説明

γ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法、γ−アミノ酪酸を多量に含むキノコ、γ−アミノ酪酸を多量に含む食品素材、及びγ−アミノ酪酸を強化した食品

【課題】きのこ類、特にエノキタケにγ−アミノ酪酸(GABA)を富化するための方法、及びこの方法によって製造されたエノキタケを用いたGABA高含有量食品素材、及びこの食品素材を添加してGABAを強化した食品の提供
【解決手段】(1)生のキノコ(特にエノキタケ)の子実体を嫌気性条件下に置き、キノコに含まれるグルタミン酸の一部をGABAに変換するGABAを多量に含むキノコの製造方法。
(2)嫌気条件は、(イ)密閉容器や気密性の高い袋に入れて真空状態にする、(ロ)密閉容器や気密性の高い袋にキノコと高純度の窒素ガスや二酸化炭素ガス等のほとんど酸素が含まれないガスを充填する、(ハ)密閉容器や気密性の高い袋にキノコと脱酸素剤を入れる、等の手段を用いてつくる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法、γ−アミノ酪酸を多量に含むキノコ、γ−アミノ酪酸を多量に含む食品素材、及びγ−アミノ酪酸を強化した食品に関するものである。
すなわち、生のキノコの子実体を嫌気性条件下に置き、キノコに含まれるグルタミン酸の一部をγ−アミノ酪酸に変換することによって、γ−アミノ酪酸を多量に含むキノコを製造し、これをそのまま、又は加工して食品に利用するものである。
【背景技術】
【0002】
γ−アミノ酪酸(以下、GABAと略す。)は、抑制性神経伝達物質として知られている。その作用効果として血圧低下作用、脳代謝促進作用、精神安定作用、成長ホルモン分泌促進作用等が認められ、この物質を富化した食品の開発が活発化している。
【0003】
GABAの有効摂取量は精神安定作用においては26.7〜70mg/日(例えば、非特許文献1、2参照)、血圧低下作用においては10mg〜3g/日(例えば、非特許文献3、4参照)、成長ホルモン分泌促進作用においては3〜18g/日(例えば、非特許文献5、6参照)と報告されている。これらの報告の中で、問題となるような副作用は報告されていない。
【0004】
GABAを多量に作る方法として発酵法がある。乳酸菌発酵による方法(例えば、特許文献1〜3参照)、酵母による発酵法(例えば、特許文献4参照)、麹菌を培養する方法(例えば、特許文献5参照)等である。このような方法で製造した高純度GABA製品が、協和ウェルネス、ファーマフーズ、山口化研等で販売されている。
【0005】
GABAは、グルタミン酸脱炭酸酵素によりL−グルタミン酸から炭酸が除去されて生成する。グルタミン酸脱炭酸酵素の活性の強い微生物や食品素材を選抜し、多量のグルタミン酸、或いはグルタミン酸ナトリウムをGABAに変換させる方法も開発されている。
キノコの一種であるAgaricus blazei Murillやシイタケを用いる方法(例えば、特許文献6参照)、カボチャを用いる方法(例えば、特許文献7参照)等である。このような方法で製造した高濃度GABA製品が、ロッテ電子工業やヤヱガキ発酵技研等で販売されている。
【0006】
以上のような高純度GABA製品或いは高濃度GABA製品は、原料にL−グルタミン酸或いはその塩という食品添加物を多量に使用する。高純度製品は、それ自体が食品添加物である。最近の消費動向は食品添加物を使用した食品を敬遠する傾向にあり、従って上記の商品はそのような消費者意識に逆行する。
【0007】
食品素材が本来持っているL−グルタミン酸をGABAに変換したGABA高含有量商品もいくつか発売されている。茶葉を嫌気的条件に晒すことにより製造したギャバロン茶(農林水産省野菜・茶業試験場)、発芽時にグルタミン酸脱炭酸酵素の活性が上昇してGABA含有量が増加する発芽玄米(ファンケル他)等である。これらの商品は食品添加物を全く使用しないため、最近の消費者意識に合致したものとなっている。
【0008】
ギャバロン茶のGABA含有量は乾物100g当たり250mg(例えば、非特許文献7参照)、発芽玄米でもコシヒカリの場合、最適条件下、8時間の処理で胚芽100g当たり400mgである(例えば、特許文献8参照)。しかしながら、これら食品素材は一度に多量に消費しにくい。ギャバロン茶はお茶1杯分に使用する茶葉の量が数g程度であり、また、発芽玄米に含まれる胚芽の量は非常に少ないため、GABAを多量に摂取しにくい等の問題がある。
【0009】
エノキタケ、マッシュルーム、ヤマブシタケのようなGABAを比較的多く含むキノコを凍結粉砕してアミノ酸含有量の高いエキスを抽出し、それらを乾燥することによってGABA含有量の高い食品素材を提供する方法が開発されている(例えば、特許文献9参照)。
又、エノキタケに血圧降下作用があることを見出し、高血圧治療剤の原料として使用する方法が開発されている(例えば、特許文献10参照)。
【0010】
【特許文献1】特開平6−45141
【特許文献2】特開2000−210075
【特許文献3】特開2001−120179
【特許文献4】特開平9−238650
【特許文献5】特開平10−165191
【特許文献6】特開2002−247966
【特許文献7】特開2001−252091
【特許文献8】特開平7−213252
【特許文献9】特開2007−53924
【特許文献10】特開2004−89128
【非特許文献1】日本食品科学工学会誌 47,596−603,2000
【非特許文献2】Food Style 21,7,64−68,2003
【非特許文献3】薬理と治療 30,963−972,2002
【非特許文献4】日本食品科学工学会誌 49,409−415,2001.
【非特許文献5】Medicine & Science in Sports & Excercise 35,Suppliment1,S271,2003
【非特許文献6】Journal of Clinical Endocrinology & Metabolizm,51,789−792,1980
【非特許文献7】Agric.Biol.Chem.,51,2865−2871,1987
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
市場に流通しているキノコ類は価格が安く、消費が低迷している。キノコ類はカロリーが低く健康に良いイメージは定着しているが、消費者に強くアピールするような付加価値が望まれている。キノコ類には比較的GABA含有量の高いものがあることが知られているが、GABAの富化を人為的にコントロールする方法は知られていなかった。GABAは最近非常に注目され、多くのGABA入り製品が開発されているが、GABA含有量の高いキノコを常に生産することができれば、大きな付加価値を得ることができる。
【0012】
本発明は、キノコ類に高付加価値を付与するべく検討を重ねた結果、キノコを嫌気性条件下におくことによってGABA含有量が著しく上昇することを見出した。しかも、食品添加物としてのグルタミン酸やその塩を添加する必要はなく、自然志向の強い消費者の関心を惹くことができる。また、生鮮品としてだけではなく、GABA高含有量製品の原料としても利用可能である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、キノコ類(特にエノキタケ)はGABAを生産する能力が強く、嫌気性条件下に晒すことにより数日間で多量のGABAが生成することを見出した。
従って、本願発明は下記の請求項1〜請求項10により構成されている。
<請求項1> 生のキノコの子実体を嫌気性条件下に置き、キノコに含まれるグルタミン酸の一部をγ−アミノ酪酸に変換することを特徴とするγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
<請求項2> 嫌気性条件が真空状態下である請求項1に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
<請求項3> 嫌気性条件が無酸素ガス雰囲気下である請求項1に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
<請求項4> 嫌気性条件が脱酸素剤入り密閉容器内である請求項1〜3に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
<請求項5> 嫌気性条件下に置くときの温度が0〜50℃、好ましくは5〜30℃である請求項1〜4に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
<請求項6> 嫌気性条件下に置く期間が0〜10日間、好ましくは2〜6日間である請求項1〜5に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
<請求項7> キノコがエノキタケ(Flammulina velutipes)である請求項1〜請求項6に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
<請求項8> 請求項1〜請求項7の製造方法により得られるγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコ。
<請求項9> 請求項1〜請求項8により得られるキノコに対し、必要に応じて加熱、凍結、乾燥、粉砕、抽出、濃縮等の食品加工手段を適用して得られるγ−アミノ酪酸を多量に含む食品素材
<請求項10> 請求項1〜請求項9に記載するキノコ、又は食品素材を添加したγ−アミノ酪酸を強化した食品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、嫌気性条件下に置くだけで、食品添加物等を一切加えることなくGABAを多量に含むキノコを容易に得ることができる。その含有量は、エノキタケを例にとれば、少なくとも可食部100g当たり90mg以上であり、例えば、12g以上を食すれば血圧降下作用を発揮すると言われる1日10mg以上、30g以上を食すれば精神安定作用を発揮すると言われる1日26.7mg以上のGABAを摂取することができる。
又、濃縮エキスや乾燥粉末を製造することによりGABA高含有量の食品素材の製造が期待でき、食品の加工原料として高い価値を付加することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明はキノコであればいかなる種でも良く、生の状態であればいかなるものでも良い。具体的には、培地から発生している状態のもの、培地から引き抜いてあるもの、切断したもの、細かく破砕したもの等である。
【0016】
これらのキノコを嫌気性条件下に置き、酵素類が失活しない温度で保温する。
本願発明において、嫌気性条件下とは、酸素(分子状の酸素)が全く存在しないか、又は酸素濃度が通常の空気より小さい状態(雰囲気)をいう。
具体的には(イ)密閉容器や気密性の高い袋に入れて真空状態にする、(ロ)高純度の窒素ガスや二酸化炭素ガス等のほとんど酸素が含まれないガス雰囲気下に置く、(ハ)密閉容器や気密性の高い袋にキノコと脱酸素剤を入れる等である。より高い効果を得るため、これらの条件を組み合わせても良い。例えば、密閉容器や気密性の高い袋にキノコと脱酸素剤を入れて真空状態にする等である。
ここで、脱酸素剤とは、密閉容器内の酸素を吸収するもので、鉄の酸化反応を利用して酸素を吸収するものが主流であるが、これに限らず、他の無機又は有機薬剤で酸素を吸収するものなら種類を問わない。
【0017】
酵素類が失活しない温度とは、具体的には0〜50℃、より好ましくは5〜40℃である。キノコの鮮度保持を考慮した場合は、5〜30℃が良い。保温時間は0〜10日間、より好ましくは2〜6日間である。20℃保温の場合2日以内でGABA含有量はキノコ100g当たり120mg程度にまで増加するが、2日以降はGABA生産速度が鈍化する。含有量が約120mgから約160mgに増加するのにさらに4日程度の時間が必要である。キノコの鮮度は保温温度と保温時間に大きく影響されるので、鮮度を保持する場合、20℃では4日以内が好ましい。
【0018】
生のエノキタケの水分含有量は88.6%(五訂食品成分表、科学技術庁資源調査会編による)であるため、完全に乾燥させればエノキタケのGABA含有量は約8.77倍の濃度に濃縮される。計算上は、114.1mg/100g以上のGABAを含有するエノキタケであれば、乾燥した場合のGABA含有量は1%以上になる。乾燥方法は特に限定されない。また、生のエノキタケからエキスを抽出する方法はいかなるものでもよい。固形分が除去されているため、濃縮や乾燥によって単にエノキタケを乾燥した場合よりもGABA含有量の高い食品素材を作ることができる可能性がある。
【実施例】
【0019】
実施例1
2品種のエノキタケを収穫直後1株ずつ市販用の透明袋に入れ、シールして密封したものと開封したままのものを氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した。また、同様に収穫直後のエノキタケを袋に入れて密封したものと開封したままのものを用意し、20℃、5日間保温した後凍結した。これらを凍結したままミル(TM807、株式会社テスコム)で粉砕し、10.0gずつとって、ホモジナイザー(エースホモジナイザーAM−3、株式会社日本精機製作所)用カップに入れ、99.5%特級エタノール20mlと純水で75%に調製したエタノール20mlを加え、15,000rpm、10分間ホモジナイズした。ホモジネートをフラスコに移し、遊離アミノ酸を80℃、20分間還流抽出した。抽出液を定量濾紙(No.5A,150mm、東洋濾紙株式会社)で濾過した後、濾紙に残った残渣を回収し75%エタノールを加えて再度80℃、20分間還流抽出した。抽出後濾過し、先の濾液と合わせてロータリエバポレーター(RE400、ヤマト科学株式会社)でエタノールを除去した後、残液を回収して純水にて100mlに定容した。この溶液の一部をポアサイズ0.2μmのメンブランフィルター(ミニザルトRC15、ザルトリウス株式会社)で濾過し、濾液をアミノ酸分析用サンプル希釈液(クエン酸リチウム緩衝液:6.9g/L クエン酸リチウム(4HO)、1.3g/L 塩化リチウム、8.8g/L クエン酸、4.0ml/L 塩酸、40.0ml/L エタノール、3.1ml/L BRIJ−35(20%)、2.5ml/L チオジグリコール、0.1ml/L n−カプリル酸(日本電子株式会社で販売))で適宜希釈してアミノ酸分析用サンプル溶液とした。サンプル溶液を全自動アミノ酸分析機(JLC−500/V、日本電子株式会社)用のバイアル瓶に入れてセットし、50μlを注入して分析を行った。装置の操作は付属の操作マニュアルに従った。表1に各エノキタケのGABAとグルタミン酸の含有量を示す。
【0020】
【表1】

【0021】
表1に示されるように、2種類の品種ともに収穫直後、20℃、5日間保温の両方で密封サンプルの方が開封サンプルよりGABA含有量が高かった。特に20℃、5日間保温のものは両者の差が著しく大きい。この結果は、袋に入れて密封したことの効果であり、酸素欠乏状態(嫌気性状態)が原因であることが強く示唆される。
【0022】
実施例2
試験区1:気密性の高い透明袋(MLR−9、210mm×320mm、カウパック株式会社)に収穫直後のエノキタケ1株と脱酸素剤(オキシーターHK−100、上野製薬株式会社)1個を入れ、真空包装機(VM151HG、株式会社シンダイゴ)で真空包装した。このように処理したエノキタケをすぐに氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した(経過日数0)。同様に処理したエノキタケを20℃の恒温室に入れ、2日、4日、6日経過ごとにサンプリングし、凍結した。
試験区2:同じ透明袋に収穫直後のエノキタケを1株ずつ入れたものを用意し、開封したまますぐに凍結した(経過日数0)。同様に用意したエノキタケを開封したまま20℃の恒温室に入れ、2日、4日、6日経過ごとにサンプリングし、凍結した。
対照区1:同じ透明袋に収穫直後のエノキタケを1株ずつ入れたものを用意し、全て真空包装機(VM151HG、株式会社シンダイゴ)で真空包装した。包装後20℃の恒温室に入れ、6日経過後に取り出して凍結した。
対照区2:同じ透明袋に収穫直後のエノキタケ1株と脱酸素剤(オキシーターHK−100、上野製薬株式会社)1個を入れて密封したものを用意し、20℃の恒温室に入れて6日経過後に取り出して凍結した。
凍結した各エノキタケサンプルは実施例1の場合と同様に凍結粉砕、遊離アミノ酸の抽出、エタノール除去、定容、フィルター濾過、アミノ酸分析用サンプル溶液の調製及びアミノ酸分析を行った。図1に試験区1及び2のGABAの含有量とグルタミン酸(Glu)含有量の経時変化を示す。また、図2に試験区1、2の6日経過後、及び対照区1、2の6日経過後のGABA含有量を示す。
【0023】
図1に示されるように、脱酸素剤を入れて真空包装した試験区1では、最初の2日間で急激にGABA含有量が増加した。それ以降の4日間では増加率は低下したが、6日経過時点で含有量は160mg/100gを超過した。それに対して、グルタミン酸含有量は最初の2日間で急激に減少した。それ以降の4日間では、非常に低い含有量でほぼ一定の値を保持した。試験区2ではGABAの含有量の急激な増加は見られなかった。グルタミン酸含有量は最初の2日間で少し増加したが、それ以降の4日間では少しずつ減少した。しかしながら、全体的にグルタミン酸含有量は高い値を維持していた。この結果から、嫌気性状態はエノキタケのGABAを富化させるのに有効な条件であることが裏付けられた。また、試験区1の条件では、グルタミン酸は最初の2日以内でほぼ全てGABAに変換され、それ以降は新たにグルタミン酸が作られてGABAに変換されることが示唆された。
【0024】
図2に示されるように、対照区1、2ともにGABA含有量が大きく増加した。増加量は対照区1の方が多く試験区2の値に近い。この結果から、真空包装による脱気操作はGABA富化にとって非常に有効な方法であることがわかった。
【0025】
実施例3
収穫直後のエノキタケを気密性の高い透明袋(NY、230mm×300mm、有限会社いちのせ)に入れ、真空ポンプ(PD−102、ヤマト科学株式会社)で脱気した後、シーラー(VS−400N、アズワン株式会社)でシールして密封し直ちに氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した。同様に密封したエノキタケを40℃に設定した乾熱滅菌器(SH42、ヤマト科学株式会社)に入れ、2時間、4時間、6時間経過ごとにサンプリングして凍結した。また、同様に密封したエノキタケを30℃に設定した孵卵器(卓上型ふ卵器、栄研器材株式会社)に入れ、6時間経過後取り出して凍結した。さらに、同様に密封したエノキタケを50℃に設定したウォーターバス(BM400、ヤマト科学株式会社)に沈め、1時間及び2時間経過後にサンプリングして凍結した。各凍結サンプルは実施例1の場合と同様に凍結粉砕、遊離アミノ酸の抽出、エタノール除去、定容、フィルター濾過、アミノ酸分析用サンプル溶液の調製及びアミノ酸分析を行った。図3に40℃におけるGABAとグルタミン酸(Glu)の含有量の経時変化、図4に30℃、6時間経過、40℃、4時間経過と6時間経過、50℃、1時間経過と2時間経過のサンプルのGABAとグルタミン酸(Glu)の含有量を示す。
【0026】
図3に示されているように、40℃、6時間経過時点でGABA含有量は約56mg/100g、グルタミン酸含有量は約67mg/100gで、最初に含有していたグルタミン酸を半分程度しかGABAに変換できていない。また、図4に示されているように、GABA含有量は40℃、6時間経過が最も高く、30℃、6時間経過の値は40℃、4時間経過のそれとほぼ同等である。50℃の場合、キノコが煮えて変質してしまうため、2時間経過までのデータしか取る事はできなかった。40℃の場合も、キノコの鮮度保持の観点から見ると4時間の保温が限界であった。これらの結果から、エノキタケ中のグルタミン酸のGABAへの変換は40℃での保温が適当であるが変換速度はあまり速くはなく、6時間程度でGABA含有量を100mg/100g程度にまで高めるのは難しいことがわかった。
【0027】
実施例4
収穫直後のエノキタケを気密性の高い透明袋(NY、230mm×300mm、有限会社いちのせ)に入れ、真空ポンプ(PD−102、ヤマト科学株式会社)で脱気した後、シーラー(VS−400N、アズワン株式会社)でシールして密封し直ちに氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した。同様に密封したエノキタケを5℃に設定した冷蔵庫と10℃に設定した低温室に入れ、それぞれから2日、4日、6日経過ごとにサンプリングして凍結した。各凍結サンプルは実施例1の場合と同様に凍結粉砕、遊離アミノ酸の抽出、エタノール除去、定容、フィルター濾過、アミノ酸分析用サンプル溶液の調製及びアミノ酸分析を行った。図5にGABA及びグルタミン酸(Glu)含有量の経時変化を示す。
【0028】
図5に示されるように、5℃、10℃ともに4日経過時までGABA含有量が増加し、それに対応してグルタミン酸含有量が減少したが、6日経過時の含有量はGABA、グルタミン酸ともに4日経過時とほとんど変わらなかった。この結果と実施例1の結果を比較すると、キノコ内のグルタミン酸がGABAに変換する速さは、20℃保温の方が5℃或いは10℃保温に比べて2倍程度速い。しかも20℃保温で見られた2日から6日経過までのGABAの増加に相当する反応が5℃及び10℃保温ではほとんど見られなかった。このことは、キノコ内のグルタミン酸をGABAに変換し終わった後のグルタミン酸を供給するための反応が、10℃以下ではほとんど起こらないことを示唆している。
【0029】
実施例5
収穫直後のエノキタケ1株を容量1000mlのガラス製保存ビンに入れ、高純度窒素ガス(99.999%、陽光産業株式会社)を吹き込んで蓋をし、パラフィルム(PARAFILM“M”、PECHINEY PLASTIC PACKAGING)で蓋とビンの隙間を目張りして室温(22〜25℃)で保存した。4日経過後に取り出して氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した後、実施例1の場合と同様に凍結粉砕、遊離アミノ酸の抽出、エタノール除去、定容、フィルター濾過、アミノ酸分析用サンプル溶液の調製及びアミノ酸分析を行った。表2に、実施例2の試験区1(脱酸素剤入り真空包装処理)の2日及び4日経過後の場合と比較したGABA及びグルタミン酸の含有量を示す。
【0030】
【表2】

【0031】
表2に示されるように、4日間の窒素ガス封入処理は2日間の脱酸素剤入り真空包装処理と同等の効果を持つことがわかった。
【0032】
実施例6
収穫直後のエノキタケ2株を気密性の高い透明袋(NY、230mm×300mm、有限会社いちのせ)に入れ、開放したまま1日間室温(22〜25℃)に置いた後、一部をサンプリングして氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した(1日経過サンプル)。残りのエノキタケは袋に入れたまま真空ポンプ(PD−102、ヤマト科学株式会社)で脱気した後、シーラー(VS−400N、アズワン株式会社)でシールして室温(22〜25℃)で放置した。1日経過後、袋の一端を鋏で切って一部をサンプリングし凍結した(2日経過サンプル)。残りのエノキタケは、袋に入れたまま開放状態で室温(22〜25℃)で放置した。1日経過後、一部をサンプリングして凍結した(3日経過サンプル)。残りのエノキタケは袋に入れたまま真空ポンプ(PD−102、ヤマト科学株式会社)で脱気した後、シーラー(VS−400N、アズワン株式会社)でシールして室温(22〜25℃)で放置した。1日経過後、一部をサンプリングして凍結した(4日経過サンプル)。以上の凍結サンプルは、実施例1の場合と同様に凍結粉砕、遊離アミノ酸の抽出、エタノール除去、定容、フィルター濾過、アミノ酸分析用サンプル溶液の調製及びアミノ酸分析を行った。各サンプルのGABA及びグルタミン酸含有量を表3に示す。
【0033】
【表3】

【0034】
表3に示されるように、エノキタケのGABAとグルタミン酸の増減は酸素の多寡に依存し、しかも互いに相反することがわかる。2日経過サンプルと3日経過サンプルの結果を見ると、79.3mg/100gまで増加したGABAは1日間の好気条件下で11.9mg/100gまで減少することから、GABAを富化させたエノキタケは、その後速やかに加熱や凍結、乾燥等によって酵素の働きを抑制する必要があることがわかる。
【0035】
実施例7
収穫直後のエノキタケ4株と脱酸素剤(オキシーターHK−100、上野製薬株式会社)2個を気密性の高い透明袋(NY、280mm×380mm、有限会社いちのせ)に入れ、真空ポンプ(PD−102、ヤマト科学株式会社)で脱気した後、シーラー(VS−400N、アズワン株式会社)でシールして室温(22〜25℃)で4日間放置した(GABA富化エノキタケサンプル)。4日経過後、氷点下30℃の冷凍庫に入れて凍結し、200.17gを凍結したままミル(TM807、株式会社テスコム)で粉砕した。粉砕後室温で溶解してから遠心機(CN−1050、アズワン株式会社)で3000×g、10分間遠心し、エキス102mlを回収した。このエキスをロータリーエバポレーター(RE400、ヤマト科学株式会社)で減圧濃縮し、純水で20mlに合わせて5倍濃縮エキスとした。残りの凍結エノキタケは凍結乾燥機(DC800、ヤマト科学株式会社)で凍結乾燥した後、一部をミル(TM807、株式会社テスコム)で粉砕した。GABA富化エノキタケの凍結粉砕サンプル及び凍結乾燥粉末をそれぞれ10.0g取り、実施例1の場合と同様に遊離アミノ酸の抽出、エタノール除去、定容、フィルター濾過、アミノ酸分析用サンプル溶液の調製及びアミノ酸分析を行った。また、5倍濃縮エキスは1.0gを取って純水で10mlに定容し、一部をポアサイズ0.2μmのメンブランフィルター(ミニザルトRC15、ザルトリウス株式会社)で濾過した後、実施例1の場合と同様にアミノ酸分析用サンプル希釈液で適宜希釈してアミノ酸分析を行った。各サンプルのGABA及びグルタミン酸含有量を表4に示す。
【0036】
【表4】

【0037】
表4に示されるように、GABAを富化したエノキタケを加工することにより、高濃度のGABAを含む食品素材が製造できる。特に凍結乾燥粉末のGABA含有量は生のGABA富化エノキタケの約9.56で、非常に高い値であった。
【0038】
実施例8
市販のエリンギ、シイタケ、マッシュルームを購入し、ビニール袋に入れて開封したまま5℃の冷蔵庫に24時間保管した。その後、各キノコを数個取り出して包丁で5mm角程度の大きさに切り刻み、氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した(無処理サンプル)。残りのキノコ(2〜6個)は各々脱酸素剤(オキシーターHK−100、上野製薬株式会社)2個と共に気密性の高い透明袋(NY、280mm×380mm、有限会社いちのせ)に入れ、真空ポンプ(PD−102、ヤマト科学株式会社)で脱気した後、シーラー(VS−400N、アズワン株式会社)でシールして室温(22〜25℃)で4日間放置した。4日経過後取り出して包丁で5mm角程度の大きさに切り刻み、氷点下20℃の冷凍庫に入れて凍結した(GABA富化処理サンプル)。各凍結サンプルは、実施例1の場合と同様に凍結粉砕、遊離アミノ酸の抽出、エタノール除去、定容、フィルター濾過、アミノ酸分析用サンプル溶液の調製及びアミノ酸分析を行った。各サンプルのGABA及びグルタミン酸含有量を表5に示す。
【0039】
【表5】

【0040】
表5に示されるように、エノキタケと同様のGABA富化処理を行うことにより、エリンギ、シイタケ、マッシュルームでもGABA含有量が顕著に増加した。この結果により、全てのキノコ類において本発明のGABA富化処理が有効に作用することが示唆された。
【0041】
次に、本願発明に係る食品素材の用途例を示す。
(1)生鮮食品用エノキタケ
現在、エノキタケの大部分は生鮮食品として販売されているが、典型的な商品形態は1株ごとに透明の薄いビニール袋に入れたものである。袋の材質をより気密性の高いものに換え、エノキタケと共に脱酸素剤を入れて真空包装することにより、確実にGABAの富化されたエノキタケを販売することができる。
(2)カップ味噌汁の具
コンビニエンスストアー等で、水煮したナメコと調味味噌を組み合わせたカップ味噌汁が販売されている。ナメコの代わりにGABAを富化したエノキタケの水煮を用いることにより、GABA含有を謳ったカップ味噌汁が提供できる。GABA含有量90mg/100gのエノキタケ20gを具に用いれば、18mgのGABAを含む味噌汁となる。血圧降下作用を示すGABAの摂取量の下限値は10mg/日であるので、この味噌汁は同作用を十分期待できる。塩分濃度の高い食品は高血圧をもたらすことが懸念されているので、このような観点からもGABA富化エノキタケの使用は消費者に対する印象が良い。
(3)調味料、調味味噌、ドレッシング
例えば、実施例7で示されたような濃縮エキスや凍結乾燥粉末はさまざまな調味料、調味味噌、ドレッシング等に使用できる。上記特許文献9によれば、エノキタケの凍結粉砕抽出エキスは遊離アミノ酸含有量が非常に高く、5倍濃縮エキスであれば5g/100gを超える。従って、実施例7で示されたような濃縮エキスは、調味料として十分使用可能である。1食分に使用する調味料、調味味噌、ドレッシング等に濃縮エキスであれば2g以上、凍結乾燥粉末であれば1.1g以上含まれていれば、確実に10mg以上のGABAを摂取することができる。具体的には、味噌汁1杯に味噌10gを使用するとすれば、この味噌に濃縮エキスを2g或いは凍結乾燥粉末を1.1g混ぜれば良い。また、野菜サラダに使用する小袋入りドレッシングの量を30gとすれば、その中に濃縮エキスが2g或いは凍結乾燥粉末が1.1g含まれるように混合する。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】脱酸素剤を入れて真空包装したエノキタケ(試験区1)と無処理のエノキタケ(試験区2)の20℃保温におけるGABA及びグルタミン酸含有量の経時変化を示すグラフである。
【図2】脱酸素剤を入れて真空包装したエノキタケ(試験区1)と無処理のエノキタケ(試験区2)及び脱酸素剤を入れずに真空包装したエノキタケ(対照区1)と脱酸素剤を入れて真空にせずに封入したエノキタケの20℃、6日経過後のGABA含有量を示すグラフである。
【図3】エノキタケを真空包装し、40℃で保温したときのGABA及びグルタミン酸含有量の経時変化を示すグラフである。
【図4】エノキタケを真空包装し、30℃、40℃、50℃で保温したときのGABA及びグルタミン酸含有量を比較したグラフである。
【図5】エノキタケを真空包装し、5℃、及び10℃で保温したときのGABA及びグルタミン酸含有量の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生のキノコの子実体を嫌気性条件下に置き、キノコに含まれるグルタミン酸の一部をγ−アミノ酪酸に変換することを特徴とするγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
【請求項2】
嫌気性条件が真空状態下である請求項1に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
【請求項3】
嫌気性条件が無酸素ガス雰囲気下である請求項1に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
【請求項4】
嫌気性条件が脱酸素剤入り密閉容器内である請求項1〜3に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
【請求項5】
嫌気性条件下に置くときの温度が0〜50℃、好ましくは5〜30℃である請求項1〜4に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
【請求項6】
嫌気性条件下に置く期間が0〜10日間、好ましくは2〜6日間である請求項1〜5に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
【請求項7】
キノコがエノキタケ(Flammulina velutipes)である請求項1〜請求項6に記載のγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコの製造方法。
【請求項8】
請求項1〜請求項7の製造方法により得られるγ−アミノ酪酸を多量に含むキノコ。
【請求項9】
請求項1〜請求項8により得られるキノコに対し、必要に応じて加熱、凍結、乾燥、粉砕、抽出、濃縮等の食品加工手段を適用して得られるγ−アミノ酪酸を多量に含む食品素材
【請求項10】
請求項1〜請求項9に記載するキノコ、又は食品素材を添加したγ−アミノ酪酸を強化した食品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−39082(P2009−39082A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−210623(P2007−210623)
【出願日】平成19年8月13日(2007.8.13)
【出願人】(503353025)株式会社アセラ (10)
【出願人】(500149522)中野市農業協同組合 (13)
【出願人】(591062146)社団法人長野県農村工業研究所 (12)
【Fターム(参考)】