説明

アイソフォーム特異的インスリン類似体

生理的有効量のインスリン類似体またはその生理的に許容される塩を投与することにより哺乳動物を治療する方法であって、インスリン類似体が、インスリン受容体アイソフォームB(IR−B)よりもインスリン受容体アイソフォームA(IR−A)に対して2倍を超える大きい結合親和性を示す方法。インスリン類似体は、4〜13アミノ酸のポリペプチドで連結されたインスリンA鎖配列もしくはその類似体およびインスリンB鎖配列もしくはその類似体を含む単鎖インスリン類似体またはその生理的に許容される塩であってよい。単鎖インスリン類似体は、通常のインスリンより低いかまたはそれと等しいIGFRへの結合を示しつつ、通常のインスリンより大きいIR−Aとのin vitroでのインスリン受容体結合を示し得るが、IR−Bとはより低い結合を示し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
連邦政府により支援された研究または開発に関する陳述
本発明は、契約番号NIH R01DK069764、R01−DK74176およびR01−DK065890で国立衛生研究所により授与された協力協定の下で政府の支援によって行われた。米国政府は、本発明に対して特定の権利を有し得る。
【背景技術】
【0002】
インスリンの投与は、真性糖尿病の治療として長く確立されている。インスリンは、単鎖前駆体であるプロインスリンの生成物であり、プロインスリンでは、連結領域(35残基)がB鎖のC末端残基(残基B30)をA鎖のN末端残基と結合している(図1A)。プロインスリンの構造は決定されていないが、これがインスリン様のコアおよび不規則な(disordered)連結ペプチドからなることを示す多様な証拠がある(図1B)。3つの特定のジスルフィド架橋(A6〜A11、A7〜B7およびA20〜B19;図1B)の形成は、粗面小胞体(ER)でのプロインスリンの酸化的折り畳みと連動すると考えられている。プロインスリンは、ERからゴルジ装置へ運び出されたすぐ後に、集合して、可溶性Zn2+配位6量体を形成する。エンド型タンパク質分解消化と、インスリンへの変換は、未熟分泌顆粒にて生じ、その後、形態的凝縮が生じる。成熟貯蔵顆粒内の亜鉛インスリン6量体の結晶配列は、電子顕微鏡(EM)により視覚化されている。よって、天然のオリゴマーの集合および分解は、インスリン生合成、貯蔵、分泌および作用の経路に本来備わっている。
【0003】
インスリンのA鎖および/またはB鎖のアミノ酸置換は、皮下注射の後のインスリン作用の薬物動態に対する可能性のある好ましい影響について、広く調査されている。当技術分野において知られる例は、吸収の時間経過を促進または遅延させる置換である。このような置換(例えばNovalog(登録商標)でのAspB28およびHumalog(登録商標)での[LysB28、ProB29])は、より迅速な繊維形成(fibrillation)およびより乏しい物理的安定性と関連し得、かつしばしば関連する。実際に、AspB28−インスリンおよびAspB10−インスリンを含む繊維形成しやすさについてヒトインスリンの一連の10個の類似体が試験されている。10個全てが、ヒトインスリンよりも、pH7.4および37℃にてより繊維形成しやすいことが見出された。10個の置換は、インスリン分子の様々な部位にあり、古典的な熱力学的安定性における広い範囲の変化と関連するようである。これらの結果は、インスリン類似体を医薬的条件下で繊維形成から保護する置換が希であることを示唆する。これらの設計についての構造的基準または規則は、明確でない。タンパク質繊維形成の現在の理論は、繊維形成の機構が、部分的に折り畳まれた中間体の状態を経て進行し、これが次いで集合して、アミロイド形成性の核を形成することを提案する。この理論では、天然状態を安定化するアミノ酸置換が、部分的に折り畳まれた中間状態を安定化するかまたはせず、天然状態と中間状態との間の自由エネルギーの障壁を増加(または減少)させるかまたはしないことが可能である。よって、現在の理論は、インスリン分子中の所与のアミノ酸置換が繊維形成の危険性を増加または減少させる傾向が、かなり予測不能であることを示す。
【0004】
インスリンなどのタンパク質の修飾は、繊維形成に対する耐性を増加させるが、生物活性を損なうことが知られている。例えば「ミニプロインスリン」は、インスリンのA鎖とB鎖の間のジペプチドリンカーなどの短縮されたリンカー領域を含む多様なプロインスリン類似体を記載するために用いられる。ヒトインスリンで見出されるThrB30の代わりにブタインスリンで見出されるAlaB30などのさらなる置換も存在し得る。この類似体は、時に、ブタインスリン前駆体またはPIPとよばれる。ミニプロインスリン類似体は、繊維形成に対して頻繁に耐性であるが、その活性は損なわれる。一般的に、4残基未満の長さの連結ペプチドは、生物活性を犠牲にしてインスリン繊維形成を遮断する。インスリン受容体についての親和性は、10,000分の1以下に低下することが報告されている。このような類似体は組換えインスリンの製造における中間体として有用であるが、それ自体は真性糖尿病の治療において有用でない。
【0005】
インスリンは、インスリン受容体とよばれる細胞性受容体と結合し、それを活性化することによりその生物作用を媒介する。インスリン受容体の細胞外部分はインスリンと結合するが、細胞内部分は、ホルモンにより活性化され得るチロシンキナーゼドメインを含有する。選択的RNAスプライシングは、IR−AおよびIR−Bとよばれるインスリン受容体(IR)の2つの別々のアイソフォームを導く。Bアイソフォームは、インスリン受容体遺伝子のエキソン11によりコードされる、αサブユニット内の12のさらなるアミノ酸を含む。Aアイソフォームは、この12残基セグメントを欠く。本発明は、インスリン受容体の一方のアイソフォームと優先的に結合するインスリン類似体の設計に関する。
【0006】
インスリン受容体について低すぎるかまたは高すぎる親和性を有するインスリン類似体は、真性糖尿病の治療において好ましくない生物学的特性を有し得る。血流からのインスリンの排除は、標的組織上のインスリン受容体との相互作用により主に媒介されるので、25%未満の受容体結合活性は、血流中での寿命の延長を示すと予測される。このような排除の遅延は、糖血症の厳密な管理のために食物摂取とともに投与された速効型のインスリン類似体において望ましくない。このような親和性の低下は、インスリン類似体の効力も減少させ、このことは、より大きい容量のタンパク質溶液の注射またはより濃縮されたタンパク質溶液の使用のいずれかを必要とする。本発明は、インスリン受容体の一方のアイソフォームと優先的に結合するインスリン類似体の設計に関する。
【0007】
逆に、野生型インスリンのものより高いインスリン受容体についての親和性を有するインスリン類似体は、シグナル伝達特性の変化およびホルモン−受容体複合体の細胞プロセシングの変化と関連し得る。標的細胞表面上または細胞内小胞表面上での過剰活性化インスリン類似体(super−active insulin analogue)とインスリン受容体との複合体の滞留時間の延長は、分裂促進シグナル伝達の上昇を導き得る。アミノ酸置換がインスリン受容体だけでなくI型IGF受容体との類似体の結合も増やすならば、分裂促進性が亢進され得る。これらの理由から、インスリン受容体とIGF受容体に対する親和性が、野生型ヒトインスリンのものと同様の類似体を得ることが望ましい。
【0008】
インスリンの修飾(HisB10のAspによる置換)は、インスリンの熱力学的安定性を亢進し、インスリン受容体についてのその親和性も2倍に増やすことが記載されている。この置換は、亜鉛の結合を遮断し、6量体へのインスリン2量体の集合を妨げるので、速効型類似体の候補として調査された。しかし、AspB10−インスリンが、分裂促進性の増加、インスリン受容体との交差結合の増加およびSprague−Dawleyラットへの慢性投与の際の乳癌形成の割合の上昇を示すことが見出されたときに、臨床開発は停止された。AspB10−インスリンおよびおそらく他のインスリン類似体の他の点では好ましい特性がこれらの有害特性により混乱させられるので、このような置換により得られる好ましい特性を維持しながら同時に有害特性を回避する設計法を得ることが望ましい。具体的な例は、インスリン分子を再設計して、I型IGF受容体との交差結合の増加または分裂促進性の増加を招くことなく、AspによるHisB10の置換に関連する熱力学的安定性および受容体結合特性の亢進を維持することである。
【0009】
インスリンの主な機能は、血中グルコース濃度を調節することであるが、ホルモンは、複数の標的組織および生理的応答を調節する。古典的な標的組織は、筋肉、脂肪および肝臓である。インスリンの非古典的標的は、膵臓β細胞、食欲、満腹および体重の制御に関与する中枢神経系のニューロン、末梢神経系のニューロン、ならびに炎症および宿主防御に関与する白血球細胞を含む。これらの各組織は、IR−AおよびIR−Bの特定の発現パターンを示す。IR−AおよびIR−Bを介するシグナル伝達が、インスリン調節性グルコース摂取、インスリン調節性遺伝子の発現ならびに細胞成長および増殖に対して異なる影響を導く異なる受容体後経路を活性化できることを示唆する証拠がある。
【0010】
現在までに、IR−AとIR−Bとを十分な特異性を持って区別して、一方または他方のシグナル伝達経路の選択的活性化を可能にするインスリン類似体はない。野生型インスリンは、IR−Bよりもわずかに高い親和性でIR−Aと結合する(IR−Aについて1倍〜2倍の間の結合優先性)。2つの受容体アイソフォームは、ホルモン結合を担う主要ドメインを共有しているので、このような類似体は存在しそうにない。IR−Bに存在するがIR−Aに存在しないタンパク質配列は12アミノ酸残基だけを含み、これらの残基はホルモン結合の共有された部位について非本質的であるので、IR−Aとのインスリン類似体の結合を増やすかまたは損なうアミノ酸置換は、IR−Bとのこのインスリン類似体の結合も等しく調節するようである。従来のインスリン類似体の我々の研究(以下を参照されたい)は、この予測と一貫している。
【0011】
予期せぬことに、我々は、修飾A鎖およびB鎖とともにA鎖とB鎖との間の短縮連結ペプチドを含有するインスリン類似体の従来にないクラスが、IR−Aと優先的に結合するように設計できることを見出した。このような類似体の全体的な構成は、膵臓β細胞のホルモン合成の生合成経路におけるインスリンの単鎖前駆体であるプロインスリンと同様である。ヒトプロインスリンは、B鎖のC末端残基(残基B30)をA鎖のN末端残基と結合させる連結領域を含み(図1AおよびB)、この連結ドメインを短縮することについてのいずれのアイソフォーム特異的影響も、当技術分野において知られていない。
【0012】
IR−BよりもIR−Aに対してより大きい親和性で結合するインスリン類似体の例は、野生型ヒトプロインスリンである。受容体結合における4倍の選択性が観察されるが、それぞれの場合において、このような結合は、連結ドメインにより著しく損なわれ、その有用性を妨げる。IR−BよりもIR−Aとより大きい親和性で結合するインスリン様リガンドの別の例は、インスリン様成長因子II(IGF−II)である。プロインスリンと同様に、選択性の範囲は、4倍〜10倍の間である。実験室調査または真性糖尿病のヒトの治療のいずれかを目的とするインスリン類似体としてのIGF−IIの使用は望ましくない。なぜなら、IGF−IIは、I型IGF受容体(IGFR)と高い活性で結合してこれを活性化するが、IGF−IIはどちらのIRアイソフォームに対しても低い親和性を有する(ヒトインスリンに比べて20%未満)からである。IGFRとのインスリン類似体の交差結合は、Sprague−Dawleyラットにおける乳癌の発生と関連している。真性糖尿病の可能性のある治療としてのIGF−IIの使用は、これが、この成長因子の効力およびシグナル伝達特性を変化させる特定の血清結合タンパク質と結合することによっても困難になる。
【0013】
プロインスリンとIGF−IIとの著しい配列相違性は、以下の特性の組み合わせを示す新規な類似体をどのように設計するかを不明確にする:(a)天然に存在するリガンドよりも大きいアイソフォーム選択性を示すと同時に(b)野生型インスリンと等しいかまたはそれより大きい標的アイソフォームについての親和性および(c)野生型インスリンと同様またはそれより低いIGFRとの交差結合を示すこと。実際に、IGF−IIは、プロインスリンのものとは長さまたは配列において関連しない13残基の連結ドメインを含む。IGF−IIのAドメインは、プロインスリンのものとは21個の位置のうち9個が異なり、そのBドメインは30個の位置のうち18個が異なる。プロインスリン、IGF−IIまたはインスリン様ファミリーのその他のメンバーの配列の比較により、アイソフォーム特異的類似体の設計についての手引きとしての手掛かりは得られない。
【0014】
理論に関係なく、我々は、野生型インスリンのものと等しいかまたはそれより大きい親和性でIR−Aと優先的に結合するが、IGFRとの結合を亢進しないヒトインスリンの単鎖類似体を設計し得ることを見出した。このような類似体は、IR−Aによるインスリンシグナル伝達の亢進に有用であろう。IR−Bによるシグナル伝達はインスリンの血糖降下作用を媒介すると考えられるので、本発明は、野生型ヒトインスリン、動物インスリンおよび当技術分野において知られるインスリン類似体を用いる治療により達成できるよりも、有害な低血糖の危険性がより低いIR−A依存性経路の刺激を可能にする。II型真性糖尿病の臨床背景において、メタボリックシンドローム、またはIR−A依存性経路のような損なわれた耐糖能は、β細胞機能および生存能に対する有益な影響と、視床下部回路網による食欲制御および中枢神経系のその他の状況に対する有益な影響とを惹起するだろう。このようなアイソフォーム特異的類似体は、哺乳動物細胞培養、ならびに野生型および遺伝子改変動物の実験的操作においても価値があるであろう。
【発明の概要】
【0015】
よって、IR−Bと比べて、IR−Aと優先的に結合するインスリン類似体を提供することが、本発明の態様である。
【0016】
IGFRとの結合を亢進することなく、IR−Bと比べてIR−Aと優先的に結合してこれを活性化する単鎖インスリン類似体を提供することが、本発明の別の態様である。
【0017】
全般的に、本発明は、哺乳動物を治療する方法であって、生理的有効量のインスリン類似体またはその生理的に許容される塩を投与することを含み、インスリン類似体が、インスリン受容体アイソフォームB(IR−B)よりもインスリン受容体アイソフォームA(IR−A)に対して2倍を超える大きい結合親和性を示し、類似体が、該類似体が由来する野生型インスリンと比較して、少なくとも3分の1のIR−Bに対する相対結合親和性を有する方法を提供する。このインスリン類似体は、IR−Bについてよりも、少なくとも4倍、6倍またはそれより大きいIR−Aについての結合親和性を示し得る。
【0018】
インスリン類似体またはその生理的に許容される塩は、プロインスリンのリンカーと比較して切断されているポリペプチドリンカーにより連結されたインスリンA鎖配列もしくはその類似体およびインスリンB鎖配列もしくはその類似体を含む単鎖インスリン類似体またはその生理的に許容される塩であってよい。ある例において、リンカーは、15アミノ酸未満の長さであってよい。その他の例において、リンカーは、4、5、6、7、8、9、10、11、12または13アミノ酸の長さであってよい。ある具体的な例において、リンカーは、Gly−Gly−Gly−Pro−Arg−Arg(配列番号19)の配列を有するポリペプチドである。
【0019】
別の具体的な例において、インスリン類似体は、配列番号26および36の配列を有するポリペプチドからなる群より選択される配列を有するポリペプチドである。さらにその他の例において、インスリン類似体は、配列番号17(ここで、Xaa4〜13は6個の任意のアミノ酸であるが、但し、Xaa4〜13の最初の2つのアミノ酸はアルギニンでない)の配列を有するポリペプチドからなる群より選択される配列を有してよい。さらにその他の例において、インスリン類似体は、式I
B−C−A(I)
[式中、Bは、配列:
FVNQHLCGSXLVEALYLVCGERGFFYTXT(配列番号38)
(式中、XはDまたはHであり、XはP、DまたはKであり、XはKまたはPである)
を有するポリペプチドを含み、
Cは、配列GGGPRR(配列番号19)からなるポリペプチドであり、
Aは、配列:
GIVEQCCXSICSLYQLENYCN(配列番号37)
(式中、XはTまたはHである)
を有するポリペプチドを含む]
の単鎖ポリペプチドを含む。
【0020】
このような例において、インスリン類似体は、配列番号26の配列を有するポリペプチドおよび配列番号36の配列を有するポリペプチドからなる群より選択されるポリペプチドを含んでよい。
【0021】
本発明の単鎖インスリン類似体は、その開示が本明細書に参照により組み込まれる同時係属の国際特許出願第PCT/US07/00320号および米国特許出願第12/160,187号においてより十分に記載される、残基A4、A8およびB1でのヒスチジンの置換などのその他の修飾も含んでよい。ある例において、脊椎動物インスリン類似体は、ヒト、ブタ、ウシ、ネコ、イヌまたはウマのインスリン類似体などの哺乳動物インスリン類似体である。
【0022】
本発明は、同様に、このようなインスリン類似体を含む医薬組成物を提供し、これは、所望により亜鉛を含んでよい。亜鉛イオンは、このような組成物中に、インスリン類似体の6量体あたり2.2〜3.0の間のモル比のレベルで含まれてよい。このような製剤において、インスリン類似体の濃度は、典型的には、約0.1〜約3mMの間であろう。3mMまでの濃度は、インスリンポンプの貯留槽中で用いてよい。別の例において、単鎖インスリン類似体を含む医薬組成物は、37℃で、6量体あたり2、1.5、1未満の亜鉛モル比にてまたは不純物として存在する量以外の亜鉛が存在しない中で、1パーセント未満の繊維形成を示す。
【0023】
賦形剤は、グリセロール、グリシン、その他の緩衝剤および塩、ならびにフェノールおよびメタクレゾールなどの抗菌防腐剤を含んでよい。後者の防腐剤は、インスリン6量体の安定性を亢進することが知られている。このような医薬組成物を用いて、真性糖尿病またはその他の医療状態の患者を、該患者に生理的有効量の組成物を投与することにより治療することができる。
【0024】
本発明は、A鎖、B鎖、および4〜13コドンを含むA鎖とB鎖とのリンカーとをコードする配列を含む単鎖インスリン類似体をコードするポリペプチドをコードする配列を含む核酸も提供する。核酸は、その開示が本明細書に参照により組み込まれる国際特許出願第PCT/US09/40544号で提供される、残基A8でのヒスチジン、リジン、アルギニンまたはその他の残基の置換など、野生型インスリンのその他の修飾をコードしてもよい。ヒスチジン以外の残基をA8位またはB10位にて置換して、安定性および活性を亢進することができる。残基は、B9位、B28位および/またはB29位で置換して、類似体の自己会合特性(およびそれによる薬物動態特性)を変化させることもできる。チロシン以外の残基を、A14位で置換して、類似体の等電点を調節することができる。置換または付加的な残基を、同様に、短縮連結ドメイン内に挿入して、タンパク質の等電点を調節することができる。核酸配列は、ポリペプチドまたは修飾プロインスリン類似体中のあらゆる場所での関係しない置換または伸長を含む修飾AまたはB鎖配列をコードしてよい。核酸は、発現ベクターの一部であってもよく、該ベクターは、大腸菌株化細胞のような原核生物宿主細胞、あるいはサッカロミセス・セレビシエもしくはピスチア・パストリス(Pischia pastoris)株または株化細胞などの真核生物株化細胞などの宿主細胞に挿入することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1A】A鎖およびB鎖と、隣接2塩基性切断部位(黒丸)およびCペプチド(白丸)で示す連結領域とを含むヒトプロインスリン配列の模式図である。「短縮連結ペプチド」と記載した線は、インスリンのA鎖部分とB鎖部分との間のジペプチド(Ala−Lys)リンカーを含むプロインスリン類似体であるミニプロインスリン中の連結領域を表す。
【図1B】インスリン様部分および不規則な連結ペプチド(点線)からなるプロインスリンの構造モデルである。
【図2】57アミノ酸長の単鎖インスリン類似体(点線;三角)の結合を、天然ヒトインスリン(実線;四角)と比べて評価した受容体結合アッセイの結果を示す。このアッセイは、受容体と結合した125I標識インスリンの、未標識類似体または非放射性インスリンのいずれかによる置き換えを測定する。(A、上の図)IR−Aとのインスリンまたはインスリン類似体の結合。(B、真ん中の図)IR−Bとのインスリンまたはインスリン類似体の結合。(C、下の図)IGFRとのインスリンまたはインスリン類似体の結合。
【図3A】ヒトインスリン受容体アイソフォームA(HIRA)とのヒトインスリンおよびヒトインスリン類似体の結合を評価した受容体結合アッセイの結果のグラフである。受容体と結合した125I標識インスリンの、未標識類似体またはインスリンのいずれかによる置き換え(B/Bo)を、未標識類似体/インスリン濃度範囲全域で示す。
【図3B】ヒトインスリン受容体アイソフォームB(HIRB)とのヒトインスリンおよびヒトインスリン類似体の結合を評価した受容体結合アッセイの結果のグラフである。受容体と結合した125I標識インスリンの、未標識類似体またはインスリンのいずれかによる置き換え(B/Bo)を、未標識類似体/インスリン濃度範囲全域で示す。
【図3C】インスリン様成長因子受容体(IGFR)とのヒトインスリンおよびヒトインスリン類似体の結合を評価した受容体結合アッセイの結果のグラフである。受容体と結合した125I標識インスリンの、未標識類似体またはインスリンのいずれかによる置き換え(B/Bo)を、未標識類似体/インスリン濃度範囲全域で示す。
【図4】B10位にて野生型である単鎖インスリン(SCI)(配列番号26)のIGFR結合親和性を、インスリン様成長因子1(IGF−1)、野生型ヒトインスリンならびにHumalog(登録商標)およびLantus(登録商標)の商品名の下で販売されるインスリン類似体と比較する受容体結合アッセイの結果のグラフである。
【図5】ヒトインスリン(配列番号2および3)、SCI(HisA8、AspB10、AspB28およびProB29)(配列番号36)またはSCIの2本鎖類似体(HisA8、AspB10、AspB28およびProB29置換を含む)(配列番号34および35)の注射の後の時間に対する糖尿病性Lewisラットの血糖測定を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、Bアイソフォーム(IR−B)との結合が6分の1以下に低下した、インスリン受容体のAアイソフォーム(IR−A)との類似体のアイソフォーム特異的結合を提供する組換え単鎖インスリン類似体を対象とする。この目的のために、本発明は、切断リンカーポリペプチドにより連結された変異型インスリンA鎖ポリペプチドと変異型インスリンB鎖ポリペプチドとを含むインスリン類似体を提供する。ある例において、リンカーポリペプチドは、15アミノ酸未満の長さであってよい。その他の例において、リンカーポリペプチドは、4、5、6、7、8、9、10、11、12または13アミノ酸の長さであってよい。
【0027】
本発明の単鎖インスリン類似体は、その他の修飾も含んでよい。本明細書および特許請求の範囲で用いる場合、インスリンの種々の置換類似体は、置換するアミノ酸と、その後に所望により上付き文字でアミノ酸の位置とを示す取り決めにより記載することができる。問題のアミノ酸の位置は、置換があるインスリンのAまたはB鎖を含む。例えば、本発明の単鎖インスリン類似体は、B鎖のアミノ酸28(B28)でのプロリン(ProまたはP)のアスパラギン酸(AspまたはD)もしくはリジン(LysまたはK)への置換、またはB鎖のアミノ酸29(B29)でのLysのProへの置換、あるいはその組み合わせも含んでよい。これらの置換は、それぞれAspB28、LysB28およびProB29とも記載してよい。そうでないと記載しない限り、または文脈から明確な場合はいずれも、本明細書に記載されるアミノ酸は、Lアミノ酸とみなされるべきである。
【0028】
本発明の別の態様は、IGF I型受容体との交差結合の著しい増加の回避である。この目的のために、インスリン様成長因子I(IGF−1)のCドメインに存在するような配列Arg−Arg−Xaaまたはタンデムアルギニンを有するチロシンを含まないリンカーを用いることが有利であろう。なぜなら、これらの配列は、IGFRとのIGF−1の結合に重要であるものとして同定されているからである。
【0029】
AspB28置換は、アスパルトインスリンとして知られ、Novalog(登録商標)として販売されるインスリン類似体中に存在し、LysB28およびProB29置換は、リスプロインスリンとして知られ、Humalog(登録商標)の名称の下で販売されるインスリン類似体中に存在する。これらの類似体は、その開示が本明細書に参照により組み込まれる米国特許第5,149,777号および第5,474,978号に記載される。これらの類似体はともに、速効型インスリンとして知られている。これらの類似体はいずれも、アイソフォーム特異的受容体結合を示さない。
【0030】
本発明の単鎖インスリン類似体は、ヒトインスリンに加えて、現存するインスリン類似体、修飾インスリン、またはレギュラーインスリン、NPHインスリン、レンテインスリンもしくはウルトラレンテインスリンなどの種々の医薬製剤内に存在するいくつかの任意の変更も用いてよいことが、さらに構想される。本発明の単鎖インスリン類似体は、置換AspB10、LysB28およびProB29またはAspB9置換を含むDKPインスリンなど、臨床的に用いられていないが実験的にはまだ有用な、ヒトインスリンの類似体中に存在する置換も含んでよい。本発明は、しかし、ヒトインスリンおよびその類似体に限定されない。これらの置換は、限定しない例として、ブタ、ウシ、ウマおよびイヌのインスリンなどの動物インスリンにおいて行ってもよいことも構想される。さらに、ヒトインスリンと動物インスリンとの間の類似性、およびヒト糖尿病患者での動物インスリンの過去の使用に鑑みて、インスリンの配列中のその他の小規模な修飾、特に、「保存的」置換と考えられる置換を導入してよいことも構想される。例えば、アミノ酸のさらなる置換を、本発明から逸脱することなく、類似の側鎖を有するアミノ酸の群の中で行ってよい。これらは、中性疎水性アミノ酸:アラニン(AlaまたはA)、バリン(ValまたはV)、ロイシン(LeuまたはL)、イソロイシン(IleまたはI)、プロリン(ProまたはP)、トリプトファン(TrpまたはW)、フェニルアラニン(PheまたはF)およびメチオニン(MetまたはM)を含む。同様に、中性極性アミノ酸は、グリシン(GlyまたはG)、セリン(SerまたはS)、スレオニン(ThrまたはT)、チロシン(TyrまたはY)、システイン(CysまたはC)、グルタミン(GluまたはQ)およびアスパラギン(AsnまたはN)の群の中で互いを置換してよい。塩基性アミノ酸は、リジン(LysまたはK)、アルギニン(ArgまたはR)およびヒスチジン(HisまたはH)を含むと考えられる。酸性アミノ酸は、アスパラギン酸(AspまたはD)およびグルタミン酸(GluまたはE)である。ある例において、本発明のインスリン類似体は、本発明の修飾リンカー以外に3つ以下の保存的置換を含む。
【0031】
ヒトプロインスリンのアミノ酸配列を、比較の目的のために配列番号1として示す。ヒトインスリンのA鎖のアミノ酸配列を、配列番号2として示す。ヒトインスリンのB鎖のアミノ酸配列を、比較の目的のために配列番号3として示す。
配列番号1(プロインスリン)
【0032】
【化1】

配列番号2(A鎖)
【0033】
【化2】

配列番号3(B鎖)
【0034】
【化3】

【0035】
本発明の単鎖ヒトインスリンのアミノ酸配列を、配列番号4(ここで、Xaaは任意のアミノ酸を表す)として示す。
配列番号4
【0036】
【化4】

【0037】
種々の例において、Xaaで表されるリンカーは、4、5、6、7、8、9、10、11、12または13アミノ酸の長さであってよい。ある例において、リンカーは、AおよびB鎖に隣接する天然に存在するアミノ酸を含む。配列番号5〜14は、リンカーが、プロインスリン中のそれらの天然に存在する位置にアミノ酸を含む配列を示す。言い換えると、プロインスリンの天然リンカーは、プロインスリンのAおよびB鎖に隣接して天然で見出されるアミノ酸をそのままにして、種々の量で切断される。配列番号5において、AおよびB鎖に隣接するArg残基が存在する。配列番号6において、通常、B鎖に接して見出される2つのArg残基と、通常、A鎖に接して見出されるArgおよびLys残基が存在する。配列番号7および8において、通常、B鎖に接して見出されるArg−Arg−Glu配列と、通常、A鎖に接して見出されるGln−Lys−Arg配列とが存在する。配列番号7において、さらなる1〜4アミノ酸が、所望により存在してよい。
配列番号5
【0038】
【化5】

配列番号6
【0039】
【化6】

配列番号7
【0040】
【化7】

配列番号8
【0041】
【化8】

【0042】
配列番号9〜14は、プロインスリンの配列中で天然に見出される種々の配列からなる、種々の長さのリンカーを示す。
【0043】
インスリンにおいて天然に見出されない配列を有するその他の切断リンカーも用いてよい。例えば、配列番号19は、配列Gly−Gly−Gly−Pro−Arg−Argを有するリンカーを示し、配列番号20は、配列Gly−Gly−Pro−Arg−Argを有するリンカーを示し、配列番号21は、配列Gly−Ser−Glu−Gln−Arg−Argを有するリンカーを示し、配列番号22は、配列Arg−Arg−Glu−Gln−Lys−Argを有するリンカーを示し、配列番号23は、配列Arg−Arg−Glu−Ala−Leu−Gln−Lys−Argを有するリンカーを示し、配列番号24は、配列Gly−Ala−Gly−Pro−Arg−Argを有するリンカーを示し、配列番号25は、配列Gly−Pro−Arg−Argを有するリンカーを示す。これらの切断リンカーのいずれも、単独、または本明細書に記載されるインスリンポリペプチド配列中のその他の置換もしくはその他の変更と組み合わせて、本発明の単鎖インスリン類似体において用いてよいことが構想される。
【0044】
従来知られるインスリン類似体の置換を含む種々の置換は、本発明の単鎖インスリン類似体中に存在してもよい。例えば、リスプロインスリンのLysB28ProB29置換に相当する置換も有する単鎖インスリン類似体のアミノ酸配列を、配列番号15として示す。同様に、アスパルトインスリンのAspB28置換に相当する置換も有する単鎖インスリン類似体のアミノ酸配列を、配列番号16として示す。さらに、AspB10置換に相当する置換も有する単鎖インスリン類似体の例示的アミノ酸配列を、配列番号17および18として示す。
配列番号15
【0045】
【化9】

配列番号16
【0046】
【化10】

配列番号17
【0047】
【化11】

配列番号18
【0048】
【化12】

【0049】
インスリンまたはインスリン類似体の活性は、本明細書で以下により詳細に記載するような受容体結合アッセイにより決定してよい。相対活性は、ホルモン−受容体結合反応を支配する解離定数(Keq)の比較により定義してよい。相対活性は、放射性標識ヒトインスリン(例えば125I標識インスリン)または放射性標識高親和性インスリン類似体などの特異的に結合した標識ヒトインスリンの50パーセントを置き換えるために必要な未標識インスリンまたはインスリン類似体の濃度であるED50の値の比較によって推測してもよい。あるいは、活性は、通常のインスリンの活性のパーセンテージとして単純に表してよい。インスリン様成長因子受容体(IGFR)についての親和性も、IGFRからの放射性標識IGF−I(例えば125I標識IGF−I)の置き換えを測定して、同様に決定してよい。特に、アイソフォーム選択的単鎖インスリン類似体は、通常のインスリンの110、120、130、140、150もしくは200パーセント以上など、インスリン受容体の1つのアイソフォームについてインスリンの100パーセント以上の活性を有する一方、標的アイソフォームと比べて6分の1以下に低下した、インスリン受容体の他方のアイソフォームについての親和性を有することが望ましい。また、IGFRとの単鎖インスリン類似体の交差結合が、通常のインスリンの90、80、70、60または50パーセント以下など、通常のインスリンの100パーセント以下であることが望ましい。インスリン活性は、in vivoよりもむしろ、本明細書に記載されるようにin vitroで測定することが望ましい。in vivoでは、血流からのインスリンの排除が、受容体結合に依存することが記載されている。このようにして、インスリン類似体は、血流からのより遅い排除のために細胞レベルでは活性がより低いが、in vivoにおいておよそ100パーセントの活性にさえ到達する高い活性を数時間にわたって示し得る。しかし、インスリン類似体は、in vitro受容体結合活性が20%ほど低くても、このより遅い排除およびより高い用量での投与の実現可能性により、糖尿病の治療においてまだ有用であり得る。
【0050】
インスリンの単鎖類似体は、3つのポリペプチドセグメントのチオール−エステル媒介天然型フラグメントライゲーションを用いる完全な化学合成により作製した。セグメントは、残基1〜18(セグメントI)、19〜42(セグメントII)および43〜57(セグメントIII)を含んだ。それぞれのセグメントは、固相法により合成した。セグメントIおよびセグメントIIは、OCH−Pam樹脂(Applied Biosystems)上のN−α−tert−ブチルオキシカルボニル(Boc)−化学構造により調製した。セグメントIIIは、標準的な側鎖保護基を用いるポリエチレングリコール−ポリスチレン(PEG−PS)樹脂上のN−α−(9−フルオロニルメトキシカルボニル(Fmoc)−化学構造により調製した。セグメントIは、チオエステル(ベータ−メルカプトロイシン、βMp−Leu)として合成した。合成は、Boc−Leu−OCH−Pam樹脂から開始し、ペプチド鎖を、N末端残基まで段階的に伸長した。セグメントIIも、セグメントの溶解性を亢進するために、βMp残基のC末端と結合したペプチドArg−Arg−Glyを有するチオエステルとして合成した。セグメントIIのN末端アミノ酸であるシステインは、チアゾリジン(Thz)として保護し、ライゲーションの後にMeONH.HClによりシステインに変換した。天然型ライゲーションの後に、全長ポリペプチド鎖を、100mM還元型グルタチオン(GSH)と10mM酸化型グルタチオン(GSSG)とのpH 8.6での混合物中で折り畳ませ、40分間で15%から35%(A/B)までの勾配溶出で、4ml/分の流速にてC4カラム(1.0×25cm)を用いるHPLC精製に供した。SCI(1)に相当する純粋な画分をプールし、凍結乾燥した。予測される分子質量は、質量分析により確認した。
【0051】
配列番号26のポリペプチド配列を有する単鎖インスリン類似体を調製した。
配列番号26
【0052】
【化13】

【0053】
この57アミノ酸長の単鎖類似体を合成し、活性について試験した。この類似体は、修飾A鎖配列(置換HisA8を含む)と、修飾B鎖配列(置換AspB28およびProB29を含む)とを、配列GGGPRRの6残基リンカーとともに含む。比較の目的のために、Leeら(Nature、第408巻、483〜488頁、2000)により以前に記載された配列を含む58アミノ酸長の単鎖インスリン類似体を同様にして調製した。後者の類似体は、野生型A鎖およびB鎖配列を、配列GGGPGKRの7残基リンカーとともに含む(配列番号33、「従来のSCI」)。しかし、この類似体について記載する論文に記載される結果は、本来のNature論文に示された結果の妥当性に疑問を投げかけて、本来の論文の著者の少なくとも数名により、最近、撤回された(Nature、第458巻、660頁、2009)。それにもかかわらず、本発明による単鎖インスリンと、従来の単鎖インスリンとの比較を、本明細書に示す。
【0054】
合成遺伝子を合成して、酵母ピスチア・パストリスおよびその他の微生物において同じポリペプチドの発現を導いた。DNAの配列は、以下のいずれかである。
(a)ヒトコドン優先性を有する
【0055】
【化14】

(配列番号28)
(b)ピチアコドン優先性を有する
【0056】
【化15】

(配列番号29)
【0057】
同じポリペプチド配列をコードするこれらの配列のその他の変異型は、遺伝子コード中のシノニムを用いれば可能である。さらなる合成遺伝子を調製して、A4位、A8位、B28位およびB29位での変異型アミノ酸置換を含むこのポリペプチドの類似体の合成を導いた。さらに、リンカーペプチドの長さの一連の変化を、変異型DNA配列内でコードした。
【0058】
受容体結合アッセイ。相対活性は、トレーサーとして125Iヒトインスリンを用いる競合的結合アッセイにより決定される、類似体と野生型ヒトインスリンとの間の解離定数の比と定義される。このアッセイは、当技術分野において知られるマイクロタイタープレート抗体捕捉アッセイを用いて、精製エピトープタグ付加受容体(IR−A、IR−BまたはIGFR)を用いる。エピトープタグは、FLAGエピトープの3つのタンデムリピートからなる。マイクロタイターストリッププレート(Nunc Maxisorb)を、一晩、4℃にて抗FLAG IgG(リン酸緩衝食塩水中に40mg/mlで100μl/ウェル)とインキュベートした。結合データは、単一部位異種競合結合モデルにより分析した。エピトープタグ付加IGF I型受容体を用いる対応するマイクロタイタープレート抗体アッセイを用いて、この相同受容体との類似体の交差結合を評価した。全てのアッセイにおいて、競合リガンドの非存在下で結合したトレーサーのパーセンテージは、リガンド枯渇によるアーチファクトを避けるために、15%未満であった。
【0059】
IR−AおよびIR−Bについての相対親和性を、表1に示す。値は、IR−Aについての野生型ヒトインスリンの結合親和性により定義される100%に標準化されている。ヒトインスリンの親和性は、アッセイ条件下で0.04nMである。IGFRについての対応する親和性は、第4列に示す。IGFRについてのヒトインスリンの親和性は、アッセイ条件下で9.7nMである。
【0060】
【表1】

【0061】
予測されるように、野生型インスリンは、IR−Bと比べてIR−Aについて小さい優先性を示す(表Iの第1行)。IR−Aについての同様に小さい優先性が、Humalog(登録商標)およびNovalog(登録商標)の研究において観察される(第5および6行)。A鎖の中ほどでの置換(LeuA13またはTyrA14のTrpによる置き換え;それぞれ第7および8行)は、同様に、IR−Aについて2倍未満の選択性を与える。単鎖リガンドであるプロインスリン、IGF−IおよびIGF−IIはそれぞれインスリン受容体のいずれのアイソフォームにもほとんど結合しないが、これらのリガンドは、IR−Aについて2倍を超える優先性を示す(表Iの第2〜4行)。
【0062】
ヒトインスリンと比べた57アミノ酸長の単鎖インスリン類似体(配列番号26)のIR−A受容体結合活性は、表Iに示すように(最終行)200%である。IR−Bについてのその親和性は30%未満であり、IGFRについてのその親和性は、ヒトインスリンのものの3分の1に低下している。これらの結合特性を、57アミノ酸長の単鎖インスリン類似体(点線;三角)の結合を、天然ヒトインスリン(実線;四角)と比べて評価した一連の受容体結合アッセイにより図2に示す。(A)IR−Aとの結合、(B)IR−Bとの結合、および(C)IGFRとの結合。これらのアッセイは、受容体と結合した125I標識インスリンの、未標識類似体またはインスリンのいずれかによる置き換え(B/Bo)を、未標識類似体/インスリン濃度範囲全域で測定する。
【0063】
当技術分野において知られる単鎖インスリンの対照研究(従来のSCI;表Iの下から2行目)は、これが、インスリン受容体のいずれのアイソフォームとも低い親和性で、かつヒトインスリンと比べてアイソフォーム選択性の著しい変化なしで結合することを示す。
【0064】
HisA8、AspB28およびProB29置換を含む57アミノ酸長のSCI(配列番号26)の糖尿病ラットにおけるin vivo効力を、野生型ヒトインスリン(配列番号2および3)と比べて評価した。この目的のために、雄Lewisラット(体重約250g)を、ストレプトゾトシンを用いて糖尿病にした。ヒトインスリンおよびSCIをHPLCにより精製し、粉末に乾燥し、インスリン希釈剤(Eli Lilly Corp)に溶解した。ラットに、時間=0にて、0〜1.5U/kg体重のインスリン用量範囲(典型的にはラットあたり0〜30マイクログラムのタンパク質)を100μlの希釈剤中で皮下注射した。対応するSCIの一定量を、タンパク質のモル数に基づいて調製した。血液を、尾の切った先端から時間0で、また90分まで10分ごとに得た。血中グルコースを、Hypoguard Advance Micro−Draw計器を用いて測定した。インスリンの最大下濃度にて、野生型インスリンと同じ速度および程度で血中グルコースの低下を達成するために、3倍高いモル濃度のSCIが必要であった。モルベースで必要なより高い用量のSCIは、インスリン受容体のBアイソフォームについてのその約3分の1に低下している結合親和性と一致する。なぜなら、標的組織へのホルモン依存的グルコース取り込みを媒介すると考えられているのは、Bアイソフォームであるからである。野生型ヒトインスリンについて、血中グルコース変化の平均(6匹のラット)は、0.5U/kg(最大下用量)の用量の後に、1時間あたりおよそ−115.6mg/dLであった。同じモル用量のタンパク質でのSCIについて、血中グルコース変化の平均は、1時間あたり−31.4mg/dLであり、ほぼ4分の1に低下していた。注射したSCIの量を1.5U/kgに等価な重量まで増加させたときに、1時間あたり−98.7mg/dLの平均血中グルコース低下が観察された。このことは、血中グルコース制御のための類似体の完全な効力が、注射されるモル量を増加させることにより達成できることを示す。このような用量にて、患者は、その血中グルコースを制御できるが、Aアイソフォームシグナル伝達経路の活性化の増加を得る。このような区別されたシグナル伝達は、ベータ細胞および/または脳に選択的に影響し得る。
【0065】
SCIのアイソフォーム選択的活性を、野生型インスリンとの関係において、インスリン受容体アイソフォームAまたはインスリン受容体アイソフォームBのいずれかを発現するように安定に形質移入されたIGFR−/−マウス線維芽細胞を用いて評価した。これらの株化細胞は、マウスインスリン受容体のごくわずかなバックグラウンド発現を示すが、インスリン受容体基質1(IRS−1)を含む。細胞を約80%の集密度まで成長させ、1晩血清を欠乏させ、10nMの野生型ヒトインスリン(Sigma)またはSCIで5分間処理した。インスリン受容体の免疫沈降の後に、受容体のリガンド依存的な自己リン酸化を、抗ホスホチロシン抗血清(PY20)を用いるウェスタンブロットにより調べた。ブロットをはがし、抗受容体抗体でリプロービングして、アイソフォーム特異的受容体発現の程度についての補正を可能にした。SCIは、受容体アイソフォームAを、野生型インスリンと少なくとも同程度に効率的に活性化した。著しく対照的に、受容体アイソフォームBのSCI依存的な自己リン酸化は、受容体アイソフォームBのインスリン依存的な自己リン酸化よりも47±11パーセント効率が低かった。これらのデータは、in vitroでのSCIのアイソフォーム特異的受容体結合特性が、細胞の関係におけるアイソフォーム特異的受容体活性化に相当することを示す。IRS−1のリガンド依存的リン酸化の程度を調べるための同様のウェスタンブロットは、SCIによる比例したアイソフォーム特異的シグナル伝達を同様に示した。
【0066】
本発明による別の類似体の受容体結合活性も、配列番号33の類似体(「従来のSCI」)と比較した。HisA8、AspB28およびProB29置換をAspB10置換とともに(配列番号36)またはAspB10置換なしで(配列番号26)含む本発明の単鎖インスリン類似体(SCI)を比較した。表IIにおいて、野生型ヒトインスリン(HI)、ならびにAアイソフォーム特異的ヒトインスリン受容体(HIRA)、Bアイソフォーム特異的ヒトインスリン受容体(HIRB)およびインスリン様成長因子受容体(IGFR)についてのいくつかのインスリン類似体の結合親和性を示す。従来のSCIは、ヒトインスリンと比較して、インスリン受容体に対する親和性が大きく低下した。「A8−His、B−10Asp、B28−Asp、B29−Pro ins」と示すインスリン類似体は、配列番号34および35の配列を有する。
【0067】
HIRA、HIRBおよびIGFRに対するインスリン類似体の親和性は、解離定数(Kd)および非修飾ヒトインスリンに対する無名数として示す。従来のSCIは、それぞれヒトインスリンの5パーセントおよび4パーセントのHIRAおよびHIRBについての親和性を有した。IGFRについての従来のSCIの親和性はより大きかったが、それでもまだヒトインスリンのわずか13パーセントであった。AspB10置換を含むSCI(配列番号36)は、ヒトインスリンのものよりおよそ7倍大きいAアイソフォームインスリン受容体についての親和性と、ヒトインスリンのものの約半分のBアイソフォームインスリン受容体についての親和性とを有する。同時に、IFGRについてのこのSCIの親和性は、ヒトインスリンのものとほぼ同じである。対照的に、AspB10置換を含まないSCI(配列番号26)は、IFGRについての親和性が低下していた(ヒトインスリンに対して0.35)が、AspB10置換を含むSCIと比較してHIRAおよびHIRBについての親和性もより低かった(それぞれ2.0および0.36)。対応する2本鎖類似体(two chain analogue)、すなわち置換AspB10、HisA8、AspB28およびProB29を含む2本鎖類似体(配列番号34および35)は、ヒトインスリンのものに対してIFGRについての親和性が増加し(3.54)、かつHIRAおよびHIRBについての親和性も増加した(それぞれ4.25および4.7)。よって、本発明は、HIRBについてのヒトインスリンの親和性の少なくとも半分を保持し、ヒトインスリンよりもHIRAについての親和性がより大きい一方、非修飾ヒトインスリンとほぼ同じレベルでのIFGRについての親和性を保持するAspB10置換を含むインスリン類似体を提供する。
【0068】
【表2】

【0069】
このことは、図3A〜3Cに示す受容体結合アッセイの結果により確認される。インスリンおよびインスリン類似体のデータは、以下のように表す:非修飾ヒトインスリン(■)、HisA8、AspB10、AspB28、ProB29置換を含む単鎖インスリン(SCI)類似体(▲)、HisA8、AspB28、ProB29置換を含むSCI類似体(●)、従来のSCI(▼)。図3Aにおいて、受容体結合アッセイは、HIRAを用いた。図3Bにおいて、受容体結合アッセイは、HIRBを用い、図3Cにおいて、受容体結合アッセイは、試験したものを用いた。これらのアッセイは、受容体と結合した125I標識インスリンの、未標識類似体またはインスリン(B/Bo)による置き換えを、未標識類似体/インスリン濃度範囲全域で測定する。
【0070】
表IIIは、インスリン様成長因子1(IGF−1)、野生型ヒトインスリン(HI)、配列番号26のアミノ酸配列(HisA8、AspB28、ProB29)を有する単鎖インスリン(SCI)、ならびにインスリン類似体であるHumalog(登録商標)(LysB28、ProB29)およびLantus(B鎖のカルボキシ末端に結合した2つのアルギニン残基の付加を有する)についての結合親和性を示す。IGFRに対するこれらのリガンドの親和性は、解離定数(Kd)およびIGF−1に対する無名数として示す。本発明のSCIは、野生型インスリンのものよりも小さいIGFRについての親和性を示すが、類似体Humalog(登録商標)およびLantus(登録商標)は、非修飾ヒトインスリンのおよそ2〜3倍の親和性を有する。
【0071】
【表3】

【0072】
このことは、受容体と結合した125I標識IGF−1の、未標識リガンド(B/Bo)による置き換えを、未標識ペプチド濃度範囲全域で示すグラフである図4にも反映される。
【0073】
理論に結び付けられることを望まないが、出願人は、従来のSCIの結合活性の低下は、保つためのAまたはB鎖における相殺置換なしでのリンカー中のリジンおよびアルギニンの存在により引き起こされる等電点の変化によると考える。しかし、この配列番号36の単鎖インスリン類似体は、ヒトインスリンのものと同様の等電点を有する。なぜなら、リンカー中に導入される残基により提供される正電荷が、AspB10、AspB28およびProB29置換により導入される変化した電荷の少なくともいくらかを相殺するからである。AまたはB鎖におけるさらなるまたは代替の置換を用いて、得られるインスリン類似体の等電点に影響を及ぼしてもよい。例えば、ヒスチジンをB10に保持して、亜鉛結合およびインスリン6量体形成を保持してよい。
【0074】
HisA8、AspB10、AspB28、ProB29置換を含む57アミノ酸長のSCI(配列番号36)の、糖尿病ラットにおけるin vivo効力は、野生型インスリンと同等である。雄Lewisラット(体重約250g)を、ストレプトゾトシンを用いて糖尿病にした。ヒトインスリンおよびインスリン類似体(SCI(配列番号36)、および6残基リンカーを欠くSCIの2本鎖類似体(配列番号34および35))をHPLCにより精製し、粉末に乾燥し、インスリン希釈剤(Eli Lilly Corp)に溶解した。ラットに、時間=0にて、1.5U/kg体重で、100μlの希釈剤中で皮下注射した。血液を、尾の切った先端から時間0で、および90分まで10分ごとに得た。血中グルコースを、Hypoguard Advance Micro−Draw計器を用いて測定した。血中グルコース濃度は、ヒトインスリン、SCI、および2本鎖対照類似体についてそれぞれ1時間あたり64.2±16.9、62.0±16.3および53.2±11.7mg/dLの速度で減少することが観察された。これらの値は、変動内で区別できない(図5)。図5において、時間に対する相対血中グルコースレベルを、ヒトインスリン(○)、SCI(HisA8、AspB10、AspB28およびProB29)(■)、2本鎖類似体(HisA8、AspB10、AspB28およびProB29)(▲)について示す。完全な用量応答曲線において、SCI(HisA8、AspB10、AspB28およびProB29)は、同様に、野生型ヒトインスリンからの血糖降下作用と区別できない。
【0075】
AspB10の使用は、IGFRとの交差結合に対するその影響および関連する分裂促進性のために、臨床的な使用におけるインスリン類似体製剤から以前に回避された。Sprague−DawleyラットにおけるAspB10−インスリンの試験は、乳癌の発生の増加を導いた。IGF−Iは、相同な位置(Glu9)にて負電荷を含む。この電荷をAspB10により模倣することは、IGFRとのAspB10−インスリン類似体の結合を著しく亢進すると考えられる。驚くべきことに、我々は、IGFRについてのSCI(HisA8、AspB10、AspB28およびProB29)の親和性が、ヒトインスリンのものと同様であることを見出した。いずれの可能性のある増加も、2倍未満である。Humalog中のLysB28−ProB29置換は、患者における癌の危険性の検出可能な増加なしでIGFR交差結合の2倍の増加を与えるので、SCI(HisA8、AspB10、AspB28およびProB29)(配列番号36)のIGFR結合特性は、著しいとは考えられない。
【0076】
上記の開示に基づいて、本発明で提供される単鎖インスリン類似体が、天然インスリンと比べたアイソフォーム特異的受容体結合の増加を提供し、IR−Aと優先的に結合するが、IGFRとの結合を増加させないことが、ここで明らかになったはずである。よって、請求される発明の範囲内に明らかに含まれるいずれの変動も、したがって特定の成分要素の選択も、本明細書に開示され記載される本発明の精神を逸脱することなく決定できることを理解されたい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物を治療する方法であって、生理的有効量のインスリン類似体またはその生理的に許容される塩を投与することを含み、前記インスリン類似体が、インスリン受容体アイソフォームB(IR−B)よりもインスリン受容体アイソフォームA(IR−A)に対して2倍を超える、より大きい結合親和性を示し、前記類似体が、前記類似体が由来する野生型インスリンと比較して、少なくとも3分の1のIR−Bに対する相対的結合親和性を有する方法。
【請求項2】
インスリン類似体またはその生理的に許容される塩が、IR−Bについてよりも少なくとも4倍大きいIR−Aについての結合親和性を示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
インスリン類似体またはその生理的に許容される塩が、4〜13アミノ酸のポリペプチドで連結されたインスリンA鎖配列もしくはその類似体およびインスリンB鎖配列もしくはその類似体を含む単鎖インスリン類似体またはその生理的に許容される塩である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
4〜13アミノ酸のポリペプチドが、Gly−Gly−Gly−Pro−Arg−Arg(配列番号19)の配列を有する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
インスリン類似体またはその生理的に許容される塩が、哺乳動物インスリンの類似体である、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
インスリン類似体またはその生理的に許容される塩が、ヒトインスリンの類似体である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
インスリン類似体またはその生理的に許容される塩が、配列番号26および36の配列を有するポリペプチドからなる群より選択される配列を有するポリペプチドである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
単鎖ポリペプチドを含むインスリン類似体であって、インスリン受容体アイソフォームB(IR−B)よりもインスリン受容体アイソフォームA(IR−A)に対して2倍を超える大きい結合親和性を示し、in vitroで測定して、天然インスリンのものを超えないインスリン様成長因子受容体についての親和性を有するインスリン類似体。
【請求項9】
インスリン受容体のBアイソフォームとの結合と比べて少なくとも4倍のインスリン受容体のAアイソフォームとの選択的結合を示す、請求項8に記載のインスリン類似体。
【請求項10】
配列番号17(ここで、Xaa4〜13は6個の任意のアミノ酸であるが、但し、Xaa4〜13の最初の2つのアミノ酸はアルギニンでない)の配列を有するポリペプチドからなる群より選択される配列を有するポリペプチドを含む、請求項9に記載のインスリン類似体。
【請求項11】
式I
B−C−A(I)
[式中、Bは、配列:
FVNQHLCGSXLVEALYLVCGERGFFYTXT(配列番号38)
(式中、XはDまたはHであり、XはP、DまたはKであり、XはKまたはPである)
を有するポリペプチドを含み、
Cは、配列GGGPRR(配列番号19)からなるポリペプチドであり、
Aは、配列:
GIVEQCCXSICSLYQLENYCN(配列番号37)
(式中、XはTまたはHである)
を有するポリペプチドを含む]
の単鎖ポリペプチドを含む、請求項9に記載のインスリン類似体。
【請求項12】
配列番号26の配列を有するポリペプチドおよび配列番号36の配列を有するポリペプチドからなる群より選択されるポリペプチドを含む、請求項11に記載のインスリン類似体。
【請求項13】
配列番号26の配列を有するポリペプチドを含む、請求項12に記載のインスリン類似体。
【請求項14】
配列番号36の配列を有するポリペプチドを含む、請求項12に記載のインスリン類似体。
【請求項15】
請求項10〜12のいずれか一項に記載の単鎖インスリン類似体をコードする核酸。
【請求項16】
請求項15に記載の核酸配列を含む発現ベクター。
【請求項17】
請求項16に記載の発現ベクターで形質転換された宿主細胞。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2011−521621(P2011−521621A)
【公表日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−506432(P2011−506432)
【出願日】平成21年4月22日(2009.4.22)
【国際出願番号】PCT/US2009/041439
【国際公開番号】WO2009/132129
【国際公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【出願人】(510269436)ケイス、ウエスタン、リザーブ、ユニバーシティ (2)
【Fターム(参考)】