説明

エポキシ化合物の製造方法

【課題】電子欠乏型炭素−炭素2重結合を酸化してエポキシドに変換する反応からなり、再生使用が容易で環境への負荷が低い塩基性固体粉末を用い、固体粉末の回収や再使用が容易な固相で行われ、安全性も高くかつ収率の点でも優れるエポキシ化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを分散し、固相中で、前記電子欠乏型炭素−炭素2重結合を選択的に酸化することを特徴とするエポキシ化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α位にケトン、カルボン酸、エステル、ニトリル、スルフォンなどの電子吸引性官能基を有する炭素−炭素2重結合を、固相中で酸化し、エポキシ化することを特徴とするエポキシ化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エポキシ化合物は、各種工業製品、医薬、農薬等の製造における中間体や原料として有用な化合物である。例えば、α−エポキシケトン等のα−エポキシカルボニル化合物は産業上有用な種々のエポキシ樹脂の合成に使用される重要な原料として知られている。
【0003】
このようなエポキシ化合物の製造方法としては、オレフィン化合物等の炭素−炭素2重結合を有する化合物を原料とし、その2重結合を、塩基触媒の存在下、酸化剤を用いて酸化して、エポキシ基を形成する方法が知られている。酸化剤としては、その高い酸素含有量や、副生成物として水のみが生じるとの利点から、過酸化水素が好ましく用いられている。
【0004】
近年、環境への負荷低減のための有機反応プロセスの改良が強く求められている。そこで、前記反応のような2重結合の酸化に使用される塩基触媒としても、再生使用が容易な固体触媒が提案されている。例えば、特許文献1や特許文献2では、X線回折パターンにおいて実質的にハイドロタルサイトに相当するピークを有する固体塩基触媒の存在下に、水等の反応媒体中でオレフィン化合物を過酸化水素によりエポキシ化するエポキシ化合物の製造法が開示されている。又、非特許文献1では、従来の固体塩基触媒、例えば公知のハイドロタルサイトに比べて触媒活性の大きいハイドロタルサイトを使用してα,β−不飽和ケトンをエポキシケトンにする方法が開示されている。
【0005】
又、特許文献3には、ポリ酸類又は特定の金属酸化物を触媒とし、ハイドロタルサイト類よりなる固体分散相(固相)の中で、酸化剤として尿素−過酸化水素粉末を使用してオレフィン類を酸化する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2004−25015号公報
【特許文献2】特開2004−97943号公報
【特許文献3】特開2005−104902号公報
【非特許文献1】K. Kaneda et al., Tetrahedron Letters, 43, 6229-6232 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1、特許文献2や非特許文献1に記載の方法では有機溶媒や水等の反応媒体を必要とし、反応は液相中(分散系)で行われる。その結果、反応後、触媒を溶液相から分離し再生して再使用する工程が必要となるが、この触媒回収や再使用が困難であり、又、反応後に残る水等の溶媒の処理の問題もあった。
【0007】
又、これらの方法について、界面活性剤又は相間移動触媒の添加が提案されており、特に、非特許文献1に記載の方法では、相間移動触媒を必要とするが、この場合、反応後、相間移動触媒等の除去が必要となり、後処理が煩雑となり、さらにコンタミネーションが起こり易いとの問題が生じる。従って、これらの方法は、電子産業等で求められている高純度のエポキシ樹脂の合成原料の製造方法としては不適当である。
【0008】
一方、特許文献3に記載の方法は固相で行われ、酸化剤として使用されている尿素−過酸化水素粉末は、反応に際しての取り扱いが容易で、安全性が高いとの利点を有する。しかし、特許文献3によれば、この方法は、ポリ酸類又は特定の金属酸化物からなる触媒を必要とする。又、特許文献3に記載の反応によれば、α,β−不飽和カルボニル化合物がα位以外にも2重結合を有する場合、α位の2重結合とともに他の2重結合もエポキシ化される。
【0009】
本発明は、従来技術のこのような事情に鑑みたものであり、α,β−不飽和カルボニル化合物のα位の2重結合等の電子欠乏型炭素−炭素2重結合を、選択的に酸化してエポキシドに変換する反応からなり、再生使用が容易で環境への負荷が低い固体粉体を用い、その回収や再使用が容易な固相で行われ、かつ安全性も高くかつ収率の点でも優れるエポキシ化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意研究の結果、再生使用が容易な塩基性の固体粉末中に、原料(基質)である電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを分散する方法によれば、固相の状態を保ちながらも前記2重結合が過炭酸ナトリウムにより酸化すること、そしてこの反応によれば上記の課題が解決できることを見出し、本発明を完成した。即ち上記の課題は、以下に示す構成からなる発明により解決される。
【0011】
請求項1に記載の発明は、塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを分散し、固相中で、前記電子欠乏型炭素−炭素2重結合を酸化することを特徴とするエポキシ化合物の製造方法である。
【0012】
請求項1に記載の発明によれば、優れた収率で、α,β−不飽和カルボニル化合物のα位の2重結合等の電子欠乏型炭素−炭素2重結合を酸化してエポキシドに変換することができる。塩基性固体粉末は、塩基性触媒として作用するが、再生使用が可能なので環境への負荷も低い。又、反応は固相で行われるので、触媒の回収や再使用が容易である。
【0013】
さらに、酸化剤として使用される過炭酸ナトリウムは、従来の反応で用いられていた過酸化水素水と比べて、反応に際しての取り扱いが容易で、安全性が高いとの利点を有する。すなわち、過炭酸ナトリウムは、炭酸ナトリウムと過酸化水素の付加物(炭酸ナトリウムに1.5モル倍の過酸化水素を付加したものである)であって、主に非塩素系漂白剤として利用されており、市販の家庭用洗剤にも含まれている。又、水に溶解しやすく、水に溶解して過酸化水素と炭酸ナトリウムの水溶液となり、穏やかな漂白剤となるものであり、安全性の高いものである。過炭酸ナトリウムは、粉体のドライ過酸化水素としても市販されているが、本発明では、市販品粉体のまま使用することができる。
【0014】
電子欠乏型炭素−炭素2重結合とは、そのα位にケトン、カルボン酸、エステル、ニトリル、スルフォンなどの電子吸引性官能基を有する炭素−炭素2重結合である。そこで、本発明の反応で原料(基質)として使用される、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物としては、α,β−不飽和ケトン、α,β−不飽和カルボン酸、α,β−不飽和カルボン酸エステル等のα,β−不飽和カルボニル化合物、及びα,β−不飽和ニトリル化合物、α,β−不飽和スルフォン化合物等を挙げることができる。
【0015】
特に、前記電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物が、α,β−不飽和カルボニル化合物であり、電子欠乏型炭素−炭素2重結合が、α,β−不飽和カルボニル化合物のα位にある2重結合である場合(請求項2)に、本発明の方法が好適に適用される。
【0016】
さらに又、前記電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物が、α,β−不飽和カルボニル化合物であるがα,β位以外にも不飽和基を有する場合、本発明のエポキシ化合物の製造方法は、エポキシ化の位置の選択性が高いとの特徴も有する。例えば、特許文献3に記載されている方法では、基質のα,β−不飽和カルボニル化合物がα,β位以外にも不飽和基を有する場合、α,β位以外の不飽和基も酸化(エポキシ化)されるが、本発明の方法によれば、α,β位の不飽和基を選択的に酸化(エポキシ化)することができる。
【0017】
請求項1に記載の発明は、塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを分散し、固相中で酸化反応を行うことを特徴とする。水その他の液体媒体を反応系に少量添加することは可能であるが、その添加量の範囲は、固相の状態が保たれる範囲であり、水その他の液体媒体の添加量が多く、反応原料や塩基性固体粉末が液相に分散する状態になる場合では本発明の目的は達成されない。又、反応後の後処理を容易にするためにも環境負荷を低減するためにも、反応系に有機溶剤を添加しない方が好ましい。
【0018】
本発明に使用する塩基性固体粉末としては、ハイドロタルサイトなどクレイ類、酸化マグネシウム(マグネシア)、アルミナなどの酸化物類、水酸アパタイト等から選択することができる。中でも金属種の基本組成がMgとAlであるハイドロタルサイト、酸化マグネシウム、アルミナが好適に用いられる(請求項3)。
【0019】
塩基性固体粉末の比表面積は、40m/g以上であることが好ましい(請求項4)。より好ましくは、70m/g以上である。比表面積をこの値以上とすることにより、さらに優れた反応速度、α−エポキシカルボニル化合物のさらに高い収率を得ることができる。なお、ここで比表面積とは、BET法で測定された値である。
【0020】
反応終了後、得られたエポキシ化合物は、溶剤にて抽出分離し、抽出分離した溶液から溶剤を留去することにより、単離することができる。溶剤としては、環境負荷の少ない炭化水素系溶剤を用いることができる。又、反応容器中の反応混合物を減圧下加熱して蒸留することにより、得られたエポキシ化合物を単離することもできる。
【0021】
なお、本発明における過炭酸ナトリウムの代わりに、過酸化水素水を用いた反応、すなわち、塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物とともに、過酸化水素水を、固相が保たれる範囲内の量で添加して混合する方法によっても、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を、固相中で酸化して、優れた収率で、エポキシ化合物を製造することができる(実施例24参照)。この場合でも、「塩基性固体粉末は、再生使用が可能なので環境への負荷が低い」、「触媒の回収や再使用が容易であり、反応後の溶媒の処理も不要である」との効果が得られる。又、ポリ酸触媒等の使用も不要である。この製造方法によれば、前記の請求項1の製造方法より安全性の点では劣るものの、反応終了後の塩基性固体粉末中には、生成物のみが残るので、塩基性固体粉末の回収、再使用が容易である点では好ましい。
【0022】
又、本発明者は、塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物とともに、特許文献3に記載の尿素-過酸化水素を混合する方法によれば、特許文献3に記載のポリ酸触媒等を用いなくても、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を、固相中で酸化して、優れた収率で、エポキシ化合物を製造することができることを見出した。
【発明の効果】
【0023】
本発明のエポキシ化合物の製造方法によれば、優れた収率で、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を酸化してエポキシドに変換し、エポキシ化合物を製造することができる。触媒として作用する塩基性固体粉末は、再生使用が可能なので環境への負荷も低い。又、固体粉末の回収や再使用も容易である。さらに、酸化剤としては、非塩素系漂白剤として使用され、市販の家庭用洗剤にも含まれている過炭酸ナトリウムを用い、固相中で反応を行うので、過酸化水素水と比べて、又液相中で行う反応に比べて、反応に際しての取り扱いが容易で、安全性が高いとの利点を有する。
【0024】
さらに又、基質のα,β−不飽和カルボニル化合物がα位以外にも2重結合を有する場合は、α位の2重結合のみを選択的にエポキシ化するとの優れた効果を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の反応で原料(基質)として使用される、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物は、式 −XC=CX
(式中、X、X、X及びXの中の少なくとも1つは、カルボニル基、ニトリル基、ニトロ基又はスルフォン基等の電子吸引性基である。)で表される基を分子内に有する化合物であり、前記のようにα,β−不飽和ケトン、α,β−不飽和カルボン酸、α,β−不飽和カルボン酸エステル、α,β−不飽和ニトリル化合物、α,β−不飽和スルフォン化合物を挙げることができるが、より具体的には、2−シクロヘキセン−1−オン、3−オクテン−2−オン、カルコン、シンナムアルデヒド、ナフトキノン、アクリル酸ブチル、メタクリル酸エチル、メチル2−シアノシンナメート、1,2−ジフェニル−1−シアノエチレン、1−フェニル−2−ニトロエチレン、エチルビニルスルホン等を挙げることができる。
【0026】
本発明の方法において、塩基性固体粉末として使用されるハイドロタルサイト類とは、(M2+1−x(M3+(OH)(An−x/n・aHO(式中、M2+は2価金属イオンを示し、M3+は3価金属イオンを示し、An−はn価のアニオンを示し、そしてxおよびaはそれぞれ0<x<0.5、0≦a<1の範囲を示す。)よりなる群から選択された少なくとも一種からなり、M2+としてはMg、Ca又はZnの2価イオンが、M3+としてはAl又はFeの3価イオンが、An−としてはOH、ClO、NO、SO2−、CO2−、SiO2−、HPO2−、PO3−又はCHCOOを挙げることができるが、中でもM2+がMg2+であり、M3+がAl3+であるもの、即ち、金属種の基本組成がMgとAlであるハイドロタルサイト系触媒は、一般に固体塩基性触媒の範疇に属し、本発明でも塩基性固体粉末として好適に用いられ、塩基性触媒として作用する。
【0027】
このようなハイドロタルサイトの調製法としては、金属硝酸塩などの所定金属塩の水溶液に水酸化ナトリウムなどのアリカリ金属を加えてpHを適当な値に調整して目的物を沈殿させる方法(以下「金属塩法」という)と、所定の金属酸化物を水中で500℃付近に加熱させるいわゆる「水熱合成反応」を用いる方法(以下「水熱法」という)等を挙げることができる。
【0028】
金属種の基本組成がMgとAlである前記ハイドロタルサイト系触媒としては、Mg/Al(モル比)が1〜10のものが通常用いられ、好ましくは2〜8である。オレフィン化合物の過酸化水素によるエポキシ化反応に高活性を示すハイドロタルサイトとして、金属塩法による特定の調製法で得られ、Mg10Al(OH)24COで表されるものが非特許文献1等に開示されているが、このハイドロタルサイトを用いることもできる。
【0029】
前記ハイドロタルサイト以外でも、酸化マグネシウム、アルミナ、水酸アパタイト等が、本発明のエポキシ化反応において、好適な塩基性固体粉末として用いられ、優れた反応速度が得られ、α−エポキシカルボニル化合物を高い収率で得ることができる。一方、酸化カルシウム、炭酸カルシウム、フッ化アパタイト等を固体粉末として用いた場合は、優れた反応速度は得られず、α−エポキシカルボニル化合物を高い収率で得ることができない。
【0030】
塩基性固体粉末の粒度は特に限定されないが、粒度が細かいほど反応速度が向上する傾向がある。一方、操作性の容易さも粒度に影響される場合があるので、これらを考慮して最適の粒度が選択される。通常の使用範囲としては5mm〜0.1μmであるが、好ましくは、入手の容易な100μm〜10μmである。
【0031】
塩基性固体粉末の量は、基質1mmolに対して、0.1〜5g程度の範囲が好ましい。基質1mmolに対して0.1g未満では反応が遅くなり、一方量が多すぎる場合、例えば基質1mmolに対して5gを超えるような場合は、生産性が低下する傾向があるので、これらを考慮して最適の量が選択される。
【0032】
過炭酸ナトリウムの使用量は、通常は基質1mmolに対して、0.7mmol程度以上が適当である。0.7mmol未満では、エポキシ化反応に必要な理論量以下となるので、高い収率を得ることが困難になる。一方、過炭酸ナトリウムを理論量に対して大過剰使用することも可能である。この場合は、エポキシ化反応が終了し後述の抽出操作等による反応生成物を取り出した後、後述の水洗や過炭酸ナトリウムの添加の操作を行わなくても、基質を添加するのみで次のエポキシ化反応を行うことができる。ただし、過炭酸ナトリウムの体積が塩基性固体粉末と同体積以上となる場合は、反応速度が低下する傾向があるので、好ましくない。
【0033】
過炭酸ナトリウムは固形粉末であって、密閉して常温で保存する限り安全であり、過酸化水素水に比べ遥かに取り扱いが容易である。また、輸送手段の制約も受けない。この複合体の粒子サイズは、特に限定されず、市販されている1μm〜1000μm程度の粒子サイズのものを用いることができ、造粒品も用いることができるが、反応速度を向上させる観点からは、粒子サイズの小さいものが好ましい。
【0034】
本発明における反応は、反応容器に、塩基性固体粉末、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを添加して行うことができる。塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムが均一に分散し、これらの原料化合物が互いに確実に接触するように、これらを攪拌混合してもよい。しかし、攪拌混合した後は、この混合物を静置した状態で反応を行ってもよく混合や撹拌を行う必要はない。
【0035】
攪拌混合方法は、粉体(固体)の混合に使用される通常の混合方法を採用することができる。反応容器への、塩基性固体粉末、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムの添加順序は、特に制限されないが、通常は、塩基性固体粉末を先ず添加し、その中に電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを添加する方法が採用される。
【0036】
電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物が、α,β−不飽和カルボニル化合物の場合、反応温度は0℃〜100℃の範囲が好ましい。さらに好ましくは15℃〜60℃である。反応温度が高すぎると過炭酸ナトリウムの分解が大きくなる。一方、反応温度が低すぎると反応速度が著しく低下する傾向にある。反応時間は、使用する反応原料の種類と量、及び反応温度の関係で変動するが、通常数分から50時間の範囲である。
【0037】
反応が終了し、得られたエポキシ化合物が前記のような方法で単離された後、塩基性固体粉末等が残留する反応容器に電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを添加し、攪拌混合することにより、エポキシ化合物の合成反応を再び行うことができる。
【0038】
この場合、繰り返し回数の増加により反応の活性が低下することがある。その理由は、過炭酸ナトリウムは、酸化反応後は炭酸ナトリウムになるが、この生成した炭酸ナトリウムが反応系内に蓄積するためと考えられる。その場合には、反応系を水で洗浄することにより炭酸ナトリウムを容易に除去し、反応の活性を回復することが出来る。又、この洗浄水から、炭酸ナトリウムの回収ができるが、この炭酸ナトリウムからは、10%過酸化水素水を用いて容易に過炭酸ナトリウムを再生できる(M. Carrondo, W. P. Griffith, D. P. Jones, A. C. Skapski, J. Chem. Soc. Dalton, 1977, 2323-2327.)。
【0039】
以下、本発明を実施するための最良の形態について実施例に基づき説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明と同一および均等の範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【実施例】
【0040】
実施例、比較例で使用した塩基性固体粉末、過炭酸ナトリウムを次に示す。
【0041】
[塩基性固体粉末]
1)ハイドロタルサイト類
HT1:協和化学工業社製 キョーワード500(比表面積(BET法):110m/g、以下「HT1」と表示する。)
HT2:協和化学工業社製 キョーワード1000(比表面積(BET法):160m/g、以下「HT2」と表示する。)
HT3:協和化学工業社製 キョーワード300(比表面積(BET法):160m/g、以下「HT3」と表示する。)
2)アルミナ:Merck社製 アルミナ90(比表面積(BET法):110m/g、以下「アルミナ1」と表示する。)
3)マグネシア
マグネシア1:協和化学工業社製 キョーワマグ150(比表面積(BET法):140m/g、以下「MgO1」と表示する。)
マグネシア2:協和化学工業社製 キョーワマグ20(比表面積(BET法):25m/g、以下「MgO2」と表示する。)
4)水酸アパタイト:積水化成社製 アパミクロン(比表面積(BET法):74m/g、以下「HAP」と表示する。)
5)CaO、CaCO、NaCO(以上、試薬)
6)シリカゲル:メルク社製 シリカゲル60(比表面積(BET法):500m/g、以下「SiOgel」と表示する。)
7)フッ素アパタイト:太平化学産業社製 比表面積(BET法):12m/g、以下「FAP」と表示する。)
【0042】
[過炭酸ナトリウム]
三菱ガス化学社製 SPC−G(粉体)又は
Aldrich社製試薬 Sodium Percarbonate
のいずれかを用いた。
【0043】
実施例1〜7、比較例1
塩基性固体粉末としてHT1を用い、2−シクロへキセン−1−オン(α−シクロヘキセノン)のエポキシ化反応を塩基性固体粉末(HT1)の量、及び反応温度等の反応条件を変えて行った。具体的には、ねじ口試験管に、表1に示す量のHT1(塩基性固体粉末)、過炭酸ナトリウムの0.314g(2.0mmol、三菱ガス化学社製 SPC−G)又は0.236g(1.5mmol)(表1に示す。)、及び基質の2−シクロへキセン−1−オン0.096g(110μL、1.0mmol)を加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。攪拌後、表1に示す反応温度、反応時間で静置した。反応の追跡は、一定時間毎に少量サンプリングして、キャピラリーガスクロマトグラフを用いて行った。2,3−エポキシ−1−シクロヘキサノンの反応時間毎のGC収率を表1に示す。又、塩基性固体粉末(HT1)を使用せずに、他は実施例と同様に行った例を比較例1として表1に示す。
【0044】
なお、実施例及び比較例(後述の実施例及び比較例も含む。)で述べる、粗収率、GC純度、GC収率、NMR収率の意味を以下に示す。ここで、目的生成物とは、α位のみがエポキシ化された化合物を意味する。
粗収率: 反応混合物から分離して得られた生成物(目的生成物、副生成物及び原料を含む。)の、理論収量に対する重量パーセント。
GC純度: 反応混合物から分離して得られた生成物を、ガスクロマトグラフで測定したときの、生成物中の目的生成物の純度(%)。
GC収率: 内部標準物質法によりガスクロマトグラフで測定した目的生成物の量(ピーク)の、理論収量に対する重量パーセント。
NMR収率: プロトン核磁気共鳴装置で測定した化合物(各生成物)の量の、理論収量に対する重量パーセント。
【0045】
【表1】

【0046】
表1の結果より、基質の2−シクロへキセン−1−オン1.00mmolに対し、HT1を0.25〜0.75g程度、過炭酸ナトリウムを約1.5〜2mmol程度混合し、反応温度約25〜40℃程度の範囲の条件で、α−エポキシシクロヘキサノンを優れた収率で得られることが示されている。この結果より、塩基性固体粉末(HT1)の量、過炭酸ナトリウムの量、反応温度に関する前記の範囲で、本発明の課題が達成されることが推測される。一方、HT1を用いなかった比較例1では、α−エポキシシクロヘキサノンは生成されないことが示されている。
【0047】
実施例8 (3−オクテン−2−オンのエポキシ化反応)
ねじ口試験管に、塩基性固体粉末であるHT1の3.0gを秤取り、これに下記式(1)で表される3−オクテン−2−オン0.315g(2.50mmol)を染み込ませた後、過炭酸ナトリウム13.08g(8.33mmol、三菱ガス化学社製 SPC−G)を加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。その後、50℃で1.5時間静置して下記式で表される反応を行った。静置後、固相状態の反応混合物をヘキサン溶媒で抽出し、抽出液から溶媒を留去して下記式(2)で表されるエポキシ化物0.240gを得た(粗収率68%、GC純度96%)。
【0048】
【化1】

【0049】
実施例9 (イソフォロンのエポキシ化反応)
ねじ口試験管に、塩基性固体粉末であるHT1の3.0gを秤取り、これに下記式(3)で表されるイソフォロン0.3145g(2.50mmol)を染み込ませた後、過炭酸ナトリウム13.08g(8.33mmol、三菱ガス化学社製 SPC−G)を加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。その後、50℃で24時間静置して下記式で表される反応を行った。静置後、固相状態の反応混合物を酢酸エチル溶媒で抽出し、抽出液から溶媒を留去して下記式(4)で表されるエポキシ化物0.345gを得た(粗収率86%、GC純度99%以上)。
【0050】
【化2】

【0051】
実施例10 (ベンザルアセトフェノンのエポキシ化反応)
ねじ口試験管に、塩基性固体粉末であるHT1の3.0gを秤取り、これに下記式(5)で表されるベンザルアセトフェノン0.520g(2.50mmol)を加温溶解して染み込ませた後、過炭酸ナトリウム13.08g(8.33mmol、三菱ガス化学社製 SPC−G)を加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。その後、50℃で24時間静置して下記式で表される反応を行った。静置後、固相状態の反応混合物を酢酸エチル溶媒で抽出し、抽出液から溶媒を留去して下記式(6)で表されるエポキシ化物0.552gを得た(粗収率98%、GC純度99%以上)。
【0052】
【化3】

実施例11 ((R)−(−)−Carvoneのエポキシ化反応)
ねじ口試験管に、塩基性固体粉末であるHT1の3.0gを秤取り、これに下記式(7)で表される(R)−(−)−Carvone0.150g(1.00mmol)を染み込ませた後、過炭酸ナトリウム0.340g(2.00mmol、三菱ガス化学社製 SPC−G)を加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。その後、50℃で24時間静置して下記式で表される反応を行ったところ、基質中の2つのC=C2重結合のうちα位にケトンを有するC=C2重結合に酸素が挿入された下記式(8)で表されるエポキシ化物がNMR収率82%で生成した。
【0053】
【化4】

【0054】
実施例12〜15
3−オクテン−2−オンを、表2の基質欄に示す化合物の2.50mmolに代え、反応温度を表2の反応温度欄に示す温度とし、反応時間を表2の反応時間欄に示す反応時間とした以外は実施例8と同様にして反応を行い、表2の生成物欄に示す生成物を得た。生成物の純度、粗収率を、それぞれ、表2の純度欄、粗収率欄に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
実施例8〜15の結果は、これらの実施例で基質として使用されたα,β−不飽和カルボニル化合物についても、塩基性触媒であるHT1を用い、本発明の製造方法により、固相の状態で、α−エポキシカルボニル化合物が、優れた収率で得られることを示している。
【0057】
実施例16〜22
ねじ口試験管に、表3に示す塩基性固体粉末0.10gを秤取り、これに基質の3−オクテン−2−オン55μL(0.50mmol)を染み込ませ、過炭酸ナトリウム2.62g(1.67mmol、三菱ガス化学社製 SPC−G)を加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。攪拌後、35℃(反応温度)で静置した。反応の追跡は、一定時間毎に少量サンプリングして、キャピラリーガスクロマトグラフを用いて行った。生成物の3,4エポキシ−2−オクタノンの24時間後のGC収率を表3に示す。
【0058】
比較例2〜5
塩基性固体粉末の代わりに表3に示す固体粉末を用いた以外は、実施例16と同様にして反応を行った。反応の追跡は、キャピラリーガスクロマトグラフを用いて行ったが、3,4エポキシ−2−オクタノンの24時間後のGC収率を表3に示す。
【0059】
比較例6
塩基性固体粉末(塩基性固体触媒又は固体分散媒)を使用せずに、過炭酸ナトリウム粉末(三菱ガス化学社製 SPC−G)中で反応を行った。反応の追跡は、キャピラリーガスクロマトグラフを用いて行った。3,4エポキシ−2−オクタノンの24時間後のGC収率を表3に示す。
【0060】
【表3】

【0061】
表3に記載の結果より、次に示す事実が明らかとなっている。
1.塩基性固体粉末としてハイドロタルサイト、酸化マグネシウム、アルミナ、及び水酸アパタイトを用いた場合は、本発明の方法により、α−エポキシカルボニル化合物が、優れた収率で得られるが、酸化カルシウム、炭酸カルシウム、シリカゲル、フッ素アパタイトを用いた場合は、優れた収率は得られない。シリカゲルは、比表面積が500m/gであっても触媒としての効果を示さない。従って、塩基性固体粉末としては、ハイドロタルサイト、酸化マグネシウム、アルミナ、及び水酸アパタイトから選ばれるものが好ましいと言える。
2.ハイドロタルサイトとしては、MgO/Alが2.5〜6程度の範囲で非常に優れた収率が得られている。従って、MgO/Alのより広い範囲(1〜10程度の範囲)でハイドロタルサイトが触媒として有効であると考えられる。
【0062】
3.比表面積が40m/g未満のMgO2を使用した場合(実施例20)は、比表面積が大きいMgO1を使用した場合(実施例19)と比べて、収率が大きく劣る。この結果より、塩基性固体粉末としては、比表面積が40m/g以上のものが好ましいこと、特に好ましくは、比表面積が70m/g以上であることが推測される。
4.酸化剤の過炭酸ナトリウムのみ分散媒として用い、他の固体粉末を用いなかった場合は、反応が進行しない。従って、固体相中の過炭酸ナトリウムの比率が高すぎる場合は、反応の進行のためには好ましくない。
【0063】
比較例7 ((R)−(−)−Carvoneのエポキシ化反応)
ねじ口試験管に、フッ素アパタイト粉末(FAp)0.50g及びドデカタングステン酸セチルピリジニウム0.0297g(0.005mmol)を秤取り、これに前記式(7)で表される(R)−(−)−Carvone0.0753g(0.50mmol)を染み込ませた後、過酸化水素−尿素0.1180g(2.50mmol)を加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。その後、25℃で5時間静置したところ、基質中の2つのC=C2重結合のうちアルファ位にケトンを有するC=C2重結合に酸素が挿入された前記式(8)で表されるエポキシ化物がNMR収率10%に対し、ケトンが隣接しないC=C2重結合に酸素が挿入された下記式(9)で表されるエポキシ化物がNMR収率70%で生成した。
【0064】
【化5】

【0065】
実施例11及び比較例7の結果の比較から明らかなように、α,β−不飽和カルボニル化合物が、α位以外にも不飽和基を有している場合でも、本発明の方法によれば、α位が選択的にエポキシ化され、他の位置の不飽和基はエポキシ化されにくい。一方、比較例6のような従来の方法によれば、エポキシ化反応におけるα位以外の不飽和基が主にエポキシ化され、α位のエポキシ化の選択性は低い。
【0066】
実施例23、参考例1、実施例24
ねじ口試験管に、塩基性固体粉末としてのHT1の1.0g、基質の2−シクロへキセン−1−オン0.096g(110μL、1.0mmol)、及び表4に示す酸化剤を、酸化剤中に含まれる過酸化水素が1.5mmolとなる量加えて、試験管を振ってよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。攪拌後、25℃で静置した。3時間静置後の2,3−エポキシ−1−シクロヘキサノンのGC収率を表4に示す。
【0067】
【表4】

【0068】
参考例1の結果が示すように、尿素−過酸化水素粉末を用いた場合、特許文献3で必須とされているポリ酸触媒等の添加なしでも、エポキシ化が行われ2,3−エポキシ−1−シクロヘキサノンが得られることが、判明した。なお、尿素−過酸化水素粉末は、75−85℃で分解し、従って、この温度以上で反応を行うことは困難であるが、過炭酸ナトリウムは100℃でも分解せず、100℃近い高温での反応も可能であり、この点で、尿素−過酸化水素粉末を使用する方法より優れていると言える。
【0069】
実施例25 (2−シクロへキセン−1−オンのエポキシ化反応:固体相のリサイクル使用)
ねじ口試験管に、HT1(塩基性固体粉末)1.50gを秤取り、これに基質の2−シクロへキセン−1−オン0.242g(2.52mmol)を染み込ませた後、過炭酸ナトリウム1.308g(8.33mmol、Aldrich社製)を加えてよく攪拌した。試験管内の反応系は固相状態であった。攪拌後、25℃で24時間静置して反応を行った。その後、固体反応混合物をヘキサン溶媒で抽出し、抽出液から溶媒を留去して、対応するエポキシ化合物(2,3−エポキシ−1−シクロヘキサノン)0.256gを得た(粗収率91%、GC純度97%)。
【0070】
上記の抽出後、固体混合相の再使用を行った。具体的には、抽出後の残りの固体混合相を1時間減圧乾燥した後、これに上記と同様の操作で、基質および過炭酸ナトリウムを加えて反応を行った。同様の操作、反応をさらに2回繰り返した。固体混合相の再使用1回目の粗収率は99%(GC純度95%)、再使用2回目の粗収率は92%(GC純度97%)、再使用3回目の粗収率は78%(GC純度98%)であった。なお、いずれの場合も不純物は未反応基質であった。回収した固体混合相は、水洗を施して炭酸ナトリウム類を除いた場合にもリサイクル使用できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸ナトリウムを分散し、固相中で、前記電子欠乏型炭素−炭素2重結合を酸化することを特徴とするエポキシ化合物の製造方法。
【請求項2】
前記電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物が、α,β−不飽和カルボニル化合物であり、電子欠乏型炭素−炭素2重結合が、α,β−不飽和カルボニル化合物のα位にある2重結合であることを特徴とする請求項1に記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項3】
前記塩基性固体粉末が、金属種の基本組成がMgとAlであるハイドロタルサイト、酸化マグネシウム、及びアルミナからなる群より選ばれる材質からなる粉末であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項4】
前記塩基性固体粉末の比表面積が、40m/g以上であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項5】
塩基性固体粉末中に、電子欠乏型炭素−炭素2重結合を有する化合物及び過炭酸水素水を分散し、固相中で、前記電子欠乏型炭素−炭素2重結合を酸化することを特徴とするエポキシ化合物の製造方法。

【公開番号】特開2010−1256(P2010−1256A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−162155(P2008−162155)
【出願日】平成20年6月20日(2008.6.20)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】