説明

イオン源電極のクリーニング方法

【課題】 イオン源の引出し電極系を構成する電極の広い領域に亘って高速で堆積物を除去することができるクリーニング方法を提供する。
【解決手段】 イオン源2のプラズマ生成部4にイオン化ガスを導入してイオンビームを引き出す代わりに、引出し電極系10を構成する第1電極11と第2電極12との間にクリーニングガス48を供給して、第1電極11と第2電極12との間のガス圧を、イオンビーム引き出し時のガス圧よりも高く保った状態で、第1電極11と第2電極12との間にグロー放電用電源60から電圧を印加して、両電極11、12間にクリーニングガス48のグロー放電80を発生させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、イオン源の引出し電極系を構成する電極の表面に堆積した堆積物を除去するクリーニング方法に関する。なお、この明細書において、単にイオンと言う場合は、正イオンを指す。
【背景技術】
【0002】
イオン源からイオンビームを引き出す運転を続けると、その引出し電極系を構成する電極に堆積物が堆積(付着)する。それを放置しておくと、電極間の異常放電等の不具合を惹き起こす。
【0003】
そこで、イオン源電極をクリーニングする方法の一例として、イオン化ガスの代わりに希ガスをプラズマ室内に供給して、当該希ガスのイオンビームを引き出し、かつガス流量と引出し電圧のいずれか一方または両方を調整することによってイオンビームのビーム径を調整し、それによって、イオンビームを電極表面に堆積した堆積物に衝突させて、堆積物をスパッタによって除去するクリーニング方法が従来から提案されている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4374487号公報(段落0024−0028、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来のクリーニング方法では、希ガスのイオンビームを電極表面の堆積物に衝突させることによって堆積物を除去するのであるが、プラズマ室内に供給する希ガスのガス流量や、引出し電極系に印加する引出し電圧をどのように調整しても、堆積物が除去される領域は、電極の孔(イオン引出し孔)周辺に限定されるので、それ以外の領域に堆積した堆積物を除去することはできない。従って、堆積物を除去することのできる領域が狭い。
【0006】
また、プラズマ室内のプラズマからイオンビームとして引き出され、各電極に照射されるイオンビーム電流の上限値は、原理上、そのイオン源の最大イオンビーム電流程度であるので、大きくてもせいぜい数百mA程度にしかできず、従って堆積物の高速除去は困難である。
【0007】
そこでこの発明は、イオン源の引出し電極系を構成する電極の広い領域に亘って高速で堆積物を除去することができるクリーニング方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明に係るクリーニング方法の一つは、
イオン化ガスが導入され当該イオン化ガスを電離させてプラズマを生成するプラズマ生成部と、このプラズマ生成部内のプラズマから電界の作用でイオンビームを引き出す電極系であって前記プラズマ側からイオンビーム引出し方向に配置された第1電極および第2電極を少なくとも有している引出し電極系とを備えており、かつ前記プラズマ生成部と前記第1電極との間が電気絶縁されているイオン源と、
前記プラズマ生成部と前記第1電極との間に後者を負極側にして接続されたアーク電源と、
前記第2電極に前記プラズマ生成部の電位を基準にして負電圧を印加する引出し電源と、
前記プラズマ生成部と接地電位部との間に前者を正極側にして接続された加速電源とを備えているイオン源装置の前記引出し電極系を構成する電極のクリーニング方法であって、
一端が前記プラズマ生成部に接続されていて、前記第1電極と第2電極との間にグロー放電発生用の電圧を印加するためのグロー放電用電源と、
前記アーク電源に並列に接続された第1のスイッチ(70)と、
前記第2電極を前記引出し電源側と前記グロー放電用電源側とに切り換えて接続する第1の切換スイッチ(71)と、
前記加速電源に並列に接続された第2のスイッチ(73)とを設けておき、
イオンビームを引き出す際は、前記第1の切換スイッチ(71)を切り換えて前記第2電極を前記引出し電源側に接続し、かつ前記第1のスイッチ(70)および第2のスイッチ(73)を開いておき、
電極のクリーニングを行う際は、前記第1の切換スイッチ(71)を切り換えて前記第2電極を前記グロー放電用電源側に接続し、かつ前記アーク電源および加速電源の出力電圧を0にした後に前記第1のスイッチ(70)および第2のスイッチ(73)を閉じ、
更に、前記プラズマ生成部に前記イオン化ガスを導入して前記イオンビームを引き出す代わりに、前記引出し電極系を構成する少なくとも第1電極と第2電極との間にクリーニングガスを供給して、当該第1電極と第2電極との間のガス圧を、前記イオンビーム引き出し時のガス圧よりも高く保った状態で、
前記第1電極と第2電極との間に、前記グロー放電用電源から電圧を印加して、両電極間に前記クリーニングガスのグロー放電を発生させることを特徴としている。
【0009】
このクリーニング方法においては、第1電極と第2電極との間に発生させたグロー放電によってクリーニングガスのプラズマが生成され、当該プラズマ中のイオンによるスパッタおよび当該プラズマ中の活性粒子との化学反応等によって、両電極表面に堆積している堆積物が除去される。即ち、両電極のクリーニングを行うことができる。
【0010】
しかも、上記グロー放電は、電圧を印加している第1電極と第2電極との間のほぼ全体に発生するので、グロー放電によるプラズマが発生している側の電極面のほぼ全体がプラズマに曝される。従って、イオン引出し孔の周辺に限定されることなく、両電極の広い領域に亘って堆積物を除去することができる。
【0011】
更に、上記グロー放電の放電電流は、容易に、イオン源の最大イオンビーム電流よりも遥かに大きな値にすることができるので、従来のクリーニング方法よりも高速で堆積物を除去することができる。
【0012】
引出し電極系が第1電極、第2電極および第3電極を少なくとも有している場合は、第1電極と第2電極との間にグロー放電を発生させる代わりに、あるいはそれと切り換えて、第2電極と第3電極との間にグロー放電を発生させても良い。それによって、第2電極および第3電極のクリーニングを行うことができる。
【0013】
上記グロー放電を発生させる電圧は、イオンビーム引出し方向側の電極をマイナス側とする直流電圧でも良いし、交流電圧でも良い。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に記載の発明によれば、引出し電極系を構成する第1電極と第2電極との間にクリーニングガスのグロー放電を発生させるので、イオン引出し孔の周辺に限定されることなく、両電極の広い領域に亘って堆積物を除去することができる。
【0015】
しかも、上記グロー放電の放電電流は、容易に、イオン源の最大イオンビーム電流よりも遥かに大きな値にすることができるので、従来のクリーニング方法よりも高速で堆積物を除去することができる。
【0016】
請求項2に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、引出し電極系が第1電極、第2電極および第3電極を少なくとも有していて、第1電極および第2電極間に電圧を印加して両電極間にグロー放電を発生させる際に、第2の切換スイッチを切り換えて第3電極を抵抗器に接続して、第3電極を抵抗器を介して接地しておくと、第2電極および第3電極間でプラズマが発生するのを抑制することができるので、第1電極および第2電極間でグロー放電を優先的に発生させることができる。
【0017】
請求項3に記載の発明によれば、引出し電極系を構成する第2電極と第3電極との間にクリーニングガスのグロー放電を発生させるので、イオン引出し孔の周辺に限定されることなく、両電極の広い領域に亘って堆積物を除去することができる。
【0018】
しかも、上記グロー放電の放電電流は、容易に、イオン源の最大イオンビーム電流よりも遥かに大きな値にすることができるので、従来のクリーニング方法よりも高速で堆積物を除去することができる。
【0019】
請求項4に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、電極への堆積物の堆積量は、イオンビームが当たる側の面である正面の方が、それに対向する電極の背面よりも遥かに多くなる。そこで、グロー放電用電源を、プラズマ生成部側を正極とする直流電源にすると、当該グロー放電用電源から、イオンビーム引出し方向側の電極をマイナス側とする直流電圧が電極間に印加されることになり、それによって、グロー放電によるプラズマ中のイオンは、マイナス側の電極すなわちイオンビーム引出し方向側の電極(これは、請求項1、2の場合は第2電極、請求項3の場合は第3電極)の上記正面に専ら入射して衝突するので、堆積物が多く堆積する当該正面の堆積物除去を優先して行うことができる。従って、クリーニングをより効率良く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】この発明に係るクリーニング方法を実施するイオン源装置の一例を示す概略図であり、イオンビーム引き出し時の状態を示す。
【図2】この発明に係るクリーニング方法を実施するイオン源装置の一例を示す概略図であり、クリーニング時の状態を示す。
【図3】この発明に係るクリーニング方法を実施するイオン源装置の他の例を示す概略図であり、クリーニング時の状態を示す。
【図4】この発明に係るクリーニング方法を実施するイオン源装置の更に他の例を示す概略図であり、クリーニング時の状態を示す。
【図5】この発明に係るクリーニング方法を実施するイオン源装置の更に他の例を示す概略図であり、クリーニング時の状態を示す。
【図6】クリーニングガスの導入方法の他の例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
この発明に係るクリーニング方法を実施するイオン源装置の一例を図1、図2に示す。図1はイオンビーム引き出し時の状態を示し、図2はクリーニング時の状態を示す。
【0022】
このイオン源装置を構成するイオン源2は、イオン化ガス38が導入され当該イオン化ガス38を電離させてプラズマ6を生成するプラズマ生成部4と、このプラズマ生成部4内のプラズマ6から電界の作用でイオンビーム20を引き出す引出し電極系10とを備えている。
【0023】
プラズマ生成部4は、この例では、プラズマ生成容器5内に設けられたフィラメント8から熱電子を放出させて、当該フィラメント8と陽極を兼ねるプラズマ生成容器5との間で放電(アーク放電)を生じさせて、イオン化ガス38を電離させてプラズマ6を生成するものである。フィラメント8にその加熱用のフィラメント電源50が接続されており、フィラメント8の一端とプラズマ生成容器5との間に前者を負極側にしてアーク放電発生用のアーク電源52が接続されている。
【0024】
但し、プラズマ生成部4は、このタイプに限られるものではない。フィラメント8の数も図示例のような一つに限られるものではない。例えば、フィラメント8を複数有していても良い。また、高周波放電によってイオン化ガス38を電離させてプラズマ6を生成するタイプ等でも良い。
【0025】
イオン化ガス38は、この例では、イオン化ガス源32から流量調節器34、バルブ36およびガス導入口7を経由してプラズマ生成容器5内に導入される。
【0026】
イオン化ガス38は、所望のドーパント、例えばホウ素(B)、リン(P)またはヒ素(As )を含むガスであり、例えば、フッ化ホウ素ガス(BF3 )、水素希釈ジボランガス(B26 /H2 )、水素希釈ホスフィンガス(PH3 /H2 )または水素希釈アルシンガス(AsH3 /H2 )等である。
【0027】
引出し電極系10は、この例では、最プラズマ側からイオンビーム引出し方向にかけて配置された4枚の電極、即ち第1電極(これはプラズマ電極とも呼ばれる)11、第2電極(これは引出し電極とも呼ばれる)12、第3電極(これは抑制電極とも呼ばれる)13および第4電極(これは接地電極とも呼ばれる)14を有している。16は絶縁物であるが、その他の絶縁物の図示は省略している。電極は、4枚に限られるものではなく、2枚、3枚等でも良い。各電極11〜14は、イオン引出し孔15をそれぞれ有している。イオン引出し孔15は、例えば、複数の(多数の)孔でも良いし、1以上のスリットでも良い。
【0028】
なお、引出し電極系10を構成する各電極11〜14間の間隔は、図示の都合上、広げて図示している。他の図においても同様である。
【0029】
プラズマ生成部4(より具体的にはそのプラズマ生成容器5)の前部は、真空排気装置30によってバルブ28を介して真空排気されるイオン源チャンバー22、23に取り付けられており、引出し電極系10はこのイオン源チャンバー22、23内に収納されている。イオン源チャンバー22と23との間は、加速電源58の出力電圧に相当する電圧を絶縁するために、絶縁物24によって絶縁されている。イオン源チャンバー23には、引出し電極系10および上記バルブ28よりも下流側の位置に、イオン源2の保守点検作業等に供するために、そこを仕切るバルブ(ゲートバルブ)26が設けられている。
【0030】
引出し電極系10の第1電極11は、この例では、上記アーク電源52の負極側に接続されている。プラズマ生成容器5と接地電位部との間に、前者を正極側にして、主としてイオンビーム20のエネルギーを決める加速電源58が接続されている。第2電極12とプラズマ生成容器5との間に、前者を負極側にしかつ後述する切換スイッチ71を介して、主としてプラズマ6からイオンを引き出すための引出し電源54が接続されている。第3電極13と接地電位部との間に、前者を負極側にしかつ後述する切換スイッチ72を介して、主として下流側からの逆流電子抑制のための抑制電源56が接続されている。第4電極14は接地されている。
【0031】
このイオン源装置は、プラズマ生成部4にイオン化ガス38を導入してイオンビーム20を引き出す代わりに、以下に説明するクリーニング方法を実施することができるように、次の構成を更に備えている。
【0032】
即ち、クリーニングガス源42、流量調節器44およびバルブ46を設けて、この例では上記ガス導入口7を経由して、プラズマ生成容器5内にクリーニングガス48(図2参照)を供給することができるようにしている。このクリーニングガス48は、上記位置に設けられた真空排気装置30によって真空排気されることも手伝って、第1電極11等のイオン引出し孔15を通して引出し電極系10の各電極間に拡散して当該各電極間にも供給される。
【0033】
クリーニングガス48には、後述するグロー放電を発生させたときに電極表面に堆積物を生成しにくいガスを用いるのが好ましい。例えば、クリーニングガス48は、水素ガス、アルゴン等の不活性ガス(希ガスとも言う)またはこれらの混合ガスである。不活性ガスは、Ar 以外のHe 、Ne 、Kr 、Xe でも良い。クリーニングガス48に水素ガスを用いると、電極表面から除去された堆積物は水素と結合して水素化合物を作る等して、真空排気装置30によって外部に排出されやすくなるという利点がある。
【0034】
クリーニング時に、真空排気装置30によってイオン源チャンバー22、23内をイオンビーム引き出し時よりも小さい排気速度で排気するために、上記バルブ28に並列に、当該バルブ28よりも開口面積が小さくてコンダクタンスの小さいバルブ29を設けている。
【0035】
第1電極11と第2電極12との間に、イオンビーム引出し方向側の電極である第2電極12をマイナス側とする直流電圧を印加して、両電極11、12間にクリーニングガス48のグロー放電80(図2参照)を発生させる直流のグロー放電用電源60を設けている。このグロー放電用電源60の出力電圧は、例えば、数百V〜数kV、より具体的には100V〜1kV程度である。
【0036】
イオンビーム20の引き出しと、電極のクリーニングとを切り換えるために、スイッチ70〜73を設けている。切換スイッチ71は、第2電極12を、引出し電源54側と、抵抗器64を介してのグロー放電用電源60側とに切り換える。切換スイッチ72は、第3電極13を、抑制電源56側と、抵抗器66を介しての接地側とに切り換える。
【0037】
スイッチ70、73は、プラズマ生成容器5、第1電極11等を接地電位にするためのものである。なお、スイッチ70、73を閉じる時は、当然、電源52、58の出力電圧を予め0にしておく。
【0038】
イオンビーム20を引き出す時の状態を図1に示す。この場合は、バルブ26は開いておく。そして、バルブ29を閉じかつバルブ28を開いておいて、真空排気装置30によってイオン源チャンバー22、23内を真空排気する。バルブ46を閉じかつバルブ36を開いておいて、プラズマ生成容器5内にイオン化ガス38を導入する。スイッチ70、73は開いておき、切換スイッチ71は引出し電源54側に、切換スイッチ72は抑制電源56側に切り換えておく。
【0039】
これによって、プラズマ生成部4(より具体的にはそのプラズマ生成容器5)内でイオン化ガス38を電離させてプラズマ6を生成し、当該プラズマ6から引出し電極系10によってイオンビーム20を引き出すことができる。
【0040】
電極のクリーニングを行う時の状態を図2に示す。この場合は、バルブ26は閉じておく。そして、バルブ28を閉じかつバルブ29を開いて、真空排気装置30によってイオン源チャンバー22、23内を小さい排気速度で排気する。また、バルブ36を閉じる代わりにバルブ46を開いて、プラズマ生成容器5内にクリーニングガス48を導入する。これによって、前述したように、プラズマ生成容器5内に導入されたクリーニングガス48は少なくとも第1電極11と第2電極12との間に供給される。このとき、プラズマ生成容器5内に導入するクリーニングガス48の流量、真空排気装置30による排気速度等を調整して、第1電極11と第2電極12との間のガス圧を、イオンビーム引き出し時のガス圧(例えば1Pa未満)よりも高く保つ。より具体的には、クリーニングガス48のグロー放電80を発生させるのに都合の良いガス圧に保つ。例えば、1Pa〜1000Pa程度に保つ。
【0041】
更に、切換スイッチ71をグロー放電用電源60側(具体的には抵抗器64側)に切り換え、かつスイッチ70を閉じて、第1電極11と第2電極12との間に、後者をマイナス側にして、グロー放電用電源60から直流電圧を印加して、両電極11、12間にクリーニングガス48のグロー放電(直流グロー放電)80を発生させる。また、切換スイッチ72は抵抗器66側に切り換え、スイッチ73は閉じておく。
【0042】
上記第1電極11と第2電極12との間に発生させたグロー放電80によってクリーニングガス48のプラズマが生成され、当該プラズマ中のイオンによるスパッタおよび当該プラズマ中のラジカル等の活性粒子との化学反応等によって、両電極11、12表面に堆積している堆積物が除去される。即ち、両電極11、12のクリーニングを行うことができる。
【0043】
しかも、上記グロー放電80は、電圧を印加している第1電極11と第2電極12との間のほぼ全体に発生するので、グロー放電80によるプラズマが発生している側の電極面(即ち第1電極11の背面11bおよび第2電極12の正面12a)のほぼ全体がプラズマに曝される。従って、イオン引出し孔15の周辺に限定されることなく、両電極11、12の広い領域に亘って堆積物を除去することができる。
【0044】
更に、上記グロー放電80の放電電流は、容易に、イオン源の最大イオンビーム電流よりも遥かに大きな値にすることができるので、従来のクリーニング方法よりも高速で堆積物を除去することができる。
【0045】
これをより詳しく説明すると、グロー放電プラズマの密度が高いほど、当該プラズマ中のイオンおよび活性粒子の密度は高くなるので、堆積物の除去速度は速くなる。従って、プラズマ密度の指標であるグロー放電電流が大きいほど、堆積物の除去速度は速くなる。例えば、フラットパネルディスプレイ(FPD)製造のためのイオンドーピング装置用のイオン源装置を用いた実験によると、前述した従来のクリーニング方法に相当する方法で第2電極12にイオンビームを衝突させた場合、その時のイオンビーム電流は200mA程度が限度であった。これに対して、本クリーニング方法による場合のグロー放電電流は2000mAを達成することができた。
【0046】
ところで、電極11、12への堆積物の堆積量は、イオンビームが当たる側の面である正面12aの方が、それに対向する電極11の背面11bよりも遥かに多くなる。そこで、グロー放電80を発生させる電圧を、図2に示す例のように、イオンビーム引出し方向側の電極である第2電極12をマイナス側とする直流電圧にすると、グロー放電80によるプラズマ中のイオンは、マイナス側の電極すなわち第2電極12の正面12aに専ら入射して衝突するので、堆積物が多く堆積する当該正面12aの堆積物除去を優先して行うことができる。従って、クリーニングをより効率良く行うことができる。
【0047】
なお、クリーニングガス48は、図1に示す例のように供給すると、ガス導入口7をイオン化ガス38と兼用することができるという利点があるけれども、第1電極11と第2電極12との間にクリーニングガス48を供給するためには、例えば図6に示す例のように、イオン源チャンバー22(または23)の壁面からその内部にクリーニングガス48を導入しても良い。図3〜図5に示す各例の場合も同様である。
【0048】
また、第1電極11と第2電極12との間のガス圧をグロー放電80の発生に都合の良いものに調整するためには、図2に示す例のように、バルブ26、28を閉じ、バルブ29を経由して真空排気装置30によって小さい排気速度で排気するのが実際的で好ましいけれども、もちろん、これ以外の方法で第1電極11と第2電極12との間のガス圧を調整しても良い。
【0049】
電極11、12上に堆積物がある状態でグロー放電80を発生させると、両電極11、12間で異常な放電が発生しやすく、これがグロー放電用電源60を故障させる原因になることがある。そこで、図2に示す例のように、上記直列抵抗器64を設けておくのが好ましく、そのようにすると、異常放電時の急激な電流増加を抵抗器64によって抑制することができる。即ち、抵抗器64は限流抵抗の働きをする。
【0050】
第3電極13を切換スイッチ72を介して接地すると、グロー放電用電源60から、第2電極12と第3電極13との間にも電圧が印加される。そこで、電極11、12間でグロー放電80を優先的に発生させるためには、図2に示す例のように、第3電極13を高抵抗値の抵抗器66を介して接地するのが好ましい。そのようにすると、仮に、第2電極12と第3電極13との間でプラズマが発生すると当該プラズマ中の、イオンよりも移動度の高い電子が第3電極13に多く入射して第3電極13が負に帯電する結果、第2電極12と第3電極13との間の電位差が下がるので、両電極12、13間でプラズマが発生するのを抑制することができる。
【0051】
上記グロー放電用電源60を設ける代わりに、図3に示す例のように、切換スイッチ71によって第2電極12を抵抗器64を介して引出し電源54に接続するように構成して、引出し電源54をグロー放電80発生用の電源として兼用しても良い。そのようにすると、グロー放電専用の電源を追加することなく、上記クリーニングを行うことができる。なお、この場合は、引出し電源54の最大出力電流によってグロー放電電流が制限されることになる。
【0052】
また、上記直流のグロー放電用電源60を設ける代わりに、図4に示す例のように、交流のグロー放電用電源62を設けて、交流電圧印加によって上記グロー放電80(この場合は交流グロー放電)を発生させても良い。
【0053】
グロー放電80を発生させる電圧を交流電圧にすると、グロー放電80によるプラズマ中のイオンは、印加電圧の極性反転に応じて、当該グロー放電80を挟む両方の電極11、12に入射して衝突するので、両方の電極11、12に、即ちイオンビーム引出し方向側の電極である第2電極12の正面12aおよびそれに対向する第1電極11の背面11bの両方に堆積した堆積物を効率良く除去することができる。
【0054】
また、交流のグロー放電用電源60は、通常は変圧器を主体に構成されていて、半導体素子を用いている直流電源よりも故障しにくいので、電極11、12間で異常放電が発生しても故障しにくいという利点もある。
【0055】
上記各クリーニング方法は、第1電極11と第2電極12との間でグロー放電80を発生させるクリーニング方法であるので、引出し電極系10が少なくとも第1電極11および第2電極12を有していれば適用することができる。
【0056】
また、第3電極13は第2電極12よりも下流側にあるので、イオンビーム引き出しに伴う第3電極13への堆積物の堆積量は第2電極12への堆積量よりも少ないけれども、第1電極11と第2電極12との間にグロー放電80を発生させる前記クリーニング方法と同様にして、第2電極12と第3電極13との間にグロー放電80を発生させて両電極12、13のクリーニングを行っても良い。
【0057】
このクリーニング方法の一例を図5を参照して説明する。図2に示した例との相違点を主体に説明すると、上記グロー放電用電源60および抵抗器64を切換スイッチ72側に接続して、クリーニング時は切換スイッチ72をグロー放電用電源60側(具体的には抵抗器64側)に切り換える。また、第2電極12を接地電位にするスイッチ74を設けておいて、クリーニング時はそれを閉じる。このとき、当然、引出し電源54の出力電圧は予め0にしておく。
【0058】
クリーニングガス48は、図2の例の場合と同様にプラズマ生成容器5に導入しても良いし、図6に示した例のようにイオン源チャンバー22(または23)の壁面からその内部に導入しても良い。このようにして、少なくとも第2電極12と第3電極13との間にクリーニングガス48を供給して、第2電極12と第3電極13との間のガス圧を、前述したようにイオンビーム引き出し時のガス圧よりも高く保った状態で、グロー放電用電源60から第2電極12と第3電極13との間に直流電圧を印加して、両電極12、13間にクリーニングガス48のグロー放電80を発生させる。
【0059】
これによって、図2に示した例の場合と同様の作用によって、イオン引出し孔15の周辺に限定されることなく、両電極12、13の広い領域に亘って堆積物を除去することができる。
【0060】
しかも、上記グロー放電80の放電電流は、容易に、イオン源の最大イオンビーム電流よりも遥かに大きな値にすることができるので、従来のクリーニング方法よりも高速で堆積物を除去することができる。
【0061】
また、グロー放電80を発生させる電圧を、イオンビーム引出し方向側の電極である第3電極13をマイナス側とする直流電圧にすると、グロー放電80によるプラズマ中のイオンは、マイナス側の電極すなわち第3電極13の正面13aに専ら入射して衝突するので、堆積物が多く堆積する当該正面13aの堆積物除去を優先して行うことができる。従って、クリーニングをより効率良く行うことができる。
【0062】
もっとも、図4に示した例と同様に、直流のグロー放電用電源60の代わりに交流のグロー放電用電源62を設けても良い。そのようにすれば、両方の電極12、13に、即ちイオンビーム引出し方向側の電極である第3電極13の正面13aおよびそれに対向する第2電極12の背面12bの両方に堆積した堆積物を効率良く除去することができる。
【0063】
引出し電極系が第1電極11、第2電極12および第3電極13を少なくとも有している場合、(a)図2等に示した例のように第1電極11と第2電極12との間にグロー放電80を発生させても良いし、(b)図5に示した例のように第2電極12と第3電極13との間にグロー放電80を発生させても良いし、(c)グロー放電用電源60、62等の接続を上記のようなスイッチ等を用いて適宜切り換えることによって、上記(a)のグロー放電発生(クリーニング)と上記(b)のグロー放電発生(クリーニング)とを切り換えて行うようにしても良い。
【0064】
なお、第4電極14への堆積物の堆積量は通常は少ないので、第4電極14をクリーニングする必要性はあまり高くないけれども、必要に応じて、上記と同様にして、第3電極13と第4電極14との間にクリーニングガス48を供給しかつグロー放電用の電圧を印加して、両電極13、14間にグロー放電を発生させてクリーニングを行っても良い。
【0065】
クリーニング後は、図1に示した状態に戻すことによって、イオンビーム20を引き出すことができる。
【符号の説明】
【0066】
2 イオン源
4 プラズマ生成部
10 引出し電極系
11 第1電極
12 第2電極
13 第3電極
14 第4電極
20 イオンビーム
38 イオン化ガス
48 クリーニングガス
60、62 グロー放電用電源
80 グロー放電

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化ガスが導入され当該イオン化ガスを電離させてプラズマを生成するプラズマ生成部と、このプラズマ生成部内のプラズマから電界の作用でイオンビームを引き出す電極系であって前記プラズマ側からイオンビーム引出し方向に配置された第1電極および第2電極を少なくとも有している引出し電極系とを備えており、かつ前記プラズマ生成部と前記第1電極との間が電気絶縁されているイオン源と、
前記プラズマ生成部と前記第1電極との間に後者を負極側にして接続されたアーク電源と、
前記第2電極に前記プラズマ生成部の電位を基準にして負電圧を印加する引出し電源と、
前記プラズマ生成部と接地電位部との間に前者を正極側にして接続された加速電源とを備えているイオン源装置の前記引出し電極系を構成する電極のクリーニング方法であって、
一端が前記プラズマ生成部に接続されていて、前記第1電極と第2電極との間にグロー放電発生用の電圧を印加するためのグロー放電用電源と、
前記アーク電源に並列に接続された第1のスイッチ(70)と、
前記第2電極を前記引出し電源側と前記グロー放電用電源側とに切り換えて接続する第1の切換スイッチ(71)と、
前記加速電源に並列に接続された第2のスイッチ(73)とを設けておき、
イオンビームを引き出す際は、前記第1の切換スイッチ(71)を切り換えて前記第2電極を前記引出し電源側に接続し、かつ前記第1のスイッチ(70)および第2のスイッチ(73)を開いておき、
電極のクリーニングを行う際は、前記第1の切換スイッチ(71)を切り換えて前記第2電極を前記グロー放電用電源側に接続し、かつ前記アーク電源および加速電源の出力電圧を0にした後に前記第1のスイッチ(70)および第2のスイッチ(73)を閉じ、
更に、前記プラズマ生成部に前記イオン化ガスを導入して前記イオンビームを引き出す代わりに、前記引出し電極系を構成する少なくとも第1電極と第2電極との間にクリーニングガスを供給して、当該第1電極と第2電極との間のガス圧を、前記イオンビーム引き出し時のガス圧よりも高く保った状態で、
前記第1電極と第2電極との間に、前記グロー放電用電源から電圧を印加して、両電極間に前記クリーニングガスのグロー放電を発生させることを特徴とする、イオン源電極のクリーニング方法。
【請求項2】
前記引出し電極系は、前記プラズマ側からイオンビーム引出し方向に配置された第1電極、第2電極および第3電極を少なくとも有しており、
前記イオン源装置は、
前記第3電極に接地電位部の電位を基準にして負電圧を印加する抑制電源と、
一端が接地された抵抗器と、
前記第3電極を前記抑制電源側と前記抵抗器の他端側とに切り換えて接続する第2の切換スイッチ(72)とを更に備えており、
イオンビームを引き出す際は、前記第1の切換スイッチ(71)を切り換えて前記第2電極を前記引出し電源側に接続し、前記第2の切換スイッチ(72)を切り換えて前記第3電極を前記抑制電源側に接続し、かつ前記第1のスイッチ(70)および第2のスイッチ(73)を開いておき、
電極のクリーニングを行う際は、前記第1の切換スイッチ(71)を切り換えて前記第2電極を前記グロー放電用電源側に接続し、前記第2の切換スイッチ(72)を切り換えて前記第3電極を前記抵抗器の他端側に接続し、かつ前記アーク電源および加速電源の出力電圧を0にした後に前記第1のスイッチ(70)および第2のスイッチ(73)を閉じておく請求項1記載のイオン源電極のクリーニング方法。
【請求項3】
イオン化ガスが導入され当該イオン化ガスを電離させてプラズマを生成するプラズマ生成部と、このプラズマ生成部内のプラズマから電界の作用でイオンビームを引き出す電極系であって前記プラズマ側からイオンビーム引出し方向に配置された第1電極、第2電極および第3電極を少なくとも有している引出し電極系とを備えており、かつ前記プラズマ生成部と前記第1電極との間が電気絶縁されているイオン源と、
前記プラズマ生成部と前記第1電極との間に後者を負極側にして接続されたアーク電源と、
前記第2電極に前記プラズマ生成部の電位を基準にして負電圧を印加する引出し電源と、
前記プラズマ生成部と接地電位部との間に前者を正極側にして接続された加速電源と、
前記第3電極に接地電位部の電位を基準にして負電圧を印加する抑制電源とを備えているイオン源装置の前記引出し電極系を構成する電極のクリーニング方法であって、
一端が前記プラズマ生成部に接続されていて、前記第2電極と第3電極との間にグロー放電発生用の電圧を印加するためのグロー放電用電源と、
前記アーク電源に並列に接続された第1のスイッチ(70)と、
前記第3電極を前記抑制電源側と前記グロー放電用電源側とに切り換えて接続する第3の切換スイッチ(72)と、
前記加速電源に並列に接続された第2のスイッチ(73)と、
前記引出し電源に並列に接続された第3のスイッチ(74)とを設けておき、
イオンビームを引き出す際は、前記第3の切換スイッチ(72)を切り換えて前記第3電極を前記抑制電源側に接続し、かつ前記第1のスイッチ(70)、第2のスイッチ(73)および第3のスイッチ(74)を開いておき、
電極のクリーニングを行う際は、前記第3の切換スイッチ(72)を切り換えて前記第3電極を前記グロー放電用電源側に接続し、かつ前記アーク電源、加速電源および引出し電源の出力電圧を0にした後に前記第1のスイッチ(70)、第2のスイッチ(73)および第3のスイッチ(74)を閉じ、
更に、前記プラズマ生成部に前記イオン化ガスを導入して前記イオンビームを引き出す代わりに、前記引出し電極系を構成する少なくとも第2電極と第3電極との間にクリーニングガスを供給して、当該第2電極と第3電極との間のガス圧を、前記イオンビーム引き出し時のガス圧よりも高く保った状態で、
前記第2電極と第3電極との間に、前記グロー放電用電源から電圧を印加して、両電極間に前記クリーニングガスのグロー放電を発生させることを特徴とする、イオン源電極のクリーニング方法。
【請求項4】
前記グロー放電用電源は、前記プラズマ生成部側を正極とする直流電源である請求項1、2または3記載のイオン源電極のクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−12495(P2013−12495A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−200149(P2012−200149)
【出願日】平成24年9月12日(2012.9.12)
【分割の表示】特願2010−179909(P2010−179909)の分割
【原出願日】平成22年8月11日(2010.8.11)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】