説明

カチオン交換膜及びカチオン交換膜の製造方法

【課題】ポリオレフィン系樹脂を基材し、該基材とカチオン交換樹脂層との密着性が高く、折り曲げを多数繰り返し行った場合にも、基材とカチオン交換樹脂層との剥離を生じることがなく、優れた耐久性を示し、しかも格別の工程や装置を用いることなく安価に製造することができるカチオン交換膜を提供する。
【解決手段】ポリオレフィン系樹脂製の基材とこれを被覆する炭化水素系カチオン交換樹脂層よりなるカチオン交換膜において、前記炭化水素系カチオン交換樹脂は、架橋構造を有しているとともに、α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベンからなる群より選択された少なくとも1種のモノマーに由来する単位を有しており、繰り返し折り曲げ試験に供したとき、前記基材と炭化水素系カチオン交換樹脂層とが剥離するまでの回数が100回以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリオレフィン系樹脂を基材とし、この基材に炭化水素系カチオン交換樹脂層を設けてなる炭化水素系のカチオン交換膜に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン交換膜は、イオン交換樹脂を膜状にしたものであるが、そのままでは、架橋構造を持つために機械的に脆い。そこで機械的強度を向上するために補強材としての機能を有する基材を使用し、この基材を芯としてイオン交換樹脂層を設けた構造としている。このようなイオン交換膜の製造法として、所謂ペースト法が知られている。このようなペースト法によれば、補強材としての機能を有する基材に、イオン交換基を有する或いはイオン交換基を導入可能な重合性モノマーペーストを塗布して重合せしめ、次いで必要によりイオン交換基を導入することにより、イオン交換膜が製造されている(特許文献1参照)。
【0003】
ところで、補強材としての機能を有する基材としては、ポリ塩化ビニルやポリオレフィン系樹脂などが一般に使用されている。このうちポリオレフィン系樹脂は、強度及び耐熱性の面でポリ塩化ビニルよりも優れている。従って、強度や耐熱性が要求される領域で使用されるイオン交換膜では、上記基材として、ポリオレフィン系樹脂が用いられている。このようなポリオレフィン系樹脂製基材は、織布、不織布、多孔質シートなどの形態で使用されることが多い。
【0004】
しかしながら、ポリオレフィン系樹脂製基材は、強度並びに耐熱性の面でポリ塩化ビニル基材よりも優れているものの、重合性モノマーが含浸しにくく、該モノマーを重合し、必要によりイオン交換基を導入することにより得られるイオン交換性樹脂との密着性が、ポリ塩化ビニル製基材よりも劣っているという欠点がある。即ち、ポリ塩化ビニル製基材の場合には、重合性モノマーがポリ塩化ビニル基材に良好に含浸した状態で重合が行われ、該基材を取り込んだ形で重合体(イオン交換樹脂或いはイオン交換基の導入によりイオン交換樹脂となる重合体)が生成し、基材の内外で相互貫入重合体ネットワーク構造が形成され、この結果、ポリ塩化ビニル製基材とイオン交換樹脂との密着性は良好なものとなるのである。一方ポリオレフィン系樹脂基材では、重合性モノマーが該基材に含浸しにくいため、上記のようなネットワーク構造が形成されず、この結果として、イオン交換樹脂と基材との密着性が低く、例えば折り曲げの繰り返しにより容易に基材とイオン交換樹脂とが剥離してしまい、イオン交換膜としての機能を果たす事が出来なくなってしまうのである。
【0005】
このようなポリオレフィン系樹脂基材の欠点を改善するために、例えば、特許文献2には、重合性モノマーの蒸気にポリオレフィン樹脂製基材を曝した後、重合性モノマーのペーストを塗布し、重合を行うという方法が提案されている。
【特許文献1】特許第3193522号
【特許文献2】特開平09−52968
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2で提案されている方法は、ポリオレフィン系樹脂製基材を蒸気に曝すという工程が増えばかりか、該基材を蒸気に曝すための装置が必要であり、製造コストの増大、生産性の低下などの問題があり、工業的な実用化に難点がある。
【0007】
従って、本発明の目的は、ポリオレフィン系樹脂を基材し、該基材とカチオン交換樹脂層との密着性が高く、折り曲げを多数繰り返し行った場合にも、基材とカチオン交換樹脂層との剥離を生じることがなく、優れた耐久性を示し、しかも格別の工程や装置を用いることなく安価に製造することができるカチオン交換膜及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、ポリオレフィン系樹脂製の基材とこれを被覆する炭化水素系カチオン交換樹脂層よりなるカチオン交換膜において、
前記炭化水素系カチオン交換樹脂は、架橋構造を有しているとともに、α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベンからなる群より選択された少なくとも1種のモノマーに由来する単位を有しており、
繰り返し折り曲げ試験に供したとき、前記基材と炭化水素系カチオン交換樹脂層とが剥離するまでの回数が100回以上であることを特徴とするカチオン交換膜が提供される。
本発明において、繰り返し折り曲げ試験は、ASTM−D2176に準拠して行われるものであり、紙、フィルム、織布などの折り目強さを評価するMIT型屈曲試験機を使用し、イオン交換膜の両端をチャックで挟み、一定の張力を与えて、チャックの一方を左右に所定の角度で往復回転させ、往復回転するチャック先端のRにより基材とイオン交換樹脂層が剥離するまでの運転回数をカウンターで読み取ることにより実施される。
【0009】
上記のカチオン交換膜においては、
(1)イオン交換容量が0.1〜4.0meq/gであること、
が好ましい。
【0010】
本発明によれば、また、
カチオン交換基導入可能な反応性モノマー100重量部と、α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベンからなる群より選択された少なくとも1種の前記反応性モノマー以外のモノマー30〜200重量部と、架橋性の多官能モノマー20〜80重量部とを含む混合モノマーペーストを用意し、
前記モノマーペーストをポリオレフィン基材に塗布して重合せしめ、
次いで、カチオン交換基を導入すること、
を特徴とするカチオン交換膜の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明のカチオン交換膜は、ポリオレフィン系樹脂製基材と、これを被覆する炭化水素系カチオン交換樹脂層とからなるものであるが、特に重要な点は、炭化水素系カチオン交換樹脂中には、この種の交換樹脂が通常有している重合性モノマー及び架橋性の多官能性モノマーに由来する単位に加えて、α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベンからなる群より選択された少なくとも1種(以下、これらを機能性モノマーと呼ぶ)に由来する単位が導入されている点にある。即ち、このような機能性モノマーに由来する単位が導入されているため、本発明のカチオン交換膜は、ポリオレフィン系樹脂製基材と炭化水素系カチオン交換樹脂層(以下、単にカチオン交換樹脂層と呼ぶ)との間に高い密着性を確保することができ、後述する実施例の実験結果からも理解されるように、繰り返し折り曲げ試験に供したとき、前記基材とカチオン交換樹脂層とが剥離するまでの回数が100回以上、特に500回以上となり、優れた耐久性及び機械的強度を示すのである。例えば、後述する比較例に示されているように、カチオン交換樹脂に機能性モノマーに由来する単位が導入されていない場合には、上記のような繰り返し折り曲げ試験において、基材とカチオン交換樹脂層とが剥離するまでの回数は、多くとも50回程度に過ぎない。
【0012】
従って、本発明によれば、ポリオレフィン系樹脂製基材の欠点が有効に解消され、強度及び耐熱性に優れているというポリオレフィン系樹脂製基材の優れた特性を有効に発揮させることができ、強度や耐熱性が要求される領域でカチオン交換膜として長期にわたって使用することができる。
【0013】
また、本発明において、上記のようなポリオレフィン系樹脂製基材とカチオン交換樹脂層との間の高い密着性は、単にモノマー成分中に上記の機能性モノマーを配合するのみで発現させることができ、それ以外は、通常のペースト法によってカチオン交換膜を製造すればよい。従って、格別の工程や装置は全く必要なく、安価なコストで且つ高生産性でカチオン交換膜を製造することができ、工業化の点で極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
<カチオン交換膜の製造>
本発明のカチオン交換膜は、ポリオレフィン系樹脂基材に、所定の組成のモノマーペーストを塗布して重合性シートを作製し、この重合性シートを重合してイオン交換膜前駆体(原膜)とし、この原膜にイオン交換基を導入することにより製造される。
【0015】
ポリオレフィン系樹脂基材;
基材を形成するポリオレフィン系樹脂は、それ自体公知のものであってよく、例えばエチレン、プロピレン、ブテンなどのオレフィンの重合体またはこれらの共重合体、及びこれらのブレンド物などを例示することができる。また、基材の形態も特に制限されず、織布、不織布、多孔性フィルムなど、どのようなものであってもよい。また、その厚みも用途に応じて、適宜の範囲にあればよい。
【0016】
モノマーペースト;
上記基材に塗布するモノマーペーストは、モノマー成分として、カチオン交換基導入可能な反応性モノマー、前述した機能性モノマー及び架橋性の多官能性モノマーを含有するものである。
【0017】
上記のカチオン交換基導入可能な反応性モノマーは、架橋性の多官能性膜の製造に従来から使用されている一官能性のものであり、例えば、スチレン、ビニルトルエン、ビニルキシレン、クロルメチルスチレン、α−ハロゲン化ビニルスルホン酸、α,β,β’−ハロゲン化ビニルスルホン酸、メタクリル酸、アクリル酸、スチレンスルホン酸、ビニルスルホン酸、マレイン酸、イタコン酸、スチレンホスホニル酸、無水マレイン酸、ビニルリン酸、及びこれらの塩類、エステル類などが好適に使用できる。これらは1種単独で使用してもよいし、或いは互いに共重合可能である2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0018】
機能性モノマーとしては、前述した如く、α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベンが使用され、これらは、1種単独でも使用されていてもよいし、また2種以上を併用することもできる。α−アルキルスチレンとしては、例えば、スチレンのα位に炭化水素鎖が結合した化合物である。具体的にはα−メチルスチレン、α−エチルスチレン、α−プロピルスチレン、α−ブチルスチレンなどがある。α−アルキルスチレンダイマーとは、α位のアルキル鎖の炭素数が同じであるα−アルキルスチレンの二量体、例えばα−メチルスチレンダイマー、α−エチルスチレンダイマーなどやアルキル鎖の炭素数が異なるα−アルキルスチレンの二量体、例えば、2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ヘキセンなどがある。α−アルキルスチルベンとは、α−メチルスチルベン、α−エチルスチルベン、α−プロピルスチレンなどがある。これらは1種単独でも使用されていてもよいし、また2種以上を併用することもできる。即ち、このような機能性モノマーを使用し、該モノマーに由来する単位をカチオン交換樹脂中に導入することにより、ポリオレフィン系樹脂製基材とカチオン交換樹脂層との密着性が著しく向上することとなる。
【0019】
このような機能性モノマーを使えば、イオン交換樹脂を製造できることは知られており、この機能性モノマーの使用による密着性の著しい向上は、現象として見出されたものであり、その理由は明確に解明されてはいないが、本発明者等は、次のように推定している。
即ち、上記で示された3種の機能性モノマーは、反応部位である二重結合を持つ二つの炭素のどちらかの炭素から始まる分枝構造を持つために、立体障害がある。これにより他のモノマーとの重合反応が緩やかに進行する。従って、ポリオレフィン系樹脂製基材(以下、単にポリオレフィン基材と呼ぶ)の表面に高温のモノマーペーストが接触している時間が長くなる、このため、ポリオレフィン基材の表面がモノマーペーストに溶解し、この状態で重合が進行し、この結果、ポリオレフィン系樹脂の表面との密着性が高い重合体層が形成されるのではないかと思われる。また、緩やかに重合反応が進行することで、反応性モノマーがランダムに反応し易くなり、これによりイオン交換樹脂の柔軟性が発現し、基材からの樹脂剥離が抑制されることも一因ではないかと考えられる。ここで、単に分枝構造を有するモノマーを使用すれば、上記目的を達成できると考えられるが。しかし、本発明の機能性モノマーのようにイオン交換基を導入できる芳香環を持たないとモノマーでは、抵抗が高すぎて、膜としての機能を果たさなくなってしまう。
【0020】
本発明において、上記の機能性モノマーは、前述したイオン交換基導入可能な反応性モノマー100重量部当り30〜200重量部、特に40〜180 重量部の量で使用される。機能性モノマーの使用量が上記範囲よりも少ない場合には、十分な密着性向上効果が発現せず、また、上記範囲よりも多量に使用した場合には、それ以上の密着性向上効果が達成されるわけではなく、むしろ重合遅延により、生産性が低下してしまう。
【0021】
また、上述した反応性モノマー及び機能性モノマーと共に使用される架橋性の多官能性モノマー(以下、単に架橋性モノマーと呼ぶ)は、架橋構造を導入するためのものであり、従来公知のものが何ら制限なく使用される。例えば、m−、p−或いはo−ジビニルベンゼン、ジビニルビフェニル、ジビニルスルホン、ブタジエン、クロロプレン、イソプレン、トリビニルベンゼン、ジビニルナフタリン、ジアリルアミン、トリアリルアミン、ジビニルピリジンなどのジビニル系化合物を例示することができる。このような架橋性モノマーは、一般に、前述した単量体100重量部当り20〜80重量部、特に30〜60重量部の量で使用される。かかる架橋性モノマーの使用により、膜強度を向上させることができる。
【0022】
またモノマーペースト中には、上述したモノマー成分以外に、重合開始剤が配合される。このような重合開始剤としては、基材であるポリオレフィン系樹脂を劣化させずに重合を開始させ得るもの、例えば10時間半減期温度が110℃〜170℃のラジカル重合開始剤が使用される。これよりも低い10時間半減期温度の重合開始剤を使用すると、基材がモノマーペーストに溶解する前に、重合反応が進行し、樹脂と基材の密着性が不完全になってしまう。またこれよりも高い温度の重合開始剤を使用すると発生するラジカルが少なくなり、重合反応が進行しにくくなる。重合開始剤の具体例としては、p−メンタンヒドロパーオキシド、ジイソプロピルベンゼンヒドロパーオキシド、α,α’−ビス(tert−ブチルパーオキシ−m−イソプロピル)ベンゼン、ジ−tert−ブチルパーオキシド、tert−ブチルヒドロパーオキシド、ジ−tert−アミルパーオキシド、tert−ブチルクミルパーオキシド、ジクミルパーオキシド、2,5−ジメチル−2,5−ジ(tert−ブチルパーオキシ)ヘキサン、2,5−ジメチル−2,5−ジ(tert−ブチルパーオキシ)ヘキシン−3、クメンヒドロパーオキシド、1,1,3,3−テトラメチルブチルヒドロパーオキシド、2,5−ジメチル−2,5−ジヒドロパーオキシヘキサン、2,5−ジメチル−2,5−ジヒドロパーオキシヘキシン−3などを挙げることができ、これらは、単独または2種以上の組み合わせでモノマーペースト中に添加混合される。また、このような重合開始剤の使用量は、通常、イオン交換基導入可能な反応性モノマー100重量部に対して、10〜30重量部、特に15〜25重量部の範囲が好適である。
【0023】
さらに、モノマーペーストには、粘度調整剤としてマトリックス樹脂が配合されていることが好ましく、このようなマトリックス樹脂を配合することにより、モノマーペーストの作業性を高め、これを基材に塗布させたときの垂れ等を防止することができる。
【0024】
このようなマトリックス樹脂としては、例えば、エチレン−プロピレン共重合体、ポリブチレン等の飽和脂肪族炭化水素系ポリマー;スチレン−ブタジエン共重合体などのスチレン系ポリマー;ポリ塩化ビニル;及び、これらに、ビニルトルエン、ビニルキシレン、クロロスチレン、クロロメチルスチレン、α−メチルスチレン、α−ハロゲン化スチレン、α,β,β’−トリハロゲン化スチレン等のスチレン系モノマーや、エチレン、ブチレン等のモノオレフィンや、ブタジエン、イソプレン等の共役ジオレフィンなどを共重合させたもの;などを使用することができる。かかるマトリックス樹脂の分子量は、特に制限されるものではないが、通常、1,000〜1,000,000、特に50,000〜500,000の範囲にあることが好ましい。また、かかるマトリックス樹脂は、適度な粘性を確保できる程度の量で分子量に応じてモノマーペースト中に配合され、例えば、その量は、イオン交換基導入可能な反応性モノマー100重量部当り、10〜50重量部程度である。
【0025】
上述したモノマーペーストには、上述した各種成分以外にも、必要により、ジオクチルフタレート、ジブチルフタレート、リン酸トリブチル、スチレンオキサイド、或いは脂肪酸や芳香族酸のアルコールエステル等の可塑剤や、有機溶媒などが配合されていてもよい。
【0026】
モノマーペーストを基材への塗布は、ロールコーター、フローコーター、ナイフコーター、コンマコーター、スプレー、ディッピング等の公知の手段によって行うことができる。
【0027】
上記のようにして作製された重合性シートは、これを、そのまま重合に供してもよいが、一般的には、重合性シートの一方の面に離型性フィルムを貼り付けながらローラで巻き取り、この巻き取りローラを重合装置に導入して重合を行うことが、連続生産性の点で好適である。
【0028】
このような離型性フィルムは、重合工程で耐え得る耐熱性を有し、且つ重合後に容易に引き剥がせるものであれば何ら制限なく使用することができ、例えば、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ1−ブテン、ポリ4−メチル−1−ペンテンあるいはエチレン、プロピレン、1−ブテン、4−メチル−1−ペンテン等のα−オレフィン同志のランダムあるいはブロック共重合体等のポリオレフィン;エチレン・酢酸ビニル共重合体、エチレン・ビニルアルコール共重合体、エチレン・塩化ビニル共重合体等のエチレン・ビニル化合物共重合体;ポリスチレン、アクリロニトリル・スチレン共重合体、ABS、α−メチルスチレン・スチレン共重合体等のスチレン系樹脂;ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩化ビニル・塩化ビニリデン共重合体、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル等のポリビニル化合物;ナイロン6、ナイロン6−6、ナイロン6−10、ナイロン11、ナイロン12等のポリアミド;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等の熱可塑性ポリエステル;ポリカーボネート;ポリフエニレンオキサイド;ポリ乳酸などの生分解性樹脂;及びこれらの混合物などを、モノマーペースト中の単量体等の種類に応じて使用することができる。特に耐熱性と離型性とが良好であるという点で、ポリエチレンテレフタレート(PET)等のポリエステルフィルムが好ましく、勿論、かかるフィルムは、二軸延伸されていてもよい。
【0029】
重合温度は、使用する重合開始剤によっても異なるが、一般にポリオレフィン系樹脂製基材の融点及び該基材のモノマーへの溶解度を考慮して設定される。例えば、ポリエチレン基材を使用する場合、90℃〜120℃で、4〜12時間で重合を行うことが望ましく、ポリプロピレン基材を使用する場合には、110℃〜140℃で、4〜12時間で重合を行うことが望ましい。この温度範囲以下では、基材のモノマーペーストへの溶解が低く基材と樹脂の密着性が充分でなくなる。逆にこの温度範囲以上では、基材がモノマーペーストへ溶解しすぎてしまい、強度が低下してしまう。
【0030】
上記のようにして重合を行って得られるカチオン交換樹脂前駆体、即ち原膜は、離型性フィルムから引き剥がした後、カチオン交換基が導入され、これにより、ポリオレフィン系樹脂製基材を被覆するように炭化水素系カチオン交換樹脂の層が形成された本発明のカチオン交換膜が得られる。
【0031】
カチオン交換基の導入は、それ自体公知の手段により行われ、例えば、スルホン化、クロルスルホン化、クロロメチル化、アミノ化、ホスホニウム化、スルホニウム化、加水分解等の処理により行われる。カチオン交換基の導入量は、特に制限されるものではないが、一般に、乾燥膜1g当たりのカチオン交換基量(meq/g)が、0.1〜4.0meq/g、好ましくは1.0〜3.5meq/gであるのがよい。
【0032】
<カチオン交換膜>
上記のようにして得られる本発明のカチオン交換膜は、基材としてポリオレフィン系樹脂製基材を用いているため、強度や耐熱性に優れているばかりか、前述した機能性モノマー(α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベン)に由来する単位がカチオン交換樹脂に導入するため、優れた耐久性を有しており、繰り返し折り曲げ試験に供したとき、前記基材とカチオン交換樹脂層とが剥離するまでの回数が100回以上、特に500回以上となる。また、このような本発明のカチオン交換膜は、機能性モノマーを使用することを除けば、従来公知のペースト法により製造することができ、格別の工程や装置を必要としないため、極めて、安価で且つ高生産性で製造することができる。
【0033】
尚、上記のような機能性モノマーに由来する単位がカチオン交換樹脂中に導入されていることを直接分析することは、このカチオン交換樹脂が架橋構造を有しているために困難である。しかしながら、この樹脂層に残留した未反応モノマーを抽出し、定性分析することにより、機能性モノマーに由来する単位が導入されていることを確認することができる。例えば、カチオン交換膜の前駆体(原膜)或いはカチオン交換膜を、テトラハイドロフランに一昼夜浸漬する。得られたテトラハイドロフラン溶液をろ過した後、ガスクロマトグラフ−質量分析することにより、機能性モノマーの使用を確認することができ、結果として、機能性モノマーに由来する単位が導入されていることを確認することができる。
【0034】
また、機能性モノマーに由来する単位の導入量は、これを直接定量することはできないが、得られたカチオン交換膜を繰り返し折り曲げ試験に供し、前述した剥離回数を測定することにより推定することができる。即ち、この剥離回数が100回以上、特に500回以上であれば、機能性モノマーに由来する単位が適度な量で導入されていることが判る。
【実施例】
【0035】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
尚、実施例中における繰返し折り曲げ試験及び残留モノマーの分析は、以下の方法で行った。
【0036】
繰り返し折り曲げ試験:
得られたカチオン交換膜を、幅1センチ、長さ12センチに切断し、MIT揉疲労試験機(型式DA、東洋精機製作所製)を用いて、折り曲げ角度135°、速度90cpm、重り重さ250gで繰り返し折り曲げ試験を行い、カチオン交換体樹脂層と基材との間に剥離を生じた回数を、剥離回数とした。
【0037】
残留モノマーの分析:
重合終了後の原膜を16平方センチメートルの面積だけ採取し、これをテトラヒドロフランに浸漬、一昼夜攪拌した。そして原膜を取出し、このテトラヒドロフランをろ過後、ガスクロマトグラフ質量分析計(型式HP5890/HP5973、横河アナリティカルシステムズ製)にて分析を行った。
【0038】
(実施例1)
下記の処方により、モノマーペーストを調製した。
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン;60重量部、クロルメチルスチレン;40重量部)
機能性モノマー;25重量部
(2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ペンテン)
架橋性モノマー;36重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;27重量部
(スチレン−ブタジエンゴム)
重合開始剤;16重量部
(クメンヒドロパーオキサイド)
【0039】
上記のモノマーペーストを、厚さ180μmのポリエチレン基材に塗布し、ポリエステルフィルムを離型性フィルムと一緒に巻取りローラに巻き取った。その後、巻取りローラをオートクレーブに入れて、圧力0.4Mpaの窒素ガス中にて100℃で2時間、次いで110℃で8時間保持して重合を行い、原膜を得た。
【0040】
次いで、得られた原膜を98%硫酸と90%クロロスルホン酸の1:1混合溶液中に40℃で60分間浸漬した後、これを取り出し、乾燥してカチオン交換膜を得た。
【0041】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.3meq/gであった。また、繰返し折り曲げ試験の結果、500回以上でも基材からの樹脂剥離は起きなかった。
さらに、上記の原膜について、残留モノマーの分析を行ったところ、2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ペンテンの存在を確認することができた。
【0042】
(実施例2)
モノマーペーストの処方を、以下のように変更した以外は実施例1と全く同様にして、カチオン交換膜を作製した。
【0043】
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン)
機能性モノマー;70重量部
(α−メチルスチルベン)
架橋性モノマー;42重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;32重量部
(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)
重合開始剤;24重量部
(tert−ブチルヒドロパーオキサイド)
【0044】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.2meq/gであった。得られた膜について繰り返し折り曲げ試験を行った結果、500回以上でも樹脂剥離は見られなかった。
さらに、原膜について、残留モノマーの分析を行ったところ、α−メチルスチルベンの存在を確認することができた。
【0045】
(実施例3)
下記処方のモノマーペーストを調製した。
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン)
機能性モノマー;40重量部
(2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ペンテン)
架橋性モノマー;50重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;34重量部
(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)
重合開始剤;14重量部
(ジ−tert−ブチルパーオキサイド)
【0046】
上記のモノマーペーストを、厚さ190μmのポリエチレン基材に塗布し、ポリエステルフィルムを離型性フィルムと一緒に巻取りローラに巻き取った。その後、巻取りローラをオートクレーブに入れて、圧力0.4Mpaの窒素ガス中にて110℃で8時間保持して重合を行い、原膜を得た。
【0047】
次いで、得られた原膜を、実施例1と同様にカチオン処理してカチオン交換基を導入してカチオン交換膜を得た。
【0048】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.3meq/gであった。また、繰返し折り曲げ試験の結果、500回以上でも基材からの樹脂剥離は起きなかった。
さらに、上記の原膜について、残留モノマーの分析を行ったところ、2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ペンテンの存在を確認することができた。
【0049】
(実施例4)
モノマーペーストの処方を下記のように変更した以外は、実施例3と全く同様にしてカチオン交換膜を作製した。
【0050】
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン;65重量部、クロルメチルスチレン;35重量部)
機能性モノマー;90重量部
(α−メチルスチレン)
架橋性モノマー;35重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;30重量部
(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)
重合開始剤;9重量部
(ジ−tert−ブチルパーオキサイド)
【0051】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.3meq/gであった。また、繰返し折り曲げ試験の結果、500回以上でも基材からの樹脂剥離は起きなかった。
さらに、上記の原膜について、残留モノマーの分析を行ったところ、α−メチルスチレンの存在を確認することができた。
【0052】
(実施例5)
下記の処方により、モノマーペーストを調製した。
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン;70重量部、クロルメチルスチレン;30重量部)
機能性モノマー;23重量部
(2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ペンテン)
架橋性モノマー;26重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;25重量部
(スチレン−ブタジエンゴム)
重合開始剤;17重量部
(tert−ブチルヒドロパーオキサイド)
【0053】
上記のモノマーペーストを、厚さ190μmのポリプロピレン基材に塗布し、ポリエステルフィルムを離型性フィルムと一緒に巻取りローラに巻き取った。その後、巻取りローラをオートクレーブに入れて、圧力0.4Mpaの窒素ガス中にて120℃で9時間保持して重合を行い、原膜を得た。
【0054】
次いで、得られた原膜を、実施例1と同様にカチオン処理してカチオン交換基を導入してカチオン交換膜を得た。
【0055】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.4meq/gであった。また、繰返し折り曲げ試験の結果、500回以上でも基材からの樹脂剥離は起きなかった。
さらに、上記の原膜について、残留モノマーの分析を行ったところ、2,4−ジフェニル−4−メチル−1−ペンテンの存在を確認することができた。
【0056】
(実施例6)
下記の処方により、モノマーペーストを調製した。
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン;70重量部、クロルメチルスチレン;30重量部)
機能性モノマー;100重量部
(α−メチルスチレン)
架橋性モノマー;30重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;30重量部
(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)
重合開始剤;10重量部
(ジ−tert−ブチルパーオキサイド)
【0057】
上記のモノマーペーストを、厚さ180μmのポリプロピレン基材に塗布し、ポリエステルフィルムを離型性フィルムと一緒に巻取りローラに巻き取った。その後、巻取りローラをオートクレーブに入れて、圧力0.4Mpaの窒素ガス中にて120℃で1時間、次いで130℃で9時間保持して重合を行い、原膜を得た。
【0058】
次いで、得られた原膜を、実施例1と同様にカチオン処理してカチオン交換基を導入してカチオン交換膜を得た。
【0059】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.2meq/gであった。また、繰返し折り曲げ試験の結果、500回以上でも基材からの樹脂剥離は起きなかった。
さらに、上記の原膜について、残留モノマーの分析を行ったところ、α−メチルスチレンの存在を確認することができた。
【0060】
(実施例7)
下記の処方により、モノマーペーストを調製した。
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン;75重量部、クロルメチルスチレン;25重量部)
機能性モノマー;100重量部
(α−エチルスチレン)
架橋性モノマー;30重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;30重量部
(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)
重合開始剤;10重量部
(ジ−tert−ブチルパーオキサイド)
【0061】
上記のモノマーペーストを、厚さ180μmのポリプロピレン基材に塗布し、ポリエステルフィルムを離型性フィルムと一緒に巻取りローラに巻き取った。その後、巻取りローラをオートクレーブに入れて、圧力0.4Mpaの窒素ガス中にて120℃で1時間、次いで130℃で9時間保持して重合を行い、原膜を得た。
【0062】
次いで、得られた原膜を、実施例1と同様にカチオン処理してカチオン交換基を導入してカチオン交換膜を得た。
【0063】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.2meq/gであった。また、繰返し折り曲げ試験の結果、500回以上でも基材からの樹脂剥離は起きなかった。
さらに、上記の原膜について、残留モノマーの分析を行ったところ、α−エチルスチレンの存在を確認することができた。
【0064】
(比較例1)
機能性モノマーを使用せず、モノマーペーストの処方を、以下のように変更した以外は実施例1と全く同様にして、カチオン交換膜を作製した。
【0065】
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン;80重量部、クロルメチルスチレン;20重量部)
架橋性モノマー;30重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;45重量部
(スチレン−ブタジエンゴム)
重合開始剤;17重量部
(tert−ブチルヒドロパーオキサイド)
【0066】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.4meq/gであった。得られた膜について繰り返し折り曲げ試験を行った結果、51回で樹脂剥離が生じた。
【0067】
(比較例2)
機能性モノマーを使用せず、モノマーペーストの処方を、以下のように変更した以外は実施例1と全く同様にして、カチオン交換膜を作製した。
【0068】
モノマーペーストの処方:
反応性モノマー;100重量部
(スチレン)
架橋性モノマー;26重量部
(工業用ジビニルベンゼン)
マトリックス樹脂;23重量部
(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)
重合開始剤;16重量部
(ジ−tert−ブチルパーオキサイド)
【0069】
得られたカチオン交換膜の交換容量は2.4meq/gであった。得られた膜について繰り返し折り曲げ試験を行った結果、23回で樹脂剥離が生じた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリオレフィン系樹脂製の基材とこれを被覆する炭化水素系カチオン交換樹脂層よりなるカチオン交換膜において、
前記炭化水素系カチオン交換樹脂は、架橋構造を有しているとともに、α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベンからなる群より選択された少なくとも1種のモノマーに由来する単位を有しており、
繰り返し折り曲げ試験に供したとき、前記基材と炭化水素系カチオン交換樹脂層とが剥離するまでの回数が100回以上であることを特徴とするカチオン交換膜。
【請求項2】
イオン交換容量が0.1〜4.0meq/gである請求項1記載のカチオン交換膜。
【請求項3】
カチオン交換基導入可能な反応性モノマー100重量部と、α−アルキルスチレン、α−アルキルスチレンダイマー及びα−アルキルスチルベンからなる群より選択された少なくとも1種の前記反応性モノマー以外のモノマー30〜200重量部と、架橋性の多官能モノマー20〜80重量部とを含む混合モノマーペーストを用意し、
前記モノマーペーストをポリオレフィン基材に塗布して重合せしめ、
次いで、カチオン交換基を導入すること、
を特徴とするカチオン交換膜の製造方法。

【公開番号】特開2008−45068(P2008−45068A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−223444(P2006−223444)
【出願日】平成18年8月18日(2006.8.18)
【出願人】(503361709)株式会社アストム (46)
【Fターム(参考)】