説明

エタノール発酵用培地及びエタノール製造方法

【課題】酵母を用いたエタノール製造において、安価な培地を使用してエタノール収量が向上する方法を提供する。
【解決手段】窒素源として尿素と炭素源とを含む培地において酵母を培養する工程を含む、エタノール製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば酵母を用いたエタノール製造方法及び当該方法に使用するエタノール発酵用培地に関する。
【背景技術】
【0002】
従来において、酵母のアルコール発酵を利用してエタノールを製造する方法が知られており、当該方法においてエタノール収量が高くなるような安価な培地が求められている。
【0003】
特許文献1は、化学的に明確な構成成分から成る化学的に明確な培地である発酵培地において工業的規模で微生物株の発酵を行うこと、及び発酵培養液から有用化合物を回収することを含む有用化合物の生産方法を開示する。特許文献1は、当該化学的に明確な構成成分が、炭水化物、グリセリン、植物油、炭化水素類、アルコール類、有機酸等の炭素源と、尿素、アンモニア、硝酸塩、アンモニウム塩、アミノ酸類等の窒素源とを含むことを開示する。しかしながら、特許文献1は、当該発酵培地を使用し、有用化合物を回収することに焦点を当てており、エタノール等の化合物の収率を向上させるために当該発酵培地を使用することを開示していない。
【0004】
特許文献2は、リグノセルロースを利用する同時糖化発酵によるエタノール生産において、エタノール収率を向上させる組換え微生物及び培地を開示する。特許文献2は、組換え微生物による生育及びエタノール産生を支援する培地として、尿素様化合物、尿素等の決められた窒素源、コーンスティープリカー(CSL)等の複合の窒素源、ホスフェイト源及びマグネシウム源を含んでなる最小培地を開示する。しかしながら、特許文献2は、窒素源として尿素のみを含む培地を使用することで、エタノール収率が向上したことを開示していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2001-512970号公報
【特許文献2】特表2009-500035号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、酵母を用いたエタノール製造においてエタノール収量が高くなるような安価な培地が求められている。
【0007】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、酵母を用いたエタノール製造において、安価な培地を使用してエタノール収量が向上する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、窒素源として尿素と炭素源とを含む培地において酵母を培養した場合に、エタノール収量が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、窒素源として尿素と炭素源とを含む培地において酵母を培養する工程を含む、エタノール製造方法である。また、本発明は、窒素源として尿素と炭素源とを含む、酵母のエタノール発酵用培地である。
【0010】
本発明における培地において、窒素源は尿素のみから成ることができる。また、炭素源としては、セルロース及び/又はキシロースが挙げられる。さらに、培地はセルラーゼ、β-グルコシダーゼ等の糖化酵素を含むことができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、酵母を用いたエタノール製造において低コスト化を図ることができ、且つエタノール収量を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】尿素培地で酵母を培養した培養液中のエタノール濃度の経時変化を示すグラフである。
【図2】尿素培地で酵母を24時間培養した培養液中のエタノール濃度に関する有意差検定結果を示すグラフである。
【図3】各尿素量を含む尿素培地で酵母を培養した場合のエタノール生産性を示すグラフである。
【図4】尿素培地で各酵母を培養した場合のエタノール生産性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明に係るエタノール製造方法(以下、「本方法」と称する)は、窒素源として尿素と炭素源とを含む培地において酵母を培養する工程を含む方法である。本方法によれば、窒素源として尿素を含む培地において同時糖化発酵を行うことで、エタノール収量を向上させることができる。また、本方法で使用する培地は、窒素源として尿素のみを含有するだけでよく、安価な培地である。従って、本方法によれば、酵母を用いたエタノール製造を低コストで行うことができる。
【0015】
ここで、「同時糖化発酵」とは、炭素源(例えばセルロース)から糖(例えばグルコース)への分解(糖化)、及び糖からエタノールへの変換(アルコール(エタノール)発酵)が同時に又は連続して行われることを意味する。
【0016】
本方法では、先ず酵母及び酵母のエタノール発酵用培地(以下、単に「エタノール発酵用培地」と称する)を準備する。
【0017】
酵母としては、エタノール発酵を行うことができる酵母であればよく、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロミセス属、ピキア・スティピティス(Pichia stipitis)等のピキア属、パチソレン・タンノフィルス(Pachysolen tannophilus)等のパチソレン属、クルイベロミセス(Kluyveromyces)属、シゾサッカロミセス(Schizosaccharomyces)属、カンジダ(Candida)属等に属する酵母が挙げられる。
【0018】
また、酵母として、糖化反応に関与する酵素(糖化酵素)をコードする遺伝子やエタノール発酵に関与する酵素をコードする遺伝子等で形質転換した組換え酵母を使用してもよい。ここで、「糖化酵素」とは、炭素源から糖への分解に関与する酵素を意味する。また、「エタノール発酵に関与する酵素」とは、糖からエタノールへの変換に関与する酵素を意味する。
【0019】
糖化酵素をコードする遺伝子を導入した組換え酵母を使用する場合には、当該組換え酵母が糖化酵素を発現するので、培地中に糖化酵素を添加することなく、当該組換え酵母が糖化反応とエタノール発酵を行うことができる。また、酵母をエタノール発酵に関与する酵素をコードする遺伝子等で形質転換し、当該酵素を発現させることで、酵母のエタノール発酵を強化することができる。例えば、サッカロミセス・セレビシエ等の酵母がキシロースを代謝できるように、キシロース代謝に関連する酵素(キシロースレダクターゼ、キシリトールデヒドロゲナーゼ、キシルロースキナーゼ等)をコードする遺伝子を当該酵母に導入することで、得られた組換え酵母はキシロースからエタノールへ変換することができる。
【0020】
糖化酵素をコードする遺伝子としては、例えばセルラーゼ、β-グルコシダーゼ、キシラナーゼ、β-キシロシダーゼ、マンナナーゼ、β-マンノシダーゼ、アラビノフラノシダーゼ等をコードする遺伝子が挙げられる。
【0021】
エタノール発酵に関与する酵素をコードする遺伝子としては、例えばキシロースレダクターゼ、キシリトールデヒドロゲナーゼ、キシルロースキナーゼ、アルドースレダクターゼ、L-アラビトールデヒドロゲナーゼ、L-キシルロースレダクターゼ等をコードする遺伝子が挙げられる。
【0022】
組換え酵母の作製は、一般的な酵母の形質転換方法に準じて行うことができる。
一方、本方法に使用するエタノール発酵用培地は、窒素源として尿素と炭素源とを含む培地である。当該培地は、他の窒素源を含んでもよいが、窒素源として尿素のみを含有すればよい。
【0023】
エタノール発酵用培地における尿素量としては、例えば1.25mg/g〜5.00mg/g、好ましくは1.25mg/g〜2.50mg/gが挙げられる。
【0024】
炭素源としては、例えばセルロース、キシロース、アラビノース、グルコース、マンノース、キシラン、マンナン等が挙げられ、特にセルロース及び/又はキシロースが好ましい。エタノール発酵用培地における炭素源量としては、例えば50mg/g〜300mg/gが挙げられる。
【0025】
また、エタノール発酵用培地は、糖化反応を行う糖化酵素を含むことができる。糖化酵素としては、例えばセルラーゼ、β-グルコシダーゼ、キシラナーゼ、β-キシロシダーゼ、マンナナーゼ、β-マンノシダーゼ、アラビノフラノシダーゼ等が挙げられるが、特にセルラーゼ及び/又はβ-グルコシダーゼが好ましい。例えば、エタノール発酵用培地は、セルラーゼとβ-グルコシダーゼをセルロース1g当たり50〜600エンドグルカナーゼ単位(EGU)、好ましくは100〜400EGU含有する。
【0026】
エタノール発酵用培地は、尿素、炭素源及び糖化酵素以外に、例えばビタミン、アミノ酸、核酸、ミネラル等を含有してもよい。ただし、エタノール発酵用培地は、これら追加成分を含有することなく、同時糖化発酵用培地として使用することができる。
【0027】
本方法では、準備した酵母及びエタノール発酵用培地を使用してエタノールを製造する。具体的には、酵母をエタノール発酵用培地に添加し、培養する。本方法では、エタノール発酵用培地は、同時糖化発酵用培地であり、培地に添加した糖化酵素又は酵母自体(例えば、糖化酵素をコードする遺伝子を導入した組換え酵母)の糖化酵素の作用により炭素源から糖が得られ、さらに酵母のエタノール発酵により、糖からエタノールが産生されることとなる。培養条件としては、エタノール発酵が十分に行われ、且つ酵母が生育する条件であればよく、例えば温度20〜45℃(好ましくは30〜40℃)、pH3〜7(好ましくはpH4〜5)で24〜144時間(好ましくは24〜72時間)が挙げられる。なお、培養は、振盪培養とすることができる。得られた培養物は、そのままエタノールとして使用してもよいし、また精製や抽出処理に供し、精製又は抽出したものをエタノールとして使用してもよい。
【0028】
本方法によりエタノール収量が向上したか否かの評価は、例えば従来の培地を使用して酵母を培養した場合と比較して、培養後の培養物中のエタノール濃度が有意に高い場合に、エタノール収量の向上が良好であると判断することができる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0030】
〔実施例1〕尿素培地で培養した酵母のエタノール生産性
本実施例では、酵母の培養において、従来の培地と比較して尿素培地を使用することによるエタノール生産性を評価した。
【0031】
酵母として、酵母サッカロミセス・セレビシエに、ピキア・スティピティス由来のキシロースレダクターゼ(XR)遺伝子、キシリトールデヒドロゲナーゼ(XDH)遺伝子、キシルロースキナーゼ(XK)遺伝子及びβ-グルコシダーゼ(BGL)遺伝子を導入した組換え酵母を使用した。当該組換え酵母は、OC-2株の染色体に上記遺伝子を組み込む事で作製した(Applied Microbiology and Biotechnology, 2010, Aug, 87(5), pp. 1975-1982)。
【0032】
当該組換え酵母を、前培養培地YPD(1%酵母エキス及び2%バクトペプトン含有)で1日間、前培養した。前培養後、菌体を回収し、純水で洗浄することにより本培養用の酵母を調製した。
【0033】
次いで、以下の表1に示す組成から成る各同時糖化発酵用培地(組換え酵母含有)を調製した。
【0034】
【表1】

【0035】
表1に示す(1)〜(6)の培地は、以下の通りである:(1)YP培地、(2)YNB(イーストナイトロゲンベースw/oアミノ酸)培地、(3)YNB-Vitamins培地、(4)改変YNB(硫安→尿素)-Vitamins培地、(5)硫安培地、(6)尿素培地。なお、pHによる影響を抑えるために、各培地のpHを、それぞれNaOH及びHClを使用してpH5.0に調整した。YP培地及びYNB培地は、一般的な酵母培養培地である。
【0036】
表1に示す各培地は、組換え酵母(OD600=10)3mlを含有した。
また、表1に示す各培地は、炭素源として10%セルロース(KCフロック(登録商標):日本製紙ケミカル株式会社製)及び5%キシロースを含有した。さらに、表1に示す各培地は、酵素として、セルラーゼ(NS50013:ノボザイムス社製)及びβ-グルコシダーゼ(NS50010:ノボザイムス社製)を5:1の割合(KCフロック1g当たり133EGU)で含有した。
【0037】
各同時糖化発酵用培地(組換え酵母含有)60gをそれぞれ100mlの三角フラスコに入れ、シリコ栓で蓋をし、120rpmで37℃の条件下で振盪培養した。
【0038】
培養中の培養液を、経時的に1ml採取し、遠心分離に供した。遠心分離後、上清を分取して、エタノール濃度をバイオセンサにより定量した。結果を図1に示す。図1は、上記培地(1)〜(6)を用いた培養における培養液中のエタノール濃度の経時変化を示す。図1における(1)〜(6)の各折れ線グラフは、それぞれ培地(1)〜(6)を用いた培養における培養液中のエタノール濃度の経時変化を示す。
【0039】
また、図2は、培養24時間後のサンプルに関する有意差検定結果を示すグラフである。図2において、縦軸はエタノール濃度(g/l)を示し、横軸は培地の種類を示す。
【0040】
図1に示すように、既存培地(YP培地及びYNB培地)と比較して、尿素培地における培養24時間及び48時間後のエタノール収量は、それぞれ最大1.26倍及び1.16倍まで向上した。
【0041】
〔実施例2〕各尿素量を含有する尿素培地で培養した酵母のエタノール生産性
本実施例では、以下の表2に示す各尿素量を含む尿素培地で酵母を培養した場合のエタノール生産性を評価した。培養方法は、添加する組換え酵母量(OD600=10)を1.82mlとした以外は、実施例1に記載の培養方法と同様であった。また、培養液中のエタノール濃度の測定方法は、実施例1に記載の方法と同様であった。
【0042】
【表2】

【0043】
結果を図3に示す。図3は、表2に示す培地(1)〜(7)における48時間培養後の培養液中のエタノール濃度を示す。図3における(1)〜(7)の各棒グラフは、それぞれ表2に示す培地(1)〜(7)における培養後の培養液中のエタノール濃度を示す。
【0044】
図3に示すように、1.25mg/g〜2.5mg/gの尿素を添加する事によって、高いエタノール収量を示す。
【0045】
〔実施例3〕尿素培地で培養した各酵母のエタノール生産性
本実施例では、酵母として実施例1に記載の組換え酵母に加えて、野生型酵母ピキア・スティピティス及びパチソレン・タンノフィルスを使用して、従来の培地と比較して尿素培地を使用することによるエタノール生産性を評価した。
【0046】
使用した培地は、以下の表3に示すように実施例1における(2)YNB培地及び(6)尿素培地であった。
【0047】
【表3】

【0048】
表3に示す(1)〜(6)の培地は、以下の通りであった:(1)組換え酵母を含む尿素培地、(2)組換え酵母を含むYNB培地、(3)野生型ピキア・スティピティスを含む尿素培地、(4)野生型ピキア・スティピティスを含むYNB培地、(5)野生型パチソレン・タンノフィルスを含む尿素培地、(6)野生型パチソレン・タンノフィルスを含むYNB培地。表3に示す各培地は、各酵母(OD600=10)を示される量で含有した。
【0049】
培養方法は、培養温度を30℃とした以外は実施例1に記載の培養方法と同様であった。また、培養液中のエタノール濃度の測定方法は、実施例1に記載の方法と同様であった。
【0050】
結果を図4に示す。図4は、表3に示す培地(1)〜(6)における48時間培養後の培養液中のエタノール濃度を示す。図4における(1)〜(6)の各棒グラフは、それぞれ表3に示す培地(1)〜(6)における培養後の培養液中のエタノール濃度を示す。
【0051】
図4に示すように、どの酵母を使用しても、尿素培地は、栄養源が豊富と考えられるYNB培地を使用した場合よりも高いエタノール収量を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素源として尿素と炭素源とを含む培地において酵母を培養する工程を含む、エタノール製造方法。
【請求項2】
培地における窒素源が尿素から成る、請求項1記載の方法。
【請求項3】
炭素源がセルロース及び/又はキシロースである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
培地が糖化酵素を含む、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
糖化酵素がセルラーゼ及び/又はβ-グルコシダーゼである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
窒素源として尿素と炭素源とを含む、酵母のエタノール発酵用培地。
【請求項7】
窒素源が尿素から成る、請求項6記載の酵母のエタノール発酵用培地。
【請求項8】
炭素源がセルロース及び/又はキシロースである、請求項6又は7記載の酵母のエタノール発酵用培地。
【請求項9】
糖化酵素を含む、請求項6〜8のいずれか1項記載の酵母のエタノール発酵用培地。
【請求項10】
糖化酵素がセルラーゼ及び/又はβ-グルコシダーゼである、請求項9記載の酵母のエタノール発酵用培地。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−170421(P2012−170421A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37446(P2011−37446)
【出願日】平成23年2月23日(2011.2.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】