特徴とする。siRNA−ポリカチオン複合体は、siRNAおよびポリカチオンを、電荷の相互作用が生じ得る系に置き、これらを凝集させることにより形成される。したがって、siRNA−ポリカチオン複合体において、siRNAおよびポリカチオンは静電相互作用を主要な駆動力として結合している。
【0026】
また、負に帯電した、siRNA−ポリカチオン複合体の有するゼータ電位は、好ましくは−50〜−5mVであり、より好ましくは−30〜−10mVである。
【0027】
また、siRNA−ポリカチオン複合体は、siRNAおよびポリカチオンの−/+電荷比を適宜調製し、これらを混合することにより、効率的に形成することができる。そして、siRNA−ポリカチオン複合体において、siRNAと、前記ポリカチオンとの−/+電荷比は、好ましくは2:1〜7:3であり、より好ましくは2:1〜6:4である。siRNA−ポリカチオン複合体形成の際、かかる電荷比に基づいてsiRNAおよびポリカチオンの混合比を適宜調節することができる。
【0028】
また、siRNA−ポリカチオン複合体は、好ましくは粒子状の形態をとる。siRNA−ポリカチオン複合体の平均粒径は、siRNAを皮内に送達しうる限り特に限定されないが、好ましくは50〜3000nmであり、より好ましくは50〜1000nmである。かかる平均粒径の決定方法は、例えば、動的光散乱法、静的光散乱法、電子顕微鏡観察法および原子間力顕微鏡観察法等が挙げられる。
【0029】
siRNA
siRNAは、構成単位であるヌクレオチドが負の電荷を有しており、容易に負に帯電し、静電相互作用によってポリカチオンと複合体を形成することができる。
【0030】
本発明におけるsiRNAの負電荷の総計は、好ましくは30〜60であり、より好ましくは36〜54である。この負電荷の総計は、例えば、siRNAの両鎖を構成するヌクレオチド数の総計によって算出することができる。
【0031】
また、本発明におけるsiRNAは、RNAiにより標的遺伝子の発現抑制を誘導しうる限り、二重鎖部分と、センス鎖および/またはアンチセンス鎖の5’または3’末端のオーバーハングとを有していてもよい。本発明の好ましい態様によれば、siRNAは、二重鎖部分と、センス鎖および/またはアンチセンス鎖の3’末端のオーバーハングとを有している。
【0032】
本発明のsiRNAを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖のヌクレオチド数は、好ましくは15〜30個であり、より好ましくは18〜27個である。また、センス鎖およびアンチセンス鎖は、同じヌクレオチド数であることもできるし、異なるヌクレオチド数であることもできるが、同じヌクレオチド数であることが好ましい。
【0033】
上記二重鎖部分の長さは、例えば、15〜30bp、好ましくは18〜27bp、さらに19〜27bpとすることができる。
【0034】
また、オーバーハングは、それぞれ、1〜2個の任意のヌクレオチド(リボ核酸またはデオキシリボ核酸)であるが、2個が好ましい。また、標的遺伝子のヌクレオチド配列に相補したヌクレオチドが好ましいが、相補していないものでもよい。
【0035】
siRNAのオーバーハングを構成するリボ核酸としては、例えば、U(ウリジン)、A(アデノシン)、G(グアノシン)、またはC(シチジン)を用いることができ、オーバーハングを構成するデオキシリボ核酸としては、例えば、dT(チミジン)、dA(デオキシアデノシン)、dG(デオキシグアノシン)、またはdC(デオキシシチジン)を用いることができる。
【0036】
また、好ましい態様によれば、オーバーハングは、センス鎖および/またはアンチセンス鎖の3’末端に、それぞれ独立して、1または2塩基のUまたはdTが付加されたものである。さらに好ましい態様によれば、オーバーハングは、センス鎖およびアンチセンス鎖の3’末端に、それぞれ独立して、1または2塩基のUまたはdTが付加されたものである。さらに好ましい態様によれば、オーバーハングは、センス鎖およびアンチセンス鎖の3’末端に、2塩基のdTが付加されものである。
【0037】
siRNAは、標的遺伝子に特異的なDNA塩基配列に基づいて設計され、標的遺伝子の発現を抑制することのできるsiRNAである限り、特に限定されるものではなく、常法[例えば、Natasha J. Caplen, Susan Parrish, Farhad Imani, Andrew Fire, and Richard A. Morgan. Specific inhibition of gene expression by small double-stranded RNAs in invertebrate and vertebrate systems. PNAS (PROCEEDINGS OF THE NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES USA) vol. 98 no. 17 9742-9747, 2001 (August 14); Sayda M. Elbashir, Jens Harborth, Winfried Lendeckel, Abdullah Yalcin, Klaus Weber & Thomas Tuschl. Duplexes of 21±nucleotide RNAs mediate RNA interference in cultured mammalian cells.NATURE VOL 411, 494-498, 2001. (24 MAY); Jens Harborth, Sayda M. Elbashir, Kim Bechert, Thomas Tuschl and Klaus Weber. Identification of essential genes in cultured mammalian cells using small interfering RNAs. JOURNAL OF CELL SCIENCE 114 (24) 4557-4565, 2001.]により設計、製造することができる。
【0038】
なお、siRNAは、2本のRNA鎖の末端部分がリンカー配列によって連結されたステムループ型構造であってもよく、本発明にはかかる態様も包含される。ステムループ型siRNAは、例えば、ステムループ型siRNAを発現するベクターを構築・発現させることにより容易に製造することができる。ステムループ型siRNAを発現するベクターは、当業者であれば適宜構築することができ、例えば、文献の記載(Bass, B.L., Cell 101, 235-238, 2000;Tavernarakis, N. et al., Nat. Genet. 24, 180-183, 2000;Malagon, F. et al., Mol. Gen. Genet. 259, 639-644, 1998;Parrish, S. et al., Mol. Cell 6, 1077-1087, 2000)に従って構築することもできる。
【0039】
また、標的遺伝子は、その遺伝子の発現が、本発明におけるsiRNAより、RNAiによって抑制される遺伝子であり、任意に選択することができる。この標的遺伝子は、例えば、配列は判明しているがどのような機能を有するかを解明したい遺伝子や、その発現が疾患の原因と考えられる遺伝子などを好適に選択することができる。標的遺伝子は、そのmRNA配列の一部、すなわちsiRNAの一方の鎖(アンチセンス鎖)と結合し得る長さである少なくとも15ヌクレオチド以上が判明しているものであれば、ゲノム配列まで判明していない遺伝子であっても選択することができる。したがって、mRNAの一部は判明しているが、全長が判明していない遺伝子なども「標的遺伝子」として選択することができる。
【0040】
ポリカチオン
ポリカチオンは、電荷の相互作用が生じ得る系において、siRNAとともに、負に帯電したsiRNA-ポリカチオン複合体を形成する。
【0041】
ポリカチオンは、イオントフォレーシスによって、皮内に送達可能なsiRNA-ポリカチオン複合体を形成しうる限り構造は特に限定されないが、例えば、直鎖状、分岐状、環状、球状、内部に空隙を有する小胞状等であってよい。
また、ポリカチオンは、正味の正電荷を有する限り、天然物であっても合成物であってもよく、ポリマー、リポソーム、脂肪酸結合ペプチドの形態であってよいが、好ましくはカチオン性タンパク質またはカチオン性リポソームである。
【0042】
カチオン性タンパク質
カチオン性タンパク質は、正電荷を有する同種のアミノ酸からなるタンパク質であってもよく、正電荷を有する2以上の異種アミノ酸からなるタンパク質であってもよい。また、カチオン性タンパク質は、正味の正電荷を有する限り、正電荷を有するアミノ酸と、負電荷を有するアミノ酸とをいずれも含むものであってもよい。
【0043】
また、カチオン性タンパク質における正電荷の総計は、好ましくは1〜100であり、より好ましくは5〜30である。この正電荷の総計は、カチオン性タンパク質中の正電荷を有するアミノ酸数と、負電荷を有するアミノ酸数との差によって決定することができる。
【0044】
また、カチオン性タンパク質を用いる場合、負に帯電したsiRNA −ポリカチオン複合体において、siRNAと、カチオン性タンパク質との−/+電荷比は、以下の式によってを算出することができる。
[式1]
(−/+電荷比)=[(siRNA量(mol))×(siRNAにおける負電荷数の総計)]:[(カチオン性タンパク質量(mol))×(カチオン性タンパク質における正電荷の総計)]
siRNA量およびカチオン性タンパク質量は、複合体調製の際の仕込み量等を勘案して、容易に決定することができる。
【0045】
また、カチオン性タンパク質の分子量は、負に帯電したsiRNA −ポリカチオン複合体を形成しうる限り特に限定されないが、好ましくは500〜50000であり、より好ましくは1000〜10000である。
【0046】
また、カチオン性タンパク質の例としては、正味の正電荷を有する限り特に限定されないが、ポリリジン、ポリアルギニン、ポリオルニチン等の均一なポリカチオン、ヒストンまたはプロタミン等の天然のポリカチオン性DNA結合タンパク質、またはそれらのアナログ、またはそれらのフラグメントが挙げられが、好ましくはプロタミン、ポリ−L−リジン、アルギンニンオリゴマーまたはリジンオリゴマーである。
【0047】
カチオン性リポソーム
カチオン性リポソームもまた、正味の正電荷を有し、負に帯電したsiRNA −ポリカチオン複合体を形成しうるものである。
また、カチオン性リポソームの場合、siRNAの負電荷と、カチオン性リポソームの正電荷との−/+電荷比は、リポソームが脂質二重膜として構成され、その内側の正電荷は静電相互作用に関与しないことを原則として、リポソーム中の電荷は1/2にして算出するものとする。例えば、リポソームが1価の正電荷を有するカチオン性脂質で構成されている場合には、以下の式によって、上記−/+電荷比を算出することができる。
[式2]
(−/+電荷比)=[(siRNA量(mol))×(siRNAにおける負電荷数の総計)]:[(カチオン性脂質量(mol))/2]
siRNA量およびカチオン性脂質量は、複合体調製の際の仕込み量等を勘案して、容易に決定することができる。
【0048】
また、カチオン性リポソームの平均粒径は、負に帯電したsiRNA −ポリカチオン複合体を形成し、siRNAを皮内に送達しうる限り特に限定されないが、好ましくは50〜1000nmであり、より好ましくは100〜500nmである。この平均粒径の決定方法は、複合体における粒径の決定方法と同様である。
【0049】
また、カチオン性リポソームは、構成成分としてカチオン性脂質を少なくとも含んでなる。カチオン性脂質としては、好ましくは1〜10価の正電荷を有するC12〜20脂質であり、より好ましくは1〜3価の正電荷を有するC14〜20脂質であり、さらに好ましくは1価の正電荷を有するC14〜18脂質である。より具体的には、カチオン性脂質としては、1,2−ジオレオイルオキシ−3−(トリメチルアンモニウム)プロパン(DOTAP)、ジオクタデシルジメチルアンモニウムクロリド(DODAC)、N-(2,3-ジオレイルオキシ)プロピル-N,N,N,-トリメチルアンモニウム(DOTMA)、ジドデシルアンモニウムブロミド(DDAB)、1,2-ジミリストイルオキシプロピル1-3-ジメチルヒドロキシエチルアンモニウム(DMRIE)、2,3-ジオレオイルオキシ-N-[2(Sペルミンカルボキサミド)エチル]-N,N-ジメチル-1-プロパナミウムトリフルオロアセテイト(DOSPA)等が挙げられるが、好ましくは、1,2−ジオレオイルオキシ−3−(トリメチルアンモニウム)プロパン(DOTAP)、ジオクタデシルジメチルアンモニウムクロリド(DODAC)、N-(2,3-ジオレイルオキシ)プロピル-N,N,N,-トリメチルアンモニウム(DOTMA)、2,3-ジオレオイルオキシ-N-[2(Sペルミンカルボキサミド)エチル]-N,N-ジメチル-1-プロパナミウムトリフルオロアセテイト(DOSPA)であり、より好ましくは、1,2−ジオレオイルオキシ−3−(トリメチルアンモニウム)プロパン(DOTAP)である。
【0050】
また、上記リポソームは、構造安定性等を勘案すれば、カチオン性脂質の他の構成成分として、中性脂質をさらに含んでいることが好ましい。
【0051】
また、中性脂質としては、複合体の送達効率等を勘案して適宜選択できるが、好ましくはC12〜20中性脂質であり、さらに好ましくは、C14〜18中性脂質である。より具体的には、中性脂質としては、例えば、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、セラミド、スフィンゴミエリン、セファリン、ステロール、セレブロシド等が挙げられるが、好ましくは、ジアシルホスファチジルエタノールアミンまたはジアシルホスファチジルコリンであり、より好ましくはジオレイルホスファチジルエタノールアミンである。
【0052】
また、カチオン性リポソームが、カチオン性脂質および中性脂質をいずれも含む場合、カチオン性脂質と、中性脂質とのモル比は、リポソームの安定性等をを勘案して適宜決定できるが、好ましくは2:8〜8:2であり、より好ましくは3:7〜7:3である。
【0053】
上述のようなカチオン性リポソームは、カチオン性脂質および中性脂質を用い、公知の手法により調製することができる。例えば、カチオン性脂質、中性脂質等を所望の割合で水等の液媒体中で混合し、混合溶液を得る。次に、この混合溶液を減圧留去し、脂質膜を得る。次に、脂質膜に、バッファーを添加し、得られた混合液中で脂質膜を水和させる。さらに、混合液をソニケーション処理し、必要に応じてメンブランフィルター等によって処理して粒径を調節し、カチオンリポソームを得ることができる。
【0054】
他の成分
また、本発明によるイオントフォレーシス用組成物は、siRNA−ポリカチオン複合体をそのまま用いてもよいが、イオントフォレーシスによる上記複合体の投与を妨げない限り他の成分を含んでいてもよい。
【0055】
上記他の成分としては、イオントフォレーシスによる複合体の投与を妨げない限り特に限定されないが、例えば、水や、HEPES等の緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、安定化剤、抗酸化剤および着色剤等の薬学上許容可能な担体等が挙げられる。さらに、本発明による組成物は、イオントフォレーシスによるリポソームの投与を妨げない限り、所望により適当な剤型とすることができ、例えば、乾燥形態とすることができる。しかしながら、イオントフォレーシスによる効率的な複合体の投与を勘案すれば、水やHEPESバッファーとともに溶液または懸濁液とすることが好ましい。この際、イオントフォレーシス用組成物におけるpHとしては、例えば、生理学的pH等であってよく、より具体的には、pH7〜8であってよい。また、イオン強度としては、例えば、5〜20mMである。
また、上記組成物中のsiRNA−ポリカチオン複合体の含有量は、必要に応じて適宜決定してよい。
【0056】
製造方法
本発明におけるsiRNA−ポリカチオン複合体は、siRNAと、ポリカチオンとを電荷の相互作用が生じうる系中で混合することにより、簡易に形成することができる。 siRNA−ポリカチオン複合体の製造方法の詳細は、以下の通りである。
【0057】
本発明による製造方法にあっては、siRNAを含む第一の水性溶液と、ポリカチオンを含む第二の水性溶液とを用意する。
【0058】
また、第一の水性溶液におけるsiRNAの濃度、および第二の水性溶液におけるポリカチオンの濃度は、siRNAおよびポリカチオンの溶解度、siRNA−ポリカチオン複合体の形成効率などを勘案して適宜決定される。
【0059】
また、第一および第二の水性溶液におけるpH、イオン強度および温度は、タンパク質およびリポソームの帯電状態、最終的な複合体の形成効率を勘案して適宜調整してよい。
【0060】
また、第一および第二の水性溶液における溶媒は、好ましくは水、バッファーであり、より好ましくは水またはHEPESバッファー等が挙げられる。
【0061】
次に、本発明による製造方法にあっては、第一の水性溶液と、第二の水性溶液とを混合し、siRNA−ポリカチオン複合体を得る。
混合方法は特に限定されず、第一の水性溶液に第二の水性溶液を加えてもよく、第二の水性溶液に第一の水性溶液を加えてもよい。また、容器に第一の水性溶液と、第二の水性溶液とを同時に加えて混合してもよい。このようにして得られる、第一の水性溶液と、第二の水性溶液との混合液は適宜攪拌してもよい。
【0062】
第一および第二の水性溶液の混合比率は、混合液中のsiRNAおよびポリカチオンの−/+電荷比を勘案し、負電荷が超過して複合体が形成されるように適宜決定することができる。例えば、上記混合比率は、第一の水性溶液中のsiRNAの負電荷の総計が、第二の水性溶液中のポリカチオンの正電荷の総計を超過するように、設定することができる。
【0063】
また、混合液におけるpH、イオン強度および温度もまた、複合体の形成効率を勘案して適宜決定してよい。上記混合液におけるpHおよびイオン強度は、第一の水性溶液および第二の水性溶液の組成(濃度、量、pH、イオン強度)、混合比率を予め変更することにより調製することができる。混合液におけるpHとしては、例えば、pH3〜10である。また、イオン強度としては、例えば、5〜20mMである。
また、混合液における温度としては、例えば、16〜40℃である。
【0064】
用途
また、本発明によるsiRNA−ポリカチオン複合体は、イオントフォレーシスにより生体に適用されるものである。したがって、本発明の別の態様によれば、イオントフォレーシス用組成物の製造における、負に帯電したsiRNA−ポリカチオン複合体の使用が提供される。また、本発明によるイオントフォレーシス用組成物は、siRNAを効率的に皮内に送達し、効果的にRNAiにより標的遺伝子の発現を抑制することができる。よって、上記組成物は、例えば、遺伝子発現抑制剤等の医薬として用いることができる。さらに、上記組成物は、標的遺伝子を疾患関連遺伝子に設定した場合には、疾患の遺伝子治療用剤として好適に用いられる。
【0065】
電極構造体およびイオントフォレーシス装置
また、siRNA−ポリカチオン複合体の生体への投与は、イオントフォレーシス用組成物を保持する電極構造体、およびこの電極構造体を備えたイオントフォレース装置を利用して好適に行うことができる。
【0066】
本発明の一つの態様によれば、電極と、電極の皮膚側に配置された、本発明による組成物を保持する、siRNA-ポリカチオン複合体保持部とを備えたイオントフォレーシス用電極構造体であって、イオントフォレーシスによって、siRNA-ポリカチオン複合体を生体皮膚に放出することができる電極構造体が提供される。また、イオントフォレーシスによるsiRNA-複合体の投与を妨げない限り、電極と、siRNA-複合体保持部との間には、例えば、電解液を保持する電解液保持部等を配置してもよい。
【0067】
また、siRNA−ポリカチオン複合体は負に帯電しているため、電気系統の陰極側において陰電流を印加することが好ましい。したがって、本発明による電極構造体において、電極は陰電極とされる。また、電極としては、例えば、炭素、白金のような導電性材料からなる電極が好ましく用いられ、この材料は、後述する対電極においても使用することができる。
【0068】
siRNA-ポリカチオン複合体保持部は、本発明による組成物で満たされた、アクリル製等のセル(電極室)として構成してもよく、本発明による組成物を含浸保持する特性を有する、不織布、脱脂綿または薄膜体で構成してもよい。薄膜体の構成部材としては、良好な含浸保持特性と良好なイオン伝達性の双方を具備する材料が好ましい。かかる材料としては、例えば、アクリル系樹脂のヒドロゲル体(アクリルヒドロゲル膜)、セグメント化ポリウレタン系ゲル膜等が挙げられる。上述のセルおよび薄膜体は、電解液保持部の構成においても利用することができる。
【0069】
また、本発明によるイオントフォレーシス装置の構成は、上記電極構造体を備え、siRNA−ポリカチオン複合体を投与しうる限り適宜変更することができるが、電源装置と、電源装置の陰極に接続された、本発明による電極構造体と、電源装置の陽極に接続された電極構造体とを少なくとも備えていることが好ましい。
【0070】
上記陽極に接続された電極構造体は、siRNA−ポリカチオン複合体を保持する電極構造体の対電極として機能しうる限り、その構造は適宜変更することができる。例えば、対電極としての電極構造体は、siRNA-ポリカチオン複合体保持部を電解液保持部に変更する以外、陽極に接続された電極構造体と同様の構成とすることができる。一つの態様によれば、対電極である上記電極構造体は、陽電極を少なくとも備えている。また、好ましい態様によれば、対電極である上記電極構造体は、陽電極の皮膚側に配置された、電解液を保持する電解液保持部をさらに備えている。
【0071】
siRNA送達方法/標的遺伝子発現抑制方法
また、本発明によるsiRNA−ポリカチオン複合体によれば、上述のように、siRNAを効率的に皮内に送達することが可能となる。したがって、本発明の別の態様によれば、負に帯電した、siRNA−ポリカチオン複合体をイオントフォレーシスによって生体に投与することを含んでなる、siRNAの経皮投与方法が提供される。
【0072】
また、本発明によるsiRNA−ポリカチオン複合体をイオントフォレーシスによって生体に投与した場合、効果的にRNAiにより標的遺伝子の発現を抑制することが可能となる。したがって、別の態様によれば、RNAiによって生体における標的遺伝子の発現を抑制する方法であって、負に帯電した、siRNA−ポリカチオン複合体の有効量を、イオントフォレーシスによって生体に投与することを含んでなる方法が提供される。
【0073】
また、標的遺伝子の発現が、疾患の発症または進展に関与する場合、上記方法は、疾患の治療に好適に用いうる。かかる疾患としては、特に限定されないが、例えば、アトピー性皮膚炎(AD)、皮膚癌、乾癬、カンジダ、白癬等の皮膚感染症等が挙げられる。
【0074】
上記イオントフォレーシス工程において、通電条件は、siRNA−ポリカチオン複合体の投与効率を勘案して適宜決定できるが、その電流値としては、好ましくは0.1〜0.45mA/cmであり、より好ましくは0.1〜0.2mA/cmである。
【0075】
また、siRNA−ポリカチオン複合体の有効量は、疾患の種類、生体の種、性別、年齢、体重および状態、投与計画等を勘案して、当業者により適宜決定される。
【0076】
また、本発明における生体としては、好ましくは哺乳動物であり、より好ましくはヒト、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、イヌまたはネコであり、より好ましくはヒトである。
【実施例】
【0077】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
試験例1: siRNA−プロタミン複合体のゼータ電位および粒径の検討
siRNA−プロタミン複合体の調製
以下の表1に示される重量混合比にて、蒸留水中、Cy3標識siRNA(Ambion社から購入したNagative control siRNA)と、プロタミンとをボルテックスミキサーを用いて室温で混合した。得られた混合液を室温で10分間静置し、Cy3標識siRNA−プロタミン複合体を含む懸濁液を得た。
次に、siRNA-プロタミン複合体を含む上記懸濁液を専用キュベットに充填し、ゼータサイザーにて粒子径およびゼータ電位を測定した。
【0078】
結果は、表1に示される通りであった。siRNAとプロタミンとを重量混合比5:1で混合した場合、siRNA-プロタミン複合体のゼータ電位は負電荷を示した。この場合、siRNAと、プロタミンとの−/+電荷比は、3:1であると算出された。また、siRNA-プロタミン複合体の平均粒子径は93.3nmであり、粒径200nm前後の複合体の割合は約60%であった。
【表1】

【0079】
試験例2:イオントフォレーシス
蛍光標識siRNA-プロタミン複合体の調製
Cy3標識siRNA(Ambion社から購入したNagative control siRNA)約10μg(100μl)と、0.02mg/mlプロタミン溶液100μl(プロタミン約2μg含有、溶媒:蒸留水)とを、ボルテックスミキサーを用いて室温で混合した。得られた混合液を室温で10分間静置し、Cy3標識siRNA−プロタミン複合体を含む懸濁液を得た。
【0080】
イオントフォレーシス装置
Cy3標識siRNA−プロタミン複合体は、試験例1と同様の重量混合比率であり、負に帯電していることから、陰極側から投与することとした。Cy3標識siRNA−プロタミン複合体の投与に用いたイオントフォレーシス装置は、図1に示される通りであった。
【0081】
図1において、イオントフォレーシス装置1は、皮膚5上に配置されており、電源装置2と、上記複合体を保持する電極構造体3と、その対電極としての電極構造体4とから構成され、これらはコード6、7により接続されている。そして、電極構造体3は、陰電極31と、陰電極31の皮膚側に配置された、siRNA−ポリカチオン複合体保持部32とから構成した。一方、上記電極構造体4は、陽電極41と、陽電極41の皮膚側に配置された、電解液200μlを保持する電解液保持部42とから構成した。また、siRNA−ポリカチオン複合体保持部33および電解液保持部32、42、43は、電解液等を収容できるセル(電極室)により構成した。また、siRNA−ポリカチオン複合体保持部32および電解液保持部42は、それそれsiRNA−ポリカチオン複合体溶液または電解液を含浸した不織布または脱脂綿によって構成した。
【0082】
siRNAのイオントフォレーシス
上記のCy3標識siRNA-プロタミン懸濁液200μlをイオントフォレーシス装置のsiRNA保持部に充填し、ネンブタール麻酔下でバリカンで剃毛したSDラット(n=1)の背部皮膚に装着して、0.45mA定電流(0.15mA/cm2)で60分間イオントフォレーシスにより投与した。
また、対照として、siRNA-プロタミン懸濁液に代えてCy3標識siRNA溶液200μl(siRNA:約10μg、溶媒:蒸留水)を用い、上記と同様の手順に従って、Cy3標識siRNAを投与した。
【0083】
皮膚切片の調製とCLSM観察
イオントフォレーシス終了直後の皮膚を切り取り、OCT compoundに凍結包埋した。クライオスタットにより凍結皮膚サンプルから15μmの切片を調製し、倒立型共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510 Carl Zeiss)を用いて観察した。
【0084】
結果、図2に示される通りであった。Cy3標識siRNAを投与した場合には、角質層以外の表皮層や真皮層では蛍光が観察されなかった(図2A)。一方、Cy3標識siRNA-プロタミンを投与した場合には、表皮層および真皮層においても蛍光が観察され、Cy3標識siRNA-プロタミンが角質層を超えて、表皮層および真皮層に送達されていることが確認された。
【0085】
試験例3:siRNA-プロタミン複合体による遺伝子発現抑制効果の評価
siRNA-プロタミン複合体の皮内送達による遺伝子発現抑制効果を評価するため、対象遺伝子として生体内のほぼ全ての細胞に発現することが知られているMAPK-1(Mitogen-activated protein kinase 1)を選択し、以下の手順に従って実験を行った。
【0086】
MAPK-1 siRNA-プロタミン複合体の調製
MAPK-1 siRNA(QIAGEN社から購入)5μg相当(100μl)と、0.01mg/mlプロタミン溶液100μl(プロタミン1μg相当、溶媒:蒸留水)とを、ボルテックスミキサーを用いて室温で混合した。得られた混合液を室温で10分間静置し、siRNA−プロタミン複合体を含む懸濁液を得た。
【0087】
上記MAPK-1 siRNAの有するセンス鎖およびアンチセンス鎖の塩基配列、およびプロタミンのアミノ酸配列は、以下の通りであった。
なお、配列番号1および2において、下線で示した部分はリボ核酸であり、それ以外はデオキシリボ核酸である。
MAPK-1 siRNAの塩基配列
センス鎖: CCCUCACAAGAGGAUUGAATT(配列番号1)
アンチセンス鎖: UUCAAUCCUCUUGUGAGGGTT(配列番号2)
プロタミン:PRRRRSSSRPVRRRRRPRVSRRRRRRGGRRRR(配列番号3)
【0088】
siRNAのイオントフォレーシス
試験例2と同様の方法に従ってSDラットの背部皮膚にsiRNA−プロタミン複合体をイオントフォレーシスによって投与した。
【0089】
MAPK-1 mRNAレベルの定量評価
イオントフォレーシスから48時間後に、ラットを麻酔下で安楽死させ、イオントフォレーシスを行った部位の皮膚を摘出した。摘出した皮膚に付着している皮下脂肪を切除した後、RNAを抽出・精製した。対照として、未処理のラットの皮膚からも同様にRNAを抽出・精製した。抽出したRNAサンプルをランダムプライマー(9 mer)を用いて逆転写した後、MAPK-1に特異的な以下の塩基配列を有するMAPK-1検出用プライマーを用いてPCRを行った。
【0090】
MAPK-1検出用PCRプライマー
フォワード: AGTTGAACAGGCTCTGGCCCA(配列番号4)
リバース: TGAACGCGTCCAGTCCTCTGA(配列番号5)
【0091】
PCR産物を2%アガロース電気泳動により分離し、SYBR Greenで染色後、UVトランスイルミネーターで撮影した。撮影した電気泳動画像をATTO CS Analyzer2.0ソフトウェアで解析し、バンド強度を測定した。なお、定量化のための内部標準として、18S rRNAを使用した(18S rRNAに対するプライマーはAmbion社から購入した)。すなわち、MAPK-1のバンド強度を18S rRNAのバンド強度で除することにより、相対的な発現レベルとして評価した。
また、対照として、siRNA-プロタミン複合体を投与しない未処理群についても、上記と同様にPCRを行い、MAPK-1のバンド強度を測定した。
【0092】
結果は、図3に示される通りであった。siRNA-プロタミン複合体投与群の皮膚におけるMAPK-1 mRNA量は、未処理群の約28%程度に減少していた。さらに、siRNA-プロタミン複合体投与群のMAPK-1 mRNA量は、未処理群と比較して有意に低かった(統計テスト名Student’s t-test)。
【0093】
試験例4:siRNA−リポソーム複合体のゼータ電位および粒径の検討
カチオン性リポソームの調製
カチオン性脂質(DOTAP) 152μg、中性脂質(DOPE) 30.4μg(DOTAP:DOPEの重量混合比5:1、モル比11:2)をCHCl等の有機溶媒中で混合し、懸濁液を得た。この懸濁液を減圧留去した後、有機溶媒の添加および減圧留去を繰り返し、脂質膜を調製した。次に、脂質膜を滅菌蒸留水(DDW) 100μlで水和し、ソニケーションを3分間行い、カチオン性リポソームを含むリポソーム懸濁液を得た。
【0094】
siRNA−リポソーム複合体の調製
MAPK1-siRNA 10μgを含む溶液(100μl、溶媒:蒸留水)に、リポソーム懸濁液を添加し、ボルテクスにて混合し、siRNA−リポソーム複合体を含む懸濁液を得た。この際、MAPK1-siRNAと、リポソームと重量混合比は、以下の表2の記載に従って調製した。
【0095】
siRNA−リポソーム複合体の粒子径およびゼータ電位の測定
siRNA−リポソーム複合体を含む懸濁液を専用キュベットに充填し、ゼータサイザーにて粒子径およびゼータ電位を測定した。
結果は、表2に示される通りであった。
【0096】
【表2】

siRNA:DOTAPの重量混合比が10:15.2および10:7.6の場合、siRNA−リポソーム複合体のゼータ電位(表面電位)は負電荷であった。この場合、siRNAの負電荷と、リポソームの表面正電荷との−/+電荷比は、3:1および6:1であると算出された。
以下の実験では、siRNA:DOTAPの重量混合比は10:7.6、DOTAP:DOPEの重量混合比は5:1を適用した。
【0097】
試験例5:蛍光標識siRNA-リポソーム複合体のイオントフォレーシス
Cy3標識siRNA(Ambion社から購入したNagative control siRN)10μgを用い、siRNA-リポソーム複合体懸濁液200μl(siRNA:DOTAP重量混合比10:7.6、DOTAP:DOPE重量混合比 5:1)を、試験例4と同様の手法により調製した。
次に、試験例2と同様の手法に従い、Cy3標識siRNA-リポソーム複合体懸濁液をイオントフォレーシス装置の陰極側電極構造体に充填し、陽極側デバイスには生理食塩水200μlを充填した。次に、ネンブタール麻酔下でバリカンで剃毛したSDラットの背部皮膚に装着して、0.45mA定電流(0.15mA/cm2)で60分間イオントフォレーシスを行い、Cy3標識siRNA-リポソーム複合体を投与した。
【0098】
皮膚切片の調製とCLSM観察
イオントフォレーシス終了直後の皮膚を切り取り、OCT compoundに凍結包埋した。クライオスタットにより凍結皮膚サンプルから15μmの切片を調製し、倒立型共焦点レーザースキャン顕微鏡(LSM510 Carl Zeiss)を用いて観察した。
【0099】
結果は、図4に示される通りであった。siRNA-プロタミン複合体をイオントフォレーシスにより投与した場合と同様に、角質層、表皮層、基底膜を越え、真皮層にまでsiRNAが浸透している様子が観察された。ポリカチオン物質としてプロタミン以外にも、中性脂質(DOPE)とカチオン性脂質(DOTAP)から構成されるカチオン性リポソームを用いうることが確認された。
【0100】
試験例6:siRNA-リポソーム複合体による遺伝子発現抑制効果の評価
siRNA-リポソーム複合体の皮内送達による遺伝子発現抑制効果を評価するため、以下の手順に従って実験を行った。
MAPK-1 siRNA-リポソーム複合体の調製
MAPK-1 siRNA(QIAGEN社から購入)5μg(100μl)を用い、試験例4と同様の手法によりMAPK-1 siRNA-リポソーム複合体を調製した(siRNA:DOTAPの重量混合比は10:7.6、DOTAP:DOPE重量混合比 5:1)。
【0101】
MAPK-1 siRNA-リポソーム複合体のイオントフォレーシスおよびMAPK-1 mRNAレベルの定量評価
試験例3と同様の条件でSDラットの背部皮膚にイオントフォレーシスにより、MAPK-1 siRNA-リポソーム複合体を投与し、MAPK-1 mRNAレベルの定量評価を行った。
【0102】
結果は図5に示される通りであった。siRNA投与群の皮膚におけるMAPK-1 mRNA量は未処理群の約39%程度にまで減少していた。さらに、siRNA-リポソーム複合体投与群のMAPK-1 mRNA量は、未処理群と比較して有意に低かった(統計テスト名Student’s t-test)。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】in vivo試験においてsiRNA-プロタミン複合体またはsiRNA-リポソーム複合体を投与するのに用いたイオントフォレーシス装置の概要を示す図である。
【図2】Aは、siRNA単独投与後のラット凍結皮膚サンプルについての、倒立型共焦点レーザースキャン顕微鏡による写真である。 Bは、Cy3標識siRNA-プロタミン複合体投与後のラット凍結皮膚サンプルについての、倒立型共焦点レーザースキャン顕微鏡による写真である。
【図3】MAPK-1 siRNA-プロタミン複合体をイオントフォレーシスによってラットに投与した場合のMAPK-1 mRNAレベルのPCR定量評価の結果を示す。
【図4】Cy3標識siRNA-リポソーム複合体投与後のラット凍結皮膚サンプルについての、倒立型共焦点レーザースキャン顕微鏡による写真である。
【図5】MAPK-1 siRNA-リポソーム複合体をイオントフォレーシスによってラットに投与した場合のMAPK-1 mRNAレベルのPCR定量評価の結果を示す。
【符号の説明】
【0104】
1 イオントフォレーシス装置
2 電源装置
3,4 電極構造体
5 皮膚
6,7 コード
31 陰電極
32 siRNA−ポリカチオン複合体保持部
41 陽電極
42 電解液保持部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
負に帯電した、siRNA−ポリカチオン複合体を含んでなる、イオントフォレーシス用組成物。
【請求項2】
前記siRNA−ポリカチオン複合体が、静電相互作用により結合した、siRNAおよびポリカチオンから形成されている、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項3】
前記siRNA−ポリカチオン複合体が、−50〜−5mVのゼータ電位を有する、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項4】
前記siRNAと、前記ポリカチオンとの−/+電荷比が、2:1〜7:3である、請求項2に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項5】
前記siRNA−ポリカチオン複合体の平均粒径が、50〜3000nmである、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項6】
前記siRNAの負電荷の総計が、30〜60である、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項7】
前記siRNAのセンス鎖およびアンチセンス鎖がそれぞれ、15〜30個のヌクレオチドを有する、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項8】
前記siRNAの二重鎖部分が、15〜28bpである、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項9】
前記ポリカチオンが、カチオン性タンパク質またはカチオン性リポソームである、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項10】
前記カチオン性タンパク質の正電荷の総計が、1〜100である、請求項9に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項11】
前記カチオン性タンパク質が、500〜50000の分子量を有する、請求項9に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項12】
前記カチオン性タンパク質が、プロタミン、ポリ−L−リジン、アルギンニンオリゴマーおよびリジンオリゴマーからなる群から選択される少なくとも一つのものである、請求項9に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項13】
前記カチオン性リポソームの平均粒径が、50〜1000nmである、請求項9に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項14】
前記カチオン性リポソームが、カチオン性脂質を少なくとも含んでなる、請求項9に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項15】
前記カチオン性脂質が、1〜10価の正電荷を有するC12〜20脂質である、請求項14に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項16】
前記カチオン性脂質が、1,2−ジオレオイルオキシ−3−(トリメチルアンモニウム)プロパン、ジオクタデシルジメチルアンモニウムクロリド、N-(2,3-ジオレイルオキシ)プロピル-N,N,N,-トリメチルアンモニウム、ジドデシルアンモニウムブロミド、1,2-ジミリストイルオキシプロピル1-3-ジメチルヒドロキシエチルアンモニウムまたは2,3-ジオレオイルオキシ-N-[2(Sペルミンカルボキサミド)エチル]-N,N-ジメチル-1-プロパナミウムトリフルオロアセテイトである、請求項14に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項17】
前記カチオン性脂質が、1,2−ジオレオイルオキシ−3−(トリメチルアンモニウム)プロパンである、請求項16に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項18】
前記カチオン性リポソームが、中性脂質をさらに含んでなる、請求項14に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項19】
前記中性脂質が、ジアシルホスファチジルエタノールアミンまたはジアシルフォスファチジルコリンである、請求項18に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項20】
前記中性脂質が、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンである、請求項19に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項21】
乾燥形態である、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項22】
医薬として用いられる、請求項1に記載のイオントフォレーシス用組成物。
【請求項23】
電極と、
該電極の皮膚側に配置された、請求項1に記載の組成物を保持する、siRNA-複合体保持部と
を備えた、イオントフォレーシス用電極構造体であって、
イオントフォレーシスによって、siRNA-複合体を生体皮膚に放出することができる、電極構造体。
【請求項24】
電源装置と、
該電源装置の陰極に接続された、請求項23に記載の電極構造体と、
前記電源装置の陽極に接続された、電極構造体と、
を備えている、イオントフォレーシス装置。

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−203173(P2009−203173A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−44823(P2008−44823)
【出願日】平成20年2月26日(2008.2.26)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(505046776)TTI・エルビュー株式会社 (36)
【Fターム(参考)】