説明

イオン電解質膜構造体とその製造方法およびイオン電解質膜構造体を用いた固体酸化物型燃料電池

【課題】イオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面が平面的に露出して空気極や燃料極との接触を可能とするイオン電解質膜構造体を提供する。
【解決手段】イオンのみを透過するイオン電解質膜構造体であって、厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板と、上記基板の細孔内壁面にイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して細孔を埋め尽くす多層膜とで構成され、上記細孔内壁面に設けられた多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するようになっていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高いイオン伝導度を有するイオン電解質膜構造体とその製造方法およびイオン電解質膜構造体を用いた固体酸化物型燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生活が高度化するにつれ、種々の生活面で電気器具を使用し、部屋も以前よりは明るいものを好むようになり、その分、照明用の電気消費が増えてきている。また、パソコン利用のインターネット、デジタル通信の隆盛によっても電気の消費が増えてきている。しかし、発電所の建設はままならない現状があり、今後、増え続ける電気の需要に応えるためには太陽電池等の再生可能エネルギーの利用も考えていかねばならない状況にある。
【0003】
現状大発電所の建設が難しいこと、また、従来の発電送電方式では送電ロスが無視できないことから、今後、分散型発電が大きな流れになることが考えられる。各家庭に太陽電池を敷設し、自宅の電力消費の多くをまかなうという方式も重要な方法になると考えられる。また、都市ガス等を利用した燃料電池の利用も重要な選択肢となると考えられる。
【0004】
ところで、燃料電池には種々の方式がある。現在主流の燃料電池である固体高分子型燃料電池(以下、PEFCと記す場合がある)においては、プロトン(水素イオン)伝導の補助的メカニズムとして水分を必要とすることから100℃以下の使用しか出来ないという制約がある。実際の使用は80℃以下といわれており、熱の利用が限られてしまうことや、薄い樹脂層を電解質膜に使用することから寿命に問題があることが分っている。
【0005】
一方、各家庭やコンビニ、商店のような中程度の電力使用者に最適と思われている方式に固体酸化物型燃料電池(以下、SOFCと記す場合がある)がある。SOFCは、イオンの選択透過性を有する固体電解質と、これを両側から挟んで配置した2つの電極(空気極と燃料極)を基本要素として構成されている。そして、空気極に酸素を、燃料極に水素を流すことで化学反応が進行し発電が行なわれる。電解質としては、酸素イオンか水素イオンのどちらか一方を透過させる材料であればよいが、通常は材料的な制約の点から、酸素イオン透過性を持った材料が使用されている。電解質材料としては、酸化ジルコニアに、酸化イットリアを添加して構造の安定化を図った安定化ジルコニア(以下、YSZと記す場合がある)が使用され、空気極にはペロブスカイト構造でランタンの一部をアルカリ土類金属で置換したランタンマンガナイト[La1−X(M)]MnO(M:アルカリ土類金属)が、燃料極としては、YSZに所定量のNiを混合して調整されたニッケルジルコニアサーメットが用いられている。
【0006】
そして、SOFCの構造としては、例えば図1に示すように、固体電解質41の両面に空気極42と燃料極43を設けた単セル40が、燃料通路47および酸化剤通路48を有するインタコネクタ44に挟持された構造で、電解質に機械的な強度を持たせたものが知られている。
【0007】
上記SOFCは無機材料を電解質に使用するので寿命の点で有利であり、使用温度が高いことから熱の利用もでき、トータルの効率は50%以上であり、PEFCの35%程度の効率を上回っている。また、PEFCでは、高価な白金を触媒として使用する必要があるが、200℃以上の高温で使用するSOFCにおいては、白金のような触媒が全く不要であるか、少なくとも室温で稼動のPEFCよりは少ない使用量で済むことが特徴となっており、この点からもSOFCは優れていると言え、実用化が望まれている。
【0008】
そして、従来のSOFCにおいては、上述したようにYSZ等を電解質材料とし、酸素イオン伝導を利用しているが、イオン伝導度が低いことから、必要なイオン伝導度を確保するためある程度の高温を必要とし、通常、800℃程度で発電されている。しかし、使用温度が高温であると、電池内部に大きな温度差が発生する場合があり、これを原因として熱膨張差で破断してしまうことがあった。この対策として、SOFCの始動時または終了時には何時間もかけてゆっくり温度変化させる必要があり、ON−OFFを頻繁に繰り返す家庭用等での使用は不可能と考えら、昼夜連続して電気を使用するコンビニエンスストア等で使用するのに適していると考えられている。また、高温で使用するため、熱膨張差での破壊以外にも、電解質膜内での粒の成長や形状変化による破壊等もある。そして、エネルギー効率の高いSOFCを一般家庭も含めてより使用範囲を広げていくためには、上述した理由から、使用温度を下げることが課題とされている。このため、500℃以下、あるいは更に低温の室温に近い温度でも高いイオン伝導度を有する材料の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Garcia-Barriocanal, A. Rivera-Calzada, M. Varela, Z. Sefrioui, E. Iborra, C. Leon, S. J. Pennycook, J. Santamaria1;Science,321(2008)676:“Colossal Ionic Conductivity At Interfaces Of Epitaxial ZrO2 : Y2O3/ SrTiO3 Heterostructures“
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、非特許文献1においては、酸素イオン伝導性材料として従来挙げられていたYSZ(Yが8mol%混合)と、イオン非伝導材料であるSrTiO(STOと記す場合がある)を互いに積層すると、その2層の界面を酸素が伝導し、200℃付近でも、1×10S/cmという高い伝導度を示すことが開示されている。通常、燃料電池には、使用温度域で、1×10−2S/cm以上の伝導度が必要と考えられているので、1×10S/cmなるイオン伝導度は十分なイオン伝導度であると言える。また、上記提案の2層膜では、イオンを同じ距離だけ伝導させるならできるだけ界面の数を多くした方がイオン伝導量は増えることになる。
【0011】
そして、上記伝導方法では、膜を積層させたとき、その積層された界面内を酸素が伝導することから、積層膜に平行にイオンは伝導する。しかし、通常の燃料電池用電解質膜、イオン分離膜では、イオンは膜に垂直な方向に伝導する必要があり、上記提案の2層膜を実用的に利用するためには構造的な改善が求められる。
【0012】
本発明はこのよう問題点に着目してなされたもので、その課題とするところは、高いイオン伝導度を有するイオン電解質膜構造体とその製造方法およびイオン電解質膜構造体を用いた固体酸化物型燃料電池を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
非特許文献1に開示された上記伝導方法を応用するため、イオン伝導性材料から成る厚さ数原子層のイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成る厚さ数原子層のイオン非伝導層を積層して厚さセンチメートル級の積層膜とし、積層膜平面に対し垂直方向へ積層膜を切断してイオン伝導させるのに容易な膜積層断面を得、この膜積層断面間(すなわち、上記イオン伝導層とイオン非伝導層の界面内)をイオン伝導させて、高いイオン伝導度を有するイオン電解質膜を得ることは可能ではあるが、厚さ数原子層のイオン伝導層とイオン非伝導層を積層させるには天文学的な時間がかかり非現実的である。
【0014】
そこで、本発明者が鋭意検討を重ねた結果、上述した切断方法を採ることなくイオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面(上記膜積層断面に相当する)を平面的に露出させて、空気極や燃料極との接触を可能とするイオン電解質膜構造体が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、請求項1に係る発明は、
イオンのみを透過するイオン電解質膜構造体において、
厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板と、上記基板の細孔内壁面にイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して細孔を埋め尽くす多層膜とで構成され、上記細孔内壁面に設けられた多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するようになっていることを特徴とし、
請求項2に係る発明は、
イオンのみを透過するイオン電解質膜構造体において、
イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して成る一体化多層膜で構成され、
細孔を埋め尽くす多層膜を有する上記請求項1におけるイオン電解質膜構造体の基板の一方の面を保持プレートに接着する工程、
基板を溶解除去して柱状多層膜を残すことで、柱状多層膜間に、上記イオン電解質膜構造体の厚み方向に貫通した空間部を形成する工程、
第一多層膜としての柱状多層膜間の空間部内壁面に、イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して上記空間部を埋め尽くす第二多層膜を形成する工程、
により上記一体化多層膜が製造され、
第一多層膜と第二多層膜は一体化されて上記一体化多層膜を形成し、この一体化多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するようになっていることを特徴とする。
【0016】
また、請求項3に係る発明は、
請求項1または2に記載の発明に係るイオン電解質膜構造体において、
上記イオン伝導層およびイオン非伝導層における1層の膜厚が1原子層以上10nm以下であることを特徴とし、
請求項4に係る発明は、
請求項1〜3のいずれかに記載の発明に係るイオン電解質膜構造体において、
上記多層膜または一体化多層膜を介して貫通方向へ透過するイオンが酸素イオンであることを特徴とし、
請求項5に係る発明は、
請求項1〜4のいずれかに記載の発明に係るイオン電解質膜構造体において、
上記イオン伝導層が酸素イオン伝導性材料で構成され、酸素イオン伝導性材料がYSZ、LaGaO、CeO、SrFeO3-x、SrCoO3-xから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とし、
請求項6に係る発明は、
請求項1〜3のいずれかに記載の発明に係るイオン電解質膜構造体において、
上記多層膜または一体化多層膜を介して貫通方向へ透過するイオンが水素イオンであることを特徴とし、
請求項7に係る発明は、
請求項1〜3、6のいずれかに記載の発明に係るイオン電解質膜構造体において、
上記イオン伝導層がペロブスカイト構造を有する水素イオン伝導性材料で構成されることを特徴とし、
請求項8に係る発明は、
請求項7に記載の発明に係るイオン電解質膜構造体において、
ペロブスカイト構造を有する水素イオン伝導性材料が、BaCeO、SrCeO、BaZrO、CeOから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする。
【0017】
次に、請求項9に係る発明は、
請求項1に記載のイオン電解質膜構造体の製造方法において、
厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板の上記細孔内壁面にALD法を用いてイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層し、上記細孔を埋め尽くす多層膜を形成することを特徴とし、
請求項10に係る発明は、
請求項2に記載のイオン電解質膜構造体の製造方法において、
細孔を埋め尽くす多層膜を有する上記請求項1におけるイオン電解質膜構造体の基板の一方の面を保持プレートに接着する工程、
基板を溶解除去して柱状多層膜を残すことで、柱状多層膜間に、上記イオン電解質膜構造体の厚み方向に貫通した空間部を形成する工程、
第一多層膜としての柱状多層膜間の空間部内壁面に、ALD法を用いてイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して上記空間部を埋め尽くす第二多層膜を形成する工程、
を有し、上記第一多層膜と第二多層膜は一体化されて一体化多層膜を形成することを特徴とする。
【0018】
また、請求項11に係る発明は、
イオンの選択透過性を有する固体電解質と、固体電解質の一方の面に配置された空気極および他方の面に配置された燃料極を備える固体酸化物型燃料電池において、
上記固体電解質が請求項1〜8のいずれかに記載のイオン電解質膜構造体で構成されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
請求項1に係るイオン電解質膜構造体は、
厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板と、上記基板の細孔内壁面にイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して細孔を埋め尽くす多層膜とで構成され、上記細孔内壁面に設けられた多層膜を介しイオンのみが貫通方向、すなわちイオン電解質膜の両面に設けられる電極に垂直な方向へ透過するようになっていることを特徴とし、
また、請求項2に係るイオン電解質膜構造体は、
イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して成る一体化多層膜で構成され、
細孔を埋め尽くす多層膜を有する上記請求項1におけるイオン電解質膜構造体の基板の一方の面を保持プレートに接着する工程、
基板を溶解除去して柱状多層膜を残すことで、柱状多層膜間に、上記イオン電解質膜構造体の厚み方向に貫通した空間部を形成する工程、
第一多層膜としての柱状多層膜間の空間部内壁面に、イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して上記空間部を埋め尽くす第二多層膜を形成する工程、
により上記一体化多層膜が製造され、
第一多層膜と第二多層膜は一体化されて上記一体化多層膜を形成し、この一体化多層膜を介しイオンのみが貫通方向、すなわちイオン電解質膜の両面に設けられる電極に垂直な方向へ透過するようになっていることを特徴としている。
【0020】
そして、これ等のイオン電解質膜構造体においては、上記細孔内壁面または元細孔内壁面および柱状多層膜間の空間部内壁面に交互に積層されるイオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面が平面的に露出して、基板に設けられた細孔または元細孔および柱状多層膜間の空間部の貫通方向へイオンが透過する構造になるため、イオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面を空気極や燃料極に接することが可能となる。
【0021】
従って、これ等のイオン電解質膜構造体をSOFCに適用すれば、その高いイオン伝導性からSOFCの使用温度を下げることが可能となり、この結果、エネルギー効率に優れたSOFCの利用範囲を、一般家庭も含めた広範囲に拡大できる効果を有している。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】従来の固体酸化物型燃料電池(SOFC)の概略分解斜視図である。
【図2】酸素イオン伝導性材料としてYSZ(イットリア8mol%混合)、イオン非伝導性材料としてSTO(SrTiO)が適用された積層膜の各層厚を変化させたときのイオン伝導度と温度との関係を示すグラフ図である。図2のグラフ図内上段のグラフ図は積層膜の層数(ni)とイオン伝導度との関係を示し、また、図2のグラフ図内下段のグラフ図は積層膜の層厚(tYSZ)とイオン伝導度との関係を示す。
【図3】YSZから成るイオン伝導層とSTOから成るイオン非伝導層が平板状基板(図示せず)に積層された従来の積層膜の構造を示す概略斜視図である。
【図4】図3に示す積層膜がその膜平面に対し垂直方向へ切断されて得られた膜積層断面の概略斜視図である。
【図5】厚み方向に貫通している複数の細孔を有し本発明で用いる基板の概略斜視図である。
【図6】本発明の請求項1(第一態様)に係るイオン電解質膜構造体の製造途中(基板の細孔がイオン伝導層とイオン非伝導層により埋め尽くされる前段階)における一部を拡大した概略断面斜視図である。
【図7】基板の細孔がイオン伝導層とイオン非伝導層により埋め尽くされた本発明の第一態様(実施例1)に係るイオン電解質膜構造体の一部を拡大した概略断面斜視図である。
【図8】本発明の請求項2(第二態様)に係るイオン電解質膜構造体の製造途中(第一態様に係るイオン電解質膜構造体の基板が除去されて保持プレート上の柱状多層膜間に空間部が形成された段階)における一部を拡大した概略断面斜視図である。
【図9】保持プレート上の柱状多層膜間に形成された空間部がイオン伝導層とイオン非伝導層により埋め尽くされた本発明の第二態様に係るイオン電解質膜構造体の一部を拡大した概略断面斜視図である。
【図10】実施例9に係る固体酸化物型燃料電池の200℃における発電特性を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
(1)イオン伝導性材料とイオン非伝導性材料
非特許文献1においては、酸素イオン伝導性材料としてYSZ[Y(イットリア)が8mol%混合]、イオン非伝導性材料としてSTO(SrTiO)が適用された積層膜が開示されている。
【0025】
そして、上記積層膜の各層厚を変化させたときのイオン伝導度が調べられ、その結果が図2のグラフ図に示されている。また、積層膜の層数とイオン伝導度との関係、および、積層膜の層厚とイオン伝導度との関係も調べられ、積層膜の層数(ni)とイオン伝導度との関係が図2のグラフ図内上段に、積層膜の層厚(tYSZ)とイオン伝導度との関係が図2のグラフ図内下段にそれぞれ示されている。
【0026】
そして、図2のグラフ図内上段に示された「積層膜の層数(ni)とイオン伝導度との関係」を示すグラフ図から、
(i)積層膜の層数は多い方が酸素イオン伝導量は大きく、積層膜の層数に比例すること。
また、図2のグラフ図内下段に示された「積層膜の層厚(tYSZ)とイオン伝導度との関係」を示すグラフ図から、
(ii)酸素イオン伝導量は積層膜の層厚に依存しないこと。
また、図2のグラフ図に示された層厚1nm、5nm、20nm、30nm、62nm(図2のグラフ図中、四角、三角等で示すマーク参照)のデータ群から、
(iii)酸素イオン伝導度は、T=200℃付近(1000/T=2.1)で、伝導度σ>1×10S/cm程度を示していることが分かる。
【0027】
そして、一般に燃料電池では、固体電解質においてイオン伝導度はσ>1×10−2S/cm以上が必要とされており、また、PEFCで有名なプロトン(水素イオン)伝導膜であるナフィオン(商標名)は、室温〜80℃の間で1×10−2〜3×10−2S/cmであることが知られている。
【0028】
従って、非特許文献1で示されているイオン伝導材料の伝導度そのものの値は十分に魅力的であると言える。しかし、イオン伝導の道(パス)は、YSZとSTO層の境目(境界あるいは界面)であるとされている。このため、通常の成膜方法であれば、図3に示すように平板状の基板(図示せず)上に、この基板平面に対し平行な構造の積層膜が得られる。そして、図3のような構造の積層膜であれば、YSZとSTO層の境目(境界あるいは界面)は積層膜に平行な方向に存在し、イオンは積層膜に平行な方向にしか流れないことになる。
【0029】
燃料電池の電解質膜、イオンセンサー、イオン分離膜のいずれにおいても、イオン伝導を利用する場合、イオン伝導方向は、イオン電解質膜に接続する電極に垂直な方向でなければならない。従って、図3のような構造の積層膜を利用するのであれば、YSZとSTOを積層して厚さセンチメートル級の積層膜とし、積層膜平面に対し垂直方向へ積層膜を切断して、図4に示すようにYSZとSTO層の境目(境界あるいは界面)をその断面で電極と接続することが必要となる。しかし、必要の厚さになるまでYSZとSTO層を積層するのは天文学的な時間がかかり非現実的であり、また、イオン電解質膜の膜厚はできるだけ薄い方が望ましく、このような作り方ではミクロン級の厚さにすることは不可能と考えられる。
【0030】
(2)イオン電解質膜構造体
本発明の請求項1に係るイオン電解質膜構造体(以下、第一態様に係るイオン電解質膜構造体と称する)は、図5に示すように厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板と、図6に示すように基板の細孔の各内壁面にイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層してなる複数の多層膜とで構成される。そして、これ等の層は交互に複数回積層されて細孔を埋め尽くす多層膜となり(図7参照)、細孔内壁面に設けられた上記多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するようになっていることを特徴とする。
【0031】
また、本発明の請求項2に係るイオン電解質膜構造体(以下、第二態様に係るイオン電解質膜構造体と称する)は、イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して成る一体化多層膜で構成されていることを特徴とする。
【0032】
そして、上記一体化多層膜は以下のような工程を経て製造されている。
【0033】
i)細孔を埋め尽くす多層膜を有する第一態様に係るイオン電解質膜構造体(すなわち、厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板と、基板の細孔の各内壁面にイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して細孔を埋め尽くす複数の多層膜とで構成される第一態様に係るイオン電解質膜構造体)の基板の一方の面を保持プレートに接着する工程、
ii)次いで、基板を溶解除去して柱状多層膜を残すことで、柱状多層膜間に、上記構造体の厚み方向に貫通した空間部(すなわち、図8に示すように基板が除去されて保持プレート上に残る柱状多層膜間の空間部)を形成する工程、
iii)次いで、第一多層膜としての柱状多層膜間の空間部内壁面に、イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して上記空間部を埋め尽くす第二多層膜(図9参照)を形成する工程、
を経て製造されている。
【0034】
そして、上記第一多層膜と第二多層膜が一体化されて一体化多層膜が形成され、この一体化多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するようになっている。
【0035】
以下、イオン電解質膜構造体を詳細に説明する。
【0036】
(2−a)複数の細孔を有する基板
複数の細孔を有する基板、すなわち、厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板において、貫通孔は細孔であり、これ等のサイズ、周期等はインプリント法で人為的に制御可能である。一例として、上記基板として用いられる陽極酸化アルミニウム基板について説明する。アルミニウムの陽極酸化は、例えば、アルミニウム板を陽極とし、陰極にカーボンをつなぎ、両電極をシュウ酸等の酸につけた状態で数Vから数十V程度の電圧を印加すると、アルミニウム板表面の酸化が促進され、かつ、数十nm径の細孔が自己整列して板面に垂直にmm級の深さで形成される。その後、電極を反対にして電圧を印加すると、アルミニウム部と細孔形成部との界面に水素ガスが発生し、酸化皮膜を金属面から容易に剥がせる。電圧や酸の種類に依存するが、一例として、図5に示すようなサイズ(直径が50nm、中心間距離が100nm)の貫通孔(細孔)が自己整列した基板を得ることができる。
【0037】
そして、上記細孔内にイオン伝導層と非イオン伝導層を交互に積層すると、例えば、各細孔径が100nm〜200nmのとき、各細孔に対し、積層膜としての膜全体の厚みは、各細孔の中心から測って50〜100nm程度必要である。たとえ積層膜自体の必要面積サイズが平方センチメートル級であっても、基板の厚み方向に貫通している多数の細孔内壁面に積層するのに要する時間は、厚さ100nmや200nm程度の成膜時間で良いことになり、現実的な方法と言える。アルミニウム板を陽極酸化する場合、基板上面で細孔部と基板部(非細孔部)の面積比を求めると、基板部(非細孔部):細孔部=55:45程度である。もしも、細孔内にイオン伝導層と非イオン伝導層を交互に積層して細孔を埋め尽くすと、イオン伝導領域の面積は基板上面全体の45%になる。つまり、基板上面全体に対するイオン伝導度は半分程度に落ちるのみである。200℃付近で基板面積全体がイオン伝導体であった場合、イオン伝導度が1×10S/cmであれば、5×10S/cm程度となるだけであり、この程度の伝導度の減少は問題にならず、十分高いイオン伝導度を確保できているといえる。
【0038】
(2−b)酸素イオン伝導性材料
酸素イオン伝導層を構成する酸素イオン伝導性材料としては、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)、LaGaO、CeO、SrFeO3-x、SrCoO3-xから選ばれる少なくとも1種の材料が挙げられる。
【0039】
YSZが代表的であるが、作動する温度が800℃付近と高温であるのが難点である。代替物としては、LaGaO系を代表とするペロブスカイト材料を用いることができる。ここで系というのは、Laの代わりに、一部をSrに置き換えたものや、Gaの一部をMg等で置換したものを指している。具体的には、(La,Sr)ScOやSmSrCoO等のLaScO系等ペロブスカイト系がある。また、CeO系も好ましい材料である。具体的には(Ce,Gd)O等が挙げられる。また、ペロブスカイト系酸化物の4価材料の代わりに、3価材料をアクセプターとし10%以下ドープして、以下のプロトン(水素イオン)伝導層として使用することも可能である。
【0040】
(2−c)プロトン(水素イオン)伝導性材料
イオン伝導層がプロトン(水素イオン)伝導性材料から成ることも好ましい。プロトン伝導性材料としては、ペロブスカイト構造を有するプロトン伝導性材料が好ましく、BaCeO、SrCeO、BaZrO、CeOから選ばれる少なくとも1種の材料であることが好ましい。BaCeOにおいては、Baの代わりに一部あるいは全部をSr、Zrで置換し、Ceの一部をZrやYで置換したもの等も含まれる。プロトン伝導性材料としてCeOも代表的であるが、Ceの一部あるいは全部をSm等の希土類元素で置換したものも含まれる。
【0041】
(2−d)ALD(Atomic Layer Deposition)法
本発明で適用される基板は、上述したように厚み方向に貫通している複数の細孔を有しており、細孔の直径は100〜200nm程度、基板の厚さは電解質の厚さである。尚、電解質の厚さが大きいと実質のイオン伝導の抵抗値が下がるので、イオン伝導体としては薄い方が好ましい。しかし、余り薄いと、膜の不完全性で燃料(水素等)と酸素が直接混じってしまう可能性があるので、製法の熟達度に応じて、強度、信頼度と伝導度が折り合うところで厚さを設定する必要がある。図5では、細孔直径は50nm、厚さ50μmとして示している。現実的にはもっと薄くした方が好ましい。このようなアスペクト比(細孔の長さ/細孔の直径)の大きな細孔内壁面に、膜厚が10nm以下の膜を積層する方法としてALD法が有効である。
【0042】
ALD法はCVD法の1種であるが、真空容器(成膜装置)中に基板材料を配置し、分子層を構成する元素が含まれる原料ガスを真空容器内に導入して、基板表面や細孔内壁面に吸着された分子と次に導入される原料ガスとの反応により分子層を形成する方法で、分子層の膜厚を原子層レベルで制御でき、細孔内壁面に積層成膜するのに最適の手法である。そして、ALD法で用いられる成膜装置(原子層堆積装置)においては、PVD法やCVD法で用いられる成膜装置に必要であった高価な部品ユニットや高速回転機構等が不要となり、従来の成膜方法と比べて成膜コストの低減が図れる。また、ALD法による多層膜の製造方法では、物性値の異なる複数種類の物質それぞれの分子層を基板表面や細孔内壁面に積層し、所望の物性値を有する薄膜が形成される基本工程を複数回繰り返すことにより複数の薄膜から成る多層膜を形成するものである。そして、各薄膜の形成にあたっては、分子層を構成する元素のそれぞれが含まれる原料ガスを交互に真空容器(成膜装置)内に導入し、原料ガスの入れ替え回数を調整することにより各薄膜の複合的な物性値を連続的に変化させる。ALD法では、SiO、Al、Ta、TiO等多くの酸化物層、複合酸化物層や窒化物層の成膜が可能である。また、異なった物質を数原子層ずつ堆積して、新たな物性を有する層を作り出すこともできる。
【0043】
ALD法を用いて、例えばAlの単原子(単分子)層を形成する場合、下記4工程で完成する。
(1)水分子を導入して基板表面や細孔内壁面若しくは既に成膜が行われた面にOH基を吸着させる。
(1層目以降の反応)
2HO+:O−Al(CH → :Al−O−Al(OH)+2CH
(2)余剰水分子をパージ排気する。
(3)Al膜の原料ガスであるTMA[Trimethyl Aluminum:Al(CH]ガスを導入する。TMA分子がOH基と反応してCHガスが発生する。
(1層目の反応)
Al(CH+:O−H → :O−Al(CH+CH
(1層目以降の反応)
Al(CH+:Al−O−H → :Al−O−Al(CH+CH
(4)CHガスをパージ排気する。
【0044】
この4工程で約0.1nmのAl膜が形成されるので、要求する膜厚に到達するまで上記4工程を繰り返して膜厚を増加させる。
【0045】
本発明に係るイオン電解質膜構造体の製造方法においては、厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板の上記細孔内壁面にALD法を用いてイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層し、図7に示すようにイオン伝導層とイオン非伝導層とで上記細孔を埋め尽くす多層膜を形成することにより、この多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過する第一態様に係るイオン電解質膜構造体が得られる。
【0046】
尚、ALD法を用いて得られた第一態様に係るイオン電解質膜構造体においては細孔内壁面だけでなく基板の平面部にもイオン伝導層とイオン非伝導層から成る多層膜が形成されており、得られたイオン電解質膜構造体を電極(空気極と燃料極)と接続させるためには、上記基板平面部に形成された多層膜を研削する等機械的方法で除去し、細孔内壁面に設けられたイオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面を露出した状態とすることが必要である。
【0047】
ここで、イオン伝導性材料としては、上述した酸素イオン伝導性材料やプロトン(水素イオン)伝導性材料が用いられる。
【0048】
また、上記イオン非伝導性材料としては、STO(SrTiO)等種々の酸化物が適用可能である。そして、上記イオン伝導材料との相性、すなわち、熱膨張係数、格子定数、結晶構造等を考慮して適宜選定される。
【0049】
ところで、本発明の第一態様に係るイオン電解質膜構造体においては、細孔内壁面に設けられた多層膜の界面およびイオン伝導層をイオンが伝導することを利用しているが、このとき最も気をつけなければならないことは、イオン電解質膜構造体の製造工程中において、新たに微細貫通孔が基板に形成され、あるいは、細孔内壁面が多層膜で埋め尽くされなかった場合、燃料電池に組み込んだ際に燃料ガスと酸素ガスが直接接触混合してしまう弊害を生ずる。従って、細孔内壁面を多層膜で埋め尽くしたと判断した後、このような弊害を考慮し、イオン伝導層を最後の一膜として再度成膜することが望ましい。
【0050】
次に、ALD法を用いて本発明の第二態様に係るイオン電解質膜構造体を以下のようにして製造することができる。
【0051】
まず、厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板と、基板の細孔の各内壁面にイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して細孔を埋め尽くす複数の多層膜とで構成される本発明の第一態様に係るイオン電解質膜構造体の基板の一方の面を保持プレートに接着する。
【0052】
次に、好ましくは、第一態様に係るイオン電解質膜構造体の基板平面部に形成された多層膜を研削する等機械的方法で除去した後、基板を溶解除去して柱状多層膜を残すことで、図8に示すように、柱状多層膜間に、上記イオン電解質膜構造体の厚み方向に貫通した空間部(すなわち、基板が除去されて保持プレート上に残る柱状多層膜間における空間部)を形成する。
【0053】
次いで、第一多層膜としての柱状多層膜間の空間部内壁面に、ALD法を用いイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を図9に示すように交互に複数回積層して、上記空間部を埋め尽くす第二多層膜を形成する。そして、第一多層膜と第二多層膜が一体化されて一体化多層膜が形成され、この一体化多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するイオン電解質膜構造体が得られる。
【0054】
尚、ALD法を用いて得られた本発明の第一態様に係るイオン電解質膜構造体においては、上述したように細孔内壁面だけでなく基板の平面部にもイオン伝導層とイオン非伝導層から成る多層膜が形成されている。このため、上記基板平面部に形成された多層膜を研削する等機械的方法で除去し、基板平面部を露出させた後、クロム・リン酸混合液等を用いて基板部位(アルミナ部)を溶解除去して厚み方向に貫通した空間部を設け、以下、上述したALD法を実施することが好ましい。
【0055】
そして、第一多層膜と第二多層膜とで構成された一体化多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過する本発明の第二態様に係るイオン電解質膜構造体においては、上記細孔内壁面に設けた多層膜のみを介し貫通方向へイオンが透過する本発明の第一態様に係るイオン電解質膜構造体と較べて、基板部位を除去して形成された空間部内壁面に設けた第二多層膜が利用される分、電解質膜としての使用面積は100%となり、第一態様に係るイオン電解質膜構造体とは異なり、イオン伝導度が小さくなることは原理的に無い。
【0056】
尚、第二態様に係るイオン電解質膜構造体においても、電極(空気極と燃料極)と接続させるためには、元細孔(第二態様のイオン電解質膜構造体は基板がないため「元細孔」と表現する)内壁面に設けられた柱状多層膜の界面の端面と、柱状多層膜間の空間部内壁面に設けられた第二多層膜の界面の端面を露出させた状態とすることが必要である。
【0057】
また、本発明の第一態様および第二態様に係るイオン電解質膜構造体において、細孔内壁面または元細孔内壁面および柱状多層膜間の空間部内壁面に交互に積層されるイオン伝導層とイオン非伝導層における1層の膜厚が1原子層以上10nm以下であることが好ましい。10nm以下であれば、イオン伝導層とイオン非伝導層の界面数を多くすることができ好ましい。尚、基板における細孔の直径が1μm程度ある場合、結局のところ多層膜の膜厚として細孔の直径分が必要となり、成膜時間が長くなって現実的でない。このため、細孔の直径は100nm程度が望ましい。この場合、積層する膜数が多いと伝導パスが多くなることから、多層膜の各膜厚は10nmを超えない方が望ましい。多層膜の各膜厚が10nmを超えると積層する膜数が少なくなり、界面数が減って伝導パスが少なくなるからである。
【0058】
(3)固体酸化物型燃料電池(SOFC)
本発明に係る固体酸化物型燃料電池(SOFC)は、イオンの選択透過性を有する固体電解質と、固体電解質の一方の面に配置された空気極および他方の面に配置された燃料極を備える固体酸化物型燃料電池を前提とし、上記固体電解質が、上述した本発明の第一態様または第二態様に係るイオン電解質膜構造体で構成されていることを特徴とする。
【0059】
そして、第一態様および第二態様に係るイオン電解質膜構造体においては、細孔内壁面または元細孔内壁面および柱状多層膜間の空間部内壁面に交互に積層されるイオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面が平面的に露出して、細孔および空間部の貫通方向へイオンが透過する構造になるため、イオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面を空気極や燃料極に接することが可能となる。
【0060】
従って、本発明の第一態様または第二態様に係るイオン電解質膜構造体が適用された固体酸化物型燃料電池(SOFC)においては、上記イオン電解質膜構造体の高いイオン伝導性からSOFCの使用温度を下げることが可能となり、この結果、エネルギー効率に優れたSOFCの利用範囲を一般家庭も含めた広範囲に拡大することができる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明の実施例について具体的に説明する。
【0062】
[実施例1]
アルミニウム板を陽極酸化して面全体に亘り基板の厚み方向に貫通する貫通孔としての細孔(直径100nm)を有する厚さ30μmのアルミナ基板を実施例1に係るイオン電解質膜構造体の基板として利用した。また、イオン伝導材料としてYSZ(Yが8mol%混合)を用い、イオン非伝導材料としてSTO(SrTiO)を用い、かつ、ALD法により各細孔内壁面にYSZとSTOを交互に各厚さが5nmとなるように積層し、かつ、形成された多層膜により細孔が埋め尽くされた実施例1に係るイオン電解質膜構造体を作製した。
【0063】
すなわち、真空チャンバー内に配置されかつヒーターの付いた台の上に上記アルミナ基板を固定し、真空チャンバー内を真空に排気しながらアルミナ基板を250℃に保持した。
【0064】
この過程で、最初に、Y用原料(イットリム トリメチルシクロペンタジエニル:YCpMe:反応物A)を、Zr用原料[ジルコニウムテトラターシャリブトキシド:Zr(OtBu)4:反応物B]に対し、モル比で8%混合して100m秒間、真空チャンバー内に導入し、YSZ膜を成膜している。その後、表1に示す排除ガスを2秒間チャンバーに入れ、第一段階での未反応ガスを排除する。その後、上記YSZ膜成膜工程を合計で10回繰り返し、膜厚を約5nmとした。
【0065】
次に、チタニウムメトキサイド[Ti(OMe):反応物B]と、ストロンチウム−ジ−シクロペンタジエニルトリプロピル[Sr(CpPr):反応物A]を混合し、100m秒間、真空チャンバー内に導入しSTO膜を成膜している。その後、表1に示す排除ガスを2秒間チャンバーに入れ、第二段階での未反応ガスを排除する。これを合計で10回繰り返し、膜厚を約5nmとした。
【0066】
この全体を1組として合計で5組繰り返し、直径100nmの上記細孔内壁面に、ほぼ平行に同心円状にYSZ膜とSTO膜を積層し、細孔を埋め尽くすところで終了した。
【0067】
得られた成膜品の基板両面について、逆スパッタリング法を用い、直径100nmの細孔内に同心円状に積層された多層膜界面が現れるところまで研削して、実施例1に係るイオン電解質膜構造体を得た。
【0068】
得られた実施例1に係るイオン電解質膜構造体の模式図を図7に示し、また、ALD法で用いたイオン伝導材料とイオン非伝導材料の原料ガスおよび排除ガスを表1に示す。
【0069】
【表1】

ここで、
Cp:シクロペンタジエニル系
(OtBu)4、(OMe):ブトキシ、メトキシ基等のアルコキシド系
Pr:プロピル基
【0070】
そして、得られたイオン電解質膜構造体の酸素イオン伝導を、JIS−R−1661の測定法に従いインピーダンスアナライザ(Solatron-1260)を用いて計測したところ、
T=200℃で、1×10S/cmという高いイオン伝導度が得られた。
【0071】
[実施例2]
実施例1のイオン伝導材料としてYSZを用いていたところを、LaGaOとした以外は実施例1と同一条件で実施例2に係るイオン電解質膜構造体を作製した。
【0072】
尚、ALD法で用いたイオン伝導材料とイオン非伝導材料の原料ガスおよび排除ガスを表2に示す。
【0073】
【表2】

ここで、
(thd)3:トリ−テトラメチル−ヘプタンディオネート
【0074】
そして、得られたイオン電解質膜構造体の酸素イオン伝導を計測したところ、
T=200℃で、5×10-1S/cmという高いイオン伝導度が得られた。
【0075】
[実施例3]
実施例1のイオン伝導材料としてYSZを用いていたところを、CeOとした以外は実施例1と同一条件で実施例3に係るイオン電解質膜構造体を作製した。
【0076】
尚、ALD法で用いたイオン伝導材料とイオン非伝導材料の原料ガスおよび排除ガスを表3に示す。
【0077】
【表3】

ここで、
(thd)4:テトラ−テトラメチル−ヘプタンディオネート
【0078】
そして、得られたイオン電解質膜構造体の酸素イオン伝導を計測したところ、
T=200℃で、2×10-1S/cmという高いイオン伝導度が得られた。
【0079】
[実施例4]
アルミニウム板を陽極酸化して面全体に亘り基板の厚み方向に貫通する貫通孔としての細孔(直径100nm)を有する厚さ30μmのアルミナ基板を実施例4に係るイオン電解質膜構造体の基板として利用した。また、イオン伝導材料としてBaCeOを用い、イオン非伝導材料としてSTO(SrTiO)を用い、かつ、ALD法により各細孔内壁面にYSZとSTOを交互に各厚さが5nmとなるように積層し、形成された多層膜により細孔が埋め尽くされた実施例4に係るイオン電解質膜構造体を作製した。
【0080】
すなわち、真空チャンバー内に配置されかつヒーターの付いた台の上に上記アルミナ基板を固定し、真空チャンバー内を真空に排気しながらアルミナ基板を250℃に保持した。
【0081】
尚、上記材料を用いた以外はALD法、積層条件等は実施例1と同一とした。
【0082】
また、ALD法で用いたイオン伝導材料とイオン非伝導材料の原料ガスおよび排除ガスを表4に示す。
【0083】
【表4】

ここで、
(OEt)3:エトキシ基
【0084】
そして、得られたイオン電解質膜構造体のプロトン(水素イオン)伝導を計測したところ、T=650℃で、σ=1×10-2S/cmという値が得られた。
【0085】
[実施例5]
実施例4のイオン伝導材料としてBaCeOを用いていたところを、SrCeOとした以外は実施例4と同一条件で実施例5に係るイオン電解質膜構造体を作製した。
【0086】
尚、ALD法で用いたイオン伝導材料とイオン非伝導材料の原料ガスおよび排除ガスを表5示す。
【0087】
【表5】

ここで、
(CpPr3)のCp:シクロペンタジエニル系
Pr:プロピル基
【0088】
そして、得られたイオン電解質膜構造体のプロトン(水素イオン)伝導を計測したところ、T=650℃で、σ=8×10-3S/cmという値が得られた。
【0089】
[実施例6]
実施例4のイオン伝導材料としてBaCeOを用いていたところを、BaZrOとした以外は実施例4と同一条件で実施例6に係るイオン電解質膜構造体を作製した。
【0090】
尚、ALD法で用いたイオン伝導材料とイオン非伝導材料の原料ガスおよび排除ガスを表6示す。
【0091】
【表6】

【0092】
そして、得られたイオン電解質膜構造体のプロトン(水素イオン)伝導を計測したところ、T=650℃で、σ=9×10-3S/cmと大きな値を示した。
【0093】
[実施例7]
実施例4のイオン伝導材料としてBaCeOを用いていたところを、CeOとした以外は実施例4と同一条件で実施例7に係るイオン電解質膜構造体を作製した。
【0094】
尚、ALD法で用いたイオン伝導材料とイオン非伝導材料の原料ガスおよび排除ガスを表7示す。
【0095】
【表7】

【0096】
そして、得られたイオン電解質膜構造体のプロトン(水素イオン)伝導を計測したところ、T=650℃で、σ=4×10-3S/cmという値を示した。
【0097】
[実施例8]
図7に示した実施例1に係るイオン電解質膜構造体における基板の一方の面に、電極となるPt薄板を銀ペーストで接着し、かつ、基板の他方の面を紙やすりで少し傷を付けた後、クロム・リン酸混合液を用いてアルミナ部(基板部位)を溶解除去し柱状多層膜を残すことで、柱状多層膜間に、上記構造体の厚み方向に貫通する空間部(図8に示すように上記アルミナ部位が除去されて保持プレートとしてのPt薄板上に残存する柱状多層膜間における空間部)を設けた。
【0098】
次に、実施例1においてALD法により細孔内壁面にYSZとSTOを交互に積層して多層膜を形成した同様の方法により、柱状多層膜間の空間部内壁面にYSZとSTOを交互に積層し、空間部を埋め尽くしたところで積層を停止した。これによって、構造体の全面をイオン伝導電解質膜にすることができた。
【0099】
得られた実施例8に係るイオン電解質膜構造体の酸素イオン伝導を計測したところ、T=200℃で、σ=7×10S/cmという大きな値を示した。
【0100】
[実施例9]
実施例8で作製されたイオン電解質膜構造体を利用してSOFC電解質層を作製した。すなわち、上記イオン電解質膜構造体の裏面をサンドペーパーで一部除去した後、アノードにはNiO多孔質基板、カソードにはSmCoO系酸化物を使用し、得られたこれ等部材を500℃で焼成して固体酸化物型燃料電池(SOFC)を作製した。
【0101】
そして、燃料極側に水素を与え、酸素極に空気を与えて、200℃で発電を試みた。尚、発電特性は、JIS−R−1661の測定法に従い4端子法で計測した。
【0102】
測定した電圧、電流密度およびパワー密度は図10のグラフ図に示す通りとなった。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明に係るイオン電解質膜構造体において、細孔内壁面または元細孔内壁面および柱状多層膜間の空間部内壁面に交互に積層されるイオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面が平面的に露出して、基板に設けられた細孔または元細孔および柱状多層膜間の空間部の貫通方向へイオンが透過する構造になるため、イオン伝導層とイオン非伝導層の界面の端面を空気極や燃料極に接することが可能となる。従って、エネルギー効率に優れた固体酸化物型燃料電池(SOFC)の固体電解質として利用される産業上の利用可能性を有している。
【符号の説明】
【0104】
40 単セル
41 固体電解質
42 空気極
43 燃料極
44 インタコネクタ
47 燃料通路
48 酸化剤通路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンのみを透過するイオン電解質膜構造体において、
厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板と、上記基板の細孔内壁面にイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して細孔を埋め尽くす多層膜とで構成され、上記細孔内壁面に設けられた多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するようになっていることを特徴とするイオン電解質膜構造体。
【請求項2】
イオンのみを透過するイオン電解質膜構造体において、
イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して成る一体化多層膜で構成され、
細孔を埋め尽くす多層膜を有する上記請求項1におけるイオン電解質膜構造体の基板の一方の面を保持プレートに接着する工程、
基板を溶解除去して柱状多層膜を残すことで、柱状多層膜間に、上記イオン電解質膜構造体の厚み方向に貫通した空間部を形成する工程、
第一多層膜としての柱状多層膜間の空間部内壁面に、イオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して上記空間部を埋め尽くす第二多層膜を形成する工程、
により上記一体化多層膜が製造され、
第一多層膜と第二多層膜は一体化されて上記一体化多層膜を形成し、この一体化多層膜を介しイオンのみが貫通方向へ透過するようになっていることを特徴とするイオン電解質膜構造体。
【請求項3】
上記イオン伝導層およびイオン非伝導層における1層の膜厚が1原子層以上10nm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のイオン電解質膜構造体。
【請求項4】
上記多層膜または一体化多層膜を介して貫通方向へ透過するイオンが酸素イオンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のイオン電解質膜構造体。
【請求項5】
上記イオン伝導層が酸素イオン伝導性材料で構成され、酸素イオン伝導性材料がYSZ、LaGaO、CeO、SrFeO3-x、SrCoO3-xから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のイオン電解質膜構造体。
【請求項6】
上記多層膜または一体化多層膜を介して貫通方向へ透過するイオンが水素イオンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のイオン電解質膜構造体。
【請求項7】
上記イオン伝導層がペロブスカイト構造を有する水素イオン伝導性材料で構成されることを特徴とする請求項1〜3、6のいずれかに記載のイオン電解質膜構造体。
【請求項8】
ペロブスカイト構造を有する水素イオン伝導性材料が、BaCeO、SrCeO、BaZrO、CeOから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項7に記載のイオン電解質膜構造体。
【請求項9】
請求項1に記載のイオン電解質膜構造体の製造方法において、
厚み方向に貫通している複数の細孔を有する基板の上記細孔内壁面にALD法を用いてイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層し、上記細孔を埋め尽くす多層膜を形成することを特徴とするイオン電解質膜構造体の製造方法。
【請求項10】
請求項2に記載のイオン電解質膜構造体の製造方法において、
細孔を埋め尽くす多層膜を有する上記請求項1におけるイオン電解質膜構造体の基板の一方の面を保持プレートに接着する工程、
基板を溶解除去して柱状多層膜を残すことで、柱状多層膜間に、上記イオン電解質膜構造体の厚み方向に貫通した空間部を形成する工程、
第一多層膜としての柱状多層膜間の空間部内壁面に、ALD法を用いてイオン伝導性材料から成るイオン伝導層とイオン非伝導性材料から成るイオン非伝導層を交互に複数回積層して上記空間部を埋め尽くす第二多層膜を形成する工程、
を有し、上記第一多層膜と第二多層膜は一体化されて一体化多層膜を形成することを特徴とするイオン電解質膜構造体の製造方法。
【請求項11】
イオンの選択透過性を有する固体電解質と、固体電解質の一方の面に配置された空気極および他方の面に配置された燃料極を備える固体酸化物型燃料電池において、
上記固体電解質が請求項1〜8のいずれかに記載のイオン電解質膜構造体で構成されていることを特徴とする固体酸化物型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−251301(P2010−251301A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34432(P2010−34432)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】