説明

イオンガイド及びイオンガイド組立体

【課題】 イオン発生源のメンテナンス時等におけるチャンバ内の真空度の低下を防止しながらもイオンガイドによるイオン輸送効率の高いイオンガイドを提供する。
【解決手段】 互いに平行に配置された複数組の対向する電極ロッド15〜18を具備するイオンガイド12であって、イオンガイドに入射されたイオンが、電極ロッドと平行に延び且つ各組の電極ロッドの中心に位置するイオン輸送軸線14上付近をイオン輸送軸線方向に進むようにこれら電極ロッド間に電圧を印加することによりこれらイオンを案内するイオンガイドにおいて、各電極ロッドは複数の中空ロッドから形成され、これら中空ロッドは当該イオンガイドが伸縮可能であるように入れ子式に連結される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンガイド及びイオンガイド組立体に関する。
【背景技術】
【0002】
クラスタ等の質量分析を行う質量分析装置等では、大気圧領域においてイオン発生源によってイオンを発生させ、発生したイオンを高真空領域にある質量分析計等に導入することで質量分析等を行っている。すなわち、イオン発生源におけるイオンの発生は大気圧領域で行う必要があり、質量分析等の各種分析は高真空領域で行う必要がある。このため、イオン発生源によって発生せしめられたイオンを大気圧領域から高真空領域へ輸送する必要がある。
【0003】
イオンを大気圧領域から高真空領域へ輸送するためには、例えばイオンガイドが用いられる。イオンガイドは互いに平行に配置された複数組の対向する電極ロッドから構成される。このように配置された電極ロッド間には直流電源電圧及び高周波電源電圧が重畳的に印加され、これによりイオン発生源から入射したイオンは複雑に振動しながらこれら電極ロッド間を飛行する。特に、質量電荷比に応じて各組の電極ロッドの中央に位置する軸線(以下、「イオン輸送軸線」と称す)付近をイオンが安定な振動をしながら飛行し、よって所定範囲の質量電荷比のイオンがイオン輸送軸線に沿って案内される。
【0004】
また、イオンガイドは複数のチャンバ毎に設けられる。これらチャンバ間では、チャンバの真空度がイオンの飛行方向に向かって段階的に高くなるように差動排気が行われる。従って、イオン発生源からイオンガイドに入射したイオンは、イオン輸送軸線に沿って飛行するにつれてより真空度の高いチャンバ内へと導入され、結果として大気圧領域で発生せしめられたイオンは高真空領域へと導入されることになる。
【0005】
このように、イオンを大気圧領域から高真空領域へと輸送するために用いられるイオンガイドが特許文献1に開示されている。このイオンガイドでは、電極ロッドを折り曲げることによりイオン輸送軸線を屈曲させると共に、各電極ロッドの折り曲がり部が切込み部分で折り曲げられている。これにより、イオン輸送軸線が屈曲したイオンガイドであって電極ロッド間のギャップが高い精度で維持されたイオンガイドが提供される。
【0006】
【特許文献1】特開2000−268770号公報
【特許文献2】特開平8−222182号公報
【特許文献3】特開平6−60847号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、質量分析等の対象となる物質を変更したり、イオン発生源等のメンテナンスをしたりする場合には、イオンガイドを収容したチャンバからイオン発生源等を取外したり、隣合うチャンバを切り離したりする必要がある。このとき、既に高い真空度にまで真空排気されているチャンバ内の真空度の低下を防止するためには、イオン発生源等に通じるチャンバの開口又は隣合うチャンバ間の開口を閉じる必要があり、このためには斯かる開口近傍にゲートバルブ等を設ける必要がある。
【0008】
このように、上記開口近傍にゲートバルブを設けた場合、ゲートバルブの閉弁時にゲートバルブのゲートとイオンガイドとが接触・干渉しないようにイオンガイドを配置する必要がある。ところが、ゲートバルブのゲートは一般に比較的厚いため、このようにイオンガイドを配置すると、イオンガイドの端部とチャンバの開口との間の距離が比較的長いものとなってしまい、よってイオン発生源とイオンガイドとの間の間隙又は隣合うチャンバ内のイオンガイド間の間隙が比較的長いものとなってしまう。斯かる間隙においてはイオンがイオンガイドによってイオン輸送軸線方向に案内されないため、一部のイオンは斯かる間隙を通過する間にイオン輸送軸線から離れていってしまい、その結果、イオンガイド等によるイオンの輸送効率が低下してしまう。
【0009】
そこで、本発明の目的は、イオン発生源のメンテナンス時等におけるイオンガイドを収容するチャンバ内の真空度の低下を防止しながらも、イオンガイドによるイオン輸送効率の高いイオンガイドを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、第1の発明では、互いに平行に配置された複数組の対向する電極ロッドを具備するイオンガイドであって、当該イオンガイドに入射されたイオンが、上記電極ロッドと平行に延び且つ各組の電極ロッドの中心に位置するイオン輸送軸線上付近を該イオン輸送軸線方向に進むようにこれら電極ロッド間に電圧を印加することによりこれらイオンを案内するイオンガイドにおいて、各電極ロッドは複数の中空ロッドから形成され、これら中空ロッドは当該イオンガイドが伸縮可能であるように入れ子式に連結される。
第一の発明によれば、ゲートバルブの開弁時にはイオンガイドを伸張させてゲートバルブの開口部内にイオンガイドを侵入させ、ゲートバルブの閉弁時にはイオンガイドを収縮させてイオンガイドがゲートバルブのゲートと接触しないようにすることができる。
【0011】
第2の発明では、第1の発明のイオンガイドを用いたイオンガイド組立体において、各電極ロッドは複数段の中空ロッドが入れ子式に連結されて構成されており、各段の中空ロッド同士はこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持される。
【0012】
第3の発明では、第1の発明のイオンガイドを用いたイオンガイド組立体において、各電極ロッドは3段以上の中空ロッドが入れ子式に連結されて構成されており、各電極ロッドの最も外側の段の中空ロッド同士はこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持され、各電極ロッドの最も内側の段の中空ロッド同士はこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持される。
【0013】
第4の発明では、第2又は第3の発明において、異なる段の中空ロッドを保持するロッドホルダのうち一つのロッドホルダを他のロッドホルダに対して相対的に移動させて、上記イオンガイドを伸縮させるホルダ相対移動装置をさらに具備する。
【0014】
第5の発明では、第2〜第4のうちのいずれか一つの発明において、上記イオンガイドを収容し且つ該イオンガイドによって案内されるイオンが通過する開口を有するチャンバと、該チャンバの開口を開閉するためのゲートバルブとを具備し、該ゲートバルブが開弁されているときには上記イオンガイドがゲートバルブの開口部を横断して延びると共に、ゲートバルブが閉弁されるときには上記イオンガイドがゲートバルブの開口部から抜け出るように縮められる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ゲートバルブを閉弁させることによりイオン発生源のメンテナンス時等におけるチャンバ内の真空度の低下が防止される。また、ゲートバルブの開弁時にはイオンガイドを伸張させてゲートバルブの開口部内にイオンガイドが侵入せしめられるため、イオン発生源とイオンガイドとの間の間隙又は隣合うチャンバ内のイオンガイド間の間隙が比較的短いものとされる。したがって、イオン発生源のメンテナンス時等におけるチャンバ内の真空度の低下を防止しながらも、イオンガイドによるイオン輸送効率の高いイオンガイドが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明のイオンガイド及びイオンガイド組立体について詳細に説明する。
【0017】
図1は本発明のイオンガイドが用いられた質量分析装置1を示す図である。質量分析装置1は、試料をイオン化するイオン生成装置2と、イオン生成装置2によって生成されたイオンを輸送するイオン輸送装置3と、イオン輸送装置3によって輸送されたイオンの質量分析を行う質量分析計4とを有する。イオン生成装置2は、試料に高エネルギのイオンビームを照射することで試料分子から正に帯電したイオンを生成するスパッタ法を利用したものであってもよいし、或いは試薬ガスの二次イオンと試料分子を反応させることで正に帯電したイオンを生成する化学イオン化法を利用したものであってもよい。いずれの方法を利用したものであっても、イオン生成装置2における試料のイオン化は大気圧又は真空度の低い雰囲気中で行われる。質量分析計4は、例えば磁場分析計と静電場分析計とを用いた二重収束質量分析計であり、正確な質量分析のためには高い真空度に維持されることが必要である。
【0018】
イオン輸送装置3は、イオン生成装置2と質量分析計4との間に三つのチャンバ5、6、7から構成され、これらチャンバはイオン生成装置2から質量分析計4に向かって低真空チャンバ5、中真空チャンバ6、高真空チャンバ7の順に直列的に配置されている。低真空チャンバ5はターボモレキュラーポンプ(TMP)8によって低い真空度(以下、「低真空」と称す)に、例えば10-3Torr程度に真空排気される。中真空チャンバ6はTMP9によって中程度の真空度(以下、「中真空」と称す)に、例えば10-5Torr程度に真空排気される。高真空チャンバ7はTMP10によって高い真空度(以下、「高真空」と称す)に、例えば10-7Torr程度に真空排気される。従って、これら真空チャンバの真空度は低真空チャンバ5、中真空チャンバ6、高真空チャンバ7の順に高くなる。
【0019】
各真空チャンバ5、6、7内にはイオンガイド11、12、13が設けられる。これらイオンガイド11、12、13は、これらイオンガイド11、12、13の長手方向に延びる軸線(以下、「イオン輸送軸線」と称す)14がイオン生成装置2のイオン放出開口2aから質量分析計4のイオン入射開口4aまでを結ぶ直線と同軸となるように、すなわちイオン生成装置2と質量分析計4との間でほぼ一直線に並ぶように配置される。これらイオンガイド11、12、13は互いに同様な形態となっているため、以下では中真空チャンバ6内のイオンガイド12について説明する。
【0020】
図2は本発明のイオンガイド12の斜視図であり、図3は図2の断面線III−IIIから長手方向に見たイオンガイド12の断面側面図である。図2及び図3に示したように、イオンガイド12は、本実施形態では、イオン輸送軸線14と平行に且つ互いに平行に配置された二組の対向する電極ロッド15、16、17、18を具備する。第一組の電極ロッドは2本の電極ロッド15、16から構成され、第二組の電極ロッドも同様に2本の電極ロッド17、18から構成される。
【0021】
各組の2本の電極ロッドは、その中心にイオン輸送軸線14が位置するように配置される。すなわち、第一組の2本の電極ロッド15、16の中心にイオン輸送軸線14が位置し、よって第一組を構成する2本の電極ロッド15、16はイオン輸送軸線14に対して対称に配置される。同様に第二組の2本の電極ロッド17、18の中心にイオン輸送軸線14が位置し、よって第二組を構成する2本の電極ロッド17、18はイオン輸送軸線14に対して対称に配置される。また、本実施形態では、第一組を構成する各電極ロッド15、16からイオン輸送軸線14までの距離は第二組を構成する各電極ロッド17、18からイオン輸送軸線14までの距離に等しく、また、各電極ロッド15、16、17、18はその断面がほぼ真円となるように形成されている。
【0022】
イオンガイド12の電極ロッド15、16、17、18はこれら電極ロッド間の相対位置関係が維持されるように、少なくとも二つのロッドホルダ20によって保持される。ロッドホルダ20は、絶縁性材料、例えばセラミックスから形成され、その形状は図2及び図3に示したようにほぼ四角形断面の開口21を有するほぼ四角柱状となっている。各電極ロッド15、16、17、18は四角形の開口21の内側であって各角部付近に絶縁性ボルト(図示せず)等により固定される。
【0023】
また、第一組の電極ロッド15、16には正の直流電源電圧Vdcと高周波電源電圧Vacとが重畳されて印加される。また、第二組の電極ロッド17、18には、負の直流電圧電源Vdcと高周波電源電圧Vacとが重畳されて印加される。すなわち、高周波の角周波数をω、時間をtとすると、第一組の電極ロッド15、16には、(Vdc+Vaccosωt)の電圧が印加され、第二組の電極ロッド17、18には、−(Vdc+Vaccosωt)の電圧が印加される。
【0024】
このように各組の電極ロッド15、16、17、18に電圧を印加することによりこれら電極ロッド間の空間には電場が形成される。従って、イオン輸送軸線14に沿ってイオンガイド12に侵入したイオンは、イオン輸送軸線14に沿って進む間に電極ロッド間に形成された電場によってイオン輸送軸線14に対して垂直方向の力を受ける。そして、直流電源電圧Vdc、高周波電源電圧Vac、角周波数ω等の設定を適切に行えば、特定範囲の質量電荷比(m/e)を有するイオンがイオン輸送軸線14付近から離れないようにイオンに力を加えることができる。すなわち、イオンガイド12によれば、直流電源電圧Vdc、高周波電源電圧Vac、角周波数ω等の設定に応じて、特定範囲の質量電荷比を有するイオンをイオン輸送軸線14に沿って案内することができる。
【0025】
なお、上記説明では中真空チャンバ6内のイオンガイド12を例にとって説明したが、低真空チャンバ5内のイオンガイド11及び高真空チャンバ7内のイオンガイド13も同様に構成され且つ同様に電圧印加等が行われる。従って、低真空チャンバ5及び高真空チャンバ7内のイオンガイド11、13も中真空チャンバ6内のイオンガイド12と同様に特定範囲の質量電荷比を有するイオンをイオン輸送軸線14に沿って案内することができる。
【0026】
低真空チャンバ5と中真空チャンバ6との間の壁、中真空チャンバ6と高真空チャンバ7との間の壁にはイオン通過用開口22、23が設けられる。これらイオン通過用開口22、23及びイオン放出開口2a、イオン入射開口4aは直径の小さい開口であり、イオン輸送軸線14に整列して、すなわちイオン輸送軸線14上に設けられる。従って、イオン生成装置2のイオン放出開口2aから質量分析計4のイオン入射開口4aまでを結ぶ直線はチャンバ5、6、7を画成する壁によって遮断されずに延びるようになっている。
【0027】
このように構成された質量分析装置1のイオン輸送装置3では、イオン生成装置2のイオン放出開口2aから低真空チャンバ5に入射せしめられたイオンは、イオンガイド11によってイオン輸送軸線14に沿って低真空チャンバ5内を輸送せしめられて、低真空チャンバ5と中真空チャンバ6との間のイオン通過用開口22を介して中真空チャンバ6に入射せしめられる。中真空チャンバ6に入射せしめられたイオンは、イオンガイド12によってイオン輸送軸線14に沿って中真空チャンバ6内を輸送せしめられて、中真空チャンバ6と高真空チャンバ7との間のイオン通過用開口23を介して高真空チャンバ7に入射せしめられる。高真空チャンバ7に入射せしめられたイオンは、イオンガイド13によってイオン輸送軸線14に沿って高真空チャンバ7内を輸送せしめられてイオン入射開口4aを介して質量分析計4に入射せしめられる。本実施形態のイオン輸送装置3によれば、大気圧で作動する(すなわち、低真空領域で作動する)イオン生成装置2から高真空領域で作動する質量分析計4へとイオンが輸送せしめられる。
【0028】
ところで、イオン生成装置及びイオン輸送装置の低真空チャンバ等は、一般に質量分析対象となる試料の交換等、定期的なメンテナンスが必要となる。斯かるメンテナンスを行う際には少なくともイオン生成装置及びイオン輸送装置の低真空チャンバ内の圧力を大気圧まで戻す必要がある。この場合、低真空チャンバと中真空チャンバとの間のイオン通過用開口又は中真空チャンバと高真空チャンバとの間のイオン通過用開口を開閉するためのゲートバルブ等がイオン通過用開口付近に設けられていないと、低真空チャンバを大気圧まで戻したときに中真空チャンバ及び高真空チャンバも大気圧まで戻してしまうことになる。
【0029】
ここで、低真空チャンバは高い真空度になるまで真空排気が行われるわけではないため、低真空チャンバが大気圧になっても比較的短時間で目標の真空度にまで真空排気することができる。ところが、高真空チャンバは非常に高い真空度になるまで真空排気が行われるため、高真空チャンバが大気圧になると目標の真空度にまで真空排気するのにかなり長い時間(例えば数日程度)が必要となる。従って、上述したような定期的なメンテナンスを行う際には中真空チャンバや高真空チャンバを大気圧まで戻すべきではない。
【0030】
一方、例えば、低真空チャンバと中真空チャンバとの間のイオン通過用開口を開閉するためのゲートバルブ等をイオン通過用開口付近に設けようとするとイオンガイドによるイオンの輸送効率が低下してしまう。この理由について、図4を参照して、ゲートバルブをイオン通過用開口の中真空チャンバ側に配置した場合を例にとって説明する。なお、図4では、本願発明の構成要素と同様な構成要素については同じ参照番号を付している。
【0031】
イオン通過用開口22を開閉するためのゲートバルブ30(図4(b)参照)等を設けていない場合、図4(a)に示したように、隣合うチャンバ5、6内のイオンガイド11、12の端部間の距離L1はこれらチャンバ5、6間に配置される壁の厚さWとほぼ同一か僅かに長い程度である。一方、イオン通過用開口22を開閉するためのゲートバルブ30等を設けている場合、図4(b)に示したように、イオンガイド11、12の端部間の距離L2はこれらチャンバ5、6間に配置される壁の厚さWよりもかなり長い。これは、ゲートバルブ30を閉弁したとき(図4(b)中の破線)に、ゲートバルブ30とイオンガイド12の電極ロッド15〜18とが接触・干渉しないように、イオンガイド12の端部とチャンバ5、6間に配置される壁との間にゲートバルブ30のゲート31に対応する厚さの空間を設けなければならないことによるものである。すなわち、イオンガイド12の各電極ロッド15〜18がゲートバルブ30の開口部を横断しないようにイオンガイド12を配置しなければならないためである。
【0032】
このように、イオンガイド11、12の端部間の距離L2が長いと、低真空チャンバ5内のイオンガイド11によって輸送されてきたイオンは、イオンガイド11とイオンガイド12との間の間隙を通過する際にこれらイオンガイド11、12から力を受けず、よってこれらイオンの一部がイオン輸送軸線14から離れてしまい、よってイオンガイド11、12によるイオンの輸送効率が低下してしまう。
【0033】
これに対して、本発明のイオンガイドによれば、低真空チャンバの定期的なメンテナンス毎に中真空チャンバや高真空チャンバを大気圧から真空排気する必要性が無くなり、且つイオンの輸送効率の低下が防止せしめられる。以下、本発明のイオンガイドの構成について、中真空チャンバ6のイオンガイド12を例として説明する。
【0034】
イオンガイド12を構成する電極ロッド15〜18は、図2に示したように、それぞれ複数の中空ロッドから形成される。例えば、電極ロッド15は、外径の短い一段目の中空ロッド15aと、一段目の中空ロッド15aよりも外径が長い二段目の中空ロッド15bとを有する。一段目の中空ロッド15aの外径は二段目の中空ロッド15bの内径とほぼ同一であり、一段目の中空ロッド15aは二段目の中空ロッド15b内に同軸に収容される。すなわち、一段目の中空ロッド15aが内側に、二段目の中空ロッド15bが外側に配置される。一段目の中空ロッド15aは、二段目の中空ロッド15b内で軸線方向に入れ子式に摺動可能である。このため、一段目の中空ロッド15aを二段目の中空ロッド15b内で入れ子式に摺動させることにより、電極ロッド15を伸縮させることができる。全ての電極ロッド15〜18はこのように形成されており、従って全ての電極ロッド15〜18は伸縮可能に形成されている。
【0035】
図5は、イオンガイド12を収容した中真空チャンバ6を概略的に示した断面側面図である。図示したように、各段の中空ロッドは各段毎に少なくとも一つのロッドホルダ20によって保持されている。本実施形態では、各電極ロッド15〜18は二段の中空ロッドから形成されているため、少なくとも二つのロッドホルダ20a、20bによって保持される。すなわち、図5に示したように、全ての電極ロッド15〜18の一段目の中空ロッド15a〜18aは第一ロッドホルダ20aによって保持され、電極ロッド15〜18の二段目の中空ロッド15b〜18bは第二ロッドホルダ20bによって保持される。
【0036】
上述したように、各電極ロッド15〜18は絶縁性ボルト等によりロッドホルダ20a、20bに固定される。すなわち、一段目の中空ロッド15a〜18aは第一ロッドホルダ20aに固定され、二段目の中空ロッド15b〜18bは第二ロッドホルダ20bに固定される。これにより、一段目の中空ロッド15a〜18a同士及び二段目の中空ロッド15b〜18b同士は相対移動することができない。
【0037】
一方、ロッドホルダ20同士は相対移動することができる。本実施形態では、図5に示したように、第一ロッドホルダ20aは中真空チャンバ6に対してラック&ピニオン機構26を介して中真空チャンバ6を画成する壁に連結され、第二ロッドホルダ20bは固定用部材27を介して中真空チャンバ6を画成する壁に固定される。ラック&ピニオン機構26のラック28は第一ロッドホルダ20aに固定され、ピニオン29aは中真空チャンバ6を画成する壁に固定された高真空回転導入機29bによって回転せしめられる。高真空回転導入機29bは中真空チャンバ6の外部から手動で又は自動で中真空チャンバ6内に回転運動を導入することができる。ラック&ピニオン機構26は、第一ロッドホルダ20aを電極ロッド15〜18の軸線方向へ、すなわちイオン輸送軸線14方向へ移動させるように作動する。従って、ラック&ピニオン機構26を作動させることにより、第一ロッドホルダ20aと第二ロッドホルダ20bとは互いに対して近づくように又は遠ざかるように移動せしめられる。
【0038】
上述したように一段目の中空ロッド15a〜18aが第一ロッドホルダ20aに、二段目の中空ロッド15b〜18bが第二ロッドホルダ20bに固定されていることから、第一ロッドホルダ20aと第二ロッドホルダ20bとが互いに近づくように移動せしめられると一段目の中空ロッド15a〜18aが二段目の中空ロッド15b〜18bに入り込んでいき、よって全ての電極ロッド15〜18が縮められてイオンガイド12は収縮状態となる。逆に、第一ロッドホルダ20aと第二ロッドホルダ20bとが互いから離れるように移動せしめられると一段目の中空ロッド15a〜18aが二段目の中空ロッド15b〜18bから引き抜かれていき、よって全ての電極ロッド15〜18が伸ばされてイオンガイド12は伸張状態となる。
【0039】
図6は、イオンガイド12の伸縮とゲートバルブ30の開閉の関係を示す図である。図6(a)に示した状態では、ゲートバルブ30は開いていると共にイオンガイド12は伸張状態にある。このため、中真空チャンバ6内のイオンガイド12の低真空チャンバ5側の端部は、中真空チャンバ6と低真空チャンバ5との間の壁に近接しており、よって低真空チャンバ5内のイオンガイド11の端部と中真空チャンバ6内のイオンガイド12の端部との間の間隙は非常に短い。従って、低真空チャンバ5内のイオンガイド11によって輸送されてきたイオンは、イオンガイド11とイオンガイド12との間でほとんどイオン輸送軸線14から離れることなくイオンガイド12内へと輸送される。従って、高い効率でイオンの輸送を行うことができる。
【0040】
ただし、このときイオンガイド12の低真空チャンバ5側の端部はゲートバルブ30の開口部31内に侵入している。従って、イオンガイド12が伸張状態にあるときにゲートバルブ30を閉弁してしまうとイオンガイド12とゲートバルブ30のゲート32とが接触してしまい、イオンガイド12及びゲートバルブ30が破損してしまう。
【0041】
そこで、図6(b)に示したように、ゲートバルブ30を閉じるべきときにはイオンガイド12が収縮状態にせしめられる。すなわち、イオンガイド12を収縮状態とすることで、ゲートバルブ30の開口部31からイオンガイド12が抜け出される。これにより、ゲートバルブ30のゲート32が閉弁せしめられても、ゲートバルブ30のゲート32とイオンガイド12とは接触せず、よってイオンガイド12及びゲートバルブ30が破損してしまうことはない。
【0042】
また、ゲートバルブ30のゲート32を閉弁すれば、定期的なメンテナンス等により低真空チャンバ5内の圧力が大気圧に戻されても、中真空チャンバ6及び高真空チャンバ7内の真空度はそのまま維持される。これにより、メンテナンス後に真空排気が必要なチャンバは低真空チャンバのみとなり、よってメンテナンスが終了してから比較的早期に質量分析装置1による質量分析を再開することができる。
【0043】
このように、本発明のイオンガイドを用いることにより、低真空チャンバの定期的なメンテナンス毎に中真空チャンバや高真空チャンバを大気圧から真空排気する必要性が無くなり、且つイオンの輸送効率の低下が防止せしめられる。
【0044】
なお、上記実施形態では、各電極ロッド15〜18は二段の中空ロッドから形成されているが、二段の中空ロッドに限られず、三段又は四段等、他の複数段の中空ロッドから形成されてもよい。この場合、各段の中空ロッド同士はこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持される。すなわち、ロッドホルダは全ての段について少なくとも一つずつ各段の中空ロッドホルダを保持するように配置される。そして、各電極ロッドの最も外側の段の中空ロッドを保持するホルダ又は各電極ロッドの最も内側の段の中空ロッドを保持するロッドホルダがチャンバを画成する壁に固定され、それ以外のホルダは壁に固定されたロッドホルダに対して相対的に移動することができる。
【0045】
或いは、各電極ロッドが三段又は四段等の中空ロッドから形成された場合、各電極ロッドの最も外側の段の中空ロッド同士をこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持し、各電極ロッドの最も内側の段の中空ロッド同士をこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持し、それ以外の段の中空ロッド、すなわち中間に位置する中空ロッドをロッドホルダによって保持しないようにしてもよい。この場合、上記実施形態と同様に、最も外側の段の中空ロッド同士を保持するロッドホルダ及び最も内側の段の中空ロッド同士を保持するロッドホルダのうちいずれか一方を、チャンバを画成する壁に固定すると共に、他方を壁に固定されたロッドホルダに対して相対的に移動することができるようにされる。
【0046】
また、上記実施形態では、中真空チャンバ6内のイオンガイド12を伸縮可能な構成としているが、イオンガイド12の代わりに低真空チャンバ5内のイオンガイド11又は高真空チャンバ7内のイオンガイド13を伸縮可能な構成としてもよい。或いは、全ての真空チャンバ内のイオンガイドを伸縮可能な構成としてもよい。
【0047】
また、上記実施形態では、ラック&ピニオン機構26を利用して第一ロッドホルダ20aを移動させることができるようにしているが、他の機構を利用して第一ロッドホルダ20aを移動させることができるようにしてもよい。例えば、中真空チャンバ6を画成する壁に、中真空チャンバ6の外部から手動で又は自動で中真空チャンバ6内に直線運動を導入することができる高真空直線導入機を固定すると共に高真空直線導入機に第一ロッドホルダ20aを連結し、この高真空直線導入機によって直接的に第一ロッドホルダ20aをイオン輸送軸線14方向へ移動させるようにしてもよい。
【0048】
また、上記実施形態では、質量分析装置1においてイオンを輸送するためにイオンガイドを用いた例を示しているが、本発明のイオンガイドが用いられる装置は質量分析装置に限られない。或いは、本発明のイオンガイドを四重極型質量分析計の四重極として用いてもよい。
【0049】
さらに、上記実施形態ではイオンガイドは4本の電極ロッドから形成されているが、イオンガイドを形成する電極ロッドの数は4本に限られず、6本、8本、10本等、他の数の電極ロッドからイオンガイドが形成されてもよい。また、電極ロッドは、円筒状ロッドに限られず、電場を形成できる中空の双曲電極、角棒電極等、他の形状の電極であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明のイオンガイドが用いられた質量分析装置を示す図である。
【図2】本発明のイオンガイドの斜視図である。
【図3】図2の断面線III−IIIから長手方向に見たイオンガイドの断面側面図である。
【図4】ゲートバルブをイオン通過用開口付近に設けるとイオンガイドによるイオンの輸送効率が低下してしまう理由を説明するための図である。
【図5】本発明のイオンガイドを収容した中真空チャンバを概略的に示した断面側面図である。
【図6】イオンガイドの伸縮とゲートバルブの開閉の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0051】
1 質量分析装置
2 イオン生成装置
3 イオン輸送装置
4 質量分析計
5 低真空チャンバ
6 中真空チャンバ
7 高真空チャンバ
8〜10 ターボモレキュラーポンプ(TMP)
11〜13 イオンガイド
15〜18 電極ロッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに平行に配置された複数組の対向する電極ロッドを具備するイオンガイドであって、当該イオンガイドに入射されたイオンが、上記電極ロッドと平行に延び且つ各組の電極ロッドの中心に位置するイオン輸送軸線上付近を該イオン輸送軸線方向に進むようにこれら電極ロッド間に電圧を印加することによりこれらイオンを案内するイオンガイドにおいて、
各電極ロッドは複数の中空ロッドから形成され、これら中空ロッドは当該イオンガイドが伸縮可能であるように入れ子式に連結される、イオンガイド。
【請求項2】
請求項1に記載のイオンガイドを用いたイオンガイド組立体において、各電極ロッドは複数段の中空ロッドが入れ子式に連結されて構成されており、各段の中空ロッド同士はこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持される、イオンガイド組立体。
【請求項3】
請求項1に記載のイオンガイドを用いたイオンガイド組立体において、各電極ロッドは3段以上の中空ロッドが入れ子式に連結されて構成されており、各電極ロッドの最も外側の段の中空ロッド同士はこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持され、各電極ロッドの最も内側の段の中空ロッド同士はこれら中空ロッド間の相対位置関係を維持する少なくとも一つのロッドホルダによって保持される、イオンガイド組立体。
【請求項4】
異なる段の中空ロッドを保持するロッドホルダのうち一つのロッドホルダを他のロッドホルダに対して相対的に移動させて、上記イオンガイドを伸縮させるホルダ相対移動装置をさらに具備する、請求項2又は3に記載のイオンガイド組立体。
【請求項5】
上記イオンガイドを収容し且つ該イオンガイドによって案内されるイオンが通過する開口を有するチャンバと、該チャンバの開口を開閉するためのゲートバルブとを具備し、該ゲートバルブが開弁されているときには上記イオンガイドがゲートバルブの開口部を横断して延びると共に、ゲートバルブが閉弁されるときには上記イオンガイドがゲートバルブの開口部から抜け出るように縮められる、請求項2〜4のいずれか1項に記載のイオンガイド組立体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−103300(P2007−103300A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−295038(P2005−295038)
【出願日】平成17年10月7日(2005.10.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】