説明

エラグ酸誘導体の製造法および当該方法により得られる新規エラグ酸誘導体

【課題】強力な脱顆粒阻害作用等を有するエラグ酸誘導体を経済性高く得ることのできる化学合成法の提供。
【解決手段】エラグ酸にジハロゲノメタンを作用させて、部分環化エラグ酸とし、次いでこれに水酸基保護グルコースの反応性誘導体を作用させ、更にグルコースの保護基を脱離することを特徴とするエラグ酸誘導体(Ib)の製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エラグ酸誘導体の製造法に関し、更に詳細には、優れた脱顆粒阻害活性を有し、多くの炎症やアレルギー疾患の治療薬として利用可能なエラグ酸誘導体の製造法およびこの方法により得られる新規エラグ酸誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、花粉症など一定期間継続するアレルギー性疾患に対する医薬は、長期にわたって投与することが多いため、安全性の高い医薬が求められており、これに対応した天然物由来の薬剤の探索が進められている。
【0003】
そして、強力な脱顆粒阻害作用やヘキソサミニダーゼ遊離阻害活性を有する化合物として、ヤブツバキ中に下式(Ib)で表され、オキカメリアシドと命名されたエラグ酸誘導体が存在することが報告されている(特許文献1)。
【0004】
【化1】

【0005】
このものは現在広く用いられているフマル酸ケトチフェンと比べ、1万倍以上も高い脱顆粒阻害作用を有するため、その利用がまたれているが、ヤブツバキ等のツバキ科植物中から抽出操作により得られるものであるため、供給面あるいはコスト面での不安が存在する。すなわち、オキカメリアシドを多く得るためには、常に多量のヤブツバキの葉が必要となると共に、その採取、抽出操作に多くの労力と工程が必要になり、原料不足や高コストとなるおそれがあった。
【0006】
そのため、化学合成によりオキカメリアシドを製造することが望まれているが、エラグ酸骨格の7、8位にメチレンジオキシ基の環構造を有し、3位に糖構造を有するという特異な構造であるため、その合成には多くの困難が予測され、実際上そのような方法は提供されていないのが現状である。
【0007】
従って、このオキカメリアシドあるいはこれに類似のエラグ酸誘導体を医薬等として利用するためには、天然物に依存することなく、安定にかつ低コストで提供されることが重要であり、そのためにそれらの化学合成法の提供が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2007/129406A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであり、オキカメリアシドあるいはこれに類似のエラグ酸誘導体を化学的に合成する方法の提供をその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、オキカメリアシドあるいはこれに類似のエラグ酸誘導体の合成方法に関し、いくつもの手段を検討し、合成の試みを行っていたところ、特定の合成順序および糖鎖の導入方法を選択することにより、十分な収率でオキカメリアシドあるいはこれに類似したエラグ酸誘導体が得られることを見出した。またこの途中で、エラグ酸の二つの水酸基のみがメチレンジオキシ基に変換され、薬理効果が知られている部分環化エラグ酸も化学合成により得られることも見出した。更に、オキカメリアシドの置換基における異性体が得られ、このものは新規化合物であることを見出した。
【0011】
本発明は、上記知見に基づくものであり、本発明は、式(II)
【化2】

で表されるエラグ酸にジハロゲノメタンを作用させて、式(III)
【化3】

で表される部分環化エラグ酸とし、次いでこれに式(IV)
【化4】

(式中、Xはハロゲン原子を示し、Prは保護基を示す)
で表される水酸基が保護されたグルコースのハロゲン化物を作用させ、更にグルコースの保護基を脱離することを特徴とする式(I)
【化5】

で表されるエラグ酸誘導体の製造法である。
【0012】
また本発明は、式(II)
【化6】

で表されるエラグ酸に、塩基およびジハロゲノメタンを作用させることを特徴とする式(III)
【化7】

で表される部分環化エラグ酸の製造法である。
【0013】
更に本発明は、次の式(Ia)
【化8】

で表されるエラグ酸誘導体である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、少ない工程で収率良くオキカメリアシドやこれに類似のエラグ酸誘導体を得ることができる。従って、本発明により、極めて優れた脱顆粒阻害活性を有するオキカメリアシドやこれに類似のエラグ酸誘導体の医薬等の実用化が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で製造したエラグ酸誘導体のH−NMRチャートである。
【図2】実施例1で製造したエラグ酸誘導体の13C−NMRチャートである。
【図3】実施例1で製造したエラグ酸誘導体の脱顆粒阻害作用を、オキカメリアシド(OCS)と対比し、示した図面である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明方法は、下の反応式で示されるものである。
【化9】

【0017】
本発明方法の原料であるエラグ酸(II)は、美白効果、制癌・ウイルス作用をもつことが知られている公知の化合物である。このエラグ酸(II)は、既に市販されているものであり、これを適宜購入して利用することができる。
【0018】
このエラグ酸(II)は、上記式でもわかるように、2、3位および7、8位に水酸基が存在するが、目的のエラグ酸誘導体(I)を合成するためには、隣接する水酸基グループ(2、3位水酸基および7、8位水酸基)を両方環化してはならない。
【0019】
すなわち、エラグ酸にジハロゲノメタンと2当量の塩基(テトラアルキルアンモニウム・ヒドロキサイド等)を反応させると、上記水酸基グループの2カ所がメチレンジオキシ化した副生成物や、分子間で反応が進行したオリゴマーなども副生してしまう。そして、これら副生成物は非常に溶解度が低いため、精製により取り除く事は不可能である。従ってこの反応では、1カ所の水酸基グループのみがメチレンジオキシ化するよう、1当量程度の塩基を用いることが重要である。
【0020】
上記反応は、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド等の溶媒中、例えば、テトラアルキルアンモニウム・ヒドロキサイド等の塩基の存在下で、エラグ酸(II)に、ジブロモメタン、ジヨードメタン等のジハロゲノメタンを作用させることにより得ることができる。この際、エラグ酸(II)に対する塩基の量は、1当量程度以下であり、好ましくは、0.8ないし1当量である。また、ジハロゲノメタンも、理論的には1当量程度が使用されるが、例えば、ジブロモメタンを使用する場合は、このものの沸点が低いため、気化する量を考慮し、例えば、20当量程度の過剰量を使用することが好ましい。また、この反応は、110ないし130℃程度で、10ないし24時間程度行えばよい。
【0021】
次に、上記のようにして得た部分環化エラグ酸(III)に、水酸基保護グルコースの反応性誘導体(IV)を作用させる。
【0022】
上記水酸基保護グルコースの反応性誘導体(IV)の水酸基の保護基としては、アセチル基等が挙げられ、反応性基としては、臭素化物等のハロゲン化物等が挙げられる。
【0023】
上記反応は、トルエン等の溶媒中、1当量の部分環化エラグ酸と、3当量程度の水酸基保護グルコースの反応性誘導体(IV)を、炭酸銀等の存在下で実施することができる。また、この反応での温度は、70ないし90℃程度、反応時間は、12ないし48時間程度とすれば良い。
【0024】
最後に、上記のようにして得られた部分環化エラグ酸(III)と、水酸基保護グルコースの反応性誘導体(IV)の成積体からグルコシル基上の保護基を除去することにより、目的のエラグ酸誘導体(I)が得られる。
【0025】
この保護基の除去は、一般的な方法により行うことができるが、好ましいものとしては、例えば、水−メタノール混液中、アルカリの存在下で行う方法を挙げることができる。
【0026】
以上のようにして得られたエラグ酸誘導体(I)は、そのままで、あるいは更に公知の精製手段により精製した後、医薬や健康食品の原料等として利用することができる。
【実施例】
【0027】
次に実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0028】
実 施 例 1
エラグ酸誘導体の合成:
(1)2,3−メチレンジオキシエラグ酸(MDEA)の合成;
ジメチルアセトアミド1200mlを含む反応容器(2L三口フラスコ)に、ジムロート管をセットし、アルゴン雰囲気下、エラグ酸二水和物(15.0g、4.43×10−2mol)とテトラメチルアンモニウムヒドロキサイド五水和物(8.03g、4.43×10−2mol)を加える。90℃まで加熱し、加えた試薬の全てが完全に溶解するまで撹拌を続ける。その後、同じくアルゴン雰囲気下で、ジブロモメタン(154.19g、8.87×10−1mol)を加え、120℃で24時間加熱撹拌を続ける。
【0029】
反応溶液をナス型フラスコへ移し、ロータリーエバポレータを用い、15mmHg程度の減圧、80℃程度の温度で濃縮乾固する。蒸留水1200mlを加え、副生成物のテトラメチルアンモニウムブロマイドを水層に溶かし、吸引ろ過して生成物を取り出す。その生成物を、1200mlのメタノールで10分間煮沸処理し、いったんろ過する。この操作をさらに2回繰り返すことで未反応のエラグ酸をのぞき、4.07gの2,3−メチレンジオキシエラグ酸の一水物(MDEA・HO)を得た(塩基からの収率:55%)。
【0030】
元素分析値(C15(1水和物)として):
計算値 C,54.23; H,2.43
実測値 C,54.43; H,2.45
ESI−massスペクトル(Negative mode)
m/z(理論値)=313.0
m/z(実測値)=313.2
【0031】
(2)MDEAのグルコシル化;
上記(1)で得たMDEA・HO(0.5g、1.5×10−3mol)をトルエン650mlに加え、110℃まで加熱撹拌し、トルエンを沸騰させる。沸騰を約15分続けて溶媒の約5%を蒸発させることで、反応系中の水を共沸混合物として取り除く。放冷後、炭酸銀(2.49g、9.0×10−3mol)と、2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α−D−グルコピラノシルブロマイド(1.86g、4.51×10−3mol)を加え、80℃で24時間加熱撹拌する(なお、反応時の水分混入を防ぐため、加熱撹拌はアルゴン雰囲気下で行った)。
【0032】
その後、副生成物をろ過して除き、濾液を、ロータリーエバポレータを使用し、温度を50℃程度に保ちながら濃縮乾固する。ナス型フラスコ壁面に水飴状に付着したオイル状物質にジエチルエーテル加えると、2−(2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α−D−グルコピラノシル)−7,8−メチレンジオキシエラグ酸(Ac−Glc−MEDA)を含む固体が析出する。その固体をろ過し、更に40mlのジエチルエーテルで2回洗浄して残留トルエンおよび副生成物の糖を洗い流す。残った固体をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにかけることにより、0.269gのグルコシル化されたMDEA(Ac−Glc−MEDA)を精製・分取した(収率:27.7%)。展開溶媒に酢酸エチルを使用した場合、Ac4−Glc−MDEAは最初のバンドに含まれるが、常に同一バンドに微量の不純物を含む。この不純物は最終精製過程で取り除く事が出来る。
【0033】
(3)保護基の除去;
水とメタノールの混合溶媒(水:エタノール=5:120)125mlに、Ac−Glc−MDEA(235mg、3.65×10−4mol)を加え、さらに炭酸カリウム(100mg、7.24×10−4mol)を加えると、Ac−Glc−MDEAが溶け、透明な黄色溶液となる。この溶液を室温で12時間撹拌し、その後エバポレータを用い、40mmHg程度の減圧、50℃程度の温度で濃縮乾固する。
【0034】
この乾固物にpH4に調製した4℃の酢酸水溶液50mlを加えると2−α−D−グルコピラノシル−7,8−メチレンジオキシエラグ酸(Glc−MEDA)を主成分とする固体が析出する。この固体を冷水で2度洗浄し、固形物0.130gを単離取得した(収率:75%)。
【0035】
得られたエラグ酸誘導体(Glc−MEDA)は、以下の物理・化学的分析の結果から、下記式のものであることが明らかとなった。
【0036】
【化10】

【0037】
[ 物理化学的分析 ]
(1)元素分析値(C211914.5(1.5水和物)として):
計算値 C,50.11; H,3.80; O,46.09
実測値 C,50.01; H,3.75
(2)ESI−massスペクトル(Negative mode)
m/z(理論値)=475.1
m/z(実測値)=475.3
(3)H−NMR化学シフト値(LEOL ECA−600;DMSO−d (δ 2.50,δ 39.5)600MHz;室温):(図1)
【0038】
【表1】


(4)13C−NMR化学シフト値:(図2)
158.31、157.67、152.12、150.06、141.33、
138.32、136.63、131.13、116.06、112.89、
112.06、111.09、111.04、104.29、103.81、
102.16、77.58、76.50、73.98、69.59、60.53
【0039】
試 験 例 1
脱顆粒阻害活性試験:
下記方法により、実施例1で得られたエラグ酸誘導体についてその脱顆粒阻害活性を試験した。この結果を図3に示す。この結果から、上記式(Ia)の化合物の脱顆粒阻害活性(IC50)は、70.29ng/ml(3回測定の平均値)であり、脱顆粒阻害活性が13.55ng/mlであるオキカメリアシドより弱いが、市販の抗アレルギー剤であるフマル酸ケトチフェンの2000倍以上の脱顆粒阻害活性を有することが明らかになった。
【0040】
[ 脱顆粒阻害活性試験方法 ]
脱顆粒阻害活性の測定は、マツダら(Chem. Pharm. Bull.(TOKYO),50(2), 208-215 (2002))ならびにカタオカら(Shoyakugaku Zasshi,46(1), 25-29 (1992))の方法を参考に、RBL―2H3細胞から脱顆粒に伴って遊離されるβ―ヘキソサミニダーゼ活性の測定によって行った。
【0041】
まず、RBL―2H3を5×10細胞/mlに調製後、96ウェルプレートに100μlずつ播種し、抗DNP−BSAマウスIgE抗体(0.2μg/ml)を添加して、5%COの存在下、37℃で一晩感作した。その後、細胞をリン酸緩衝生理食塩水で2回洗浄し、レリージング・ミクスチュア(Releasing mixture;116.9mM NaCl、5.4mM KCl、0.8mM MgSO、2mM CaCl、5.6mM グルコース、0.1%牛血清アルブミン、25mM HEPES)を130μl添加し、試料10μlを加えて、10分間インキュベートした。
【0042】
次に、抗原DNP−BSA(2μg/ml)10μlを添加し、1時間インキュベートして脱顆粒を惹起した。遠心分離後、回収した上清45μlに5mM β―へキソサミニダーゼ基質溶液(p-nitrophenyl-β―D-glucosaminide)15μlを添加し、37℃で3時間反応させた。0.1M NaCO/NaCO(pH 10.0)180μlを添加して反応を停止させ、415nmにおける吸光度を測定した。この吸光度を元に、次の式から脱顆粒阻害活性を阻害率で算出した。
【0043】
なお、阻害活性コントロールとして、脱顆粒阻害剤であるフマル酸ケトチフェン200μMの測定も同時に行った。
【0044】
脱顆粒阻害活性(%)=[1−(S−B)/C]×100
S:被験物質の細胞添加時の吸光度
B:細胞非存在下の被験物質添加時の吸光度
C:陰性コントロールの吸光度
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によれば、極めて優れた脱顆粒活性阻害活性を有し、抗炎症剤や、抗アレルギー剤としての利用が期待されるエラグ酸誘導体を、化学合成により、経済性高く製造することが可能であり、このものの医薬としての可能性を広げるものである。

以 上


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(II)
【化11】

で表されるエラグ酸にジハロゲノメタンを作用させて、式(III)
【化12】

で表される部分環化エラグ酸とし、次いでこれに式(IV)
【化13】

(式中、Xは反応性基を、Prは保護基を示す)
で表される水酸基保護グルコースの反応性誘導体を作用させ、更にグルコースの保護基を脱離することを特徴とする式(I)
【化14】

で表されるエラグ酸誘導体の製造法。
【請求項2】
塩基の存在下で、エラグ酸(II)にジハロゲノメタンを作用させる請求項1記載のエラグ酸誘導体の製造法。
【請求項3】
エラグ酸(II)1当量に対し、0.8〜1当量の塩基を使用する請求項2記載のエラグ酸誘導体の製造法。
【請求項4】
炭酸銀の存在下で、部分環化エラグ酸(III)に水酸基保護グルコースの反応性誘導体(IV)を作用させる請求項1ないし3の何れかの項記載のエラグ酸誘導体の製造法。
【請求項5】
式(II)
【化15】

で表されるエラグ酸に、塩基およびジハロゲノメタンを作用させることを特徴とする式(III)
【化16】

で表される部分環化エラグ酸の製造法。
【請求項6】
エラグ酸(II)1当量に対し、0.8ないし1当量の塩基を使用する請求項5記載の部分環化エラグ酸の製造法。
【請求項7】
次の式(Ia)
【化17】

で表されるエラグ酸誘導体。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−221189(P2009−221189A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−33683(P2009−33683)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【Fターム(参考)】