説明

ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法

【課題】高いろう付後の強度及び優れた犠牲陽極効果を有する、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、Si:0.3%以上1.2%以下、Fe:0.05%以上0.7%未満、Mn:0.8%超2.0%以下、Zn:0.5%以上4.0%以下を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造圧延法によって板厚2〜12mmの板材に鋳造した後、直ちにコイル状に巻回する製造方法であり、前記コイル状に巻回される直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とし、前記コイル状に巻回したアルミニウム合金材を15℃/hr以上の平均冷却速度で冷却した後、少なくとも2回以上の冷間圧延、及び、少なくとも2回以上の焼鈍を行うことにより、0.1mm以下の最終板厚とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として、ろう付によって製造されるラジエータやカーヒータ、カーエアコン等の高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アルミニウム合金材からなる熱交換器は、自動車のラジエータやカーヒータ、オイルクーラ、インタークーラ、カーエアコンのエバポレータやコンデンサ等の他、油圧機器や産業機械用の熱交換器として、幅広く使用されている。このようなアルミニウム製熱交換器は、一般的にろう付によって製造され、冷媒等の作動流体が流れるチューブとフィン材が接合されてなる。このため、熱交換器に用いられるアルミニウム材料としては、ろう付時の高温変形や溶融ろうによるエロージョン(ろう侵食)を防止するため、耐高温座屈性が要求される。
【0003】
一般に、自動車用熱交換器において、ラジエータ用のフィン材等の材料としては、AA3003合金等のAl−Mn系合金やAl−Mn−Si系合金が用いられており、さらに、Zn、In、Sn等を添加して電気化学的に卑にすることにより、犠牲陽極効果を付与する方法が採用されている。
【0004】
また、近年、自動車の軽量化により、自動車熱交換器もまた軽量化が求められており、これに対応すべくフィン材にも薄肉化、高強度化が求められている。このような要求の中で、自動車熱交換器用アルミニウム合金材の耐垂下性や犠牲陽極効果を向上させるため、Mn及びSiを適量含有し、熱間圧延温度や中間焼鈍温度、又は最終冷間圧延率を規定する方法がある。また、MnやSiを含有したアルミニウム合金材の製造方法の規定により、強度や耐垂下性を向上させる方法がある。
【0005】
上述のような自動車熱交換器用のアルミニウム合金材に関し、Si、Mn、Fe、Cr、Ti、Zr、V、Cuの各成分の内の1種又は2種以上を規定量含有し、連続鋳造圧延法によって得られる、金属間化合物の析出が抑制された特有の組織を活かして、アルミニウム材料の高強度化を図る方法が提案されている(例えば、特許文献1)。
【0006】
また、Fe、Si、Mnの各成分を規定量含有し、冷却速度を適正値として冷却した後、冷間圧延及びアニーリングを行ない、次いで、最終冷間圧延を行なうことにより、アルミニウム合金材のろう付後の強度及びろう付性の熱伝導性を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献2)。
【0007】
また、Mn、Fe、Siの各成分を規定量含有し、冷間圧延工程においてバッヂ式の中間焼鈍処理を280〜450℃の温度で行い、最終中間焼鈍後の冷間圧延率を10〜60%とすることにより、アルミニウム合金材の強度や耐垂下性を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献3)。
【特許文献1】特開平8−143998号公報
【特許文献2】特表2002−521564号公報
【特許文献3】特開2003−034851号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1〜3の何れの方法においても、アルミニウム合金材の更なる高強度化は困難であり、また、軽量化や薄肉化において限界があった。
まず、特許文献1〜3に記載のアルミニウム合金材では、例えば、板厚が0.1mm以下に薄肉化されてフィン材に用いられた場合、フィン材の成形性や溶融ろうによるエロージョンが発生するという問題がある。
【0009】
また、自動車熱交換器用のフィン材は、通常、コルゲート成形によって波形に成形され、チューブ材にろう付されて用いられる。フィン材が薄肉化されると、コルゲート加工後のフィン材の山高さが不揃いになりやすく、また、ろうによる侵食が顕著になるので、例えば、ろう侵食がフィン材を貫通すると、熱交換器として必要な強度が得られず、ひいては熱交換器としての構造を保持するのが困難になるという問題がある。
【0010】
また、溶融ろうによるエロージョンを抑制する方法として、例えば、ろう付後の結晶粒径を粗大化する方法等が考えられる。しかしながら、ろう付後の組織を粗大化させた場合には、ろう付前の組織が粗大化あるいは再結晶粒が部分的に存在する状態となるため、フィン材の波高さが不揃いになったり、また、最終圧延における変形が不均一となり、フィン材そのものがうねるような形状となってしまうという問題があった。
【0011】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、ろう付後の強度が高く、また、優れた犠牲陽極効果を有する、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本出願人は、高い強度特性と耐エロージョン性、成形性を併せ持つ自動車熱交換器用アルミニウム合金材が得られる製造方法について鋭意研究した結果、Si、Zn、Mn、Feの各成分をそれぞれ規定量含有したアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造圧延法によって板厚2〜12mmの板材とした後にコイル状に巻回する製造方法において、板材をコイル状に巻回する直前の温度、及び巻回後の冷却速度を適正値とし、冷間圧延及び少なくとも2回以上の焼鈍を行なって0.1mm以下の最終板厚とすることにより、上記強度特性、耐エロージョン性及び成形性を向上させる効果が顕著となることを知見し、本発明を完成した。
即ち、本発明は以下に関する。
【0013】
(1)請求項1に記載の発明
質量%で、Si:0.3%以上1.2%以下(より好ましくは0.4%以上1.2%以下)、Fe:0.05%以上0.7%未満(より好ましくは0.2%以上0.6%以下)、Mn:0.8%超2.0%以下(より好ましくは1.0%以上1.7%以下)、Zn:0.5%以上4.0%以下(より好ましくは0.8%以上2.0%以下)を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造圧延法によって板厚2〜12mmの板材に鋳造した後、直ちにコイル状に巻回する熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法であって、前記コイル状に巻回される直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とし、前記コイル状に巻回したアルミニウム合金材を15℃/hr以上の平均冷却速度で冷却した後、巻回状態を解き、少なくとも2回以上の冷間圧延、及び、少なくとも2回以上の焼鈍を行うことにより、0.1mm以下の最終板厚とすることを特徴とする、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
(2)請求項2に記載の発明
質量%で、さらに、Sc:0.0001%以上1.0%以下(より好ましくは0.01%以上0.1%以下)、Cu:0.05%以上0.8%以下(より好ましくは0.05%以上0.20%以下)、Mg:0.01%以上0.5%以下(より好ましくは0.02%以上0.2%以下)、Zr:0.001%以上0.3%以下(より好ましくは0.05%以上0.2%以下)、Ti:0.01%以上0.25%以下(より好ましくは0.05%以上0.2%以下)、Cr:0.01%以上0.1%以下(より好ましくは0.01%以上0.05%以下)、V:0.01%以上0.1%以下(より好ましくは0.01%以上0.05%以下)、Ni:0.01%以上2.0%以下(より好ましくは0.2%以上0.5%以下)の内の1種又は2種以上を含有したアルミニウム合金溶湯を用いることをと特徴とする、請求項1に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【0014】
(3)請求項3に記載の発明
前記アルミニウム合金溶湯を用いてアルミニウム合金材を鋳造する際の凝固速度を15〜1000℃/secの範囲とすることを特徴とする、請求項1又は2に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
(4)請求項4に記載の発明
前記コイル状に巻回されたアルミニウム合金材を冷却した後、少なくとも2回以上の前記焼鈍を行なうとともに、1回目の焼鈍を450℃以上600℃以下の温度で行なうことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
(5)請求項5に記載の発明
前記焼鈍を1〜10hrの時間で行なうことを特徴とする、請求項4に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
(6)請求項6に記載の発明
前記冷間圧延及び焼鈍を行なった後、最終工程として100℃以上400℃以下の温度で焼鈍を行なうことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
(7)請求項7に記載の発明
前記冷間圧延及び焼鈍を行なった後、最終工程として前記冷間圧延を50%以下の最終圧延率で行うことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
(8)請求項8に記載の発明
ろう付後のアルミニウム合金材の結晶粒径が300μm以上であることを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【0015】
(9)請求項9に記載の発明
請求項1〜8の何れか1項に記載の製造方法で得られる、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材。
(10)請求項10に記載の発明
請求項9に記載のろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材が用いられてなる自動車熱交換器。
【発明の効果】
【0016】
本発明の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法によれば、上記範囲の成分を含有するアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造圧延法によって板厚2〜12mmの板材に鋳造した後、直ちにコイル状に巻回する方法とし、また、前記コイル状に巻回される直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とし、前記コイル状に巻回したアルミニウム合金材を15℃/hr以上の平均冷却速度で冷却した後、少なくとも2回以上の冷間圧延、及び、少なくとも2回以上の焼鈍を行うことによって0.1mm以下の最終板厚とする方法としている。
上記方法で、上記組成のアルミニウム合金材を製造することにより、アルミニウム合金材組織中の晶出物の成長を抑制することができ、また、析出の進行も抑えることができるので、強度特性や耐エロージョン性を向上させることが可能となる。このようなアルミニウム合金材を用い、ろう付によって自動車熱交換器用部材を製造することにより、例えばフィン材等を薄肉に構成した場合であっても、溶融ろうが侵食するのが抑制されて孔食が生じにくくなり、熱交換器の腐食が進行した際の耐久強度も格段に向上し、また、ろう付の強度も向上する。従って、高い強度特性及び耐エロージョン性を併せ持つ自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係る、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材(以下、アルミニウム合金材あるいは自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材と略称することがある)の製造方法の実施の形態について説明する。
【0018】
[自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法]
本発明のアルミニウム合金材の製造方法は、質量%で、Si:0.3%以上1.2%以下(より好ましくは0.4%以上1.2%以下)、Fe:0.05%以上0.7%未満(より好ましくは0.2%以上0.6%以下)、Mn:0.8%超2.0%以下(より好ましくは1.0%以上1.7%以下)、Zn:0.5%以上4.0%以下(より好ましくは0.8%以上2.0%以下)を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造圧延法によって板厚2〜12mmの板材に鋳造した後、直ちにコイル状に巻回する熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法であって、前記コイル状に巻回される直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とし、前記コイル状に巻回したアルミニウム合金材を15℃/hr以上の平均冷却速度で冷却した後、巻回状態を解き、少なくとも2回以上の冷間圧延、及び、少なくとも2回以上の焼鈍を行うことにより、0.1mm以下の最終板厚とする方法である。
【0019】
また、本発明のアルミニウム合金材の製造方法は、質量%で、さらに、Sc:0.0001%以上1.0%以下(より好ましくは0.01%以上0.1%以下)、Cu:0.05%以上0.8%以下(より好ましくは0.05%以上0.20%以下)、Mg:0.01%以上0.5%以下(より好ましくは0.02%以上0.2%以下)、Zr:0.001%以上0.3%以下(より好ましくは0.05%以上0.2%以下)、Ti:0.01%以上0.25%以下(より好ましくは0.05%以上0.2%以下)、Cr:0.01%以上0.1%以下(より好ましくは0.01%以上0.05%以下)、V:0.01%以上0.1%以下(より好ましくは0.01%以上0.05%以下)、Ni:0.01%以上2.0%以下(より好ましくは0.2%以上0.5%以下)の内の1種又は2種以上を含有したアルミニウム合金溶湯を用いた方法とすることができる。
【0020】
<アルミニウム合金材の成分組成>
以下、本発明で規定するアルミニウム合金材の成分組成の数値限定理由について詳述する。
【0021】
「Si:0.3%以上1.2%以下(より好ましくは0.4%以上1.2%以下)」
ケイ素(Si)は、Mnと共存してAl−Mn−Si系化合物として分散あるいはマトリックスに固溶することにより、アルミニウム合金材の強度を向上させる効果を有する。
Siの含有量は、質量%で0.3%以上1.2%以下の範囲とすることが好ましく、0.4%以上1.2%以下の範囲とすることがより好ましい。
Siの含有量が1.2%を超えると、アルミニウム合金材の融点が低下し、ろう付処理工程において溶融してしまう虞があるとともに、熱伝導性が低下する。
Siの含有量が0.3%未満だと、上述の強度向上効果が充分に得られなくなる。
【0022】
「Fe:0.05%以上0.7%未満(より好ましくは0.2%以上0.6%以下)」
鉄(Fe)は、AlFe、AlFe等の金属間化合物として晶出又は析出し、ろう付後のアルミニウム合金材の強度を向上させる効果を有する。また、Al−Mn−Fe、Al−Fe−Si、Al−Mn−Fe−Si系化合物を形成して、マトリックス中のMnやSi固溶度が低下するため、ろう付後の電気伝導度が低下することなく強度を向上させることができ、マトリックスの融点を上昇させることができる。
Feの含有量は、質量%で0.05%以上0.7%未満の範囲とすることが好ましく、0.2%以上0.6%以下の範囲とすることがより好ましい。
Feの含有量が0.7%以上だと、アルミニウム合金材の腐食速度が速くなりすぎるとともに、巨大晶出物を出現させ、鋳造性や圧延性を低下させてしまう虞がある。
Feの含有量が0.05%未満だと、上述のような強度向上及び融点上昇の効果が充分に得られなくなる。
【0023】
「Mn:0.8%超2.0%以下(より好ましくは1.0%以上1.7%以下)」
マンガン(Mn)は、金属間化合物として晶出又は析出し、ろう付後のアルミニウム合金材の強度を向上させる効果を有する。また、Al−Mn−Si系化合物を形成してマトリックス中のSi固溶度を低下させ、マトリックスの融点を上昇させることができる。
Mnの含有量は、質量%でMn:0.8%超2.0%以下の範囲とすることが好ましく、1.0%以上1.7%以下の範囲とすることがより好ましい。
Mnの含有量が2.0%を超えると、アルミニウム合金材の鋳造性や加工性(圧延性)が低下する虞が有る。
Mnの含有量が0.8%未満だと、上述のような強度向上及び融点上昇の効果が充分に得られなくなる。
【0024】
「Zn:0.5%以上4.0%以下(より好ましくは0.8%以上2.0%以下)」
亜鉛(Zn)は、アルミニウム合金材の電位を卑(マイナス)にすることにより、アルミニウム合金材を用いてフィン材を構成した際に、チューブ材に対する犠牲陽極効果を向上させる。
Znの含有量は、質量%で0.5%以上4.0%以下の範囲とすることが好ましく、0.8%以上2.0%以下の範囲とすることがより好ましい。
Znの含有量が4.0%を超えると、腐食速度が速くなりすぎて自己耐食性が低下する。
Znの含有量が0.5%未満だと、上述のような犠牲陽極効果が充分に得られなくなる。
【0025】
本実施形態のアルミニウム合金材の製造方法では、上記Si、Fe、Mn、Znの各成分の他、さらに、以下に示すSc、Cu、Mg、Zr、Ti、Cr、V、Niの内の1種又は2種以上を含有したアルミニウム合金溶湯を用いることができる。
【0026】
「Sc:0.0001%以上1.0%以下(より好ましくは0.01%以上0.1%以下)」
スカンジウム(Sc)は、ろう付熱処理によって固溶したScがアルミニウム合金材の強度を向上させるとともに、微細なAlScが時効析出することにより、ろう付後のアルミニウム合金材の強度を向上させる。また、ろう付熱処理の際の昇温過程において、再結晶粒径が粗大化するため、溶融ろうによるエロージョンを抑制することができる。
Scの含有量は、質量%で0.0001%以上1.0%以下の範囲とすることが好ましく、0.01%以上0.1%以下の範囲とすることがより好ましい。
Scの含有量を、1.0%を超えて添加しても、上述したろう付後の強度向上効果及びエロージョン抑制効果が飽和する。
Scの含有量が0.0001%未満だと、上記効果が不充分となる。
【0027】
「Cu:0.05%以上0.8%以下(より好ましくは0.05%以上0.20%以下)」
銅(Cu)は、マトリックス中に固溶してアルミニウム合金材の強度を向上させる効果を有する。
Cuの含有量は、質量%で0.05%以上0.8%以下の範囲とすることが好ましく、0.05%以上0.20%以下の範囲とすることがより好ましい。
Cuの含有量が0.8%を超えると、アルミニウム合金材の電位が貴(プラス)となり、犠牲陽極効果が低下するとともに、アルミニウム合金材の融点が低下することにより、ろう付処理時に溶融してしまう虞がある。
Cuの含有量が0.05%未満だと、上述のような強度向上効果が不充分となる。
【0028】
「Mg:0.01%以上0.5%以下(より好ましくは0.02%以上0.2%以下)」
マグネシウム(Mg)は、マトリックスに固溶してアルミニウム合金材の強度を向上させる効果を有する。
Mgの含有量は、質量%で0.01%以上0.5%以下の範囲とすることが好ましく、0.02%以上0.2%以下の範囲とすることがより好ましい。
Mgの含有量が0.5%を超えると、ろう付性が阻害される。
Mgの含有量が0.05%未満だと、上記強度向上の効果が充分に得られなくなる。
【0029】
「Zr:0.001%以上0.3%以下(より好ましくは0.05%以上0.2%以下)」
「Ti:0.01%以上0.25%以下(より好ましくは0.05%以上0.2%以下)」
「V:0.01%以上0.1%以下(より好ましくは0.01%以上0.05%以下)」
「Cr:0.01%以上0.1%以下(より好ましくは0.01%以上0.05%以下)」
ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、バナジウム(V)は、アルミニウム合金材に添加することにより、ろう付後に微細な金属間化合物として分散し、強度を向上させる効果を有する。
Zrの含有量は、質量%で0.001%以上0.3%以下の範囲とすることが好ましく、0.05%以上0.2%以下の範囲とすることがより好ましい。
Tiの含有量は、質量%で0.01%以上0.25%以下の範囲とすることが好ましく、0.05%以上0.2%以下の範囲とすることがより好ましい。
Vの含有量は、0.01%以上0.1%以下の範囲とすることが好ましく、0.01%以上0.05%以下の範囲とすることがより好ましい。
Crの含有量は、質量%で0.01%以上0.1%以下の範囲とすることが好ましく、0.01%以上0.05%以下の範囲とすることがより好ましい。
ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、バナジウム(V)の各成分をアルミニウム合金材に添加する場合、添加量が上記上限を超えると、自己耐食性が低下するとともに、加工性が低下する。また、添加量が上記下限未満だと、上述のようなろう付後の強度向上効果が充分に得られなくなる。
以上のように、Zr,Ti,V,Crは、何れも、ろう付後のアルミニウム合金材の強度を向上させる元素なので、これらの内の1種又は2種以上の元素を添加すれば良い。
【0030】
「Ni:0.01%以上2.0%以下(より好ましくは0.2%以上0.5%以下)」
ニッケル(Ni)は、アルミニウム合金材に添加することにより、金属間化合物として晶出又は析出し、ろう付後の強度を向上させる効果を有する。
Niの含有量は、質量%で0.01%以上2.0%以下の範囲とすることが好ましく、0.2%以上0.5%以下の範囲とすることがより好ましい。
Niの含有量が2.0%を超えると、自己耐食性が低下する。
Niの含有量が0.01%未満だと、ろう付後の強度向上効果が充分に得られなくなる。
【0031】
<アルミニウム合金材の製造条件>
以下、本発明で規定するアルミニウム合金材の製造条件について詳述する。
本発明では、上記組成のアルミニウム合金溶湯を用い、以下の各条件で自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材を製造する。
【0032】
「連続鋳造圧延法による鋳造後の板厚:2〜12mm」
本発明のアルミニウム合金材の製造方法では、連続鋳造圧延法による鋳造後の板厚を、2〜12mmとすることが好ましい。
鋳造後のアルミニウム合金材の板厚が2mm未満だと、実質的に安定的な板形状となる合金材が得られなくなる虞がある。
鋳造後のアルミニウム合金材の板厚が12mmを超えると、詳細を後述する凝固速度が低下するとともに、コイル状に巻回する前に冷却するのが困難となる。
【0033】
「コイル状に巻回される直前の温度:530℃以下」
「平均冷却速度:15℃/hr以上」
本発明に係るアルミニウム合金材の製造方法では、コイル状に巻回する直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とすることが好ましく、500℃以下とすることがより好ましく、460℃以下とすることが最も好ましい(図1を参照)。
また、コイル状に巻回したアルミニウム合金材の平均冷却速度は、15℃/hr以上とすることが好ましく、20℃/hr以上とすることがより好ましく、25℃/hr以上とすることが最も好ましい。
【0034】
一般に、双ロール法や双ベルト法、双ブロック法等の連続鋳造圧延法を用いてアルミニウム合金材を圧延処理する際、連続的に鋳造した高温の板材を巻き取り、コイル状に巻回する方法が採用される。この場合には、所定量の板材(アルミニウム合金材)を巻き取った後、コイル(板材)を巻取り機から取り外し、空冷法で冷却する。例えば、上記特許文献2(特表2002−521564)には、板材をベルトキャスターによってコイル状に巻取り、圧延処理を施した後、放冷する方法が記載されている(特許文献2の段落[0033]を参照)。
連続鋳造圧延法は、溶湯を急速に凝固させる方法であるが、従来の方法では、鋳造によって板状とした後、コイル状に巻回する際の温度が非常に高く、また、巻回された後の冷却速度が遅いために、アルミニウム合金材の組織中に微細に晶出又は析出させた金属間化合物が粗大化してしまう。このため、ろう付後の強度が低下したり、また、ろう付処理時の再結晶においてピン止め効果が作用せず、結晶粒径が細かくなって耐エロージョン性が低下してしまい、また、固溶度が低下し過ぎるため、固溶強化による寄与が著しく低下する等の問題があった。
本発明に係るアルミニウム合金材の製造方法では、上述のように、コイル状に巻回する直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とし、コイル状に巻回したアルミニウム合金材の平均冷却速度を15℃/hr以上とすることにより、晶出物サイズの成長を抑制できるとともに、析出の進行も抑えることができ、強度や耐エロージョン性を向上させることができる。
【0035】
また、本発明の製造方法で得られるアルミニウム合金材は、ろう付処理を行った後に微細な析出物が多数分散する。具体的には、0.01〜1μmのサイズの析出物が、5×10〜1×10個/mm程度の数量で分散した状態となる。このような析出物のサイズ及び数量は、ろう付熱処理後、透過電子顕微鏡を用いて、20000倍にて10視野で観察することで計算することが可能である。
析出物の大きさが1μmを越えると強度向上への寄与度が小さく、また0.01μm未満では大きさを判定することが実質的に不可能である。
析出物の個数が5×10個/mm未満では強度向上への寄与度がほとんど無く、また、1×10個/mm上限超では、腐食の起点が増えすぎて耐食性が低下しやすくなる等の問題が生じる。
【0036】
また、アルミニウム合金材のろう付後の固溶度としては、ある程度の固溶度を保持しながら微細な析出物を析出していることが好ましく、具体的には、ろう付後の電気伝導度が、40〜45%(IACS:International Annealed Copper Standerd)の範囲であることが好ましい。
【0037】
また、本発明の製造方法で析出物を微細化させたアルミニウム合金材で自動車熱交換器のフィン材を構成することにより、フィン材の腐食耐久性を大幅に向上させることが可能となる。特に、Feを含有するアルミニウム合金材からなるフィン材は、Feが局部カソードサイトとなることで孔食状の腐食が生じやすく、薄肉とされたフィン材では貫通穴を生じやすい。例え、熱交換器自体の腐食初期の耐久強度に問題が無い場合でも、フィン材に貫通孔が生じやすくなることにより、熱交換器自体の耐久強度が低下してしまう虞がある。本発明に係るアルミニウム合金材の製造方法では、上述の方法によって晶出部や析出物を微細化することにより、フィン材中に微細な孔食の起点が増加し、孔食が生じにくくなるので、熱交換器の腐食進行後の耐久強度も格段に向上する。
【0038】
また、アルミニウム合金材において、単に析出物の大きさを制限しただけでは、耐食性と強度のバランスが崩れる虞がある。本発明の製造方法では、上述のように、Feの含有量を0.05%以上0.7%未満(より好ましくは0.2%以上0.6%以下)の範囲に限定することにより、耐食性と強度のバランスが崩れるのを防止している。すなわち、Fe系の金属間化合物はAlFeあるいはAlFe等であるが、これらの金属間化合物は、強度向上の寄与度は大きいものの、腐食速度を増大させやすいため、単にFeの添加量を増やしただけでは腐食速度の点で問題がある。上記特許文献2のように、粒径1μm以上の金属間粒子を3×10個/mm以上の割合で含有すると、腐食速度が著しく増大してしまう(特許文献2の段落[0030]を参照)。つまり、本発明で規定する成分組成のアルミニウム合金材を、本発明で規定する製造条件で加工し、これらが組み合わせられることにより、初めて、適切な化合物及びサイズ、数量に調整することが可能となり、優れた耐食性と強度のバランスが達成できる。
【0039】
「凝固速度:15〜1000℃/sec」
アルミニウム合金溶湯を急冷して鋳造する際の凝固速度は、15〜1000℃/secの範囲とすることが好ましい。
凝固速度が15℃/sec未満だと、晶出物が粗大化する虞がある。一方、凝固速度を1000℃/sec超とした場合でも、その効果が飽和する。
また、凝固速度は、100〜250℃/secの範囲とすることがより好ましい。
【0040】
「1回目の焼鈍温度:450℃以上600℃以下」
「焼鈍時間:1〜10hr」
本発明のアルミニウム合金材の製造方法では、コイル状に巻回されたアルミニウム合金材を冷却した後、少なくとも1回以上の焼鈍を行なうとともに、1回目の焼鈍を450℃以上600℃以下の温度で行なうことが好ましい。
1回目の焼鈍の温度が600℃超だと、ろう付時の再結晶粒径が微細になり過ぎ、ろう侵食によるフィンの座屈が発生する虞がある。
1回目の焼鈍の温度が450℃未満だと、ろう付時にアルミニウム合金材が再結晶せずに亜結晶が残存し、ろう侵食が発生してしまう。
また、アルミニウム合金材に対して上記温度範囲の焼鈍を施す処理時間は、1〜10hrの範囲とすることが好ましい。
【0041】
本発明の製造方法では、アルミニウム合金材を冷間圧延する際、途中の各板厚において、適宜焼鈍を行い、1回目の焼鈍の温度を450℃以上600℃以下の範囲とし、少なくとも2回以上の冷間圧延、及び、少なくとも2回以上の焼鈍を行うことにより、最終的に0.1mm以下の板厚とする。
【0042】
また、本発明の製造方法では、コイル状に巻回される直前の温度の上限を530℃に規定し、また、巻回状態を解いた後に行なう1回目の焼鈍温度の上限を600℃に規定している。これは、金属間化合物の粗大化を抑制することにより、ろう付後の強度の低下や耐エロージョン性の低下を防止するためである。
ここで、本発明では、1回目の焼鈍温度の上限を600℃とし、コイル状に巻回する直前の温度の上限である530℃に比べて高い温度としているが、これらの上限温度は、各工程における金属間化合物の析出挙動が異なることに基づいて規定している。つまり、巻回直前の温度を高くした場合には、材料中に歪み(転位)が少なく析出のサイトが限定されるため、金属間化合物が粗大化しやすくなる一方、焼鈍時には材料中に転位が存在することから、これが析出サイトとなって金属間化合物のサイトが増加するため、焼鈍温度が高い場合であっても、金属間化合物の粗大化を抑制することができる。従って、コイル状に巻回する直前の温度よりも、1回目の焼鈍温度を高くすることが可能となる。
【0043】
「最終工程の焼鈍温度:100℃以上400℃以下」
本発明の製造方法では、最終工程として焼鈍を行なう際の温度を、100℃以上400℃以下に規定している。これにより、アルミニウム合金材の成形性を向上させることができ、例えば、このようなアルミニウム合金材を用いて自動車熱交換器のフィン材を成形した場合には、フィンピッチ(フィンの山と山の間隔)等の寸法や形状が均一になる等の効果が得られる。
最終工程の焼鈍の温度が400℃超だと、材料強度が低下し過ぎるため、フィン材に加工する際の成形性が低下する。具体的には、フィン材のフィンピッチが短くなり過ぎ、また、フィンに加工した後の全体長が短くなってしまう等の問題が生じる。また、フィン材の強度が低すぎる場合には、熱交換器に組み付けた後にフィンが座屈してしまう虞がある。
また、最終工程の焼鈍の温度が100℃未満だと、熱処理による軟化がほとんど見込めないため、実質的に焼鈍(熱処理)としての効果が得られない。具体的には、フィン材の強度が高すぎるために成形性が低下するので、フィンピッチが大きくなり過ぎ、また、フィンに加工した後の全体長が長くなってしまう等の問題が生じる。
従って、最終工程として焼鈍を行なう際の温度は、100℃以上400℃以下で行うことが好ましく、130℃以上380℃以下で行なうことがより好ましい。
【0044】
「最終圧延率:10〜50%」
本発明のアルミニウム合金材の製造方法では、最終工程として冷間圧延処理を行なう場合、この冷間圧延処理(最終冷間圧延処理)による最終圧延率を50%以下とすることが好ましい。
最終圧延率は、フィン材等、アルミニウム合金材からなる熱交換器用部材の成形性等を考慮しながら、適宜調整することが可能であるが、圧延率が50%を超えると強度が高くなりすぎる虞がある。
また、板厚が0.1mm以下の材料において、焼鈍後の圧延率を10%未満とすることは実質的に困難であること等から、最終圧延率は、10〜35%の範囲とすることがより好ましい。
また、本発明のアルミニウム合金材の製造方法では、最終工程として、冷間圧延処理(最終冷間圧延処理)を行なわずに、焼鈍(最終焼鈍)を行なう方法とすることもでき、適宜採用することが可能である。
【0045】
「アルミニウム合金材をろう付した後の組織の結晶粒径:300μm以上」
本発明のアルミニウム合金材の製造方法では、上記各条件によって製造されたアルミニウム合金材をろう付した後の組織の結晶粒径が300μm以上であることが好ましい。
ろう付後(つまり、自動車熱交換器部材の製造後)の組織の結晶粒径を300μm以上とすることにより、溶融ろうに対する耐エロージョン性を確保することができる。
アルミニウム合金材をろう付した後の組織の結晶粒径が300μm未満だと、ろうの侵食により、自動車熱交換器部材、例えばフィン材を構成した場合、該フィン材の座屈が生じる虞がある。
【0046】
本発明のアルミニウム合金材の製造方法では、溶湯からの製造条件において、合金成分組成、鋳造時の凝固速度及び凝固後の冷却速度、冷間圧延前及び圧延途中で実施される焼鈍の各条件を調整することにより、アルミニウム合金材の組織や導電率を制御することが可能となる。
【0047】
以上説明したように、本発明の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法によれば、上記範囲の成分を含有するアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造圧延法によって板厚2〜12mmの板材に鋳造した後、直ちにコイル状に巻回する方法とし、また、前記コイル状に巻回される直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とし、前記コイル状に巻回したアルミニウム合金材を15℃/hr以上の平均冷却速度で冷却した後、少なくとも2回以上の冷間圧延、及び、少なくとも2回以上の焼鈍を行うことによって0.1mm以下の最終板厚とする方法としている。
上記方法で、上記組成のアルミニウム合金材を製造することにより、アルミニウム合金材組織中の晶出物の成長を抑制することができ、また、析出の進行も抑えることができるので、強度特性や耐エロージョン性を向上させることが可能となる。このようなアルミニウム合金材を用い、ろう付によって自動車熱交換器用部材を製造することにより、例えばフィン材等を薄肉に構成した場合であっても、溶融ろうが侵食するのが抑制され、孔食が生じにくくなり、熱交換器の腐食が進行した際の耐久強度も格段に向上し、また、ろう付の強度も向上する。従って、高い強度特性及び耐エロージョン性を併せ持つ自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材が得られる。
【0048】
「自動車熱交換器」
図2に、本発明の自動車熱交換器用アルミニウム合金材が用いられる一例として、アルミニウム合金材からなるフィン材が備えられた自動車用のラジエータ(熱交換器)10の分解斜視図を示す。
図2において、符号1はフィン材、符号12はチューブ、符号13はヘッダ、符号14はサイドサポートである。図1に示すラジエータ10は、ろう付接合によってチューブ12、フィン1およびヘッダ13が各々一体化され、更に樹脂タンクが機械的接合(かしめ加工)により取り付けられて製造される。
本実施形態のラジエータ10は、本発明に係るアルミニウム合金材が用いられてなるフィン材1を使用するものなので、耐久強度に優れたものとなる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を示して、本発明の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法を更に詳しく説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
以下に、アルミニウム合金材の作製工程及び評価試験項目について説明する。
【0050】
[作製工程]
本実施例では、下記表1に示す成分組成のアルミニウム合金を用い、下記表2に示す製造条件でアルミニウム合金材を作製した。
まず、各成分組成のアルミニウム合金を溶解し、得られたアルミニウム合金溶湯に、脱ガスやフィルターによる介在物除去等の溶湯処理を施した。そして、ロール径が600mm(直径)の双ロール式連続鋳造圧延機を用い、アルミニウム合金溶湯を幅1000mmの板材に鋳造した。この際の凝固速度は、図1に示すような水冷ロール34内の水の流量によって制御した。
また、図1の概略図に示すように、鋳造後の板材の巻取り装置31までの間に、空冷ファン32及びミスト供給部33を設置し、巻回される前の板材の温度を制御した。
また、巻回後の冷却速度としては、500kgの板材を巻き取った後、巻取り装置31からコイル状の巻回アルミニウム合金材30を取り外し、ファンで空冷することにより、150℃までの平均冷却速度を制御した。
また、冷間最終圧延率及び最終焼鈍後の最終板厚は0.05mmとした。
【0051】
そして、各サンプルのアルミニウム合金材を用い、図2の概略図に示す例のようなフィン材(符号1参照)を作製した。
なお、ろう付後の結晶粒径は、短冊状に切り出した上記フィン材に600℃×3minのろう付相当熱処理を施した後、50℃の5%NaOH水溶液中でエッチングし、切断法によって圧延方向の結晶粒径を測定した。
【0052】
[評価方法]
上記作製工程で得られた本発明に係るアルミニウム合金材からなるフィン材、及び従来のフィン材(比較例)を用い、以下のような評価試験を行った。
【0053】
<ろう付後の強度>
上記フィン材単体にろう付熱処理を施した後、引張試験を行うことにより、フィン材の強度を測定した。このフィン材は、JIS5号引張試験片(幅25mm×長さ60mm)であり、これを試験片として用い、引張試験機として島津社製:AG−GI 10knを使用して、引張速度2mm/分で引張試験を行うことにより、ろう付後の引張強度(耐力:MPa)を測定した。
【0054】
<フィン材の成形性>
フィンの山高さ9mm、フィンピッチ1.8mmとしてアルミニウム合金材(板材)をコルゲート成形し、フィンの山高さのばらつき度で評価した。フィンの山高さのばらつき度は、成形定常域の内、連続するフィン10山分の標準偏差σによって評価した。
【0055】
<耐エロージョン性>
上述のようにして得られたフィン材を、以下に示す仕様のブレージングシート(チューブ材)のろう材面に組み付け、フラックスを塗布した後、高純度窒素ガス雰囲気中においてろう付相当熱処理を行った。この、ろう付相当熱処理は、590〜600℃の温度で5分間保持して行った。
上記ろう付処理後に、コア(フィン材/チューブ材)断面を、光学顕微鏡を用いて観察し、ろうによる最大侵食深さを測定し、耐エロージョン性を評価した。
【0056】
「ブレージングシート仕様」
(1)芯材:Al−10%Si(4045)/Al−1%Mn−0.15%Cu(3003)
(2)板厚:0.30mm
(3)クラッド率:ろう材…10%、芯材…90%
(4)調質:H14
【0057】
<コア耐久性低下率:耐食性>
以下に示すような仕様のチューブ材用合金、ヘッダプレート用合金、サイドサポート用合金をそれぞれ成形し、フィン材と組み合わせた後、フラックスを塗布して、高純度窒素ガス雰囲気中においてろう付処理を行った。そして、樹脂製のタンクと組み合わせることにより、チューブ幅が16mm、コアサイズが320mm(L)×350mm(W)とされたラジエータを作製した。
このラジエータについて、ろう付処理の後、特に何も処理を施さなかったサンプル、及び、20日間の腐食試験SWAAT(ASTM G85−02)を施したサンプルに対し、それぞれ繰り返し耐圧試験を行い、破断が生じるまでの回数の低下率を測定した。なお、耐圧試験は、水圧によって繰り返し圧力を付加できる耐圧試験装置を用い、水圧を0〜1.8kg/cmの範囲、圧力の繰り返し付加周期を0.1Hzとして行なった。
【0058】
「各部材の仕様」
(1)チューブ材
a.合金:Al−10%Si(4045)/Al−1%Mn−0.15%Cu(3003)/Al−1%Zn(7072)
b.板厚:0.30mm
c.クラッド率:ろう材…10%、芯材…80%、犠牲材…10%、
d.調質:H14
(2)ヘッダプレート材
a.合金:Al−10%Si(4045)/Al−1%Mn−0.15%Cu(3003)/Al−1%Zn(7072)
b.板厚:1.6mm
c.クラッド率:ろう材…10%、芯材…80%、犠牲材…10%、
d.調質:O材
(3)サイドサポート材
a.合金:Al−10%Si(4045)/Al−1%Mn−0.15%Cu(3003)
b.板厚:1.2mm
c.クラッド率:ろう材…10%、芯材…90%
d.調質:O材
【0059】
<ろう付後のアルミニウム合金材特性>
ろう付後のアルミニウム合金材特性について、以下の方法によって測定した。
まず、ろう付後の組織の再結晶については、EBSP(Electron Back Scattering Pattern)法を用い、粒界を含むパターンを認識できなかった点数の割合が10%以下である場合について、再結晶しているものとして評価した。
また、電気伝導度については、アルミニウム合金材を所定板厚まで圧延後、ダブルブリッジ法を用いてろう付前の電気伝導度を測定し、また、合金材単体でろう付相当熱処理を施した後、同様にして電気伝導度を測定した。
また、ろう付後のアルミニウム合金材の結晶粒径については、短冊状に切り出したフィン材に600℃×3min.のろう付相当熱処理を施した後、50℃の5%NaOH水溶液中でエッチングし、実態顕微鏡を使用した切断法によって圧延方向の結晶粒径を測定する方法で求めた。
【0060】
各サンプルにおいて、フィン材に用いたアルミニウム合金材の成分組成一覧を表1に示し、製造条件の一覧を表2に示すとともに、評価結果の一覧を表3に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
【表3】

【0064】
[評価結果]
表3に示すように、本発明で規定する成分組成を有するアルミニウム合金溶湯を用い、本発明で規定する製造条件で作製した実施例1〜13のアルミニウム合金材は、ろう付後の引張強さが全て150MPa以上であり、また、フィン山高さばらつき度の標準偏差σが全て0.15以下であった。また、ろう侵食深さが全て13μm以下であり、コア耐久性低下率が全て30%以下であった。
【0065】
また、上記実施例1〜13の内、実施例11〜13のアルミニウム合金材は、最終工程として、表2に示す温度及び時間で焼鈍を行なった例である。実施例11及び実施例12は、3回の冷間圧延及び2回の焼鈍(中間焼鈍)を行い、最終工程として3回目の焼鈍を行なった例であり、実施例13は、2回の冷間圧延及び1回の焼鈍(中間焼鈍)を行い、最終工程として2回目の焼鈍を行なった例である。
表3に示す評価結果のように、上記実施例1〜13のアルミニウム合金材は、ろう付後の強度(ろう付後の引張強さ)、フィン材の成形性(フィン山高さばらつき度)、耐エロージョン性(ろう侵食深さ)、及び耐久性(コア耐久性低下率)の何れの特性も優れていることが明らかである。
【0066】
これに対し、アルミニウム合金溶湯の成分組成又は合金材の製造条件の何れかが、本発明の規定範囲外となっている比較例1〜10のアルミニウム合金材は、上述したろう付後の引張強さ、フィン山高さばらつき度、ろう侵食深さ又はコア耐久性低下率の何れかの評価が劣る結果となった。
【0067】
比較例1のアルミニウム合金材は、Siの含有量が本発明で規定する下限値を下回っており、また、連続鋳造圧延法による鋳造板厚が1.8mmと本発明で規定する下限値を下回っているため、ろう付後の引張強さが128MPaと、実施例1〜10に比べて劣る評価結果となった。
また、比較例2のアルミニウム合金材は、Siの含有量が本発明で規定する上限値を超えており、また、連続鋳造圧延法による鋳造板厚が14.0mmと本発明で規定する上限値を超えているために凝固速度が13.5℃/secと非常に遅くなっており、さらに、1回目の中間焼鈍の温度が400℃と本発明で規定する下限値を下回っている例である。比較例2では、ろう付後の組織が再結晶していないことが確認され、また、フィン山高さばらつき度σが1.10と非常に大きく、ろう侵食深さが50μmと非常に劣る評価結果となった。
【0068】
比較例3のアルミニウム合金材は、Feの含有量が本発明で規定する下限値を下回っているため、ろう付後の引張強さが118MPaと、実施例1〜10に比べて劣る評価結果となった。
また、比較例4のアルミニウム合金材は、Feの含有量が本発明で規定する上限値を超えており、また、巻回前の温度が本発明で規定する上限値を超えているため、ろう付後の引張強さが130MPaと、実施例1〜10に比べて劣る評価結果となった。
【0069】
比較例5のアルミニウム合金材は、Mnの含有量が本発明で規定する下限値を下回っており、また、コイル冷却速度が本発明で規定する下限値を下回っているため、ろう付後の引張強さが128MPaと、実施例1〜10に比べて劣る評価結果となった。
また、比較例6のアルミニウム合金材は、Mnの含有量が本発明で規定する上限値を超えており、また、中間焼鈍を実施しなかったため、圧延時、合金材表面にクラックが発生し、その後の評価を行なうのが不可能となった例である。
【0070】
比較例7のアルミニウム合金材は、Znの含有量が本発明で規定する下限値を下回っており、また、コイル冷却速度が本発明で規定する下限値を下回っているため、ろう付後の引張強さが140MPa、コア耐久性低下率が48%と、実施例1〜10に比べて劣る評価結果となった。
また、比較例8のアルミニウム合金材は、Znの含有量が本発明で規定する上限値を超えており、また、1回目の中間焼鈍の温度が本発明で規定する上限値を超えているため、ろう付後の組織の結晶粒径が220μmと本発明で規定する下限値を下回り、また、コア耐久性低下率が85%と、非常に劣る結果となった。
【0071】
比較例9のアルミニウム合金材は、Feの含有量が本発明で規定する上限値を超えており、また、中間焼鈍を実施しなかったため、圧延時、合金材表面にクラックが発生し、その後の評価を行なうのが不可能となった例である。
比較例10のアルミニウム合金材は、Mnの含有量が本発明で規定する下限値を下回っており、また、Znの含有量が本発明で規定する上限値を超えているため、ろう付後の引張強さが110MPa、コア耐久性低下率が76%と、実施例1〜10に比べて劣る評価結果となった。
【0072】
上記結果により、本発明の自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法によって得られるアルミニウム合金材が、ろう付後の強度、犠牲陽極効果及び耐エロージョン性等の各特性に優れていることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法の一例を説明する図であり、アルミニウム合金材の製造工程を示す概略図である。
【図2】本発明の自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法で得られるアルミニウム合金材が用いられてなるラジエータ(自動車熱交換器)を示す分解斜視図である。
【符号の説明】
【0074】
1…フィン材(自動車熱交換器部材)、12…チューブ、13…ヘッダ、14…サイドサポート、10…ラジエータ(自動車熱交換器)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Si:0.3%以上1.2%以下、
Fe:0.05%以上0.7%未満、
Mn:0.8%超2.0%以下、
Zn:0.5%以上4.0%以下
を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造圧延法によって板厚2〜12mmの板材に鋳造した後、直ちにコイル状に巻回する熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法であって、
前記コイル状に巻回される直前のアルミニウム合金材の温度を530℃以下とし、
前記コイル状に巻回したアルミニウム合金材を15℃/hr以上の平均冷却速度で冷却した後、巻回状態を解き、少なくとも2回以上の冷間圧延、及び、少なくとも2回以上の焼鈍を行うことにより、0.1mm以下の最終板厚とすることを特徴とする、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項2】
質量%で、さらに、
Sc:0.0001%以上1.0%以下、
Cu:0.05%以上0.8%以下、
Mg:0.01%以上0.5%以下、
Zr:0.001%以上0.3%以下、
Ti:0.01%以上0.25%以下、
Cr:0.01%以上0.1%以下、
V:0.01%以上0.1%以下、
Ni:0.01%以上2.0%以下
の内の1種又は2種以上を含有したアルミニウム合金溶湯を用いることをと特徴とする、請求項1に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項3】
前記アルミニウム合金溶湯を用いてアルミニウム合金材を鋳造する際の凝固速度を15〜1000℃/secの範囲とすることを特徴とする、請求項1又は2に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項4】
前記コイル状に巻回されたアルミニウム合金材を冷却した後、少なくとも2回以上の前記焼鈍を行なうとともに、1回目の焼鈍を450℃以上600℃以下の温度で行なうことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項5】
前記焼鈍を1〜10hrの時間で行なうことを特徴とする、請求項4に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項6】
前記冷間圧延及び焼鈍を行なった後、最終工程として100℃以上400℃以下の温度で焼鈍を行なうことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項7】
前記冷間圧延及び焼鈍を行なった後、最終工程として前記冷間圧延を50%以下の最終圧延率で行うことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、成形性と耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項8】
ろう付後のアルミニウム合金材の結晶粒径が300μm以上であることを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載の、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか1項に記載の製造方法で得られる、ろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材。
【請求項10】
請求項9に記載のろう付によって製造される高強度自動車熱交換器用部材に用いられる、耐エロージョン性に優れた自動車熱交換器用高強度アルミニウム合金材が用いられてなる自動車熱交換器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−308761(P2008−308761A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291947(P2007−291947)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【出願人】(000176707)三菱アルミニウム株式会社 (446)
【Fターム(参考)】