説明

ウニ内臓由来セルラーゼ

【課題】 ウニの廃棄物の有効利用。
【解決手段】 以下の特性を有するウニ内臓由来セルラーゼ。
(a)作用:セルロースを分解し、主としてセロトリオースとセロビオースを生成する。
(b)分子量:54kDa
(c)至適温度:35℃
(d)熱安定性:37℃以下で安定である。
(e)至適pH:pH6〜7

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウニ内臓由来の新規なセルラーゼ、当該セルラーゼを製造する方法、当該セルラーゼを含有するウニ内臓由来の粗酵素、並びに、当該粗酵素を用いてセルロースからグルコースを製造する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
セルラーゼとは、セルロースを加水分解し、低分子化セルロース、セロビオース等のセロオリゴ糖を生成する酵素で、セロオリゴ糖などの機能性オリゴ糖の生産のほか、食品、飼料、工業材料の生産、ひいてはセルロースのバイオマスエネルギー化等に利用されている。このセルラーゼは、従来より、細菌、糸状菌、木材腐朽菌、マイマイの消化液、植物組織等に存在することが知られていたが、近年、線虫や節足動物、軟体動物などの無脊椎動物(前口動物)にも分布することが分かってきた。例えば、ホタテガイのように微細藻類を主食としている二枚貝類(軟体動物二枚貝類)の消化液等には、かなり強いセルラーゼ活性が認められる。
【特許文献1】特開2003−235552
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、原料の軟体動物が高価であることや、資源的に大量に得るのが難しいことなどの問題があって、現在のところ産業レベルでの利用は実現していない。ところで、北海道においては、ウニの不可食部分(内臓)が、年間数十トン規模で廃棄されている。近年では、その処理コストや廃棄場所の問題が水産加工業の経営を圧迫する原因となっており、環境への影響も社会問題化している。そのため、これらの廃棄物から高付加価値成分を生産することにより、廃棄物を有価資源化しようという試みが各方面でなされている。
【0004】
そこで、本発明は、前記ウニの廃棄物の有効利用を第一の課題とし、これまでセルラーゼの分布が未知であった後口動物であるウニ、特にこれまで廃棄されてきたウニの内臓におけるセルラーゼの特性等につき精査すること等を通じて、従来知られているセルラーゼとは異なる基本的性質や活性等を持つことを見出し、本発明に到達したものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明(1)は、以下の(a)〜(c)のいずれかのセルラーゼである。
(a)配列表の配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、(a)のセルラーゼと同じ活性を有するタンパク質。
(c)配列表の配列番号2で示される塩基配列のDNAによりコードされたタンパク質。
【0006】
ここで、セルラーゼは、以下の試験結果より、非晶質セルロースをエンド型で切断するエンドβ−グルカナーゼ(EC.3.2.1.4)と理解される。
【0007】
本発明(2)は、以下の特性を有するウニ内臓由来セルラーゼである。
(a)作用:セルロースを分解し、主としてセロトリオースとセロビオースを生成する。
(b)分子量:54kDa
(c)至適温度:35℃
(d)熱安定性:37℃以下で安定である。
(e)至適pH:pH6〜7
【0008】
ここで、「ウニ」とは、特に限定されず、食用のウニとしては、エゾバフンウニ、キタムラサキウニ、ツガルウニ、バフンウニ、ムラサキウニ、アカウニ、シラヒゲウニ、非食用のウニとしては、ガンガゼを挙げることができ、廃棄内臓量の多さからキタムラサキウニが好適である。
【0009】
「内臓由来」における「内臓」としては、本発明の主目的が廃棄内臓の有効活用であるので、ウニの生殖巣以外の内臓、例えば食道、胃、腸管を用いることが好適である。尚、生殖巣が含まれていてもよい。また、内臓自体でなく内臓滲出液も「内臓由来」に含まれる。
【0010】
「分子量」、「至適温度」、「熱安定性」及び「至適pH」における各数値は、実施例に記載の方法に従い測定された値を指す。
【0011】
本発明(3)は、以下の(a)〜(c)のいずれかのDNAからなる遺伝子である。
(a)配列表の配列番号2で示される塩基配列からなるDNA
(b)(a)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ(a)がコードするタンパク質と同じ活性を有するタンパク質をコードするDNA
(c)配列表の配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードするDNA
【0012】
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、配列表の配列番号2で示される塩基配列のDNAの少なくとも20個以上の連結する配列をプローブとして標識した上で用い、ECLダイレクトDNA/RNAラベリング検出システム(アマシャム社製)に添付のプロトコールに従って、1時間のプレハイブリダイゼーション(42℃)の後、前記プローブを添加し、15時間(42℃)ハイブリダイゼーションを行なった後、0.4%SDS及び6mol/L尿素含有の1×SSC(SSC;15mmol/Lクエン酸三ナトリウム、150mmol/L塩化ナトリウム)により42℃で20分間の洗浄を2回繰り返し、次に5×SSCで室温にて10分間の洗浄を2回行なう条件である。
【0013】
本発明(4)は、ウニの内臓を水性溶媒で処理して粗酵素を得、次いで該粗酵素を精製する工程を含む、前記発明(1)又は(2)のセルラーゼの製造方法である。
【0014】
ここで、「水性溶媒」とは、タンパク質を溶解する限り特に限定されず、水や各種緩衝液(例えば、リン酸、トリス等のGoodバッファー)を例示することができる。また、「処理」も特に限定されないが、乾燥粉末に緩衝液を添加し穏やかに攪拌することにより抽出することが好適である。
【0015】
「粗酵素」とは、ウニの内臓を水性溶媒で抽出することにより得られる、ウニ内臓由来セルラーゼの精製工程の前段階のものを指し、前記セルラーゼのみならず、後述の試験結果よりβ−グルコシダーゼをも含有していると理解される酵素組成物をいう。また、希釈物及び濃縮物並びに他の成分を添加したものも包含する。
【0016】
「精製」も特に限定されず、当業界で通常行われる手法が採用し得る。例えば、高純度酵素を得るためには、通常、共存するタンパク質、糖などの不純物を除去するため、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲル濾過、活性炭クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、モノクローナル抗体を用いたアフィニティクロマトグラフィー等を多段階もしくは適宜組み合わせる。因みに、以下の実施例においては、イオン交換クロマトグラフィー{例えばDEAE−Toyopearl(登録商標)}、ゲル濾過クロマトグラフィー{例えばSephacryl S−200(登録商標)}、吸着カラムクロマトグラフィー(例えばヒドロキシアパタイト)を組み合わせて精製を行っている。但し、イオン交換クロマトグラフィーを1回にしたり、ゲル濾過クロマトグラフィーと吸着カラムクロマトグラフィーの順番を逆にしても精製可能である。更には、工業用用途であれば、イオン交換クロマトグラフィーで1回精製した純度で十分である。
【0017】
本発明(5)は、前記処理工程に先立ち、ウニの内臓を沈殿分離法に従い処理して沈殿物を得る工程を更に含み、前記沈殿物を水性溶媒で処理する、前記発明(4)の製造方法である。
【0018】
ここで、沈殿分離法としては、アセトン、硫酸アンモニウムやエタノールによる沈殿分離法を例示することができ、タンパク質沈殿能や小さい変成作用の点から、アセトンによる沈殿分離法{所定期間アセトンに浸漬した後、乾燥し、脱脂乾燥粉末(アセトンパウダー)とする方法}が好適である。また、「沈殿物」とは、タンパク質を主成分とするものであり、例えば、脱脂乾燥粉末状である。
【0019】
本発明(6)は、ウニの内臓又は沈殿分離法により得られたウニの内臓からの沈殿物を水性溶媒で処理することにより得られる粗酵素であって、前記発明(1)又は(2)のセルラーゼを含有し、かつ、セロオリゴ糖やセルロースに作用させるとグルコースを生成する性質を有する粗酵素である。
【0020】
本発明(7)は、ウニの内臓を水性溶媒で抽出する工程を含む、前記発明(6)の粗酵素の製造方法である。
【0021】
本発明(8)は、前記処理工程に先立ち、ウニの内臓を沈殿分離法に従い処理して沈殿物を得る工程を更に含み、前記沈殿物を水性溶媒で処理する、前記発明(7)の製造方法である。
【0022】
本発明(9)は、セルロースに前記発明(6)の粗酵素を作用させる工程を含む、グルコースの製造方法である。
【実施例】
【0023】
以下、本発明につき実施例を参照しながら具体的に説明する。尚、本発明の技術的範囲は実施例の態様に限定されるものではない。
【0024】
(製造例1:キタムラサキウニ内臓由来粗酵素の製造)
使用材料
函館市内の水産加工場にて、キタムラサキウニから生殖巣(雲丹)を採取した際に廃棄される食道、胃、腸管を主体とする消化組織を回収した。なお、雲丹の消化組織からの分別は2%の食塩水中、浮遊状態で行われるので、消化組織もこの食塩水で洗浄された状態になっている。尚、この廃棄内臓は、雲丹の製造の盛期(4〜8月)には、中規模の水産加工場で1日数10〜100kg程度産出し産業廃棄物として有償で処分されているものである。
【0025】
アセトンパウダーの製造工程
廃棄内臓1kgに、等量(容量)の冷アセトン(−20℃)を加え、よく懸濁した後、遠心分離(又は吸引ろ過)により残渣を集めた。この操作をさらに2回繰り返して得た残渣を少量の室温のアセトンで洗浄した後、アルミフォイル上に広げ室温で風乾した。このアセトンパウダーはデシケーター中で−20℃で保存した。なお、廃棄内臓への食物破片などの混入が多い場合には、廃棄内臓に等量〜2倍量程度の10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を加え、30分間懸濁し、遠心分離によって得た上清からアセトンパウダーを調製した。
【0026】
粗酵素の製造工程
アセトンパウダー20gに対し30倍量(600ml)の10mMリン酸ナトリウム(pH 7.0)を加え、0℃で1時間抽出した。これを10,000 x gで10分間遠心分離し、得られた上清をウニ粗酵素とした。この抽出によりタンパク質濃度が3〜4mg/mlの粗酵素が約600ml得られた。尚、より高濃度の粗酵素を必要とする場合には、抽出液の量を減らす(例えば2倍量)としてもよい。
【0027】
(製造例2:キタムラサキウニ内臓由来セルラーゼの製造)
イオン交換クロマトグラフィー(1)での精製
ウニ粗酵素600mlを、10 mM リン酸ナトリウム(pH7.0)に平衡化した2.2×20 cmのDEAE-Toyopearl 650M(Tosoh co.)カラムに供した。このカラムを10mM リン酸ナトリウム(pH7.0)を100mlで洗浄した後、吸着タンパク質を10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)を含む0〜300mM NaClの直線濃度勾配(溶出液量合計600ml)により溶出した。溶出液はフラクションコレクターにより7mlずつ分取し、各画分の280nmの吸光度とカルボキシメチルセルロース分解活性(CMCase活性)を測定した{図1(a)}。高活性を示した画分67, 68,69, 70, 71, 72, 73, 74, 76 (それぞれ、画分a-hに対応)についてSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動と活性染色を行い、酵素の溶出位置を特定した{図1(b)}。
【0028】
尚、本実施例における活性染色は以下の方法に従った。試料をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、ゲルを25%のイソプロパノールを含む10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)に浸漬し、4℃で30分間穏やかに振盪した。この操作を2回、さらに10 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)での洗浄を1回行うことにより、SDSの除去と酵素の再生を行った。次いで、このゲルをガラスシャーレ上に作成した0.1% CMC-10 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)を含む2%アガロースゲル(厚さ約1mm)の上に重層し、電気泳動ゲル中のセルラーゼをアガロース・ゲル中のCMCと接触させながら37℃で3時間反応させた。反応後、SDS-ゲルを剥がしアガロース・ゲルを0.1%コンゴーレッド水溶液で染色し、蒸留水で洗浄した。反応部分はコンゴーレッド非染色部(ハロー)として検出される。
【0029】
イオン交換クロマトグラフィー(2)での精製
一回目のDEAE-Toyopearlカラムクロマトグラフィーの高活性画分である画分68〜73を合一し、10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)に8時間、三光純薬製UC36-32-500透析チューブを用いて透析した。透析の間、セルラーゼ作用による透析膜の破損を防ぐために、1.5時間ごとに透析チューブを交換した。透析液は再度2.2 x 20 cmのDEAE-Toyopearlカラムに供し、吸着したタンパク質を0-300mMのNaCl直線濃度勾配により溶出した。溶出液は5mlずつ分取し、各画分の280nmの吸光度とカルボキシメチルセルロース分解活性(CMCase活性)を測定し{図2(a)}、CMCase活性を示す画分76〜81(それぞれ、画分a〜fに相当)についてSDS-PAGEと活性染色を行った{図2(b)}。これらの結果から、画分76〜80をセルラーゼ画分として回収した。
【0030】
ゲル濾過クロマトグラフィーでの精製
2回目のDEAE-Toyopearlカラムクロマトグラフィーで得た高活性画分を凍結乾燥し、これを3 mlの冷蒸留水に溶解した。この試料を、10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)で平衡化してあるSephacryl S-200カラム(2.0 x 140 cm)に供し、10 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)により溶出した。溶出液は1画分5mlずつ分取し、各画分のCMCase活性を測定した{図3(a)}。その結果、画分44〜49(それぞれ、画分a〜fに相当)に酵素が溶出していることが分かった。活性画分のSDS−PAGEと活性染色により、ウニ・セルラーゼの分子サイズは約54-kDaと見積もられた{図3(b)}。
【0031】
尚、タンパク質の分子量は、Porzio & Pearsonの方法(Biochim. Biophys. Acta, 490, 27-34 (1977))によるSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により見積もった。試料タンパク質は、等容の1% SDS-50%グリセロール-10 mM Tris-HCl (pH 7.6)-0.01%ブロモフェノールブルーと混合した後電気泳動に供した。分離用ゲルとして10 cm x 11 cm x 0.1cmのポリアクリルアミド平板ゲルを用い、分子量マーカーにはNovegen製PerfectProtein Markers, 15-150 kDaを用いた。電気泳動後のゲルは0.1%クマシブリリアントブルー-50%メタノール-10%酢酸溶液で染色し、7%酢酸-5%メタノールでタンパク質非存在部を脱色した。
【0032】
吸着カラムクロマトグラフィーでの精製
Sephacryl S-200ゲル濾過で溶出した画分にはわずかな混入があったので、これを除去するためにヒドロキシアパタイト・カラムクロマトグラフィーを行った。すなわち、10 mMのリン酸カリウム(pH 7.0)で平衡化した和光純薬製カラムクロマトグラフ用ヒドロキシアパタイト(高流速タイプ、カラムサイズ2.2 x 20 cm)に、ゲル濾過で得た高活性画分(画分44〜49)を吸着させ、10〜300 mMのリン酸カリウム(pH 7.0)の直線濃度勾配で溶出した。このクロマトグラフィーにより、画分29〜33(それぞれ、画分a〜eに相当)に高活性・高純度のセルラーゼが得られた{図4(a)、(b)}。なお、このクロマトグラフィーにおいて緩衝液をリン酸カリウム塩にしているのは、リン酸ナトリウム塩よりも溶解度が高く、4℃でのクロマト中にリン酸塩結晶の析出が起こりにくいためである(特に200mM以上の濃度)。
【0033】
(キタムラサキウニ内臓由来セルラーゼの理化学的特性)
上記で記載した分子量以外の各種理化学的特性につき、以下の手順に従い試験を行った。
【0034】
至適温度
CMCを10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)に終濃度0.5%になるように溶解した混液を10〜60℃の恒温槽で5分間プレインキュベートした。次いでこの反応混液に、終濃度0.1〜0.5U/mlの酵素を添加して反応を開始した。反応は各温度で最大30分間行い、単位時間当たりに生じた還元糖をPerk-Johnson法で定量し、酵素活性を求めた。尚、比較のため、既知(特許文献1)の巻貝由来セルラーゼ(HdEG66)も同様にして酵素活性を求めた。その結果を図5に示す。当該試験により、当該セルラーゼ(エンド型β-グルカナーゼ)の至適温度は約35℃であることが分かった。
【0035】
熱安定性
0.1〜1U/mlの酵素を10〜50℃の恒温槽により30分間加熱した後、氷冷した。この加熱処理酵素の残存活性を前項と同様に30℃で測定した。なお、10℃で処理した酵素の残存活性を100%として相対値で表した。その結果を図6に示す。当該試験により、当該セルラーゼ(エンド型β-グルカナーゼ)の50%残存活性温度が、約37℃であることが分かった。
【0036】
好適pH
0.1〜1U/mlの酵素の活性を、0.5% CMC, 20mM リン酸ナトリウム(pH 4〜10)を含む反応混液を用いて30℃で測定した。反応後、反応混液の一部を用いてpHを測定し、その値を反応混液のpHとした。なお、反応の前後でのpH変化は0.1以下で、無視できる範囲であった。pH 7.0の活性値を相対活性100%とした。その結果を図7に示す。当該試験により、当該セルラーゼ(エンド型β-グルカナーゼ)の至適pHが約6〜約7であることが分かった。
【0037】
力価(比活性)
セルラーゼ(エンド型β-グルカナーゼ)活性は、カルボキシメチルセルロース(CMC)分解活性、すなわちCMCase活性として表した。活性測定は以下のように行った。すなわち、10 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)、0.5% CMC(CMC, medium viscosity; ICN Bio medicals, Inc製)、及び適当量の酵素を含む1mlの反応混液中30℃で行い、一定時間ごとに反応液の0.05mlを0.2mlの10%トリクロロ酢酸に加えることにより反応を停止した。この反応停止液を遠心分離し、得られた上清の0.2mlを0.3mlの0.5M NaOHに加えて中和した。この試料液0.5mlに含まれる還元糖量はPerk-Johnson法によって定量し、この値からもとの反応混液中で生成した還元糖の量を算出した。CMCase活性1Uは、上記反応で1分間に1μmolのブドウ糖相当の還元糖を生成する酵素量と定義した。なお、Perk-Johnson法による還元糖の定量は以下の通り行った:検液0.5mlに対し0.5mlの0.05%フェリシアン化カリウムと0.5mlの0.53%炭酸ナトリウム-0.065%シアン化カリウムを加え、100℃で15min加熱した後冷却した。ここに2.5mlの0.15%鉄ミョウバン-0.3% SDS-0.1N 硫酸を加え、室温で45min発色させた後、690nmの吸光度を測定し、ブドウ糖標準液によって作成した検量線に基づき定量した。一方、β-グルコシダーゼ活性は0.5%のセロビオースを基質として30℃で測定した。反応によって生じたブドウ糖は、和光純薬製Glucose C-II testキットを用いて比色定量した。1分間に1μmolのブドウ糖を生成する酵素量を1Uと定義した。その結果を表1に示す。尚、参考のため、最終精製前のもの{粗酵素、DEAE活性画分(1)、DEAE活性画分(2)、ゲルろ過活性画分}についての測定値も示す。
【0038】
【表1】

【0039】
基質特異性
(1)セロオリゴ糖の分解能
セロオリゴ糖にウニの精製セルラーゼを0.1U/mlの濃度で30℃、20時間作用させた際の生成物を薄層クロマトグラフィーで分析した(図8)。それによれば、ウニ精製セルラーゼはG2(セロビオース)を全く分解できず、G3(セロトリオース)をG2とG1(グルコース)にわずかに分解し、G4(セロテトラオース)をG3, G2及びG1にゆっくりと分解することが分かる。一方、G5(セロペンタオース)及びG6(セロヘキサオース)は速やかに分解され、主にG3とG2、少量のG1が生じた。同様の結果は、ウニ精製セルラーゼを不溶性のセルロース基質であるリン酸膨潤セルロースに作用させた場合にも得られた(図示せず)。したがって、ウニの精製セルラーゼがセルロースに作用した際の主たる生成物は、G2とG3であり、その分解副産物として少量のG1が生成することが判明した。
【0040】
尚、薄層クロマトグラフィーの測定法は以下の通りである。薄層プレートには、GLサイエンス社製TLC分析用プレート(シリカゲル60)10 x 20 cmを用い、展開溶媒にはn-ブタノール:酢酸:水=2:1:1を用いた。標準糖としては、和光純薬製のブドウ糖(G1)、生化学工業製のセロビオース(G2)、セロトリオース(G3)、セロテトラオース(G4)、セロペンタオース(G5)をそれぞれ10mg/ml含む標準糖液(水溶液)を用いた。標準糖液は薄層上にマイクロピペットを用いて1μl(標準糖各10μg)スポットし、一方、酵素反応液については2μl(1μl x 2回)スポットした。展開後、プレートを乾燥させ10%硫酸-90%エタノールをスプレーし、130℃で10分間加熱することにより糖を発色・検出した。
【0041】
(2)PASC及びAvicelの分解能
10 mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)中で、0.5%のPASC及びAvicelを終濃度2.64U/mlのウニ精製セルラーゼ(CMCase)により30℃で20時間分解し、生成物を薄層クロマトグラフィーで分析した(図9)。それによれば、ウニ精製セルラーゼによる主たる生成物はセロビオースとセロトリオースであることが分かる。これはG6などのセロオリゴ糖を分解した場合と同様である。また、少量のグルコースの生成も認められた(PASCを分解した場合で0.01mg/ml程度、Avicelでは0.003〜0.005mg/ml)。なお、Perk-Johnson法によりAvicelの分解程度はPASCの1/3以下と見積もられた。
【0042】
尚、使用したPASCは以下のようにして調整した。TOYOろ紙社製セルロースパウダー(100-200mesh)5gを85%リン酸(関東化学)100mlで懸濁し、室温で12時間膨潤させた後、遠心分離(10,000 x g、15min)により上清を得た。この上清を500mlの蒸留水に加え非結晶性セルロース繊維を沈殿させ、遠心分離で集めた後0.05%の炭酸ナトリウム500mlに懸濁・中和し、遠心分離によって再び沈殿を集めた。この沈殿を500mlの蒸留水でさらに3回懸濁・洗浄し、最後に沈殿を100mlの10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)に懸濁した。
【0043】
(キタムラサキウニ内臓由来セルラーゼの塩基配列及びアミノ酸配列決定)
部分アミノ酸配列の測定
酵素タンパク質のN末端アミノ酸配列及び分子内部の部分アミノ酸配列は以下のように分析した。すなわち、精製酵素をSDS-PAGEに供した後、ゲル中の酵素をATTO社製セミドライ電気泳動ブロッターを用いてABI社製PVDF膜(Problot)に泳動転写した。PVDF膜を0.1%クマシブリリアントブルー-50%メタノール-7%酢酸溶液で30秒間染色し、タンパク質非存在部を50%メタノールで1分間脱色した。PVDF膜を乾燥後、タンパク質バンド部分を鋏で切り取り、これをABI-473Aプロテインシーケンサーに供してN末端アミノ酸配列を分析した。一方、内部領域の部分配列を分析するために、精製酵素を10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)中で1/100重量のリジルエンドペプチダーゼにより37℃で1時間消化した。消化物はSDS-PAGE後PVDF膜に転写し、分離程度の良い分解断片の幾つかについてN末端アミノ酸配列(分子内部の配列に相当)をABI 473Aプロテインシーケンサーにより分析した。このようにして決定されたN末端アミノ酸配列は、配列表の配列番号5に示した配列であり、内部配列は、配列表の配列番号6に示した配列であった。
【0044】
cDNA配列の決定
cDNAは、タンパク質のN末端アミノ酸配列及び分子内部の部分アミノ酸配列に基づいて合成した縮重プライマーにより、ウニcDNAライブラリー(TaKaRa社製cDNA合成キットにより作成)からPCRにより増幅した。用いたフォワードプライマー及びリヴァースプライマーの配列は、夫々、配列表の配列番号3及び4に示したものである。
【0045】
アミノ酸配列の決定
上記で決定したcDNA配列に基づき、当該塩基配列からキタムラサキウニ内臓由来エンドβ−グルカナーゼのアミノ酸配列を演繹した。このようにして決定されたアミノ酸配列は、配列表の配列番号2に該当する。
【0046】
(粗酵素の理化学的性質)
(1)セロオリゴ糖の分解能
20gのアセトンパウダーを600mlの10mM リン酸ナトリウム(pH 7.0)で抽出して得られるウニ粗酵素のCMCase活性(エンドβ-グルカナーゼ活性)は0.18U/ml程度であったが、この粗酵素を遠心濃縮器(Apollo 20ml, エムエステクノシステムズ社製)で終濃度1.35U/mlに濃縮し、セロオリゴ糖であるG2〜G6を基質として30℃で4時間分解した。それによれば、いずれのオリゴ糖も完全にグルコースに分解することが薄層クロマトグラフィーの結果から明らかになった(図10)。一方、終濃度0.34U/ml, 0.68U/ml, 1.01U/ml, 及び1.35U/mlの粗酵素で30℃で4時間G6を分解した結果、それぞれ約50%, 75%, 95%, 及び100%の収率でグルコースが得られることが反応液中のグルコース量の定量により明らかになった(図11)。したがって、ウニの粗酵素中にはセルロースをG2とG3に分解するエンドβ-グルカナーゼに加えて、それらセロオリゴ糖をG1にまで分解するβ-グルコシダーゼが含まれていることが判明した。
【0047】
(2)PASC及びAvicelの分解能
0.5%のPASC及びAvicelを、10mM リン酸ナトリウム(pH 6.0)中でウニ粗酵素(CMCase活性, 0.64U/ml; β-グルコシダーゼ活性, 0.16U/ml---いずれも反応混液中での活性値)で4時間分解した。95℃で10min加熱することにより反応を停止し10,000 x gで10min遠心分離して得た上清中のブドウ糖量をグルコースC-II testキットで定量した。一方、反応液中の糖組成を薄層クロマトグラフィーにより分析した。その結果、ウニ粗酵素でPASC及びAvicelを分解した場合、反応液中のグルコース濃度はそれぞれ0.82mg/ml及び0.28mg/mlとなり、グルコース収率は16.4%及び5.6%と計算された。この収率はG6を分解したときのそれぞれ約1/6及び1/18であった。また、薄層クロマトグラフィーにより、分解生成物のほとんどがグルコースであることが確認された(図12)。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】図1(a)は、DEAE-Toyopearl column chromatographyでの精製(初回)における、各画分の280nmの吸光度とCMCアーゼ活性との関係を示したチャートである。図1(b)は、同精製における高活性画分についての、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動と活性染色の結果を示したものである。
【図2】図2(a)は、DEAE-Toyopearl column chromatographyでの精製(二回目)における、各画分の280nmの吸光度とCMCアーゼ活性との関係を示したチャートである。図2(b)は、同精製における高活性画分についての、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動と活性染色の結果を示したものである。
【図3】図3(a)は、Sephacryl S-200ゲル濾過での精製における、各画分の280nmの吸光度とCMCアーゼ活性との関係を示したチャートである。図3(b)は、同精製における高活性画分についての、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動と活性染色の結果を示したものである。
【図4】図4(a)は、Hydroxyapatite column chromatographyの精製における、各画分の280nmの吸光度とCMCアーゼ活性との関係を示したチャートである。図4(b)は、同精製における高活性画分についての、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動と活性染色の結果を示したものである。
【図5】図5は、本発明に係るセルラーゼ(SnEG54)と既知の巻貝由来セルラーゼ(HdEG66)の温度依存性を示した図である。
【図6】図6は、本発明に係るセルラーゼ(SnEG54)と既知の巻貝由来セルラーゼ(HdEG66)の熱安定性を示した図である。
【図7】図7は、本発明に係るセルラーゼ(SnEG54)と既知の巻貝由来セルラーゼ(HdEG66)のpH依存性を示した図である。
【図8】図8は、セロオリゴ糖に本発明に係る精製セルラーゼを作用させた際の生成物を薄層クロマトグラフィーで分析した結果を示した図である。
【図9】図9は、PASC及びAvicelに本発明に係る精製セルラーゼを作用させた際の生成物を薄層クロマトグラフィーで分析した結果を示した図である。
【図10】図10は、セロオリゴ糖(G2〜G6)に本発明に係る粗酵素を作用させた際の生成物を薄層クロマトグラフィーで分析した結果を示した図である。
【図11】図11は、セロオリゴ糖(G6)に本発明に係る粗酵素を各種濃度で作用させた際の生成物を薄層クロマトグラフィーで分析した結果を示した図である。
【図12】図12は、PASC及びAvicelに本発明に係る粗酵素を作用させた際の生成物を薄層クロマトグラフィーで分析した結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)のいずれかのセルラーゼ。
(a)配列表の配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)アミノ酸配列(a)において1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、(a)のセルラーゼと同じ活性を有するタンパク質。
(c)配列表の配列番号2で示される塩基配列のDNAによりコードされたタンパク質。
【請求項2】
以下の特性を有するウニ内臓由来セルラーゼ。
(a)作用:セルロースを分解し、主としてセロトリオースとセロビオースを生成する。
(b)分子量:54kDa
(c)至適温度:35℃
(d)熱安定性:37℃以下で安定である。
(e)至適pH:pH6〜7
【請求項3】
以下の(a)〜(c)のいずれかのDNAからなる遺伝子。
(a)配列表の配列番号2で示される塩基配列からなるDNA
(b)(a)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ(a)がコードするセルラーゼと同じ活性を有するセルラーゼをコードするDNA
(c)配列表の配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードするDNA
【請求項4】
ウニの内臓を水性溶媒で処理して粗酵素を得、次いで該粗酵素を精製する工程を含む、請求項1又は2記載のセルラーゼの製造方法。
【請求項5】
前記処理工程に先立ち、ウニの内臓を沈殿分離法に従い処理して沈殿物を得る工程を更に含み、前記沈殿物を水性溶媒で処理する、請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
ウニの内臓又は沈殿分離法により得られたウニの内臓からの沈殿物を水性溶媒で処理することにより得られる粗酵素であって、請求項1又は2記載のセルラーゼを含有し、かつ、セロオリゴ糖やセルロースに作用させるとグルコースを生成する性質を有する粗酵素。
【請求項7】
ウニの内臓を水性溶媒で抽出する工程を含む、請求項6記載の粗酵素の製造方法。
【請求項8】
前記処理工程に先立ち、ウニの内臓を沈殿分離法に従い処理して沈殿物を得る工程を更に含み、前記沈殿物を水性溶媒で処理する、請求項7記載の製造方法。
【請求項9】
セルロースに請求項6の粗酵素を作用させる工程を含む、グルコースの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−25645(P2006−25645A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−206480(P2004−206480)
【出願日】平成16年7月13日(2004.7.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年4月3日 社団法人日本水産学会主催の「平成16年度 日本水産学会大会」において文書をもって発表
【出願人】(800000024)北海道ティー・エル・オー株式会社 (20)
【Fターム(参考)】