説明

アルミニウム合金と樹脂の複合体及びその製造方法

【課題】耐水性の高いアルミ合金と樹脂複合体を提供する。
【解決手段】アルミ合金を、45〜65℃にした数%濃度の水和ヒドラジン水溶液に1分〜数分浸漬して20〜40nm周期の超微細凹凸表面を形成し、次いで15〜55℃とした0.05〜1%濃度の水和ヒドラジン水溶液に数分浸漬して水洗し、さらに50〜70℃で低温乾燥することによって、アルミ合金表面にヒドラジンを吸着させる。これを射出形成用の金型にインサートし、その表面にPPS樹脂組成物53を射出し、アルミ合金と接合させる。得られた射出接合物を98℃のイオン交換水に浸漬してアルミ合金表面に水酸化アルミニウム層54を形成し、さらに170℃で1時間加熱する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム合金とポリフェニレンサルファイド(以下「PPS」という)系樹脂組成物からなる複合体に関する。本発明に係る複合体は、特に、屋外使用される輸送機械や産業用機械等の部品、建設材等に適している。
【背景技術】
【0002】
金属同士、又は金属と合成樹脂を強く接合する技術は、自動車、家庭電化製品、産業機器等の部品製造業等だけでなく広い産業分野において求められ、このために多くの接着剤が開発されている。このような接合技術は、あらゆる製造業に於いて基幹となる技術である。
【0003】
接着剤を使用しない接合方法に関しても従来から研究されている。その中でも製造業に大きな影響を与えたのは、本発明者らが開発した「NMT(Nano molding technologyの略)」である。NMTとは、アルミニウム合金と樹脂組成物との接合技術であり、予め射出成形金型内にインサートしていたアルミニウム合金に、溶融したエンジニアリング樹脂を射出して樹脂部分を成形すると同時に、その成形品とアルミニウム合金とを接合する方法(以下、略称して「射出接合」という。)である。特許文献1には、特定の表面処理を施したアルミニウム合金に対し、ポリブチレンテレフタレート(以下、「PBT」という。)系樹脂組成物を射出接合させる技術を開示している。また、特許文献2には、特定の表面処理を施したアルミニウム合金に対し、PPS系樹脂組成物を射出接合させる技術を開示している。特許文献1及び特許文献2における射出接合の原理を簡単に説明すると以下のとおりである。
【0004】
(NMT)
NMTの要件として、アルミニウム合金に2の条件、樹脂組成物に1の条件がある。アルミニウム合金の2条件を以下に示す。
(1)アルミニウム合金表面が20〜80nm周期(好ましくは20〜50nm周期)の超微細凹凸、又は直径20〜80nm(好ましくは直径20〜50nm)の超微細凹部又は超微細凸部で覆われていること。指標としては、RSmが20nm〜80nmである超微細凹凸で覆われていると良い。また、Rzが20〜80nmの超微細凹部又は超微細凸部で覆われていても良い。さらに、RSmが20nm〜80nmであり、且つRzが20〜80nmの超微細凹凸で覆われていても良い。RSmは、日本工業規格(JIS B 0601:2001, ISO 4287:1997)に規定される輪郭曲線要素の平均長さであり、Rzは、日本工業規格(JIS B 0601:2001, ISO 4287:1997)に規定される最大高さである。ここで、このアルミニウム合金の表層は酸化アルミニウムの薄層であり、その厚さは3nm以上である。
(2)アルミニウム合金表面に、アンモニア、ヒドラジン、又は水溶性アミン化合物が化学吸着していること。
一方、樹脂組成物の条件は以下の通りである。
(3)硬質の結晶性熱可塑性樹脂であって、150〜200℃でアンモニア、ヒドラジン、又は水溶性アミン類等の広義のアミン系化合物と反応し得る樹脂を主成分とすること。具体的には、PBT、PPS、又はポリアミド樹脂等が主成分として含まれている樹脂組成物であること。
【0005】
ここで、樹脂組成物がPBT又はPPSを主成分とし(即ち(3)の条件を満たし)、且つ10〜40質量%のガラス繊維を含むものであった場合、(1)及び(2)の条件を満たすアルミニウム合金と従来になく強固な接合力を示した。アルミニウム合金及び樹脂組成物がいずれも板状物であって、両者を一定面積(0.5cm)で接合した複合体を引っ張り試験して破断させたときに、破断力で20〜25MPaを示した。
【0006】
NMTにおいて、強い接合力を得るためには樹脂組成物側に更に1の条件が加わる。
(4)主成分高分子と異なる高分子が含まれており、異高分子の大部分が主成分の結晶性熱可塑性樹脂と分子レベルで混ざっていること。
この条件(4)を追加した目的は、溶融状態の樹脂組成物が急冷された時に、結晶化する速度を低下させることにある。分子レベルで異高分子が混ざっていれば、溶融状態から結晶化に向かう際に異高分子の存在が邪魔になって整列し難くなり、結果的に急冷時の結晶化速度を抑制するとの考えに基づく。これにより、樹脂組成物が硬化する前に超微細凹凸に十分侵入し、接合力の向上に寄与すると予測した。この予測は結果として正しかった。
【0007】
樹脂組成物がPBT又はPPSを主成分とし(即ち(3)の条件を満たし)、且つ(4)の条件を満たし(異種の高分子をコンパウンドし)、さらに10〜40質量%のガラス繊維を含むものであった場合、(1)及び(2)の条件を満たすアルミニウム合金と極めて強固な接合力を示した。アルミニウム合金及び樹脂組成物がいずれも板状物であって、両者を一定面積(約0.5〜0.8cm)で接合した複合体を引っ張り試験して破断させたときに、破断力で25〜35MPaを示した。異種のポリアミド樹脂同士をコンパウンドした樹脂組成物を使用した場合、20〜30MPaの破断力を示した。
【0008】
【特許文献1】WO 03/064150 A1
【特許文献2】WO 2004/041532 A1
【特許文献3】特願2010−264652
【特許文献4】特許第4452220号公報
【特許文献5】特許第4452256号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
NMTにより得られたアルミニウム合金とPPS系樹脂組成物の複合体は、携帯電話、モバイルコンピュータ、データプロジェクター等の電子機器に最適である。しかし、本複合体を自動車、自転車、航空機等の輸送機械や屋外で使用される産業用機械、建設材に使用するためには、アルミニウム合金とPPS系樹脂組成物の接合力のみならず、耐候性を兼備させなければならない。上記用途に必要な耐候性とは、陽光に対する耐性があること、水分や湿気、特に潮風の塩分が溶け込んだ雨水、汚水、海水に対する耐性があること、気温−40〜+100℃の環境で長期間の使用に耐えうること、さらにこれらの条件が複合した環境下で長期間の使用に耐えうること等である。
【0010】
本発明はこのような技術背景のもとになされたものであり、その目的はアルミニウム合金とPPS系樹脂組成物の強固な接合を達成しつつ、耐候性に優れた複合体とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
複合体の耐候性確保に最も有効なのは塗装である。塗料業界では、アルミニウム合金に2層塗装又は3層塗装することにより、陽光を遮断し、汚水、塩水も遮断する。但し、酸素、窒素、水分子は完全には遮断できず、塩水等に含まれる塩素イオン、ナトリウムイオンを完全遮断することは困難である。塗膜は高分子の絡み合った物であり、小さな分子は絡まった分子鎖の隙間を通過可能である。塗膜から露出している部分は傷付けられる場合があり、傷は金属相まで達することがあり、そこから錆が発生しうる。耐候性確保のためには、その錆が周辺に拡がる速度を抑制しなければならない。これらを勘案し、実際のアルミニウム合金材は耐候性を得るために、塗装前に表面処理が施されている。通常はクロメート処理やベーマイト化処理等の化成処理が施されている。化成処理の目的は、化成処理層と塗膜との接着性を良好にして塗膜による部材保護を良好にすること、化成処理層自体をナトリウムイオンや塩素イオンに対し低反応性とすることで、これらのイオンが金属相に侵入するのを防ぐこと等にある。
【0012】
NMTによって得られたアルミニウム合金とPPS系樹脂組成物の射出接合物に耐候性を持たせる場合にも、前述したようにアルミニウム合金露出部に化成処理を施して、厚い塗装をすることが必要となる。化成処理と塗装を接合後に行うことを前提とした場合、当初得られるアルミニウム合金とPPS系樹脂組成物には水分子の侵入に対する耐性があれば良い。即ち、射出接合によって得られた直後の複合体に関しては、少なくとも耐水性が必要である。
【0013】
本発明者らは以下に示すNMT及びNMTを改良したNMT2によって、接合部分への水分子の侵入を抑制することが可能であると判断した。これはNMT及びNMT2によって、複合体におけるアルミニウム合金とPPS系樹脂組成物との隙間を極めて小さくすることができたためである。また、本発明者らは特許文献3に示すように、NMT及びNMT2によって、アルミニウム合金とPPS系樹脂組成物との接合部分のガス通過量を抑制できることを確認している。本発明者らは、このようなガス封止性に優れた接合技術は水分子の通過も抑制することが可能であると判断した。
【0014】
(NMT)
図1に示すNMTの例では、アルミニウム合金相10の表面に形成された直径20〜50nmの超微細凹部に樹脂組成物20が侵入している。超微細凹部は厚さ3nm以上の酸化アルミニウム薄層30で覆われている。このような表面構造のアルミニウム合金を射出成形金型にインサートし、溶融した熱可塑性樹脂を高圧で射出させる。このとき、熱可塑性樹脂と、アルミニウム合金表面に吸着していたアミン系化合物分子が遭遇することで化学反応する。この化学反応は、この熱可塑性樹脂が低温の金型温度に保たれたアルミニウム合金に接して急冷されて結晶化し固化せんとする物理反応を抑制する。その結果、樹脂は、結晶化や固化が遅れ、その間にアルミニウム合金表面の超微細凹部に浸入し、侵入後に結晶化、固化して硬質の酸化アルミニウム薄層30と接合する。このアンカー効果により、熱可塑性樹脂は外力を受けてもアルミニウム合金表面から剥がれ難くなる。即ち、アルミニウム合金と形成された樹脂成形品は強固に接合する。実際、アミン系化合物と化学反応できるPBTやPPSがこのアルミニウム合金と射出接合ができることを確認している。
【0015】
NMTは特許文献1、2に開示されているが、その概要を記載する。形状化したアルミニウム合金部品を脱脂槽に投入して脱脂操作をする。次いで数%濃度の苛性ソーダ水溶液に浸漬して表層を溶かし、脱脂操作で落とし切れなかった汚れをアルミニウム表層ごと落とす。次いで数%濃度の硝酸水溶液に浸漬して、前操作で表面に付着したナトリウムイオン等を中和し除去する。ここまでの操作はアルミニウム合金部品の表面を構造的、化学的に安定した綺麗な表面にする操作であり、言わば化粧前の洗顔である。もし汚れや腐食箇所の全くない綺麗なアルミニウム合金部品であれば、これら前処理操作は省くことができる。
【0016】
NMTにおける重要な処理は以下に示すものである。NMTでは水溶性アミン系化合物の水溶液にアルミニウム合金を適当な条件で浸漬し、合金表面をエッチングして20〜80nm周期の超微細凹凸を形成し、同時にそのアミン系化合物を化学吸着させる。本発明者等は、表面処理条件を異ならせた各々のアルミニウム合金を射出成形金型にインサートしてNMT用のPBT系樹脂やPPS系樹脂を射出接合する実験を行った。そして、その接合力が最大になり、且つ表面処理の際の浸漬時間が1〜2分になる条件を探し出し、これを最適な製造方法として使用してきた。より具体的に言えば、アルミニウム合金の表面処理に使用する水溶性のアミン系化合物は一水和ヒドラジンであり、条件(濃度、液温度、浸漬時間)を異ならせて表面処理を行い、各アルミニウム合金と熱可塑性樹脂との接合力を測定し、最適の濃度、液温度、及び浸漬時間を決定した。
【0017】
例えば、アルミニウム合金部品を、45〜65℃にした数%濃度の水和ヒドラジン水溶液に1分〜数分浸漬して20〜40nm周期の超微細凹凸表面とする超微細エッチングを行う。この水和ヒドラジン水溶液への浸漬処理では、水溶液の弱塩基性によって水素ガスを発しつつアルミニウム合金部品が全面腐食型にエッチングされる。温度と濃度、及び浸漬時間を調節すると、アルミニウム合金表面が20〜40nm周期の超微細凹凸で覆われるようになる。超微細エッチング後、アルミニウム合金部品をイオン交換水でよく水洗し、50〜70℃で乾燥すると、ヒドラジンの化学吸着が認められる射出接合に適しものとなる。これが「NMT」の表面処理法である。
【0018】
(NMT2)
本発明者らはNMTを改良して、さらにガス封止性に優れた射出接合技術を開発した。この技術を「NMT2」と称する。NMTではアルミニウム合金と樹脂組成物を従来になく高い接合力で接合させることができる。しかしながら、接合力という観点から最適の条件が、ガス封止性においても最適の条件とは限らない。この改良とは、超微細凹凸の直径は20〜80nm程度に維持しつつ、吸着させるアミン系化合物の量を増大させるというものである。即ち、超微細凹凸の形状を変形させずに接合力は最大レベルを維持しつつ、アミン系化合物(例えばヒドラジン)をNMTの場合よりも多量に吸着させて、熱可塑性樹脂の結晶化、固化をさらに遅らせ、超微細凹凸への侵入度を高めようようというものである。
【0019】
本発明者らは、このような視点を持って処理法を工夫した。先ずアルミニウム合金表面にNMTと同様の条件で、超微細エッチングによって超微細凹凸を作り、その後に、NMTで使用するものより低温で、より希釈された水溶性アミン系化合物水溶液に浸漬してアミン系化合物の化学吸着量を増加させる処理工程を設けた。具体例としては、まず45〜65℃にした数%濃度の水和ヒドラジン水溶液に1分〜数分浸漬して、表面に直径20〜40nmの超微細凹部を形成する(NMTと同じ処理)。この水和ヒドラジン水溶液への浸漬処理では、水溶液の弱塩基性によって水素ガスを発しつつアルミニウム合金が全面腐食型にエッチングされるが、温度と濃度、及び浸漬時間を調節すると20〜40nm周期の超微細凹凸で全面が覆われるようになる。
【0020】
NMT2においては、上記エッチング処理(NMTと同じ処理)の後に、15〜55℃とした0.05〜1%濃度の水溶性アミン系化合物水溶液(例えば水和ヒドラジン水溶液)に1分〜10分浸漬して水洗し、さらに50〜70℃で低温乾燥する。その意図は、低濃度水溶性アミン系化合物水溶液(例えば水和ヒドラジン水溶液)でエッチングを控え、アミン系化合物(例えばヒドラジン)の化学吸着のみを進めることにある。また、水洗後の乾燥条件を50〜70℃と低温にしている。これはアルミニウム合金表面の水酸化を防ぐために低温乾燥するのではなく、吸着したアミン系化合物(例えばヒドラジン)を化学吸着物として定着させるために最適な温度を探った結果である。なお、NMTにおけるアルミニウム合金の表面処理はヒドラジンに限らず、アンモニア又は水溶性アミンでも可能であり、NMT2もこれと同様である。後述する実験例では、水和ヒドラジン水溶液、アルキルアミン類水溶液、及びエタノールアミン水溶液を使用して、それぞれでNMT2用の表面処理が可能であることを確認した。
【0021】
再度の水溶性アミン系化合物水溶液への浸漬では、エッチング速度が大幅に低下する一方で、化学吸着するアミン系化合物量を増加させ得る可能性があると判断し、実験を行った結果、良好な結果を得た。射出接合による接合力は全く低下せず、ガス封止性が、NMTと比較して大幅に向上した。アルミニウム合金表面に射出された熱可塑性樹脂は、直径20〜40nm程度の超微細凹部の奥底までほぼ完全に侵入し、図2に示すように、アルミニウム合金相の表層の酸化アルミニウム薄層と、熱可塑性樹脂との隙間がほぼ無くなったとみられる。これがNMTと比較してNMT2のガス封止性が格段に向上した理由であろう。
【0022】
接合力が従来型NMTとNMT2で変化しない理由は、いずれも強い外力が加わったときに破断するのは樹脂部分であることによる。即ち、破断が生じても侵入した樹脂は超微細凹凸内部に殆ど残っており、樹脂自体の材料破壊により破断が生じる以上、接合力自体は同じである。このように、NMT2による射出接合技術はアルミニウム合金に特定の表面処理を施し、射出成形金型にインサートし、改良型熱可塑性樹脂を射出して離型し、アルミニウム合金/樹脂成形品の一体化物を得るという点では「NMT」と全く同じである。但し、そのガス封止性はNMTと比較して明かに高い。
【0023】
NMT2により得られた複合体はガス封止性能以外の点では、NMTによる複合体と際が無い。複合体の破断力においては、いずれも25〜30MPa程度であり、これらの数値は樹脂成形品の破断値である。NMT用の表面処理がされたアルミニウム合金材とNMT2用の表面処理がされたアルミニウム合金材を電子顕微鏡観察しても、差異は確認できない。また、複合体のアルミニウム合金片の接合部分を50nmの厚さにスライスして、これを透過型分析電子顕微鏡で観察してもNMTとNMT2の差異を確認するのは困難である。従って、後述する構造体を作成して、数日〜1週間以上かけてガス封止性を測定する方法を採った。
【0024】
その他の手段としては、表面処理後のアルミニウム合金片をXPSで分析する方法がある。ただし、単独試料ではNMT用の表面処理を施したのか、又はNMT2用の表面処理を施したのかを確定するのは難しい。XPSは試料表面から深さ数nmまでのほぼ全原子の存在信号を引き出す分析法なので、全面吸着しているとしても1分子層しかない化学吸着ではその存在率は低くなり、ヒドラジン分子が発する窒素原子の信号は極めて小さい。よって、NMT処理品であってもNMT2処理品であってもXPSで窒素原子の存在確認をするには少なくとも5回以上の照射データを積算しなければ雑音信号からピークを引き出せない。一方、繰り返しのX線照射は試料を痛め、化学吸着ヒドラジンも照射繰り返しによって次第に減少する。従って積算を多数行えば良いというものでもなく、15回程度の積算が限度となる。結論としては、XPSを吸着ヒドラジンの定量分析に使用するのは困難であり、むしろ定性分析用と言える。しかしながら、NMT処理品とNMT2処理品を同日、同条件で連続的にXPS分析すれば窒素原子ピークは明らかに後者が大きくなる。
【0025】
このようにNMTの表面処理方法を一部変更することで、アルミニウム合金表面に化学吸着するアミン系化合物の量を増大させることができ、射出接合工程時にPPS系樹脂組成物が超微細凹部の奥底まで侵入し得る。図2に示すように、NMT2では、NMTよりも超微細凹部の奥まで樹脂が侵入している。これによりガス封止性はNMTより大幅に向上した。特許文献3に示す実験では、アルミニウム合金とPPS樹脂成形品との接合部分に0.5MPaの差圧をかけた状態(0.5MPaのヘリウムが接合部分を通過して大気圧側に漏れるようにした状態)で7日間放置しても、ヘリウムの漏れを確認することができない程のガス封止性を実現した。
【0026】
(「NMT」と「NMT2」の比較)
同じアルミニウム合金とPPS系樹脂を使用して「NMT」による射出接合物、及び「NMT2」による射出接合物を作成し双方の接合力を比較した。この場合、双方共に破断力は樹脂部の材料破壊値であり、破断力は25〜35MPaとなり差異を見出せない。双方の差異は、前述したガス封性試験を行うことでようやく生ずる。「NMT2」による射出接合品は、射出樹脂がアルミニウム合金の超微細凹凸に深く侵入しており、アルミニウム合金表層と樹脂層の隙間距離が軽量分子の通過も困難にするほど小さくなっている。
【0027】
本発明者らは、射出接合物の耐候性を高めるには、射出接合物自体に高い耐水性や耐湿熱性が必要と考え、その獲得にはアルミニウム合金表層と樹脂層との隙間が可能な限り小さく、水分子の通過も困難とする「NMT2」が有効と推定した。実験結果から言えば、NMTよりNMT2を使用した射出接合物の方が耐湿熱性は高かった。しかし、NMTを使用した射出接合物であっても、アルミニウム合金種によっては、射出接合後に水酸化処理及びアニール処理を加えることで、十分高い耐湿熱性が得られた。それ故、NMT、NMT2の何れも有効であると言える。
【0028】
(耐水性試験)
複合体(射出接合物)の耐水性試験としては、水と酸素が存在する環境下に数年間複合体を置いて試験する方法が実際の使用状態に近い。例えば、水中に数年間浸漬した後、複合体を取り出し、引っ張り破断試験を行って、浸漬前から破断力が変化しなければ理想的な耐候性を有していることになる。しかしながら、このような試験方法は時間がかかりずぎて実用的ではない。それ故、樹脂業界や機械製造業界では、高温高湿試験機を使用した湿熱試験を採用しており、この試験を耐水性の加速試験と位置づけている。一般的に採用されている試験条件は、温度85℃、湿度85%とした高温高湿試験機内に複合体を数百時間〜数千時間置いて、耐湿熱性を測るというものである。但し、湿熱試験を耐水性試験の加速試験として用いる場合は、湿熱試験後に複合体を常温湿度に一定時間置いた後に接合力を測定して初期値と比較する必要がある。
【0029】
NMTやNMT2において最も良く使用される樹脂はPPSである。PPSは高耐熱性、低吸湿性の樹脂であり、湿熱試験の温度域80〜100℃では樹脂組成物の基本構造は変化しない。即ち、湿熱試験下に置けば吸水量が増えて軟化し、接合力は低下するが、室温下に戻し放置すれば元に戻る可逆性がある。この物性は、耐水試験の加速試験として湿熱試験を使用するに適している。
【0030】
(ポット湿熱試験)
NMT2処理したアルミニウム合金とPPS系樹脂の射出接合物には優れた耐水性がある可能性が高い。これを実証すべくA5052/PPS樹脂(「SGX120」東ソー株式会社製)」の射出接合物を作製し、これらを水中投入して耐水試験にかけると共に、その加速試験である湿熱試験(85℃85%湿度)にかけた。但し、この湿熱試験であっても1000時間程度を要するため、湿熱試験として、さらに短時間で耐湿熱性を測定可能な試験方法が望ましい。耐湿熱性を短時間で測定可能な試験として、本発明者等は「ポット湿熱試験」を開発した。ポット湿熱試験とは、電気ポットに水(イオン交換水等)を入れて98℃にし、これに射出接合物を20時間投入し、取り出して70℃で10時間温風乾燥し、更に常温下で10時間送風してから引っ張り試験機にかけて破断させ、そのときの破断力を測定するというものである。この試験により、合計40時間程度で、射出接合物に高い耐水性があるか否かを判断することができる。
【0031】
(射出接合物の耐水性)
NMT及びNMT2を使用したアルミニウム合金と樹脂の射出接合物では、アルミニウム合金と樹脂部との隙間距離はnmオーダーである。特にNMT2の場合にはアルミニウム合金表層と樹脂との隙間が小さく、この隙間は水分子の通過をも制限する。水分子の侵入が抑制されればアルミニウムの腐食も抑制され、アルミニウム合金表面を成す超微細凹凸面形状も変化し難い。そうなれば高温高湿下に置かれても接合力の変化、即ち、接合力の経時による低下は小さい。但し、射出接合物におけるアルミニウム合金と樹脂部との隙間は全く0(水分子が全く通過できない)ものではなく、高温高湿下に長時間置かれたときの接合力の低下は免れない。
【0032】
(耐水性の向上)
アルミニウム合金の化成処理法として、アルミニウムの水酸化反応を使用したベーマイト化処理がある。アルミニウムの水酸化は80〜100℃の水中に置くだけで進行し、100〜130℃の水蒸気中でも進行する。高温水中で水酸化が進行するということは、ごく低濃度の触媒(水酸化促進剤)を加えて水酸化速度を高め得ることを示している。本発明者等は耐水性を向上させる方法として、この水酸化処理に注目した。例えば沸騰水中に前記射出接合物を浸漬した場合、接合範囲(樹脂組成物と接している領域)以外のアルミニウム合金部位は水酸化アルミニウム層(ベーマイト層)が生成して、化成処理された状態になる。そして、アルミニウム合金と樹脂との接合境界線周辺では、水酸化反応によってアルミニウム合金表層が厚くなることにより、境界部分におけるアルミニウム合金表面層と樹脂との隙間が小さくなり、さらには図3に示すように、アルミニウム合金51と樹脂組成物53との接合境界線がアルミニウム合金表層に形成されたベーマイト層54によって覆われるようになる。このように接合範囲52の周囲がベーマイト層54によって覆われ、結果として接合範囲内への水分子の侵入が抑制される。
【0033】
水酸化反応時間を長く取ることで、成長した水酸化アルミニウムがアルミニウム合金表面層と樹脂との隙間を埋める可能性も高まる。即ち水酸化処理によって、水分子の侵入を接合範囲の外周線(接合境界線)で止めることができる可能性がある。結果として、接合範囲内の水酸化反応は抑制され、超微細凹凸形状の維持、即ちアルミニウム合金と樹脂間の接合力が維持されると推定した。但し、水酸化処理によって成長した水酸化アルミニウムが樹脂部を押し上げ、破壊を誘う内部歪を生じる可能性も生じると思われる。
【0034】
本発明者らは、NMT2によって得られたA5052アルミニウム合金/PPS系樹脂「SGX120」の射出接合物20個を「ポット湿熱試験」にかける実験を行った。このポット湿熱試験は、前述したように湿熱試験の加速試験であるが、同時に上記水酸化反応を促進させる処理でもある。即ち、「ポット湿熱試験」によって耐水性の向上を図ることが可能か否かを試験した。即ち、98℃の純水中に20時間投入し、取り出して70℃で10時間温風乾燥し、更に常温下で10時間送風してから引っ張り試験機にかけて破断させ、取り出して70℃で10時間温風乾燥し、更に常温下で10時間送風してから引っ張り試験機にかけて破断させた。その際測定された20個の破断力と、ポット湿熱試験前のA5052アルミニウム合金/PPS系樹脂「SGX120」の射出接合物の破断力を比較した結果、20個のうちの5個については破断力が全く低下していなかった。一部であっても破断力が全く低下しない現象は見逃せなかった。そこで前記の推論に従い、水酸化反応後に射出接合物を150℃〜200℃で20分以上加熱するアニール工程を付けることとした。これにより内部歪を解消できると判断した。
【0035】
(水酸化処理+アニール処理)
NMT2によってA5052/「SGX120」の射出接合物を多数作成し、それらを98℃にしたイオン交換水入りポットに20時間投入し(水酸化処理)、取り出して80℃で15分乾燥し更に170℃で1時間アニールした。これら水酸化処理及びアニール処理を行った射出接合物の接合力は、水酸化処理を行わなかった射出接合物と同等であった。水酸化処理及びアニール処理を行った射出接合物は、「ポット湿熱試験」で全く接合力(破断力)が低下しないのみならず、常温下の純水に6ヶ月浸漬する耐水試験を行っても全く接合力が低下しなかった。さらに、水酸化処理及びアニール処理を行った射出接合物を、温度85℃湿度85%にした高温高湿試験機に1000時間投入した後、70℃で10時間乾燥させ、さらに常温に10時間置いて冷却した後に、引張り試験機にかけて破断力を測定した。その結果、高温高湿試験機に入れる前から全く接合力は低下していなかった。
【0036】
(自己修復機能)
上記高温高湿試験では、水酸化処理及びアニール処理を行った射出接合物を、温度85℃湿度85%にした高温高湿試験機に多数投入し、200時間後、400時間後、600時間後、800時間後、及び1000時間後に、各々所定数の射出接合物を取り出して、引張り試験機にかける実験を行った。そして1000時間経過後に取り出した射出接合物に関しては、高温高湿試験機に投入する前の射出接合物と比較して、接合力が同等であったという結果を得た。しかしながら、200時間経過後に取り出した射出接合物に関しては、破断力が低下しているものが複数個確認された。一方で、400時間経過後に取り出した射出接合物に関しては、破断力が低下しているものは確認されなかった。
【0037】
これは湿熱試験自体が、アルミニウム合金表層と樹脂層との隙間を埋める効果を生じさせたためと推定される。即ち水酸化処理及びアニール処理を行った後も、アルミニウム合金表層と樹脂層との間に隙間が残っている物もあり、そこでは未だ水分子の侵入余地があったが、高温高湿環境下(温度85℃湿度85%)に長時間置かれることによって水酸化反応が促進され、残っていた隙間がベーマイト層によって塞がれたものと考えられる。そこで、本発明者らは、射出接合物に水酸化処理を施す際、98℃のイオン交換水に20時間浸漬するという条件に代えて、酢酸ニッケルを数百PPM含有する水溶液(98℃)に20時間浸漬する条件や数千PPM含有する水溶液(98℃)に数十分浸漬する条件とした。これにより得られた水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を、温度85℃湿度85%にした高温高湿試験機に多数投入し、200時間後に取り出して引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、接合力が低下したものはなかった。即ち、強い水酸化処理を行うことで、接合範囲の周囲をベーマイト層で封止することが可能であることを確認した。
【0038】
これらの結果から、実環境(高温高湿環境下)においてもアルミニウム合金表層の水酸化処理が促進され、これが接合力の低下を阻止することが期待される。即ち、射出接合物が高温高湿環境下におかれることで自己修復機能を発揮する可能性を示唆している。
【0039】
前述した水酸化処理及びアニール処理に関しては、A5052アルミニウム合金を使用した実験で、その効果を確認することができた。一方、アルミニウム合金の種類によって水酸化反応の反応速度が異なるため、各種類毎に水酸化反応の条件調整が必要となる。前述したように、これらは水酸化反応に純水以外、例えば酢酸ニッケルやその他の水酸化用触媒を含めた水溶液の使用で、水酸化反応の促進させることができるため、アルミニウム合金種毎に水溶液の種類や濃度を適宜調整すると良い。
【発明の効果】
【0040】
本発明に係るアルミニウム合金とPPS樹脂の複合体は、アルミニウム合金とPPS樹脂の成形品が強固に接合したものであり、且つ高温高湿環境下に長時間おかれても接合力が低下しないことを特徴とする。本発明ではアルミニウムが有する水分子との反応性を利用し、アルミニウム合金表層のベーマイト層を形成することによって、接合部への水分子の侵入を抑制し、耐水性に優れた複合体を得ることができた。このような複合体に耐候性塗料を塗布することにより、耐候性を有する部材にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は、NMTによって得られた射出接合物の断面模式図である。
【図2】図2は、NMT2によって得られた射出接合物の断面模式図である。
【図3】図3は、水酸化処理を行った射出接合物の断面模式図である。
【図4】図4は、引張り試験に用いる射出接合物の斜視図である。
【図5】図5は、引張り試験に用いる射出接合物の斜視図である。
【図6】図6は、引張り試験で射出接合物が破断したときの破断形状を示す模式図である。
【図7】図7は、研磨紙で研磨して線傷を設けたときのアルミニウム合金表面を示すである。
【図8】図8は、NCフライス盤で加工して溝をもうけたときのアルミニウム合金表面を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
[PPS系樹脂組成物]
NMT用のPPS系樹脂は現在数種市販されている。前記した様にNMT2では、NMTで使用する樹脂組成物を使用することができる。即ちPBT、PPS、又はポリアミド樹脂等が含まれている樹脂組成物を使用できる。ここではPPS系樹脂を例に説明する。NMT用のPPS系樹脂として現在数種市販されている。「SGX120(東ソー株式会社製)」は、NMT用PPS系樹脂の一つである。これをNMT2でも使用できる。樹脂組成物の詳細は特許文献4及び5に記載があり、その概要を記載する。NMT用のPPS系樹脂組成物は、樹脂分の70〜97%がPPSであり、30〜3%が変性ポリオレフィン系樹脂である組成物である。これに加え、両者の相溶化を促進する成分が含まれているのが好ましい。樹脂分の他には、フィラー、その他が含まれる。
【0043】
変性ポリオレフィン系樹脂としては、無水マレイン酸変性エチレン系共重合体、グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体、グリシジルエーテル変性エチレン共重合体、エチレンアルキルアクリレート共重合体等であることが好ましい。該無水マレイン酸変性エチレン系共重合体としては、例えば無水マレイン酸グラフト変性エチレン重合体、無水マレイン酸−エチレン共重合体、エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体等をあげることができ、その中でも特に優れた複合体が得られることからエチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体であることが好ましく、該エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体の具体的例示としては、「ボンダイン(アルケマ社製)」等が挙げられる。
【0044】
該グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体としては、グリシジルメタクリレートグラフト変性エチレン重合体、グリシジルメタクリレート−エチレン共重合体を挙げることができ、その中でも特に優れた複合体が得られることからグリシジルメタクリレート−エチレン共重合体であることが好ましく、該グリシジルメタクリレート−エチレン共重合体の具体例としては、「ボンドファースト(住友化学社製)」等が挙げられる。
【0045】
該グリシジルエーテル変性エチレン共重合体としては、例えばグリシジルエーテルグラフト変性エチレン共重合体、グリシジルエーテル−エチレン共重合体を挙げることができ、該エチレンアルキルアクリレート共重合体の具体例としては、「ロトリル(アルケマ社製)」等が挙げられる。又、エチレンアルキルアクリレート共重合体には、エチレンアルキルアクリレート共重合体、エチレンアルキルメタクリレート共重合体等があり好ましく使用できる。
【0046】
上記樹脂分100重量部に対し、多官能性イソシアネート化合物0.1〜6重量部及び/又はエポキシ樹脂1〜25重量部を配合した場合に押し出し機での混ざり(分子レベルでの混ざり)がよくなり好ましい。該多官能性イソシアネート化合物は、市販の非ブロック型、ブロック型のものが使用できる。該多官能性非ブロック型イソシアネート化合物としては、例えば4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、4,4’−ジフェニルプロパンジイソシアネート、トルエンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、ビス(4−イソシアネートフェニル)スルホン等が例示される。また、該多官能性ブロック型イソシアネート化合物としては、分子内に2個以上のイソシアネート基を有し、そのイソシアネート基を揮発性の活性水素化合物と反応させて、常温では不活性としたものであり、該多官能性ブロック型イソシアネート化合物の種類は特に規定したものではなく、一般的には、アルコール類、フェノール類、ε−カプロラクタム、オキシム類、活性メチレン化合物類等のブロック剤によりイソシアネート基がマスクされた構造を有する。該多官能性ブロック型イソシアネートとしては、例えば「タケネート(三井竹田ケミカル社製)」等が挙げられる。
【0047】
該エポキシ樹脂としては、一般にビスフェノールA型、クレゾールノボラック型等として知られているエポキシ樹脂を用いることができ、該ビスフェノールA型エポキシ樹脂としては、例えば「エピコート(ジャパンエポキシレジン社製)」等が挙げられ、該クレゾールノボラック型エポキシ樹脂としては、「エピクロン(大日本インキ化学工業社製)」等が挙げられる。
【0048】
フィラーとしては強化繊維、粉体フィラー等を挙げることができ、強化繊維としては、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維などが挙げられ、ガラス繊維の具体的例示としては、平均繊維径が6〜14μmのチョップドストランド等が挙げられる。また、粉体フィラーとしては、例えば炭酸カルシウム、マイカ、ガラスフレーク、ガラスバルーン、炭酸マグネシウム、シリカ、タルク、粘土、炭素繊維やアラミド繊維の粉砕物等が挙げられる。該充填剤は、シランカップリング剤、チタネート系カップリング剤で処理したものあることが好ましい。フィラー含有量は出来上がった樹脂組成物中の0〜60%、好ましくは20〜40%である。
【0049】
[射出接合工程]
(射出接合の実施)
射出成形金型にNMT又はNMT2処理をしたアルミニウム合金材をインサートし、前記のPPS系樹脂を射出する。射出条件は通常のPPS系樹脂の射出成形条件と同様であるが、金型温度は通常よりやや高めの120〜150℃にし、射出速度と射出圧も通常のPPS射出成形時の設定条件よりやや高めにするのが好ましい。NMT及びNMT2の共通の目的は、アルミニウム合金材の超微細凹凸面の超微細凹部に樹脂を押し込むことで強い接合力を生み出すことである。それ故、ガス溜まり、ガス焼け等は厳禁となり、金型にはガス抜きが欠かせない。ガス抜きをした場合には薄バリも生じやすいが、NMT2の場合には薄バリが出る程度にしっかり射出することが好ましい。要するに、見た目が綺麗な成形品を得ることのみを目的にして射出成形条件を決定すべきではない。目的はしっかり射出接合させることであり、薄バリが生じることが支障になる場合には後工程で薄バリ除きをすべきである。
【0050】
(アニール)
射出接合物を射出成形機から離型した後、24時間以内に170℃付近の温度下に1時間程度置くのが好ましい。これはアルミニウム合金と成形されたPPS系樹脂組成物が強い接合力を長期間維持できるようにする上で必要な工程である。強い接合力確保を目的とする射出接合では、その金型温度は110〜160℃となっているため、離型し放冷されると金属合金部は100℃程度冷却され線膨張率に応じて収縮する。一方の樹脂部は成形収縮率に応じて収縮する。この収縮率自体が金属合金(ここではアルミニウム合金)と樹脂(ここではPPS系樹脂)で異なるし、その収縮する速度(収縮の経時変化)も異なる。
【0051】
射出接合物が成形機から離型されて常温まで放冷される間にアルミニウム合金側は0.2〜0.3%の収縮をしようとするが、PPS系樹脂組成物は離型されてから24時間程度かけて0.3〜0.8%程度成形収縮しようとする。樹脂側での数値範囲が大きいのは樹脂の流れ方向によって成形収縮率が異なるからであり、24時間かかるのは結晶化が室温下になっても続くためである。また、結晶化による樹脂成形物の収縮速度は当初速く、経時に伴って低下していく。何れにしても、金属と樹脂の収縮具合は異なるのであるが、一方で両者は強く接合している。このとき接合面付近ではアルミニウム合金、樹脂部共に相手側の干渉を受けて内部歪が生じる。この内部歪を解消する目的でアニール工程を行った。
【0052】
PPS系樹脂では170℃付近になると柔らかくなり、高分子間の絡みつきが緩む。全く自由になるわけではないが若干の移動が可能になって内部歪は解消する。しかも樹脂部の結晶化はアニール前には既に大部分が終了しているから、アニール終了後に放冷された場合の樹脂部の収縮は、成形収縮率に従うのではなく、通常の線膨張率に従うことになる。それ故、アルミニウム合金と樹脂間の収縮率差は小さくなるため、放冷後に残る内部歪はアニール前より大幅減少する。このような理由から射出接合後のアニールは内部歪を解消するために必要な工程である。
【0053】
(射出接合物の形状)
本発明者らは、後述する実験によって、射出接合物として図4に示す形状のものと図5に示す形状のものを作成した。図4に示す射出接合物は、アルミニウム合金51の形状が45mm×18mm×厚さ1.6mmの板状物であり、樹脂成形物53は45mm×10mm×厚さ3mmの板状物である。そして両部材の接合範囲52の面積は10mm×5mm=0.5cmである。また、図5に示す射出接合物は、アルミニウム合金51の形状が30mm×30mm×厚さ2mmの板状物であり、樹脂成形物53は45mm×10mm×厚さ3mmの板状物である。そして両部材の接合範囲52の面積は10mm×5mm=0.5cmである。
【0054】
これら射出接合物はアルミニウム合金片の厚さ及び形状が異なるだけだが、これによって湿熱試験の結果が異なってしまう。ポット湿熱試験及び、温度85℃湿度85%の高温高湿試験機による試験のいずれについても、図5に示した射出接合物の接合力が、高温高湿環境下に置かれる前の接合力から低下した。一方、常温浸水試験(期間6ヶ月)に関しては、図4図5双方の射出接合物の接合力は低下しなかった。
【0055】
図4と図5の射出接合物を比較すると、相違するのはアルミニウム合金片の形状のみであり、特に図5の射出接合物は幅広になっただけでなく厚さを2mmとしているため、これにより接合力の湿熱耐久性が低下したと考えられる。一般的に異なる材質からなる複合体の接合力を長期間維持するためには、双方が軟質の部材であるか、又は少なくとも片方が軟質の部材であることが必要である。双方共に強固な部材である場合、線膨張率も含水膨張率も異なる部材同士の接合面において内部歪が生じ、内部歪を解消する柔軟性がなければ、接合部分の外周から剥がれが生じて破断に至る。
【0056】
図5に示すようにアルミニウム合金部は板状物であり、厚さが厚いと曲げ強度が強い。接合力を長期間維持するには、樹脂部との接合面積を小さくして内部歪を下げるか又は樹脂部の厚さを薄くして曲げ強度を下げるしかない。射出接合物は、少なくとも−50℃/+100℃の温度衝撃試験にかけて接合力が低下しないことが要求される。さらに射出接合物は、温度40℃湿度60%程度の環境下に長期間(1月以上)おいて、接合力が低下しないことが要求される。このような実験で接合力の低下がなければ、接合範囲の形状にも変化はなく、耐水性は保たれているはずである。
【0057】
(アルミニウム合金片の破断形状)
NMT又はNMT2によって得られた射出接合物は図6に示すように引張り試験機にかけて破断させ、破断したときの測定値を破断力として測定した。ただし、NMT及びNMT2による接合は極めて強度が高いため、図6(b)に示す方向に射出接合物を引っ張ると、接合面部分が伸びて金属及び樹脂の双方に曲がり変形が生じる。その結果、接合部分がせん断破断する以前に樹脂折れ破断が生じる場合がある(図6(c))。図6(c)の左に示す図は、せん断破断が生じた場合の破断形状を示し、右に示す図は、樹脂折れ破断が生じた場合の破断形状を示している。樹脂折れ破断の場合、測定された破断力は真の接合力よりも低いことは明らかである。
【0058】
図4に示す射出接合物の場合(アルミニウム合金片の厚さ1.6mm)、破断力は25〜27MPaであり、破断形状は樹脂折れ型となる。一方、図5に示す射出接合物(アルミニウム合金片の厚さ2.0mm)では引っ張り破断時に金属側が曲げ変形し難く、破断力は29〜31MPaになり、破断形状は樹脂折れ型とせん断形が混在する。従って、測定された破断力以外に、接合箇所の観察を行うことで接合状態を判断することとした。樹脂折れ破断の場合は、アルミニウム合金部に残った樹脂部をニッパー等で強引に剥がし、接合箇所を観察した。樹脂残りが少量であっても接合箇所全面に点々と付着していれば接合状態は「良」であり、中心部にだけ樹脂残りがあるものの周辺部に樹脂付着がなければ接合状態は「不良」と判断した。
【0059】
[接合力を向上させる方法]
前述したように、射出接合物の双方の部材の膨張率や吸湿膨張率が異なれば、接合範囲に必ず内部歪(応力)が生じる。この内部歪は縦弾性率に影響するのみならず実際には横弾性率や容積弾性率にも影響する。要するに、接合面を2次元(面)としてではなく、3次元(厚みを持った層)として考慮しなければならない。この層の中で内部歪が生じ、外力がかかったときに内部歪と外力の加算値が材料破壊値を越すと破壊になる。この層を厚くして容積を増やすことが出来れば、内部歪をその大きな容積で分散させられると思われた。要するに接合関連層を厚くしての内部歪緩和法である。
【0060】
ここでNMT及びNMT2では、アルミニウム合金表面に20〜80nm周期の超微細凹凸を形成し、この超微細凹凸に射出した樹脂を食い込ませることによって強固な接合を達成している。換言すると、この接合に関与している部分は厚さ100nm程度の薄層であり、この薄層が金属相と樹脂相の間の歪を緩和する。20〜80nm周期の超微細凹凸に加え、より大きな周期(数μm〜数mm周期)の凹凸を加えた2重凹凸構造を採用することにより、より大きな歪を緩和することも可能になると考えられる。具体的には、射出接合前のアルミニウム合金表面の樹脂と接合する部分に、20〜80nm周期の凹凸と、数μm〜数mm周期の凹凸(RSmが2μm〜2mmの範囲であり、Rzが1μm〜1mmの範囲である凹凸)を併存させ、当該部分に樹脂を射出する。これにより、図5に示す厚いアルミニウム合金片を使用した場合であっても、耐湿熱性は低下せず、アルミニウム合金片の強度の相違による接合力の低下を防止することができた。
【0061】
射出接合物の形状を決めて金型を設計し、NMT又はNMT2によって射出接合物の試作物を作成し、−50℃/+100℃程度の温度衝撃試験を行い、また、温度60℃湿度60%程度の高湿度試験を行って、接合力の低下の有無を確認する。これらの試験によって接合力の耐久性が低下した場合、前述したように、アルミニウム合金表面に20〜80nm周期の凹凸と、数μm〜数mm周期の凹凸を併存させ、射出接合を行うことによって高温高湿環境下における接合力の低下を防ぐことができる。また、樹脂部の厚さを薄くすることによって、即ち射出接合物の一方の強度を低下させて接合力を維持することも可能である。
【0062】
(アルミニウム合金の粗面化方法)
前述のように、NMT又はNMT2用の表面処理をしたアルミニウム合金に対して、数μm〜数mm周期の凹凸を形成することで接合力を維持することも可能となるが、特に数十μm〜数百μm周期の凹凸を形成することが好ましい。具体的には、アルミニウム合金表面の樹脂と接合する箇所を粗い研磨紙(JISR6252に規定される40番〜240番の研磨紙)を使用して粗面化する。研磨によって形成される線傷は、幅0.05〜0.5mmで深さ0.02〜0.5mm程度となる。また、プレス加工やNCフライス盤を使用して当該箇所に複数の溝を設けるようにしても良い。例えば、幅0.5〜2.0mmであり、深さ0.2〜1.0mmの溝を、間隔0.5〜2.0mmで複数設けるようにしても良い。
【0063】
[射出接合物の耐水性]
射出接合物の耐湿熱性が良ければ耐水性がよいことになるが、必ずしも耐湿熱性が悪いからといって耐水性も悪いということにならない。実際、NMT2によって得られたA5052アルミニウム合金とPBT系樹脂又はポリアミド樹脂との射出接合物は、純水中に3ヶ月以上置いた後で引張り試験しても全く接合力は低下しない。従って耐水性は良好である。一方、高温高湿環境下に数日置く湿熱試験を行った場合には接合力が急落した。PBT及びポリアミドは、室温下や単に高温環境下に置かれただけでは変質せず、耐熱性樹脂とされているが、高温高湿環境下に置かれると加水分解が生じるからである。
【0064】
即ち、湿熱試験で設定する条件は実環境に存在せず、過度である。屋外環境や車内環境では、温度衝撃−50℃/+100℃に耐えうる物であれば良く、温度60℃湿度50%程度の環境下で接合力が低下しなれば良い。PBT系樹脂やポリアミド系樹脂も自動車部品に多用されている。
【0065】
[水酸化処理及びアニール処理]
前述したように、射出接合物に水酸化処理及びアニール処理を行うことによって、高温高湿環境下における接合力の維持を図ることができる。これには、市販の電気温水ポットを使用できる。電気温水ポットにイオン交換水、又は、水酸化反応の触媒である酢酸ニッケル等を100〜10000PPM含むイオン交換水を入れ、98℃に昇温させてから射出接合物を投入する。射出接合物をポット中のイオン交換水に10分〜50時間浸漬した後に取り出し、簡易乾燥又は表面の水分を拭き取った後、熱風乾燥機に入れ、170℃で1時間アニールする処理を行った。また、水に代えて水蒸気を使用しても良い。ベーマイト層を形成しうる方法であれば良い。一方、アニールに関しては160〜180℃の範囲が好ましい。
【0066】
水酸化処理及びアニール処理を行った後、一旦、射出接合物の接合力が低下していないか確認することが好ましい。通常は、これらの処理によって接合力は低下しないが、仮に低下している場合には、NMT又はNMT2の表面処理が適切に行われていない、又は射出接合工程で問題が生じたと考えられる。NMT又はNMT2の表面処理が適切に為されていると、射出接合工程で多少の問題が生じても接合力は低下しないが、射出接合工程に問題が生じると、耐水性の獲得が困難になる。
【0067】
(ポット湿熱試験)
水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物は、十分な耐水性、耐湿熱性がある部品部材であり、塗装によって耐候性を有する部材となる。ここで塗装前の検査として「ポット湿熱試験」を行うことが好ましい。「ポット湿熱試験」とは、98℃にしたイオン交換水に水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を20時間程度浸漬し、取り出して70℃で10時間乾燥し、次いで常温で10時間乾燥した後、引張り試験機にかけて接合力を測定する試験である。
【0068】
[耐候性]
水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物が得られたら、これに塗装を加えることで耐候性にすぐれた部品とすることができる。また、射出接合物にクロメート処理等の化成処理を加えてから塗装すればより高い耐候性を得ることができるとみられる。アルミ板材や押し出し材メーカーが多く採用しているのはクロメート型化成処理である。また、化成処理をしていない板材、押し出し材、及びブロック材等を使用して機械加工し、最終品に近いアルミ製品を製造しているメーカーでは、ベーマイト処理(水酸化処理)が多用される。後述する実験例では、射出接合物に水酸化処理及びアニール処理を施しており、これは実質的にベーマイト処理であるから、その後に再度の化成処理を行う必要は無い。水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を塗装することによって高い耐候性が得られる。なお、水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を、クロメート処理液やノンクロメート処理液に浸漬して追加の化成処理をしても接合力には影響しないため、追加の化成処理を施しても良い。なお、クロメート型化成処理等の化成処理が施されている場合、アルミニウム合金表面をXPSで元素分析したときに、クロム、ジルコニウム、マンガン、及び珪素から選択される1種以上の元素信号が検出される。これらの元素は、化成処理によって生じた沈着物である。
【0069】
(塗料)
PPS系樹脂は耐熱性樹脂であり、PPS系樹脂との接着性を確保するという観点からも金属焼付け用塗料、即ち、1液性で硬化温度が120℃以上、好ましくは150℃以上の熱硬化型塗料を使用することが好ましい。塗料メーカーがアルミニウム合金板材やアルミニウム合金中間部材(パイプ、棒、その他異形押し出し材など)、サッシ部材等の塗装用に多種の塗料を市販しているので、それらの中から選択できる。一般的には、下塗り用として金属酸化物との接着性がよいエポキシ系塗料、上塗り用として陽光に強いポリエステル系塗料やポリウレタン系塗料や弗素樹脂塗料が適している。
【0070】
後述する実験例では、射出接合物を2層塗装した。下地塗料はエポキシ系の1液性焼き付け塗料、上塗り塗料は弗素樹脂系焼き付け塗料とした。化成皮膜との接着性に優れ、且つ、PPSとの接着性が良い高温硬化型の1液性エポキシ系塗料を下地用として使うのが好ましい。ただしエポキシ系塗料は陽光に弱いので1層塗装とするよりも、トップコートとして陽光に強い弗素樹脂塗料、ポリエステル系塗料、又はウレタン系塗料を使用する2層塗装が好ましい。
【0071】
また、後述する実験例では、追加のクロメート処理を行わずに2層塗装した射出接合物と、追加のクロメート処理をして2層塗装した射出接合物の双方に対して2サイクル(48時間)の塩水噴霧試験を行った。いずれも錆の発生はなく、少なくとも、追加のクロメート処理が接合力を低下させることはなかった。
【0072】
[実験例]
以下、実験例について説明する。実験に使用した装置を以下に示す。
(1)電子顕微鏡観察
アルミニウム合金材表面の観察のために電子顕微鏡を用いた。走査型(SEM)の電子顕微鏡「JSM−6700F」(日本国東京都、日本電子株式会社製)を使用し、加速電圧1〜10kVにて観察した。
(2)XPS観察
アルミニウム合金材表面に存在する元素種観察のためにXPS(X線光電子分光分析)を行なった。この試験にXPS「ESCA−3400」(株式会社 島津製作所製)を使用した。
(3)複合体の接合強度の測定
複合体の接合強度の測定として、引張り応力を測定する。具体的には、引張り試験機で複合体を引っ張ってせん断力を負荷し、複合体が破断するときの破断力を測定した。引張り試験機は「AG−10kNX」(株式会社 島津製作所製)を使用し、引っ張り速度10mm/分とした。
(4)高温高湿試験
複合体を温度85℃、湿度85%以下の環境に200時間〜2000時間おき、接合力の推移を測定した。この試験に高温高湿試験機「60リットル小型環境試験機」(エスペック株式会社製)を使用した。
(5)温度衝撃サイクル試験
複合体に対して−40℃/+100℃の温度衝撃をかけた。最低温度及び最高温度の滞在時間を各30分とし、両温度間の移動時間を各5分とし、1サイクル合計1時間10分とした。複合体に1000サイクルの温度衝撃を付加する試験を行った。この試験に「小型温度衝撃試験機」(エスペック株式会社製)を使用した。
(6)塩水噴霧試験
複合体を35℃下において、中性とした5%濃度の塩水を8時間噴霧し、噴霧を中止して16時間報知するサイクル(24時間)を、2サイクル(48時間)繰り返した。この試験に塩水噴霧試験機「STP−200(スガ試験機社製)」を使用した。
【0073】
[実験例1]A5052片の表面処理(NMT2)
厚さ1.6mmのA5052アルミニウム合金板材を入手し、45mm×18mmに切断して多数のA5052片を作成した。各A5052片の端部に穴を開け、その孔に塩ビコートの銅線を通すことにより、銅線に多数のA5052片をぶら下げて同時に浸漬処理を行うことができるようにした。これらA5052片に対してNMT2用の表面処理を行った。先ず、槽にアルミ用脱脂剤「NE−6」(メルテックス社製)を7.5%含む水溶液(液温60℃)を用意し、これを脱脂槽とした。A5052片を脱脂層に5分浸漬し、水道水(群馬県太田市)で水洗した。次いで別の槽に塩酸1%を含む水溶液(液温40℃)を用意し、これを予備酸洗槽とした。この予備酸洗槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを1.5%含む水溶液(液温40℃)を用意し、これをエッチング槽とした。このエッチング槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に3%濃度の硝酸水溶液(液温40℃)を用意し、これを中和槽とした。この中和槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に水和ヒドラジン3.5%を含む水溶液(液温60℃)を用意し、これをNMT第1処理槽とした。このNMT第1処理槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に水和ヒドラジン0.5%を含む水溶液(液温33℃)を用意し、これをNMT第2処理槽とした。このNMT第2処理槽に前記A5052片を3分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで前記A5052片を67℃とした温風乾燥機内に15分置いて乾燥した。このように表面処理したA5052片を重ねてアルミ箔で包み、更にポリ袋に入れて封じて保管した。
【0074】
上記表面処理を施したA5052片表面を電子顕微鏡で観察した結果、表面は無数の超微細凹部で覆われており、その凹部の径は20〜40nmであった。また、XPSによる表面観察で窒素の存在を確認できた。
【0075】
[実験例2]PPS樹脂
市販のPPS樹脂「SGX120」(株式会社 東ソー製)を使用した。この「SGX120」ペレットを数Kg毎にステンレス製平皿に取り、150℃にセットした熱風乾燥機内に2時間以上置いて乾燥した。
【0076】
[実験例3]射出接合(A5052/SGX120)
金型温度145℃にした射出成形用金型に実験例1の表面処理を施したA5052片をインサートし、その表面に実験例2の「SGX120」を射出した。射出温度は300℃とした。このようにしてA5052/SGX120射出接合物を多数得た。SG120からなる樹脂片は45mm×10mm×5mm厚の直方体であり、A5052片との接合面積は10mm×5mm=0.5cmである。射出接合物は170℃にした熱風乾燥機に1時間入れてアニールし、放冷した。このようにして得られた射出接合物3個を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、破断力は平均26.1MPaであり、全て樹脂折れ破断であった。接合範囲であった箇所に残っている樹脂をニッパーで剥がして観察した。接合範囲に残る樹脂が少なく、接合範囲全体に点々と付着しており、接合状態は「良」であった。
【0077】
[実験例4]水酸化処理及びアニール処理
市販の温水ポット(タイガー魔法瓶社製)にイオン交換水を6分目ほど入れて、98℃にセットし、昇温後に実験例3で得た射出接合物を投入して20時間置いた後、ポットから取り出した(水酸化処理)。その後、射出接合物を熱風乾燥機に入れて80℃で30分、次いで170℃で1時間のアニールをした。放冷後、射出接合物3個を各々引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、平均の破断力は25.8MPaであり、全て樹脂折れ破断であった。接合状態は全て「良」であり、実験例3における接合力と実質的に変化していないことを確認した。
【0078】
[実験例5]高温高湿試験
実験例4の水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を使用して、高温高湿試験を行った。射出接合物16個を温度85℃、湿度85%にした高温高湿試験機に入れて200時間後、400時間後、750時間後、1000時間後、2000時間後に各々2個づつ取り出し、取り出した射出接合物を70℃下に10時間置いて乾燥し、その後常温下に10時間置いて冷却した。冷却後の射出接合物を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果を表1に示す。表1の結果から、射出接合物を高温高湿環境下に2000時間置いても、接合力が実質的に低下していないことを確認できる。また、接合状態は10個全て「良」であった。
【0079】
【表1】

【0080】
[実験例6]A5052片の表面処理(NMT2)
厚さ2mmのA5052アルミニウム合金板材を入手し、30mm×30mmに切断して60個のA5052片を作成した。そのうち30個に関しては、実験例1と同様の表面処理を行った。他の30個に関しては、PPS樹脂との接合範囲(10mm×5mm)となる箇所を粗面化した後に、実験例1と同様の表面処理を行った。粗面化にはJISR6252に規定される120番の研磨紙を使用し、研磨紙を上記箇所に押さえ付けて数回研磨した。図7に示すように、その際A5052片51に生じる傷55は線状とした。
【0081】
[実験例7]射出接合(A5052/SGX120)
金型温度140℃にした射出成形用金型に実験例6で得られた研磨を施していない傷無しのA5052片(NMT2の表面処理のみを施したもの)をインサートし、その表面に実験例2の「SGX120」を射出した。射出温度は300℃とした。このようにしてA5052/SG120射出接合物を30個得た。SG120からなる樹脂片は45mm×10mm×5mm厚の直方体であり、A5052片との接合面積は10mm×5mm=0.5cmである。射出接合物は170℃にした熱風乾燥機に1時間入れてアニールし、放冷した。また、実験例6で得られた研磨を施した傷有りのA5052片(NMT2の表面処理及び研磨処理を施したもの)についても同様の方法で「SGX120」との射出接合物を30個得た。このようにして得られた射出接合物計6個を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、破断力は平均31.3MPaであり、全てせん断破断であった。傷無しの射出接合物と傷有りの射出接合物の破断力に差異は認められなかった。
【0082】
[実験例8]水酸化処理及びアニール処理
実験例7で得られた研磨処理を施していない射出接合物30個及び研磨処理を施した射出接合物30個の合計60個を、実験例4と同様の方法で水酸化処理し、アニール処理した。研磨処理を施していない(傷無しの)射出接合物3個を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、破断力は30.2MPaであった。また、研磨処理を施した(傷有りの)射出接合物3個を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、破断力は31.1MPaであった。いずれの場合もせん断破断と樹脂折れ破断が混合していた。せん断破断が生じた箇所の全てに、少量の樹脂が点々と付着しており、接合状態は全て「良」であった。樹脂折れ型の破断が生じた箇所から、残った樹脂をニッパーで剥がし取り、表面を観察した結果、接合状態は全て「良」であった。これらの測定結果及び観察結果から、水酸化処理及びアニール処理によって実質的に接合力が変化していないことが確認された。
【0083】
[実験例9]ポット湿熱試験(大きいA5052のNMT2射出接合品)
実験例8の水酸化処理及びアニール処理を施した2種(研磨処理無し及び研磨処理有り)の射出接合物各3個を使用して、ポット湿熱試験を行った。市販の電気ポットにイオン交換水を6分目まで入れて98℃にセットした。98℃となったイオン交換水中に2種の射出接合物各3個を投入し、20時間後に全て取り出した。取り出した射出接合物を熱風乾燥機に入れ、70℃で10時間乾燥し、更に常温で10時間置いた後に、引っ張り破断試験にかけて接合力を測定した。破断力は、研磨処理無しの射出接合物で平均18.4MPa、研磨処理有りの射出接合物で平均30.7MPaであった。研磨処理によって傷を設けた射出接合物では接合力が維持されていたが、傷の無い射出接合物では,接合力が低下していた。
【0084】
[実験例10]高温高湿試験
実験例8の水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を使用して、高温高湿試験を行った。2種(研磨処理無し及び研磨処理有り)の射出接合物各10個を温度85℃、湿度85%にした高温高湿試験機に入れて200時間後、400時間後、750時間後、1000時間後、2000時間後に各々2個づつ取り出し、取り出した射出接合物を70℃下に10時間置いて乾燥し、その後常温下に10時間置いて冷却した。冷却後の射出接合物を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果を表2に示す。研磨によって傷を付けていた射出接合物については、長時間、高温高湿環境下においても接合力が高く維持されていることを確認できる。即ち実験例9のポット湿熱試験で良好な結果を示した射出接合物(傷有り)に関しては、高温高湿試験機による試験でも高い接合力を維持していた。一方、実験例9のポット湿熱試験で接合力が低下した射出接合物(傷無し)に関しては、高温高湿試験機でも時間経過と共に、接合力が低下した。
【0085】
【表2】

【0086】
[実験例11]耐水性試験
実験例8の水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を使用して、耐水性試験を行った。2種(研磨処理無し及び研磨処理有り)の射出接合物各8個を容量600ccの密閉可能なガラス瓶に入れ、このガラス瓶にイオン交換水を400cc入れて蓋で密閉し、陽光が当たらぬ明るい場所に置いた。ガラス瓶に密閉してから3ヶ月後に2種の射出接合物各2個を取り出し、常温送風下で乾燥させた後、引張り試験機にかけて接合力を測定した。同様に、ガラス瓶に密閉してから6ヶ月後に2種の射出接合物各2個を取り出し、常温送風下で乾燥させた後、引張り試験機にかけて接合力を測定した。全て30MPaを超える破断力を示しており、耐水性試験によって傷なしの射出接合物、傷有りの射出接合物のいずれも接合力が低下しなかった。この結果から、傷無しの射出接合物に関しては、高温高湿環境下で接合力が低下しても耐水性は有している場合があり、実用面では支障がないことも多いと考えられる。例えば高湿度環境下に射出接合物が長時間置かれるが、温度は常温に近い場合等には、実用上支障ない。
【0087】
[実験例12]A5052片の表面処理(NMT)
実験例1と同じ厚さ1.6mmのA5052アルミニウム合金板材を、45mm×18mmに切断して多数のA5052片を作成した。各A5052片の端部に穴を開け、その孔に塩ビコートの銅線を通すことにより、銅線に多数のA5052片をぶら下げて同時に浸漬処理を行うことができるようにした。これらA5052片に対してNMT用の表面処理を行った。先ず、槽にアルミ用脱脂剤「NE−6」を7.5%を含む水溶液(液温60℃)を用意し、この槽を脱脂槽とした。A5052片をこの脱脂槽に5分浸漬し、水道水(群馬県太田市)で水洗した。次いで別の槽に塩酸1%を含む水溶液(液温40℃)を用意し、これを予備酸洗槽とした。この予備酸洗槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを1.5%含む水溶液(液温40℃)を用意し、これをエッチング槽とした。このエッチング槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に3%濃度の硝酸水溶液(液温40℃)を用意し、これを中和槽とした。この中和槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで水和ヒドラジン3.5%を含む水溶液(液温60℃)を用意し、これをNMT処理槽とした。そしてNMT処理槽に前記A5052片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。その後、67℃とした温風乾燥機内に前記A5052片を15分置いて乾燥した。得られたA5052片は重ねてアルミ箔で包み、更にポリ袋に入れて封じて保管した。
【0088】
[実験例13]射出接合(A5052/SGX120)
(射出接合)
実験例3と同様にして、実験例12のNMT用表面処理を施したA5052片と実験例2の「SGX120」との射出接合物を得た。射出接合物は170℃にした熱風乾燥機に1時間入れてアニールし、放冷した。このようにして得られた射出接合物3個を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、破断力は平均25.5MPaであり、全て樹脂折れ破断であった。接合範囲であった箇所に残っている樹脂をニッパーで剥がして観察した。接合範囲に残る樹脂が少なく、接合範囲全体に点々と付着しており、接合状態は「良」であった。この結果は実験例4(NMT2による射出接合物)と同等である。
【0089】
(ポット湿熱試験)
次いで1Lビーカーに水和酢酸ニッケル0.7%を溶解したイオン交換水900gを入れてアルミ箔で蓋をし、これを電気温水ポットに入れた。水をビーカーの外側面とポット内側面との間に注入して、ビーカーが浮く程度の水位にし、ポットを98℃にセットして1時間ほど置いた後、アルミ箔をビーカーから剥がしてイオン交換水の液温を測定した結果、95℃前後だった。このイオン交換水に上記射出接合物20個を投入し、20分置いてポットから取り出し(水酸化処理)、水洗した後、熱風乾燥機によって70℃で30分乾燥し、次いで170℃で1時間の強制乾燥をした(アニール処理)。放冷後の射出接合物のうち、3個を引張り試験機にかけ、接合力を測定した結果、破断力は平均25.5MPaであった。全て樹脂折れ破断であり、接合状態は全て「良」であった。即ち、水酸化処理及びアニール処理を行ったことにより、接合力は実質的には変化していないことになる。
【0090】
[実験例14]高温高湿試験
実験例13の水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を使用して、高温高湿試験を行った。射出接合物10個を温度85℃、湿度85%にした高温高湿試験機に入れて200時間後、400時間後、600時間後、800時間後、1000時間後に各々2個づつ取り出し、取り出した射出接合物を70℃下に10時間置いて乾燥し、その後常温下に10時間置いて冷却した。冷却後の射出接合物を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果を表3に示す。全て樹脂折れ破断であり、接合状態は全て「良」であった。高温高湿試験を行うことで接合力は実質的には変化していなかった。この結果から、NMT2のみならずNMT用の表面処理を行った射出接合物についても耐湿熱性を有することが確認された。但し、この結果に関しては、水酸化処理における高濃度の触媒添加が寄与したものと考えられる。
【0091】
【表3】

【0092】
[実験例15]A6061片の表面処理(NMT2)
厚さ2mmのA6061アルミニウム合金板材を入手し、30mm×30mmに切断し、60個のA6061片を作成した。そのうち30個のA6061片に関しては、PPS樹脂と接合する範囲(10mm×5mm)を、NCフライス盤によって加工した。図8に示すように、アルミニウム合金片51のPPS樹脂と接合する範囲に、PCフライス盤によって幅0.2mm、深さ0.15mmの溝56を3本形成する溝加工を行った。これら30個のA6061片と、溝加工を施していない30個のA6061片についてNMT2用の表面処理を行った。
【0093】
脱脂槽にアルミ用脱脂剤「NE−6」7.5%を含む水溶液(液温60℃)を用意し、これを脱脂槽とした。前記A6061片をこの脱脂槽に5分浸漬し、水道水(群馬県太田市)水洗した。次いで別の槽に塩酸1%を含む水溶液(液温40℃)を用意し、これを予備酸洗槽とした。この予備酸洗槽に前記A6061片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを1.5%含む水溶液(液温40℃)を用意し、これをエッチング槽とした。このエッチング槽に前記A6061片を4分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで別の槽に3%濃度の硝酸水溶液(液温40℃)を用意し、これを中和槽とした。この中和槽に前記A6061片を3分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで水和ヒドラジン3.5%を含む水溶液(液温60℃)を用意し、これをNMT第1処理槽とした。そしてNMT第1処理槽に前記A6061片を1分浸漬し、イオン交換水で水洗した。次いで水和ヒドラジン0.5%を含む水溶液(液温25℃)を用意し、これをNMT第2処理槽とした。そしてNMT第2処理槽に前記A6061片を10分浸漬し、イオン交換水で水洗した。その後、前記A6061片を67℃とした温風乾燥機内に15分置いて乾燥した。このようにして得られたA6061片は重ねてアルミ箔で包み、更にポリ袋に入れて封じて保管した。
【0094】
[実験例16]射出接合、水酸化処理、及びアニール処理
(射出接合)
実験例15で得られた60個のA6061片にPPS樹脂を射出接合した。金型温度140℃にした射出成形用金型に実験例15で得たA6061片をインサートし、実験例2の「SGX120」を射出して、2種(溝有り及び溝無し)の射出接合物を各30個得た。射出接合の条件は実験例2と同様である。得られた射出接合物は全て170℃にした熱風乾燥機に1時間入れてアニールし、放冷した。溝無しの射出接合物3個を引張り試験機にかけて、接合力を測定した結果、破断力は平均32.1MPaであり、全てせん断破断であった。また、溝有りの射出接合物3個を引張り試験機にかけて、接合力を測定した結果、破断力は平均31.8MPaであり、全てせん断破断であった。
【0095】
(水酸化処理及びアニール処理)
残りの射出接合物(2種合計54個)に、実験例13と同様の方法で水酸化処理及びアニール処理を施した。但し水酸化処理には600PPM濃度の水和酢酸ニッケル水溶液(液温98℃)を使用し、浸漬時間を20時間とした。アニール処理後の、射出接合物(溝無し3個及び溝有り3個)を引張り試験機にかけて、接合力を測定した結果、破断力は31.2〜33.5MPaの範囲であり、全てせん断破断であった。溝無しの射出接合物と溝有りの射出接合物の破断力に差異は認められなかった。この結果から、水酸化処理及びアニール処理が、接合力に影響を与えていないことを確認できた。
【0096】
[実験例17]ポット湿熱試験
実験例16で得られた2種(溝無し及び溝有り)の射出接合物各3個をポット湿熱試験にかけた。市販の電気ポットにイオン交換水を6分目まで入れて98℃にセットし、98℃となったイオン交換水中に2種の射出接合物各3個を投入し、20時間後に全て取り出した。取り出した射出接合物を熱風乾燥機に入れ、70℃で10時間乾燥し、更に常温で10時間置いた後に、引っ張り破断試験にかけて接合力を測定した。破断力は、溝無しの射出接合物で平均18.9MPa、溝有りの射出接合物で平均30.9MPaであった。溝加工した射出接合物では接合力が維持されていたが、溝加工のない射出接合物では,接合力が低下していた。
【0097】
[実験例18]高温高湿試験
実験例16の水酸化処理及びアニール処理を施した射出接合物を使用して、高温高湿試験を行った。2種(溝有り及び溝無し)の射出接合物各10個を温度85℃、湿度85%にした高温高湿試験機に入れて200時間後、400時間後、600時間後、800時間後、1000時間後に各々2個づつ取り出し、取り出した射出接合物を70℃下に10時間置いて乾燥し、その後常温下に10時間置いて冷却した。冷却後の射出接合物を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果を表4に示す。溝有り射出接合物については、長時間、高温高湿環境下においても接合力が高く維持されていることを確認できる。即ち実験例17のポット湿熱試験で良好な結果を示した射出接合物(溝有り)に関しては、高温高湿試験機による試験でも高い接合力を維持していた。一方、実験例17のポット湿熱試験で接合力が低下した射出接合物(溝無し)に関しては、高温高湿試験機でも時間経過と共に、接合力が低下した。
【0098】
【表4】

【0099】
[実験例19]化成処理
実験例16の水酸化処理及びアニール処理を施した溝有りの射出接合物8個に対して、クロメート型化成処理を施した。三酸化クロムとフッ化水素を含むクロメート型処理液「アルクロム713」(日本パーカライジング株式会社製)をメーカー指示濃度(概ね7%程度)になるようイオン交換水で薄めて化成処理液(液温45℃)とした。この化成処理液に前記射出接合物を2分間浸漬し、水洗し、80℃にセットした熱風乾燥機に入れて30分乾燥した。なお、アルミニウム合金を直接この化成処理液に浸漬した場合には通常褐色化するが、今回はこの化成処理によって色調は変化しなかった。化成処理した射出接合物のうち3個を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、破断力は平均30.7MPaであり、この化成処理によって接合力は実質変化しないことが確認された。引っ張り試験に使用したA6061片の表面(接合範囲ではなく、引張り試験機が掴んだチャック部分でもない範囲)をXPS分析した結果、クロムのピークが認められ、クロムイオンが沈着していることは明らかだった。
【0100】
[実験例20]塗装処理
実験例16の水酸化処理及びアニール処理を施した溝有りの射出接合物5個、及び実験例19で得られた化成処理済みの射出接合物5個(溝有り)に対して塗装処理を行った。これらの射出接合物に対し、エポキシ変性樹脂塗料の「SP10−13631」(武蔵塗料株式会社製)を使用して下塗りを行った。下塗りはスプレー塗装により行い、樹脂部の端部5mm程を残して(治具で掴む部分を残して)全面塗装し、80℃で15分乾燥させることにより、半乾燥した。次いで、弗素樹脂塗料の「ニューガーメット#3000黒」(株式会社トウペ製)を使用して上塗りを行った。下塗りを行った箇所と同一箇所をスプレー塗装により上塗りし、80℃で15分乾燥した後に昇温し、170℃で20分の焼き付けをした。
【0101】
[実験例21]高温高湿試験及び塩水噴霧試験
(高温高湿試験)
実験例20で得られた塗装済みの射出接合物2種(化成処理無し及び化成処理有り)を使用して高温高湿試験を行った。2種の射出接合物各3個を、温度85℃、湿度85%にした高温高湿試験機に入れて1000時間後に取り出し、取り出した射出接合物を70℃下に10時間置いて乾燥し、その後常温下に10時間置いて冷却した。冷却後の射出接合物を引張り試験機にかけて接合力を測定した結果、化成処理無しの射出接合物の破断力が30.2〜31MPaであり、化成処理有りの射出接合物の破断力が30.5〜31.5MPaの範囲であった。即ち、化成処理の有無によって接合力は変化しなかった。
【0102】
(塩水噴霧試験)
また、実験例20で得られた塗装済みの射出接合物2種(化成処理無し及び化成処理有り)を使用して塩水噴霧試験を行った。各射出接合物の2層塗装されたA6061片中央部にカッターナイフで十字の切れ目を入れた。切れ目はアルミニウム合金相まで届くように深くした。これらの射出接合物を、食塩5%を含む中性塩水使用の塩水噴霧試験機(設定温度35℃)に入れた。噴霧時間8時間と休憩時間16時間を1サイクルとする塩水噴霧を2サイクルを行った後、試験機から射出接合物を取り出し、イオン交換水で十分に水洗した後、常温下で1時間送風乾燥した。カッターナイフの切れ目跡を観察したが全く錆は発生していなかった。次いでこれら射出接合物を引張り試験機にかけて接合力を測定したが、化成処理無しの射出接合物、化成処理有りの射出接合物全てが30.2〜31.5MPaの範囲内の破断力を示した。全てせん断破断であった。化成処理の有無による接合力の差異は認められなかった。
【符号の説明】
【0103】
10…アルミニウム合金相
20…脂組成物相
30…酸化アルミ薄層
51…アルミニウム合金片
52…接合範囲
53…PPS樹脂組成物
54…水酸化アルミニウム層
55…線傷
56…溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金と、ポリフェニレンサルファイドを含む樹脂組成物とが接合された複合体であって、
前記アルミニウム合金の表面には20〜80nm周期の超微細凹凸、又は直径20〜80nmの超微細凹部若しくは超微細凸部が形成されており、且つその表層は厚さ3nm以上の酸化アルミニウムの薄層であり、
前記アルミニウム合金表面と前記樹脂組成物との接合範囲の周囲には水酸化アルミニウム層が形成されている
ことを特徴とする複合体。
【請求項2】
アルミニウム合金と、ポリフェニレンサルファイドを含む樹脂組成物とが接合された複合体であって、
前記アルミニウム合金の表面には20〜80nm周期の超微細凹凸、又は直径20〜80nmの超微細凹部若しくは超微細凸部が形成されており、且つその表層は厚さ3nm以上の酸化アルミニウムの薄層であり、
前記アルミニウム合金表面と前記樹脂組成物との接合境界線は水酸化アルミニウム層によって覆われている
ことを特徴とする複合体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載した複合体であって、
前記アルミニウム合金の表面には、数μm〜数mm周期の凹凸がさらに形成されていることを特徴とする複合体。
【請求項4】
請求項3に記載した複合体であって、
前記凹凸は、幅0.05〜0.5mmで深さ0.02〜0.5mmの線傷であることを特徴とする複合体。
【請求項5】
請求項3に記載した複合体であって、
前記凹凸は、幅0.5〜2.0mmで深さ0.2〜1.0mmの溝であることを特徴とする複合体。
【請求項6】
請求項1又は2に記載した複合体であって、
前記アルミニウム合金表面をXPSで元素分析したときに、クロム、ジルコニウム、マンガン、及び珪素から選択される1種以上の元素信号が検出されることを特徴とする複合体。
【請求項7】
アルミニウム合金を水溶性アミン系化合物水溶液に浸漬し、当該アルミニウム合金の表面を20〜80nm周期の超微細凹凸、又は直径20〜80nmの超微細凹部若しくは超微細凸部で覆い、且つその表面に前記アミン系化合物を吸着させるエッチング工程と、
前記エッチング工程を経たアルミニウム合金を射出形成用の金型にインサートし、当該アルミニウム合金の表面にポリフェニレンサルファイドを含む樹脂組成物を射出し、射出成形を行うと共に、当該樹脂組成物の成形品と当該アルミニウム合金を接合させる射出接合工程と、
前記射出接合工程を経た射出接合物を80℃以上の水に浸漬してアルミニウム合金表面に水酸化アルミニウム層を形成する水酸化処理工程と、
前記水酸化処理工程を経た射出接合物を150〜200℃の温度で20分以上加熱するアニール処理工程と、
を含むことを特徴とする複合体の製造方法。
【請求項8】
アルミニウム合金を第1の水溶性アミン系化合物水溶液に浸漬し、当該アルミニウム合金の表面を20〜80nm周期の超微細凹凸、又は直径20〜80nmの超微細凹部若しくは超微細凸部で覆い、且つその表面に前記アミン系化合物を吸着させるエッチング工程と、
前記エッチング工程を経たアルミニウム合金を、15〜55℃とした0.05〜1%濃度の第2の水溶性アミン系化合物水溶液に1分〜10分浸漬し、アミン系化合物の吸着量を増加させる吸着工程と、
前記吸着工程を経たアルミニウム合金を50〜70℃で乾燥する乾燥工程と、
前記乾燥工程を経たアルミニウム合金を射出形成用の金型にインサートし、当該アルミニウム合金の表面にポリフェニレンサルファイドを含む樹脂組成物を射出し、射出成形を行うと共に、当該樹脂組成物の成形品と当該アルミニウム合金を接合させる射出接合工程と、
前記射出接合工程を経た射出接合物を80℃以上の水に浸漬してアルミニウム合金表面に水酸化アルミニウム層を形成する水酸化処理工程と、
前記水酸化処理工程を経た射出接合物を150〜200℃の温度で20分以上加熱するアニール処理工程と、
を含むことを特徴とする複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−232583(P2012−232583A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−95418(P2012−95418)
【出願日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【出願人】(000206141)大成プラス株式会社 (87)
【Fターム(参考)】