説明

アニオン交換基が固定された多孔膜を用いたウイルスの分離方法

【課題】簡便で、高速処理が可能な工程によって、ウイルスを分離することが可能であり、しかもスケールアップが容易な、ウイルスの分離方法を提供すること。
【解決手段】アニオン交換基が表面に固定された多孔膜に、ウイルス含有溶液を通液し、前記多孔膜に前記ウイルスを吸着させる工程を含む、ウイルスの分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニオン交換基が固定された多孔膜を用いたウイルスの分離方法に関する。さらに本発明は、該方法を用いたウイルスの精製方法、ウイルスの除去方法およびタンパク質の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の遺伝子治療およびワクチン開発の発展に伴い、ウイルスの培養および精製の必要性が高まっている。遺伝子治療に通常用いられる方法の中でも、ウイルスベクターは特に有望であり、またそれらの中でもアデノウイルスは重要である。遺伝子治療のためのアデノウイルスベクターの製造においては、培養液であるウイルスストックからのウイルスの迅速な精製が求められる。
【0003】
アデノウイルスの精製には、一般に、アニオン交換クロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィーおよびアフィニティークロマトグラフィーなどのカラムクロマトグラフィーによる方法が用いられる。特許文献1にはアニオン交換クロマトグラフィーとサイズ排除クロマトグラフィーを組み合わせてウイルスを精製する方法が開示されている。また、特許文献2には可撓性アームによりマトリクスにイオン交換基が固定されたクロマトグラフィーを用いてウイルスを分離精製する方法が開示されている。これらの方法においては、アニオン交換クロマトグラフィーカラムに目的とするウイルスを吸着させ、不純物を非吸着成分として透過させて除去した後、塩溶液を通液して吸着したウイルスを溶出回収することによりウイルスを精製する。
【0004】
一方、有用なタンパク質などを培養液から回収する工程においては、不純物としてのウイルスを培養液中から除去することが求められる。例えば、近年その需要が急増している抗体医薬品の製造においては、細胞培養液中に産生された抗体となるタンパク質を、複数のカラムクロマトグラフィー工程などを用いて精製し、不純物を除去することが極めて重要である。この精製工程において、ウイルスは特に除去する必要性の高い不純物である。ウイルスの除去方法としても、カラムクロマトグラフィーが用いられることがあり、近年ではウイルスと目的タンパク質とのサイズの違いを利用し、目的タンパク質は通過するが、サイズの大きなウイルスの通過は阻止するような細孔径を有する多孔質分離膜による、ウイルス除去が多く用いられている(非特許文献1)。この方法は確実にウイルスを除去することができるため、極めて信頼性が高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−318898号公報
【特許文献2】特表2003−523169号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・メンブレン・サイエンス(Journal of Membrane Sciences)、2007年、第297巻、p.30−32
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1および2に開示された方法は、多孔質ビーズをカラムにパッキングしたカラムクロマトグラフィーによるウイルスの精製方法であり、ウイルスの多孔質ビーズへの吸着には、ビーズ細孔内へのウイルスの拡散が支配的な要因である。そのため、カラムへの通液流速を増加すると、細孔へのウイルスの十分な拡散がなされず、吸着するウイルスの量が減少し、高速処理で効率的に、ウイルスを精製することは困難である。
【0008】
また、非特許文献1に開示された方法では、約20nm以下のサイズのタンパク質を透過し、それ以上のサイズのウイルスを完全に除去するためには、多孔質分離膜の最大細孔径は20nmを超えないことが必要である。そのため、透過流速を増加させた処理ができず、抗体医薬品精製工程などにおけるような、不純物としてのウイルス除去も、同様に高速で医薬品として有効なレベルにまで、ウイルスを除去することは困難なことが現状である。
【0009】
かかる状況から、本発明が解決しようとする課題は、簡便でかつ高速処理が可能な、ウイルスを分離する方法を提供することである。また、スケールアップが容易で、工業レベルで用いることができるウイルスの分離方法を提供することである。本発明のさらなる課題は、簡便でかつ高速処理が可能な、ウイルスを精製する方法および抗体医薬品精製工程などにおいて、不純物としてのウイルスを、高速でかつ有効に除去する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、アニオン交換基が表面に固定されている多孔膜を用いることが、高速処理による、工業レベルでのウイルスの分離の実現に有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、アニオン交換基が表面に固定された多孔膜に、ウイルス含有溶液を通液し、前記多孔膜に前記ウイルスを吸着させる工程を含む、ウイルスの分離方法に関する。
本発明はまた、前記アニオン交換基が、グラフト鎖を介して多孔膜表面に固定される、前記のウイルスの分離方法に関する。
本発明はまた、前記ウイルス含有溶液の塩濃度が0.1M〜0.5Mである、前記のウイルスの分離方法に関する。
本発明はまた、前記ウイルス含有溶液のpHが7.0〜8.5である、前記のウイルスの分離方法に関する。
本発明はまた、前記アニオン交換基がジエチルアミノ基である、前記のウイルスの分離方法に関する。
本発明はまた、前記グラフト鎖が、グリシジルメタクリレートの重合体を含む、前記のウイルスの分離方法に関する。
さらに本発明は、アニオン交換基がグラフト鎖を介して表面に固定された多孔膜に、タンパク質およびウイルスを含有するウイルス含有溶液を通液し、前記多孔膜に前記ウイルスを吸着させる工程を含む、タンパク質の精製方法に関する。
本発明はまた、前記タンパク質が、抗体である、前記のタンパク質の精製方法に関する。
さらに本発明は、アニオン交換基がグラフト鎖を介して表面に固定された多孔膜に、ウイルス含有溶液を通液し、前記多孔膜に前記ウイルスを吸着させる工程;および前記多孔膜に吸着した前記ウイルスを、溶出液を通液して溶出回収する工程;を含む、ウイルスの精製方法に関する。
本発明はまた、前記溶出液の塩濃度が0.5M〜2.0Mである、前記のウイルスの精製方法に関する。
本発明はまた、前記溶出回収する工程に先立って、前記多孔膜に、塩濃度が0.2M〜0.4Mの洗浄液を通液して洗浄する工程をさらに含む、前記のウイルスの精製方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の分離方法を用いることにより、ウイルスの分離を有効にかつ迅速に実施することができ、ウイルスの精製および除去を有効かつ迅速に実施することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0014】
本実施の形態は、アニオン交換基が表面に固定されている多孔膜を用いて、ウイルス含有溶液のろ過を行って、ウイルスを該多孔膜に吸着させることによる、ウイルスの分離方法である。ウイルスを目的物として精製する場合には、多孔膜に非吸着な不純物を透過液中に回収して除去し、その後、多孔膜に吸着したウイルスを溶出液で溶出回収することによりウイルスを精製する。またウイルスを不純物としてウイルス含有溶液から除去する場合には、ウイルスを多孔膜に吸着し、目的タンパク質等を含む溶液を非吸着成分として透過することにより、ウイルスを除去する。
【0015】
本実施の形態における「ウイルス」とは、アデノウイルス、パルボウイルス、ポックスウイルス、イリドウイルス、ヘルペスウイルス、パポーバウイルス、パラミクソウイルス、オルトミクソウイルス、レトロウイルスおよびロタウイルスが挙げられるが、これらに限定されない。ウイルスは好ましくは組換えウイルスであるが、臨床的な単離物であるウイルス、弱毒化ワクチン株であるウイルスなどであってもよい。
【0016】
本実施の形態において用いられる「アニオン交換基が表面に固定された多孔膜」とは、基材となる多孔質体およびその細孔の表面にアニオン交換基が固定されている多孔膜である。
【0017】
多孔膜の基材は、特に限定はされないが、機械的性質の保持という観点から、ポリオレフィン系重合体から構成されていることが好ましい。ポリオレフィン系重合体の例としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレンおよびフッ化ビニリデンなどのオレフィンの単独重合体、前記オレフィンの2種以上の共重合体、または1種もしくは2種以上の前記オレフィンとパーハロゲン化オレフィンとの共重合体などが挙げられる。これらの重合体の2種以上の混合物であってもよい。パーハロゲン化オレフィンの例としては、テトラフルオロエチレンおよびクロロトリフルオロエチレンなどが挙げられる。
【0018】
これらの中でも、機械的強度に特に優れ、かつ高い吸着容量が得られる素材であるという観点から、多孔膜の基材として、ポリエチレンまたはポリフッ化ビニリデンが好ましく、ポリエチレンがより好ましい。
【0019】
アニオン交換基は、ウイルス含有溶液中のウイルスを吸着することができれば特に限定されない。例えば、アニオン交換基としては、特に限定されないが、ジエチルアミノ基(DEA、Et2N−)、四級アンモニウム基(Q、R3+−)、四級アミノエチル基(QAE、R3+−(CH22−)、ジエチルアミノエチル基(DEAE、Et2N−(CH22−)、ジエチルアミノプロピル基(DEAP、Et2N−(CH23−)などが挙げられる。ここで、Rは、特に限定されず、同一のNに結合するRが同一または異なっていてもよく、好適には、アルキル基、フェニル基、アラルキル基などの炭化水素基を表す。四級アンモニウム基としては、例えば、トリメチルアミノ基(トリメチルアンモニウム基、Me3+−)などが挙げられる。多孔膜への化学的な固定が容易であり、高い吸着容量が得られるという観点からは、DEAおよびQが好ましく、DEAがより好ましい。
【0020】
アニオン交換基の多孔膜への固定の方法は、特に制限されないが、一般に、エポキシまたはアミンのような反応性の高い官能基を多孔膜の基材表面に導入し、その後、該官能基にアニオン交換基を有する化合物を結合させる方法によって行うことができる。
【0021】
また、上記のアニオン交換基が表面に固定された多孔膜として、例えばセルロースを基材としたSartorius社製のSartobindQ及びSartobindD、ポリエーテルスルホンを基材としたPall社製のMusrangQなど、市販の多孔膜も用いることができる。
【0022】
上記のアニオン交換基が表面に固定された多孔膜のうち、例えば特開平2−132132号公報またはJournal of Chromatography A, 689(1995) 211-218に記載されている多孔膜は、多孔質体およびその細孔の表面にグラフト鎖が固定され、さらに該グラフト鎖にアニオン交換基が固定されていることを特徴とする。このような多孔膜は、アニオン交換基がグラフト鎖を介して、多孔膜表面に固定されていることで、ウイルスの吸着量が著しく増加するため、本実施の形態におけるウイルスの分離方法に特に好ましく用いることができることを本発明者は見出した。
【0023】
本実施の形態において、「グラフト鎖」とは、上記の多孔質の基材表面に結合した、基材と同種または異種の分子鎖である。多孔膜の表面および細孔に、グラフト鎖を導入し、さらに、該グラフト鎖にアニオン交換基を固定する方法としては、限定されるものではないが、例えば、特開平2−132132号公報に開示される方法が挙げられる。
【0024】
グラフト鎖としては、例えば、グリシジルメタクリレート、酢酸ビニル、ヒドロキシプロピルアセテートまたはこれらのいずれか2種以上の重合体を含む分子鎖が挙げられるが、アニオン交換基を導入しやすいことから、グリシジルメタクリレートまたは酢酸ビニルの重合体が好ましく、グリシジルメタクリレートの重合体がより好ましい。多孔膜に対するグラフト鎖の結合率(グラフト率)は、例えば後述の実施例等に記載の手法を用いて測定することができ、より高い吸着容量および力学的に安定な強度をともに確保するという観点から、好ましくは20%〜200%、より好ましくは20%〜150%、更に好ましくは30%〜70%である。
【0025】
アニオン交換基のグラフト鎖への固定の例として、グラフト鎖がグリシジルメタクリレートの重合体である場合、この重合体が有するエポキシ基を開環し、ジエチルアミンなどのアミンおよびジエチルアンモニウムまたはトリメチルアンモニウムなどのアンモニウム塩を付加することにより、アニオン交換基をグラフト鎖に固定することができる。グラフト鎖に対するアニオン交換基の置換率は、後述の実施例等に記載の手法を用いて測定することができ、より高い吸着容量を得るという観点から、好ましくは20%〜100%、より好ましくは50%〜100%、更に好ましくは70%〜100%である。
【0026】
多孔膜の最大細孔径は、ウイルス含有溶液中のウイルスを分離し、かつ高い透過流速を得るために、好ましくは0.1μm〜1.0μmであり、より好ましくは0.1μm〜0.8μmであり、さらに好ましくは0.2μm〜0.6μmである。
【0027】
多孔膜中の細孔の占める体積である空孔率は、多孔膜の形状を保持しかつ通液時の圧損が実用上問題のない程度であれば、特に限定されないが、好ましくは5%〜99%であり、より好ましくは10%〜95%であり、さらに好ましくは30%〜90%である。
【0028】
上記細孔径および空孔率の測定は、Marcel Mulder著「膜技術」(株式会社アイピーシー)などに記載されているような、当業者にとって公知の方法により行うことができる。例えば、電子顕微鏡による観察、バブルポイント法、水銀圧入法、透過率法などの測定方法が挙げられる。
【0029】
多孔膜の形態は、溶液を通液することが可能な形態であれば特に限定されず、例えば、平膜、不織布、中空糸膜、モノリス、キャピラリー、円板または円筒状などが挙げられる。これらの形態の中でも、製造のし易さ、スケールアップ性、モジュール成型した際の膜のパッキング性などの観点からは、中空糸膜が好ましい。
【0030】
本実施の形態において、中空糸多孔膜とは、中空部分を有する円筒状または繊維状の多孔膜であり、中空糸の内層と外層が貫通孔である細孔によって連続しており、その細孔によって内層から外層、あるいは外層から内層に、液体または気体が透過する性質を有する多孔体を意味する。中空糸の外径および内径は、物理的に多孔膜が形状を保持することができ、かつモジュール成型可能であれば、特に限定されない。
【0031】
上記の本実施の形態の多孔膜は、1種以上の成分を含むウイルス含有溶液から、ウイルスを吸着により分離し、ウイルスを精製または除去する用途に有用である。従って、本実施の形態によるウイルスの分離方法は、上記の多孔膜にウイルス含有溶液を通液し、多孔膜にウイルスを吸着させる工程を含む。
【0032】
本実施の形態における「ウイルス含有溶液」は、上記のウイルスを含有する溶液(または含有する可能性のある溶液)であれば特に制限されず、本実施の形態のウイルスの分離方法は、様々な溶液に対して用いることができる。例えば、ウイルスベクターの製造において用いられる培養液であるウイルスストック、抗体医薬品の製造における、抗体以外にウイルスを含み得る細胞培養液等が挙げられる。
【0033】
ウイルスの等電位点(pI)は通常4〜5の範囲であるため、上記の多孔膜に通液する溶液のpH範囲および塩濃度(電気伝導度)を好適に制御することによって、ウイルスが多孔膜のアニオン交換基に吸着する。さらにアニオン交換基への吸着は、カラムクロマトグラフィーの樹脂への吸着のような、微細孔への拡散浸透による吸着ではないため、ウイルスのような分子サイズの大きな目的物を吸着する場合には、アニオン交換基が固定された多孔膜はより優れた吸着性を示す。
【0034】
これらの特性は、アニオン交換基がグラフト鎖を介して、多孔膜の細孔表面に固定されている場合に特に顕著となる。これはグラフト鎖により、ウイルスへのアニオン交換基の吸着点の数がより増加することによると考えられる。
【0035】
典型的なウイルスの分離方法の例としては、細胞溶解物のようなウイルス含有溶液は、pHが約7.0〜8.5、塩濃度が0.1M〜0.5Mの緩衝溶液(電気伝導度約10mS/cm〜50mS/cm)として、多孔膜に通液される。塩としては、NaClを一般的に用いることができる。緩衝液としては、リン酸塩またはTrisのような緩衝液を使用することができる。ウイルス以外の成分は、上記の塩濃度の範囲においては、多孔膜のアニオン交換基に吸着されることなく透過する。これに対し、ウイルスは多孔膜のアニオン交換基に吸着され、透過液には含まれない。
【0036】
上記のウイルスの分離方法において、ウイルス含有溶液として、目的物とともにウイルスを不純物として含むようなウイルス含有溶液を用いれば、ウイルスを分離することで目的物を精製することができる。例えば、タンパク質およびウイルスを含有するウイルス含有溶液を用いれば、多孔膜にウイルスが吸着され、透過液からはウイルスが除去されるため、本実施の形態によれば、タンパク質の精製方法もまた提供される。該方法におけるタンパク質は、特に限定されないが、ウイルスを除去するという観点からは、主に医薬品として用いられる有用タンパク質全般、特にモノクロナール抗体、ポリクロナール抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、免疫グロブリン等の抗体が挙げられる。タンパク質が抗体タンパク質である場合、その等電位点は通常6.5〜8.5の範囲にあるため、pHが約7.0〜8.5で、塩濃度が0.1M〜0.5Mの緩衝溶液(電気伝導度約10mS/cm〜50mS/cm)である、タンパク質およびウイルスを含有するウイルス含有溶液を多孔膜に通液すれば、溶液中の抗体タンパク質は、多孔膜のアニオン交換基に吸着されることなく透過し、ウイルスは多孔膜のアニオン交換基に吸着されることにより除去され、精製された抗体タンパク質を得ることができる。
【0037】
さらに、上記のウイルスの分離方法の工程において多孔膜に吸着したウイルスを、溶出液を多孔膜に通液して溶出回収すれば、精製されたウイルスが溶出液中に回収されるため、本実施の形態によれば、ウイルスの精製方法もまた提供される。該方法において、溶出液のpHは、ウイルスが変性しない範囲であれば特に限定されない。またその塩濃度は、好ましくは0.5M〜2.0Mであり、より好ましくは0.7M〜1.5M、さらに好ましくは0.9M〜1.5Mである。
【0038】
なお、上記の溶出回収する工程に先立って、ウイルスを吸着した多孔膜に洗浄液を通液して洗浄することで、より高度なウイルスの精製が可能になる。該工程における洗浄液はウイルスが多孔膜に吸着したまま、不純物であるタンパク質等を除去するという観点から、pH5.0〜9.0、塩濃度が0.2M〜0.4Mであることが好ましい。洗浄工程の後に上記の溶出回収する工程を行うことにより、精製されたウイルスを得ることができる。
【0039】
このように、多孔膜に通液する溶液のpHおよび塩濃度を制御することによって、容易にウイルスを分離、精製および除去することができる。溶液のpHおよび塩濃度の調節方法は当業者に公知の手法を用いて行うことができ、また、溶液のpHおよび塩濃度の測定は、例えば市販の測定機器を用いて、当業者に公知の手法を用いて行うことができる。
【0040】
本実施の形態の方法および多孔膜を用い、本明細書の記載を参照することにより、容易にウイルスを分離することができる。従って、精製されたウイルスを得ることが可能となり、また、動物細胞培養液からの抗体の精製工程のような、ウイルスが不純物となる工程においても、容易にウイルスのみを除去することが可能となる。
【実施例】
【0041】
以下、参考例、実施例および比較例(本明細書中において、単に「実施例等」ともいう。)に基づいて本実施の形態をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例のみに限定されない。
【0042】
[参考例1] アニオン交換基が表面に固定された多孔膜モジュールの作成
(i)中空糸多孔膜へのグラフト鎖の導入
外径3.0mm、内径2.0mm、下記(iv)に記載のバブルポイント法で測定した最大細孔径が0.3μmのポリエチレン製中空糸多孔膜を密閉容器に入れて、容器内の空気を窒素で置換した。その後、容器の外側からドライアイスで冷却しながら、γ線200kGyを照射し、ラジカルを発生させた。得られたラジカルを有するポリエチレン製中空糸多孔膜をガラス反応管に入れて、200Pa以下に減圧することにより、反応管内の酸素を除いた。ここに40℃に調整したグリシジルメタクリレート(GMA)3体積部、メタノール97体積部よりなる反応液を、中空糸多孔膜の20質量部に注入した後、12分間密閉状態で静置してグラフト重合反応を施し、中空糸多孔膜にグラフト鎖を導入した。なお、GMAおよびメタノールよりなる反応液は予め窒素でバブリングして、反応液内の酸素を窒素置換した。
【0043】
グラフト重合反応後、反応管内の反応液を捨てた。次いで、反応管内にジメチルスルホキシドを入れて中空糸多孔膜を洗浄することにより、残存したグリシジルメタクリレート、そのオリゴマーおよび中空糸多孔膜に固定されなかったグラフト鎖を除去した。洗浄液を捨てた後、さらにジメチルスルホキシドを入れて2回洗浄を行った。次いでメタノールを用いて同様にして洗浄を3回行った。洗浄後の中空糸多孔膜を乾燥し、重量を測定したところ、中空糸多孔膜の重量はグラフト鎖導入前の138%であり、基材重量に対するグラフト鎖の重量の比として定義されるグラフト率は38%であった。
【0044】
このグラフト率から、下記式(III)を用いて、基材ポリエチレンの骨格単位であるCH2基(分子量14)のモル数に対する導入されたGMA(分子量142)のモル数は3.75%であると算出された。
導入GMAのモル数%=(グラフト率/142)/(100/14)×100
・・・(III)
【0045】
固体NMR法により、グラフト反応後の中空糸多孔膜中のポリエチレン骨格単位CH2基のモル数と、グラフト鎖を構成するGMAに特有なエステル基(COO基)のモル数の比を測定した。測定は、グラフト反応後の中空糸多孔膜を凍結粉砕した粉末サンプル0.5gを用いて、Bruker Biospin社製DSX400を使用し、核種を13Cとして、High Power Decoupling法(HPDEC法)の定量モードにより、待ち時間100s、積算1000回の条件で、室温下で行った。
【0046】
得られたNMRスペクトルのエステル基に対応するピーク面積と、CH2基に対応するピーク面積との比が、GMAとCH2基のモル数の比に対応することから、測定結果よりCH2基のモル数に対する導入されたGMAのモル数を算出したところ、3.8%の値が得られた。これは上記グラフト率38.5%に相当し、グラフト反応後のサンプルを固体NMR法で測定することにより、グラフト率が得られることが示された。
【0047】
(ii)アニオン交換基(3級アミノ基)のグラフト鎖への固定
乾燥したグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜をメタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。ジエチルアミン50体積部、純水50体積部の混合溶液よりなる反応液を、グラフト反応後の中空糸に対して20質量部、ガラス反応管に入れ、30℃に調整した。ここにグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、210分間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をジエチルアミノ基に置換することにより、アニオン交換基としてジエチルアミノ基を有する中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.3mm、内径2.1mmであり、中空糸多孔膜においてグラフト鎖の有するエポキシ基の80%がジエチルアミノ基によって置換されていた。
【0048】
置換率Tはエポキシ基のモル数N0のうち、ジエチルアミノ基に置換されたモル数N1として下記式(IV)を用いて算出した。
T=100×N1/N0
=100×{(w1−w0)/M1}/{w0(dg/(dg+100))/M2
・・・(IV)
式(IV)中、M1はジエチルアンモニウムの分子量(73.14)、w0はグラフト重合反応後の中空糸多孔膜の重量、w1はジエチルアミノ基置換反応後の中空糸多孔膜の重量、dgはグラフト率、M2はGMAの分子量(142)である。
【0049】
固体NMR法により、上記と同様の方法で、ジエチルアミノ基を導入した中空糸多孔膜中の、ポリエチレン骨格単位CH2基のモル数に対する、GMAに特有なエステル基のモル数の比を測定したところ、3.75%という値が得られた。これはグラフト率38.5%に対応し、この結果よりジエチルアミノ基の導入によるグラフト率の変化はないことが確認された。
(iii)アニオン交換基が固定された中空糸多孔膜モジュールの作製
(ii)で得られた、アニオン交換基としてジエチルアミノ基がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜3本を束ね、中空糸多孔膜の中空部を閉塞しないようにエポキシ系ポッティング剤で両末端をポリスルホン酸製モジュールケースに固定して、アニオン交換が固定された中空糸多孔膜モジュールを作製した。得られたモジュールの内径は0.9cm、長さは約3.3cm、モジュールの内容積は約2mL、モジュール内に占める中空糸多孔膜の有効体積は0.85mL、中空部分を除いた中空糸多孔膜のみの体積は0.53mLであった。これを、以下の実施例等において、評価モジュールとして用いた。
【0050】
(iv)バブルポイント法
基材としての中空糸多孔膜の最大細孔径を、バブルポイント法を用いて測定した。長さ8cmの中空糸多孔膜の一方の末端を閉塞し、他方の末端に圧力計を介して窒素ガス供給ラインを接続した。この状態で窒素ガスを供給してライン内部を窒素に置換した後、中空糸多孔膜をエタノールに浸漬した。この時、エタノールがライン内に逆流しないように極僅かに窒素で圧力をかけた状態で、中空糸多孔膜を浸漬した。中空糸多孔膜を浸漬した状態で、窒素ガスの圧力をゆっくりと増加させ、中空糸多孔膜から窒素ガスの泡が安定して出始めた圧力Pを記録した。これより、最大細孔径をd、表面張力をγとして、下記式(V)に従って、中空糸多孔膜の最大細孔径を算出した。
d=C1γ/P・・・(V)
式(V)中、C1は定数である。エタノールを浸漬液としたときのC1γ=0.632(kg/cm)であり、上式にP(kg/cm2)を代入することにより、最大細孔径d(μm)を求めた。
【0051】
[参考例2] ウイルスおよび抗体タンパク質を含むウイルス含有溶液の調整
0.1MのNaClを含む20mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に、抗体タンパク質としてhuman IgG(田辺三菱製薬製、ヴェノグロブリンIH)を10g/Lとなるように添加し、さらにここに、無血清培地中に回収した無血清ウイルス溶液に含まれるブタパルボウイルスを、ウイルス粒子密度が2.0×106/mLとなるように添加して、ウイルスおよび抗体タンパク質を含むウイルス含有溶液を調整した。
【0052】
[実施例1]
参考例2で得られたウイルス含有溶液を、参考例1で作成した評価モジュールに、650mL通液した。評価モジュールを透過したろ過液を50mLずつのフラクションとして採取した。通液の際の膜間差圧は50kPaであり、平均の透過流速は480LMH(L/m2/h)であった。
【0053】
通液後、得られた透過液フラクションに含まれるウイルス量を、赤血球凝集素反応によるTCID50法を用いて測定し、供給液とのタイターの違いとして評価した。その結果、全ての透過液フラクションにおいて、LRV(Log Removal Virus)は検出限界以下の6以上であり、評価モジュールの透過液中にウイルスは検知されなかった。
【0054】
また、得られた透過液フラクションを10倍希釈したものについて、波長280nmの吸光度を測定し、抗体の吸光係数1.3を用いて透過液フラクション中の抗体タンパク質量を評価した。その結果、抗体タンパク質濃度は、全ての透過液フラクションにおいて9.9g/L以上であった。
【0055】
このことから、アニオン交換基が固定された中空糸多孔膜モジュールにウイルス含有溶液を通液することにより、溶液中のウイルスが多孔膜モジュールに吸着し、透過液としてウイルスが除去された抗体タンパク質の精製液が得られることが示された。
【0056】
[実施例2]
実施例1において得られた、ウイルスを吸着した評価モジュールを、0.2MのNaClを含む20mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液を20mL通液することにより洗浄した。次いで、1.5MのNaClを含む20mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液を50mL通液して、評価モジュールに吸着したウイルスを溶出し、溶出液を回収した。得られた溶出液を13倍希釈し、その希釈液中に含まれるウイルスのタイターを、TCID50法を用いて評価したところ、実施例1で用いたウイルス含有溶液と同量のウイルスが含まれていた。
【0057】
このことから、ウイルス含有溶液中に含まれるウイルスは、ほぼ全て評価モジュールに吸着し、その後の溶出によって高効率で回収されていることが示された。また、ウイルス含有溶液中の抗体タンパク質は、ほぼ全て実施例1で得られた透過液に含まれており、溶出液中に回収されたウイルスは高度に精製されていることも示された。
【0058】
以上により、アニオン交換基が表面に固定された多孔膜を用いることにより、ウイルスの分離、ウイルスの精製およびタンパク質からのウイルスの除去が、高速でかつ簡便になされることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
アニオン交換基が表面に固定された多孔膜に、ウイルス含有溶液を通液することによって、容易にウイルスを分離することができる。従って、精製されたウイルスを得ることが可能となる。また、動物細胞培養液からの抗体の精製工程のような、ウイルスが不純物となる工程においても、容易にウイルスを除去して、精製を行うことができる。この方法は、従来のカラムクロマトグラフィーを用いる方法に比べて、より高いウイルスの吸着量を有し、高流速での溶液の通液も可能なため、高速での処理が可能であり、スケールアップも容易である。このことから、工業レベルで医薬品を製造する際のウイルスの精製、除去等にも適するという産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン交換基が表面に固定された多孔膜に、ウイルス含有溶液を通液し、前記多孔膜に前記ウイルスを吸着させる工程を含む、ウイルスの分離方法。
【請求項2】
前記アニオン交換基が、グラフト鎖を介して多孔膜表面に固定される、請求項1に記載のウイルスの分離方法。
【請求項3】
前記ウイルス含有溶液の塩濃度が0.1M〜0.5Mである、請求項1または2に記載のウイルスの分離方法。
【請求項4】
前記アニオン交換基がジエチルアミノ基である、請求項2または3に記載のウイルスの分離方法。
【請求項5】
前記グラフト鎖が、グリシジルメタクリレートの重合体を含む、請求項2〜4のいずれかに記載のウイルスの分離方法。
【請求項6】
アニオン交換基がグラフト鎖を介して表面に固定された多孔膜に、タンパク質およびウイルスを含有するウイルス含有溶液を通液し、前記多孔膜に前記ウイルスを吸着させる工程を含む、タンパク質の精製方法。
【請求項7】
前記タンパク質が、抗体である、請求項6に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項8】
アニオン交換基がグラフト鎖を介して表面に固定された多孔膜に、ウイルス含有溶液を通液し、前記多孔膜に前記ウイルスを吸着させる工程;および
前記多孔膜に吸着した前記ウイルスを、溶出液を通液して溶出回収する工程;
を含む、ウイルスの精製方法。

【公開番号】特開2010−193720(P2010−193720A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−38826(P2009−38826)
【出願日】平成21年2月23日(2009.2.23)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】