説明

インクジェットヘッド

【課題】共通電極抵抗とインク流路のコンプライアンスばらつきを低減することで吐出均一性を向上し、かつノズル数が多いヘッドにおいても小型化することが可能なインクジェットヘッドを提供する。
【解決手段】個別液室10の領域の振動板1上に下部電極14、圧電体15、上部電極13を含む圧電素子11が積層され、インク供給路7の領域に圧電素子から延伸された下部電極と下部電極と導通する共通電極配線が形成されると共に、個別液室の配列方向に共通電極配線が延伸されていて、共通電極配線が、第1の共通電極配線161と第2の共通電極配線162の積層した構造であり、第1の共通電極配線161の膜厚が第2の共通電極配線162の膜厚より薄く形成されていて、流路基板2と保持基板5の接合領域に、第1の共通電極配線161の少なくとも一部を形成し、第2の共通電極配線162を形成しない構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小液滴を噴射することでパターニングするインクジェットヘッド、特に個別液室に形成された圧電素子に電力を供給することにより圧力変化を発生させ、微小ノズルから液滴を吐出するインクジェットヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
微小液滴を噴射することでパターニングするインクジェットヘッドにおいて、個別液室に圧力変動を発生する方式は複数のものが実用化・製品化されている。例えば、個別液室内にヒータを設置することで液体を気化させ、圧力変動を利用するサーマルインクジェット方式、個別液室にアクチュエータを設置する方式が挙げられ、アクチュエータを用いる手法は、アクチュエータの種類により圧電素子方式,静電方式などが挙げられる。
【0003】
アクチュエータを用いた方式は、幅広い物性のインクに対応可能である反面、液室配列の高密度化・ヘッドの小型化が困難とされているが、いわゆるMEMSプロセスを用いることで高密度化する技術が確立されてきている。すなわち、個別液室に薄膜形成技術を用いて振動板,電極,圧電体等を積層したユニモルフ型アクチュエータとすることで、半導体デバイス製造プロセス(フォトリソグラフィ)を用いて個別の圧電素子と電極・配線をパターニングすることで高密度化することができる。
【0004】
一方、半導体デバイスプロセス(薄膜プロセス)を用いて電極・配線を成膜する場合は、金属・合金をスパッタリング法、CVD法等で成膜するため、厚膜形成することが困難となる。具体的には5μm以上の膜厚とすることが困難であり、一般的には1μm以下の膜厚とすることが、膜応力、製造効率(プロセス時間)の観点から必要とされている。そのため、これらの薄膜プロセスを用いた場合、電極・配線の電気抵抗を下げるためには、電極・配線面積を広くすることが必要となり、その結果としてヘッドサイズが大きくなり、1ウェハあたりのチップ取数が減少し、コストアップ要因となることが課題となっている。
【0005】
インクジェットヘッドではヘッド1個あたりのノズル配列数、密度を高めることで、1走査あたりの吐出ドット数量を多くすることができ、印字速度を高めることができる。そのため、1ヘッドあたりのノズル配列数、すなわち圧電素子数を増加させる必要がある。このような配列数の多いヘッドの場合、共通電極の取り出しを配列方向のヘッド両端部から引き出す方式が一般的であるが、共通電極の配線抵抗が高い場合は、電圧降下が発生しヘッド中央部に近いノズルでは圧電素子に十分な電圧が印加されず、吐出均一性が悪化する課題がある。前述の薄膜プロセスで電極・配線を形成した場合は、膜厚が薄いため抵抗値が高くなるため上記の傾向はさらに顕著になってくる。また、半導体プロセスを用いてノズル配列密度を高めることができる利点を、配線抵抗により活用できない課題がある。
【0006】
特許文献1には、共通電極配線を個別液室の並列方向に形成し、並列方向の両端から個別電極形成側に延伸し、かつ個別電極配線を抵抗値の小さい金属で形成することにより吐出均一性を向上するとともに、共通電極配線との間隔を個別電極に凹部パターンを形成することで広げ、耐圧性を高めたインクジェットヘッドに関する技術が開示されている。
特許文献2には、インク供給路を個別液室と同じ高さに形成し、供給路上まで圧電体を延伸し補強することで、供給路上の振動板のクラック等の破損を防止したインクジェットヘッドに関する技術が開示されている。
特許文献3には、下部電極と導通する接続配線層を液室の並列方向に形成することにより共通電極の低抵抗化を図り、吐出ばらつきを低減したインクジェットヘッドに関する技術が開示されている。
特許文献4には、下部電極と導通する積層電極を個別液室外の領域に形成し共通電極とすることで共通電極の低抵抗化を図って吐出ばらつきを低減するとともに、積層電極端部に熱膨張係数の小さい(振動板より大きく、積層電極より小さい)応力緩和層を配置することで、製造工程の温度上昇による電極剥離を防止して、振動板の破損を防止可能としたインクジェットヘッドに関する技術が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
共通電極の配線抵抗を低減する従来技術として、特許文献1,3,4には、電気抵抗の低い材料を用いた配線層を圧電素子の配列方向に形成し共通電極とすることで吐出均一性を向上する技術が開示されている。しかし、いずれも5μm以下の膜厚の金属または導電体を用いて低抵抗化できるとしているが、抵抗値を下げるためには面積を広げる必要がありヘッドサイズが大きくなる課題がある。
ヘッドサイズを小さくするためには、電極・配線の厚膜化が必要であるが、上記の従来技術ではいずれも1μm程度の膜厚を想定したものとなっており、10μm以上の厚膜化に対応するために必要な技術が盛り込まれていない。すなわち、厚膜プロセスとして一般的な手法としては、メッキ法(電解メッキ,無電解メッキ)や印刷法(スクリーン印刷,グラビア印刷,フレキソ印刷)などがあるが、いずれも膜厚均一性を保つことが困難なプロセスである。前述の従来技術では、共通電極上を別の基板(例えば、保護基板)との接着面としており、均一な接着が困難である。
【0008】
薄膜プロセスを用いたインクジェットヘッドでは、インク流路もフォトリソ・エッチングで形成できる。このような場合、Si基板上に振動板を成膜し、振動板と対向する側から流路部分をエッチングすることで液室を形成できる。これらの手法については、特許文献2,3に記載されるウェットエッチング等の手法を用いることができる。このような手法を用いて流路を形成した場合、振動板までエッチングする必要があるため、圧電素子が振動板上に形成される個別液室(加圧液室)以外の流路は振動板のみの構成となってしまう。そのため、圧電素子に電圧を印加し駆動した際に、個別液室内のインク圧力が上昇した場合に個別液室に連通するインク供給路の振動板がたわむため、コンプライアンス成分となり圧力を損失してしまい、吐出効率が低減してしまう。また、インク供給路は個別液室からインク供給側への過大なインク流入(逆流)を防ぐために、流路断面積を小さくする必要がある。この場合、インク供給路の幅を個別液室に対して狭くする必要がある。通常、流路幅が狭くなるとエッチングレートが低下するため、インク供給路の高さ(=深さ)がばらつく傾向となる。この場合、前述のコンプライアンス成分が個別液室毎にばらついてしまうため、圧力ばらつきが発生し、その結果吐出ばらつきになる。
【0009】
これらの課題に対して、特許文献2ではインク流路上に補強層を配することで対策を行っている。補強層は剛性の高い膜を利用することが開示されており、具体的には圧電体をインク流路上まで形成することで、インク供給路上の振動板の剛性を高めている。また、圧電体に隣接する上部電極または下部電極をインク供給路上に形成しないことで、不活性とし吐出への影響を排除している。しかし、インク供給路上に不活性な圧電体を配置するため、前述の共通電極の低抵抗化のためには、別の領域に低抵抗化用の配線を形成する必要がある。
【0010】
つまり、特許文献1では、インク供給路はハーフエッチングにより形成されるため、インク供給路部分のコンプライアンスばらつきという課題の発生はなく、高剛性の絶縁膜、多層の電極構成による剛性向上についての言及もない。
特許文献2においては、インク供給路上を補強することで剛性を高めてはいるが、圧電体を用いているため、共通電極の抵抗であるに対する課題に対策ができないとともに、補強層は個別液室ごとに離散した形状となっているため、隣接液室間の相互干渉に対する対策をとることが難しい。
特許文献3では、インク供給路部に共通電極を形成しているが、インク供給路の高さをハーフエッチングにより個別液室より低い構成としているため、インク供給路の流動抵抗の均一性の向上を図ることが難しい。
特許文献4においては、積層電極厚が1μm程度である点と、保護基板との接着領域に配置しているため、共通電極の低抵抗化に対しては不十分であると同時に、隣接液室間の相互干渉に対する対策が難しい。
本願発明は、共通電極抵抗とインク流路のコンプライアンスばらつきを低減することで吐出均一性を向上し、かつノズル数が多い(高密度の)ヘッドにおいても、小型化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るインクジェットヘッドは、振動板が積層された流路基板に、振動板と対向する側にノズルが配列形成されているノズルプレートと、ノズルプレートと対向する側に接合された保持基板とを有し、ノズルに連通する個別液室および同個別液室に連通するインク供給路が各ノズルに形成され、個別液室の領域の振動板上に下部電極、圧電体、上部電極を含む圧電素子が積層され、インク供給路の領域に圧電素子から延伸された下部電極と下部電極と導通する共通電極配線が形成されると共に個別液室の配列方向に共通電極配線が延伸されたインクジェットヘッドであって、共通電極配線が、第1の共通電極配線と第2の共通電極配線を積層した構造であり、第1の共通電極配線の膜厚が第2の共通電極配線の膜厚より薄く形成されていて、流路基板と保持基板の接合領域に、第1の共通電極配線の少なくとも一部が形成され、第2の共通電極配線が形成されていないことを特徴としている。
【0012】
本発明に係るインクジェットヘッドにおいて、保持基板の第2の共通電極配線に対向する領域と圧電素子に対向する領域をそれぞれ凹状とするとともに、それぞれの凹状部を個別に形成したことを特徴としている。
本発明に係るインクジェットヘッドにおいて、第1の共通電極配線上に開口部をもつ絶縁膜を形成し、少なくともインク供給路上の第2の共通電極配線が形成されない領域を補強したことを特徴としている。
本発明に係るインクジェットヘッドにおいて、保持基板の開口部に、個別電極配線および第1の共通電極配線が引き出され、駆動回路と接続される個別電極パッド部と共通電極パッド部が形成されており、個別電極パッドと共通電極パッドの層構成が、第2の共通電極配線と同一であることを特徴としている。
本発明に係るインクジェットヘッドにおいて、個別電極パッド部と共通電極パッド部が、第2の共通電極配線と同時に形成されたことを特徴としている。
本発明に係るインクジェットヘッドにおいて、第2の共通電極配線がニッケルと金の積層構造であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、圧電素子から延伸された下部電極と導通する共通電極配線が、第1の共通電極配線と第2の共通電極配線を積層した構造であり、第1の共通電極配線の膜厚が第2の共通電極配線の膜厚より薄く形成されていて、流路基板と保持基板の接合領域に、第1の共通電極配線の少なくとも一部が形成され、第2の共通電極配線が形成されていないので、個別電極配線の低抵抗化と、インク供給路上の振動板を補強することができ、電圧降下と隣接クロストーク、液室コンプライアンスを低減することができるため、吐出性能のばらつきの小さいインクジェットヘッドを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態であるインクジェットヘッドの概略構成を示す拡大断面図である。
【図2】個別液室を区画する隔壁と圧電素子の近傍の拡大断面図である。
【図3】共通電極配線部分の積層構造を説明するための拡大断面図である。
【図4】流路基板の構成を示す部分拡大上面図である。
【図5】流路基板の別な形態を示す部分拡大上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。最初に概要を説明し、その後に各部の構成を説明する。
(全体概要)
本形態では、図1、図2に示すように、振動板1をその上部に形成した流路基板2の下面にノズルプレート3を接合し、流路基板2の上部で振動板1よりも上方に保持基板5と共通液室基板6を積層し、流動抵抗部となるインク供給路7を形成することでインクジェットヘッド100を構成している。そして図示されていないインクタンクに連通する共通液室8(共通液室基板6・保持基板5)を介して流路基板2に開口して形成されたインク供給口9、インク供給路7、個別液室10にインクが供給され、個別液室10の振動板1上に形成される圧電素子11を駆動することで生じる圧力で、個別液室10に連通するノズル12からインクを吐出する。圧電素子11の駆動は、上部電極13と下部電極14からそれぞれ共通電極16と個別電極18とを用いて引き出された先で、駆動IC17と配線25で接続されることで行われる。
(ノズルプレート)
ノズルプレート3はインク吐出用のノズル12が配列された基板であり、材料は必要な剛性や加工性から任意のものを用いることができる。例としてはSUS,ニッケル等の金属または合金やシリコン,セラミックス等の無機材料、ポリイミド等の樹脂材料を挙げることができる。ノズル12の加工方法は材料の特性と要求される精度・加工性から任意のものを選ぶことができ、エッチング法,プレス加工法,レーザ加工法等,フォトリソグラフィ法等を例示できる。ノズル12の開口径、配列数,配列密度は、インクヘッドに要求される仕様に合わせて最適な組み合わせを設定することができる。
(流路基板)
ノズルプレート3の上部に配置された流路基板2には、個別液室10,インク供給路7,インク供給口9がノズルプレート3との間に形成される。流路基板2の材料は加工性・物性から任意のものを用いることができるが、300dpi(約85μmピッチ)以上ではフォトリソグラフィ法を用いることができるシリコン基板を用いることが好ましい。個別液室10の加工は任意のものを用いることができるが、前述のフォトリソグラフィ法を用いる場合は、ウェットエッチング法,ドライエッチング法のいずれかを用いることができる。いずれの手法でも振動板1の液室側面1aを二酸化シリコン膜等とすることで、エッチストップ層とできるため、個別液室10の高さを高精度に制御することができる。
【0016】
個別液室10はインクに圧力を加え、ノズル12から液滴を吐出させる機能を有するものである。個別液室10の上部には、振動板1が配置されている。振動板1上には下部電極14,圧電体15,上部電極13がこの順序で積層されて構成された圧電素子11が配置されている。振動板1は任意のものを用いることができるが、シリコンや窒化物,酸化物,炭化物等の剛性の高い材料とすることが好ましい。また、これらの材料の積層構造としても良い。積層膜とする場合には、それぞれの材料の内部応力を考慮し、残留応力が少ない構成とすることが好ましい。例えばSiとSiOの積層の場合は、引っ張り応力となるSiと圧縮応力となるSiOを交互に積層し、応力緩和する構成が例として挙げられる。
【0017】
振動板1の厚さは、薄すぎる場合はクラック等により振動板1が破損しやすくなり、厚すぎる場合は変位量が小さくなり吐出効率が低下してしまう。また、薄すぎる場合は、振動板1の固有振動数が低下し、駆動周波数が高められない。このため、振動板1の厚さは所望の特性に応じて選択できるが、概ね0.5μm〜10μmの範囲が好ましく、1.0〜5.0μmの範囲がさらに好ましい。
【0018】
上部電極13と下部電極14は導電性のある任意の材料を用いることができる。例としては金属,合金,導電性化合物が挙げられる。これらの材料の単層膜でも積層膜でも良い。各電極には圧電体15と反応したり、拡散しない材料を選定する必要があるため、安定性の高い材料を選定する必要がある。また、必要に応じて圧電体15と振動板1との密着性を考慮し、密着層を形成しても良い。
【0019】
上部電極13及び下部電極14の材料の例としては、Pt,Ir,Ir酸化物,Pd,Pd酸化物等が安定性の高い材料として挙げられる。また、振動板1との密着層としては、Ti,Ta,W,Cr等が例示できる。
【0020】
圧電体15の材料は、圧電性を示す強誘電体材料を用いることができる。例としては、チタン酸ジルコン酸鉛やチタン酸バリウムが一般的に用いられる。圧電体15の成膜方法は任意の手法を用いることができ、例としてはスパッタリング法,ゾルゲル法が挙げられ、成膜温度の低さからゾルゲル法が好ましい。上部電極13と圧電体15は、個別液室10毎にパターニングする必要がある。パターニングには通常のフォトリソグラフィ法を用いることができる。また、圧電体15の成膜をゾルゲル法にて行う場合には、スピンコーティング法や印刷法を用いることもできる。
【0021】
上部電極13、下部電極14及び圧電体15から構成される圧電素子11は、個別液室10の上部に形成されている。これは、個別液室10を区画する図2に示す隔壁10a上に圧電素子11を形成した場合、振動板1の変形を阻害してしまうため、吐出効率の低下や応力集中による圧電素子11の破損等の原因となるからである。
【0022】
流路基板2には、個別液室10に連通するようにインク供給路7が形成されている。インク供給路7は、共通液室8から個別液室10にインクを供給する機能を有すると同時に、圧電素子11を駆動することで個別液室10に発生する圧力により、インクの逆流を防止してノズル12から吐出させる機能を有する。そのため、個別液室10のインク流動方向の断面積を小さくし、流動抵抗を高くする必要がある。本形態において、インク供給路7の高さは個別液室10と略同一とすることが必要である。流路基板2にシリコンを用い、個別液室10とインク供給路7をフォトリソグラフィ法(+エッチング)で形成した場合、個別液室10と同一の条件で加工できるメリットがある。インク供給路7の高さを個別液室10より低くすることで、流動抵抗を高めるためには、個別液室10のオーバーエッチング量を時間管理で制御する必要があるため、エッチングレートのばらつきにより、流動抵抗を均一にすることができない。その結果、吐出均一性が悪化する。一方、インク供給路7と個別液室10の高さを同一とした場合、インク供給路7の上部には圧電素子11のない振動板1が配置されるため、コンプライアンス成分となり吐出効率を低下させてしまう。インク供給路7の高さを個別液室10と略同一とする場合で流動抵抗を高めるには、インク供給路7の幅を狭くする必要がある。インク供給路7の幅を狭くした場合、その断面形状(特に振動板1近傍)は不安定になりやすい。そのため、インク供給路7上の振動板1のコンプライアンス値がばらつく傾向にある。
【0023】
そこで、本形態では、インク供給路7上に積層膜を形成することで剛性を高め、コンプライアンス値およびそのばらつきを低減することで吐出ばらつきの低減を図るようにしている。インク供給路7上の積層膜については、後述の共通電極配線16の構成の部分で説明する。インク供給路7は、インク供給口9、振動板1が開口する部分を通じて共通液室8に連通している。
【0024】
個別液室10は、図1の手前〜奥方向に図2に示す隔壁10aを介して配列させることでインク吐出ヘッド部を構成している。図2は個別液室10の近傍の断面図を示す。個別液室10は隔壁10aより区画されており、それぞれの上部に圧電素子11が配置されている。個別液室10の高さは、ヘッド特性から任意に設定できるが、20〜100μmの範囲とすることが好ましい。また、個別液室10間の隔壁10aは配列密度に合わせて任意に設定することが可能であるが、隔壁幅は10〜30μmとすることが好ましい。これは隔壁幅が狭い場合は隣接する個別液室10の圧電素子11を駆動した場合に、隣接液室間の相互干渉が発生し、吐出ばらつきが大きくなるからである。隔壁幅を狭くする場合は、個別液室10の高さを低くすることで対応することができる。
(電極と配線)
個別液室10の上部に配列した圧電素子11に駆動信号を入力するために、図1,図4に示すように上部電極13から個別電極18を引き出し、下部電極14から共通電極16を引き出す構成をとる。図4は本形態の流路基板2の上面図を示す。配列する上部電極13からは個別電極18が個別電極パッド部181の位置まで引き出される。下部電極14は個別電極パッド部181と反対側のインク供給口9の手前のインク供給路7上まで延伸され、下部電極14と導通する共通電極配線161を介して共通電極パッド部191まで引き出される。共通電極パッド部191と個別電極パッド部181は近傍まで引き出され、保持基板5の開口部5Aを介して、駆動IC17の駆動ICパッド部171に接続される。
【0025】
さらに図4に示すように、インク供給路7上の共通電極配線161には、通電極配線162が共通電極配線161と導通するように積層されている。このように共通電極配線161に通電極配線162を積層することで、共通電極16の電気抵抗を低減している。共通電極16と個別電極18は同一材料・同一工程で形成することが好ましい。電極材料としては、抵抗値の低い金属・合金・導電性材料を用いることができる。また、上部電極13と下部電極14にはコンタクト抵抗の低い材料を用いることが必要である。例としては、Al,Au,Ag,Pd,Ir,W,Ti,Ta,Cu,Crなどが例示でき、コンタクト抵抗を低減するために、これらの材料の積層構造としても良い。コンタクト抵抗を下げる材料としては、任意の導電性化合物を用いても良い。例としては、Ta,TiO,TiN,ZnO,In,SnO等の酸化物,窒化物およびその複合化合物が挙げられる。膜厚は任意に設定できるが、1μm以下とすることが好ましい。また、成膜には真空成膜法等の膜厚均一性が高い成膜方法を採用することが好ましい。これらの電極は、後述の保持基板5との接合面となるため、高さ均一性を確保できる膜厚・成膜方法を取る必要がある。
【0026】
共通電極配線162は、共通電極16の抵抗値を下げる機能を有する。図3、図4に示すように、共通電極配線162は、個別液室10および圧電素子11(上部電極13+圧電体15)の配列方向に、同方向に延在する共通電極配線161の上に積層されている。共通電極配線161と共通電極配線162は導通している必要があるため、コンタクト抵抗の低い材料の組み合わせとする必要がある。共通電極配線の材料としては、任意の材料を用いることができるが比抵抗の小さい金属、合金、導電性化合物を用いる必要がある。また、基板上の小さい面積で低抵抗化するのに厚膜化する必要があるため、厚膜成膜可能な材料・工法を選定する必要がある。膜厚としては、10〜100μmが好ましく、さらに好ましくは10〜50μmである。厚膜形成できるプロセスとしては、電解メッキ法,無電解メッキ法,スクリーン印刷法が例示できる。これらの厚膜形成可能な電極材料としては、Au,Ag,Cu,Ni,Cr等およびこれらを含有する合金が例として挙げられる。また、成膜後の残留応力の小さい成膜方法・材料を選定することが好ましい。
【0027】
図4に示すように、共通電極配線162を形成することで、共通電極配線161を個別液室10配列方向の端部から外部に取り出した場合でも、取出部からの距離による電圧降下が発生し難く、吐出均一性を高めることが可能になる。
【0028】
保持基板5の開口部5Aまで引き出した個別電極18および共通電極配線161上には、図5に示すように、個別電極パッド部181および共通電極パッド部191を形成する。これらのパッド部に駆動IC17からの信号を入力する配線を接続する。図1では、駆動IC17の駆動ICパッド部171と個別電極パッド部181を配線25で接続している。接続は任意の手法を用いることができ、例としてはFPCを用いたACF接合,ハンダ接合や、ワイアボンディング法、駆動IC17の出力端子となる直接接合するフリップチップ法等を適宜選択できる。それぞれの接合方式に合わせてパッド部の材料・構造を選定する必要がある。
(保持基板)
前述の通り、流路基板2は20〜100μm厚となるので、流路基板2の剛性を確保するためには、図1に示すように、流路基板2を間にしてノズルプレート3と対向する側に保持基板5を配置して接合している。保持基板5の材料は任意の材料を用いることができるが、流路基板2の反りを防止するために熱膨張係数の近い材料を選定する必要がある。そのため、ガラス、シリコンやSiO、ZrO、Al等のセラミクス材料とすることが好ましい。保持基板5には共通液室8を形成する開口部5Aを有する必要がある。開口部5Aは流路基板2のインク供給口9に接続する。
【0029】
個別液室10に対向する領域に位置する保持基板5には、圧電素子11を駆動し振動板1が変位できる空間を確保する必要があるため、振動板1から離間する方向に窪んだ凹部51が形成されている。図2に示すように、保持基板5に形成した凹部51は、個別液室10ごとに区画されていて、個別液室10間の隔壁10a上で接合されることが好ましい。それにより、板厚の薄い流路基板2の剛性を高めることができ、圧電素子11を駆動した際の隣接液室間の相互干渉を低減することが可能となる。
【0030】
図1に示すように、共通電極配線162が形成された領域に位置する保持基板5には凹部52が形成されている。図3は共通電極16の断面図を示す。前述した共通電極162は厚膜形成可能な成膜手法を選定する必要がある。メッキ法,スクリーン印刷法等を用いた場合、その膜厚均一性は悪化する傾向がある。従って、共通電極配線162が形成されている部分を保持基板5との接合面とするとインクシール性が低下してしまう。また、膜厚ばらつきを吸収するために、接着剤を厚く塗布すると、余剰の接着剤がインク供給路7、圧電素子11部に流入してしまい、特性を悪化させてしまう。そのため、厚膜の共通電極配線162に対向する保持基板5の領域には、図1に示すように共通電極配線162の膜厚以上の深さの凹部52を形成している。保持基板5の凹部52の深さとしては、共通電極配線162の膜厚に10〜30μm付加した深さとすることが好ましい。また、保持基板5の凹部51と保持基板5の凹部52は、個別に設けている。保持基板5の凹部51と凹部52の間に形成され保持基板5と流路基板2の接合面により、インク供給路7の剛性を高めることができる。
(実施例1)
φ6インチ、厚さ600μmのシリコンウェハ上に、SiO:0.6μm,Si:1.5μm,SiO:0.4μmを積層することで、3層構成の振動板1を形成した後に、下部電極14としてTi:20nm,Pt:200nmをスパッタリング法で成膜した。下部電極14上には、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)と有機金属溶液を用いたゾルゲル法で厚さ2μm成膜した後、700℃で焼成し、PZTの圧電体15膜を形成した。その後、圧電体15膜上にPtを200nmスパッタリング法で成膜し上部電極13とした。
【0031】
上部電極13形成後に、上部電極13、圧電体15、下部電極14をドライエッチング法でパターニングすることで、図4に示すような配列をした圧電素子11のパターンを形成した。圧電素子11の配列ピッチは85μmとし、圧電体15の幅は50μmとした。圧電素子11の長手方向の長さは1000μmとした。圧電素子11の配列数は300個とした。圧電素子11形成後にプラズマCVD法により、層間絶縁膜(図1の絶縁膜61)を成膜し、図1に示すように上部電極13上に個別電極コンタクトホール182,共通電極コンタクトホール163を層間絶縁膜61に形成後、Ti:50nmとAl:500nmを順次積層しドライエッチングすることで、個別電極15および共通電極配線161をパターン形成した。電極パターンは図4に示す構成とした。共通電極配線161の幅は300μmとした。図4に示すインク供給口9部分の振動板1をドライエッチングで除去した後、共通電極配線161上にAgペーストをスクリーン印刷法で印刷した。その膜厚は20μmとなり、幅は200μmとした。
【0032】
図1,図2,図5に示すような保持基板5の凹部51,52およびの開口部5Aを有する保持基板5を、φ6インチシリコンウェハを用いて形成した。保持基板5の各凹部は、ICPドライエッチング法を用いて形成し、その深さは30μmとした。保持基板5の開口部5Aはサンドブラスト法を用いて開口した。
【0033】
作成した保持基板5の接合面にエポキシ系接着剤をフレキソ印刷機により膜厚2μmで塗布して接合し、接着剤を硬化することで保持基板5を接合した。その後、600μmの流路基板2を80μmまで研磨した後に、図1および図4に示す個別液室10、インク供給路7をICPドライエッチング法で形成した。
【0034】
個別液室10の幅は60μm、インク供給路7の幅は30μm、長さは300μmとした。インク供給路7、個別液室10のエッチングは振動板1に到達するまで行い同一の高さとした。また、インク供給口9の振動板1は、事前にエッチングしたため、貫通口を形成することができる。
【0035】
ウェハをダイシングによりチップに切り出した後に、保持基板5と同様の手法でノズルプレート3と流路基板2を接合した。ノズルプレート3は厚さ30μmのSUS材にプレス加工でφ20μmのノズル12を85μmピッチで形成したものを用いた。保持基板5上に図1に示すように、SUS製の共通液室基板6を接合し、図示しないインクタンクと接続し、個別電極パッド部181にACF接合にて、駆動ICパッド部171を実装したTABを接合することでインクジェットヘッド100とすることができた。
【0036】
粘度8mPaのインクをインクタンクから加圧充填した後、印加電圧20V,パルス長10μs,周波数1kHzを個別電極18、共通電極16間に印加し、ストロボ撮影装置にて吐出された液滴速度を計測した。共通電極パッド部191にもっとも近いノズル12の滴速度が7.2m/sに対し、もっとも遠い(300ピッチ分)ノズル12の滴速度が7.1m/sと誤差範囲に近い差異しかなく、良好な吐出均一性を確認した。また、隣接した個別液室10間の滴速度ばらつきも±2%の範囲となり良好な結果となった。これは共通電極16の抵抗が十分に低く電圧降下が発生していないことと、インク供給路7上の振動板1の剛性が十分に高く、コンプライアンスばらつきが発生しないためと推定される。
(比較例1)
実施例1と同様の手法を用いて、インクジェットヘッドの作成・評価を行った。但し、比較例1では共通電極配線162を形成しないインクジェットヘッドとした。同様に滴速度評価を行ったところ、ノズル12の平均滴速度が6.8m/sと低下すると同時に、共通電極パッド部191にもっとも近いノズル12と遠いノズル12の滴速度ばらつきも±15%となった。また、隣接する個別液室10毎の吐出ばらつきも実施例1と比較すると大きくなっていることから、インク供給路7上のコンプライアンス成分のばらつきが影響していると考えられる。また、隣接する個別液室10を駆動すると滴速度が10%程度変動するため、隣接チャネル間の相互干渉が発生したと考えられる。
(実施例2)
実施例1と同様の手法を用いてインクジェットヘッドの作成・評価を行った。但し、本実施例において、個別電極15と共通電極配線161をパターニング後に、プラズマCVD法で絶縁膜62としてSiを2μm積層し、共通電極配線162を形成する部分、共通電極パッド部191、個別電極パッド部181、圧電素子11の部分をドライエッチング法で開口さした。すなわち、図1に示すように、振動板1と保持基板5の間に介装された絶縁膜62を開口した。その後、無電解メッキプロセスにて、Niを20μm積層した後、表面0.5μmをAuに置換することで共通電極パッド部191、個別電極パッド部181、共通電極配線162を同時に形成した。
【0037】
その後、実施例1と同様にこの実施例に係るインクジェットヘッドの評価を行ったところ、実施例1と同様の滴速度ばらつきとすることを確認できた。さらに、隣接する個別液室10を駆動した場合の相互干渉を確認したところ、実施例1では滴速度が3%変動していたのに対して1.5%とすることができた。剛性の高いSiの絶縁膜62が共通電極16形成部の周辺の振動板1を補強したため、相互干渉が低減できたと推定される。さらに、剛性の高いNiメッキ膜としたことも効果があったと推定される。また、共通電極パッド部191、個別電極パッド部181の表面にAuメッキ層を、共通電極配線162の形成プロセスで形成できるため、図1に示すワイアボンディング等の実装のためのメッキ工程を省略することができる。
【0038】
このようなインクジェットヘッド100では、電圧素子11から延伸された下部電極14と導通する共通電極配線16が、第1の共通電極配線161と第2の共通電極配線162の積層した構造であり、第1の共通電極配線161の膜厚が第2の共通電極配線162の膜厚より薄く形成し、流路基板2と保持基板5の接合領域に、第1の共通電極配線161の少なくとも一部が形成され、第2の共通電極配線162が形成されていないので、個別電極配線の低抵抗化と、インク供給路7の振動板1を補強することにより、電圧降下と隣接クロストーク、液室コンプライアンスを低減することができるため、吐出性能のばらつきの小さいインクジェットヘッドを得ることができる。また、実装に必要なAuメッキ処理を共通電極作成プロセスで形成できるため、製造工程の簡略化が可能になる。
【符号の説明】
【0039】
1 振動板
2 流路基板
3 ノズルプレート
5 保持基板
5A 保持基板の開口部
7 インク供給路
10 個別液室
11 圧電素子
12 ノズル
13 上部電極
14 下部電極
15 圧電体
62 絶縁膜
161 第1の共通電極配線
162 第2の共通電極配線
181 個別電極パッド部
162 共通電極パッド部
【先行技術文献】
【特許文献】
【0040】
【特許文献1】特許第3994255号公報
【特許文献2】特許第4340048号公報
【特許文献3】特開2004−001431号公報
【特許文献4】特開2006−239966号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動板が積層された流路基板に、前記振動板と対向する側にノズルが配列形成されているノズルプレートと、前記ノズルプレートと対向する側に接合された保持基板とを有し、
前記ノズルに連通する個別液室および同個別液室に連通するインク供給路が各ノズルに形成され、前記個別液室の領域の振動板上に下部電極、圧電体、上部電極を含む圧電素子が積層され、前記インク供給路の領域に前記圧電素子から延伸された下部電極と下部電極と導通する共通電極配線が形成されると共に前記個別液室の配列方向に前記共通電極配線が延伸されたインクジェットヘッドであって、
前記共通電極配線は、第1の共通電極配線と第2の共通電極配線の積層した構造であり、前記第1の共通電極配線の膜厚が第2の共通電極配線の膜厚より薄く形成されていて、前記流路基板と前記保持基板の接合領域に、第1の共通電極配線の少なくとも一部が形成され、第2の共通電極配線が形成されていないことを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項2】
請求項1記載のインクジェットヘッドにおいて、
前記保持基板の第2の共通電極配線に対向する領域と前記圧電素子に対向する領域をそれぞれ凹状とするとともに、それぞれの凹状部を個別に形成したことを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項3】
請求項1または2記載のインクジェットヘッドにおいて、
前記第1の共通電極配線上に開口部をもつ絶縁膜を形成し、少なくとも前記インク供給路上の第2の共通電極配線が形成されない領域を補強したことを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項4】
請求項1、2または3記載のインクジェットヘッドにおいて、
前記保持基板の開口部に、前記個別電極配線および前記第1の共通電極配線が引き出され、駆動回路と接続される個別電極パッド部と共通電極パッド部が形成されており、前記個別電極パッド部と共通電極パッド部の層構成が、前記第2の共通電極配線と同一であることを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項5】
請求項1ないし4の何れか1つに記載のインクジェットヘッドにおいて、
前記個別電極パッドと共通電極パッド部が、前記第2の共通電極配線と同時に形成されたことを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項6】
請求項1ないし5の何れか1つに記載のインクジェットヘッドにおいて、
前記第2の共通電極配線がニッケルと金の積層構造であることを特徴とするインクジェットヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−166393(P2012−166393A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−27673(P2011−27673)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】