説明

インクジェット記録用インク

【課題】遊離の銅イオンを含有しているにもかかわらず、防錆能を有し、かつ遊離の銅イオンに起因する析出物が生じないインクジェット記録用インクを提供する。
【解決手段】遊離の銅イオンを含有するインクジェット記録用インクであって、防錆剤としてシクロヘキシルアンモニウムカーバメートを含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録用インクに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録用インクのシアン着色剤として、銅フタロシアニン染料、銅フタロシアニン顔料等の銅錯体着色剤が使用されている。
【0003】
一方、インクジェットヘッドのインク流路内においてインクと接触する金属材料の腐食を防止するため、インクジェット記録用インクには、一般にベンゾトリアゾール等の防錆剤が使用されている。
【0004】
しかしながら、銅錯体着色剤を含有するインクジェット記録用インクにおいて、防錆剤としてベンゾトリアゾールを添加すると、銅錯体着色剤に由来する遊離の銅イオンにベンゾトリアゾールが配位してインク中に析出物が生じ、インクジェットヘッドのノズルを詰まらせるという問題が生じる。特に、インクジェット記録用インク中における銅錯体着色剤に由来する遊離の銅イオン濃度が、0.01ppm以上である場合、この問題は顕著であった。
【0005】
これに対して、銅錯体着色剤の精製度を向上させたり、金属イオン封鎖剤を使用することにより、インクジェット記録用インク中の遊離の銅イオン濃度を10ppmにすることが提案されている(特許文献1)
【特許文献1】特開2000-355665号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
遊離の銅イオンに起因する析出物が生じない程度に銅錯体着色剤を精製することは容易でなく、また、防錆剤に加えて金属イオン封鎖剤を使用することは、インクジェットヘッド部材への悪影響が懸念される。
【0007】
そこで、本発明は、銅錯体着色剤等に由来する遊離の銅イオンを含有しているにもかかわらず、防錆能を有し、かつ遊離の銅イオンに起因する析出物が生じないインクジェット記録用インクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、インクジェット記録用インクにおいて、防錆剤としてシクロヘキシルアンモニウムカーバメートを使用すると、インクに遊離の銅イオンが含まれていても析出物が生じず、かつ高い防錆能を得られることを見出した。
【0009】
即ち、本発明は、遊離の銅イオンを含有するインクジェット記録用インクであって、防錆剤としてシクロヘキシルアンモニウムカーバメートを含有するインクジェット記録用インクを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明のインクジェット記録用インクによれば、遊離の銅イオンを含有しているにもかかわらず、高い防錆能を有し、かつ遊離の銅イオンに起因する析出物が生じない。したがって、インクジェットヘッドの腐食とノズル詰まりを防止し、インクの吐出安定性を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のインクジェット記録用インクは、遊離の銅イオンとシクロヘキシルアンモニウムカーバメートを含有する。この遊離の銅イオンを生じさせる原因物質は特に限定されないが、代表例としては、銅錯体染料(特に、銅フタロシアニン染料)、銅フタロシアニン顔料等の銅錯体着色剤や、その他の含金属染料等を挙げることができる。
【0012】
銅錯体染料としては、C.I.ダイレクトバイオレット47、48、90及び91;C.I.ダイレクトブルー86、87、90、98、194、195、196、199、226及び248;C.I.ダイレクトブラウン95、100、112、194及び211;C.I.ダイレクトブラック71、105、106、107、108及び146;C.I.アシッドレッド161;C.I.アシッドオレンジ87、88及び122;C.I.アシッドレッド194、209、211、215及び216;C.I.アシッドブルー151、154、167、168、170、171、184、187、199、229及び234;C.I.アシッドグリーン56、57、60及び65;C.I.アシッドブラウン231、232、294及び296;C.I.アシッドブラック 58、60、62、64、107、108、112、115、118、119、121、122、131、132、139、140、155及び156;C.I.リアクティブレッド6、7、27、32及び130;C.I.リアクティブバイオレット1、2、3、4及び5;C.I.リアクティブブルー3、7、9、10、13、14、15、18、20、21、25、26、38、40、41、43、52、63、71、72、77、79、80、105、113、118、120、121、122、131、140、147及び148;C.I.リアクティブブラウン14、18及び19;C.I.リアクティブブラック1、8、9、13、31及び35;C.I.リアクティブグリーン5、12、14及び15;等が挙げられる。中でも色目及び耐光性の点から、銅フタロシアニン染料、例えばC.I.ダイレクトブルー199が挙げられる。
【0013】
また、銅フタロシアニン顔料としては、C.I.ピグメントグリーン7及び36;C.I.ピグメントブルー15:x(ここで、x=1〜6の整数。好ましくは、C.I.ピグメントブルー15:1、C.I.ピグメントブルー15:3、C.I.ピグメントブルー15:6);等をあげることができる。
【0014】
インクジェット記録用インクが銅フタロシアニン顔料を含有する場合には、分散剤又は界面活性剤を含有させ、銅フタロシアニン顔料をインク中で安定に分散させることが好ましい。
【0015】
分散剤としては、天然高分子分散剤又は合成高分子分散剤が挙げられる。より具体的には、天然高分子分散剤としては、にかわ、ゼラチン、カゼイン、アルブミン等のタンパク質;アラビアゴム、トラガントゴム等の天然ゴム;サポニン等のグルコシド;アルギン酸、アルギン酸プロピレングリコールエステル、アルギン酸トリエタノールアミン及びアルギン酸アンモニウム等のアルギン酸誘導体;メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、エチルヒドロキシセルロース等のセルロース誘導体;等が挙げられる。また、合成高分子分散剤としては、ポリビニルアルコール;ポリビニルピロリドン;ポリアクリル酸、アクリル酸−アクリルニトリル共重合体、アクリル酸カリウム−アクリルニトリル共重合体、酢酸ビニル−アクリル酸エステル共重合体、アクリル酸−アクリル酸エステル共重合体等のアクリル系樹脂;スチレン−アクリル酸共重合体、スチレン−メタクリル酸共重合体、スチレン−メタクリル酸−アクリル酸エステル共重合体、スチレン−α−メチルスチレン−アクリル酸共重合体、スチレン−α−メチルスチレン−アクリル酸−アクリル酸エステル共重合体等のスチレン−(メタ)アクリル樹脂;酢酸ビニル−エチレン共重合体、酢酸ビニル−脂肪酸ビニルエチレン共重合体、酢酸ビニル−マレイン酸エステル共重合体、酢酸ビニル−クロトン酸共重合体、酢酸ビニル−アクリル酸共重合体等の酢酸ビニル系共重合体;スチレン−マレイン酸共重合体;スチレン−無水マレイン酸共重合体;ビニルナフタレン−アクリル酸共重合体;ビニルナフタレン−マレイン酸共重合体;及びこれらの塩が挙げられる。これらの中で、特に疎水性基を持つモノマーと親水性基を持つモノマーとの共重合体、及び疎水性基と親水性基を分子構造中に併せ持つモノマーからなる重合体が好ましい。
【0016】
界面活性剤としては、ドデシルベンゼルスルホン酸ナトリウム、ラウリル酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテルサルフェートアンモニウム塩等のアニオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンアルキルアミド等の非イオン性界面活性剤を挙げることができる。
【0017】
また、インクジェット記録用インクが銅フタロシアニン顔料を含有する場合には、分散剤を用いなくても水に分散可能な自己分散型の銅フタロシアニン顔料を用いてもよい。ここで、自己分散型の銅フタロシアニン顔料は、顔料表面にカルボニル基、カルボキシル基、ヒドロキシル基又はスルホン基のような少なくとも一種の親水基又はその塩を結合させるように表面処理をすることによって得ることができる。自己分散型の銅フタロシアニン顔料としては、例えば、CAB−O−JET(登録商標)250(キャボット製)を用いてもよい。
【0018】
銅フタロシアニン染料と銅フタロシアニン顔料は、必要に応じて、いずれか一方を含有しても、双方を含有してもよい。銅錯体着色剤の好ましい含有量は、当該インクに付与する色に応じて適宜設定することができる。銅フタロシアニン染料の場合、インク全量に対して0.1〜8重量%が好ましく、銅フタロシアニン顔料の場合、インク全量に対して0.1〜8重量%が好ましく、銅フタロシアニン染料と銅フタロシアニン顔料との合計は、インク全量に対して0.1〜8重量%とすることが好ましい。
【0019】
なお、本発明のインクジェット記録用インクは、調色の必要に応じて、上述の銅錯体着色剤に加えて、他の着色剤を使用することができる。
【0020】
一方、本発明のインクジェット記録用インクが防錆剤として含有するシクロヘキシルアンモニウムカーバメートは、インクジェットヘッドで使用されているニッケル、42合金(42%のニッケルを含有するニッケル−鉄合金)、SUS430等に対して優れた防錆効果を発揮し、かつ安全性が高い。また、遊離の銅イオンに配位して析出物を生じさせることもない。したがって、シクロヘキシルアンモニウムカーバメートの好ましい含有量は、インク中の遊離の銅イオンの存在量に関わらず、防錆能の点から定めることができ、インク全量に対して0.01〜2重量%が好ましい。
【0021】
本発明のインクジェット記録用インクは、遊離の銅イオンを含有し、かつ防錆剤としてシクロヘキシルアンモニウムカーバメートを含有する以外は、公知のインクジェット記録用インクと同様の構成とすることができる。例えば、インクの媒体としては、水、なかでも脱イオン水を使用することが好ましい。水の含有量は、併用する水溶性有機溶剤の種類、組成及びインクの要求特性に応じて広い範囲で決定される。インク全量に対して好ましくは10〜95重量%、より好ましくは10〜80重量%の範囲である。
【0022】
また、インクジェット記録用インクには、インクジェットヘッドのノズルの目詰まりを防止する湿潤剤、印字したインクを速やかに被記録材内部に浸透させる浸透剤として、水溶性有機溶剤が適宜添加される。
【0023】
湿潤剤の具体例としては、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール等の水溶性グリコールが挙げられる。湿潤剤としての水溶性有機溶剤の含有量は、少なすぎるとインクジェットヘッドのノズルの目詰まりを防止するために不充分であり、多すぎるとインクの粘度が上昇してインクジェットヘッドからの吐出が困難となるので、インク全量に対して好ましくは5〜50重量%、より好ましくは10〜40重量%の範囲である。
【0024】
浸透剤の具体例としては、エチレングリコール系及びプロピレングリコール系のアルキルエーテルに代表されるグリコールエーテル等が挙げられる。エチレングリコール系アルキルエーテルの具体例としては、エチレングリコールメチルエーテル、エチレングリコールエチルエーテル、エチレングリコール−n−プロピルエーテル、エチレングリコール−n−ブチルエーテル、エチレングリコールイソブチルエーテル、ジエチレングリコールメチルエーテル、ジエチレングリコールエチルエーテル、ジエチレングリコール−n−プロピルエーテル、ジエチレングリコール−n−ブチルエーテル、ジエチレングリコールイソブチルエーテル、トリエチレングリコールメチルエーテル、トリエチレングリコールエチルエーテル、トリエチレングリコール−n−プロピルエーテル、トリエチレングリコール−n−ブチルエーテル、トリエチレングリコールイソブチルエーテル等が挙げられ、プロピレングリコール系アルキルエーテルの具体例としては、プロピレングリコールメチルエーテル、プロピレングリコールエチルエーテル、プロピレングリコール−n−プロピルエーテル、プロピレングリコール−n−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールメチルエーテル、ジプロピレングリコールエチルエーテル、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル、ジプロピレングリコール−n−ブチルエーテル、トリプロピレングリコールメチルエーテル、トリプロピレングリコールエチルエーテル、トリプロピレングリコール−n−プロピルエーテル、トリプロピレングリコール−n−ブチルエーテル等が挙げられる。浸透剤としての水溶性有機溶剤の含有量は、少なすぎると浸透性が不充分であり、多すぎると過剰な浸透性によってフェザリング等のにじみを生じやすくなるので、インク全量に対して、好ましくは0.1〜10重量%、より好ましくは0.5〜7重量%の範囲である。
【0025】
湿潤剤及び浸透剤の他、インクジェットヘッドの先端部におけるインクの乾燥を防止し、印字濃度を高くし、また鮮やかな発色を実現する等の目的で、さらに別の水溶性有機溶剤を含有させることができる。このような水溶性有機溶剤の具体例としては、メチルアルコール、エチルアルコール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール等の低級アルコール;ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド;アセトン、ジアセトンアルコール等のケトン又はケトアルコール;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル;グリセリン;2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン等のピロリドン類;1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等が挙げられる。
【0026】
また、本発明のインクジェット記録用インクには、必要に応じて、従来公知の防黴剤、pH調整剤等を添加してもよい。
【0027】
本発明のインクジェット記録用インクの製造方法は、着色剤、水、水溶性有機溶剤、必要に応じて使用する各種添加剤を、常法に従って均一に混合することにより製造することができる。
【0028】
また、本発明のインクジェット記録用インクは、市販のインクジェットプリンタで使用することができる。
【実施例】
【0029】
実施例1及び比較例1〜3
(1)インクの調製
表1に示す組成を均一に攪拌混合したのち、東洋濾紙(株)製親水性PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)タイプメンブランフィルタ(孔径0.2μm)を用いて濾過することによりインクジェット記録用インクを調製した。
【0030】
実施例1及び比較例1〜3のインクは、高度に精製したC.I.ダイレクトブルー199を用いることによって、インク中の遊離の銅イオン濃度を2ppm以下に抑制させた。
【0031】
(2)陽分極測定
電気化学測定システム(北斗電工社製HZ−3000)において、作用極に42合金電極、対極に白金電極、参照電極に銀−塩化銀電極を取り付けた。
【0032】
次に、実施例1及び比較例1〜3のインクをそれぞれ60℃に保温し、作用極と対極をインクに、参照電極を飽和塩化カリウム溶液に浸漬し、−600mV〜800mVの範囲で電位を変化させてインクに流れる電流密度を測定した。そして、測定された電流密度を次の評価基準によって評価した。なお、インクジェットプリンタにおける実際の使用では、A評価が望ましい。結果を図1及び表1に示す。
評価基準
A:電位−600mV〜600mVの範囲で電流密度20μA/cm2以下
B:電位−600mV〜400mVの範囲で電流密度20μA/cm2以下
C:電位−600mV〜400mVの範囲で電流密度20μA/cm2
【0033】
【表1】





(3)遊離の銅イオンに由来する析出物
実施例1及び比較例1〜3のインクに硝酸銅水溶液を添加して、インク中の遊離の銅イオン濃度を10ppmに調整し、さらに30分間攪拌した。さらに、実施例1のインクに対し、インク中の遊離の銅イオン濃度が50ppm及び100ppmとなるように調整したインクも作成した。攪拌終了後、インクを東洋濾紙(株)製親水性PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)タイプメンブランフィルタ(孔径0.2μm)を用いて濾過し、そのメンブランフィルタ上に析出物があるか否かを顕微鏡観察した。結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表1及び表2から、防錆剤としてシクロヘキシルアンモニウムカーバメートを使用した実施例1のインクでは、42合金の腐食が防止され、かつインクに析出物も生じないが、他の防錆剤を使用した比較例1,2及び防錆剤を使用しなかった比較例3のインクでは、析出物と陽分極測定の結果の双方を満足させることはできないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のインクジェット記録用インクは、インクジェット記録を行うプリンタで広く使用することができ、銅錯体着色剤等の遊離の銅イオンを生じさせる成分を含有する場合に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】陽分極測定における電位−電流曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊離の銅イオンを含有するインクジェット記録用インクであって、防錆剤としてシクロヘキシルアンモニウムカーバメートを含有するインクジェット記録用インク。
【請求項2】
着色剤として、銅錯体着色剤を含有する請求項1記載のインクジェット記録用インク。
【請求項3】
銅錯体着色剤として、銅フタロシアニン染料又は銅フタロシアニン顔料を含有する請求項2記載のインクジェット記録用インク。

【図1】
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【公開番号】特開2008−297521(P2008−297521A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−148004(P2007−148004)
【出願日】平成19年6月4日(2007.6.4)
【出願人】(000005267)ブラザー工業株式会社 (13,856)
【Fターム(参考)】