説明

カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液及びその製造方法

【課題】ポリアミド樹脂フィルム等の原料として用いた場合に、フィッシュアイ等の表面外観の欠陥を防止できる、優れたカダベリン又はカダベリン塩の溶液を提供する。
【解決手段】溶液中におけるカダベリンに対する加水分解アミノ酸のモル比率が0.008以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液、並びに、カダベリン及び/又はカダベリン塩の製造方法に関する。なお、以下の記載では、カダベリン及び/又はカダベリン塩を「カダベリン類」と総称する場合がある。
【背景技術】
【0002】
従来、プラスチックの原料としては、主にナフサ等の化石原料が用いられている。しかし、プラスチックを廃棄する場合、再生利用する場合を除くと、焼却等の手法で廃棄することになるが、プラスチックを焼却すると炭酸ガスの放出を招くことから、近年課題となりつつある。そこで、地球温暖化防止及び循環型社会の形成に向けて、プラスチックの製造原料をバイオマス由来の原料に置き換えることが嘱望されている。このようなニーズは、フィルム、自動車部品、電気・電子部品、機械部品等の射出成型品、繊維、モノフィラメント等、多岐にわたる。
【0003】
プラスチックの中でも、ポリアミド樹脂は、機械的強度、耐熱性、耐薬品性等に優れており、いわゆるエンジニアリングプラスチックスの1つとして多くの分野で用いられている。中でもフィルムは、二軸延伸ポリプロピレンフィルムや二軸延伸ポリエステルフィルム等に比べ、優れた機械的特性、耐熱性、透明性、ガスバリア性などの特徴を有しており、食品、医薬品、雑貨などの包装用フィルムとして広く利用されている。
【0004】
ポリアミド樹脂フィルムは強度やガスバリア性を付与するため、二軸延伸等の延伸処理を施して使用される場合が多いが、この際フィッシュアイと称される粒状欠陥があると、それを起点に延伸破断を起こし生産性を損なうだけでなく、フィルムの外観を悪化させ商品価値を著しく損なうため、極力低減することが求められている。
【0005】
また、ポリアミド樹脂はその優れた性能を生かし、繊維やモノフィラメントの分野でも広く用いられているが、これらの用途でも上述のフィルム同様、フィッシュアイは成型時の延伸破断や表面外観の悪化を招くため、その低減が求められている。
【0006】
一方、ポリアミド樹脂からなる射出成形品には、自動車部品、電気・電子部品、機械部品等が挙げられるが、いずれも部品のコンパクト化や軽量化を目的に薄肉化が望まれている。この場合、ポリアミド樹脂本来の物性を維持するため分子量(数平均分子量)を下げることなく、高い流動性を有するポリアミド樹脂が求められる。
【0007】
バイオマス由来の原料を使用して製造されるポリアミド樹脂としては、カダベリン及びジカルボン酸からなる塩(カダベリン・ジカルボン酸塩)を原料とし、これらを重合させて得られるものが知られている。例えば、56ナイロンは、カダベリン及びアジピン酸からなる塩(カダベリン・アジピン酸塩)を重合させることにより作製される。
【0008】
ポリアミド樹脂の原料となるカダベリン及び/又はカダベリン塩(カダベリン類)を製造する方法として、例えば、特許文献1〜3には、リジン及び/又はリジン塩(リジン類)の溶液を原料とし、これにリジン脱炭酸酵素(Lysine Decarboxylase:LDC)を作用させることにより、カダベリン類の溶液を得る方法が開示されている。リジン脱炭酸酵素としては、微生物由来のものが用いられる。
【0009】
【特許文献1】特開2002−223770号公報
【特許文献2】特開2004−223771号公報
【特許文献3】特開2004−114号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述の特許文献1〜3記載の技術によれば、得られたカダベリン類溶液をポリアミド樹脂フィルム等の原料として用いた場合に、フィッシュアイ等の表面外観の欠陥を生じる場合があった。
【0011】
カダベリン類の生産速度を上げるために反応時間を短く設定すれば、リジン類をカダベリン類に変換する反応が終わり切らず、原料のリジン類がカダベリン類溶液中に不純物として残存してしまう。この場合、精製による不純物の除去が困難となり、結果としてポリアミド樹脂フィルムに外観上の欠陥が生じてしまうと考えられる。
【0012】
このため、リジン脱炭酸酵素の使用量を増やし、リジン類を消費させるため反応速度を向上させることが検討されてきたが、上記課題を十分に解決するまでには至っていなかった。
【0013】
以上の背景から、ポリアミド樹脂フィルム等の原料として用いた場合に、フィッシュアイ等の表面外観の欠陥を防止することが可能なカダベリン類溶液を、容易且つ経済的に製造する技術が求められていた。
【0014】
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたもので、その目的は、ポリアミド樹脂フィルム等の原料として用いた場合に、フィッシュアイ等の表面外観の欠陥を防止することが可能なカダベリン又はカダベリン塩の溶液を提供するとともに、このようなカダベリン又はカダベリン塩を容易且つ経済的に製造することが可能な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、カダベリン類溶液中に存在するタンパク質やペプチドが、ポリアミド樹脂フィルム等の表面外観の欠陥を招く原因の一つとなっていることを見出した。そして、これらのタンパク質やペプチドの量を表わす指標として、カダベリン類溶液中の加水分解アミノ酸量に着目し、この加水分解アミノ酸量を所定範囲内に抑えたカダベリン類溶液を用いることにより、ポリアミド樹脂フィルム等の表面外観の欠陥を低減することが可能となることを見出した。
【0016】
更に、本発明者らは、カダベリン類溶液中に存在するこれらのタンパク質やペプチドは、リジン脱炭酸酵素の使用に伴う微生物(菌体)に由来することを見出した。そして、反応時に使用する菌体の量を所定範囲内に抑えることにより、上記規定のカダベリン類溶液を得ることが可能となることを見出し、本発明を完成させた。
【0017】
即ち、本発明の要旨は、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させて得られたカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液であって、前記溶液中におけるカダベリンに対する加水分解アミノ酸のモル比率が0.008以下であることを特徴とする、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液に存する(請求項1)。
【0018】
ここで、前記溶液中におけるカダベリンに対する遊離リジン及び遊離アルギニンのモル比率が0.003以下であることが好ましい(請求項2)。
【0019】
また、前記溶液中におけるカダベリンに対する遊離アミノ酸のモル比率が0.003以下であることが好ましい(請求項3)。
【0020】
また、カダベリン塩を形成する酸が、塩酸、硫酸、硝酸、炭酸、カルボン酸、リン酸、及びスルホン酸からなる群より選択される一種以上の酸であることが好ましい(請求項4)。
【0021】
また、本発明の別の要旨は、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させることにより、カダベリン及び/又はカダベリン塩を製造する方法であって、反応に使用するリジンの総重量に対する、反応に使用する菌体の乾燥菌体換算重量の比率を0.002以下とすることを特徴とする、カダベリン及び/又はカダベリン塩の製造方法に存する(請求項5)。
【発明の効果】
【0022】
本発明のカダベリン又はカダベリン塩の溶液は、ポリアミド樹脂フィルム等の原料として用いた場合に、フィッシュアイ等の表面外観の欠陥を防止することができる。
また、本発明のカダベリン又はカダベリン塩の製造方法によれば、上述の優れたカダベリン又はカダベリン塩の溶液を、容易且つ経済的に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明について実施の形態を挙げて詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではなく、その要旨を超えない範囲において種々に変更して実施することができる。
【0024】
なお、以下の記載では、まず、本発明のカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液(以下「本発明のカダベリン類溶液」という場合がある。)について説明し、続いて、本発明のカダベリン及び/又はカダベリン塩の製造方法(以下「本発明のカダベリン類の製造方法」或いは単に「本発明の製造方法」という場合がある。)について説明し、更に、本発明のカダベリン類溶液からカダベリン類を精製する方法と、リジン脱炭酸酵素(Lysine decarboxylase:LDC)活性を高めるべく微生物を改変する方法について説明する。
【0025】
[I.カダベリン類溶液]
本発明のカダベリン類溶液は、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素(LDC)を作用させて得られたカダベリン及び/又はカダベリン塩と、溶媒とを備えてなる。なお、リジン類にLDCを作用させてカダベリン類を得る方法については、[II.カダベリン類の製造方法]の欄で後述する。
【0026】
本発明において「カダベリン」とは、1,5−ペンタンジアミン(H2N(CH25NH2)をいう。カダベリンは、ポリマー原料や医薬中間体の合成原料として有用な化合物である。
【0027】
本発明において「カダベリン塩」とは、カダベリン及び酸から形成される塩のことを言う。
カダベリンとともに塩を形成する酸の種類に制限はない。無機酸でも有機酸でもよく、また、一価の酸でも二価以上の酸でもよい。酸の例としては、塩酸、硫酸、硝酸、炭酸、カルボン酸、リン酸、スルホン酸等が挙げられる。カルボン酸の具体例としては、ギ酸、酢酸、アジピン酸、グルタル酸、コハク酸、セバシン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸等が挙げられる。中でも、ナイロン等のポリアミドの製造用途に使用する観点からは、酸としてはカルボン酸が好ましく、アジピン酸がより好ましい。これらの酸は何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0028】
カダベリン塩1分子を構成するカダベリン及び酸の分子数も任意に選択し得る。カダベリン塩1分子あたり、カダベリン及び酸が共に1分子であってもよく、カダベリン及び酸の一方又は双方が2分子以上であってもよい。例えば、二価の塩基であるカダベリンと二価の酸とから構成される塩の場合、一般的にはカダベリン1分子と二価の酸(例えばアジピン酸)1分子とからカダベリン塩1分子が構成されるが、他の形態を排除するものではなく、2分子以上のカダベリン及び/又は2分子以上の二価の酸から構成されたカダベリン塩が含まれていてもよい。
【0029】
本発明のカダベリン類溶液は、カダベリンのみを含有していてもよく、カダベリン塩のみを含有していてもよく、カダベリン及びカダベリン塩の双方を含有していてもよい。但し、本発明のカダベリン類溶液がカダベリン塩を含有する場合、カダベリン塩の一部は通常、カダベリン(又はカダベリンのイオン)と酸(又は酸のイオン)とに解離した状態で溶液中に存在する。本発明において「カダベリン類溶液」即ち「カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液」とは、このような状態の溶液をも含む概念である。
また、本発明のカダベリン類溶液がカダベリン塩を含有する場合、カダベリン塩の種類は一種のみでもよく、二種以上であってもよい。
【0030】
溶媒としては、上述のカダベリン及び/又はカダベリン塩を溶解させることが可能であれば、その種類は任意である。具体的な溶媒の種類は、本発明に係るカダベリン類溶液の調製の手法や用途等に応じて選択される。また、何れか一種の溶媒を単独で用いてもよく、二種以上の溶媒を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0031】
溶媒としては通常、水及び/又は有機溶媒が使用される。有機溶媒の種類は制限されるものではなく、使用する触媒等の条件に応じて選択すればよい。一般的な有機溶媒の例としては、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2,3−トリクロロプロパン、テトラクロルエチレン、1,1,2,2−テトラクロロエタン、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化脂肪族炭化水素類;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、オクタノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;酢酸エチル、プロピオン酸メチル、エナント酸メチル、リノール酸メチル、ステアリン酸メチル等のエステル類;シクロヘキサン、ヘキサン、オクタン等の脂肪族炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、ジフェニルメタン、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン、スクアラン等の芳香族炭化水素類;ジメチルスルホキシド、スルホラン等のスルホキシド類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N,N’,N’−テトラメチル尿素、1,3−ジメチルイミダゾリジノン等のアミド類;テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル類;等が挙げられる。これらの溶媒は、何れか一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0032】
特に、LDCによるカダベリン及び/又はカダベリン塩の製造反応時に使用した溶媒をそのまま使用する場合、溶媒としては通常、水又は水を主成分とする混合溶媒が用いられる。ここで「主成分」とは、混合溶媒の通常50重量%以上、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上を占める成分をいう。
【0033】
なお、LDCを用いた反応によるカダベリン及び/又はカダベリン塩の製造後、得られたカダベリン及び/又はカダベリン塩に対して精製等の後処理やポリアミドへの変換を行なう際にも、水及び/又は有機溶媒が使用される場合がある。この場合、反応時に使用した溶媒をそのまま使用してもよく、異なる溶媒を使用してもよい。
【0034】
本発明のカダベリン類溶液におけるカダベリン及び/又はカダベリン塩の濃度(カダベリン塩の場合はカダベリン換算濃度)は、カダベリン及び/又はカダベリン塩が溶媒に溶解可能な範囲内であれば任意であるが、工業的な観点からは、通常10g/L以上、好ましくは20g/L以上、また、通常500g/L以下、好ましくは400g/L以下の範囲であることが望ましい。なお、カダベリン類溶液におけるカダベリン及び/又はカダベリン塩の濃度(カダベリン塩の場合はカダベリン換算濃度)は、後述する溶液中におけるカダベリンのモル濃度と同様の手法により求めることが可能である。
【0035】
また、本発明のカダベリン類溶液は、上述の溶媒並びにカダベリン及び/又はカダベリン塩に加えて、その他の一種又は二種以上の成分を含有していてもよい。その他の成分の種類や含有量は任意であり、通常はカダベリン類溶液の製法や用途に応じて選択される。
【0036】
そして、本発明のカダベリン類溶液は、溶液中におけるカダベリンに対する加水分解アミノ酸のモル比率が、通常0.008以下、好ましくは0.0075以下、より好ましくは0.007以下、更に好ましくは0.0065以下、特に好ましくは0.006以下であることを特徴としている。この特徴は、本発明のカダベリン類溶液が、アミノ酸、タンパク質、ペプチド等の不純物の含有量が比較的少なく、高純度であることを表わしている。逆にこの比率が高いと、カダベリン類溶液をポリアミド樹脂フィルム等の原料として用いた場合にフィッシュアイ等の表面外観の欠陥が増大する場合がある。ここで、「溶液中におけるカダベリンに対する加水分解アミノ酸のモル比率」とは、溶液中におけるカダベリンのモル濃度に対する、溶液中における加水分解アミノ酸のモル濃度の比率を指す。
【0037】
加えて、本発明のカダベリン類溶液は、溶液中におけるカダベリンに対する遊離リジン及び遊離アルギニンのモル比率が、通常0.003以下、好ましくは0.0025以下、より好ましくは0.002以下、更に好ましくは0.0015以下であることが望ましい。更には、溶液中におけるカダベリンに対する加水分解リジン及び加水分解アルギニンのモル比率が、通常0.003以下、好ましくは0.0025以下、より好ましくは0.002以下、更に好ましくは0.0015以下であることが望ましい。これらの比率が高過ぎると、カダベリン類溶液をポリアミド等の材料とした場合に、溶液中のリジンやアルギニンが架橋してゲルの原因となり、射出成形品においては機械物性の低下、フィルムにおいてはF/E発生による表面外観の低下や延伸時の破断原因となり、フィラメントにおいても延伸時の破断原因となる場合がある。ここで、「溶液中におけるカダベリンに対する遊離リジン及び遊離アルギニンのモル比率」とは、溶液中におけるカダベリンのモル濃度に対する、溶液中における遊離リジン及び遊離アルギニンの合計モル濃度の比率を指す。また、「溶液中におけるカダベリンに対する加水分解リジン及び加水分解アルギニンのモル比率」とは、溶液中におけるカダベリンのモル濃度に対する、溶液中における加水分解リジン及び加水分解アルギニンの合計モル濃度の比率を指す。
【0038】
更に、本発明のカダベリン類溶液は、溶液中におけるカダベリンに対する遊離アミノ酸のモル比率が、通常0.003以下、好ましくは0.0029以下、より好ましくは0.0028以下であることが望ましい。この比率が高過ぎると、カダベリン類溶液をポリアミド樹脂フィルム等の原料として用いた場合に、フィッシュアイ等の表面外観の欠陥が増大する場合がある。ここで、「溶液中におけるカダベリンに対する遊離アミノ酸のモル比率」とは、溶液中におけるカダベリンのモル濃度に対する、溶液中における遊離アミノ酸のモル濃度の比率を指す。
【0039】
なお、溶液中におけるカダベリンのモル濃度とは、溶液に存在するカダベリン分子及びカダベリンイオンのモル濃度を表わす。ここで、カダベリンイオンは、解離したイオンとして存在しているか、他のイオンと結合して塩を形成しているかを問わないものとする。
【0040】
溶液中におけるカダベリンのモル濃度は、種々の分析機器で測定することが可能である。分析手法は限定されないが、イオンクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー等を用いて測定するのが一般的である。これらのクロマトグラフィーによって測定を行なう場合、測定対象となる溶液をそのまま、或いは必要に応じて所定の濃度範囲となるように希釈して測定に供する。また、ガスクロマトグラフィー又は液体クロマトグラフィーで測定を行なう場合は、溶液中の成分が有する特定の官能基(主にアミノ基)を誘導体化してから、測定に供することが好ましい。
【0041】
また、溶液中における遊離アミノ酸のモル濃度とは、溶液中に遊離して存在するアミノ酸(アミノ酸分子及びアミノ酸イオン。ここで、アミノ酸イオンは、解離したイオンとして存在しているか、他のイオンと結合して塩を形成しているかを問わない。)のモル濃度を表わす。
【0042】
溶液中における遊離アミノ酸のモル濃度は、種々の分析機器で測定することが可能である。分析手法は限定されないが、アミノ酸分析計、イオンクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー等を用いて測定するのが一般的である。これらのクロマトグラフィーによって測定を行なう場合、測定対象となる溶液をそのまま、或いは必要に応じて所定の濃度範囲となるように希釈して測定に供する。また、ガスクロマトグラフィー又は液体クロマトグラフィーで測定を行なう場合は、溶液中の成分が有する特定の官能基(主にアミノ基)を誘導体化してから、測定に供することが好ましい。
【0043】
また、溶液中における加水分解アミノ酸のモル濃度とは、溶液中の成分を加水分解した後における遊離アミノ酸のモル濃度を表わす。即ち、加水分解アミノ酸とは、加水分解前の溶液中に存在する遊離アミノ酸と、タンパク質やペプチド等の分子中で他の成分と結合(加水分解により分解される結合)を形成しているアミノ酸とを包括する概念である。
【0044】
溶液中における加水分解アミノ酸のモル濃度は、例えば[実施例]の欄で後述する条件により、塩酸を用いて溶液中のタンパク質やペプチドの加水分解を行なった上で、加水分解後の溶液中における遊離アミノ酸のモル濃度を上述の手法で測定することにより、得ることが可能である。
【0045】
また、溶液中における遊離リジン及び遊離アルギニンのモル濃度は、溶液中に遊離して存在するリジン及びアルギニン(リジン分子及びリジンイオン、並びにアルギニン分子及びアルギニンイオン。ここで、リジンイオン及びアルギニンイオンは、解離したイオンとして存在しているか、他のイオンと結合して塩を形成しているかを問わない。)のモル濃度を表わす。
【0046】
また、溶液中における加水分解リジン及び加水分解アルギニンのモル濃度とは、溶液中の成分を加水分解した後における遊離リジン及び遊離アルギニンのモル濃度を表わす。即ち加水分解リジン及び加水分解アルギニンとは、加水分解前の溶液中に存在する遊離リジン及び遊離アルギニンと、タンパク質やペプチド等の分子中で他の成分と結合(加水分解により分解される結合)を形成しているリジン及びアルギニンとを包括する概念である。
【0047】
溶液中における遊離リジン及び遊離アルギニンのモル濃度は、上述の遊離アミノ酸のモル濃度の測定手法と同様の手法を用いて測定することができる。
また、溶液中における加水分解リジン及び加水分解アルギニンのモル濃度は、上述の加水分解アミノ酸のモル濃度の測定手法と同様の手法を用いて測定することができる。
【0048】
本発明のカダベリン類溶液は、リジン類にLDCを作用させて得られたカダベリン類を含有するものであれば、その製造方法は制限されるものではないが、以下に説明する方法(本発明のカダベリン類の製造方法)により製造することが好ましい。
【0049】
[II.カダベリン類の製造方法]
本発明のカダベリン類の製造方法は、リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素(LDC)を作用させることにより、カダベリン及び/又はカダベリン塩を製造するものである。
【0050】
原料としては、リジン及び/又はリジン塩を用いる。また、通常はこれらに加えて、更に酸を原料として用いる。
リジンは、酵素的脱炭酸反応によりカダベリンを生成するものであれば、L−リジン、D−リジンの何れであってもよく、これらが任意の比率で混合されたものであってもよいが、通常はL−リジンが好ましい。
リジン塩は、リジンと、酸及び/又は塩基とから構成される塩であるが、好ましくはリジン及び酸から構成される塩である。リジン塩を構成する酸の種類やその好ましい例は、上述のカダベリン塩を構成する酸として挙げたものと同様である。リジン塩は一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0051】
また、原料として酸を用いる場合、その種類や好ましい例も、上述のカダベリン塩を構成する酸として挙げたものと同様である。酸は一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
なお、原料となるリジン、リジン塩、酸の組み合わせや比率等の詳細は、目的とするカダベリン及び/又はカダベリン塩の詳細を考慮して、適宜選択することが好ましい。
【0052】
反応は通常、溶媒の存在下で行なう。溶媒としては通常、上述のように、水又は水を主成分とする混合溶媒が用いられる。水と混合される溶媒は制限されないが、通常は水と混和性を有する親水性有機溶媒が用いられる。親水性有機溶媒の例としては、アルコール類、カルボン酸、エステル類等が挙げられる。アルコール類の例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ペンタノール、イソペンタノール、ヘキサノール、エチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、グリセリン等が挙げられる。カルボン酸の例としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸等が挙げられる。エステル類の例としては、酢酸メチル、酢酸エチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等が挙げられる。親水性有機溶媒は一種を単独で使用してもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0053】
なお、通常は酸によって反応液のpHを調整するため、他のpH調整剤や緩衝剤を併用する必要はないが、溶媒として緩衝液を用いてもよい。緩衝液としては、酢酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。但し、カダベリンと酸との塩を形成させるという点からは、緩衝剤等は用いないか、用いる場合であっても低濃度に抑えることが好ましい。
但し、溶媒の詳細についても、目的とするカダベリン類溶液の詳細を考慮して、適宜選択することが好ましい。
【0054】
上述のリジン及び/又はリジン塩、並びに必要に応じて用いられる酸を、上述の溶媒に溶解させることにより、反応液を調製する。
【0055】
ここで、原料となるリジン及び/又はリジン塩並びに酸は、反応開始前又は反応開始時に全量を反応液に含有させてもよく、LDC反応の進行に応じて分割して反応液に加えてもよいが、反応開始時におけるリジン及び/又はリジン塩と酸との比率を調整することにより、反応液のpHが酵素的脱炭酸反応に適したpHとなるように調整することが好ましい。具体的には、反応液のpHを、通常4.0以上、好ましくは5.0以上、より好ましくは5.5以上、また、通常8.0以下、好ましくは7.5以下、より好ましくは7.0以下の範囲である。反応液のpHが低過ぎても高過ぎても、充分な反応速度が得られない場合がある。なお、以下の記載では、このように反応液のpHを酵素的脱炭酸反応に適したpHに調整することを、「中和」と称する場合がある。
【0056】
なお、反応液中におけるリジンの濃度は制限されないが、通常10g/L以上、好ましくは20g/L以上、また、通常500g/L以下、好ましくは400g/L以下の範囲とすることが望ましい。
【0057】
なお、生産速度及び反応収率向上のため、反応液に補酵素としてビタミンB6を含有させることが好ましい。ビタミンB6の例としては、ピリドキシン、ピリドキサミン、ピリドキサル、ピリドキサルリン酸等が挙げられる。これらは一種を単独で用いてもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。中でも、ピリドキサルリン酸が好ましい。
【0058】
ビタミンB6の使用量は特に制限されないが、通常、反応液に対して0.01mM以上、0.5mM以下の範囲が好ましい。ビタミンB6の使用量が少な過ぎると反応速度が遅くなる場合があり、多過ぎると反応液の色が黄色くなる場合がある。
ビタミンB6を反応液に含有させる時期や手法に制限はない。反応前に反応液に混合してもよく、反応中に反応液に加えてもよい。また、一度に反応液に混合してもよく、二度以上に分割して、異なる時期に反応液に含有させてもよい。
【0059】
上述の中和された反応液にリジン脱炭酸酵素(LDC)を加えて、リジンの脱炭酸反応を行なう。LDCとしては、リジンに作用してカダベリンを生成させるものであれば、その種類に制限はない。
【0060】
本発明では、LDCを産生する細胞として、微生物を用いる(以下、微生物を「菌体」という場合がある。)。微生物としては、細菌、真核細胞等が挙げられる。細菌としては、大腸菌(Escherichia coli)等のエシェリヒア属細菌、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)等のコリネ型細菌、バチルス・サブチリス(Bacillus subtills)等のバチルス属細菌、セラチア・マルセッセンス(Serratia marcescens)等のセラチア属細菌等が挙げられる。真核細胞としては、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等が挙げられる。中でも、微生物としては細菌が好ましく、エシェリヒア属細菌がより好ましく、大腸菌が特に好ましい。微生物は、LDCを産生する限り、野生株でもよく、変異株であってもよい。また、LDC活性が上昇するように改変された組換え株であってもよい。なお、組換え細胞の詳細については後述する。
【0061】
LDCを産生する細胞を用いる場合は、細胞をそのまま反応液に含有させてもよく、LDCを含む細胞処理物としてから反応液に含有させてもよい。細胞処理物としては、細胞の破砕液及びその分画物が挙げられる。
【0062】
ここで、本発明の製造方法は、反応に使用するリジンの総重量に対する、反応に使用する菌体(微生物)の乾燥菌体換算重量の比率を、通常0.002以下、好ましくは0.0015以下、より好ましくは0.001以下とすることを特徴としている。この比率が高いと、菌体を多量に作製する必要がなく、経済的に合理的でない場合がある。また、菌体由来のタンパク質やペプチド等が不純物としてポリアミド中に取り込まれ、表面欠陥上の原因となる場合がある。
【0063】
なお、反応に使用するリジンの総重量とは、反応開始時に反応系内に存在するリジンの重量と、反応中に反応系に加えたリジンの重量との総和を表わす。
【0064】
また、菌体の乾燥菌体換算重量とは、乾燥して水分を含まない菌体の重量を表わす。菌体の乾燥菌体換算重量は、例えば、菌体を含む液(菌体液)から、遠心分離やろ過等の方法で菌体を分離し、重量が一定になるまで乾燥し、その重量を測定することにより求めることができる。
【0065】
リジン溶液にLDCを加えて反応を開始した後は、反応の進行に伴い、リジンから遊離される炭酸ガスが反応液から放出され、pHが上昇する。従って、反応液のpHが前記範囲となるように、反応液に酸を加えてpHを調整する。酸は反応液に連続的に加えてもよく、pHが前記範囲に維持される限り、分割して加えてもよい。
【0066】
反応時の条件は、LDCがリジンに作用してカダベリンを生成させる条件であれば特に制限はないが、一般的には以下の通りである。
【0067】
反応方式は、連続式でもバッチ式でもよい。反応中に酸の添加を容易に行なう観点からは、バッチ式で反応を行なうことが好ましい。また、LDC並びにLDCを産生する細胞及びその処理物のうち一種又は二種以上を固定化した担体を用いた移動床カラムクロマトグラフィーによって反応を行なうこともできる。その場合は、反応系のpHが所定の範囲に維持されたまま反応が進行するように、リジン及び/又は酸をカラムの適当な部位に注入すればよい。
【0068】
反応液の温度は、通常20℃以上、好ましくは30℃以上、また、通常60℃以下、好ましくは40℃以下の範囲とすることが望ましい。反応液の温度が低過ぎると反応が進行しない場合があり、高過ぎると酵素が失活する場合がある。
【0069】
反応時の雰囲気は任意であるが、通常は空気、炭酸ガス又は窒素ガス雰囲気下が好ましい。
反応時の圧力も任意であるが、通常は常圧或いはそれに近い圧力下で行なう。
また、反応液に攪拌を加えてもよい。
【0070】
なお、反応時には、反応液への通気量を特定の範囲にすることが望ましい。具体的には通常0.4vvm以下、好ましくは0.2vvm以下、より好ましくは0.1vvm以下、更に好ましくは0vvm(通気なし)とすることが望ましい。反応液への通気量をこの範囲に収めることにより、LDCの触媒活性を向上させ、生産速度を高めることが可能となる。なお、「vvm」はVolume per Volume per Minuteの略で、1分間における単位体積当たりの通気量を表わす単位である。
【0071】
以上の手順により、リジンの酵素的脱炭酸反応によってカダベリンが生成し、それに伴って反応液のpHが上昇する。よって、酸を用いて反応液を逐次中和することにより、酵素反応が良好に進行する。反応によって生成するカダベリンは、通常はカダベリン塩として反応液中に蓄積する。
【0072】
以上の反応により得られた反応液は、そのままの状態で、或いは処理を加えることにより、本発明に係るカダベリン類溶液として用いることが可能である。処理の内容は任意であるが、例としては、反応液の滅菌・濾過や、溶媒の除去・追加によるカダベリン及び/カダベリン塩の濃度調整等の処理が挙げられる。
【0073】
[III.カダベリン類の精製方法]
次に、本発明のカダベリン類溶液から晶析によりカダベリン類を精製するための手法について説明する。なお、以下の記載では、本発明のカダベリン類溶液がカダベリン・アジピン酸塩水溶液であり、精製により得られるカダベリン類がカダベリン・アジピン酸塩である場合を例として説明する。
【0074】
カダベリン・アジピン酸塩水溶液は、黄色く着色している場合があるため、晶析前に脱色剤を用いて脱色することが好ましい。
脱色剤の例としては、活性炭、合成吸着剤、活性白土、シリカ、ゼオライト等が挙げられるが、中でも活性炭が好ましい。
脱色の手法としては、脱色剤を充填した塔にカダベリン・アジピン酸塩水溶液を通液する方法や、カダベリン・アジピン酸塩水溶液と脱色剤とを混合・攪拌する方法等が挙げられるが、前者の手法が好ましい。
【0075】
脱色後のカダベリン・アジピン酸塩水溶液は、窒素バブリングにより溶存酸素を追い出した後、カダベリン・アジピン酸塩の濃度が通常50重量%以上、好ましくは60重量%以上、また、通常69重量%以下、好ましくは67重量%以下となるまで濃縮する。晶析前のカダベリン・アジピン酸塩水溶液におけるカダベリン・アジピン酸塩の濃度が低過ぎると、晶析後の収率が低くなる傾向があり、カダベリン・アジピン酸塩の濃度が高過ぎると、リジン、アルギニンの含有量が高くなる傾向がある。
【0076】
濃縮は、カダベリン・アジピン酸塩水溶液の温度が通常50℃以上、70℃以下、また、減圧度が通常20MPa(約150Torr)以下の条件で行なうのが好ましい。温度が低過ぎると、濃縮時間が長くなる傾向があり、温度が高過ぎると、カダベリン・アジピン酸塩が分解する傾向がある。また、減圧度が十分に低くないと、濃縮時間が長くなる傾向がある。
【0077】
晶析は、上記手順により得られた濃縮液を冷却して、カダベリン・アジピン酸塩を析出させることにより行なう。
【0078】
冷却時の降温速度は通常1℃/min以上、好ましくは2℃/min以上、より好ましくは3℃/min以上、また、通常30℃/min以下、好ましくは20℃/min以下、より好ましくは10℃/min以下の範囲である。降温速度が遅過ぎると、晶析時間が長くなる傾向があり、降温速度が速過ぎると、結晶サイズが小さくなり、精製度が低下する傾向がある。
【0079】
なお、降温の途中で、濃縮液中に種晶を加えることが好ましい。種晶としては、析出するカダベリン・アジピン酸塩を用いることが好ましいが、種晶としての効果が得られればそれに限らない。
【0080】
晶析終了温度は、通常1℃以上、好ましくは5℃以上、更に好ましくは10℃以上、また、通常30℃以下、好ましくは25℃以下、更に好ましくは20℃以下の範囲である。晶析終了温度が高過ぎる場合、特に雰囲気温度より高い場合には、カダベリン・アジピン酸塩スラリーの移送時にも引き続きカダベリン・アジピン酸塩の更なる析出が生じてしまい、配管が閉塞し易くなる傾向がある。
【0081】
晶析率は、濃縮液のカダベリン・アジピン酸塩濃度と晶析終了温度により決まるが、通常1重量%以上、好ましくは5重量%以上、更に好ましくは10重量%以上、また、通常46重量%以下、好ましくは39重量%以下、更に好ましくは35重量%以下の範囲内となるように制御することが好ましい。晶析率が低過ぎると収率が低くなる傾向があり、晶析率が高過ぎると、加水分解アミノ酸や遊離アミノ酸(特にリジンやアルギニン)の濃度が高くなる傾向がある。
【0082】
晶析によって得られるカダベリン・アジピン酸塩スラリーを、常法に従い固液分離することにより、カダベリン・アジピン酸の結晶が得られる。固液分離の例としては、遠心濾過が挙げられる。遠心濾過を行なう場合は、母液(カダベリン・アジピン酸塩スラリーの液体成分)を振り切った後に、遠心濾過器が回転している状態で少量の脱塩水をシャワー状に振り掛け、カダベリン・アジピン酸塩に付着している母液を更に洗い流すと、精製度が上がるので好ましい。脱塩水量は、wetケーキ(若干の水を含んだカダベリン・アジピン酸塩)に対して、通常1重量%以上、好ましくは5重量%以上、また、通常40重量%以下、好ましくは30重量%以下の範囲内である。脱塩水量が少な過ぎると、洗浄効果が小さくなる場合があり、脱塩水量が多過ぎると、析出したカダベリン・アジピン酸塩が溶解して収率が低下する場合がある。
【0083】
以上の手順により得られるカダベリン・アジピン酸の結晶を1番晶と称する。
1番晶の固液分離時に得られる母液や洗浄液(これらをそれぞれ「1番母液」及び「1番洗浄液」という場合がある。)を回収して、上述の手順で再度、濃縮、晶析、固液分離を行なうことにより、2番晶を得ることができる。
また、上述の手順を同様に繰り返すことにより、2番晶の固液分離時に得られる母液(2番母液)や洗浄液(2番洗浄液)から3番晶を、3番晶の固液分離時に得られる母液(3番母液)や洗浄液(3番洗浄液)から4番晶を、それぞれ順に得ることができる。以下、5番晶以降も同様である。
【0084】
なお、上記手順において得られた各母液(1番母液、2番母液、3番母液・・・)及び各洗浄液(1番洗浄液、2番洗浄液、3番洗浄液・・・)も、カダベリン・アジピン酸を含有する溶液であるため、その溶液中のカダベリンに対する加水分解アミノ酸のモル比率が上記規定範囲を満たすものであれば、本発明のカダベリン類溶液として使用することが可能である。
【0085】
[IV.LDC遺伝子の発現の増強]
次に、微生物をLDC活性が上昇するように改質する方法について例示する。なお、他の細胞についても、それに適するように下記の方法を適宜改変することによって、同様にLDC活性を上昇させることができる。
【0086】
LDC活性は、例えば、LDCをコードする遺伝子(LDC遺伝子)の発現を増強することによって上昇する。LDC遺伝子の発現の増強は、LDC遺伝子のコピー数を高めることによって達成される。例えば、LDC遺伝子断片を、微生物で機能するベクター、好ましくはマルチコピー型のベクターと連結して組換えDNAを作製し、これを適当な宿主に導入して形質変換すればよい。
【0087】
LDC遺伝子のコピー数の増大は、LDC遺伝子を微生物の染色体DNA上に多コピー存在させることによっても達成できる。微生物の染色体DNA上に遺伝子を多コピーで導入するには、染色体DNA上に多コピー存在する配列を標的に利用して相同組換えにより行なう。染色体DNA上に多コピー存在する配列としては、レペティティブDNA、転移因子の端部に存在するインバーテッド・リピートが利用できる。あるいは、特開平2−109985号公報に開示されているように、目的遺伝子をトランスポゾンに搭載してこれを転移させて染色体DNA上に多コピー導入することも可能である。
【0088】
LDC活性の上昇は、上記の遺伝子増幅による以外に、染色体DNA上又はプラスミド上のLDC遺伝子のプロモーター等の発現調節配列を強力なものに置換することによっても達成される。例えば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター等が強力なプロモーターとして知られている。また、国際公開第00/18935号パンフレットに開示されているように、遺伝子のプロモーター領域に数塩基の塩基置換を導入し、より強力なものに改変することも可能である。これらのプロモーター置換又は改変によりLDC遺伝子の発現が強化され、LDC活性が上昇する。これら発現調節配列の改変は、遺伝子のコピー数を高めることと組み合わせてもよい。
【0089】
発現調節配列の置換は、例えば、温度感受性プラスミドを用いた遺伝子置換と同様にして行うことができる。大腸菌の温度感受性複製起点を有するベクターとしては、例えば国際公開第99/03988号パンフレットに記載のプラスミドpMAN997等が挙げられる。また、λファージのレッド・リコンビナーゼ(Red recombinase)を利用した方法(Datsenko, K. A., PNAS (2000) 97(12), 6640-6645)によっても、発現調節配列の置換を行うことができる。
【0090】
LDC遺伝子としては、コードされるLDCが、リジンの脱炭酸反応に有効利用できるものであれば特に制限されないが、例えば、バクテリウム カダベリス、大腸菌等の細菌や、カラス豆等の植物、更には、特開2002−223770号公報に記載の微生物のLDC遺伝子が挙げられる。
【0091】
宿主微生物として大腸菌を用いる場合は、大腸菌由来のLDC遺伝子が好ましい。
大腸菌のLDC遺伝子としては、cadA遺伝子及びldc遺伝子(米国特許第5827698号明細書)が知られているが、これらの中ではcadA遺伝子が好ましい。大腸菌のcadA遺伝子は配列が知られており(N. Watson et al., Journal of bacteriology (1992) vo.174, p.530-540; S. Y. Meng et al. Journal of bacteriology (1992) vo.174, p.2659-2668; GenBank accession M76411)、その配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCRにより、大腸菌染色体DNAから単離することができる。このようなプライマーとしては、配列番号1及び2に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられる。
【0092】
取得されたLDC遺伝子とベクターを連結して組換えDNAを調製するには、LDC遺伝子の末端に合うような制限酵素でベクターを切断し、T4 DNAリガーゼ等のリガーゼを用いて前記遺伝子とベクターを連結すればよい。大腸菌用のベクターとしては、pUC18、pUC19、pSTV29、pHSG299、pHSG399、pHSG398、RSF1010、pBR322、pACYC184、pMW219等が挙げられる。
【0093】
LDC遺伝子は、野生型であってもよいし、変異型であってもよい。例えばcadA遺伝子は、コードされるLDCの活性が損なわれない限り、1若しくは複数の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加を含むLDCをコードするものであってもよい。ここで、「数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には2個以上、また、通常50個以下、好ましくは30個以下、より好ましくは10個以下である。
【0094】
上記のようなLDCと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、例えば部位特異的変異法によって、特定の部位のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むようにcadA遺伝子の塩基配列を改変することによって得られる。また、上記のような改変されたDNAは、従来知られている変異処理によっても取得され得る。変異処理としては、変異処理前のDNAをヒドロキシルアミン等でインビトロ処理する方法、及び変異処理前のDNAを保持する微生物、例えばエシェリヒア属細菌を、紫外線、又は、N−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)若しくはエチルメタンスルホン酸(EMS)等の通常変異処理に用いられている変異剤によって処理する方法が挙げられる。
【0095】
上記のような変異を有するDNAを、適当な細胞で発現させ、発現産物の活性を調べることにより、LDCと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAが得られる。また、変異を有するLDCをコードするDNA又はこれを保持する細胞から、例えばcadA遺伝子(GenBank accession M76411)のコード領域の配列、又は同配列の一部を有するプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ、LDCと同等の活性を有するタンパク質をコードするDNAが得られる。ここでいう「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を明確に数値化することは困難であるが、一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それにより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、或いは、通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である、温度約60℃で、通常は1倍濃度SSC又は0.1%SDSに相当する塩濃度、好ましくは0.1倍濃度SSC又は0.1%SDSに相当する塩濃度でハイブリダイズする条件が挙げられる。
【0096】
プローブとしてcadA遺伝子の一部の配列を用いることもできる。そのようなプローブは、公知のcadA遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、cadA遺伝子を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。プローブとして、300bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、例えば温度約50℃、2倍濃度SSC又は0.1%SDSに相当する塩濃度という条件が挙げられる。
【0097】
LDCと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAとして、具体的には、公知のcadA遺伝子がコードするアミノ酸配列と、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上の相同性を有し、且つ、LDC活性を有するタンパク質をコードするDNAが挙げられる。
【0098】
組換えDNAの微生物への導入は、これまでに報告されている形質転換法に従って行なえばよい。例えば、大腸菌K12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A., J. Mol. Biol., 53, 159 (1970))があり、バチルス・サブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Ducan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E., Gene, 1, 153 (1997))がある。或いは、バチルス・サブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラスト又はスフェロプラストの状態にして、組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S. and Choen, S. N., Molec, Gen. Genet., 168, 111 (1979); Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A., Nature, 274, 398 (1978); Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75, 1929 (1978))も応用できる。更には、電気パルス法(特開平2−207791号公報)によっても、微生物の形質転換を行なうことができる。
【0099】
LDCを産生する微生物又は細胞を得るための培養は、用いる微生物又は細胞に応じて、LDCの産生に適した方法によって行なえばよい。
【0100】
例えば、培地としては、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じその他の有機成分を含有する通常の培地を用いればよい。
【0101】
炭素源としては、グルコース、ラクトース、ガラクトース、フラクトース、アラビノース、マルトース、キシロース、トレハロース、リボース、澱粉の加水分解物等の糖類、グリセロール、マンニトールやソルビトールなどのアルコール類、グルコン酸、フマール酸、クエン酸やコハク酸等の有機酸類を用いることができる。
【0102】
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。
【0103】
有機微量栄養素としては、ビタミンB1等のビタミン類、アデニンやRNA等の核酸類などの要求物質又は酵母エキス等を適量含有させることが望ましい。
【0104】
これらの他に、必要に応じて、リン酸カルシウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等を少量使用してもよい。
【0105】
培養条件としては、大腸菌の場合、好気的条件下で16〜72時間程度実施するのがよく、培養温度は30〜45℃に、培養中pHは5〜8に制御するのがよい。なお、pH調整には、無機又は有機の酸性又はアルカリ性物質、アンモニアガス等を使用することができる。
なお、LDC遺伝子の発現が、誘導可能なプロモーターによって調節されている場合には、誘導剤を培地に含有させてもよい。
【0106】
培養後、細胞を遠心分離機や膜により集めることにより、培養液から回収することができる。
回収された細胞は、そのまま用いてもよいが、LDCを含むそれらの処理物を用いる場合は、細胞を超音波、フレンチプレス、又は酵素的処理により破砕して酵素を抽出し、無細胞抽出液とする。更に、そこからLDCを精製する場合には、常法に従い、硫安塩折、各種クロマトグラフィーを使用することによって精製することができる。
【実施例】
【0107】
以下に実施例を示し、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの記載に限定されるものではではない。
【0108】
[カダベリン及びアミノ酸分析]
なお、後述の各実施例及び各比較例のカダベリン・アジピン酸塩水溶液における、カダベリン、加水分解アミノ酸、加水分解リジン、加水分解アルギニン、遊離アミノ酸、遊離リジン及び遊離アルギニンの各モル濃度は、以下の手法により分析した。
【0109】
(1)カダベリン分析:
試料溶液(カダベリン・アジピン酸塩水溶液)中のカダベリンは、陽イオン交換カラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分離し、電気伝導度計で検出することにより、濃度を定量した。HPLCの移動相としては、40mMのメタンスルホン酸水溶液を使用した。
【0110】
(2)遊離アミノ酸分析:
分析装置としては、日立アミノ酸分析計L−8900を用いた。まず、試料溶液(カダベリン・アジピン酸塩水溶液)を限外濾過(MWCO10000)して、濾液を分析試料とした。分析条件は生体アミノ酸分離条件とし、分析法としてはニンヒドリン発色法(570nm、440nm)を用いた。標準品としては和光アミノ酸混合液ANII型及びB型を希釈したものを用い、分析試料の注入量は10μLとした。定量計算として、Pro(プロリン)は440nm、他のアミノ酸は570nmのピーク面積から、一点外部標準法にて各アミノ酸のモル濃度を算出し、それらを合計して遊離アミノ酸のモル濃度とした。
【0111】
(3)加水分解アミノ酸分析:
試料溶液(カダベリン・アジピン酸塩水溶液)をリアクティバイアルに適量秤量し、6N塩酸500μLを加えてよく攪拌し、110℃で24時間加熱した。これを遠心濃縮機で蒸発乾固させた。得られた固体を200μLの水に再溶解させ、0.45μmフィルターで濾過し、濾液を分析試料とした。分析試料の各アミノ酸のモル濃度を、上記「(1)遊離アミノ酸分析」と同様の手順により測定し、それらを合計して加水分解アミノ酸のモル濃度とした。
【0112】
[リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増強株の作製]
次いで、後述のカダベリン・アジピン酸塩水溶液の調製に用いた、リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株の作製手順について説明する。
リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)を組み込んだプラスミドpCAD1の構築手順の概要を図1に示す。具体的には、以下に説明する手順により行なった。
【0113】
(1)大腸菌DNA抽出:
LB培地[組成:トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、塩化ナトリウム(NaCl)5gを蒸留水1Lに溶解]10mLに、大腸菌JM109株を対数増殖期後期まで培養し、得られた菌体を、10mg/mLのリゾチームを含む10mMNaCl/20mMトリス緩衝液(pH8.0)/1mMエチレンジアミン四酢酸ジナトリウム(EDTA・2Na)水溶液0.15mLに懸濁した。
【0114】
次に、上記懸濁液にプロテナーゼKを、最終濃度が100μg/mLになるように加え、37℃で1時間保温した。更に、ドデシル硫酸ナトリウムを、最終濃度が0.5%になるように加え、50℃で6時間保温して溶菌した。この溶菌液に、等量のフェノール/クロロホルム溶液を加え、室温で10分間緩やかに振盪した後、全量を遠心分離(5000×g、20分間、10〜12℃)し、上清画分を分取し、酢酸ナトリウムを0.3Mとなるように加えた後、2倍量のエタノールを加え混合した。遠心分離(15000×g、2分)により回収した沈殿物を70%エタノールで洗浄した後、風乾した。得られたDNAに、10mM トリス緩衝液(pH7.5)−1mM EDTA・2Na溶液5mLを加え、4℃で一晩静置し、後述のPCRの鋳型DNAとして使用した。
【0115】
(2)cadAのクローニング:
大腸菌cadAの取得は、上記(A)で調製したDNAを鋳型とし、全ゲノム配列が報告されている大腸菌K12−MG1655株の該遺伝子の配列(GenBank Database Accession No.U00096)を基に設計した合成DNA(下記の配列番号1及び配列番号2で表わされる配列からなるDNA)をプライマーとして用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって行なった。
【0116】
・配列番号1:
GTTGCGTGTTCTGCTTCATCGCGCTGATG
・配列番号2:
ACCAAGCTGATGGGTGAGATAGAGAATGAGTAAG
【0117】
なお、反応液は、鋳型DNA1μL及びPlatinum(登録商標)Pfx DNAポリメラーゼ(インビトロジェン社製)0.2μLに、各プライマーが0.3μM、MgSO4が1mM、デオキシヌクレオチド3リン酸(dNTPs)が0.25μMとなるように、1倍濃度Pfx Amplification Buffer(インビトロジェン社製)を加えて全量を20μLとすることにより調製した。
【0118】
また、反応温度条件としては、DNAサーマルサイクラー(MJResearch社製PTC−200)を用い、94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で2.5分からなるサイクルを35回繰り返した。但し、1サイクル目の94℃での保温は1分20秒、最終サイクルの72℃での保温は10分とした。
【0119】
PCRの終了後、増幅産物をエタノール沈殿により精製し、制限酵素KpnI及び制限
酵素SphIで切断した。得られたDNA標品を、0.75%アガロース(SeaKem GTG a
garose:FMCBioProducts製)ゲル電気泳動により分離した後、臭化エチジウム染色を用いて可視化することにより、cadAを含む約2.6kbの断片を検出し、QIA Quick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて目的DNA断片の回収を行なった。
【0120】
回収したDNA断片を、大腸菌プラスミドベクターpUC18(タカラバイオ社製)を制限酵素KpnI及び制限酵素SphIで切断して調製したDNA断片と混合し、ライゲ
ーションキットver.2(タカラバイオ社製)を用いて連結後、得られたプラスミドDNAを用いて大腸菌(JM109株)を形質転換した。この様にして得られた組換え大腸菌を50μg/mLアンピシリン、0.2mM IPTG(イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド)及び50μg/mL X−Galを含むLB寒天培地に塗抹した。
【0121】
この培地上で白色のコロニーを形成したクローンを、常法により液体培養した後、プラスミドDNAを精製した。得られたプラスミドDNAを制限酵素KpnI及び制限酵素S
phIで切断することにより、約2.5kbの挿入断片が認められることを確認した。こ
のプラスミドをpCAD1と命名し、pCAD1を含む大腸菌株をJM109/pCAD1と命名した。
【0122】
[カダベリン・アジピン酸塩水溶液の調製]
次いで、後述の実施例及び比較例で使用したカダベリン・アジピン酸塩水溶液の調製手順について説明する。カダベリン・アジピン酸塩水溶液の調製は、上述のリジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株を用い、リジン・アジピン酸塩を原料として、以下の手順で行なった。
【0123】
(1)cadA増幅株の培養:
上記手順により得られた大腸菌株JM109/pCAD1をLB培地入りフラスコ10本で前培養した後、1Lの培養液を99LのLB培地が入った200L容ジャーファーメンターに接種し、温度35℃、通気量0.5vvm、攪拌回転数250rpmの条件下で培養を行なった。培養開始6時間後、この培養液全量を、3m3の2倍濃度LB培地が入った5m3容培養タンクに接種して、更に培養を行なった。5m3培養タンクでの培養条件は、通気量0.5vvm、温度35℃であった。攪拌回転数は、溶存酸素濃度が十分高い値になるように、60〜100rpmの範囲で調節した。培養4時間目に、滅菌したIPTG(イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド)を終濃度で0.5mMになるように加え、その後14時間培養を継続した。
【0124】
(2)菌体の分離
遠心回転数6400rpm、フィード速度750L/hrの条件下で、アルファラバル分離機により培養液からの菌体回収を行なった。回収された菌体の湿重量は36.9kgであった。この湿菌体を10mMの酢酸ナトリウム溶液160Lに懸濁したのち、遠心回転数15000rpm、フィード速度1.0L/minの条件下で、シャープレス遠心機により再度菌体回収を行ない、18.7kgの湿菌体を取得した。
【0125】
(3)カダベリン・アジピン酸塩の製造:
500g/Lリジン水溶液に、pHが6.0となるようにアジピン酸を加え、リジン・アジピン酸塩の濃厚溶液を調製した。この濃厚溶液を、リジン濃度が60g/Lとなるように水で希釈することにより、基質溶液(3m3)を作製し、これを5m3容培養タンクにはり込んだ。ピリドキサルリン酸を0.1mMの濃度となるように基質容液に加え、更に、大腸菌株JM109/pCAD1の菌体を、OD660が0.5になるように加えて反応を開始した。反応時の条件は、温度37℃、通気量0.5vvm、攪拌回転数70rpmとした。反応中の溶液のpHは、250kgのアジピン酸をイオン交換水400Lに懸濁したスラリーを加え、pH6.5になるように制御した。また、リジン濃度318g/Lの基質濃厚溶液(600L)を開始から約130L/hで連続的にフィードし、約4.5時間で全量を添加した。更に反応を継続して、計22時間反応させた。反応終了時には、リジン残存濃度が0.03g/L以下であり、ほぼ100%のリジンがカダベリンに変換されていた。反応後の溶液(約4m3)は、菌体の不活化処理(80℃、30分)を実施した後、分子量13000カットのUF膜モジュールを通して高分子量の不純物除去を行なった。UF処理による回収率は99.3%であった。
以上の手順により、カダベリン及びアジピン酸をほぼ等モル含むカダベリン・アジピン酸塩水溶液を調製した。
【0126】
[カダベリン・アジピン酸塩の精製・単離]
(1)活性炭による脱色:
直径700mmの活性炭塔に、活性炭(三菱化学製MM−11)105kg(約440L)を仕込み、2日間脱塩水を通水した。次に、前記カダベリン・アジピン酸塩水溶液(約4m3)を1.32m3/hの速度で通液し、最後に500Lの脱塩水を通水した。初期の流出液460Lをパージした後、続く流出液を回収することにより、活性炭処理したカダベリン・アジピン酸塩水溶液を採取した。
【0127】
活性炭処理前のカダベリン・アジピン酸塩水溶液の重量は4076.5kgであり、これに含有されるカダベリン・アジピン酸塩の重量は603.9kgであった。また、活性炭処理後のカダベリン・アジピン酸塩水溶液の重量は5029kgであり、これに含有されるカダベリン・アジピン酸塩の重量は603.7kgであった。
【0128】
(2)濃縮:
前記活性炭処理後のカダベリン・アジピン酸塩水溶液を、PPプリーツカートリッジフィルター(ADVANTEC社製TCP−JX)を通して2m3攪拌槽に仕込み、ジャケット温度110℃、内温57℃、真空度140〜150Torr(約18.6〜20MPa)にて濃縮を開始し、適宜、活性炭処理後のカダベリン・アジピン酸塩水溶液を仕込みながら濃縮を行なった。
得られた濃縮液の重量は918.4kgであり、カダベリン・アジピン酸塩濃度は63.5重量%であった。
【0129】
(3)晶析:
次に、同一の2m3攪拌槽にて晶析を行なった。攪拌翼は3枚後退翼、攪拌速度は40rpm、降温速度は8℃/hとした。内温37.4℃の時に、予め作製したカダベリン・アジピン酸塩を種晶として1kg加えて結晶を析出させ、内温10.5℃で晶析終了として、カダベリン・アジピン酸塩スラリーを得た。尚、種晶としてのカダベリン・アジピン酸塩は、本実施例に準じてラボスケールにて準備した。
【0130】
(4)遠心濾過:
直径1.22mの遠心濾過器を用い、前記カダベリン・アジピン酸塩スラリーを3回に分けて遠心濾過した。回転数は980rpm、母液振り切り時間は15分、母液振り切り後に10℃の脱塩水約12kg(脱塩水約12kgは予想wetケーキ重量の約20重量%分)をシャワー状に振りかけて洗浄し、その脱塩水の振り切り時間は15分とした。
【0131】
1番晶として得られたwetケーキは194.3kg(カダベリン・アジピン酸塩として165.2kg、濃縮液に対する晶析率は28.3重量%)であった。遠心濾過後に回収した1番母液は644kg、同じく回収した1番洗浄水は91.1kg(カダベリン・アジピン酸塩が溶けて量が増えた)であった。
【0132】
尚、上記カダベリン・アジピン酸塩重量は、wetケーキの水分量を水分計(電量滴定式水分測定装置CA−06型及び水分気化装置VA−06型、何れも三菱化学製)にて測定して算出した。
【0133】
(5)2番晶:
前記回収した1番母液及び1番洗浄水を2m3攪拌槽に仕込み、1番晶との相違点として以下に示した点以外は上記(2)〜(4)と同様の手順により濃縮、晶析、遠心濾過を行なった。2番晶析品としてwetケーキ142.6kg(カダベリン・アジピン酸塩として121.4kg、晶析率30.6重量%)を得た。回収した2番母液は414kg、回収した2番洗浄水は76.3kgであった。
【0134】
1番晶との相違点として、濃縮工程では、濃縮液の重量は610.5kg、カダベリン・アジピン酸塩濃度は65.0重量%であった。晶析工程では、内温40℃の時に予め作製したカダベリン・アジピン酸塩を種晶として1kg加えて結晶を析出させ、内温10.0℃で晶析を終了した。遠心濾過工程では、カダベリン・アジピン酸塩スラリーを2回に分けて遠心濾過を行ない、母液振り切り後に10℃の脱塩水約16kgをシャワー状に振りかけて洗浄した。
【0135】
(6)3番晶析:
前記回収した2番母液及び2番洗浄水を2m3攪拌槽に仕込み、1番晶との相違点として以下に示した点以外は上記(2)〜(4)と同様の手順により濃縮、晶析、遠心濾過を行なった。3番晶析品としてwetケーキ80.4kg(カダベリン・アジピン酸塩として68.2kg、晶析率24.5重量%)を得た。回収した3番母液と3番洗浄水の合計は418kgであった。
【0136】
1番晶との相違点として、濃縮工程では、濃縮液の重量は421.5kg、カダベリン・アジピン酸塩濃度は66.0重量%であった。晶析工程では、内温40℃の時に予め作製したカダベリン・アジピン酸塩を種晶として1kg加えて結晶を析出させ、内温12.0℃で晶析を終了した。遠心濾過工程では、カダベリン・アジピン酸塩スラリーを2回に分けて遠心濾過を行ない、各々母液振り切り後に10℃の脱塩水約10kgをシャワー状に振りかけて洗浄した。
【0137】
[実施例1]
(1)カダベリン・アジピン酸塩水溶液の遊離アミノ酸及び加水分解アミノ酸分析:
上記[カダベリン・アジピン酸塩の精製・単離]の「(2)濃縮」にて調製した、カダベリン・アジピン酸塩の1番晶の晶析前におけるカダベリン・アジピン酸塩の濃縮水溶液について、溶液中のカダベリン、加水分解アミノ酸、加水分解リジン、加水分解アルギニン、遊離アミノ酸、遊離リジン及び遊離アルギニンの各々のモル濃度を上記手順により測定した。結果を表1に示す。
【0138】
(2)ポリアミド樹脂フィルムの作製及びF/E(フィッシュアイ)の評価:
上記[カダベリン・アジピン酸塩の精製・単離]の「(4)遠心濾過」にて得られた、カダベリン・アジピン酸塩の1番晶のwetケーキ25kg、水25kg及び亜燐酸1.25gを、窒素雰囲気下で混合して完全に溶解させ、原料水溶液を得た。
プランジャーポンプにて予め窒素置換したオートクレーブに、上記の原料水溶液を移送した。ジャケット温度を280℃に、オートクレーブの圧力を1.47MPaにそれぞれ調節し、内容物を270℃に昇温した。
【0139】
次に、オートクレーブ内の圧力を除々に放圧した後、更に減圧して所定の攪拌動力に到達した時点で反応終了とした。反応終了後に窒素にて復圧し、内容物をストランド状に冷却水槽へ導入した後、回転式カッターでペレット化した。
得られたペレットを、120℃、1torr(0.13kPa)の条件で、水分量が0.1%以下となるまで乾燥し、ポリアミド樹脂を得た。相対粘度は3.51であった。
【0140】
得られたポリアミド樹脂100重量部に対し、平均粒子径が3.0μmのタルク0.03重量部、及び、エチレンビスステアリン酸アマイド(花王社製、カオーワックスEB−FF)0.1重量部を乾式混合して得られたポリアミド樹脂組成物を原料として、押出機シリンダ径40mmのT−ダイ式成膜機を用い、押出機のシリンダ設定温度を260℃、成膜されたフィルムを巻き取る冷却ロールの温度を90℃として、厚み25μmのフィルムを成膜した。成膜開始から1時間が経過した直後のフィルムを評価用サンプルとし、面積900cm2中における大きさ50μm以上の粒状欠陥(フィッシュアイ)の数を数えることにより、F/E(フィッシュアイ)の評価を行なった。結果を表1に示す。
【0141】
[実施例2]
(1)カダベリン・アジピン酸塩水溶液の遊離アミノ酸及び加水分解アミノ酸分析:
上記[カダベリン・アジピン酸塩の精製・単離]の「(4)遠心濾過」にて回収された1番母液及び1番洗浄水、即ち、カダベリン・アジピン酸塩の2番晶の晶析前におけるカダベリン・アジピン酸塩水溶液について、溶液中のカダベリン、加水分解アミノ酸、加水分解リジン、加水分解アルギニン、遊離アミノ酸、遊離リジン及び遊離アルギニンの各々のモル濃度を上記手順により測定した。結果を表1に示す。
【0142】
(2)ポリアミド樹脂フィルムの作製及びF/E(フィッシュアイ)の評価:
実施例1において用いたカダベリン・アジピン酸塩の1番晶のwetケーキの代わりに、上記[カダベリン・アジピン酸塩の精製・単離]の「(5)2番晶析」にて得られた、カダベリン・アジピン酸塩の2番晶のwetケーキを用いた他は、実施例1と同様の手順により、ポリアミド樹脂の作製、フィルムの成膜及びF/E(フィッシュアイ)の評価を行なった。結果を表1に示す。
【0143】
[比較例1]
(1)カダベリン・アジピン酸塩水溶液の遊離アミノ酸及び加水分解アミノ酸分析:
上記[カダベリン・アジピン酸塩の精製・単離]の「(5)2番晶」にて回収された2番母液及び2番洗浄水、即ち、カダベリン・アジピン酸塩の3番晶の晶析前におけるカダベリン・アジピン酸塩水溶液(これを「比較例1のカダベリン・アジピン酸塩溶液」とする。)について、溶液中のカダベリン、加水分解アミノ酸、加水分解リジン、加水分解アルギニン、遊離アミノ酸、遊離リジン及び遊離アルギニンの各々のモル濃度を上記手順により測定した。結果を表1に示す。
【0144】
(2)ポリアミド樹脂フィルムの作製及びF/E(フィッシュアイ)の評価:
実施例1において用いたカダベリン・アジピン酸塩の1番晶のwetケーキの代わりに、上記[カダベリン・アジピン酸塩の精製・単離]の「(6)3番晶析」にて得られた、カダベリン・アジピン酸塩の3番晶のwetケーキを用いた他は、実施例1と同様の手順により、ポリアミド樹脂の作製、フィルムの成膜及びF/E(フィッシュアイ)の評価を行なった。結果を表1に示す。
【0145】
[結果]
実施例1、実施例2及び比較例1の結果を表1に示す。
【0146】
【表1】

【0147】
[参考例]
上述の[カダベリン・アジピン酸塩水溶液の調製]に従ってリジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株を培養した。培養液を遠心分離することにより、菌体ペレットを回収した。得られた菌体を蒸留水で希釈して、下記の表2の最左欄の各列に示す乾燥菌体濃度(乾燥菌体換算重量に基づく濃度)のサンプルを調製した。得られたサンプルを37℃で24時間放置した後、遠心分離を行なって、上清の遊離アミノ酸及び加水分解アミノ酸の各モル濃度を、上記[カダベリン及びアミノ酸分析]記載の手順により測定した。
【0148】
各サンプルの乾燥菌体濃度と、上清の加水分解アミノ酸濃度及び遊離アミノ酸濃度との関係を、下記の表2及び図2のグラフに示す。
【表2】

【0149】
これらの結果から、菌体濃度が高いほど加水分解アミノ酸が増加していることが分かる。また、遊離アミノ酸は殆ど存在しなかったことから、測定された加水分解アミノ酸のほぼ100%が、菌体(リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株)に含まれていたペプチドやタンパク質等に由来するものであると推測される。
【0150】
すなわち、晶析精製前のカダベリン・アジピン酸塩水溶液中に存在する加水分解アミノ酸は、その大部分が菌体(リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株)に由来するものであると推測される。従って、反応時に使用する菌体(リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)増幅株)の量を少なくすれば、不純物となる加水分解アミノ酸成分(ペプチドやタンパク質)を低減化することが可能であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0151】
本発明を利用可能な分野は制限されず、カダベリン及び又はカダベリン塩の溶液が用いられる任意の分野に利用することが可能であるが、特にナイロン等のポリアミドの製造分野において好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0152】
【図1】リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)を組み込んだプラスミドpCAD1の構築手順の概要を示す図である。
【図2】参考例における各サンプルの乾燥菌体濃度と、上清の加水分解アミノ酸濃度及び遊離アミノ酸濃度との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させて得られたカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液であって、
前記溶液中におけるカダベリンに対する加水分解アミノ酸のモル比率が0.008以下である
ことを特徴とする、カダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液。
【請求項2】
前記溶液中におけるカダベリンに対する遊離リジン及び遊離アルギニンのモル比率が0.003以下である
ことを特徴とする、請求項1記載のカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液。
【請求項3】
前記溶液中におけるカダベリンに対する遊離アミノ酸のモル比率が0.003以下である
ことを特徴とする、請求項2記載のカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液。
【請求項4】
カダベリン塩を形成する酸が、塩酸、硫酸、硝酸、炭酸、カルボン酸、リン酸、及びスルホン酸からなる群より選択される一種以上の酸である
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか一項に記載のカダベリン及び/又はカダベリン塩の溶液。
【請求項5】
リジン及び/又はリジン塩にリジン脱炭酸酵素を作用させることにより、カダベリン及び/又はカダベリン塩を製造する方法であって、
反応に使用するリジンの総重量に対する、反応に使用する菌体の乾燥菌体換算重量の比率を0.002以下とする
ことを特徴とする、カダベリン及び/又はカダベリン塩の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−187963(P2008−187963A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−26296(P2007−26296)
【出願日】平成19年2月6日(2007.2.6)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】