説明

アダプター蛋白質3BP2の活性化作用を利用した転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性化制御方法

本発明の転写因子活性化制御方法は、アダプター蛋白質3BP2の発現量を制御し、またはその変異蛋白質を発現させることによって、細胞内の転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性を選択的に制御する方法である。本発明の方法によれば、特定の転写因子の活性を制御する場合に、他の転写因子の活性化との関係で複数の活性制御方法の中から目的に応じて所望の方法を選択することができる。また、本発明は炎症性疾患、免疫疾患、悪性疾患など様々な疾患に対する治療法・治療薬の開発に利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、アダプター蛋白質3BP2(SH3BP2)の活性化作用を利用した転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性化制御方法、及び同方法に使用する転写因子活性制御剤などに関するものである。本発明は、特に、炎症・免疫関連疾患の治療、抗がん剤や抗ウイルス薬の開発などに有用な技術を提供するものである。
【背景技術】
アダプター蛋白質は、細胞表面の受容体と細胞内のエフェクターとを「接続する」分子であり、自らは酵素活性を持たないが、分子間相互作用に必要なドメインを複数持ち、特定の細胞内シグナルを適切な場所で、適切なタイミングでON/OFFする分子スイッチとして機能することが知られている。
アダプター蛋白質3BP2(以下、単に「3BP2」ともいう)は、元来、非受容体型チロシンキナーゼc−Ablのプロリンに富む領域に会合する蛋白質としてcDNAがクローニングされた(Ren,R.,Mayer,B.J.,Cicchetti,P.,and Baltimore,D.(1993)Science 259,1157−1161頁)。ヒトでは血液・免疫・骨細胞に発現が認められ、希な骨疾患であるケルビン症や先天性の発達異常の原因遺伝子である可能性が報告されている。
T細胞では上記3BP2の過剰発現により転写因子NF−ATおよびAP−1の活性化が誘導されることが報告されている(Deckert,M.,Tartare−Deckert,S.,Hernandez,J.,Rottapel,R.,and Altman,A.(1998)Immunity.9,595−605頁)。さらに、上記3BP2が感作されたマスト細胞の脱顆粒を正に制御する因子であることを、本発明者は文献(Sada,K.,Miah,S.M.S.,Maeno,K.,Kyo,S.,Qu,X.,and Yamamura,H.(2002)Blood 100,2138−2144頁)において既に報告した。
【発明の開示】
本発明者は、上記アダプター蛋白質3BP2に着目し、特に同蛋白質の発現と複数の転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性化との関係について詳細な解析を行い、得られた知見をもとにこれら転写因子の新たな活性化制御法を確立したいと考えた。これら転写因子、とりわけNF−κBは多彩な生理作用と標的遺伝子とを有することから、その活性化制御法は、後述のように遺伝子治療などへの応用も可能であり、アレルギー疾患や慢性炎症性疾患など種々の疾患に対する臨床応用が期待できるものである。
本発明は、上記の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、アダプター蛋白質3BP2の活性化作用を利用した転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性化制御方法、及び同方法に使用する転写因子活性制御剤などを提供することにある。
本発明者は、上記の課題に鑑み研究解析を進めた結果、(1)3BP2のT細胞での過剰発現が転写因子NF−ATとAP−1のみならずNF−κBの活性化を引き起こすこと、(2)3BP2による転写因子NF−AT・AP−1・NF−κBの活性化にはそれぞれ異なるドメインが関与すること、(3)3BP2はT細胞の活性化過程において転写因子AP−1とNF−κBの活性化に必須であること、さらに、(4)3BP2のノックダウンはIL−2およびIL−8のプロモーター活性を顕著に抑制すること、等を見出し、本発明を完成させるに至った。
即ち、本発明は、医学上・産業上有用な方法および物として、下記A)〜J)の発明を含むものである。
A) アダプター蛋白質3BP2の発現量を制御し、またはその変異蛋白質を発現させることによって、細胞内の転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性を選択的に制御する方法。
B) T細胞内の転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性を選択的に亢進または抑制することを特徴とする上記A)記載の転写因子活性制御方法。
C) 3BP2遺伝子を過剰発現させ、又はその発現を抑制することによって、3BP2蛋白質の発現量を制御することを特徴とする上記A)記載の転写因子活性制御方法。
D) 3BP2蛋白質の第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、及び第486番目のアルギニンの一つ又は複数を他のアミノ酸残基に改変した変異蛋白質を発現させることを特徴とする上記A)記載の転写因子活性制御方法。
E) 上記A)〜D)の何れかに記載の転写因子活性制御方法に用いられ、3BP2遺伝子またはその改変遺伝子を発現するよう構築された発現ベクター、あるいは、3BP2蛋白質の発現を抑えるsiRNA(short interference RNA)を発現するよう構築された発現ベクターを含む転写因子活性制御剤。
F) 上記E)記載の転写因子活性制御剤を含む遺伝子治療薬。
G) 3BP2蛋白質の発現を抑えることによって、細胞内のIL−2およびIL−8のプロモーター活性を抑制する方法。
H) 上記G)記載の方法に用いられ、3BP2蛋白質の発現を抑えるsiRNAを発現するよう構築された発現ベクターを含むIL−2およびIL−8のプロモーター活性抑制剤。
I) 転写因子NF−AT、AP−1またはNF−κBの活性を制御する制御剤の候補物質として、3BP2蛋白質の第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、又は第486番目のアルギニンを含む領域に結合する物質をスクリーニングする方法。
J) 上記I)記載のスクリーニング方法によって得られた物質からなる転写因子活性制御剤。
本発明のさらに他の目的、特徴、および優れた点は、以下に示す記載によって十分わかるであろう。また、本発明の利益は、添付図面を参照した次の説明で明白になるであろう。
【図面の簡単な説明】
図1は、本発明の実施例に使用した野生型3BP2蛋白質とその各種変異蛋白質の構造を模式的に示す図である。
図2は、3BP2を過剰発現させることで細胞内の転写因子の活性がどのように変化するかを調べた結果を示すグラフである。
図3は、種々の3BP2変異蛋白質を発現させ、3BP2による転写因子の活性化がどのように変化するかを調べた結果を示すグラフである。
図4は、図3と同様、種々の3BP2変異蛋白質を発現させ、3BP2による転写因子の活性化がどのように変化するかを調べた結果を示すグラフである。
図5は、本発明の実施例に使用した3BP2のsiRNAの構造を模式的に示す図である。
図6は、上記3BP2のsiRNAを発現させた細胞内の3BP2蛋白発現量をウエスタンブロット法にて解析した結果を示す図である。
図7は、上記3BP2のsiRNAを細胞に発現させ、T細胞抗原受容体を介する転写因子活性化プロセスにおける3BP2の役割について解析した結果を示すグラフである。
図8は、上記3BP2のsiRNAを細胞に発現させ、サイトカインIL−2およびIL−8のプロモーター活性について解析した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の具体的態様、技術的範囲等について詳しく説明する。
(1) 本発明の転写因子活性制御方法
本発明の転写因子活性制御方法は、前述のとおり、アダプター蛋白質3BP2の発現量を制御し、またはその変異蛋白質を発現させることによって、細胞内の転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性を選択的に制御する方法である。
3BP2の発現量を制御する方法としては、大別して、目的細胞(標的細胞)に3BP2遺伝子を過剰発現させる方法と、反対に内因性の3BP2遺伝子の発現を抑制(ノックダウン)する方法の2つが挙げられる。そして、後述の実施例に示すように、3BP2を過剰発現させると、NF−ATおよびAP−1のみならず、NF−κBも活性化され(図2参照)、即ちこれら3つの転写因子とも活性化される一方、siRNAによって3BP2遺伝子の発現を抑制すると、NF−ATの活性に大きな変化は観察されなかったが、2つの転写因子AP−1およびNF−κBについてはその活性低下が観察された(図7参照)。
さらに、3BP2蛋白質の第174番目のチロシン、第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、及び第486番目のアルギニンにそれぞれ点変異を導入した変異蛋白質を発現させ、上記3つの転写因子の活性が野生型に比してどのように変化するか調べたところ、詳細は後述するが、(1)第183番目のチロシンを置換した変異体では野生型に比してNF−AT・AP−1・NF−κBすべての転写因子の活性化が低下し、(2)第446番目のチロシンを置換すると転写因子NF−AT・AP−1の活性化は野生型に比して低下が見られるが、NF−κBの活性化にはあまり影響がなく、また、(3)第486番目のアルギニンを置換すると転写因子NF−ATの活性化のみ低下した。この結果から、3BP2による転写因子NF−AT・AP−1・NF−κBの活性化にはそれぞれ異なるドメインが関与するものと考えられる。
以上の実験結果から、3BP2の発現量を制御し、またはその変異蛋白質を発現させることによって、少なくとも以下のような方法で上記3つの転写因子の活性を制御することが可能である。
例えば転写因子NF−κBを活性化する場合、NF−κBのみを活性化したいときは第446番目のチロシンを置換した変異蛋白質を発現させ、AP−1も活性化したいときは第486番目のアルギニンを置換した変異蛋白質を発現させ、上記3つの転写因子とも活性化したいときは野生型の3BP2蛋白質を細胞内発現させるといった具合に、複数のNF−κB活性化方法の中から目的に応じて所望の方法を選択できる。同様に、転写因子NF−AT、AP−1の活性を制御する場合も、他の転写因子の活性化との関係で複数の活性制御方法の中から目的に応じて所望の方法を選択できる。このように、本発明によれば、3BP2の活性化作用を利用して、転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性を選択的に制御することが可能である(本発明において「選択的に制御する」とは、このように目的に応じて所望の方法を選択して制御することを意味する)。
また、本発明によれば、siRNA等によって3BP2蛋白質の発現を抑えることで、NF−ATの活性は大きく変えることなく、AP−1とNF−κBの活性を抑制する、といった転写因子の活性制御方法も可能である。
3BP2またはその変異蛋白質を目的細胞に過剰発現させる方法としては公知の方法を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば後述の実施例では、3BP2またはその変異蛋白質をコードするcDNA配列が挿入された発現ベクターを通常の方法にしたがい細胞にトランスフェクションすることで同蛋白質を一過性過剰発現させた。
内因性の3BP2遺伝子の発現を抑制する方法についても特に限定されるものではなく、siRNAによる発現抑制法のほかに、ジーンターゲッティング法など公知の遺伝子破壊法を使用してもよい。尚、後述の実施例では、図5に示される構造のsiRNAを設計し、実際に発現ベクターを用いて同siRNAを細胞内発現させることで3BP2蛋白質の発現を抑制したが(図6参照)、3BP2蛋白質の発現を抑制するsiRNAとしてはこのsiRNAに限定されるものではなく、3BP2遺伝子配列をもとに公知の方法により3BP2蛋白発現を抑制し得る他の配列のsiRNAを設計することが可能である。また、本発明の方法において、必ずしも3BP2蛋白質の発現を完全に抑制する必要はなく、細胞内の3BP2蛋白発現量を実質的に低下させるものであればよい。
上述の、3BP2またはその変異蛋白質をコードする遺伝子配列が挿入された発現ベクター、および、3BP2蛋白質の発現を抑えるsiRNAを発現するよう構築された発現ベクターは、本発明の転写因子活性制御方法に使用する転写因子活性制御剤として利用できる。発現ベクターには、プラスミド、ファージ、又はコスミドなどを用いることができ、目的細胞内で機能するプロモーター(siRNAの場合はRNAプロモーター)を発現させる配列の上流に組み入れたものを使用すればよい。
目的細胞(標的細胞)としてはT細胞やマスト細胞、あるいは他の免疫系細胞、悪性細胞、ウイルス感染細胞などを例示することができるが、これに限定されるものではなく、上記3つの転写因子の何れかを発現する細胞であればよい。また、細胞はヒト由来のものであってもマウスその他の動物由来のものであってもよい。例えば治療薬開発において本発明を利用する場合は、マウスその他の動物細胞に対しては基礎研究段階および動物実験段階での利用が可能であり、ヒト細胞に対しては基礎研究段階、治験段階、さらに実際の治療段階での利用が可能である。
発現ベクター等を用いて目的細胞内に発現させる3BP2蛋白質、その変異蛋白質およびこれらの蛋白質をコードするcDNA等の遺伝子についても、ヒト由来のものに限らず、マウスその他の動物由来のものであってもよい。図1には、マウス由来の3BP2蛋白質の模式的構造が示される(最上段の野生型「WT」)。また、マウス由来の3BP2蛋白質のアミノ酸配列およびその遺伝子(cDNA)の塩基配列はDDBJ/EMBL/GenBank databasesのアクセッション番号L14543などに開示されており、ヒト由来の3BP2蛋白質のアミノ酸配列およびその遺伝子(cDNA)の塩基配列は同データベースのアクセッション番号AF000936およびU56386などに開示されている。
尚、前述した3BP2の変異蛋白質について、点変異を導入した位置、すなわち、第174番目のチロシン、第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、及び第486番目のアルギニンは、マウス由来3BP2のアミノ酸配列上のものであり、各位置を示す数字はヒト由来3BP2等では対応する位置の数字に置き換えて解釈するものとする。
上記第174番目、第183番目、第446番目の3つのチロシンがチロシンキナーゼSyk・Lyn・Btkのリン酸化部位であることは本発明者が見出したものであり、上記第486番目のアルギニンを含むSH2領域が他の分子と会合して高親和性IgE受容体を介する脱顆粒経路を正に制御することも本発明者が見出したものである。今回の解析結果は、これらの部位が3BP2による転写因子NF−AT・AP−1・NF−κBの活性化においてそれぞれ異なる役割を有すること、換言すれば、3BP2は部位により異なる転写因子活性化機能を持つ分子スイッチであることを明らかにしたものである。
尚、本発明の方法において、目的細胞に3BP2の変異蛋白質を発現させるときは、少なくとも上記4つの部位の何れか一箇所のアミノ酸が改変された変異蛋白質であればよく、上記4つの部位のうち複数のアミノ酸が改変された変異蛋白質であってもよいし、上記4つの部位の何れかの改変に加えてさらに3BP2蛋白質の他のアミノ酸が改変された変異蛋白質であってもよい。また、本発明は目的細胞にこのような複数の種類の3BP2変異蛋白質を共発現させるものであってもよい。
(2) 本発明の利用分野(有用性)
上述した本発明の転写因子活性制御方法、及び同方法に使用する転写因子活性制御剤は、上記3つの転写因子、とりわけNF−κBが多彩な生理作用と標的遺伝子を有することから、以下に説明するように様々な分野での利用が期待できる。
〔A〕 様々な疾患に対する臨床への応用
NF−κBの標的遺伝子として、免疫グロブリンκL鎖、IL−2、IL−2受容体、IL−1、I1−6、TNF−α、TNF−β、AIDSウイルス−LTR、SV−40ウイルス、サイトメガロウイルス、アデノウイルス、p53、c−myc、Ras、I−CAM,V−CAM,E−セクレチン等がこれまで報告されており、免疫応答、炎症反応、ウイルス感染、がん化及びがん抑制、生体防御機構での細胞接着、分化誘導、抗アポトーシス等において重要な役割を有することが知られている。また、転写因子AP−1活性と免疫応答、がん化との関連についても報告されている。
本発明はこれら転写因子NF−κBとAP−1の活性化を選択的に制御し得ることから、様々なタイプのNF−κB活性化剤およびその阻害剤、AP−1活性化剤およびその阻害剤として利用することができ、さらに以下の様々な疾患に対する臨床応用が可能である。
まず、炎症性疾患の治療薬(抗炎症薬)・治療法の開発に本発明は有用である。例えば、I−CAM、V−CAM、E−セクレチン産生制御による白血球走化性の制御を介したアレルギー疾患の治療、アトピー性皮膚炎の改善、炎症性サイトカインIL−1、IL−6、IL−8の産生制御を介したリウマチ等の慢性炎症性疾患の治療に有用である。
また、本発明は、破骨細胞の活性制御を介した骨粗鬆症・関節症の治療法・治療薬の開発、自己免疫疾患の治療法・治療薬の開発、その既知薬剤による副作用の改善、悪性疾患の治療法・治療薬(抗がん剤)の開発、アポトーシスの制御と分化療法への応用、T細胞に感染するHIVウイルス等に対する抗ウイルス薬の開発などに利用可能である。
例えば、本発明の転写因子活性制御剤、すなわち、3BP2遺伝子またはその改変遺伝子を発現する発現ベクター、あるいは、3BP2蛋白質の発現を抑えるsiRNAを発現する発現ベクターは、上述のように、NF−κB活性化剤またはその阻害剤、AP−1活性化剤またはその阻害剤として利用することができるが、さらに上記列挙した炎症性疾患、免疫疾患、悪性疾患など各疾患の遺伝子治療法・遺伝子治療薬に利用することも可能である。遺伝子治療法・遺伝子治療薬への具体的適用、目的細胞(標的細胞)への遺伝子治療薬の導入方法等については、公知の方法に従って行えばよい。遺伝子治療に開発されているベクターや、特に発現部位を特定出来るようなプロモーターを持つベクターに3BP2遺伝子またはその改変遺伝子、あるいは3BP2のsiRNA発現配列を組み込み、適当な溶媒に溶かして注射薬や点滴薬として、あるいは内用薬として錠剤などに製造することが可能である。静脈注射や点滴などの方法により臨床投与あるいはその研究段階として実験動物へ投与することも可能である。
また、上述した各疾患の治療法・治療薬の開発において、本発明は基礎研究段階、動物実験段階、治験段階、実際の治療段階でそれぞれ利用可能であるが、基礎研究段階で使用する場合は転写因子活性化剤、転写因子阻害剤といった研究用試薬としての利用が可能である。この場合、酵素や緩衝液などと組み合わせてキットとして利用してもよい。
〔B〕 IL−2およびIL−8のプロモーター活性抑制方法への利用
後述の実施例に示すように、siRNAを細胞内に導入して3BP2蛋白質の発現を抑制すると、サイトカインIL−2およびIL−8のプロモーター活性が抑制され、特にIL−8のプロモーター活性が強く抑制された(図8参照)。
このように、3BP2遺伝子に対するsiRNAを導入して3BP2蛋白質の発現を抑えることによって、細胞内のIL−2およびIL−8のプロモーター活性を抑制することができ、同siRNAを発現するよう構築された発現ベクターは、IL−2およびIL−8のプロモーター活性抑制剤として利用することができる。
〔C〕 創薬ターゲットのスクリーニング方法
前述のように、点変異を導入した種々の3BP2変異蛋白質を発現させ、3BP2による転写因子NF−AT・AP−1・NF−κBの活性化がどのように変化するか調べたところ、変異を導入した部位によってこれら転写因子の活性化の変化に違いが見られた。このことは、これらの部位が3BP2による転写因子NF−AT・AP−1・NF−κBの活性化においてそれぞれ異なる役割を有することを示すものであるが、この知見を薬剤の候補分子(創薬ターゲット)のスクリーニングに利用することが可能である。
具体的には、点変異を生じさせた部位である、3BP2蛋白質の第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、又は第486番目のアルギニンを含む領域に結合する物質(低分子化合物など)をスクリーニングする方法が挙げられる。これら何れかの領域に結合する分子は、3BP2蛋白質の転写因子活性化作用を調節する転写因子活性制御剤の候補分子であり、例えば、3BP2蛋白質とチロシンキナーゼまたは他の分子との結合を阻害し、3BP2蛋白質の特定の転写因子に対する活性化作用を抑制・阻害する物質や、あるいは反対に、3BP2蛋白質の特定の転写因子に対する活性化作用を亢進する物質等である可能性がある。このような物質は、前述した各疾患の治療薬や診断薬として利用可能であり、そのスクリーニング方法も本発明に含まれる。
本発明のスクリーニング方法としては、物質間の結合の有無や解離の有無、リン酸化の有無を調べる従来公知の種々の方法を適用することができ、特に限定されるものではない。例えば、試験管内反応系(cell−free system)において、3BP2蛋白質の部分ペプチド(第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、又は第486番目のアルギニンを含む領域)と、同領域に結合することが知られているキナーゼ等の分子とを発現させ、両分子の結合を阻害する分子あるいはリン酸化を阻害する分子を候補分子の中からELISA法等によって検出するスクリーニング方法などが挙げられる。
尚、上記のスクリーニング方法において、3BP2蛋白質の部分ペプチドを作製する際、野生型のアミノ酸を一部改変したり、His等のタグによって標識したり、蛍光蛋白質(GFP・ルシフェラーゼ等)または他のタンパク質と融合させたり、リン酸化などの修飾を施してもよい。
勿論、本発明のスクリーニング方法は、上記の方法に限定されるものではなく、cell−free systemでのスクリーニングではなく、培養細胞等を用いて細胞内でスクリーニングを行ってもよい。
そのほか、(1)3BP2蛋白質の部分ペプチドをカラムに固定してこれと結合する物質を検索する方法や、(2)免疫沈降−免疫ブロット法を用いて3BP2蛋白質の部分ペプチドと同部分に結合することが知られているキナーゼ等の分子との結合を阻害する物質を検索する方法など、物質間の結合の有無や解離の有無を調べる従来公知の種々の方法を本発明のスクリーニング方法に適用可能である。
また、本発明のスクリーニング方法においては、ヒト由来の3BP2蛋白質のほか、マウスその他の動物由来の3BP2蛋白質を用いてスクリーニングを行ってもよい。
以下図面を参照して、本発明の実施例について説明する。
〔実施例1:3BP2はT細胞の活性化過程において転写因子NF−κBの活性化を引き起こす〕
まず、3BP2遺伝子を細胞内に導入し、過剰発現させることによって転写因子の活性がどのように変化するかを調べた。細胞にはJurkat TAg細胞(ヒトのTリンパ腫由来の癌細胞であるJurkat細胞にSV40ウイルスのT抗原を発現させた細胞)を使用し、FuGENE 6試薬を用いて同細胞に(1)マウスの野生型3BP2遺伝子(cDNA)を含むベクター、(2)SH2領域のみを発現するベクター、あるいは、(3)ベクターに用いたpMT3 vectorのみ、を導入し一過性過剰発現を行い、3BP2による転写因子の活性化作用をルシフェラーゼアッセイにより調べた。図1は、この実験及び後述の実験に用いた野生型3BP2蛋白質(WT)とその各種変異蛋白質の構造を模式的に示す。上記(2)の場合は、図中最下段の部分蛋白質(SH2)が細胞内に発現する。
上記ルシフェラーゼアッセイは、上記(1)〜(3)の何れかのベクターと共に、転写因子NF−AT、AP−1またはNF−κBのレポーター遺伝子(ルシフェラーゼ遺伝子)を細胞にトランスフェクションし、24時間後、細胞抽出液におけるルシフェラーゼ活性をルミノメーターを用いて解析することで、各場合におけるレポーター遺伝子活性を測定した。その結果を図2のグラフに示す。各実験は抗CD3抗体(αCD3)による刺激下(+)および無刺激下(−)で行った。図中、「WT」は、上記(1)の野生型3BP2遺伝子を含むベクターを導入したときの結果であり、「SH2」は、上記(2)のSH2領域のみを発現するベクターを導入したときの結果であり、「vector」は、上記(3)のpMT3 vectorのみを導入したときの結果である。同グラフでは、各場合のレポーター遺伝子活性が相対的に示されるが、このグラフに示すように、野生型3BP2を過剰発現させると、転写因子NF−ATとAP−1に加えて、NF−κBの活性化が引き起こされた。
次に、上記と同様の実験で、点変異を導入した種々の3BP2変異蛋白質を発現させ、3BP2による転写因子NF−AT・AP−1・NF−κBの活性化がどのように変化するかを調べた。変異蛋白質は、チロシンキナーゼのリン酸化部位である174・183・446番目のチロシン(Y174・Y183・Y446)を3つともフェニルアラニンに置換したもの(3F)、SH2の生理機能を点突然変異により消失させた変異体(486番目のアルギニンをリジンに置換したもの:R486K)、上記3つのチロシンを一つずつフェニルアラニンに置換したもの(Y174F、Y183F、Y446F)を使用した(図1参照)。そして、これら変異蛋白質をそれぞれ細胞に発現させ、上記と同様のルシフェラーゼアッセイにより各転写因子の活性測定を行った。その結果を図3および図4に示す。さらに、これらの実験結果をまとめたものを下記表1に示す。


表1に示すように、183番目のチロシンをフェニルアラニンに置換した変異体(Y183F)では野生型(WT)に比してNF−AT・AP−1・NF−κBすべての転写因子の活性化が低下していた。即ち、3BP2のチロシン183はすべての転写因子活性化に重要と考えられる。チロシン446はNF−AT・AP−1については野生型に比して低下が見られるが、NF−κBについてはあまり影響がない。即ち、チロシン446はNF−κBの活性化には必要ないものと考えられる。さらに、R486Kの解析結果からは3BP2のSH2領域はNF−ATの活性化にのみ必要であると考えられる。
以上の結果から、3BP2による転写因子NF−AT・AP−1・NF−κBの活性化にはそれぞれ異なるドメインが関与すること、3BP2は部位により異なる転写因子活性化機能を持つ分子スイッチであることが示された。
〔実施例2:siRNA(short interference RNA)の発現によるノックダウン実験〕
まず、siRNAの設計では、ヒトの3BP2mRNAの開始コドンから1011番目の塩基より21塩基をターゲット配列として選択した。この配列は公知の情報をもとに既知の蛋白質の塩基配列などとの類似性を解析し、本発明者が任意に選択した。このsiRNAをベクターを用いて実施例1と同様の方法でJurkat TAg細胞に導入し、一過性発現を行った。予想される細胞内でのsiRNAの2次構造を図5に示す。理論上はこのような2次構造を持ち、他の細胞内分子との類似性が低い配列であれば、いずれもsiRNAとして作用し、3BP2をノックダウンすることが可能である。
細胞内での3BP2の蛋白発現量における影響について実際にウエスタンブロット法にて解析した。その結果を図6に示す。実験では、コントロールベクター(vector)と3BP2のsiRNAをトランスフェクションした細胞を回収し可溶化液に懸濁し、氷冷30分後に遠心操作を行い、可溶化した上清をSDSサンプリングバッファーと混ぜてサンプルを作製した。次にそのサンプルをSDS−PAGEにて分離し、PVDF膜に転写後3BP2・JNKの抗体(Anti−3BP2・Anti−JNK)を用いてウエスタンブロットを行った。その結果、コントロール蛋白質JNKが3BP2のsiRNAで影響を受けていないのに対して(下段のパネル)、3BP2の発現は顕著に低下していた(上段のパネル)。
次に、実施例1と同様の実験で、上記siRNAをベクターを用いて細胞に発現させ、T細胞抗原受容体を介する転写因子活性化プロセスにおける3BP2の役割について解析を行った。その結果を図7のグラフに示す。各実験はαCD3刺激下(αCD3)、PMA刺激下(PMA)、αCD3およびPMAの刺激下(αCD3+PMA)、または無刺激下(−)で行った。図中、「3BP2」は、上記siRNAを細胞に導入したときの結果であり、「vector」は、ベクターのみを導入したときの結果である。同グラフでは、各場合のレポーター遺伝子活性が相対的に示される。
図7のグラフに示すように、無刺激時(−)とT細胞活性化時(αCD3+PMA)のAP−1・NF−κBの活性化は、3BP2 siRNAの発現により抑制されたが、NF−ATの活性化には影響が見られなかった。このsiRNAによるノックダウン実験結果から、3BP2がAP−1・NF−κB活性化に必須であることが示された。3BP2は蛋白質発現量の違いによりこれら転写因子の活性化をコントロールしていると考えられることから、3BP2は閾値を決定する分子としての働きを持っていると考えられる。
さらに、上記と同様の実験で、転写因子により制御されるサイトカインのプロモーター活性について解析を行った。実験では、IL−2プロモーター領域、IL−8プロモーター領域それぞれのゲノム配列を発現ベクターに組み込んで、3BP2のsiRNA、トランスフェクション用の試薬と共にJurkat TAg細胞にトランスフェクションを行った。その実験結果を図8に示す。同図に示すように、T細胞活性化の時(αCD3+PMA)のIL−2およびIL−8のプロモーター活性が、3BP2 siRNAの発現により抑制されることが明らかとなった。
IL−2の標的細胞はT細胞やマクロファージであり、臓器移植や白血病治療との関連が知られている。またIL−8は好中球や好塩基球、T細胞などを標的とし、炎症・リウマチ、悪性腫瘍の転移との関連が知られている。3BP2のsiRNAの効果がAP−1・NF−κBのみでありNF−ATへの影響が見られなかったことから、3BP2の発現制御や機能制御が特定の転写因子のみを標的とした遺伝子治療への適応や、他の転写因子による副作用の少ない遺伝子治療への応用に有効である。
尚、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様または実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、次に記載する特許請求の範囲内で、様々に変更して実施することができる。
【産業上の利用の可能性】
以上のように、本発明は、アダプター蛋白質3BP2の活性化作用を利用した転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性化制御方法、及び同方法に使用する転写因子活性制御剤などに関するものであり、前述したとおり、炎症性疾患、免疫疾患、悪性疾患など様々な疾患に対する治療法・治療薬の開発に利用できるほか種々の有用性を有するものである。
【配列表】

【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アダプター蛋白質3BP2の発現量を制御し、またはその変異蛋白質を発現させることによって、細胞内の転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性を選択的に制御する方法。
【請求項2】
T細胞内の転写因子NF−AT、AP−1およびNF−κBの活性を選択的に亢進または抑制することを特徴とする請求項1記載の転写因子活性制御方法。
【請求項3】
3BP2遺伝子を過剰発現させ、又はその発現を抑制することによって、3BP2蛋白質の発現量を制御することを特徴とする請求項1記載の転写因子活性制御方法。
【請求項4】
3BP2蛋白質の第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、及び第486番目のアルギニンの一つ又は複数を他のアミノ酸残基に改変した変異蛋白質を発現させることを特徴とする請求項1記載の転写因子活性制御方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の転写因子活性制御方法に用いられ、3BP2遺伝子またはその改変遺伝子を発現するよう構築された発現ベクター、あるいは、3BP2蛋白質の発現を抑えるsiRNAを発現するよう構築された発現ベクターを含む転写因子活性制御剤。
【請求項6】
請求項5記載の転写因子活性制御剤を含む遺伝子治療薬。
【請求項7】
3BP2蛋白質の発現を抑えることによって、細胞内のIL−2およびIL−8のプロモーター活性を抑制する方法。
【請求項8】
請求項7記載の方法に用いられ、3BP2蛋白質の発現を抑えるsiRNAを発現するよう構築された発現ベクターを含むIL−2およびIL−8のプロモーター活性抑制剤。
【請求項9】
転写因子NF−AT、AP−1またはNF−κBの活性を制御する制御剤の候補物質として、3BP2蛋白質の第183番目のチロシン、第446番目のチロシン、又は第486番目のアルギニンを含む領域に結合する物質をスクリーニングする方法。
【請求項10】
請求項9記載のスクリーニング方法によって得られた物質からなる転写因子活性制御剤。

【国際公開番号】WO2004/092374
【国際公開日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【発行日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−505457(P2005−505457)
【国際出願番号】PCT/JP2004/005433
【国際出願日】平成16年4月15日(2004.4.15)
【出願人】(800000057)財団法人新産業創造研究機構 (99)
【Fターム(参考)】