説明

アラキドン酸リン脂質含有量の高い菌糸体の製造方法

【課題】 細胞当たり、または培養液当たりのAAリン脂質含量が高い細胞または微生物の製造方法であって、製造された細胞または微生物の培養液からの分離が容易である方法を提供する。これらの方法で製造された細胞または微生物からAAリン脂質を製造する方法を提供する。
【解決手段】炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地に糸状形態をとる微生物を接種し、次いで前記微生物を接種した培地を培養して、マット状菌糸体を生成させる、糸状形態をとる微生物の製造方法。この方法でマット状菌糸体を製造し、製造されたマット状菌糸体からアラキドン酸リン脂質を分離する、アラキドン酸リン脂質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アラキドン酸リン脂質含有量の高い菌糸体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
n-6系長鎖高度不飽和脂肪酸(n-6 LCPUFA)であるアラキドン酸(AA)は、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)と同様、必須脂肪酸であり、その多様な生理作用から食餌やサプリメントとして摂取されている。AAはリン脂質のアシル成分として、脳、筋肉、肝臓などの臓器や血球など体のほぼ全部位の膜脂質成分(構造成分)として存在する。AAの生理機能として、膜リン脂質からホスホリパーゼA2によって切り出されたAAはアラキドン酸カスケード経路を経てプロスタグランジン、ロイコトリエンなど多様なエイコサノイドに変じ、シグナル物質(セカンドメッセンジャー)として血管収縮作用・副腎皮質からのアルドステロン分泌促進作用、抗血小板凝集作用、ストレス下における免疫能増強作用などを示すことが知られている。更に、AAは従来脳の神経細胞の結合(シナプス)に関わっていると指摘されており、神経細胞の生成が減少すると学習能力、記憶力の低下、精神疾患の発症などに影響すると考えられていたが、ごく最近の研究成果によれば、アラキドン酸を含む餌を与えた母ラットの母乳を介して仔ラットに摂取させることにより、仔ラットの神経細胞の生成数が対照に比べて30%増加するというより具体的な生理効果が明らかにされた(非特許文献1)。
【0003】
生体に含まれる生理機能をもつ脂肪酸はほぼ全て膜リン脂質の構成成分として存在するため、食餌、サプリメントとして摂取する場合は脂肪態としてよりリン脂質態として摂取するのが望ましいと考えられる。これは経口摂取した標識したリン脂質が脳へ移送されるという事実(非特許文献2)から容易に想像できる。しかし、実際は動物・植物・菌類などでの脂肪酸の貯蔵分子形態が脂肪(トリアシルグリセロール)あるため、これらの脂肪酸は食餌としても、サプリメントとしても、脂肪として摂取されることが多い。特にサプリメントの場合は、原材料(植物油脂、動物油脂)が脂肪形態であるため、脂肪形態のものを供給せざるを得ない。現に、現在サプリメントとして現在市場に出ているAAを含む脂肪酸のほとんどは脂肪形態のものである。AAに限らず、有用脂肪酸のリン脂質形態の素材が高純度、低価格で提供可能になれば、そのシェアは脂肪形態のものに取って代わることが予想される。
【0004】
従来、上記の観点からアラキドン酸に富むリン脂質(以下、AAリン脂質と呼ぶことがある)を得ようという努力が種々行われており、幾つかの特許出願、論文発表がされている。例えば、原材料として動物の臓器を用いるもの(特許文献1)、AA蓄積性の微生物を用いるものなどがある(特許文献2、3、4、5)。
【0005】
具体的には、特許文献1に記載の方法は、家畜の臓器を乾燥した後に、有機溶剤で抽出する方法である。特許文献2に記載の方法は、ω6系不飽和脂肪酸含有脂質生産能を有するムコール属またはコニディオボラス属微生物をブドウ糖を含む培地で液体培養し、培養物をろ過して得た菌体から有機溶媒により抽出する方法である。特許文献3〜5に記載の方法は、脂肪形態のAA(AA脂肪)を著量蓄積することで知られている各種のモルティエラ属の糸状菌類を用い、ブドウ糖などを含む液体で培養する際に、培地のpHを弱酸性にする(特許文献3、5)、培地成分としてリン酸塩を加える(特許文献3、4)、一定以上の最大所要攪拌動力で培養する(特許文献3)、比較的高温で培養していた培養物を引き続き低温下で培養する(特許文献3)などの工夫をこらしてAAリン脂質の含量を増大させる方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−35587号公報
【特許文献2】特公平6−2068号公報
【特許文献3】特開2003−48831号公報
【特許文献4】特開2007−209272号公報
【特許文献5】特表平10-512444号公報
【特許文献6】WO2008/149542
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M. Maekawa et al., (2009) Arachidonic Acid Drives Postnatal Neurogenesis and Elicits a Beneficial Effect on Prepulse Inhibition, a Biological Trait of Psychiatric illnesses. PLoS ONE (www.plosone.org 2 Apri) Vol. 4, Issue 4, e5085.
【非特許文献2】G. Toffano et al., (1987) Pharmacokinetics of radiolabelled brain phosphatidylserin. Clinical Trials Journal, Vol. 24, pp.18-24.
【非特許文献3】EG. Bligh and Dyer WJ., (1959) A rapid method of total lipid extraction and purification. Can.J. Biochem. Physiol. Vol. 37, pp. 911-917.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載された、動物の臓器を用いる方法は、牛海綿状脳症(BSE)の問題から、その原材料に致命的な問題があること、さらにはAAの含量が低いことなど避けられない問題がある。一方、特許文献2〜5に記載された、AA蓄積性の微生物を用いる方法は、微生物そのものが脂肪蓄積性であるために、細胞当たり、または培養液当たりのAAリン脂質含量が基本的に低いこと、培養後の細胞(菌糸)をろ過や遠心分離で回収しなければならないという操作上の課題がある。
【0009】
ところで、有用多価不飽和脂肪酸を脂肪態で蓄積する微生物を、ブドウ糖を含む培地からブドウ糖を欠く培地へ移すことによってリン脂質態の多価不飽和脂肪酸を製造する方法が知られている(特許文献6)。しかし、この方法は、n-3多価不飽和脂肪酸(特にDHA)の製造に着目した方法であり、AAリン脂質の効率的な製造方法について開示するものではない。
【0010】
そこで本発明の目的は、細胞当たり、または培養液当たりのAAリン脂質含量が高い細胞または微生物の製造方法であって、製造された細胞または微生物の培養液からの分離が容易である方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、これらの方法で製造された細胞または微生物からAAリン脂質を製造する方法を提供することも目的とする。
【0011】
本発明者らは、AAを脂肪態として蓄積する糸状菌を用い、特定の組成を有する培養液を用い、かつ培養を静置で行うことで、回収が極めて容易なマット状菌糸体が得られ、かつこのマット状菌糸体が高いAAリン脂質含量を有することを見出して、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下のとおりである。
[1]
炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地に糸状形態をとる微生物を接種し、
次いで前記微生物を接種した培地を培養して、マット状菌糸体を生成させることを含む、糸状形態をとる微生物の製造方法。
[2]
糸状形態をとる微生物が糸状菌である、[1]に記載の製造方法。
[3]
培地が液体培地であり、かつ培養が静置培養である[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]
生成したマット状菌糸体を回収することを含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]
液体培地での静置培養は、液体培地の液量V(mL)に対する液体培地の表面積S(cm2)の比(S/V)が、0.1〜10の範囲である、[3]または[4]に記載の製造方法。
[6]
窒素源が酵母エキスである、[1]〜[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]
培養に用いる微生物は、炭素源を含有する液体培地で予め振盪培養したものである、[1]〜[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8]
[1]〜[7]のいずれかの方法でマット状菌糸体を製造し、製造されたマット状菌糸体からアラキドン酸リン脂質を分離することを含む、アラキドン酸リン脂質の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、回収が極めて容易であり、かつ高いAAリン脂質含量を有するマット状菌糸体が得られる。AAリン脂質を供給する最終的な糸状菌の形態が液体培地の表面に浮くマット状細胞であることは、細胞の回収を容易にし、洗浄、乾燥も短時間で済むという利点があり、工業的に利用する際のコスト低減に役立つものである。さらに、このマット状菌糸体から、単位菌体量当たり高い量のAAリン脂質を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】F培地で培養後のMoriterella umbellate NBRC32836の菌糸体(塊状菌糸体)。
【図2】酵母培地で培養後のMoriterella umbellate NBRC32836の菌糸体(マット状菌糸体(上層)と塊状菌糸体(下層:培養液中))。
【図3】F培地で培養後の未同定糸状菌1-5株の菌糸体(塊状菌糸体)。
【図4】酵母培地で培養後の未同定糸状菌1-5株の菌糸体(マット状菌糸体(上層)と塊状菌糸体(下層:培養液中))。
【図5】F培地で培養後のMoriterella umbellate NBRC32836の塊状菌糸体の菌糸(A)と酵母培地で培養後のマット状菌糸体の菌糸(B)の光学顕微鏡写真。スケールバーはともに10 μm。
【図6】F培地で培養後のMoriterella umbellate NBRC32836の塊状菌糸体の菌糸(A)と酵母培地で培養後のマット状菌糸体の菌糸(B)の電子顕微鏡写真。スケールバーはともに500 nm。
【図7】F培地で培養後のMoriterella umbellate NBRC32836の塊状菌糸体の菌糸(A)と酵母培地で培養後のマット状菌糸体の菌糸(B)の細胞壁構造の電子顕微鏡写真。スケールバーはともに100 nm。
【図8】F培地で培養後の未同定糸状菌1-5株の塊状菌糸体の菌糸(A)と酵母培地で培養後のマット状菌糸体の菌糸(B)の光学顕微鏡写真。スケールバーはともに10 μm。
【図9】F培地で培養後の未同定糸状菌1-5株の塊状菌糸体の菌糸(A)と酵母培地で培養後のマット状菌糸体の菌糸(B)の電子顕微鏡写真。スケールバーはともに 1μm。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
モルティエラ属のある種はAA生成微生物として実用に供されているが、AAの主要な分子形態は脂肪である。一方、これらの糸状菌をリン脂質態のAA(AAリン脂質)の供給源とするため、多くの試みがなされてきたが、十分な成果を上げていなかった。その最大の理由は上記の糸状菌を含め、生物において脂肪酸の主要な蓄積分子形態は脂肪であり、糸状菌は特にその性質が顕著である。従って、どのような培地を用いてもAAを含む脂肪酸は脂肪のアシル成分として蓄積されると考えられる。
【0016】
本発明では、先ず、主要多価不飽和脂肪酸としてAAをもち、それを脂肪として蓄積し、高い細胞収量と総脂質含量を示すことが知られている糸状菌Moriterella umbellate NBRC32836を実験材料として用いて実験を行った。
【0017】
当該微生物は、ペプトン、酵母エキスに加えてブドウ糖を高濃度で含む液体培地で振盪培養する場合は、高いトリグリセリド(TG)の蓄積を示した。一方、TGの蓄積性が低く、相対的に高いリン脂質の蓄積性(総脂質に対するリン脂質の割合)を示す培養条件の検討を種々行なった。その結果、培地にブドウ糖を添加せず、比較的高濃度の酵母エキスのみからなる培地(酵母培地)を用い、しかも振盪せずに(静置して)培養した場合に、菌糸体の全脂質に占めるリン脂質の含量がTGの含量を大きく上回り、かつ全脂肪酸に対するAAの割合も大きくなることを見出した。
【0018】
但し、培養開始時点から酵母培地のみで培養した場合の菌糸体の収量は比較的低く、乾燥菌体に占める総脂質含量も比較的低かった。そこで、第一段階として、高い細胞収量と総脂質含量を示すブドウ糖を高濃度で含む液体培地で振盪培養し、次いで第二段階として、酵母エキスだけからなる液体培地を用いて静置培養する二段階培養方法を試みた(本発明の好ましい態様)。この方法では、一段階目の培養で蓄積した脂肪態のAAなど多価不飽和脂肪酸を含む脂肪酸の一部は内在性の炭素源となり、一部はリン脂質合成に再利用されうると考えられる。二段階目の培養では、培養液に豊富に存在する窒素を利用して細胞(菌糸)は増殖を続け、結果的に脂肪の割合が減じ、リン脂質の割合が増加した細胞(菌糸体)が得られることになったと推察される。
【0019】
本発明の糸状菌等の糸状形態をとる微生物の製造方法は、糸状形態をとる微生物を、炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地に接種し、次いで前記微生物を接種した培地を培養して、マット状菌糸体を生成させることを含むものである。本発明の方法では、糸状形態をとる微生物がマット状菌糸体を生成するが、マット状菌糸体は培地からの分離、特に液体培地からの分離が極めて容易であるという利点がある。さらに、マット状菌糸体は、AAリン脂質含量が高いという利点もある。
【0020】
本発明で用いることができる糸状形態をとる微生物は、上記培養の結果、AAリン脂質含有量の高い菌糸体を形成できるものであれば特に制限はない。例えば、糸状形態をとる微生物は、糸状とみなすことができる菌から適宜選択できる。糸状とみなすことができる菌とは、いわゆる真菌のうち、菌糸体の発達が旺盛なもので、酵母などの単細胞性のものを除くものである。糸状形態をとる微生物の一例として糸状菌を挙げることができる。糸状菌としては、例えば、モルティエラ属、ムコール属、コニディオボラス属、ヘリコセファルム属,リゾプス属などを挙げることができる。但し、AA脂肪蓄積性の糸状菌に限らず、糸状形態をとる有用脂肪酸生産微生物等に応用できる。そのような微生物としては、例えば、AA蓄積性を有するストラメノパイル界に属する微生物を挙げることができ、特に糸状生物のピシウム属などを挙げることができる。
【0021】
培地としては、液体培地または固体培地(例えば、寒天培地等)を用いることができ、かつ培地は、炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有するものである。炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地を用いて培養することで、AAリン脂質含有量の高い菌糸体をマット状菌糸体として得ることができる。炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地は、好ましくは実質的に窒素源のみを含有する培地であり、窒素源の初発濃度は、例えば、1〜20%の範囲であることができる。
【0022】
炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地とは、後述する炭素源を添加すること無しに、かつ少なくとも窒素源を含有するように調製された培地である。炭素源は、本発明で使用される微生物が菌体内に蓄積された脂肪に先んじて利用を優先するような炭素源を意味する。「炭素源を添加することなく調製した」とは、文字通りに炭素源を全く含めることなく調製された培地のみを意味するのではなく、この培地に接種される微生物の前培養において用いられ、微生物とともに培地に持ち込まれる炭素源を排除する意図ではない。さらに、後述する窒素源に含まれる比較的少量の炭素源となり得る成分も排除する意図ではない。本発明の培地は、微生物により菌体内に蓄積された脂肪を利用してAAを構成脂肪とするリン脂質を生成されることができる限りにおいて、少量の炭素源を含む培地を排除するものではない。但し、本発明で使用する培地は、炭素源を積極的に添加して調製したものではなく、窒素源に付随して含まれることになる炭素源や微生物の前培養において用いられ接種される微生物に付随して含まれることになる炭素源を含有する培地も包含するものである。
【0023】
本願明細書において、炭素源とは、例えば、グルコース、フラクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール等である。一方、窒素源としては、例えば、酵母エキスを挙げることができ、酵母エキス以外に、例えば、ペプトン、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティープリカー、大豆タンパク、脱脂ダイズ、綿実カス等の天然窒素源の他に、尿素等の有機窒素源、ならびに硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の無機窒素源を用いることができる。尚、付随する炭素源の量が少なく、AAを構成脂肪とするリン脂質の生成により有利であるとう観点から、窒素源としては、例えば、酵母エキスなどを用いることが好ましい。
【0024】
培地のpHは、本発明の方法に用いる糸状菌等の微生物の生育を阻害しない範囲であれば特に限定されるものではない。例えば、初発pHは、pH4〜pH10の範囲であればよい。培養中のpHは制御しても、制御しなくてもよい。
【0025】
培養は、培地が液体培地の場合には、静置培養することが、液体培地表面にマット状菌糸体が形成されるという観点から好ましい。静置培養は、糸状菌を接種した後、例えば、液体培地を所定の培養温度で放置することを意味する。培養温度は、糸状菌等の種類に応じて適宜決定できるが、例えば、15〜35℃の範囲であることができる。培養の期間は、糸状菌等の微生物の種類や培地に含まれる栄養源(窒素源の種類)、温度等により適宜決定できるが、例えば、通常は、2〜20日間の範囲内であればよく、工業的には3〜10日間の範囲内が好ましい。
【0026】
本発明の製造方法では、培養の結果、液体培地を用いた場合には、液体培地中の塊状菌糸体から菌糸が伸びて液面で放射状に伸張してマット状菌糸体が生成する。その結果、液体培地中に沈析または浮遊する塊状菌糸体と、液体培地の表面にマット状菌糸体が生成する。本発明の方法は、菌糸を伸ばし、様々な形態をとる糸状菌の性質を利用するものであり、菌糸体を酵母エキス等の窒素源からなる培地で静置培養することで、培養液面にマット状の菌糸(mycelial mat)を形成させる。また、固体培地を用いた場合には、固体培地中の塊状菌糸体から菌糸が伸びて培地表面で放射状に伸張してマット状菌糸体が生成する。その結果、固体培地を用いた培養では培地の表面にマット状菌糸体のみが生成する。
【0027】
塊状菌糸体とマット状菌糸体では、AA含有量及びリン脂質含有量が異なり、マット状菌糸体におけるAA含有量及リン脂質含有量の両方が塊状菌糸体のAA含有量及リン脂質含有量が高い。そこで、本発明では、マット状菌糸体を培地から分離回収し、AAリン脂質の原料とする。
【0028】
液体培地を用いた場合には、液体培地での静置培養においては、同じ量の糸状菌を接種した同量の液体培地を用いて同一の条件(温度及び培養期間)で培養した場合でも、液体培地の液量V(mL)に対する液体培地の表面積S(cm2)の比(S/V)が、大きい方がマット状の菌糸体の生成量が多くなる傾向がある。糸状菌が好気性菌であることに起因すると考えられる。上記比(S/V)は、例えば、0.1〜10の範囲であることができるが、上記観点から、上記比(S/V)は、0.5〜10の範囲であることが好ましく、1〜10の範囲であることがより好ましい。
【0029】
培養後の培地からは、マット状菌糸体を回収するが、液体培地を用いた場合には、液体培地中には塊状の菌糸体が残存する。塊状菌糸体の残存量は、糸状菌の種類や培養条件等により変動するが、マット状菌糸体と同程度以上の量の菌糸が含まれることもあり、これらの塊状の菌糸体を回収することも本発明の製造方法ではできる。回収した塊状の菌糸体は、AAリン脂質の原料とすることもできるが、再度、炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地に接種して培養に用いることもできる。
【0030】
培養のための培地に接種するために用いる糸状菌は、予め菌体量を増やし、マット状菌糸体の生成量を大きくするために、培養の前に予めブドウ糖等の炭素源を含有する液体培地で培養したものであることができ、培養は振盪培養であることが好ましい。炭素源としては、前述のものを挙げることができ、例えば、グルコースやデンプン等を適宜利用できる。さらに、炭素源に加えて窒素源を含有させることができ、炭素源及び窒素源以外の成分、例えば、公知の微量栄養源等も、必要に応じて、特に限定なく添加できる。微量栄養源としては、例えば、リン酸イオン、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン等のアルカリ金属またはアルカリ土類金属のイオン;鉄、ニッケル、コバルト、マンガン等のVIIB〜VIII族の金属イオン;銅、亜鉛等のIB〜IIB族の金属イオン;各種ビタミン類;等を挙げることができる。液体培地における上述した各成分の含有率(添加率)は特に限定されるものではなく、本発明の方法に用いる微生物の生育を阻害しない濃度であれば、公知の範囲内とすればよい。
【0031】
培養液のpHは、本発明の方法に用いる糸状菌等の微生物の生育を阻害しない範囲であれば特に限定されるものではない。例えば、初発pHは、pH4〜pH10の範囲であればよい。培養中のpHは制御しても、制御しなくてもよい。
【0032】
培養温度は、例えば、15〜35℃の範囲内であればよい。培養期間も特に限定されるものではないが、通常は、2〜20日間の範囲内であればよく、工業的には3〜10日間の範囲内が好ましい。
【0033】
本発明の好ましい態様について、以下により具体的に説明する。
糸状菌を細胞収量と脂肪の蓄積量を高めるため、比較的高濃度(例えば、1〜12%、好ましくは3〜12%)のブドウ糖存在下で振盪培養して菌糸中に脂肪を蓄積させる。この細胞(菌糸)は培養液内に塊状の菌糸体(mycelial clump)として存在する(形成する:図1)。より具体的には、ブドウ糖存在下(F培地)で振盪培養した場合、通常は直径2〜4センチメートルの大きさの塊状の菌糸体が数個形成される。これを滅菌したスパチュラで掬い上げ、スパチュラとフラスコ壁の間で菌塊を押し潰して液体(培地)をできるだけ取り除く。このようにして得たF培地の持込みをできるだけ減らした菌塊全てを酵母培地に接種する。F培地では菌糸はほとんど菌塊を形成しているので、接種の際の細胞のロスは無視できる程度である。ブドウ糖を添加していない比較的高濃度(例えば、1〜10%)の酵母エキスだけからなる培養液に移し、引き続き培養するが、このとき培養液は振盪しない(静置する)。この二段階目の培養により、細胞は培養液と空気の界面にマット状の菌糸体(mycelial mat、図2培養液上層)を優占して形成し、マット状菌糸体の下(液体培地中)には塊状の菌糸体が残っている(図2培養液下層)。
【0034】
二段階目の培養後、マット状の菌糸体と塊状の菌糸体の脂質組成をみる(実施例参照)と、マット状の菌糸体で、F培地で培養した塊状の菌糸体に比べて脂肪の割合が減少し、リン脂質の割合が高くなっており、マット状菌糸体の下にある塊状の菌糸体の脂質組成はF培地で培養した場合とほぼ同様であった。
【0035】
上記の二種類の培養液(ブドウ糖を含む培地と、比較的高濃度の酵母エキスだけからなる培地)と二種類の培養方法(振盪培養と静置培養)を連続的に組合せることによって、脂肪蓄積性の菌糸体(塊状の菌糸体)からリン脂質蓄積性の菌糸体(マット状菌糸体)を、比較的高い生産性で得ることができる。
【0036】
マット状菌糸体は、その形態から、回収、洗浄、乾燥が容易であり、有用なAAリン脂質の供給源になり得る。
【0037】
上記本発明の方法で製造したマット状菌糸体からAAリン脂質を分離することで、アラキドン酸リン脂質を製造することができる。
【0038】
ω6系不飽和脂肪酸を含有するリン脂質は通常、微生物菌体中、特に細胞膜に蓄積される。上記本発明の方法で製造したマット状菌糸体は、必要に応じ洗浄、乾燥した後に、AAリン脂質を分離することもできる。AAリン脂質の分離方法は、公知の方法をそのまま利用することができる。例えば、菌糸体をメタノール、エタノール、ジクロロメタン、クロロホルムなどの極性および非極性の有機溶剤の任意の割合の混合物を用いて脂質抽出を行ない、AAリン脂質を分離・精製することができる。脂質抽出の前に菌糸体を予めボールミルで粉砕することや、有機溶媒中で菌糸体を粉砕しながらAAリン脂質を抽出することもできる。
【実施例】
【0039】
実施例1.
ブドウ糖を含むF培地で培養したMoriterella umbellate NBRC32836の脂質及び脂肪酸組成
【0040】
方法:(1)主要多価不飽和脂肪酸としてアラキドン酸(AA)をもつ糸状菌 Moriterella umbellate NBRC32836(以下M. umbellateという)を用いた。(2)試験管に5 mlのポテトデキストローアガー(PDA培地;Difco社製)を加え、M. umbellateを接種し、25℃で5日間培養した。寒天培地全体を接種物として300 mlフラスコ中に100 mlのグルコース8%(w/v以下特に断らない限り、w/v)、1%酵母エキス、1%ペプトンを含む培地(F 培地)と同容積のフラスコに100 mlの5%の酵母エキス(Difco社製)を含む培地に接種し、培養した。培養条件は25℃で5日、7日又は10日間で、振盪または静置条件で培養した。振盪する場合は、150 rpmの条件で行なった。培養後遠心分離によりクランプ(塊)状の菌糸体(図1)を回収し、1昼夜凍結乾燥した。秤量の後−80℃に保存した。
【0041】
菌糸体の全脂質は凍結乾燥菌糸体からBligh-Dyerの方法(非特許文献3)で抽出、秤量した。Bligh-Dyer法による脂質抽出は以下のように実施した。50 mlのガラス製の遠沈管に乾燥重量100 mgの菌糸体と水 2 ml、メタノール 5 ml、クロロホルム 2.5 mlを加え、ボルテックスで強く1分間程度撹拌したのち、15分間静置した。その後、クロロホルム 2.5 mlを加えてボルテックスで1分間程度撹拌した。その後、水 2.5 ml加えて撹拌し、この混合物を遠心 (3000 rpm, 5min) した後、クロロホルム層を回収した。残りのサンプルにクロロホルム 2.0 mlを新たに加え、1分間攪拌し、上記の条件で遠心し、再度クロロホルム層を回収した。この操作を合計3回行った。回収したクロロホルム画分を1つにまとめ、少量含まれている水や水溶性成分を除くため、上記の条件で遠心し、クロロホルム層のみを回収した。酸化を防ぐために全脂質は0.1%のブチルヒドロキシトルエンを含むクロロホルム−メタノール(2:1、体積比)混液に50 mg/mlの濃度でとかし、−30℃で保存した。
【0042】
全脂質中の脂肪、リン脂質「ここではヘキサン−ジエチルエーテル−酢酸(50:50:1,体積比)でシリカゲルプレートを用いて行なった薄層クロマトグラフィ(TLC)の結果、原点に残った成分をリン脂質とみなした(特許文献3参照)」、その他の脂質の割合はTLCの後、それぞれのスポットをかき取り、内部標準物質としてheneicosanoicacid(21:1と略記;200μg)を加えて、10%塩化アセチルのメタノール溶液を加え、100℃で1時間メタノリシを行い、得られた脂肪酸メチルエステルを定量することによって、脂肪酸重量の比として表した。
【0043】
【表1】

【0044】
結果:(1) F培地で振盪培養した場合は培養時間に関わりなく、菌糸体は塊状となり、培地中に沈んでいた。菌体の収量は、培養時間が長いほど高くなり、かつ回収される全脂質量は培養時間7日が最も多く、10日目では若干低下した。一方、全脂質中に含まれる脂肪とリン脂質の含量は全脂質のほぼ60%、30%で、変動しなかった。F培地で静置培養した場合でも菌糸体は塊状となった。菌糸体の収量は培養10日目の比較で、振盪培養の場合の2分の1であり、全脂質に対する脂肪とリン脂質の割合は振盪培養をした場合とほぼ同じであった。F培地で培養した場合、脂質の全脂肪酸中のアラキドン酸(AA)の割合は10%以上で、静置培養(10日間)が25%で最も高かった(表1)。
【0045】
実施例2.
ブドウ糖を添加しない酵母培地で培養したM. umbellate NBRC32836菌糸の脂質及び脂肪酸組成
【0046】
方法:(1)実施例1.の(2)と同様に、PDAで培養したM. umbellateを300 mlフラスコ中に入っている100 mlの5%酵母エキスだけからなる培地(酵母培地)に接種・培養し、菌糸の回収と脂質の抽出・分析を行なった。
【0047】
【表2】

【0048】
結果:(1)酵母培地で培養した場合は、振盪した場合も、静置した場合もF培地を用いた場合に比べて菌体の収量は4分の1程度に減少した。酵母培地で振盪培養した場合は、菌糸体は塊状となり、培地中に沈んでいたが、静置培養した場合、菌糸は培養液面(上層)に形成するマット状菌糸体(mycelial mat)と培養液(下層)に沈んでいる塊状菌糸(mycelial clump)に分かれ、マット状菌糸体の割合が目視で高いことがわかった(図2)。特徴的なことは、酵母培地で静置培養した場合、菌糸体の全脂質中のリン脂質の割合が80%と高く、酵母培地を使った場合でも、振盪培養した場合のリン脂質の割合はF培地を用いた場合と同様30%程度であった。全脂質脂肪酸中のAAの割合は、静置培養10日間の菌糸体で30%であった(表2)。
【0049】
以上の結果は、M. umbellateを酵母培地で静置培養した場合は、菌体の収量、脂質の収量とも、F培地を用いた場合に比べて著しく劣るが、液体培地と空気の界面に形成されるマット状の細胞はリン脂質に富み、かつリン脂質が主体の脂質はAAの割合を増していることを示している。マット状の菌糸体は完全に結合しているため、培地との分離(回収)や水や緩衝液での洗浄が容易であり、保存のための乾燥も短時間で済むという利点を持っている。
【0050】
実施例3.
F培地で培養したM. umbellate NBRC32836菌糸体の酵母培地への移行の増殖、脂質及び脂肪酸組成に与える影響
【0051】
方法:(1)実施例1.(2)と同様に、300 mlフラスコ中に100 mlのF 培地にM. umbellate菌糸を接種し、25℃で5日間振盪培養した。培養後、全菌糸を100 mlの酵母培地を含む300 mlフラスコ、500 mlフラスコ及び1000 mlフラスコに移し、引き続き2日間25℃で静置培養した(これを二段階培養法という)。培養後、実施例1の(2)にならい、菌糸を回収し、その乾燥重量、脂質含量、リン脂質及びTG含量、リン脂質およびTGのAA含量を測定した。
【0052】
【表3】

【0053】
結果:(1)300 mlフラスコ中のF培地100 mlで5日間振盪培養した培養物(菌糸体)を300mlのフラスコ中の100 ml 5%酵母培地で2日間静置培養した場合、培養物全体(塊状菌糸体とマット状菌糸体の合計)の重量は2362 mgから1383 mgへと減少した。同様に全脂質重量、脂肪の重量も減少したが、リン脂質の重量は64 mgと変化しなかった。また、そのリン脂質重量の81%(52 mg)はマット状菌糸体から回収された(表3)。
【0054】
結果:(2)マット状菌糸体の形成は液体培地と空気との界面の面積に依存すると考えられる。界面の面積を広げるために100 mlの酵母培地を1000 mlのフラスコに接種し、2日間静置培養したところ、全菌糸体、全脂質、脂肪、リン脂質の重量が300 mlフラスコを用いた場合に比べて増加した。マット状菌糸体の中のリン脂質は全脂質の66%であり、AAの割合は25%であった(表3)。
【0055】
実施例4.
ブドウ糖を添加しない酵母培地で培養したM. umbellate NBRC32836菌糸のリン脂質の組成と各リン脂質の脂肪酸組成
方法:(1)実施例3.結果(2)で得られた1000 mlフラスコ中の100 mlの培養液から回収したマット状菌糸体の全脂質を抽出した。脂質抽出は実施例1と同様に、Bligh-Dyer法により行い、脂質のクロロホルム溶液は窒素ガスを当てることにより濃縮、乾燥固し、実施例1と同様に、酸化防止剤を含む溶媒に溶かし、冷凍保存した。
【0056】
上記のように調製した脂質のクロロホルム溶液をシリカゲルプレート(10 cmx10 cm)を用いた二次元薄層クロマトグラフィーに供し、各脂質クラスを分離した。用いた溶媒は1次元目、クロロホルム−メタノール−水(65 : 25 : 4,体積比)、二次元目、クロロホルム−アセトン−メタノール−酢酸−水(10 : 4 : 2 : 2 : 1, 体積比)である。展開後の薄層プレート上の各リン脂質はリンの検出試薬を噴霧することにより特定し、定法により同定した(特許文献6)。例1の方法(1)に準じ、各リン脂質のスポットをシリカゲルからかきとり、これに内部標準となる脂肪酸を加え、メタノリシを行い、リン脂質中の総脂肪酸量とAA含量を決定した。リン脂質としてホスファチジルコリン(PC)、ポスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルグリセロール(PG)、ホスファチジン酸(PA)が検出された。PCとPSは薄層クロマトグラム上での分離が不十分であったので、両者はPC+PSとして、まとめて分析した。
【0057】
【表4】

【0058】
*全脂質の二次元TLC後、リンの検出試薬で陽性反応を示した全スポット(リン脂質)の全脂肪酸量を100%とし、計算した。
**PCとPSの分離が不完全なため、両者を合わせて分析した。
***同じ全脂質を1次元TLCで展開した後のTGをかきとり、その全脂肪酸中のAA含量であり、リン脂質との比較のために載せた。
【0059】
結果:(1)300 mlフラスコ中のF培地100 mlで5日間振盪培養した培養物(菌糸体)を1000mlのフラスコ中の100 ml 5%酵母培地で2日間静置培養し、得られたマット状菌糸体由来の全脂質にはリン脂質としてホスファチジルコリン(PC)、ポスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルグリセロール(PG)、ホスファチジン酸(PA)が検出された。PCとPSは薄層クロマトグラム上での分離が不十分であったので、両者はPC+PSとして、まとめて分析した。各リン脂質の構成脂肪酸含量に基づく相対含量は表4に示す通りであり、PE(脂肪酸量として全リン脂質の45%)がもっとも主要なリン脂質クラスであった。各リン脂質クラスのAA含量は何れもTGのAA含量(22%),より高く、最も高いものはPC+PSの35%であった(表4)。
【0060】
実施例5.
M. umbellate NBRC32836で得られたARA含有リン脂質の製造方法が他の糸状菌にも応用可能であることを示すために、F培地で培養した未同定糸状菌1-5株菌糸体の酵母培地への移行の増殖、脂質及び脂肪酸組成に与える影響を調べた。
【0061】
方法:実施例3と同様に、二段階培養法によるARA含有リン脂質の生成を未同定糸状菌1-5株に応用した。300 mlのフラスコに100 mlの8%ブドウ糖を含む培地で振盪培養した同菌の全菌糸体を、1000 mlフラスコ中の100 mlの5%酵母培地へ移し、さらに2日間静置培養して細胞を回収した。回収した細胞の乾燥重量、乾燥細胞から抽出した全脂質の量、全脂質中の脂肪量、リン脂質量とそれらの比、及び全脂質脂肪酸中のARA含量を測定した
【0062】
【表5】

【0063】
結果:(1) ブドウ糖培地で5日間振盪培養後、得られる菌糸体の乾燥重量は2422 mgであり、全脂質含量は6%であった。その時の脂質中の脂肪含量、リン脂質含量はそれぞれ、81%、16%であった。全脂質中のARAの含量は11%であった。
結果:(2) 1-5株はブドウ糖培地でM. umbellate NBRC32836のような大きな塊状の菌糸体は形成せず、小さな塊状の菌糸体を多数形成した(図3)。この全菌糸体を、5%酵母エキス培地へ移すと、M. umbellate NBRC32836同様、菌糸体の一部はマット状へと変化した(図4)。培養物全体の重量は4183 mgであり、そのうちマット状菌糸体の重量は3438 mgであった。この時、全培養物から抽出される乾燥菌体あたりの脂質含量は17%、全脂質中の脂肪含量は62%、リン脂質含量は24%であった。マット状菌糸体においては、リン脂質含量の割合は27%へと増加しており、同時にARA含量も20%へと増加していた。その結果、マット状菌糸体由来の全脂質中のリン脂質重量は、23 mgから148 mgへと6倍以上増加し、ARA重量も16 mgから110 mgへと約7倍増加した。以上の結果から、1−5株の細胞内でも、M. umbellate NBRC32836同様、二段階培養法により脂肪のリン脂質への変換が起こることがわかった。
【0064】
実施例6.
F培地で培養したM. umbellate NBRC32836菌糸及び未同定糸状菌菌糸の顕微鏡観察
方法:実施例3により培養したM. umbellate NBRC32836と、実施例5により培養した未同定糸状菌1-5株の形状、及び脂肪粒の蓄積を見るため、ブドウ糖を含む培地で振盪培養した菌糸体(塊状の菌糸体)と5%酵母エキス培地で培養した結果生じたマット状菌糸体を微分干渉光学顕微鏡(オリンパス製)1000倍で撮影した。同じサンプルは透過電子顕微鏡(transmission electron microscope; TEM)によっても観察した。試料の一部を5 mm3の大きさで切り出し、2%グルタールアルデヒド(Glutardehide;GA)を含む0.1 M phosphate buffer (PB)を用いて2時間固定した。2時間後、GAの匂いが消えるまで0.1 M PBで3回洗浄した。洗浄後0.1 M PB中で保存した。保存サンプルを、1% GAを用いて4℃で一晩固定した。1% GAで洗浄し、2% 四酸化オスミム/0.1 Mカコジル酸緩衝液を用いて4℃で2時間固定した。試料を洗浄した後、アルコールシリーズ(50、70、80、95、99.5%、および無水アルコール)で脱水を行った。その途中70%エタノールで脱水後、1%酢酸ウラン/70%エタノールでブロック染色を行った。樹脂交換剤としてはメチルグリシンエーテルを用いて、Quetol 812で包理した。超薄切片を作製後、4%酢酸ウランと0.4%クエン酸鉛で電子染色を施し、透過電子顕微鏡JEM1200EXS(日本電子)を用い、加速電圧80 kVで観察した。
【0065】
結果:(1) M. umbellate NBRC32836の塊状菌糸体及びマット状菌糸体の菌糸を光学顕微鏡と電子顕微鏡で観察した。図5(A)、図6(A)に示すように塊状菌糸体の菌糸にはオイルボディと考えられる球体が多数観察された。この構造体はマット状菌糸体の菌糸にはほとんど観察されず(図5(B)、図6(B))、代わりにミトコンドリアと思われる粒子が多数観察された(図6(B))。この結果は二段階培養法の一段階目に蓄積された脂肪が二段階目(培地からのブドウ糖の除去)で菌糸内の脂肪が消費されると考えられる。この脂肪の消費の増大はミトコンドリア数の増加によるものであり、ミトコンドリア数の増加がミトコンドリア膜の構成成分であるリン脂質の増加に反映しているものと考えられる。
M. umbellate NBRC32836のマット状の菌糸体は、塊状状の菌糸体(図7A)に比べ、細胞壁が厚くなっていた(図7B)。厚い細胞壁によって菌糸体同士が強く密着していることは、培養後の菌糸体回収を容易にし、凍結乾燥に要する時間を短くする利点があると考えられる。
結果:(2) 未同定糸状菌1−5株の光学顕微鏡写真では、塊状菌糸体の菌糸に多数のオイルボディ様構造物観察されたが、マット状菌糸体では、オイルボディ様構造物は観察されなかった(図8(A)(B))。1−5株の電子顕微鏡観察の結果でも同様に、塊状の菌糸体の菌糸中にオイルボディ様構造物が多数観察され(図9(A))、マット状菌糸体では、ほとんど観察されなかった(図9(B)。また、マット状菌糸体では、より多数のミトコンドリアが観察された(図9(B))。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、アラキドン酸に富むリン脂質(AAリン脂質)の製造分野に有用である。








【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素源を添加することなく調製した窒素源を含有する培地に糸状形態をとる微生物を接種し、次いで前記微生物を接種した培地を培養して、マット状菌糸体を生成させることを含む、糸状形態をとる微生物の製造方法。
【請求項2】
糸状形態をとる微生物が糸状菌である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
培地が液体培地であり、かつ培養が静置培養である請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
生成したマット状菌糸体を回収することを含む、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
液体培地での静置培養は、液体培地の液量V(mL)に対する液体培地の表面積S(cm2)の比(S/V)が、0.1〜10の範囲である、請求項3または4に記載の製造方法。
【請求項6】
窒素源が酵母エキスである、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
培養に用いる微生物は、炭素源を含有する液体培地で予め振盪培養したものである、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかの方法でマット状菌糸体を製造し、製造されたマット状菌糸体からアラキドン酸リン脂質を分離することを含む、アラキドン酸リン脂質の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−130766(P2011−130766A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−263200(P2010−263200)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(511031582)
【Fターム(参考)】