説明

イオン伝導性高分子電解質膜およびその製造方法

【課題】高いイオン伝導性で高い吸水性を保持しながら、吸水に対する寸法安定性にも優れたイオン伝導性高分子膜を得ること。
【解決手段】化学的安定性に優れ高いプロトン伝導性を示すイオン交換基含有ポリマーAからなる連続相と、ポリマーAと非相溶であるが同一溶媒に溶解可能な機械的・化学的安定性に優れるイオン交換基非含有ポリマーBとの共連続相、もしくはポリマーB分散相とからなる複合膜であり、ポリマーAが架橋されて相分離が抑制されてなることを特徴とするイオン伝導性高分子膜を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池に好適なイオン伝導性高分子電解質膜とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は排出物が少なく、かつ高エネルギー効率で環境への負担の低い発電装置であるため、近年の地球環境保護への高まりの中で再び脚光を浴びている。従来の大規模発電施設に比べ、比較的小規模の分散型発電施設、自動車や船舶など移動体の発電装置として、将来的にも期待されている発電装置である。また、小型移動機器や携帯機器の電源としても注目されており、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池に替わり、携帯電話やパソコンなどへの搭載が期待されている。
【0003】
その中でも注目されている固体高分子型燃料電池は、一般に膜電極アッセンブリ(MEA)と呼ばれる基本単位から構成され、MEAではイオン伝導性高分子膜(PEM)が陰極と陽極に挟まれており、陽極で形成されるイオンを陰極へ輸送して電極に接続されている外部回路に電流を流す。PEMは適切なイオン伝導性を保有するのみならず、発電装置の運転条件下で要求される機械的、化学的強度を有していなければならない。
このようなPEM材料として超強酸基含有フッ素系高分子が知られているが、これらのPEM材料はフッ素系の高分子であるため非常に高価であると共にガラス転移温度が低いため、装置の操作温度が100℃前後の場合においては、水分保持が十分でないために高いイオン伝導性を活かしきれず、イオン伝導度が急激に低下し電池として作用できなくなるという問題があった。
【0004】
このような欠点を克服するため、非フッ素系芳香族環含有ポリマーにスルホン酸基を導入したPEMが種々検討されている。ポリマー骨格としては耐熱性や化学的安定性を考慮すると、芳香族ポリアリーレンエーテルケトン類や芳香族ポリアリーレンエーテルスルホン類などの芳香族ポリアリーレンエーテル化合物が注目されており、ポリアリーレンエーテルスルホンをスルホン化したもの(例えば、非特許文献1)、ポリエーテルエーテルケトンをスルホン化したもの(例えば、特許文献1)などが報告されている。
しかしながら、これらのポリマーにスルホン酸基を導入したものは、スルホン酸基の導入量増加に伴い膨潤時の寸法変化が大きくなり、燃料電池などの運転条件では膜の破壊が起こりやすくなる欠点がある。この欠点を改善するために高分子鎖間の架橋形成が可能な構成単位を導入して寸法変化を抑制する試みが報告されている(例えば特許文献2〜4)が、架橋だけでは必ずしも膨潤時の寸法変化を十分に抑制されるものではなかった。
またイオン性基非含有ポリマーをブレンドすることで性能を改善する試み(例えば、特許文献5、6)や、イオン伝導性高分子を多孔性不活性膜中に含浸させて複合膜を形成させる試み(例えば、特許文献7)が報告されている。しかしブレンドにより相溶するものは寸法安定性とプロトン伝導性を両立させるには至らず、相分離させたものは層間剥離などによる膜強度の低下が見られた。含浸させたものは、その製造法が簡便でないと言える。また分散体から製造された膜は熱処理の制御が困難であると共に、膜強度が必ずしも十分ではない。
【0005】
【特許文献1】特開平6-93114号公報
【特許文献2】特開2003-217342号公報
【特許文献3】特開2003-217343号公報
【特許文献4】特開2003-292609号公報
【特許文献5】特開2003-502828号公報
【特許文献6】特開2003-109624号公報
【非特許文献1】Journal of membrane science,(オランダ)1993年, 第83巻,p.211-220
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は化学的安定性に優れ、高いプロトン伝導性を示すイオン性基含有ポリマーと、機械的・化学的安定性に優れるイオン性基非含有ポリマーを用いることで、耐熱性、加工性、イオン伝導性に優れると共に、機械的耐久性、化学的耐久性にも優れたイオン伝導性高分子膜を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、遂に本発明を完成するに至った。即ち、本発明は下記の構成からなる。
1.少なくともイオン交換基を有するポリマーAからなる連続相と、ポリマーAと非相溶であるが同一溶媒に溶解可能なイオン交換基を有さないポリマーBとの共連続相、もしくはポリマーBの分散相とを含む膜であり、かつ該膜中のポリマーAが架橋され、架橋後のポリマーAのイオン交換容量が1.0〜4.0meq/gであることを特徴とするイオン伝導性高分子電解質膜。
【0008】
2.イオン伝導性と面積変化率が下記式(1)を、また飽和吸水率と面積変化率が下記式(2)を満たす前記1に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦100 (1)
面積変化率(%)/飽和吸水率(重量%)≦0.5 (2)
3.ポリマーBがポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、エチレン−テトラエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体、ヘキサフルオロプロピレン−フッ化ビニリデン共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−フッ化ビニリデン共重合体からなる群から選ばれる1種以上からなる前記1又は2に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
4.ポリマーAが架橋可能な部位を有するポリアリーレンであり、架橋後のポリマーAのイオン交換容量が1.0〜4.0meq/gである前記1〜3のいずれかに記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【0009】
5.ポリマーAが一般式(1)と共に一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物である前記4に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【化1】

但し、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはH、スルホン酸基、ホスホン酸基またはそれらの塩を示す。
【化2】

但し、Ar' は2価の芳香族基を示す。
【0010】
6.ポリマーAが一般式(3)と共に構造式(4)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物である前記4に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【化3】

但し、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化4】

7.ポリマーAが−SOX基〔Xはハロゲンまたは一価の陽イオン〕を有する前記4〜6のいずれかに記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
8.ポリマーA/ポリマーBの組成比(重量/重量)が30/70〜90/10である前記1〜7のいずれかに記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
9.イオン交換基を含有し架橋可能な反応部位を有するポリマーAと、イオン交換基を有さないポリマーBの均一混合溶液をキャスティングする工程、キャスティングした膜を溶媒含有状態で架橋させる工程、溶媒を除去する工程及び架橋膜中のイオン交換基を酸性水溶液処理することで酸変換する工程とを有することを特徴とする前記1〜8のいずれかに記載のイオン伝導性高分子電解質膜の製造方法。
10.キャスティングする混合溶液のポリマー濃度が5〜30重量%の濃度であり、溶媒を含んだ状態で架橋させる前記9に記載のイオン伝導性高分子膜の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のイオン伝導性高分子電解質膜は、化学的安定性に優れ高いプロトン伝導性を示すイオン交換基含有ポリマーAからなる連続相と、ポリマーAと非相溶であるが同一溶媒に溶解可能な機械的・化学的安定性に優れるイオン交換基非含有ポリマーBとの共連続相、もしくはポリマーB分散相とからなり、かつイオン交換基含有ポリマーAが架橋されており、架橋させない場合には、機械的物性が劣るか、さらには安定して膜の状態を維持できないようなポリマー同士が複合された膜であるため、イオン伝導性が高く、吸水性も高いにもかかわらず、耐熱性、加工性、寸法安定性に優れるという二律背反的特性を保有するため、燃料電池などの高分子電解質膜として好適な膜である。また本発明のイオン伝導性高分子電解質膜はメタノール透過性が低いという特徴もあり、ダイレクトメタノール型燃料電池用の高分子電解質膜としても有用である。
また、本発明の膜の製造方法によれば、イオン伝導性高分子を多孔性不活性膜中に含浸させて製造する複合膜のように多孔質膜を予め製造する必要がなく、一連の連続した製膜工程で複合膜の製造が可能であり、製造が容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
まず、本発明におけるイオン伝導性ポリマーについて説明する。本発明のイオン伝導性高分子電解質膜は、イオン交換基を有するポリマーAとイオン交換基を有しないポリマーBから構成されている。ポリマーAはイオン交換基と共に架橋可能な反応部位を有しており、製膜可能なポリマーであることが必要である。
【0013】
本発明におけるイオン伝導性ポリマーのイオン性基は、負電荷を有する原子団であれば特に限定されるものではないが、プロトン交換能を有するものが好ましい。このような官能基としては、スルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基、カルボン酸基が好ましく用いられる。ここで、スルホン酸基とは−SO(OH)、スルホンイミド基とは−SONHSOR(ただし、Rは有機基を意味する。)、硫酸基とは−OSO(OH)、ホスホン酸基とは−PO(OH)、リン酸基とは−OPO(OH)、カルボン酸基とは−CO(OH)、およびこれらの塩のことを意味する。これらのイオン性基は前記高分子固体電解質中に2種類以上含むことができ、組み合わせることにより好ましくなる場合がある。組み合わせはポリマーの構造などにより適宜決められる。中でも、高プロトン伝導度の点から少なくともスルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基を有することがより好ましく、耐加水分解性の点から少なくともスルホン酸基を有することが最も好ましい。イオン交換基の例として、スルホン酸基、ホスホン酸基、スルホンイミド基などのプロトン酸基を挙げることができる。中でもスルホン酸基が好ましい。
【0014】
本発明におけるポリマーAとしては、十分な機械強度と高イオン性基密度のポリマーを 容易に合成できる点から、ポリマー骨格としては、ポリフェニレンオキシド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミダゾール、ポリオキサゾール、ポリフェニレン、ポリスチレン及びこれらの骨格成分が共重合された構造のものを挙げることができる。
【0015】
これらのポリマーの中で、ポリマーAが一般式(1)と共に一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることが好ましい。
【化5】

但し、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはH、スルホン酸基、ホスホン酸基またはそれらの塩を示す。
【化6】


但し、Ar' は2価の芳香族基を示す。
さらに、ポリマーAが一般式(3)と共に構造式(4)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物であることが好ましい。
【0016】
【化7】

但し、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化8】

【0017】
これらのポリマーの分子量については、常温で固体であれば特に限定されないが、膜強度および溶剤への溶解性の観点から重量平均分子量が1000以上、1×107 以下が好ましい。
【0018】
本発明に使用されるイオン性基を有するポリマーAにおける架橋後のイオン交換容量(IEC)は、1.0〜4.0meq/gであり、好ましくは1.0〜3.0meq/gである。1.0meq/g未満であるとプロトン伝導性が低くなる傾向があり、4.0meq/gを超えると膜の機械的強度が弱くなる傾向にある。
【0019】
また、本発明におけるポリマーAは、架橋可能な反応部位を有し、後で述べるポリマーBとブレンドされた後、架橋可能な反応部位を介して架橋させられることが必要である。
本発明におけるポリマーAの架橋可能な反応部位としては、ポリマーAの主鎖、側鎖、末端基などにおいて、紫外線、赤外線、放射線、電子線などのエネルギー線の照射によって架橋する部位、部位同士の反応によって架橋する部位、架橋剤と反応して架橋する部位などを意味するが、これらの部位は、ポリマーAの重合時にこれらの部位を有するモノマーを予め共重合する方法、ポリマーAの重合後に導入する方法のいずれであってもよい。
【0020】
エネルギー線の照射によって架橋する部位の例としては、ベンゾフェノン基、α−ジケトン基、アシロイン基、アシロインエーテル基、ベンジルアルキルケタール基、アセトフェノン基、多核キノン類、チオキサントン基、アシルフォスフィン基、エチレン性不飽和基などを挙げることができる。中でもベンゾフェノン基などの光によりラジカルを発生することのできる基と、メチル基やエチル基などの炭化水素基を有する芳香族基などの、ラジカルと反応することのできる基との組み合わせが好ましく、例として下記式(イ)、(ロ)のような基を挙げることができる。
【0021】
【化9】

(式中、Rは炭素数1〜10の脂肪族炭化水素基を、nは1〜4の整数を表す。)
【0022】
また、架橋剤と反応する部位としては、架橋剤の反応性基と反応できる部位であれば主鎖、側鎖、末端など限定されず、反応によりポリマー鎖間に新たな結合を形成しうるものであれば良い。
例えば、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、カルボン酸基、酸無水物基、ハロゲン基やスルホン酸基及びそれらの塩基、スルフィン酸基及びそれらの塩基、変性スルホン酸基などのイオン性基などが挙げられるがこれらに限定されない。
これらの中で、スルホン酸基は、イオン伝導性であるとともに、架橋剤の反応性基とすることができる点で好ましい。
例えば、スルホン酸基に塩化チオニルなどのハロゲン化チオニルを作用させ、その後、NaSO水溶液などで処理を行うと、比較的容易に−SOX基〔Xはハロゲンまたは一価の陽イオン〕に変性することができ、さらに、−SOX基は、1,8-ジヨードオクタンのような有機ジハロゲン化化合物を架橋剤として架橋させることができる。
【0023】
これらの基のポリマー中の含有量は、0.01〜5mmol/gが好ましく、より好ましくは、0.1〜2.5mmol/gである。0.01mmol/g未満であると架橋が不十分で相分離を十分に抑制できない傾向にあり、5mmol/gを越えると、得られた膜が硬く脆くなる傾向にあり、加工性や耐久性に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0024】
本発明で使用されるポリマーBとしては、ポリマーAと非相溶であるが同一溶媒に溶解可能であれば特に限定されないが、具体例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブタジエン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリメチルメタクリレート、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミド、ポリフッ化ビニリデン、ポリ六フッ化プロピレン、ポリ四フッ化エチレン、ポリ塩化ビニリデン、ポリ塩化ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアミドおよびポリエーテルケトンなどが挙げられ、ポリマーAは単独でも2種以上の混合でも、共重合体でもよい。
【0025】
これらのポリマーの分子量については、常温で固体であれば特に限定されないが、膜強度および溶剤への溶解性の観点から重量平均分子量が1000以上、1×107 以下が好ましい。
【0026】
本発明のイオン伝導性高分子膜は、イオン交換基を有するポリマーAからなる連続相と、ポリマーAと非相溶であるが同一溶媒に溶解可能なイオン交換基を有さないポリマーBとの共連続相、もしくはポリマーB分散相とからなる複合膜であり、相分離抑制のためポリマーAが架橋されていることが必要である。ポリマーAが架橋されているため、ポリマーAとポリマーBとの相分離が抑制されて、膜構造の維持が可能であるが、ポリマーAが架橋されていない場合には、使用中に膜が崩壊に至ることになる。
【0027】
イオン交換基を有するポリマーAからなる連続相と、ポリマーAと非相溶であるが同一溶媒に溶解可能なイオン交換基を有さないポリマーBとの共連続相、もしくはポリマーB分散相を膜中に形成させる方法としては、ポリマーAとポリマーBとの双方が溶解する溶媒に溶解させる溶液ブレンド法が好ましい。
ブレンドに用いる溶媒は、ポリマーAとポリマーBとの双方が溶解する溶媒であれば特に限定されないが、溶解性や取り扱い性、コストの面などからN−メチル−2−ピロリドン、N、N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、テトラメチルウレア、ジメチルイミダゾリジノン、ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルホスホンアミドなどの有機極性溶媒が望ましく、また、これらの混合物であってもよい。溶解温度には特に限定はなく、室温下であっても、加熱下であってもよい。
ポリマーAとポリマーBの両者の溶解後のポリマー濃度は5〜30重量%である事が好ましい。ポリマー濃度が30重量%を超えると、溶液粘度が高すぎるため製膜が困難となり、また、5重量%未満であっても溶液粘度が低すぎるために製膜が困難となる。
【0028】
ポリマーA/ポリマーBの組成比(重量/重量)は、30/70〜90/10であることが好ましい。ポリマーAの割合が少なすぎるとプロトン伝導性が悪くなる傾向にあり、多すぎるとブレンドの効果が期待できなくなる。
【0029】
ポリマーAとポリマーBとの相分離を抑制するためには、ポリマーAを架橋させることが必要である。ポリマーAを架橋させる方法としては、相分離を抑制することができれば特に限定されないが、ポリマーAが有する前記の架橋可能な反応部位を利用して、架橋剤の使用、紫外線や電子線などによるエネルギー線照射などによって架橋させることが好ましい。
架橋部位の量は、架橋反応後にポリマーAがN−メチルピロリドンやN,N−ジメチルホルムアミドなどの有機溶媒に再溶解しない量が導入されていれば、特に制限されない。
本発明のポリマーAが架橋されたイオン伝導性高分子膜は、膜中において、ポリマーAからなる連続相と、ポリマーBとの共連続相、もしくはポリマーB分散相とからなるが、ポリマーBが分散層を形成している場合は、膜断面の電子顕微鏡によるモルフォロジー観察において、島成分であるポリマーBのアスペクト比が2〜100の範囲にあり、そのサイズが5μm以下であることが好ましい。
【0030】
本発明のポリマーAが架橋されたイオン伝導性高分子膜は、イオン伝導性と面積変化率が下記式(1)を、また吸水率と面積変化率が下記式(2)を満たすことが好ましい。
面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦100 (1)
面積変化率(%)/吸水率(重量%)≦0.5 (2)
さらには、面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦50、及び
面積変化率(%)/吸水率(重量%)≦0.2を満足することが好ましい。
すなわち、本発明のイオン伝導性高分子膜は、イオン交換基を有するポリマーAのイオン伝導性及び吸水性が高いにもかかわらず、膜の寸法安定性が従来になく優れる特性が認められることが特徴である。
【0031】
本発明のポリマーAが架橋されたイオン伝導性高分子膜は、以下の主要工程を経て製造することができる。
すなわち、イオン交換基を含有し架橋可能な反応部位を有するポリマーAと、イオン交換基を有さないポリマーBの均一混合溶液をキャスティングする工程、キャスティングした膜を溶媒含有状態で架橋させる工程、溶媒を除去する工程及び架橋膜中のイオン交換基を酸性水溶液処理することで酸変換する工程を経て製造することができる。
【0032】
溶媒含有状態で架橋させる工程では、架橋中に少なくとも5〜30重量%の溶媒を含んでいる事が好ましい。また、使用する溶媒の沸点等を考慮し、架橋中に加熱する事もできる。さらに、架橋時間は、1〜300分間の範囲で行う事が好ましい。
【0033】
溶媒の除去法は、乾燥によることがイオン伝導性膜の均一性からは好ましい。また、化合物や溶媒の分解や変質を避けるため、減圧下で乾燥することもできる。
本発明のイオン伝導性膜は目的に応じて任意の膜厚にすることができるが、イオン伝導性の面からはできるだけ薄いことが望ましい。具体的には5〜250μmであることが好ましく、5〜100μmであることがさらに好ましい。イオン伝導性膜の厚みが5μmより薄いとイオン伝導性膜の取り扱いが困難となり燃料電池を作成した場合に短絡等が起こる傾向にあり、250μmよりも厚いとイオン伝導性膜の電気抵抗値が高くなり燃料電池の発電性能が低下する傾向にある。
【実施例】
【0034】
以下に実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はもとより下記の実施例によって制限を受けるものではなく、前後記の主旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術範囲に含まれる。
【0035】
各種測定は以下の通りに実施した。
1.還元粘度
80℃で一晩減圧乾燥させたポリマー粉末を0.5g/dlの濃度でN−メチルピロリドン(NMP)に溶解し、25℃の高温槽中でウベローデ粘度計を用いて粘度測定を行い、還元粘度ηsp/c=〔(t−t0)/t0〕/cを評価した。〔t0:溶媒のみの滴下時間(s)、t:試料溶液の滴下時間(s)、c:試料溶液の濃度(g/dl)〕
【0036】
2.イオン交換容量
80℃で一晩減圧乾燥させたポリマーを50mg秤量し、0.01M-NaOH水溶液60ml中で1時間攪拌した。その後、溶液を50ml取り出し、自動滴定装置(HIRANUMA TITSTATION TS-980)を用いて0.02M−HCl水溶液で滴定した。イオン交換容量(IEC)は下式より計算した。
IEC=〔ブランク平均滴下量(ml)−サンプル滴下量(ml) 〕×1.2×(2/100)/サンプル重量(g)
【0037】
3.イオン伝導性
測定用プローブ(PTFE製)上で幅1cmの短冊状膜サンプルの表面に白金線(直径:0.2mm)を押しあて、80℃、相対湿度95%の恒温恒湿槽中にサンプルを保持し、白金線間の10kHzにおける交流インピーダンスをSOLARTRON社1250FREQUENCY RESPONSE ANALYSERにより測定した。極間距離を1cmから4cmまで1cm間隔で変化させて測定し、極間距離と抵抗測定値をプロットした直線の勾配Dr(Ω/cm)から下式により膜と白金線間の接触抵抗をキャンセルして算出した。
σ(S/cm)=1/〔膜幅(cm)×膜厚(cm)×Dr(Ω/cm)〕
【0038】
4.飽和吸水率
5cm四方のサンプルを80℃で一晩真空乾燥させた後、乾燥重量を測定した。乾燥サンプルを80℃の水中に1日以上保持して飽和吸水後重量(測定開始後重量変化が無くなった時点での重量)を求めて下式よりサンプルの吸水率(%)を算出した。
飽和吸水率(%)=〔(飽和吸水後重量/乾燥重量)−1〕×100
【0039】
5.面積変化率
5cm四方のサンプルを80℃で一晩真空乾燥させた後、乾燥後面積を測定した。乾燥サンプルを80℃の水中に1日以上保持して飽和吸水後面積(測定開始後面積変化が無くなった時点での面積)を求めて下式よりサンプルの面積変化率(%)を算出した。
面積変化率(%)=〔(飽和吸水後面積/乾燥後面積)−1〕×100
【0040】
(ポリマーA1の合成)
3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S−DCDPS)15.0g〔0.03026mol〕、2,6−ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)2.81g〔0.01629mol〕、4,4’−ビフェノール8.6747g〔0.04655mol〕、炭酸カリウム7.0775gを200ml四つ口フラスコに秤量し、窒素を流した。89.1mlのNMPを加えて、150℃で1時間攪拌した後、反応温度を195−200℃に昇温して系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続けた(約6時間)。その後、放冷して水中にストランド状に沈殿させた。得られたポリマーは水中で洗浄した後、乾燥した。ポリマーの還元粘度は1.93(dl/g)、IECは2.3(meq/g)であった。続いて得られたポリマー15gと塩化チオニル200ml、DMF10mlを300ml四ッ口フラスコに計り取り、窒素を流した。70℃で約3時間反応後、90℃で塩化チオニルを留去した。その後THF150mlに溶解させ、2-プロパノールに再沈殿させる作業を繰り返すことで塩化チオニルを除去した。得られた生成物18gを2L三角フラスコに秤量し、1Lの2M−NaSOを加え、70℃で24時間反応させた。生成物をろ過し、得られたろ物を10%LiCl水溶液中に入れて室温で24時間攪拌して塩交換することでポリマーA1を合成した。このポリマーA1は、H NMR分析の結果、全てのスルホン酸基の内、73%がSOLiに変換されていた。
【0041】
(ポリマーA2の合成)
デカフルオロビフェニル6.017g〔0.018mol〕、4、4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフェノール(略号:6F−BPA)5.378g〔0.016mol〕、炭酸カリウム6.62g〔0.048mol〕を200ml四つ口フラスコに秤量し、窒素を流した。80mlのDMAcを加えて2時間で120℃まで昇温させた後、4時間保持した。その後、放冷して水中にストランド状に沈殿させた。得られたオリゴマーは水中で洗浄した後、80℃で減圧乾燥することでオリゴマーA2を得た。続いてS−DCDPS4.412g〔0.0089mol〕、4,4’−ビフェノール1.862g〔0.01mol〕、炭酸カリウム2.75gを500ml四ッ口フラスコに秤量し、窒素を流した。35mlのNMPを加えて150℃で4時間反応させた後、180℃で18時間、195℃で4時間反応させた。この反応溶液を90℃まで冷却した後、オリゴマーA2の6.021gをNMPに10重量%で溶解させた溶液を数回に分けて加え、その後110℃で24時間反応させた。反応中に粘度が高くなったら適宜NMPを追加した。得られたポリマー溶液を放冷して水中にストランド状に沈殿させた。得られたポリマーは水中で洗浄した後、80℃で減圧乾燥した。ポリマーの還元粘度は1.51(dl/g)、IECは1.5(meq/g)であった。
続いて得られたポリマー10gと塩化チオニル150ml、DMF5mlを300ml四ッ口フラスコに計り取り、窒素を流した。70℃で約3時間反応後、90℃で塩化チオニルを留去した。その後THF150mlに溶解させ、2-プロパノールに再沈殿させる作業を繰り返すことで塩化チオニルを除去した。得られた生成物10gを1L三角フラスコに秤量し、600mlの2M-NaSOを加え、70℃で24時間反応させた。生成物をろ過し、得られたろ物を10%LiCl水溶液中に入れて室温で24時間攪拌して塩交換することでポリマーA2を合成した。このポリマーA1は、H NMR分析の結果、全てのスルホン酸基の内、53%がSOLiに変換されていた。
【0042】
(ポリマーA3の合成)
S−DCDPS 17.1414g〔0.03489mol〕、DCBN 4.0013g〔0.02326mol〕、4,4’-ビフェノール10.8292g〔0.05816mol〕、4,4’-ジフルオロベンゾフェノン 1.4101g〔0.00546mol〕、ビス(4-ヒドロキシ-2,5-ジメチルフェニル)メタン、炭酸カリウム10.2711gを200ml四つ口フラスコに秤量し、窒素を流した。103mlのNMPを加えて、150℃で1時間攪拌した後、反応温度を195−200℃に昇温して系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続けた(約6時間)。その後、放冷して水中にストランド状に沈殿させた。得られたポリマーは水中で洗浄した後、乾燥した。ポリマーの還元粘度は0.79(dl/g)、IECは2.21(meq/g)であった。
【0043】
(実施例1)
ポリマーA1のNMP溶液12g(10重量%)とPVDF(Mw=180,000)のNMP溶液8g(10重量%)を混合し、均一なNMP溶液とした。そこに架橋剤として1,8-ジヨードオクタン(純度=85%)42.1μl(0.180mmol)を加えて5分間攪拌した後、ガラス板に約400μm厚にキャストし、25℃で3時間保持してポリマーA1を架橋させた後、120℃で3時間減圧乾燥した。得られたフイルムは2M-NaOH水溶液中、80℃で12時間処理、2M−HSO水溶液中、80℃で12時間処理した後、純水で洗浄することで複合膜を得た。得られた複合膜1のIEC、イオン伝導性、吸水率、面積変化率などの特性を表1にまとめた。なお、膜断面のTEM(透過型電子顕微鏡)観察写真を図1に示した。
【0044】
(実施例2)
ポリマーA1/PVDFの割合を5/5(重量%)に変化させ、1,8-ジヨードオクタン(純度=85%)の添加量を35.1μl(0.150mmol)にした以外は実施例1と同様の手法で実施した。得られた膜特性を表1にまとめた。
(実施例3)
ポリマーA1/PVDFの割合を4/6(重量%)に変化させ、1,8-ジヨードオクタン(純度=85%)の添加量を28.1μl(0.120mmol)にした以外は実施例1と同様の手法で実施した。得られた膜特性を表1にまとめた。
(実施例4)
ポリマーA1をポリマーA2に変更した以外は実施例1と同様の手法で実施した。得られた膜特性を表1にまとめた。
【0045】
(実施例5)
ポリマーA3のNMP溶液12g(10重量%)とPVDF(Mw=180,000)のNMP溶液8g(10重量%)を混合し、均一なNMP溶液とした。その溶液をガラス板に約400μm厚にキャストし、紫外線照射装置(ORC3000)を用いて1時間照射した後、120℃で3時間減圧乾燥した。得られたフイルムを2M−HSO水溶液中、室温で12時間処理した後、純水で洗浄することで複合膜を得た。得られた複合膜のIEC、イオン伝導性、吸水率、面積変化率などの特性を表1にまとめた。
【0046】
(比較例1)
架橋剤を添加しなかった以外は実施例1と同様の手法で実施した。得られた膜特性を表1にまとめたが、吸水率、面積変化率は浸漬中に膜が崩壊したため測定できなかった。なお、膜断面のTEM観察写真を図2に示した。
(比較例2)
PVDF、架橋剤を加えず、ポリマーAの単独膜を実施例1と同様の手法により調製し、得られた膜のIEC、イオン伝導性、吸水率、面積変化率などの特性を表1にまとめた。
(比較例3)
ナフィオン(Nafion)(登録商標;デュポン社)112を用いた単独膜において実施例1と同様の評価を実施し、その特性を表1にまとめた。
【0047】
【表1】

以上の結果から、本発明の複合膜は、イオン伝導性が高く、吸水性が高いにもかかわらず、吸水に対する寸法安定性が優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明のイオン伝導性高分子電解質膜は、イオン伝導性だけでなく耐熱性、加工性、寸法安定性に優れた燃料電池などの高分子電解質膜として際立った性能を示す材料であり、また、メタノール透過性が低いという特徴もあり、ダイレクトメタノール型燃料電池用の高分子電解質膜としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施例1で得られたイオン伝導性高分子膜の断面のTEM観察写真である。
【図2】比較例1で得られたイオン伝導性高分子膜の断面のTEM観察写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともイオン交換基を有するポリマーAからなる連続相と、ポリマーAと非相溶であるが同一溶媒に溶解可能なイオン交換基を有さないポリマーBとの共連続相、もしくはポリマーBの分散相とを含む膜であり、かつ該膜中のポリマーAが架橋され、架橋後のポリマーAのイオン交換容量が1.0〜4.0meq/gであることを特徴とするイオン伝導性高分子電解質膜。
【請求項2】
膜のイオン伝導性と面積変化率が下記式(1)を、また膜の飽和吸水率と面積変化率が下記式(2)を満たす請求項1に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
面積変化率(%)/イオン伝導性(S/cm)≦100 (1)
面積変化率(%)/飽和吸水率(重量%)≦0.5 (2)
【請求項3】
ポリマーBがポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、エチレン−テトラエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体、ヘキサフルオロプロピレン−フッ化ビニリデン共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−フッ化ビニリデン共重合体からなる群から選ばれる1種以上からなる請求項1又は2に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【請求項4】
ポリマーAが架橋可能な反応部位を有するポリアリーレンであり、架橋後のポリマーAのイオン交換容量が1.0〜4.0meq/gである請求項1〜3のいずれかに記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【請求項5】
ポリマーAが一般式(1)と共に一般式(2)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物である請求項4に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【化1】

但し、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン基またはケトン基、XはH、スルホン酸基、ホスホン酸基またはそれらの塩を示す。
【化2】

但しAr' は2価の芳香族基を示す。
【請求項6】
ポリマーAが一般式(3)と共に構造式(4)で示される構成成分を含むポリアリーレンエーテル系化合物である請求項4に記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【化3】

但し、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化4】

【請求項7】
ポリマーAが−SOX基〔Xはハロゲンまたは一価の陽イオン〕を有する請求項4〜6のいずれかに記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【請求項8】
ポリマーA/ポリマーBの組成比(重量/重量)が30/70〜90/10である請求項1〜7のいずれかに記載のイオン伝導性高分子電解質膜。
【請求項9】
イオン交換基を含有し架橋可能な反応部位を有するポリマーAと、イオン交換基を有さないポリマーBの均一混合溶液をキャスティングする工程、キャスティングした膜を溶媒含有状態で架橋させる工程、溶媒を除去する工程及び架橋膜中のイオン交換基を酸性水溶液処理することで酸変換する工程とを有することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のイオン伝導性高分子膜の製造方法。
【請求項10】
キャスティングする混合溶液のポリマー濃度が5〜30重量%の濃度であり、溶媒を含んだ状態で架橋させる請求項9に記載のイオン伝導性高分子電解質膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−217950(P2009−217950A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−57385(P2008−57385)
【出願日】平成20年3月7日(2008.3.7)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】