説明

エルゴチオネインの製造方法

【課題】本発明は、エルゴチオネイン生産能を有するキノコを材料として、エルゴチオネインを抽出、精製する工程を含む、エルゴチオネインの製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明者らは、上記の課題を解決するために、種々のキノコのエルゴチオネイン生産能をスクリーニングし、これまでにエルゴチオネイン生産能を有することが知られていないフミツキタケ属(Agrocybe)、オオイチョウタケ属(Leucopaxillus)、スギタケ属(Pholiota)、またはキシメジ属(Tricholoma)に属するキノコが著量のエルゴチオネインを生産することを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エルゴチオネイン生産能を有するキノコを材料として、エルゴチオネインを抽出、精製する工程を含む、エルゴチオネインの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記式(1)で表されるエルゴチオネイン
【0003】
【化1】

は、アミノ酸の1種であり、ライ麦角菌 (Claviceps purpurea) よりはじめて単離された(非特許文献1)。その後、ヒトを含めた動物の赤血球、肝臓などに広く分布することが明らかにされ、ヒドロキシルラジカルの捕捉作用、Fe, Cuに依存した過酸化水素からのヒドロキシラジカルの生成抑制作用、銅依存オキシヘモグロビンの酸化抑制作用、ミオグロビン及び過酸化水素によるアラキドン酸酸化抑制作用などの抗酸化活性が報告され、エルゴチオネインが生体内で抗酸化物質として機能している可能性が示唆された(非特許文献2)。これらのエルゴチオネインの抗酸化活性を活用し、機能性食品、動物飼料、化粧品などとしての利用が期待されている。
【0004】
エルゴチオネインの製造方法としては、動物の血液や臓器から抽出する方法、オートムギなど植物から抽出する方法(非特許文献3)、キノコを含む微生物から抽出する方法と化学的に合成する方法がある。微生物を用いた方法としては、酵母、一部の例外 (Mycobacteria)を除くバクテリアはエルゴチオネインを生産せず、カビ類が主に生産すること(非特許文献4)、特にアカパンカビ (Neurospora crassa) をシスチン添加培地で培養することにより生産性が高められることが報告されている(特許文献1)。また、キノコでは、ツキヨタケ(Lampteromyces japonicus) (非特許文献5)やマッシュルーム、マイタケ、シイタケ、エリンギ、ヒラタケ(非特許文献6)がエルゴチオネインを生産することが報告されている。また、化学的な合成方法がビオキシテックから報告されている(特許文献2)。一方で、本発明者らの調査によれば、ヒメマツタケ(Agaricus blazei Murrill)、キッタリア(Cyttaria espinosae)、カバノアナタケ(Fuscoproria obliqua)等のキノコは、エルゴチオネインを産生しないことが明らかとなっている。
【0005】
なお、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
【特許文献1】特公昭43-20716
【特許文献2】特表平 8-501575
【非特許文献1】Acad. Sci., 149, 222-224(1909)
【非特許文献2】Arch. Biochem. Biophys., 288, 10-16 (1991)
【非特許文献3】J. Biol. Chem., 218, 647-651 (1956)
【非特許文献4】J. Biol. Chem., 223, 9-17 (1956)
【非特許文献5】Natural Medicines (Tokyo), 51, 558 (1997)
【非特許文献6】Int. J. Med. Mushrooms, 8, 215-222 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、エルゴチオネイン生産能を有するキノコを材料として、エルゴチオネインを抽出、精製する工程を含む、エルゴチオネインの製造方法を提供することにある。
【0007】
化学的合成法は食品用途には不向きであり、また、高価な合成試薬を利用するために安価なエルゴチオネインの合成は困難である。また、一方、キノコなど食品素材を用いた製造方法は機能性食品素材としてのエルゴチオネインの製法として適しているが、生産量が低く、また、利用できるキノコの種類も限られていた。そこで、より生産能力の高いキノコなどからの、食品用途に適したエルゴチオネイン生産方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、種々のキノコのエルゴチオネイン生産能をスクリーニングし、これまでにエルゴチオネイン生産能を有することが知られていないヤナギマツタケ (Agrocybe cylindracea)、オオイチョウタケ (Leucopaxillus giganteus)、ナメコ (Pholiota nameko)、サウーバ (Tricholoma sp.)が著量のエルゴチオネインを生産することを見出した。また、マイタケ属(Grifola)に属するキノコとしてマイタケ(Grifola frondosa (Dicks.: Fr.))がエルゴチオネインを生産することが知られていたが、本発明者らは、新たにアンニンコウ(Grifola gargal)がエルゴチオネインを生産することを見出し、本発明に至った。
【0009】
本発明は、より具体的には以下の〔1〕〜〔3〕を提供するものである。
〔1〕 フミツキタケ属(Agrocybe)、オオイチョウタケ属(Leucopaxillus)、スギタケ属(Pholiota)、またはキシメジ属(Tricholoma)に属するキノコよりエルゴチオネインを抽出することを特徴とする、エルゴチオネインの製造方法。
〔2〕 キノコが、ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)、オオイチョウタケ(Leucopaxillus giganteus)、ナメコ(Pholiota nameko)、またはサウーバ(Tricholoma sp.)であることを特徴とする、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 アンニンコウ(Grifola gargal)よりエルゴチオネインを抽出することを特徴とする、エルゴチオネインの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、エルゴチオネイン生産能力の高いキノコを用いて、効率的にエルゴチオネインを製造する方法が提供された。
本発明の方法により、化学合成法によらず、食品、医薬品、化粧品、飼料などに有用な、安全かつ安価なエルゴチオネインを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、エルゴチオネイン生産能を有するキノコを材料として、エルゴチオネインを抽出、精製し、エルゴチオネインを生産することを特徴とする。
【0012】
本発明の製造方法に用いる、エルゴチオネインを生産するキノコとして、フミツキタケ属 (Agrocybe)、オオイチョウタケ属 (Leucopaxillus)、スギタケ属 (Pholiota)、キシメジ属 (Tricholoma) に属するキノコを挙げることが出来る。
【0013】
フミツキタケ属に属するキノコは以下のような特徴を有する。
傘は比較的肉質で表面に溝線を有することはなく、湿性、粘性、または乾性、半球系またはまんじゅう形、のち平らとなる。つばを備えるものも欠くものもある。ヒダは通常幅が広く、縁および側シスチジアを有するものも、縁シスチジアのみを有するものもある。胞子は平滑、多くは発芽孔があるが、まれに欠くものもある。胞子紋は暗褐色または汚褐色。材上、地上、糞上などに発生する。
【0014】
フミツキタケ属に属するキノコの代表的な例としては、Agrocybe paludosa (コフミヅキタケ)、agrocybe praecox (フミツキタケ)、Agrocybe semiorbicularis (ハタケキノコ)、Agrocybe arvalis (タマムクエタケ)、Agrocybe farinacea (ツバナシフミヅキタケ)、Agrocybe erevia (ツチナメコ)、Agrocybe cylindracea (ヤナギマツタケ)などが挙げられる。
【0015】
オオイチョウタケ属に属するキノコは以下のような特徴を有する。
子実体はカヤタケ型、キシメジ型、まれにヒラタケ型で中〜大形、肉質、傘の縁部は最初多少とも下方に巻く、ひだは垂生、湾生、上生から直生である。胞子紋は純白色、胞子は短楕円形、卵形または類球形で表面に微細な突起をそなえるかまたは平滑、胞子盤を欠き、アミロイド(平滑胞子では弱アミロイド)である。縁シスチジアの存在することがあるが、あまり顕著ではない。つねに側シスチジアを欠く。菌糸にはクランプがある。
【0016】
オオイチョウタケ属に属するキノコの代表的な例としては、Leucopaxillus giganteus (オオイチョウタケ)、Leucopaxillus septentrionalis (ムレオオイチョウタケ) などが挙げられる。
【0017】
スギタケ属に属するキノコは以下のような特徴を有する。
子実体は小から大形で、発達した中心生の柄を持つ。傘は乾性、湿性または粘性で、しばしば小から大形の鱗片をそなえるが、ときに平滑無毛、非吸収性かまたは部分的にのみ(周辺部など)吸水性を示す。ひだは離生せず、一般に湾生、ときに上生またはやや垂生、始めほぼ白から淡黄色、のち帯褐色となる。柄はしばしば繊維状または膜質のつばを持ち、つばより下部では繊維状または鱗状となり、時に粘性をおびる。胞子紋は通常さび褐色、たばこ色、粘度褐色、またはにっけい褐色で、鮮さび色またはいちじるしい暗褐色(セピア色またはチョコレート色など)となることはまれである。胞子は表面平滑、楕円形〜類紡錘形、卵形、またはソラマメ形、苛性カリ水溶液中においては蜜黄〜黄褐色、非アミロイドまたはときに偽アミロイドである。通常頭部に発芽孔を持つが、ときにこれを欠き、発芽孔は一般に狭くしばしば不明瞭。縁シスチジアは常にあり、また多くはクリソシスチジアを持つがときにこれを欠く。傘の上の上表皮層は薄膜の糸状の菌糸からなり、菌糸を構成する細胞が胞状に膨らむことはない。菌糸は常にクランプを持つ。すべて腐食性で多くは材上生、ときに地上、あるいは草本類の枯れた茎などに発生する。
【0018】
スギタケ属に属するキノコの代表的な例としては、Pholiota nameko (ナメコ)、Pholiota squarrosa (スギタケ)、Pholita squarrosoides (スギタケモドキ)、Pholiota flammans (ハナガサタケ)、Pholiota aurivella (ヌメリスギタケモドキ)、Pholiota astragalina (アカツムタケ)、Pholiota highlandensis (ヤケアトツムタケ)、Pholiota lubrica (チャナメツクタケ)、Pholita lenta (シロナメツムタケ)などが挙げられる。
【0019】
キシメジ属に属するキノコは以下のような特徴を有する。
子実体は肉質で多くは中〜大形である。ひだは湾生、上生または直生し、垂生することはない。柄にはつばまたはクモの巣膜があるか、またはこれらを欠く。胞子紋白色または淡クリーム色である。胞子は薄膜、平滑、類球形〜楕円形、ときに十字形またはやや角形、非アミロイドである。菌糸にクランプのあるものとないものとがある。通常シスチジアを欠くが、まれに縁シスチジアの存在することがある。多くは森林樹種に外生球根を作るが、少数は草原や畑地に生え非球根生である。
【0020】
キシメジ属に属するキノコの代表的な例としては、Tricholoma giganteum (ニオウシメジ)、Tricholoma saponaceum (ミドリシメジ)、Tricholoma sulphureum (ニオイキシメジ)、Tricholoma japonicum (シロシメジ)、Tricholoma auratum (シモコシ)、Tricholoma portentosum (シモフリシメジ)、Tricholoma muscarium (ハエトリシメジ)、Tricholoma virgatum (ヌズミシメジ)、Tricholoma squarrulosum (クロゲシメジ)、Tricholoma orirubens (ケショウシメジ)、Tricholoma robustum (マツタケモドキ)、Tricholoma matsutake (マツタケ) などが挙げられる。
【0021】
本発明の製造方法に用いるキノコとして、より具体的には、フミツキタケ属 (Agrocybe)に属するキノコとしてヤナギマツタケ (Agrocybe cylindracea)、オオイチョウタケ属 (Leucopaxillus)に属するキノコとしてオオイチョウタケ (Leucopaxillus giganteus)、スギタケ属 (Pholiota)に属するキノコとしてナメコ (Pholiota nameko)、キシメジ属 (Tricholoma) に属するキノコとしてサウーバ (Tricholoma sp.)を挙げることができる。
【0022】
サウーバはパラグアイ等に自生しており、現地で容易に分離・入手可能である。ヤナギマツタケ、オオイチョウタケ、ナメコは日本菌類図鑑に記載されており、日本国内で自生しているため野生キノコから容易に分離することが出来る。また、ナメコは国内で市販されている。
【0023】
さらに、本発明の製造方法には、マイタケ属(Grifola)に属するアンニンコウ(Grifola gargal)も好適なキノコとして用いることができる。
【0024】
アンニンコウは南米チリのパタゴニア地方とかアルゼンチン等に自生しており、現地で容易に分離・入手可能である。アンニンコウは強い芳香を有する食用茸であり、日本では未だ知られていなかったが、本発明者らにより菌糸体培養及び子実体培養を含む人工培養が開発されている(特開2007-20560)。
【0025】
本発明において、エルゴチオネインを抽出するキノコは、子実体、菌糸体どちらの状態であってもよいが、好ましくは子実体を挙げることができる。
【0026】
本発明において、子実体とは、菌類が胞子形成のために、菌糸により形成する構造体であり、一般的にキノコの食用とされる構造体を指す。一方、菌糸体とは、胞子が発芽し、細胞分裂を繰り返して形成された菌糸の集合体を指す。
【0027】
これらのキノコからのエルゴチオネインの抽出は、低濃度の有機溶媒(メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトンなど)を含んでもよい水、温水、または熱水などの水溶液により行うことが出来る。抽出溶媒温度は室温から100℃、好ましくは、50-90℃で行うことができる。抽出したエルゴチオネインは、一般的な精製方法、例えば、溶媒抽出、溶解度差による分離、シリカゲル、アルミナなど吸着剤を用いたクロマトグラフィー、カチオン交換クロマトグラフィー、アニオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲル濾過、チオプロピル−セファロース6B、逆相クロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー、結晶化、活性炭処理、膜処理などを組み合わせることにより行うことができる。例えば、Chem. Pharm. Bull., 26, 3772-3778 (1978) 記載に従い、キノコから抽出したエルゴチオネインを含む水溶液から酢酸エチルを用いて脂質を抽出し、水溶液を凍結乾燥後、Amberlite IR120B を用いたカチオン交換樹脂に吸着させ、ピリジン:水=1:10の溶離液によるエルゴチオネインの溶出、凍結乾燥後、更に、シリカゲルクロマトグラフィーに吸着させ、エタノール、エタノール:水=95:5により洗浄後、水により溶出・凍結乾燥後、セファデックスG-10によるゲル濾過、Develosil C30-UG-5 を用いた逆相クロマトグラフィーにより精製することにより純粋なエルゴチオネインを得ることが出来る。
【0028】
抽出に用いるキノコは、生体であっても、乾燥したものであってもよいが、乾燥したものにあっては好ましくは乾燥粉末の状態を挙げることができる。
【0029】
エルゴチオネインの定量は、逆相HPLCなどにより行うことができる。HPLC分離条件は当業者であれば、適宜選択することができる。一例を示せば、
カラム:Develosil ODS-HG-5 (4.6 x 250 mm) 2本をタンデムに接続 (野村化学製)
溶離液:0.1% トリエチルアミン
流量:0.8 mL/min
検出方法: 260 nmにおけるUV吸収
の条件で行なうことができる。
【0030】
本発明の方法によれば、乾燥キノコにおいて、0.1 mg/g〜10 mg/g、好ましくは0.2 mg/g〜5 mg/g、より好ましくは0.2 mg/g〜3mg/gの濃度でエルゴチオネインを抽出することが可能である。
【実施例】
【0031】
以下、実施例により本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0032】
〔実施例1〕 キノコのエルゴチオネイン含量の測定
ヒメマツタケ、ヤナギマツタケ、アンニンコウ、オオイチョウタケ、ナメコ、サウーバの子実体の乾燥粉末 10 gに熱水200 mLを添加し、90℃で30分間抽出後、10,000 rpmで10分間遠心分離し、抽出液を得た。同様に更に2回抽出し、約600 mLの抽出液を得た。減圧濃縮装置により抽出液を濃縮し、最終的に100 mLにフィルアップした。濃縮した抽出液をSep-Pak (Waters製)により前処理し、HPLCによりその溶出液のエルゴチオネイン含量を測定した。
その結果を表1に示した。
【0033】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
フミツキタケ属(Agrocybe)、オオイチョウタケ属(Leucopaxillus)、スギタケ属(Pholiota)、またはキシメジ属(Tricholoma)に属するキノコよりエルゴチオネインを抽出することを特徴とする、エルゴチオネインの製造方法。
【請求項2】
キノコが、ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)、オオイチョウタケ(Leucopaxillus giganteus)、ナメコ(Pholiota nameko)、またはサウーバ(Tricholoma sp.)であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アンニンコウ(Grifola gargal)よりエルゴチオネインを抽出することを特徴とする、エルゴチオネインの製造方法。

【公開番号】特開2009−161498(P2009−161498A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−2938(P2008−2938)
【出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(000141381)株式会社岩出菌学研究所 (14)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】