説明

におい識別装置

【課題】 本発明は、吸着材に吸着させて捕集した試料ガス成分をにおいセンサで忠実に検出できるようにする。
【解決手段】 ガスセンサ17と、試料ガス中のにおい成分を吸着する吸着材が充填された捕集管15と、試料ガスを捕集管15に供給するための試料ガス供給部11と、吸着材に吸着したにおい成分を脱着させるために捕集管15を加熱する加熱部14と、吸着材から脱着したにおい成分を押し出すために捕集管15にキャリアガスを供給するャリアガス供給部16を備えている。そしてさらに、試料ガス及びキャリアガスを空間内に一旦保持してにおい成分の濃度を均一にしてから吐出するガス濃度調製部13を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、においセンサ(人口鼻,electric nose)と呼ばれる鼻の機構を真似た装置に関し、特に一又は複数種のガスセンサに試料ガスを暴露し、人が感じるにおいに対して官能に準じた測定を行なうにおい識別装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、においに関する機器分析では、ガスクロマトグラフ装置やガスクロマトグラフ質量分析計などを用いた成分分析が主流である。しかしながら、こうした成分分析では、測定時間がかかる、測定に熟練を要する、試料に対して得られる信号の種類が非常に多くその解析や解釈が困難である、などの測定上の問題以外に、人間の嗅覚による官能値と相関が無いなど、様々な問題がある。
【0003】
これに対し、近年、におい物質に対して応答するガスセンサを利用したにおい測定装置が開発されている(例えば、特許文献1、特許文献2、及び非特許文献1などを参照。)。このようなにおい識別装置では、複数のガスセンサにより取得された検出信号を基に、クラスター分析、主成分分析等の各種多変量解析処理、或いはニューラルネットワークを用いた非線形解析処理などを行って、複数の試料のにおいの離間距離(近い範疇のにおいであるかどうか)を求めることができる。
【0004】
しかし、におい識別装置に用いるガスセンサは、物質(例えばカビ)によっては人よりも検出感度が低いことや、ガス選択性が低く目的成分以外の成分により妨害を受けることがあるなどの欠点を有するため、予め試料ガスの前処理を行なうことが必要になる。
前処理は吸着材を詰めた捕集管に試料ガスを通すことで行なうのが一般的であり、吸着材の種類やその吸着温度などの条件を選ぶことにより、目的成分を強調させるフィルタ特性を持たせたり、目的成分を短時間に脱着させて濃縮を行なったりすることができる。
【0005】
通常、捕集管は試料ガス供給部とセンサ部の間に置かれ、試料ガス供給部から供給された試料ガスに対して前処理を行なう。測定時には、捕集管の温度を上げて吸着材から試料ガス成分を脱着させ、脱着した試料ガス成分をキャリアガスの流れによりセンサ部に供給する。
ここで、脱着した試料ガス成分の時間―温度特性は、試料ガスが吸着材の狭い領域(例えば捕集管の入口側のみ)に吸着されている場合はパルス状となり、広い領域(例えば吸着管の入口から奥まで)に吸着されている場合は方形波状となる。
また、吸着される試料ガス成分の分子量が均一の場合は、吸着材の狭い領域に吸着されている方が広い領域にわたって吸着されているよりも高濃度となり、濃縮率が高くなる。
【0006】
試料ガス濃度を一定に保ったまま吸着時間を変化させていくと、ある時間までは脱着したガスの濃度が増加してゆくが、それ以上の時間では濃度はあまり増加せず、主としてガスが出る時間が増加するようになる。これは吸着材の吸着位置が入口側から奥の方に順に詰まってゆき、段々と広い領域(捕集管全体)に吸着されていくためである。
【0007】
また、吸着時間を一定にして物質を変えた場合、吸着材への吸着強さの大小によって濃度分布の形状が変わることがある。これは、吸着力が強い場合は狭い領域に吸着し、弱い場合はより広い領域に吸着するためである。
【0008】
また、試料ガスが多成分から構成される場合は単ガスの場合と異なり、吸着力の強い成分が弱い成分を押しのけて最初に吸着する競合吸着が起こるため、時間―濃度形状が異なる。
【0009】
【特許文献1】特開平11−352088号公報
【特許文献2】特開2002−22692号公報
【非特許文献1】喜多純一、青山佳弘、ほか7名著、「におい識別装置の開発」、島津評論、Vol. 59 No.1・2 2002年11月、p.77−p.85、株式会社島津製作所
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような時間―濃度形状に対し、ガスセンサの応答はガスセンサの時定数でこの時間的な濃度形状に沿ったものとなる。すなわち、ガスセンサの応答速度が捕集管から脱離してくる試料ガス成分の時間的な濃度分布形状の変化よりも充分に早い場合、ガスセンサの応答時間を積分することで吸着した試料ガス成分の量を正確に測定することができる。しかし、前述した捕集管の特性から、捕集管から脱離してくる試料ガス成分の時間的な濃度分布が吸入した試料ガス成分の濃度分布と一致しない場合があるため、ガスセンサのピーク値は、吸入した試料ガス成分の濃度に比例しない場合がある。
【0011】
また、ガスセンサの応答速度が遅い場合の検出された濃度分布は、ガス濃度に依存する部分と吸着時間に依存する部分を忠実には反映しないため、分子量が同じ試料ガス成分を検出しても、濃度分布の形状によってセンサ応答が異なることがあり、濃度依存性が非線形になったり、ガスの種類により濃縮率が異なったりすることもある。
【0012】
人口鼻に用いるガスセンサの金属酸化物半導体センサや導電性高分子は一般に抵抗が高くCR積(容量×抵抗)が大きいため、時定数が数秒以上必要である。そのため、捕集管での脱離時間がガスセンサの時定数以上に長くなれば測定時間が延びてしまい、濃縮率が低下してしまう。
また、捕集管での試料ガス成分の脱着は沸点温度にも依存するため、未知の組成のガスに対して脱着時間を一定に制御することはできず、そのような方法は現実的ではない。
人口鼻では、このようにガスセンサに暴露する試料ガス成分の時間―濃度特定が極めて重要になる。捕集管を人口鼻に用いる場合は、感度とフィルタ効果を得る代わりに線形性やダイナミックレンジが犠牲になってしまうという問題がある。
【0013】
そこで本発明は、時間や温度、濃度、分子量等によって検出特性が変化してしまうガスセンサを用い、吸着材に吸着させて捕集した試料ガス成分を忠実に検出できるにおい識別装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明のにおい識別装置は、ガスセンサと、試料ガス成分を吸着する吸着材、及び吸着材に吸着した試料ガス成分を脱着させるために吸着材を加熱する加熱部を備えた捕集部と、試料ガスを捕集部に供給するための試料ガス供給部と、上記吸着材から脱着した試料ガス成分を押し出すために捕集部にキャリアガスを供給するャリアガス供給部と、上記捕集部から脱着した試料ガス成分をキャリアガスとともに空間内に一旦保持して成分濃度を均一にしてから吐出するガス濃度調製部とを備えている。
【0015】
ガス濃度調整部の一例としてシリンジを用いることができる。
また、ガス濃度調整部の他の一例として排気機構を備えたチャンバーを用いることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のにおい識別装置は、試料ガス及びキャリアガスをガス濃度調製部で一旦回収して保持し、試料ガス成分の濃度分布を均一にするものであり、試料ガス成分がガスセンサに暴露する時間を一定に制御した条件では、試料ガス成分の検出強度は試料ガスの濃度に比例した濃度形状となり、正確な測定ができるようになる。
【0017】
また、従来の構成では、捕集管が無い場合に比べて高濃度域で飽和状態が見られることや、濃度依存性の非線形性が強くなること、特定のガスで濃縮率が下がってしまうこと、吸着力の強いガスが最初に出てきてしまうことなどの問題があったが、本発明ではシリンジを用いて試料ガス成分の濃度分布を一旦均一にしているので、それらの問題が解決される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の一実施例を詳細に説明する。
図1はにおい識別装置の流路構成図である。
試料ガスを供給する試料ガス供給部11、キャリアガス(窒素ガス)を供給するキャリアガス供給部12、両ガスの吸引・吐出を行なうシリンジ(ガス濃度調製部)13は、それぞれ電磁バルブV1,V2,V3の一端に接続しており、バルブV1,V2,V3の他端はバルブV4の一端に接続し、さらにバルブV4の他端は三方バルブV5を介して捕集管(捕集部)15の一端に接続している。
捕集管15の他端は三方バルブV6を介してキャリアガス供給部16に接続しており、三方バルブV6と三方バルブV5の一端はともに排気部に接続している。
【0019】
においセンサ17は三方バルブV7の一端に接続されており、バルブV7を経て供給されるガスはにおいセンサ17を通って排気されるようになっている。
三方バルブV7はガス濃度調製部13とキャリアガス供給部18にも接続されており、においセンサ17に供給するガスをいずれかの流路により切り替えるものである。
バルブV7とにおいセンサ17を接続する流路には空気供給部19が接続されており、においセンサ17での測定に必要な空気が供給される。
【0020】
捕集管15内には試料ガス中の試料ガス成分(におい成分)を吸着する吸着材が充填されている。吸着材としては活性炭や吸着用樹脂を用いることができる。
また、捕集管15の周囲には、吸着材に吸着した試料ガス成分を熱により脱着させるためのヒータ(加熱部)14が設けられている。
【0021】
シリンジ13は、内径1.5cm、長さ6cm程度で、容量が10mLのものを用いた。これは、においセンサに最適な濃度でガスを供給できるよう希釈を行なうため、捕集部容量(約2mL)よりも大きなものを用いている。
ガス濃度調製部として、シリンジの他に排気機構を備えたチャンバーを用いることもできる。この場合、例えば内容積が約5mLのチャンバーに真空排気ポンプを接続し、チャンバー内を予め排気しておいて、ガスを吸引する。ガスを吐出するときは、キャリアガスにより押し出すようにすればよい。
【0022】
図2は本実施例の導電性高分子を用いたにおいセンサ17の平面図であり、(A)は中間部を省略して全体を示したもの、(B)は金電極の一部拡大図である。
図2により、本実施例のにおいセンサ17の構成を説明する。絶縁体材料からなるガラス基板21上に、例えばリフトオフ法によって、2個の金電極23が3mm×3mmの領域に5μmのスペースで櫛形状に形成されている。2個の金電極23は同じ材料からなる0.5mm幅のそれぞれの端子25に接続されている。金電極23の上面には金電極23全体を覆うように導電性高分子からなる感応膜27が形成されている。感応膜27は対向する電極23,23間に存在し、電極23,23間の感応膜27の電気的特性が測定される。感応膜27を構成する導電性高分子の一例はポリ(3−ヘキシルチオフェン)であり、ドーパントとしてPF6(六フッ化リン)が電解ドーピング法により供給されている。においセンサ17には、このようなガスセンサで特性の異なるものが複数個設置されている。
【0023】
次に同実施例の動作を工程毎に説明する。
(1)試料ガス供給工程
バルブV1,V3を開き、シリンジ13でガスを吸引することにより試料ガスをシリンジ12内に吸入する。
このとき、においセンサ17にはバルブV7を介してキャリアガスと空気が一定流量で流されており、においセンサ17のベースラインを安定化させている。
試料ガスの供給後、バルブV1は閉じる。
【0024】
(2)試料ガス成分吸着工程
バルブV3,V4を開き、バルブV5はバルブV4と捕集管15を、バルブV6は捕集管15と排気部を接続するように開く。このときヒータ14は加熱せずに、捕集管15は例えば室温にしておく。
シリンジ13を押し出すことによりシリンジ13内の試料ガスをバルブV3,V4,V5を介して捕集管15に通気させ、吸着材に試料ガス中の試料ガス成分を吸着させる。捕集管15を通過した試料ガスはバルブV6を介して排気される。
試料ガス成分の吸着後、バルブV3は閉じる。
【0025】
(3)妨害成分除去工程
バルブV2,V4を開き、バルブV5はバルブV4と捕集管15を、バルブV6は捕集管15と排気部を接続するように開く。キャリアガス供給部12より例えば窒素ガスを供給し、捕集管15を通して排気する。この工程により水分などの妨害成分の影響を除去することができるので、測定の再現性を向上させることができる。
妨害成分を除去した後、バルブV2は閉じる。
【0026】
(4)試料ガス成分脱着工程
バルブV3,V4を開き、バルブV5はバルブV4と捕集管15を、バルブV6は捕集管15とキャリアガス供給部16を接続するように開く。
捕集管15の温度をヒータ14により250℃程度まで上げ、吸着材から試料ガス成分を脱着させ、同時に、キャリアガス供給部16より例えば窒素ガスを供給し、脱着した試料ガス成分を窒素ガスにより押し出し、シリンジ13内に吸引する。このとき(1)で吸入した量と(4)で吸入した量の比率が濃縮率となる。
試料ガス成分を脱着した後、バルブV3,V4は閉じる。
【0027】
(5)回収工程
バルブV7の接続をシリンジ13とにおいセンサ17を接続するように切り替える。
ガスをシリンジ13によりにおいセンサ17に押し出す。このときのガスの流量はバルブV7の接続を切り替える前にキャリアガス供給部18からにおいセンサ17に送られていた窒素ガスの流量と同一になるようにする。
これにより、においセンサ17には常に一定流量のガスが流されるので、測定におけるベースラインが安定化する。
【0028】
(6)測定工程
試料ガス成分に含まれる各種成分の分子がにおいセンサ17の感応膜27に付着すると、分子の直接的又は間接的な関与により感応膜27の導電率が変化する。そこで、抵抗計(図示は略)によって2個の電極23,23間の抵抗変化を測定することにより、におい物質の検知を行なう。
【0029】
本発明は上記の実施例に限定されず、請求項の記載範囲内で実施可能である。また、におい成分の濃縮率を大きくする場合、大きなシリンジを精密に動作させることが難しい場合、又はシリンジ13のデッドスペースが問題になる場合は、小容量のシリンジを複数個並列に備えるようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のにおい識別装置は、食品や香料などにおいに関する研究開発分野、食品や化成品製造などにおいに関する品質管理分野、臭気環境の管理分野などにおいて、においの臭気強度やにおいの質を求める際に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】におい識別装置の一実施例を示す流路構成図である。
【図2】同実施例のガスセンサ17の平面図であり、(A)は中間部を省略して全体を示したもの、(B)は金電極の一部拡大図である。
【符号の説明】
【0032】
V1〜V7 電磁バルブ
11 試料ガス供給部
12 キャリアガス供給部
13 ガス濃度調製部(シリンジ)
14 加熱部
15 捕集管(捕集部)
17 ガスセンサ
18 キャリアガス供給部
19 空気供給部
21 ガラス基板
23 電極
25 端子
27 感応膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスセンサと、
試料ガス成分を吸着する吸着材、及び前記吸着材に吸着した試料ガス成分を脱着させるために前記吸着材を加熱する加熱部を備えた捕集部と、
前記試料ガスを前記捕集部に供給するための試料ガス供給部と、
前記吸着材から脱着した試料ガス成分を押し出すために前記捕集部にキャリアガスを供給するャリアガス供給部と、
前記捕集部から脱着した試料ガス成分を前記キャリアガスとともに空間内に一旦保持して成分濃度を均一にしてから吐出するガス濃度調製部と、を備えたことを特徴とするにおい識別装置。
【請求項2】
前記ガス濃度調整部はシリンジである請求項1に記載のにおい識別装置。
【請求項3】
前記ガス濃度調整部は排気機構を備えたチャンバーである請求項1又は2に記載のにおい識別装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−8788(P2008−8788A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−180247(P2006−180247)
【出願日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】