説明

インク、インクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置

【課題】乾燥が著しい状況においても優れた目詰まりの回復性を示し、低温低湿の環境でも優れた間欠吐出安定性を示し、さらに、高温高湿滲みの発生が抑制された画像を得ることができるインクの提供。
【解決手段】水溶性染料と下記の水溶性有機溶剤と下記の固体の化合物を含有してなるインクであって、水溶性有機溶剤は、前記水溶性染料に対して10%以上の溶解性を有し、かつ、1気圧において沸点が180℃以上であり、固体の化合物は、温度30℃、相対湿度80%の環境で潮解性を有するものであり、さらに、下記一般式(I)で表される化合物を含有してなるインク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インク、該インクを使用するインクジェット記録方法、該インクをそれぞれインク収容部に収容してなる、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置に関する。より詳しくは、記録ヘッドのノズルの目詰まりによる吐出不良が抑制され、低温低湿の環境での間欠吐出安定性にも優れ、かつ、高温高湿の環境で記録装置などを長時間放置した場合にもインクの滲み出しによる記録品位の低下を生じることがないインクに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方法は、インク小滴を普通紙や光沢メディアなどの記録媒体に付与して画像を形成する記録方法である。インクジェット記録方法に用いるインクには、吐出安定性に優れることは当然のことながら、さらには、保存安定性に優れ、記録ヘッドのノズルの目詰まりを生じないことや、インク中の色材の析出が生じないことなどの特性が要求される。
【0003】
従来、インクジェット記録方法に適用するインクとして水性インクを用いる場合には、以下のような課題が生じる場合があった。具体的には、記録ヘッドのノズル先端(吐出口)からインク中の水分などが蒸発することにより、ノズルの目詰まりが発生することや、低湿の環境での間欠吐出安定性が充分に得られず、記録品位が著しく低下することがあった。これらの課題を解決するために、吸湿性固体、潮解性を有する固体の有機化合物、及び高沸点水溶性有機溶剤を併用したインクとすることにより、目詰まりを抑制し、低湿の環境における間欠吐出安定性を向上させることに関する開示がある(特許文献1参照)。
【0004】
一方で、記録ヘッドのノズルの目詰まりの抑制や、間欠吐出安定性を向上させるために、インク中の溶剤の含有量を高めるという方法がある。しかし、このようなインクを用いて形成した記録物を高湿の環境で保管すると、画像に滲みが発生しやすいという問題があった。これに対し、特許文献1では、インクの構成を、吸湿性又は潮解性を有する固体の有機化合物を含有してなるものとすることで、高湿の環境での記録物の滲みの発生を抑制することを提案している。
【0005】
【特許文献1】特開2000−273376号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、本発明者らが従来のインクについて検討を行った結果、従来の技術では解決できない重大な問題点があることを発見した。すなわち、以下に述べるような目詰まりに対しては、従来の技術では、インク中の水や水溶性有機溶剤などの蒸発を抑制することが困難であり、正常な吐出ができる状態にまで回復するには不充分であった。このようなものとしては、例えば、インクジェット記録装置を長期間使用しない場合におけるノズルや液室内部の乾燥によるインク中の成分の析出により生じる目詰まり、が挙げられる。また、例えば、回復動作や記録動作の途中での不測の電源切断などによる記録ヘッドにキャップをしない状態でインクジェット記録装置を放置した場合などの、乾燥が極めて著しい状況で生じたノズルの目詰まりが挙げられる。
【0007】
また、インクジェット記録方法の目覚ましい発展や、得られる画像をより高画質化するという近年における技術の流れの中で、目詰まりは、より発生しやすい状況となっている。例えば、近年のインクジェット記録装置では、画像における粒状感の低減を目的として、ノズル径が20μm未満、吐出体積が3pL未満という、これまでとは比較にならないほどの微細な径のノズルを有する記録ヘッドが用いられるようになってきている。このような極めて微細なノズルを用いる場合には、上述のような目詰まりによる影響はより顕著となると同時に、間欠吐出安定性も著しく低下する。本発明者らが検討した結果、低湿の環境でも、温度が下がるにしたがってその傾向は著しくなる。さらには、15℃以下の低温の環境においては、間欠吐出安定性が著しく低下し、これにより記録品位も低下する場合がある。
【0008】
これらを改善するために、インク中の水溶性有機溶剤の含有量や吸湿性物質又は潮解性物質の含有量を多くしても、インクの粘度が向上するため、逆に吐出安定性が低下する場合や、高温高湿の環境での画像の滲みが顕著となる場合がある。以下、高温高湿の環境で生じる画像の滲みを高温高湿滲みと呼ぶ。とりわけ、調色などの目的で2種類以上の色材を含有するインクを用いて、基材上に顔料とバインダーとを含むインク受容層を形成した所謂コート紙などに形成した画像を、特に高温高湿の環境に長時間置くと、高温高湿滲みが発生する場合がある。これにより、記録媒体への異なる複数の色材の浸透深さや、これらの移動性の違いにより、インクの滲みが生じ、記録品位が著しく低下したように見える場合がある。
【0009】
したがって、本発明の目的は、前記に挙げたような乾燥が著しい状況においても優れた目詰まりの回復性を示し、低温低湿の環境でも優れた間欠吐出安定性を示し、さらに、高温高湿滲みの発生が抑制された画像を得ることができるインクを提供することにある。また、本発明の別の目的は、上記のような優れた特性のインクを用いることで、安定して良好な画像の形成が可能となるインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、少なくとも、水溶性染料と下記の水溶性有機溶剤と下記の固体の化合物を含有してなるインクであって、前記水溶性有機溶剤は、前記水溶性染料に対して10%以上の溶解性を有し、かつ、1気圧において沸点が180℃以上であり、前記固体の化合物は、温度30℃、相対湿度80%の環境で潮解性を有するものであり、さらに、下記一般式(I)で表される化合物を含有してなることを特徴とするインクである。

【0011】
本発明の別の形態は、インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法において、使用するインクが、上記のインクであることを特徴とするインクジェット記録方法である。
【0012】
本発明の別の形態は、インクを収容するインク収容部を備えたインクカートリッジにおいて、インク収容部に収容されているインクが、上記のインクであることを特徴とするインクカートリッジである。
【0013】
本発明の別の形態は、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えた記録ユニットにおいて、インク収容部に収容されているインクが、上記のインクであることを特徴とする記録ユニットである。
【0014】
本発明の別の形態は、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えたインクジェット記録装置において、インク収容部に収容されているインクが、上記のインクであることを特徴とするインクジェット記録装置である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、微細なノズルを有するインクジェット記録装置に適用する場合においても、乾燥が著しい状況下においても、目詰まりの回復性、低温低湿の環境での間欠記録安定性に優れ、高温高湿滲みが低減された画像が得られるインクが提供される。また、本発明の別の実施態様によれば、安定して良好な画像の形成を行うことが可能なインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、好ましい実施の形態を挙げて、本発明を詳細に説明する。なお、水溶性染料や潮解性を有する化合物などが塩である場合は、インク中では塩はイオンに解離して存在しているが、本発明においては便宜上、「塩を含有する」と表現する。
【0017】
本発明のインクは、少なくとも、水溶性染料と、特定の水溶性有機溶剤と、特定の固体の化合物を含有してなるインクであって、さらに、下記一般式(I)で表される化合物を含むことを特徴とする。本発明のインクを構成する特定の水溶性有機溶剤は、使用する水溶性染料に対して10%以上の溶解性を有し、かつ、1気圧において沸点が180℃以上であるものである。また、本発明のインクを構成する固体の化合物は、温度30℃、相対湿度80%の環境で潮解性を有するものである。

【0018】
インクジェット記録装置を長期間使用しない場合や記録ヘッドにキャップをしない状態での装置の保管などの、乾燥が著しい状況でも、本発明のインクを適用すれば、目詰まりの回復性に優れ、低温低湿の環境での間欠吐出安定性にも優れるという効果が得られる。さらに、このような本発明のインクを用いて形成した記録物は、高温高湿滲みの発生が低減されたものになるという顕著な効果を有するものとなる。本発明の構成を有するインクによって上記したような種々の効果が得られる理由は明確ではないものの、本発明者らは次のように推測している。
【0019】
従来のインクのように、その構成成分として、目詰まりを防止するための水溶性有機溶剤と吸湿性材料のみを含有するインクである場合は、これらがそれぞれ本発明で規定する特定のものであったとしても、以下のような現象が起こる。具体的には、記録ヘッドのノズル先端(吐出口)から水分や水溶性有機溶剤などが徐々に蒸発すると、乾燥が著しい環境では、吐出口近傍だけでなく、ノズルの内部まで析出物が発生する。このため、正常な吐出ができる状態にまで回復させることが極めて困難になる。さらに、ノズル径が小さいほどこの傾向は顕著になるため、特に低温低湿の環境では、間欠吐出安定性も極端に低下することになる。
【0020】
これに対して、本発明のインクの場合は、先ず、下記一般式(I)で表される化合物が含有されているため、下記のような現象が生じ、本発明の顕著な効果が得られたものと考えられる。すなわち、記録ヘッドのノズルのメニスカス面近傍で、一般式(I)で表される化合物がノズル中のインク表面に薄膜を形成し、これによってノズル先端からのインクの成分の蒸発が抑制されたものと考えられる。さらに、本発明のインクでは、ノズル内部にまでインクの析出物が発生するのを抑制するために、染料の溶解性が高く、沸点が180℃以上の高沸点の水溶性有機溶剤と、潮解性を有する特定の固体の化合物を併存させる。かかる構成としたことにより、インクを構成する成分の溶解性を高めると共に記録ヘッド内部の液室からの水分の拡散が促進され、乾燥が著しい状況でも長期間内部の湿潤状態を保つことができるようになったものと考えている。
【0021】

【0022】
また、上記した構成の本発明のインクが、画像における高温高湿滲みを抑制できる理由について、本発明者らは以下のように考えている。先ず、従来のインクにおいて高温高湿滲みが生じる過程を説明する。インクを構成する主成分が水である水性インクで記録媒体に形成された画像においては、記録媒体に付与されたインク成分の中から水が蒸発する。水が蒸発した後、記録媒体に残るインクの成分は、水よりも蒸気圧の低い水溶性有機溶剤や水溶性染料である。このとき、インク受容層中には水溶性有機溶剤が存在するため、インク受容層中の一部の水溶性染料は、水溶性有機溶剤に溶解した状態で存在する。このような記録媒体を高温高湿の環境に長時間放置すると、大気中の水分がインク受容層に取り込まれ、取り込まれた水分が、インク受容層中の水溶性染料が移動するための媒体となる。そして、溶解状態の水溶性染料が、この水分と共にインク受容層中を移動することで、画像の滲みが発生するものと考えられる。
【0023】
一方、本発明のインクでは、染料の溶解性が高い水溶性有機溶剤と共に、一般式(I)で表される化合物が含有されているため、インク受容層中の水溶性染料の溶解状態が不安定化され、インク受容層中における水溶性染料の移動が抑制できたものと考えている。また、本発明者らの検討によれば、2種類以上の水溶性染料を含有してなるインクの場合に、インク受容層中におけるこれらの水溶性染料の移動性の違いにより、著しく記録品位が低下したかのような印象を与える場合があった。このため、このような構成の2種類以上の水溶性染料を含有してなるインクにおいては、特に本発明の効果が顕著に認められる。
【0024】
<インク>
以下、本発明のインクを構成する各成分などについて説明する。
(水溶性染料)
本発明のインクに用いる水溶性染料は、公知の染料であっても、新規に合成された染料であってもよい。具体的には、以下に列挙するような、酸性染料、直接染料、食用染料などを用いることができる。
【0025】
〔イエロー色材〕
C.I.ダイレクトイエロー:8、11、12、27、28、33、39、44、50、58、85、86、87、88、89、98、100、110、132、173など。C.I.アシッドイエロー:1、3、7、11、17、23、25、29、36、38、40、42、44、76、98、99など。下記一般式(II)で示されるアゾピリドン染料。
【0026】

(一般式(II)中、R1及びR2はそれぞれ独立に、置換若しくは非置換の、アルキル基、アリール基、アリールアルキル基、又は水素原子であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。p及びrはそれぞれ独立に0乃至3の整数、q及びsはそれぞれ独立に1乃至3の整数であり、p+q<5かつr+s<5である。)
【0027】
〔マゼンタ色材〕
C.I.ダイレクトレッド:2、4、9、11、20、23、24、31、39、46、62、75、79、80、83、89、95、197、201、218、220、224、225、226、227、228、229、230など。C.I.アシッドレッド:6、8、9、13、14、18、26、27、32、35、42、51、52、80、83、87、89、92、106、114、115、133、134、145、158、198、249、265、289など。C.I.フードレッド:87、92、94など。C.I.ダイレクトバイオレット:107など。
【0028】
〔シアン色材〕
C.I.ダイレクトブルー:1、15、22、25、41、76、77、80、86、90、98、106、108、120、158、163、168、199、226、307など。C.I.アシッドブルー:1、7、9、15、22、23、25、29、40、43、59、62、74、78、80、90、100、102、104、112、117、127、138、158、161、203、204、221、244など。
【0029】
〔ブラック色材〕
C.I.ダイレクトブラック:17、19、22、31、32、51、62、71、74、112、113、154、168、195など。C.I.アシッドブラック:2、48、51、52、110、115、156など。C.I.フードブラック:1、2など。
【0030】
〔レッド色材〕
C.I.アシッドオレンジ:7、10、33、56、67、74、88、94、116、142など。C.I.アシッドレッド:111、114、266、374など。C.I.ダイレクトオレンジ:26、29、34、39、57、102、118など。C.I.フードイエロー:3など。C.I.リアクティブオレンジ:1、4、5、7、12、13、14、15、16、20、29、30、84など。又は、上記イエロー色材とマゼンタ色材とを適切に混合したものなども用いることができる。
【0031】
〔グリーン色材〕
C.I.アシッドグリーン:5、6、9、12、15、16、19、21、25、28、81、84など。C.I.ダイレクトグリーン:26、59、67など。C.I.フードグリーン:3など。C.I.リアクティブグリーン:5、6、12、19、21など。又は、上記イエロー色材とシアン色材とを適切に混合したものなども用いることができる。
【0032】
〔ブルー色材〕
C.I.アシッドブルー:62、80、83、90、104、112、113、142、203、204、221、244など。C.I.リアクティブブルー:49など。C.I.ピグメントブルー:15:6など。C.I.アシッドバイオレット:19、48、49、54、129など。C.I.ダイレクトバイオレット:9、35、47、51、66、93、95、99など。C.I.リアクティブバイオレット:1、2、4、5、6、8、9、22、34、36など。又は、上記マゼンタ色材とシアン色材とを適切に混合したものなども用いることができる。
【0033】
本発明においては上記に挙げた染料の中でも特に、アゾピリドン染料を用いることが好ましい。さらには、アゾピリドン染料の中でも特に、前記一般式(II)で表される化合物を用いることが好ましい。本発明者らの検討によれば、一般式(II)で表される化合物などのアゾピリドン染料は、ノズルの先端(吐出口)における染料の析出が特に顕著に生じやすいため、後述するインク成分との組み合わせにより、本発明の効果を顕著に得ることができる。
【0034】
また、2種類以上の水溶性染料を用いてなるインクの場合は、使用する水溶性有機溶剤に対する溶解性のバランスが崩れることで、液室内部での水溶性染料の析出やそれによるノズルの先端(吐出口)における染料の析出、さらには色味の変化が生じる場合がある。このため、上記のような染料を2種類以上用いたインクにおいて、本発明で規定する高沸点の水溶性有機溶剤と、潮解性を有する固体の化合物と、前記一般式(I)で表される化合物とを併存させた構成とした場合に、本発明の効果が顕著に得られる。より具体的には、水溶性染料を2種類以上含むインクの場合は、それぞれの水溶性染料に対し、10%以上の溶解性を有し、かつ、1気圧において沸点が180℃以上である水溶性有機溶剤が含まれるように構成することを要する。さらに、一般式(II)で表される化合物などのアゾピリドン染料とフタロシアニン染料とを組み合わせて含有されてなるインクの場合には、本発明の効果がより顕著に得られる。
【0035】
(水溶性有機溶剤)
本発明のインクは、上記に挙げたようなインク中の水溶性染料に対し、10%以上の溶解性を有し、かつ、1気圧における沸点が180℃以上である水溶性有機溶剤を含有してなることを要する。本発明における、水溶性有機溶剤に対する水溶性染料の溶解度は、以下の方法で測定した値である。先ず、測定対象の水溶性染料を3質量%含有する水溶液を調製して、その吸光度を測定する。そして、測定対象の水溶性有機溶剤に対して過剰の水溶性染料を加えて充分に撹拌した液体をポアサイズ0.45μmのメンブランフィルターでろ過した後、その吸光度を測定する。そして、先に測定した水溶性染料を3質量%含有する水溶液における吸光度と、前記液体における吸光度とを比較することで、溶解度を求める。
【0036】
本発明のインクには、上述の特性を有する水溶性有機溶剤であれば特に制限はなく、アルコール、多価アルコール、ポリグリコール、グリコールエーテル、含窒素極性溶媒、含硫黄極性溶媒などのいずれの水溶性有機溶剤も用いることができる。本発明のインクに用いることができる水溶性有機溶剤は、具体的には、以下のものが挙げられる。
ホルムアミド、N−メチルアセトアミドなどのアミド類。ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどのポリアルキレングリコール類。2−ヘプタノンやホロンなどのケトン類。エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2,6−ヘキサントリオール、チオジグリコール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール、トリメチロールプロパンなどのアルキレングリコール類。エチレングリコールメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテルなどの多価アルコールのアルキルエーテル類。エタノール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、イソブチルアルコールなどの1価アルコール類。グリセリン、N−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−イミダゾリジノン、トリエタノールアミン、スルホラン、ジメチルスルホキシドなど。
【0037】
中でも特に、一般的に上記で挙げた水溶性染料に対する溶解性が高いグリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコールなどのアルコール類を水溶性有機溶剤として用いることが好ましい。本発明においては、本発明のインクに含有される水溶性染料に対する溶解性が高く、保湿性にも優れるグリセリンを水溶性有機溶剤として用いることが特に好ましい。
【0038】
本発明の効果を得ることや、インクの物性、記録媒体へインクを効果的に浸透させることなどの観点から、本発明のインク中の特定の水溶性有機溶剤の含有量は以下のように設定することが好ましい。具体的には、水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、5.0質量%以上25.0質量%以下、さらには7.0質量%以上20.0質量%以下であることが好ましい。なお、インクが2種類以上の水溶性染料を含有する場合、水溶性有機溶剤は、それぞれの水溶性染料に対して10%以上の溶解性を持つものを用いることが必要である。
【0039】
(潮解性を有する固体の化合物)
本発明のインクは、さらに、温度30℃、相対湿度80%の環境で潮解性を有する固体の化合物(以下、潮解性を有する化合物、ということがある)を含有することが必要である。一般に、潮解現象は大気圧と比較して固体の飽和蒸気圧が極めて小さいときに起こるとされている。本発明における「潮解性を有する化合物」とは、温度30℃、相対湿度80%の高温高湿の環境で24時間放置した際に質量が20%以上変化する固体の化合物であることを意味する。潮解性を有する化合物は、潮解現象が起こると水分などを吸収して液体の状態となる。
【0040】
本発明のインクに用いることができる潮解性を有する化合物としては、下記のようなものが挙げられる。例えば、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなどの金属塩化物、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物、酢酸カリウムや酢酸リチウムなどのアルカリ金属酢酸塩などである。これらの中でも特に、アルカリ金属酢酸塩を用いることが好ましい。勿論、本発明はこれに限られるものではない。
【0041】
アルカリ金属酢酸塩は、保存することによりpHが低下するようなインクに対して、pH調整剤としても作用する。とりわけ、本発明のインクを構成する特定の水溶性有機溶剤として、前記したようなグリセリンなどのアルコール類を含有するインクでは、アルカリ金属酢酸塩は、これらのアルコール類の酸化に起因するインクのpHの低下を抑制させる効果がある。このため、本発明のインクを構成する潮解性を有する固体の化合物としてアルカリ金属酢酸塩を用いれば、インクのpHの変化による染料の析出や分解が抑制され、インクの保存安定性を向上させることができる。さらに、耐酸性の観点からは、このような構成のインクを用いることで、特別な耐腐食性の部材を用いることなく、記録ヘッドやインクジェット記録装置を構成することができる。これにより、コストダウンや信頼性を向上させることができる。アルカリ金属酢酸塩の中でも、吸湿性や潮解性に優れ、記録ヘッドやインクジェット記録装置の構成部材に対しても影響を及ぼすことが少ない点から、酢酸リチウムを用いることが特に好ましい。
【0042】
(一般式(I)で表される化合物)
本発明のインクは、下記一般式(I)で表される化合物を含有してなることを特徴とする。

【0043】
上記一般式(I)で表される化合物は、炭素鎖の両末端に水酸基を有するジオール化合物である。一般式(I)に該当する化合物は、例えば、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1、6−ヘキサンジオール、1,7−ヘプタンジオール、及び1,8−オクタンジオールが挙げられる。これらの中でも特に、1,5−ペンタンジオールを用いることが好ましい。勿論、本発明はこれに限られるものではない。
【0044】
(水)
本発明のインクに用いる水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、45.0質量%以上85.0質量%以下であることが好ましい。水の含有量が45.0質量%未満であると、水溶性染料の溶解性などが低くなる場合や、インクの粘度が高くなる場合があるため好ましくない。一方、水の含有量が85.0質量%を超えると、インク中の蒸発成分が多すぎるため、ノズルでの目詰まりや水溶性染料の析出を抑制できない場合があるため好ましくない。
【0045】
(その他の添加剤、インクの物性)
本発明のインクには、上記で説明した各成分の他に、これらを添加することによる効果が得られ、かつ、本発明の目的効果を損なわない範囲で、保湿剤、界面活性剤、その他添加剤などを含有させることができる。
【0046】
保湿剤としては、尿素、チオ尿素、エチレン尿素、アルキル尿素、アルキルチオ尿素、ジアルキル尿素及びジアルキルチオ尿素などの含窒素化合物、グルシトール、マンニトール、イノシトールなどの糖類が挙げられる。
【0047】
界面活性剤としては、以下に挙げるようなアニオン性界面活性剤やノニオン性界面活性剤を用いることができ、さらに界面活性剤を1種又は2種以上組み合わせて用いることもできる。具体的には、アニオン性界面活性剤としては、脂肪酸塩類、高級アルコール硫酸エステル塩類、液体脂肪油硫酸エステル塩類、アルキルアリルスルホン酸塩類などが挙げられる。また、ノニオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンアルキルエステル類、ポリオキシエチレンソルビタンアルキルエステル類、アセチレンアルコール、アセチレングリコールなどが挙げられる。上記の中でも特に、普通紙などを記録媒体として用いる場合のインクの浸透性に優れた効果が得られるため、アセチレンアルコール類やアセチレングリコール類を用いることが好ましい。界面活性剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.01質量%以上5.0質量%以下であることが好ましい。
【0048】
上記で挙げたような界面活性剤を用いる場合、25℃におけるインクの表面張力の下限が10mN/m以上、さらには20mN/m以上、表面張力の下限が60mN/m以下となるように、インク中の界面活性剤の含有量を決定することが好ましい。このような範囲の表面張力を有するインクとすることで、インクジェット記録方式で用いる記録ヘッドのノズル先端の濡れに起因する記録ヨレ(インク滴の着弾点のズレ)などの発生を有効に抑制できるためである。
【0049】
さらに、インクには上記の成分の他に、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防カビ剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤、及び水溶性ポリマーなどの、その他の添加剤を用いることができる。これらの添加剤を用いる際には、インクジェット記録方式による良好な吐出特性を有するインクとするために、所望の粘度やpHを有するように調整することが好ましい。
【0050】
<記録媒体>
本発明のインクを用いて画像を形成する際に用いる記録媒体は、インクを付与して記録を行う記録媒体であればいずれのものでも用いることができる。本発明においては、水溶性染料などの色材をインク受容層の多孔質構造を形成する微粒子に吸着させる、インクジェット用の記録媒体を用いることが好ましい。特には、支持体上のインク受容層に形成された空隙によりインクを吸収する、所謂、隙間吸収タイプのインク受容層を有する記録媒体を用いることが好ましい。隙間吸収タイプのインク受容層は、微粒子を主体として構成されるものであり、さらに必要に応じて、バインダーやその他の添加剤を含有してもよい。
【0051】
微粒子は、具体的には、以下のものを用いることができる。シリカ、クレー、タルク、炭酸カルシウム、カオリン、アルミナ又はアルミナ水和物などの酸化アルミニウム、珪藻土、酸化チタン、ハイドロタルサイト、又は酸化亜鉛などの無機顔料などが挙げられる。尿素ホルマリン樹脂、エチレン樹脂、スチレン樹脂などの有機顔料などが挙げられる。これらの微粒子は、必要に応じて1種又は2種以上を用いることができる。
【0052】
バインダーは、水溶性高分子やラテックスなどが挙げられ、具体的には、以下のものを用いることができる。ポリビニルアルコール、澱粉、ゼラチン、又はこれらの変性体。アラビアゴム。カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、又はヒドロキシプロオイルメチルセルロースなどのセルロース誘導体。SBRラテックス、NBRラテックス、メチルメタクリレート−ブタジエン共重合体ラテックス、官能基変性重合体ラテックス、又はエチレン酢酸ビニル共重合体などのビニル系共重合体ラテックス。ポリビニルピロリドン。無水マレイン酸若しくはその共重合体、又はアクリル酸エステル共重合体など。これらのバインダーは、必要に応じて1種又は2種以上を用いることができる。
【0053】
その他に、必要に応じて添加剤を用いることができる。例えば、分散剤、増粘剤、pH調整剤、潤滑剤、流動性変性剤、界面活性剤、消泡剤、離型剤、蛍光増白剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、染料定着剤などを用いることができる。
【0054】
<インクジェット記録方法>
本発明のインクは、インクジェット記録方式でインクを吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法に用いることが特に好ましい。インクジェット記録方法は、インクに力学的エネルギーを付与することによりインクを吐出する方法や、インクに熱エネルギーを付与することによりインクを吐出する方法などがある。特に、本発明のインクは、熱エネルギーを利用するインクジェット記録方法に用いた場合に、顕著な効果を得ることができる。
【0055】
<インクカートリッジ>
本発明のインクカートリッジは、本発明のインクを収容したインク収容部を備えたものであることを特徴とする。
【0056】
<記録ユニット>
本発明の記録ユニットは、本発明のインクを収容するインク収容部と、前記インクを吐出する記録ヘッドとを備えたものであることを特徴とする。特に、記録ヘッドが、熱エネルギーをインクに付与することにより、インクを吐出する記録ユニットである場合に、顕著な効果を得ることができる。
【0057】
<インクジェット記録装置>
本発明のインクジェット記録装置は、本発明のインクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えたものであることを特徴とする。特に、記録ヘッドが、熱エネルギーをインクに付与することにより、インクを吐出するインクジェット記録装置である場合に、顕著な効果を得ることができる。
【0058】
以下に、インクジェット記録装置の機構部の概略構成を説明する。インクジェット記録装置は、各機構の役割から、給紙部、搬送部、キャリッジ部、排紙部、クリーニング部、及びこれらを保護し、意匠性を持たせる外装部で構成される。以下、これらの概略を説明する。
【0059】
図1は、インクジェット記録装置の斜視図である。また、図2及び図3は、インクジェット記録装置の内部機構を説明するための図であり、図2は右上部からの斜視図、図3はインクジェット記録装置の側断面図をそれぞれ示したものである。
【0060】
給紙を行う際には、先ず、給紙トレイM2060を含む給紙部において所定枚数の記録媒体が、給紙ローラM2080と分離ローラM2041から構成されるニップ部に送られる(図1及び図3参照)。記録媒体はニップ部で分離され、最上位の記録媒体のみが搬送される。搬送部に送られた記録媒体は、ピンチローラホルダM3000及びペーパーガイドフラッパーM3030に案内されて、搬送ローラM3060とピンチローラM3070とのローラ対に送られる。搬送ローラM3060とピンチローラM3070とからなるローラ対は、LFモータE0002の駆動により回転され、この回転により記録媒体がプラテンM3040上を搬送される(以上、図2及び図3参照)。
【0061】
画像を形成する際には、キャリッジ部は記録ヘッドH1001(図4参照)を目的の画像形成位置に配置して、電気基板E0014(図2参照)からの信号にしたがって記録媒体にインクが吐出される。なお、記録ヘッドH1001についての詳細な構成は後述する。記録ヘッドH1001により記録を行いながらキャリッジM4000(図2参照)が列方向に走査する主走査と、搬送ローラM3060(図2及び図3参照)が記録媒体を行方向に搬送する副走査とを交互に繰り返すことにより、記録媒体に画像を形成する。最後に、記録媒体は、排紙部で第1の排紙ローラM3110と拍車M3120とのニップに挟まれ(図3参照)、搬送されて排紙トレイM3160(図1参照)に排出される。
【0062】
クリーニング部は、記録ヘッドH1001のクリーニングを行う。クリーニング部は、キャップM5010(図2参照)を記録ヘッドH1001の吐出口に密着させた状態で、ポンプM5000(図2参照)を作動すると、記録ヘッドH1001からインクなどを吸引する。また、キャップM5010を開いた状態で、キャップM5010に残っているインクを吸引すると、インクの固着やその他の弊害が起こらないようになっている。
【0063】
(記録ヘッドの構成)
ヘッドカートリッジH1000の構成について説明する(図4参照)。ヘッドカートリッジH1000は、記録ヘッドH1001と、インクカートリッジH1900を搭載する手段、及びインクカートリッジH1900から記録ヘッドにインクを供給する手段を有する。そして、ヘッドカートリッジH1000は、キャリッジM4000(図2参照)に対して着脱可能に搭載される。
【0064】
図4は、ヘッドカートリッジH1000にインクカートリッジH1900を装着する様子を示した図である。インクジェット記録装置は、例えば、イエロー、マゼンタ、シアン、ブラック、淡マゼンタ、淡シアン、及びグリーンの各インクで画像を形成する。したがって、インクカートリッジH1900も7色分が独立に用意されている。そして、図4に示すように、それぞれのインクカートリッジは、ヘッドカートリッジH1000に対して着脱可能となっている。なお、インクカートリッジH1900の着脱は、キャリッジM4000(図2参照)にヘッドカートリッジH1000が搭載された状態で行うことができる。
【0065】
図5は、ヘッドカートリッジH1000の分解斜視図である。ヘッドカートリッジH1000は、記録素子基板、プレート、電気配線基板H1300、タンクホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、シールゴムH1800などで構成される。記録素子基板は第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101で構成され、プレートは第1のプレートH1200及び第2のプレートH1400で構成される。
【0066】
第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101は、Si基板であり、その片面にインクを吐出するための複数の記録素子(ノズル)がフォトリソグラフィ技術により形成されている。各記録素子に電力を供給するAlなどの電気配線は、成膜技術により形成されており、個々の記録素子に対応した複数のインク流路もフォトリソグラフィ技術により形成されている。さらに、複数のインク流路にインクを供給するためのインク供給口が裏面に開口するように形成されている。
【0067】
図6は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101の構成を説明する正面拡大図である。H2000〜H2600は、それぞれ異なるインクを供給する記録素子の列(以下ノズル列ともいう)である。第1の記録素子基板H1100には、イエローインクのノズル列H2000、マゼンタインクのノズル列H2100、及びシアンインクのノズル列H2200の3色分のノズル列が形成されている。第2の記録素子基板H1101には、淡シアンインクのノズル列H2300、ブラックインクのノズル列H2400、グリーンインクのノズル列H2500、及び淡マゼンタインクのノズル列H2600、の4色分のノズル列が形成されている。各ノズル列は、記録媒体の搬送方向に1,200dpi(dot/inch;参考値)の間隔で並ぶ768個のノズルによって構成され、約2pLのインクを吐出する。各吐出口における開口面積は、およそ100μm2に設定されている。
【0068】
以下、図4及び図5を参照して説明する。第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101は第1のプレートH1200に接着固定されている。ここには、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101にインクを供給するためのインク供給口H1201が形成されている。さらに、第1のプレートH1200には、開口部を有する第2のプレートH1400が接着固定されている。この第2のプレートH1400は、電気配線基板H1300と第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101とが電気的に接続されるように、電気配線基板H1300を保持する。
【0069】
電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に形成されている各ノズルからインクを吐出するための電気信号を印加する。この電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に対応する電気配線と、この電気配線端部に位置し、インクジェット記録装置からの電気信号を受け取るための外部信号入力端子H1301とを有する。外部信号入力端子H1301は、タンクホルダーH1500の背面側に位置決め固定されている。
【0070】
インクカートリッジH1900を保持するタンクホルダーH1500には、流路形成部材H1600が、例えば、超音波溶着により固定され、インクカートリッジH1900から第1のプレートH1200に通じるインク流路H1501を形成する。インクカートリッジH1900と係合するインク流路H1501のインクカートリッジ側端部には、フィルターH1700が設けられており、外部からの塵埃の侵入を防止し得るようになっている。また、インクカートリッジH1900との係合部にはシールゴムH1800が装着され、係合部からのインクの蒸発を防止し得るようになっている。
【0071】
さらに、上述の通り、タンクホルダー部と記録ヘッド部H1001とを接着などで結合することで、ヘッドカートリッジH1000が構成される。なお、タンクホルダー部は、タンクホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、及びシールゴムH1800から構成される。また、記録ヘッド部H1001は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101、第1のプレートH1200、電気配線基板H1300及び第2のプレートH1400から構成される。
【0072】
なお、ここでは記録ヘッドの一形態として、電気信号に応じた膜沸騰をインクに生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体(記録素子)を用いて記録を行うサーマルインクジェット方式の記録ヘッドについて述べた。この代表的な構成や原理については、例えば、米国特許第4,723,129号明細書、同第4,740,796号明細書に開示されている基本的な原理を用いて行うものが好ましい。この方式は、いわゆる、オンデマンド型、コンティニュアス型のいずれにも適用することができる。
【0073】
サーマルインクジェット方式は、オンデマンド型に適用することが特に有効である。オンデマンド型の場合には、インクを保持する液流路に対応して配置されている電気熱変換体に、記録情報に対応していて核沸騰を超える急速な温度上昇を与える少なくとも一つの駆動信号を印加する。このことによって、電気熱変換体に熱エネルギーを発生せしめ、インクに膜沸騰を生じさせて、結果的にこの駆動信号に一対一で対応したインク内の気泡を形成できる。この気泡の成長及び収縮により吐出口を介してインクを吐出することで、少なくともひとつの滴を形成する。駆動信号をパルス形状とすると、即時、適切に気泡の成長及び収縮が行われるので、特に応答性に優れたインクの吐出が達成でき、より好ましい。
【0074】
また、本発明のインクは、前記のサーマルインクジェット方式に限らず、下記に述べるような、力学的エネルギーを利用したインクジェット記録装置においても好ましく用いることができる。かかる形態のインクジェット記録装置は、複数のノズルを有するノズル形成基板と、ノズルに対向して配置される圧電材料と導電材料からなる圧力発生素子と、この圧力発生素子の周囲を満たすインクを備えてなる。そして、印加電圧により圧力発生素子を変位させ、インクをノズルから吐出する。
【0075】
インクジェット記録装置は、上述の通り、記録ヘッドとインクカートリッジとが別体となったものに限らず、それらが分離不能に一体になったものを用いてもよい。さらに、インクカートリッジは記録ヘッドに対して分離可能又は分離不能に一体化されてキャリッジに搭載されるもの、また、インクジェット記録装置の固定部位に設けられて、チューブなどのインク供給部材を介して記録ヘッドにインクを供給するものでもよい。また、記録ヘッドに対して、好ましい負圧を作用させるための構成をインクカートリッジに設ける場合には、以下の構成とすることができる。すなわち、インクカートリッジのインク収容部に吸収体を配置した形態、又は可撓性のインク収容袋とこれに対してその内容積を拡張する方向の付勢力を作用するばね部とを有した形態などとすることができる。また、インクジェット記録装置は、上記したようなシリアル型の記録方式を採るもののほか、記録媒体の全幅に対応した範囲にわたって記録素子を整列させてなるラインプリンタの形態をとるものであってもよい。
【実施例】
【0076】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、これらに限定されるものではない。なお、以下の記載で「%」とあるものは、特に断りのない限り質量基準である。
【0077】
<水溶性有機溶剤の特性>
インクに用いる水溶性有機溶剤に対する水溶性染料(下記の例示化合物1及びC.I.ダイレクトブルー199)の溶解性を、以下のようにして求めた。先ず、測定対象の水溶性染料を3%含有する水溶液を調製して、その吸光度を測定した。そして、測定対象の水溶性有機溶剤に対して過剰の水溶性染料を加えて充分に撹拌した液体をポアサイズ0.45μmのメンブランフィルターでろ過した後、その吸光度を測定した。そして、先に測定した水溶性染料を3%含有する水溶液における吸光度と、前記液体における吸光度とを比較することで、溶解度を求めた。得られた結果を表1に示した。また、表1には各水溶性有機溶剤の1気圧における沸点を併せて示した。
【0078】

【0079】

【0080】
<インクの調製>
上記した水溶性有機溶剤及び水溶性染料などを用いて下記表2に示す各成分を混合して、十分撹拌して溶解した後、ポアサイズ0.20μmのフィルターにて加圧ろ過を行い、実施例1〜4及び比較例1〜3のインクを調製した。
【0081】

【0082】
<評価>
上記で得られた各インクを、記録信号に応じた熱エネルギーをインクに付与することによりインクを吐出させるオンデマンド型マルチ記録ヘッドを有するインクジェット記録装置(商品名:Pixus950i;キヤノン製)に搭載して、以下の評価を行った。
【0083】
(1)目詰まりの回復性
前記インクジェット記録装置の回復動作を行った後、Pixus950iのノズルチェックパターンを記録した。その後、キャリッジが動作を行っている途中で電源ケーブルを引き抜くことで、記録ヘッドにキャップをしない状態で、インクジェット記録装置を温度35℃、相対湿度10%の環境で14日間放置した。そしてさらに、温度25℃の環境で6時間放置することによりインクジェット記録装置を常温に戻した。このインクジェット記録装置を用いて、回復動作を行いながら記録した。このとき、記録が行えるようになるまでの回復動作の数で目詰まりの回復性の評価を行った。目詰まりの回復性の評価基準は以下の通りである。評価結果を表3に示した。
A:1回又は2回の回復動作で記録が行えるようになった。
B:3回以上10回以下の回復動作で記録が行えるようになった。
C:10回以下の回復動作では記録が行えなかった。
【0084】
(2)高温高湿滲み
前記インクジェット記録装置を用いて、光沢紙(SP−101;キヤノン製)に、ベタ画像の中に白抜きの文字を含むパターンを記録した。得られた記録物を24時間自然乾燥して、温度30℃、相対湿度80%の高温高湿の環境で1週間放置した。その後、記録物の白抜きの文字部にインクの滲みが生じているかを目視で確認して、高温高湿滲みの評価を行った。高温高湿滲みの評価基準は以下の通りである。評価結果を表3に示した。
A:白抜きの文字部にインクの滲みが少なかった。
B:白抜きの文字部にインクの滲みが少しあった。
C:白抜きの文字部にインクの滲みが多かった。
【0085】
(3)間欠吐出安定性
前記インクジェット記録装置を用いて、温度15℃、相対湿度10%の環境で、ある一定の吐出休止時間の間隔で縦罫線を記録し、一定の休止時間の後、最初のインクの吐出により形成される縦罫線の状態を目視で確認して、間欠吐出安定性の評価を行った。間欠吐出安定性の評価基準は以下の通りである。評価結果を表3に示した。
A:縦罫線に乱れがなく正常に記録できた。
B:縦罫線に目視で確認できる程度の若干の乱れがあったが、実際の使用上問題ないレベルであった。
C:縦罫線に不吐出や乱れがはっきりとあり、正常に記録ができなかった。
【0086】

【0087】
(4)保存安定性
酢酸リチウムのpH調整効果を確認するため、酢酸リチウムの有無以外は同じ組成を有する実施例3及び比較例3のインクについて、温度60℃で2週間保存を行った後のインクのpHを測定した。結果を表4に示した。
【0088】

【0089】
表3に示した通り、実施例のインクは、目詰まりの回復性、高温高湿滲みの発生の抑制及び間欠吐出安定性のいずれもが、比較例のインクに比べて優れたものであることが確認された。また、2種類の水溶性染料を含む実施例3のインクでは、表4に示した通り、pHの低下を抑制する効果が得られることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】インクジェット記録装置の斜視図である。
【図2】インクジェット記録装置の機構部の斜視図である。
【図3】インクジェット記録装置の断面図である。
【図4】ヘッドカートリッジにインクカートリッジを装着する状態を示す斜視図である。
【図5】ヘッドカートリッジの分解斜視図である。
【図6】ヘッドカートリッジにおける記録素子基板を示す正面図である。
【符号の説明】
【0091】
M2041:分離ローラ
M2060:給紙トレイ
M2080:給紙ローラ
M3000:ピンチローラホルダ
M3030:ペーパーガイドフラッパー
M3040:プラテン
M3060:搬送ローラ
M3070:ピンチローラ
M3110:排紙ローラ
M3120:拍車
M3160:排紙トレイ
M4000:キャリッジ
M5000:ポンプ
M5010:キャップ
E0002:LFモータ
E0014:電気基板
H1000:ヘッドカートリッジ
H1001:記録ヘッド
H1100:第1の記録素子基板
H1101:第2の記録素子基板
H1200:第1のプレート
H1201:インク供給口
H1300:電気配線基板
H1301:外部信号入力端子
H1400:第2のプレート
H1500:タンクホルダー
H1501:インク流路
H1600:流路形成部材
H1700:フィルター
H1800:シールゴム
H1900:インクカートリッジ
H2000:イエローノズル列
H2100:マゼンタノズル列
H2200:シアンノズル列
H2300:淡シアンノズル列
H2400:ブラックノズル列
H2500:グリーンノズル列
H2600:淡マゼンタノズル列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、水溶性染料と下記の水溶性有機溶剤と下記の固体の化合物を含有してなるインクであって、前記水溶性有機溶剤は、前記水溶性染料に対して10%以上の溶解性を有し、かつ、1気圧において沸点が180℃以上であり、前記固体の化合物は、温度30℃、相対湿度80%の環境で潮解性を有するものであり、さらに、下記一般式(I)で表される化合物を含有してなることを特徴とするインク。

【請求項2】
前記水溶性有機溶剤が、アルコール類である請求項1に記載のインク。
【請求項3】
前記水溶性染料が2種類以上の水溶性染料を含み、それぞれの水溶性染料に対して10%以上の溶解性を有し、かつ、1気圧において沸点が180℃以上である水溶性有機溶剤を含んでなる請求項1又は2に記載のインク。
【請求項4】
前記水溶性染料が、アゾピリドン染料を含む請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインク。
【請求項5】
前記アゾピリドン染料が、下記一般式(II)で表される化合物である請求項4に記載のインク。

(一般式(II)中、R1及びR2はそれぞれ独立に、置換若しくは非置換の、アルキル基、アリール基、アリールアルキル基、又は水素原子であり、Mはそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、又は有機アンモニウムである。p及びrはそれぞれ独立に0乃至3の整数、q及びsはそれぞれ独立に1乃至3の整数であり、p+q<5かつr+s<5である。)
【請求項6】
前記固体の化合物が、アルカリ金属酢酸塩である請求項1乃至5のいずれか1項に記載のインク。
【請求項7】
インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法において、使用するインクが、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のインクであることを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項8】
インクを収容するインク収容部を備えたインクカートリッジにおいて、インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のインクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項9】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えた記録ユニットにおいて、インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のインクであることを特徴とする記録ユニット。
【請求項10】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出するための記録ヘッドとを備えたインクジェット記録装置において、インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のインクであることを特徴とするインクジェット記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−179684(P2009−179684A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−18942(P2008−18942)
【出願日】平成20年1月30日(2008.1.30)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】