説明

アルミニウム合金材の曲げ加工方法

【課題】室温時効して成形性が低下した6000系Al合金板でも、曲げ半径小さなフラットヘム加工のような厳しい曲げ加工ができる加工方法を提供することを目的とする。
【解決手段】6000系アルミニウム合金アウタパネル1を曲げ加工するに際し、曲げ加工されるアウタパネル周縁部1aに、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上である曲げ加工をダウンフランジ工程により予め施し、更に、このアウタパネル周縁部1aに対して特定条件での低温熱処理を行った後に、周縁部1cまたは1dとなるように対象とする厳しい180度曲げ加工を行うことである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室温時効硬化して成形性が低下したような6000系アルミニウム合金材のヘム加工などの曲げ加工性を回復させた、アルミニウム合金材(以下、アルミニウムを単にAlとも言う)の曲げ加工方法に関するものである。
【0002】
なお、本発明で言うアルミニウム合金材とは、圧延された板、あるいは、この板をプレス成形したパネル、または、押出された開断面、閉断面などの形材、管材などを含むものである。また、6000系アルミニウム合金とは、JISに規格化された6000系に相当する組成(範囲内の組成、近似する組成)を有するアルミニウム合金を言う。
【背景技術】
【0003】
従来から、自動車のフード、フェンダー、ドア、ルーフ、トランクリッドなどのパネル構造体の、アウタパネル (外板) やインナパネル( 内板) 等のパネルには、薄肉でかつ高強度Al合金パネル材として、成形性に優れたAl−Mg系のAA乃至JIS規格に規定された(規格を満足する)5000系や、成形性や焼付硬化性に優れたAl−Mg−Si系の6000系アルミニウム合金板材(圧延板材)が使用され始めている。
【0004】
この6000系アルミニウム合金板材は、優れた時効硬化能を有しているため、プレス成形や曲げ加工時には低耐力化により成形性を確保するとともに、成形後の焼付塗装処理などの人工時効硬化処理時の加熱により時効硬化して耐力が向上し必要な強度を確保できる利点がある。この特性は、特に、過剰Si型の6000系アルミニウム合金が優れている。この過剰Si型の6000系アルミニウム合金は、基本的には、Si、Mgを必須として含み、かつSi/Mg重量比が1以上である、Al−Mg−Si系アルミニウム合金である。
【0005】
前記した自動車パネル構造体の、フードやドアなどのアウタパネルでは、プレス成形後に、アウタパネルの周縁を略180度折り曲げて(折り返して)、成形加工後のインナパネルの縁との接合を行う、ヘミング加工(はぜ折り加工、以下ヘム加工と言う)が行われる。通常、これらアウタパネルのヘム加工は、その前のプレス成形と連動して行われる。即ち、絞り成形、トリム工程後、約90度までパネル周縁部をフランジ曲げされる(ダウンフランジ工程)までが、一連のアウタパネルのプレス成形工程として行われる。そして、この後、成形されたアウタパネルと、別途プレス成形されたインナパネルとを組み合わせ、アウタパネルのフランジ部にてインナパネル周縁部を挟み込むようにして、アウタパネルのフランジ部が180度まで曲げ加工(ヘム加工)される。
【0006】
このヘム加工の概要を図1(a)〜(d)に示す。同図から分かる通り、ヘム加工はプレス成形工程および外周トリム工程後、図1(a)のダウンフランジ工程を経て得られたアウタパネルを、以下に詳述する、図1(b)のプリヘム工程を経て、図1(c)のフラットヘム工程か、図1(d)のロープヘム工程かの選択により基本的に行われる。
【0007】
まず、図1(a)のダウンフランジ工程は、ダイス3aと板押さえ5aにより固定した、成形加工後のアウタパネル1の縁(周縁部)1aを、ポンチ4aにより、直角(90°)に近い角度まで折り曲げる。
【0008】
次に図1(b)のプリヘム工程は、絞り工程やトリム工程等の成形加工後のインナパネル2の縁を、ダウンフランジ工程後のアウタパネル1の折り曲げ部に収容 (挿入) した後、アウタパネル1およびインナパネル2とをダイス3bと板押さえ5bにより固定し、アウタパネル1の縁(周縁部)1bを、ダイス3bとポンチ4bにより、更に約135°まで内側に折り曲げる。6bはアウタパネル1の折り曲げ部における端部 (周縁部、曲げ部) である。
【0009】
更に、このプリヘム工程を経て、更にアウタパネル1の縁(周縁部)1bを180度まで曲げ加工するフラットヘム工程かロープヘム工程かの選択により行われる。図1(c)のフラットヘム工程や図1(d)のロープヘム工程は、アウタパネル1およびインナパネル2とを、板押さえ (図示せず) とダイス3c、3dにより固定するとともに、アウタパネル1の縁1c、1dを、ポンチ4c、4dにより、更に略180度(°)の角度まで内側に折り曲げ、フラットヘム又はロープヘムの折り曲げ部を形成する。このようにして、インナパネル2の縁と、フラットヘム又はロープヘム(180度折り曲げ部)の縁である、アウタパネル1の縁1c、1dとが接触して、両者が端部同士において接合されるとともに密着される。6c、6dはアウタパネル1 の折り曲げ部における端部 (周縁部、曲げ部、コーナー部) である。
【0010】
この内、図1(d)のロープヘム工程は、図1(c)のフラットヘム工程に比較して、ヘム縁曲部(折り曲げ部) の形状が、円弧状に膨らんだ、ロープ状の形状を有しており、シャープ乃至フラットなヘム形状ではなく、外観性も良くない。また、アウタパネルとインナパネルとの接触面積が少なく接合性や密着性に欠ける等の問題もある。
【0011】
このため、特に、外観や美観を重視する自動車部品などにおいては、ヘム加工の最終工程を、厳しい曲げ加工となる、図1(c)のフラットヘム工程により行うことが通常となっている。
【0012】
近年、自動車パネル構造体のアウタパネルのキャラクターラインや形状は複雑になる傾向にあり、また、薄肉化に対応するためのAl合金パネルの高強度化も図られており、これらはいずれも、アルミニウム合金パネルのヘム加工性を低下させる。また、6000系アルミニウム合金材は、室温(常温)時効硬化が生じやすく、この素材側の時効硬化もアルミニウム合金パネルのヘム加工性を低下させる。
【0013】
このため、これらヘム加工性を低下させる環境や加工条件の変化に対し、Al合金パネルのヘム加工で形成されるフラットヘムの縁曲部には、後述する特許文献2、3などにも詳細に開示されている、肌荒れ、微小な割れ、比較的大きな割れ(程度順に記載)等の不良が生じ易くなり、パネル構造体への適用ができなくなる可能性が高くなる。
【0014】
これに対して、従来から、ヘム加工工程側や、Al合金板の素材側で、前記ヘム部 (縁曲部、折り曲げ部) のしわや割れなどの不良発生を防止する技術も種々提案されている。
【0015】
例えば、高強度なアルミニウム合金板のフラットヘム加工において、前記図4図4(a)のダウンフランジ工程において、アウタパネル材に形成されるフランジ曲げ部の円弧半径Rd (ダイスの肩半径) を大きくし、より具体的には、アルミニウム合金板の板厚との関係で、折り曲げ半径Rdを0.8t〜1.8t (但しt はアルミニウム合金板の板厚) として、前記不良の発生を防止することなどが提案されている (特許文献1参照)。
【0016】
また、アルミニウム合金アウタパネル材のフラットヘム加工方法であって、アウタパネル材を、特定組成のSi過剰型のAl- Mg- Si系アルミニウム合金板とするとともに、この板の特性として、特定条件での人工時効処理後の耐力などを規定して、アルミニウム合金パネルのヘム加工性を向上させることも提案されている (特許文献2参照)。
【0017】
更に、アルミニウム合金パネルにおける円弧半径が1500以下の円弧状周縁部のヘム加工方法であって、前記円弧状周縁部を略180度折り曲げて、パネル周縁部形状に対応する形状のヘム周縁部を持つフランジを形成するに際し、このフランジの折り曲げ長さを7mm以下とする、アルミニウム合金パネルのヘム加工方法も提案されている(特許文献3参照)。
【0018】
これに対して、室温(常温)時効硬化が生じた6000系アルミニウム合金材に対し、1%以上の加工歪みを予め与えた後に50〜150℃の温度に加熱する時効硬化回復処理を行なって、ヘム加工などの成形を行うことも提案されている(特許文献4参照)。
【特許文献1】特公昭63−2690号公報
【特許文献2】特開2003−39124号公報
【特許文献3】特開2004−98154号公報
【特許文献4】特開2005−240083号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかし、これら従来技術による、アルミニウム合金板の板厚との関係でのヘム折り曲げ半径の規定やフランジの折り曲げ長さの規定、あるいはAl合金板の特性などの、板の素材側での改善だけでは、アルミニウム合金パネルのヘム加工性を改善するには限界がある。このため、どうしてもヘム加工工程側でも改善する必要がある。
【0020】
また、前記した通り、特に6000系Al合金は、その優れた時効硬化能ゆえに、Al合金材自体の製造後、前記各用途に使用されるまでの間に、室温( 常温) 時効硬化が生じやすい。このような室温時効した6000系Al合金パネル材では、ヘム加工時に曲げ先端が鋭角的に折れた坐屈形状となり易く、ヘム加工性が著しく低下する問題もある。
【0021】
これに対して、前記特許文献4では、確かに、室温(常温)時効硬化が生じた6000系アルミニウム合金材に対しては、加工歪みを予め与えた後に、比較的低温での加熱によって、時効硬化が回復され、ヘム加工などの成形性が向上する。
【0022】
しかし、室温(常温)時効硬化が生じておらず、比較的成形性が良い6000系アルミニウム合金材でも、成形中の割れを生じるような、加工条件が厳しい曲げ加工工程では、前記特許文献4でも十分な曲げ加工を得ることができない。即ち、前記したアウタパネルのヘム加工がプレス成形と連動して行われる際、このプレス成形工程中のパネル周縁部のフランジ曲げ工程での加工条件が厳しい場合には、前記特許文献4でも十分な曲げ加工を得ることができない。
【0023】
具体的に、この加工条件が厳しい場合とは、板(成形パネル)のフランジ曲げ後に曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上となるような、プレス成形における予歪み量が大きいか又は曲げ半径が小さい曲げ加工である。このような場合には、最終ヘム加工後に板(成形パネル)周縁部(フランジ)の曲げ部分(コーナ部分)において割れが生じやすい。
【0024】
したがって、6000系アルミニウム合金板(成形パネル)を、このような加工条件が厳しい曲げ加工する場合には、設計形状(成形形状)などの設計変更や、工程や時間などの効率化を犠牲にして成形加工条件を緩和する、等の手段を採用していたのが実情である。
【0025】
本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、このような加工条件が厳しい曲げ加工工程であっても、そして、曲げ加工されるアルミニウム合金材が、室温時効硬化したような6000系などのアルミニウム合金パネルであっても、良好にヘム加工などの曲げ加工ができる加工方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
この目的を達成するために、本発明アルミニウム合金材の曲げ加工方法の要旨は、6000系アルミニウム合金材を曲げ加工するに際し、曲げ加工されるアルミニウム合金材に、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上である曲げ加工を予め施し、このアルミニウム合金材に対して、更に、1℃/分以上の昇温速度で50〜150℃に加熱し、1分を超え、20分以下の範囲で保持する熱処理を行った後に、曲げ加工を行うことである。
【0027】
ここで、本発明において、前記加工歪み量は、後述する通り、次式にて近似的に算出でき、前記加工歪み量は、この近似的に算出した値である。
ε=(r i +t )/(r i +t/2)+ε0 、ここで、r i ;内曲げ半径、t ;板厚、ε0 ;曲げ加工前に負荷される予歪み、である。
【0028】
上記本発明の要旨において、前記熱処理後30分以内に前記曲げ加工を行うことが好ましい。また、前記アルミニウム合金材が板であり、前記加工歪み量を生じる条件での曲げ加工が、この板のプレス成形中に施され、前記熱処理後の曲げ加工がヘム加工であることが好ましい。更に、前記アルミニウム合金材がアウタパネルであり、前記加工歪み量を生じる条件での曲げ加工がヘム加工におけるダウンフランジ加工であり、前記熱処理後の曲げ加工がヘム加工におけるプリヘム加工を経た180度曲げ加工であることが好ましい。
【発明の効果】
【0029】
本発明では、曲げ加工されるアルミニウム合金材に、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上である曲げ加工を予め施し、更に、前記目的とする曲げ加工前に、特定条件下で熱処理を行う。
【0030】
この前段の曲げ加工と熱処理によって、低下した6000系アルミニウム合金材の曲げ加工性が回復される。この理由は、本発明における、前段の曲げ加工で導入された大きな加工歪みによって、一旦生成された転位のタングルが、続く特定条件下での熱処理によって、曲げ加工の良いセル構造に変化するゆえと考えられる。また、これと同時に、6000系アルミニウム合金材に特有の室温時効硬化によって、室温で形成され、曲げ加工性を低下させるMg、Siのクラスターの一部が消滅するためと考えられる。
【0031】
本発明によれば、製造から成形までに数カ月間以上の長期間放置されて、室温時効硬化したり、前工程としてのプレス成形などによって加工硬化されて低下した6000系アルミニウム合金材の曲げ加工性を回復できる。
【0032】
しかも、上記本発明熱処理のような低い温度に加熱しても、6000系アルミニウム合金材の他の引張強度、耐力などの機械的性質の大幅な低下は一切無い。また、6000系アルミニウム合金材のベークハード性(人工時効硬化性)を低下させる悪影響もない。
【0033】
また、本発明における前記特定条件下での熱処理も、比較的低温、短時間の簡便な熱処理であるので、加熱手段も汎用されているものが使用可能であり、大幅な設備改造や、生産性を低下させることなく実施できる利点がある。
【0034】
因みに、前記特許文献4の時効硬化回復処理を行う条件は、本発明における熱処理を行う条件に比して、予め与える加工歪みが、実施例において実際に与えている加工歪みとして、最大でも15%程度でしかない。
【0035】
また、通常の曲げ加工性改善のように、加工歪みを予め加えずに、単に加熱して焼きなます方法では、上記本発明における熱処理温度のような低温に加熱しても、常識的にも、室温時効硬化した6000系アルミニウム合金材の機械的な性質、特に、成形性は変化しない。しかし、上記加工歪みを予め与えた上で、このような低温に加熱すると、一旦低下した6000系アルミニウム合金材の曲げ加工性を回復できる。
【0036】
上記本発明における低温熱処理は、加工歪みを予め与えないと曲げ加工性の回復が発現しない点が特異であって、前記した6000系アルミニウム合金材を最低でも200℃以上の温度に加熱して成形加工する、温間あるいは熱間成形技術と、基本的な冶金的メカニズムを異にすることが分かる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下に、本発明Al合金板の実施態様につき具体的に説明する。
【0038】
(曲げ加工)
本発明では、6000系アルミニウム合金材を曲げ加工するに際し、曲げ加工されるアルミニウム合金材には、前段として、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上である曲げ加工を予め施す。
【0039】
これは、加工歪み量が20%以下であるような容易な曲げ加工条件では従来技術によって曲げ加工が可能であり、本発明での効果を特に発現する為に必要な条件である。この曲げ加工によって、これに続く熱処理による、後段の曲げ加工性向上効果を発揮させる。または、この前段の曲げ加工と続く熱処理によって、低下した6000系アルミニウム合金材の曲げ加工性を回復させる。
【0040】
この本発明における加熱前(前段)の曲げ加工では、特に、加工歪量の上限は規定しないが、加工歪量が大き過ぎる場合には、この工程で6000系アルミニウム合金材に割れが発生する。このため、望ましくは、曲げ外側の板表面で50%以下とし、20〜50%の範囲とする。
【0041】
(加工歪み量のFEM数値解析)
ここで、上記加工歪み量は近似的に算出できる。即ち、図2に模式的に示す板の曲げ加工時(例えば90度曲げ)の状態において、図2のA−A' 〜B−B' 間の内曲げRに沿った部位のみで歪みが生じ、点線で示す板厚中心を中立軸と仮定した場合には、曲げ外表面に生じる歪み量εとして、前記加工歪み量は次式にて近似的に(簡易的に)算出される。
【0042】
ε=(r i +t )/(r i +t/2)+ε0 、ここで、r i ;内曲げ半径、t ;板厚、ε0 ;曲げ加工前に負荷される予歪み、である。
【0043】
この加工歪み量の近似値をより正確に検証するためには、特開2004−174521号公報などに開示された公知の手法が適用できる。例えば、PAM−STAMPなどのアルミニウム合金材の曲げ加工解析のための汎用FEM解析ソフトを用い、アルミニウム合金材をシェル要素で、金型を剛体近似して解析する。ここで、6000系アルミニウム合金材の曲げ加工の際の摩擦係数は0.14と一定に設定して行う。
【0044】
(熱処理)
本発明では、この曲げ加工に続く熱処理によって、後段の曲げ加工性向上効果を得る。このための熱処理条件は、アルミニウム合金材に対して、1℃/分以上の昇温速度で50〜150℃に加熱し、1分を超え、20分以下の範囲で保持することとする。この熱処理は、後段の曲げ加工されるアルミニウム合金材に対して、素材全体でも、あるいは曲げ加工部分のみを行ってもよく、また、特に曲げ加工条件が厳しくなる部分を選択的に行ってもよい。
【0045】
そして、加熱手段も、上記加熱(熱処理)部位に応じて、それがアルミニウム合金材の部分的であればヒータ、それがアルミニウム合金材の全体であれば加熱炉などという具合に、公知の加熱手段が適宜選択される。本発明では、前記した通り、比較的低温であるので、使用できる加熱手段の選択肢も広くなる。
【0046】
加熱昇温速度が遅すぎる(小さすぎると)、加熱温度が低すぎる、加熱保持時間が短すぎると、熱処理を行ったとしても、後段の曲げ加工である、ヘム加工などにおける十分な曲げ加工性向上効果を得ることができない。
【0047】
例えば、昇温速度が遅すぎると、実質的に加熱保持時間が20分を超えて長時間となる場合と同じとなってしまい、Mg、Siの化合物相が析出して硬度が増加し、却って曲げ加工性が低下してしまう。
【0048】
また、加熱温度が低すぎる、加熱保持時間が短すぎると、前記した前段の曲げ加工(加工歪み)で導入された転位のタングルが変化して生成する曲げ加工の良いセル構造の量が少なくなる。と同時に、6000系アルミニウム合金材に特有の室温時効硬化によって、室温で形成され、曲げ加工性を低下させるMg、Siのクラスターの消滅も少なくなる。このため、後段の対象とする(目標とする)曲げ加工である、ヘム加工などにおける十分な曲げ加工性向上効果を得ることができない。
【0049】
一方、加熱温度が高すぎる、あるいは加熱保持時間が長すぎても、後段の曲げ加工である、ヘム加工などにおける十分な曲げ加工性向上効果を得ることができない。例えば、加熱温度が高すぎると、Mg、Siの化合物相が析出して硬度が増加し、却って曲げ加工性が低下してしまう。
【0050】
尚、本発明では加熱後の冷却速度は特に規定しないが、上記所定の加熱保持時間の範囲内とする観点からは、所定の加熱保持時間後は、加熱装置等の熱源から板を離すなどして、速やかに冷却することが望ましい。具体的には加熱保持後の冷却速度を1℃/分以上とすることが望ましい。
【0051】
(熱処理後曲げ加工までの時間)
本発明では、上記熱処理後に、ヘム加工などの後段の曲げ加工を行うが、加熱後速やかに曲げ加工を行うことが望ましく、加熱処理後30分以内に後段の曲げ加工を行うことが好ましい。熱処理後30分を超えた後の曲げ加工では、熱処理後加熱を行わない場合よりは曲げ加工性が向上するものの、その向上効果が低下してしまう。
【0052】
(板における本発明曲げ加工工程)
本発明を6000系アルミニウム合金製外板 (アウタパネル) の場合について具体的に説明する。先ず、前記自動車アウタパネルなどとして、6000系アルミニウム合金板を張出や絞りあるいはトリム等のプレス成形してパネル化する。このプレス成形の際に、本発明の前段の曲げ加工として、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上であるような、前記した図1のヘム加工工程の内の、ダウンフランジ工程などのパネル周縁部を略90度に曲げる曲げ加工を予め施す。
【0053】
次いで、新規に追加される工程として、前段の曲げ加工を予め施されたパネルに、本発明の前記所定条件の熱処理を施す。その後、直ちに(熱処理後30分以内にの意味)、前記略90度に折り曲げられた(ダウンフランジ工程で加工された)パネル周縁部を、外板 (アウタパネル) として、更に、前記した図1のヘム加工工程の後段の曲げ加工を施す。即ち、前記ダウンフランジ工程に続き、このパネル周縁部を、略135度に曲げる前記プリヘム工程を経て、前記フラットヘム工程あるいは前記ロープドヘム工程などの180度ヘム加工(曲げ加工)が施される。
【0054】
なお、6000系アルミニウム合金アウタパネルの場合、本発明の前段の曲げ加工手段としては、前記した図1のダウンフランジ工程などの、パネル周縁部の曲げ加工などでないと、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上とはできない。例えば、加工歪みをアルミニウム合金材に付与する手段としては、他に、ロールや引張 (テンションレベラ) などの矯正機などを利用して張力を与える方法もあるが、これでは、前記加工歪み量を20%以上と大きくはできない。即ち、このように前記加工歪み量を大きくするためには、曲げ加工金型を用いて曲げ加工しなければ困難である。
【0055】
(化学成分組成)
次に、本発明が対象とする6000系アルミニウム合金材の化学成分組成について説明する。本発明が対象とする6000系アルミニウム合金材は、前記した自動車材などとして、優れた成形性やBH(ベークハード)性、強度、溶接性、耐食性などの諸特性が要求される。このような要求を満足するために、6000系アルミニウム合金材の基本組成は、質量% で、Mg:0.2〜2.0%、Si:0.3〜2.0%を含有する6000系アルミニウム合金材が好ましい。なお、本発明での化学成分組成の%表示は、全て質量%の意味である。
【0056】
また、本発明が対象とする6000系アルミニウム合金材は、その優れたBH性ゆえに室温での時効硬化が問題となり、本発明を必要とする。この点、6000系アルミニウム合金の中でも、室温での時効硬化がより問題となる、Si/Mg比が質量比で1以上の所謂Si過剰型の6000系アルミニウム合金材に適用されて好ましい。このような6000系アルミニウム合金材としては、例えば、自動車材としてのアウタパネル用の板などがあり、組成としては、Mg:0.2〜2.0%、Si:0.3〜2.0%、Mn:0.01〜0.65%、Cu:0.001〜1.0%を含有し、かつSi/Mg比が質量比で1以上であり、残部Alおよび不可避的不純物からなるものが好ましい。
【0057】
なお、その他の元素は、AA乃至JIS規格などに沿った各不純物レベルの含有量 (許容量) とする。その他の合金元素とは、具体的には、Fe:1.0%以下、Cr:0.3%以下、Zr:0.3%以下、V:0.3%以下、Ti:0.1%以下の内の1 種または2 種以上を選択的に含んでも良い。
【0058】
上記合金元素以外のその他の合金元素やガス成分は不純物である。しかし、リサイクルの観点から、溶解材として、高純度Al地金だけではなく、6000系合金やその他のAl合金スクラップ材、低純度Al地金などを溶解原料として使用して、本発明Al合金を溶製する場合には、これら他の合金元素は必然的に含まれることとなる。したがって、本発明では、目的とする本発明効果を阻害しない範囲で、これら不純物元素が含有されることを許容する。
【0059】
(製造方法)
Al合金材の製造は、形状に応じた常法で可能である。Al合金の溶解、鋳造工程では、本発明成分規格範囲内に溶解調整されたAl合金溶湯を、連続鋳造圧延法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。次いで、常法により、このAl合金鋳塊に均質化熱処理を施した後、熱間圧延、熱間押出、されて、コイル状、板状、形材、管材などの製品材とするか、更に、必要に応じて中間焼鈍を行なって冷間圧延を行い、コイル状、板状などの製品冷延板に加工する。これら加工後のAl合金材は、調質処理として、必須に溶体化および焼入れ処理で調質されて製品板とされる。用途や必要特性に応じて、更に高温での時効処理や安定化処理などの調質処理を付加して行うことも勿論可能である。
【実施例】
【0060】
次に、本発明の実施例を説明する。室温時効した6000系アルミニウム合金板に対して、本発明の曲げ加工方法を施し、後段の曲げ加工であるヘム加工性を評価した。
【0061】
表1に示すAA6022規格組成、T4調質材で、板厚1.0mmの供試板を、製造後6カ月間室温時効させた。6カ月間室温時効後の0.2%耐力は圧延方向で145MPa(製造当初から30MPa増加)から、圧延方向を長手方向に長さ200mm×幅30mmの曲げ加工試験片を採取した。
【0062】
この曲げ加工試験片の周縁部に対して、自動車のアウタパネルのプレス成形を模擬して、10%の歪みをストレッチにて予め加えた。そして、この予め歪みを加えた周縁部に対して、前段の曲げ加工として、表2に示すように、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量(%)を変化させた、金型を用いたダウンフランジ工程により長手方向直角に約90度の曲げ加工を行った。
【0063】
ここで、この約90度の曲げ加工後に、曲げ外側の板表面に生じる加工歪み量は、前記したFEM数値解析によって求めた。
【0064】
発明例は、周縁部に、上記前段となる約90度の曲げ加工を施した試験片の周縁部に対して、表2に示すように、昇温速度、加熱温度、保持時間を条件を変化させた熱処理を行った。
【0065】
この熱処理後で、約90度の曲げ加工を施した試験片周縁部に対して、自動車のアウタパネルのヘム加工を模擬して、板厚0.8mmのインナパネルを挟み込み、金型を用いて更に約135度まで曲げるプリヘム加工を経て、金型を用いて更に約180度まで曲げるフラットヘム加工を行った。ここで、上記熱処理後、ヘム加工開始までの時間も、表2に示すように変化させた。
【0066】
比較のために、加熱処理を行わない、又は表2に示す本発明の範囲外の条件で加熱処理を行った比較例も、同様にヘム加工試験した。
【0067】
ヘム加工性は、試験片周縁部の最終の180曲げ部外側 (フラットヘム加工部外周部) の表面状態を目視観察して評価した。評価は、上記曲げ部外側の割れ発生程度を目視で確認し、下記基準に基づいて5段階で評価した。
0:肌荒れ、及び微小な割れが無い。
1:肌荒れが僅かに発生している。
2:肌荒れが発生しているものの割れは無い。
3:微小な割れが発生。
4:大きな割れが発生。
なお、上記のランクの内、0〜2段階がヘム加工性 (実際の自動車アウタパネル用) として合格で、3〜4段階は不合格である。
【0068】
表2から明らかな通り、発明例1〜10は、本発明要件である、加工歪み量を付加する前段の曲げ加工、続く熱処理を施してフラットヘム加工を行っている。この結果、これら本発明要件のいずれかが外れた上でフラットヘム加工を行っている、比較例11〜15に比して、格段にヘム加工性が向上している。更に、表2から明らかな通り、熱処理がより望ましい条件で行われている、発明例1〜5は、発明例の中でも更に良好なヘム加工性が得られている。これら発明例は、本発明要件を満足すれば、室温時効して成形性が低下した過剰Si型の組成の6000系Al合金板でも、曲げ半径(折り曲げ半径)Rdが2.0 mm 以下のような小さなフラットヘム加工のような厳しい曲げ加工ができることを裏付けている。
【0069】
比較例11は本発明に係る熱処理を施していない。比較例12は熱処理時の加熱温度が低すぎる。比較例13は熱処理時の加熱保持時間が短すぎる。比較例14は熱処理時の加熱温度が高すぎる。比較例15は熱処理時の加熱昇温速度が小さすぎる。これら比較例は、本発明要件を満足しなければ、室温時効して成形性が低下した過剰Si型の組成の6000系Al合金板では、曲げ半径が小さなフラットヘム加工のような厳しい曲げ加工ができないことを裏付けている。したがって、これらの結果から、本発明要件の臨界的な意義も裏付けられている。
【0070】
【表1】

【0071】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によれば、室温時効して成形性が低下した過剰Si型の組成の6000系Al合金板でも、曲げ半径(折り曲げ半径)Rdが2.0 mm 以下のような小さなフラットヘム加工のような厳しい曲げ加工ができる加工方法を提供できる。この結果、特に、自動車などの輸送機の部材として、6000系Al合金材の適用を拡大できる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】ヘム加工工程を示す断面図である。
【図2】板の曲げ加工時を模式的に示す説明図である。
【符号の説明】
【0074】
1: アウタパネル、1a、1b、1c、1d:アウタパネル周縁部(折り曲げ部)、2:インナパネル、3:ダイス、4:ポンチ、5:板押さえ、6:アウタパネル曲げコーナー部、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
6000系アルミニウム合金材を曲げ加工するに際し、曲げ加工されるアルミニウム合金材に、その曲げ外側の材料表面に負荷される加工歪み量が20%以上である曲げ加工を予め施し、このアルミニウム合金材に対して、更に、1℃/分以上の昇温速度で50〜150℃に加熱し、1分を超え、20分以下の範囲で保持する熱処理を行った後に、曲げ加工を行うことを特徴とするアルミニウム合金材の曲げ加工方法。
【請求項2】
前記熱処理後30分以内に前記曲げ加工を行う請求項1に記載のアルミニウム合金材の曲げ加工方法。
【請求項3】
前記アルミニウム合金材が板であり、前記加工歪み量を生じる条件での曲げ加工が、この板のプレス成形中に施され、前記熱処理後の曲げ加工がヘム加工である請求項1または請求項2に記載のアルミニウム合金材の曲げ加工方法。
【請求項4】
前記アルミニウム合金材がアウタパネルであり、前記加工歪み量を生じる条件での曲げ加工がヘム加工におけるダウンフランジ加工であり、前記熱処理後の曲げ加工がヘム加工におけるプリヘム加工を経た180度曲げ加工である請求項1乃至3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金材の曲げ加工方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−246508(P2008−246508A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−88799(P2007−88799)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)