説明

インクジェットヘッド及びその製造方法

【課題】インクジェットヘッドを支持する支持基板に対する接合を良好におこなうことが可能で、かつ液体に対する耐性が高い壁面を有する供給口を備えたインクジェットヘッドを提供する。
【解決手段】面の結晶方位が{100}であり、表面にインクを吐出口から吐出するために利用されるエネルギーを発生するエネルギー発生素子を備えるSi基板と、前記吐出口と連通し、前記Si基板上にインクを保持する流路と、前記Si基板の前記表面とその裏面とを貫通して流路と連通し、該インク流路にインクを供給する供給口と、を有するインクジェットヘッドであって、前記供給口の壁面が、互いに対向する二つの{111}面を有するインクジェットヘッド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインクジェットヘッドと、該インクジェットヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インク等の記録液を吐出して記録を行うインクジェット記録方式(液体吐出記録方式)に適用されるインクジェットヘッドは、一般にインク流路と、該インク流路の一部に設けられるインク滴を吐出するためのエネルギー発生素子が設けられた基板と、前記インク流路のインクをインク滴を吐出するためのエネルギー発生素子のエネルギーによって吐出するための微細なインク吐出口(「オリフィス」と呼ばれる)と、を備えている。
【0003】
特許文献1には、エネルギー発生素子にインクを供給するための供給口を結晶異方性エッチングを用いて基板に形成する方法が開示されている。この方法では、例えば{100}面の結晶方位を持つシリコンウエハに対して、{100}面からエッチングする場合、エッチング開始面から深さ方向に54.7°の傾斜で狭くなる{111}面が得られるように、エッチングが進行する。この{111}面は、シリコンの結晶面の中で、溶液に対してエッチングされにくい。
【0004】
しかし一方では、供給口の表面側の開口面積を所定の値に設定した場合、裏面側の開口面積は表面側の開口面積よりも大きくなる。基板の裏面は、基板を支持する部材との接合部であるため、接合を良好に行うためには、基板の裏面に接合に必要な程度の面積をもつ部分を残すことが求められる。
【0005】
{100}面の結晶方位を持つ基板に対してドライエッチング法を用いてエッチングを行って、基板に垂直な面をもつ供給を形成することも可能であるが、この場合には、供給口を形成する面をエッチング耐性のある{111}面とすることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第6143190号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明の目的の一つは、インクジェットヘッドを支持する支持基板に対する接合を良好におこなうことが可能で、かつ液体に対する耐性が高い壁面を有する供給口を備えたインクジェットヘッドを提供することである。また他の目的は、そのようなインクジェットヘッドを簡便に得ることができるインクジェットヘッドの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るインクジェットヘッドは、面の結晶方位が{100}であり、表面にインクを吐出口から吐出するために利用されるエネルギーを発生するエネルギー発生素子を備えるSi基板と、前記吐出口と連通し、前記Si基板上にインクを保持する流路と、前記Si基板の前記表面とその裏面とを貫通して流路と連通し、該インク流路にインクを供給する供給口と、を有するインクジェットヘッドであって、前記供給口の壁面が、互いに対向する二つの{111}面を有する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、インクに対する耐性の高い{111}面を壁面とするインク供給口を有しながら、インクジェットヘッド基板を支持基板に貼りあわせる際の密着力が高く、信頼性の高いインクジェットヘッドを得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明のインクジェットヘッドの製造方法を模式的に示した断面図である。
【図2】従来の方法によるインクジェットヘッドを形成した状態を示す模式的断面図である。
【図3】本発明の方法を用いてインク供給口を形成させた一例の状態を示す模式的断面図である。
【図4】基板に裏面より互いに平行な{111}面からなるインク供給口を4方向より形成した一例の状態を示す{100}面を上面に見た模式的表面図である。
【図5】本発明で形成されたインクジェットヘッドを表面の斜視方向より観察した状態を示す模式的断面図である。
【図6】本発明で形成されたインクジェットヘッドを表面の斜視方向より観察した状態を示す模式的断面図である。
【図7】本発明で形成されたインクジェットヘッドを表面の斜視方向より観察した状態を示す模式的断面図である。
【図8】本発明の方法を用いてインク供給口を複数個並列させた状態を示す模式的断面図である。
【図9】本発明の方法を用いてインク供給口を形成させた一例の状態を示す模式的断面図である。
【図10】本発明で形成されたインクジェットヘッドを表面の斜視方向より観察した状態を示す模式的断面図である。
【図11】本発明の方法を用いてインク供給口を形成させた一例の状態を示す模式的断面図である。
【図12】本発明で形成されたインクジェットヘッドを表面の斜視方向より観察した状態を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、図面を参照して、本発明を有する工程の一例を工程毎に詳細に説明する。図1(a)から(g)は、本発明のインクジェットヘッドの製造方法を模式的に示したものである。
【0012】
(工程1:インク流路、インク吐出口の形成)
まず、本発明では、エネルギー発生素子を有する基板1上に、光崩壊性ポジ型レジスト層3を形成する(図1(a))。
【0013】
本発明に用いられる基板1としては、インクを吐出させるためのエネルギー発生素子(不図示)が含まれるSi基板が用いられる。エネルギー発生素子としては、電気熱発生素子や圧電素子等が使用されるが、これに限られるものではない。また、エネルギー発生素子に電気熱発生素子を用いる場合には、発泡時の衝撃の緩和やインクからのダメージの軽減等の目的で、保護膜(不図示)が形成されていても良い。
【0014】
光崩壊性ポジ型レジストとしては、一般的にはポリメチルイソプロペニルケトン(PMIPK)やポリビニルケトン等の290nm付近に感光波長域を有するレジストや、ポリメチルメタクリレート(PMMA)等のメタクリル酸エステル単位から構成される高分子化合物のように250nm付近に感光波長域を持つレジストが用いられているが、これに限られるものではない。
【0015】
光崩壊性ポジ型レジスト層3を形成後、引き続き光崩壊性ポジ型レジスト層3の所定領域を、露光及び現像過程からなるフォトリソ過程により除去し、インク流路パターン(構造体)4を形成する(図1(b))。
【0016】
まず、光崩壊性ポジ型レジスト層3に、インク流路パターンの描かれた石英マスク2を通して、電離放射線を照射する。この際、電離放射線としては、本発明に使用される光崩壊性ポジ型レジストの感光波長域である290nmや250nm付近の波長域を含むものを使用する。これにより光崩壊性ポジ型レジスト層3の、電離照射線を照射した領域にて主鎖分解反応が生じ、その領域の現像液に対する溶解性が選択的に向上する。したがって、電離照射線が照射された光崩壊性ポジ型レジスト層3を現像することで、Si基板上にインクを保持するインク流路となる構造体4を形成することができる。
【0017】
前記現像液としては、溶解性の向上した露光部を溶解し、かつ未露光部を溶解しない溶剤であれば特に制限はない。
【0018】
次に、構造体4上に、インク流路壁を形成するためのネガ型レジスト層5を被覆する(図1(c))。
【0019】
ネガ型レジスト層5のネガ型レジストとしては、カチオン重合・ラジカル重合などの反応を利用したものを使用できるが、これに限られるものではない。カチオン重合反応を利用したネガ型レジストを例にとると、ネガ型レジスト中に含まれる光カチオン開始剤から発生するカチオンにより、ネガ型レジスト中に含まれるカチオン重合可能なモノマーやポリマーの分子間での重合や架橋が進むことで硬化する。光カチオン開始剤としては、芳香族ヨードニウム塩、芳香族スルホニウム塩など、具体的にはADEKAから上市されている「SP−170」、「SP−150」(以上、商品名)等が挙げられる。
【0020】
また、カチオン重合可能なモノマーやポリマーとしては、エポキシ基やビニルエーテル基やオキセタン基を有するものが適しているが、これらに限られるものではない。
【0021】
このようなネガ型レジストをスピンコート法、ダイレクトコート法、ラミネート転写法などの方法によって前記構造体4上に塗布することでネガ型レジスト層5を形成する。
【0022】
次いで、必要に応じて撥インク層(不図示)をネガ型レジスト層5上に形成する。この場合撥インク層は、ネガ型レジストと同様に架橋可能な感光性を有することが望ましい。また、ネガ型レジストと相溶しないことも重要である。なお、撥インク層は、スピンコート法、ダイレクトコート法、ラミネート転写法等の方法で形成することができる。
【0023】
次に、ネガ型レジスト層5の所定部分にインク吐出口6を形成する(図1(d))。
【0024】
この工程では、インク吐出口6となる部分を遮光して、インク吐出口6となる部分以外の領域に光を照射することで、ネガ型レジストを硬化させる。この際、撥インク層の樹脂も同時に硬化させ、その後現像することで、インク吐出口6を形成する。ネガ型レジスト層5と、撥インク層の現像液としては、露光部が溶解せず、未露光部を完全に取り除くことができ、かつその下に配置されている光崩壊性ポジ型レジスト(構造体4)を溶解しない現像液が最適である。例えば、メチルイソブチルケトンやメチルイソブチルケトン/キシレンの混合溶媒等が使用可能である。光崩壊性ポジ型レジストを溶解しないことが重要である理由としては、一般的には、一枚の基板上に複数のヘッドが配置され、切断工程を経てインクジェットヘッドとして使用される。このため、切断時のごみ対策として、インク流路パターンを形成する光崩壊性ポジ型レジストを、切断工程後に溶解除去するのが望ましい。
【0025】
上記のようなインク流路、インク吐出口を形成する工程は、次に示すインク供給口を形成する工程の後に行ってもよい。その際には、形成されているインク供給口を樹脂により埋める処理や別の基板で形成したインク流路を貼り合わせることで、形成可能である。
【0026】
(工程2:インク供給口の形成)
次いでインク供給口を形成する工程について説明する。
【0027】
シリコン基板には、{100}面及び{110}面及び{111}面の結晶方位を表面に有するものを選択することが多い。しかし、{100}面以外の結晶方位を表面に用いると基板上にMOSトランジスタを形成する際にシリコン基板内の電子・正孔の電解効果移動度が面内において均一でない。そのため、面内依存性やバラツキの発生する原因となる。また界面特性が良質でないため、良質なゲート絶縁膜が形成しにくくリーク電流等の不具合が生じやすくなる。このため、表面上に駆動回路を形成するMEMS(MicroElectro Mechanical Systems)分野においては{100}面を表面に有している基板が適している。基板の厚さとしては、インクジェットヘッドの基板に求められる強度を考慮して選択する。
【0028】
インク供給口8を形成する方法としては、異方性エッチングやレーザー加工やドライエッチングなどが一般的に用いられるが、これに限られるものではない。
【0029】
一般的にインク供給口を形成する方法としては、基板内の大きな体積をくり抜いて形成する必要があるため、タクト効率を考慮し、エッチングマスクを表面に形成した後に異方性エッチングする方法を用いることが多い。しかしながら、この方法では基板内に四角錘形状にインク供給口が形成されるため、目的の開口面積をエッチング終了面で形成するためには、エッチング開始面の開口面積(W)を広く設置する必要がある(図2)。このようにエッチング開始面に大きな開口部を設置すると、エッチング開始面と支持基板を接着する際に十分な接着面積(S)が取れない。接着面積が少ないインクジェットヘッドでは、接着部からのインクの染み出し等、不良の発生も起こり易くなるためヘッドとしての信頼性が低くなる。そのため、必要な接着面積を確保するためにはインク供給口を形成する密度・大きさには限界があった。
【0030】
また、インク供給口をドライエッチングを用いて垂直方向に方形状に形成する方法であれば、裏面の開口面積は大きく設置する必要がなく、インク供給口を高密度で形成可能である。しかし、表面に{100}面の結晶方位を有する基板を用いた際には、インク供給口壁面は{100}面に垂直な{110}面となるため、インクに対する信頼性の観点に懸念がある。また、インク供給口壁面を垂直に{111}面で形成するためには、基板表面を{110}面にする必要がある。これは前述した通り、基板上にMOSトランジスタ等を形成する際にシリコン基板内の電子・正孔の電解効果移動度が面内において均一でないため、面内依存性やバラツキの発生する要因となり得る。また界面特性が良質でないため、良質なゲート絶縁膜が形成しにくくリーク電流等の不具合が生じやすくなる懸念がある。
【0031】
そこで本発明者は鋭意検討の結果、インク供給口を{111}面に平行な方向に方形状又はスリット状に形成することで、所望の開口面積を有する表面の開口部を形成しながら、裏面の開口部を小面積で形成することが可能であることを見出した。すなわち、インク供給口の壁面の4面がすべて{111}面からなり、一組以上の平行な面を有する形状とすることで、従来の四角錘形状より大幅に裏面の開口面積を縮小することができる(図3)。
【0032】
これにより、インクへの耐性がある{111}面で囲まれたインク供給口を有しながら、大幅に支持基板との接着面積(S)を向上することでインク染み出し等の不良の発生を抑制した信頼性の高いインクジェットヘッドを作製することができる。更に、一つのインク供給口が有する裏面の開口面積(W)が縮小されることにより、従来と比較してノズル流路密度の向上したインクジェットヘッドを形成することが可能であり、またインクジェットヘッド自身をシュリンクして設計することも可能となる。また、独立したインク供給口を表面側に複数設けて並べることが容易になるため、インク循環されるインク流路を形成することも可能である。
【0033】
以下に、インク供給口を{111}面にほぼ平行な方向に方形状又はスリット状に形成する方法の一例を示す。
【0034】
まず、表面の吐出口が形成されたネガ型レジスト層5をエッチング耐性のある保護膜7により保護する(図1(e))。該保護膜7は、後述する裏面にインク供給口8を形成する工程を行う際に、表面のネガ型レジスト層5に形成されたインク流路パターンにダメージがなく、保護膜7を除去した際に表面の撥水性に影響がないものを選ぶ必要がある。例えば、「OBC」(商品名、東京応化製)等が挙げられる。
【0035】
次いで、裏面より表面の開口部に向けて{111}面60にほぼ平行な方向から乾式法で表面の開口面積をなぞるようにSi基板1を掘り込み、互いに対向し、ほぼ平行に形成される{111}面70を有するインク供給口8を形成することができる(図1(f))。供給口8の壁面である、互いに対向する{111}面70a、70b同士は、基板1の裏面から表面に向かってお互いが沿うように、ほぼ平行に設けられる。前記Si基板を乾式法で掘り込む手段としては、レーザー又はドライエッチングを用いることが可能であるが、これに限られるものではない。
【0036】
表面が{100}面であるSi基板では、互いに平行でない{111}面は4面存在するため、該4面のうちの1面に対して平行な方向から基板を掘り込むことで、互いにほぼ平行に沿って形成される二つの{111}面で構成される壁の組を有する方形状又はスリット状のインク供給口を形成可能である。更に、表面の開口部を固定しながら、1組のほぼ平行な{111}面以外のある1面上で基板を掘り込む方向をずらすことで、スリットの長さが徐々に短くなるインク供給口を形成することも可能である。
【0037】
また、前記4面のうち隣接する2面の交わる直線方向に基板を掘り込むことで、2組のほぼ平行な{111}面を有する方形状又はスリット状のインク供給口を形成可能である。2組のほぼ平行な{111}面を有するインク供給口は、インク供給口の壁面4面全てが{111}面に囲まれているため、インクに対するSiの溶出が抑えられ、好ましい。
【0038】
Si基板に供給口を形成する際に、用いられるレーザーとしては、Siが吸収を有するレーザー波長域であり、Siを加工するために必要な光強度を有していることが必要である。一般的なレーザー加工機として市販されている、CO2紫外線レーザー及び固体YAGレーザー等は、基本波・2倍波・3倍波等も含めてSiに対して十分な吸収強度を有しておりSi加工として用いられることが可能であるが、これに限られるものではない。更にレーザーの加工精度及び加工効率を向上させるためのガスやプラズマの導入、加工中に発生する熱やデブリ(ゴミ)等を除去するための水処理等のアシスト技術を用いてもよい。
【0039】
Si基板に供給口を形成する際に、Si除去手段として本発明に用いられるドライエッチングとしては、ボッシュプロセスやDRIE等の直線方向に深堀できるドライエッチング手段であれば用いることが可能であるが、これらに限られるものではない。表面に{100}面の結晶方位を有する基板では、{111}面を二組有する方向が4方向存在する(図4)。このため、ドライエッチングを用いた方法でインク供給口を形成する場合には、例えば、基板にマスク形状を形成しドライエッチング方向に基板を傾けエッチングを行った後に、再度マスク形状を形成し直し異なる方向に基板を傾けドライエッチングを行う。この操作を繰り返すことで、2方向以上のインク供給口を形成することが可能である。
【0040】
ここで、図8を用いて他の形態についても説明する。図8は、図1と同様の断面図である。
【0041】
図8(a)は図1(e)に示される状態である。次いで図8(b)に示されるように前述した乾式方法(レーザー、ドライエッチング法等)を使用して、基板に穴30を形成する穴30は{111}に沿って、ほぼ平行に形成される。このとき穴30の内壁面の加工バリや溶融物等の不要部分に対しては、次いで結晶異方性エッチングを少量追加することで溶解除去することが可能であり、清浄な{111}面70を備えた供給口8へ整形することが可能である。結晶異方性エッチングとしてはウェットエッチングが用いられる。
【0042】
表面に{100}面の結晶方位を有する基板では、4面がすべて{111}面からなる方形状のインク供給口を4方向に形成可能なため、基板中にてインク供給口同士が互いに交差した形状も形成可能である(図11)。インク供給口の交差は最大4つまで行うことが可能である。このような場合では、加工中に発生するデブリ等がもう一方のインク供給口内に入り込むため、結晶異方性エッチングによる溶解除去やアシスト技術等による除去処理を行うことが望ましい。
【0043】
(工程3:インク流路の連通)
その後、ネガ型レジスト層5上の保護膜7を除去し、インク流路パターン4を形成するポジ型レジストを除去して、インク吐出口6と連通するインク流路20を形成する(図1(g))。
【0044】
この工程では、インク流路パターン4を形成するポジ型レジスト上に電離放射線を照射し、ポジ型レジストの分解反応を起こすことで、除去液に対する溶解性を向上させる。電離放射線としては、前記光崩壊性ポジ型レジスト層3のパターニングの際に使用したものと同様のものが使用できる。ただし、本工程ではインク流路パターン4を除去してインク流路を形成することが目的であるため、電離照射線はマスクを介さずに全面に照射することができる。その後、光崩壊性ポジ型レジスト層3のパターニングの際に使用した現像液と同様のものを用いて、インク流路パターン4を形成するポジ型レジストを完全に取り除くことが可能である。この工程では、パターニング性を考慮する必要がなく、ポジ型レジストを溶解可能で、ネガ型レジスト層5及び撥インク層に影響しない溶剤を用いることができる。以上の工程により、インクジェットヘッドを作製することができる。
【0045】
また、上記のような形成工程に対して、インク供給口を形成する工程2の後に、インク流路、インク吐出口を形成する工程1を行ってもよい。その際には、基板にインク供給口が形成されているため、樹脂によりインク供給口を埋める処理や、別の基板で形成したインク流路を貼り合わせることで工程1を行うことが可能である。
【0046】
インク供給口形成後に別の基板で作製したインク流路を貼り合わせて形成する場合には、インク供給口を乾式で形成する際にインク流路壁への影響を考慮することなく貫通させることが可能であり、乾式での形成条件を詳細に調整する必要がない点で有利である。しかしながら、インク流路を貼り合わせる際にアライメントずれの補正や、インク供給口を埋めた処理剤の除去等の付加的な工程が必要となるため、インク流路及びインク供給口の加工負荷・必要精度により選択することが可能である。
【実施例】
【0047】
以下に本発明に係る実施例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)
本実施例においては、上記実施形態に係る製造方法によって、インクジェットヘッドを製造した。
【0049】
まず、図1(a)に示す基板1として、エネルギー発生素子としての電気熱変換素子(ヒータ)と、これを駆動するためのドライバーやロジック回路が形成されたシリコン基板を準備した。
【0050】
次いで、基板1上に、ポリメチルイソプロペニルケトン(商品名:「ODUR−1010」、東京応化工業株式会社製)を樹脂濃度が20wt%になるように調節し、スピンコート法によって塗布した。その後、ホットプレート上にて120℃で3分間、引き続き窒素置換されたオーブンにて、150℃で30分間のプリベークを行い、15μm膜厚の光崩壊性ポジ型レジスト層3(図1(a))を形成した。次いで、光崩壊性ポジ型レジスト層3上にDeep−UV露光装置(商品名:「UX−3000」、ウシオ電機株式会社製)を用いて、流路パターンの描かれたマスク2を介して、18000mJ/cm2の露光量でDeep−UV光を照射した。その後、非極性溶剤であるメチルイソブチルケトン(MIBK)/キシレン=2/3の溶液により現像し、さらにキシレンを用いてリンス処理を行うことで、基板1上に、図1(b)に示すインク流路パターン(構造体)4を形成した。
【0051】
その後、構造体4上にネガ型レジストを塗布して、図1(c)に示すネガ型レジスト層5を形成した。ネガ型レジストには以下の組成のレジスト溶液を使用した。
・「EHPE−3150」(商品名、ダイセル化学工業株式会社製) 100質量部
・「HFAB」(商品名、セントラル硝子株式会社製) 20質量部
・「A−187」(商品名、日本ユニカー株式会社製) 5質量部
・「SP170」(商品名、株式会社ADEKA製) 2質量部
・キシレン 80質量部。
【0052】
より具体的には、上記組成のレジスト溶液をスピンコート法によって塗布し、ホットプレート上にて90℃で3分間のプリベークを行い、20μm(平板上)のネガ型レジスト層5を形成した。さらに、ネガ型レジスト層5上に感光性を有する以下の組成の樹脂からなる撥インク層(不図示)をラミネート法により形成した。
・「EHPE−3150」(商品名、ダイセル化学工業株式会社製) 35質量部
・2,2−ビス(4−グリシジルオキシフェニル)ヘキサフロロプロパン 25質量部
・1,4−ビス(2−ヒドロキシヘキサフロロイソプロピル)ベンゼン 25質量部
・3−(2−パーフルオロヘキシル)エトキシ−1,2−エポキシプロパン 16質量部
・「A−187」(商品名、日本ユニカー株式会社製) 4質量部
・「SP170」(商品名、株式会社ADEKA製) 1.5質量部
・ジエチレングリコールモノエチルエーテル 200質量部。
【0053】
次いで、「マスクアライナーMPA600FA」(商品名、キヤノン株式会社製)を用い、吐出口6(図1(d))のパターンが描かれたマスクを介して、3000mJ/cm2の露光量にてパターン露光した。
【0054】
次いで、90℃で180秒のPEB(ポストベーク)を行い、メチルイソブチルケトン/キシレン=2/3溶液を用いて現像し、キシレンを用いてリンス処理を行うことで、図1(d)などに示す吐出口6を形成した。
【0055】
次に、撥インク層の全面に「OBC」(商品名、東京応化株式会社製)を塗布して、図1(e)に示す保護膜7を形成した。
【0056】
次いで、基板1の裏面にインク供給口8となる穴を、レーザーを用いて形成した。まず、「Hyper Rapid」(商品名、LUMERA社製)のピコ秒レーザーを用いて、{100}面及び{110}面に対して共に54.7°の傾斜角度を持つようにレーザー光を傾け、基板1に対して{111}面に平行になるようにレーザー照射を行った。ウエハに対するレーザー光の傾きを保ちながら照射光を表面のXY方向及び深さ方向に走査することで基板中に{111}面に平行な方形状のインク供給口形状を形成した。該インク供給口形状は表面に形成したインク流路パターン(構造体4)の任意の場所に向かって加工を行い、連通させた。この際、図5に示すように左右の裏面レーザー加工開始面11(点線部)より表面のインク供給口開口部10に向かってレーザー加工を行い形成した。なお、符号9はインクを吐出するために利用されるエネルギーを発生するエネルギー発生素子を指示していて、エネルギー発生素子9は、吐出口6に対向するように設けられている。更に、80℃のテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド水溶液中に浸漬して方形状の供給口形状に対して異方性エッチングを行うことで、図1(f)に示す二つの{111}面70を持つインク供給口8を二つ形成した。
【0057】
次いで、保護膜7をキシレンにて除去した後、Deep−UV露光装置「UX−3000」(商品名、ウシオ電機製)を用いて撥インク層上から7000mJ/cm2の露光量で全面露光し、インク流路パターンを形成する構造体4を可溶化した。その後、乳酸メチル中に超音波を付与しつつ浸漬することで、構造体4を除去した(図1(g))。
【0058】
(実施例2)
基板1の裏面にインク供給口8を形成する工程について以下のように変更する以外は、実施例1と同様の工程でインクジェットヘッドを作製した。
【0059】
まず、「Hyper Rapid」(商品名、LUMERA社製)のピコ秒レーザーを用いて、{100}面及び{110}面に対して共に54.7°の傾斜角度を持つようにレーザー光を傾け、基板に対して{111}面に平行になるようにレーザー照射を行った。ウエハに対するレーザー光の傾きはそのままに保ちながら照射光を表面のXY方向及び深さ方向にレーザー光を走査することで基板中に{111}面に平行な板状の供給口形状を形成した。この際、図6に示すように裏面の左右のレーザー加工開始面11(点線部)が長方形になるように走査し、表面のインク供給口開口予定部10に向かってレーザー加工を行い形成した。なお、符号50は供給口からエネルギー発生素子9に至る経路にもうけられる柱状の部材であり、流路内のゴミをトラップために設けられる。80℃のテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド水溶液中に浸漬することでスリット状の供給口形状に対して異方性エッチングを行うことで、4面が{111}面からなるインク供給口8を形成した。
【0060】
(実施例3)
基板1の裏面にインク供給口8を形成する工程について以下のように変更する以外は、実施例1と同様の工程でインクジェットヘッドを作製した。
【0061】
まず、「Hyper Rapid」(商品名、LUMERA社製)のピコ秒レーザーを用いて、{100}面及び{110}面に対して共に54.7°の傾斜角度を持つようにレーザー光を傾け、基板に対して{111}面に平行になるようにレーザー照射を行った。ウエハに対するレーザー光の傾きはそのままに保ちながら照射光を表面のXY方向及び深さ方向にレーザー光を走査することで基板中に{111}面に平行な方形状の供給口形状を形成した。この際、図10に示すように形成される方形状の供給口形状が平行になるように、表面のインク供給口開口部10に向かってレーザー加工を行い形成した。更に、80℃のテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド水溶液中に浸漬することで、方形状の供給口形状に対して異方性エッチングを行うことで、4面が{111}面からなるインク供給口8を形成した(図9)。
【0062】
(実施例4)
基板1の裏面にインク供給口8を形成する工程について以下のように変更する以外は、実施例1と同様の工程でインクジェットヘッドを作製した。
【0063】
まず、「Hyper Rapid」(商品名、LUMERA社製)のピコ秒レーザーを用いて、{100}面及び{110}面に対して共に54.7°の傾斜角度を持つようにレーザー光を傾け、基板に対して{111}面に平行になるようにレーザー照射を行った。ウエハに対するレーザー光の傾きはそのままに保ちながら照射光を表面のXY方向及び深さ方向にレーザー光を走査することで、基板中に{111}面に平行な方形状の供給口形状を形成した。この際、図12に示すように形成される方形状の供給口形成予定形状40が互いに交差するように、表面のインク供給口開口部10に向かってレーザー加工を行い形成した。更に、80℃のテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド水溶液中に浸漬することで方形状の供給口形状に対して異方性エッチングを行い、4面が{111}面からなるインク供給口8を形成した(図11)。
【0064】
(実施例5)
基板1の裏面にインク供給口8を形成する工程について以下のように変更する以外は、実施例1と同様の工程でインクジェットヘッドを作製した。
【0065】
まず、「Pegasus」(商品名、住友精密社製)のドライエッチング装置を用いて、{100}面及び{110}面に対して共に54.7°の傾斜角度を持つように基板を傾け、基板に対して{111}面に平行になるようにドライエッチングを行った。更に、80℃のテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド水溶液中に浸漬することで方形状の供給口形状に対して異方性エッチングを行い、4面が{111}面からなるインク供給口8を形成した(図10)。
【0066】
以上のようにして実施例1〜5の製造方法で製造したインクジェットヘッド基板を用いインクタンク等を搭載したインクジェットユニットをプリンターに搭載し、吐出及び記録評価を行ったところ、安定した印字が行われ、得られた印字物は高品位であった。
【0067】
(比較例1)
本発明の効果を確認すべく、次のようにして比較対象となるインクジェットヘッドを製造した。本比較例では、実施例1の基板1の裏面に共通供給口を有するインクジェットヘッドを作製した。実施例1の基板1の裏面に共通供給口を形成する工程では、まず撥インク層上に、保護層7として「OBC」(商品名、東京応化製)を全面に塗布した。そして基板の裏面にポリエーテルアミド樹脂(商品名:「HIMAL」、日立化成製)を用いてスリット状のエッチングマスクを形成し、80℃のテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド水溶液中に浸漬した。これによりシリコン基板に対して異方性エッチングを行い、共通供給口を形成した。また、エッチングマスクの形状は実施例1で形成するエッチング終了面の開口部を含む形状となるように、エッチング開始面での形状を調整した。
【0068】
次いで保護層7である「OBC」(商品名)をキシレンにて除去した後、Deep−UV露光装置「UX−3000」(商品名、ウシオ電機製)を用いて撥インク層上から7000mJ/cm2の露光量で全面に露光した。これにより、インク流路パターンを形成するポジ型レジストを可溶化した。そして乳酸メチル中に超音波を付与しつつ浸漬することで、インク流路パターンを除去し、インクジェットヘッドを作製した。
【0069】
以上のようにして製造したインクジェットヘッド基板では、上記基板を支持基板に貼りあわせる際に、エッチング開始面で開口部が大面積であることによる接着不足が要因と見られるインクの染み出しが見られた。
【符号の説明】
【0070】
1 基板
2 マスク
3 光崩壊性ポジ型レジスト
4 インク流路パターン(構造体)
5 ネガ型レジスト層
6 インク吐出口
7 保護層(保護膜)
8 インク供給口
9 エネルギー発生素子
10 インク供給口開口部
11 レーザー加工開始面
20 インク流路
30 穴
40 供給口形成予定形状
50 柱状の部材
60、70、70a、70b {111}面
S 接着面積
W 開口面積

【特許請求の範囲】
【請求項1】
面の結晶方位が{100}であり、表面にインクを吐出口から吐出するために利用されるエネルギーを発生するエネルギー発生素子を備えるSi基板と、
前記吐出口と連通し、前記Si基板上にインクを保持する流路と、
前記Si基板の前記表面とその裏面とを貫通して流路と連通し、該インク流路にインクを供給する供給口と、を有するインクジェットヘッドであって、
前記供給口の壁面が、互いに対向する二つの{111}面を有するインクジェットヘッド。
【請求項2】
前記供給口の壁面が、互いに対向する二つの{111}面を二組有する請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記基板には、前記供給口が複数設けられ、前記複数のインク供給口は前記表面側においてそれぞれ独立して前記流路と連通するための開口を有する請求項1又は2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
前記複数の供給口が、1つのインク流路に連通する請求項3に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
前記複数の供給口が、前記基板中で互いに交差する請求項3又は4に記載のインクジェットヘッド。
【請求項6】
インクを吐出口から吐出するために利用されるエネルギーを発生するエネルギー発生素子を表面に有するSi基板と、前記Si基板を貫通し、前記エネルギー発生素子にインクを供給するための供給口と、を有するインクジェットヘッドの製造方法であって、
面の結晶方位が{100}である前記Si基板に加工を行うことにより、前記表面の裏面から前記表面に向かって、前記Si基板が有する{111}面に沿った穴を前記Si基板の裏面に形成する工程と、
前記穴から前記Si基板に対して結晶異方性のウェットエッチングを行って前記供給口を形成する工程と、を有するインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項7】
前記供給口の内壁面が互いに対向する二つの{111}面となるように結晶異方性エッチングを行う請求項6に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項8】
ドライエッチング法を使用して前記Si基板に加工を行うことにより前記Si基板に前記穴を形成する請求項6又は7に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項9】
前記Si基板にレーザーを照射して前記Si基板に前記穴を形成する請求項6又は7に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項10】
前記Si基板に前記穴を複数設け、前記複数の穴のそれぞれから、前記Si基板に対して結晶異方性のウェットエッチングを行って複数の前記供給口を形成する請求項6から9のいずれか1項に記載のインクジェットヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−162887(P2010−162887A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282695(P2009−282695)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】