インバータシステムの無駄時間補償装置
【課題】制御対象に非線形要素を含んでいても、直接制御対象モデルに組み込んでスミス予測器を具備した無駄時間補償装置及びその方法を提供する。
【解決手段】無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、非線形要素を含む制御対象G(s)e-sLと同じ応答特性を有するモデル回路P(s)を、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路で実装したスミス予測器を具備し、前記モデル回路P(s)に、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号をフィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素e-sLに入力し、前記入力した無駄時間要素e-sLの出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、フィードバック制御系に負帰還させている。
【解決手段】無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、非線形要素を含む制御対象G(s)e-sLと同じ応答特性を有するモデル回路P(s)を、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路で実装したスミス予測器を具備し、前記モデル回路P(s)に、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号をフィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素e-sLに入力し、前記入力した無駄時間要素e-sLの出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、フィードバック制御系に負帰還させている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無駄時間を有する制御対象のフィードバック制御系において、非線形回路および非線形負荷を有する、例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償装置及びその方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、工場の搬送車、エレベータなどの移動体に対して、接触給電や制御系ケーブルに替わる非接触給電の研究がされており、一部では実用化が始まっている。接触給電方式ではブラシの不良、磨耗、火花の発生のため保守および交換などが必要であったが、非接触給電ではいっさい必要がなくなる。その技術を応用し、医療機器用の非接触給電方式X線CT装置の研究が行われている。
【0003】
この非接触給電方式X線CT装置の実現には、電力供給部分の非接触化とともに制御データ送受信の非接触化も必要となる。非接触データ通信として赤外線通信があるが、入出力のAD/DA変換や誤り検出などにより、制御データのフィードバックは、1ms程度の遅れをともなう。このような、情報の伝送遅延によりシステムの入出力に遅れを生じるシステムは、無駄時間システムと呼ばれている。
【0004】
図1に医療機器用の非接触給電方式X線CT装置の全体構成ブロック図を示す。図1に示すように非接触給電方式X線CT装置は、電源1と、インバータ2と、非接触給電による巻線変圧器3と、主変圧器4と、整流器5と、平滑コンデンサ6と、X線管7とを備える。電源1は、直流電圧を発生するものであり、インバータ2は、上記電源1から出力された直流電圧を交流に変換するものである。X線CT装置は、被検体の周囲をX線管7が回転するようになっているため、主変圧器4、整流器5、平滑コンデンサ6、X線管7については、共に回転部10として構成され、電源1、インバータ2については、共に固定部9として構成される。この固定部9のインバータ2の出力側に接続された巻線と、回転部10の主変圧器4の入力側に接続された巻線とを電磁気的に結合する巻線変圧器3が、非接触で所要の電力を供給するように互いに対向して配置され、固定部9と回転部10との間に備えられる。主変圧器4は、上記インバータ2から出力された交流電圧を昇圧するものであり、整流器5と平滑コンデンサ6は、主変圧器4の出力電圧を直流の高電圧にするものである。これらにより、X線管7の高電圧発生装置が形成される。
【0005】
一方、X線の放射が一定となるようにX線CT装置では、X線管7の両側の電圧(管電圧)の出力情報を光ファイバなどの通信システムでフィードバックし、インバータ2の周波数や出力電圧の制御を行っている。前記フィードバック部は、図1に示すようにX線管7間の電圧をA/D変換回路11でデジタル信号化し、固定部9と回転部10との間を非接触データ通信装置12で送信して、インバータ制御回路8でインバータ2を制御することによりX線管7の電圧の安定化を図っている。このフィードバックは、固定部9と回転部10との間では非接触であるため時間遅延をともない、そのためインバータ制御回路8では、管電圧のフィードバックに1ms−数msの無駄時間を持つことになる。
【0006】
この非接触化にともなう無駄時間は、制御系の安定性を損なうものである。通常無駄時間が大きい制御対象に対してPID制御を行うと、オーバーシュート量が大きくなり、制御性が劣化し不安定となる。そこで無駄時間を補償するために、従来では制御系にスミス法を用いた補償装置が用いられていた。
【0007】
通常のフィードバック制御系を図2に示す。図2において、C(s)はコントローラ、G(s)は制御対象、e-sLは無駄時間要素、R(s)は制御指令、U(s)は操作量、D(s)は外乱、Y(s)は出力を示している。このフィードバック制御系において、制御対象が1次遅れのみで無駄時間がほとんどない(L≒0)場合、PI制御によって容易に制御できる。しかし制御対象の無駄時間が大きい場合には、制御に大きな影響を生じ、制御が難しくなっていく。そのときの図2の伝達関数は、次のようになる。
【0008】
【数1】
【0009】
ただし、外乱は考えていない(D(s)=0)。前記式により、この制御系の特性方程式は、
【0010】
【数2】
【0011】
となる。この特性方程式には無駄時間が含まれるため、制御性能が劣化し、コントローラの設計も困難のものとなる。
【0012】
そこで上記に記載したように、この無駄時間を補償するために通常スミス法が用いられ、その基本構成図を図3に示す。図3において、P(s)は制御対象モデル、e-sLは無駄時間モデルを示し、これらを総称してスミス予測器とする。図3は、無駄時間を持つ制御対象G(s)e-sLに対して、制御対象モデルの伝達関数P(s)を介したフィードバックと、無駄時間要素e-sLと制御対象G(s)e-sLの差分をフィードバックすることで構成される。スミス法は、制御対象モデルと無駄時間モデルを持ち、無駄時間経過後に現れる現象を常に予測しながら制御を行う。つまり、制御量および設定値R(s)に基づいて、コントローラC(s)によって操作量U(s)が算出され、スミス予測器を用いて操作量U(s)に対する制御量の変化が予測され、さらに、この変化量に基づきコントローラC(s)内で操作量U(s)が算出される。したがって、図3のフィードバック制御系にスミス予測器を付加した場合の制御指令値R(s)から出力Y(s)までの伝達関数は、次のようになる。
【0013】
【数3】
【0014】
モデル誤差が全くない場合、すなわちP(s)=G(s)であれば、特性方程式は、次のようになる。
【0015】
【数4】
【0016】
伝達関数の分母多項式は、制御系の安定性を決める特性多項式であり、(数3)の分母多項式(数4)に無駄時間要素が残らないので、安定である。このようなスミス予測器を用いることで、システムから無駄時間による影響を排除でき、出力Y(s)を制御指令R(s)に精度よく追従することができ、無駄時間がない場合と同じコントローラを使用できる。
【0017】
スミス法は、無駄時間を制御ループから排除できるため見かけ上制御対象に無駄時間がなくなること、フィードバック制御系の特性方程式から無駄時間が排除されるためコントローラの設計が容易になること、外乱に対しては無駄時間がそのまま残るため複雑なまま放置されること、などの特徴を有する。
【0018】
以上より、スミス法の構成には、正確な制御対象モデルG(s)および無駄時間モデルe-sLが必要であり、したがって、伝達関数で定義できる制御対象であれば、無駄時間要素の対応も容易である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開平10−336897号公報
【特許文献2】特開平05−035306号公報
【特許文献3】特開平08−234802号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
しかし、例えばX線CT装置の高電圧発生装置などでは、制御対象内に非線形要素であるダイオード整流回路を含んでいるため、この制御対象をスミス予測器が必要とする伝達関数または状態方程式で表現することが難しく、モデルの作成は困難であり、制御装置への適用が不可能であるという問題点があった。
【0021】
本発明は、上記問題点を解決するため、制御対象の構成にかかわらず、この制御対象の無駄時間を的確に補償することができる無駄時間補償装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
請求項1の発明の無駄時間補償装置は、無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする。
【0023】
請求項2の発明の無駄時間補償装置において、前記制御対象は、非線形回路および非線形負荷である非線形要素を含むことを特徴とする。
【0024】
請求項3の発明の無駄時間補償装置において、前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA(Field Programmable Gate array)回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする。
【0025】
請求項4の発明の無駄時間補償装置において、前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする。
【0026】
請求項5の発明の無駄時間補償装置において、前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路を含むことを特徴とする。
【0027】
請求項6の発明の無駄時間補償方法は、無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償方法であって、前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする。
【0028】
請求項7の発明の無駄時間補償方法において、前記制御対象は、非線形要素を含むことを特徴とする。
【0029】
請求項8の発明の無駄時間補償方法において、前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA(Field Programmable Gate array)回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする。
【0030】
請求項9の発明の無駄時間補償方法において、前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする。
【0031】
請求項10の発明の無駄時間補償方法において、前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、伝達関数または状態方程式を使わなくても、非線形要素である非線形回路および非線形負荷をアナログ計算機(オペアンプ回路)で構成することで演算の高速化を図るとともに、非線形回路であるダイオード整流回路を直接制御対象モデルに組み込んだスミス法を構築してスミス予測器を実現することで、例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償を解決するとともに、インバータ制御システムの安定化をはかることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】医療機器用非接触給電方式X線CT装置の高電圧発生装置の構成ブロック図を示す。
【図2】従来の通常のフィードバック制御系の構成図を示す。
【図3】従来の無駄時間を補償するためのスミス法の基本構成図を示す。
【図4】インバータの出力からX線管までの管電圧制御回路の等価回路を示す。
【図5a】オペアンプの積分回路を示す。
【図5b】オペアンプの微分回路を示す。
【図6】図4の回路を3分割した等価回路を示す。
【図7a】図6で分割した等価回路の第1等価回路を示す。
【図7b】図7aの第1等価回路のモデル回路を示す。
【図8a】図6で分割した等価回路の第2等価回路を示す。
【図8b】図8aの第2等価回路のモデル回路を示す。
【図9a】本発明の図6で分割した等価回路の第3等価回路を示す。
【図9b】本発明の図9aの第3等価回路のモデル回路を示す。
【図10】本発明のモデル回路のダイオード順方向電圧降下の補償を示す。
【図11】本発明のスミス法を適用したX線管電圧制御ブロック図を示す。
【図12】従来の無駄時間がない理想のX線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーション結果を示す。
【図13】従来の無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーション結果を示す。
【図14】無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムに本発明を適用した場合の時間応答のシミュレーション結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下添付図面を参照しながら、本発明における、伝達関数の定義できない非線形回路及び非線形負荷をアナログ計算機のハードウエアで直接構成して、スミス予測器を構成して、無駄時間要素e-sLによる不安定な性能を改善する例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償を解決するための実施例を説明する。
【実施例】
【0035】
図4は、インバータの出力から負荷としてのX線管までの管電圧制御回路の等価回路を示す。図4に示すように管電圧制御回路の等価回路は、インバータ出力電圧vsからX線管の両端の電圧vdcまでを示している。また簡単化のために、等価回路におけるX線管部分は、抵抗Rxに置き換えている。スミス予測器作成のため、図4の等価回路のオペアンプ回路モデルの作成を行う。
【0036】
このモデル回路は、オペアンプによるアナログ回路によって作成する。図4の等価回路におけるコンデンサを図5aのオペアンプのアナログ回路に、リアクトル部分を図5bのオペアンプのアナログ回路にそれぞれ置き換えて計算を行う。
【0037】
等価回路の電圧センサ、電流センサの倍率を、それぞれ1/2000、1/10000とする。これにより、モデル回路と等価回路とのインピーダンス比Kzが次のように計算できる。
【0038】
【数5】
【0039】
したがって、インピーダンス比が5となるので、等価回路でのインピーダンスは、モデル回路内で5倍として計算される。等価回路の入力電圧(インバータ出力電圧)vsと入力電流is(インバータ出力電流)は、測定可能な値であり、これらの値を用いて等価回路に流れる電流、電圧の計算を行い、最終的にX線管電圧予測値vdcを求める。以下に、その計算方法を説明する。
【0040】
ここで図4の等価回路を図6に示すように3つの回路部(第1等価回路100、第2等価回路200、第3等価回路300)に分割し、それぞれに対するモデル回路を設計する。図7aは、等価回路の第1等価回路を示し、図7bはそのモデル回路を示す。まず等価回路の、Cs、Rs、Lsrでの電圧降下vcs、vrs、vlsrをそれぞれ計算し、入力電圧vsから、それらの電圧降下の和vlcrを減算することで、この回路から出力される電圧vxを求める。例えば、Csによる電圧降下の計算は、等価回路として(数6)、そのモデル回路として(数7)のように行われる。
【0041】
【数6】
【0042】
【数7】
【0043】
インピーダンス比Kzを用いて、この回路に相当するコンデンサや抵抗は、次のように計算できる。
【0044】
【数8】
【0045】
したがって、
【0046】
【数9】
【0047】
ここで、C1=100pFとすると、図7bのR1は、
【0048】
【数10】
【0049】
以下、同様に計算を行う。図6の等価回路の第2等価回路を図8aに示し、そのオペアンプにより設計したモデル回路を図8bに示す。同様に、図6の等価回路の第3等価回路を図9aに示し、そのオペアンプにより設計したモデル回路を図9bに示す。
【0050】
図9aの非線形負荷であるダイオードブリッジを含む等価回路部分は、インピーダンスを5倍にしてそのままモデル回路上で用いる。そして、最終段の電圧v〜dcをモデル回路の出力として使用する。また無駄時間要素は、アナログ回路での実現は困難であるので、この部分のみデジタル制御系で構成する。
【0051】
一方、電子回路でのダイオードには、約0.3Vの不感領域および順方向電圧降下が存在する。すなわち、アノードとカソード間に加わる順方向電圧が、0.3Vを越えるとオンとなって電流が流れ、それ以外の電圧0〜0.3V間ではオンにならないことが存在する。実際の等価回路でもダイオードの不感領域は存在するが、電子回路におけるダイオードとパワーモジュールのダイオードとではその比が大きく異なるため、モデル回路に誤差を生じる可能性がある。
【0052】
そこで、電子回路におけるダイオードの不感領域の影響を無くすために、モデル回路を図10のように変更する。すなわち、図9bのダイオードブリッジ部分を全波整流の出力電圧となる絶対値回路400に置き換え、さらに半波整流回路と電圧ホロア回路を用いたピークホールド回路を応用した負荷回路500を加えることにより、ダイオードのオン、オフを再現する。したがって、これらの補償回路により、モデル回路内では理想ダイオードとなるため、不感領域を生じない。なお、等価回路におけるパワーモジュールダイオードの順方向電圧降下分は、モデル回路の絶対値回路手前で減算することにより、補正できる。
【0053】
以上を踏まえ、X線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーションを行った。X線管電圧は、X線を放射している状態に近づけるため、570Vにステップ状に変化させる制御を行い、X線管電圧の制御は、位相シフト型インバータを用い、PI制御などの各ゲインは、すでに調整されているものを用いた。
【0054】
X線管電圧制御にスミス予測器を追加した制御回路ブロック図を図11に示す。図11のモデル回路G(s)の部分に、アナログ計算機(オペアンプ回路)で構成された図9a、図9b、図10のような非線形な制御対象が実装される。図11の点線内は、CPUのソフトウエアで構成されている部分である。このソフトウエア内で、無駄時間e-sLを組み込み、フィードバック制御系を構成している。
【0055】
従来のX線管電圧制御システムのフィードバックに無駄時間がない場合の理想の時間応答シミュレーション結果を図12に示す。図11、図12において、vdc*はX線管電圧指令値、vdcはX線管電圧のフィードバック値を示している。このフィードバックにAD/DA変換がなく無駄時間もないため、X線管電圧は指令値によく追従する。
【0056】
次に、制御システムに通信遅延、及びAD/DA変換による無駄時間要素を入れたシミュレーションを行う。AD/DA変換によるサンプリングは20kHz、通信遅延による無駄時間は1msと設定した。従来の無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーション結果を図13に示す。図13において、vdcdelayは無駄時間要素後のX線管電圧フィードバック値である。図13から明らかなように、X線管電圧vdcは指令値vdc*を中心に大きく振動しており、制御が不可能である。これは、X線管電圧制御の比例ゲインが大きいことが原因であると思われる。したがって、無駄時間が大きいためPI制御だけでは安定な応答を得ることはできない。
【0057】
これに対して、図14に無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムに本発明のスミス法を適用した場合の時間応答のシミュレーション結果を示す。モデルには前述のアナログ計算の出力を用い、無駄時間はデジタル値でサンプリング毎に保持することで再現した。図14のシミュレーション結果より、スミス予測器を用いた制御におけるX線管電圧の応答vdcdelayは、1msの遅れ時間は発生するが、無駄時間がない場合の理想状態の応答とほぼ同じ応答であり、この無駄時間システムに対して有効であることがわかる。
【0058】
また無駄時間モデルにモデル誤差が生じていた場合を考慮し、無駄時間1.1msに設定して、無駄時間モデルに最悪±20%の誤差を想定したシミュレーションを行ったが、その結果においても応答が悪化し振動はしているが、X線管電圧は指令値に追従していることがわかった。
【0059】
以上のように本発明の実施例では、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路を含む無駄時間を有する、例えば非接触給電方式X線CT装置などのデジタル制御系を制御対象として、当該制御対象であるX線管電圧におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、ダイオード整流回路及びX線管などの非線形要素を含む制御対象G(s)e-sLと同じ応答特性を有するモデル回路P(s)を、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路で実装したスミス予測器を具備し、前記モデル回路P(s)に、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号をフィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素e-sLに入力し、前記入力した無駄時間要素e-sLの出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、フィードバック制御系に負帰還させている。
【0060】
このようにすれば、伝達関数または状態方程式を使わなくても、非線形回路および非線形負荷をアナログ計算機(オペアンプ回路)で構成することで演算の高速化を図るとともに、非線形要素であるダイオード整流回路を直接制御対象モデルに組み込んだスミス法を構築してスミス予測器を実現することで、例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償を解決するとともに、インバータ制御システムの安定化をはかることができる。
【0061】
なお本発明は、上記実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内において種々の変形実施が可能である。例えば本実施例の制御対象内の非線形要素は、ダイオード整流回路に限らず、トランジスタ回路等でもよい。
【産業上の利用可能性】
【0062】
デジタル制御系で駆動されるインバータまたはコンバータは、ダイオード整流回路などの非線形要素と複数の制御モードを持つ能動回路部分を有する。1次側のインバータ回路からトランスを経由して2次側に電力を供給する場合の無駄時間を持つデジタル制御系では、このような非線形要素及び複数の制御モードを有する場合には伝達関数を定義することが困難であり、このような困難な部分に、オペアンプ回路に代表されるアナログ計算機、またはFPGA回路などで実装して、無駄時間の補償を容易に可能にする。このように無駄時間補償は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路などの無駄時間を有する産業用システムでよく用いられるデジタル制御系に適用できる。
【符号の説明】
【0063】
1 電源(直流電圧)
2 インバータ
3 非接触給電による巻線変圧器
4 主変圧器
5 整流器
6 平滑コンデンサ
7 X線管
8 インバータ制御回路
9 固定部
10 回転部
11 A/D変換回路
12 非接触データ通信装置
100 第1等価回路
200 第2等価回路
300 第3等価回路
400 絶対値回路(全波整流回路)
500 負荷回路
【技術分野】
【0001】
本発明は、無駄時間を有する制御対象のフィードバック制御系において、非線形回路および非線形負荷を有する、例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償装置及びその方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、工場の搬送車、エレベータなどの移動体に対して、接触給電や制御系ケーブルに替わる非接触給電の研究がされており、一部では実用化が始まっている。接触給電方式ではブラシの不良、磨耗、火花の発生のため保守および交換などが必要であったが、非接触給電ではいっさい必要がなくなる。その技術を応用し、医療機器用の非接触給電方式X線CT装置の研究が行われている。
【0003】
この非接触給電方式X線CT装置の実現には、電力供給部分の非接触化とともに制御データ送受信の非接触化も必要となる。非接触データ通信として赤外線通信があるが、入出力のAD/DA変換や誤り検出などにより、制御データのフィードバックは、1ms程度の遅れをともなう。このような、情報の伝送遅延によりシステムの入出力に遅れを生じるシステムは、無駄時間システムと呼ばれている。
【0004】
図1に医療機器用の非接触給電方式X線CT装置の全体構成ブロック図を示す。図1に示すように非接触給電方式X線CT装置は、電源1と、インバータ2と、非接触給電による巻線変圧器3と、主変圧器4と、整流器5と、平滑コンデンサ6と、X線管7とを備える。電源1は、直流電圧を発生するものであり、インバータ2は、上記電源1から出力された直流電圧を交流に変換するものである。X線CT装置は、被検体の周囲をX線管7が回転するようになっているため、主変圧器4、整流器5、平滑コンデンサ6、X線管7については、共に回転部10として構成され、電源1、インバータ2については、共に固定部9として構成される。この固定部9のインバータ2の出力側に接続された巻線と、回転部10の主変圧器4の入力側に接続された巻線とを電磁気的に結合する巻線変圧器3が、非接触で所要の電力を供給するように互いに対向して配置され、固定部9と回転部10との間に備えられる。主変圧器4は、上記インバータ2から出力された交流電圧を昇圧するものであり、整流器5と平滑コンデンサ6は、主変圧器4の出力電圧を直流の高電圧にするものである。これらにより、X線管7の高電圧発生装置が形成される。
【0005】
一方、X線の放射が一定となるようにX線CT装置では、X線管7の両側の電圧(管電圧)の出力情報を光ファイバなどの通信システムでフィードバックし、インバータ2の周波数や出力電圧の制御を行っている。前記フィードバック部は、図1に示すようにX線管7間の電圧をA/D変換回路11でデジタル信号化し、固定部9と回転部10との間を非接触データ通信装置12で送信して、インバータ制御回路8でインバータ2を制御することによりX線管7の電圧の安定化を図っている。このフィードバックは、固定部9と回転部10との間では非接触であるため時間遅延をともない、そのためインバータ制御回路8では、管電圧のフィードバックに1ms−数msの無駄時間を持つことになる。
【0006】
この非接触化にともなう無駄時間は、制御系の安定性を損なうものである。通常無駄時間が大きい制御対象に対してPID制御を行うと、オーバーシュート量が大きくなり、制御性が劣化し不安定となる。そこで無駄時間を補償するために、従来では制御系にスミス法を用いた補償装置が用いられていた。
【0007】
通常のフィードバック制御系を図2に示す。図2において、C(s)はコントローラ、G(s)は制御対象、e-sLは無駄時間要素、R(s)は制御指令、U(s)は操作量、D(s)は外乱、Y(s)は出力を示している。このフィードバック制御系において、制御対象が1次遅れのみで無駄時間がほとんどない(L≒0)場合、PI制御によって容易に制御できる。しかし制御対象の無駄時間が大きい場合には、制御に大きな影響を生じ、制御が難しくなっていく。そのときの図2の伝達関数は、次のようになる。
【0008】
【数1】
【0009】
ただし、外乱は考えていない(D(s)=0)。前記式により、この制御系の特性方程式は、
【0010】
【数2】
【0011】
となる。この特性方程式には無駄時間が含まれるため、制御性能が劣化し、コントローラの設計も困難のものとなる。
【0012】
そこで上記に記載したように、この無駄時間を補償するために通常スミス法が用いられ、その基本構成図を図3に示す。図3において、P(s)は制御対象モデル、e-sLは無駄時間モデルを示し、これらを総称してスミス予測器とする。図3は、無駄時間を持つ制御対象G(s)e-sLに対して、制御対象モデルの伝達関数P(s)を介したフィードバックと、無駄時間要素e-sLと制御対象G(s)e-sLの差分をフィードバックすることで構成される。スミス法は、制御対象モデルと無駄時間モデルを持ち、無駄時間経過後に現れる現象を常に予測しながら制御を行う。つまり、制御量および設定値R(s)に基づいて、コントローラC(s)によって操作量U(s)が算出され、スミス予測器を用いて操作量U(s)に対する制御量の変化が予測され、さらに、この変化量に基づきコントローラC(s)内で操作量U(s)が算出される。したがって、図3のフィードバック制御系にスミス予測器を付加した場合の制御指令値R(s)から出力Y(s)までの伝達関数は、次のようになる。
【0013】
【数3】
【0014】
モデル誤差が全くない場合、すなわちP(s)=G(s)であれば、特性方程式は、次のようになる。
【0015】
【数4】
【0016】
伝達関数の分母多項式は、制御系の安定性を決める特性多項式であり、(数3)の分母多項式(数4)に無駄時間要素が残らないので、安定である。このようなスミス予測器を用いることで、システムから無駄時間による影響を排除でき、出力Y(s)を制御指令R(s)に精度よく追従することができ、無駄時間がない場合と同じコントローラを使用できる。
【0017】
スミス法は、無駄時間を制御ループから排除できるため見かけ上制御対象に無駄時間がなくなること、フィードバック制御系の特性方程式から無駄時間が排除されるためコントローラの設計が容易になること、外乱に対しては無駄時間がそのまま残るため複雑なまま放置されること、などの特徴を有する。
【0018】
以上より、スミス法の構成には、正確な制御対象モデルG(s)および無駄時間モデルe-sLが必要であり、したがって、伝達関数で定義できる制御対象であれば、無駄時間要素の対応も容易である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開平10−336897号公報
【特許文献2】特開平05−035306号公報
【特許文献3】特開平08−234802号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
しかし、例えばX線CT装置の高電圧発生装置などでは、制御対象内に非線形要素であるダイオード整流回路を含んでいるため、この制御対象をスミス予測器が必要とする伝達関数または状態方程式で表現することが難しく、モデルの作成は困難であり、制御装置への適用が不可能であるという問題点があった。
【0021】
本発明は、上記問題点を解決するため、制御対象の構成にかかわらず、この制御対象の無駄時間を的確に補償することができる無駄時間補償装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
請求項1の発明の無駄時間補償装置は、無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする。
【0023】
請求項2の発明の無駄時間補償装置において、前記制御対象は、非線形回路および非線形負荷である非線形要素を含むことを特徴とする。
【0024】
請求項3の発明の無駄時間補償装置において、前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA(Field Programmable Gate array)回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする。
【0025】
請求項4の発明の無駄時間補償装置において、前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする。
【0026】
請求項5の発明の無駄時間補償装置において、前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路を含むことを特徴とする。
【0027】
請求項6の発明の無駄時間補償方法は、無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償方法であって、前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする。
【0028】
請求項7の発明の無駄時間補償方法において、前記制御対象は、非線形要素を含むことを特徴とする。
【0029】
請求項8の発明の無駄時間補償方法において、前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA(Field Programmable Gate array)回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする。
【0030】
請求項9の発明の無駄時間補償方法において、前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする。
【0031】
請求項10の発明の無駄時間補償方法において、前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、伝達関数または状態方程式を使わなくても、非線形要素である非線形回路および非線形負荷をアナログ計算機(オペアンプ回路)で構成することで演算の高速化を図るとともに、非線形回路であるダイオード整流回路を直接制御対象モデルに組み込んだスミス法を構築してスミス予測器を実現することで、例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償を解決するとともに、インバータ制御システムの安定化をはかることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】医療機器用非接触給電方式X線CT装置の高電圧発生装置の構成ブロック図を示す。
【図2】従来の通常のフィードバック制御系の構成図を示す。
【図3】従来の無駄時間を補償するためのスミス法の基本構成図を示す。
【図4】インバータの出力からX線管までの管電圧制御回路の等価回路を示す。
【図5a】オペアンプの積分回路を示す。
【図5b】オペアンプの微分回路を示す。
【図6】図4の回路を3分割した等価回路を示す。
【図7a】図6で分割した等価回路の第1等価回路を示す。
【図7b】図7aの第1等価回路のモデル回路を示す。
【図8a】図6で分割した等価回路の第2等価回路を示す。
【図8b】図8aの第2等価回路のモデル回路を示す。
【図9a】本発明の図6で分割した等価回路の第3等価回路を示す。
【図9b】本発明の図9aの第3等価回路のモデル回路を示す。
【図10】本発明のモデル回路のダイオード順方向電圧降下の補償を示す。
【図11】本発明のスミス法を適用したX線管電圧制御ブロック図を示す。
【図12】従来の無駄時間がない理想のX線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーション結果を示す。
【図13】従来の無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーション結果を示す。
【図14】無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムに本発明を適用した場合の時間応答のシミュレーション結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下添付図面を参照しながら、本発明における、伝達関数の定義できない非線形回路及び非線形負荷をアナログ計算機のハードウエアで直接構成して、スミス予測器を構成して、無駄時間要素e-sLによる不安定な性能を改善する例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償を解決するための実施例を説明する。
【実施例】
【0035】
図4は、インバータの出力から負荷としてのX線管までの管電圧制御回路の等価回路を示す。図4に示すように管電圧制御回路の等価回路は、インバータ出力電圧vsからX線管の両端の電圧vdcまでを示している。また簡単化のために、等価回路におけるX線管部分は、抵抗Rxに置き換えている。スミス予測器作成のため、図4の等価回路のオペアンプ回路モデルの作成を行う。
【0036】
このモデル回路は、オペアンプによるアナログ回路によって作成する。図4の等価回路におけるコンデンサを図5aのオペアンプのアナログ回路に、リアクトル部分を図5bのオペアンプのアナログ回路にそれぞれ置き換えて計算を行う。
【0037】
等価回路の電圧センサ、電流センサの倍率を、それぞれ1/2000、1/10000とする。これにより、モデル回路と等価回路とのインピーダンス比Kzが次のように計算できる。
【0038】
【数5】
【0039】
したがって、インピーダンス比が5となるので、等価回路でのインピーダンスは、モデル回路内で5倍として計算される。等価回路の入力電圧(インバータ出力電圧)vsと入力電流is(インバータ出力電流)は、測定可能な値であり、これらの値を用いて等価回路に流れる電流、電圧の計算を行い、最終的にX線管電圧予測値vdcを求める。以下に、その計算方法を説明する。
【0040】
ここで図4の等価回路を図6に示すように3つの回路部(第1等価回路100、第2等価回路200、第3等価回路300)に分割し、それぞれに対するモデル回路を設計する。図7aは、等価回路の第1等価回路を示し、図7bはそのモデル回路を示す。まず等価回路の、Cs、Rs、Lsrでの電圧降下vcs、vrs、vlsrをそれぞれ計算し、入力電圧vsから、それらの電圧降下の和vlcrを減算することで、この回路から出力される電圧vxを求める。例えば、Csによる電圧降下の計算は、等価回路として(数6)、そのモデル回路として(数7)のように行われる。
【0041】
【数6】
【0042】
【数7】
【0043】
インピーダンス比Kzを用いて、この回路に相当するコンデンサや抵抗は、次のように計算できる。
【0044】
【数8】
【0045】
したがって、
【0046】
【数9】
【0047】
ここで、C1=100pFとすると、図7bのR1は、
【0048】
【数10】
【0049】
以下、同様に計算を行う。図6の等価回路の第2等価回路を図8aに示し、そのオペアンプにより設計したモデル回路を図8bに示す。同様に、図6の等価回路の第3等価回路を図9aに示し、そのオペアンプにより設計したモデル回路を図9bに示す。
【0050】
図9aの非線形負荷であるダイオードブリッジを含む等価回路部分は、インピーダンスを5倍にしてそのままモデル回路上で用いる。そして、最終段の電圧v〜dcをモデル回路の出力として使用する。また無駄時間要素は、アナログ回路での実現は困難であるので、この部分のみデジタル制御系で構成する。
【0051】
一方、電子回路でのダイオードには、約0.3Vの不感領域および順方向電圧降下が存在する。すなわち、アノードとカソード間に加わる順方向電圧が、0.3Vを越えるとオンとなって電流が流れ、それ以外の電圧0〜0.3V間ではオンにならないことが存在する。実際の等価回路でもダイオードの不感領域は存在するが、電子回路におけるダイオードとパワーモジュールのダイオードとではその比が大きく異なるため、モデル回路に誤差を生じる可能性がある。
【0052】
そこで、電子回路におけるダイオードの不感領域の影響を無くすために、モデル回路を図10のように変更する。すなわち、図9bのダイオードブリッジ部分を全波整流の出力電圧となる絶対値回路400に置き換え、さらに半波整流回路と電圧ホロア回路を用いたピークホールド回路を応用した負荷回路500を加えることにより、ダイオードのオン、オフを再現する。したがって、これらの補償回路により、モデル回路内では理想ダイオードとなるため、不感領域を生じない。なお、等価回路におけるパワーモジュールダイオードの順方向電圧降下分は、モデル回路の絶対値回路手前で減算することにより、補正できる。
【0053】
以上を踏まえ、X線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーションを行った。X線管電圧は、X線を放射している状態に近づけるため、570Vにステップ状に変化させる制御を行い、X線管電圧の制御は、位相シフト型インバータを用い、PI制御などの各ゲインは、すでに調整されているものを用いた。
【0054】
X線管電圧制御にスミス予測器を追加した制御回路ブロック図を図11に示す。図11のモデル回路G(s)の部分に、アナログ計算機(オペアンプ回路)で構成された図9a、図9b、図10のような非線形な制御対象が実装される。図11の点線内は、CPUのソフトウエアで構成されている部分である。このソフトウエア内で、無駄時間e-sLを組み込み、フィードバック制御系を構成している。
【0055】
従来のX線管電圧制御システムのフィードバックに無駄時間がない場合の理想の時間応答シミュレーション結果を図12に示す。図11、図12において、vdc*はX線管電圧指令値、vdcはX線管電圧のフィードバック値を示している。このフィードバックにAD/DA変換がなく無駄時間もないため、X線管電圧は指令値によく追従する。
【0056】
次に、制御システムに通信遅延、及びAD/DA変換による無駄時間要素を入れたシミュレーションを行う。AD/DA変換によるサンプリングは20kHz、通信遅延による無駄時間は1msと設定した。従来の無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムの時間応答のシミュレーション結果を図13に示す。図13において、vdcdelayは無駄時間要素後のX線管電圧フィードバック値である。図13から明らかなように、X線管電圧vdcは指令値vdc*を中心に大きく振動しており、制御が不可能である。これは、X線管電圧制御の比例ゲインが大きいことが原因であると思われる。したがって、無駄時間が大きいためPI制御だけでは安定な応答を得ることはできない。
【0057】
これに対して、図14に無駄時間1msを持つX線管電圧制御システムに本発明のスミス法を適用した場合の時間応答のシミュレーション結果を示す。モデルには前述のアナログ計算の出力を用い、無駄時間はデジタル値でサンプリング毎に保持することで再現した。図14のシミュレーション結果より、スミス予測器を用いた制御におけるX線管電圧の応答vdcdelayは、1msの遅れ時間は発生するが、無駄時間がない場合の理想状態の応答とほぼ同じ応答であり、この無駄時間システムに対して有効であることがわかる。
【0058】
また無駄時間モデルにモデル誤差が生じていた場合を考慮し、無駄時間1.1msに設定して、無駄時間モデルに最悪±20%の誤差を想定したシミュレーションを行ったが、その結果においても応答が悪化し振動はしているが、X線管電圧は指令値に追従していることがわかった。
【0059】
以上のように本発明の実施例では、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路を含む無駄時間を有する、例えば非接触給電方式X線CT装置などのデジタル制御系を制御対象として、当該制御対象であるX線管電圧におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、ダイオード整流回路及びX線管などの非線形要素を含む制御対象G(s)e-sLと同じ応答特性を有するモデル回路P(s)を、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路で実装したスミス予測器を具備し、前記モデル回路P(s)に、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号をフィードバック制御系に負帰還させ、さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素e-sLに入力し、前記入力した無駄時間要素e-sLの出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、フィードバック制御系に負帰還させている。
【0060】
このようにすれば、伝達関数または状態方程式を使わなくても、非線形回路および非線形負荷をアナログ計算機(オペアンプ回路)で構成することで演算の高速化を図るとともに、非線形要素であるダイオード整流回路を直接制御対象モデルに組み込んだスミス法を構築してスミス予測器を実現することで、例えばインバータ制御システムなどの無駄時間補償を解決するとともに、インバータ制御システムの安定化をはかることができる。
【0061】
なお本発明は、上記実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内において種々の変形実施が可能である。例えば本実施例の制御対象内の非線形要素は、ダイオード整流回路に限らず、トランジスタ回路等でもよい。
【産業上の利用可能性】
【0062】
デジタル制御系で駆動されるインバータまたはコンバータは、ダイオード整流回路などの非線形要素と複数の制御モードを持つ能動回路部分を有する。1次側のインバータ回路からトランスを経由して2次側に電力を供給する場合の無駄時間を持つデジタル制御系では、このような非線形要素及び複数の制御モードを有する場合には伝達関数を定義することが困難であり、このような困難な部分に、オペアンプ回路に代表されるアナログ計算機、またはFPGA回路などで実装して、無駄時間の補償を容易に可能にする。このように無駄時間補償は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路などの無駄時間を有する産業用システムでよく用いられるデジタル制御系に適用できる。
【符号の説明】
【0063】
1 電源(直流電圧)
2 インバータ
3 非接触給電による巻線変圧器
4 主変圧器
5 整流器
6 平滑コンデンサ
7 X線管
8 インバータ制御回路
9 固定部
10 回転部
11 A/D変換回路
12 非接触データ通信装置
100 第1等価回路
200 第2等価回路
300 第3等価回路
400 絶対値回路(全波整流回路)
500 負荷回路
【特許請求の範囲】
【請求項1】
無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、
前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする無駄時間補償装置。
【請求項2】
前記制御対象は、非線形要素を含むことを特徴とする、請求項1に記載の無駄時間補償装置。
【請求項3】
前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする、請求項1または2に記載の無駄時間補償装置。
【請求項4】
前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、
さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の無駄時間補償装置。
【請求項5】
前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路を含むことを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の無駄時間補償装置。
【請求項6】
無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償方法であって、
前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする無駄時間補償方法。
【請求項7】
前記制御対象は、非線形要素を含むことを特徴とする、請求項6に記載の無駄時間補償方法。
【請求項8】
前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする、請求項6または7に記載の無駄時間補償方法。
【請求項9】
前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、
さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする、請求項6ないし8のいずれか1項に記載の無駄時間補償方法。
【請求項10】
前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路であることを特徴とする、請求項6ないし9のいずれか1項に記載の無駄時間補償方法。
【請求項1】
無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償装置であって、
前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする無駄時間補償装置。
【請求項2】
前記制御対象は、非線形要素を含むことを特徴とする、請求項1に記載の無駄時間補償装置。
【請求項3】
前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする、請求項1または2に記載の無駄時間補償装置。
【請求項4】
前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、
さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の無駄時間補償装置。
【請求項5】
前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路を含むことを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の無駄時間補償装置。
【請求項6】
無駄時間を有する制御対象として、当該制御対象におけるフィードバック制御系の安定性を保つための無駄時間補償方法であって、
前記制御対象と同じ応答特性を有するモデル回路を実装したスミス予測器を具備することを特徴とする無駄時間補償方法。
【請求項7】
前記制御対象は、非線形要素を含むことを特徴とする、請求項6に記載の無駄時間補償方法。
【請求項8】
前記モデル回路は、オペアンプ回路によるアナログ計算機、又はFPGA回路のハードウエア回路によって構成されることを特徴とする、請求項6または7に記載の無駄時間補償方法。
【請求項9】
前記モデル回路は、前記制御対象と同じ信号を入力して出力信号を取得し、前記取得した出力信号を前記フィードバック制御系に負帰還させ、
さらに前記取得した出力信号を、前記制御対象と同じ無駄時間要素に入力し、前記入力した無駄時間要素の出力信号と前記制御対象の出力信号の差分信号を、前記フィードバック制御系に負帰還させるものであることを特徴とする、請求項6ないし8のいずれか1項に記載の無駄時間補償方法。
【請求項10】
前記制御対象は、A/D変換回路、D/A変換回路、サンプリング回路、又は通信遅延回路であることを特徴とする、請求項6ないし9のいずれか1項に記載の無駄時間補償方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5a】
【図5b】
【図6】
【図7a】
【図7b】
【図8a】
【図8b】
【図9a】
【図9b】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5a】
【図5b】
【図6】
【図7a】
【図7b】
【図8a】
【図8b】
【図9a】
【図9b】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−170344(P2010−170344A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−12397(P2009−12397)
【出願日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【出願人】(000153498)株式会社日立メディコ (1,613)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【出願人】(000153498)株式会社日立メディコ (1,613)
【Fターム(参考)】
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