説明

アクリロニトリル系共重合体の製造方法

【課題】アクリロニトリル系共重合体の水系懸濁重合において、重合系内の重合体微粒子を凝集させ、その重合懸濁液の粘度を低く保つことができる方法を提供する。
【解決手段】アクリロニトリルを含む単量体組成物、還元剤としての亜硫酸塩、酸化剤としての過硫酸塩、及び硫酸アンモニウムを連続して系内に供給して水系懸濁重合し、連続して系外にアクリロニトリル系共重合体を排出するアクリロニトリル系共重合体の製造方法であって、下記式(1)及び(2)を満足する。
5.7≦Y/X≦9.2 (1)
0.7≦Y/(X+Z)≦3.7 (2)
ただし、X、Y及びZは、それぞれ、重合系内に供給される、酸化剤由来の過硫酸イオンのモル濃度、還元剤由来の亜硫酸イオンのモル濃度、及び硫酸アンモニウム由来の硫酸イオンのモル濃度である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリロニトリル系共重合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の前駆体となるアクリロニトリル系共重合体は、アクリロニトリルを含む単量体組成物を水系懸濁重合して製造されている。水系懸濁重合においては、重合系内の重合懸濁液の粘度を低く保つことで、単量体、重合開始剤、助剤及び重合体を均一に分散させることが重要である。しかし、一般的に、重合系内に重合体微粒子が多く存在すると、重合系内の重合懸濁液の粘度が上昇することが知られている。
【0003】
特許文献1では、水系懸濁重合後に硫酸アルミニウムとエチレンジアミン四酢酸を添加することで、重合懸濁液中の重合体微粒子を凝集会合させ、濾過洗浄に適した重合体粒子を形成させている。
【特許文献1】特開昭63−43907号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、この重合懸濁液を濾過洗浄するためには、pHを3.7以下に保つ必要がある。また、得られたアクリロニトリル系共重合体から炭素繊維を製造する場合、洗浄後重合体粒子中に残存した水酸化アルミニウムが、紡糸工程以降で種々のトラブルの要因となる。また、重合後の重合懸濁液にさらに操作を加えなければならないため、操作が煩雑になりやすいなどの問題がある。
【0005】
本発明の目的は、アクリロニトリル系共重合体の水系懸濁重合において、重合系内の重合体微粒子を凝集させ、その重合懸濁液の粘度を低く保つことができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、アクリロニトリルを含む単量体組成物、還元剤としての亜硫酸塩、酸化剤としての過硫酸塩、及び硫酸アンモニウムを連続して系内に供給して水系懸濁重合し、連続して系外にアクリロニトリル系共重合体を排出するアクリロニトリル系共重合体の製造方法であって、下記式(1)及び(2)を満足することを特徴とするアクリロニトリル系共重合体の製造方法である。
【0007】
5.7≦Y/X≦9.2 (1)
0.7≦Y/(X+Z)≦3.7 (2)
ただし、X、Y及びZは、それぞれ、重合系内に供給される、酸化剤由来の過硫酸イオンのモル濃度、還元剤由来の亜硫酸イオンのモル濃度、及び硫酸アンモニウム由来の硫酸イオンのモル濃度である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アクリロニトリル系共重合体の水系懸濁重合において、重合体微粒子を凝集させ、その重合懸濁液粘度を低く保つことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
(単量体組成物について)
本発明で用いる単量体は、アクリロニトリルと、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体である。この共重合可能なビニル系単量体としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類;塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類;(メタ)アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、クロトン酸等の酸類及びそれらの塩類;マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニル等が挙げられる。これらは1種で使用又は2種以上を併用できる。
【0010】
例えば、カルボン酸基を有するアクリロニトリル系共重合体を製造するためには、共重合可能なビニル系単量体として、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、クロトン酸等のカルボキシル基を有するビニル系単量体を用いればよい。中でも、(メタ)アクリル酸、イタコン酸が好ましい。また、アクリルアミド単位を有するアクリロニトリル系共重合体を製造するためには、共重合可能なビニル系単量体として、アクリルアミドを用いればよい。
【0011】
単量体組成物の組成比は、目的とするアクリロニトリル系共重合体の組成に応じて適宜設定することができる。
【0012】
(アクリロニトリル系共重合体について)
本発明で製造するアクリロニトリル系共重合体は、炭素繊維にしたときの共重合成分に起因する欠陥点を少なくし、炭素繊維の品質並びに性能を向上させる目的から、アクリロニトリル単位を90質量%以上含むことが好ましく、96質量%以上含むことがより好ましく、98.5質量%以上含むことがよりさらに好ましい。
【0013】
アクリロニトリル系共重合体は、焼成工程での耐炎化反応性を高める観点から、カルボン酸基を有することが好ましい。
【0014】
アクリロニトリル系共重合体中に含まれるカルボン酸基は、焼成工程での耐炎化反応性を向上させる役割を果たす一方、炭素繊維の欠陥点となるため、カルボン酸基の含有量を調節する必要がある。アクリロニトリル系共重合体中のカルボン酸基の含有量は、5.0×10-5当量/g以上2.0×10-4当量/g以下が好ましく、6.0×10-5当量/g以上1.5×10-4当量/g以下がより好ましい。カルボン酸基の含有量を5.0×10-5当量/g以上であれば、焼成工程での耐炎化反応性が低くなることがなく、さらに高温での処理を必要としない。高温で処理を行うと暴走反応が起こりやすく、安定した焼成工程通過性を得ることが困難となる一方、暴走反応を抑制するために低速度での焼成を行うと経済的でない。カルボン酸基の含有量を2.0×10-4当量/g以下であれば、ポリマー中のニトリル基の閉環反応が迅速になることがないため繊維内部にまで酸化反応が進行する。仮に、繊維表層近傍のみ耐炎化構造が進行すると、次のさらに高温の炭素化工程において繊維中心部の耐炎化構造未発達な部分の分解が抑制できないため、炭素繊維の性能、特に引張弾性率が著しく低下する場合がある。
【0015】
また、アクリロニトリル系共重合体は、アクリルアミド単位を有することも好ましい。焼成工程での耐炎化反応性、及び熱環化反応速度は、カルボン酸基の含有量が支配的な要因であるが、少量のアクリルアミド単位が共存することで急激に増大する。また、アクリルアミド単位を含ませることで、溶剤に対する溶解性の向上、湿式紡糸又は乾湿式紡糸した凝固糸の緻密性が向上する。アクリロニトリル系共重合体中のアクリルアミド単位の含有量は、0.5質量%以上5質量%以下が好ましく、1質量%以上4質量%以下がより好ましい。
【0016】
重合体粒子の平均粒子径は、7μm以上9以下が好ましく、7.5μm以上8.5以下がより好ましい。重合体粒子の平均粒子径が7μm以上であれば、重合体粒子が程よく凝集し、重合時の釜内の粘度が低く保たれ、単量体、重合開始剤、助剤及び重合体を均一に分散させることができる。重合体粒子の平均粒子径が9μm以下であれば、溶剤への溶解時に溶剤が素早く浸透し、均一に溶解することができる。
【0017】
(還元剤)
本発明では、レドックス重合開始剤を構成する還元剤として、亜硫酸塩を用いる。亜硫酸塩としては、亜硫酸水素アンモニウム、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム等を用いることができる。
【0018】
(酸化剤)
本発明では、レドックス重合開始剤を構成する還元剤として、過硫酸塩を用いる。過硫酸塩としては、過硫酸アンモニウム、過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム等を用いることができる。
【0019】
(還元剤と酸化剤の比について)
重合系内に供給される、酸化剤由来の過硫酸イオンのモル濃度をX、還元剤由来の亜硫酸イオンのモル濃度をYとしたとき、下記式(1)を満たすようにする。
【0020】
5.7≦Y/X≦9.2 (1)
モル濃度比(Y/X)が5.7以上であれば、触媒の酸化還元反応によるラジカル生成が効率よく起こり、重合反応効率が上昇するため、工業的に非常に有利である。また、モル濃度比(Y/X)が9.2以下であれば、酸化還元反応により生成する亜硫酸水素ラジカルの濃度の増大を抑え、逆にラジカル同士が反応し失活することによる重合速度の低下を抑制することができる。モル濃度比(Y/X)は、6.5以上8.3以下がより好ましい。
【0021】
(硫酸アンモニウム)
本発明では、さらに助剤として硫酸アンモニウムを用いる。硫酸アンモニウムの使用量は、重合系内に供給される硫酸アンモニウム由来の硫酸イオンのモル濃度をZとしたとき、下記式(2)を満たすようにする。
【0022】
0.7≦Y/(X+Z)≦3.7 (2)
モル濃度比(Y/(X+Z))が0.7以上であれば、重合系内における硫酸イオンのモル濃度が適切に保たれ、重合体粒子の凝集が緩やかに促進し、重合系内の粘度を低く保つことができる。さらに、重合後の濾過洗浄においても、硫酸アンモニウムを洗い落とすことが容易である。また、モル濃度比(Y/(X+Z))が3.7以下であれば、重合系内に存在する重合体粒子を凝集するのに必要な硫酸イオンが存在するため、重合系内の粘度を低く保つことができる。更に、モル濃度比(Y/(X+Z))が3.7を越えると、重合体粒子が重合初期に著しく凝集し、重合体の平均粒子径が大きくなるにも関わらず、重合系内の粘度が高くなってしまう。モル濃度比(Y/(X+Z))は、1.2以上3.2以下がより好ましい。
【0023】
(水性懸濁重合)
本発明では、アクリロニトリルを含む単量体組成物、還元剤としての亜硫酸塩、酸化剤としての過硫酸塩、及び硫酸アンモニウムを連続して系内に供給して水系懸濁重合する。
【0024】
重合媒体である水としては、イオン交換水を使用することが好ましい。単量体組成物に対する水の割合(以下、水/単量体組成物の質量比という)は、いかなる比率でもよいが、1.0〜5.0の範囲であることが好ましい。重合反応釜内での水素イオン濃度は、使用される触媒がすみやかに酸化・還元反応を起こす範囲であればよく、pH2.0〜3.5の酸性領域が好ましい。重合反応釜内での単量体組成物の平均滞在時間は、アクリロニトリル系重合体を水系懸濁重合方式で製造する際に採用される通常の時間でよい。水系懸濁重合の反応温度は、30〜80℃にすることが好ましい。反応温度を80℃以下とすることで、アクリロニトリルが蒸発して反応系外へ離散することなく、重合転化率が向上する。また、反応温度を30℃以上とすることで、重合速度が高まって生産性が向上するばかりでなく、重合安定性も高くなる。
【0025】
そして、連続して系外にアクリロニトリル系共重合体を排出する。このとき、水系懸濁重合により得られたアクリロニトリル系共重合体から、未反応単量体や重合触媒残査、その他の不純物類を極力除くことが、ポリマー末端の硫酸基の加水分解を阻害するため、好ましい。
【0026】
具体的には、まず、重合反応釜から取り出した重合体水溶液に、重合停止剤を添加して反応を停止させる。重合反応の停止剤は、通常アクリロニトリル系重合体を水系懸濁重合で製造する際使用されるものであれば問題はない。重合停止剤を添加した後、重合体水溶液から未反応単量体の回収を行う。未反応単量体の回収方法としては、重合体水溶液を直接蒸留する方法、また一旦脱水し未反応単量体を重合体と分離した後蒸留する方法があるが、両方式とも採用が可能である。後者における脱水洗浄機としては、通常公知の濾過脱水機である回転式真空濾過器、遠心脱水機等が使用される。重合体中に残った水分は、通常の乾燥方式によって取り除かれる。
【実施例】
【0027】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。なお、以下で「%」は質量%を表す。
【0028】
(アクリロニトリル系共重合体の組成比)
アクリロニトリル系共重合体の組成比(各単量体単位の比率(質量比))は、1H−NMR法(日本電子社製、製品名:GSZ−400型超伝導FT−NMR)により、溶媒としてジメチルスルホキシド−d6溶媒を用い、積算回数40回、測定温度120℃の条件にて測定して、ケミカルシフトの積分比から求めた。
【0029】
(重合懸濁液の粘度)
0.1%重合停止剤水溶液100mlに対して、重合懸濁液を400ml加えた水性分散液の粘度を、43℃においてB型粘度計を用いて測定した。
【0030】
(重合体粒子の平均粒子径)
レーザー回折散乱法を原理としたSKレーザーマイクロンサイザー装置(セイシン企業製、製品名:LMS−350)により、重合体粒子の粒度分布を屈折率1.330−0.01i、形状係数1.000にて測定し、体積平均から算出された50%正規分布の値を平均粒子径とした。
【0031】
(実施例1)
まず、容量80リットルのステンレス製でグラスライニングした、240φ、55mm×57mmの2段4枚羽のタービン撹拌翼付き重合釜に、脱イオン交換水が重合釜オーバーフロー口まで達するよう76.5リットル入れ、第一硫酸鉄(Fe2SO4・7H2O)を0.01g加え、反応液のpHが3.0になるように硫酸を用いて調節し、重合釜内の温度を57℃で保持した。次に、重合開始30分前から、重合に用いる単量体組成物に対して、レドックス重合開始剤を構成する酸化剤としての過硫酸アンモニウムを0.39%、還元剤としての亜硫酸水素アンモニウムを1.18%、助剤としての硫酸アンモニウムを0.59%、硫酸第一鉄(Fe2SO4・7H2O)を0.3ppm、硫酸を0.1%となるように、それぞれ脱イオン交換水に溶解して連続的に供給し、攪拌速度200rpm、攪拌動力2.4KW/m3にて撹拌を行い、重合釜内での単量体組成物の平均滞在時間が70分になるようにした。さらに、重合開始時に、これらに加えて、表1に示した組成比の単量体組成物を水/単量体組成物=4(w/w)となるように、連続的に供給した。その後、重合開始1時間後に、重合反応温度を50℃まで下げて保ち、重合釜オーバーフロー口より連続的に重合懸濁液を取り出した。
【0032】
この重合懸濁液について、重合開始7時間目の粘度を、B型粘度計を用いて測定したところ、43℃において300cp(0.3Pa・s)であった。
【0033】
重合懸濁液には、シュウ酸ナトリウム0.5%、重炭酸ナトリウム1.5%を脱イオン交換水に溶解した重合停止剤水溶液を、重合懸濁液のpHが5.5〜6.0になるように加えた。この重合懸濁液をオリバー型連続フィルターによって脱水処理した後、重合体に対して10倍量の70リットルの脱イオン交換水を加え、再び分散させた。再分散後の重合懸濁液を再度オリバー型連続フィルターによって脱水処理し、ペレット成形し、80℃にて8時間熱風循環型の乾燥機で乾燥後、ハンマーミルで粉砕した。得られた重合体粒子の平均粒子径は、7.90μmであった。
【0034】
(実施例2)
重合条件を表1の記載のように変更した以外は、実施例1と同様に重合した。結果を表2に示す。
【0035】
(比較例1)
重合条件を表1の記載のように変更した以外は、実施例1と同様に重合した。結果を表2に示す。
【0036】
(比較例2)
重合条件を表1の記載のように変更した以外は、実施例1と同様に重合した。結果を表2に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
実施例1及び2においては、比較例1及び2と比べて、硫酸アンモニウムを適切に加えることで、重合系内の粘度を低く保ち、更には溶剤への溶解に適した平均粒子径を有する重合体粒子を得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリルを含む単量体組成物、還元剤としての亜硫酸塩、酸化剤としての過硫酸塩、及び硫酸アンモニウムを連続して系内に供給して水系懸濁重合し、連続して系外にアクリロニトリル系共重合体を排出するアクリロニトリル系共重合体の製造方法であって、下記式(1)及び(2)を満足することを特徴とするアクリロニトリル系共重合体の製造方法。
5.7≦Y/X≦9.2 (1)
0.7≦Y/(X+Z)≦3.7 (2)
ただし、X、Y及びZは、それぞれ、重合系内に供給される、酸化剤由来の過硫酸イオンのモル濃度、還元剤由来の亜硫酸イオンのモル濃度、及び硫酸アンモニウム由来の硫酸イオンのモル濃度である。

【公開番号】特開2010−144079(P2010−144079A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−323795(P2008−323795)
【出願日】平成20年12月19日(2008.12.19)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】