説明

イオン交換膜、イオン交換樹脂、その製造方法およびイオン交換樹脂の精製方法

【課題】燃料透過抑止性に優れる炭化水素系イオン交換膜を提供する。
【解決手段】イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換膜であって、膜の断面積当たりの空孔数が0〜5000個/cm2の範囲にあることを特徴とする芳香族炭化水素系イオン交換膜でイオン性基を有するポリマーの重合工程において副生した水溶性無機塩を、ポリマー重合後に水洗することでポリマー重量に対して0〜0.1%になるまで抽出、除去競れている交換膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子固体電解質膜に関係し、詳しくは燃料のクロスオーバー低減に優れたイオン交換膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高分子固体電解質をイオン伝導体として用いる電気化学的装置の例として、水電解槽や燃料電池を挙げることができる。これらに用いられる高分子膜は、カチオン交換膜として高いプロトン伝導率を有すると共に化学的、熱的、電気化学的及び力学的に十分安定なものでなくてはならない。このため、長期にわたり使用できるものとして、主に米デュポン社製の「ナフィオン(登録商標)」を代表例とするパーフルオロカーボンスルホン酸膜が使用されてきた。しかしながら、たとえばメタノール等の液体有機燃料を、燃料極側に供給して使用する場合、液体有機燃料が電解質膜を透過して空気極側に流れ込んでしまうクロスオーバーという問題が顕著である。このクロスオーバーが生じると、例えば、液体燃料と酸化剤が直接反応してしまい、電力が低下してしまうという問題や、液体燃料が空気極側から外部に漏れ出すといった問題がある。また、パーフルオロカーボンスルホン酸膜を100℃を越える条件で運転しようとすると、膜の軟化が顕著となる。また、フッ素を含むため廃棄時の環境汚染や、発電時に発生するフッ酸が燃料電池のシステムを腐食するなど燃料電池の実用化に向けた障害として指摘されている。
【0003】
このような欠点を克服するため、非フッ素系芳香族環含有ポリマーにスルホン酸基を導入した高分子電解質膜が種々検討されている。ポリマー骨格としては、耐熱性、化学的安定性、メタノール透過抑止性を考慮すると、芳香族ポリアリーレンエーテルケトン類や芳香族ポリアリーレンエーテルスルホン類などの、芳香族ポリアリーレンエーテル化合物を有望な構造としてとらえることができ、ポリアリールエーテルスルホンをスルホン化したもの(例えば、非特許文献1参照)、ポリエーテルエーテルケトンをスルホン化したもの(例えば、特許文献1参照)、スルホン化ポリスチレン等が報告されている。しかしながら、これらのポリマーのスルホン化反応により芳香環上に導入されたスルホン酸基は一般に熱により脱離しやすい傾向にあり、これを改善する方法として電子吸引性芳香環上にスルホン酸基を導入したモノマーを用いて重合することで、熱的に安定性の高いスルホン化ポリアリールエーテルスルホン系化合物が報告されている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
上記のような耐熱性、化学的安定性、メタノール透過抑止性に優れた芳香族炭化水素系イオン交換樹脂を用いて膜を製造する際、得られた膜の内部には微小の空孔が多数存在するという課題があった。微小の空孔が多数存在することで燃料のクロスオーバーの低減が実現できないという問題を有していた。
【0005】
【特許文献1】特開平6−93114号公報(第15−17頁)
【特許文献2】米国特許出願公開第2002/0091225号明細書(第1−2頁)
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・メンブラン・サイエンス(Journal of Membrane Science)、(オランダ)1993年、83巻、P.211−220
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は従来技術の課題を背景になされたものであって、炭化水素系高分子固体電解質膜の課題であった微小の空孔が劇的に減少したイオン交換膜とその原料となるイオン交換樹脂及びイオン交換膜、イオン交換樹脂の製造方法ならびにイオン交換樹脂の精製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するため、鋭意研究した結果、膜内に空孔を劇的に減少させたイオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換膜を製造できることを見出した。
【0008】
すなわち本発明は、
【0009】
1.イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換膜であって、膜の断面積当たりの空孔数が0〜5000個/cm2の範囲にあることを特徴とする芳香族炭化水素系イオン交換膜。
【0010】
2.該イオン性基を含有するポリマーの重合工程において副生成物として生成する水溶性無機塩を、ポリマー重合後に水洗することでポリマー重量に対して0〜0.1重量%の範囲になるまで水溶性無機塩が抽出、除去されていることを特徴とする上記1に記載のイオン交換膜。
【0011】
3.該イオン性基が、スルホン酸基であり、イオン交換容量が0.3〜3.5meq/gの範囲にあることを特徴とする上記1または2に記載の芳香族炭化水素系イオン交換膜。
【0012】
4.イオン性基を含有するポリマーは一般式(1)および一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物からなることを特徴とする上記1〜3のいずれかに記載のイオン交換膜。
【0013】
【化3】

【0014】
ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【0015】
【化4】

【0016】
ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【0017】
5.イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換樹脂であって、イオン性基を含有するポリマーの重合工程において副生成物として生成する水溶性無機塩を、ポリマー重合後に水洗することでポリマー重量に対して0〜0.1重量%の範囲になるまで水溶性無機塩が抽出、除去されていることを特徴とするイオン交換樹脂。
【0018】
6.イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換膜であって、膜の断面積当たりの空孔数が0〜5000個/cm2の範囲にあることを特徴とする芳香族炭化水素系イオン交換膜の製造方法。
【0019】
7.イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換樹脂であって、イオン性基を含有するポリマーの重合工程において副生成物として生成する水溶性無機塩を、ポリマー重合後に水洗することでポリマー重量に対して0〜0.1重量%の範囲になるまで水溶性無機塩が抽出、除去されていることを特徴とするイオン交換樹脂の製造方法。
【0020】
8.イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換樹脂から水溶性無機塩を抽出、除去する方法において、重合された水溶性無機塩を含むポリマー溶液をストランド状になるように押し出した後に水に接触させることで水溶性無機塩を抽出、除去することを特徴とするイオン交換樹脂の精製方法。
【発明の効果】
【0021】
膜内の空孔を有しないイオン交換膜は、燃料のクロスオーバーの低減が実現できるイオン交換膜が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0023】
まず、本発明における芳香族炭化水素系のイオン性基含有ポリマーについて述べる。本発明における芳香族炭化水素系のイオン性基含有ポリマーは、ポリマー主鎖に芳香族あるいは芳香環とエーテル結合、スルホン結合、イミド結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合、カーボネート結合およびケトン結合から選択される少なくとも1種以上の結合基を有する構造を持つ非フッ素系のイオン伝導性ポリマーであり、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリパラフェニレン、ポリアリーレン系ポリマー、ポリフェニルキノキサリン、ポリアリールケトン、ポリエーテルケトン、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾール、ポリイミド等の構成成分の少なくとも1種を含むポリマーに、スルホン酸基、ホスホン酸基、カルボキシル基、およびそれらの誘導体の少なくとも1種が導入されているポリマーが挙げられる。なお、スルホン酸基、ホスホン酸基、カルボシキル基などの官能基をポリマーに含むことで、ポリマーのイオン伝導性が発現される。この中で特に有効に作用する官能基は、スルホン酸基である。また、ここでいうポリスルホン、ポエーテルスルホン、ポリエーテルケトン等は、その分子鎖にスルホン結合、エーテル結合、ケトン結合を有しているポリマーの総称であり、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンスルホンなどを含むとともに、特定のポリマー構造に限定するものではない。
【0024】
上記官能基を含有するポリマーのうち、特に芳香環上にスルホン酸基を持つポリマーは、上記例のような骨格を持つポリマーに対して適当なスルホン化剤を反応させることにより得ることができる。このようなスルホン化剤としては、例えば、芳香族系炭化水素系ポリマーにスルホン酸基を導入する例として報告されている、濃硫酸や発煙硫酸を使用するもの(例えば、Solid State Ionics,106,P.219(1998))、クロル硫酸を使用するもの(例えば、J.Polym.Sci.,Polym.Chem.,22,P.295(1984))、無水硫酸錯体を使用するもの(例えば、J.Polym.Sci.,Polym.Chem.,22,P.721(1984)、J.Polym.Sci.,Polym.Chem.,23,P.1231(1985))等が有効である。本発明のプロトン伝導性ポリマー、特にプロトン伝導性がスルホン酸基によって発現されるポリマーを得るためには、これらの試薬を用い、それぞれのポリマーに応じた反応条件を選定することにより実施することができる。また、特許第2884189号に記載のスルホン化剤等を用いることも可能である。
【0025】
また、上記芳香族炭化水素系プロトン伝導性ポリマーは、重合に用いるモノマーの中の少なくとも1種に酸性基を含むモノマーを用いて合成することもできる。例えば、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物から合成されるポリイミドにおいては、芳香族ジアミンの少なくとも1種にスルホン酸基やホスホン酸基を含有するジアミンを用いて酸性基含有ポリイミドとすることが出来る。芳香族ジアミンジオールと芳香族ジカルボン酸から合成されるポリベンズオキサゾール、芳香族ジアミンジチオールと芳香族ジカルボン酸から合成されるポリベンズチアゾールの場合は、芳香族ジカルボン酸の少なくとも1種にスルホン酸基含有ジカルボン酸やホスホン酸基含有ジカルボン酸を使用することにより酸性基含有ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾールとすることが出来る。芳香族ジハライドと芳香族ジオールから合成されるポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトンなどは、モノマーの少なくとも1種にスルホン酸基含有芳香族ジハライドやスルホン酸基含有芳香族ジオールを用いることで合成することが出来る。この際、スルホン酸基含有ジオールを用いるよりも、スルホン酸基含有ジハライドを用いる方が、重合度が高くなりやすいとともに、得られた酸性基含有ポリマーの熱安定性が高くなるので好ましいと言える。
【0026】
本発明における芳香族炭化水素系プロトン伝導性ポリマーは、スルホン酸基含有ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリエーテルケトン系ポリマーなどのポリアリーレンエーテル系化合物、ポリアリーレン系化合物であることがより好ましい。
【0027】
さらに、これらの下記一般式(3)で示される構成成分を含むポリマーが特に好ましい。
【0028】
【化5】

【0029】
ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHおよび/または1価のカチオン種、Zは芳香環をつなぐ結合様式より選択されるが、直接結合、エーテル結合または/およびチオエーテル結合(OまたはS)が好ましい。その中でもエーテル結合が好ましい傾向にある。
【0030】
さらに下記一般式(4)の構成成分を含む方が好ましい。
【0031】
【化6】

【0032】
ただし、Ar’は2価の芳香族基、Zは芳香環をつなぐ結合様式より選択されるが、直接結合、エーテル結合または/およびチオエーテル結合(OまたはS)が好ましい。その中でもエーテル結合が好ましい傾向にある。
【0033】
よって、プロトン伝導性ポリマーとして、一般式(1)とともに一般式(2)で示される構成成分を含むことはより好ましい。
【0034】
【化7】

【0035】
ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【0036】
【化8】

【0037】
ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【0038】
上記一般式(2)で示される構成成分は、下記一般式(5)で示される構成成分であることが好ましい。
【0039】
【化9】

【0040】
ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【0041】
また、上記のスルホン酸基含有ポリアリーレンエーテル系化合物においては上記一般式で示される以外の構造単位が含まれていてもかまわない。このとき、上記一般式で示される以外の構造単位は50重量%以下であることが好ましい。50重量%以下とすることにより、スルホン酸基含有ポリアリーレンエーテル系化合物の特性を活かした組成物とすることができる。
【0042】
本発明のスルホン酸基含有ポリアリーレンエーテル系化合物としては、イオン交換容量が0.3〜3.5meq/gの範囲にあることが好ましい。0.3meq/gよりも少ない場合には、イオン伝導膜として使用したときに十分なイオン伝導性を示さない傾向があり、3.5meq/gよりも大きい場合にはイオン伝導膜を高温高湿条件においた場合に膜膨潤が大きくなりすぎて使用に適さなくなる傾向がある。なお、スルホン酸基含有量はポリマー組成より計算することができる。より好ましくは0.3〜3.0meq/gであり、さらに好ましくは1.0〜3.0meq/gである。
【0043】
本発明で用いることのできる有機溶媒は前記ポリマーを溶解できるものであれば特に限定されないが、溶解性や取扱い性、コストの面などからN−メチル−2−ピロリドン、N、N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、テトラメチルウレア、ジメチルイミダゾリジノン、ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルホスホンアミドなどの有機極性溶媒が望ましい。これらの溶剤は、可能な範囲で複数を混合して使用してもよい。溶液中のポリマー濃度は0.1〜50重量%の範囲であることが好ましい。溶液中のポリマー濃度が0.1重量%未満であると良好な成形物を得るのが困難となる傾向にあり、50重量%を超えると加工性が悪化する傾向にある。また、空孔を形成するために必要な水溶性粒子濃度は、イオン性基含有ポリマー成分に対する重量%が、0.1〜5重量%の範囲であることが好ましい。溶液中の水溶性粒子濃度が0.1重量%未満であると膜中の空孔が形成できなくなり、水分保持性能が低下する傾向にあり、5重量%以上を超えると膜としてのハンドリング性が困難となる傾向にある。より好ましくは、0.1〜3重量%であり、更に好ましくは、0.01〜1重量%である。
【0044】
本発明のイオン性基含有ポリマーのイオン性基としては、スルホン酸基、ホスホン酸基、リン酸基のいずれか1種以上の基を含有することが重要である。ポリマーへのイオン性基の導入は公知の方法を用いることができ、例えばスルホン酸基、ホスホン酸基、リン酸基を有するモノマーからポリマーを重合しても良いし、ポリマーを重合した後、イオン性基を公知の方法で導入しても良い。
【0045】
本発明のイオン性基含有ポリマーの分子量は特に限定されるものではないが、濃度が0.5g/dlのNMP溶液での対数粘度が0.1〜2.0であることが好ましい。0.1よりも小さいと、イオン交換膜として成形したときに、膜が脆くなりやすくなる。対数粘度は0.3以上であることがさらに好ましい。一方、対数粘度が5を越えると、ポリマー溶解が困難になるなど、加工性での問題が出てくるので好ましくない。
【0046】
ポリマーを合成、重合する過程において、塩化ナトリウムや塩化カリウムといった水溶性無機塩が副生成物として生成する。ポリマー中に含まれる水溶性無機塩は膜状に成形した後に膜内部の空孔を生成する要因となることを本発明者らは見出した。膜状に加工する際の水洗処理や燃料電池発電時の生成水により膜内部の水溶性無機塩は抽出、除去されることに伴い塩の存在部位は空孔となる。したがって、ポリマー中の水溶性無機塩は極力排除する必要がある。
【0047】
ポリマー中の水溶性無機塩を除去する手法としては、重合したポリマー溶液を水に接触させることで水溶性無機塩を抽出することが好ましい手法である。水溶性無機塩をフィルター等を用いてろ過する手法もあるが、水溶性無機塩の生成量は多く、また塩の大きさは様々であり小さいものでは0.1μm程度の大きさで存在するため完全に除去することできず好ましくない。
【0048】
重合したポリマー溶液を水に接触させることで水溶性無機塩を抽出する際、重合された水溶性無機塩を含むポリマー溶液をストランド状になるように押し出し、水との接触面積が極力大きくなるようにすると抽出効率が向上でき好ましい。ストランド径が大きくなりすぎると、内部まで十分に水が浸透せず水溶性無機塩が十分に抽出できなくなるので、ストランド径は細くする必要があり、ストランド径は好ましくは10mm以下、さらに好ましくは5mm以下とすることが好ましい。水洗液に導かれたストランド状ポリマーを水洗する際の温度は10〜80℃の範囲が好ましい。水洗の温度が高いほど効率よく水溶性無機塩を抽出できるが、80℃以上では蒸発が積極的に進むので水洗効率は悪くなる。一方、非常に温度が低い場合は抽出効率が極度に低減するために好ましくない。ポリマー中より水溶性無機塩が抽出されることで水洗液中の水溶性無機塩の濃度は上昇する。水洗液中の水溶性無機塩の濃度が高くなりすぎると抽出効率が低減するので、水洗液中の水溶性無機塩の濃度は低い状態で維持しておくことが好ましい。水洗は水洗液中の水溶性無機塩の濃度が100mg/l以下になるまで実施することが好ましい。また、水洗後のポリマー重量に対して0〜0.1重量%の範囲になるまで水溶性無機塩を抽出、除去できるまで水洗を実施する必要がある。ポリマー重量に対して0.1重量%以上の水溶性無機塩が存在すると、空孔の数が多くなるので好ましくない。水洗を実施したストランド状ポリマーは、脱水、乾燥、粉砕を行った後に、ポリマーが溶解可能である有機溶媒に再度溶解することで製膜用のポリマー溶液とする。これら一連の工程は連続的に行うことも、それぞれ断続的に行うことも可能である。
【0049】
本発明のイオン交換膜の望ましい製造方法は、溶液からのキャストである。キャストする方法については、例えば、コンマコーター、リップコーター、ブレードコーター、バーコーター、ロールコーター、ナイフコーター等の公知の手法を用いることができる。支持体としては、ステンレスなどの金属からなるエンドレスベルトやドラム、ポリエチレンテレフタレートなどの樹脂からなるフィルム、ガラスなどを用いることができるがこれらに限定されるものではない。金属からなる支持体の表面に鏡面処理を施したり、樹脂フィルムの表面にコロナ処理等を施すことで、支持体表面が改質されていてもよい。溶液の粘度が高い場合には、基板や溶液を加熱して高温でキャストすると溶液の粘度が低下して容易にキャストすることができる。キャストする際の溶液の厚みは特に制限されないが、10〜1500μmであることが好ましい。薄すぎると膜としての形態を保てなくなり、厚すぎると不均一な膜ができやすい傾向にある。より好ましくは50〜500μmである。溶液の厚みが10μmよりも薄いとイオン交換膜としての形態を保てなくなる傾向にあり、1500μmよりも厚いと不均一なイオン交換膜ができやすくなる傾向にある。溶液のキャスト厚を制御する方法は、公知の方法を用いることができる。例えば、アプリケーター、ドクターブレード等を用いて、一定の厚みにしたり、ガラスシャーレなどを用いてキャスト面積を一定にして溶液の量や濃度で厚みを制御することができる。また、キャストした溶液から成形体を得る方法も公知の方法を用いることができる。例えば加熱、減圧乾燥、ポリマーを溶解する溶媒と混和できるポリマー非溶媒への浸漬などによって、溶媒を除去し、イオン伝導性膜を得ることができる。溶媒の除去は、加熱または減圧乾燥で留去することが膜の均一性からは好ましい。また、ポリマー溶媒の分解や変質を避けるため、減圧下でできるだけ低い温度で乾燥することが好ましい。キャストした溶液は、溶媒の除去速度を調整することでより均一な膜を得ることができる。例えば、加熱する場合には、最初の段階では低温にして蒸発速度を下げたりすることができる。また、水などの非溶媒に浸漬する場合には、溶液を空気中や不活性ガス中に適当な時間放置しておくなどしてポリマーの凝固速度を調整することができる。本発明の膜は、目的に応じて任意の膜厚にすることができるが、イオン伝導性の面からはできるだけ薄いことが好ましい。具体的には、5〜200μmであることが好ましく、5〜50μmであることがさらに好ましい。イオン交換膜の厚みが5μmより薄いとイオン交換膜の取扱いが困難となり燃料電池を作製した場合に短絡等が起こる傾向にあり、200μmよりも厚いとイオン伝導度の電気抵抗値が高くなり燃料電池の発電性能が低下する傾向にある。
【0050】
イオン交換膜として使用する場合、膜中のイオン性基は金属塩になっているものを含んでいても良いが、適当な酸性溶液、例えば、硫酸、塩酸等を用いて、加熱下或いは非加熱下で酸処理することで、フリーの酸性基に変換することもできる。また酸性基に変換する場合、過剰量の酸で処理することが一般的であるので、ポリマーが過剰な酸を含む可能性がある。そのため、酸性基に変換した後、水洗を繰り返すなどして、過剰な酸成分は除去することが望ましい。この際、洗浄に用いる水に塩が含まれていると酸性基が金属塩に再度変換される可能性があるので、少なくとも、イオン交換水のようなイオンを取り除く処理を行った水を使用することが望ましい。また、イオン交換膜のイオン伝導率は、1.0×10-2S/cm以上であることが好ましい。イオン伝導率が1.0×10-2S/cm以上である場合には、そのイオン交換膜を用いた燃料電池において良好な出力が得られる傾向にあり、1.0×10-2S/cm未満である場合には燃料電池の出力低下が起こる傾向にある。
【0051】
また、イオン性基含有ポリマー溶液のキャスト、乾燥、酸処理は、連続的に行うことも、それぞれ断続的に行うことも可能である。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を、実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。なお、各種測定は次のように行った。
【0053】
<イオン交換膜の評価方法>
以下にイオン交換膜の評価方法を示す。なお評価するに際しては、特別な記載がない限り、厚みや重量を正確に測ることを目的とし、室温が20℃で湿度が30±5RH%にコントロールされた測定室内で評価を行った。なお測定に際してサンプルは、24時間以上、測定室内で静置したものを使用した。
【0054】
<ポリマー中の水溶性無機塩量の測定>
ポリマーを酸素フラスコで燃焼後、塩素をイオンクロマト法で定量し、定量されたClが全てKClであるとして、水溶性無機塩の量を算出した。
【0055】
<水洗液の塩化物イオン濃度測定>
水洗液中の塩化物イオンの濃度は、イオンメータ(HORIBA D−53S)を用いて測定した。
【0056】
<イオン交換膜の厚み>
イオン交換膜の厚みは、マイクロメーター(Mitutoyo DIGIMATIC MICROMETER 最小読取値:0.001mm)を用いて測定することにより求めた。測定は10箇所行い、その平均値を厚みとした。
【0057】
<ポリマー対数粘度>
ポリマー粉末を0.5g/dlの濃度でN−メチルー2−ピロリドンに溶解し、30℃の恒温槽中でウベローデ型粘度計を用いて粘度測定を行い、対数粘度ln[ta/tb]/cで評価した(taは試料溶液の落下秒数、tbは溶媒のみの落下秒数、cはポリマー濃度)。
【0058】
<イオン交換容量>
窒素雰囲気下で一晩乾燥した試料の重量を量り、水酸化ナトリウム水溶液と撹拌処理した後、塩酸水溶液による逆滴定でもとめた。
【0059】
<膜断面積当たりの空孔数の評価>
イオン交換膜断面に存在する空孔の数は、次の方法により計測した。まず、観察用試料切片を次のようにして作製した。すなわち、短冊状に切った試料をエポキシモノマー中で45℃、6時間保持した後、さらに60℃、20時間処理することでエポキシを硬化させた(エポキシ包埋)。このようにしてエポキシ包埋された試料は、ミクロトームを用いて切片出しを行った。このようにして切片出しされたイオン交換膜断面に、150オングストロームの白金コートを施し、日立製SEM(S−800)を用いて加速電圧10kV、試料傾斜角度30度で観察を行った。次に、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したイオン交換膜断面の写真上で30μm×30μmに相当する視野を選び、存在する空孔の数を計測した。この操作を一つの銘柄に対して重複しない100試料について行い、その平均を空孔数とした。
【0060】
<メタノール透過性の評価>
イオン交換膜の液体燃料透過性はメタノールの透過係数として、以下の方法で測定した。25℃に調整した5モル/リットルのメタノール水溶液に24時間浸漬したイオン交換膜をH型セルに挟み込み、セルの片側に100mlの5モル/リットルのメタノール水溶液を、他方のセルに100mlの超純水(18MΩ・cm)を注入し、25℃で両側のセルを撹拌しながら、イオン交換膜を通って超純水中に拡散してくるメタノール量をガスクロマトグラフを用いて測定することで算出した(イオン交換膜の面積は、2.0cm2)。なお具体的には、超純水を入れたセルのメタノール濃度変化速度[Ct](μmol/l/s)より以下の式を用いて算出した。
メタノール透過速度[μmol/m2/s]=(Ct[μmol/l/s]× 0.1[l])/2×10-4[m2
メタノール透過係数[μmol/m/s]=メタノール透過速度[μmol/m2/s]×膜厚[m]
【0061】
(実施例1)
3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩724g、2,6−ジクロロベンゾニトリル588g、4,4’−ビフェノール893g、炭酸カリウム762g、N−メチル−2−ピロリドン5509gを入れて、窒素雰囲気下にて150℃で1時間撹拌した後、反応温度を200℃に上昇させて系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続けた(約7時間)。放冷の後、得られたポリマー重合溶液を水中にストランド状に押し出し、温度25℃の水中で水洗液中の塩化物イオン濃度が0.9mg/lになるまで水洗液を交換しながら96時間洗浄した後に乾燥した。得られたポリマーの対数粘度は1.30を示した。ポリマー中の水溶性無機塩量は0.001重量%であった。得られたポリマーを、N−メチルー2−ピロリドンを溶剤として用い、ポリマー濃度が25重量%となるように溶液を調整した。調整した溶液をポリエチレンテレフタレートからなる樹脂フィルムを支持体として、コンマコーターにて厚み280μmになるよう温度25℃で流延し、温度110℃で35分間乾燥した後、支持体より剥離させゲル状膜を得た。その後、イオン性基の金属塩をプロトンに置換するため、室温で2モル硫酸に一昼夜浸漬し、水洗後70℃で10時間乾燥し、イオン交換膜を作製した。
【0062】
(実施例2)
実施例1に記載の方法で得られたポリマー重合溶液を水中にストランド状に押し出し、温度25℃の水中で水洗液中の塩化物イオン濃度が10mg/lになるまで水洗液を交換しながら72時間洗浄した後、乾燥した。得られたポリマー中の水溶性無機塩量は0.062重量%であった。得られたポリマーを実施例1に記載の方法でゲル状膜を得た後に実施例1と同様の方法で酸処理を実施し、イオン交換膜を作製した。
【0063】
(実施例3)
実施例1に記載の方法で得られたポリマー重合溶液を水中にストランド状に押し出し、温度25℃の水中で水洗液中の塩化物イオン濃度が80mg/lになるまで水洗液を交換しながら60時間洗浄した後、乾燥した。得られたポリマー中の水溶性無機塩量は0.062重量%であった。得られたポリマーを実施例1に記載の方法でゲル状膜を得た後に実施例1と同様の方法で酸処理を実施し、イオン交換膜を作製した。
【0064】
(比較例1)
実施例1に記載の方法で得られたポリマー重合溶液を水中にストランド状に押し出し、温度25℃の水中で水洗液中の塩化物イオン濃度が130mg/lになるまで水洗液を交換しながら48時間洗浄した後、乾燥した。得られたポリマー中の水溶性無機塩量は0.124重量%であった。得られたポリマーを実施例1に記載の方法でゲル状膜を得た後に実施例1と同様の方法で酸処理を実施し、イオン交換膜を作製した。
【0065】
(比較例2)
実施例1に記載の方法で反応を続けたポリマー重合溶液を通過粒子径が3μmのフィルターを装着した多段式濾過装置を用いて濾過を行った。濾過後の溶液ではポリマー中の水溶性無機塩量は0.251重量%であった。濾過後の溶液を、実施例1に記載の方法でゲル状膜を得た後に実施例1と同様の方法で酸処理を実施し、イオン交換膜を作製した。
【0066】
実施例1、2、比較例1、2の物性値を表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
実施例1、2、3および比較例1、2より、ポリマー中に残留する水溶性無機塩量を低減することにより膜の断面積当たりの空孔数の少ないイオン交換膜が製造することができ、空孔数の少ないイオン交換膜は燃料透過抑止性に優れるのがわかる。
【0069】
実施例1、2、3および比較例1より、ポリマーの水洗が不十分であると膜の断面積当たりの空孔数の少ないイオン交換膜を製造することができないことがわかる。
【0070】
実施例1、2、3および比較例2より、本発明のポリマー精製方法を用いると、ポリマー中に残留する水溶性無機塩量を低減することが実現でき、膜の断面積当たりの空孔数の少ない、燃料透過抑止性能に優れたイオン交換膜が提供できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明により燃料透過抑止性能に優れたイオン交換膜を提供することができ、そのイオン交換膜を用いることで、発電効率の高い高性能な燃料電池を供給することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換膜であって、膜の断面積当たりの空孔数が0〜5000個/cm2の範囲にあることを特徴とする芳香族炭化水素系イオン交換膜。
【請求項2】
該イオン性基を含有するポリマーの重合工程において副生成物として生成する水溶性無機塩を、ポリマー重合後に水洗することでポリマー重量に対して0〜0.1重量%の範囲になるまで水溶性無機塩が抽出、除去されていることを特徴とする請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項3】
該イオン性基がスルホン酸基であり、イオン交換容量が0.3〜3.5meq/gの範囲にあることを特徴とする請求項1または2に記載の芳香族炭化水素系イオン交換膜。
【請求項4】
イオン性基を含有するポリマーが一般式(1)および一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のイオン交換膜。
【化1】

ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化2】

ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【請求項5】
イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換樹脂であって、イオン性基を含有するポリマーの重合工程において副生成物として生成する水溶性無機塩を、ポリマー重合後に水洗することでポリマー重量に対して0〜0.1重量%の範囲になるまで水溶性無機塩が抽出、除去されていることを特徴とするイオン交換樹脂。
【請求項6】
イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換膜であって、膜の断面積当たりの空孔数が0〜5000個/cm2の範囲にあることを特徴とする芳香族炭化水素系イオン交換膜の製造方法。
【請求項7】
イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換樹脂であって、イオン性基を含有するポリマーの重合工程において副生成物として生成する水溶性無機塩を、ポリマー重合後に水洗することでポリマー重量に対して0〜0.1重量%の範囲になるまで水溶性無機塩が抽出、除去されていることを特徴とするイオン交換樹脂の製造方法。
【請求項8】
イオン性基を含有するポリマーよりなる芳香族炭化水素系イオン交換樹脂から水溶性無機塩を抽出、除去する方法において、重合された水溶性無機塩を含むポリマー溶液をストランド状になるように押し出した後に水に接触させることで水溶性無機塩を抽出、除去することを特徴とするイオン交換樹脂の精製方法。

【公開番号】特開2007−39525(P2007−39525A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−223995(P2005−223995)
【出願日】平成17年8月2日(2005.8.2)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】