説明

インクジェット流路形成用樹脂組成物

【課題】 透明性と耐衝撃性と接インク性を満足する。
【解決手段】 PPEとPSとのアロイである変性PPE樹脂であって、非脂肪酸系滑剤と脂肪酸を含有しないスチレン系エラストマ-と難燃剤が配合され、アイゾッド衝撃強さ(3.2mmノッチ23℃)が15(J/m)以上、UL94難燃性(1.5mm)がV1以上、t=2mmにおけるλ=900nmの光線透過率が80%以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインクジェット流路形成用樹脂組成物に関し、特にインクジェット方式に従って記録を行なうノズルにインクを供給する流路を、レーザー溶着にて形成するに適した透明樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置は搭載されるインクジェット記録ヘッド部よりインクの小液滴を種々の作動原理で動作させ、それを紙等の被記録物に付着させて記録を行うものである。
【0003】
インクジェット記録ヘッド部は一般に、インク滴を形成させるための記録手段(印字ヘッド)とこれにインクを貯留するインク貯留部とインクをインク貯留部から印字ヘッドに供給するインク流路から構成されている。
【0004】
印字ヘッドは色や性質が異なる複数のインクを独立に吐出するような構成となっていて、よって複数のインク貯留部と複数のインク流路形成が必要となる。
【0005】
複数のインク流路の取り回しは、ヘッドのノズル配置の都合で複雑な形状になることが多く、量産性を考慮し熱可塑性樹脂を射出成型で作成された複数の部品を一体的に溶着して形成させる方法が一般的である。
【0006】
流路構成部材同士はインクを密閉するために溶着されることが必要で、従来より超音波溶着法または振動溶着法など用いた摩擦熱溶融手段で実施されてきた。
【0007】
摩擦熱溶融手段は加工の振動で樹脂が脱落しインク流路に異物として残る場合があるため、加工後に流路に洗浄液を流す工程を導入することなどして対策してきた。
【0008】
洗浄工程は洗浄装置や乾燥装置の導入を必要とする上に滞留を生み出しインクジェット記録装置製造におけるコストアップ要因の一つであった。
【0009】
一方異物の発生が非常に少ない溶着手段として、レーザーの熱を利用して溶融接合するレーザー溶着法が近年着目されている。
【0010】
図1を用いてインクジェットの流路をレーザー溶着にて形成する方法を説明する。
【0011】
レーザー溶着法は互いに溶融可能な光透過性樹脂10と光吸収性樹脂12とを、ガラス板など光を透過する材質で作られた、押さえ治具14密着させながら光透過性樹脂10側から接合面13にレーザー発振機15より発振させられたレーザー光14を当てることで光吸収性樹脂12を加熱させる結果溶融させる接合面13面を接合する手法である。
【0012】
光透過性樹脂10には、あらかじめ溝形状が形成されているので、接合後はインク流路11が形成される。
【0013】
レーザー溶着法を使ったインク流路形成は、前述のように摩擦溶着法で必要とされた洗浄工程が不要となる。
【0014】
レーザー溶着を可能とする光透過性樹脂10の光学的透過性は数10%以上あれば良いとされる。
【0015】
物性が変わらないのであれば、透過性は高いほうが短時間で効率良く溶着することができる。
【0016】
従来、透明性と物理特性を両立させた樹脂として、たとえば特許文献1のようにポリエステル系樹脂とゴム成分を合わせた提案などがなされてきている。
【0017】
一方インクジェット記録装置のインク流路に用いられる樹脂は、強度,ガスバリア性,耐熱性などの物理特性と後述する接インク性が必要である。
【0018】
インク中に異物があると印字ヘッドのノズルに付着したり目詰まりを発生することで印字品質に影響を及ぼすが、接インク性とはインクに触れた材料がインク中に脱落したり、インクに溶けたのち再析出したり、またはインクの組成物と反応することで異物となる懸念があるかないかの特性である。
【0019】
たとえば特許文献1で紹介されている樹脂はポリエステルとアクリルニトリルブタジエンスチレン(以下ABSと称す)であるが、ポリエステルは接する液体によっては加水分解を起こしやすい。
【0020】
インクの多くは有機溶媒を含有するのが、ABSは有機溶剤により溶剤クラックが発生しやすいので接インク材料として採用することは禁忌である。
【0021】
インクジェット用の汎用熱可塑性樹脂としてポリプロピレン(以下PPと称する)やポリエチレン(以下PEと称する)で代表されるポリオレフィンやポリスチレン(以下PSと表現する)やポリフェニレンエーテル(以下PPEと表現する)を使用した樹脂組成物が採用されている。
【0022】
PPやPEやPSは廉価で成形しやすく、耐インク性も問題ないが機械的強度と耐熱性と透明性ならびに難燃性を確保するために複数の添加材が必要であり、接インク性が低下する。
【0023】
ポリフェニレンエーテルの樹脂組成物(以下、変性PPEと称する)は、機械的強度と耐熱性と難燃性が必要とされる印字ヘッド用として最もバランスが良い樹脂の一つである。
【0024】
市販の透明変性PPE樹脂組成物のレーザー溶着でヘッドを製造する手段については特許文献2にて紹介されている。
【0025】
一方、インクジェットに求められる接インク性や機械的物性、難燃性への要求は年々高度になってきていて、特許文献2で紹介されたものを含め市販の透明変性PPEの中で、近年の高度な要求水準に達する物性を満足する材料は存在していなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0026】
【特許文献1】特開2006-187875号公報
【特許文献2】特開2005-96422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
本発明の目的は、インクジェット用でレーザー溶着に適したインクジェット流路形成用樹脂組成物の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0028】
上記目的を達成する本発明は、
PPEとPSとのアロイである変性PPE樹脂であって、非脂肪酸系滑剤と脂肪酸を含有しないエラストマ-と難燃剤が配合され、アイゾッド衝撃強さ(3.2mmノッチ23℃)が15(J/m)以上、UL94難燃性ではV1(t=1.5mm)以上、λ=900nmの光線透過率が80%(t=2mm)以上であることである。
【0029】
さらに脂肪酸を含有しないエラストマ-はPPEとPSと滑材との相溶性に優れたSBBSまたはSBSまたはSEBSから選択されることである。
【発明の効果】
【0030】
以上の構成によれば、レーザー溶着可能なインクジェット流路形成用透明樹脂組成物ができる結果、廉価で信頼性の高いインクジェット記録装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】レーザー溶着によるインク流路形成法
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明のインクジェット流路形成用樹脂組成物はポリフェニレンエーテル(以下PPEと称す)とポリスチレン(以下PSと称す)のアロイである変性PPEと、脂肪酸非含有のスチレン系エラストマー(以降TPE−Aと称す)と、既変性PPEと既TPE−Aいずれに対しても相溶性を持つ非脂肪酸系滑剤と、難燃剤が使用される。
【0033】
本構成を発明するに至った経緯について、表1を用いて以下説明する。
【0034】
前述のようにインクジェット記録ヘッド用インク流路用樹脂として変性PPEが、適切な樹脂の一つで、特にPSやHIPSとのアロイであるタイプが広く用いられており、このような樹脂組成物は表1の比較例(1)のような構成である。
【0035】
比較例(1)のような通常の変性PPEは色材により積極的に調色されており、光線の透過はない。
【0036】
比較例(2)のように比較例(1)から色材を除去することで、透明性が発現する。
【0037】
具体的には厚さ2mmの比較例(2)の樹脂をレーザー溶着に使用される光(900nm)、の透過率は32%であり、レーザー溶着が可能とされる水準に到達する。
【0038】
しかしながら比較例(2)の透過率の水準ではレーザー溶着を数秒以内に完結できるように生産性を確保するのは困難である。
【0039】
たとえばレーザー発振機の出力を上げようとすると、被照射樹脂と透明樹脂の界面温度が上がると同時に透明樹脂全体が過剰に加熱される結果、変形を起こしたり発泡したりする可能性がある。
【0040】
発明者はレーザー溶着の生産性と安定した品質が確保できる透明変性PPEの透明性として、少なくとも80%以上が望ましいことを見出している。
【0041】
比較例(3)は比較例(2)における組成で、透明性を阻害しているHIPSと、滑剤を除去した。
【0042】
その結果、光(900nm)の透過率は89%となり、レーザー溶着が容易に実施できる水準に到達した。
【0043】
反面、HIPSを除去することによる耐衝撃性の低下と滑剤を除去することによる成形性の低下がみられ、特に耐衝撃性の低下が顕著であった。
【0044】
耐衝撃性についてインクジェットヘッド用途であれば厚さ3.2mmノッチ23℃のアイゾッド衝撃強度は、15(J/m)以上あるのが使いやすい。
【0045】
HIPSはPSとゴム成分のアロイであり、ゴム成分が耐衝撃性を高める一方で透明性を阻害するので、比較例(4)では衝撃性と透明性を両立するために高透明性のHIPSを配合することで対応している。
【0046】
しかしながら高透明性のHIPSは接インク性に劣り、これを改善し量産するためには樹脂組成物を構成する原材料のカスタマイズが必要なため、材料単価が非常に高価になってしまう課題が残った。
【0047】
そこで比較例(5)では、比較例(4)の透明HIPSと同様の効果を出すために、比較例(3)に透明性の高いエラストマー(エラストマーB)を処方したものであるが、比較例(4)と同じ課題が残る結果となった。
【0048】
以上のように、変性PPEは透明性と耐衝撃強度の間には相反する関係があり、これを解決するためには、材料コストが上がってしまうという課題が発生することが判明した。
【0049】
発明者のさらなる検討の結果、上述の課題を解決する樹脂組成物の発明に至ったので以下説明する。
【0050】
本発明の実施例A、実施例Bにおける樹脂組成物においてPSは、本樹脂組成物の流動性を得るために、PPEに対して必要に応じて配合される。PSは汎用PS(GPPS)から選定することができる。TPE−Aは、SBSやSBBS、SEBSの中から他の組成物と相溶性が高く、接インク性の観点で脂肪酸非含有であるものを選定する。
【0051】
たとえば、PSとしてPSジャパン(株)製ポリスチレンSCと、TPE−Aとして旭化成ケミカルズのアサフレックスの組み合わせは相溶性のほか屈折率も近いため非常に高い透明性が得られる。
【0052】
滑剤は、上記選定した変性PPEとTPE−Aいずれに対して相溶性を持つ非脂肪酸系滑剤から選定することで、樹脂組成物の成形性と透明性と接インク性を両立することが可能となる。
【0053】
非脂肪酸系の滑剤として、たとえばリン酸系滑剤などを選定することができる。
【0054】
インクジェット用途としてヘッドのように電気実装部に近い材料の難燃性はUL94でV1以上のものが望ましく、この特性を得るために難燃剤が適宜添加すればよい。
【0055】
難燃剤の例としてリン酸系難燃剤を選ぶことも可能で、条件を満たせば前述の滑剤として併用することができる。
【0056】
【表1】

【符号の説明】
【0057】
10:光透過性樹脂
11:流路
12:光吸収性樹脂
13:接合面
14:押さえ治具
15:レーザー発振機
16:レーザー光


【特許請求の範囲】
【請求項1】
PPEとPSのアロイである変性PPE樹脂であって、非脂肪酸系滑剤と脂肪酸を含有しないエラストマ-と難燃剤が配合され、アイゾッド衝撃強さ(3.2mmノッチ23℃)が15(J/m)以上、UL94難燃性(1.5mm)がV1以上、t=2mmにおけるλ=900nmの光線透過率が80%以上であることを特徴とする、インクジェット流路形成用樹脂組成物。
【請求項2】
脂肪酸を含有しないエラストマ-はPPEとPSと滑材との相溶性に優れたSBBSまたはSBSまたはSEBSから選択されることを特徴とする請求項1に記載のインクジェット流路形成用樹脂組成物。


【図1】
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【公開番号】特開2012−121951(P2012−121951A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−272244(P2010−272244)
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】