説明

めっき被覆アルミニウム製品

【課題】鉄めっきで、十分な耐久性が得られるアルミニウム製品の被覆技術を提供することを課題とする。
【解決手段】めっき被覆アルミニウム製品としてのアルミニウム製ピストン10には、鉄系複合めっき層11が被せられている。鉄系複合めっき層11は、鉄めっき浴にカーボンナノ材料を混合してなる鉄系複合めっき浴によってアルミニウム系母材に被せたカーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層である。
【効果】カーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層は、単なる鉄めっき層に比べて、摩擦係数が小さく、耐久性が高い。1回のめっき工程で、耐久性が高く、摺動性に優れためっき被覆アルミニウム製品が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性を強化しためっき被覆アルミニウム製品に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関を例に説明すると、鋳鉄製シリンダとアルミニウム合金製ピストンとの組み合わせが、長く採用されてきたが、低燃費化に対する車両の軽量化の一環として、シリンダの軽合金化が実用に供されるようになってきた。軽合金は、アルミニウム合金が好まれる。
【0003】
ピストンは、高速でシリンダ内を軸方向に往復するが、コネクティングロッド(以下、コンロッドと記す。)が傾くため、軸直角方向にスラスト力を受ける。
このスラスト力により、ピストンのスカート部がシリンダと強く接触することによりフリクションが発生し、摺動部が摩耗する。摺動部が摩耗することにより、焼き付き等の問題が発生する。特に、アルミニウム合金同士では、摩耗が激しい為、通常はシリンダの内周面又はピストンの表面にめっきを施す。
【0004】
そこで、従来は、アルミニウム製ピストンの表面に硬化処理を施す技術が提案されている(例えば、特許文献1(請求項1)、特許文献2(図1)参照。)。
【0005】
特許文献1に「[請求項1]アルミニウム合金製ピストン本体のクラウン部に複数のリング溝及びランド部が形成され、少なくとも冠面、トップランド部及びトップリング溝部に陽極酸化皮膜層を形成すると共に、前記ピストン本体のスカート部のピストンピン孔部を除く表面に鉄メッキ層を形成したことを特徴とする内燃機関用ピストン。」の記載がある。すなわち、特許文献1に、表面に鉄メッキ処理を施したアルミニウム製ピストンが開示されている。
【0006】
特許文献2を次図に基づいて説明する。
図14は従来のピストンの断面図であり、ピストン100は、アルミニウム製基体101の外周面に鉄めっき層102を積層し、この鉄めっき層102にクロムめっき層103を積層形成してなる。
【0007】
しかし、鉄めっき層102は、アルミニウムに比較してスカッフィング(ピストンの表面の一部が溶着し、擦り傷を発生させる現象)の発生及び高温時の凝着摩耗を防止することができるが、耐摩耗性(耐久性)は十分ではない。また、低燃費化の観点から摺動時に発生する摩擦抵抗によるエネルギー損失は無視できず、改善の余地がある。
【0008】
また、特許文献1には、ピストンリングの溝のうちでトップリング溝に陽極酸化膜(アルマイト)を被せることが知られている。しかし、この場合には、アルマイト処理工程と鉄めっき工程の2つの工程が必要なため、コストと生産効率の面で課題を有する。
【0009】
また、特許文献2のように、クロムめっき層103を被せることで、耐久性の向上が図れるが、鉄めっき工程とクロムめっき工程の二つの工程が必要であるため、製造コストが嵩む。六価クロムが猛毒であるため、クロムめっき工程では、廃液の無害化処理が大切になり、この点でも製造コストが嵩む。
【0010】
そこで、十分な耐久性及び摺動性が得られ、且つ鉄めっき工程のみを実施して十分な耐久性が得られるアルミニウム製品の被覆技術が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3274718号公報
【特許文献2】特開2006−292119公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、鉄めっきで、十分な耐久性が得られるアルミニウム製品の被覆技術を提供することを課題とする。また、処理工程が短縮でき、コスト、効率面で有利な被覆技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1に係るめっき被覆アルミニウム製品は、アルミニウム系母材と、鉄めっき浴にカーボンナノ材料を混合してなる鉄系複合めっき浴によってアルミニウム系母材に被せたカーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層と、からなることを特徴とする。
【0014】
請求項2に係る発明では、カーボンナノ材料は、予めSiC粒子を表面に付着させた微粒子付着カーボンナノ材料であることを特徴とする。
【0015】
請求項3に係る発明では、アルミニウム系母材は、シリンダブロックのシリンダ又はこのシリンダに沿って移動するピストンであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
請求項1に係る発明では、アルミニウム系母材に、カーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層を被せた。カーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層は、単なる鉄めっき層に比べて、摩擦係数が小さく、耐久性が高い。
1回のめっき工程で、耐久性が高く、摺動性に優れためっき被覆アルミニウム製品が提供される。
【0017】
請求項2に係る発明では、微粒子付着カーボンナノ材料を鉄めっき浴に添加するようにした。カーボンナノ材料より微粒子付着カーボンナノ材料の方が、少ない添加割合で、耐久性が高く、摺動性に優れためっき被覆アルミニウム製品が得られる。
【0018】
請求項3に係る発明では、アルミニウム系母材はシリンダ又はピストンとする。本発明により、耐久性の問題が解消できるため、アルミニウム製ピストンやアルミニウム製シリンダがエンジン構成部品として積極的に採用できる。アルミニウムは鋳鉄に比較して比重が小さいため、エンジンの軽量化を促すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係るピストンとシリンダの断面図である。
【図2】図1の2部拡大図である。
【図3】電解めっき設備の原理図である。
【図4】微粒子付着カーボンナノファイバを製造法の一例を説明する図である。
【図5】出来上がった微粒子付着カーボンナノファイバの模式図(一部破断)である。
【図6】サンプルBの表面の拡大イメージ図である。
【図7】耐久試験の計測要領を説明する図である。
【図8】カーボンナノファイバの添加割合と動摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図9】カーボンナノファイバの添加割合と摩耗痕の深さとの関係を示すグラフである。
【図10】カーボンナノファイバの添加割合と表面粗さとの関係を示すグラフである。
【図11】露出したカーボンナノファイバの本数と動摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図12】露出したカーボンナノファイバの本数と摩擦痕の深さとの関係を示すグラフである。
【図13】露出したカーボンナノファイバの本数と表面粗さとの関係を示すグラフである。
【図14】従来のピストンの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。なお、アルミニウム系母材は、内燃機関のピストンとシリンダを具体例に説明する。しかし、アルミニウム系母材は、ピストンやシリンダに限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
図1は本発明に係るピストンとシリンダの断面図であり、めっき被覆アルミニウム製品としてのアルミニウム製ピストン10には、鉄系複合めっき層11が被せられている。シリンダ12は鋳鉄製又はアルミニウム製とする。
そして、ピストン10には、3本のリング溝が設けられていて、2本のコンプレッションリング14、15及びオイルリング16(ピストンリング)が嵌められている。
【0022】
図2は図1の2部拡大図であり、コンプレッションリング14を収納するリング溝17にも鉄系複合めっき層11が被せられている。
コンプレッションリング14は、燃焼ガスがピストン10とシリンダ12との間を、図では上から下へ吹き抜けることを防止するシール部材である。ピストン10が熱膨張して外径が変化してもシール作用が維持できるように、リング溝17の底とコンプレッションリング14との間には隙間(クリアランス)Cが確保されている。
【0023】
この隙間Cの間でコンプレッションリング14が摺動するため、リング溝17は摩耗する可能性がある。
本発明では、リング溝17に硬い鉄系複合めっき層11を被せたので、陽極酸化被膜を形成する必要が無くなり、またその為のマスキングも不要となるため、処理工程を大幅に短縮でき、製造コスト、生産効率の面で有利である。さらに、鉄めっき被膜内にカーボンナノファイバが含まれているため、耐摩耗性及び熱伝導性の向上(詳細後述)が図れ、ピストン上面からの熱をリング溝17からピストンリングを介して効率よく逃がすことができる。図1に示すコンプレッションリング15、オイルリング16についても同様。
【0024】
以上に説明した鉄系複合めっき層の詳細を、以下に説明する。
図3は電解めっき設備の原理図であり、電解めっき設備30は、めっき槽31に正極として鉄板32を下げるとともに負極としてアルミニウム系母材33を下げ、鉄板32とアルミニウム系母材33に電源34を連結し、めっき槽31に次に述べる複合めっき液(以下、めっき液と記す。)35を満たした設備である。
めっき液35を撹拌し循環させる撹拌手段、循環手段は必須であるが周知の手段が採用できるので説明は省略する。
【0025】
めっき液35は、鉄めっき浴(水+硫酸鉄+硫酸アンモニウム+尿素)をベースとし、これに、カーボンナノファイバ又は微粒子付着カーボンナノファイバを適量混合してなる、複合めっき液である。微粒子付着カーボンナノファイバの製造法を次に述べる。
【0026】
図4は微粒子付着カーボンナノファイバを製造法の一例を説明する図である。
(a):カーボンナノファイバ41を準備する。例えば10g。
(b):炭素と反応して化合物を生成する微粒子として、Si粉末42を準備する。例えば10g。
【0027】
(c):乳鉢43にカーボンナノファイバ11及びSi粉末42を入れ、15分〜30分間乳棒44で混合する。
(d):得られた混合物45を、アルミナ製容器46に入れ、アルミナ製蓋47を被せる。この蓋47は非密閉蓋を採用することで、容器46の内部と外部との通気を可能にする。
【0028】
(e):密閉炉体51と、炉体51内部を加熱する加熱手段52と、容器46を載せる台53、53と、炉体51内部を真空にする真空ポンプ54とを備える真空炉50を準備し、この真空炉50に容器46を入れる。
真空下で加熱することで、混合物45中のSi粉末が蒸発する。蒸発したSiがカーボンナノファイバの表面に接触し、化合物を形成し、SiCの微粒子となって付着する。
【0029】
図5は出来上がった微粒子付着カーボンナノファイバの模式図(一部破断)であり、電子顕微鏡で観察したものをスケッチした。すなわち、微粒子付着カーボンナノファイバ56は芯となるカーボンナノファイバ41と、このカーボンナノファイバ41の表面をほぼ均等に覆っている微粒子の層57とからなる。この微粒子の層57の厚さTは、20nm〜80nmで、平均は50nm程度であった。
また、上記微粒子付着カーボンナノファイバにX線回析を行ったところ、Siのピークは検出されず、CとSiCのピークが検出された。したがって、Si微粒子は、接触によりSiCになっていると考えられる。
【0030】
以上に説明した微粒子付着カーボンナノファイバを鉄めっき浴に添加した場合と、カーボンナノファイバ(微粒子を付着させていない普通のカーボンナノファイバ)を鉄めっき浴に添加した場合と、鉄めっき浴だけの場合とで、得られる鉄系複合めっき層の特性(特に、耐摩耗性(耐久性)、動摩擦係数(摺動性))に差があるか否かを、実験により確かめた。ただし、実験では、アルミニウム系母材としてSi系アルミニウム板(AC8A)を代用した。
【0031】
(実験例)
本発明に係る実験例を以下に述べる。なお、本発明は実験例に限定されるものではない。
○サンプルA〜サンプルJの作製:
動摩擦係数及び摩擦痕の深さを測定するために、複数のサンプルを作製する。この作製の内容を次の表に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
サンプルAは、アルミニウム板を、鉄めっき浴(添加物なし)に浸漬し、浴温55℃、電流密度15A/dm2、時間5分の条件で、鉄めっきを施して作製した。
【0034】
サンプルBでは、鉄めっき浴に、1リットル当たり1.0gの割合でカーボンナノファイバ(CNF)を添加して複合めっき浴とした。このような複合めっき浴に、アルミニウム板を浸漬し、浴温55℃、電流密度2A/dm2、時間10分の条件で、鉄系複合めっきを施して作製した。
【0035】
図6はサンプルBの表面の拡大イメージ図であり、顕微鏡で観察したところ、サンプルBの表面からカーボンナノファイバ41が髪の毛のように露出していた。この本数を数えたところ、30μm×30μm当たり30本であった。そこで、表1の最も右の欄で、3行目にその数値を記載した。
【0036】
サンプルCは、サンプルBに対して、カーボンナノファイバの添加割合を、1.5g/リットルに変え、処理条件の一部を変更して、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNFは123本であった。
サンプルDは、サンプルBに対して、カーボンナノファイバの添加割合を、2.0g/リットルに変え、処理条件の一部を変更して、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNFは141本であった。
【0037】
サンプルでEは、鉄めっき浴に、1リットル当たり1.2gの割合で微粒子付着カーボンナノファイバ(Si−CNF)を添加して複合めっき浴とした。サンプルEでは、Si:CNF=1:5とした。換算(1.2×(5/6)=1.0)すると、サンプルEは、鉄めっき浴に、1リットル当たり1.0gの割合でカーボンナノファイバを混合添加したことにある。
このような複合めっき液に、アルミニウム板を浸漬し、浴温55℃、電流密度4A/dm2、時間10分の条件で、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNF(正確には露出した微粒子付着カーボンナノファイバ)は47本であった。
【0038】
サンプルFでは、鉄めっき浴に、1リットル当たり1.5gの割合で微粒子付着カーボンナノファイバ(Si−CNF)を添加して複合めっき浴とした。サンプルFでは、Si:CNF=1:2とした。換算(1.5×(2/3)=1.0)すると、サンプルFは、鉄めっき浴に、1リットル当たり1.0gの割合でカーボンナノファイバを混合添加したことにある。
このような複合めっき液に、アルミニウム板を浸漬し、浴温55℃、電流密度4A/dm2、時間10分の条件で、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNF(正確には露出した微粒子付着カーボンナノファイバ)は67本であった。
【0039】
サンプルGでは、鉄めっき浴に、1リットル当たり2.0gの割合で微粒子付着カーボンナノファイバ(Si−CNF)を添加して複合めっき浴とした。サンプルGでは、Si:CNF=1:1とした。換算(2.0×(1/2)=1.0)すると、サンプルGは、鉄めっき浴に、1リットル当たり1.0gの割合でカーボンナノファイバを混合添加したことにある。
このような複合めっき液に、アルミニウム板を浸漬し、浴温55℃、電流密度4A/dm2、時間5分の条件で、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNF(正確には露出した微粒子付着カーボンナノファイバ)は89本であった。
【0040】
サンプルHは、サンプルBに対して、カーボンナノファイバの添加割合を、3.0g/リットル、電流密度4A/dm2、時間5分の条件で、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNFは53本であった。
サンプルIは、サンプルBに対して、カーボンナノファイバの添加割合を、3.0g/リットルに変更して、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNFは119本であった。
サンプルJは、サンプルBに対して、カーボンナノファイバの添加割合を、5.0g/リットルに変更して、鉄系複合めっきを施して作製した。露出CNFは222本であった。
【0041】
図7は耐久試験の計測要領を説明する図であり、アルミニウム系母材板33に鉄めっき層又は鉄系複合めっき層11が被覆されているサンプルA〜Gに、想像線で示す試験棒59を臨ませる。そして、この試験棒59を鉄めっき膜又は鉄系複合めっき膜11に擦りつけることで試験を行う。試験棒59は先端(図では下端)に直径10mmの球面を備えたアルミナ(Al)製のものを使用した。そして、50gの押力で接触させ、4mmの距離を、無潤滑で0.5mm/秒の速度で50回往復させた。
【0042】
得られる動摩擦係数測定値は、往復回数が5回以下では変動が激しいが、往復回数が20〜40回で安定化し、50回で安定した値が得られた。
また、鉄めっき層又は鉄系複合めっき層11の表面に発生した、摩擦痕の深さをレーザー顕微鏡で測定した。
さらに、表面粗さ計で、サンプル(耐久試験測定前の時点で)の表面粗さを測定した。
以上の要領で測定した動摩擦係数、摩擦痕の深さ及び表面粗さを次表に示す。なお、次表には表1に示す「添加物」と「露出CNF」をサンプルの欄の右に転記した。
【0043】
【表2】

【0044】
実験1は、サンプルA(CNFを含まない鉄めっき層)について実施した。動摩擦係数は0.50、摩擦痕の深さは0.92μm、表面粗さは0.084μmであった。
CNFを含む鉄系複合めっき層を有する、サンプルB、C、Dについて、実験2、3、4を実施し、表に示す動摩擦係数と摩耗痕の深さと表面粗さを得た。
【0045】
微粒子付きCNFを含む鉄系複合めっき層を有する、サンプルE、F、Gについて、実験5、6、7を実施し、表に示す動摩擦係数と摩耗痕の深さと表面粗さを得た。
CNFを含む鉄系複合めっき層を有する、サンプルH、I、Jについて、実験8、9、10を実施し、表に示す動摩擦係数と摩耗痕の深さと表面粗さを得た。
【0046】
次に、カーボンナノファイバの添加割合と動摩擦係数、摩耗痕の深さ又は表面粗さの相関を調べた。
図8はカーボンナノファイバの添加割合と動摩擦係数との関係を示すグラフであり、グラフ中、「実1」を付した点は、表2によれば、動摩擦係数が0.50で、サンプルはAであった。サンプルAは、カーボンナノファイバの添加はゼロである。したがって、横軸が0で、縦軸が0.5の位置にプロットした。「実2」〜「実10」も同様である。
【0047】
動摩擦係数は、その値が大きいほど内燃機関におけるエネルギーの機械的損失に繋がり、小さい程好ましい。
ところで、サンプルAは、アルミニウムの母材に添加物を含まない鉄めっきを施した。このようなサンプルAで得た、実験1の結果では、動摩擦係数は0.50であった。発明の成果として、0.50より大幅に小さい動摩擦係数が求められる。そこで、実験1で得た動摩擦係数の半分の値(0.50/2)を動摩擦係数の上限値とすることにした。上限値0.25の線を図に記入する。
【0048】
上限値の線より、下が好ましい。すなわち、実験3、4、8、9、10は動摩擦係数が十分に小さい。実験3でのCNFの添加割合が1.5g/リットルであり、実験10でのCNFの添加割合が5.0g/リットルであるから、カーボンナノファイバの添加割合は、1.5〜5.0g/リットルの範囲にあればよい。一方、△で示す実験5、6、7は、微粒子付きCNFを含む鉄系複合めっき層であって、カーボンナノファイバの添加割合は、1.0g/リットルで十分である。
【0049】
図9はカーボンナノファイバの添加割合と摩耗痕の深さとの関係を示すグラフであり、摩耗痕の深さは寿命に繋がり、耐久性を測る指標の一つになる。
耐久性の点から、摩耗痕の深さは小さいほどよい。サンプルAで得た、実験1の結果では、摩擦痕の深さは0.92μmであった。発明の成果として、0.92より大幅に小さいことが求められる。そこで、実験1で得た摩擦痕の深さの半分の値(0.92/2)を摩擦痕の深さの上限値とすることにした。上限値0.46の線を図に記入する。
【0050】
上限値の線より、下が好ましい。すなわち、実験3、4、8、9、10は摩擦痕の深さが十分に小さい。実験3でのCNFの添加割合が1.5g/リットルであり、実験10でのCNFの添加割合が5.0g/リットルであるから、カーボンナノファイバの添加割合は、1.5〜5.0g/リットルの範囲にあればよい。
なお、実験3、4、8、9の間に「谷」がある。実験3が1.5g/リットル、実験9が3.0g/リットルであるから、カーボンナノファイバの添加割合は、1.5〜3.0g/リットルの範囲にあればなおよい。
【0051】
一方、△で示す実験5、6、7は、微粒子付きCNFを含む鉄系複合めっき層であって、カーボンナノファイバの添加割合は、1.0g/リットルで十分である。すなわち、微粒子付着カーボンナノファイバを添加した鉄系複合めっき層からなる実5〜実7は、カーボンナノファイバの露出本数が少ないにも拘わらず、高い耐久性が得られた。
【0052】
図10はカーボンナノファイバの添加割合と表面粗さとの関係を示すグラフであり、表面粗さは、添加物が添加されていない実験1が、最小である。添加物を加えた実験2〜10は表面粗さが大きくなると予想される。グラフはその予想通りに、カーボンナノファイバの添加割合に比例して表面粗さが大きくなる。しかし、実験10でも表面粗さは0.220μmであるため、使用上は問題にならない程度の粗さであると言える。
また、実験5、6、7(微粒子付きCNFを含む鉄系複合めっき層)は、表面粗さが十分に小さいことが確認できた。
【0053】
以上の実験によれば、鉄めっき浴に、カーボンナノファイバ又は微粒子付着カーボンナノファイバを適量添加すれば、1回のめっき工程で、高い耐久性の被覆アルミニウム製品が提供される。めっき工程が1回であるからめっき工程に係る製造コストを低減することができる。
【0054】
次に、カーボンナノファイバの露出本数と動摩擦係数、摩耗痕の深さ又は表面粗さの相関を調べた。
図11は露出したカーボンナノファイバの本数と動摩擦係数との関係を示すグラフであり、グラフ中、「実2」を付した点は、表2によれば、動摩擦係数が0.31で、サンプルはBであった。サンプルBは、露出したカーボンナノファイバの本数は30である。したがって、横軸が30で、縦軸が0.31の位置にプロットした。「実1」、「実3」〜「実10」も同様である。
露出したカーボンナノファイバが多い程、動摩擦係数が、ほぼ小さくなることが確認できた。
【0055】
図12は露出したカーボンナノファイバの本数と摩擦痕の深さとの関係を示すグラフであり、露出したカーボンナノファイバが多い程、摩擦痕の深さが小さくなることが確認できた。ただし、露出したカーボンナノファイバを増やすためには、カーボンナノファイバの添加量を増やす必要があり、50本(実験8)〜220本(実験10)が好適である。また、△で示す微粒子付きカーボンナノファイバでは、それ以下の本数(50本〜90本)でも十分な効果を得ることができる。
以上から、露出したカーボンナノファイバが潤滑作用を発揮すると考えられる。
【0056】
図13は露出したカーボンナノファイバの本数と表面粗さとの関係を示すグラフであり、実験1は露出したカーボンナノファイバの本数がゼロであるため、表面粗さが、最小である。露出したカーボンナノファイバが認められる実験2〜10は表面粗さが大きくなると予想される。グラフはその予想通りに、露出したカーボンナノファイバの本数にほぼ比例して表面粗さが大きくなる。しかし、実験10でも表面粗さは0.220μmであるため、使用上は問題にならない程度の粗さであると言える。
また、実験5、6、7(微粒子付きCNFを含む鉄系複合めっき層)は、表面粗さが十分に小さいことが確認できた。
【0057】
次に、本発明に係る被覆アルミニウム製品の熱的性質を調べた。
燃焼ガスで温められたピストンは、ピストンリングを介してシリンダへ熱を逃がすことで、熱的な平衡が保たれる。ピストンからピストンリングへの熱伝導性が高い、又はピストンリングからシリンダへの熱伝導性が高いほど、ピストンの温度を下げることができる。そこで、ピストン又はシリンダに被覆する鉄系複合めっき層の作用を調べる必要がある。
【0058】
そこで、厚さが2.0mmのアルミニウム合金(AC8A)の円板と、厚さが2.0mmのアルミニウム合金(AC8A)の円板の片面に厚さが約20μmのカーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層(めっき液CNF 1.0g/リットルによる。)を被せてなるめっき被覆円板とを準備し、熱伝導率を測定した。熱伝導率の測定には、既存の測定装置を用いた。測定結果を次表に示す。
【0059】
【表3】

【0060】
めっきを施さない、実験11では、熱伝導率は114W/m.Kであった。カーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層を施した、実験12では、熱伝導率は144W/m.Kであった。めっきなしに対して、鉄系複合めっき有りは熱伝導率が1.3倍になったことが確認できた。これはカーボンナノ材料が大いに寄与したことによるものと考えられる。
【0061】
尚、本発明のめっき技術は、内燃機関のピストン又はシリンダに適用したが、その他の車両部品や産業機械の構成部品に適用することは差し支えない。
【0062】
また、実験の詳細は省略するが、カーボンナノファイバを、カーボンナノチューブやフラーレンに代えて実験を行ったところ、カーボンナノファイバと同等の効果を得ることができた。したがって、カーボンナノ材料は、カーボンナノファイバ、カーボンナノチューブ、フラーレン等のナノサイズのカーボン材料であればよく、形状や種類は問わない。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、アルミニウム製ピストンに好適である。
【符号の説明】
【0064】
10…めっき被覆アルミニウム製品(アルミニウム製ピストン)、11、13…鉄系複合めっき層、12…アルミニウム製シリンダ、31…めっき槽、33…アルミニウム系母材、35…複合めっき液、41…カーボンナノファイバ、56…微粒子付着カーボンナノファイバ、57…微粒子の層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム系母材と、鉄めっき浴にカーボンナノ材料を混合してなる鉄系複合めっき浴によって前記アルミニウム系母材に被せたカーボンナノ材料を含む鉄系複合めっき層と、からなることを特徴とするめっき被覆アルミニウム製品。
【請求項2】
前記カーボンナノ材料は、予めSiC粒子を表面に付着させた微粒子付着カーボンナノ材料であることを特徴とする請求項1記載のめっき被覆アルミニウム製品。
【請求項3】
前記アルミニウム系母材は、シリンダブロックのシリンダ又はこのシリンダに沿って移動するピストンであることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のめっき被覆アルミニウム製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−100927(P2010−100927A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152711(P2009−152711)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(000227054)日精樹脂工業株式会社 (293)
【出願人】(390008822)アート金属工業株式会社 (39)
【Fターム(参考)】