説明

アルツハイマー病のトランスジェニックモデル及び種々の神経変性疾患の治療におけるその使用

本発明によれば、APPにおけるAsp−>Ala(D664A)突然変異(これによりカスパーゼによる切断部位の切断が防止される)などの選択された突然変異によって、たとえこうした突然変異によりアルツハイマー病のトランスジェニックモデルにおいてAβの産生又はアミロイド斑の形成が妨げられなくても、海馬のシナプス消失及び歯状回萎縮の両方が防止されるということが証明される。この発見によって、APPのAsp664番における切断を阻止する作用物質を同定する方法(この方法には作用物質同定の目的に有用なトランスジェニック動物も含まれる)、及び神経変性疾患の治療を目的としたそれら物質の使用方法が開発された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病の非ヒトトランスジェニックモデル、及びアルツハイマー病の治療に有用な化合物を同定する方法やその化合物を使用する治療方法等を含めた上記トランスジェニックモデルの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
最も良く知られている痴呆性疾患であるアルツハイマー病(AD)は、脳における老人斑、神経原線維変化、並びにシナプス及びニューロンの消失をその特徴とする。老人斑の主なタンパク性成分はβアミロイドペプチド(Aβ)であり、Aβは、その前駆体であるβアミロイド前駆体タンパク(APP)のタンパク分解性切断によって産生される。アミロイド仮説によれば、AβによってAD発症にいたるカスケードが開始される。アミロイド毒性の厳密なメカニズムははっきり分かっていないが、シナプスがAβ傷害の早期易損性部位であるという証拠はそろっている(例えば、Selkoe,D.J.、サイエンス(Science)、298号、789〜791頁、2002年を参照)。このような見解と一致して、脳内に高レベルのAβを有するAPPトランスジェニックマウスの一部には、老人斑の形成に先立ち、シナプスの消失、行動の変化、及びシナプス伝達の低下が見られる(Hsia,A.Y.他、米国ナショナルアカデミーオブサイエンス会報(Proc Natl Acad Sci USA)、96巻、3228〜3233頁、1999年及びMucke他、ジャーナルオブニューロサイエンス(J.Neurosci.)、20巻、4050〜4058頁、2000年を参照)。最近では、APPが、アポトーシスを仲介するシステインプロテアーゼであるカスパーゼによって664番のAsp(APPの695番)においても切断されることが明らかになっている(Gervais,F.G.他、セル(Cell)、97巻、395〜406頁、1999年及びLu,D.C.他、ネーチャーメデシン(Nat Med)、6巻、397〜404頁、2000年を参照)。このようなプロセッシングによって細胞毒性カルボキシ末端ペプチド、APP−C31が遊離される。しかし、カスパーゼによるAPPのプロセッシングがADにおいて果たす役割(仮にあるとすれば)については不明である。カスパーゼによる細胞質内切断に伴って起きる細胞毒性ペプチドの生成は、DCC(deleted in colorectal cancer:大腸癌で発現が欠失している)、RET(rearranged during transfection:トランスフェクション時に再構成した)及びUNC5H1−3(uncoordinated gene 5 homologues 1−3 非協調的遺伝子5相同体1〜3)などの依存性受容体で起きることが証明されている細胞毒性ペプチドの生成と類似しており、このことは、AAPが依存性受容体の機能を果たしている可能性を示唆するものである(Bredesen et al.,Physiological Reviews,印刷中2004)。
【0003】
したがって、アルツハイマー病などの神経変性疾患の発生においてカスパーゼなどのタンパク分解酵素が果たしている役割を研究することを可能にするトランスジェニックモデルの開発は、非常に重要であると考えられる。また、このようなトランスジェニックモデルが利用できることになれば、神経変性疾患の新規治療方法の開発が促進されると考えられる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明によれば、APPにおけるAsp−>Ala(D664A)突然変異(これによりカスパーゼによる切断部位の切断が防止される)などの選択された突然変異によって、たとえアルツハイマー病のトランスジェニックモデルにおいてAβの産生又はアミロイド斑の形成が妨げられなくても、海馬のシナプス消失及び歯状回萎縮の両方が防止されるということが証明される。
【0005】
したがって、この発見によって、APPのAsp664番における切断を阻止する作用物質を同定する方法(この方法には作用物質同定の目的に有用なトランスジェニック動物も含まれる)及び神経変性疾患の治療を目的としたそれら作用物質の使用方法が開発された。アルツハイマー病などの神経変性疾患の発生において早期に介入することによって、シナプスの働きの回復が容易になり、神経回路網の消失及び神経変性疾患の進行段階の特徴が低減されることになろう。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、変異型ヒトβアミロイド前駆体タンパク(APP)又はAPP類似タンパクをコードするヌクレオチド配列を含む非ヒトトランスジェニック動物であって、前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクが、前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクをAsp664番における切断に対して耐性とする突然変異を含み、また、前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクをコードする前記ヌクレオチド配列が、好適なプロモーターと作動可能に結合している非ヒトトランスジェニック動物が提供される。
【0007】
本発明の1つの態様においては、Asp664番における切断はプロテアーゼに誘発される。本発明の現在好ましい態様においては、Asp664番における切断はカスパーゼに誘発される。
【0008】
本発明の1つの態様においては、変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクは664番残基に突然変異を含む。元のAsp以外の664番にあるほとんど任意のアミノ酸残基は、カスパーゼなどのプロテアーゼがAPP又はAPP類似タンパクの664番を切断する能力を低下させることになることは、当業者には認識されている。664番の部位における現在好ましい変異には、元のAspのAla、Glu、Gln等への変換が含まれる。
【0009】
本発明の別の態様においては、変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクは、664番のアミノ酸残基に隣接する1つ又は2つ以上の変異を含み、それによってカスパーゼなどのプロテアーゼがAPP又はAPP類似タンパクの664番を切断する能力を低下させる。
【0010】
当業者ならば容易に理解するように、本発明のトランスジェニック動物の発生において採用されるプロモーターは、構成的に活性なプロモーターであっても誘導的なプロモーターであってもよい。好適なプロモーターは当業者には良く知られているが、T4、T3、Sp6及びT7ポリメラーゼを認識することができるプロモーター、バクテリオファージラムダのP及びPプロモーター、大腸菌(E.coli)のtrp、recA、熱ショック及びlacZプロモーター、枯草菌(B.subtilis)のαアミラーゼ及びσ28特異的プロモーター、桿菌(Bacillus)のバクテリオファージのプロモーター、ストレプトマイセス(Streptomyces)プロモーター、バクテリオファージラムダのintプロモーター、pBR322のβラクトマーゼ遺伝子のblaプロモーター、並びにクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子のCATプロモーターなどが含まれる。原核生物プロモーターについては、Glick(ジャーナルオブインダストリアルマイクロバイオロジー(J.Ind.Microbiol.)、1巻、277頁、1987年)、Watson他(モレキュラーバイオロジーオブザジーン(MOLECULAR BIOLOGY OF THE GENE)、4版、Benjamin Cummins編、1987年)、Ausubel他(同上)、及びSambrook他(同上)によって総説されている。
【0011】
プロモーター領域はそれぞれ長さ及び配列が異なっており、配列特異的DNA結合タンパクのためのDNA結合部位を1つ若しくは2つ以上、及び/又はエンハンサー若しくはサイレンサーをさらに包含することができる。典型的なプロモーターには、CMVプロモーター、又は対象とする遺伝子若しくはコード配列を調節するプロモーターとしてのP5プロモーターが含まれる。これらプロモーター及びその変異体については、当技術分野では知られており、種々の記載がある(例えば、Hennighausen他、EMBOジャーナル(EMBO J.)、5巻、1367〜1371頁、1986年、Lehner他、ジャーナルオブクリニカルマイクロビオロジー(J.Clin.Microbiol.)、29巻、2494〜2502頁、1991年、Lang他、ニュクレイックアシッドリサーチ(Nucleic Acids Res.)、20巻、3287〜3295頁、1992年、Srivastava他、ジャーナルオブヴァイロロジー(J.Virol.)、45巻、555〜564頁、1983年、Green他、ジャーナルオブヴァイロロジー(J.Virol.)、36巻、79〜92頁、1980年、Kyostio他(同上))。ただし、Ad2又はAd5主要後期プロモーター及び3連リーダー配列、ラウス肉腫ウィルス(RSV)末端反復配列、並びに文献に記載されているような他の構成的プロモーターなど、その他のプロモーターも採用できる。例えば、ヘルペスチミジンキナーゼプロモーター(Wagner他、ナショナルアカデミーオブサイエンス会報(Proc Natl Acad Sci)、78巻、144〜145頁、1981年)、Gal4プロモーターなどの、酵母又は他の真菌類由来のメタロチオニン遺伝子の調節配列(Brinster他、ネーチャー(Nature)、296号、39〜42頁、1982年)プロモーター要素、アルコールデヒドロゲナーゼプロモーター、ホスホグリセリン酸キナーゼプロモーター、並びにアルカリホスファターゼプロモーター等を採用することができる。同様に、哺乳動物培養細胞のゲノムから又はこのような細胞で増殖したウィルスから単離されるプロモーター(例えば、Ad、SV40、CMV等)も使用することができる。本発明用としてさらに付け加えられるプロモーターには、アクチンプロモーター、PDGF−βプロモーター、PrP(神経特異的)プロモーター、神経特異的エノラーゼプロモーター等が含まれる。
【0012】
構成的プロモーターを使用する代わりに、適切な信号に反応してプロモーターにアップ及び/又はダウンレギュレーションを起こすことも好ましくできる。例えば、IL−8プロモーターなどの、TNF又は別のサイトカインに反応する誘導的プロモーターを採用することもできる。その他の好適な誘導的プロモーター系の例としては、メタロチオニン誘導性プロモーター系、バクテリアlac発現系、及びT7ポリメラーゼ系が挙げられるが、これに限定されるものではない。さらに、異なる発達段階で選択的に活性化されるプロモーター(例えば、グロビン遺伝子は、胎児と成人では異なって転写される)を採用することもできる。特に、テトラサイクリンなどの外的要因によって調節され得るプロモーター、昆虫由来のホルモンなどの天然のホルモン、エクジソン(若しくはその合成変異体)、又はRU486などの合成ホルモンを採用することができる。これらのプロモーター(及び同様にして細胞に付与することができる付随の調節因子)は全て、当技術分野では種々記載されている(例えば、Delort他、ヒュ−マンジーンセラピー(Human Gene Therapy)、7巻、809〜820頁、1996年、Clontech、CLONTECHniques、「Tet−Off(商標)とTet−On(商標)遺伝子発現系及び細胞系(Tet−Off.TM and Tet−On.TM Gene Expression Systems and Cell Lines)」、XI巻、No.3、2〜5頁、1996年7月を参照)。
【0013】
もう1つの選択肢は、アルブミン又はアルファ抗トリプシンの肝細胞特異的プロモーター(Frain他、モレキュラーアンドセルラーバイオロジー(Mol.Cell.Biol.)、10巻、991〜999頁、1990年、Ciliberto他、セル(Cell)、41号、531〜540頁、1985年、Pinkert他、ジーンズアンドデベル(Genes and Devel.)、1号、268〜276頁、1987年、Kelsey他、ジーンズアンドデベル(Genes and Devel.)、1号、161〜171頁、1987年)、膵腺房細胞において活性なエラスターゼI遺伝子調節領域(例えば、Swift他、セル(Cell)、38号、639〜646頁、1984年、MacDonald、ヘパトロジー(Hepatology)、7号、425〜515頁、1987年)、膵β細胞において活性なインスリン遺伝子調節領域(Hanahan、ネーチャー(Nature)、315号、115〜122頁、1985年)、精巣細胞、乳房細胞、リンパ球様細胞及び肥満細胞において活性なマウス乳癌ウィルス調節領域(Leder他、セル(Cell)、45号、485〜495頁、1986年)、脳内の希突起神経こう細胞において活性なミエリン塩基性タンパク遺伝子調節領域(Readhead他、セル(Cell)、48号、703〜712頁、1987年)、及び視床下部において活性な性腺刺激放出ホルモン遺伝子調節領域(Mason他、サイエンス(Science)、234号、1372〜1378頁、1986年)などの組織特異的プロモーター(すなわち、所定の組織において優先的に活性化され、その活性化された組織において遺伝子産物を発現するプロモーター)を使用することである。同様に、結腸癌の癌胚抗原(Schrewe他、モレキュラーアンドセルラーバイオロジー(Mol.Cell Biol.)、10巻、2738〜2748頁、1990年)などの腫瘍特異的プロモーターをベクターにおいて使用することもできる。本発明によれば、所望の結合能及びプロモーター強度を有してさえいれば、いずれのプロモーターも突然変異誘発によって変えることができる。
【0014】
当業者ならば容易に理解できるようが、ゲッ歯動物、ウサギ、ブタ等を含め多様な非ヒト動物を本発明のトランスジェニック動物の作出に使用することができる。現在において好ましい本発明のトランスジェニック動物はゲッ歯動物(例えば、マウス、ラット等)であって、マウスが特に好ましい。
【0015】
D664A変異(この変異は培養細胞におけるAβ産生には影響しない(Soriano,S.、Lu,D.C.、Chandra,S.、Pietrzik,C.U.及びKoo,E.H.、ジャーナルオブバイオロジカルケミストリー(J Biol Chem)、276号、29045〜29050頁、2001年参照))を、PDGFβ鎖プロモーターの下流にスウェーデン型(K670N、M671L)及びインディアナ型(V717F)家族性AD変異を担持するヒトAPP(hAPP)ミニ遺伝子内に導入した。これらの動物を5〜10世代にわたってC57BL/6バックグラウンドに交配し、類似の遺伝的バックグラウンドを有するPDAPPトタンスジェニックマウス(J9及びJ20系(Hsia他、Mucke、上記文献参照))と比較した。この基礎的な手順を採用して、
【化1】


等を含めた、非常に多くのトランスジェニック系を作出することができる。
【0016】
作出した最初の6つのトランスジェニック系のうち、1つの系(PDAPP(D664A)B21)は、PDAPPJ20系と類似のAPP発現、Aβ濃度及び線維状Aβ斑数を示した(図1A〜1D参照)。2番のPDAPP(D664A)トランスジェニック系、すなわちPDAPP(D664A)B157は、APPの発現レベルがPDAPPJ9系に比べてやや低かった(図1A参照)。これらのトランスジェニック系を、さらなる研究用に選択した。
【0017】
Asp664の変異がin vivoにおいてhAPPのC末端切断を効果的に阻止するかどうかを評価するために、3月齢のPDAPP及びPDAPP(D664A)マウスの脳の切片を、APPのAsp664位置での切断後に生成されるC末端ネオエピトープ(APPNeo、Galvan,V.他、ニューロケム(Neurochem)、82号、283〜294頁、2002年参照)を特異的に認識する抗体で免疫染色した。PDAPP動物において海馬神経の細胞体及び突起に強いAPPNeo免疫反応性を検出したが、PDAPP(D664A)動物の切片の免疫反応性のレベルは、いずれのトランスジェニック系の非トランスジェニック同腹仔に認められる免疫反応性レベルと区別できないものであった(図1E参照)。
【0018】
AD患者の認識能低下の程度は、海馬及び前頭前野皮質のシナプス前小胞タンパク、シナプトフィジン、レベルの変化と強い相関がある(例えば、Terry,R.D.他、アナルズオブニューロロジー(Ann Neurol)、30巻、572〜580頁、1991年参照)。シナプトフィジンの低レベル化は、これはシナプスの損傷と関連があると推測されるが、ADの最も初期の段階と関連している(例えば、Masliah,E.他、ニューロロジー(Neurology)、56号、127〜129頁、2001年参照)。PDAPPマウスにおいては、斑形成のかなり前に、海馬シナプトフィジン免疫反応性シナプス前膜肥厚の数に減少が見られる(例えば、Hsia,A.Y.他、米国ナショナルアカデミーオブサイエンス会報(Proc Natl Acad Sci USA)、96巻、3228〜3233頁、1999年参照)。hAPPトランスジェニックマウスの海馬におけるシナプス前要素の消失において、D664A変異が何らかの役割を果たしているかどうかを決定するために、8〜10月齢のPDAPP、PDAPP(D664A)及び対照のそれぞれのマウスにおいて、海馬シナプス前膜肥厚、シナプス肥厚、及び歯状回の体積を、「立体解剖」法(実施例6及びHsia,A.Y.他、米国ナショナルアカデミーオブサイエンス会報(Proc Natl Acad Sci USA)、96巻、3228〜3233頁、1999年参照)の変法によって測定した。これらのパラメーターはアルツハイマー病における認識能低下と相関があるためである。驚くべきことに、PDAPPマウスでは、その非トランスジェニック同腹仔に比べて海馬シナプス肥厚に顕著な減少が見られたが、B21マウスでは見られなかった(図2A及び2B参照)。2番のPDAPP(D664A)トランスジェニック系であるB157でも全く同じ結果が得られた。
【0019】
同様に、最近の文献に記載されているように(Redwine,J.M.、Kosofsky,B.、Jacobs,R.E.、Games,D.、Reilly,J.F.、Morrison,J.H.、Young,W.G.及びBloom,F.E.、米国ナショナルアカデミーオブサイエンス会報(Proc Natl Acad Sci USA)、100巻、1381〜1386頁、2003年参照)、PDAPPマウスでは、特に分子層において歯状回の体積減少が見られ、一方B21マウスでは著しい消失は認められなかった(図2C参照)。
【0020】
皮質の体積の著しい減少は、ADのきわめて重要な神経病理学的特徴の1つである。ADのトランスジェニックマウスが全てこの病気のこの特定の特徴を反復するわけではないが、PDAPPマウスでは比較的若年で(3〜4月齢)、特に分子層において、歯状回の体積減少が見られることが明らかになっている(例えば、Dodart,J.C.他、ニューロバイオロジーオブディスィーズ(Neurobiol Dis)、7号、71〜85頁、2000年及びRedwine,J.M.他、米国ナショナルアカデミーオブサイエンス会報(Proc Natl Acad Sci USA)、100巻、1381〜1386頁、2003年参照)。それゆえに、ニッスル(Nissl)染色法で染色された切片のデジタル3次元形状復元及び手を使ったカバリエリ解析によって、3月齢のPDAPP、PDAPP(D664A)及び対照動物における歯状回の体積を測定することは関心を引くものであった。手を使ったカバリエリ解析による測定(図2B参照)及びデジタル3次元形状復元による測定(図2C、2D参照)のいずれの場合にも、PDAPPマウスの脳内には著しい歯状回縮小が見られたが、PDAPP(D664A)マウスには見られなかった。カバリエリ解析によって得られた体積とデジタル3次元形状復元によって得られた体積との間には高度な相関関係があった(r=0.72、p<0.00001、n=25)(図5参照)。
【0021】
APPトランスジェニックマウスにおけるシナプス無傷性を考慮した場合、組織学的なシナプス数の定量では脳内に存在する機能的シナプスの数を多く見積もりすぎている恐れがあるため、シナプス伝達の機能的試験が重要である。PDAPPマウスにおけるシナプス前構造体の消失には基礎的シナプス伝達の損傷が伴うことが明らかになっている(Hsia,A.Y.他、米国ナショナルアカデミーオブサイエンス会報(Proc Natl Acad Sci USA)、96巻、3228〜3233頁、1999年参照)。PDAPP(D664A)マウスの海馬に認められるシナプス前膜肥厚の回復がシナプス機能の救済と一致しているかどうかを決定するために、3〜7月齢のPDAPP、PDAPP(D664A)及び対照マウスの脳から取り出した海馬の先鋭切片について電気生理学的記録を実施した。細胞外で記録した興奮性シナプス後電位(fEPSP)を用いて、海馬CA3細胞と海馬CA1細胞間での基礎的なシナプス伝達の強度を評価した。他のトランスジェニックAPP系に関して類似の報告があるように、PDAPPマウスに関しては、基礎的なシナプス伝達の強度(入力―出力比)に最大40%の減少が認められ、これによってシナプス伝達に著しい傷害があることが示された。対照的に、PDAPP(D664A)マウスと非トランスジェニック同腹仔対照マウスとの間では、シナプス伝達に著しい違いは見られなかった(図3A、3B参照)。観察されたシナプス前膜肥厚数の消失と一致して、PDAPPマウスにおいて明らかであった電気生理学的な障害は、D664A変異を担持している動物には存在しなかった。さらに、伝達物質放出の確率と逆の相関関係を有するペアパルス促進は、全ての試験群の間で変化が認められず(図3C参照)、PDAPPトランスジェニックマウス同様、PDAPP(D664A)マウスにはシナプス前機能にさらなる欠陥がないことが示唆された。このように、PDAPP(D664A)マウスに保持されているシナプス前要素は機能的シナプスである可能性がある。
【0022】
神経発生は、AD患者の海馬(Jin,K.他、Proc Natl Acad Sci USA、101巻、343〜347頁、2004年参照)及びPDAPPマウスの脳内で増大する。したがって、損傷誘動性神経発生は、急性及び慢性の神経系疾患に寄与する可能性がある。D664A変異がPDAPP誘導海馬神経発生に及ぼす効果を評価するために、12月齢の対照、PDAPP及びPDAPP(D664A)マウスにおいて、ブロモデオキシウリジン(BrdU)を用いて歯状回顆粒下領域(正常成体及びAD誘導神経発生両方の主要部位)の増殖細胞を標識した。BrdU標識細胞(この多くは未成熟神経マーカータンパク、ダブルコルチンを発現した)の数は、PDAPPマウスでは対照マウスのほぼ2培のレベルにまで増大したが、この効果はD664A変異によって消えた(図4参照)。
【0023】
要約すると、B21マウスはAβ及びアミロイド沈着物を産生し、この点ではPDAPPマウスと区別できなかった。しかし、PDAPP動物に見られる海馬シナプス肥厚又は歯状回の体積の特徴的な消失は、B21マウスには見られなかった。これらの発見は、カスパーゼ(又は恐らくはカスパーゼ以外の1種若しくは複数種のプロテアーゼ)によるAsp664位置におけるhAPPの切断が、hAPPトランスジェニックマウスにおけるシナプスの消失及び歯状回の体積の低減の一因となっていることを示唆している。これらの観察から、このADのマウスモデルの海馬のシナプス消失及び歯状回萎縮が、Aβ沈着とは無関係に又はAβ産生の下流で、Asp664位置におけるAPP切断によって仲介されている(Lu他、「アミロイドβタンパク毒性はアミロイドβタンパク前駆体複合体の形成によって仲介される(Amyloid β−protein toxicity is mediated by the formation of amyloid β−protein precursor complexes)」、Annals of Neurology、印刷中)ということがわかる。さらに、これらの結果から、APPの細胞質内領域が、これらアルツハイマー表現型の現れに重要な役割を果たしていることがわかる。
【0024】
また、本明細書に記述の結果から、カスパーゼによる切断部位Asp−>Ala(D664A)にin vivoでAsp664位置におけるhAPPの切断を妨げる変異を担持しているAPPトランスジェニックマウスが、Aβを産生し続けかつ斑沈着を示し続けることは明白である。しかし、PDAPPマウス(PDAPPマウスはシナプス伝達の激しい減少を示す)の表現形を特徴付ける海馬シナプスの消失又は脳縮小については明らかになっていない。本発明のトランスジェニックマウスを使った研究によって、PDAPPマウスのシナプス伝達障害がPDAPP(D664A)マウスにおいて完全に回復することがわかる。
【0025】
これらの結果から、APPのC末端切断がADのマウスモデルに認められるシナプス障害及び体積消失の一因となっていることが明白であり、またこれらの結果はAPPのC末端切断がADの病理発生に関与していることと一致する。最も重要なことは、本明細書に記述の結果が、シナプスの消失及び海馬の縮小がAβの産生及び沈着と無関係であり得ることを示す、遺伝的実験に基づく証拠となっていることである。
【0026】
APPのC末端部分の切断は、APPが関与している幾つかの異なる細胞機能に影響を及ぼしている可能性がある。本発明のトランスジェニック動物は、シナプス消失に影響を及ぼしかつADなどの神経変性疾患の病理発生の早期段階に潜んでいる初期プロセスを調べるまたとない機会を提供する。ADの早期段階においてシナプス機能を回復することは、病気が進行した遅い段階になって消失した神経回路網を取り替えることに比べれば、はるかに容易な仕事である。PDAPP(D664A)マウスに関して本明細書に記載した観察結果は、マウスにおけるAD関連の病理学にとって非常に重要でありかつ薬剤発見の新規ターゲットとなる可能性を秘めた、Aβの産生又は沈着と直接関連のないメカニズムが存在することと一致する。本明細書に示すような、ADの早期段階で作用しているメカニズムを解明し続けることによって、初期ADで起こるシナプスの損傷を遅らせる、ひょっとしたら止めてしまう、或いはそれを逆行させることすらある治療法の開発が促進されることになる。
【0027】
ヒトの所定の病理学的状態に関与するマーカーを同定することは、遺伝子型、表現型及び生活史などに関係する諸要因のせいで非常にめんどうである。一方、トランスジェニック動物モデルは、これらの変数を制御し得るような適正な実験系を提供する一方で、深刻な潜在的欠点も有している。すなわち、開発時に導入遺伝子が発現する結果、生理学的反応又は補償メカニズムの活性化を生じる可能性がある。したがって、トランスジェニック動物を、その非トランスジェニック同腹仔と比較すれば、導入遺伝子の発現それ自体から生じ、モデル化された疾患の病理発生によっては生じない変化に関する情報を得ることができる。
【0028】
PDAPPマウスのADに関連する表現形の基本的な特徴は、本発明のトランスジェニック動物においては、hAPP導入遺伝子のC末端の切断が妨げられることによって効果的に変えられた。PDAPPマウスとPDAPP(D664A)マウスは多くの遺伝的類似点、すなわち、1)A−>Cのトランスバージョン以外は全く同じベクターから発生し、2)同じ遺伝的バックグランドを共有し、3)ヒトAPP導入遺伝子を同じようなレベルで発現するという類似点を有しているため、導入遺伝子それ自体の発現によって生じる変化がPDAPP動物とPDAPP(D664A)動物で同じではないかと予想される。したがって、PDAPPマウスにはあるがPDAPP(D664A)マウスにはない変化(マーカー)を非トランスジェニック同腹仔の場合と比較することによって、ADの発現に関与するマーカー及び導入遺伝子の発現それ自体によって生じるマーカーとの相違を、めんどうな遺伝子型、表現型又は環境の変数などの非存在下で明白に同定することが可能になる(動物は十分にコンジェニックであり、制御された環境下で容易に繁殖させることができ飼うことができる)。
【0029】
PDAPP系及びPDAPP(D664A)系からの半接合性トランスジェニック動物を作製して実験動物として使うことができる。すなわち、C57BL/6Jバックグランドでコンジェニックな12匹の2カ月齢半接合性トランスジェニックPDAPP動物及びPDAPP(D664A)動物と、12匹の非トランスジェニック同腹仔を作製して、プール血清、脳抽出物又は他の関心器官の抽出物を得ることができる。
【0030】
次いで、上記動物を使い好適な手段によってサンプルを作製し、そのサンプルをプロテオームやゲノムの研究に使うことができる。トランスジェニック及び非トランスジェニック動物から取ったサンプルに存在するタンパク又はmRNAの同定、また、どのタンパクが上記個体群の1つに独自に存在するか、又は存在しないか、又は多量に増加若しくは減少しているかを決定するためのデータの解析は、例えば質量分析法、DNAマイクロアレイハイブリダイゼーション等の標準的手法を使って行うことができる。
【0031】
本発明のさらなる態様によれば、神経変性疾患の治療に有用な化合物を同定する方法が提供され、その方法は、カスパーゼがβアミロイド前駆体タンパク(APP)を切断してカルボキシ末端ペプチドAPP−C31を産生する能力を阻止する化合物を同定することを含んでいる。
【0032】
当業者ならば容易に理解するであろうが、カスパーゼがβアミロイド前駆体タンパク(APP)を切断してカルボキシ末端ペプチドAPP−C31を産生する能力を阻止する化合物は、種々の方法で同定することができる。例えば、APP又はAPP類似タンパクをカスパーゼの存在下で試験化合物と接触させ、次いでAPP−P31の形成をモニターするような方法で同定することができ、この方法においては、カスパーゼのAPP−P31産生誘発不履行が、神経変性疾患の治療に有用な化合物であることの目安となる。
【0033】
或いはまた、カスパーゼがβアミロイド前駆体タンパク(APP)を切断してカルボキシ末端ペプチドAPP−C31を産生する能力を阻止する化合物は、APP又はAPP類似タンパク(例えば、APLP1又はAPLP2)をカスパーゼの存在下で試験化合物と接触させ、次いで、切断による産物の転位、細胞死の誘発、萎縮の誘発及びシナプス消失の誘発から成る群から選択される切断の証拠をスクリーニングすることによって同定することができる。APLP1及びAPLP2は、APPファミリー又はAPPタンパクのメンバーであって、ひとまとめにして「APP類似タンパク」という。ただし、APPのγ及びβセクレターゼ切断に必要とされる部位は、APLP1及びAPLP2のいずれにも保存されない。したがって、これらの分子は、βアミロイド類似タンパク産生能を有していない。しかし、APP−C31産生を可能にするC末端カスパーゼ切断部位は、APLP1及びAPLP2のいずれにも保存される。APLP1の場合、P4〜P1の位置はVEVDPと考えられ、APLP2の場合、P4〜P1の位置はVEVDPと考えられるが、APPではP4〜P1の位置はVEVDAである。これらの配列は、APPにおける配列と同様、カスパーゼ8及びカスパーゼ9などのイニシエーター/先端カスパーゼに対する前記カスパーゼ切断部位と適合する。予測されるAPLP1−C31ペプチドは、その52%がAPP−C31と同等で77%がAPP−C31と類似する。また、予測されるAPLP2−C31ペプチドは、その71%がAPP−C31と同等で83%がAPP−C31と類似する。
【0034】
また別の方法として、APP、APLP1、APLP2等を発現する細胞を、発作(例えば、Aβ、虚血、ヒートショック、低酸素、低グルコース、スタウロスポリン等)の存在又は非存在下で検査して、APP−C31の産生を阻止する化合物をスクリーニングすることもできる(APP−C31は、APPのカルボキシ末端切断産物を特異的に検出する抗体を使うか、又はレポーターアッセイ、ELISAアッセイ等のそれに代わる方法によってアッセイすることができる)。
【0035】
上記スクリーニング法で同定された化合物は、次いでin vivoで、例えば、アルツハイマー病の動物モデル(すなわち、Asp664−>Ala変異のない同様のトランスジェニック)においてその効果を試験し、本発明のAsp664−>Ala変異型トランスジェニック動物における反応と比較することによって試験することができる。
【0036】
候補化合物は、合成又は天然化合物のライブラリーを含めた種々のソースから得ることができる。例えば、任意抽出されたオリゴヌクレオチド又はオリゴペプチドの発現を含め、種々の有機化合物及び生体分子を任意に又は規制に従って合成する多数の手段を利用することができる。或いはまた、細菌、真菌、植物及び動物抽出物の形態をした天然化合物のライブラリーを利用することもでき又は容易に作成することもできる。また、天然のライブラリー及び化合物又は合成によって生成されたライブラリー及び化合物は、従来の化学的、物理的及び生化学的手段によって容易に変更され、それらをコンビナトリアルライブラリーの作成に使うこともできる。知られている薬物に、アシル化、エステル化、アミド化等の変更を規制に従って又は任意に加えて、構造的アナログを作成することもできる。候補作用物質は、ペプチド、糖、脂肪酸、ステロイド、プリン、ピリミジン、誘導体、構造的アナログ又はそれらの組合せ等の中に見出される。
【0037】
本発明のさらに別の態様によれば、神経変性疾患の治療法が提供され、その方法は、前記方法によって同定される化合物の有効量を、それを必要としている対象に投与することを含んでいる。
【0038】
本明細書において「治療する」とは、病気、障害若しくは容態の進行を阻止若しくは停止し、かつ/又は病気、障害若しくは容態の低減、寛解若しくは退行を引き起こすことである。当業者ならば、種々の手順又はアッセイを使って病気、障害若しくは容態を評価することができ、同様に種々の手順又はアッセイを使って病気、障害若しくは容態の低減、寛解若しくは退行を評価することができることを理解するであろう。
【0039】
基本的には、病因病理学的にアミロイドの形成及び/又は沈着と関連しているいかなる疾病であっても、本発明の治療対象と考えられる。本明細書において「神経変性疾患」とは、アルツハイマー病、老人性全身性アミロイドーシス、ゲルストマンシュトロイスラーシャインカー症候群、II型糖尿病、成人発症型糖尿病、インスリノーマ、AAアミロイド症、ALアミロイド症、家族性アミロイド多発神経障害(ポルトガル型、日本型及びスエーデン型)、家族性トランスサイレチンアミロイド症、家族性地中海熱、蕁麻疹及び難聴を伴う家族性アミロイドネフローゼ(マックルウェルズ症候群)、非神経障害性遺伝性全身性アミロイドーシス(家族性アミロイドポリニューロパチーIII型)、家族性アミロイドーシスフィンランド型、家族性アミロイド心筋症(デンマーク型)、孤立性心臓アミロイド、孤立性心アミロイドーシス、特発性(原発性)アミロイドーシス、骨髄腫又はマクログロブリン血症に伴うアミロイドーシス、シェーグレン症候群に伴う原発性限局性結節性皮膚アミロイドーシス、反応性(続発性)アミロイドーシス、アイスランド型アミロイドーシスに伴う遺伝性脳出血、長期血液透析に伴うアミロイドーシス、フィブリノーゲン関連遺伝性腎性アミロイドーシス、甲状腺髄様癌に伴うアミロイドーシス、リゾチーム関連遺伝性全身性アミロイドーシス等の疾患を言う。
【0040】
アミロイド沈着は、大脳皮質、皮質下領域及び海馬の神経細胞萎縮、並びに斑、栄養障害性神経突起及び神経原線維変化の存在を特徴とするアルツハイマー病、神経変性疾患と診断された対象に見られる。アルツハイマー病の場合、栄養異常性の又は異常な神経突起成長、シナプス消失、及び神経原線維のもつれ形成が病気の重篤度と強い相関関係にある。栄養異常性ニューロンは、神経突起の細胞質内に豊富な電気密度の高い積層体を含有し、シナプス接合部が破壊されていることを特徴とする。栄養異常性ニューロンはアミロイド沈着物を囲み、それによって脳神経線維網の至る所及びの血管壁に位置する老人斑を形成する。本発明のアルツハイマー病治療法は、神経細胞の萎縮を低減又は阻止し、老人斑又は神経原線維のもつれの形成を低減又は阻止することができ、それによって病気の進行を遅らせる又は止める。
【0041】
アミロイド沈着物は、II型糖尿病と診断されている患者のランゲルハンス島にも見られる。この沈着物は、正常な動物においてはホルモンの役割を果たしている島アミロイドポリペプチド(IAPP)又はアミリンと呼ばれる大きな前駆体に由来する。IAPPは、島のβ細胞によって産生され、肝臓及び横紋筋の細胞によるグルコースの取り込みに大きな影響を及ぼす。ヒトアミリンの導入遺伝子を有し、高脂肪食餌を与えられているトランスジェニックマウスでは、アミリンの過剰産生によって島アミロイド沈着が生じる(Pathology、第3版、1999年、1226頁参照)。II型糖尿病に罹患している患者のランゲルハンス島のアミロイド沈着物を治療する本発明の治療法によって、アミロイドタンパクの産生を低減又は予防することができ、アミロイドが沈着してアミロイド沈着物となることを低減又は予防することができる。
【0042】
アミロイド沈着物が顕著であるまた別の病気として、海綿状脳症の1種であるプリオン病がある。プリオン病は、臨床的には進行性の失調症と痴呆によって特徴付けられ、病理学的には海綿状脳組織の空胞形成によって特徴付けられる神経変性状態である。アミロイド沈着は、クールー病として知られている少なくとも1つプリオン病に由来する。クールー病では、構成的に発現された細胞表面糖タンパクである正常なプリオンタンパクと異なり、プリオンタンパクの約70%は細胞外に蓄積して斑を形成する(Pathology、第3版、上記、1492〜1496頁参照)。本発明のプリオン病治療法によって、アミロイドタンパクの産生を低減又は予防することができ、アミロイド斑の沈着を低減又は予防することができる。
【0043】
アミロイド沈着物が顕著であるまた別の病気として、AAアミロイド症がある。AAアミロイド症は、慢性炎症性疾患、腫瘍疾患及び遺伝性疾患などの一見無関係と思われるような疾患に由来するアミロイド症である。アミロイドタンパクの沈着は、このような基礎的疾患の状態に続発する。前駆体分子は、急性期反応タンパクである血清アミロイドA(SAA)であり、これは多くの疾患の炎症代用マーカーとして使うことができる。本発明のAAアミロイド症治療法によって、アミロイドタンパクの産生を低減又は予防することができ、アミロイドタンパクの前駆体の産生を低減又は予防することができ、活性アミロイドタンパクの産生に必要な幾つかのステップのうち任意の1つを妨げるか又は減らすことができ、またアミロイド斑の沈着を低減又は予防することができる。
【0044】
アミロイド沈着物が顕著であるまた別の病気として、家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の最も広く現れる型である、家族性トランスサイレチンアミロイド症がある。ヒトアミロイド疾患、すなわち家族性アミロイドポリニューロパチー、家族性アミロイド心筋症及び老人性全身性アミロイドーシスは、抹消神経及び心臓組織に沈着する不溶性トランスサイレチン(TTR)原線維によって引き起こされる。トランスサイレチンは、サイロキシン及びレチノールの輸送に関与しているホモテトラマー血漿タンパクである。最も一般的なアミロイド形成TTR変異体はV30M−TTRであり、一方L55P−TTRはFAPの最も強力な型に関連する変異体である。トランスサイレチンによって引き起こされるアミロイド症を治療するための本発明の治療法によって、アミロイドタンパクの産生を低減又は予防することができ、アミロイドタンパクの前駆体の産生を低減又は予防することができ、活性アミロイドタンパクの産生に必要な幾つかのステップのうち任意の1つを妨げるか又は減らすことができ、またアミロイド斑の沈着を低減又は予防することができる。
【0045】
アミロイド沈着物が顕著であるまた別の病気として、ALアミロイド症がある。ALアミロイド症は、原発性アミロイドーシス、形質細胞障害、免疫芽球性リンパ腫、多発性骨髄腫等を含めた、原発性免疫グロブリン産生障害に関係する1群の疾患である。原発性全身性AL(アミロイド軽鎖)アミロイドーシスは、アミロイド軽鎖タンパクの沈着物が進行性器官不全を起こす形質細胞障害である。原発性アミロイドーシスの予後は一般に不良であり、生存期間中央値は1〜2年である。前駆体タンパクは、限局性ALアミロイドーシス及び全身性ALアミロイドーシスの両者とも、一次構造が同じパターンの分断及び変化を示す免疫グロブリン軽鎖である。ALアミロイドタンパクによって引き起こされるアミロイド症を治療するための本発明の治療法によって、アミロイドタンパクの産生を低減又は予防することができ、アミロイドタンパクの前駆体の産生を低減又は予防することができ、活性アミロイドタンパクの産生に必要な幾つかのステップのうち任意の1つを妨げるか又は減らすことができ、またアミロイド斑の沈着を低減又は予防することができる。
【0046】
本明細書において「投与する」とは、経口、舌下、静脈内、皮下、経皮、筋肉内、皮内、鞘内、硬膜外、眼球内、頭蓋内、吸入、直腸、膣等の投与を使って、対象に治療上有効量の化合物を付与することを言う。クリーム、ローション、錠剤、カプセル、ペレット、分散性散剤、顆粒剤、坐剤、シロップ剤、エリキシル剤、トローチ剤、注射溶液、滅菌水性又は非水性液剤、懸濁剤、乳剤、パッチ剤等の剤形での投与も考えられる。有効成分は、グルコース、ラクトース、アカシアガム、ゼラチン、マンニトール、デンプンペースト、三ケイ酸マグネシウム、タルク、トウモロコシデンプン、ケラチン、コロイドシリカ、ジャガイモデンプン、尿素、デキストラン等を含む、医薬品として許容し得る無毒性の担体と調合することができる。
【0047】
好ましい投与経路は、臨床治療上の指示によって異なる。用量の多少の変化は、治療を受けている患者の状態によって必然的に起こると思われるが、いずれにしても、医者が個々の患者にとって適正な用量を決定する。用量当たりの化合物の有効量は、とりわけ、体重、生理学、選択した接種方式によって決まる。化合物の単位用量とは、(担体が使われる場合には)担体の重量を除いた、1投与回当たりに使用される化合物の重量を言う。
【0048】
ポリマーマトリクス、リポゾーム及びマイクロスフィアなどの標的型薬物送達システムによって、治療薬物を必要とする部位での治療薬物の有効濃度を高めることができ、また治療薬物の望ましくない影響を減らすことができる。治療薬物がより効率的に送達されれば、投与すべき治療薬物の量は少なくてすむため、身体全体の薬物の濃度は低減され、一方、同等又はより良い結果をもたらすことになる。治療薬物の送達効率の向上に適用し得る方法は、一般にどの方法も、攻撃目標とする部分を、治療薬物又は治療薬物を担うことになる担体に結合させている。
【0049】
タンパク、ペプチド、多糖類、合成ポリマー、コロイド粒子(すなわち、リポゾーム、ベシクル又はミセル)、マイクロエマルジョン、マイクロスフィア及びナノスフィア等の担体を使って、様々な薬物送達システムが設計されている。捕捉された医薬品として有用な薬物を含有するこれらの担体は、細胞特異的又は組織特異的薬物の制御された放出を達成することを意図するものである。
【0050】
本発明において使用しようとする化合物は、リポゾームの形態で投与することができる。当技術分野で知られているように、一般に、リポゾームはリン脂質又はその他の脂質物質から得られる。リポゾームは、水性媒体中に分散させた水和液晶の1層又は多層によって形成されている。無毒性で、生理学的に許容され、代謝された脂質であって、リポゾームを形成し得るものであれば、いずれの脂質も使うことができる。本明細書に記載の化合物は、リポゾームの形態をしている場合、その化合物以外に安定剤、防腐剤、賦形剤などを含有することができる。好ましい脂質はリン脂質及びホスファチジルコリン(レシチン)であって、天然及び合成のいずれも含まれる。リポゾームを形成する方法は当技術分野では知られている(例えば、Prescott,Ed.、Methods in Cell Biology、XIV巻、Academic Press、New York、N.Y.、1976年、33頁、以下参照)。
【0051】
血液脳関門を迂回して脳に治療薬物を送達するために、幾つかの送達方法を使うことができる。このような方法では、鞘内注射、外科的移植(Ommaya、Cancer Drug Delivery、1巻、169〜178頁、1984年及び米国特許第5,222,982号)、間質静注(Bobo他、Proc Natl Acad Sci USA、91巻、2076〜2080頁、1994年参照)等が利用される。これらの戦略によれば、薬物は、脳脊髄液(CSF)又は脳実質(ECF)に直接投与されることによって、CNSに送達される。
【0052】
脳脊髄液を介した中枢神経系への薬物送達は、例えば、発明者の名にちなんで「Ommaya reservoir」と命名された硬膜下移植デバイスを使って達成される。薬物をデバイスに注入し、次いで脳を囲む脳脊髄液内に放出する。薬物は、露出した脳組織の特定の領域に向けて送られ、その特定の領域が薬物を吸着する。この吸着は、薬物が自由に移動できないため限界がある。改良したデバイスでは、レザバーは腹腔に移植されるが、注入された薬物は脊髄から出て脊髄に戻る脳脊髄液によって脳室腔に輸送され、薬物投与に使われる。オメガ3誘導体化によって、部位特異的二分子複合体は、脳組織を介した治療薬物の吸着及び移動の限界を克服することができる。
【0053】
CNSへの薬物送達を改善する別の戦略は、血液脳関門を介した薬物の吸収(吸着と輸送)及び細胞による治療薬物の取り込みを高めることによるものである(Broadwell、Acta Neuropathol、79号117〜128頁、1989、Pardridge他、J.Pharmacol.Experim.Therapeutics、255号、893〜899頁、1990年、Banks他、Progress in Brain Research、91号、139〜148頁、1992年、Pardridge、燃料恒常性と神経系(Fuel Homeostasis and the Nervous System)、Vranic他編、Plenum Press、ニューヨーク、43〜53頁、1991年)。血液脳関門を通過して脳にいたる薬物の移動は、薬物それ自体の浸透性を改善するか又は血液脳関門の特性を変えるかのいずれかによって促進することができる。したがって、薬物の移動は、化学的修飾によって薬物脂質の溶解性を高めることにより、かつ/又は薬物をカチオン性担体に結合させることにより、又は血液脳関門を通過して薬剤を輸送することができるペプチドベクターに薬剤を共有結合させることにより促進することができる。輸送ペプチドベクターは、血液脳関門浸透促進化合物(米国特許第5,268,164号)としても知られている。脳への送達に有用な脂質溶解特性を有する部位特異的巨大分子については、米国特許第6,005,004号に記載されている。
【0054】
その他の例(米国特許第4,701,521号及び米国特許第4,847,240号)には、比較的高率で細胞に入り込むカチオン性巨大分子担体に薬物を共有結合させる方法が記載されている。これらの特許は、カチオン性樹脂に共有結合させると、生体分子の細胞内への取り込みが促進されることを教示している。
【0055】
米国特許第4,046,722号には、抗癌剤を特定の抗原を担持する細胞に導くことを目的としてカチオン性ポリマーに共有結合させた、抗癌剤が開示されている。このポリマー担体の分子量は約5,000〜500,000である。このようなポリマー担体を採用して、本明細書に記載した化合物を、標的に向けて送達することができる。
【0056】
さらに酸感受性中間体(スペーサーとしても知られる)分子を介して薬物をカチオン性ポリマーに共有結合させる研究が、米国特許第4,631,190号及び米国特許第5,144,011号に記載されている。cis−アコニット酸などの種々のスペーサー分子が、薬剤及びポリマー担体に共有結合する。スペーサー分子は、恐らく細胞のリソソーム内で起こると思われるが、酸性度の穏やかな上昇を受け、巨大分子担体からの薬物の放出を制御する。薬物は、分子接合体から選択的に加水分解されて、未修飾かつ活性な形で細胞内に放出される。分子接合体はリソソームに輸送され、リソソームにおいては、細胞内又は細胞体内の他の区画又は液に比べて酸性のpH下で、リソソーム酵素の作用を受けて代謝される。リソソームのpHは約4.8であるとされているが、接合体消化の初期段階においては恐らく3.8と低いと思われる。
【0057】
本明細書における「治療上有効な量」とは、本発明の実施において使用される化合物に関して使う場合、化合物を投与される者に有益な効果を与えられるだけの高い循環濃度をもたらす、十分な量の化合物用量のことを言う。個々の患者対する治療上有効な具体的用量レベルは、治療対象である疾患、疾患の重篤度、使用する具体的な化合物の活性、具体的な化合物のクリアランス率、治療期間、具体的な化合物と組み合わせて又は偶然同時に使用される薬剤、患者の年齢、体重、性、食餌及び全体的な健康状態、並びに医学的技術分野及び科学分野で良く知られている要因等を含めた種々の要因によって決まる。投与量レベルは、約0.001から最大100mg/kg/日の範囲であって、約0.05から10mg/kg/日の範囲が好ましい。
【0058】
本明細書において「接触させる」とは、化合物を細胞又は細胞標的に供給することを言う。接触は、固相、液相又は気相で生じ得るが、細胞外及び細胞内で生じる接触も含む。当業者ならば、in vivoでの化合物の細胞へ供給が、経口、舌下、静脈内、皮下、経皮、筋肉内、皮内、鞘内、硬膜外、眼球内、頭蓋内、吸入、直腸、膣等を含めた多くの投与形態によってなされることを理解するであろう。
【0059】
本発明のまた別の態様によれば、神経変性疾患の治療法が提供され、その方法は、βアミロイド前駆体タンパク(APP)及び/又はAPP類似タンパク(例えば、APLP1又はAPLP2)切断し、カルボキシ末端ペプチド、APP−C31、を産生するプロテアーゼの能力を阻止することを含む。
【0060】
当業者ならば容易に理解するであろうが、プロテアーゼのAPP及び/又はAβ切断能は、例えば抗プロテアーゼ抗体、プロテアーゼをコードする配列に基づくアンチセンスヌクレオチド、ペプチド、ペプチドミメティック、リボザイム、干渉RNA、プロテアーゼアンタゴニスト、又はプロテアーゼのAPP及び/又はAβの細胞内領域切断能を阻止する小分子等によって、様々な方法で阻止することができる。
【0061】
例えば、本発明の変異型APPの発現は、過剰発現も含めて、ポリペプチドをコードするmRNAに結合しその発現を阻止するアンチセンスヌクレオチドを投与することによって阻止することができる。或いはまた、mRNAを切断するリボザイムを使って類似の方法で阻止することもできる。アンチセンス及びリボザイム技術を使って遺伝子の発現を制御する一般的方法、又はこのような方法で外来遺伝子を発現させる遺伝子治療法の一般的方法は、当技術分野では良く知られている。このような方法のいずれも、ベクターなどの、本発明の変異型APPのアンチセンス転写又はリボザイム転写をコードする系を利用する。
【0062】
本明細書において「リボザイム」とは、触媒特性を有する、1つ又は2つ以上のRNAのRNA建築物を言う。一般に、リボザイムは、エンドヌクレアーゼ、リガーゼ又はポリメラーゼ活性を示す。リボザイムは、RNA自己切断反応を仲介するRNA構造分子である。「ハンマーヘッド」及び「ヘアピン」型を含め、二次構造の異なる種々のトランス作用性リボザイムが同定されている。また種々のリボザイムについて特徴付けがなされている。例えば、米国特許第5,246,921号、米国特許第5,225,347号、米国特許第5,225,337号及び米国特許第5,149,796号参照。触媒活性を有する、デオキシリボ及びリボオリゴヌクレオチドを含んだ混合リボザイムについても記載されている。Perreault他、ネーチャー(Nature)、344号、565〜567頁、1990年。
【0063】
本明細書において「アンチセンス」とは、細胞条件下で、本発明の変異型APPをコードするゲノムDNA及び/又は細胞のmRNAと特異的にハイブリッド形成し、例えば結合し、転写及び/又は翻訳を阻止することによってそのタンパクの発現を阻止するような核酸分子又はその誘導体を言う。結合は、従来の塩基対相補による可能性もあるし、又は、例えばDNA二重鎖に結合する場合には、二重螺旋の主要な溝における特異的相互作用による可能性もある。
【0064】
1つの態様において、アンチセンス構造体は、ex vivoで生成される核酸であって、細胞内に導入されると、APP又はAPP類似分子のmRNA及び/又はゲノム配列とハイブリッド形成すことによって遺伝子発現を阻止することができるような核酸である。
【0065】
アンチセンス法は、APP又はAPP類似分子のmRNAに相補的なオリゴヌクレオチド(DNA或いはRNAのいずれか)の設計を伴う。アンチセンスオリゴヌクレオチドは、APP又はAPP類似分子のmRNA転写物に結合し、翻訳を妨げると考えられる。
【0066】
絶対的な相補が好ましいが、必ずしもそうでなくてよい。本明細書で言うRNAタンパクに「相補的」な配列とは、そのRNAとのハイブッリド形成を可能にするに十分な相補性を有し、安定な二重鎖を形成する配列を意味する。二本鎖アンチセンス核酸の場合、二重鎖DNAの単一のストランドが試験されるか、又は三重鎖形成をアッセイする。ハイブリッド形成能は、相補の程度及びアンチセンス核酸の長さの両方によって決まると考えられる。一般に、ハイブリッド形成する核酸が長ければ長いほど、それに含まれるmRNAとの塩基のミスマッチが多くなり、安定な二重鎖(又は、あるとすればであるが、三重鎖)が形成される。当業者ならば、標準的な手法を使ってミスマッチの許容される程度を確認し、ハイブリッド形成された複合体の融点を決定することができるであろう。
【0067】
遺伝子発現を制御するために、アンチセンス、リボザイム技術及びRNAi技術を使う一般的な方法、又はこのような方法で外来遺伝子を発現させる遺伝子治療法の一般的方法は、当技術分野では良く知られている。このような方法のいずれも、ベクターなどの、本発明の変異型APPのアンチセンス転写又はリボザイム転写をコードする系を利用する。「RNAi」とはRNAの干渉を表す。この用語が、遺伝子の転写をサイレンスすることができるRNA分子を使う技術を包含することを、当業者ならば理解するであろう。例えば、McManus他、ネーチャーレビュージェネティックス(Nature Reviews Genetics)、3号、737頁、2002年を参照のこと。本願においては、「RNAi」は、短干渉RNA(sRNAi)、マイクロRNA(miRNA)及び一過性低分子RNA(stRNA)などの分子を包含する。一般的に、RNA干渉は、二本鎖RNAと遺伝子との相互作用によって生じる。
【0068】
一般に、メッセージの5’末端に相補的なオリゴヌクレオチド、例えば、AUG開始コドンまでの5’非翻訳配列は、翻訳を阻止するうえで最も効率よく作用すべきである。しかし、mRNAの3’非翻訳配列に相補的な配列は、mRNAの翻訳を阻止する場合にも効果的であることが証明されている。(Wagner、R.(1994年)Nature 372:333)。mRNA翻訳領域に相補的なアンチセンスオリゴヌクレオチドは、翻訳の阻止剤としてあまり効率がよくないが、本発明により使用することも可能である。APP若しくはAPP類似ポリペプチドmRNAの5’、3’、又は翻訳領域にハイブリッド形成するように設計されているかどうかに関係なく、アンチセンス核酸の長さは少なくともヌクレオチド約6個分でなければならず、好ましくは約100個未満、より好ましくは約50又は30個分未満である。典型的には、これらの長さはヌクレオチド10個分から25個分までの剥いでなければならない。このような原理は、施術者が適切なオリゴヌクレオチドを選択する際の情報となる。好ましい実施形態では、アンチセンス配列は、APP又はAPP類似ポリペプチドをコードする核酸配列の約10〜30、より好ましくは15〜25個の連続オリゴヌクレオチド配列を含むか、又はそれらからなるか、又は本質的にそれらからなるオリゴヌクレオチドから選択される。
【0069】
このような配列を使用することで、アンチセンスオリゴヌクレオチドを設計することができる。このようなアンチセンスオリゴヌクレオチドは、APP又はAPP類似ポリペプチドを発現する細胞に投与され、ターゲットRNA又はタンパク質のレベルと内部対照RNA又はタンパク質のレベルとの比較がなされる。アンチセンスオリゴヌクレオチドを使用して得られる結果は、さらに、適当な対照オリゴヌクレオチドを使用して得られる結果とも比較される。好ましい対照オリゴヌクレオチドは、テストオリゴヌクレオチドとほぼ同じ長さを持つオリゴヌクレオチドである。ターゲットRNA又はタンパク質のレベルの減少を生じさせるこれらのアンチセンスオリゴヌクレオチドが選択される。
【0070】
オリゴヌクレオチドは、一本鎖又は日本鎖のDNA又はRNA又はキメラ混合体又は誘導体又はその修飾が成されたものとすることができる。オリゴヌクレオチドは、例えば、分子、ハイブリダイゼーションなどの安定性を改善するために、塩基部分、糖部分、又はリン酸骨格のところで修飾することができる。オリゴヌクレオチドは、ペプチドなどの他の付加基(例えば、生体内の宿主細胞受容体の場合)、又は細胞膜上の輸送を容易にする作用物質(例えば、Letsingerら(1989年)Proc.Natl.Acad.ScL U.S.A.86:6553〜6556頁、Lemaitreら(1987年)Proc.Natl.Acad.ScL USA 84:648〜652頁、1988年12月15日に公開されたPCT公開番号WO88/09810を参照)、又は血液脳関門(例えば、1988年4月25日に公開されたPCT公開番号WO 89/10134を参照)、ハイブリダイゼーション誘発開裂作用物質(例えば、Krolら(1988年)BioTechniques 6:958〜976頁を参照)、又は挿入剤(例えば、Zon(1988年)Pharm.Res.5:539〜549頁を参照)を含むことができる。この目的のために、オリゴヌクレオチドは、他の分子、例えば、ペプチド、ハイブリダイゼーション誘発架橋剤、輸送剤、ハイブリダイゼーション誘発開裂作用物質などに結合することができる。
【0071】
アンチセンスオリゴヌクレオチドは、5−フルオロウラシル、5−ブロモウラシル、5−クロロウラシル、5−ヨードウラシル、ヒポキサンチン、キサンチン、4−アセチルシトシン、及び5−(カルボキシヒドロキシエチル)ウラシルなどの部分から選択された少なくとも1つの修飾塩基部分を含むことができる。アンチセンスオリゴヌクレオチドは、さらに、限定はしないがアラビノース、2−フルオロアラビノース、キシルロース、六炭糖を含む群から選択された少なくとも1つの修飾糖部分を含むことができる。
【0072】
さらに他の実施形態では、アンチセンスヌクレオチドは、ホスホロチオアート、ホスホロジチオアート、ホスホロアミドチオアート、ホスホラミデート、ホスホルジアデート、メチルホスホン酸塩、アルキルホスホトリエステル、ホルムアセタール、又はそれらのアナログの群から選択された少なくとも1つの修飾リン酸骨格を含む(米国特許第5,176,996号、第5,264,564号、及び第5,256,775号も参照)。
【0073】
さらに他の実施形態では、アンチセンスオリゴヌクレオチドは、α−アノマーオリゴヌクレオチドである。α−アノマーオリゴヌクレオチドは、通常のβユニットとは反対に、鎖が互いに平行に走る相補的RNAとの特異二本鎖ハイブリッドを形成する(Gautierら(1987年)Nucl.Acids Res.15:6625〜6641頁)。オリゴヌクレオチドは、2’−0−メチルリボヌクレオチド(Inoueら(1987年)Nucl.Acids Res.15:6131〜6148頁)、又はキメラRNA−DNAアナログ(Lioueら(1987年)FEBS Lett.215:327〜330頁)である。
【0074】
さらに好適なのは、側鎖位置で核酸と置換されたさまざまなアミノ酸を含有する共重合体を含む、ポリセリン、トレオニンなどのポリペプチドである、ペプチジル核酸である(T5A5G5C5U)。このような重合体の鎖は、天然DNA/RNAと同じようにして相補的塩基を通じてハイブリッド形成することができる。それとは別に、本発明のアンチセンス建築物は、例えば、細胞内で転写されたときに、本発明のキナーゼポリペプチドをコードする細胞mRNAの少なくとも1つの固有の部分に相補的なRNAを生成する発現プラスミド又はベクターとして送達することができる。
【0075】
APP又はAPP類似ポリペプチド翻訳領域配列に相補的なアンチセンスヌクレオチドを使用することができるが、転写非翻訳領域に相補的なのが最も好ましい。
【0076】
本発明のさらに他の態様によれば、海馬シナプス喪失を防ぐための方法が提供され、前記方法は、カスパーゼ又は他のプロテアーゼがβアミロイド前駆体タンパク質(APP)及び/又はAPP類似タンパク質(例えば、APLP1又はAPLP2)を開裂する能力を阻止することを含む。
【0077】
上述のように、APP及び/又はAPP類似タンパク質(例えば、APLP1又はAPLP2)を開裂するプロテアーゼの能力は、さまざまな方法で、例えば、抗タンパク分解酵素抗体、プロテアーゼコード配列に基づくアンチセンスヌクレオチド、ペプチド、ペプチド模倣薬、リボザイム、干渉RNA、プロテアーゼ拮抗薬、プロテアーゼがAPP及び/又はAPP類似タンパク質(例えば、APLP1又はAPLP2)の細胞質内領域を開裂する能力を阻止する小分子などにより、阻止することができる。
【0078】
本発明のさらに他の態様によれば、歯状回回転萎縮を防ぐための方法が提供され、前記方法は、カスパーゼ又は他のプロテアーゼがβアミロイド前駆体タンパク質(APP)及び/又はAPP類似タンパク質(例えば、APLP1又はAPLP2)を開裂する能力を阻止することを含む。
【0079】
上述のように、APP及び/又はAPP類似タンパク質(例えば、APLP1又はAPLP2)を開裂するプロテアーゼの能力は、さまざまな方法で、例えば、抗タンパク分解酵素抗体、プロテアーゼコード配列に基づくアンチセンスヌクレオチド、ペプチド、ペプチド模倣薬、リボザイム、干渉RNA、プロテアーゼ拮抗薬、プロテアーゼがAPP及び/又はAβの細胞質内領域を開裂する能力を阻止する小分子などにより、阻止することができる。
【0080】
本発明のさらに他の態様によれば、神経変性疾患を治療するための遺伝子療法が提供され、前記方法は突然変異をβアミロイド前駆体タンパク質(APP)に導入し、カスパーゼ媒介開裂を防ぐことを含む。
【0081】
実際、肯定的な初期結果を実証したヒト遺伝子療法に対する実用的アプローチに進歩があった(Miller,Nature 357:455〜460頁、1992年で総説されている)。遺伝子療法の基礎科学については、Mulligan(Science 260:926〜931頁、1993年)で説明されている。
【0082】
したがって、一実施形態では、突然変異APPコード配列を含む発現ベクターが、細胞内に挿入され、細胞は、試験管内で増殖され、次いで、多数が患者体内に注入される。
【0083】
本発明による遺伝子療法は、神経系細胞をターゲットとする突然変異APP cDNAを含むアデノウィルスの使用、遺伝子操作を施した細胞の移植による突然変異APPの全身性発現、突然変異APPコードウィルスによる注入、適切な組織中への裸の突然変異APP DNAの注入などを伴う場合がある。
【0084】
このようなレトロウィルス、ワクシニアウィルス、アデノウィルス、アデノ関連ウィルス、ヘルペスウィルス、複数のRNAウィルス、又はウシ乳頭腫ウィルスなどのウィルスに由来する発現ベクターは、本発明によるヌクレオチド配列(例えば、cDNA)コード突然変異APPをターゲットの細胞母集団(例えば、神経系細胞)に送達するために使用することができる。当業者によく知られている方法は、コード配列を含む組換えウィルスベクターを較正するために使用できる(Maniatisら、Molecular Cloning: A Laboratory Manual,Cold Spring Harbor Laboratory,N.Y.,1989年、Ausubelら、Current Proto−cols in Molecular Biology,Greene Publishing Associates and Wiley Interscience,N.Y.、1989年)。それとは別に、タンパク質配列をコードする組換え核酸分子は、裸のDNAとして、又は再構成系、例えば、リポゾーム又は他の脂質系内で、ターゲット細胞に送達するために使用することができる(例えば、Feignerら、Nature 337:387−8、1989年)。プラスミドDNAを細胞に直接導入する複数の他の方法が存在し、ヒト遺伝子療法に使用され、これは、プラスミドDNAをタンパク質に錯化することによりDNAのターゲットを細胞上の受容体とすることを伴う(Miller、上記)。
【0085】
最も単純な形態では、遺伝子導入は、単に、マイクロインジェクション法を使って、微量のDNAを細胞の核に注入することにより実行することができる(Capecchi,Cell 22:479−88、1980年)。組換え遺伝子が細胞内に導入されると、それらは、細胞の転写と翻訳の通常の仕組みにより認識され、遺伝子生成物が発現される。DNAを多数の細胞に導入する他の方法も試みられた。これらの方法は、DNAがリン酸カルシウムにより沈殿され、飲作用により細胞内に摂取される、トランスフェクション(Chenら、MoI.Cell Biol.7:2745−52、1987年)、細胞が大きな電圧パルスに曝され、膜に孔を開けるエレクトロポレーション(Chuら、Nucleic Acids Res.15:1311−26,1987年)、DNAがターゲット再秒と融合する脂溶性小胞内にパッケージされるリポフェクション/リポゾーム融合(Feignerら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA.84:7413−7417,1987年)、及び小さな発射体に結合されたDNAを使用する粒子衝突(Yangら、Proc.Natl.Acad.Sci.87:9568−9572,1990年)を含む。DNAを細胞内に導入する他の方法は、DNAを化学修飾タンパク質に結合することである。
【0086】
アデノウィルスがエンドソームを不安定にし、DNAの細胞内への取り込みを強化することは明らかになっている。DNA複合物を含有する溶液にアデノウィルスを混合するか、又はアデノウィルスに共有結合しているポリリシンにタンパク架橋剤を用いてDNAを結合させると、組換え遺伝子の取り込み及び発現が著しく向上する(Curiel他、Am.J.Respir.Cell.Mol.Biol.、6巻、247〜252頁、1992年)。
【0087】
本明細書において「遺伝子導入」とは、細胞内に外来の核酸分子を導入することを意味する。遺伝子導入は、通例、その遺伝子によってコードされる特定の産物の発現を可能にするために行われる。そのような産物には、タンパク、ポリペプチド、アンチセンスDNA若しくはRNA、又は酵素活性を有するRNAを含むことができる。遺伝子導入は、培養細胞中で又は動物に直接投与することによって行う。一般に、遺伝子導入は、非特異的相互作用又はレセプター仲介相互作用による核酸の標的細胞との接触、膜を介した又はエンドサイトーシスによる細胞内への核酸の取り込み、及び細胞形質膜又はエンドソームから細胞質内への核酸の放出というプロセスを含む。発現には、さらに核酸の細胞核への移動及び転写のための適切な核内因子への結合が必要となる。
【0088】
本明細書において「遺伝子治療」とは、遺伝子導入の1つの形態であって、本明細書において遺伝子導入の定義の中に含まれるものであり、具体的には、in vivo又はin vitroで細胞から治療的産物を発現するための遺伝子導入のことを言う。遺伝子導入は、ex vivoで細胞にて実施し、その後その細胞を患者に移植して行うこともできるし、又は核酸若しくは核酸タンパク者複合体を患者に直接投与して行うこともできる。
【0089】
別の好ましい実施態様においては、変異型APPをコードする核酸配列を有するベクターであって、その核酸配列が特定の組織においてのみ発現されるようなベクターが提供される。組織特異的遺伝子発現を達成する方法については、1992年11月3日に提出され、1993年5月13日に公開された国際公開特許WO93/09236に記載されている。
【0090】
前記した全ベクターにおいて、本発明のさらなる態様によれば、そのベクターに含まれる核酸配列は、その核酸配列の一部又は全てに対する付加、削除又は修正を含むことができる。
【0091】
本発明を、以下の限定しない実施例に関してさらに詳しく説明する。
【実施例1】
【0092】
PDAPP(D664A)変異の発生
GからCへの点変異を、Asp664(APP695番)をAla(PDAPP(D664A))に変化させるスェーデン型及びインディアナ型変異を担持しているPDGFβ鎖プロモーター由来hAPPミニ遺伝子(Hsia他、上記文献参照)に導入した。変異は、配列決定と対立遺伝子特異的増幅の両方によって確認した。
【実施例2】
【0093】
トランスジェニックマウスの作出
PDAPP(D664A)導入遺伝子のマイクロインジェクション、PCRによるトランスジェニックファウンダーの同定、及び本研究用PDAPP(D664)B21系の選択を、前に記載されているように実施した(Li,Y.、Carlson,E.、Murakami,K.、Copin,J.C.、Luche,R.、Chen,S.F.、Epstein,C.J.及びChan,P.H.、ジャーナルオブニューロサイエンスメソッド(J Neurosci Methods)、89号、49〜55頁、1999年参照)。実質的には以下のように進行した。
【0094】
ベクター配列を有さない精製した線状ヒトPDAPP(D664A)導入遺伝子DNAの2ng/μl溶液を、日齢1日のB6D2F1/J卵の雄性前核にマイクロインジェクションし、24時間後に擬妊娠のCD1里親に移した。hAPP導入遺伝子に特異的なプライマー
【化2】



及びマウスPKR遺伝子に特異的なプライマー
【化3】



を使用したPCRによって、ファウンダーの同定を行った。
【0095】
同様の手順で作製されるその他のトタンスジェニック系には、
【化4】


等が含まれる。
【0096】
トランスジェニック系を、C57BL/6J系統マウス(Charles River Laboratories)とのヘテロ接合体の交雑種によって維持した。全トランスジェニック動物がその導入遺伝子に関してヘテロ接合であった。非トランスジェニック同腹仔を対照として使用した。免疫沈降反応と、抗APP5A3/G7モノクローナル抗体を使ったウェスタンブロットとによって、脳ホモジネート中においてヒトAPP及びマウスAPPを検出した(Soriano他、上記文献参照)。
【実施例3】
【0097】
可溶性Aβの検出
免疫沈降反応と、Aβペプチドのアミノ酸残基1〜12を認識する26D6抗APPモノクローナル抗体を使ったウェスタンブロットによって、脳内AβレベルをCHAPS可溶性溶解物で評価した。免疫沈降物をbicine尿素SDS−PAGEゲル上でAβ40種とAβ42種とに分画した(Wggen他、ネーチャー(Nature)、414号、212〜216頁、2001年参照)。APPのC末端を認識するポリクローナル抗体であるCT15を用いて、APPをCHAPS脳溶解物でイムノブロットした。凝集Aβペプチドの沈降に先立って、全動物の月齢を、3〜4ヶ月の間で同じにした。
【実施例4】
【0098】
Aβ沈着物の数量化
ヘテロ接合性PDAPPマウス及びPDAPP(D664A)B21マウスの脳の50ミクロンのビブラトーム切片を、先に記載されている(Wyss−Coray,T.、Masliah,E.、Mallory,M.、McConlogue,L.、Johnson−Wood,K.、Lin,C.及びMucke,L.、Nature、389号、603〜606頁、1997年参照)ようにして3D6抗体で染色した。系統及び遺伝子型に関して知らされていない調査員が、全海馬Aβ斑を同定し、その数を数えた。データを平均+/−SDで表した。
【実施例5】
【0099】
in vivoにおけるAsp664位置でのAPPの切断
AAPのAsp664位置における切断によって発生するネオエピトープに特異的な抗体(Galvan他、J Neurochem、82号、283〜294頁、2002年参照)を用いて、対照マウス及びPDAPP(D664A)マウス両者に比べてPDAPPマウスにおいて切断が増加していることを明らかにした。
【実施例6】
【0100】
シナプス前膜肥厚の数量化
シナプス前末端の無傷性を測定するために、ヘテロ接合性雌性PDAPPマウス及びPDAPP(D664A)マウスの脳の50ミクロンのビブラトーム切片を、αシナプトフィジン抗体(10μg/ml、Chemicon)とフルオレセインイソチオシアネート標識ロバ抗マウスIgG抗体(1:400、Vector Laboratories)で順次染色し、次いでプロピジウムアイオダイドで対比染色した後、100倍の対物レンズと2.7倍のディジタルズームを使ったレーザー走査型共焦点顕微鏡(Nikon PCM−2000)でイメージングした。CA1放射状層におけるシナプトフィジン免疫反応性シナプス前末端の3次元数値化した肥厚(mm3当たりの対象数で表す)を、立体解剖法(Hsai,A.Y.他、Proc Natl Acad Sci USA、96巻、3228〜3233頁、1999年参照)の変法によって測定した。
【0101】
各動物につき、6枚の1024×1024ピクセル(45μm×45μm)モノクロ共焦点画像を、2070PMTゲインで得た。さらに追加して6対の共焦点画像1セットを、X、Y座標は同じとし、最初の共焦点画像取得の水平面より0.9μm下方に水平面をずらして(z=−0.90μm)2100PMTゲインで得、Simple PCIソフト(Compix,Inc.)を使ってフォトブリーチを補正した。各野の神経プロセスに対応して生じる非染色領域の割合のバラツキがもたらす測定値の変動性を低減するために、各対の画像の最も明るい領域から、プロセスが占める領域を避けて10μm×10μmの範囲を2枚取った。異なるz座標で取った各対の10μm×10μmの範囲の画像を赤と緑で偽着色し、重ね合わせた。得られた画像のボケはPhotoshopを使って修正し、両平面にある免疫標識された対象(黄色)の数を、Simple PCIを使って数えた。各マウスにつき6つの海馬切片を通過するように無作為に配置された12のディセクターから得られた免疫標識対象数を、(ディセクター同志が重なるのを回避しながら)対象マウス毎に平均し、続く統計解析に使用した(図2B及び2C参照)。
【実施例7】
【0102】
体積測定
適切なアトラス(Paxinos,G.、Franklin K.B.J.、「マウス脳定位座標(The Mouse Brain in Stereotaxic Coordinates)」、Academic Press、2001年、サンディエゴ参照)の助けをかりて、海馬の歯状回(DG)及び分子層(ML)の境界を定めた。海馬及びその各野の全体積を、Imaris3D(Bitplane AG、スイス)を使った3次元形状復元(図2C参照)によって測定し、カバリエリ(Cavalieri)解析(図2B参照)によって確認した。
【0103】
Imaris3D(Bitplane)及び手によるカバリエリ(Cavalieri)解析を使って体積測定するために、適切なアトラス(Paxinos,G.、Franklin K.B.J.、Academic Press、2001年、サンディエゴ、カリフォルニア)の助けをかりて、40μmのニッスル(Nissl)染色したスナップ凍結マウス(25匹の100日齢ヘテロ接合性雄性トランスジェニックマウス又は雄性非トランスジェニック同腹仔に相当)の脳切片の1−in−4システマティックランダムシリーズの2X画像に、各片側海馬、歯状回(DG)及び分子層(ML)各野の境界線を、海馬采と脳梁の灰白質/白質境界、分子層と網状分子層の境界、及び多形細胞層と視床の境界で引いた。支脚は除外した。各サンプルにおいて、最後の切片を、連続脳梁線維路を示す切片と定義した。Imaris3D体積測定するために、Alignアプリケーション(Bitplane)を使って各切片を一列に並べ、得られた列を必要に応じて手で調節した。続く3D形状復元及び体積測定には全て3.3μm×3.3μm×160μmのボクセルサイズを使用した。カバリエリ(Cavalieri)の原理を使って体積評価するために、サンプルの各切片の1280×1024ピクセル画像上に200μmのグリッドをかぶせ、各各片側海馬、歯状回及び分子層各野内のグリッドの交差点の数を、サンプルの切片毎に数えた。各体積を、先に記載したよう算出した(Gonzalez−Lima,F.、Berndt,J.D.、Games,D.及びReiman,E.M.、Neuroreport、12巻、2375〜2379頁、2001年参照)。
【0104】
カバリエリ(Cavalieri)解析及びImaris3D形状復元によって得られた体積の間には、高度な相関関係があった(r=0.72、p<0.00001、n=25)。各系統間又は遺伝子型間には、総体重又は脳重量の有意な差は見られなかった。全試験について、マウス及び脳組織サンプルは、系統及び遺伝子型に関して知らされていない調査員に対して暗号化されていた。データを平均+/−SDで表した。有意(p<0.05)は、スチューデントの検定(分散が同等であると仮定して)又はピアソンの相関係数検定と、それに続く回帰分析のためのラン検定によって決定した。
【実施例8】
【0105】
in vitro切片電気生理学
3〜7月齢のPDAPPJ20、PDAPP(D664A)B21及び非トランスジェニック同腹仔対照マウスから海馬水平断切片(400μm)を作製した(J20マウスとB21マウスは似たレベルのAPP導入遺伝子を発現するため、B21マウスと比較するためにJ20マウスを選択した)。切片は標準的な方法を使って(例えば、Contractor,A.他、J.Neurosci.、23巻、422〜429頁、2003年参照)作製した。要するに、動物にイソフルランで麻酔をかけ、断頭した。脳を摘出し、氷で冷やしたスクローススライス人工脳脊髄液(ACSF)下でスライスした。この人工脳脊髄液(ACSF)
は、85mM NaCl、2.5mM KCl、1.25mM NaHPO、25mM NaHCO、25mMグルコース、75mMスクロース、0.5mM CaCl、及び4mM MgClを含有しかつ95%O及び5%COで平衡状態が保たれていた。また、10μMD,L−APV及び100μMキヌレナートも含有していた。記録に先立ち、切片を、室温で少なくとも1時間、125mM NaCl、2.4mM KCl、1.2mM NaHPO、25mM NaHCO、25mMグルコース、1mM CaCl、及び2mM MgClを含有する標準ACSF中でインキュベートした。記録時は、切片を2mM CaCl及び1mM MgClを含有するACSFで連続して潅流した。
【0106】
細胞外場電位(fEPSP)を、細胞外溶液で満たした記録用ガラスピペット(先端抵抗2〜3Mオーム)を使って、海馬CA1領域の放射状層で記録した。定電流を通す同心双極電極を使い、シャファー側枝/交連経路の刺激に反応して誘発fEPSPを記録した。記録されたfEPSPの入力と出力の関係を比較することによって基本的シナプス伝達を測定した(Hsia他)。ここで入力は線維斉射のピーク振幅であり、出力はfEPSPの立ち上がり期の傾きである。動物毎に、線維斉射(FV)振幅及び5〜800μAの刺激範囲に反応するfEPSPの立ち上がり期の傾きを測定し、両者の値の反応曲線を作成した。次いで、入力と出力の関係を、fEPSPの傾き値をFV振幅値(反応曲線上の直線部分に沿った各点からの)で割り、平均値を取ることによって算出した。刺激間間隔を40msとし、fEPSP(2)のピーク振幅/fEPSP(1)のピーク振幅として測定した比を用いて、ペアパルス促進を引き出した。1元配置分散分析(ANOVA)と、次いでTurkey post−hoc検定を使って、結果を解析した。
【実施例9】
【0107】
神経発生
BrdU(50mg/kg)を食塩水に溶解し、1日2回8時間の間隔をあけて連続3日間腹膜腔内投与し、1週間後にマウスを殺した。脳切片を、マウスモノクローナル抗BrdU(Roche、2μg/ml)及びビオチニル化したヤギ抗マウスIgG(Vector、1:200)で染色し、染色をジアミノベンジジンとHで可視化した。200μmの間隔をあけて配置した、マウス1匹当たり5〜7つの50μm冠状切片において、歯状回のBrdU陽性細胞数をやみくもに数えた。細胞数はMagnifireディジタルカメラ付き顕微鏡Nikon E800を使い高倍率下で数え、その画像をコンピュータのモニターに表示した。結果は、切片当たりの平均BrdU陽性細胞数で表した。
【0108】
本発明をその好ましい実施例に関して詳細に述べたが、特許請求の範囲に記載する本発明の精神及び範囲において変更及び修正ができることは理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】PDAPP及びPDAPP(D664A)トランスジェニックマウスの特性決定を一括して示す図である。[図1A]PDAPP及びPDAPP(D664A)トランスジェニックマウスの作出において採用した建築物の誘導を示す図である。[図1B]種々の実験動物における可溶性Aβの検出を示す図である。[図1C]種々の実験動物におけるAβ斑の数をまとめた図である。[図1D]月齢16ヶ月のPDAPP(D664A)マウスから取出した染色脳切片を示す図であって、Aβ斑が存在することを示す図である。[図1E]in vivoでのAPPのAsp664番における切断を示す図である。APPのAsp664番における切断によって生じるネオエピトープに特異的な抗体を用いて、PDAPPでは対照及びPDAPP(D664A)マウスのいずれと比べても切断が増加することを証明したものである。
【図2】D664A変異がシナプス消失及び歯状回萎縮に及ぼす影響をひとまとめにして示す図である。[図2A]種々の実験動物におけるシナプス前膜肥厚を数量化してまとめた図である。[図2B]Imaris3D(Bitplane AG、スイス)を使用した3次元形状復元によって測定され(図2C参照)、カバリエリ(Cavalieri)解析によって確認される、海馬及びその亜領域の総体積をまとめた図である。[図2C]典型的なPDAPP(赤)及びB21(黄)トランスジェニックマウスの歯状回分子層の表面を3次元形状に復元した形状の直交、矢状及び冠状面図である。
【図3】D664A変異が基礎的なシナプス伝達に及ぼす影響をひとまとめにして示す図である。[図3A]細胞外記録した幾つかのfEPSP(field EPSP)を示す図であり、それらfEPSPを用いて、月齢3〜7ヶ月のヘテロ接合Tg、非TgPDAPPJ20及びPDAPP(D664A)B21マウスの海馬CA3とCA1細胞間の基礎的なシナプス伝達強度を評価した。刺激強度を増大したときの代表的なfEPSPを、先に述べた非トランスジェニック及びトランスジェニックマウスについて示す。PDAPPJ20Tgマウスの場合、比較的小さいEPSPを引き出すために大きい入力(拡大した時間スケールを有する差し込み図を参照。矢印は、活性化された軸策数を測る間接的尺度である線維斉射を表す)が必要であることを注意されたい。[図3B]先に述べたTg及び非Tg動物について、立ち上がり期のEPSPの傾き値を線維斉射の振幅値で割った値を示す図である(非Tg同腹仔に標準化したデータ)。各データ点は、6〜7匹のマウスから取り出した17〜22個の切片から得た平均値を表す。統計解析(ANOVA)によって有意な群効果(p<0.0005)が明らかになった。Post−hoc Tukey testによって、PDAPPJ20マウスが他のどの群よりも基礎的なシナプス伝達が有意に低こと(p<0.01)、一方他の群の中では互いに有意な差がないことが確認された。[図3C]一対の刺激によって引き出されるfEPSPの平均振幅値の割合として表される、ペアパルス促進を示す図である。データは、平均値+/−SEMとして数字で示してある。
【図4】D664A変異がPDAPPに誘発される海馬の神経組織発生の増大に及ぼす影響をひとまとめにして示す図である。[図4A]海馬歯状回の顆粒下領域における増殖細胞のBrdU標識を示す図である。月齢12ヶ月の対照(非Tg)、PDAPP及びPDAPP(D664A)マウスの腹腔内にBrdUを3日間投与し、1週間後に殺した。BrdUで標識した細胞(黒い点)を免疫組織化学によって検出した。示した画像は各群につき4〜6匹の代表的例を示すものである。[図4B]BrdU標識を数量化して示す図である。示したデータは、平均細胞数±SD(n=4〜6)であり、スチューデントのt検定を用いて差の有意性を評価した。
【図5】カバリエリ解析によって得られた体積と3次元形状復元によって得られた体積との間の相関関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異型ヒトβアミロイド前駆体タンパク(APP)又はAPP類似タンパクをコードするヌクレオチド配列を含む非ヒトトランスジェニック動物であって、前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクが、前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクをAsp664番における切断に対して耐性とする突然変異を含み、また、前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクをコードする前記ヌクレオチド配列が、好適なプロモーターと作動可能に結合している上記非ヒトトランスジェニック動物。
【請求項2】
Asp664番における切断がカスパーゼにより誘発される請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項3】
前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクが664番残基に突然変異を含む請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項4】
664番のアミノ酸残基における突然変異によってAspがAla、Glu又はGlnに変化している請求項3に記載のトランスジェニック動物。
【請求項5】
前記変異型ヒトAPP又はAPP類似タンパクが664番のアミノ酸残基に隣接した変異を含む請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項6】
前記プロモーターが構成的に活性である請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項7】
前記プロモーターが、アクチンプロモーター、PDGF−βプロモーター、PrP(神経特異的)プロモーター及び神経特異的エノラーゼプロモーターから成る群から選択される、請求項6に記載のトランスジェニック動物。
【請求項8】
前記プロモーターが誘導的である請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項9】
前記プロモーターがTet−on、Tet−off、RU486誘導性プロモーター系及びエクジソン誘導性プロモーター系から成る群から選択される、請求項8に記載のトランスジェニック動物。
【請求項10】
前記動物がゲッ歯類、ウサギ及びブタから成る群から選択される請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項11】
前記動物がゲッ歯類である請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項12】
前記動物がマウスである請求項1に記載のトランスジェニック動物。
【請求項13】
βアミロイド前駆体タンパク(APP)及び/又はβアミロイドタンパク(Aβ)を切断し、カルボキシ末端ペプチド、APP−C31を産生するプロテアーゼの能力を阻止することを含む、神経変性疾患の治療方法。
【請求項14】
プロテアーゼのAPP切断能及び/又はAβ切断能の阻止が、抗プロテアーゼ抗体、プロテアーゼをコードする配列に基づくアンチセンスヌクレオチド、ペプチド、ペプチドミメティック、リボザイム、干渉RNA、プロテアーゼアンタゴニスト、又はプロテアーゼのAPP及び/又はAβの細胞質内領域切断能を阻止する小分子によって行われる、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
カスパーゼのβアミロイド前駆体タンパク(APP)切断能を阻止することを含む、海馬のシナプス消失を予防する方法。
【請求項16】
カスパーゼのβアミロイド前駆体タンパク(APP)切断能を阻止することを含む、歯状回萎縮を予防する方法。
【請求項17】
βアミロイド前駆体タンパク(APP)を切断し、カルボキシ末端ペプチド、APP−C31を産生するカスパーゼの能力を阻止する化合物を同定することを含む、神経変性疾患の治療に有用な化合物を同定する方法。
【請求項18】
βアミロイド前駆体タンパク(APP)を切断し、カルボキシ末端ペプチド、APP−C31を産生するカスパーゼの能力を阻止する化合物の同定が、APP又はAPP類似タンパクをカスパーゼの存在下で試験化合物と接触させ、APP−P31の形成をモニターすることによって行われ、また、カスパーゼのAPP−P31産生誘発の不履行が神経変性疾患の治療に有用な化合物であることの目安となる、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
βアミロイド前駆体タンパク(APP)を切断し、カルボキシ末端ペプチド、APP−C31を産生するカスパーゼの能力を阻止する化合物の同定が、APP又はAPP類似タンパクをカスパーゼの存在下で試験化合物と接触させ、切断産物の転位、細胞死の誘発、萎縮の誘発及びシナプス消失の誘発からなる群から選択される切断の証拠を検査することによって行われる、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
請求項17に記載の方法によって同定された化合物の有効量を、それを必要とする対象に投与することを含む、神経変性疾患の治療法。
【請求項21】
βアミロイド前駆体タンパク(APP)中に変異を導入することにより、カスパーゼ仲介によるAPPの切断を予防することを含む、神経変性疾患治療のための遺伝子治療法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2007−534323(P2007−534323A)
【公表日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−509665(P2007−509665)
【出願日】平成17年4月22日(2005.4.22)
【国際出願番号】PCT/US2005/013761
【国際公開番号】WO2005/115136
【国際公開日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(506353404)バック インスティチュート (1)
【Fターム(参考)】