説明

イオン源およびイオンビーム装置

【課題】フィラメントの寿命が長く、メンテナンスに要する時間の短い、ランニングコストを低減できるイオン源を提供すること。
【解決手段】直流電源14によってフィラメント15のマイナス側接続部16およびプラス側接続部17間で電位差が生じ、イオン源10で発生したイオンの極性がアルゴンのようにプラスの場合、フィラメント15への衝突頻度が、マイナス側接続部16付近で高くなるが、マイナス側接続部16付近に保護部150が設けられているので、フィラメント15へのイオンの衝突による損傷を防ぐことができる。したがって、フィラメント15の断線までの時間を長くでき、メンテナンスの回数を少なくでき、ランニングコストを低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンミリング装置、イオンビームスパッタ装置等のイオンビーム装置およびイオン源に関し、特にイオン源に用いられるフィラメントに関する。
【背景技術】
【0002】
イオンビーム装置は、イオンを発生するためのイオン源を備えている。イオン源には、熱電子を発生するフィラメントが用いられる。フィラメントには、直流電圧が印加される。発生した熱電子は、イオン源に導入されたガスに衝突し電子を剥ぎ取り、ガスをイオン化する(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2001−312992号公報(2項、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
フィラメントに直流電圧が印加されると、フィラメントに電位差が生じる。熱電子は、電位の低い場所から多く発生する。イオン源を使用し続けると、発生するイオンの極性によって、電位差の生じたフィラメントの一方の接続部付近にイオンが衝突し、フィラメントの一部がスパッタされ断線する。断線までの使用時間は数十時間であり、フィラメント交換を頻繁にしなければならない。また、フィラメント交換時には、イオン源の清掃等も必要となる。したがって、メンテナンスに時間がかかり、ランニングコストが高くなっている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0006】
[適用例1]
直流電源と、フィラメントと、前記直流電源と前記フィラメントとを接続する接続部と、前記フィラメントの前記接続部付近に設けられた保護部と、ガスの導入口とを備えたことを特徴とするイオン源。
【0007】
この適用例によれば、イオンのフィラメントへの衝突頻度は、導入口より導入されたガスのイオン化の極性によって一方の極性の接続部付近で高くなるが、接続部付近に保護部が設けられているので、スパッタによる断線までの時間が長くなる。したがって、メンテナンスの回数が少なくなり、ランニングコストが低減する。
なお、フィラメントの接続部付近とは、接続部からフィラメントの全長の1/4の長さまでの範囲をいう。
【0008】
[適用例2]
上記イオン源であって、前記ガスがプラスにイオン化され、前記保護部は、マイナス側接続部付近に設けられていることを特徴とするイオン源。
この適用例では、プラスイオンにイオン化されたガスは、マイナス側接続部付近に衝突し、スパッタが起こるが、マイナス側接続部付近に保護部が設けられているので、スパッタによる断線までの時間が保護部によって長くなる。したがって、メンテナンスの回数が少なくなり、ランニングコストが低減する。
【0009】
[適用例3]
上記イオン源であって、前記ガスはアルゴンであることを特徴とするイオン源。
この適用例では、スパッタに用いられる不活性なアルゴンガスはプラスイオンにイオン化する。したがって、メンテナンスの回数がより少なくなり、ランニングコストがより低減する。
【0010】
[適用例4]
上記イオン源であって、前記保護部は、前記フィラメントの一部を前記フィラメントの他の部分よりも太くすることによって形成されていることを特徴とするイオン源。
この適用例では、保護部がフィラメントと一体で他の部分と比較して太く形成されているので、イオンの衝突による保護部での断線までの時間が長くなる。また、保護部がフィラメントと同じ材質で形成されているので、イオンの衝突以外での熱膨張差等による損傷が低減する。したがって、メンテナンスの回数が少なくなり、ランニングコストが低減する。
【0011】
[適用例5]
上記イオン源であって、前記保護部は、前記フィラメントとは別体で設けられていることを特徴とするイオン源。
この適用例では、フィラメントの一部を太く加工する必要がなく、保護部が別体で簡便に設けられる。保護部がイオンによってスパッタされている間、フィラメントはスパッタされず、フィラメントの断線までの時間が長くなる。したがって、メンテナンスの回数が少なくなり、ランニングコストが低減する。
【0012】
[適用例6]
上記イオン源であって、前記接続部が、冷却されていることを特徴とするイオン源。
この適用例では、接続部が冷却されていると、接続部付近でフィラメントに温度勾配が生じ、イオンの衝突によるスパッタと相まって、より断線しやすい。しかし、保護部により前述の効果がより得られる。
【0013】
[適用例7]
上記イオン源を備えたことを特徴とするイオンビーム装置。
【0014】
この適用例によれば、前述の効果を有するイオンビーム装置が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、実施形態を図面に基づいて詳しく説明する。
(第1実施形態)
図1は、本実施形態におけるイオン源10を備えたイオンミリング装置100の概略断面図を示した。なお、イオン源10は、イオンミリング装置100以外のイオンビーム装置にも取付けることが可能である。
【0016】
イオンミリング装置100は、イオン源10と処理室110とを備えている。
処理室110では、イオン源10で発生し、加速したイオンを中性化して、被処理物120の表面に衝突させ、表面原子を削る。
処理室110は、真空チャンバであり、被処理物120を保持するためのホルダ130、イオン源10から加速されてきたイオンを中性化する電極140を備えている。
電極140の形状は特にこだわらないが、イオンが通り抜けやすいように網状の電極が好ましい。イオンの中性化は、イオンの衝突によって被処理物120が帯電し、処理効率が低下するのを防ぐために行う。
【0017】
図2は、本実施形態におけるイオン源10の概略図である。(a)は、概略断面図であり、(b)は概略底面図である。
図1、図2(a)および(b)において、イオン源10は、開口部11を有するチャンバ12を備えている。チャンバ12は円筒形をしている。
イオン源10の開口部11は、処理室110に設けられた開口部111と合わせて通じるように配置され、処理室110に取付けられている。
なお、チャンバ12は、処理室110と予め一体に形成され、イオン源10がイオンミリング装置100の一部であってもよい。
【0018】
イオン源10は、ガス導入管13、直流電源14、熱電子を発生させるためのフィラメント15、直流電源14とフィラメント15とを接続するための接続部としてのマイナス側接続部16およびプラス側接続部17を備えている。また、マイナス側接続部16およびプラス側接続部17を冷却するための冷却配管18、イオン化により生じたプラズマを閉じ込めるための磁石19、発生したイオンを加速するための電極板20を備えている。
【0019】
ガス導入管13は、円筒形のチャンバ12の底面の中央に取付けられている。ガスは、ガス導入管13を流れ、ガス導入口131からチャンバ12に導入される。例えば、導入するガスとしては、スパッタ用として不活性ガスであるアルゴン等を用いることができる。
直流電源14とフィラメント15とは、マイナス側接続部16およびプラス側接続部17を介して接続されている。フィラメント15のマイナス側接続部16付近には保護部150が形成されている。
【0020】
マイナス側接続部16およびプラス側接続部17は、ガス導入管13を挟んで対向してチャンバ12の底面に設けられている。また、マイナス側接続部16およびプラス側接続部17には、それぞれ冷却配管18が取付けられている。冷却は、冷却配管18に冷媒を流すことによって行うことができる。例えば、冷媒として水を用いることができる。
【0021】
ガス導入管13からガスを供給し、フィラメント15に電圧を印加すると、放出された熱電子がガスをイオン化する。イオン化したガスは、電極板20に引かれ、図2(a)中の矢印で示した方向に加速される。
【0022】
図3に本実施形態におけるフィラメント15と接続部付近の拡大概略断面図を示した。 図3において、フィラメント15は、マイナス側接続部16およびプラス側接続部17に止めネジ160によって止められている。
フィラメント15のマイナス側接続部16付近には、保護部150が形成されている。保護部150は、フィラメント15の上記付近以外の領域となる通常部分151と比較して太く形成されている。
保護部150の形成位置は、マイナス側接続部16からフィラメント15の全長の1/4の長さの範囲内であるのが好ましく、マイナス側接続部16から保護部150の中心までの距離Lが1cmのところに形成するのがより好ましい。
保護部150の太さ、長さは、フィラメント15全体の抵抗値が極端に小さくならない程度の太さ、長さにする。
【0023】
フィラメント15の材質としては、例えば、タングステン、レニウム、イリジウム等が用いられる。
フィラメント15の作り方としては、例えば、タングステンの粉を保護部が形成されるような型に入れ、力を加え押し込む。この状態で加熱することによりタングステンの粉が融着し、フィラメント15の形状を得ることができる。
【0024】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
(1)直流電源14によってフィラメント15のマイナス側接続部16およびプラス側接続部17間で電位差が生じ、イオン源10で発生したイオンの極性がアルゴンのようにプラスの場合、フィラメント15への衝突頻度が、マイナス側接続部16付近で高くなるが、マイナス側接続部16付近に保護部150が設けられているので、フィラメント15へのイオンの衝突による損傷を防ぐことができる。したがって、フィラメント15の断線までの時間を長くでき、メンテナンスの回数を少なくでき、ランニングコストを低減できる。
【0025】
(2)保護部150がフィラメント15と一体で太く形成されているので、イオンの衝突による保護部150での断線までの時間を長くできる。また、保護部150がフィラメント15と同じ材質で形成されているので、イオンの衝突以外の熱膨張差等による損傷を低減できる。したがって、メンテナンスの回数を少なくでき、ランニングコストを低減できる。
【0026】
(3)マイナス側接続部16およびプラス側接続部17が冷却されていると、マイナス側接続部16およびプラス側接続部17付近でフィラメント15に温度勾配が生じ、イオンの衝突による損傷と相まって、より断線しやすい。しかし、保護部150により前述の効果をより得ることができる。
【0027】
(4)前述の効果を有するイオンミリング装置100を得ることができる。
【0028】
(変形例1)
図4には、本変形例におけるマイナス側接続部16およびプラス側接続部17付近に保護部150が形成されたフィラメント15を取付けた拡大概略断面図を示した。
変形例では、プラス側接続部17付近にも保護部150が形成されている。その他の構成は、第1実施形態と同様である。
【0029】
このような変形例によれば、以下の効果がある。
(5)マイナス側接続部16付近の保護部150が断線する前に、直流電源14の極性を変えて、プラス側接続部17をマイナス側接続部として用いると、新たなマイナス側にも保護部150が存在することになり、フィラメント15の寿命をより伸ばすことができる。
また、マイナスイオンとなるガスの場合、マイナスイオンの衝突によるフィラメント15の損傷を防ぐことができる。
【0030】
(第2実施形態)
図5に、本実施形態におけるフィラメント15と接続部付近の拡大概略断面図を示した。
第1実施形態と異なるのは、フィラメント15に形成された保護部150の代わりに別体として保護部152が設けられた点であり、その他の構成は、第1実施形態と同様である。
図5において、本実施形態では、保護部152は、フィラメント15の通常部分151とは異なる材質で形成される。例えば、酸化シリコン、酸化ジルコニウム等の絶縁膜で覆う。このとき、フィラメント15と絶縁膜との熱膨張差を考慮して、フィラメント15と絶縁膜との密着性は低いほうが好ましい。
また、変形例1と同様にプラス側にも保護部152を設けてもよい。
【0031】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
(6)保護部152がフィラメント15と比較して、イオンによってスパッタされにくく、フィラメント15の断線までの時間を長くできる。したがって、メンテナンスの回数を少なくでき、ランニングコストを低減できる。
【0032】
(変形例2)
図6に、本変形例におけるイオン源30の概略底面図を示した。
図6において、イオン源30は、フィラメント15を8個備えている。それぞれのフィラメント15には、保護部150が設けられている。また、フィラメント15の近くには、ガス導入管13が設けられている。
本変形例のように、ガス導入管13は、チャンバ12の底面の中央付近以外に設けられていてもよい。例えば、チャンバ12の側面に設けられていてもよい。
【0033】
また、本変形例のように、フィラメント交換の頻度を低減するために、フィラメント15が複数設けられていてもよい。このとき、マイナス側接続部16およびプラス側接続部17もフィラメント15の数に合わせて複数設けられている。
【0034】
このような変形例によれば、以下の効果がある。
(7)一つのフィラメント15が切断しても、他のフィラメント15を使用することが可能で、メンテナンスの回数をより低減できる。
【0035】
上述した実施形態、変形例以外にも、種々の変更を行うことが可能である。
例えば、別体である保護部152は、フィラメント15と同じ材質のものを巻きつけて、あるいは同じ材料の筒状のものでカバーするようにしてもよい。この場合、フィラメントと保護部152に熱膨張差がないので、フィラメントと保護部の間に生じる熱膨張差による応力を低減できる。したがって、応力による断線を防ぐことができる。
また、アルゴンの他に、反応性イオンエッチング用としては、CF4、CCl4、SF6、O2等を用いることができる。
さらに、各実施形態において、マイナスにイオン化したイオンを用いる場合には、フィラメント15が形成され、設けられた保護部150,152をプラス側接続部17付近にして取り付けることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】イオンミリング装置の概略断面図。
【図2】(a)は第1実施形態におけるイオン源の概略断面図、(b)は概略底面図。
【図3】フィラメントと接続部付近の拡大概略断面図。
【図4】変形例1におけるフィラメントと接続部付近の拡大概略断面図。
【図5】第2実施形態におけるフィラメントと接続部付近の拡大概略断面図。
【図6】変形例2における概略底面図。
【符号の説明】
【0037】
10…イオン源、14…直流電源、15…フィラメント、16…接続部としてのマイナス側接続部、17…接続部としてのプラス側接続部、131…ガス導入口、150…保護部、152…別体としての保護部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電源と、
フィラメントと、
前記直流電源と前記フィラメントとを接続する接続部と、
前記フィラメントの前記接続部付近に設けられた保護部と、
ガスの導入口とを備えた
ことを特徴とするイオン源。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン源において、
前記ガスがプラスにイオン化され、
前記保護部は、マイナス側接続部付近に設けられている
ことを特徴とするイオン源。
【請求項3】
請求項2に記載のイオン源において、
前記ガスはアルゴンである
ことを特徴とするイオン源。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載のイオン源において、
前記保護部は、前記フィラメントの一部を前記フィラメントの他の部分よりも太くすることによって形成されている
ことを特徴とするイオン源。
【請求項5】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載のイオン源において、
前記保護部は、前記フィラメントとは別体で設けられている
ことを特徴とするイオン源。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載のイオン源において、
前記接続部が、冷却されている
ことを特徴とするイオン源。
【請求項7】
請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載のイオン源を備えた
ことを特徴とするイオンビーム装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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