説明

アルツハイマー病の診断および治療のためのホスファターゼ2A(PP2A)の異常

本発明は、アルツハイマー病を診断する方法、およびアルツハイマー病の治療または予防のための化合物をスクリーニングする方法に関する。これら方法は、コントロール細胞と比較した際のアルツハイマー病の細胞におけるプロテインホスファターゼ2A(PP2A)の機能および関連分子の事象の違いを新たに発見したことに基く。一つの態様において、アルツハイマー病の細胞における基底PP2A遺伝子発現の違いをコントロールと比較する。別の態様において、PP2Aタンパク質および酵素活性の違いを、テスト細胞とコントロール細胞で比較する。別の態様において、PP2Aの機能を阻害する物質に応答した違いを比較する。更に別の態様は、正常な細胞とアルツハイマー病の細胞において、PP2Aの基質であるリン酸化Erk1/2の細胞内(subcellular)分布の違いを検出する。末梢組織におけるPP2Aの機能および関連の事象のアルツハイマー病に特異的な違いを検出することにより、アルツハイマー病の早期診断のための非常に実用的で有効なテストおよび診断テストキットの基礎が提供され、薬剤開発のための治療ターゲットを同定する生化学的基礎が提供される。

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病を診断する方法に関する。この方法は、コントロール細胞と比較した際のアルツハイマー病患者の細胞におけるプロテインホスファターゼ2A(PP2A)の発現または機能および関連分子の事象の違いを新たに発見したことに基く。末梢組織におけるPP2Aの発現および機能のアルツハイマー病に特異的な違いを検出することにより、アルツハイマー病の早期診断のための非常に実用的で有効なテストの基礎、および治療薬開発の基礎が提供される。
【背景】
【0002】
タンパク質リン酸化の機能不全、とりわけホスファターゼ経路の異常によるものは、アルツハイマー病(AD)の分子病理学に関与している。かかる異常の主な例の一つは、神経原線維変化(NFT)を構成する微小管結合tauタンパク質の過剰リン酸化であり、これは、アルツハイマー病の脳において最も顕著な病変の一つを示す(Cummings et al., 1998; Jellinger and Bancher, 1998)。正常なニューロンにおいてtauは、チューブリンに結合することにより微小管の集合に関与する。tauのリン酸化は、微小管の結合を低下させ、これが、ニューロンの細胞骨格の不安定化につながる(Lee, 1995; Billingskey and Kincaid, 1997)。tauは、過剰にリン酸化されると、微小管を結合する能力を失い、ペアードヘリカルフィラメント(PHF)へと自己集合すると考えられ、これは、異常な細胞骨格タンパク質プロセスを示唆する(Lee, 1995; Billingsley and Kincaid, 1997; Saito et al., 1995; Mandelkow et al., 1995)。
【0003】
AD関連の分子異常の根底にあるメカニズムの調査において、tauリン酸化を制御するプロテインキナーゼおよびホスファターゼに多くの注目が集まっている。グリコーゲンシンターゼキナーゼ−3(GSK-3)およびマイトジェン活性化プロテイン(MAP)キナーゼを含む幾つかのプロテインキナーゼは、tauをリン酸化することが分かっている。MAPキナーゼの正常な活性は、細胞の増殖および分化をコントロールし(Force and Bonventre, 1998; Roovers and Assoian, 2000)、学習および記憶などの脳機能に重要な役割を果たす(Valijent et al., 2001; Sweatt, 2001; Zhao et al., 1999)。一方、MAPキナーゼの活性化の異常な持続は、tauの過剰リン酸化およびニューロンのアポトーシスを引き起こすことにより、害を及ぼすことができる(Guise et al., 2001)。MAPキナーゼファミリーのメンバーである細胞外シグナル制御キナーゼ(Erk)の活性化の持続は、げっ歯類の海馬のニューロンでβ−アミロイドにより誘導され(Rapoport and Ferreira, 2000; Dineley et al., 2001)、これは、順に、tauリン酸化の増大、神経突起の変性、およびニューロンの死を引き起こした(Rapoport and Ferreira, 2000)。更に、長期のErk1/2のリン酸化は、強力な炎症メディエイターであるブラジキニンにより誘導されたAD線維芽細胞でみられ(Zhao et al., 2002)、活性化Erk2と神経原線維変化との関連が、ヒトの脳で実証されている(Knowles et al., 1999)。
【0004】
ホスファターゼ活性の機能不全は、ADにおける異常なタンパク質リン酸化の大きな一因となり得る。生物の細胞におけるセリン/トレオニンプロテインホスファターゼの4つの主なタイプ(ホスファターゼ−1、2A、2B、および2C)のうち、ホスファターゼ2A(PP2A)アイソフォームは、脳で過剰に発現し、神経フィラメント(Saito et al., 1995; Janssens and Goris, 2001)および微小管結合タンパク質(Mandelkow et al., 1995; Janssens and Goris, 2001)などの細胞内タンパク質の特異的な局在をターゲットにする。PP2Aは、tauおよびMAP2などの微小管タンパク質に結合し、そのリン酸化を制御することにより、微小管の安定性の維持に重要な役割を果たす(Mandelkow et al., 1995)。更に、PP2Aは、インビトロおよびインビボにおいて、過剰にリン酸化されたtauの特定部位を脱リン酸化することが示されている(Goedert et al., 1992; Wang et al., 1995; Gong et al., 2000; Planel et al., 2001)。たとえば、PP2Aは、既に形成されたPHFsにおいて、過剰にリン酸化されたtauを脱リン酸化し、これにより、PHFsから分離した脱リン酸化tauが得られ、タンパク質加水分解を受けやすくなる(Wang et al., 1995)。健全なPP2Aシステムは、正常な細胞における細胞骨格の安定性の維持に必須であるだけでなく、細胞ストレスおよび高カルシウム毒性などの病的状況の下で異常に増大したタンパク質リン酸化を修正するのに不可欠である。ADの最終段階において、PP2Aの遺伝子発現および活性は、著しく低下する(Gong et al., 1995; Vogelsberg-Ragaglia et al., 2001)。別の研究において、マウスの脳でPP2Aの変異型の発現が、PP2A活性の著しい減少を引き起こし、特定のセリン/トレオニン残基においてAD様のtauの過剰リン酸化を誘導した(Kins et al., 2001)。
【0005】
PP2Aは、幾つかのタイプの細胞において、MAPキナーゼの不活性化を担うことが分かっており(Alessi et al., 1995; Braconi Quintaje et al., 1996; Chung and Brautigan, 1999)、これは、PP2AがErk2活性の負のレギュレーターとして作用し得ることを示唆する。近年の研究により、PP2AによるMAPキナーゼの不活性化は、PP2AのR2/B調節サブユニットにより特異的に調節されることが示された(Silverstein et al., 2002)。我々は、ブラジキニン刺激のErk1/2リン酸化が、AD細胞で異常に長期化することを以前に示した(Zhao et al., 2002)。
【0006】
アルツハイマー病(AD)の比較的初期の段階の脳における顕著な病的特徴は、神経原線維変化(NFTs)と称される神経原線維内の病変である。ADにおいて、NFT病変の95%は、ペアードヘリカルフィラメント(PHFs)から形成される。PHFsの主要な構成成分は、過剰にリン酸化された微小管結合タンパク質tauであり、これが、細胞骨格タンパク質の不安定性を引き起こす。ホスファターゼ2A(PP2A)は、tauの脱リン酸化を担う主要な酵素である。PP2Aは、tauの脱リン酸化を制御することにより、正常細胞において正常な微小管の安定性を維持することに関与し、病的状況では、既に形成されたPHFsにおいて異常にリン酸化されたtauを低減する。また、PP2Aは、MAPキナーゼファミリーのメンバーであるErk1/2を脱リン酸化する二つのホスファターゼの一つである。PP2Aは、マイトジェンまたは炎症の刺激後にタイムリーにErk1/2を脱リン酸化することにより、細胞をアポトーシスから守る際に主要な役割を果たす。
【0007】
本発明は、PP2Aの機能の異常が、ADの病因の根底にある分子メカニズムの一つとして関与していることを発見したことに、ある程度、基くものである。生きているヒトの脳においてニューロンに直接アクセスすることは不可能であるため、ADの早期診断は、非常に困難である。ある態様において本発明は、AD患者の皮膚細胞におけるErk1/2のリン酸化および分布など、PP2Aおよび関連分子の事象のAD特異的な異常をテストすることによる、ADの早期診断のための非常に実用的で有効なテスト、並びに診断テストキットおよび治療薬開発のための方法に関する。
【発明の概要】
【0008】
一つの態様において、本発明は、ヒト細胞を用いたアルツハイマー病の診断方法を提供する。本発明は、コントロール細胞と比較した際のアルツハイマー病の細胞におけるPP2Aの発現および機能および関連分子の事象の違いを本発明者らが発見したことに基く。本発明の診断方法の何れかまたは全ては、WO 02/067764に記載される診断方法の何れかまたは全てと組み合わせて使用してもよいことが想定され、WO 02/067764は、その全体を参照により本明細書の開示内容の一部とする。一つの態様において、ブラジキニンなどの薬剤による刺激後に細胞外シグナル制御キナーゼのタイプ1または2(Erk1/2)のリン酸化が異常に増大することに基くアルツハイマー病の診断方法、並びにWO 02/067764に記載される関連のアルツハイマー病の診断方法は、本明細書に開示されるアルツハイマー病の診断方法と任意に組み合わせて使用される。
【0009】
本発明は、アルツハイマー病の検出のための診断テストの特異性および効率を改良する、PP2Aに関する幾つかの基準を提供する。また、末梢組織におけるPP2Aの機能のアルツハイマー病に特異的な違いを検出することにより、アルツハイマー病治療用の薬剤開発のための治療ターゲットを同定する生化学的基礎が提供される。
【0010】
一つの側面において、本発明は、コントロール細胞と比較した際のアルツハイマー病の細胞におけるPP2A遺伝子発現のレベルの違いを検出することにより、アルツハイマー病を診断する方法に関する。この態様は、家族性ADと散発性ADの両方の患者に由来する線維芽細胞が、同等年齢の個体に由来する正常な細胞と比較した際に有意に高い基底レベルのPP2A遺伝子発現を示すことを本発明者らが発見したことに基くものである。好ましくは、PP2A遺伝子発現の検出は、逆転写定量的ポリメラーゼ連鎖反応を用いて行われる。好ましい態様において、PP2AをコードするmRNAを、テスト細胞で定量し、非アルツハイマー病のコントロール細胞で測定されたレベルと比較する。
【0011】
別の側面において、本発明は、Erk1/2などのタンパク質のリン酸化を刺激する化合物に応答した、テスト細胞とコントロール細胞におけるPP2A遺伝子発現の違いを検出することによりアルツハイマー病を診断する方法に関するものであり、Erk1/2などのタンパク質のリン酸化は、PP2A遺伝子発現を含むPP2Aを後に活性化するシグナル伝達カスケードの一部である。未刺激の細胞と比較した際の刺激細胞におけるPP2A発現の増大の欠如が、アルツハイマー病の存在を示す。PP2Aは、直接Erk1/2を脱リン酸化するため、Erk1/2はPP2Aの基質である。また、PP2Aは、他の多くのタンパク質を脱リン酸化する。一方、Erk1/2は、PP2Aに加えて他のホスファターゼによっても脱リン酸化され得る。しかし、異常なPP2Aの活性および遺伝子発現は、ブラジキニン刺激に応答した、アルツハイマー病の線維芽細胞におけるErk1/2のリン酸化の増大と特異的に関連している。具体的な態様において、刺激薬剤はブラジキニンである。その他の可能な刺激薬剤には、インスリン、ホルボールエステル、リゾホスファチジルコリン、リポポリサッカリド、アントラサイクリンダウノルビシン、および硫酸バナジルが含まれるがこれらに限定されず、これらはすべて、上流のシグナル経路を介してMAPキナーゼリン酸化を活性化する。この態様は、正常な細胞が、PP2A遺伝子発現をアップレギュレートすることにより、ブラジキニンなどの化合物による刺激に応答することを発見したことに基くものである。対照的に、この正常な応答は、アルツハイマー病の細胞では欠如している。
【0012】
更に別の側面において、本発明は、コントロール細胞と比較した際のアルツハイマー病の細胞におけるPP2Aタンパク質レベルおよび/または酵素活性の違いを検出することによりアルツハイマー病を診断する方法であって、PP2Aタンパク質レベルおよび/または酵素活性の低下が、アルツハイマー病の存在を示す方法に関する。この態様は、PP2Aタンパク質レベルおよびPP2A酵素活性の両方が、正常な細胞と比較してアルツハイマー病の細胞において有意に低下することを本発明者らが発見したことに基くものである。
【0013】
別の側面において、本発明は、PP2A阻害剤の存在下においてブラジキニンなどの薬剤による刺激に対する細胞の応答を評価することによりアルツハイマー病を診断する方法に関する。具体的な態様において、PP2A阻害剤はオカダ酸(okadiac acid)である。この態様は、オカダ酸の存在下でブラジキニンにより処理された正常な細胞が、Erk1/2リン酸化を長期化するが、これは、ブラジキニンの刺激から約10分後までに基底レベルに戻ることを発見したことに基くものである。この正常な応答は、アルツハイマー病の細胞ではみられない。
【0014】
別の側面において、本発明は、細胞におけるリン酸化Erk1/2の細胞内(subcellular)分布を評価することによりアルツハイマー病を診断する方法に関する。この態様は、リン酸化Erk1/2が、正常な細胞の核に集中しているが、アルツハイマー病の細胞では、リン酸化Erk1/2が核外領域(すなわち、サイトゾルコンパートメント)に分布することを発見したことに基くものである。
【0015】
本明細書に記載される方法は、単独で、または非常に特異的で有効なアルツハイマー病診断用テストと任意に組合せて、使用することができる。
【0016】
更に別の側面において、本発明は、本明細書に記載されるテストを用いて、アルツハイマー病の治療または予防のための治療物質をスクリーニングする方法に関する。このスクリーニング方法は、本明細書で更に説明されるとおり、PP2Aおよび関連分子の事象におけるアルツハイマー病関連の異常を本発明者らが発見したことに基くものである。
【0017】
また、本発明は、本発明の診断方法を実施するのに有効なプロダクトを含むキットに関する。
【0018】
本発明のアルツハイマー病の診断方法および治療方法は、本発明者らにより初めてなされた以下の観察に基くものである。
【0019】
家族性ADと散発性ADの両方の患者に由来する線維芽細胞は、同等年齢の個体に由来する正常な細胞と比較した際に有意に高い基底レベルのPP2A遺伝子発現を示す。
【0020】
正常な同等年齢のコントロール(AC)細胞は、PP2A遺伝子発現をアップレギュレートして、BK刺激に応答する。この正常な応答は、AD細胞では欠如している。
【0021】
AD細胞においてPP2Aのタンパク質レベルおよび酵素活性のいずれも、AC細胞と比較して有意に低い。
【0022】
PP2A阻害剤であるオカダ酸(OA)の存在下でAC細胞をBKにより処理すると、Erk1/2リン酸化は長期化し、これは、BK刺激から約10分後までに基底レベルに戻る。BK−刺激されたErk1/2リン酸化は、正常な脱リン酸化メカニズムの阻害によりAD細胞で持続するため、OAの適用は、Erk1/2リン酸化の程度に対して何の付加的影響も及ぼさない。このため、AC細胞における+OA/-OA Erk1/2リン酸化の比は、AD細胞におけるその比より有意に大きい。
【0023】
Erk1/2がAC細胞でリン酸化されると、それは核内に集中するが、AD細胞では、リン酸化Erk1/2は、核外領域に分布する。
【0024】
AC細胞とAD細胞の上述の違いはすべて、アルツハイマー病診断のための臨床試験および診断キットの基礎、並びに本明細書に開示されるアルツハイマー病の治療または予防のための化合物をスクリーニングする方法の基礎を形成する。
【0025】
本発明の好ましい態様において、ヒトの皮膚線維芽細胞が、本発明のテストおよび診断アッセイで使用されるが、血液細胞が使用されてもよい。一つの態様において、同一個体に由来する細胞を、薬理学的処理のために幾つかのフラスコで培養することができる。
【0026】
一つの態様において、PP2A遺伝子発現は、384-または96-ウェルマイクロプレートを備えたTaqman(登録商標)リアルタイムPCR装置を用いて、逆転写定量的PCR(RVQ-PCR)により調べる。ある態様において、GAPDHなどの真核細胞で多量に発現されるレファレンス遺伝子を同時に増幅し、標準化のために使用する。
【0027】
一つの態様において、PP2Aタンパク質レベルおよびErk1/2リン酸化は、ウェスタンブロットまたはELISAにより調べる。
【0028】
一つの態様において、Erk1/2の核内トランスロケーションを測定する。細胞をBKにより刺激し、活性化Erk1/2の核内分布を、免疫細胞化学により、あるいは核とサイトゾルの間のホスホ−Erk1/2のテスト比を決定することにより調べる。
【0029】
セリン/トレオニンホスファターゼ2A(PP2A)は、微小管結合タンパク質tauおよびマイトジェン活性化プロテイン(MAP)キナーゼの脱リン酸化を調節する際に重要な役割を果たすため、アルツハイマー病(AD)の病因に関与している。本発明者らは、PP2Aが、BK刺激により活性化された後、細胞外シグナル制御キナーゼ1/2(Erk1/2)の脱リン酸化を担うことを見出した。また、本発明者らは、PP2Aの異常な遺伝子およびタンパク質発現、並びに異常なPP2A活性が、AD線維芽細胞においてErk1/2リン酸化を異常に長期化することに寄与することを見出した。オカダ酸によるPP2Aの阻害は、BK刺激後のErk1/2リン酸化の増大と長期化を引き起こすが、PP2Bの阻害剤であるFK506およびFK結合タンパク質は、BK刺激によるErk1/2リン酸化を阻害する。更に、リン酸化Erk1/2は、AC細胞では核内に集中するが、AD細胞では核外コンパートメントに主に分布する。本発明者らは、BK刺激による活性化の後、AD細胞でErk1/2の脱リン酸化が遅延するのは、PP2A活性の欠損およびリン酸化Erk1/2の核内トランスロケーションの異常が原因であることを見出した。
【発明の詳細な説明】
【0030】
本発明は、アルツハイマー病の線維芽細胞においてPP2Aの発現、機能および関連の生化学的事象の特定の異常を発見したことに基く、ヒト細胞でアルツハイマー病を診断する方法に関する。ブラジキニンにより誘導されるErk1/2リン酸化の持続は、アルツハイマー病の線維芽細胞で以前に見出されており、WO 02/067764の主題であり、WO 02/067764は、その全体を参照により本明細書の開示内容の一部とする。生きているヒトの脳においてニューロンに直接アクセスすることは不可能であるため、アルツハイマー病の早期診断は、非常に困難である。アルツハイマー病患者の末梢細胞におけるErk1/2のリン酸化および分布など、PP2Aおよび関連分子の事象のアルツハイマー病に特異的な異常をテストすることにより、本発明は、アルツハイマー病の早期診断のための非常に実用的で、高感度で、有効なテストを提供する。更に、本明細書に記載されるアルツハイマー病に特異的な違いは、薬剤開発のための治療ターゲットを同定する基礎を提供する。
【0031】
本発明は、ヒトの末梢細胞でアルツハイマー病を評価するための幾つかの診断テストのベースとして、以下の基準を使用する:1)PP2A基質のリン酸化を刺激する薬剤で処理した際、または処理しなかった際の、遺伝子レベルでのPP2A発現;2)PP2A基質のリン酸化を刺激する薬剤で処理した際、または処理しなかった際の、タンパク質レベルでのPP2A発現およびPP2A酵素活性;3)基質リン酸化の程度に対する、PP2A機能を阻害する薬剤の効果;および4)コントロール細胞とアルツハイマー病細胞の間の、PP2A基質であるリン酸化Erk1/2の細胞内分布(またはトランスロケーション)の違い。後述のテストは、それぞれ単独で使用してもよいし、更なる特異性を提供するために任意の組合せで使用してもよい。
【0032】
基底のPP2A遺伝子発現を評価する方法
一つの態様において、本発明は、個体から細胞サンプルを入手し、細胞サンプルにおけるPP2A遺伝子発現の基底レベルを検出することにより、個体のアルツハイマー病を診断する方法に関する。この態様は、家族性アルツハイマー病と散発性アルツハイマー病の両方の患者に由来する線維芽細胞が、同等年齢の個体に由来する非アルツハイマー病の細胞と比較した際に有意に高い基底レベルのPP2A遺伝子発現を示すことを本発明者らが発見したことに基くものである。したがって、高い基底レベルのPP2Aは、アルツハイマー病の存在を示す。一つの態様において、テスト細胞におけるPP2AをコードするmRNAレベルを定量し、コントロール細胞におけるPP2AをコードするmRNAレベルと比較する。
【0033】
本発明の方法において、個体または患者から採取される細胞は、任意の生存可能な細胞とすることができる。好ましくは、細胞は、皮膚線維芽細胞であるが、その他の任意の末梢組織細胞(すなわち中枢神経系を除く)が、入手または処理が簡便な場合、本発明のテストで使用されてもよい。その他の適切な細胞には、血液細胞、たとえば赤血球およびリンパ球、頬粘膜細胞、神経細胞、たとえば嗅神経ニューロン、脳脊髄液、尿、およびその他の任意の末梢細胞タイプが含まれるが、これらに限定されない。更に、比較の目的のために使用される細胞は、必ずしも健康なドナーから得る必要はない。
【0034】
細胞は、フレッシュなものであっても、培養されたものであってもよい(U.S.Patent No.6,107,050を参照、これは、その全体を参照により本明細書の開示内容の一部とする)。具体的な態様において、被検体から皮膚線維芽細胞を得るために、パンチ皮膚(a punch skin)を使用することができる。これら線維芽細胞は、本明細書に記載される技術を用いて直接分析されるか、あるいは細胞培養条件に導入される。得られた培養線維芽細胞は、その後、実施例および本明細書を通して記載されるとおり分析される。分析のために使用され得るその他の細胞タイプ、たとえば、頬粘膜細胞、神経細胞、たとえば嗅細胞、血液細胞、たとえば赤血球およびリンパ球などを調製するために、その他の工程が必要とされてもよい。たとえば、血液細胞は、末梢静脈から血液を抜き取ることにより容易に入手することができる。細胞は、その後、標準的手法により(たとえば、セルソーター、遠心分離などを用いて)分離した後、分析することができる。
【0035】
好ましい態様において、細胞サンプルにおけるPP2A遺伝子発現のレベルは、384-または96-ウェルマイクロプレートを備えたTaqman(登録商標)リアルタイムPCR装置を用いて、逆転写定量的ポリメラーゼ連鎖反応(RVQ-PCR)により測定される。GAPDH(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)などの真核細胞で多量に発現されるレファレンス遺伝子を同時に増幅し、標準化のために使用すべきである。本発明によれば、同等年齢の個体に由来する正常な細胞と比較して高い基底レベルのPP2A遺伝子発現は、アルツハイマー病の存在を示す。
【0036】
PP2A基質のリン酸化を刺激する薬剤で細胞を刺激した後の、PP2A遺伝子発現の変化を評価する方法
本発明の更なる態様は、アルツハイマー病を診断する方法であって、被検体から細胞サンプルを得る工程と、当該サンプルを、PP2A基質のリン酸化を刺激する薬剤と接触させる工程と、刺激細胞におけるPP2A遺伝子発現のレベルを、当該個体に由来する未刺激の同タイプの細胞におけるPP2A遺伝子発現のレベルと比較する工程とを含む方法に関する。具体的な態様において、薬剤はブラジキニンである。この態様において、未刺激の細胞と比較した際の刺激細胞におけるPP2A遺伝子発現のブラジキニンによる誘発の欠如が、アルツハイマー病の存在を示す。この方法は、コントロール細胞が、ブラジキニン刺激に応答してPP2A遺伝子発現をアップレギュレートするが、この正常なアップレギュレーション応答が、アルツハイマー病患者の細胞で欠如していることを本発明者らが発見したことに基くものである。その他の可能な刺激薬剤には、インスリン、ホルボールエステル、リゾホスファチジルコリン、リポポリサッカリド、アントラサイクリンダウノルビシン、および硫酸バナジルが含まれるが、これらに限定されない。
【0037】
ブラジキニンは、種々の炎症状態の過程で生成する強力な血管作用性ノナペプチドである。ブラジキニンは、特定の細胞膜ブラジキニンレセプターに結合し、それを活性化することにより、細胞内事象のカスケードを誘発し、これが、「マイトジェン活性化プロテインキナーゼ」(MAPK)として知られているタンパク質のリン酸化につながる。タンパク質のリン酸化、すなわちSer、Thr、またはTyr残基へのリン酸基の付加は、プロテインキナーゼとして集合的に知られている多数の酵素により媒介される。リン酸化は、標準的にはタンパク質の機能を改変し、通常タンパク質を活性化する。リン酸化が一過的なプロセスであり、基質を脱リン酸化するホスファターゼ酵素により逆行することをホメオスタシスは要求する。リン酸化または脱リン酸化の何らかの異常は、生化学的経路および細胞機能を混乱させるかもしれない。かかる混乱は、ある種の脳疾患のベースとなり得る。
【0038】
別の具体的な態様において、ブラジキニン誘導性PP2A遺伝子発現は、+ブラジキニン/-ブラジキニン(BK)比を計算することにより、好ましくは評価される。BK刺激細胞および非刺激細胞に由来するPP2A遺伝子発現は、リアルタイムRT-PCRを介して行われる。内部標準化のため、同一の細胞サンプルに由来するGAPDHまたはS18 rRNAなどの「ハウスキーパー」遺伝子の遺伝子発現を同時に行う。PP2Aおよびハウスキーパー遺伝子のmRNA濃度は、cDNAサンプルの連続希釈により各遺伝子について作成した標準曲線に従って、リアルタイムPCR装置により自動計算される。PP2A遺伝子発現の濃度を示す値は、ハウスキーパー遺伝子の濃度を示す値に対して標準化される:NR=GT/GH。ここで、NRは、標準化された遺伝子発現であり;GTは、標準化前のターゲット遺伝子(PP2A)発現の値であり;GHは、ハウスキーパー遺伝子の遺伝子発現の値である。次に、BK+細胞およびBK-細胞に由来するNGの比を、R=NGBK+/NGBK-により計算する。ここで、Rは、+ブラジキニン/-ブラジキニン(BK)比であり;NGBK+は、BK+細胞に由来する標準化されたPP2A遺伝子発現であり;NGBK-は、BK-細胞に由来する標準化されたPP2A遺伝子発現である。
【0039】
PP2Aタンパク質レベルおよび酵素活性を評価する方法
本発明の別の態様は、被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、被検体から細胞サンプルを得る工程と、当該サンプルにおけるPP2Aタンパク質レベルおよび/またはPP2A酵素活性を検出する工程とを含む方法に関する。この態様は、アルツハイマー病細胞におけるPP2Aタンパク質レベルおよび酵素活性の両方が、非アルツハイマー病の細胞と比較して有意に低いことを本発明者らが発見したことに基くものである。
【0040】
好ましい態様において、細胞に存在するPP2Aタンパク質のレベルは、ウェスタンブロットにより検出される。PP2Aのタンパク質レベルは、抗PP2A抗体(Biosource)を用いて、線維芽細胞で測定することができる。好ましくは、様々なタンパク質のレベルを、標準化のためのレファレンスタンパク質として同一のサンプルで測定すべきである。可能なレファレンスタンパク質の例には、アネキシン-IIまたはアクチンが含まれるが、これらに限定されない。別の態様において、ADおよびAC細胞におけるPP2A活性のレベルは、基質としてp-ニトロフェニルホスフェート(PNPP)を用いた手法(Pierce Biotechnology)によりアッセイされる。酵素活性のアッセイは、96-ウェルマイクロプレートで行われる。反応は、約90μlの反応混合液に約10μlのACまたはAD細胞溶解物の各々を添加することにより開始し、約30℃で約15分間インキュベートし、BioRadマイクロプレートリーダーで420 nMの波長における値を測定する。約10 nMのPP2A阻害剤オカダ酸が存在する反応に由来する値を引き算した後、PP2Aの活性を、精製PP2Aタンパク質の一連の既知の濃度により作成した標準曲線に従って計算する。
【0041】
一つの態様において、ELISAは、以下の手法に従って行われる:1)2回または3回処理後の線維芽細胞溶解物を、抗Erk抗体で予めコーティングした96-ウェルマイクロプレートに添加する。2)マイクロプレートウェル中のサンプルを、室温で約2時間インキュベートする。3)サンプルを吸引し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)ベースの洗浄緩衝液でウェルを洗浄する。4)抗ホスホ−Erk1/2または抗レギュラーErk1/2抗体の作動性希釈液を各ウェルに添加し、室温で約1時間インキュベートする。5)吸引し、洗浄緩衝液でウェルを洗浄する。6)西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を結合した二次抗体の作動性希釈液を各ウェルに添加し、ウェルを室温で約30分間インキュベートする。7)吸引し、洗浄緩衝液でウェルを洗浄する。8)ジアミノベンジン(DAB)などの安定化クロモゲンを添加し、室温で約30分間インキュベートする。9)停止溶液を添加し、450 nmにおける吸光度を測定する。Erk1/2のリン酸化を、標準化後に評価する:NR=AP/AR。ここで、NR=標準化された比であり;APは、ホスホ−Erk1/2の吸光度の値であり;ARは、トータル(レギュラー)Erk1/2の吸光度である。
【0042】
PP2Aを阻害する薬剤およびPP2A基質のリン酸化を刺激する薬剤を用いてアルツハイマー病を診断する方法
更に別の態様において、本発明は、アルツハイマー病を診断する方法であって、被検体から細胞サンプルを得る工程と、当該細胞を、PP2A基質のリン酸化を刺激する第一の薬剤と、PP2A阻害剤である第二の薬剤の存在下で接触させる工程と、当該接触工程の開始から所定時間後に、サンプル細胞におけるPP2A基質のリン酸化のレベルを測定する工程と、基質リン酸化の当該レベルを、同じ所定時間後の公知の非アルツハイマー病細胞における基質リン酸化のレベルと比較する工程とを含み、公知の非アルツハイマー病細胞と比較した際のサンプル細胞におけるPP2A阻害剤に対する応答の欠如が、アルツハイマー病の存在を示す方法に関する。
【0043】
この態様は、非アルツハイマー病細胞を、オカダ酸などのPP2A阻害剤の存在下において、ブラジキニンなどの物質により処理すると、Erk1/2のリン酸化は長期化されるが、これは、正常細胞では、ブラジキニンの刺激から約10分後に基底レベルに戻ることを本発明者らが発見したことに基くものである。この応答は、アルツハイマー病の細胞ではみられない。ブラジキニン刺激のErk1/2リン酸化は、アルツハイマー病の細胞では、正常な脱リン酸化メカニズムの阻害により持続するため、オカダ酸などのPP2A阻害剤の適用は、Erk1/2リン酸化の程度に対して何の付加的影響も及ぼさない。このため、非アルツハイマー病細胞における+オカダ酸/−オカダ酸 Erk1/2リン酸化の比は、アルツハイマー病細胞における比より有意に大きい。
【0044】
好ましい態様において、被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、被検体から細胞サンプルを得る工程と、コントロール細胞および前記細胞サンプルを、PP2A基質のリン酸化を刺激する第一の薬剤と接触させ(ある態様では、薬剤はブラジキニンであり、PP2A基質はErk1/2である)、ここで接触が、PP2A阻害剤である第二の薬剤の存在下と非存在下で行われる(ある態様では、第二の薬剤はオカダ酸である)工程と、前記接触工程の開始から所定時間後に(好ましい態様では、約5分後、または約10分後、または約15分後に)、前記コントロール細胞および前記細胞サンプルから、PP2A基質のリン酸化のレベルを測定する工程と、前記細胞サンプルからのPP2A基質のリン酸化のレベルを、PP2A阻害剤である前記第二の薬剤の存在下と非存在下で比較する工程とを含み、前記第二の薬剤の存在下と非存在下におけるPP2A基質のリン酸化の程度の間の有意な差の欠如が、細胞を採取した被検体におけるアルツハイマー病の存在を示す方法を開示する。コントロール細胞は、PP2A阻害剤である第二の薬剤の存在下と非存在下におけるPP2A基質のリン酸化のレベルに統計上の有意な差を示す。
【0045】
好ましい態様において、Erk1/2のリン酸化は、抗ホスホ−Erk1/2抗体を用いてウェスタンブロットでアッセイされる。リン酸化Erk1/2の免疫反応性シグナルのレベルは、デンシトメータースキャンにより定量される。ホスホ−Erk1/2シグナルの平均濃度は、トータルErk1/2シグナルの平均濃度を用いて標準化され、トータルErk1/2シグナルは、同一の細胞溶解物サンプルから、抗レギュラーErk1/2抗体を用いて、別のウェスタンブロットで検出される。標準化の式は、NR=DP/DRである。ここで、NR(normalized ratio)は、Erk1/2リン酸化の程度を示し;DPは、ホスホ−Erk1/2の平均濃度であり;DRは、同一サンプルからウェスタンブロットで検出されたErk1/2の総量の平均濃度である。次に、オカダ酸の存在下と非存在下におけるNRの比(テスト比)を、以下の式により計算する:TR=NROA+/NROA-。ここで、TRはテスト比であり、NROA+は、OAの存在下における標準化された比であり、NROA-は、OAの非存在下における標準化された比である。
【0046】
細胞におけるリン酸化Erk1/2の分布を測定する方法
リン酸化Erk1/2の分布を定量する多くの方法が想定され、これらは本発明の範囲内である。二つの好ましい方法を以下に開示する。好ましい方法1)では、BK刺激後のErk1/2のリン酸化を、免疫細胞化学で検出し、シグナルを蛍光顕微鏡で取得する。核およびサイトゾルにおけるホスホ−Erk1/2シグナルを示す蛍光強度は、MetamorphまたはNIH Imageなどのコンピューターソフトウェアを用いて別々に定量する。サイトゾルのホスホErk1/2に対する核のホスホErk1/2の比を、DR=PN/PCにより計算する。ここで、DRは、リン酸化Erk1/2の分布比であり;PNは、核のホスホ−Erk1/2であり;PCは、サイトゾルのホスホ−Erk1/2である。好ましい方法2)では、細胞を、BK刺激後、核分画とサイトゾル分画にそれぞれ分画する。これら分画に由来するErk1/2のリン酸化の程度を、ウェスタンブロットまたはELISAによりアッセイする。サイトゾルのp−Erk1/2に対する核のp−Erk1/2の比を、DR=DPN/DPCにより計算する。ここで、DRは、分布比であり;DPNは、核のホスホ−Erk1/2の平均デンシトメーター値であり;DPCは、サイトゾルのホスホ−Erk1/2の平均デンシトメーター値である。
【0047】
更なる態様において、本発明は、非アルツハイマー病細胞とアルツハイマー病細胞におけるリン酸化Erk1/2の細胞内分布(またはトランスロケーション)の違いを測定する方法を提供する。この態様は、コントロール細胞では、リン酸化Erk1/2が核に集中するが、アルツハイマー病細胞では、リン酸化Erk1/2が細胞の核外スペース(すなわち細胞質)に分布することを本発明者らが発見したことに基くものである。本発明に従って、Erk1/2の核内トランスロケーションは、Erk1/2のリン酸化を刺激する薬剤で細胞を刺激することにより試験され、活性化(すなわちリン酸化)Erk1/2の核内分布は、好ましくは、免疫細胞化学により、あるいは核とサイトゾルのリン酸化Erk1/2のテスト比により調べられる。リン酸化Erk1/2の核内トランスロケーションは、ウェスタンブロットおよびELISAにより調べることもできる。リン酸化Erk1/2を検出するための他の任意の方法が想定され、これらには、フローサイトメトリー、プロテインキナーゼアッセイ、放射性標識ホスフェートを用いた免疫沈降、質量分析、蛍光標識抗体を用いた蛍光共鳴エネルギー伝達、磁気ビーズに結合した抗体を用いた免疫沈降、MAPキナーゼ基質を用いたアフィニティーベースのアッセイ、ノーザンブロット、一次元または二次元ゲルクロマトグラフィー、必要に応じてその後のリンタンパク質の染色または検出、酵素活性アッセイが含まれるが、これらに限定されない。
【0048】
本発明のイムノアッセイは、免疫蛍光アッセイ、ラジオイムノアッセイ、ウェスタンブロットアッセイ、酵素イムノアッセイ、免疫沈降、化学発光アッセイ、免疫組織化学アッセイ、ドットまたはスロットブロットアッセイなどとすることができる。(In“Principles and Practice of Immunoassay”(1991) Christopher P. Price and David J. Neoman (eds), Stockton Press, New York, New York, Ausubel et al. (eds ) (1987) in“Current Protocols in Molecular Biology”John Wiley and Sons, New York, New York)。検出は、比色分析または放射能による方法、または当業者に公知の他の任意の慣用的な方法により行うことができる。ELISAに関して当該技術分野で公知の標準的技術は、Methods in Immunodiagnosis, 2nd Edition, Rose and Bigazzi, eds., John Wiley and Sons, New York 1980、およびCampbell et al., Methods of Immunology, W.A. Benjamin, Inc., 1964に記載され、これらは何れも参照により本明細書の開示内容の一部とする。かかるアッセイは、当該技術分野において記載されるとおり、直接的、間接的、競合的、または非競合的イムノアッセイとすることができる。(In“Principles and Practice of Immunoassay”(1991) Christopher P. Price and David J. Neoman (eds), Stockton Pres, NY, NY; Oellirich, M. 1984. J. Clin. Chem. Clin. Biochem. 22: 895-904 Ausubel, et al. (eds) 1987 in Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley and Sons, New York, New York)。
【0049】
先に記載したとおり、診断を受ける患者から採取した細胞は、任意の細胞であり得る。使用され得る細胞の例には、線維芽細胞、頬粘膜細胞、血液細胞、たとえば赤血球、リンパ球およびリンパ芽球細胞、および神経細胞、並びに他の任意のErk1/2タンパク質発現細胞が含まれるが、これらに限定されない。検死サンプルおよび病理サンプルが使用されてもよい。これら細胞を含む組織が使用されてもよい。細胞は、フレッシュなもの、培養されたもの、凍結されたものの何れでもよい。細胞または組織から単離したタンパク質サンプルは、診断アッセイにすぐに使用してもよいし、後の使用のために凍結してもよい。好ましい態様において、線維芽細胞が使用される。線維芽細胞は、皮膚パンチバイオプシーにより入手することができる。
【0050】
タンパク質は、当業者に公知の慣用的な方法により細胞から単離することができる。好ましい態様において、患者から単離された細胞は、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し沈殿させた。その後、50 nM NaF、1mM EDTA、1 mM EGTA、20μg/ml ロイペプチン、50μg/ml ペプスタチン、10 mM TRIS-HCl、pH= 7.4を含む“ホモジナイゼーション緩衝液”で洗浄し、遠心分離により沈殿させた。上清を捨て、沈殿に“ホモジナイゼーション緩衝液”を添加し、その後、沈殿の音波処理を行った。タンパク質抽出物は、フレッシュなものを使用してもよいし、後の分析のために−80℃で保存してもよい。
【0051】
本発明のこの方法において、開示されるイムノアッセイに使用される抗体は、由来がモノクローナルであってもポリクローナルであってもよい。抗体を作成するために使用されるリン酸化および非リン酸化Erk1/2タンパク質またはその一部は、天然由来のもの、組換え体に由来するもの、化学合成により作成されたものの何れでもよい。天然のErk1/2タンパク質は、慣用的な方法により生物学的サンプルから単離することができる。Erk1/2タンパク質を単離するために使用され得る生物学的サンプルの例には、皮膚細胞、たとえば線維芽細胞、線維芽細胞の細胞株、たとえばアルツハイマー病の線維芽細胞の細胞株、およびコントロール線維芽細胞の細胞株が含まれるが、これらに限定されず、これらは、Coriell Cell Repositories, (Camden, N.J.) から商業的に入手可能であり、the National Institute of Aging 1991 Catalog of Cell Lines, National Institute of General Medical Sciences 1992/1993 Catalog of Cell Lines [(NIH Publication 92-2011 (1992)] に掲載される。
【0052】
本発明は、上述の診断テストの何れかを実施する際に使用することができるキットに関することが更に想定される。先に記載したとおり、キットは、本明細書に記載される単一の診断テストまたはそのテストの任意の組み合わせを含んでもよい。かかるキットは、PP2Aまたはリン酸化PP2Aの基質を認識する抗体、並びに、PP2A基質のリン酸化を刺激する任意の化合物(たとえばブラジキニン)および/またはPP2A機能の阻害剤(たとえばオカダ酸)を具備することができる。抗体は、ポリクローナルであってもモノクローナルであってもよい。キットは、診断テストにおける抗体または他の構成成分の使用に関する説明書を含んでいてもよい。キットは、診断テストを行うための他の試薬、たとえばPP2Aをコードする遺伝子および「ハウスキーパー遺伝子」(たとえばGAPDH)をコードする遺伝子に特異的なPCRまたはRT-PCR用のオリゴヌクレオチドプライマーを含んでいてもよい。キットは、緩衝液、二次抗体、コントロール細胞などを含んでいてもよい。
【0053】
治療物質を同定するためのスクリーニング方法
別の態様において、本明細書に記載される診断テストは、アルツハイマー病の治療または予防に有効な物質をスクリーニングし、同定するために使用することもできる。この態様に従って、本明細書に記載されるアルツハイマー病関連の違いを逆行させるか、または改善する(すなわち、正常な細胞でみられるレベルに戻す)物質が、アルツハイマー病の治療に有効な可能性がある物質として同定、選択される。
【0054】
一例として、治療物質をスクリーニングするかかる方法は、アルツハイマー病患者に由来する細胞サンプルを、スクリーニングされる物質と接触させる工程と、当該サンプルにおけるPP2A遺伝子発現のレベルを検出する工程を含み、アルツハイマー病細胞に関連したPP2A遺伝子発現の異常な上昇レベルの低下により、当該物質が、アルツハイマー病の治療または予防に有効な可能性があることが示される。AD細胞におけるPP2A遺伝子発現の上昇は、PP2Aタンパク質レベルの低下およびPP2A活性の減少に対する細胞の補償である。PP2Aタンパク質レベルを増大させるか、またはPP2A活性を高める物質は、Erk1/2リン酸化の長期化を軽減するため、ADの治療に有効な可能性がある。PP2Aタンパク質および活性が増大すると、PP2A遺伝子発現の上昇は、正常なレベルに戻ることができる。
【0055】
本明細書に開示される化合物スクリーニング方法の別の好ましい態様において、アルツハイマー病関連の異常は、Erk1/2のリン酸化を刺激する薬剤と接触させた細胞におけるPP2A発現の増大の欠如である。この態様において、Erk1/2のリン酸化を刺激するブラジキニンなどの薬剤と接触させた細胞においてPP2A発現の増大を回復させる化合物は、アルツハイマー病の治療または予防に有効な可能性がある化合物と同定される。
【0056】
本明細書に開示される化合物スクリーニング方法の別の好ましい態様において、アルツハイマー病関連の異常は、非アルツハイマー病のコントロール細胞と比較した際のPP2Aタンパク質またはPP2A酵素活性の低下である。この態様において、アルツハイマー病を有する被検体から単離した細胞においてPP2Aタンパク質のレベルまたはPP2A酵素活性を回復させる化合物は、アルツハイマー病の治療または予防に有効な可能性がある化合物と同定される。
【0057】
本明細書に開示される化合物スクリーニング方法の別の好ましい態様において、アルツハイマー病関連の異常は、テスト細胞を、オカダ酸の存在下でブラジキニンにより処理した際の正常な応答の欠如である。この態様において、アルツハイマー病を有する被検体から単離された細胞において正常な応答を回復させる化合物は、アルツハイマー病の治療または予防に有効な可能性がある化合物と同定される。
【0058】
本明細書に開示される化合物スクリーニング方法の更に好ましい態様において、アルツハイマー病関連の異常は、核外領域におけるリン酸化Erk1/2の分布である。この態様において、アルツハイマー病を有する被検体から単離された細胞の核においてリン酸化Erk1/2の正常な分布を回復させる化合物は、アルツハイマー病の治療または予防に有効な可能性がある化合物と同定される。
【0059】
本発明に記載されるアルツハイマー病関連の違いの何れかを適合させて、アルツハイマー病の治療または予防のための治療物質を同定するためのスクリーニング方法またはアッセイの基礎を形成できることを、当業者であれば容易に認識するでしょう。更に、かかる方法は、当該技術分野で周知である、および/または本明細書および実施例に開示される任意の技術または材料を利用するでしょう。
【0060】
本発明者らは、セリン/トレオニンホスファターゼ2Aが、AD患者の線維芽細胞において欠陥があることを見出した。この欠陥には、遺伝子とタンパク質レベルにおけるPP2Aの異常な発現、およびそのホスファターゼ活性の欠陥が含まれる。AD細胞およびAC細胞においてPP2A遺伝子発現を、mRNAレベルを比較するための高感度な方法であるRTQ-PCRにより測定する(Heid et al., 1996; Winer et al., 1999; Livak and Schmittgen, 2001)。cDNAコピーの最初の量の違いによるサンプルごとのばらつきを最小限にするために、GAPDH mRNAのレベルを、PP2A遺伝子発現の標準化のために使用する。逆転写されたサンプル中にゲノムDNAは含まれないため、増幅されたcDNAコピーはすべて、AD細胞とAC細胞から調製されたmRNAに起因するものである。特徴的な融解曲線(TM)により、並びに期待される配列サイズをもつTBEゲル上で分離されたPP2AまたはGAPDHの単一のPCR産物(図1)により実証されるとおり、PCR産物は、PP2AおよびGAPDHに特異的である。
【0061】
PP2A遺伝子発現の有意に高い基底レベルが、AD細胞で存在する。しかし、高い基底PP2A mRNAレベルは、必ずしも高いタンパク質発現につながらないし、必ずしも正常なPP2A機能を示さない。実際、AD細胞では、コントロール細胞と比較してPP2Aの量は有意に低く、PP2A酵素活性も有意に低い。ADは、病因的に異質の(heterogeneous)障害であるため、AD細胞における異常なPP2Aの発現および活性の根底にある上流の分子メカニズムには、複数の因子が関与し得る。AD細胞におけるPP2Aのタンパク質レベルの低下は、タンパク質合成における転写後プロセスの欠陥の結果であるかもしれないし、および/または異常に増大したタンパク質加水分解または誤ったタンパク質フォールディングによるPP2Aタンパク質の安定性の欠陥の結果であるかもしれず、誤ったタンパク質フォールディングは、PP2Aタンパク質の分解を促進することができる。AD細胞におけるPP2Aタンパク質の低下は、PP2A活性の減少を引き起こすでしょう。加えて、酵素特性の変化、たとえば調節ドメインの基質結合親和性および/または触媒サブユニットの活性の変化も、PP2A機能を損なわせる因子である。
【0062】
ADにおけるカルシウムホメオスタシスの混乱など、上流の分子事象における他の異常が公知である。二つのCA2+結合EFバンドモチーフが、PP2AのB/PR72調節サブユニットで同定され、これがPP2A活性の調節に関与している(Janssens et al., 2003)。この著者らは、インビボシステムにおいて、低いCA2+濃度は、PP2A活性を増大させるが、高いCA2+濃度は、PP2A活性を阻害することを示した(Janssens et al., 2003)。異常に上昇した細胞内カルシウムシグナリングは、AD由来の様々なタイプの細胞でみられ、プレセニリン-1の変異により引き起こされるものも含まれる(Sheehan et al., 1997; Etcheberrigaray et al., 1998; Putney, 2000; Yoo et al., 2000; Mattson et al., 2001)。細胞内CA2+レベルの増大とともに酸化ストレスは、PP2A機能の欠陥に寄与する重大な因子であり得、上流のプロテインキナーゼ、たとえばMEK、PKC、およびPP60-srcの活性の上昇は、MAPキナーゼ活性の増大と長期化につながる。たとえば、異常に増大したpp60-src活性は、MAPキナーゼリン酸化を促進するだけでなく(Zhao et al., 2002)、PP2A活性を抑制することもでき(McMahon et al., 2001)、これらはいずれも、AD細胞におけるMapキナーゼ経路の調節異常の原因となる。
【0063】
PP2AのmRNA発現は、死後のAD脳において低下する(Gong et al., 1995; Vogelsberg-Regaglia et al., 2001)。本明細書に開示されるPP2A mRNAの基底レベルの増大は、AD細胞におけるタンパク質発現と酵素機能の欠陥に対する細胞の補償メカニズムであると考えられる。この補償現象は、本明細書で示されるとおり、生きているAD細胞でみられるが、ADの末期には完全に縮小し、その結果、死後のAD脳では、PP2A mRNAの低いレベルが検出される。
【0064】
BKは、一連の細胞内CA2+依存性シグナル伝達プロセス、たとえばタンパク質のリン酸化、および遺伝子発現につながる転写因子の活性化を刺激する有効な炎症メディエイターである(Connolly, 1998; Liebmann, 2001)。正常なフィードバックメカニズムの一部として、細胞刺激に応答したタンパク質のリン酸化の結果、ホスファターゼが活性化され、細胞に充分な酵素を供給するために、特定のホスファターゼの遺伝子発現がアップレギュレートされ得る。本発明者らは、AC細胞をBKで約10分間刺激すると、PP2A遺伝子発現の有意な上昇が検出されることを実証し、これは、薬理学的刺激に対する正常な細胞応答を示す。しかしこの応答は、AD細胞では、PP2A mRNAレベルがBK刺激後に変化しないため、みられない。刺激に応答したPP2A遺伝子発現の調節能力のかかる欠如は、AD発病の間、PP2A機能の欠陥の根底にある。
【0065】
BKは、Erk1/2リン酸化の増大を引き起こす。AC細胞では、Erkリン酸化のかかる増大は数分間続き、刺激から約10分後までにコントロールレベルに戻る。しかし、AD細胞では、これは有意に持続する(Zhao et al., 2002)。PP2Aの機能不全は、AD関連のErk1/2リン酸化の増大に寄与する。本発明者らは、ブラジキニン刺激後のErk1/2リン酸化に対するPP2A阻害剤、たとえばOA、およびPP2B阻害剤FK506の影響を決定した。OAによるPP2Aの阻害は、Erk1/2リン酸化を増大させる。AC細胞におけるこの増大は、AC細胞における+OA/-OAの有意に高い比により、AD細胞における増大より著しく大きい。OAは、一回投与量(約10 nM)で使用して、PP2Aを選択的に阻害するため(Nagao et al., 1995; Sheppeck et al., 1997; Fernandez et al., 2002)、FK506がErk1/2リン酸化を阻害しないという結果と併せると、PP2Aは、線維芽細胞においてBK−誘導性Erk1/2リン酸化の不活性化を担当するが、PP1またはPP2Bなどの他のホスファターゼは担当しない。したがって、AD細胞においてBK刺激により誘導されたErk1/2リン酸化の持続は、PP2A機能の欠陥によるものである。
【0066】
細胞をFK506で処理すると、BKにより誘導されたAD細胞におけるErk1/2リン酸化の長期化は、停止する。PP2Bに加えて、FK506も、ペプチジルプロリルシス/トランスイソメラーゼ(PPIase)のクラスを代表するFK結合タンパク質(FKBP)を主にターゲットとする。以前の研究により、FK506が、MAPキナーゼホスファターゼ1の発現と活性を促進し、これがErkリン酸化と下流シグナリングの低下につながることが報告された(Winter et al., 1998; Zawadzka and Kaminska, 2003)。PPIase活性を阻害することにより、FK506と他のFKBPリガンドが、神経保護機能を有することが報告された(Gold, 1999, 2000; Christner et al., 2001; Klettner et al., 2001)。Erk1/2は、種々の細胞の事象を調節するシグナリング経路のなかで中心的存在である。マイトジェン刺激に応答したErkの活性化は、サイトゾルから核へのキナーゼのトランスロケーションを引き起こすことが報告され(Chen et al., 1992; Gonzales et al., 1993; Lenormand et al., 1993; Brunet et al., 1999; Ferrell, 1998; Lewis et al., 1998)、ここで、キナーゼは、遺伝子転写プロセスの調節に関与する(Treisman, 1996)。核は、Erk1/2の核隔離により、その上流活性化キナーゼMEK、その細胞質アクチベーター、および特定の核内ホスファターゼによるその脱リン酸化から隔離して、Erk1/2を不活性化するための重要な部位でもある(Volmat et al., 2001)。Erkの核への移入は、幾つかのメカニズムを介して、たとえばErkモノマーの受動拡散、Erkダイマーの活発な輸送、およびErkと核膜孔複合体との直接の相互作用により仲介される(Khokhlatchev et al., 1998; Adachi et al., 1999; Matsubayashi et al., 2001)。本発明者らは、活性化Erk1/2は、AC細胞の核に集中しているが、相当量のホスホ−Erk1/2が、AD細胞の核外領域に残ることを示す、免疫細胞化学的染色の結果を本明細書に開示する。本発明は、リン酸化Erk1/2の差別的な細胞内分布に関し、これは、活性化Erk1/2の核への移入の根底にあるメカニズムが、AD細胞で損なわれていることを示す。
【0067】
本発明は、PP2A機能の欠陥、たとえばその遺伝子発現およびタンパク質産生、並びにその酵素活性の欠陥が、AD患者に由来する線維芽細胞に存在するという本発明者らによる観察を利用している。PP2Aのかかる欠陥は、AD細胞において、BKにより誘導されたErk1/2リン酸化の長期化を担当する。PP2Aの機能不全は、AD脳のニューロンでも起こり、tauタンパク質の過剰リン酸化を効果的に逆行させることができず、NFT病変につながる。脳におけるPP2Aの欠陥は、Erk不活性化の遅延を引き起こし、これが、更にtauリン酸化を増大させることに寄与する。他のホスファターゼの機能不全、たとえばデュアルチロシンホスファターゼ、Erkの不活性化を担う別の主要なホスファターゼの機能不全も、ADに関連したErkシグナリングの機能不全に寄与し得る。
【0068】
本出願で記載される参照文献、特許および印刷刊行物はすべて、その全体を参照により本願の開示内容の一部とする。
【0069】
以下の実施例は、本発明を更に説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものと解釈してはならない。
【実施例】
【0070】
例1:AD細胞におけるPP2A mRNAレベルの変化
PP2A遺伝子発現を、標準化のためのレファレンス遺伝子としてGAPDHを用いて、RTQ-PCRを使用して定量した。図1Aおよび1Bに示されるとおり、リアルタイムPCRを用いて、PP2AプライマーおよびGAPDHプライマーにより、それぞれ、ヒト線維芽細胞cDNA鋳型の一連の希釈液を2回反応させて、増幅配列の標準直線を作成した。固有の融解温度(MT)を、PP2A、GAPDH、および水について解離曲線(図2C)によりプロットし、これにより、各PCR産物の高度な特異性が実証された。この特異性は、図1Dに示される結果により確認され、ここでは、PP2AおよびGAPDHの最終PCR産物を、10%TBEゲル上で試験した。期待される配列サイズの単一のバンドが、各遺伝子について出現した(レーン2および4)が、インビトロ逆転写の間に逆転写酵素を添加しなかったサンプルでは、このバンドが検出されなかった(レーン1および3)。このことは、PP2AおよびGAPDHの増幅PCR産物が、ゲノムDNA由来でないことを示す。PP2A遺伝子発現を測定するために、19のAD細胞株および17のAC細胞株の各々に由来する線維芽細胞のcDNA鋳型の2サンプルについて、PCRを行った。各細胞株に由来するPP2AおよびGAPDHの発現レベルは、ACおよびADサンプルと同時に試験した各標準曲線に対して自動計算した。PP2A遺伝子発現のレベルを、各細胞株についてGAPDH遺伝子発現のレベルにより標準化し、得られた比をt検定を用いて比較した。図2Aに示されるとおり、PP2A mRNAの基底レベルは、AC細胞と比較してAD細胞で統計的に高かった(P<0.01、t検定)。約10分間10 nMブラジキニン(BK)により線維芽細胞を処理すると、AC細胞においてPP2A mRNAレベルは著しく増大する。しかし、このBK刺激性PP2A遺伝子アップレギュレーションは、AD細胞ではみられない(図2B)。t検定解析により、有意なグループの差が示された(P=0.016)。これらの結果は、AD細胞において、PP2A mRNAの基底レベルが高いにもかかわらず、BK刺激に応答したダイナミックなPP2A遺伝子発現が損なわれていることを示す。
【0071】
例2:AD細胞におけるPP2Aタンパク質レベルおよび酵素活性の変化
AD細胞におけるPP2A遺伝子発現の変化が、タンパク質の発現と機能に反映されるかどうかを決定するため、PP2Aタンパク質レベルおよび活性の両方を、AC細胞とAD細胞で比較した。ウェスタンブロットで測定したPP2Aタンパク質の量は、AC細胞のものと比較して、すべてのAD細胞で有意に低かった(P<0.01)。PP2Aのこの低下は、同一サンプルのレファレンスタンパク質のアネキシンIIのレベルが、AC細胞のものと有意な差がないため、SDS−ゲル上にロードしたAD細胞のタンパク質量が少ないことによるものではなかった(図3A)。AD細胞においてPP2Aが低下するという同一の結果は、PP2A−免疫反応性シグナルを、SDS−ゲル上にロードしたトータルタンパク質に対して標準化したときにも得られた。加えて、PP2A活性も、AC細胞と比較してAD細胞において著しく減少した(P<0.001)(図3B)。
【0072】
例3:PP2Aは、BK刺激後のErk1/2の脱リン酸化に関与する
PP2AがErk1/2の脱リン酸化に関与するかどうかを試験するため、5人の異なる個体からのAC細胞を、PP2A阻害剤のオカダ酸により、PP2Aを阻害するだけの濃度で処理した(Nagao et al., 1995; Sheppeck et al., 1997; Fernandez et al., 2002)。Erk1/2リン酸化は、ホスホ−Erk1/2およびレギュラーErk1/2に特異的な抗体を用いて、ウェスタンブロットで決定した。Erk1/2リン酸化は、BK刺激から約5分後に増大したが、おそらく細胞の正常な脱リン酸化メカニズムにより、約10分後までにコントロールレベルに戻った。しかし、約10 nM OAの存在下では、このErk1/2脱リン酸化は、有意に阻害された(図4)。一元配置分散分析(one-way ANOVA)により、有意な処理効果が明らかにされた(P<0.001)。これらの結果は、PP2Aが、BK刺激性リン酸化の後に、Erk1/2の脱リン酸化を担当することを示す。
【0073】
例4:PP2A機能の欠陥は、AD細胞においてErk1/2リン酸化の長期化に寄与する
PP2Aの欠陥が、BK刺激後のErk1/2リン酸化の長期化に寄与するかどうか試験するために、AC細胞とAD細胞の両方を、約10 nM OAの存在下または非存在下において、BKにより約10分間処理した。それにより得られるErk1/2リン酸化を、上述のとおり調べた。9つのADおよびAC細胞株からの結果により、AC細胞において、ブラジキニン刺激から約10分後に、OAがErk1/2脱リン酸化を阻害することが明らかに示された(図5A)。AD細胞においては、Erk1/2リン酸化の長期化が、ブラジキニン刺激から約10分後に観察された。OAの添加は、これら細胞においてErk1/2リン酸化を更に増大させなかった。AC細胞とAD細胞の+OA/-OAの比に有意な差がみられた。これらの結果は、BK刺激により誘導されるAD細胞におけるErk1/2リン酸化の長期化は、PP2Aの機能によるものであることを示す。
【0074】
一方、PP2B阻害剤、FK506の存在は、AC細胞において、BK誘導性Erk1/2リン酸化の有意な増大を引き起こさなかった(図5A)。AD細胞におけるBK誘導性Erk1/2リン酸化の長期化は、FK506の存在で停止することが観察された(図5A)。
【0075】
例5:免疫細胞化学
様々な処理下におけるホスホ−Erk1/2の免疫反応性シグナルを、図6に示す。図6Aは、OAの存在下または非存在下における、AC細胞とAD細胞のBK誘導性Erk1/2リン酸化の時間経過を示し、これは、ウェスタンブロットの結果と一致した(図4参照)。図6Bは、同じAC細胞またはAD細胞内のレギュラーErk1/2シグナルと比較したErk1/2リン酸化を示し、これも、図5に示されるウェスタンブロットの結果と一致する。しかし、免疫組織染色で観察されたErk1/2の基底リン酸化レベルは、AC細胞よりAD細胞で高いことが観察され、AD細胞とAC細胞の間でErk1/2リン酸化の基底レベルに明らかな差がみられなかったウェスタンブロットの結果とは異なるものであった。更に注目すべきことに、AD細胞とAC細胞の間のリン酸化Erk1/2の細胞内分布に差があることが観察された。AC細胞では、リン酸化Erk1/2は、細胞の核に主に集中したが、AD細胞では、リン酸化Erk1/2は、核傍およびサイトゾル領域に広く分布した。これは、Erk1/2がBKにより活性化されたときに特にそのとおりであった(図6A、BK、約5分を参照)。これらの結果は、活性化Erkの核へのトランスロケーションが、AD細胞で阻害されることを示し、これは、遺伝子転写の調節におけるMAPキナーゼのAD関連の機能不全、並びにBK刺激後のErk脱リン酸化の遅延の原因であるかもしれない。
【0076】
例6:ヒト皮膚線維芽細胞の試験
ヒト皮膚線維芽細胞は、本発明のアルツハイマー病の診断テストのための材料として使用され得る。このタイプの細胞は、確立された手法に従って、テスト被検体と同等年齢の非アルツハイマー病のコントロール被検体から集め、培養し、継代することができる。細胞は、80−90集密状態に達するまで、10%ウシ胎仔血清を含有するDMEM培地中で、小フラスコ(25 cm)または小ディッシュ(35 mm)の何れかで培養することができる。その後、細胞は、処理前に、血清フリーの培地中で一晩培養することにより、「飢餓状態にする(starved)」ことができる。
【0077】
PP2A遺伝子発現の基底レベルは、定量的リアルタイムPCRにより測定する。これは、以下の手順を含む:1)線維芽細胞から、またはトータルRNAを調製するための濾過ベースの方法など他の方法によるトータルRNAの調製。2)トータルRNAサンプルを、たとえばDNase-Iで処理することによるゲノムDNAの除去。3)インビトロ逆転写反応における、トータルRNAから一本鎖cDNAの合成。4)リアルタイムPCRの実施。GAPDHなどのレファレンス遺伝子を、PP2A遺伝子発現の標準化のために、PP2A遺伝子と同時に同じPCR反応で増幅する。
【0078】
ブラジキニン誘導性PP2A遺伝子発現を、以下の手法により測定する:血清飢餓状態の線維芽細胞を、37℃で約10分間、適切な濃度のブラジキニン(BK)で処理する。この反応は、培地を除去し、予め冷却したPBS pH 7.5で細胞を洗い、ドライアイス/エタノール表面で細胞を凍結することにより停止させる。別のフラスコで培養した同じ細胞を、BK溶液の代わりに同体積のPBSとともに添加し、コントロールとして使用する。トータルRNAの調製、DNase-I処理、インビトロ逆転写、およびリアルタイムPCRは、上述のとおり行う。BK誘導性PP2A遺伝子発現は、+BK/-BK比を計算することにより評価する。
【0079】
線維芽細胞におけるPP2Aのタンパク質レベルは、抗PP2A抗体を用いたウェスタンブロットで測定する。アネキシン-IIまたはアクチンなどの異なるタンパク質のレベルを、同一サンプルで測定し、標準化のためのレファレンスタンパク質として使用してもよい。
【0080】
オカダ酸(OA)により阻害されるBK刺激後のErk1/2脱リン酸化を、以下の手法で調べる:同じ細胞株に由来する細胞を、二つの別々のフラスコまたはディッシュで、80−90%集密状態まで培養する。一晩血清飢餓状態にした後、細胞を処理する:1)約10分間のBK処理、2)約15分間の約10 nM OAでの前処理、その後の約10分間のBK処理と別用量のOA処理。反応を停止させ、細胞を溶解バッファーで溶解し、Erk1/2リン酸化の程度およびトータルErk1/2のレベルを、ウェスタンブロットを用いて決定する。トータルErk1/2のシグナルを用いて標準化した後、OAの存在下と非存在下におけるBK刺激性Erk1/2リン酸化の比を計算する。
【0081】
Erk1/2の基底リン酸化レベルを、蛍光免疫細胞化学染色を用いて調べる。線維芽細胞を、小さな丸型カバーガラス上で培養する。約70−80%集密状態に達し、一晩血清飢餓状態にした後、培地を除去する。細胞を、予め冷却したPBS pH 7.5で速やかに洗い、約4%ホルムアルデヒドで固定する。固定された細胞を、1回につき約5分間、計3回洗浄し、抗−ホスホ−Erk1/2抗体とインキュベートする。この後、蛍光標識された二次抗体を用いて細胞を染色する。免疫反応性シグナルを、蛍光顕微鏡で取得し、ホスホ−Erk1/2のシグナルのレベルをMetaphoreソフトウェアで測定する。
【0082】
ホスホ−Erk1/2の核内トランスロケーションを、免疫細胞化学染色、ウェスタンブロット、およびELISAで調べる。1)細胞を、70−80%集密状態まで、小さなカバーガラス上で培養する。細胞を、一晩血清飢餓状態にし、約10 nM OAの存在下と非存在下において、適切な濃度のBKで処理する。上述のとおり反応を停止させ、細胞を固定した後、細胞を、抗−ホスホ−Erk1/2を用いて免疫染色し、その後、蛍光標識された二次抗体を用いて染色する。ホスホ−Erk1/2の増大と核内移入を、コンピューターに接続された蛍光顕微鏡で観察し記録する。2)同一の細胞株に由来する細胞を、幾つかの別のフラスコまたはディッシュで、以下の処理条件で培養する:コントロール、BK処理、およびBK+OA処理。反応を停止させた後、サイトゾル分画と核分画を、市販の核分画調製キットを用いて分離する。ホスホ−Erk1/2の核内トランスロケーションを、サイトゾル分画と核分画のそれぞれにおけるErk1/2リン酸化レベルを検出することにより調べる。サイトゾルのホスホ−Erk1/2に対する核のホスホ−Erk1/2の比を、計算し、異なる処理条件の間で比較する。あるいは、ELISAを用いて同じ結果を得ることができる。
【0083】
例7:線維芽細胞の培養および処理
アルツハイマー病患者と同等年齢のコントロール(AC)に由来するバンクの(banked)皮膚線維芽細胞を、Coriell Institute for Medical Researchから購入した。59才〜81才の年齢の19人のAD患者に由来する細胞が、この研究で使用され、家族性AD(FAD)個体に由来する11細胞株と散発性AD(SAD)個体に由来する9細胞株であった。すべての患者が、重度の痴呆、進行性記憶喪失、他の認知機能の障害を示した。これらのAD患者には、異常な脳波と種々の程度の脳萎縮が観察された。コントロールの線維芽細胞は、年齢が近く性別が同じである17人の正常な個体に由来する。細胞は、実験室に届いたら、10%ウシ胎仔血清を含有するDMEM培地で培養し、以前に記載されるとおり継代した(Zhao et al., 2002)。この研究では、継代回数が17回以下の細胞を使用した。
【0084】
例8:薬理学的処理
MAPキナーゼリン酸化を刺激するため、線維芽細胞を、約90%集密状態まで培養し、有効な炎症メディエイターであるブラジキニン(BK、10 nM)により、約5分間または約10分間処理した。MAPキナーゼリン酸化の調節にPP2AまたはPP2Bが関与し得るかをテストするため、細胞を、オカダ酸(OA、約10 nM)またはFK506(約20 nM)の何れかで約15分間、前処理し、その後、BK(約10 nM)と別用量のオカダ酸またはFK506で10分間処理した。各細胞株の細胞のフラスコを、DMSOビヒクルで処理し、コントロールとして使用した。処理は、フラスコから培地を除去し、予め冷却した1×PBS pH 7.5で細胞を洗い、ドライアイス/エタノール上にフラスコを置くことにより停止させた。実験の目的に応じて、1 mlのRNAアイソレーターまたは1%プロテアーゼ阻害剤カクテル(Sigma)を含有する1 mlの細胞溶解バッファーの何れかを、その後のRNA調製、または酵素アッセイと免疫ブロットアッセイのために各フラスコに添加した。
【0085】
例9:トータルRNAの調製および第一鎖cDNAの合成
トータルRNAは、ADおよびAC細胞株のそれぞれから、RNAアイソレーター(Sigma Genosys)を用いて製造元の説明書に従って抽出し、その後、DNase-Iにより37℃で30分間処理し、存在し得るゲノムDNAのコンタミネーションを除いた。その後、トータルRNA(1.5μg)を、オリゴ(dT)プライマーと第一鎖cDNA合成キットを用いて、一本鎖cDNAに逆転写した。
【0086】
例10:リアルタイムPCR
mRNAレベルは、上述のとおり、インビトロ逆転写後のABI 7900プラットフォーム(Applied Biosystems)を用いたポリメラーゼ鎖反応(RTQ-PCR)により定量した。PP2Aのターゲットセグメントを、フォーワード(5’-GTTGGGAGGTGGCAGTGAG-3’配列番号1)とリバース(5’-AAACACTGGCCTCTGGTGTC-3’配列番号2)のプライマー対を用いて増幅した。PCRは、10μlのSYBR green-I MaterMix (Applied Biosystems)、各10 pmolのフォーワードプライマーとリバースプライマー、および1μgの逆転写されたcDNA鋳型を含有する20-μl混合液を用いて行った。サンプル間のcDNA濃度のばらつきによるエラーを正すため、レファレンス遺伝子、グリセルアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のセグメントを、フォーワード(5’CAACTTTGGTATCGTGGAAGGACTC-3’配列番号3)とリバース(5’AGGGATGATGTTCTGGAGAGCC-3’配列番号4)のプライマー対を用いて、同じPCR反応で同時に増幅した。PP2AおよびGAPDHのリアルタイム増幅は、105〜1012コピーのcDNA鋳型の連続希釈液を用いて作成された各遺伝子に対して同じPCR反応の標準曲線に従って、PCRマシンにより自動計算した。PCRの終了時に、PP2AのmRNAレベルを、GAPDHのmRNAレベルを用いて標準化した。得られた比(PP2A/GAPDH)を、それぞれの個体の細胞株におけるPP2A遺伝子発現の指標として使用した。PP2AおよびGRAPHのPCR産物の特異性を、融解温度(MT)により示し、最終PCR産物を10%TUBEゲル上で分離することにより確認した。
【0087】
例11:ホスファターゼ活性のアッセイ
ADおよびAC細胞におけるPP2A活性を、基質としてp-ニトロフェニルホスフェート(PNPP、14.4 mM)を用いた手順(Pierce Biotechnology)に従ってアッセイした。酵素活性のアッセイは、96ウェルマイクロプレートで行った。反応は、90μlの反応混合液にACまたはAD細胞の溶解物を10μl添加することにより開始し、30℃で15分間インキュベートし、BioRadマイクロプレートリーダーで420 nmの波長における値を測定した。10 nM PP2A阻害剤のオカダ酸が存在する反応から得た値を差し引いた後、PP2Aの活性を、一連の既知濃度の精製PP2Aタンパク質により作成した標準曲線に従って計算した。
【0088】
例12:PP2Aタンパク質のレベルの決定
線維芽細胞におけるPP2Aのレベルを評価するため、細胞溶解物におけるトータルタンパク質濃度を、BCAタンパク質アッセイ試薬(Pierce Biotechnology)を用いて決定した。ACおよびAD細胞株それぞれから得た同量のトータルタンパク質を、4−20% SDS−PAGEで解析した。PP2Aタンパク質は、抗PP2Aポリクローナル抗体(Biosource International)を用いたウェスタンブロットで検出した。線維芽細胞で多量に発現しているリン脂質結合タンパク質であるアネキシンIIを、同じブロットで抗アネキシンII抗体(Santa Cruz Biotechnology)を用いて測定し、その免疫反応性シグナルを、タンパク質ローディングのばらつきを標準化するためのレファレンスとして使用した。
【0089】
例13:Erk1/2リン酸化の測定
様々な処理に由来するErk1/2リン酸化は、抗ホスホ−Erk1/2抗体(Cell Signaling Technology)を用いたウェスタンブロットで決定し、SDSゲルにロードしたErk1/2タンパク質の総量は、抗レギュラー−Erk1/2抗体(Upstate Biotechnology)により決定し、検出されたホスホ−Erk1/2シグナルを標準化するために使用した。
【0090】
例14:免疫組織化学染色
線維芽細胞を、0.02 mgポリリジンでコートされた2.5 cm直径のカバーガラスの表面で増殖させた。細胞を、OAの存在下または非存在下でブラジキニンにより処理した後、4%ホルムアルデヒドで15分間、素早く固定し、0.1% Triton X-100を30分間浸透させた。細胞を、10%正常ウマ血清と30分間インキュベートし、抗ホスホ−Erk1/2抗体により4℃で一晩処理した。細胞を洗浄し、フルオレセイン(グリーン)で標識された抗ウサギIgG抗体で60分間処理した。洗浄し、Vectashield封入剤(Vector Laboratories)で封入した後、ホスホ−Erk1/2免疫染色シグナルを、Nikon蛍光顕微鏡を用いて観察した。その他のケースでは、二重免疫染色を行い、マウス抗ホスホ−Erk1/2抗体およびウサギ抗レギュラー−Erk1/2抗体と細胞をインキュベートすることにより、ホスホ−Erk1/2およびレギュラー−Erk1/2を同じスライス上で観察した。この後、フルオレセイン(グリーン)およびテキサスレッド(レッド)で標識された抗マウスおよび抗ウサギIgGの二次抗体とインキュベートした。免疫反応性シグナルを上述のとおり取得した。
【0091】
例15:データ解析
(1)19のAC細胞株および19のAD細胞株の各サンプルにおけるPP2A mRNAの定量的PCRの値は、同一サンプルにおけるGPDHの値により標準化した。(2)PP2Aタンパク質発現については、免疫反応性シグナルを、デンシトメータースキャンにかけた。PP2Aのデンシトメーターの値は、アネキシンIIの値により標準化し、UN-SCAN-ITソフトウェアを用いて定量化した(Silk Scientific, Inc.)。(3)Erk1/2リン酸化を評価するため、トータルErk1/2に対するホスホ−Erk1/2の比を計算した。その後、上述の比およびホスファターゼ2A活性アッセイからのデータを、t検定または一元配置ANOVAの何れかを用いて、AD細胞とAC細胞の間で統計的に比較した。
【参照文献】
【0092】





【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】RTQ-PCRによるPP2AおよびGAPDH遺伝子発現の検出:本明細書に記載されるとおり、ヒト線維芽細胞の培養物からトータルRNAを抽出し、第一鎖cDNAを作成した。PP2AおよびGAPDHの標準曲線の直線プロットを、図1Aおよび図1Bに示す。図1Cは、PP2AおよびGAPDHの様々な融解温度の解離曲線プロットを示す。図1Dには、予測される配列サイズのPP2AおよびGAPDHの最終PCR産物が、TBEゲル上に示される(レーン2および4)。リバーストランスクリプターゼの非存在下では、逆転写を行ったサンプルからPCR産物は増幅されなかった(レーン1および3)。
【図2】RTQ-PCRによるPP2A遺伝子発現の定量:リアルタイムPCRの間、PP2AおよびGAPDHのmRNAレベルは、同じPCRランで同時に行った各遺伝子の標準曲線に基づいて、装置により自動計算した。AC細胞株とAD細胞株のそれぞれからGAPDHレベルに対するPP2A mRNAレベルの比を計算し、図2Aに示す。t検定を用いた統計解析は、PP2A mRNAレベルについてAC細胞とAD細胞の間に有意な差があることを示す(P<0.01)。10 nM BKで約10分間処理すると、AC細胞ではPP2A mRNAのアップレギュレーションが観察されたが、AD細胞では観察されなかった(図2B)。t検定は、AC細胞とAD細胞の間に有意な処理効果があることを示す(* P = 0.016)。
【図3】ACおよびADの線維芽細胞におけるPP2Aタンパク質レベルおよび酵素活性:本明細書に記載されるとおり、AC細胞およびAD細胞から細胞溶解物を調製した。図3Aにおいて、8つのAC細胞株と8つのAD細胞株から得た同じサンプル体積を、SDSサンプル緩衝液で処理した後、それぞれSDS-PAGEで分離した。各サンプルからのPP2A発現レベルは、抗PP2A抗体を用いてウェスタンブロットで測定した。ECLを用いて出現させたPP2Aの免疫反応性シグナルは、デンシトメトリースキャンを行い、UN-SCAN-ITソフトウェアを用いて定量した。同一サンプルからのアネキシンIIの免疫反応性シグナルは、PP2Aシグナルを標準化するために使用した。PP2Aタンパク質レベルについてAC細胞とAD細胞の間に有意な差があることが示された(P<0.01、t検定)。図3Bは、AD細胞におけるPP2A活性が、AC細胞におけるPP2A活性と比較して有意に低いことを示す(* P<0.001)。
【図4】BK刺激によるMAPキナーゼリン酸化に対するオカダ酸(OA)の影響:AC細胞を、約10 nM OAの存在下または非存在下において、約10 nM BKで約5分間と約10分間処理した。得られたErk1/2リン酸化は、ウェスタンブロットで調べた。Erk1/2リン酸化のレベルは、レギュラー(総量)Erk1/2のレベルを用いて標準化した。上のパネルは、ウェスタンブロットの代表的結果を示す。下のパネルの棒グラフは、5種類のAD細胞から得た結果をまとめて表す(** P<0.001)。BK、ブラジキニン;OA、オカダ酸;P-Erk1/2、ホスホ−Erk1/2。
【図5】AC細胞とAD細胞におけるBKによるErk1/2リン酸化の増大に対するOAおよびFK506の影響の比較:AC細胞とAD細胞を、約10 nM OAまたは約20 nM FK506の存在下または非存在下において、約10 nM BKで約10分間処理した。各細胞株から各条件下で得られたErk1/2リン酸化は、本明細書に記載されるとおり測定した。図5Aは、左のパネルに、代表的なウェスタンブロットの結果を示し、右のパネルに、9つのAC細胞株と9つのAD細胞株から得た結果をまとめて表す棒グラフを示す。図5Bでは、OAまたはFK506の非存在下におけるBK刺激によるErk1/2リン酸化に対する、OAまたはFK506の存在下におけるBK刺激によるErk1/2リン酸化の比を計算し、AC細胞とAD細胞の間で比較した。これらの比についてAC細胞とAD細胞の間に有意な差がある。BK、ブラジキニン;OA、オカダ酸;P-Erk1/2、ホスホ−Erk1/2、レギュラーErk1/2。
【図6】免疫細胞化学的染色:AC細胞とAD細胞を、約10 nM BKで約5分間または約10分間処理した。別のフラスコにおいて、細胞を、約10分のBK処理の前に、約10 nM OAで約15分間プレインキュベートした。その反応の終了後、Erk1/2のリン酸化を、本明細書に記載されるとおり、抗ホスホ−Erk抗体を用いて免疫細胞化学的染色により検出した。拡大画像における矢印は、Erk1/2リン酸化の増大を指す(図6B)。AC細胞とAD細胞を、約10 nM OKの存在下または非存在下において、約10 nM BKで処理した。その後、細胞に、マウス抗ホスホ−Erk1/2とウサギ抗レギュラーErk1/2抗体を用いて同時に二重免疫蛍光染色を行った。その後、フルオレセイン標識抗マウス(緑色)およびテキサスレッド標識(赤色)抗ウサギ二次抗体を用いて染色を行った。BK、ブラジキニン;OA、オカダ酸;P-Erk1/2、ホスホ−Erk1/2、レギュラーErk1/2。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、
a.前記被検体から細胞サンプルを得る工程;および
b.前記サンプルにおけるPP2A遺伝子発現のレベルを検出する工程
を含み、
コントロール細胞と比較した際のPP2A遺伝子発現のレベルの上昇が、アルツハイマー病の存在を示す、方法。
【請求項2】
前記細胞サンプルが、線維芽細胞、頬粘膜細胞、ニューロン、および血液細胞からなる群より選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞が線維芽細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記検出工程(b)が、逆転写定量的ポリメラーゼ連鎖反応(RVQ-PCR)により行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、
a.前記被検体から細胞サンプルを得る工程;
b.前記細胞サンプルを、PP2A基質のリン酸化を刺激する薬剤と接触させ、前記細胞を刺激する工程;および
c.前記刺激細胞におけるPP2A遺伝子発現のレベルを、前記被検体に由来する未刺激の同タイプの細胞におけるPP2A遺伝子発現のレベルと比較する工程を含み、未刺激の細胞と比較した際の刺激細胞におけるPP2A遺伝子発現の増大の欠如が、アルツハイマー病の存在を示す、方法。
【請求項6】
前記薬剤がブラジキニンである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記PP2A基質がErk1/2である、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記細胞が、線維芽細胞、頬粘膜細胞、ニューロン、および血液細胞からなる群より選択される、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
前記細胞が線維芽細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項10】
前記比較工程(c)が、PP2A基質のリン酸化を刺激する薬剤の存在下と非存在下におけるPP2A遺伝子発現の比を計算することにより行われる、請求項5に記載の方法。
【請求項11】
被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、
a.前記被検体から細胞サンプルを得る工程;
b.前記細胞サンプルにおけるPP2Aタンパク質レベルまたは酵素活性を検出する工程
を含み、非アルツハイマー病のコントロール細胞と比較した際のPP2Aタンパク質レベルまたは酵素活性の低下が、アルツハイマー病の存在を示す、方法。
【請求項12】
前記細胞サンプルが、線維芽細胞、頬粘膜細胞、ニューロン、および血液細胞からなる群より選択される、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記細胞が線維芽細胞である、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
PP2Aタンパク質レベルの検出が、ウェスタンブロットまたはELISAにより行われる、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、
a.被検体から細胞サンプルを得る工程;
b.前記細胞サンプルおよびコントロール細胞を、PP2A基質のリン酸化を刺激する第一の薬剤、およびPP2A阻害剤である第二の薬剤と接触させる工程;
c.前記接触工程の開始から所定時間後に、PP2A基質のリン酸化のレベルを測定する工程;および
d.前記細胞サンプルにおけるPP2A基質のリン酸化のレベルを、同じ所定時間後のコントロール細胞におけるPP2A基質のリン酸化のレベルと比較する工程を含み、コントロール細胞と比較した際の前記細胞サンプルにおけるPP2A基質のリン酸化の程度に対するPP2A阻害剤の付加的影響の欠如が、アルツハイマー病の存在を示す、方法。
【請求項16】
前記PP2A基質がErk1/2である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記PP2A阻害剤がオカダ酸(okadiac acid)である、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記細胞が、線維芽細胞、頬粘膜細胞、ニューロン、および血液細胞からなる群より選択される、請求項15に記載の方法。
【請求項19】
前記細胞が線維芽細胞である、請求項15に記載の方法。
【請求項20】
リン酸化を刺激する前記薬剤が、ブラジキニンである、請求項15に記載の方法。
【請求項21】
前記比較工程(d)が、PP2A阻害剤の存在下と非存在下におけるPP2A基質のリン酸化のテスト比を計算することにより行われ、前記テスト比が、アルツハイマー病の細胞よりコントロール細胞において有意に大きい、請求項15に記載の方法。
【請求項22】
被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、
a.被検体から細胞サンプルを得る工程;
b.コントロール細胞および前記細胞サンプルを、PP2A基質のリン酸化を刺激する第一の薬剤と接触させ、ここで接触が、PP2A阻害剤である第二の薬剤の存在下と非存在下で行われる工程;
c.前記接触工程(b)の開始から所定時間後に、前記コントロール細胞および前記細胞サンプルから、PP2A基質のリン酸化のレベルを測定する工程;および
d.前記細胞サンプルからのPP2A基質のリン酸化のレベルを、PP2A阻害剤である前記第二の薬剤の存在下と非存在下で比較する工程を含み、前記第二の薬剤の存在下と非存在下におけるPP2A基質のリン酸化の程度の間の有意な差の欠如が、アルツハイマー病の存在を示す、方法。
【請求項23】
前記コントロール細胞が、PP2A阻害剤である前記第二の薬剤の存在下と非存在下におけるPP2A基質のリン酸化のレベルに有意な差を示す、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
前記細胞サンプルが、線維芽細胞、頬粘膜細胞、ニューロン、および血液細胞からなる群より選択される、請求項22に記載の方法。
【請求項25】
前記細胞サンプルが線維芽細胞である、請求項22に記載の方法。
【請求項26】
PP2A基質のリン酸化を刺激する前記第一の薬剤が、ブラジキニンである、請求項22に記載の方法。
【請求項27】
PP2A阻害剤である前記第二の薬剤が、オカダ酸(okadiac acid)である、請求項22に記載の方法。
【請求項28】
前記PP2A基質がErk1/2である、請求項22に記載の方法。
【請求項29】
被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、
a.前記被検体から細胞サンプルを得る工程;
b.前記サンプルを、Erk1/2のリン酸化を刺激する薬剤と接触させる工程;および
c.リン酸化Erk1/2の細胞内(subcellular)分布を検出する工程を含み、リン酸化Erk1/2の核外分布が、アルツハイマー病の存在を示す、方法。
【請求項30】
Erk1/2のリン酸化を刺激する前記化合物が、ブラジキニンである、請求項29に記載の方法。
【請求項31】
前記検出工程(c)が、免疫細胞化学により行われるか、あるいは前記サンプル細胞の核とサイトゾルの間のリン酸化Erk1/2のテスト比を決定することにより行われる、請求項29に記載の方法。
【請求項32】
請求項1、5、11、15、22および29の診断方法の任意の組合せを含む、被検体のアルツハイマー病を診断する方法。
【請求項33】
請求項1、5、11、15、22および29の診断方法の任意の組合せを含む、被検体のアルツハイマー病を診断する方法であって、細胞内カルシウム放出を誘発する薬剤による刺激後にMAPKタンパク質のリン酸化の増大を測定することに基くアルツハイマー病の診断方法と更に組み合わせた方法。
【請求項34】
アルツハイマー病の治療または予防に有効な物質を同定するためのスクリーニング方法であって、
細胞サンプルを被検物質と接触させる工程;
前記物質が、PP2Aのアルツハイマー病関連の異常を逆行させるか、または改善するかを決定する工程を含み、前記PP2Aの異常を逆行させるか、または改善する化合物が、アルツハイマー病の治療または予防に有効な治療物質として同定される、方法。
【請求項35】
前記アルツハイマー病関連の異常が、非アルツハイマー病のコントロール細胞と比較した際のPP2AのmRNAの増大の存在である、請求項34に記載の方法。
【請求項36】
前記アルツハイマー病関連の異常が、Erk1/2のリン酸化を刺激する薬剤と接触させた細胞におけるPP2A発現の増大の欠如である、請求項34に記載の方法。
【請求項37】
前記アルツハイマー病関連の異常が、非アルツハイマー病のコントロール細胞と比較した際のPP2Aタンパク質またはPP2A酵素活性の低下である、請求項34に記載の方法。
【請求項38】
前記アルツハイマー病関連の異常が、テスト細胞を、オカダ酸(okadiac acid)の存在下でブラジキニンにより処理した際の正常な応答の欠如である、請求項34に記載の方法。
【請求項39】
前記アルツハイマー病関連の異常が、核外領域におけるリン酸化Erk1/2の分布である、請求項34に記載の方法。
【請求項40】
ブラジキニン、およびPP2Aタンパク質をコードする核酸配列に特異的なオリゴヌクレオチドPCRプライマーを含む、アルツハイマー病の診断テストキット。
【請求項41】
抗PP2A抗体を含む、アルツハイマー病の診断テストキット。
【請求項42】
抗Erk1/2抗体およびブラジキニンを含む、アルツハイマー病の診断テストキット。
【請求項43】
抗ホスホErk1/2抗体およびブラジキニンを含む、アルツハイマー病の診断テストキット。
【請求項44】
ブラジキニン、オカダ酸(okadiac acid)および抗Erk1/2抗体を含む、アルツハイマー病の診断テストキット。
【請求項45】
抗ホスホErk1/2抗体を更に含む、請求項44に記載の診断テストキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2008−520203(P2008−520203A)
【公表日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−541157(P2007−541157)
【出願日】平成16年11月15日(2004.11.15)
【国際出願番号】PCT/US2004/038160
【国際公開番号】WO2006/054979
【国際公開日】平成18年5月26日(2006.5.26)
【出願人】(503310224)ブランシェット・ロックフェラー・ニューロサイエンスィズ・インスティテュート (25)
【Fターム(参考)】