がん治療用の遊走阻害剤
【課題】重粒子線をはじめとする放射線の照射によるがん治療などにおいて、腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することのできる遊走阻害の手段を提供する。
【解決手段】本発明のがん治療用の遊走阻害剤は、細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分とすることを特徴とする。
【解決手段】本発明のがん治療用の遊走阻害剤は、細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分とすることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線等を用いてのがん治療における腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害する遊走阻害剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、がん治療を目的として臨床の現場で放射線の照射が行われてきており、近年では、X線だけでなくα線(陽子線)、炭素線、ネオン線など、多様な重粒子線の照射の有効性が注目されてきている。
【0003】
ただ、放射線治療についての臨床的な検討が進むにつれて、改めてその有効性をより確実なものとし、また、より高めるための方策が求められてきている。実際、本発明者によって行われた実験的検討によれば、X線や多種類の重粒子線(炭素線、ネオン線、アルゴン線)を用いて腫瘍細胞に対して照射を行うと、放射線の照射が、逆に、腫瘍細胞の遊走性を亢進させるという現象が確認されてもいるからである。
【0004】
また、これまでにも、臨床においては、難治性のがんはX線抵抗性であることが知られている。たとえば、文献的に低線量の放射線(X線で1〜3Gy)がラットの腫瘍細胞の遊走と浸潤を亢進することが知られている(非特許文献1)。
【0005】
また、マウスLM8osteosarcoma細胞では、X線を照射した細胞では腹腔内接種した腫瘍細胞の肺転移が促進されるとともに、重粒子線の一種である炭素線を照射した細胞では肺転移が減じると報告されている(非特許文献2)。
【0006】
しかしながら、ヒトのがん細胞においてX線や複数の重粒子線が細胞の走行性にどのような生物学的効果をもたらすか詳細に解析した報告は見当らないのが実情である。本発明者の確認したところでは、従来よりX線抵抗性とされている難治性の神経膠芽腫細胞にX線と多種類の重粒子線(炭素線、ネオン線、アルゴン線)を低線量および高線量(10Gy)照射しても、細胞の遊走性が返って亢進することを、腫瘍細胞の走行性を解析する複数の実験系を用いて見出しているが、特に照射後3日まではX線10Gy照射により通常の2倍、重粒子線(炭素線、ネオン線、アルゴン線ともに10Gy)照射では3倍の速度で腫瘍細胞の遊走性が促進される現象が見られる。また、照射後の長期解析では高線量(10Gy)の重粒子線照射後10日目においても遊走する紡錘型腫瘍細胞を確認できる。
【0007】
このことは、照射野内に存在する細胞が照射野外に移動しそこで腫瘍形成する可能性を示唆している。してみると、高い生物学的効果を持つとされる重粒子線を用いても単独では腫瘍細胞の根治は難しく、逆に髄腔内播種や浸潤性増殖を促進する可能性がある。このことは大きな問題であって、21世紀のがん治療を担うと期待される重粒子線がその高い生物学的効果から逆に腫瘍を強力に照射外に追い立て、その結果、治療を行うと返って播種や転移が従来のX線治療よりも出現し易くなることになる。このため、放射線治療における放射線増感や遊走阻害を可能とする方策が強く求められている。
【0008】
従来、がんの治療や研究はもっぱら細胞増殖を抑制すると言う観点から推進されてきており、抗がん剤や放射線は現在でもがん治療の主要な治療手段であり、DNAに障害をもたらし細胞増殖を抑制するという観点からの研究開発がなされてきている。このような従来の観点では、放射線治療に反応せず照射野外に浸潤あるいは転移した腫瘍に関しては放射線抵抗性細胞として片付けられてきている。たとえば、悪性脳腫瘍の代表であるグリオーマにしても、放射線抵抗性である理由としてDNA合成を活発に行う細胞と遊走する細胞とは別物であるという、Go(遊走)or Grow(増殖)hypothesisまたはproliferation(増殖)とmigration(遊走)のDichotomy(二元論)が主張されている(非特許文献3−4)。すなわち、神経膠芽腫細胞のうちの分裂し増殖している細胞は放射線感受性が比較的高く、一方、遊走している細胞は別物で放射線抵抗性でありアポトーシスに陥りづらいので照射野外に浸潤し増殖すると考えられている。
【0009】
しかし、これは現状での認識の限界を示しているにすぎないと言える。放射線照射に伴う「遊走」による転移、浸潤の機序や、これを抑止し阻害するための方策の手掛かりが解明されていないからである。
【0010】
一方、本発明者は、グリオーマ細胞において細胞質の分裂増殖と細胞の移動(遊走)が関連した一連の現象であることを見出している。より具体的には、神経膠芽腫細胞にグルタミン酸受容体のうちのカルシウム透過性AMPA受容体が発現し、このチャンネルを介した緩徐な細胞内カルシウム濃度の上昇が腫瘍細胞の増殖と遊走を促進することを見出している(非特許文献5)。
【0011】
そして本発明者は、AMPA受容体についての検討を進め、その拮抗薬が腫瘍細胞の増殖を抑制し神経膠芽腫治療剤となり得ることを、ヌードマウスを用いたin vivoの実験系で証明し、AMPA受容体拮抗薬を「神経膠芽腫治療剤」として提案(特許文献1)している。
【0012】
また本発明者は、神経膠芽腫細胞に発現するカルシウム透過性AMPA受容体チャネルを不透過性に変換するGluR2 DNAが神経膠芽腫細胞の浸潤と増殖を抑制することを見出し、GluR2 DNAを組み込んだアデノウイルスベクターが神経膠芽腫の遺伝子治療剤として有用であることを提案している(特許文献2)。
【非特許文献1】Cancer Res. 65, 113-120, 2005
【非特許文献2】Cancer Res. 61, 2744-2750, 2001
【非特許文献3】J. Clin. Oncol. 21, 1624-1636, 2003.
【非特許文献4】Int. J. Cancer 67, 275-282, 1996
【非特許文献5】Nature Med. 8, 971-978, 2002
【特許文献1】国際公開WO2003/082332号パンフレット
【特許文献2】特開2004−67627号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者は、このようなAMPA受容体についての検討を進めるとともに、前記のとおり、グリオーマ細胞において細胞質の分裂と細胞の移動(遊走)が関連した一連の現象であって、実際に、タイムプラス顕微鏡による解析から、腫瘍細胞は通常は増殖(分裂)しながら遊走することを見出したことから、逆に、細胞質分裂を抑制すると細胞移動(遊走)が抑制されるのではないかとの極めて重要な知見を得た。そこで実際に、放射線照射にAMPA受容体拮抗薬を用いると効率的に細胞質分裂を抑制し、同時に細胞遊走が停止されることを確認した。
【0014】
たとえば、放射線の照射前にAMPA受容体拮抗薬を1時間投与すると細胞増殖と遊走性が照射単独療法に比較して顕著に抑制される。一方、AMPA受容体拮抗薬単独の1時間投与では細胞増殖と遊走性に変化はない。これらの所見はAMPA受容体拮抗薬が放射線増感剤としての機能と放射線治療による腫瘍細胞の遊走能亢進を抑制する作用を保持していることを示唆していると言える。このようなことは、従来の知識、そして発明者自身のこれまでの発表知見からは全く予期、予見できなかったことである。
【0015】
本発明は、上記のとおりの背景からなされたものであって、21世紀の医療として期待されている重粒子線をはじめとする放射線の照射によるがん治療において、放射線照射にともなう腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することのできる、放射線増感性の遊走阻害の手段を提供することを課題としている。
【0016】
さらには、本発明は、薬剤等によるがん治療一般においても腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することのできる遊走阻害の手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するものとして以下遊走阻害剤を提供する。
【0018】
第1:細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とする放射線がん治療用の放射線増感性遊走阻害剤。
【0019】
第2:細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とするがん治療用の遊走阻害剤。
【0020】
第3:細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物がAMPA受容体拮抗性化合物であることを特徴とする上記いずれかの遊走阻害剤。
【0021】
第4:AMPA受容体拮抗性化合物が、2,3−ジヒドロ−6−ニトロ−7−スルファモイルベンゾ(F)−キノキサリンまたはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【0022】
第5:AMPA受容体拮抗性化合物が、1−(4−アミノフェニル)−4−メチル−7,8−メチレンジオキシ−5H−2,3−ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【0023】
第6:AMPA受容体拮抗性化合物が、7−アセチル−5−(4−アミノフェニル)−8(R)−メチル−8,9−ジヒドロ−7H−1,3−ジオキソロ[4,5−h][2,3]ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【0024】
第7:AMPA受容体拮抗性化合物が、7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル酢酸またはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、重粒子線をはじめとする放射線の照射によるがん治療において、放射線照射にともなう腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することのできる、放射線増感性の遊走阻害剤が提供され、さらには、薬剤等によるがん治療一般においても腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することも可能となる。
【0026】
また、AMPA受容体拮抗性化合物を有効成分として含有する本発明の遊走阻害剤は、全身がんの治療後に起こる他臓器転移の阻害剤、および脳転移阻害剤としても作用することができる。悪性黒色腫、前立腺がん、乳がん、肺がん(小細胞癌、非小細胞癌を含む)、胃がん、大腸がん、卵巣がん、子宮頸がん、子宮体がん、腎臓癌などにおいて、手術、放射線、化学療法や分子標的療法、抗体療法などが施行された後、これらの治療がかえってがん細胞の遊走を促進し、脳を含むほかの臓器への転移が起こることは臨床的に十分認知されていない。とりわけ悪性黒色腫、乳がん、肺がん、消化器がんにおいては脳転移の頻度が高く、転移阻害剤による治療が重要と考えられるが、現状では脳転移後に手術や放射線治療を行っているに過ぎない。これらの腫瘍はグルタミン酸を産生する能力を保持し、また細胞膜にはAMPA受容体が発現しており、glutamata-AMPA受容体を介する系が関与しており、特に原発巣の放射線治療時に本発明の遊走阻害剤を併用するのは転移阻害の観点からも好ましい。また、原発巣の手術前後あるいは抗がん剤治療に併用するようにしてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明は、上記のとおりの特徴を有するものである。以下にその実施の形態について説明する。
【0028】
12C、20Ne、40Arイオンビーム等の高線エネルギー付与(LET)荷電粒子線は、低LET X線と比べて相対的に高い生物学的活性を持つ。従ってグリア芽腫細胞などの最も未分化であり侵襲的であるヒト癌は従来のX線療法に通常は抵抗性を有することから、それらの癌の治療に対して高LET放射線療法という新手法が有望である。さらに高LET荷電粒子線はBraggピークが鋭いために空間分布が一層正確になり、定位がよく定まることから、周辺の生体構造に及ぼす有害作用を最小限にしながら病変部の治療を行うことが可能となる。マイクロビーム照射は個々の培養細胞の限定した部位に照射を行うことが可能な新しいアプローチであり、サイクロトロンから生じた重イオンマイクロビームを、5〜250μmの範囲の各種コリメータを介して標的細胞への特定の部位に正確に照射が可能である。
【0029】
12Cイオンビーム、20Neイオンビーム、40Arイオンビームなどの高線エネルギー付与(LET)荷電粒子線は、X線抵抗性癌の治療に用いる新しい療法となる可能性を有しているが、本発明では、腫瘍の放射線反応性が、腫瘍細胞増殖性と移動性の両者に対する放射線感受性により決定されることが確認されている。高LET放射線はヒトグリア芽腫細胞株であるCGNH−89に対して顕著な細胞毒性作用を示す。12C、20Neならびに40ArイオンビームのX線に対する相対的な生物学的作用を、D10、すなわちクローン化可能細胞の10%生存率を示す線量としてそれぞれ計算したところ、3.4、4.5ならびに6.2Gyになった。一方、複数の遊走性を評価するバイオアセー系による実験からは、高LETならびに低LET放射線の単回大量10Gy線量により腫瘍細胞の移動性が促進される。2,3-dihydroxy-6-nitro-7-sulfamoyl-benzo(F)-quinoxaline (NBQX)、または1-(4-aminophenyl)-4-methyl-7,8-methylenedioxy-5H-2,3-benzodiazepine (GYKI−52466)は、α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionate (AMPA)受容体拮抗剤であるが、これらの物質に対する1時間曝露後に放射線に曝露した細胞では、細胞増殖と細胞運動の阻害が顕著に促進されることが示された。これらの結果から、新しい放射線療法は細胞移動阻害剤の投与と組み合わせるべきであることが確認されている。
【0030】
本発明においては、遊走阻害剤は、以上のような放射線がん治療用の放射線増感性遊走阻害剤が提供されるとともに、薬剤等による他のがん治療用の遊走阻害剤としても提供される。本発明におけるこのような遊走阻害剤は、細胞分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分としている。ここでの有効成分は、特に限定されないが、その代表例としてはAMPA受容体拮抗性化合物が挙げられる。
【0031】
このAMPA受容体拮抗性化合物は、前記のとおり本発明者がすでに提案しているものであるが(特許文献1、特許文献2)、たとえば、特許文献2に示したように、AMPA受容体のリガンド結合部位に競合的または非競合的に結合し、AMPA受容体とグルタミン酸との結合を阻害する作用を有する化合物、あるいはAMPA受容体の結合部位に直接結合しないが、AMPA受容体のアロステリック調節部位に結合し、グルタミン酸による神経伝達を遮断する作用を有する化合物が含まれる。
【0032】
AMPA受容体拮抗性化合物としては、2,3−ヒドロキシ−6−ニトロ−7−スルファモイル−ベンゾ(F)−キノキサリン(NBQX)や国際公開WO96/10023号パンフレットに開示されたAMPA受容体拮抗剤である〔7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル〕酢酸(ゾナンパネル)またはその塩、あるいは2−〔N−(4−クロロフェニル)−N−メチルアミノ〕−4H−ピリド〔3,2−e〕−1,3−チアジン−4−オン、1−(4−アミノフェニル)−4−メチル−7,8−メチレンジオキシ−5H−2,3−ベンゾジアゼピン、7−アセチル−5−(4−アミノフェニル)−8(R)−メチル−8,9−ジヒドロ−7H−1,3−ジオキソロ[4,5−h][2,3]ベンゾジアゼピン(タランパネル:Talampanel)、7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル酢酸(ゾナンパネル)またはこれらの塩が好ましい。
【0033】
上記に例示した化合物における製薬学的に許容される塩として、具体的には、例えば塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、炭酸、ピクリン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、グルタミン酸等の有機酸との酸付加塩などが挙げられる。
【0034】
塩基との塩としてはナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム等の無機塩基、メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン等の有機塩基又はリジン、アルギニン、オルニチン等の塩基性アミノ酸との塩やアンモニウム塩が挙げられる。さらに、水和物、エタノール等との溶媒和物や結晶多形を形成することができる。
【0035】
AMPA受容体拮抗性化合物をはじめとする、本発明に用いられる細胞分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物は、公知文献に記載された合成方法を参照し、あるいは通常の合成法を用いることにより製造することができ、また、これらの化合物の製造、販売、開発会社等から入手することもできる。
【0036】
本発明において用いられる、細胞分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物の他の具体例としては、次のものを挙げることができる。Survivinはapoptosisを抑制し、INCENP, Aurora B, Borealin/Dasra Bなどの他のchromosomal passenger complexと直接結合して細胞分裂を制御する。Survivinは細胞分裂期のregulatorであるがゆえに創薬の魅力ある対象となっている(Current Opinion in Cell Biology 18; 1-7,2006)。
【0037】
また、SPC3042 (Santaris Pharma, Horsholm, Denmark), YM155 (Astellas Pharma, Tokyo, Japan), LY21818308 (Isis/Eli Lilly, Carlsbad, CA)などの薬剤はSurvivin産生を制御することにより癌治療薬となり得る。CDK1阻害剤、Aurora B阻害剤も分裂期のSurvivin発現に関連し臨床治験が開始されている(Trens Cell Biol 11, 49-54, 2001)。
【0038】
VX-680 (cyclopropane carboxylic acid{4-[4-(4-metyl-piperazin-1-yl)-6-(5-methyl-2H-pyrazol-3-ylamino)-pyrimidin-2-ylsulphanyl]-phenyl}-amideもAurora kinaseの阻害薬であり(Nature Medicine 10, 262-267, 2004)、遊走阻害薬として有用である。
【0039】
本発明に係る、AMPA受容体拮抗性化合物の1種または2種以上を有効成分として含有する遊走阻害剤の製剤は、通常製剤化に用いられる担体や賦形剤、その他の添加剤を用いて調製される。製剤用の担体や賦形剤としては、固体または液体のいずれであってもよく、たとえば、乳糖、ステアリン酸マグネシウム、スターチ、タルク、ゼラチン、寒天、ペクチン、アラビアゴム、オリーブ油、ゴマ油、カカオバター、エチレングリコール、その他常用のものが挙げられる。
【0040】
投与は、錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤などによる経口投与、あるいは静注、筋注などの注射剤、坐剤、経皮などによる非経口投与のいずれの形態であってもよい。
【0041】
放射線がん治療においては、とくに分割照射では細胞の遊走性が単回照射以上に加速されるので、照射治療前後に遊走阻害剤をもちいることが肝要である。たとえば、AMPA受容体拮抗薬の使用方法は分割照射の場合は連日照射直前に内服または注射を行い、単回照射の場合は照射直前および照射後も最低2週間は連日投与することが好ましい。特に重粒子線照射を病巣部に限局して照射する場合は激しく腫瘍細胞が遊走することを考慮し十分な照射前後のAMPA受容体拮抗薬の投与が必要である。
【0042】
また、X線と重粒子線照射を併用する場合は、従来技術により安全な線量が開示されているX線をAMPA受容体拮抗薬と併用して腫瘍塊中心部と浸潤領域を含む範囲に比較的広く分割照射したのち、重粒子線照射はX線照射後に腫瘍塊中心部に限局してやはりAMPA受容体拮抗薬と併用して照射を行い、照射後も2週間以上投与するのが効果的である。
【0043】
高線量の重粒子線は脳壊死を引き起こし、また低線量でも広範囲に重粒子線照射を行うと顕著な脳萎縮、水頭症の発現など重篤な副作用が出現する可能性があるため、安全性が確立されているX線照射をまず広範囲に行った後に、腫瘍塊限局重粒子線照射を行うのが安全性が高く効果的な治療法であると考えられる。
【0044】
この際AMPA受容体拮抗薬との併用が必要で、照射単独では従来技術の成果しか望めず、したがって照射野内における局所再発や髄空内播種、および浸潤性増殖が起こり得る。重粒子線照射装置は限られた施設のみで使用可能であるが、従来のX線照射装置を用いても1回線量を3.6Gy(1.8Gyを1日2回)程度に上昇しAMPA受容体拮抗薬を併用すると炭素線3.6Gy相当の抗腫瘍効果が期待できる。さらに安全性を高めるためには、放射線治療後数ヶ月から数十ヶ月(平均で30数ヶ月)に起こる照射壊死のリスクを予防するために、放射線治療終了後、3ヶ月を経た後に、高圧酸素療法を1日1回、少なくとも10回以上施行するのがよい。
サイバーナイフなど比較的高線量・分割照射可能な装置を用いてAMPA受容体拮抗薬の併用を行うとさらに治療効果が上がる。具体的には、サイバーナイフ装置にて1回線量5Gyで6〜8分割にて照射しAMPA受容体拮抗薬と併用して行い、さらに照射後も2週間AMPA受容体拮抗薬を投与する。また、比較的病変が広範で浸潤領域が広い場合には、通常のX線照射を浸潤部位を含む領域に広範囲に40Gy(2Gy/日×20回)照射し、その後サイバーナイフ装置を用いて腫瘍塊に限局して20Gy(5Gy/回×4)照射を行う。この際も、照射単独では照射による腫瘍細胞の遊走と浸潤性の亢進を引き起こすので、照射直前より照射後2週間は連日AMPA受容体拮抗薬を併用するのがよい。抗てんかん薬として既に上市されているトピラメート(商品名トピナ)は、カルシウム透過性AMPA受容体の抑制効果があるため、AMPA拮抗薬と同様に使用できる。
【0045】
もちろん、放射線を用いることなく、他の抗腫瘍剤または増殖阻害剤による治療への併用も有効である。現在までに多数の抗腫瘍剤が市販され或いは開発中にあるが、例えば、構成物質型薬剤、アルキル化剤、抗代謝剤、免疫学的薬剤、分子標的剤、インターフェロン型薬剤などの抗腫瘍剤を併用することが考慮される。
【0046】
抗腫瘍剤の具体例としては、インターフェロンベータ(免疫強化薬インターフェロン)、塩酸ニムスチン(アルキル化薬)、ラニムスチン(アルキル化薬)、エトポシド(アルカロイド)、カルボプラスチン、シスプラチン(白金製剤)、ハイドレア(代謝拮抗剤)、グリベック(分子標的剤)、テモゾロマイド(temozolomid;アルキル化剤)などが挙げられる。
【0047】
本発明の遊走阻害剤の投与量は、症状、投与対象の年齢、性別などを考慮して、個々の場合に応じて適宜に決定されるが、通常成人1日当たり100〜2000mg、好ましくは1日当たり900mg程度である。成人1日当たり100〜2000mgを、1回で、あるいは2〜4回に分けて投与してもよい。静脈内投与や、持続的静脈内投与の場合には、一日当たり1〜24時間で投与してもよい。投与量は、有効成分の種類や遊走阻害剤の形態などに応じて決められるが、有効である場合には上記の範囲よりも少ない投与量を用いることもできる。
【0048】
本発明の遊走阻害剤は、主に非経口投与、具体的には、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、経皮投与、髄腔内投与、硬膜外、関節内、および局所投与、あるいは可能であれば経口投与など、種々の投与形態で投与可能である。
【0049】
非経口投与のための注射剤としては、無菌の水性または非水性の溶液剤、懸濁剤、乳濁剤などが挙げられる。水性の溶液剤、懸濁剤としては、例えば注射用蒸留水および生理食塩水などが挙げられる。非水溶性の溶液剤、懸濁剤としては、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、オリーブ油等の植物油、エタノール等のアルコール類、ポリソルベート80(商品名)などが挙げられる。
【0050】
非経口投与のための組成物はさらに、防腐剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤(例えば、ラクトース)、溶解補助剤(例えば、メグルミン酸)などの補助剤を含んでいてもよい。これらは、例えばバクテリア保留フィルターを通す濾過、殺菌剤の配合、または光照射によって無菌化される。また、非経口投与のための組成物は、無菌の固体組成物を製造しておき使用前に無菌水または無菌の注射用溶媒に溶解して調製することもできる。
【0051】
本発明の遊走阻害剤を経口投与のための固体組成物とする場合、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤などの形態とすることができる。このような固体組成物は、例えば、乳糖、マンニトール、ブドウ糖、ヒドロキシプロピルセルロース、微結晶セルロース、デンプン、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸、アルミン酸マグネシウムなどの不活性な希釈剤を、有効成分としての活性物質と混合して調製することができる。
【0052】
固体組成物には、常法に従って、不活性な希釈剤以外の添加剤、例えばステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤、繊維素グリコール酸カルシウム等の崩壊剤、ラクトース等の安定化剤、グルタミン酸およびアスパラギン酸等の溶解補助剤などを配合することができる。錠剤や丸剤には、必要に応じて、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート等の糖衣、あるいは、胃溶性または腸溶性物質のフィルムを被膜してもよい。
【0053】
本発明の遊走阻害剤を経口投与のための液体組成物とする場合、薬理上許容される乳濁剤、懸濁剤、シロップ剤、エリキシル剤等を含み、一般的に用いられる不活性な希釈剤、例えば精製水、エタノールを含む。この組成物は不活性な希釈剤以外に湿潤剤、懸濁剤のような補助剤、甘味剤、風味剤、芳香剤、防腐剤を含有してもよい。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0055】
以下の実施例では、従来の広域ビーム照射(Hamada, N. et al. Radiat. Res, 166, 24-30(2006))と、12Cイオン(220 MeV)、20Neイオン(260 MeV)、40Arイオン(460 MeV)ビームによるマイクロビーム照射(表1)を用いた高ならびに低LET放射線がin vitroでヒトグリア芽腫細胞株に及ぼす影響について、特に細胞増殖に対する細胞毒性作用と細胞遊走に対する抑制効果に関して説明する。
【0056】
【表1】
【0057】
<実施例1>
以下の実施例においては次の方法手段が採用されている。
1)外科標本と細胞培養
今回の研究で調べた外科標本は、世界保健機関の分類に従って組織学的に多形性グリア芽腫細胞であることが同定された。細胞培養は既報に従い調製した。CGNH−89の亜系統であるCGNH−PMも使用した。細胞培養は10%ウシ胎児血清と2mMグルタミンを添加したイーグル最少必須培地(Life Technologies, Rockville, MD)中で行った。
2)コロニー形成アッセイ
細胞は照射後2日目の時点で三つ組の60mm直径のプラスチック皿の上に、皿ごとに蒔いた。インキュベーションを10〜12日行った後、コロニーは10%ホルマリンで固定し、H.E.で染色した。細胞数が50個を越えるコロニーを生存コロニーとして記録した。
3)X線照射
細胞に対する放射線照射は、140kV、4.5mAで運転するMBR−1505R X線装置(日立製)に0.5mm Al濾過を用い、焦点源距離30cm、1.11Gy/分の条件で既報(Akimoto, T. et al. Int. J. Radiat. Oncol. Bial. Phys. 50, 195-201(2001))に従って実施した。
4)重イオンビーム源と放射線照射
日本原子力開発機構の高崎量子応用研究所内イオン照射研究施設に設置されたAVFサイクロトロンをイオンビーム源に用いた。プロトンビームの照射システムと生物物理学的特性については他に詳述されている。照射直前に培地を除去し、イオンが細胞と試料ホルダ底部の両方を通過するようにした。照射途中、細胞に厚さ8μmのポリイミドフィルム(Kapton; DuPont-Toray Co., Ltd.)をかぶせ、細胞が照射途中に湿環境に維持されるようにした。イオンコリメータと照射コントロールシステムの詳細は既に発表されている(Kobayashi, Y. et al. Biol. Sci. Space 18, 235-240(2004): Funayama, T. et al. Radiat. Res. 163, 241-246(2005)他)。イオン飛跡の可視化は、エタノールと水酸化カリウムを含有するアルカリ−エタノール溶液を用いて、37℃で15分間にわたり行った。
5)免疫蛍光法
間接蛍光抗体染色は既報に従い実施した(Ishiuchi,S. et al. Nat. Med. 8:971-978 (2002))。Phospho-Akt(Ser-473; Cell Signaling Technology)とビメンチン(V9; Dako)に対する選択的抗体を、1:100の希釈条件で用いた。二重免疫蛍光法には、フルオレセインイソチオシアネートならびにローダミン結合二次抗体(Molecular Probes, Inc.)を用いて結合抗体を可視化した。染色細胞はレーザー走査共焦点顕微鏡(Pascal LSM5; Carl Zeiss)を用いて検査した。デオキシリボ核酸対比染色はDAPIを用いて実施した。
6)遊走アッセイ
細胞増殖アッセイは抗−Ki−67モノクローナル抗体(Dako)染色指標を用いて行ったタ)(Khine, M. M. et al. Lab. Invest. 70, 125-129(1994))。転移アッセイはトランスウェルチェンバー(孔径8μm)(Corning Corstar Corp., Cambridge, MA)中で実施した。細胞はトップチェンバー中に5×104/ウェルの密度で蒔いた。プレーティングの6時間後、細胞に放射線照射を行った。20×対物レンズを用いた顕微鏡を用いて、照射後48時間の時点において多孔膜を通り転移した細胞数を計数した。他の転移アッセイでは、一端をシリコングリスでコーティングしたガラス製クローニングシリンダ(直径7mm)を培養皿の中央に配置した。このシリンダ内に5×104個の細胞を蒔いた。このプレーティング後24時間の時点で、細胞に放射線照射を行い、このクローニング環を除去した。細胞をさらに48時間にわたり培養した。続いてこのクローニング環の境界を越えた細胞数を計数した。
7)コマ撮り動画撮影
培養物を37℃、5% CO2条件下で維持し、上下を逆にした位相差顕微鏡(DM-IRE2; Leica)にマウントしたCCDカメラ(DG350F; Leica)を用いて、3分ごとに画像撮影を行った。画像分析はQFluoro ver. 1.2.0ソフトウェア(Leica)を用いて行った。
8)データ分析
データは平均±標準誤差で示している。統計比較は対応のないt検定、または一元配置分散分析(事後分析のためにはSchaffeの試験)を用いて実施した。
<1> X線ならびに粒子放射線による細胞毒性作用
最初にコロニー形成アッセイ(Akimoto,T.et al. Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys. 50, 195-201(2001))を用いて、高LET12C、20Ne、40Arイオンビーム照射がヒトグリア芽腫細胞株のCGNH−89に及ぼす細胞毒性作用を、X線照射による場合と比較した。X線、12Cイオンビーム、20Neイオンビーム、40Arイオンビームによる広域照射に曝された細胞の生存率を図1aに示す。物理的に等価な12Cイオンビーム線量は、X線の場合と比べて生存率低下に効果を示した。40Arイオンビームが最も大きな有効性を示した。12Cイオンビーム、20Neイオンビームならびに40Arイオンビームについて、X線と比較した相対的な生物学的作用をそれぞれD10、すなわちクローン化可能細胞の10%生存率を示す線量として計算したところ、3.4、4.5ならびに6.2Gyになった。
<2> α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionate(AMPA)受容体拮抗剤の作用
本発明者ら最近の報告によれば、グリア芽腫細胞はCa2+透過性AMPAを発現しており(Ishiuchi, S. et al. Nat, Med. 8, 971-978(2002))、その後、AMPAの媒介するCa2+シグナル伝達はSer473部位におけるAkt活性化を介してグリオーマ細胞の移動性と増殖を調節していることが確認されている(Ishiuchi, S. et al. J. Neurosci.27, 7987-8001(2007))。これらの受容体に対する拮抗剤である2,3-dihydroxy-6-nitro-7-sulfamoyl-benzo(F)-quinoxaline (NBQX)、または1-(4-aminophenyl)-4-methyl-7,8-methylenedioxy-5H-2,3-benzodiazepine (GYKI−52466) は、Ser473部位においてAktを脱リン酸化してその結果として細胞の移動性と増殖を阻害する。従ってここでは、AMPA受容体拮抗剤と電離放射線を併用することによってグリア芽腫細胞の増殖や移動性に相乗的な阻害作用が生じるかどうかという問題について、細胞をAMPA拮抗薬に曝露して1時間後に照射を行い、照射後すぐに細胞を除去するという方法により検討した。
【0058】
すると、100μM NBQXまたはGYKI−52466に1時間曝露しても、コロニー形成アッセイでは細胞に有意な作用が生じないことが分かった(n=3)。だが興味深いことに100μM NBQXをX線照射と組み合わせた場合、5Gy条件での生存率は0.85±0.04%から0.09±0.004%に減少した(n=3; P<0.001)。従って100μM NBQXを用いた併用療法は、X線照射単独の場合と比較して生存細胞分画を有意に減少させた(図1b)。
【0059】
手術摘出腫瘍より作製した初代培養細胞に対しても似たような作用が観察され、100μM NBQX(n=3; P<0.001)に対する曝露により、5Gy条件での生存率は0.90±0.10%から0.02±0.004%まで減少した(図1c)。
<3> 照射された細胞に対する形態学的分析
X線ならびに重イオンビームを照射した細胞をヘマトキシリン-エオシン(H.E.)染色し、照射10日後に形態学的分析を行った(図2)。細胞は徐々に平坦化し、特に5Gy X線照射後に顕著であった(図2a)。
【0060】
1Gy炭素ビーム照射後には、細胞質の平坦化と巨大化と共に、異常多核細胞(図2b)ならびに細胞骨格の崩壊が示された。3Gy炭素ビーム照射後には、核周囲領域における細胞質の空胞化(図2b)が顕著であった。5Gy炭素ビーム照射後には、好酸性顆粒体の沈着も観察された(図2b)。1Gyネオンビーム照射(図2c)と0.5Gyアルゴンビーム照射(図2d)によっても同様な細胞毒性作用が生じた。
【0061】
Mitotracker(Molecular Probes, Inc.)を用いた活性染色(図3)により、炭素ビーム処置された細胞には異常空胞化ミトコンドリアが検出されたが、被照射対照細胞ではミトコンドリアが縦の束となる健常なパターンが示された(図3a)。Mitotrackerとヨウ化プロピジウム(PI)を用いた二重染色では、前者が生存細胞と死細胞を染色し、後者は死細胞を染色するものであるが、これによって低ならびに高LET照射細胞における照射後6日から10日目における生存細胞ならびに死細胞の細胞数が計算された。
【0062】
1、3ならびに5Gy炭素ビーム照射後6日目と10日目の時点では生存細胞の有意な減少が明らかとなり、5Gy炭素ビーム照射後6日目の時点では死細胞数が有意に増加した(n=3; P<0.05)(図3f、g)。
【0063】
1、3ならびに5Gy炭素ビーム照射後10日目の時点では生存細胞の有意な減少が明らかとなり、3ならびに5Gy炭素ビーム照射後10日目の時点では死細胞数がそれぞれ有意に増加した(n=3; P<0.01)(図3h、i)。
【0064】
3Gy X線照射を100μM GYKI−52466処置と組み合わせた場合には、3GyX線照射だけの場合と比較して照射後6日目の時点における細胞毒性が有意に強化された(n=3; p<0.001)(図3j)。100μM GYKI−52466処置を併用した5Gy X線照射後6日目ならびに10日目の時点では、5Gy X線照射単独の場合の照射後6日目ならびに10日目の時点と比較して、死細胞数は両日ともそれぞれ有意に増加した(n=3; P<0.001)(図3k、l、m)。
<4> 照射後初期の遊走速度
グリア芽腫細胞は非常に遊走性の高い挙動により有名であり、この傾向は凝集塊によりプレーティングされた細胞においても反復される。ここではコマ撮り動画を用いて、照射後3日間に凝集塊から離れて移動する腫瘍細胞の移動速度を調べた(図4a)。直径100〜500μm(平均250μm、n=27)の凝集塊と比較して、遊走速度に有意差は無かった。非照射細胞は急速に移植片から遊走し、その速度は最初の12時間は8.8±0.6μm/時間(n=3)、12〜36時間は10.8±0.5μm/時間(n=3)であった。双極性紡錘形細胞は15.8±4.5μm/時間で急速に移動した(n=3)。
【0065】
明るい細胞体により同定された、各5時間の間にメタフェーズに入る凝集塊あたりの遊走細胞数を、コマ撮り動画を用いてプレーティング後45時間まで計数した。メタフェーズ細胞の5時間ごとの平均数は、それぞれ0〜15時間、15〜30時間、30〜45時間の期間において、13±0.6、15±1.6、23±4.0であった(図4b)。これらの分裂細胞は30時間以内に非常に遊走性の高い挙動を示した。また図4cに示すようにこの遊走細胞は有糸分裂活性を示した。この遊走細胞は分裂期に入って細胞質分割の後にも転移を続けた。36時間前後で細胞密度がやや稠密状態に達した後、遊走速度は徐々に減少して5.7±0.3μm/時間となった(n=3)。
【0066】
10GyのX線照射に続く最初の12時間に遊走速度は促進され、21.5±5.7μm/時間(n=3)となり、続く24時間は23.5±4.7μm/時間で継続した(n=3)。照射後36時間で遊走速度は低下し、12.8±0.5μm/時間(n=3)となった(図4a、4d)。照射を受けた遊走性の細胞は紡錘形であり、移植片から急速に遊走した。有糸分裂細胞の5時間ごとの平均数は、それぞれ0〜15時間、15〜30時間、30〜45時間の期間において、5.0±1.6、8±3.0、19.0±2.0であった。0〜15時間ならびに15〜30時間において、有糸分裂細胞数に有意な減少が見られた(n=3、p<0.01)(図4b)。これらの知見から、照射を受けた細胞では照射後初期に分裂が停止することが示された。
<5> AMPA受容体拮抗剤が細胞移動に及ぼす相乗効果
放射線照射の1時間前に100μM NBQXに曝露させることにより、最初の24時間に遊走速度は減少して1.8±0.5μm/時間時間(n=3)、続く24時間には3.3±0.5μm/時間(n=3)となったが、放射線照射を行わずに1時間にわたり100μM NBQXまたはGYKI−52466に曝露させても細胞遊走に有意な影響は生じなかった(n=3)。100μM NBQXの存在下または非存在下においてX線照射が細胞転移に及ぼす長期効果を、放射線照射後10日目の時点でH.E.染色を行うことにより調べた。移植片の周縁から遊走先端までの距離を計算し、非照射移植片と比較した(オンラインの追加図3を参照)。非照射(対照)、5Gy、10Gy、5Gy+100μM NBQXならびに10Gy+100μM NBQXを照射した細胞における遊走距離は、それぞれ1500±250、880±84、875±96、867±78ならびに850±191μmであった。放射線照射と同時にNBQX処理を行うことによって、遊走距離は対照群と比較して有意に減少した(n=3; p<0.01)(図4f)。放射線照射とNBQX処理を行った細胞においては、移植片サイズの減少が明らかであった(n=3; P<0.05)(図4e、g)。
【0067】
従来の広域10Gy炭素ビーム照射後、12時間にわたり遊走速度は促進され26.5±5.2μm/時間になり(n=16)、続く24時間にはさらに加速して37.5±8.2μm/時間となった(図5a)。双極性紡錘形細胞は専ら大きな移動挙動を示した。さらに遊走速度は放射線照射後少なくとも3日間維持された。100μM GYKI−52466に対する曝露によって、最初の24時間にわたり遊走速度は減少して4.3±2.5μm/時間となり(n=3)(図5a、b)、続く24時間に5.3±1.0μm/時間(n=3)となった。メタフェーズ細胞は異常な細胞質分裂のために分裂や移動することができなかった(図5b、c)。これらの知見から細胞質分裂が細胞移動に関連していること、そして細胞増殖は細胞遊走とは異なるというこれまでの考え(Giese, A. et al. J. Clin. Oncol. 21, 1624-1636(2003); Int. J. Cancer 67, 275-282(1996))とは逆に、今回の培養系においては細胞分裂(増殖)と細胞移動(遊走)は排他的な事象ではないことが示された。
<6> 広域放射線が単層培養での移動性に及ぼす影響
細胞をクローニング環内に蒔き、プレーティング後6時間目の時点で0、1、3、5ならびに7Gyの広域X線照射処理を行い、その後に環を除去した。細胞は40時間にわたり培養し、H.E.染色またはSer473部位におけるリン酸化Akt、ビメンチン、ならびに増殖マーカーとしてKi67に対する抗体(MIB−1指標)(Khine, M. M. et al Lab. Invest-70, 125-129(1994))を用いた三重免疫染色、また4,6-diamino-2-phenylindole(DAPI)核染色を行った。環外部の細胞数を計数して非照射群と比較した(図6)。1、3、5ならびに7Gy放射線照射群における環外部の細胞比率はそれぞれ170±17%、246±26%、193±21%、197±15%であり、非照射群と比較して遊走細胞数の有意な増加が見られた(n=3; p<0.01)(図6a)。MIB−1指標はMIB−1陽性細胞/DAPI染色細胞の比率として計算され、1、3、5ならびに7Gy放射線照射群ではそれぞれ167±6.0%、213±42%、200±26%、203±6.0%となり、非照射群と比較してMIB−1指標の有意な増加が見られた(n=3; p<0.01)(図6b)。照射群において転移先端に位置する細胞は、MIB−1に関して選択的に染色された(図6c、d)。MIB−1陽性細胞と環外部の遊走細胞のいずれにおいてもリン酸化Akt発現が観察された。
【0068】
周密的な培養を横断する単回のスクラッチを覆った遊走に対する作用を、X線(1、5ならびに10Gy)と炭素ビーム(1、3ならびに5Gy)照射について評価した。1、5ならびに10GyのX線照射群におけるスクラッチ領域の移動細胞比率は、非照射群と比較して有意に増加し、それぞれ158±4%、170±11%、144±10%となった(n=3; P<0.05)。1、3ならびに5Gyの炭素イオンビーム照射群におけるスクラッチ領域の移動細胞比率は、非照射群と比較して有意差を示さず、それぞれ110±14%、120±24%、140±12%となった(n=3; P<0.05)。高ならびに低LET照射はいずれもスクラッチ領域の細胞移動に影響しなかった。
【0069】
照射後2日目にトランスウェルチェンバー遊走アッセイを用いて転移に対する影響を調べた。1、5ならびに10GyのX線照射群における遊走細胞比率は、非照射群と比較して有意に増加し、それぞれ170±36%、250±61%、220±20%となった(n=3; P<0.05)。1、3ならびに5Gyの炭素イオンビーム照射群における遊走細胞の比率はそれぞれ120±15%、200±20%、230±41%となり、非照射群と比較して有意に増加した(n=3; p<0.01)。
<7> 凝集化培養においてマイクロビーム照射が運動性に及ぼす作用
放射線照射した組織に由来する細胞転移に対してビーム照射が及ぼす影響を調べたが、これは直径5〜250μmのコリメータを用いて腫瘍組織の特定領域または単一細胞に対して照射を行い、照射組織に対する放射線生物学的作用を、照射を受けていない組織に対する場合と区別出来るようにして実施した(Funayama, T. et al. Radiat. Res. 163, 241-246(2005): Hamada, N. et al. Radiat. Res. 166, 24-30(2006))。直径250μmのコリメータを通過する炭素またはアルゴンイオンビームが細胞転移に及ぼす影響を、移植片培養における腫瘍細胞に対して観察した。直径500〜100μmの各種サイズの移植片に炭素またはアルゴンビームを照射した。移植片は全て遊走を続け、移植片の中央部に位置する小型円形細胞が、放射線照射後の初期(第1〜3日)に活発な新しい子孫を産生した。図7aに示すのは、10Gyアルゴンビームにより直径250μmのコリメータを用いて処置された直径250μmの移植片である。移植片から遠距離まで遊走する細胞は紡錘形態であり、Aktを活性化していることが抗-phospho-AktSer473を用いた免疫蛍光により明らかになった(図7f〜h)。最初の12時間に転移速度が高まり30.5±3.2μm/時間(n=16)となり、続く24時間にはわずかに加速して32±10.2μm/時間となった(図7i〜l)。直径250μmのコリメータを用いた10Gy炭素ビーム照射においても本質的に同様の作用が見られ、最初の12時間の移動速度は32.5±5.2μm/時間(n=16)であり、続く24時間には加速して40.5±8.2μm/時間となった(図7m〜p)。
<8> 粒子放射線が細胞遊走に及ぼす長期的作用
粒子放射線が細胞遊走に対して及ぼす長期的作用を調べるために、移植片培養に10Gy炭素ビーム照射を行い、照射後14日目まで観察した。大多数の細胞は平坦な形態を示したが、それでも紡錘形細胞は移植片培養の周辺部にまで遊走した(図8)。
<9> 移動距離について
なお、以上の例においての遊走距離については図9に示したように、(a+b)/2で計算したが、ここでaは遊走距離の最大値、bはその最小値である。細胞遊走アッセイの分析での移植片のサイズは(c+d)/2で計算したが、cは培養移植片の長軸であり、dは短軸である。
<10> 評価
日本国内における全国規模のフェーズI/II治験(溝江ら、日本臨床 63巻 432−436頁 2005年)ではグリア芽腫細胞患者4例に対して炭素ビーム照射による治療を行ったが、この場合の線量は相対生物学的効果が3であると見なした状態で、X線照射に対する等価線量(GyE)を用いた。T1強調磁気共鳴(MR)画像により強調されて現れた病変部に対しては28.0GyEを2週間にわたり8分画で照射し、T2強調MR画像において高い強度で現れた病変部には30GyEを3週間にわたり12分画で照射した。しかし2例の患者に局所再発が生じ、1例の患者に髄膜播種、1例の患者では原発部位の局所コントロールが可能であったにもかかわらず反対側の部位に再発が生じた。従って放射線照射野と線量を増やして、T2強調MR画像中の高強度領域に20mmマージンを加えた領域とT1強調MR画像中の高強度領域に30mmマージンを加えた領域とが重複する領域においては3週間にわたり12分画において30GyEとし、T1強調MR画像中の高強度領域に20mmマージンを加えた領域においては2週間にわたり8分画において32GyEとした。実際の治療マージンは、重要な機能を持つ特別な領域に隣接する病変である場合は、必ずしもこの条件に合致している訳ではない。浸潤性グリオーマ細胞は、外科標本中の腫瘍塊から4cmを越える距離に検出された(Silbergeld, D. L. & Chicone, M. R. J. Necerosurg, 86, 525-531(1997))。一方、正常な脳に対する放射線の神経毒性は放射線照射野の拡大と共に増加した。このように放射線の照射野を拡大しても、放射線治療直後に劇的に変化する実際の腫瘍マージンを含み得ないことが、今回の結果で示されている。
【0070】
グリア芽腫中の多核巨細胞の同定は当該腫瘍の診断に重要であるが、この細胞の出現があることにより臨床的な悪性度が高まるわけではなく、逆にこれらの細胞は退行性変化の一種であると考えられている。実際に多核巨細胞が優勢となるグリア芽腫の亜型では周囲正常脳への浸潤性は比較的少なく、予後は比較的良好である。多核巨細胞は一般に電離放射線や抗癌剤に対する治療後に出現することが多い。多くの癌細胞にはチェックポイントが欠如しているが、それらにはp53により主に調節されるG1チェックポイント、p53依存性ならびにp53非依存性メカニズムにより調節されるG2チェックポイント、ならびに有糸分裂チェックポイントが含まれる。G1とG2のチェックポイントを通過した癌細胞はDNA合成を続ける。有糸分裂チェックポイントに入るとこれらの細胞は引き続き細胞質分裂を行うことができず、最終的に多核巨細胞になる。多核巨細胞は非処置細胞の3〜6%に現れるが、その比率は粒子放射線や高線量光子照射による処置を受けた細胞ではさらに増加する。粒子放射線が高線量になると、それに関連して巨細胞がより急速に現れるようになり、これらの巨細胞は最終的に老化する。全タイプの粒子放射線照射は、単層培養系においては効率よく腫瘍細胞を細胞死へと導く。
【0071】
凝集培養においては、高ならびに低LET照射はいずれも曝露後初期の細胞遊走を刺激する。コマ撮り動画によれば、放射線照射後3日目までの期間に遊走が有意に促進された。さらに遊走した紡錘形双極性細胞は、10Gyの高または低LET照射後10日間以上にわたり生存した。放射線療法はこの遊走機構を刺激する可能性があり、これは臨床治験で放射線治療を受けた患者において、遠隔部位における再燃、播種が生じる理由になりうるだろう。今回の試験ではX線と粒子照射ともにヒトグリア芽腫細胞の遊走を刺激した。これとは対照的に粒子線照射はHT1080ヒト繊維肉腫細胞の転移を抑制したが、X線照射は抑制しなかった(Ogata, T. et al. Cancer Res. 65, 113-120(2005))。致死量以下の線量(1−3Gy)でX線照射を行う場合にもラット9Lグリオーマ細胞の移動性が刺激された(Wild-Bode, C. et al. Cancer Res. 61, 2744-2750(2001))。我々の実験では高線量粒子照射による広域ならびにマイクロビーム照射は、ヒトグリア芽腫細胞に対していずれも同様な生物学的効果を引き起こした。すなわち、浸潤性増殖の最先端を広くカバーする放射線や、凝集塊の周縁に沿った放射線照射は、細胞遊走に対して抑制的効果を全く及ぼさなかった。逆に両タイプの放射線照射はいずれも腫瘍細胞の遊走を刺激した。現時点で受け入れられているグリア芽腫細胞に対する放射線治療の様式には、従来の外部X線療法だけでなく、定位的放射線療法や密封小線源照射、強度変調放射線治療、重イオンビーム療法などがあるが放射線照射の方法に関係なく、十分治療効果を上げていない理由の一つとして放射線照射それ自体が腫瘍細胞の遊走を刺激しているためであるとも考えられる。
【0072】
粒子照射を用いて実施した場合であっても、放射線照射だけでは本質的にグリア芽腫を根治出来ないことがわかる。グリア芽腫細胞は何らかの方法で電離放射線を感知し、イオンビームや光子から逃げようとすると考えられる。紡錘型双極性細胞は有髄繊維に添って長距離を移動し、安全な場所を見つけて落ち着いて再成長する可能性がある。このような腫瘍細胞の生物学的動態を考慮し、AMPA受容体拮抗剤などの細胞遊走を阻害する薬剤を放射線療法と同時使用することが有益である。これらの薬剤は放射線療法が腫瘍細胞に対して及ぼす細胞毒性作用を増強し、同時に腫瘍細胞の転移を阻害する。放射線照射とAMPA受容体拮抗剤を同時に用いて治療すると、転移できず異常な細胞分裂によって分裂できない細胞の数が増加した。ホスファチジルイノシトール3−キナーゼ/Akt経路を含むシグナル経路を減少させると、びまん性浸潤グリオーマの増殖レベルと遊走がいずれも減少することになる。AMPA拮抗剤はSer473でAktを脱リン酸化し、それによって細胞移動性ならびに増殖を阻害すると考えられる。実際にはAMPA受容体拮抗剤には2種類の作用があり、一つは腫瘍細胞の細胞毒性を促進する放射線増感剤として、もう一つは腫瘍細胞の運動を減少させる遊走阻害剤としての役割を果たす。遊走阻害剤を放射線療法前および治療中さらに放射線照射後の一定期間投与することは非常に重要になるが、これは致死量以下の放射線照射により腫瘍細胞の移動性が刺激され、またこの期間中に浸潤性増殖の最先端が劇的に変化することを抑制するためである。
<実施例2>
メラノーマに関する試験結果を以下に示す。
【0073】
最初に、悪性黒色腫脳転移病巣から作成した新鮮手術摘出標本によるAMPA受容体サブユニットGluR1−4およびPDGFα受容体、c−kitの検出を行った。ヒト悪性黒色腫を認識する抗体(HMB45)、各種GluR1,2/3,3,4を認識する抗体、NMDA受容体サブユニットNR1,NR2A/Bを認識する抗体、PDGFα受容体、c−kitに対する抗体を用いた蛍光2重染色により、ヒト悪性黒色腫と認識された細胞(HMB45陽性細胞)はAMPA受容体サブユニットGluR1−4(図10A〜E)、NMDA受容体サブユニットNR1,NR2A/B(図10F)、c−kit(図10G)、PDGFα受容体(図10H)が発現していることが判明した。
【0074】
次に、ヒト悪性黒色腫細胞株(A375,G361)を用いた遊走試験においてNBQX(AMPA受容体拮抗薬)およびMK−801(NMDA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った。トランスウェル培養器(pore size 8μm)の上段に105の細胞を捲き、下段に遊走してくる細胞数を48時間後に算定し%controlで表示した。NBQXの100μM投与、MK−801の100μM投与により、A375、G361両株とも(図11A)、有意に遊走性が低下した(図11B)(n=3,p<0.01)。
【0075】
次に、ヒト悪性黒色腫細胞手術摘出腫瘍より作成した新鮮培養細胞を用いた遊走試験においてGYKI−52466(AMPA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った。トランスウェル培養器(pore size 8μm)の上段に105の細胞を捲き、下段に遊走してくる細胞数を48時間後に算定し%controlで表示した。GYKI−52466の50μM投与により(図12A)、有意に遊走性が低下した(図12B)(n=3,p<0.01)。
【0076】
図13Aは、手術摘出腫瘍より作成された培養ヒト悪性黒色細胞であり、培養直後の位相差顕微鏡像である。図示されるように、小型円形の腫瘍細胞がフラスコに定着している。図13Bは培養2日目の状態であり、腫瘍細胞は突起進展しながら遊走し始めている。図13Cは、培養4日目の細胞を4%パラフォルムで固定後、GluR1およびGluR4に対する抗体を同時に用いて、ローダミン含有2次抗体を用いた蛍光2重染色を施行したものである。図示されるように、遊走する腫瘍細胞の突起に強く発現が認められる。図13Dは手術摘出標本のヘマトキシリン−エオジン像である。脳実質を突起進展しながら浸潤する悪性黒色腫細胞が認められる。
<実施例3>
腫瘍細胞のsurvivinをRNA干渉すると細胞質分裂が抑制され照射による遊走亢進が抑制された(図14A〜D)。コントロール細胞をDAPIによる核染色(青)とマウス抗ヒトsurvivin抗体(Dako、100倍希釈)にて染色したところ、キネトコア(kinetochore)部にsurvivinを認めた(図14A)。図14Aの矢印(太い)、矢印(細い)、矢頭は同一細胞を示している。
【0077】
Invitrogen社より購入したsurvivinに対する3種類のRNAiプローブ(BIRCA5 43,44,45)を用いてtransfectionした(図14B、C)。RNA干渉実験に用いたSurvivin probeの配列は次のとおりである。
【0078】
【表2】
【0079】
Fluorescent Oligo(Invitrogen社)を導入マーカーとしてプローブと一緒に共transfectionした。図14Bの左図はBIRCA44のプローブ導入36時間後、中央図と右図はBIRC5-HSS141245 のプローブ導入52時間後の結果を示す。左図では矢頭部にsurvivinが認められない。中央図と右図ではsurvivinを干渉された細胞は多核化している。survivinをRNA干渉後56時間後には多核巨細胞が優位に増加した(n=3,p<0.01)。
【0080】
survivinをRNA干渉(BIRCA45プローブを用いた。)すると照射による遊走亢進を有意に阻害した(図14D、下段中央図の太い矢印は細胞分裂を完遂できない細胞を示し、細矢印はapotosisを示す(DAPI染色)。下段左図はvimentinおよびDAPI染色。細胞はリング外に遊走している)。リング内に細胞を播き12時間後にtransfectionを行い、その12時間後にリングを外し、さらに24時間培養した。
<実施例4>
AMPA拮抗薬(GYKI−52466)が照射による脳浸潤の増強を抑制するモデル動物の治療試験結果を図15、図16に示す。図15は炭素線照射の結果を示す。あらかじめ腫瘍細胞に10Gy炭素線照射を行った後、ヌードマウスに脳移植し、移植後10日間、連日GYKI−52466(25mg/kg)を腹腔内投与した(図15Aはコントロール:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色(スケールバーは100μm)、vimentinおよびDAPI染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図15Bは炭素線10Gy照射のみ:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色(スケールバーは100μm)、vimentinおよびDAPI染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図15Cは治療群:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色(スケールバーは100μm)、vimentin、GluR1、およびDAPI染色、vimentinおよびDAPI染色、GluR1およびDAPI染色を示す)。
【0081】
図16はX線照射の結果を示す。X線は移植翌日に全脳に5Gy照射を行い、治療は照射直前より10日間連日GYKI−52466(25mg/kg)を腹腔内投与することにより行った(図16Aはコントロール:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図16BはX線5Gy照射のみ:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図16Cは治療群:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色、GluR1およびDAPI染色を示す)。
【0082】
炭素線照射およびX線照射の場合共にAMPA拮抗薬投与により顕著な腫瘍浸潤抑制効果が認められた。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】コロニー形成アッセイにおける生存分画と、NBQX(100μM)存在下ならびに非存在下における放射線に対する感受性を示すグラフである。(a)ヒトグリア芽腫細胞株(CGNH−89)に対するX線(黒四角)、炭素ビーム(黒三角)、ネオンビーム(黒逆三角)、アルゴンビーム(黒ひし形)照射後のクローン化可能生存曲線。(b)NBQX(100μM)存在下(黒三角)ならびに非存在下(黒四角)におけるヒトグリア芽腫細胞株(CGNH−89)に対するX線照射後のクローン化可能生存曲線。(c)NBQX(100μM)存在下(黒三角)ならびに非存在下(黒四角)における一次ヒトグリア芽腫細胞に対するX線照射後のクローン化可能生存曲線。
【図2】H.E.染色された照射済み細胞の形態を示す(照射後10日目)。(a)非照射ならびにX線(1、3、5ならびに10 Gy)照射細胞。スケールバーは100μmを示す。(b)非照射ならびに炭素ビーム(1、3ならびに5Gy)照射細胞。位相差顕微鏡(上図)ならびにH.E.染色像(中央ならびに下図)。中央の挿入図はH.E.で染色した培養皿の画像。非照射対照中の転移中の紡錘状細胞と有糸分裂細胞、1Gy照射後の多核細胞、3Gy照射後のアポトーシス状態の細胞、5Gy照射後の好酸性封入体(下図、左から右へ)。スケールバーは上図と下図では100μm、中央図では200μmを示す。(c)非照射ならびにネオンビーム(1、3ならびに5Gy)照射細胞。スケールバーは100μmを示す。(d)非照射ならびにアルゴンビーム(0.5ならびに1Gy)照射細胞。スケールバーは200μmを示す。
【図3】ヒトグリア芽腫細胞についてMitotrackerとPI染色により調べたX線と炭素ビーム照射による細胞毒性作用を示す。(a)対照細胞(CGNH−89)と(b)5Gy炭素ビーム照射細胞(照射後10日目)をMitotrackerとPIにより染色した。PIにより染色された死細胞(c)、Mitotrackerにより染色された全細胞(d)、ならびにまとめ画像(e)。スケールバーは50μmを示す。1、3ならびに5Gy炭素線照射後6(fとg)ならびに10(hとi)日目における生存細胞(fとh)ならびに死細胞(gとi)の細胞数を示すグラフ(n=3; *P<0.05、**P<0.01)。100μM GYKI−52466存在下ならびに非存在下での、3ならびに5Gy X線照射後の6(jとk)ならびに10(lとm)日目における生存細胞(jとl)ならびに死細胞(kとm)の細胞数を示すグラフ(n=3; ***P<0.001)。
【図4】移植片培養での細胞移動に対してX線照射が及ぼす影響。(a)非照射(上図)ならびに10Gy照射(下図)CGNH−89細胞を48時間にわたりコマ撮りしたビデオから抜粋した画像。スケールバーは100μmを示す。(b)これらの移植片について、各5時間の期間中にメタフェーズに入る細胞数を、45時間にわたり示すグラフ(n=3; **P<0.01)。画像は非照射ならびに10Gy照射されたCGNH−89細胞を48時間にわたりコマ撮りしたビデオから抜粋した。(c)上図において遊走先端(白矢印)に位置する細胞はメタフェーズ状態になり、7時間の期間中に2個の細胞に分裂した(黒矢印と白矢じり)。スケールバーは100μmを示す。(d)下図における放射状矢印の移動先端における移植片から、7時間中に移動する紡錘形細胞(白と黒の矢印)。スケールバーは100μmを示す。(e)100μM NBQXの存在下または非存在下での非照射ならびに照射済み(5または10Gy)移植片を、照射後10日目の時点でH.E.染色したもの。スケールバーは100μmを示す(fとg)。遊走距離(f)と移植片サイズ(g)の計算は、図9の式を用いて行った(n=3; *P<0.05、**P<0.01)。
【図5】広域10Gy炭素ビーム照射による移植片培養のコマ撮り動画の分析。(a)100μM GYKI−52466の非存在(上図)または存在(下図)条件下におけるCGNH−89細胞のコマ撮り動画からの抜粋画像。下図の白い矢印と矢じりは同一細胞を示す。(bとc)100μM GYKI−52466細胞の存在下におけるCGNH−89細胞のコマ撮り動画より抜粋した異常細胞分裂の画像。白い矢印が異常細胞分裂を示す。スケールバーはaでは250μm、bとcでは100μmを示す。
【図6】広域放射線照射が単層培養アッセイを使用した運動性に及ぼす影響。(aとb)1、3、5および7Gy X線照射後の環外の細胞比率(a)ならびにMIB−1指標(b)を、非照射細胞の値と比較したもの(n=3; *P<0.01)。(cとd)非照射(c)ならびに5Gy X線照射細胞(d)に対して実施したPhospho−Akt(pAkt)、Ki67(MIB−1)、ならびにDAPIに対する抗体を用いた三重免疫染色の代表的データ。dではKi67陽性細胞が環の外に存在することに注意。cとdのスケールバーは100μmを示す。
【図7】マイクロビーム照射が移植片培養アッセイを使用した運動性に及ぼす影響。イオン検出器CR−39中のプレーティングされた移植片の10Gyアルゴンビーム照射前(a)と照射後6時間目(b)における顕微鏡写真。照射後50時間目における転移先端の細胞は白と黒の矢印で示されている(c)。ビメンチンならびにphospho−Akt(Ser−473)に対する抗体を用いた二重免疫染色(d)。丸で囲んだ領域は放射線照射を受け、アルカリ−エタノール溶液により可視化されたイオン孔により縁を付けられている(e)。遊走細胞はビメンチン(f)ならびにphospho−Akt(Ser−473)に対する免疫反応性を示した(gとh)。スケールバーはaからeまでは250μmを示し、fからhまでは100μmを示す。(i)から(l)には10Gyアルゴンビーム照射を行った16から43時間後の移植片中の細胞のコマ撮り動画からの抜粋画像(16h,24h,36h,および43h)。10Gy炭素ビーム照射を行った0から43時間後までの細胞のコマ撮り動画からの抜粋画像(mからp)(2h,15h,30h,および43h)。mに示す円は250μmコリメータによる照射範囲。lとpのスケールバーは250μmを示す。
【図8】広域炭素ビーム照射後の長期移植片培養。非照射(a)ならびに10Gy照射を行った細胞(照射後10日目)(b)をビメンチンに対するモノクローナル抗体ならびにDAPIにより染色した。bにおける遊走する紡錘形細胞は白い矢印で示す。aのスケールバーは100μmを示す。
【図9】移動距離は(a+b)/2で計算したが、ここでaは移動距離の最大値、bはその最小値である。細胞移動アッセイの分析での移植片のサイズは(c+d)/2で計算したが、ここでcは培養移植片の長軸であり、dはその短軸である。
【図10】悪性黒色腫脳転移病巣から作成した新鮮手術摘出標本によるAMPA受容体サブユニットGluR1−4およびPDGFα受容体、c−kitの検出を行った結果を示した図である。
【図11】ヒト悪性黒色腫細胞株(A375,G361)を用いた遊走試験においてNBQX(AMPA受容体拮抗薬)およびMK−81(NMDA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った結果を示した図である。
【図12】ヒト悪性黒色腫細胞手術摘出腫瘍より作成した新鮮培養細胞を用いた遊走試験においてGYKI−52466(AMPA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った結果を示した図である。
【図13】図13Aは、手術摘出腫瘍より作成された培養ヒト悪性黒色細胞であり、培養直後の位相差顕微鏡像である。図13Bは培養2日目の状態であり、腫瘍細胞は突起進展しながら遊走し始めている。図13Cは、培養4日目の細胞を4%パラフォルムで固定後、GluR1およびGluR4に対する抗体を同時に用いて、ローダミン含有2次抗体を用いた蛍光2重染色を施行したものである。図13Dは手術摘出標本のヘマトキシリン−エオジン像である。
【図14】腫瘍細胞のsurvivinをRNA干渉すると細胞質分裂が抑制され照射による遊走亢進が抑制された結果(実施例3)を示した図である。
【図15】AMPA拮抗薬(GYKI−52466)が炭素線照射による脳浸潤の増強を抑制することを示すモデル動物の治療試験結果(実施例4)である。
【図16】AMPA拮抗薬(GYKI−52466)がX線照射による脳浸潤の増強を抑制することを示すモデル動物の治療試験結果(実施例4)である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線等を用いてのがん治療における腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害する遊走阻害剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、がん治療を目的として臨床の現場で放射線の照射が行われてきており、近年では、X線だけでなくα線(陽子線)、炭素線、ネオン線など、多様な重粒子線の照射の有効性が注目されてきている。
【0003】
ただ、放射線治療についての臨床的な検討が進むにつれて、改めてその有効性をより確実なものとし、また、より高めるための方策が求められてきている。実際、本発明者によって行われた実験的検討によれば、X線や多種類の重粒子線(炭素線、ネオン線、アルゴン線)を用いて腫瘍細胞に対して照射を行うと、放射線の照射が、逆に、腫瘍細胞の遊走性を亢進させるという現象が確認されてもいるからである。
【0004】
また、これまでにも、臨床においては、難治性のがんはX線抵抗性であることが知られている。たとえば、文献的に低線量の放射線(X線で1〜3Gy)がラットの腫瘍細胞の遊走と浸潤を亢進することが知られている(非特許文献1)。
【0005】
また、マウスLM8osteosarcoma細胞では、X線を照射した細胞では腹腔内接種した腫瘍細胞の肺転移が促進されるとともに、重粒子線の一種である炭素線を照射した細胞では肺転移が減じると報告されている(非特許文献2)。
【0006】
しかしながら、ヒトのがん細胞においてX線や複数の重粒子線が細胞の走行性にどのような生物学的効果をもたらすか詳細に解析した報告は見当らないのが実情である。本発明者の確認したところでは、従来よりX線抵抗性とされている難治性の神経膠芽腫細胞にX線と多種類の重粒子線(炭素線、ネオン線、アルゴン線)を低線量および高線量(10Gy)照射しても、細胞の遊走性が返って亢進することを、腫瘍細胞の走行性を解析する複数の実験系を用いて見出しているが、特に照射後3日まではX線10Gy照射により通常の2倍、重粒子線(炭素線、ネオン線、アルゴン線ともに10Gy)照射では3倍の速度で腫瘍細胞の遊走性が促進される現象が見られる。また、照射後の長期解析では高線量(10Gy)の重粒子線照射後10日目においても遊走する紡錘型腫瘍細胞を確認できる。
【0007】
このことは、照射野内に存在する細胞が照射野外に移動しそこで腫瘍形成する可能性を示唆している。してみると、高い生物学的効果を持つとされる重粒子線を用いても単独では腫瘍細胞の根治は難しく、逆に髄腔内播種や浸潤性増殖を促進する可能性がある。このことは大きな問題であって、21世紀のがん治療を担うと期待される重粒子線がその高い生物学的効果から逆に腫瘍を強力に照射外に追い立て、その結果、治療を行うと返って播種や転移が従来のX線治療よりも出現し易くなることになる。このため、放射線治療における放射線増感や遊走阻害を可能とする方策が強く求められている。
【0008】
従来、がんの治療や研究はもっぱら細胞増殖を抑制すると言う観点から推進されてきており、抗がん剤や放射線は現在でもがん治療の主要な治療手段であり、DNAに障害をもたらし細胞増殖を抑制するという観点からの研究開発がなされてきている。このような従来の観点では、放射線治療に反応せず照射野外に浸潤あるいは転移した腫瘍に関しては放射線抵抗性細胞として片付けられてきている。たとえば、悪性脳腫瘍の代表であるグリオーマにしても、放射線抵抗性である理由としてDNA合成を活発に行う細胞と遊走する細胞とは別物であるという、Go(遊走)or Grow(増殖)hypothesisまたはproliferation(増殖)とmigration(遊走)のDichotomy(二元論)が主張されている(非特許文献3−4)。すなわち、神経膠芽腫細胞のうちの分裂し増殖している細胞は放射線感受性が比較的高く、一方、遊走している細胞は別物で放射線抵抗性でありアポトーシスに陥りづらいので照射野外に浸潤し増殖すると考えられている。
【0009】
しかし、これは現状での認識の限界を示しているにすぎないと言える。放射線照射に伴う「遊走」による転移、浸潤の機序や、これを抑止し阻害するための方策の手掛かりが解明されていないからである。
【0010】
一方、本発明者は、グリオーマ細胞において細胞質の分裂増殖と細胞の移動(遊走)が関連した一連の現象であることを見出している。より具体的には、神経膠芽腫細胞にグルタミン酸受容体のうちのカルシウム透過性AMPA受容体が発現し、このチャンネルを介した緩徐な細胞内カルシウム濃度の上昇が腫瘍細胞の増殖と遊走を促進することを見出している(非特許文献5)。
【0011】
そして本発明者は、AMPA受容体についての検討を進め、その拮抗薬が腫瘍細胞の増殖を抑制し神経膠芽腫治療剤となり得ることを、ヌードマウスを用いたin vivoの実験系で証明し、AMPA受容体拮抗薬を「神経膠芽腫治療剤」として提案(特許文献1)している。
【0012】
また本発明者は、神経膠芽腫細胞に発現するカルシウム透過性AMPA受容体チャネルを不透過性に変換するGluR2 DNAが神経膠芽腫細胞の浸潤と増殖を抑制することを見出し、GluR2 DNAを組み込んだアデノウイルスベクターが神経膠芽腫の遺伝子治療剤として有用であることを提案している(特許文献2)。
【非特許文献1】Cancer Res. 65, 113-120, 2005
【非特許文献2】Cancer Res. 61, 2744-2750, 2001
【非特許文献3】J. Clin. Oncol. 21, 1624-1636, 2003.
【非特許文献4】Int. J. Cancer 67, 275-282, 1996
【非特許文献5】Nature Med. 8, 971-978, 2002
【特許文献1】国際公開WO2003/082332号パンフレット
【特許文献2】特開2004−67627号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者は、このようなAMPA受容体についての検討を進めるとともに、前記のとおり、グリオーマ細胞において細胞質の分裂と細胞の移動(遊走)が関連した一連の現象であって、実際に、タイムプラス顕微鏡による解析から、腫瘍細胞は通常は増殖(分裂)しながら遊走することを見出したことから、逆に、細胞質分裂を抑制すると細胞移動(遊走)が抑制されるのではないかとの極めて重要な知見を得た。そこで実際に、放射線照射にAMPA受容体拮抗薬を用いると効率的に細胞質分裂を抑制し、同時に細胞遊走が停止されることを確認した。
【0014】
たとえば、放射線の照射前にAMPA受容体拮抗薬を1時間投与すると細胞増殖と遊走性が照射単独療法に比較して顕著に抑制される。一方、AMPA受容体拮抗薬単独の1時間投与では細胞増殖と遊走性に変化はない。これらの所見はAMPA受容体拮抗薬が放射線増感剤としての機能と放射線治療による腫瘍細胞の遊走能亢進を抑制する作用を保持していることを示唆していると言える。このようなことは、従来の知識、そして発明者自身のこれまでの発表知見からは全く予期、予見できなかったことである。
【0015】
本発明は、上記のとおりの背景からなされたものであって、21世紀の医療として期待されている重粒子線をはじめとする放射線の照射によるがん治療において、放射線照射にともなう腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することのできる、放射線増感性の遊走阻害の手段を提供することを課題としている。
【0016】
さらには、本発明は、薬剤等によるがん治療一般においても腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することのできる遊走阻害の手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するものとして以下遊走阻害剤を提供する。
【0018】
第1:細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とする放射線がん治療用の放射線増感性遊走阻害剤。
【0019】
第2:細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とするがん治療用の遊走阻害剤。
【0020】
第3:細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物がAMPA受容体拮抗性化合物であることを特徴とする上記いずれかの遊走阻害剤。
【0021】
第4:AMPA受容体拮抗性化合物が、2,3−ジヒドロ−6−ニトロ−7−スルファモイルベンゾ(F)−キノキサリンまたはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【0022】
第5:AMPA受容体拮抗性化合物が、1−(4−アミノフェニル)−4−メチル−7,8−メチレンジオキシ−5H−2,3−ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【0023】
第6:AMPA受容体拮抗性化合物が、7−アセチル−5−(4−アミノフェニル)−8(R)−メチル−8,9−ジヒドロ−7H−1,3−ジオキソロ[4,5−h][2,3]ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【0024】
第7:AMPA受容体拮抗性化合物が、7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル酢酸またはその塩であることを特徴とする遊走阻害剤。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、重粒子線をはじめとする放射線の照射によるがん治療において、放射線照射にともなう腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することのできる、放射線増感性の遊走阻害剤が提供され、さらには、薬剤等によるがん治療一般においても腫瘍細胞の遊走性の亢進を抑制、阻害することも可能となる。
【0026】
また、AMPA受容体拮抗性化合物を有効成分として含有する本発明の遊走阻害剤は、全身がんの治療後に起こる他臓器転移の阻害剤、および脳転移阻害剤としても作用することができる。悪性黒色腫、前立腺がん、乳がん、肺がん(小細胞癌、非小細胞癌を含む)、胃がん、大腸がん、卵巣がん、子宮頸がん、子宮体がん、腎臓癌などにおいて、手術、放射線、化学療法や分子標的療法、抗体療法などが施行された後、これらの治療がかえってがん細胞の遊走を促進し、脳を含むほかの臓器への転移が起こることは臨床的に十分認知されていない。とりわけ悪性黒色腫、乳がん、肺がん、消化器がんにおいては脳転移の頻度が高く、転移阻害剤による治療が重要と考えられるが、現状では脳転移後に手術や放射線治療を行っているに過ぎない。これらの腫瘍はグルタミン酸を産生する能力を保持し、また細胞膜にはAMPA受容体が発現しており、glutamata-AMPA受容体を介する系が関与しており、特に原発巣の放射線治療時に本発明の遊走阻害剤を併用するのは転移阻害の観点からも好ましい。また、原発巣の手術前後あるいは抗がん剤治療に併用するようにしてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明は、上記のとおりの特徴を有するものである。以下にその実施の形態について説明する。
【0028】
12C、20Ne、40Arイオンビーム等の高線エネルギー付与(LET)荷電粒子線は、低LET X線と比べて相対的に高い生物学的活性を持つ。従ってグリア芽腫細胞などの最も未分化であり侵襲的であるヒト癌は従来のX線療法に通常は抵抗性を有することから、それらの癌の治療に対して高LET放射線療法という新手法が有望である。さらに高LET荷電粒子線はBraggピークが鋭いために空間分布が一層正確になり、定位がよく定まることから、周辺の生体構造に及ぼす有害作用を最小限にしながら病変部の治療を行うことが可能となる。マイクロビーム照射は個々の培養細胞の限定した部位に照射を行うことが可能な新しいアプローチであり、サイクロトロンから生じた重イオンマイクロビームを、5〜250μmの範囲の各種コリメータを介して標的細胞への特定の部位に正確に照射が可能である。
【0029】
12Cイオンビーム、20Neイオンビーム、40Arイオンビームなどの高線エネルギー付与(LET)荷電粒子線は、X線抵抗性癌の治療に用いる新しい療法となる可能性を有しているが、本発明では、腫瘍の放射線反応性が、腫瘍細胞増殖性と移動性の両者に対する放射線感受性により決定されることが確認されている。高LET放射線はヒトグリア芽腫細胞株であるCGNH−89に対して顕著な細胞毒性作用を示す。12C、20Neならびに40ArイオンビームのX線に対する相対的な生物学的作用を、D10、すなわちクローン化可能細胞の10%生存率を示す線量としてそれぞれ計算したところ、3.4、4.5ならびに6.2Gyになった。一方、複数の遊走性を評価するバイオアセー系による実験からは、高LETならびに低LET放射線の単回大量10Gy線量により腫瘍細胞の移動性が促進される。2,3-dihydroxy-6-nitro-7-sulfamoyl-benzo(F)-quinoxaline (NBQX)、または1-(4-aminophenyl)-4-methyl-7,8-methylenedioxy-5H-2,3-benzodiazepine (GYKI−52466)は、α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionate (AMPA)受容体拮抗剤であるが、これらの物質に対する1時間曝露後に放射線に曝露した細胞では、細胞増殖と細胞運動の阻害が顕著に促進されることが示された。これらの結果から、新しい放射線療法は細胞移動阻害剤の投与と組み合わせるべきであることが確認されている。
【0030】
本発明においては、遊走阻害剤は、以上のような放射線がん治療用の放射線増感性遊走阻害剤が提供されるとともに、薬剤等による他のがん治療用の遊走阻害剤としても提供される。本発明におけるこのような遊走阻害剤は、細胞分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分としている。ここでの有効成分は、特に限定されないが、その代表例としてはAMPA受容体拮抗性化合物が挙げられる。
【0031】
このAMPA受容体拮抗性化合物は、前記のとおり本発明者がすでに提案しているものであるが(特許文献1、特許文献2)、たとえば、特許文献2に示したように、AMPA受容体のリガンド結合部位に競合的または非競合的に結合し、AMPA受容体とグルタミン酸との結合を阻害する作用を有する化合物、あるいはAMPA受容体の結合部位に直接結合しないが、AMPA受容体のアロステリック調節部位に結合し、グルタミン酸による神経伝達を遮断する作用を有する化合物が含まれる。
【0032】
AMPA受容体拮抗性化合物としては、2,3−ヒドロキシ−6−ニトロ−7−スルファモイル−ベンゾ(F)−キノキサリン(NBQX)や国際公開WO96/10023号パンフレットに開示されたAMPA受容体拮抗剤である〔7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル〕酢酸(ゾナンパネル)またはその塩、あるいは2−〔N−(4−クロロフェニル)−N−メチルアミノ〕−4H−ピリド〔3,2−e〕−1,3−チアジン−4−オン、1−(4−アミノフェニル)−4−メチル−7,8−メチレンジオキシ−5H−2,3−ベンゾジアゼピン、7−アセチル−5−(4−アミノフェニル)−8(R)−メチル−8,9−ジヒドロ−7H−1,3−ジオキソロ[4,5−h][2,3]ベンゾジアゼピン(タランパネル:Talampanel)、7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル酢酸(ゾナンパネル)またはこれらの塩が好ましい。
【0033】
上記に例示した化合物における製薬学的に許容される塩として、具体的には、例えば塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、炭酸、ピクリン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、グルタミン酸等の有機酸との酸付加塩などが挙げられる。
【0034】
塩基との塩としてはナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム等の無機塩基、メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン等の有機塩基又はリジン、アルギニン、オルニチン等の塩基性アミノ酸との塩やアンモニウム塩が挙げられる。さらに、水和物、エタノール等との溶媒和物や結晶多形を形成することができる。
【0035】
AMPA受容体拮抗性化合物をはじめとする、本発明に用いられる細胞分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物は、公知文献に記載された合成方法を参照し、あるいは通常の合成法を用いることにより製造することができ、また、これらの化合物の製造、販売、開発会社等から入手することもできる。
【0036】
本発明において用いられる、細胞分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物の他の具体例としては、次のものを挙げることができる。Survivinはapoptosisを抑制し、INCENP, Aurora B, Borealin/Dasra Bなどの他のchromosomal passenger complexと直接結合して細胞分裂を制御する。Survivinは細胞分裂期のregulatorであるがゆえに創薬の魅力ある対象となっている(Current Opinion in Cell Biology 18; 1-7,2006)。
【0037】
また、SPC3042 (Santaris Pharma, Horsholm, Denmark), YM155 (Astellas Pharma, Tokyo, Japan), LY21818308 (Isis/Eli Lilly, Carlsbad, CA)などの薬剤はSurvivin産生を制御することにより癌治療薬となり得る。CDK1阻害剤、Aurora B阻害剤も分裂期のSurvivin発現に関連し臨床治験が開始されている(Trens Cell Biol 11, 49-54, 2001)。
【0038】
VX-680 (cyclopropane carboxylic acid{4-[4-(4-metyl-piperazin-1-yl)-6-(5-methyl-2H-pyrazol-3-ylamino)-pyrimidin-2-ylsulphanyl]-phenyl}-amideもAurora kinaseの阻害薬であり(Nature Medicine 10, 262-267, 2004)、遊走阻害薬として有用である。
【0039】
本発明に係る、AMPA受容体拮抗性化合物の1種または2種以上を有効成分として含有する遊走阻害剤の製剤は、通常製剤化に用いられる担体や賦形剤、その他の添加剤を用いて調製される。製剤用の担体や賦形剤としては、固体または液体のいずれであってもよく、たとえば、乳糖、ステアリン酸マグネシウム、スターチ、タルク、ゼラチン、寒天、ペクチン、アラビアゴム、オリーブ油、ゴマ油、カカオバター、エチレングリコール、その他常用のものが挙げられる。
【0040】
投与は、錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤などによる経口投与、あるいは静注、筋注などの注射剤、坐剤、経皮などによる非経口投与のいずれの形態であってもよい。
【0041】
放射線がん治療においては、とくに分割照射では細胞の遊走性が単回照射以上に加速されるので、照射治療前後に遊走阻害剤をもちいることが肝要である。たとえば、AMPA受容体拮抗薬の使用方法は分割照射の場合は連日照射直前に内服または注射を行い、単回照射の場合は照射直前および照射後も最低2週間は連日投与することが好ましい。特に重粒子線照射を病巣部に限局して照射する場合は激しく腫瘍細胞が遊走することを考慮し十分な照射前後のAMPA受容体拮抗薬の投与が必要である。
【0042】
また、X線と重粒子線照射を併用する場合は、従来技術により安全な線量が開示されているX線をAMPA受容体拮抗薬と併用して腫瘍塊中心部と浸潤領域を含む範囲に比較的広く分割照射したのち、重粒子線照射はX線照射後に腫瘍塊中心部に限局してやはりAMPA受容体拮抗薬と併用して照射を行い、照射後も2週間以上投与するのが効果的である。
【0043】
高線量の重粒子線は脳壊死を引き起こし、また低線量でも広範囲に重粒子線照射を行うと顕著な脳萎縮、水頭症の発現など重篤な副作用が出現する可能性があるため、安全性が確立されているX線照射をまず広範囲に行った後に、腫瘍塊限局重粒子線照射を行うのが安全性が高く効果的な治療法であると考えられる。
【0044】
この際AMPA受容体拮抗薬との併用が必要で、照射単独では従来技術の成果しか望めず、したがって照射野内における局所再発や髄空内播種、および浸潤性増殖が起こり得る。重粒子線照射装置は限られた施設のみで使用可能であるが、従来のX線照射装置を用いても1回線量を3.6Gy(1.8Gyを1日2回)程度に上昇しAMPA受容体拮抗薬を併用すると炭素線3.6Gy相当の抗腫瘍効果が期待できる。さらに安全性を高めるためには、放射線治療後数ヶ月から数十ヶ月(平均で30数ヶ月)に起こる照射壊死のリスクを予防するために、放射線治療終了後、3ヶ月を経た後に、高圧酸素療法を1日1回、少なくとも10回以上施行するのがよい。
サイバーナイフなど比較的高線量・分割照射可能な装置を用いてAMPA受容体拮抗薬の併用を行うとさらに治療効果が上がる。具体的には、サイバーナイフ装置にて1回線量5Gyで6〜8分割にて照射しAMPA受容体拮抗薬と併用して行い、さらに照射後も2週間AMPA受容体拮抗薬を投与する。また、比較的病変が広範で浸潤領域が広い場合には、通常のX線照射を浸潤部位を含む領域に広範囲に40Gy(2Gy/日×20回)照射し、その後サイバーナイフ装置を用いて腫瘍塊に限局して20Gy(5Gy/回×4)照射を行う。この際も、照射単独では照射による腫瘍細胞の遊走と浸潤性の亢進を引き起こすので、照射直前より照射後2週間は連日AMPA受容体拮抗薬を併用するのがよい。抗てんかん薬として既に上市されているトピラメート(商品名トピナ)は、カルシウム透過性AMPA受容体の抑制効果があるため、AMPA拮抗薬と同様に使用できる。
【0045】
もちろん、放射線を用いることなく、他の抗腫瘍剤または増殖阻害剤による治療への併用も有効である。現在までに多数の抗腫瘍剤が市販され或いは開発中にあるが、例えば、構成物質型薬剤、アルキル化剤、抗代謝剤、免疫学的薬剤、分子標的剤、インターフェロン型薬剤などの抗腫瘍剤を併用することが考慮される。
【0046】
抗腫瘍剤の具体例としては、インターフェロンベータ(免疫強化薬インターフェロン)、塩酸ニムスチン(アルキル化薬)、ラニムスチン(アルキル化薬)、エトポシド(アルカロイド)、カルボプラスチン、シスプラチン(白金製剤)、ハイドレア(代謝拮抗剤)、グリベック(分子標的剤)、テモゾロマイド(temozolomid;アルキル化剤)などが挙げられる。
【0047】
本発明の遊走阻害剤の投与量は、症状、投与対象の年齢、性別などを考慮して、個々の場合に応じて適宜に決定されるが、通常成人1日当たり100〜2000mg、好ましくは1日当たり900mg程度である。成人1日当たり100〜2000mgを、1回で、あるいは2〜4回に分けて投与してもよい。静脈内投与や、持続的静脈内投与の場合には、一日当たり1〜24時間で投与してもよい。投与量は、有効成分の種類や遊走阻害剤の形態などに応じて決められるが、有効である場合には上記の範囲よりも少ない投与量を用いることもできる。
【0048】
本発明の遊走阻害剤は、主に非経口投与、具体的には、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、経皮投与、髄腔内投与、硬膜外、関節内、および局所投与、あるいは可能であれば経口投与など、種々の投与形態で投与可能である。
【0049】
非経口投与のための注射剤としては、無菌の水性または非水性の溶液剤、懸濁剤、乳濁剤などが挙げられる。水性の溶液剤、懸濁剤としては、例えば注射用蒸留水および生理食塩水などが挙げられる。非水溶性の溶液剤、懸濁剤としては、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、オリーブ油等の植物油、エタノール等のアルコール類、ポリソルベート80(商品名)などが挙げられる。
【0050】
非経口投与のための組成物はさらに、防腐剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤(例えば、ラクトース)、溶解補助剤(例えば、メグルミン酸)などの補助剤を含んでいてもよい。これらは、例えばバクテリア保留フィルターを通す濾過、殺菌剤の配合、または光照射によって無菌化される。また、非経口投与のための組成物は、無菌の固体組成物を製造しておき使用前に無菌水または無菌の注射用溶媒に溶解して調製することもできる。
【0051】
本発明の遊走阻害剤を経口投与のための固体組成物とする場合、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤などの形態とすることができる。このような固体組成物は、例えば、乳糖、マンニトール、ブドウ糖、ヒドロキシプロピルセルロース、微結晶セルロース、デンプン、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸、アルミン酸マグネシウムなどの不活性な希釈剤を、有効成分としての活性物質と混合して調製することができる。
【0052】
固体組成物には、常法に従って、不活性な希釈剤以外の添加剤、例えばステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤、繊維素グリコール酸カルシウム等の崩壊剤、ラクトース等の安定化剤、グルタミン酸およびアスパラギン酸等の溶解補助剤などを配合することができる。錠剤や丸剤には、必要に応じて、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート等の糖衣、あるいは、胃溶性または腸溶性物質のフィルムを被膜してもよい。
【0053】
本発明の遊走阻害剤を経口投与のための液体組成物とする場合、薬理上許容される乳濁剤、懸濁剤、シロップ剤、エリキシル剤等を含み、一般的に用いられる不活性な希釈剤、例えば精製水、エタノールを含む。この組成物は不活性な希釈剤以外に湿潤剤、懸濁剤のような補助剤、甘味剤、風味剤、芳香剤、防腐剤を含有してもよい。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0055】
以下の実施例では、従来の広域ビーム照射(Hamada, N. et al. Radiat. Res, 166, 24-30(2006))と、12Cイオン(220 MeV)、20Neイオン(260 MeV)、40Arイオン(460 MeV)ビームによるマイクロビーム照射(表1)を用いた高ならびに低LET放射線がin vitroでヒトグリア芽腫細胞株に及ぼす影響について、特に細胞増殖に対する細胞毒性作用と細胞遊走に対する抑制効果に関して説明する。
【0056】
【表1】
【0057】
<実施例1>
以下の実施例においては次の方法手段が採用されている。
1)外科標本と細胞培養
今回の研究で調べた外科標本は、世界保健機関の分類に従って組織学的に多形性グリア芽腫細胞であることが同定された。細胞培養は既報に従い調製した。CGNH−89の亜系統であるCGNH−PMも使用した。細胞培養は10%ウシ胎児血清と2mMグルタミンを添加したイーグル最少必須培地(Life Technologies, Rockville, MD)中で行った。
2)コロニー形成アッセイ
細胞は照射後2日目の時点で三つ組の60mm直径のプラスチック皿の上に、皿ごとに蒔いた。インキュベーションを10〜12日行った後、コロニーは10%ホルマリンで固定し、H.E.で染色した。細胞数が50個を越えるコロニーを生存コロニーとして記録した。
3)X線照射
細胞に対する放射線照射は、140kV、4.5mAで運転するMBR−1505R X線装置(日立製)に0.5mm Al濾過を用い、焦点源距離30cm、1.11Gy/分の条件で既報(Akimoto, T. et al. Int. J. Radiat. Oncol. Bial. Phys. 50, 195-201(2001))に従って実施した。
4)重イオンビーム源と放射線照射
日本原子力開発機構の高崎量子応用研究所内イオン照射研究施設に設置されたAVFサイクロトロンをイオンビーム源に用いた。プロトンビームの照射システムと生物物理学的特性については他に詳述されている。照射直前に培地を除去し、イオンが細胞と試料ホルダ底部の両方を通過するようにした。照射途中、細胞に厚さ8μmのポリイミドフィルム(Kapton; DuPont-Toray Co., Ltd.)をかぶせ、細胞が照射途中に湿環境に維持されるようにした。イオンコリメータと照射コントロールシステムの詳細は既に発表されている(Kobayashi, Y. et al. Biol. Sci. Space 18, 235-240(2004): Funayama, T. et al. Radiat. Res. 163, 241-246(2005)他)。イオン飛跡の可視化は、エタノールと水酸化カリウムを含有するアルカリ−エタノール溶液を用いて、37℃で15分間にわたり行った。
5)免疫蛍光法
間接蛍光抗体染色は既報に従い実施した(Ishiuchi,S. et al. Nat. Med. 8:971-978 (2002))。Phospho-Akt(Ser-473; Cell Signaling Technology)とビメンチン(V9; Dako)に対する選択的抗体を、1:100の希釈条件で用いた。二重免疫蛍光法には、フルオレセインイソチオシアネートならびにローダミン結合二次抗体(Molecular Probes, Inc.)を用いて結合抗体を可視化した。染色細胞はレーザー走査共焦点顕微鏡(Pascal LSM5; Carl Zeiss)を用いて検査した。デオキシリボ核酸対比染色はDAPIを用いて実施した。
6)遊走アッセイ
細胞増殖アッセイは抗−Ki−67モノクローナル抗体(Dako)染色指標を用いて行ったタ)(Khine, M. M. et al. Lab. Invest. 70, 125-129(1994))。転移アッセイはトランスウェルチェンバー(孔径8μm)(Corning Corstar Corp., Cambridge, MA)中で実施した。細胞はトップチェンバー中に5×104/ウェルの密度で蒔いた。プレーティングの6時間後、細胞に放射線照射を行った。20×対物レンズを用いた顕微鏡を用いて、照射後48時間の時点において多孔膜を通り転移した細胞数を計数した。他の転移アッセイでは、一端をシリコングリスでコーティングしたガラス製クローニングシリンダ(直径7mm)を培養皿の中央に配置した。このシリンダ内に5×104個の細胞を蒔いた。このプレーティング後24時間の時点で、細胞に放射線照射を行い、このクローニング環を除去した。細胞をさらに48時間にわたり培養した。続いてこのクローニング環の境界を越えた細胞数を計数した。
7)コマ撮り動画撮影
培養物を37℃、5% CO2条件下で維持し、上下を逆にした位相差顕微鏡(DM-IRE2; Leica)にマウントしたCCDカメラ(DG350F; Leica)を用いて、3分ごとに画像撮影を行った。画像分析はQFluoro ver. 1.2.0ソフトウェア(Leica)を用いて行った。
8)データ分析
データは平均±標準誤差で示している。統計比較は対応のないt検定、または一元配置分散分析(事後分析のためにはSchaffeの試験)を用いて実施した。
<1> X線ならびに粒子放射線による細胞毒性作用
最初にコロニー形成アッセイ(Akimoto,T.et al. Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys. 50, 195-201(2001))を用いて、高LET12C、20Ne、40Arイオンビーム照射がヒトグリア芽腫細胞株のCGNH−89に及ぼす細胞毒性作用を、X線照射による場合と比較した。X線、12Cイオンビーム、20Neイオンビーム、40Arイオンビームによる広域照射に曝された細胞の生存率を図1aに示す。物理的に等価な12Cイオンビーム線量は、X線の場合と比べて生存率低下に効果を示した。40Arイオンビームが最も大きな有効性を示した。12Cイオンビーム、20Neイオンビームならびに40Arイオンビームについて、X線と比較した相対的な生物学的作用をそれぞれD10、すなわちクローン化可能細胞の10%生存率を示す線量として計算したところ、3.4、4.5ならびに6.2Gyになった。
<2> α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionate(AMPA)受容体拮抗剤の作用
本発明者ら最近の報告によれば、グリア芽腫細胞はCa2+透過性AMPAを発現しており(Ishiuchi, S. et al. Nat, Med. 8, 971-978(2002))、その後、AMPAの媒介するCa2+シグナル伝達はSer473部位におけるAkt活性化を介してグリオーマ細胞の移動性と増殖を調節していることが確認されている(Ishiuchi, S. et al. J. Neurosci.27, 7987-8001(2007))。これらの受容体に対する拮抗剤である2,3-dihydroxy-6-nitro-7-sulfamoyl-benzo(F)-quinoxaline (NBQX)、または1-(4-aminophenyl)-4-methyl-7,8-methylenedioxy-5H-2,3-benzodiazepine (GYKI−52466) は、Ser473部位においてAktを脱リン酸化してその結果として細胞の移動性と増殖を阻害する。従ってここでは、AMPA受容体拮抗剤と電離放射線を併用することによってグリア芽腫細胞の増殖や移動性に相乗的な阻害作用が生じるかどうかという問題について、細胞をAMPA拮抗薬に曝露して1時間後に照射を行い、照射後すぐに細胞を除去するという方法により検討した。
【0058】
すると、100μM NBQXまたはGYKI−52466に1時間曝露しても、コロニー形成アッセイでは細胞に有意な作用が生じないことが分かった(n=3)。だが興味深いことに100μM NBQXをX線照射と組み合わせた場合、5Gy条件での生存率は0.85±0.04%から0.09±0.004%に減少した(n=3; P<0.001)。従って100μM NBQXを用いた併用療法は、X線照射単独の場合と比較して生存細胞分画を有意に減少させた(図1b)。
【0059】
手術摘出腫瘍より作製した初代培養細胞に対しても似たような作用が観察され、100μM NBQX(n=3; P<0.001)に対する曝露により、5Gy条件での生存率は0.90±0.10%から0.02±0.004%まで減少した(図1c)。
<3> 照射された細胞に対する形態学的分析
X線ならびに重イオンビームを照射した細胞をヘマトキシリン-エオシン(H.E.)染色し、照射10日後に形態学的分析を行った(図2)。細胞は徐々に平坦化し、特に5Gy X線照射後に顕著であった(図2a)。
【0060】
1Gy炭素ビーム照射後には、細胞質の平坦化と巨大化と共に、異常多核細胞(図2b)ならびに細胞骨格の崩壊が示された。3Gy炭素ビーム照射後には、核周囲領域における細胞質の空胞化(図2b)が顕著であった。5Gy炭素ビーム照射後には、好酸性顆粒体の沈着も観察された(図2b)。1Gyネオンビーム照射(図2c)と0.5Gyアルゴンビーム照射(図2d)によっても同様な細胞毒性作用が生じた。
【0061】
Mitotracker(Molecular Probes, Inc.)を用いた活性染色(図3)により、炭素ビーム処置された細胞には異常空胞化ミトコンドリアが検出されたが、被照射対照細胞ではミトコンドリアが縦の束となる健常なパターンが示された(図3a)。Mitotrackerとヨウ化プロピジウム(PI)を用いた二重染色では、前者が生存細胞と死細胞を染色し、後者は死細胞を染色するものであるが、これによって低ならびに高LET照射細胞における照射後6日から10日目における生存細胞ならびに死細胞の細胞数が計算された。
【0062】
1、3ならびに5Gy炭素ビーム照射後6日目と10日目の時点では生存細胞の有意な減少が明らかとなり、5Gy炭素ビーム照射後6日目の時点では死細胞数が有意に増加した(n=3; P<0.05)(図3f、g)。
【0063】
1、3ならびに5Gy炭素ビーム照射後10日目の時点では生存細胞の有意な減少が明らかとなり、3ならびに5Gy炭素ビーム照射後10日目の時点では死細胞数がそれぞれ有意に増加した(n=3; P<0.01)(図3h、i)。
【0064】
3Gy X線照射を100μM GYKI−52466処置と組み合わせた場合には、3GyX線照射だけの場合と比較して照射後6日目の時点における細胞毒性が有意に強化された(n=3; p<0.001)(図3j)。100μM GYKI−52466処置を併用した5Gy X線照射後6日目ならびに10日目の時点では、5Gy X線照射単独の場合の照射後6日目ならびに10日目の時点と比較して、死細胞数は両日ともそれぞれ有意に増加した(n=3; P<0.001)(図3k、l、m)。
<4> 照射後初期の遊走速度
グリア芽腫細胞は非常に遊走性の高い挙動により有名であり、この傾向は凝集塊によりプレーティングされた細胞においても反復される。ここではコマ撮り動画を用いて、照射後3日間に凝集塊から離れて移動する腫瘍細胞の移動速度を調べた(図4a)。直径100〜500μm(平均250μm、n=27)の凝集塊と比較して、遊走速度に有意差は無かった。非照射細胞は急速に移植片から遊走し、その速度は最初の12時間は8.8±0.6μm/時間(n=3)、12〜36時間は10.8±0.5μm/時間(n=3)であった。双極性紡錘形細胞は15.8±4.5μm/時間で急速に移動した(n=3)。
【0065】
明るい細胞体により同定された、各5時間の間にメタフェーズに入る凝集塊あたりの遊走細胞数を、コマ撮り動画を用いてプレーティング後45時間まで計数した。メタフェーズ細胞の5時間ごとの平均数は、それぞれ0〜15時間、15〜30時間、30〜45時間の期間において、13±0.6、15±1.6、23±4.0であった(図4b)。これらの分裂細胞は30時間以内に非常に遊走性の高い挙動を示した。また図4cに示すようにこの遊走細胞は有糸分裂活性を示した。この遊走細胞は分裂期に入って細胞質分割の後にも転移を続けた。36時間前後で細胞密度がやや稠密状態に達した後、遊走速度は徐々に減少して5.7±0.3μm/時間となった(n=3)。
【0066】
10GyのX線照射に続く最初の12時間に遊走速度は促進され、21.5±5.7μm/時間(n=3)となり、続く24時間は23.5±4.7μm/時間で継続した(n=3)。照射後36時間で遊走速度は低下し、12.8±0.5μm/時間(n=3)となった(図4a、4d)。照射を受けた遊走性の細胞は紡錘形であり、移植片から急速に遊走した。有糸分裂細胞の5時間ごとの平均数は、それぞれ0〜15時間、15〜30時間、30〜45時間の期間において、5.0±1.6、8±3.0、19.0±2.0であった。0〜15時間ならびに15〜30時間において、有糸分裂細胞数に有意な減少が見られた(n=3、p<0.01)(図4b)。これらの知見から、照射を受けた細胞では照射後初期に分裂が停止することが示された。
<5> AMPA受容体拮抗剤が細胞移動に及ぼす相乗効果
放射線照射の1時間前に100μM NBQXに曝露させることにより、最初の24時間に遊走速度は減少して1.8±0.5μm/時間時間(n=3)、続く24時間には3.3±0.5μm/時間(n=3)となったが、放射線照射を行わずに1時間にわたり100μM NBQXまたはGYKI−52466に曝露させても細胞遊走に有意な影響は生じなかった(n=3)。100μM NBQXの存在下または非存在下においてX線照射が細胞転移に及ぼす長期効果を、放射線照射後10日目の時点でH.E.染色を行うことにより調べた。移植片の周縁から遊走先端までの距離を計算し、非照射移植片と比較した(オンラインの追加図3を参照)。非照射(対照)、5Gy、10Gy、5Gy+100μM NBQXならびに10Gy+100μM NBQXを照射した細胞における遊走距離は、それぞれ1500±250、880±84、875±96、867±78ならびに850±191μmであった。放射線照射と同時にNBQX処理を行うことによって、遊走距離は対照群と比較して有意に減少した(n=3; p<0.01)(図4f)。放射線照射とNBQX処理を行った細胞においては、移植片サイズの減少が明らかであった(n=3; P<0.05)(図4e、g)。
【0067】
従来の広域10Gy炭素ビーム照射後、12時間にわたり遊走速度は促進され26.5±5.2μm/時間になり(n=16)、続く24時間にはさらに加速して37.5±8.2μm/時間となった(図5a)。双極性紡錘形細胞は専ら大きな移動挙動を示した。さらに遊走速度は放射線照射後少なくとも3日間維持された。100μM GYKI−52466に対する曝露によって、最初の24時間にわたり遊走速度は減少して4.3±2.5μm/時間となり(n=3)(図5a、b)、続く24時間に5.3±1.0μm/時間(n=3)となった。メタフェーズ細胞は異常な細胞質分裂のために分裂や移動することができなかった(図5b、c)。これらの知見から細胞質分裂が細胞移動に関連していること、そして細胞増殖は細胞遊走とは異なるというこれまでの考え(Giese, A. et al. J. Clin. Oncol. 21, 1624-1636(2003); Int. J. Cancer 67, 275-282(1996))とは逆に、今回の培養系においては細胞分裂(増殖)と細胞移動(遊走)は排他的な事象ではないことが示された。
<6> 広域放射線が単層培養での移動性に及ぼす影響
細胞をクローニング環内に蒔き、プレーティング後6時間目の時点で0、1、3、5ならびに7Gyの広域X線照射処理を行い、その後に環を除去した。細胞は40時間にわたり培養し、H.E.染色またはSer473部位におけるリン酸化Akt、ビメンチン、ならびに増殖マーカーとしてKi67に対する抗体(MIB−1指標)(Khine, M. M. et al Lab. Invest-70, 125-129(1994))を用いた三重免疫染色、また4,6-diamino-2-phenylindole(DAPI)核染色を行った。環外部の細胞数を計数して非照射群と比較した(図6)。1、3、5ならびに7Gy放射線照射群における環外部の細胞比率はそれぞれ170±17%、246±26%、193±21%、197±15%であり、非照射群と比較して遊走細胞数の有意な増加が見られた(n=3; p<0.01)(図6a)。MIB−1指標はMIB−1陽性細胞/DAPI染色細胞の比率として計算され、1、3、5ならびに7Gy放射線照射群ではそれぞれ167±6.0%、213±42%、200±26%、203±6.0%となり、非照射群と比較してMIB−1指標の有意な増加が見られた(n=3; p<0.01)(図6b)。照射群において転移先端に位置する細胞は、MIB−1に関して選択的に染色された(図6c、d)。MIB−1陽性細胞と環外部の遊走細胞のいずれにおいてもリン酸化Akt発現が観察された。
【0068】
周密的な培養を横断する単回のスクラッチを覆った遊走に対する作用を、X線(1、5ならびに10Gy)と炭素ビーム(1、3ならびに5Gy)照射について評価した。1、5ならびに10GyのX線照射群におけるスクラッチ領域の移動細胞比率は、非照射群と比較して有意に増加し、それぞれ158±4%、170±11%、144±10%となった(n=3; P<0.05)。1、3ならびに5Gyの炭素イオンビーム照射群におけるスクラッチ領域の移動細胞比率は、非照射群と比較して有意差を示さず、それぞれ110±14%、120±24%、140±12%となった(n=3; P<0.05)。高ならびに低LET照射はいずれもスクラッチ領域の細胞移動に影響しなかった。
【0069】
照射後2日目にトランスウェルチェンバー遊走アッセイを用いて転移に対する影響を調べた。1、5ならびに10GyのX線照射群における遊走細胞比率は、非照射群と比較して有意に増加し、それぞれ170±36%、250±61%、220±20%となった(n=3; P<0.05)。1、3ならびに5Gyの炭素イオンビーム照射群における遊走細胞の比率はそれぞれ120±15%、200±20%、230±41%となり、非照射群と比較して有意に増加した(n=3; p<0.01)。
<7> 凝集化培養においてマイクロビーム照射が運動性に及ぼす作用
放射線照射した組織に由来する細胞転移に対してビーム照射が及ぼす影響を調べたが、これは直径5〜250μmのコリメータを用いて腫瘍組織の特定領域または単一細胞に対して照射を行い、照射組織に対する放射線生物学的作用を、照射を受けていない組織に対する場合と区別出来るようにして実施した(Funayama, T. et al. Radiat. Res. 163, 241-246(2005): Hamada, N. et al. Radiat. Res. 166, 24-30(2006))。直径250μmのコリメータを通過する炭素またはアルゴンイオンビームが細胞転移に及ぼす影響を、移植片培養における腫瘍細胞に対して観察した。直径500〜100μmの各種サイズの移植片に炭素またはアルゴンビームを照射した。移植片は全て遊走を続け、移植片の中央部に位置する小型円形細胞が、放射線照射後の初期(第1〜3日)に活発な新しい子孫を産生した。図7aに示すのは、10Gyアルゴンビームにより直径250μmのコリメータを用いて処置された直径250μmの移植片である。移植片から遠距離まで遊走する細胞は紡錘形態であり、Aktを活性化していることが抗-phospho-AktSer473を用いた免疫蛍光により明らかになった(図7f〜h)。最初の12時間に転移速度が高まり30.5±3.2μm/時間(n=16)となり、続く24時間にはわずかに加速して32±10.2μm/時間となった(図7i〜l)。直径250μmのコリメータを用いた10Gy炭素ビーム照射においても本質的に同様の作用が見られ、最初の12時間の移動速度は32.5±5.2μm/時間(n=16)であり、続く24時間には加速して40.5±8.2μm/時間となった(図7m〜p)。
<8> 粒子放射線が細胞遊走に及ぼす長期的作用
粒子放射線が細胞遊走に対して及ぼす長期的作用を調べるために、移植片培養に10Gy炭素ビーム照射を行い、照射後14日目まで観察した。大多数の細胞は平坦な形態を示したが、それでも紡錘形細胞は移植片培養の周辺部にまで遊走した(図8)。
<9> 移動距離について
なお、以上の例においての遊走距離については図9に示したように、(a+b)/2で計算したが、ここでaは遊走距離の最大値、bはその最小値である。細胞遊走アッセイの分析での移植片のサイズは(c+d)/2で計算したが、cは培養移植片の長軸であり、dは短軸である。
<10> 評価
日本国内における全国規模のフェーズI/II治験(溝江ら、日本臨床 63巻 432−436頁 2005年)ではグリア芽腫細胞患者4例に対して炭素ビーム照射による治療を行ったが、この場合の線量は相対生物学的効果が3であると見なした状態で、X線照射に対する等価線量(GyE)を用いた。T1強調磁気共鳴(MR)画像により強調されて現れた病変部に対しては28.0GyEを2週間にわたり8分画で照射し、T2強調MR画像において高い強度で現れた病変部には30GyEを3週間にわたり12分画で照射した。しかし2例の患者に局所再発が生じ、1例の患者に髄膜播種、1例の患者では原発部位の局所コントロールが可能であったにもかかわらず反対側の部位に再発が生じた。従って放射線照射野と線量を増やして、T2強調MR画像中の高強度領域に20mmマージンを加えた領域とT1強調MR画像中の高強度領域に30mmマージンを加えた領域とが重複する領域においては3週間にわたり12分画において30GyEとし、T1強調MR画像中の高強度領域に20mmマージンを加えた領域においては2週間にわたり8分画において32GyEとした。実際の治療マージンは、重要な機能を持つ特別な領域に隣接する病変である場合は、必ずしもこの条件に合致している訳ではない。浸潤性グリオーマ細胞は、外科標本中の腫瘍塊から4cmを越える距離に検出された(Silbergeld, D. L. & Chicone, M. R. J. Necerosurg, 86, 525-531(1997))。一方、正常な脳に対する放射線の神経毒性は放射線照射野の拡大と共に増加した。このように放射線の照射野を拡大しても、放射線治療直後に劇的に変化する実際の腫瘍マージンを含み得ないことが、今回の結果で示されている。
【0070】
グリア芽腫中の多核巨細胞の同定は当該腫瘍の診断に重要であるが、この細胞の出現があることにより臨床的な悪性度が高まるわけではなく、逆にこれらの細胞は退行性変化の一種であると考えられている。実際に多核巨細胞が優勢となるグリア芽腫の亜型では周囲正常脳への浸潤性は比較的少なく、予後は比較的良好である。多核巨細胞は一般に電離放射線や抗癌剤に対する治療後に出現することが多い。多くの癌細胞にはチェックポイントが欠如しているが、それらにはp53により主に調節されるG1チェックポイント、p53依存性ならびにp53非依存性メカニズムにより調節されるG2チェックポイント、ならびに有糸分裂チェックポイントが含まれる。G1とG2のチェックポイントを通過した癌細胞はDNA合成を続ける。有糸分裂チェックポイントに入るとこれらの細胞は引き続き細胞質分裂を行うことができず、最終的に多核巨細胞になる。多核巨細胞は非処置細胞の3〜6%に現れるが、その比率は粒子放射線や高線量光子照射による処置を受けた細胞ではさらに増加する。粒子放射線が高線量になると、それに関連して巨細胞がより急速に現れるようになり、これらの巨細胞は最終的に老化する。全タイプの粒子放射線照射は、単層培養系においては効率よく腫瘍細胞を細胞死へと導く。
【0071】
凝集培養においては、高ならびに低LET照射はいずれも曝露後初期の細胞遊走を刺激する。コマ撮り動画によれば、放射線照射後3日目までの期間に遊走が有意に促進された。さらに遊走した紡錘形双極性細胞は、10Gyの高または低LET照射後10日間以上にわたり生存した。放射線療法はこの遊走機構を刺激する可能性があり、これは臨床治験で放射線治療を受けた患者において、遠隔部位における再燃、播種が生じる理由になりうるだろう。今回の試験ではX線と粒子照射ともにヒトグリア芽腫細胞の遊走を刺激した。これとは対照的に粒子線照射はHT1080ヒト繊維肉腫細胞の転移を抑制したが、X線照射は抑制しなかった(Ogata, T. et al. Cancer Res. 65, 113-120(2005))。致死量以下の線量(1−3Gy)でX線照射を行う場合にもラット9Lグリオーマ細胞の移動性が刺激された(Wild-Bode, C. et al. Cancer Res. 61, 2744-2750(2001))。我々の実験では高線量粒子照射による広域ならびにマイクロビーム照射は、ヒトグリア芽腫細胞に対していずれも同様な生物学的効果を引き起こした。すなわち、浸潤性増殖の最先端を広くカバーする放射線や、凝集塊の周縁に沿った放射線照射は、細胞遊走に対して抑制的効果を全く及ぼさなかった。逆に両タイプの放射線照射はいずれも腫瘍細胞の遊走を刺激した。現時点で受け入れられているグリア芽腫細胞に対する放射線治療の様式には、従来の外部X線療法だけでなく、定位的放射線療法や密封小線源照射、強度変調放射線治療、重イオンビーム療法などがあるが放射線照射の方法に関係なく、十分治療効果を上げていない理由の一つとして放射線照射それ自体が腫瘍細胞の遊走を刺激しているためであるとも考えられる。
【0072】
粒子照射を用いて実施した場合であっても、放射線照射だけでは本質的にグリア芽腫を根治出来ないことがわかる。グリア芽腫細胞は何らかの方法で電離放射線を感知し、イオンビームや光子から逃げようとすると考えられる。紡錘型双極性細胞は有髄繊維に添って長距離を移動し、安全な場所を見つけて落ち着いて再成長する可能性がある。このような腫瘍細胞の生物学的動態を考慮し、AMPA受容体拮抗剤などの細胞遊走を阻害する薬剤を放射線療法と同時使用することが有益である。これらの薬剤は放射線療法が腫瘍細胞に対して及ぼす細胞毒性作用を増強し、同時に腫瘍細胞の転移を阻害する。放射線照射とAMPA受容体拮抗剤を同時に用いて治療すると、転移できず異常な細胞分裂によって分裂できない細胞の数が増加した。ホスファチジルイノシトール3−キナーゼ/Akt経路を含むシグナル経路を減少させると、びまん性浸潤グリオーマの増殖レベルと遊走がいずれも減少することになる。AMPA拮抗剤はSer473でAktを脱リン酸化し、それによって細胞移動性ならびに増殖を阻害すると考えられる。実際にはAMPA受容体拮抗剤には2種類の作用があり、一つは腫瘍細胞の細胞毒性を促進する放射線増感剤として、もう一つは腫瘍細胞の運動を減少させる遊走阻害剤としての役割を果たす。遊走阻害剤を放射線療法前および治療中さらに放射線照射後の一定期間投与することは非常に重要になるが、これは致死量以下の放射線照射により腫瘍細胞の移動性が刺激され、またこの期間中に浸潤性増殖の最先端が劇的に変化することを抑制するためである。
<実施例2>
メラノーマに関する試験結果を以下に示す。
【0073】
最初に、悪性黒色腫脳転移病巣から作成した新鮮手術摘出標本によるAMPA受容体サブユニットGluR1−4およびPDGFα受容体、c−kitの検出を行った。ヒト悪性黒色腫を認識する抗体(HMB45)、各種GluR1,2/3,3,4を認識する抗体、NMDA受容体サブユニットNR1,NR2A/Bを認識する抗体、PDGFα受容体、c−kitに対する抗体を用いた蛍光2重染色により、ヒト悪性黒色腫と認識された細胞(HMB45陽性細胞)はAMPA受容体サブユニットGluR1−4(図10A〜E)、NMDA受容体サブユニットNR1,NR2A/B(図10F)、c−kit(図10G)、PDGFα受容体(図10H)が発現していることが判明した。
【0074】
次に、ヒト悪性黒色腫細胞株(A375,G361)を用いた遊走試験においてNBQX(AMPA受容体拮抗薬)およびMK−801(NMDA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った。トランスウェル培養器(pore size 8μm)の上段に105の細胞を捲き、下段に遊走してくる細胞数を48時間後に算定し%controlで表示した。NBQXの100μM投与、MK−801の100μM投与により、A375、G361両株とも(図11A)、有意に遊走性が低下した(図11B)(n=3,p<0.01)。
【0075】
次に、ヒト悪性黒色腫細胞手術摘出腫瘍より作成した新鮮培養細胞を用いた遊走試験においてGYKI−52466(AMPA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った。トランスウェル培養器(pore size 8μm)の上段に105の細胞を捲き、下段に遊走してくる細胞数を48時間後に算定し%controlで表示した。GYKI−52466の50μM投与により(図12A)、有意に遊走性が低下した(図12B)(n=3,p<0.01)。
【0076】
図13Aは、手術摘出腫瘍より作成された培養ヒト悪性黒色細胞であり、培養直後の位相差顕微鏡像である。図示されるように、小型円形の腫瘍細胞がフラスコに定着している。図13Bは培養2日目の状態であり、腫瘍細胞は突起進展しながら遊走し始めている。図13Cは、培養4日目の細胞を4%パラフォルムで固定後、GluR1およびGluR4に対する抗体を同時に用いて、ローダミン含有2次抗体を用いた蛍光2重染色を施行したものである。図示されるように、遊走する腫瘍細胞の突起に強く発現が認められる。図13Dは手術摘出標本のヘマトキシリン−エオジン像である。脳実質を突起進展しながら浸潤する悪性黒色腫細胞が認められる。
<実施例3>
腫瘍細胞のsurvivinをRNA干渉すると細胞質分裂が抑制され照射による遊走亢進が抑制された(図14A〜D)。コントロール細胞をDAPIによる核染色(青)とマウス抗ヒトsurvivin抗体(Dako、100倍希釈)にて染色したところ、キネトコア(kinetochore)部にsurvivinを認めた(図14A)。図14Aの矢印(太い)、矢印(細い)、矢頭は同一細胞を示している。
【0077】
Invitrogen社より購入したsurvivinに対する3種類のRNAiプローブ(BIRCA5 43,44,45)を用いてtransfectionした(図14B、C)。RNA干渉実験に用いたSurvivin probeの配列は次のとおりである。
【0078】
【表2】
【0079】
Fluorescent Oligo(Invitrogen社)を導入マーカーとしてプローブと一緒に共transfectionした。図14Bの左図はBIRCA44のプローブ導入36時間後、中央図と右図はBIRC5-HSS141245 のプローブ導入52時間後の結果を示す。左図では矢頭部にsurvivinが認められない。中央図と右図ではsurvivinを干渉された細胞は多核化している。survivinをRNA干渉後56時間後には多核巨細胞が優位に増加した(n=3,p<0.01)。
【0080】
survivinをRNA干渉(BIRCA45プローブを用いた。)すると照射による遊走亢進を有意に阻害した(図14D、下段中央図の太い矢印は細胞分裂を完遂できない細胞を示し、細矢印はapotosisを示す(DAPI染色)。下段左図はvimentinおよびDAPI染色。細胞はリング外に遊走している)。リング内に細胞を播き12時間後にtransfectionを行い、その12時間後にリングを外し、さらに24時間培養した。
<実施例4>
AMPA拮抗薬(GYKI−52466)が照射による脳浸潤の増強を抑制するモデル動物の治療試験結果を図15、図16に示す。図15は炭素線照射の結果を示す。あらかじめ腫瘍細胞に10Gy炭素線照射を行った後、ヌードマウスに脳移植し、移植後10日間、連日GYKI−52466(25mg/kg)を腹腔内投与した(図15Aはコントロール:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色(スケールバーは100μm)、vimentinおよびDAPI染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図15Bは炭素線10Gy照射のみ:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色(スケールバーは100μm)、vimentinおよびDAPI染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図15Cは治療群:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色(スケールバーは100μm)、vimentin、GluR1、およびDAPI染色、vimentinおよびDAPI染色、GluR1およびDAPI染色を示す)。
【0081】
図16はX線照射の結果を示す。X線は移植翌日に全脳に5Gy照射を行い、治療は照射直前より10日間連日GYKI−52466(25mg/kg)を腹腔内投与することにより行った(図16Aはコントロール:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図16BはX線5Gy照射のみ:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色、GluR1およびDAPI染色を示す。図16Cは治療群:左から右へ順に、移植10日後の移植ヌードマウスの肉眼図、移植空間の拡大図、vimentin染色、GluR1およびDAPI染色を示す)。
【0082】
炭素線照射およびX線照射の場合共にAMPA拮抗薬投与により顕著な腫瘍浸潤抑制効果が認められた。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】コロニー形成アッセイにおける生存分画と、NBQX(100μM)存在下ならびに非存在下における放射線に対する感受性を示すグラフである。(a)ヒトグリア芽腫細胞株(CGNH−89)に対するX線(黒四角)、炭素ビーム(黒三角)、ネオンビーム(黒逆三角)、アルゴンビーム(黒ひし形)照射後のクローン化可能生存曲線。(b)NBQX(100μM)存在下(黒三角)ならびに非存在下(黒四角)におけるヒトグリア芽腫細胞株(CGNH−89)に対するX線照射後のクローン化可能生存曲線。(c)NBQX(100μM)存在下(黒三角)ならびに非存在下(黒四角)における一次ヒトグリア芽腫細胞に対するX線照射後のクローン化可能生存曲線。
【図2】H.E.染色された照射済み細胞の形態を示す(照射後10日目)。(a)非照射ならびにX線(1、3、5ならびに10 Gy)照射細胞。スケールバーは100μmを示す。(b)非照射ならびに炭素ビーム(1、3ならびに5Gy)照射細胞。位相差顕微鏡(上図)ならびにH.E.染色像(中央ならびに下図)。中央の挿入図はH.E.で染色した培養皿の画像。非照射対照中の転移中の紡錘状細胞と有糸分裂細胞、1Gy照射後の多核細胞、3Gy照射後のアポトーシス状態の細胞、5Gy照射後の好酸性封入体(下図、左から右へ)。スケールバーは上図と下図では100μm、中央図では200μmを示す。(c)非照射ならびにネオンビーム(1、3ならびに5Gy)照射細胞。スケールバーは100μmを示す。(d)非照射ならびにアルゴンビーム(0.5ならびに1Gy)照射細胞。スケールバーは200μmを示す。
【図3】ヒトグリア芽腫細胞についてMitotrackerとPI染色により調べたX線と炭素ビーム照射による細胞毒性作用を示す。(a)対照細胞(CGNH−89)と(b)5Gy炭素ビーム照射細胞(照射後10日目)をMitotrackerとPIにより染色した。PIにより染色された死細胞(c)、Mitotrackerにより染色された全細胞(d)、ならびにまとめ画像(e)。スケールバーは50μmを示す。1、3ならびに5Gy炭素線照射後6(fとg)ならびに10(hとi)日目における生存細胞(fとh)ならびに死細胞(gとi)の細胞数を示すグラフ(n=3; *P<0.05、**P<0.01)。100μM GYKI−52466存在下ならびに非存在下での、3ならびに5Gy X線照射後の6(jとk)ならびに10(lとm)日目における生存細胞(jとl)ならびに死細胞(kとm)の細胞数を示すグラフ(n=3; ***P<0.001)。
【図4】移植片培養での細胞移動に対してX線照射が及ぼす影響。(a)非照射(上図)ならびに10Gy照射(下図)CGNH−89細胞を48時間にわたりコマ撮りしたビデオから抜粋した画像。スケールバーは100μmを示す。(b)これらの移植片について、各5時間の期間中にメタフェーズに入る細胞数を、45時間にわたり示すグラフ(n=3; **P<0.01)。画像は非照射ならびに10Gy照射されたCGNH−89細胞を48時間にわたりコマ撮りしたビデオから抜粋した。(c)上図において遊走先端(白矢印)に位置する細胞はメタフェーズ状態になり、7時間の期間中に2個の細胞に分裂した(黒矢印と白矢じり)。スケールバーは100μmを示す。(d)下図における放射状矢印の移動先端における移植片から、7時間中に移動する紡錘形細胞(白と黒の矢印)。スケールバーは100μmを示す。(e)100μM NBQXの存在下または非存在下での非照射ならびに照射済み(5または10Gy)移植片を、照射後10日目の時点でH.E.染色したもの。スケールバーは100μmを示す(fとg)。遊走距離(f)と移植片サイズ(g)の計算は、図9の式を用いて行った(n=3; *P<0.05、**P<0.01)。
【図5】広域10Gy炭素ビーム照射による移植片培養のコマ撮り動画の分析。(a)100μM GYKI−52466の非存在(上図)または存在(下図)条件下におけるCGNH−89細胞のコマ撮り動画からの抜粋画像。下図の白い矢印と矢じりは同一細胞を示す。(bとc)100μM GYKI−52466細胞の存在下におけるCGNH−89細胞のコマ撮り動画より抜粋した異常細胞分裂の画像。白い矢印が異常細胞分裂を示す。スケールバーはaでは250μm、bとcでは100μmを示す。
【図6】広域放射線照射が単層培養アッセイを使用した運動性に及ぼす影響。(aとb)1、3、5および7Gy X線照射後の環外の細胞比率(a)ならびにMIB−1指標(b)を、非照射細胞の値と比較したもの(n=3; *P<0.01)。(cとd)非照射(c)ならびに5Gy X線照射細胞(d)に対して実施したPhospho−Akt(pAkt)、Ki67(MIB−1)、ならびにDAPIに対する抗体を用いた三重免疫染色の代表的データ。dではKi67陽性細胞が環の外に存在することに注意。cとdのスケールバーは100μmを示す。
【図7】マイクロビーム照射が移植片培養アッセイを使用した運動性に及ぼす影響。イオン検出器CR−39中のプレーティングされた移植片の10Gyアルゴンビーム照射前(a)と照射後6時間目(b)における顕微鏡写真。照射後50時間目における転移先端の細胞は白と黒の矢印で示されている(c)。ビメンチンならびにphospho−Akt(Ser−473)に対する抗体を用いた二重免疫染色(d)。丸で囲んだ領域は放射線照射を受け、アルカリ−エタノール溶液により可視化されたイオン孔により縁を付けられている(e)。遊走細胞はビメンチン(f)ならびにphospho−Akt(Ser−473)に対する免疫反応性を示した(gとh)。スケールバーはaからeまでは250μmを示し、fからhまでは100μmを示す。(i)から(l)には10Gyアルゴンビーム照射を行った16から43時間後の移植片中の細胞のコマ撮り動画からの抜粋画像(16h,24h,36h,および43h)。10Gy炭素ビーム照射を行った0から43時間後までの細胞のコマ撮り動画からの抜粋画像(mからp)(2h,15h,30h,および43h)。mに示す円は250μmコリメータによる照射範囲。lとpのスケールバーは250μmを示す。
【図8】広域炭素ビーム照射後の長期移植片培養。非照射(a)ならびに10Gy照射を行った細胞(照射後10日目)(b)をビメンチンに対するモノクローナル抗体ならびにDAPIにより染色した。bにおける遊走する紡錘形細胞は白い矢印で示す。aのスケールバーは100μmを示す。
【図9】移動距離は(a+b)/2で計算したが、ここでaは移動距離の最大値、bはその最小値である。細胞移動アッセイの分析での移植片のサイズは(c+d)/2で計算したが、ここでcは培養移植片の長軸であり、dはその短軸である。
【図10】悪性黒色腫脳転移病巣から作成した新鮮手術摘出標本によるAMPA受容体サブユニットGluR1−4およびPDGFα受容体、c−kitの検出を行った結果を示した図である。
【図11】ヒト悪性黒色腫細胞株(A375,G361)を用いた遊走試験においてNBQX(AMPA受容体拮抗薬)およびMK−81(NMDA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った結果を示した図である。
【図12】ヒト悪性黒色腫細胞手術摘出腫瘍より作成した新鮮培養細胞を用いた遊走試験においてGYKI−52466(AMPA受容体拮抗薬)の腫瘍細胞の遊走抑制試験を行った結果を示した図である。
【図13】図13Aは、手術摘出腫瘍より作成された培養ヒト悪性黒色細胞であり、培養直後の位相差顕微鏡像である。図13Bは培養2日目の状態であり、腫瘍細胞は突起進展しながら遊走し始めている。図13Cは、培養4日目の細胞を4%パラフォルムで固定後、GluR1およびGluR4に対する抗体を同時に用いて、ローダミン含有2次抗体を用いた蛍光2重染色を施行したものである。図13Dは手術摘出標本のヘマトキシリン−エオジン像である。
【図14】腫瘍細胞のsurvivinをRNA干渉すると細胞質分裂が抑制され照射による遊走亢進が抑制された結果(実施例3)を示した図である。
【図15】AMPA拮抗薬(GYKI−52466)が炭素線照射による脳浸潤の増強を抑制することを示すモデル動物の治療試験結果(実施例4)である。
【図16】AMPA拮抗薬(GYKI−52466)がX線照射による脳浸潤の増強を抑制することを示すモデル動物の治療試験結果(実施例4)である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とする放射線がん治療用の放射線増感性遊走阻害剤。
【請求項2】
細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とするがん治療用の遊走阻害剤。
【請求項3】
細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物が、AMPA受容体拮抗性化合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の遊走阻害剤。
【請求項4】
AMPA受容体拮抗性化合物が、2,3−ジヒドロ−6−ニトロ−7−スルファモイルベンゾ(F)−キノキサリンまたはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【請求項5】
AMPA受容体拮抗性化合物が、1−(4−アミノフェニル)−4−メチル−7,8−メチレンジオキシ−5H−2,3−ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【請求項6】
AMPA受容体拮抗性化合物が、7−アセチル−5−(4−アミノフェニル)−8(R)−メチル−8,9−ジヒドロ−7H−1,3−ジオキソロ[4,5−h][2,3]ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【請求項7】
AMPA受容体拮抗性化合物が、7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル酢酸またはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【請求項1】
細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とする放射線がん治療用の放射線増感性遊走阻害剤。
【請求項2】
細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物を有効成分として含有することを特徴とするがん治療用の遊走阻害剤。
【請求項3】
細胞質分裂促進物質の産生抑制活性を有する化合物が、AMPA受容体拮抗性化合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の遊走阻害剤。
【請求項4】
AMPA受容体拮抗性化合物が、2,3−ジヒドロ−6−ニトロ−7−スルファモイルベンゾ(F)−キノキサリンまたはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【請求項5】
AMPA受容体拮抗性化合物が、1−(4−アミノフェニル)−4−メチル−7,8−メチレンジオキシ−5H−2,3−ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【請求項6】
AMPA受容体拮抗性化合物が、7−アセチル−5−(4−アミノフェニル)−8(R)−メチル−8,9−ジヒドロ−7H−1,3−ジオキソロ[4,5−h][2,3]ベンゾジアゼピンまたはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【請求項7】
AMPA受容体拮抗性化合物が、7−(1H−イミダゾール−1−イル)−6−ニトロ−2,3−ジオキソ−3,4−ジヒドロキノキサリン−1(2H)−イル酢酸またはその塩であることを特徴とする請求項3に記載の遊走阻害剤。
【図1】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2008−308491(P2008−308491A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−125307(P2008−125307)
【出願日】平成20年5月12日(2008.5.12)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年5月12日(2008.5.12)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】
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