説明

アルツハイマー病の診断のためのポリペプチドマーカー

ポリペプチドマーカーがマーカー1ないし50(頻度マーカー)から選択される、試料中の少なくとも一つのポリペプチドマーカーの存在または非存在を測定する段階を含み、またはマーカー51ないし279(振幅マーカー)から選択される少なくとも一つのポリペプチドマーカーの振幅を測定する段階を含み、マーカーは分子量および泳動時間について下記の値によって特徴づけられる、アルツハイマー病の診断のための方法:




【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病の診断のための被験者由来の試料中の一種類以上のペプチドマーカーの存在または非存在の使用および、一または複数のペプチドマーカーの存在または非存在がアルツハイマー病の存在を示すアルツハイマー病の診断のための方法に関する。
【0002】
高齢者の神経精神疾患
高齢者人口の7%を超える数が痴呆性疾患に罹患しており、その最も高頻度の原因がアルツハイマー病であって、患者の比率は65〜69歳での2%未満から85歳超での30%より大へとほぼ指数的に増加する。全体として、ドイツにおける患者の数は現在約100万人であり、同じ罹患率を仮定すれば2050年までに250万人へ増加していると思われる。以前は健康であった高齢者のほぼ2%が毎年痴呆症に罹患しており、ドイツでは、これは年間200、000件を上回る発生に相当する。すでに現在、65歳に達するすべての人のうち3分の1が、その後の加齢の過程で痴呆症を発症すると予期しなければならない。軽度認知症(MCI)の未だよく定義されていない疾患像の形の、おそらく発症しつつある痴呆症の軽い症状、またはまだ信頼性のある診断ができない痴呆症の最初期は、明らかな痴呆症よりもはるかに高頻度で起こる。実地調査から、10ないし20%、個々の例ではまた30%より大の有病率がしばしば報告される。しかし、痴呆症の予測は未だに個別例での高い不確実性を伴う。
【0003】
アルツハイマー病
アルツハイマー病はまたアルツハイマーまたは「アルツハイマー型痴呆症」とも呼ばれる。「痴呆症」の語は精神機能の低下を意味する。アルツハイマー病は初期の記憶力の衰弱によって主に特徴づけられ、それは経過に伴って増大し、および判断力および人格の完全な消失に繋がりうる。脳卒中に次いで、アルツハイマー病は最も頻度の高い高齢での脳機能の重度疾患である。
【0004】
平均余命の延長に伴い、現在アルツハイマーの名を冠する疾患は先進国においてますます高頻度に診断された。記憶の重度障害、妄想性障害、不眠および不穏が最も重要な徴候であるが、しかし、これらの症状は、加齢性痴呆症および脳卒中の例でのように他の疾患でも単独でまたは複合して生じうる。
【0005】
約100万人の痴呆症患者がドイツに居住しており、その3分の2がアルツハイマーに罹患している。アルツハイマー病に罹患するリスクは加齢に伴い上昇する。推定によると、西洋諸国では65歳を超える人口の約5%、および80歳を超える人口の約20%が関係する。平均して女性は男性より長く生きるため、女性がアルツハイマー病に罹患するリスクはしたがって明らかにより高い。アルツハイマー病は加齢関連疾患と考えられているが、症状の希な遺伝性の種類は30歳という早期に発症しうる。
【0006】
アルツハイマー病は現在未だ治癒不能であるが、治療の可能性は近年改善している。より早期にアルツハイマー病が認められおよび治療されるほど、疾患過程を減速させる見込みが高くなる。
【0007】
本疾患はたいてい、最初の症状が生じる数十年前に始まる。タンパク質断片、いわゆるアミロイドの沈着が脳に形成される。アミロイドは顕微鏡的に、小さい線維すなわち原線維,および球状の沈着すなわちプラークに分類される。明らかに、これらの沈着は神経細胞が互いに連絡するのを妨げる。時間の経過に伴って、記憶、言語および推理力の発達に関係する脳の領域で神経細胞がその後死に絶える。
【0008】
例外的な場合にのみ、本疾患は遺伝子変化によって引き起こされ、およびより若年ですでに発症する。これは、たとえば、アミロイド前駆体タンパク質(APP)の遺伝情報が損傷している場合に起こりうる。プラークの最も重要な成分となる、APPの有害な切断産物の形成が多くなる。他の遺伝子であるプレセニリンにおける変化は同様の作用を有する。プレセニリンはAPPを分解する酵素の活性を高め、およびしたがってまた脳における塊の形成を加速する。
【0009】
最も重要な遺伝的リスク因子は、血液中でのコレステロールの輸送に関与する分子(ApoE)である。ApoEについての遺伝情報は3種類の変異体で存在する。一つの変異体(ApoE4)は本疾患のリスクを統計的平均で4から5倍上昇させ、別の変異体(ApoE2)はリスクを低下させる。
【0010】
診断
単純な試験が時々報告されるが、アルツハイマー病は、典型的な沈着が脳に見出されうる、患者の死後にしか、絶対的な確実性で証明できない。実際には、可能な限り確実な診断を可能な限り早期に行うことが重要である。
【0011】
アルツハイマー病の典型的な症状は下記の通りである:
・ 短期記憶の障害
・ 推理の困難
・ 言語障害
・ うつ
・ 判断力の制限
・ 妄想
・ 人格の変化
【0012】
最初の症状としての短期記憶の低下は、たいてい60から70歳で既に観察されうる。集中力および認識力が低下し、言語障害が生じ、倦怠が増大する。うつの症状はしばしば初期に生じる。それらは、混乱、不安、不穏および攻撃性といった行動の変化を伴う。患者は衣服を着る、食事を作る、または買い物といった日常の技能に対処できなくなり、および最後には身体機能のコントロールを失う。最終段階では、患者はしばしば喋らなくなり、寝たきりになり、および完全に他者の介助に依存するようになる。
【0013】
上記の通り、アルツハイマー病について機能する早期検出法および信頼性の高い診断法は存在しない。したがって、可能な限り侵襲性が低く、迅速でおよび安価なアルツハイマー病の診断のための過程および方法を見出す必要性がある。
【0014】
Electrophoresis 26 (2005),1476−1487にて、ウィトケ(Wittke)らはCE−MSの組み合わせにおけるヒト尿中のマーカーの使用およびアルツハイマー病の診断についてのその適当性を記載する。今日の視点からは、該文献に見られるマーカーは小さい有意性しか有しないことがわかる。
【0015】
本発明の目的は、先行技術の上記の欠点の少なくとも一部を克服すること、特に先行技術のものより改善された有意性を持つマーカーを提供することである。
【0016】
驚くべきことに、被験者に由来する試料中の特定のペプチドマーカーの組み合わせが、アルツハイマー病の診断に使用されうることが現在見出されている。そのため、本発明は、被験者に由来する試料中の少なくとも3種類のポリペプチドマーカーの存在または非存在の、アルツハイマー病の診断のための使用に関し、前記ポリペプチドマーカーは表1に示す通り分子量および泳動時間によって特徴づけられるポリペプチドマーカー1ないし279から選択される。
【表1】


【0017】
本発明を用いて、アルツハイマー病を非常に早期におよび高い信頼性で診断することが可能である。したがって、本疾患は早期に治療されうる。本発明はさらに、最小限の侵襲操作だけで、低い費用で迅速なおよび信頼性の高い診断を可能にする。
【0018】
泳動時間は、たとえば、実施例に項目2として示される通り、キャピラリー電気泳動(CE)によって測定される。この実施例では、長さ90cmおよび内径(ID)50μmおよび外径(OD)360μmのガラスキャピラリーが付加電圧30kVにて操作される。移動相溶媒として30%メタノール、0.5%ギ酸を含む水が使用される。
【0019】
CE泳動時間は変動しうることが知られている。にもかかわらず、ポリペプチドマーカーが溶出される順序は典型的には使用される任意のCE系について記載の条件下で同一である。泳動時間にそれにもかかわらず起こりうる何らかの差のバランスを取るために、系は泳動時間が正確に知られている標準物質を用いて正規化されうる。これらの標準物質は、たとえば、実施例に記載されるポリペプチドでありうる(実施例の項目3を参照)。
【0020】
表1から3に示されるポリペプチドの特徴づけは、たとえばノイホフ(Neuhoff)ら(Rapid communications in mass spectrometry,2004,Vol.20,pages 149−156)によって詳細に記載されている方法である、キャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)を用いて測定された。各測定間または異なる質量分析計間の分子量の変動は、較正が正確である場合には相対的に小さく、典型的には(0.1%の範囲内、好ましくは(0.05%の範囲内である。
【0021】
本発明に記載のポリペプチドマーカーは、タンパク質またはペプチド、またはタンパク質またはペプチドの分解産物である。それらは、たとえば、グリコシル化、リン酸化、アルキル化またはジスルフィド架橋といった翻訳後修飾によって、または、たとえば分解の範囲内の他の反応によって、化学的に修飾されうる。加えて、ポリペプチドマーカーはまた、試料の精製中に化学的に変化、たとえば、酸化されうる。
【0022】
ポリペプチドマーカーを決定するパラメーター(分子量および泳動時間)から進んで、対応するポリペプチドの配列を同定することが先行技術で公知の方法によって可能である。
【0023】
本発明に記載のポリペプチド(表1から3を参照)が、アルツハイマー病を診断するのに用いられる。「診断」とは、症状または現象を疾患または傷害に割り当てることによって知識を得る過程を意味する。この場合には、アルツハイマー病の存在が特定のポリペプチドマーカーの存在または非存在から結論される。このように、本発明に記載のポリペプチドマーカーが被験者由来の試料において測定され、その存在または非存在が、アルツハイマー病の存在を結論することを可能にする。ポリペプチドマーカーの存在または非存在は、先行技術で公知である任意の方法によって測定されうる。使用されうる方法が下記に例示される。
【0024】
ポリペプチドマーカーは、その測定値が少なくともその閾値と同じ高さであるならば、存在するとみなされる。測定値がより低いならば、ポリペプチドマーカーは存在しないとみなされる。閾値は測定法の感度(検出限界)によって決定されうるかまたは経験的に定義されうる。
【0025】
本発明に関連して、好ましくはある分子量について試料の測定値がブランク試料(たとえば、緩衝液または溶媒のみ)の測定値より少なくとも2倍高いならば、閾値を超えるとみなされる。
【0026】
一または複数のポリペプチドマーカーが、その存在または非存在が測定される方法で用いられ、存在または非存在がアルツハイマー病を示す。表2は、ポリペプチドマーカー番号1から50といった、典型的にはアルツハイマー病を有する患者(疾患)に存在するが、アルツハイマー病の無い被験者(対照)には存在しないポリペプチドマーカーを示す。加えて、アルツハイマー病の無い被験者に存在するが、アルツハイマー病を有する被験者にはより低頻度に存在するかまたは全く存在しない、たとえば、ポリペプチドマーカー番号43または44のようなポリペプチドマーカーがある。
【表2】


【0027】
頻度マーカー(存在または非存在の測定)に加えてまたは代替的に、表3に記載の振幅マーカーもまたアルツハイマー病の診断に使用されうる(番号51−279)。振幅マーカーは、存在または非存在が決定的でなく、シグナルの高さ(振幅)がそのシグナルが両方の群で存在するかどうかを決定するような方法で使用される。表3では、対応するシグナル(質量および泳動時間によって特徴づけられる)の、測定されたすべての試料にわたって平均された平均振幅が示される。別々に濃縮された試料または異なる測定方法間の適合性を達成するために、試料のすべてのペプチドシグナルは総振幅100万カウントに対して正規化される。したがって、各マーカーそれぞれの平均振幅は百万分率(ppm)として示される。使用したすべての群は、信頼性のある平均振幅を得るために、少なくとも15の個別の患者または対照試料から成る。診断についての決定(アルツハイマーまたはそうでない)は、対照群またはアルツハイマー群における平均振幅と比較して患者試料中の各ポリペプチドマーカーの振幅がどのくらい高いかの関数として行われる。平均振幅がアルツハイマー群の平均振幅により対応すれば、アルツハイマー病の存在が考慮されるべきであり、および平均振幅が対照群の平均振幅により対応すれば、アルツハイマー病の非存在が考慮されるべきである。より正確な定義は、マーカー番号130(表3)によって与えられる。本マーカーの平均振幅はアルツハイマー病において顕著に上昇する(920ppmに対し対照群では373ppm)。ここで、患者試料中のこのマーカーについての値が0ないし373ppmであるかまたはこの範囲を最大20%超える、すなわち、0ないし448ppmであるならば、この試料は対照群に属する。その値が約920ppmまたは最大20%下回るまたはより高い、すなわち、736ないし非常に高値であるならば、アルツハイマー病の存在が考慮されるべきである。対照群とアルツハイマー群の振幅間の隔たりが小さいほど、その二つの参照値の間にある値は参照値のうちの一方に近くなければならない。
【0028】
一つの可能性は、平均振幅間の範囲を3つの部分へさらに分割することである。値が下側3分の1内にあるならば、これは低値を示す;値が上側3分の1内にあるならば、これは高値を示す。値が中央3分の1内にあるならば、このマーカーについて明確な陳述は不可能である。
【表3】




【0029】
一種類以上のポリペプチドマーカーの存在または非存在が測定される試料が由来する被験者は、アルツハイマー病にかかることのできる任意の対象、たとえば、動物またはヒトでありうる。好ましくは、被験者はイヌまたはウマといった哺乳類であり、および非常に好ましくは、被験者はヒトである。
【0030】
本発明の好ましい一実施形態では、一つのポリペプチドマーカーだけでなく、マーカーの組み合わせがアルツハイマー病を診断するのに用いられ、アルツハイマー病の存在がそれらの存在または非存在から結論される。複数のポリペプチドマーカーを比較することによって、患者または対照における典型的な存在確率からのいくつかの個別の変動から生じる全体結果の偏りが低減または回避されうる。
【0031】
本発明に記載の一または複数のポリペプチドマーカーの存在または非存在が測定される試料は、被験者の体から得られる任意の試料でありうる。試料は、被験者の状態についての情報(アルツハイマー病またはそうでない)を提供するのに適したポリペプチド組成を有する試料である。たとえば、試料は血液、尿、滑液、組織液、体分泌物、汗、脳脊髄液、リンパ液、腸液、胃液または膵液、胆汁、涙液、組織試料、精液、膣液または糞便試料でありうる。好ましくは、試料は液体試料である。
【0032】
好ましい一実施形態では、試料は尿試料、血液試料であり、前記血液試料は(血液)血清または(血液)血漿試料、または脳脊髄液試料でありうる。脳脊髄液とは、脳と接触しおよびまた脊髄を浸す液体である。脊髄から、脳脊髄液はまた穿刺によって低い経費で採取されうる。
【0033】
血液試料は先行技術で公知の方法によって、たとえば、静脈、動脈または毛細管から採取されうる。通常は、血液試料は静脈血をシリンジを用いて、たとえば、被験者の腕から採取することによって得られる。「血液試料」の語は、血漿または血清といった、先行技術から公知のさらなる精製および分離方法によって血液から得られた試料を含む。
【0034】
試料中のポリペプチドマーカーの存在または非存在は、ポリペプチドマーカーの測定に適した先行技術で公知の任意の方法によって測定されうる。そのような方法は当業者に公知である。原則的に、ポリペプチドマーカーの存在または非存在は、質量分析のような直接的方法、または、たとえばリガンドを用いるような間接的方法によって測定されうる。
【0035】
必要であればまたは望ましければ、被験者由来の試料、たとえば、尿または血液試料は、任意の適当な方法で前処理することができ、および、一または複数のポリペプチドマーカーの存在または非存在が測定される前にたとえば精製または分離されうる。処理は、たとえば、精製、分離、希釈または濃縮を含みうる。方法は、たとえば、遠心分離、ろ過、限外ろ過、透析、沈澱、または、アフィニティ分離またはイオン交換クロマトグラフィーによる分離といったクロマトグラフィー法、または電気泳動分離でありうる。その具体例は、ゲル電気泳動、二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D−PAGE)、キャピラリー電気泳動、金属アフィニティクロマトグラフィー、固定化金属アフィニティクロマトグラフィー(IMAC)、レクチンを用いるアフィニティクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、順相および逆相HPLC、陽イオン交換クロマトグラフィーおよび表面への選択的結合である。これらの方法のすべてが当業者に公知であり、および当業者はその方法を、使用する試料および一または複数のポリペプチドマーカーの存在または非存在を測定するための方法の関数として選択することができる。
【0036】
本発明の一実施形態では、試料は、測定される前に、キャピラリー電気泳動によって分離され、超遠心分離によって精製されおよび/または限外ろ過によって特定の分子サイズのポリペプチドマーカーを含む画分へと分割される。
【0037】
好ましくは、ポリペプチドマーカーの存在または非存在を測定するために質量分析法が用いられ、試料の精製または分離がその方法の上流で実施されうる。現在用いられている方法と比較して、質量分析は、試料の多数の(>100)ポリペプチドが単一の分析によって測定されうるという長所を有する。任意の種類の質量分析計が使用されうる。質量分析によって、10fmolのポリペプチドマーカー、すなわち、0.1ngの10kDaタンパク質を、複雑な混合物中で約(0.01%の測定精度でルーチンとして測定することが可能である。質量分析計では、イオン生成部が適当な分析装置と連結されている。たとえば、エレクトロスプレーイオン化(ESI)インターフェイスは主に液体試料中のイオンを測定するのに用いられ、一方、マトリクス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)法はマトリクスと結晶化した試料由来のイオンを測定するのに用いられる。生成したイオンを分析するためには、四重極、イオントラップまたは飛行時間(TOF)分析器が使用されうる。
【0038】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)では、溶液中に存在する分子は、特に高電圧(たとえば、1〜8kV)の影響下で噴霧され、荷電した小滴を形成し、小滴は溶媒の蒸発からさらに小さくなる。最後に、いわゆるクーロン爆発が遊離イオンの形成を引き起こし、遊離イオンはその後分析および検出されうる。
【0039】
TOFによるイオンの分析では、イオンに等量の運動エネルギーを与える一定の加速電圧が加えられる。その後、各イオンが肥厚チューブを通じて特定の漂流距離を移動するのに要する時間が非常に正確に測定される。等量の運動エネルギーでは、イオンの速度は質量に依存するため、したがって質量が測定されうる。TOF分析器は非常に高いスキャン速度を有し、およびしたがって非常に高い分解能に達する。
【0040】
ポリペプチドマーカーの存在および非存在の測定のための好ましい方法は、気相イオンスペクトル法、たとえばレーザー脱離/イオン化質量分析、MALDI−TOF MS、SELDI−TOF MS(表面増強レーザー脱離/イオン化)、LC−MS(液体クロマトグラフィー/質量分析)、2D−PAGE/MSおよびキャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)を含む。上記のすべての方法が当業者に公知である。
【0041】
特に好ましい方法が、キャピラリー電気泳動が質量分析と組み合わされるCE−MSである。この方法は、たとえば、独国特許出願DE 10021737に、Kaiserら(J Chromatogr A,2003,Vol.1013: 157−171,および Electrophoresis,2004,25: 2044−2055)に、およびウィトケ(Wittke)ら(Journal of Chromatography A,2003,1013: 173−181)にある程度詳細に記載されている。CE−MS技術は、試料の数百のポリペプチドマーカーの存在を同時に短時間内におよび少量で高感度で測定することを可能にする。試料が測定された後、測定されたポリペプチドマーカーのパターンが作成される。このパターンは、患者または健常者の参照パターンと比較されうる。大部分の場合で、限られた数のポリペプチドマーカーを使用するのがアルツハイマー病の診断には十分である。ESI−TOF MS装置にオンラインで連結されたCEを含むCE−MS法がさらに好ましい。
【0042】
CE−MSのためには、揮発性溶媒の使用が好ましく、および本質的に塩を含まない条件下で最も良く働く。適した溶媒の例は、アセトニトリル、メタノールなどを含む。溶媒は、水で希釈されうるかまたは、分析物、好ましくはポリペプチドをプロトン化するために弱酸(たとえば、0.1%ないし1%ギ酸)と混合されうる。
【0043】
キャピラリー電気泳動を用いて、分子を電荷およびサイズによって分離することが可能である。中性粒子は電流を加える際に電気浸透流動の速度で泳動し、一方で陽イオンは正極に向かって加速し、および陰イオンは遅延する。電気泳動におけるキャピラリーの長所は、体積に対する表面の比が有利なことにあり、これは電流フローの間に生じるジュール熱の良好な損失を可能にする。これは今度は高電圧(通常は最大30kV)の適用を可能にし、およびそのようにして高い分離性能および短い分析時間を可能にする。
【0044】
キャピラリー電気泳動では、典型的には50ないし75μmの内径を有するシリカガラスキャピラリーが通常用いられる。使用される長さは30ないし100cmである。加えて、キャピラリーは通常はプラスチック被覆シリカガラス製である。キャピラリーは、未処理、すなわち内表面上の親水基を曝露しているか、または内表面が被覆されているかの両方でありうる。疎水性コーティングは分解能を改善するために使用されうる。電圧に加えて、圧力もまた加えることができ、圧力は典型的には0ないし1psiの範囲内である。圧力もまた、実施中にのみ加えることができるか、または途中で変化させることができる。
【0045】
ポリペプチドマーカーの測定のための好ましい方法では、試料のマーカーはキャピラリー電気泳動を用いて分離され、次いで直接にイオン化され、および検出のために連結された質量分析計へオンラインで移送される。
【0046】
本発明に記載の方法では、アルツハイマー病の診断のためにいくつかのポリペプチドマーカーを使用することが有利である。特に、たとえば、マーカー1、2および3;1、2および4;などといった、少なくとも3種類のポリペプチドマーカーが使用されうる。
【0047】
より好ましいのは、少なくとも4、5または6種類のマーカーの使用である。
【0048】
さらにより好ましいのは、少なくとも13種類のマーカー、たとえば、マーカー1から13の使用である。
【0049】
非常に好ましいのは、表1から3に列記された279マーカーすべての使用である。
【0050】
一実施形態では、マーカー123、144、167、38、255、257および72が用いられる。
【0051】
いくつかのマーカーが用いられる場合にアルツハイマー病の存在の確率を測定するためには、当業者に公知である統計的手法が使用されうる。たとえば、ワイシンガー(Weissinger)らによって記載されたランダムフォレスト法(Kidney Int.,2004,65: 2426−2434)が、S−プラスといったコンピュータープログラムを用いることによって使用されうる。
【実施例】
【0052】
1.試料調製
アルツハイマー病に関するポリペプチドマーカーを検出するために、脳脊髄液を用いた。脳脊髄液は腰椎穿刺によって健常者(対照群)から、およびアルツハイマー病に罹患した患者から採取された。神経疾患または精神疾患の無い6名(32〜64歳)に由来する対照試料を用いた。アルツハイマー群について脳脊髄液試料は患者23名(57〜76歳)に由来し、MCI群について脳脊髄液試料は患者8名(60〜75歳)に由来した。
【0053】
以降のCE−MS測定のために、アルブミンおよび免疫グロブリンといった、脳脊髄益虫に存在する大きいタンパク質は限外ろ過によって分離除去されなければならなかった。したがって、脳脊髄液700μlを取り、および admixed with 700μlのろ過緩衝液 (4M 尿素,10mM NH4OH,0.02% SDS)と混合した。この1.4mlの試料量を限外ろ過した(アミコン(Amicon)30kDa、ミリポア社(Millipore)米国ベッドフォード(Bedford))。限外ろ過は3000rpmにて遠心分離機中で、限外ろ液1.2mlが得られるまで実施された。
【0054】
得られたろ液1.2mlを、尿素、塩類および他の妨害成分を除去するためにファルマシアC−2カラム(ファルマシア社(Pharmacia)、スウェーデン、ウプサラ)に加えた。結合したポリペプチドを次いでC−2カラムから、50%アセトニトリル、0.5%ギ酸を含む水で溶出し、および凍結乾燥した。CE−MS測定のために、ポリペプチドを次いで水20μlの水(HPLCグレード、メルク社(Merck))に再懸濁した。
【0055】
2.CE−MS測定
CE−MS測定は、ベックマン・コールター社のキャピラリー電気泳動システム(P/ACE MDQシステム;Beckman Coulter Inc.,米国フラートン(Fullerton))およびブルカーESI−TOF質量分析計(micro−TOFMS、ブルカー・ダルトニクス社(Bruker Daltonik)、ドイツ、ブレーメン)を用いて実施された。
【0056】
CEキャピラリーはベックマン・コールター社から調達され、およびID/OD50/360μmおよび長さ90cmであった。CE分離のための移動相は、30%メタノールおよび0.5%ギ酸を含む水から成った。MSでの「シース流」用には、0.5%ギ酸を含む30%イソプロパノールが流速2μl/分にて用いられた。CEおよびMSの連結はCE−ESI−MSスプレイヤー・キット(アジレント・テクノロジーズ社(Agilent Technologies)、ドイツ、ワルドブロン(Waldbronn))によって実現された。
【0057】
試料を注入するには、1ないし最大6psiの圧力が加えられ、および注入の持続時間は99秒であった。圧力1psiを用いて、試料約150nlがキャピラリーに注入され、これは、キャピラリー体積の約10%に相当する。キャピラリー中の試料を濃縮するためにスタッキング法が用いられた。このように、試料が注入される前に、1MNH3溶液が7秒間(1psiにて)注入され、および試料が注入された後に、2Mギ酸溶液が5秒間注入された。分離電圧(30kV)が加えられた後、分析物はこれらの溶液の間で自動的に濃縮された。
【0058】
以降のCE分離は圧力法を用いて実施された:0psiにて40分、次いで0.1psiにて2分、0.2psiにて2分、0.3psiにて2分、0.4psiにて2分、および最後に0.5psiにて32分。分離実行の合計時間はしたがって80分であった。
【0059】
MSの側で可能な限り良好なシグナル強度を得るために、ネブライザーガスは可能な最低値に設定された。エレクトロスプレーを生じるためにスプレーニードルに加えられた電圧は3700〜4100Vであった。質量分析計でのその他の設定は、取扱説明書に従ってペプチド検出用に最適化された。スペクトルは質量範囲m/z400からm/z3000に渡って記録され、および3秒毎に蓄積された。
【0060】
3.CE測定用標準
CE測定を点検および較正するために、選択された条件下での記載のCE泳動時間によって特徴づけられる下記のタンパク質またはポリペプチドが用いられた:

【0061】
タンパク質/ポリペプチドはそれぞれ10pmol/μl水の濃度にて使用された。"REV"、"ELM、"KINCON"および"GIVLY"は合成ペプチドである。
【0062】
ペプチドの分子量およびMSで見られる各荷電状態のm/z比は下記の通りである:

【0063】
4.本発明に記載のマーカーの先行技術との比較
Electrophoresis 26 (2005)、 1476−1487において、ウィトケ(Wittke)らはアルツハイマー病の指標になると考えられる表1の10種類のマーカーを記載する。さらなる研究は、その見出されたマーカーはより低い特異性しか有しないことを示している。
【0064】
本発明に記載の請求されるマーカーと対照的に、本明細書に含められた10種類のマーカーのほぼ全部について予測値がほぼ0であるのが明らかに見られる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】図1aはそのバイオマーカーの本明細書からの有意性を示す。示されるのはID108317(IDペーパー356)、108983(IDペーパー362)、ID128206(IDペーパー472)、ID131316(IDペーパー490)、ID131401(IDペーパー491)およびID136537(IDペーパー515)のバイオマーカーである。図1bは別のバイオマーカーの本明細書からの有意性を示す。示されるのはID49693(IDペーパー51)、66564(IDペーパー111)、ID75674(IDペーパー142)、ID89174(IDペーパー208)のバイオマーカーである。
【図2】図2aおよびbは本発明に記載の12種類のマーカーについて対応する分析を示す。これらは群間の具体的な分離(健常対アルツハイマー)を結果として生じる。少なくとも3種類のマーカーを選択することによって、本分析は精度84%に達する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリペプチドマーカーがマーカー1ないし50(頻度マーカー)から選択される、試料中の少なくとも一つのポリペプチドマーカーの存在または非存在を測定する段階を含み、またはマーカー51ないし279(振幅マーカー)から選択される少なくとも一つのポリペプチドマーカーの振幅を測定する段階を含み、前記マーカーは、分子量および泳動時間について下記の値によって特徴づけられる、アルツハイマー病の診断のための方法:


【請求項2】
測定された存在または非存在の評価が下記の参照値を用いて実施される、請求項1に記載の方法:


【請求項3】
マーカー 51から279の振幅の評価が下記の参照値を用いて実施される、請求項1に記載の方法:




【請求項4】
請求項1で定義される少なくとも3種類または少なくとも4種類または少なくとも5種類または少なくとも10種類またはすべてのポリペプチドマーカーが使用される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
個人に由来する試料が血液(血清または血漿)試料または脳脊髄液試料である、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
キャピラリー電気泳動、HPLC、気相イオンスペクトル法および/または質量分析が、一または複数のポリペプチドマーカーの存在または非存在を検出するのに用いられる、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
キャピラリー電気泳動が、ポリペプチドマーカーの分子量が測定される前に実施される、請求項1から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
質量分析が、一または複数のポリペプチドマーカーの存在または非存在を検出するのに用いられる、請求項1から7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
アルツハイマー病の診断のための、マーカー番号1ないし279から選択されおよび分子量および泳動時間について下記の値によって特徴づけられる少なくとも一つのポリペプチドマーカーの使用:



【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2008−534973(P2008−534973A)
【公表日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−504760(P2008−504760)
【出願日】平成18年4月5日(2006.4.5)
【国際出願番号】PCT/EP2006/061336
【国際公開番号】WO2006/106115
【国際公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【出願人】(506074808)モザイクヴェス ディアグノシュティクス アンド テラポイティクス アクチェン ゲゼルシャフト (6)
【Fターム(参考)】