説明

アリルアルコール類の製造方法

【課題】高選択率で、副生成物の少ないアリルアルコールの製造方法の提供。
【解決手段】炭素−炭素二重結合に隣接する炭素上に水素原子を少なくとも一つ持つアルケン化合物をホウ素化合物の存在下に、分子状酸素または分子状酸素含有ガスを用いて液相酸化し、次いで得られたアリルアルコール類のホウ酸エステルを加水分解してアリルアルコール類を製造する方法において、該液相酸化をラジカル開始剤の存在下に行う。該ラジカル開始剤としてはヒドロペルオキシド類を用いることが好ましく、また、液相酸化を行うに際し、反応系にラジカル安定剤を添加することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルケン化合物を液相酸化することにより香料、医薬、農薬および各種ジオール、各種ジエン、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステルなどのモノマーの前駆体として有用なアリルアルコール類を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アリルアルコール類、特に2−シクロヘキセノールの製造方法としてシクロヘキセンをホウ素化合物の存在下に分子状酸素、または空気のような分子状酸素含有ガスを用いて液相酸化し、次いで得られた2−シクロヘキセノールのホウ酸エステルを加水分解する製造法が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
しかし、本発明者らが該製造方法に従ってシクロヘキセンの反応を行ったところ、生成物として、目的物である2−シクロヘキセノールの他に2−シクロへキセノン、シクロヘキセンオキシド、1,2−シクロヘキサンジオールなどが副生し、更に他の種々の高沸点化合物が多量に副生することが判明した。
このような副生物の生成は、目的とするアリルアルコールの収率を低下させ、直接的に生産性、経済性を低下させるだけでなく、分離、精製のために煩雑な工程と用役等のコストが必要になる。そのため、工業的に実施する上で、収率及び選択率が高く、副生成物の生成量が少ない製造方法が求められていた。
【特許文献1】特開昭52−243号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、アルケン類を出発原料とし、分子状酸素または分子状酸素含有ガスを用い、アリルアルコールを製造する方法において、工業的に簡便で優れた方法を提供することを目的とするものである。すなわち、アルケン類を出発原料とし、容易に得られる分子状酸素または該含有ガスを用いて、アリルアルコールを製造する際に、選択率が高く、生産性、経済性が高く、また、副生成物の種類および量が少なく、製品の分離と精製のために煩雑な工程を要しない簡便な製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、アルケン化合物をホウ素化合物存在下に分子状酸素または分子状酸素含有ガスで液相酸化を行った後、生成したアリルアルコール類のホウ酸エステル、または該ホウ酸エステル含有混合物に水を添加して加水分解を行ってアリルアルコール類を得るにあたり、驚くべきことに、その液相酸化反応を行う際、原料と共に種々のラジカル開始剤を添加することにより、上記の課題を解決できることを見出し、本発明をなすに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、以下の通りのアリルアルコール類の製造方法である。
(1)炭素−炭素二重結合に隣接する炭素上に水素原子を少なくとも一つ有するアルケン化合物をホウ素化合物の存在下に、分子状酸素または分子状酸素含有ガスを用いて液相酸化し、次いで得られたアリルアルコール類のホウ酸エステルを加水分解してアリルアルコール類を得る方法において、ラジカル開始剤の存在下に液相酸化することを特徴とするアリルアルコール類の製造方法。
(2)前記ラジカル開始剤がヒドロペルオキシド類であることを特徴とする上記(1)記載のアリルアルコール類の製造方法。
(3)前記液相酸化するに際し、ラジカル安定剤を添加することを特徴とする上記(1)または(2)記載のアリルアルコールの製造方法。
(4)前記ホウ酸エステルの加水分解を行う際に添加する水の量が液相酸化に用いるアルケン化合物のモル数の1.5倍以下であることを特徴とする上記(1)〜(3)記載のアリルアルコールの製造方法。
(5)前記アルケン化合物が環状アルケンである上記(1)〜(4)記載のアリルアルコール類の製造方法。
(6)前記環状アルケンがシクロヘキセンである上記(5)記載のアリルアルコール類の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、アルケン化合物から、アリルアルコール類の選択率を高くし、副生成物の種類と該副生成物の生成量を少なくしてアリルアルコール類を製造することができる。さらに詳しくは、副生成物であるα、β−不飽和ケトン類(メチル基が二重結合の隣にあるアルケン化合物ではα、β−不飽和アルデヒドが生成するが、ケトンとアルデヒドを合わせて以下、ケトン類と言う)、エポキシ化合物、ジオール化合物の他、高沸点化合物についても生成する種類とその生成量を少なくすることができるため、選択率が高く、生産性が高く、またアリルアルコール類を得るための分離、精製工程を非常に簡便にすることができる。これは工業的に実施する上で極めて有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本願発明について具体的に説明する。
本発明では、まずアルケン化合物をホウ素化合物の存在下に、分子状酸素または分子状酸素含有ガスを用いて液相酸化し、アルケン化合物のアリル位の水素原子がヒドロキシ基に置換された対応するアリルアルコール類のホウ酸エステルを製造し、次いで、該ホウ酸エステルを水の存在下に加水分解して、アリルアルコール類を得る。
【0009】
ここで、用いる原料のアルケン化合物は、アリル位に水素原子を持っているものならば特に限定されるものではなく、プロピレン、1−ブテン、2−ブテン、イソブテン、1−ペンテン、2−ペンテン、3−ペンテン、イソペンテン、ネオペンテン、1−オクテンなどの鎖状アルケンの他、シクロプロペン、シクロブテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、シクロデセン、シクロドデセン、1−メチルシクロペンテン、3−メチルシクロペンテンなどの環状アルケンでも良い。また、1,3−ペンタジエンなどの共役ジエン、1,5−ヘキサジエンなどの非共役ジエンでも良い。
【0010】
環状アルケンから得られるアリルアルコール類は、アクリル酸やメタクリル酸のエステルにし重合することによって耐熱性の高いアクリル樹脂類を得ることができる。また、該アリルアルコール類をさらに脱水して環状共役ジエンにし、重合することによって、耐熱性の高い樹脂を得ることができる。特に、環状アルケン化合物がシクロヘキセンの場合、得られた2−シクロヘキセノールを脱水して得られる1,3−シクロヘキサジエンは、重合することにより、非常に耐熱性が高い樹脂を得ることができるだけでなく、種々の6員環を含む有用な有機化合物の前駆体である。
【0011】
また、使用するホウ素化合物としては、メタホウ酸、オルトホウ酸、テトラホウ酸、二酸化二ホウ素、三酸化二ホウ素、三酸化ホウ素、三酸化四ホウ素、五酸化四ホウ素、ホウ酸あるいはホウ酸エステルなどが有効で、またこれらの混合物でも良く、その使用量は、アルケン化合物に対して、0.001〜10倍モル、好ましくは0.01〜1倍モル、さらに好ましくは0.05〜0.5倍モル、最も好ましくは0.1〜0.2倍モルを用いるのが良い。
【0012】
酸化剤として使用する分子状酸素または分子状酸素含有ガスとは、酸素、空気、あるいは酸素を窒素のような不活性ガスで任意に希釈した酸素含有ガスなどを意味し、この発明ではこれらをいずれも効果的に用いることができるが、爆発範囲を外した条件、すなわち、気相の酸素濃度が13容量%以下になるようにするのが望ましい。
【0013】
本発明では、ホウ素化合物存在下、該酸化反応を開始させるために、種々のラジカル開始剤を添加する。ラジカル開始剤としては、種々のアゾ化合物、ヒドロペルオキシド、過酸化物を用いることができる。アゾ化合物としては、例えば、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)、ジメチル2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオネート)などを用いることができる。また過酸化物としては、ジベンゾイルペルオキシド、ジアセチルペルオキシド、エチルフェニルペルオキシド、ジイソプロピルペルオキシドなどを用いることができる。本発明では、ラジカル開始剤としてヒドロペルオキシドが最も好ましく用いられる。ヒドロペルオキシドとしては、反応の原料に用いるアルケン類を空気などで酸化して得られるアルケンのヒドロペルオキシドを用いることもできるが、好ましくは、ターシャリーブチルヒドロペルオキシド、クメンヒドロペルオキシド、ベンゾイルヒドロペルオキシドなどであり、最も好ましくは、ターシャリーブチルヒドロペルオキシドである。
【0014】
さらに、該液相酸化反応における反応条件として、反応温度は20〜200℃、好ましくは50〜150℃、さらに好ましくは70〜130℃である。反応原料がシクロヘキセンである場合、最も好ましくは100〜120℃である。また、反応圧力は常圧でも良いが、上記反応温度において反応系内が液相状態に保たれるように加圧する必要があり、酸素ガスの分圧としては、0.001〜1MPa、好ましくは0.01〜0.5MPa、さらに好ましくは0.03〜0.3MPa、最も好ましくは、0.01〜0.2MPaである。反応時間は1〜10時間程度行えば十分である。通常は、0.5〜3時間程度、反応が開始するまでの時間、すなわち誘導時間がある。また、原料のアルケン化合物の転化率は、目的とするアリルアルコール類の選択率の観点から1〜50%であるのが良く、より好ましくは3〜30%、最も好ましくは5〜15%にするのが望ましい。
【0015】
なお、本発明における液相酸化反応は、無溶媒でも十分実施し得るが、分子状酸素または該含有ガスによって実質的に酸化されない有機溶媒、例えばジフェニル、フタル酸ジメチル、クロロベンゼン、クロロジフェニル、四塩化炭素などを用いることは何ら差し支えない。また、反応系中に有機、無機の金属化合物を適量存在させても良い。
【0016】
また、該酸化反応において反応液中にラジカル安定剤を添加してもよい。ラジカル安定剤としては、ベンゼン、アセトニトリルなどの電子供与性の有機化合物を用いることができる。該酸化反応において生成するラジカルは、一般的には、不安定であるが、ラジカル安定剤の添加によってこのラジカルを安定に存在させることができるため、反応開始までの時間を短縮することができ、該酸化反応の時間を短縮できる。該ラジカル安定剤の添加量は、好ましくは原料のアルケン化合物に対して0.001モル〜1倍モル、更に好ましくは0.005モル〜0.1倍モルである。
【0017】
一方、液相酸化反応に次いで行う加水分解反応については、液相酸化反応後のアリルアルコール類のホウ酸エステルを含有する反応混合物に、直接適量の水を添加するか、または、反応混合物から未反応のアルケン化合物および/またはホウ素化合物および/またはα、β−不飽和ケトン類を分離、回収した後の溶液に、適量の水を加えても良い。該反応溶液に添加する水量はアリルアルコール類のホウ酸エステルを分解するのに十分な量を用いればよいが、好ましくは水の添加モル数が、液相酸化に用いたアルケン化合物のモル数の好ましくは3倍以下、より好ましくは2倍以下、最も好ましくは1.5倍以下0.5倍以上にするのが望ましい。最適な水量を使用することにより生成物における目的とするアリルアルコールの選択性を高めることができる。
【0018】
さらに、該加水分解反応における反応温度条件として、反応温度は20〜200℃、好ましくは50〜150℃、さらに好ましくは70〜130℃、最も好ましくは100〜120℃である。反応時間は1〜10時間程度行えば十分であるが、通常は、1〜2時間程度である。
さらに、該反応は回分式で行っても、反応物をフィードしながら連続式で行っても良い。
該反応に用いる容器はステンレス製、ガラスの他、テフロン(登録商標)コーティング等種々の材質を用いることができる。
【実施例】
【0019】
次に、実施例および比較例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0020】
[実施例1]
0.1Lステンレス製オートクレーブ反応器に、シクロヘキセン4.1g(0.05モル)、メタホウ酸0.24g(0.005モル)、70wt%ターシャリーブチルヒドロペルオキシド0.06g(0.0005モル)さらに、7容積%の酸素を含有した窒素ガスを全圧が0.17MPaになるまで仕込み、マグネチックスターラーで攪拌しながら、110℃の油浴中で4.5時間加熱し反応させた後、室温に冷却し、落圧、気相を窒素置換した後、0.7g(0.04モル)の水を添加し、マグネチックスターラーで攪拌しながら、110℃の油浴中で1時間加熱し加水分解反応を行った。反応終了後、生成混合物にアセトンを加えて有機物を溶解させ、ガスクロマトグラフで分析した。シクロヘキセン転化率は13%、2−シクロヘキセノール選択率は82%であった。また、副生成物のα、β−不飽和ケトンである2−シクロヘキセノン選択率は8%、エポキシ化合物であるシクロヘキセンオキシド選択率は8%、ジオール化合物である1,2−シクロヘキサンジオール選択率は2%であった。表1(A)に結果を示す。
【0021】
[比較例1]
液相酸化時にラジカル開始剤としてのターシャリーブチルヒドロペルオキシドを添加しなかった以外は、実施例1と同様の方法で行った。表1(A)に結果を示す。
[実施例2]
実施例1の酸化反応においてベンゼン0.04g(0.0005モル)添加した以外は、実施例1と同様の方法で行った。表1(A)に結果を示す。
[実施例3]
加水分解時の水の添加量を1.2g(0.067モル)にした以外は、実施例1と同様の方法で行った。表1に結果を示す。
[実施例4]
加水分解時の水の添加量を3.6g(0.2モル)にした以外は、実施例1と同様の方法で行った。表1(A)に結果を示す。
【0022】
[実施例5]
実施例1のシクロヘキセンに換えて1−オクテン5.6g(0.05モル)を用いた以外は、実施例1と同様の方法で行った。1−オクテン転化率は15%、1−オクテン−3−オール選択率は67%であった。また、副生成物のα、β−不飽和ケトンである1−オクテン−3−オン選択率は6%、エポキシ化合物である1,2−オクテンオキシド選択率は14%、ジオール化合物である1,2−オクテンジオール選択率は4%であった。表1(B)に結果を示す。
【0023】
[比較例2]
液相酸化時にラジカル開始剤としてのターシャリーブチルヒドロペルオキシドを添加しなかった以外は、実施例5と同様の方法で行った。1−オクテン転化率は18%、1−オクテン−3−オール選択率は39%であった。また、副生成物のα、β−不飽和ケトンである1−オクテン−3−オン選択率は9%、エポキシ化合物である1,2−オクテンオキシド選択率は12%、ジオール化合物である1,2−オクテンジオール選択率は17%、高沸化合物の選択率は13%であった。表1(B)に結果を示す。
【0024】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、アルケン化合物から、アリルアルコール類の選択率を高くし、副生成物の種類と該副生成物の生成量を少なくしてアリルアルコール類を製造することができるので、アルケン化合物を原料とするアリルアルコールの工業的製造方法として好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素−炭素二重結合に隣接する炭素上に水素原子を少なくとも一つ有するアルケン化合物をホウ素化合物の存在下に、分子状酸素または分子状酸素含有ガスを用いて液相酸化し、次いで得られたアリルアルコール類のホウ酸エステルを加水分解してアリルアルコール類を製造する方法において、ラジカル開始剤の存在下に液相酸化することを特徴とするアリルアルコール類の製造方法。
【請求項2】
前記ラジカル開始剤がヒドロペルオキシド類であることを特徴とする請求項1記載のアリルアルコール類の製造方法。
【請求項3】
前記液相酸化するに際し、ラジカル安定剤を添加することを特徴とする請求項1または2記載のアリルアルコールの製造方法。
【請求項4】
前記ホウ酸エステルの加水分解を行う際に添加する水の量が液相酸化に用いるアルケン化合物のモル数の0.5倍以上1.5倍以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のアリルアルコールの製造方法。
【請求項5】
前記アルケン化合物が環状アルケンである請求項1〜4のいずれかに記載のアリルアルコール類の製造方法。
【請求項6】
前記環状アルケンがシクロヘキセンである請求項5記載のアリルアルコールの製造方法。

【公開番号】特開2007−302639(P2007−302639A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−135059(P2006−135059)
【出願日】平成18年5月15日(2006.5.15)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】